かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

風見慎吾

泣いちっちマイ・ハート / 風見慎吾

1983_12_泣いちっちマイハート_風見慎吾


今回の1曲セレクトは、「泣いちっちマイ・ハート」風見慎吾どぇす!

まずはデータだっぺ

・タイトル     泣いちっちマイ・ハート
・アーティスト   風見慎吾
・作詞       森雪之丞
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1983年11月16日
・発売元     フォーライフ
・オリコン最高位 13位
・売上げ枚数  16.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位

1曲セレクトを始めて以来、これまでに書いてきた曲も1400曲余りになってきた。その中でも、やっぱり「80年代」の曲が一番多く、半分強の750曲程度、書いてきてんだよね。
 でも、さっすがにねぇ、この位書いてくると、いわいるヒットチャート上位の曲って大分書いてきていることになっている訳で、めぼしい曲もだいぶ少なくなってきてるんだよな。
 うん、みんなが知っているような曲だよね。 まあ、一部の「マニア」受けしそうな曲は、まだ残っているんだけども。。。

そう言う事もあり最近は、お客さん(アクセス数)もだんだん少なくなりつつあるんだよな。
やっぱり、みんな知っていて、かつ、今は死角なっているような曲っていうのが、みんな一番興味あるだろうしな。
「マニア」受けしそうな、知ってる人しか知らないような曲では、やっぱウケが悪いよね。

まあ、それだけじゃなく、ここの所、間を空けることも多くなったせいもあるけどさ。 
お客さんってシヴィアだからねぇ。更新回数が減って来ると途端に足を向けられなくなる。
しかも、一度アクセス数が減って来ると、なかなか挽回して出来ないのよ。再び上昇傾向に持ってくるのも大変なんだよね。
だからねぇ、ある一定のアクセス数を確保しようとすると、ガムバッて「新鮮」なトピックスを更新し続けるしかないんだよな。。。。。うむ、ブロガーっていうのも大変なのよ。

いわんや、これを「生業」にしてる方は、ホント大変だろうなぁ・・・・。

・・・なんて他人事のように書いてるけど、今回の曲も、恐らくは多くの方は忘れちゃってるだろうなぁ。。。

風見慎吾「泣いちっちマイ・ハート」

大体の方は「え?」だよね、きっと。

風見慎吾っていったら、どうしてもデビュー曲の「僕 笑っちゃいます」であり、少し知ってる方でも、85年1月の「涙のtake a chance」くらいまでだろうしなぁ。そそ「ブレイク・ダンス」の。

この「泣いちっちマイ・ハート」は、「僕 笑っちゃいます」に続く、第2弾シングルなんだけどさ、何分、「僕 笑っちゃいます」に比べると、売れなかったからなぁ。

ま、一応売り上げ的には、約17万枚・・・と数字上はそこそこ売れたように思えるけど、約34万枚売った「僕 笑っちゃいます」に比べると、半分以下だからねぇ。
言ってみれば、「僕、笑っちゃいます」の「余熱」でここまで売れたようにもんだからさ。ランキング的には、いきなりベストテン入り出来なくなっちゃってたしさ。

ま、曲自体、「僕 笑っちゃいます」の続編っぽい雰囲気があったんだよね。

いや、よりチープだったかもしれない。 そもそもイントロのシンセの音色からしてチープだったんだよね。
え? デモテープですか? のような。。。。

歌詞も、2番の ♪ ディスコで二人 はしゃいでも チークタイムには座るのさ〜 ♪ってあるけど、これ結構「え?」だったんだよなぁ。 「え? 座っちゃうの?」ってさ。 せめてチークタイムにゃ、チークダンス踊るんじゃなの?
とか。。。

なんかいちいち、気分が萎えちゃうような・・・っていうイメージの曲だったんだよね。

そんな所からも、この位売れれば御の字だったんじゃないかなぁ・・・とか思ったりして。
個人的に、もし、今の年齢で、当時この曲にぶち当たったら、恐らく、ほとんど聴いてなかったかもしれない、「ツマンネー」って。

でも当時は、それでも聴いてたわけだから、やっぱり、バイタリティーあったんだよな、ヒット曲に対してのさ。
素直だったんだよね。まだ、余計な事は何も考えなかったからさ。

個人的には、この曲がヒットした1983年は中学2年だったわけでさ。 それから見ると、巷で言われる「中二病」ではなかったな。もっと素直だったんだよな。

でも、wikipediaにある「売れたバンド(あるいはヒット曲)を「売れる前から知っている」とムキになる」っていう中二病の例にあるようなところはあったかもしれない。
 いや、確実にあったな。そのために、友達よりもヒット曲の情報を早く仕入れることに躍起になってたもん。必死こいてた。それで自分のアイデンティティを保ってたって言う部分も大きかったし。。。。

だからね、曲自体、ツマらなかろうがどうであろうが、何でもかんでも聴いてたってところはあるんだよね、当時は。

それに加えて、なにせ、この頃はラジオを聴いてたからなぁ。
ちょうど、この曲がヒットしてた1983年12月頃っていうと、父親方の爺さんが亡くなったり、それと並行して母方の爺さんが入院したりして、頻繁に田舎(福島・いわき)の往復を繰り返してたんだよね。

もちろん、往復は車だったからさ。
1983年当時は、東関東道は成田(空港)までしか通ってなかったし、常磐道もたしか石岡までしか開通してなかったんだよな。 
だから、千葉からいわきまで、ひたすら下道(一般道)で往復ですよ。 片道6時間かかったんだよな。
高速一本で行けるようになった今じゃ、片道3時間半もあれば悠々着けるけどさ。
当時は日立市内を抜けるのが大変だったんだよ。大体渋滞してたな。そそそ、日立の渋滞が酷い時は、片道7時間以上かかったこともあったな。

その間、ほとんどずっと、ラジオをかけっぱなしだったからさあ。 
だからね、この当時のヒット曲というと、あの時、往復していた車の中の光景が脳裏に浮かんでくる。

この曲もこ多分にもれずでさ、この曲聴くと、西日が当たった「潮来」付近の光景が浮かんでくるんだよな。
車の中で、よく文化放送の「全日本歌謡選抜」聴いてたんでさ、この曲の時、丁度、「潮来」辺りを走ってたんだろうな、きっと。


動画・・・落ちてないなぁ。。。。そんなところからも、この曲が、今となっては如何にマイナーな存在になってしまっているか分かるよなぁ。
今まで、この曲を書いてなかったっていうのは、ま、確かに、個人的にそれほど印象に残っている曲じゃなかったこともあるけど、動画が落ちてないってのもあったんだよな。

でも、挫けませんよーだ。 探してみたら「中国」のサーバーにあった。。。それをリンク。

http://www.zhuatieba.com/video/XODQyMTk5NjQ4.html


多分繋がると思うけど、見れなかったらスミマセン。。。
懐かしの「週刊・欽曜日」。うむ、いま「金スマ」やってる枠でやってた、伝説のバラエティですわな。そそそ「欽ちゃんバンド」ってやつ。
まあ、ウタはウマくないけど・・・、でも時代は感じるわな。。。


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僕笑っちゃいます / 風見慎吾

1983_07_僕笑っちゃいます_風見慎吾

 






今回の1曲セレクトは、「僕笑っちゃいます」風見慎吾です。

まずはデータでーす。

・タイトル     僕笑っちゃいます
・アーティスト   風見慎吾
・作詞       欽ちゃんバンド、森雪之丞
・作曲       吉田拓郎
・編曲       後藤次利
・リリース日    1983年5月21日
・発売元      フォーライフ
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数      33.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1983年7月11日〜8月15日付
・タイアップ:TBS系「欽ちゃんの週刊欽曜日」より

 昔、某C社で有名着メロサイトの配信楽曲運用をやってた時、配信曲の「選曲」っていうのが、メインの仕事だったんだけどさ。 配信曲を決める時、大体2〜3ヶ月先の新曲リスト作るんですよ。
・・・といっても、ウチらは、バックにレコード会社も有名音楽企業も付いてなかったんで、新曲リストもネット調べて自分で作るんだよね。
 で、まあ、新曲全部は出来ないんで、「ヒットしそう」な曲をセレクトする訳よ。ま、その辺は長年ヒット曲を聴いてきてる妙技でさ、例えば、新たにブレイクしてきそうな曲も、「匂い」で大体分かるんだけどね。
 
でも、たまーに、全く予期もしてなかった曲がブレイクしてくる時もある。そう言う時が一番焦るんだけどね。なんせ、商売柄、ヒット曲は絶対的に外せないからさあ。

 今回は、そんな、まーったく予期してなかったヒット曲を一つ。

 風見慎吾「僕笑っちゃいます」。


ま、この曲がヒットした1983年は、まだ「着メロ」の仕事はしてなかったけどね。

・・・・ってか、時代的に当たり前か。

でも、この頃はすでにヒット曲はバンバン聴いてた・・・ってか、恐らく一番聴いてたころなんじゃないかな? そんなわけで、ラジオのチャート番組も一番聴いた頃だからさあ。ある程度の、次のヒットは? っていうのは予想できたんですよ。
 
でも、この曲は、全く予想できなかった。


 それは、当時一番聴いてた、文化放送「全日本歌謡選抜」のメインMCだった小川哲哉氏もそうだったようなんだよね。

 あの番組は、メインが視聴者からの電話リクエストで、リクエストが多い順から、第1グループ、第2グループ、第3グループ・・・と、マラソン実況のように時々、リクエスト状況速報が入るんですよ。

 あの時代だから、第1グループを形成するのは、大体、松田聖子、中森明菜、田原俊彦、近藤真彦、次点で小泉今日子、河合奈保子って感じですよ。

 そこにいきなり、風見慎吾「僕わらっちゃいます」がリクエスト第1グループに乱入してきたものだから、あの時の小川哲哉氏の驚きはいまでも覚えてるなぁ。小川氏も、全く予期してなかったようなんだよね。

 たださ、あの頃、個人的にも、まだ「週刊欽曜日」見てなかったからなぁ。 もし、当時から見てたら、ちょっとは違った見方をしてたかもしれない。

 そそそ、この曲は、欽ちゃんの週刊欽曜日の名物コーナー、「欽ちゃんバンド」から派生してきた曲なんだよね。

 欽ちゃんバンドのメンバー、1人1人が、1行ずつ歌詞を書いて、それを当時の人気作詞家、森雪之丞氏が補作、そこに吉田拓郎氏が曲を付けて出来あがった曲ですわ。

 でも、この曲がリリースされた頃は、まだ週刊欽曜日も見てなかったからねぇ、風見慎吾? 誰じゃいそれ?
って感じだったからなぁ。

で、初めてこの曲を聴いたのは、上記の件の「全日本歌謡選抜」ですよ。 リクエスト速報での小川哲哉氏の驚きの声の後に、当然のようにこの曲がかかったんだけどね。

初聴で「なるほど、これは来る」っていうヒット予感の「勘」がビビビッと来たのを32年経ったいまでも覚えてるなぁ。

 吉田拓郎氏作曲って言う事でもわかるように、正直、メロディ自体は、目新しいっ訳じゃ決してないけんだけどさ、でも、なんか新鮮なんだよな。
 それまでのヒット曲に既存していた風景ではなく、ちゃんと1983年のあの時代の風景を捉えていたんですよ。
だから、この曲を聴くと、浮かんでくる風景は1983年のあの時の風景だしさ。
 ヒット曲そう言うもんなんだよね。だから、メロディが古かろうが、目新しいところはなかろうが、後々、ちゃんとあの時代の風景になっていれば、ヒット曲としては成功なんだよね。


でも、この曲のヒットのお陰で、あの後も欽ちゃんバンドも流行りましたねぇ。当然のように私も、この曲のヒットの後は、週刊欽曜日見てたなぁ。
 当時、欽ちゃんは、民放キー局、各曲で冠番組をもってて、視聴率も合計すると100%を超えてて、「100%男」とか言われてましたもんね。
 その中でも、一番の人気番組にのし上がったのが、「週刊欽曜日」だったんだよね。なんせ、1983年の下半期では、あの「欽ドン」よりも視聴率は上でしたから。

 その起爆剤となった曲がこの曲ですわね。


うーん、この曲も、当時の動画はあんまり落ちてないんだよなぁ。。。
とりあえず、You Tubeには落ちてなかったんで、海外のサーバーにリンク

http://www.zhuatieba.com/video/XNDI3ODYzNjc2

えー、「ザ・ベストテン」に初登場した時のものだけど、もしかしたら、うまくつながらないかも。。。
ご容赦。




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涙のtake a chance / 風見慎吾

1985_01_涙のtake a chance_風見慎吾






今日の1曲セレクトは、「涙のtake a chance」風見慎吾です。

まずはデータでーす

・タイトル    涙のtake a chance
・アーティスト  風見慎吾
・作詞      荒木とよひさ
・作曲      福島邦子
・編曲      小泉まさみ
・リリース日   1984年12月21日
・発売元     フォーライフ
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   22.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1985年1月28日〜3月11日付

 さてさて、今日の1曲セレクトは、「風見慎吾」氏の登場でーす。
 風見慎吾氏なんて、改まって書いちゃいましたけど、最近では、そんな感じだよねー。すっかりレポーターとなってしまって、30年前、「ダンスパフォーマー」としてのアイドルだったとは、思えないもんね。

 へへへへ、わざわざ、ダンスパフォーマーとか、「ふり」を入れちゃいましたが、この曲っていったら、どうしても、アレですよね。アレ。。。えーと・・・「ブレイクダンス」

 これ、流行ったよねぇ・・・当時。あの、頭でクルクルまわるやつですよ・・・。
 え? もうしらないヒトの方が多い? うーん?

 でもまあ、84年〜85年にかけて大ブレイクだったもんなぁ。みんな、よく、マネしてたよねぇ。マネして、首おかしくしちゃったりして。。。
 ワタシは、生まれつきの「運動ウンチ」なんで、やんなかったですけどねぇ。。

 ダンスパフォーマーって、あの当時の一種の流行だったわけだけど、けっこう、いろんな形態があったよねぇ。
 まずは、ジャイケルマクソン・・・うんにゃ、マイケルジャクソンでしょ。当時は「スリラー」が超大ヒットだったもんね。
 日本では、一世風靡セピアとか。 で、まあ、あとは、ブレイクダンスだわね。
 なんか、いろんなヒトがやってた気がするけど、曲の中にタイレクトに取り込んじゃったってことで、どうしても風見慎吾のこの曲っていうイメージが強いよね。
 あれ? ワタシだけかなぁ??

 しかしね、そう書くと、どうしても、この曲って言ったら、パフォーマンスの部分だけかと思われがちだけど、サウンドの部分でも、この当時としては、新しかったな。
 少なくとも1984年っていうイメージは全くなかったな。その時点では、未経験の音っていうかね、新たに「1985年」っていうイメージを植えつけた曲だったな。まあ、私にとってはですけどね。

 サウンド的に軽いんだよね。これは、悪い意味ではなくて、身軽っていうかね、いかにもダンスパフォーマンスするぞっていういきこみが感じる曲っつうの? 
 なんか、変な表現だけど・・・。

 で、サウンドは、そういう感じなんだけど、風見慎吾が歌うと急に「歌謡曲」になるっていうかね〜。
 この辺の、バランスの按配が、なんか変なんだけど、心地いいんだよね。 うーん、うまく表現できんね。。

 まあ、もともと、アイドルといっても、歌うと「歌謡曲」になっちゃうタイプのヒトだったからね。

 それと、作詞の荒木とよひさ氏って言ったら、どうしても「歌謡曲」っていうイメージのヒトだったからかもしれん。
 こういうアップテンポの曲書くのなんて、そんなになかったもんね。

 サビの部分

♪ 涙のtake a chance take a chance〜 ♪

なんて、「横文字」つかった、詞なんて、まーったくイメージなかったもんなぁ。

 そういう部分もあったかもしれないなぁ。

 件の風見慎吾氏。この頃は、例のTBS系「週刊欽曜日」にレギュラーだったわけだけども、この曲も毎週、歌ってたなぁ。
週刊欽曜日」で。ワタシは、そのイメージがどうしても強い。

 で、そのあと、もう一発、「BEAT ON PANIC」っつう、さらにダンサブルな曲を出した後、「泣き虫チャチャの物語」って曲を出したんだよね。
 これが、ダンサブルとは、かなり「無縁」なダサダサ青春歌謡で、ワタシは、どっちかといえば、「BEAT ON PANIC」よりは好きだったんだけども、この曲をもって、以後、まーったく曲を出さなくなっちゃったんだよね。

 ちなみに、この「泣き虫チャチャ〜」も最高位は15位。だから、オチメってわけでもなかったんですよ。
 そのあと曲出しても、ある程度はまだ、行けたとは思うんだけどね。

 これは如何に?? 実は、これが謎でねぇ、「オリコンチャート研究会」からの「課題」の一つですねぇ。

 いずれにしろ、風見慎吾って、レコードに関しては、「オチメ」を知らず、今日までやってきたっていう、珍しいパターンのタレントさんですね。
 普通は、レコードで落ち目になったんで、タレントに移行するってのが、圧倒的なんだけど・・・。




※2006年1月に書いたものを再掲載しました。
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