かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

高田みづえ

私はピアノ / 高田みづえ

1980_11_私はピアノ_高田みづえ






今回の1曲セレクトは、「私はピアノ」高田みづえです。

 まずはデータです。

・タイトル    私はピアノ
・アーティスト  高田みづえ
・作詞      桑田佳祐
・作曲      桑田佳祐
・編曲      松井忠重
・リリース日   1980年7月25日
・発売元     テイチク
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数   49.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1980年9月29日〜12月8日付

 少し前に、石野真子の「失恋記念日」を書いた時、以前から友達だった方から石野真子は、あんまりレコード売れなかったけど、高田みづえはなんで、レコード売れたんだろ? 

 って疑問をいただいたんだけど、うーん、やっぱし、事務所の関係?

・・・・あ、いや、両者とも、同じ事務所だった。 例のゲーノー界のドン・・泣く子も黙るBプロですわふらふらふらふら

・・・ということは、まあ、事務所関係では、互角なわけで・・・。


うーん、やっぱ、高田みづえは、「歌謡曲路線」を歌えたのが、大きかったんだろうな。
 やっぱ、「アイドルポップス」よりは、「歌謡曲路線」の方がレコードは売れたからねぇ、特に70年代終盤は。

 ま、そうは言っても、高田みづえだって、それほど「大ヒット」といえる曲もたくさん持ってるわけじゃないんだけどさぁ。

 
 今回、引っ張って来た「私はピアノ」。これが、高田みづえ最大のヒットなのですよ。


 そそそ、曲は、サザンの桑田氏が作ったものです。 ・・・・って言っても、もともと、サザンの3rdアルバム「タイニィバブルス」で原坊が歌ってたやつのカバーだけど。。。

なんてぇのは、ここ読んでくれてる方々には常識かな?

 うむ、3年後、全く同じパターンで「そんなヒロシに騙されて」もヒットさせたけど・・・。
 いや、高田みづえは、桑田氏さまさまだよなぁ。おいしいところをいただいたわけで。。。

 ま、これも、「Bプロの力」・・・ということで。。。 うむ、「Bプロ」と、サザンの「アミューズ」は、昔は、若干、師弟関係にあったからねぇ。
 といっても、傘下ではなく、アミューズって、もともと弱小プロダクションからスタートしたからねぇ、昔は、音楽出版セクションがなかったのよ。だから、Bプロに音楽出版を委託してたんだよね。

 だから、サザンの「勝手にシンドバッド」は、Bプロが出版社についてたりするのよね。

・・・となれば、頼まれれば嫌とは言えないよねぇ。なにせ泣く子も黙る「Bプロ」ですから。。。

 この辺、昔は不思議だったけど、いろいろと業界の事情を穿ると、おもしろい関係がでてきたりするのよ。


・・・・と、話が脱線したけど、ま、そういうわけもあって、この曲を、高田みづえがカバーするのも、考えて見れば、そう不思議ではない・・・かもな。

 不思議なのは、何故に、ロックの雄である、サザンの曲を、歌謡曲畑の高田みづえがカバーするのか・・・ってところだけど、ま、そこが、サザンのフトコロの広いところなのよね。

 この曲、もともとから、完全に歌謡曲だもの。

 原坊が歌っているのは、サザンがアレンジしてるから、若干、ニューミュージックっぽいし、途中で「遊び」も入ってるんだけどさ。

 そこから、プロのアレンジャーが入って、ビシッと、アレンジすると、あーらふしぎ、とってもよい歌謡曲の出来上がり・・・ってわけ。

 で、まあ、それが、高田みづえに、ピッタンコはまっちゃったんだわ。

 いや、今でこそ、この曲がサザンのカバーだってことは、常識中の常識だけど、当時、ワタシ、知らなかったもの。この曲が、サザンのカバーだってこと。
 
 それだけ、このヒトの嵌ってたんだよなぁ。ま、そういう意味からして、この曲が、高田みづえにとって、最大のヒットになったのも、納得なところなんだけどさあ。






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硝子坂 / 高田みづえ

1977_05_硝子坂_高田みづえ






今回の1曲セレクトは、「硝子坂」高田みづえです。

 まずはデータです。

・タイトル    硝子坂
・アーティスト  高田みづえ
・作詞      島武実
・作曲      宇崎竜童
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1977年3月25日
・発売元     テイチク
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数   31.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1977年5月16日〜7月4日付

 高田みづえさんって結婚、引退してから、もう30年経つんだよね。早いもんだよなぁ。
 イメージとして、なんか、つい最近まで、このヒト歌っていたような気もするんだけどねぇ・・・・。どうも、1985年から2000年くらいの15年くらいって、一瞬で過ぎているような感覚があるんだよなぁ。

そーいえば、デビュー曲の「硝子坂」って、ちょうど今頃のヒットだったよね・・・なんて思いーの、パクッて参りました。。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは「硝子坂」だったりして。。


 「カバーの女王」なんていわれてた高田みづえだったりしますが、いや、実際のところ、ヒットした曲はカバーの曲が多いのよね、このヒト。
 件の「私はピアノ」でしょ、「そんなヒロシに騙されて」でしょ(2曲共にサザンのカバー)、「潮騒のメロディ」(リチャードクレーダーマンのカバー)でしょ、「真夜中のギター」(千賀かほるのカバー)でしょ・・・ほーら4曲もふらふら
 その他、カバーではないけど、「競作」という形で「秋冬」っていうのもありましたなぁ。。


 まあ、そういうわけで、よく「カバーの女王」なんて言われたりしてんだけどさ、このヒトの場合。

 ・・・なんて、書くと、カバー以外はヒットはないのかい? なんて言われそうだけど、ちゃんとオリジナルでもヒットは飛ばしていたところは、このヒトのエライところではあるんだけど。。。

 ただ、オリジナルの場合、「大ヒット」って言うのがないんだよね、いわいる「スマッシュヒット」と呼ばれるヒットばかりで。

 ・・・なので、「大ヒット」を飛ばした、カバー曲のほうが否が応でも目立っちゃっていたりするんですよ。。。


 ぢゃ、この「硝子坂」はどうなの?

 うむ、この曲は、高田みづえのデビュー曲ですわ。まさかね、デビュー曲もカバー曲ぢゃないですよねぇ・・・と思いたくなっちゃったりするんですが・・・

 カバー曲なんですねぇ〜、これがふらふら


 まあ、古くからのヒット曲ファンにとっては、常識的なことなんですが、この曲は、もともと木之内みどりの同名タイトルアルバムの、今で言う「リード曲」だったんだよね。

↓ コレ


うーん、木之内みどりさんについては、別途「横浜いれぶん」とか書いてるんで、そっちを参照していただくことにして、まあ、当時の人気アイドルですな。
 でも、この曲については、実際聴いてみると、いわいるアイドルポップスというよりも、当時のニューミュージックっぽい匂いがしてきそうな味付けですわ。ま、木之内さんのボーカル自体は、アイドルっぽいけど。。
 
リリースは、1977年2月25日。高田みづえがカバーとしてリリースする1か月前ですわ。
まあ、僅か1ヶ月ですからねぇ。しかもこちらはアルバム曲、高田みづえはシングルなわけで、果たして、どっちがオリジナル? と言われれば、今となってはどっちもどっちかな? と言えなくもないんだけどね。


で、高田みづえバージョンは、もろアイドルポップスな味付けですわ。まあ、アイドルポップスといっても「当時」の・・・ということでさ。
 その辺は、やっぱし、馬飼野氏のアレンジだよな、曲の焦点がはっきりしてる。これはどっから聴いても「シングル」っていうアレンジだもの。

 まあ、その辺は、売上げにもはっきりと出てきていたりして、この高田みづえの場合、デビュー曲にして、いきなり31万枚の大ヒットだったのに対して、木之内さんのほうは、ベスト100にも入ら無かったりするもんね。

 ま、アルバムとシングルの差っていうこともあるにしてもさ。

 それと、やっぱし「政治力」って言うのもあるんだろうな、客観的に考えてもさ。
 なにせ、高田みづえさんは、泣く子も黙る、あの「Bプロ」所属だったからねぇ。

 デビュー曲にして、いきなり木之内みどりさんの曲をカバーっていうのも、その辺のゲーノー界においての「力学関係」っていうのが、動いてたりするんじゃないですかねぇ・・・。

 まあ、35年以上も前のことだし、当時7歳のガキンチョだったワタシには、その辺の「裏事情」は到底分かるもんでは無かったんだけどさぁ。。。

 



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潮騒のメロディー / 高田みづえ

1980_03_潮騒のメロディー_高田みづえ







今回の1曲セレクトは、「潮騒のメロディー」高田みづえです。

 まずはデータです。

・タイトル    潮騒のメロディー
・作詞      斉藤仁子
・作曲      F.ミルズ
・編曲      田辺信一
・リリース日   1979年8月25日
・発売元     テイチク
・オリコン最高位 25位
・売上げ枚数   22.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 25位

 ヒット曲にもいろんな形があるもんなんだよね。その中でもカバー曲ってやつですが、まあ、普通、カバー曲っていうのは、オリジナルで「歌って」いるヒトがあって、それをカバーするってのが普通なんだけど、中には、もともと「イントルメンタル」な曲なのに、無理やり歌詞をつけちゃってカバーする曲もあったりするわけなんですよね。

 たとえば、ザ・ピーナッツの「情熱の花」とか。 あ、いや、ワタシらの世代では、ザ・ヴィーナスの「キッスは目にして!」の方が、圧倒的にしられてるか・・。 うむうむ、これは、ヴェートーベンの「エリーゼのために」だわね。 うむ、この曲ももともと歌詞なんかついてないところに、言って見れば「無理やり」歌詞をつけちゃったりしてるんだけど・・・。ふらふら
 変わったところでは、富田靖子の「さびしんぼう」か。これは、ショパンの「別れの曲」に、無理やり歌詞つけちゃったりしてるんだけど・・・ふらふら

 はい、今日、引っ張ってきた曲もそんな曲どぇす。

 高田みづえの「潮騒のメロディ」だったりして・・・。


 この曲っていったら、どーしても、リチャード・クレイダーマンの「愛のオルゴール(Music Box Dancer)」が・・・・って、え? なになに・・・この曲って、もともとリチャード・クレイダーマンぢゃないの? 
 作曲者のフランク・ミルズってヒトがオリジナルなのね。。。

 いずれにしても、あのピアノの官能的なメロディが、一回聴いたら忘れられない曲ですわねぇ。

あ・・・・これこれ ↓



曲タイトルは知らなくても、実際に聴けば、たいていのヒトは知ってるでしょ? いまだにテレビ、ラジオのBGMにはよく使われてるもんね。

 いまは、このテの曲って、ホンとに少なくなったけど、当時はまだ、イージーリスニング系が持てはやされていたわけで、このテのアーティストも数多く存在していたわけですわ。


 で、まあ、時流に乗ってかって・・・ってことでもないんだろうけど、高田みづえがカバーした・・・と。
 でもさあ、このころ、高田みづえって、とかくカバー曲が多かったんだよねぇ。そのさきがけが、この曲だったりするんだけど、方向性に行き詰ってたんですかね? カバーする曲の方向性がバラバラだったりして・・・。
 この「潮騒のメロディー」がイージーリスニングでしょ? 次の「真夜中のギター」(オリジナル 千賀かおる 1969年)が歌謡曲。 で、もって、次の「私はピアノ」(オリジナル サザンオールスターズ 1980年)がニューミュージック・・・と。
 一体、どういう方向性に持っていきたかったでしょうねぇ・・・と思わず、首をひねりたくなったりして。。。

 ま、それでも「私はピアノ」で「当てた」んだけどね。


 ・・・・と一般的には、「私はピアノ」に注目が行ってしまうんだけど、実は、高田みづえの曲の中で、もっとも「ロングヒット」したのは、この「潮騒のメロディー」だったことは、意外と知られてない事実だったりして・・・。
 
 ふむ、オリコンでは、この曲、なんと35週もベスト100にランクインしてたりするのよね。
 ちなみに、高田みづえで最も売れた「私はピアノ」のランクイン週数は28週。それよりも長くランクインしてたのよ。

 いや、そーだよな。ワタシのかすかな記憶を辿ってみると、たしか、よく聴いたのは、1980年の「今頃」だったはず。
 うん、まだ、福島のいわきにいる頃で、春先の海辺で聴いた記憶があるから、それは確か。
 うん、実際、オリコンで最高位の25位を記録したのが、1980年2月25日付だったりするからねぇ。

 でも、実際のリリース日を調べて見ると、1979年8月になってたりして・・・かなり意外な感じがしたんだよな。

 いや、絶対に1979年の夏・・・っていうイメージは全くないですよ、この曲に。


 で、よくよく調べてみると、実際、当初は「子守歌を聞かせて」って曲のB面だったらいんだよね。それが1979年8月のリリース。
 で、途中から、こっちの方が人気が出てきて、A面、B面ひっくり返して、再リリースしたら、あーら、スマッシュヒットしちゃったわ・・・っていうパターンだったらしい。 ・・・・なるほどね。
 まあ、当時、たまにあったパターンですね。


 でもさ、「無理やり」歌詞をつけた曲にありがちなんだけど、なんとなく「マヌケ」に聴こえたんだよな、当時は。 
 この曲は、やっぱ、ピアノ曲だよなぁ・・・っていうところが強くてさぁ。 まあ、基本的に、今でも、その考えは変わんないんだけど。。
 でもまあ、メロディは普遍的だし、いい曲ですよ。 うん、それは否定しないな。





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秋冬 / 高田みづえ

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今回の1曲セレクトは、「秋冬」高田みづえです。

 まずはデータです。

・タイトル     秋冬
・アーティスト   高田みづえ
・作詞       中山丈二
・作曲       堀江童子
・編曲       若草恵
・リリース日    1984年1月1日
・発売元      テイチク
・オリコン最高位  22位
・売上げ枚数    13.6万枚

 奇しくも、さきほどの小泉今日子と同じく、バーニングプロ繋がり・・・ということで。。


 同一曲の「競作」っていうのも、最近では、あまり見かけなくなった現象だねぇ。
 これが、時代を経てリリースされると、「カバー」って言うことになるんだけど、競作の場合は、ほぼ同時期に同じ曲をリリースするか、あるいは、同じ時期にヒットするか・・・ってなった場合を指すわね。

 いやいや、いま考えてみると80年代中初期、具体的には83年〜84年にかけては、競作盤が大流行だったよなぁ。「氷雨」「矢切の渡し」「ラヴ・イズ・オーヴァー」「浪花節だよ人生は」・・・で、そのなかでも、もっとも、笑えたのは「釜山港へ帰れ」でしょ。
 この曲、全部で何組の競作盤がでたんだっけ?
 
 ・・・・で、これら「ひとまとめ」にして、夜ヒットで一挙に共演したのは、あれは、一種の「悪ふざけ」か・・・とか、思えるような演出だったよなぁ。
 でも、仮に今、ワタシがディレクションの立場であったとしたら、全く同じ事を考えたかも知れないなぁ。「悪ふざけ」ギリギリの演出ってことで・・・。
 ある一線を越えると、これは完全な悪ふざけになって「批判」の対象になっちゃうんだけど、そのギリギリのところでやるって言うのが、これが、一番、インパクトがあるんだよね。

 そこを、うまく見極めるのが、プロの仕事・・・なんて、書くとカッコいいんだけど、実際は、ハラハラドキドキもんなのよ。そこが、また、よかったりしてね。


・・・ということで、今日は、そんな「競作」曲からひとつ。


 秋冬 /高田みづえ


 この曲、高田みづえ、原大輔、三ツ木清隆 による競作だったけど、売上げ的には、原大輔バージョンが一番売れたんだよね。(15.4万枚 最高19位)
 まあ、一番、早くリリースした(1983年10月5日リリース)っていうアドバンテージもあったというところだけど・・・。

 でも、印象からすると、個人的には、やっぱり、高田みづえだったりして。。。

 艶っぽいんだよね。どことなく。

 この曲くらいになると、もう、完全にポップスというより「歌謡曲」の世界なんだけど、やっぱり、この手の落ち着いた曲が、このヒトにはあってたんぢゃないかしらね。

 まあ、印象に残るには、メロディラインも肝心なんんだけど、やっぱり、サピの部分の

 ♪ きーーせつのかわりめを あなたのこころで知るなんて〜 ♪


のメロディの音使いは印象に残るよなぁ。

 このころ、なぜか、こんな、シットリした曲に嵌ってたんだよなぁ。「ラヴ・イズ・オーヴァー」も好きだったし。。。

 これらシットリした曲と、「タコハイ」を思い出すと、「あ、1984年初頭だ〜」っていう頭に未だになりまする。


なに? 「タコハイ」をしらない? うーん、今でいう「チューハイ」よ。

 田中裕子の宣伝で、「タコが言うのよ タコが・・・」って言うのがあって、で、「タコハイ」になったんだね。

 レモンと、なぜか「プラム」があったよな。ワタシャ、「プラム」の愛飲家でした。。

 やばい、未成年だったのに、酒飲んでたの、バレた? (←当時14歳)

 時効でしょexclamation & questionふらふら

 しかし、ながら、未成年のウチから酒を飲んではいけません。おっちゃんみたいに、「痛風」になっちめぇますぞ。




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真夜中のギター / 千賀かほる 

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今日の1曲セレクトは、「真夜中のギター」千賀かほる です。


まずはデータから

・タイトル     真夜中のギター
・アーティスト   千賀かほる
・作詞       吉岡治
・作曲       河村利夫
・編曲       クレジットなし
・リリース日    1969年8月10日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位  4位
・売上げ枚数    44.8万枚
・ベストテンランクイン期間:1969年10月20日〜1970年1月5日付

 今回は、思い切って、時代を遡ってみた。1969年8月リリース。丁度、ワシが生まれた頃の曲で、69年秋から冬にかけてヒットした曲ですね。
 当時のフォークブームを反映した、「歌謡」フォークの代表的な曲です。
 もちろん、リアルタイムで、この曲を聴いた、なんていう記憶は全くない。
 このオリジナルから11年後、1980年に高田みづえが、この曲のカバーを出したのね。それをたまたま、ラジオで聴いたんだよね。
 でも、ガキながらいい曲だと思ったナ。たしか、明星の付録のヤンソンにものっけられてたしね。
で、それから、しばらく忘れてたんだけど、1980年代後半〜1990年代前半は「ナツメロ」ブームだったわけで、そのときにもう一度めぐり合ったわけです。この曲に。そのときは、オリジナルの千賀かほるで。
 高田みづえとイメージが随分違ったのを覚えてるな。高田みづえバージョンは、もっとソフトだった記憶があるんだけど、オリジナルの方は、もっとはっきりしたボーカルなんですよね。千賀かほるさんのボーカルって。
 それに、コブシが結構聴いてるから、フォークというより、「歌謡曲」ってイメージが強いっていうのが、強烈な印象だったな。

 あ、この曲、当時はフォーク、それもフォークギターの入門曲として有名な曲だったんですよね。
Key=C。 もちろん、コードもC、G7、Dm、Amなど、ごく基本的なコードと、コード進行の入門曲としては最適な曲な訳です。
 
 やさしいのは、メロディ、コード進行だけではなく、詞もやさしい曲ですね。 いやこの場合は「優しい」といった方がいいかなぁ。
 
 今回このきょくを引っ張ってきたのは、この曲の詞が、今の自分の心境に似ているってところもあるからなんだよね。
 
 ♪街のどこかに さみしがりやが一人 今にも泣きそうに ギターを弾いている♪

 ♪愛をなくして 何かを求めて さまよう 似たもの同士なのね ♪

 なんかね、今の自分の心境をダイベンしてもらっているようでさ・・。
 本当は、仕事だったら、こういう部分って見せちゃ行けないと思うんだけど、ここは、あくまで個人としての日記なので、こんな心境な部分も見せちゃっていいのかな・・・と思ったわけです。今回、引っ張ってきた訳って、そういう心境が今の時分では大きな部分占めてるからってところが一番大きいですね。

 ダメだねー。夏も終わり、涼しくなってくると、ついつい、シンミリしてしまう私デス。


 ところで、この曲の作詞をされた吉岡治氏は、のちに演歌の作詞家とした、大成された方です。
都はるみの「大阪しぐれ」、大川栄策「さざんかの宿」などが有名ですね。
 このころは、コロムビア専属の若手作詞家で、このようなフォーク調の曲も書かれていたわけですね。
 
 さらに、作曲の河村利夫さんもおなじく、コロムビアの専属作曲家だったんですよね。
 まだ、このころは、レコード会社の専属制度が残っている時分で、こういうみょうちくりんなリリースの仕方しかできなかったわけです。
 
 演歌のイメージが強い、コロムビアなんで、フォーク調の曲を? なんですが、まあ、それだけ、時代はフォークだったわけですね。カレッジフォーク。 当時の大学生を中心となったムーブメントなわけです。
 そうしたカレッジフォークを核としたレコード会社の中心は、東芝EMIだったわけですが、1969年ごろにもなると、コロムビアも手をこまねいている訳にはいかなかったんでしょうねぇ。

 この辺の時代の流行や社会の流れって個人的には大好きなんですよね。高度成長社会と70年安保、なんか混沌としたグツグツと煮えたぎったエネルギーがあたっていうかね。
 ほんど、この時代の空気にじかに触れたかったって思うんだよね。 まあ、実際、じかに触れてるんだけどさ。まだ、「0歳」だったからなぁ。 あと10年早く生まれてたら・・って本気で思いますもんね。


 話を戻しますね。 この「専属制度」、今、音楽(ストリーミング含む)配信の思わぬネックなんだ。
 というのも、これ、各レコード会社が曲の権利を管理しているわけでね。ジャスラー(JASRAC)が「いい」といっても、レコード会社が「ダメ」ならダメなのよ。逆に言うと、これでけっこう、レコード会社、小銭稼いでるんだよね。 あくまで小銭だけどさ。
 でも、これのおかげで、音楽配信業者は、これらの曲を自由に使えないっていうジレンマがあるんだよね。
放送局にはほとんどないでしょ。専属曲だからっていちいち、レコード会社と許諾契約結ぶなんてこと。せいぜい放送倫理規定に触れる曲(いわいる放送禁止曲)が流せないくらいで・・。
 1970年の著作権法改正以前の曲が対象なんだどさ。(1970年の著作権法改正以降は専属制度は廃止)
 まあ、専属曲の多くは、今となっては、需要がほとんどゼロの曲が多いけど、なかには、この「真夜中のギター」のような名曲も多数含まれているわけです。
(そのほか、有名どころでは「六甲おろし」、「自動車ショー唄」などなど。ちなみに、今年はじめにドラマの「ごくせん」で有名になった、北島三郎の「兄弟仁義」もそうです。 それらの曲、JASRACはOKだけど、各所属レコード会社の専属曲なんで、レコード会社の許諾なしには配信できません) 
 これについては、mixiに他にコミュニティが立ってるから、ここでは言及しないけど、いまだに「放送業界」には優しいけど、「ネット業界」には厳しい「音楽業界」の権利関係なんだよねー。 


 えー、曲の年代が年代なんで、多分、コメントないだろうな・・と見越して、いろいろくどくどと、ヤバメのことも含めて書いちゃったかな?

 単なる日記だからして・・まあいいか。





※2005年9月に書いたものの再掲載です。
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