かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

飛鳥涼

太陽と埃の中で / CHAGE&ASKA

1991_02_太陽と埃の中で_CHEGA&ASKA











今回の1曲セレクトは、「太陽と埃の中で」CHAGE&ASKAです。

まずはデータです。

・タイトル    太陽と埃の中で
・アーティスト CHAGE&ASKA
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・編曲      飛鳥涼 J.BAILEY
・リリース日   1991年1月30日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  50.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1991年2月18日付
・タイアップ:日清食品「カップヌードルレッドゾーン」CM曲 フジテレビ系「TIME3」エンディングテーマ

 今となっては、完全に死角に入っちゃってる曲って、結構あるんだよね。・・・・って前にも書いたような気がするけど。。。
 ってか、今回も、そんな今となっては「死角」に入ってるよな・・・なんて思える曲をセレクトして来ましたわ。

CHAGE&ASKA「太陽と埃の中で」

うーん、もしかすると、チャゲアスのファンしか、今じゃ覚えてないかなぁ。 リリース順から言うと、あの「SAY YES」の1曲前なんだよね。

でも、↑のデータを見ても分かるように、この曲からいきなり売り上げが伸びたんだよなぁ、チャゲアス。

86年にワーナーパイオニアからキャンオンに移籍して、それまでのフォーク臭から、俄然ポップさとヘヴィーさを前面に押し出してきたチャゲアスだけど、移籍1弾の「モーニングムーン」こそ売れたけど、そこから暫くシングルと必ずしも大ヒット的な売り上げに結びついたなかったんだよね。なにせ10万枚に届いた曲すらなかったんだから。。。

 それがいきなり、この曲で「50万枚」に跳ね上がったんだから。。。一体何があった? って感じだけど、正直、周辺的な所で売り上げに結びついたことって、今考えると思いつかないんだよね。
 
 この曲カップヌードルのCM曲だったけど、正直、個人的にも今まで忘れてたくらいそれほど話題になった訳でもなかったし、最初に書いたように、今となっては死角に入ってしまっているような曲なんでさ、全然、派手さを感じないんですよ。

でもさ、90年代には入って曲調は変わったよね。チャゲアス。
この曲の前が「DO YA DO」って曲なんだけど、最初聴いた時、チャゲアスって分かんなかったもの、80年代のチャゲアスのアクの強さがすっかり影を潜めちゃってたしさ。
 でも、めっちゃメロディアスなんだよな。そこに引っかかった。でも、その時点では、その後、超大ヒットに結びつくとは思っても無かったんだけどね。

でも、ジワリと浸透して来ていたんだろうなぁ。「DO YA DO」で魅せた、メロディアスさがこの曲に来て人気にも結びついてきたんだろうね。

まあ、この曲は、「DO YA DO」に比べると、若干、強さを感じるけど、それでもミディアムなメロディアスな曲には変わりない。
 
 邦楽というよりは、洋楽的な肌触りを感じるんだよね。 まあ、その辺は、アレンジャーに迎えた、J.BAILEY氏の影響が強かったんだろうな。
 
 80年代終盤頃から、イギリスに傾倒した飛鳥氏が、J.BAILEY氏によって、ようやく楽曲として結びついてきたのが、「DO YA DO」であり、この「太陽と埃の中で」なんだよね。

ただ、この曲は確かにCDは売れたけど、有線等の他メディアでは、それほど支持があった訳じゃなかったんだよね。
だから、ワタシのチャートでは最高位10位だったし、今となっては死角に思えるような地味さを感じるのは、まだまだ広く支持されるだけの人気は無かったからなんだろうなぁ。


そして、この曲から「SAY YES」へと繋がるわけだけど、そのメロディアスさが大爆発する訳ですわ。

この曲は、そんな大爆発を予感させつつあった、1曲であった・・・ってわけですね。






よろしかったら、ポチッと押してね

にほんブログ村

ガラスの十代 / 光GENJI

1987_12_ガラスの十代_光GENJI






今回の1曲セレクトは、「ガラスの十代」光GENJIです。

 まずはデータです。

・タイトル     ガラスの十代
・アーティスト   光GENJI
・作詞       飛鳥涼
・作曲       飛鳥涼
・編曲       佐藤準
・リリース日    1987年11月26日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    68.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年12月7日〜1988年3月14日付

今回は、久しぶりにジャニーズを持ってきますか。
そそそ、ジャニーズと言っても、マッチ、トシちゃん以外のジャニーズ。久しぶりに光GENJIなぞ。

「ガラスの十代」なんてどぉ?

しかしねぇ、あの頃の栄光と超人気ぶりを考えると、ここ数年の元光GENJIのメンバーのダメダメぶりはないよな。大沢は離婚騒ぎ。山本の借金騒動。赤坂に至ってはクスリでゲーノー界追放・・・と。まあ酷いもんですわね。
 ついでに、この曲書いてる、ASKA氏までクスリで逮捕・・・と。 まあどこまでスキャンダルが付きまとうかね・・・ってくらいクダクダになってしまいましたな。スーパーアイドルグループの辿った末路ってところですかねぇ。

まあ、得てして若くして、栄光の絶頂に立つと後々こういう事になる・・・ってことはゲーノー界ではよくある話で。結局、社会を知らないで頂点に立ってしまうと・・・ってやつなんだろうね。

で、一番問題を起こしそうだった、諸星がじつは一番しっかりしてた・・・と。
ジャニーズを出奔してから、完全に「干されて」わけだけど、「地力」で復活してきたのは、凄いことだけどね。

 ワタシ、彼は絶対ジャニーズは辞めないと思ってた・・・。けど、本当にやりたいこと、一番持ってたんだな。

 ウタも当時、一番ヘタクソでクチパク、バレバレのやんちゃ坊主だったけど、芯はしっかりしてたんだな。 N.Yで本場のエンターテイメントを学んできて、ウタも本格派に変身しちゃったしね。


・・・・と関係ない話に行ってしまいそうなんで、「ガラスの十代」ね。

だけど、今、改めて考えてみると、この曲がもっとも、光GENJIの中では、「まとも」な・・と書くと変だけど、内容的にもしっかりした曲ではなかったですかね。

 なんかさ、光GENJIって、歌うディズニーランドっていうイメージだったじゃん。
 1曲1曲がエレクトリカルパレードとかテーマパークであってさ。まあ、もともと「スターライトエクスプレス」っていうミュージカルの企画から誕生したグループだから、どの曲も、そんなテーマパークのような華やかな曲であったのも頷けるんだけどさ、この「ガラスの十代」だけは、ハイティーン時代特有の、「壊れやすい繊細な心」な内容の曲だったわけじゃん。

 担当は、デビュー曲の「STAR LIGHT」に続いて、チャゲアスの飛鳥涼氏だったわけだけども、「テーマパーク」のような曲もいいけど、それよりも、彼ら自身の等身大の気持ちも歌って欲しい・・・ってことで書かれた曲なんだよね。

 その部分はストレートに表れた曲だとは思う。そのぶん、同年代に刺さった大きさは、「STAR LIGHT」の比じゃなかったもんね。

 この証拠に、ベストテン内にランクインした期間は、この曲がもっとも長い。オリコンで15週連続ベストテン内ランクイン。(正月分2週集計も含む)

 初期の光GENJIって、それまでの並居るジャニーズ系にもまして、長期間ベストテン入りしてた傾向が強いんだけども、この曲が88年〜89年にベストテン入りしてた「剣の舞」と同じく、15週連続でベストテン入りの最長ベストテン入り曲なんだよね。

 最近のジャニーズ系と比べると、チョット考えられないようなチャートアクションを見せてたんだけどさ。 まあ、それだけ「スーパー」な人気だったわけだわな。

・・・と書いてるワタクシも、「ガラス」(?)の十代でしたよ、この頃は。。 大沢と同い年だからさ。




バックで踊ってる中に、今も活躍しているだけかがいるか・・・探してみる。
いつだったか、光GENJIのバックで踊ってるSMAPのメンバーを探してください・・・なんて依頼が来た事があったな。分かるわけないじゃんか〜。後ろはチラチラしん映らないし。。。。




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

僕はこの瞳で嘘をつく / CHAGE&ASKA

1991_12_僕はこの瞳で嘘をつく_CHAGE&ASKA






今回の1曲セレクトは、「僕はこの瞳で嘘をつく」CHAGE&ASKAです。

 まずはデータです。

・タイトル   僕はこの瞳で嘘をつく
・アーティスト CHAGE&ASKA
・作詞     飛鳥涼
・作曲     飛鳥涼
・編曲     十川知司
・リリース日  1991年11月21日
・発売元    ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  81.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1991年12月2日〜1992年2月10日付
・タイアップ:パナソニック「オーディオ HALF コンポ」CM曲

さて、年明け1発目の「1曲セレクト」です。
・・というわけで、年初めにご連絡させていただこうと思いまして・・・。
えー、昨年は1曲セレクトも、1日当たり「3〜4曲」アップしてたんですが、今年から「1日1曲」ペースに戻そうかと思っております。
 実は、昨年アップしてた曲は、昔1度書いた曲を「ブログ移設」のために再度アップしてものでして、本来は一度に一気に移設しようかと思ったんですが、せっかくなので、少しずつ小出しに出していたんですね。
 ただ、昨年1年で、以前書いた曲はほぼ移設し終わったんで、今年からは、「1日1曲」と、当初のペースに戻そうかと思っております。
 ただし、今年の分からは、逆に以前書いてなかった、新たに書く曲がメインとなります。
これまでは80年代中心だったけど、まだ70年代とか90年代で書いてない曲もあるんでね。その辺りを今後は書いていきたいと思いますんで、今後ともよろしくお願いします。


 閑話休題。
 そーいえば、最近「ボーリング」を全然やんなくなったなぁ。いつ以来やってないだろ? 
 ムカシは、随分やったよなぁ。高校から大学・・・? いやいや、社会人になってもやってたな。
 大学のころ、ちょっとした、ボーリングブームだったことがあるんだよねぇ。 ちょうど得点計算が、「手計算」から「コンピューター」に変わって、レーンの上に表示される頃かなぁ。 うん、それが丁度1990年くらいだったんだよね。
 
 いや、あの頃は、マジで随分やった。 

 オリコンチャートの研究(!?)の自主サークル、「オリコンチャート研究会」のメンバーでは、マジに随分やったよなぁ。毎週のようにやってた気がする。都内のあっちこっちのボーリング場で。

 ピークは、1991年末〜1992年にかけてだったかなぁ。まあ、大体、「オリコンチャートの研究」の名目で集まっては、ボーリングやってカラオケ・・・っちゅうパターンが毎度毎度だったな。
 なっつかしいな。

 しかし、あれから、既に24〜25年の月日が過ぎ・・・。早いもんだね。

 え? ボーリングの腕ですか? 

 うーん・・・、あのころはねぇ、毎週のようにやってたから、スコアはホドホドによかったっすよ。 ハイゲームが204だったかなぁ。アベレージが150くらいだったと思うな。

・・・なんて、書くと、ウソウソ・・・とか思われちゃうよなぁ。
 いや、あの頃も、そう、思われてたんで、証拠に「204」取った時のゲームのスコア持ち歩いてたもんね。
 たしかねぇ、浅草の「楽天地」のボーリング場っすよ。
 
 だけど、1ゲーム「200」っていうのは、マジで難しいねぇ。その後も何回か、チャンスはあったんだけど、結局、いずれも190台までしか伸びなかったしな。少なくともターキーを2回はとらなアカン。もちろんオープンフレーム作っちゃうと、難しくなるし。。。


・・・おっとっと、ボーリングの話じゃないね。 

・・・というわけで、いっちん、ボーリングにのめりこんでた頃のヒット曲、チャゲアスの「僕はこの瞳で嘘をつく」でも持ってきますか。

 うん、そーいえば、この曲も随分ボーリング場で聴いたよなぁふらふら

あの頃、PVが見られるジュークボックスがあったんだよね。ボーリング場とかに置いてあったんだよ。
上で書いたように、あの頃ボーリング頻繁にやってたからさ。 この曲、頻繁に流れてたんだよね。

 そう言えば、1992年、最初に聴いた曲もこの曲だった。当然ボーリング場で。
いやいや、あの頃、上記の「オリコンチャート研究会」メンバー、大みそかに決まって私の家に集まって「レコ大」(あの頃はまだ大晦日放送だった)と「紅白」を見て、その後、オールナイトでチャート談義するのが毎年のイベントだったんだよね。
 で、朝方までなんだかんだくっちゃベって、ヒト寝入りしたあと、決まって地元のボーリング場で一投げして、カラオケっていうのが「ルーティン」だったのよ。(体力あったよな。。。。)

で、その元日ボーリングで、最初に聴いた曲がこの曲ですわ。

だからねぇ、この曲って言ったら、「ボーリング」って連想しちゃうわけですね、未だに。



だけども、この曲は、91年10月リリースのアルバム「TREE」からのシングルカットなわけで、アルバムを先に聴いてたヒトからすると、新鮮味はなかったかもなぁ。
 まあ、そういうところもあってか、売上げ枚数的には、81万枚と、当時のチャゲアスにしては、それほど驚く数字でもなかったのよね。

 ・・・・なんて、書くと、今のCD売上げとの「格差」の大きさに、自分でも戸惑っちゃったりするんだけど。。ふらふら

 でもさ、この曲の前のシングルが、あの「SAY YES」よ。「SAY YES」の売上げが283万枚だった事を考えると、高々1/3以下だからねぇ、この曲の売上げは。 ま、その辺は、だから、シングルカットっていうところが強かったってわけよ。

 ちなみに、アルバム「TREE」の売上げは235万枚ですわ。

 「格差」というてんでは、曲調の格差も大きかったよなぁ。 

なんせ、「SAY YES」がご存知のように、あれたけのメロディアスバラードだったのに対して、この曲のスピード感と、ノリノリ感・・ときたら。

 いや、あの時代、チャゲアスほど、曲調の差が大きかったヒトたちはいなかったねぇ。

 ただ、共通しているのは、バラードでも、ノリノリな曲でも、キャッチーだってことだねぇ。
 ま、一つは、よく言われるように、あの時代の「カラオケ」対策ってのもあったんだろうけど、いま考えれば、果たして、それだけだったんかね? 
 とも思えるんだよね。

 少なくとも、「今」のこの「腐りきった」業界の体質からみると、もっと「きっちり」と「音楽」を作ってるような気がする。あの頃は。

 少なくとも、「安い」「早い」・・・みたいな、吉野家の牛丼てきな作りではないでしょ? 

 アーティスト側も本気で作っているんだよね。で、出して(マネージメント側)も、きちんとマーケティングを行ってたりする。

 その両輪の歯車がきっちりと噛み合ってたと思うんだよね。だから、あれだけのメガヒットになったんじゃないかねぇ。

ま、結局は、それも、このあたりを中心とした、2〜3年っていう、つかの間だったけど。。。


 それにしても、この曲のスピード感はめっちゃ速いんだよね。譜面を見ると ♩=210 つまりBPMが210よ。これは、めっちゃ、速いですよ。
 通常、「普通」の速さの曲で、♩=120だからさ。

  だから、この曲、譜面追いかけながら、聴いてると、時どき、どこだかわかんなくなっちゃってたりしてねふらふら 追いかけていくのが大変でさ・・・。

 ちなみに、♩=200以上で、あと、ヒットした曲って言ったら、山下久美子の「宝石」くらいなんじゃないかなぁ。
 ♪ 大好きよ 好きよ 好きよ〜 ♪ って奴。 あ、以前、ここでも書いたな、あの曲が♩=208だったからさあ。

 だから、この曲は、それよりさらにスピードが速い曲だったってこっちゃな。




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

なぜに君は帰らない / CHAGE&ASKA

1993_12_なぜに君は帰らない_CHAGE&ASKA






今回の1曲セレクトは、「なぜに君は帰らない」CHAGE&ASKAです。

 まずはデータです。

・タイトル   なぜに君は帰らない
・アーティスト CHAGE&ASKA
・作詞     飛鳥涼
・作曲     飛鳥涼
・編曲     十川知司
・リリース日  1993年11月19日
・発売元    ポニーキャニオン
・オリコン最高位 4位
・売り上げ枚数 42.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1993年12月13日付

 なぜに、このごろのテレビって、こうもツマランのかねぇ・・。せっかくの休日だっちゅうのに、ろくな番組やってない・・・。
 こういう日は、1曲セレクトでも書いて、早く寝ちまおう・・・・なんて思って、只今、PCに向かってたりします。。。

 さて、今回はどの曲を書くべな。。。本日は、比較的変化球な曲を書いてきたんで、今回は直球勝負。めっちゃ、インパクトありの曲でも行きますか。


・・・っちゅうことで、チャゲアスの「なぜに君は帰らない」なんぞを引っ張って来たりして。。



 結局、今年は「これっ」っていう曲に巡り合えなかったな。うん、インパクトがあって、思わず聴いちゃうような曲ですわ。正直、今年は「駄作」が多かったと思うわ。これじゃ、CDが売れないのもあたりめぇだよな。
 なにが行けないのか・・・単にメロディラインやアレンジの問題じゃないんだよね。サウンドの問題も大きいと思う。

 聴いててドキドキ、ワクワクするようなサウンドの曲って、このごろ出てきてないもん。

 私感なんだけどさ、DTMを始めとして、コンピューターを使って、簡単に曲を作っちゃうのが、「フツウ」になってから、J-POPってツマンナクなっちゃったような気がするな。
 
 だいたい、金かけないで、デモも一人でほとんどコンピュータで作って、そのままレコーディングに持ってちゃうんでしょ? 最近は。
 ダメだね、これじゃ。
やっぱ、金と時間と人をたっぷり使って、いろんなアイデアを出し合わなきゃいい音楽は生まれない。

 ・・・って書くと、バカヤロウ、こんなご時世に、金も時間も人もたっぷりかけられっか・・・って言われるのがオチだと思うけど、音楽もデフレスパイラルしちゃってどうすんの? ってことよ。


 振り返れば、90年代前半って、「メガヒット」の時代って言われてたけど、今、振り返ってみれば、それだけの要素があったんだよね。
単にカラオケが流行ってたから、それだけ需要があった・・・では済ませられないものがあったと思う。

 その一つがサウンドの豪華さじゃないかなぁ。とにかく、金掛け捲ってたような気がするわ。
 今、改めて当時の曲を聴くと、サウンドが生き生きしてるのよね。元気なのよ。
 まずは、この辺を見直すことが先決だろうな。来年の音楽界の課題だね。



・・・・おおっと、話がずれた。 チャゲアスの「なぜに君は帰らない」だよね。

 なんで、こんな話を持ってきたか・・・っちゅうと、90年代前半のメガヒットの時代のサウンドの進化系の究極なところが、この曲に集約されているような気がするんだよね。あ、これは、当時もそう思ってたんだけどさ。

 チャゲアス、ここまで来ちゃって、次の一手のコマは持ってるのかねぇ・・・っちゅう心配も少ししたような気がする。
 壮大なサウンド、究極なところまで来ちゃってるメロディ、飛鳥なんか、もうギリギリいっぱいで熱唱してたジャン、この曲。

 正直、この曲、カラオケでまともに歌おうとしたら、声つぶしますよ、シロートのヒトは。ワタシもなんどもトライしたけど、無理だったわ。

 まあ、唄いづらい・・・を通り越して、これはシロウトには唄えないですわ。

 ただ、そういう曲だからこそ、プロな唄い手なのであって、だからこそリスナーに感動を与えるのも確かでさ、そういう曲が、今にあってもおかしくないんじゃないかって思うのよね。最近、ここまで曲のすべてがギリギリなところまで昇華してる曲ってホントに少ないからさあ。

 
 しかしまあ、当時のワタシの不安は的中した・・・っていうか、結局、チャゲアスの「攻め」な曲は、この曲が最後だったような気がするわ。その後は、この曲を越えるような、極限の曲ってなかったよなぁ。やっぱ、この曲で昇華しちゃったんだろうな。。。





よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

ボヘミアン / 葛城ユキ

1983_08_ボヘミアン_葛城ユキ






今回の1曲セレクトは「ボヘミアン」葛城ユキです。

まずはデータだっぺ

・タイトル     ボヘミアン
・アーティスト   葛城ユキ
・作詞       飛鳥涼
・作曲       井上大輔
・編曲       井上大輔
・リリース日    1983年5月21日
・発売元      ラジオシティ
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    41.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1983年8月15日〜10月17日付
・タイアップ:毎日放送ドラマ「赤い足音」主題歌

 ヒット曲はインパクト、インパクトってずっと書き続けてきたけど、この「インパクト」という点では、この曲の右に出る曲って、今までを見てきてもそうそうはなかったんではないかなぁ。

  ボヘミアン   葛城ユキ

・・・と聞いて、知ってるヒトだったら、あの「ダミゴエ」で叫ぶ

 ♪ ボヘミ゛ア゛〜〜ン ♪

というフレーズがいやがおうにも耳を付いてくるでしょ。


はっきり言って、この曲は、もうね、この出だしの

 ♪ ボヘミ゛ア゛〜〜ン ♪

だけで、おもわず「OK」といいたくなるんですよねぇ。ここだけで、引き込まれるもんね。

そのほかは「つけたし」といっては失礼だけど、それほど大きなショックなフレーズはないでしょ?

 まあ、一つのフレーズがとんでもなくインパクトがある・・・・これこそが「シングル」だと思うんだなぁ。シングルはやっぱり尖がってなんぼの世界でしょ。
 そういうところから見ると、この曲なんかは「シングル」だよなぁと思うわけですね。

 いやこのころの曲は、ヒットしている曲は、だいたい尖がってる曲が多かった。特に1983年って、ニューミュージック界はあらたなニューウェーブ系ナアーティストが台頭してきた頃で
、それこそ尖がった曲が多かったんだよね。

 ま、そのなかでもこの曲は、突出してたよなぁ。



 だけどさ、ヒトって変われば変わるもんだよね。葛城ユキっていうヒト、もともとは「木曾は山の中」なんていう、ポプコン系のフォークソングを歌ってたんですよ。
 それが、この曲のころは、すっかり「ロック」だもんね。邦楽界では女性ソロロッカーとしては、はしりのような存在だもんね。でも、結果的にはその方向性がよかったんだろうね。もともと、このヒトの声は軟派なフォークというより、どこまでもロックだもんね。

たださ、あまりにも濃い牛乳は飲みづらい・・というところで、この曲以外はヒットしなかったのも、まあ、致し方ないかな・・と

  だいたい、毎日ずっと、このヒトの声聴いてたら、逆に息苦しいですもんね(失礼)

それと、この曲は、もともとドラマの主題歌だったのは、意外と知られていない事実かなぁ?

 毎日放送(TBS)系ドラマ「赤い足音」っていうドラマの主題歌。・・・っていっても、ほとんどのヒトはピンと来ないよね。
 だいたい、書いてる本人もピンと来ていないし・・・(^^;;;

ちょっと調べたら、1983年6月から1ヶ月間水曜日夜10時〜「水曜の女シリーズ」っていうドラマ枠で放送していたドラマだったようです。

・・・・とかいててもピンと来ない私。。。


まあ、そういうタイアップの関係もヒットの要因だったとも、たしかに言えるかもしれないですけどね。
 当時は、今ほどタイアップ力は大きくなかった・・とは言えども、1983年はタイアップ曲が強かったから。。。



肉食系女子・・・なんて叫ばれて久しい現代だけど、こと、ヒット曲界では、このヒトのようなダミゴエで叫ぶ、猛獣系・・・・失礼・・・肉食系のアーティストって、ほとんど居なくなっちゃいましたね。それだけに淋しい。
 ブリッ子のアイドルのようなベイビーボイスだけが女性アーティストぢゃないのよ。



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

1億のスマイル / 酒井法子

1988_06_1億のスマイル_酒井法子







今回の1曲セレクトは、「1億のスマイル」酒井法子です。

 まずはデータです。

・タイトル    1億のスマイル
・アーティスト  酒井法子
・作詞      森浩美
・作曲      飛鳥涼
・編曲      船山基紀
・リリース日   1988年5月18日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   9.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1988年6月6日〜6月27日付
・タイアップ:ライオン「Ban16」CM曲


 久しぶりで、88年の曲を書くような気がするな・・・。うーん、特に避けていたわけではなくて、単に88年って知ってる曲が少ないからだったりして・・・ふらふら

 特に、このころのアイドルがからきしダメだねぇ。既に、このころになるとアイドルも「オタク」な傾向が出てきてたじゃん。
 
 まあ、当時、(本屋の店員さんの目を気にしながらだけど)、アイドル誌と化していた、オリコンウイークリーを毎週買ってたわけだから、必ずしも「苦手」ではなかったんだけどね。

 単に、「浪人」してたから、気分的に、それどころじゃなかったってのが本音のところですねぇ。


 なので、88年頃になると、B級、C級アイドルの曲はほとんど知らんですわ。

 しかしながら、「ベストテン」だけは、浪人だろうがなんであろうが、見続けてたんで、ベストテン級の「A級」アイドルの曲は、もちろんチェックしてましたよ。

 ・・・うーんと、といっても、今日引っ張ってきた、酒井法子の「1億のスマイル」あたりが、ボトムラインかなぁ・・・。

 
 いやいや、この位がボトムラインとは、かなり知らないっていうのが、ミエミエだったりして・・・。

 ・・・っつうのも、この曲、オリコンでは最高位2位まで行ってるのよ。

 え〜〜〜〜exclamation & question でしょ? 今となっては・・・。 正直言って、ワタシもほとんど記憶にない。。。。

 1988年5月30日付で初登場で2位。 その時のベスト3が ↓

・1位    TATTOO     /中森明菜   77,590枚
・2位    1億のスマイル  /酒井法子   35,260枚
・3位←2位  恋いしたっていいじゃない /渡辺美里 23,350枚

 まあね、1位の中森明菜とは倍近い差がついていたんだけど・・・。
・・・というか、売上げレベル的に、昨今のシングルチャートとほぼ変わらないところだわね。当時のシングルチャートも。

 違いといえば、何回も書いているように、レコードからCDシングルへの移行期ということで・・・。

 メディアの移行期というところでは、CDからネット配信へ・・・っていう昨今の状況と、これも変わらないところなんだけど・・・。


 ちなみーに、この曲が、酒井法子にとっては、自己最高位だったりします。
 一番うれた、95年の「碧いうさぎ」も最高5位だからねぇ。。。


 ところで、曲の内容・・・うーん、個人的には好きなんだけどねぇ。この曲。 なんか、やっと、「曲」の方向性として固まったような気がするなぁ、この曲で。

 それまではなんとなく、手探り状態だったような感じがするんだよね。

 ただ、「全盛期」は短くて・・・ってことで、結局のところ、この曲と、次の「HAPPY AGAIN」の2曲だけが、ひとつの頂点だったような気がするねぇ。うーん、売上げ的にはそうでもないのかexclamation & question
 あくまで印象だけど。。。


 でも、このヒトには、この曲のような、かるーくて、あかるーいアップテンポポップスが一番、「らしい」イメージがあるよね。

 うん、で、この曲の作曲は、当時「光GENJI」の一連の曲を手がけていたチャゲアスの飛鳥だったりして・・・。

 あれ? これ、意外と知られてない事実exclamation & question

 でもそうなのよ。 小金稼ぎにいそしんで・・・って訳でもないだろうけど、当時、ホント売れてたね、飛鳥って。


それよりも、今となっては、クスリで世間から干されてしまった、酒井−飛鳥 コンビと言うべきかwww





よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

パラダイス銀河 / 光GENJI

1988_03_パラダイス銀河_光GENJI







今回の1曲セレクトは、「パラダイス銀河」光GENJIです。

 まずはデータでーす。

・タイトル    パラダイス銀河
・アーティスト  光GENJI
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・編曲      佐藤準
・リリース日   1988年3月9日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   88.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1988年3月21日〜6月20日付

 えー、ヒットチャートを40年近くも見てくると、ちょっとやそっとじゃ、ランクの「記録」には驚かなくなるよねぇ。
 これが、この世界に入った頃は、いちいち、記録に驚いてたりしたもんだけどさぁ。
 やっぱし、いつになってあの頃の新鮮な気持ちは忘れちゃいけない・・・って言うもんだよなぁ。


 なーんて、まくらを持ってきた・・・っちゅうことは、今日引っ張ってきた曲では、そのランキング記録にビックリこいた! ・・・っちゅう訳ですよ〜。

 ハイハイハイ、光GENJI /パラダイス銀河

・・・って書いたら、あの頃からのヒットチャートファンにはすぐ、ピント来ますよね。

 忘れもしない、1988年3月21日付チャート

パラダイス銀河 /光GENJI 週間売上げ枚数 338,690枚!!

 この衝撃は、丁度27年経った、という今でも忘れられないなぁ。

 うん、まあ、たしかに90年代以降、ヒットチャートの世界に入ってこられた方には、この衝撃は理解できないかもしれないですけどねぇ。
 90年代以降では、週間売上げ枚数34万枚なんていう世界は、普通に起こりうるレベルなわけで・・・。CD売れなくなった今でも、「強力曲」では、起こりうるレベルだからねぇ。

 BUT、80年代までは、週間売上げ枚数30万枚なんていうのは、「夢」の世界だったんですわ。
 30万枚どころか20万枚も夢の世界。それどころか10万枚以上で高レベルって言われていた時代。

 しかも時代は、レコードからCDへの移行時期。88年3月に「シングルCD」というシロモノが発売されたばかりという時期だから、まだ、この「パラダイス銀河」のリリース時は、ほぼ100%が「レコード」でリリースされた時代の週間売上げ34万枚ですわ。

 今で言ったら週間売上げ150万枚位の衝撃があったんじゃないかなぁ・・・。
(まあ、これもアルバムでは夢の数字ではないけど・・・)

 ちなみに、これ以前、80年代では週間売上げ30万枚越えた曲は1枚もない。それどころか20万枚越えた曲も1曲もない・・。

 次点は、1982年9月20日付の あみん「待つわ」の173,910枚。

 いや、これでさえ、当時は驚異的な週間売上げ枚数・・・って言われてたんだからねぇ。

 この時の「パラダイス銀河」がいかに凄まじかったかお分かりでしょうかねぇ・・・。


ちなみに、この時の2位は、

 GOOD MORNING-CALL /小泉今日子 で 50,270枚・・・。

 「パラダイス銀河」の1/6以下・・・って言う具合だったわけですね。


 まあ、それだけ当時の光GENJI人気の凄まじさ・・・っていうのもあったんだけどさ、曲自体の完成度としても、やっぱり、この曲が頂点だったんじゃないか・・・って思いますね。

 光GENJIの原点って、前年に行われた「スターライトエクスプレス」じゃん。
 でも、コンセプトは、プラス、ディズニーランドって言うところもあったと思うんだよね。
 ディズニーランドのアトラクションのような、華やかでワクワクする世界。

 そういうコンセプトにピッタリ嵌った曲・・・って言うと、やっぱり、この曲なんだとおもうな。

 チャゲアスの飛鳥の作詞、作曲もこれで3曲目ってことで、最初は戸惑いが感じられた曲調だったけど、最ものびのび、全く迷いのない! っていう作品に仕上がっていますもんね。

 この曲以降、いろいろ曲をリリースした光GENJIだけど、曲のコンセプト、楽曲パワー、それと、アーティストパワーが三位一体になった曲は、これ以降出てこなかったと思うなぁ。

 だからさ、まあ、確かにアーティストパワーの賜物ではあるんだけど、この曲以上に売れた曲がでてこなかったんだよね。

 そう、デビュー3曲目にして光GENJIってパワーの頂点だったんですよ。

 この当時は、このままどこまでも行くんじゃないか・・・って思えた光GENJIも早くも次の「Diamondハリケーン」からレコード売上げは下降線を辿るんだもんね。

 時代を振り返ると、長いようであっという間だったんだよね。光GENJIのブームも。

 「熱しやすく冷めやすい」・・・っていうジャニーズファン心理をまともに受けたグループと言えるんじゃないかなぁ。
 あれから30年近くたって見るとさ。。。



忘れてたけど、そういえば、この曲も「レコード大賞」取ってたんだよね。
先ほどの、森進一「襟裳岬」とつながってたな。
相変わらず、落差は凄いけど。。。。



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村
記事検索
livedoor プロフィール

かじやん

読者登録
LINE読者登録QRコード
QRコード
QRコード