かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

阿久悠

アンサーソングは哀愁 / 早見優

1982_11_アンサーソングは哀愁_早見優


今回の1曲セレクトは、「アンサーソングは哀愁」早見優です。

まずはデータでする。

・タイトル      アンサーソングは哀愁
・アーティスト    早見優
・作詞        阿久悠
・作曲        馬飼野康二
・編曲        萩田光雄
・リリース日     1982年10月19日
・発売元       トーラス
・オリコン最高位  29位
・売上げ枚数   4.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 34位


あー、今回セレクトしてきた曲は、どう捉えたらいいんだろう? って言う曲なんですよね。
どうも、出だしのマクラがなかなか思いつかない。
そのくらいヒット当時、関わり合いが薄い曲だったんだよね。 ・・・うーん、関わり合いっていうのも変な表現だな。。。
単純に、あんまり聴いて無かったと言った方がいいのかな。

早見優さんの「アンサーソングは哀愁」。

花の82年組の1人っていうのは、ここ読んでくださってる殆どの方は周知の通りだと思うけど、そんな82年組の早見さんのデビュー第3弾がこの曲ですね。

「花の82年組」ということで、たくさんのアイドルが華々しくデビューを飾った訳だけど、第3弾シングルともなると、順調に伸びトップアイドル街道をまっしぐらのグループと、すでにネタ切れ・・・というか息切れ気味のグループと大きく分かれて来てたような印象があるな。

その中で、早見さんはというと、・・・・ 正直、82年組のトップグループの中でも、とりわけ存在感が薄いな・・・82年の秋も深まる今頃は、そう言う感じに今頃はなって来ていたような印象が強い。

それもこれも、第3弾シングルであるこの曲がジミ過ぎたっていうのが大きかったよなぁ。

確かに、同期の同い年くらいの他のアイドルよりも、見た目年上、やや大人っぽくは見えた。 
だから、少し子供っぽさが残るデビュー曲、「急いで初恋」はちょっとイメージと違うな・・って言う印象はあった。でも、第2弾の「Love Light」は、その辺りを修正してきたように思えたし、だから、個人的には「Love Light」って曲は好きだったんだよね。

そして第3弾のこの曲ですよ。たしかにミディアムの落ち着いた佇まいの曲調は、さらに大人っぽさを前面に出したような曲調ではあるけど、これはちょっと背伸びが過ぎるんじゃないか。

当時13歳のワタシでも、そう感じたな。

まあ、実際は、そんなオヤジっぽいストレートな批評感はさすがになかったけど、、なんか違うなって言う違和感は大きく感じてたんだよね。

曲だけ見るとこれがデビュー第3弾の曲とは思えない、デビュー5年目くらい、すでに20歳を過ぎた女性歌手が歌うような落ち着きがあるんだよな。

・・・なんか回りくどい書き方になっちゃったけど、簡単に言えば、ポップじゃないのよ、この曲。

同期の82年組の、少なくともトップグループの人たちは、みんなポップだっじゃん、曲調が。 
それなのに、この落ち着きだからさ。 まるで、早くもアイドル路線を諦めて歌謡曲路線の路線変更したかのような・・・。

あ〜、アイドル路線から脱落したか、残念だけど・・・

率直なところ、そう感じた部分が大きかったんだよ、個人的には。


それ以上に、この曲自体の問題ですよね。

今、手元に月刊明星付録の歌本「Young Song」の1982年12月号がある。

この「アンサーソングは哀愁」が新曲として掲載された号ですね。 

当然、お決まりの近田春夫氏の「新曲激評」の対象曲となっていたんだけど、こんときの近田氏のコメント


「あ、モロ「カサブランカ」と同じメロ。堂々としてるなァ。そもそも「アンサーソングは哀愁」ってタイトル、悪ふざけじゃん。これは日本歌謡界への皮肉だよね。こういう作家としてのメッセージがハッキリ出た曲を歌うのって、早見さんしんどいだろうねぇ」 (原文ママ)


そうなんだよね、 この曲、ジミとかポップではなく歌謡曲っぽい・・・と言う前に、Bertie Higginsの「Cassablanca」、まんまなのよ、曲調が。

あ、「Cassablanca」で分かんなかったら、郷ひろみ氏の「哀愁のカサブランカ」

近田氏が「アンサーソングは哀愁」ってタイトル、悪ふざけじゃんって言っているのは、曲調が似てる上に郷ひろみ氏の「哀愁のカサブランカ」をもじったようなタイトルだったからなんだけどさ。

いや、はっきり言ってワタシもこの近田氏のコメント通りと思ってたのよ。 これは、ちょっと悪ふざけじゃんっていう・・・。

ただ、当時・・・いや、最近まで意味が分かんなかったのは、「これは日本歌謡界への皮肉だよね。こういう作家としてのメッセージがハッキリ出た曲」っいう後半の部分。

これってどういう意味だったんだろう?   っていうのがずーっと引っかかってたのよ。
まあ、深い意味はないのかもしれないけど・・・。


でさ、この機会に、再度、自分なりにちょっと考えてみた。

で、浮かんできたのが・・・。

もしかしてさ、Bertie Higginsの「Cassablanca」って、郷ひろみ氏のカバーが決まる前に、早見さんサイドがカバーするつもりでいたんじゃないか・・・ってこと。

そう考えれば、1曲前の「Love Light」が外人の作曲だった意味も分かる。つまりさアイドルの王道路線ではなく、より洋楽ポップに向かうって言うベクトルだよね。

そう言う路線を画策していた時に、郷ひろみ氏のカバーが決まってしまった。
(ちなみに、郷氏のカバーは、当時ニッポン放送のアナウンサーだった、はたえ金次郎氏が郷氏サイドに売り込んで決まったとなっている)

相手はアイドルの大先輩でありアイドル界のスーパースター。こちらは一介の新人。
当然だけどダイレクトに抗議も出来ない。

そんな事があったがための抗議と言う意味をこめての「アンサーソングは哀愁」って曲でありーの、近田氏のコメント。

もちろん、これは、ワタシの妄想でアリ、事実であるかどうかは全く分からないんだけどさ。

でも、こう考えれば、 

・タイトルからして悪ふざけな事 
・メロディがモロ、「カサブランカ」な事
・近田氏が「日本歌謡界への皮肉だよね」と言ってる意味 
・そういう皮肉を込めた曲を派手にする訳にも行かず、ジミな曲にするしかなかった事

・・・など全ての流れの辻褄が合うような気がするんだよなぁ。


ただ、タイトルとしては、近田氏が言うように「悪ふざけじゃん」ってダイレクトに分かるんだけど、歌詞内容は正直良く分かんない。

大御所・阿久悠氏の作詞だけど、正直、最近まで阿久悠氏が作ったとは思わなかったもの。

♪ 奪われる 奪えない 奪うもの 奪え〜 ♪とかさ、国語文法の五段活用か  なんて思える、なんじゃこりゃ・・って言う歌詞だったりするし。。。

この曲を「リリース」する事が前提で、歌詞の内容はさほど重要じゃない・・・って言っているようにも思えたりしてさ。

尤も、阿久氏は、フィンガー5の「恋のダイヤル6700」の♪ リンリンリリン〜♪ などのように「擬音」を歌詞に多用したりするところもあったりするんで、五段活用的な歌詞も、ある意味阿久氏らしさと言えるのかもしれないけど。。。



この曲のような地味な展開もあり、一時はアイドルとして死んだ・・・と思えた早見さんだっただけに、次の年の「夏色のナンシー」は、アイドルとして起死回生、一発逆転ホームラン的なインパクトがありましたね。

洋楽路線とはならなかったものの、そんな早見サイドの方向性を感じ取り、第2の南沙織にしようとした、筒美京平ってヒトは、やっぱり天才なんだな・・・と思わずには居られなかったよな。


ちなみに、当時は、ジミーで触手が伸びなかった、この「アンサーソングは哀愁」も、今はいいんだよね。
ワタシもそれだけオヤジになり、ポップな曲よりもシブい曲の方が安心できるようになったって事なのか。。

いや、その前に、今となっては完全に忘れ去られている、この曲は手垢が少ないってことで、それだけ、未だに新鮮に聴けるって事が大きいんだろうな。
早見さんって言ったら、みーんな判を押したように「夏色のナンシー」とか「誘惑光線クラッ!」などばっかなんだもん。 今となっては、この曲なんかセレクトするヒトってほとんど居ないから。。。。


あ、それから、どーでもいい事なんだけど、↑で引き合いに出した、「Young Song」1982年12月号の新曲激評には、同じく当時新人だった原田知世さんの「ときめきのアクシデント」の近田氏の評があるんだけど、この時の評が「ひでぇ下手な歌だな。これじゃ作家のヒト怒るぜ。」とバッサリ。
今だったらネットで炎上ざたのようなコメントだけど、当時は、これはこれで見方の一つとして「アリ」だったんだよね。


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白い蝶のサンバ / 森山加代子

1970_04_白い蝶のサンバ_森山加代子


今回の1曲セレクトは、「白い蝶のサンバ」森山加代子です。

まずはデータです。

・タイトル     白い蝶のサンバ
・アーティスト   森山加代子
・作詞       阿久悠
・作曲       井上かつお
・編曲       川口真
・リリース日    1970年1月25日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   47.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1970年2月16日〜4月27日付

奇抜な曲。一聴して「なんじゃこれ」って思える曲だよね。これは、昔も今も変わらずにあるよなぁ。

ただ、昔の奇抜な曲って、どこか可愛らしかったんだよな。いわいる「ギャグ」ってやつでさ。たしかに放送コードにひっかかるような「放送禁止」曲ってうのもあったけど、どこか笑ってごまかせちゃったりしたやん。
今の奇抜な曲っていうのは、ホントに奇抜だからさあ。どう解釈したらいいか理解不明・・というか。
これも時代の流れなんだろうけどね。

さてさて、今回引っ張ってきた曲も、奇抜っちゃ奇抜な曲だよね。

森山加代子さんの「白い蝶のサンバ」。

そもそも

♪ あなたに抱かれて私は蝶になる〜 ♪っちゅう メロディ出だしのAメロがさあ奇抜なんだよなぁ。

もろ中国音階ってやつでさ。

昔、某国営放送 でデーモン閣下が

ジョワーン(ドラの音)    「あなたに抱かれて、ワタシ蝶あるよ」 

なんて茶化してたけど、まさにそんな感じ。

そもそも、上の歌詞だけを見ても、よもや、この部分が「中国音階」のメロディがついてるなんて思えないしさぁ。

後年同じようなシチュエーションの歌詞で、秀樹の「君よ抱かれて熱くなれ」って曲があったけど、これはモロ、ヨーロッパ系な曲だったじゃん。

一体どこから「中華」なイメージが来るのか・・。奇抜だよなぁ。

ぢゃ、その後も全般にわたって、「中華」なイメージで攻めるのか・・というと、これまた、さにあらず。

サビで、 マイナー調からメジャー系、カンツォーネ風に一転。 マカロニウエスタンだよね。

なんじゃ、この変わり身の激しさは・・・。  

1曲中、場面場面で、まったく違う展開がある。 もしかすると、「1970年」って言う時代の歌謡曲の王道だったのかもしれない。 

例えば、同じ1970年にオリコン1位を獲得したヒデとロザンナの「愛は傷つきやすく」もそうだったじゃん。マイナー調のAメロから、サビでいきなりメジャーなカンツォーネに急展開するっちゅう。

まあ「愛は傷つきやすく」は、この「白い蝶のサンバ」ほどの「奇抜さ」は無いけど・・・。

で、「白い蝶のサンバ」の場合は、それだけに留まらない。 

メロディを追いかける。バックのトランペットのリフは、もろパート・バカラック、もしくは、ハーブ・アルパート、つまりはアメリカンな世界な訳ね。

ココまで来ると、いったい、この曲はどこの国の曲なんだ? なのよ。

確かに、時代的にマカロニウェスタンというイタリアンな文化が流行ってたし、バカラックもハーブ・アルバートもこの時代の象徴的な音楽だし、だから時代背景としはよく分かるけど・・・。


無国籍音楽。 

これなんだよね。 これが歌謡曲の王道なんだよね。 

歌謡曲のメロディは、向こうの音楽の官能的な部分を抽出し、日本人の感性にマッチさせたような独自なメロディっていわれるけど、メロディだけじゃ無く、サウンド的にもそう。

どこどこ風ではなく、世界中の「ヒット曲」のキャッチーな部分のごった煮なサウンド。
言ってみれば節操のない音楽。それが歌謡曲って訳ですわ。

でも、これが日本人の得意技であるし、明治維新以降の、日本文化の根幹なんだよね。

つまりさ、文化、産業、政治、学問なんでもそうなんだけど、一から物を作るんじゃ無く向こうのモノのいいところを、日本的にアレンジする。まあ、言ってみれば向こうの2次的産物であるわけだけど・・・。

だけど、時として、向こうのヒトには生み出せないような日本ならではのクオリティのモノが出来たりする。

歌謡曲っていうのも、その一つなんじゃないかな。

そもそも、外国にココまで「節操のない曲」なんてそうそうないと思うし。 アイデンティティが無いなんて笑われるのがオチだよね。

もっとも、「歌謡曲」っていうのは、向こうのヒトから見ると「サイケデリック」な音楽に感じるらしいけど。
要するに実態のない奇抜な音楽ってことなんでしょうね。

まさに、この「白い蝶のサンバ」ですね。

そもそも、どう聴いても「サンバ」ぢゃねーし、この曲。 今だったら「詐欺」って感じでネットで炎上してもおかしくないよなぁ。
あ、この曲だけぢゃなく、チェリッシュの「てんとうむしのサンバ」もそうだよね。 一体どこがサンバやねんってタイトル。

そういう節操のないところが1970年代っていう時代だったんよ。 そんなところで目くじら立てなかったのよ。

でも、そんな節操のない曲を平気でリリースして、しかもオリコン1位・・・つまり日本で最もヒットしてる曲・・・になるっていうのが、逆に言えば日本のスゴい所だったんじゃないのかなぁ。
日本独自の価値観ってやつですよ。
1970代っていうのは、日本国中、そんな独自の価値観、とりわけ音楽などの文化においても、花開いた時代なんじゃないのかな。

まあ、ヒトもみんな節操無かったんだよね、こういう音楽をなんの疑問も衒いも無く作れた訳だから。

だから、こんな節操のない無国籍な「歌謡曲」が黄金時代になり得たんだと思うし、だからこそ、「Japan As No.1」と言われるような国になり得たんだと思う。

今はさ、グローバル社会だぁ、なんだぁ・・と、兎角、世界的な協調性ばかり重んじられる社会になっちゃったでしょ。個性よりもコミュニケーションって言う名の下での協調性。個人的にはそこにツマン無さを感じてたりもするのね。
もっと無節操で、おおらかでいいんじゃねーのかなぁ、世の中。 



森山加代子さん、この時30才。
いやいや、でもカメラを引くと、30才とは思えないですね。お若い。
確かに、最近は30才なんて、見た目20代と変わらないのが普通だけど、1970年当時、30才なんて言ったら「オバチャン」だったよなぁ。 いや、そういう印象が強いけどなぁ。
さすがは、元々は「アイドル」としてデビューしただけありますね。

逆にカメラが寄ると「ツケマツゲ」の長さがスンゴイけど。。。 まあ、これも1970年代前半って言う時代だよなぁ。 ウチの母親もつけてたわ、長ーいツケマツゲ。逆さまつげかって感じのやつ。

だけどテカテカ光るリップがこの時代の流行りだったのかな? これはちょっと発見だった。
これを含め、全体的にキツメのメイクは、この後2000年代にもありましたよね。
時代は繰り繰り返すんだよね。



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気絶するほど悩ましい / 沖田浩之

  1982_10_気絶するほど悩ましい_沖田浩之


今回の1曲セレクトは、「気絶するほど悩ましい」沖田浩之です。

まずはデータでする。

・タイトル     気絶するほど悩ましい
・アーティスト   沖田浩之
・作詞       阿久悠
・作曲       梅垣達志
・編曲       鷺巣詩郎
・リリース日    1982年9月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 37位
・売上げ枚数  2.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 29位

カバー曲。 昔も今も変わらずある「形態」の曲だわね。
日本よりも海外の方が、その数も頻度も多いのかなぁ・・・。まあ、海外の場合は、オリジナルリリースの自国ばかりでなく他の国でのカバーも頻繁に行われているしね。もしかしたら、流通している楽曲をまとめると、オリジナル曲よりもカバー曲の方が圧倒的に多いかもしれない。

それに比べると、日本ではカバーっていうのは、そこまで頻度は高くないのかなぁ・・とは思える。まあ、昔に比べると最近はカバーっていうのも多くなってきたけどね。

でも、海外と日本のカバーの最大の違いと言ったら、カバー曲のクオリティだよなぁ。オリジナルを超えるようなカバーって少ないんだよね うん、これは今に至るまで。

向こうのカバーって、オリジナルを超えるようなクオリティのやつなんか、いっぱいあるじゃん。

どうしてなんだろうなぁ、やっぱり文化と歴史の違いなんですかねぇ。 

先人をたてる・・ってところがあるじゃないですか。先人をリスペクトするようなところ。日本人はさ。 そんな文化が、オリジナルを超えるのを躊躇させているのかなぁ。

まあ、カバーする側のアーティストが、テクニック的にオリジナルを越えられるような技量を持っていないって言うこともあるけどさ。

いや、その場合が、意外と多いんぢゃないかなぁ。

以前も書いたように80年代初頭、81〜82年にかけてカバーブームってあったんだよね。 大半が当時、デビューしたてのアイドルが、70年代のアイドルポップスをカバーする・・・ってパターンが多かったんだけどさ。

 でもまあ、その大半が、お世辞にもオリジナルを超えるようなクオリティとは言えなかったんだよね。 そもそも歌唱力から言って、70年代アイドルと80年代アイドルでは差があったしさ。 

ま、今思えば・・の話だけど。

そう言えば、今回の「気絶するほど悩ましい」もそうだけど、82年ごろのカバーブームは、CBSソニーが多かったよな。しかも酒井政利氏チームが。こん時のカバーブームは酒井氏主導だったんでしょうかねぇ・・・。

蛇足だけど、この間の石川秀美の「ゆれて湘南」でもちらっと触れたけど、このカバーブームが、「80年代」ならではのカラーを遅らせたと思うんだよね。 70年代の曲をカバーするってことは、まだ70年代を引きずっていたって事でもあった訳だからさ。

それでも、「お、これは!」なんて、引っかかったカバー曲もあったんだよね。 今回はそんな曲をセレクト。

沖田浩之「気絶するほど悩ましい」。

「気絶するほど悩ましい」っていったら、どうしてもオリジナルのCharのイメージが強いわな。
・・というか、この曲、沖田浩之がカバーしてたの? って思われる方の方が圧倒的に多いと思う。

それだけ印象に薄いとは思う。 まあ、オリコンでも最高位30位にも行かなかったしな。今となっては知らないヒトが多いのもしょうがないとは思う。

But But、個人的に「気絶するほど悩ましい」と言ったら、こっちの沖田浩之バージョンなんだよねぇ。

簡単に言えば、こちらの方を最初に聴いたんで、こちらの方が耳馴染みだったって言うこともある。 
うん、オリジナルのCharバージョンの方が後付なんですよ、ワタシは。

ただ、仮にCharバージョンの方を最初に聴いてて、こちらを後付けだったらどうだったか・・・というと、もしかすると、沖田氏のバージョンも良かったと思ったかもしれない。

うん、正直言うと、同じ曲なんだけども、全く別物って言う感じなんだよね。

オリジナルのCharバージョンは、若干R&Bがかったソウルっぽいサウンドだったじゃん。 それにCharのギターがフィーチャーされてる。 個人的にはやや薄味な味付けにも感じる。 

対して、沖田バージョンはブラス&キーボードが全面的に出ており、濃い味づけ。 それよりも個人的に感じたのは、そのドラマティックな展開なんだよな。よりエンテターテイメント性が強いって言うかさ。
特にブラスの使い方が独特なんだよね。

この曲、根のキーはマイナーだけど、サビで一度、メジャー系に転調するじゃん。 その流れがドラマティックなんだよな。 それまで薄暗い雨の中を進んでいたような展開なのに、転調するところで、いきなり太陽の光がさして来る。 ・・と思ったらサビ終わりでマイナーにも戻るところで、また薄暗い雨交じりの天気になる。。。

そんな昨今の天候変化にも似たような目まぐるしい展開が一層、この曲をドラマティックなものにしている。

オリジナルのCharバージョンは、そこまでドラマティックな展開じゃなく、サラッと流したような展開、その差が、それぞれのバージョンで、別物の曲のように感じさせられちゃうんだよな。

ちなみに、沖田バージョンのアレンジは鷺巣詩郎氏。 当時の鷺巣氏のアレンジとして松本伊代さんの「TVの国からキラキラ」でも感じてたけど、この当時の鷺巣氏のブラスの使い方は独特なんだよね。それまでの歌謡ポップスのブラスには無かったようなフレーズが出てくる。特に「TVの国からキラキラ」のサビ前のフレーズにはビックリしたよな。 ここまでスピード感がある音の重なりなんてそれまでは無かったからさ。

この「気絶するほど悩ましい 」では、「TVの国からキラキラ」のようなスピード感はないんだけど、やっぱりサビの裏から入るブラスのフレーズが斬新、かつ引っかかりがあるんだよなぁ。

この当時、特にブラスの耳に行くようになったのは、丁度この頃、ブラスを始めたってのもあるだろうけどさ。とにかく、この2曲のブラスは印象に深いんだよね。



「夜ヒット」だけど・・・・うーん、今一つレコードで聴くより弱い。
レコード音源はもっと、ドラマティックなんだけどなぁ。。。。

ちなみに、この曲のオリジナルのCharバージョンは、かなり昔に既に書いてます。

http://kajiyan-net2.blog.jp/archives/52046491.html

うーむ、この時も半分は、今回の沖田浩之バージョンについて言及して、今回と同じような事書いてたな。。。。
よっぽと、この沖田バージョンが印象に深いんだろうね。。。


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ねぇ!気がついてよ / 桜田淳子

1976_09_ねぇ!気がついてよ_桜田淳子


今回の1曲セレクトは、「ねぇ!気がついてよ 」桜田淳子です。

まずはデータです。

・タイトル     ねぇ!気がついてよ
・アーティスト   桜田淳子
・作詞       阿久悠
・作曲       大野克夫
・編曲       大野克夫
・リリース日    1976年8月25日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   28.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1976年9月6日〜10月25日付


久々に3日連荘の1曲セレクトです。
こんな書き方すると、なんか偶然に3日連続で書いてるような感じもするけど、結構、計画的だったりしてね。
そそそ、ちょっと前から、今回の3連休は3日連続で書こうか・・・なんて思ってたんだよね。
ま、最近、書く曲数も少なくなってきてるからなぁ。 休みの日くらいは書きたいしね。

ただ、昨日の石川秀美さん、その前の安室奈美恵さんは、この日にこの曲を書こうとは考えてなかったんだけどね。その日その日の雰囲気ですね。 まあ何でも「計画的」に・・・っていうのはニガテなんでね、子供の頃から。

よく、夏休みの宿題は、夏休み最終日にやる・・・っていうヒトいるじゃん。 あれ典型的だったからさ、ワタシ。
毎日日記をつける事・・っていう宿題なんて、8月20日にまとめて1ヶ月分書いてたもん。 
そそそ、小学校まで福島のいわきだったんだけども、夏休みは8月20日までだったんだよな当時は。関東よりも10日ほど短かったんだよ。

小学校4年の時なんて、もう絶対に終わんない・・・って、最後は開き直って宿題やんなかったりしてさ。
今日1日苦しむより、明日、学校で怒られて廊下に立たされた方が良いや・・・とか。 
変な性格なのよ。

兎に角、行き当たりばったりな性格なんだわ。 計画的にやんなくても人生なんとかなるさ〜な精神っちゅうの 
「アリとキリギリス」だったら、完璧な「キリギリス」な性格ってやつでさ。

これは未だに変わらない。 仕事でも計画的に進めるのが超苦手。 サラリーマンにゃ向いて無い性格ですね。


あー、話が脱線した〜。

でね、今回の桜田淳子さんの「ねぇ!気がついてよ」だけは、前々から書こうと思ってたんだよね。

この曲は、今から42年前、1976年のちょうど、今頃のヒット曲ですわ。

42年前  ワタシゃ7才、小学1年生。 

当然、リアルタイムでは聴いて無い。 っちゅうか、ヒット曲の世界に足を踏み入れてない頃だな。

でも意外な事に洋楽は聴いてたんだよなぁ、この頃。 ここでは何回も書いてるように、ポールモーリアに傾倒してたマセガキだったからさぁ。
オヤジの車のカーステがまだ「8トラック」の頃ですね。ポールモーリアの「グレイテストヒッツ」と、この当時の洋楽ヒットのテープがいつも積んであってさ。 当時、オヤジが仕事終わりに車で行きつけの喫茶店へ毎日のように通ってんだけど、いつも「やべ(行こう)」って連れてかれては、8トラテープを聴いてたからさあ。

この当時、ワタシが邦楽ヒットを聴いて無かったのも、オヤジの影響なんだろうな。兎に角、歌謡曲がキライなヒトだったからさ。テレビもウタ番組になると、チャンネル変えちゃうような。

ぢゃ、そんな頃のこの曲をなんで知ってるの?

まあ、自分がヒット曲にのめりこんだ後付っちゃ、後付なんだけどもね。 結構意外なところから知ったんだよな。

マイナーチューニング・バンドの「ソウルこれっきりですか」

これ知ってるヒトいる? ってか、40万枚以上の大ヒットになったから、当時のヒット曲を聴いてた方なら大抵覚えてますよね。

↓ これ

  
これ1976年のヒット曲をメドレーでつないだだけの曲なんだよね。 もちろん歌ってるのはそれぞれのオリジナルじゃないんだけどさ。
この中に、桜田淳子さんの「ねぇ!気がついてよ」も含まれているんだよね。
じつは、これで知ったんだよな。大学生の頃だったと思うけど。

「ねぇ!気がついてよ」って言うタイトルは、それ以前からオリコンの「チャートブック」で知ってたし、その前に自分で当時のランキングも作ってたから、桜田淳子さんの曲って事も知ってた。

でも、実際にメロディラインを聴いてみると、「ソウルこれっきりですか」で使われてるサビのメロディが、めっちゃキャッチーだったんでさ、全部聴いてみたい・・・っちゅうことで、音源を手に入れたんだよ。

たださ、実際にオリジナルの桜田淳子さんを聴いてみると、ちょっと印象が違ったんだよなぁ。

確かに、サビの部分は、初聴でも思わず刺さっちゃうようなキャッチーなんだけどさ。 続く、Aメロ、Bメロは、今一つ退屈なんだよなぁ。

そそそ、この曲は、メロディの始まりがいきなりサビっていう、いわいる「前サビ」なメロディ構成なんだよ。

だから、イントロににつづいて、ついつい食いついちゃったりするんだけど、その後が続かない・・っていうかさ、キャッチーのサビと、そのあとのAメロ、Bメロが上手く結び付かないんだよな。 

とりあえず、AメロとBメロをつけました・・・っていう感じもしたりしてさ。

あれ? これって、いつかも全く同じ事を書いた事があるな・・・。

そうそう、斉藤哲夫氏の「いまのキミはピカピカに光って」だわ。 あの曲も、例のCMで使われているサビがまずあって、その後にBメロが続くんだけど、CM部分のサビは超キャッチーだけど、Bメロになると途端にツマンなくなるんだよね。

結局は、CMありきの曲で、その後はむりくりつけ足したメロディって、あの時は書いたんだけども、それと同じような印象をこの曲でも感じたなぁ。

いや、この当時の曲って、意外とこういう感じの曲が多いような気がする。 サビはめっちゃキャッチーなんだけども、Aメロ、Bメロになるとツマン無くなっちゃうような曲。

この当時のヒット曲のフォーマットといっちゃえば、それまでなんだろうけど、その点が、80年代ポップスと大きな違いなんだよね、70年代ポップスの曲って。 なんて言うのかなぁ、1曲のうちの印象の落差があるっちゅうのかなぁ。

ちなみに、この曲、作詞 阿久悠氏 作曲 大野克夫氏 ・・・っちゅう、当時の沢田研二氏な面々なんだよね。




やっぱ、桜田淳子さんは、「メジャー」系の明るい曲に限りますわな。
陽の淳子と陰の百恵。 この曲の頃もそんな構図が浮き彫りになったんじゃないかなぁ。 
桜田淳子さんがこの曲を歌っているウラで、百恵さんは「横須賀ストーリー」でしたからねぇ。

ただ、メジャー系の曲は、裏返せば「コドモ」っぽくも聴こえる訳で、百恵さんが「菩薩」としてこの後、大スターの道を突き進むことになるわけだけど、淳子さんは頭打ち状態になっちゃいましたからね。
この曲ではオリコン2位まで行ったけど、これが最後のオリコン2位だったんだよね。 ここからは人気も下降線気味になって行く訳なんですわ。



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騎士道 / 田原俊彦

1984_05_騎士道_田原俊彦


今回の1曲セレクトは、「騎士道」田原俊彦です。

まずはデータですよ〜。

・タイトル     騎士道
・アーティスト   田原俊彦
・作詞       阿久悠
・作曲       つのだひろ
・編曲       船山基紀
・リリース日    1984年5月23日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   25.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1984年6月4日〜7月9日付

えー、平日の1曲セレクトですら。
本当はねぇ、昨日書こうかと思ってたんだけども、ここんところ、持ち帰りの仕事が終わんなくてねぇ、結局、昨日は書けなかったのよね。 ま、そんな事で、平日の月曜日に書いてたりします。

今回引っ張ってきた曲は、初めから決めてたんだよね。

トシちゃんの「騎士道」

トシちゃん・・・なんて懐かしい響きやなぁ、いつ以来なんだろう、トシちゃんの曲を引っ張って来たのは・・・・。
一連のヒット曲の大半は、もう、とっくの昔に書いちゃったからねぇ。

でも、そんなヒットを続けていた最中の84年のこの曲、まだ、書いてなかったとは・・・・。

まあ、理由はいくつかあるんだけどね。

一つは、個人的にヒット時期を間違えて記憶していた事。。。 うーむ、これは厳密に言えば間違えては無かったんだけども、若干ズレてたんだよなぁ、記憶が。
うん、個人的には、この曲、「5月1日リリース」って記憶してたの。だからさ、ヒットは、ゴールデンウイークの頃だよなぁ・・・なんて長年勘違いしてたんだよな。
実際は、リリースは5月23日だったんだよね。 ベストテン入りしたのは6月だ。 

うーん、そうだったかなぁ・・・・。 34年も経つと記憶もあいまいになるわなぁ。

いや、間違いなく84年のゴールデンウイークには、この曲聴いてた記憶がある。 そそそ、文化放送の「全日本歌謡選抜」で聴いてた記憶が鮮明に残ってるだよな。

いつぞやも書いたけど、この番組、新曲紹介がやったらと早くて、リリースの1か月前には、既に、いまでいうヘビーローテーションだったんだよな。そのおかげで、リリース時になるとすでに、聴き飽きて、「もういいよ」・・・って感じだったりもしたんだけども。。。

まあ、そんな影響で、リリース時期を1ヶ月くらい早いものと間違って記憶してたんだよ。

で、この曲を今まで書いて来なかった理由、その2は、書こうと思うと、動画がようつべに落ちてなかったりね。。。
破門になったとはいえ、曲がりなりも元ジャニーズっすからねぇ、意外と動画も落ちてなかったりするんだよね。

ここんところ、今まで書いて来なかったのは、ヒット当時、あまり好きぢゃ無かったから・・・って曲が多いけど、この「騎士道」に関しては、決してそうじゃ無かったんだよね。

むしろ、個人的には気に入ってたな、当時。

トシのこの曲の前が「チャールストンにはまだ早い」っちゅう、文字通りチャールストンをベースにしたダンスチューンだった訳だけども、どっちかというと、ナンパ的な曲だったじゃん
だけどもこの曲は、打って変わって、久々に硬派なトシちゃんだったしな。 

そそそ、トシちゃんを書くたびに言及しているような気がするけど、トシの場合、1曲1曲の曲の変化が大きいんだよね。あんまり同じような曲調が続く事が無い。そこが「まっち先生」とは大きく違うところであり、トシも魅力の一つなのよ。
変化大きいってことは、飽きないって事でもあるしね。

この曲、硬派な曲と言っても、それまでのトシ には無かったような曲調だったしな。 タイトルからも想像できるようにスパニッシュ。 そそそ、「闘牛士」なあのイメージですな。
このイメージには、当初はちょっとビックリだった。 まあ、この曲で初めて阿久悠氏が詞を書いたっていうのも、
ビックリだったけどね。

でも、トシにはあってたような気がするなぁ。 この曲の後86年に、本格的に阿久悠氏とタッグを組むようになるトシだけど、ジュリーとは別な角度でトシを大人に導いたような気がする。

だってさ、この曲には、「ニンジン娘」なイメージはかけらも見えないじゃん。

それと、船山基紀氏のアレンジですねぇ。 まあ、タイトルからスパニッシュなイメージっていうのは、「モロ」っていうところは強いんだけども。

でも、トシには、船山氏のアレンジがいちばんフィットするって感じるんだよなぁ。 トシのもつナイーブさを最も引き出すようなアレンジっていうのかなぁ。
 
トシのアレンジャーブレーンのもう一人、大谷和夫氏とは、違った角度からトシを引きだすっていうのかなぁ。
大谷氏のアレンジからは、よりソフィケートされたトシ、船山氏のアレンジからは、時には少年っぽく、時にはダイナミックにトシをサポートしていた訳なんだよね。

昨日、東京FM「五線譜の解体新書」の船山基記特集で紹介されていた「ハッとして!Good」は別格として、個人的には、81年の「悲しみ2ヤング」が一番好きなんだけどさ。この「騎士道」もいいんだよね。 

この頃の船山氏といえば、どうしても柏原芳恵さんとか、キョンキョンなどのフェアライトを駆使したシンセサウンドの新たな地平的な曲っていうイメージが強いんだけども、それよりもこの曲「騎士道」のようなアナログサウンドもいいのよ。 なんて言ってもダイナミックなストリングスとブラスが織りなす調和。そこから引きだされるトシのナイーブなボーカル。このコントラストが、この曲のキモなんじゃないかなぁ。

正直言って、この曲はそこそこ、売れるんじゃないかなぁ・・・・とは、リリース当初は思いましたよ。
実際のところオリコンでも1位獲れたしね。 でも1位取った後が続かなかったんだよな。 シングルでは初めての売り上げ30万枚割れ。
・・・って書くと、83年の「ラブシュプール」も30万に届いてないじゃんって突っ込まれそうだけども、あれは「30万枚限定」だったしな。
結局のところ、シングルの右肩下がりの売り上げは、この曲でも止まらなかった・・・って訳なんだよな。




むむむむ、動画の直リンがはじかれてしまったわい。。。。 
申し訳ないんですが、動画を見たい方は「この動画はYou Tubeでご覧下さい」をクリックしてくだされ。。。。

ところで、この曲、作曲は「つのだひろ」氏なんだよね。
・・・って、この間から、つのだひろ氏作曲の曲を何曲か書いてきたんだけども、とどのつまりは、この曲に繋げたいがためだったんだよねぇ・・・
そそそ、つのだひろ氏作曲の曲って、なぜか5月、6月頃にヒットした曲が固まってる・・・ってことでさ。 


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酒場でDABADA / 沢田研二

1980_11_酒場でDABADA_沢田研二

今回の1曲セレクトは、「酒場でDABADA」沢田研二です。

まずはデータです。

・タイトル     酒場でDABADA
・アーティスト   沢田研二
・作詞       阿久悠
・作曲       鈴木キサブロー
・編曲       沢健一
・リリース日    1980年9月21日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数   14.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1980年11月3日付

一気に寒くなりましたね。
寒くなって来ると、「あー、年末も近くなってきたよなぁ」・・・なんてシミジミと感じてしまうワタシだったりしますが。。。
 でもねぇ、ここ何年も、この時期なると「音楽祭」だよなぁ・・・っていう感覚はすっかり無くなりましたねぇ。
昔はさあ、11月ともなると、各局こぞって「音楽祭」を開催してたじゃん。大晦日の「レコード大賞」を筆頭に、「歌謡大賞」だぁ、「FNS音楽祭」だぁ、「有線放送大賞」だぁ、なんだぁ、かんだぁ・・・とさ、各テレビ局とタイアップして。
だからさ、この時期ともなると、毎週、どこかしらの局で「音楽祭」の特番をやってしましたよね。

かく言う、ワタシも一時は、毎週毎週、ほとんど全部の音楽祭を見てた事があるなぁ。
で、そんな「熱」が上がっていたのが、1980年前後じゃ無かったかな・・・振り返ると、そう思うな。 

今思うと「アホらし・・・」とか思ったりもするんだけど、当時は、それだけ「エネルギー」があったんだよな、ワタシも。

ま、実際、1980年はいわいる「五・八戦争」とか言われて、各音楽祭で五木ひろしと八代亜紀との熾烈な大賞争いを繰り広げてたしな。加えて松田聖子、田原俊彦を筆頭に新人も勢いがあったんで、歌謡祭としての賞レースも見てて面白かったんだよね。

今回は、そんな1980年の各賞レースで歌ってた、ジュリーのこの曲をセレクト!

「酒場でDABADA」

・・・っつかさ、正直言ってこの年のジュリーの賞レースは、この曲だったのか・・・っていうのは、今思うと不思議だったんだよなぁ。
どう考えても、この年のジュリーっていったら、「TOKIO」の筈だったんだけど・・・。

まあ、この時点で最新曲だったから・・・って事なんだろうけど。。 

ただね、音楽祭向きの曲だったか・・・っちゅうと、ちょっと頭をひねりたくなるんだよな。

悪い曲ではないんだけど、ちょっと難しい・・というかひねり過ぎているっていうか・・・。 まあ、簡単に言えば、ソングフェスティバル向けの、誰が聴いても分かりやすい曲・・・では無いって感じだったんだよな。

当時、小学5年生で、何でもかんでも手当たりしだいに聴いて、聴いたそばから吸収して行ってたワタシも、この曲は、正直分かりにくかった。

ジュリーっていうと、キザ、モテ男、奇想天外(なファッション)・・・っていうところが真っ先に頭に来てた訳でさ。

この年にしても、件の「TOKIO」では、例の「電飾衣装」に落下傘背負って来てたり、この曲の前の「恋のバッド・チューニング」では、色が変わるカラーコンタクトしてきてたり、70年代にもまして奇想天外というかね奇抜なフッションを前面に、表に出て来てましたよね。

この曲では、そう言った、奇想天外なところも、エンターテイメント的なモテ男っていうのも見られなかった。

楽曲的にも、「勝手しやがれ」や「サムライ」、「LOVE(抱きしめたい)」で大ヒットを飛ばしていた頃に比べても、スケール感を感じ無くなって来ていたし・・・。

そう言うところから、なんで、この曲をわざわざ「音楽祭」に持ってきたんだろ・・・って言う疑問は、まだ11才のクソガキだったワタシも感じてたんだよね。


でもやっぱその辺りは、一般的にも感じられていたのかなぁ、オリコンではベストテン入り出来なかったし、売り上げも14万そこそこ。奇しくもこの曲のちょうど1年前にリリースされた「ロンリーウルフ」と同じように「低迷」しちゃったんだよなぁ。

ま、「ロンリ―ウルフ」とちがったのは、この曲では「ザ・ベストテン」ではベストテン入りしたし、上記のように各音楽祭で毎週のように流れていたんで、「ロンリーウルフ」よりは一般的な認知があったことだったろうね。

個人的にも「分かりにくい曲」だなぁ・・・と思いながらも、毎週のように聴いてたら流石に覚えちゃったし、80年秋のジュリーといったら、この曲って言うイメージはしっかり付いちゃったしね。




上で書いたように、前曲まで見られていた奇想天外なエンターテイメント性が無かったこの曲だったから、ついにそろそろ「ネタ」切れだったのかなぁ・・・なんても思えたりもしたんだよね。
いや、当時は、圧倒的にそう感じてた。

まあ、阿久悠氏の詞は別にしても、そもそも作曲者に鈴木キサブロー氏を持ってきたっていうのもちょっと意味が分かんなかったし。。。
ましてや、アレンジャーの沢健一氏ってダレ? って感じだったりもしたし・・・。

でね、今、これを書くに当たって、ちょっと調べてみた。 

沢健一氏、当時バックバンドの「Always」でリードギターをやられていた方だ。 そそそ、この「酒場でDABDA」のイントロでもラフで派手目なギターを披露していた方だ。 
でね、さらに辿って行くと、その昔、「4・9・1(フォーナインエース)」という「GS」のリードボーカルだったとのこと。

まあ、「4・9・1」といっても、これと言ったヒット曲も無いし、いわいるB級、C級のGSだったようだけど、沢氏の前は、ジョー山中氏がボーカルをやっていたと言う事だから、ヒットは無かったものの、いわいるクロウト受けするようなグループだったんじゃないかとは思う。

でも、それを知って、思わずなるほどぁ〜・・・なんて思えたなぁ。

 考えてみたら、この曲の後に、ジュリーも「G.S I LOVE YOU」なんてアルバムをリリースし、その先行として「おまえがパラダイス」なんて、もろ50'Sを意識した3連ロッカバラードをこの曲の次にシングルリリースしたりさ。

つねに「一等賞」狙いだったジュリーだったけど、ヒットどがえしでも、いわいる原点回帰って言う兆しがあったんだよね、この頃ジュリーには。 
まあ、これは次の年の年頭に閉鎖が決まってた、日劇での最後の「ウエスタンカーニバル」出演という布石でもあったんだけどさ。

そこに持って行くための「橋渡し」だったんじゃないのかなぁ、この曲は・・・なんて思えてきたりして。。。



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わたしの青い鳥 / 桜田淳子

1973_09_わたしの青い鳥_桜田淳子


今回の1曲セレクトは「わたしの青い鳥」桜田淳子です。

まずはデータです。

・タイトル     わたしの青い鳥
・アーティスト   桜田淳子
・作詞       阿久悠
・作曲       中村泰士
・編曲       高田弘
・リリース日    1973年8月25日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数   15.9万枚

えー、前回は山口百恵さんの「最初期」のヒットということで、デビュー第2弾の「青い果実」を持ってきたんだけど、そこでも「対比」として桜田淳子さんを書いたんで、今回の1曲セレクトは、そこをちゃんと書かないと行けないよなぁ・・・。

・・・っちゅうことで、またまた1973年(昭和48年)の今頃のヒットです。 

曲はモチロン、桜田淳子さんの「わたしの青い鳥」ですね。 そそそ、先週書いた「青い果実」とこの曲は、「同時期」だったんですよね、ヒットしたのが。

個人的には、この「わたしの青い鳥」の方が先・・・だとばっか思っていたんですよねぇ。 ・・・というか、この曲がデビュー曲だと思ってたもの、昔は。

実際は、デビュー第3弾シングルなんですよねぇ、この曲は。

やっぱり、最初期の桜田淳子さんといえば、この曲だったんですよね、イメージが。

だってさ、当時4才だったワタシでさえ、この曲は知ってたもの。 うん山口百恵さんの「青い果実」はずっと後だったけどさ、知ったのは。

そのくらい、当時、テレビで流れてたのかしらん  うーむ、その辺、確実に分からないのがちょっと悔しいところなんだけど。

個人的に、この曲を知ったは、恐らく・・・だけど、日本テレビの「おはようこどもショー」だった・・・・んじゃないかなぁ。

今の40代後半、50代の方には懐かしいですよねぇ、ロバくんが出てた(着ぐるみの「中身」は愛川欽也さんでしたよね)、こども番組。 
そそそ、ウラのフジテレビでは「ピンポンパン」をやってたっけ。 こども番組多かったんだよね当時は。
まあ、それだけ、こどもの数が多かったって事なんだろうけど・・・。

あの番組、こども番組だったけど、週末は、「こどものどじまん」とかやってましたよね

あれで、この曲、よく歌われてたのを覚えてるんだよなぁ。 それで覚えちゃったんですよ、この曲。
この曲とか、伊藤咲子さんの「ひまわり娘」とか、小坂明子さんの「あなた」。 この3曲は、よく歌われていたのが、なんか妙に記憶に残ってたりするんだよね。

まあ、それだけ、ちびっこにも人気だったんでしょうね、デビュー当時の桜田淳子さんは。

先週も書いたけど、正統派中の正統派でしたもんね。70年代アイドルの最優等生にも言われてたもんなぁ。

そう事もありーの、この年1973年の各音楽祭の最優秀新人賞は、当然のごとく、桜田淳子さんの一人勝ちって感じだったもんなぁ。

かく音楽祭でもこの「わたしの青い鳥」が歌われていたし・・・、だからね、当然のようにこの曲、ベストテン入りのそれなりの大ヒットだったんだろうな・・・・。

なんて思ってたんだけどさぁ・・・。 オリコンで「チャートブック」が発売されるまでは。。

でも、実際は、この曲ベストテン入りしてないんだよね。 最高18位。
初めて、この事実を知った時は、「えっ」って言う感じだったなぁ。 しかも、売り上げも16万枚弱でしょ。 これも意外だったんだよね。

当時、テレビから頻繁に流れていたっていう感覚から、それなりの大ヒットだった・・・っていう印象があったからさあ。

まあ、当時の感覚・・・と言っても、まだ物心が付き切っていない頃の感覚だからさあ、あてにならないっちゃ当てにならないんだけど。。。




曲については、何も言う事はないんだよなぁ・・・。
まあ、当時を知ってる方だったら、みなさん知ってるだろうしなぁ、この曲は・・・っちゅうくらい有名な曲だもんね。

ただね、今聴くと、やっぱオーソドックスだったかなぁ・・・とも思えるんだよね。

いや、あの当時は、このオーソドックスさが良かったんだけどさ、でもちょっと当たり前だったかなぁ・・って事は今聴くと感じたりするんだよな。

例えば、先週書いた、山口百恵さんの「青い果実」は、刺激的だったわけじゃん歌詞がさ。 そこが良かったんだよね。 革新的というかさ、それまでのタブーを破った曲だった訳だから。

そこから比べると、この曲は平和なんだよね。保守的・・・って言っちゃ言いすぎかもしれないけど、めちゃくちゃ安心感があるじゃん。

蛇足だけど、この曲の作曲は、中村泰士氏なんだよねぇ。 あのひげ面の中村氏が、この曲を書いたっていうのも、ちょっと想像もつかないんだけどさ 

まあ、そんな曲調の違いはあったかなぁ。 その辺は、老舗のビクターに対して、後発のCBSソニーって言う違い、それぞれのレコード会社の考え方の違いもあったんだろうね。

ただ、その後、革新路線を行った、百恵さんが時代の寵児となり、保守路線だった淳子さんが、意外と伸び悩んだっていうのは、この曲の時点からすると時代のいたずらって感じだったのかな。

でも、兎に角、明るさが売りだった淳子さんは、この路線で行くしかなかったんだろうな。


どーでもいいことだけど、ジャケ写に描いてある「青い鳥」は、「twitter」のマークにも通じるところがあったりして。。。。



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コーヒーショップで / あべ静江

  1973_09_コーヒーショップで_あべ静江


今回の1曲セレクトは、「コーヒーショップで」あべ静江さんです。

まずはデータです。

・タイトル     コーヒーショップで
・アーティスト  あべ静江
・作詞       阿久悠
・作曲      三木たかし
・編曲      馬飼野俊一
・リリース日   1973年5月25日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数 28.0万枚
・ベストテンランクイン期間:1973年9月10日付


 今でこそCDデビューの「形態」って千差万別ですよねぇ。 ま、ほとんどの方は最初から「歌い手」を目指してその末にCDデビューって形だけど、最近だったら「声優」からCDデビューっていうヒトも多いし、お笑い芸人からCDデビューって言う人も多い。
そんな感じで、CDをリリースしているヒトでも、必ずしも「歌い手」を目指していた訳じゃなかった・・ってヒトも珍しくなくなったって訳ですな。

今回の1曲セレクトは、そんなもともとは「別の職業」からレコードデヒューした方のあの曲を一つ。

あべ静江「コーヒーショップで」。

うーん、あべ静江さんといっても、少なくともワタシの年代より下の方は、あんまりピンと来ない方が多いのかなぁ。
昔、エバラの「浅漬けの素」のCMをやってたヒト・・・とかさ そのくらいの認知しかないかもしれない。

でも、今の50代、60代の方にとってはアイドルでしたよね・・・とか言いきってみる

なんて「あいまい」に書いちゃったのは、ワタシにとっても「浅漬けの素」のCMのヒトって側の世代だからなんですけど・・・。 そそそ、70年代前半の「アイドル」時代はリアルタイムじゃなかったからさあ、実際にどの位人気があったのか・・・ってのは肌で感じてなかったからなぁ。

で、初めの主旨である「別の職業」からレコードデビューって事なんだけど、元々、あべ静江さんってラジオの女子アナだったんですよね。

ま、当時の事をご存じの方には有名だと思うけど、元々はFM愛知でDJをやられてた訳ですわ。
DJっっても、クラブでお皿回す訳ぢゃないですよ。ラジオの「ディスクジョッキー」ね。ま、最近で言えばラジオのパーソナリティですね。

当時これらの番組を聴いてた方にとっては、「当たり前」の事なんでしょうけど、個人的には初めはなんか信じられなかったなぁ。やっぱり、「浅漬けの素」のCMのイメージが強いもので。。。

でもね・・・。今手元に1973年1月号の月刊・明星の歌本「Young Song」がある。この号の巻末特集として、「全国DJガイド」っていう、この当時の全国ラジオ局のプライムタイム〜深夜放送の番組タイトルとパーソナリティの表が載ってたりする。

このFM愛知に載ってますねぇ、「あべしずえ」さん月曜〜土曜0:00 〜0:15 YOU AND ME TOSHIBA パーソナリティって紹介が・・・。

東海地区「かわいこちゃんNO.1 DJ」(うわっ、時代だわぁ。この表現) なんて紹介されてたり。。。

・・・となるとやっぱり、正真正銘だったんですねぇ・・・。

蛇足だけど・・・このリストを見てて今も放送しているFM東京の「ジェットストリーム」って73年のこの時代から深夜枠であったんだよなぁ・・・。長い番組だよなぁ・・・。 なんて先日放送開始から50周年っちゅうことで、当時からあったことは当然なんだけど、やっぱ活字で見ちゃうと歴史を感じるよな・・・。

・・・蛇足でした。。。

でね、さすがに当時としてはラジオの女子アナからレコードデビューっていうのは異色の経歴だったんじゃないかなぁ。 いや、今も異色かもしれない。 まあ、フジテレビとか日テレの女子アナがCDだしたりしたこともあったけどさ。

ま、あべ静江さんの場合は、当時、まだ「短大生」ということもあり、「局アナ」ではなかった訳ですけど。。。

80年代初頭に文化放送で、ミスDJって事で、女子大生がパーソナリティをしていた番組があったけどさ、そう言う意味ではその魁だった訳なんですよね。



あーーー、長い前振りになっちまった。。。曲について書いてなかったなぁ。

とりあえず、いろんなメディアで言われてるし、当時「かわいこちゃんDJ」ってことでデビューしたわけなんで、当時の扱いとしても「アイドル」だったと思えるんで、ここでもアイドルとして紹介したいんですが。。

でも、実際曲を聴いてみると、アイドル曲っていうイメージではないですよね。なんて言うのかなぁ、アイドルの曲って言うと、もっと「ポップ」なもんじゃん。 でも、この曲は落ち着いてるしさ。より歌謡曲なんだよね。

ま、そもそもが作曲の三木たかし氏が、より歌謡曲路線のヒトだったりしたし、なによりあべ静江さん、当時22歳だったからなぁ。当時のまわりの70年代アイドルのヒトたちと比べると、絶対的に年上でしたからねぇ。  

今は22才でアイドルやってるヒトも、全く珍しくなかった訳だけど、当時は20歳を過ぎると「大人のオンナ」でしたからねぇ。アイドルというよりは一人の「ナオン」って言うイメージなんだよね。

詞のイメージも「大人」をイメージしてるな。 そもそも「コーヒーショップ」っていう喫茶店を題材にしてるところって、前年に大ヒットしたガロの「学生街の喫茶店」ですよねぇ。

 まあ、この曲の場合は、「学生街」っていうより具体的な部分は無く、単に「コーヒーショップ」っていう大衆性にとどめているところが、より歌謡曲的と言う部分が強いんだけども。 でも、他の方のブログを見たりすると、作詞の阿久悠氏は、明治大学出身であり、「学生街の喫茶店」もお茶の水っていう明治大学周辺をモチーフにしていることは間違いないことから、この曲に触発され明大周辺の喫茶店イメージしていることは間違いないようなんだよね。

いずれにしても、この時代で喫茶店っていうのは、やっぱある種文化の発信基地だったんだろうなぁ・・・っていうのが分かるなぁ。ま、リアルタイムじゃないんで、なんとなくなんだけど。。

いや、でも、なんとなくは分かるんだよね。リアルタイムじゃなかったけど、コーヒーの香りが染み付いているような喫茶店って言うイメージから、浮かぶ風景って、個人的にもこの時代だからさあ。



ところで、あべ静江さんって言えば、この動画のような変わったマイクの持ち方がトレードマークになっていたみたいだけど、本人いわく、マイクにすがって歌っていたってことで、マイクにすがったいたら、こういう一見変わったマイクの持ち方になったようですね。

ちなみに、当時の愛称は「しーちゃん」でしたね。そーいえば、小学校の時の同級生にも「静江」って名前の子がいて、そのコも「しーちゃん」って呼ばれてたな。

最初「しーちゃん」ってのがあべ静江さんの愛称って分かんなくて、小学校のときの同級生の事だと思ってたもの。。。


では、改めて曲を



イントロ頭のドラムのフィルイン。如何にもアレンジが馬飼野俊一氏って感じだよなぁ。
ややチューニングが外れたような音のタムのフィルがさ。
これ聴くと如何にも70年代だなぁ・・・なんて思ったりしてね。チェリッシュの「てんとう虫のサンバ」でも同じように思ったりして。。



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黄色いリボン / 桜田淳子

1974_06_黄色いリボン_桜田淳子


今回の1曲セレクトは、「黄色いリボン」桜田淳子です。

まずはデータです。

・タイトル    黄色いリボン
・アーティスト  桜田淳子
・作詞      阿久悠
・作曲      森田公一
・編曲      森田公一
・リリース日   1974年5月25日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数 16.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年6月17日〜6月24日付

今年の梅雨は、ここまで「空梅雨」気味な関東地方でしたが、今日は一転、昼過ぎからシトシト雨な日曜日でしたわ。
そんな天気なんで、本来なら「雨」な曲を持ってきた方が良かったかもしれないけど、昨日、気持ちいい休みの日を考えて、曲を決めちゃってたんで、この曲をそのまま持ってきちゃいます。

桜田淳子「黄色いリボン」。

この曲、気持ちいいんだよなぁ。初期の桜田淳子さんの曲の中では、個人的には一番好きかな。
もちろん、超有名な「わたしの青い鳥」もいいんだけど、何分「手垢」がかなり付いてるからなぁ。それに比べて、この曲は、今となっては「死角」に入っている感じもするからさあ。

本来なら、この年初めての紅白出演で歌ったこの曲なんで、広がりを見せていてもいいんだろうけどさ。

今となっては死角に入ったような印象を受けるのは、この曲の売り上げに関係しているのかもな。
オリコンではベストテン入りしたものの10位ギリギリ。 売り上げも16万枚強でしたからねぇ。

80年代アイドルだったら、堀ちえみ、石川秀美クラスのヒット・・・と言う訳ですわ。
B級とは言えないでも、必ずしもA級とも言えない・・・その程度のヒット規模ですわな。
・・とすれば、今となっては死角に入ってしまっていてもしょうがないか・・・っていう気分にもなってきたりするんだけど。。

でもね、桜田淳子さんのこの頃までの初期の売り上げ推移をみると、こんな感じが続いていたんだよね。
10万枚後半程度。
前年73年の新人賞を悉く受賞し、新人女王って言うイメージ、プラスして例の、山口百恵さん、森昌子さんとの「中3トリオ」っていうネーミングまであった訳だから、さぞかし売り上げも高かったんだろう・・・っていうイメージもあるんだけどさ。実際的には、そんな状況だったんですわ。

そんな状況に風穴を開けたのが、この曲がリリースされたちょっと後にリリースされた、百恵さんの「ひと夏の経験」であり、淳子さんとしては、この半年後の「はじめての出来事」で初のオリコン1位を獲得となったことで、両者とも事実上の「本格ブレイク」となってからですよね。本当の意味でのスターダムを駆け上がったのは。

そんなこともありーの、この「黄色いリボン」って曲は、まだ本格ブレイク前の「純粋」な淳子さんが見れる最後の方の1曲なんじゃないのかなぁ。

ま、兎も角、曲は一片の曇りもない、本当に純粋かつポップな1曲だよなぁ。 本当なら、昨日までのようなカラッとした晴天下で聴くと気持ちいい曲なんだけどね。
個人的には、後年で言う「ハネ」系なイントロと、Aメロのメロディラインにはちょっと驚いたんだけどさ。
それにしても底抜けに明るいキャラクターを売りにしていた初期の淳子さんにはピッタリの曲だったと思うわな。
 今聴くと70年代でもちょっと古臭い、70年代前半の象徴のような曲が多い森田公一氏の作曲、アレンジにしては、他には見られない「新鮮さ」を感じたりしてね。 いや、だからこそ、この曲に引っかかったんだろうな。

この曲がリリースされた74年、ヒット曲界を見ると超大ヒットな演歌・歌謡曲が多かった年でもあり、歌謡曲全盛期と言える訳だけど、70年代も中盤に差し掛かり、ポップスに関しては少しずつ新たな試みが始まって来ていたんだよな。

ただ、Bメロ以降は、やっぱりちょっと古臭いよなぁ。この曲がリリースされた74年って言う時代にしても、それよりも1〜2年前のような・・・。お馴染みの安心感といえばそうかもしれないけど、Aメロほどの新鮮さは感じないんだよな。 そこがちょっと惜しいっちゃ、惜しいんだけどさ。




たださ、タイトルの「黄色いリボン」っちゅうのは、ドーンの「幸せの黄色いリボン」(Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree)のパクリだよね、ちゅうのはあからさまだよな・・・って感じもするけどさ
ちょっとハネ系で無条件に明るい曲想も、「幸せの黄色いリボン」に似てるっちゃ似てるしな。

まあ、穿った考えをせずに、もっと素直に聴けばいいんだけどさ。。



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きみ可愛いね / 伊藤咲子

  1976_05_きみ可愛いね_伊藤咲子


今回の1曲セレクトは、「きみ可愛いね」伊藤咲子です。

まずはデータですよん。

・タイトル    きみ可愛いね
・アーティスト  伊藤咲子
・作詞      阿久悠
・作曲      三木たかし
・編曲      三木たかし
・リリース日   1976年3月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  21.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1976年4月19日〜5月10日付

曲のパクリ・・・・というと、どうもマイナスなイメージが付きまとう訳だけどさ。それは、やっぱり、ヒトのフンドシをチョロまかすズルさって言うのを感じるからなんでしょうかねぇ。
 その前に少し事務的な方には「著作権ドロボー」云々っていうのも思い浮かぶ方もいらっしゃるでしょう。
いずれにしてもオリジナル性が感じられないわけでマイナスなイメージが出てきちゃうんでしょうかねぇ。

まあ、そんな「パクリ」⇒マイナスなイメージが付きまとっていたのも今となっては「過去」の話になりつつあるのかなぁ。最近では「サンプリング」って言う手法も「普通」になり、昔の曲からバンバン、パクって、うんにゃサンプリングしてる曲も珍しくないもんね。

・・・・なんていつものごとく突如、訳分かんない「マクラ」を書いてたりするワタシなんですが・・・

なんで、今回セレクトしてきた、伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」と曲のパクリが関係するねん・・・とお思いの方もいらっしゃるかなぁ。

でも、「ハハン」とピンと来た方は、結構ネット上の「噂」話を読んでますよね。

そそそ、伊藤咲子「きみ可愛いね」ってググると、ZIGGY「GLORIA」に結構引っかかるんだよね。

なぜに? 

答えは簡単、ZIGGY「GLORIA」のパクリ疑惑がネット上で結構な噂になってたからで

まあ、これについては、以前、当のZIGGY「GROLIA」を書いた時にも言及した・・・・ぷぷぷしてなかったwwww

うむ、仕切り直し。。。。

えーとね、そそそ、ZIGGYの「GLORIA」のAメロと、今回セレクトした伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」のAメロが瓜二つ・・・・っつか「全く同じ」なんだよね。

それでパクリだ・・・・と密かに騒がれていた訳でさ。

ちなみにZIGGY「GLORIA」 ↓ コレ




まあ、意図してこうなった訳・・なんて無いと思うけどね。。。 それとも作詞作曲者の森重氏は、その昔、伊藤咲子さんのファンだったのかしら。。。 とか思ったりもして。。。。

ちなみに、最近だと、これに加えて、NMB48の「らしくもない」のAメロが「GLORIA」のAメロと似てるっつうことでパクリ疑惑がネットで騒がれてたりして。。。
「GLORIA」のAメロに似てるってことは、伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」にも似てる・・・っつうことですわな。。

↓ コレ



ウ〜ン、似てるかコレ? ビミョウ。。。。


・・・・ということで、前置きが超長くなった。。。本題。

正直言うとね、個人的には最近までこの曲、知らなかったのよ、ワタシ。
何分、自分でランキングを作っている訳で、1976年のチャートも作ったんで、当然、曲タイトル自体は知ってたし、気にはなってたんだけど、曲自体は長年聴いたこと無かったんだよな。。。

当時、ワタシは6才〜7才。 1976年(昭和51年)と言えば小学校に入学した頃ですわ。
まだ、ヒット曲の世界には足を踏み入れてなかったからなぁ。。。

なんでね、今回、これ書くんで改めて曲を聴いてみた。

今はググるとようつべの動画が出てくるんで便利な世の中になったわな。

なるほど・・・確かに、AメロはZIGGY「GLORIA」と全く同じだわ。。。   と、いうか、この曲の方が「GLORIA」より13年も前になるわけだから、こっちがオリジナルって訳になるのだが。。。。

ちなみに、この曲、この年1976年の暮れにリリースされた、マイナーチューニングバンドっちゅう「覆面」ソウルバンドの「ソウルこれっきりですか」に取り上げられているんでね。

そそそ、キメのコトバの ♪ きみかわいいね〜 ♪ って部分。

マイナーチューニングバンドの「ソウルこれっきりですか」は音源持ってるんでさ、だから、ここの部分だけは知ってたのよ、ワタシ。

で、その部分だけを聴いて、膨らませていた曲想とはちょっと違っていたな。 もうちょっとね、アイドルアイドルしているのかと思ってた。

・・けど、思ったよりもソフトな曲調なんだよな、全体的に。 

それ以前に、メロディライン、サウンドともに古いんだよね。 アイドルポップスというよりは、正統派な歌謡曲に近い・・・というかさ。

70年代って、日本の音楽の「高度成長期」だったわけよ。 うん、経済に10年遅れて・・・って感じの高度成長期。
サウンド、メロディライン・・・などなど日進月歩変わって行くって感じでさ。 だから、70年代初頭と末では、全く違う音楽に感じるんだよな。

そのもっとも大きな分岐点だったのが、75〜76年あたりで、この2年取ってみてもサウンドがだいぶ変わるのが分かるんだよね。この頃の曲を「通し」で聴いてみるとさ。

まあ、きっちりと線を引いたように変わる訳ではなく、曲によって、新しさを感じる曲、古さが残っている曲・・・とバラバラに変化して行っている訳だけど。。。

そういう時代の変化の中にあっては、この曲はどちらかと言えば、70年代でも「前半型」・・ということは、「古いほう」の70年代的な曲って感じなんだなあ。

例えば、♪ シャラランラン〜 ♪ っていうコーラスではじまるイントロにしたって、天地真理的だしさ。 それにつづくストリングス主体のサウンド、フルートのガイドメロディ・・・と全体的に古いんだよね、曲想が。

アイドルにしては「正当派」、ウタの上手さでは定評があった、伊藤咲子さんのボーカル自体が、当時としてもアナクロさを感じるようなところはあったのかもしれないけど。。。

そんじゃ、全体的に古さを感じる曲でした・・・で括ってしまっていいのかというと、完全には言いきれないんだよな。

うん、古さの中に新しさも感じる。 例えば、↑で書いた、 イントロのコーラスの部分のコード進行。Cで始まるのに、途中で転調したような動きを見せたり。 Aメロに入る前の ♪ Fu Fu Fu〜♪ っていうコーラスの響きがソウルっぽかったり、70年代前半にはなかった新しさも感じたりする。

それ以前に、ビート感だよね。16ビートなビートを刻み続けているベースライン、ギターカッティッング。 これは、70年代中盤〜後半っぽいよなあ。

・・ということは、いろんな要素を含んでいるんだよな、この曲。 この曲だけで、70年代前半から中盤までのサウンドを一気に聴けてしまう・・・というか。。。

なにより、このスピード感、温度感は、いかにも「春」から「初夏」を感じさせるんだよね。 今頃の季節にはピッタリの曲だと思うわ。




ところで、伊藤咲子さんといえば、70年代中盤のトップアイドルの一人・・・って言う認識で個人的には居たんだけどさ。
ヒットチャート的に見ると、意外と伸びてないんだよな。 今回セレクトしてきた「きみ可愛いね」が、オリコンでは2曲目のベストテン入り。
この曲の前にベストテン入りしたのが、1年ちょっと前にリリースされた「木枯らしの二人」。 この2曲だけなんですよ、ベストテンヒットっていうのは。

これはちょっと意外な結果なんだよな。 当時の状況をリアルタイムで経験してきた訳じゃないんで、何とも言い難いんだけどもトップアイドルというよりかは、どちらかと言えば「B級」に近かったような実績なんだよね、オリコンだけを見るとさ。


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