かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

阿久悠

黄色いリボン / 桜田淳子

1974_06_黄色いリボン_桜田淳子


今回の1曲セレクトは、「黄色いリボン」桜田淳子です。

まずはデータです。

・タイトル    黄色いリボン
・アーティスト  桜田淳子
・作詞      阿久悠
・作曲      森田公一
・編曲      森田公一
・リリース日   1974年5月25日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数 16.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年6月17日〜6月24日付

今年の梅雨は、ここまで「空梅雨」気味な関東地方でしたが、今日は一転、昼過ぎからシトシト雨な日曜日でしたわ。
そんな天気なんで、本来なら「雨」な曲を持ってきた方が良かったかもしれないけど、昨日、気持ちいい休みの日を考えて、曲を決めちゃってたんで、この曲をそのまま持ってきちゃいます。

桜田淳子「黄色いリボン」。

この曲、気持ちいいんだよなぁ。初期の桜田淳子さんの曲の中では、個人的には一番好きかな。
もちろん、超有名な「わたしの青い鳥」もいいんだけど、何分「手垢」がかなり付いてるからなぁ。それに比べて、この曲は、今となっては「死角」に入っている感じもするからさあ。

本来なら、この年初めての紅白出演で歌ったこの曲なんで、広がりを見せていてもいいんだろうけどさ。

今となっては死角に入ったような印象を受けるのは、この曲の売り上げに関係しているのかもな。
オリコンではベストテン入りしたものの10位ギリギリ。 売り上げも16万枚強でしたからねぇ。

80年代アイドルだったら、堀ちえみ、石川秀美クラスのヒット・・・と言う訳ですわ。
B級とは言えないでも、必ずしもA級とも言えない・・・その程度のヒット規模ですわな。
・・とすれば、今となっては死角に入ってしまっていてもしょうがないか・・・っていう気分にもなってきたりするんだけど。。

でもね、桜田淳子さんのこの頃までの初期の売り上げ推移をみると、こんな感じが続いていたんだよね。
10万枚後半程度。
前年73年の新人賞を悉く受賞し、新人女王って言うイメージ、プラスして例の、山口百恵さん、森昌子さんとの「中3トリオ」っていうネーミングまであった訳だから、さぞかし売り上げも高かったんだろう・・・っていうイメージもあるんだけどさ。実際的には、そんな状況だったんですわ。

そんな状況に風穴を開けたのが、この曲がリリースされたちょっと後にリリースされた、百恵さんの「ひと夏の経験」であり、淳子さんとしては、この半年後の「はじめての出来事」で初のオリコン1位を獲得となったことで、両者とも事実上の「本格ブレイク」となってからですよね。本当の意味でのスターダムを駆け上がったのは。

そんなこともありーの、この「黄色いリボン」って曲は、まだ本格ブレイク前の「純粋」な淳子さんが見れる最後の方の1曲なんじゃないのかなぁ。

ま、兎も角、曲は一片の曇りもない、本当に純粋かつポップな1曲だよなぁ。 本当なら、昨日までのようなカラッとした晴天下で聴くと気持ちいい曲なんだけどね。
個人的には、後年で言う「ハネ」系なイントロと、Aメロのメロディラインにはちょっと驚いたんだけどさ。
それにしても底抜けに明るいキャラクターを売りにしていた初期の淳子さんにはピッタリの曲だったと思うわな。
 今聴くと70年代でもちょっと古臭い、70年代前半の象徴のような曲が多い森田公一氏の作曲、アレンジにしては、他には見られない「新鮮さ」を感じたりしてね。 いや、だからこそ、この曲に引っかかったんだろうな。

この曲がリリースされた74年、ヒット曲界を見ると超大ヒットな演歌・歌謡曲が多かった年でもあり、歌謡曲全盛期と言える訳だけど、70年代も中盤に差し掛かり、ポップスに関しては少しずつ新たな試みが始まって来ていたんだよな。

ただ、Bメロ以降は、やっぱりちょっと古臭いよなぁ。この曲がリリースされた74年って言う時代にしても、それよりも1〜2年前のような・・・。お馴染みの安心感といえばそうかもしれないけど、Aメロほどの新鮮さは感じないんだよな。 そこがちょっと惜しいっちゃ、惜しいんだけどさ。




たださ、タイトルの「黄色いリボン」っちゅうのは、ドーンの「幸せの黄色いリボン」(Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree)のパクリだよね、ちゅうのはあからさまだよな・・・って感じもするけどさ
ちょっとハネ系で無条件に明るい曲想も、「幸せの黄色いリボン」に似てるっちゃ似てるしな。

まあ、穿った考えをせずに、もっと素直に聴けばいいんだけどさ。。



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きみ可愛いね / 伊藤咲子

  1976_05_きみ可愛いね_伊藤咲子


今回の1曲セレクトは、「きみ可愛いね」伊藤咲子です。

まずはデータですよん。

・タイトル    きみ可愛いね
・アーティスト  伊藤咲子
・作詞      阿久悠
・作曲      三木たかし
・編曲      三木たかし
・リリース日   1976年3月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  21.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1976年4月19日〜5月10日付

曲のパクリ・・・・というと、どうもマイナスなイメージが付きまとう訳だけどさ。それは、やっぱり、ヒトのフンドシをチョロまかすズルさって言うのを感じるからなんでしょうかねぇ。
 その前に少し事務的な方には「著作権ドロボー」云々っていうのも思い浮かぶ方もいらっしゃるでしょう。
いずれにしてもオリジナル性が感じられないわけでマイナスなイメージが出てきちゃうんでしょうかねぇ。

まあ、そんな「パクリ」⇒マイナスなイメージが付きまとっていたのも今となっては「過去」の話になりつつあるのかなぁ。最近では「サンプリング」って言う手法も「普通」になり、昔の曲からバンバン、パクって、うんにゃサンプリングしてる曲も珍しくないもんね。

・・・・なんていつものごとく突如、訳分かんない「マクラ」を書いてたりするワタシなんですが・・・

なんで、今回セレクトしてきた、伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」と曲のパクリが関係するねん・・・とお思いの方もいらっしゃるかなぁ。

でも、「ハハン」とピンと来た方は、結構ネット上の「噂」話を読んでますよね。

そそそ、伊藤咲子「きみ可愛いね」ってググると、ZIGGY「GLORIA」に結構引っかかるんだよね。

なぜに? 

答えは簡単、ZIGGY「GLORIA」のパクリ疑惑がネット上で結構な噂になってたからで

まあ、これについては、以前、当のZIGGY「GROLIA」を書いた時にも言及した・・・・ぷぷぷしてなかったwwww

うむ、仕切り直し。。。。

えーとね、そそそ、ZIGGYの「GLORIA」のAメロと、今回セレクトした伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」のAメロが瓜二つ・・・・っつか「全く同じ」なんだよね。

それでパクリだ・・・・と密かに騒がれていた訳でさ。

ちなみにZIGGY「GLORIA」 ↓ コレ




まあ、意図してこうなった訳・・なんて無いと思うけどね。。。 それとも作詞作曲者の森重氏は、その昔、伊藤咲子さんのファンだったのかしら。。。 とか思ったりもして。。。。

ちなみに、最近だと、これに加えて、NMB48の「らしくもない」のAメロが「GLORIA」のAメロと似てるっつうことでパクリ疑惑がネットで騒がれてたりして。。。
「GLORIA」のAメロに似てるってことは、伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」にも似てる・・・っつうことですわな。。

↓ コレ



ウ〜ン、似てるかコレ? ビミョウ。。。。


・・・・ということで、前置きが超長くなった。。。本題。

正直言うとね、個人的には最近までこの曲、知らなかったのよ、ワタシ。
何分、自分でランキングを作っている訳で、1976年のチャートも作ったんで、当然、曲タイトル自体は知ってたし、気にはなってたんだけど、曲自体は長年聴いたこと無かったんだよな。。。

当時、ワタシは6才〜7才。 1976年(昭和51年)と言えば小学校に入学した頃ですわ。
まだ、ヒット曲の世界には足を踏み入れてなかったからなぁ。。。

なんでね、今回、これ書くんで改めて曲を聴いてみた。

今はググるとようつべの動画が出てくるんで便利な世の中になったわな。

なるほど・・・確かに、AメロはZIGGY「GLORIA」と全く同じだわ。。。   と、いうか、この曲の方が「GLORIA」より13年も前になるわけだから、こっちがオリジナルって訳になるのだが。。。。

ちなみに、この曲、この年1976年の暮れにリリースされた、マイナーチューニングバンドっちゅう「覆面」ソウルバンドの「ソウルこれっきりですか」に取り上げられているんでね。

そそそ、キメのコトバの ♪ きみかわいいね〜 ♪ って部分。

マイナーチューニングバンドの「ソウルこれっきりですか」は音源持ってるんでさ、だから、ここの部分だけは知ってたのよ、ワタシ。

で、その部分だけを聴いて、膨らませていた曲想とはちょっと違っていたな。 もうちょっとね、アイドルアイドルしているのかと思ってた。

・・けど、思ったよりもソフトな曲調なんだよな、全体的に。 

それ以前に、メロディライン、サウンドともに古いんだよね。 アイドルポップスというよりは、正統派な歌謡曲に近い・・・というかさ。

70年代って、日本の音楽の「高度成長期」だったわけよ。 うん、経済に10年遅れて・・・って感じの高度成長期。
サウンド、メロディライン・・・などなど日進月歩変わって行くって感じでさ。 だから、70年代初頭と末では、全く違う音楽に感じるんだよな。

そのもっとも大きな分岐点だったのが、75〜76年あたりで、この2年取ってみてもサウンドがだいぶ変わるのが分かるんだよね。この頃の曲を「通し」で聴いてみるとさ。

まあ、きっちりと線を引いたように変わる訳ではなく、曲によって、新しさを感じる曲、古さが残っている曲・・・とバラバラに変化して行っている訳だけど。。。

そういう時代の変化の中にあっては、この曲はどちらかと言えば、70年代でも「前半型」・・ということは、「古いほう」の70年代的な曲って感じなんだなあ。

例えば、♪ シャラランラン〜 ♪ っていうコーラスではじまるイントロにしたって、天地真理的だしさ。 それにつづくストリングス主体のサウンド、フルートのガイドメロディ・・・と全体的に古いんだよね、曲想が。

アイドルにしては「正当派」、ウタの上手さでは定評があった、伊藤咲子さんのボーカル自体が、当時としてもアナクロさを感じるようなところはあったのかもしれないけど。。。

そんじゃ、全体的に古さを感じる曲でした・・・で括ってしまっていいのかというと、完全には言いきれないんだよな。

うん、古さの中に新しさも感じる。 例えば、↑で書いた、 イントロのコーラスの部分のコード進行。Cで始まるのに、途中で転調したような動きを見せたり。 Aメロに入る前の ♪ Fu Fu Fu〜♪ っていうコーラスの響きがソウルっぽかったり、70年代前半にはなかった新しさも感じたりする。

それ以前に、ビート感だよね。16ビートなビートを刻み続けているベースライン、ギターカッティッング。 これは、70年代中盤〜後半っぽいよなあ。

・・ということは、いろんな要素を含んでいるんだよな、この曲。 この曲だけで、70年代前半から中盤までのサウンドを一気に聴けてしまう・・・というか。。。

なにより、このスピード感、温度感は、いかにも「春」から「初夏」を感じさせるんだよね。 今頃の季節にはピッタリの曲だと思うわ。




ところで、伊藤咲子さんといえば、70年代中盤のトップアイドルの一人・・・って言う認識で個人的には居たんだけどさ。
ヒットチャート的に見ると、意外と伸びてないんだよな。 今回セレクトしてきた「きみ可愛いね」が、オリコンでは2曲目のベストテン入り。
この曲の前にベストテン入りしたのが、1年ちょっと前にリリースされた「木枯らしの二人」。 この2曲だけなんですよ、ベストテンヒットっていうのは。

これはちょっと意外な結果なんだよな。 当時の状況をリアルタイムで経験してきた訳じゃないんで、何とも言い難いんだけどもトップアイドルというよりかは、どちらかと言えば「B級」に近かったような実績なんだよね、オリコンだけを見るとさ。


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あの鐘をならすのはあなた / 和田アキ子

1972_04_あの鐘をならすのはあなた_和田アキ子


今回の1曲セレクトは、「あの鐘をならすのはあなた」和田アキ子です。

まずはデータでする。

・タイトル    あの鐘をならすのはあなた
・アーティスト  和田アキ子
・作詞      阿久悠
・作曲      森田公一
・編曲      森田公一
・リリース日   1972年3月25日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 53位
・売上げ枚数 4.1万枚

最近は「ヒット」という概念が完全に変わってしまいましたね。
ヒット=CDが売れる事がすべてであり、大衆的にどの程度認知されているのか、支持されているのかっていうのは、ほとんど考慮されなくなってしまいました。
リリース直後にCDさえ売れれば「正義」、売れなかったから「敗北」っていうイメージになってしまっているじゃないですか。

まあ、確かに「商業音楽」と言う世界、「商売」な訳ですからCDが「売れる」ことは道義上最も大切な事ではあるでしょうね。

でもねぇ、エンターテインメントって言う世界、それですべを括っていいものなんだろうか・・・っていうと、そうじゃないよね・・・っていうのは、「売れた曲」好きなワタシにもあるんだよね。

そもそも、ヒット曲と売れた曲っていうのは、完全同義語じゃない事は、ヒット曲の世界に入った頃から分かっていたんでね。
いや、すぐにではなかった。 昔は、レコードが売れるってことが、その曲をより広く知られる大衆的な曲ってことであり、そういう意味でレコード売り上げとヒットは、ほぼ正の相関があったんだよね。 いわいるヒットチャートのチャートアクションも、今とは比べ物にならないくらい緩やかな動きを見せており、その間により多く「大衆」に広がりを見せたために起こり得た現象なわけだ。

でもね、売れた曲全てがそうだったのかというと、そうではない。 それほど爆発的な売れ方をしなかった曲でも、大衆的に認知された曲は昔はいくらでもあった。

その違いに気がついたのは、やっぱ「ベストテン」と「オリコン」のランキングに差があることに気がついてからだろうな。 つまりは、オリコンではそれほど上の順位に行かなかった曲でも、ベストテンでは結構高順位に行く曲があるって事。 それは週間順位ではなく、年間単位になるとさらに顕著になる事って事が分かってからなんだよね。

つまりさ、世の中、週間単位として爆発的に売れなくても、大衆的になれる曲はあるんだってことですね。


今回は、それが顕著に分かる曲をひとつ。

和田アキ子「あの鐘をならすのはあなた」。

この曲、和田アキ子さんの曲のなかでは、大抵の方が知ってらっしゃる曲だよね。

通常の感覚からみれば、それじゃさぞかし売れたんだろう・・・と思われがちなんだけどもね。 でもね実際は、業界的に俗に言う「左ページ」にも入ってないんだよね。

つまりは、オリコンで50位にも入っていない。 最高位53位、売り上げ枚数4.1万枚。

全く売れなかった訳ではないけど、ヒット規模で言えば、スマッシュヒットにも値しない、かなり小規模なヒットだったって事。

それでも、今では和田アキ子さんの代名詞的な曲になっているんだから。

それは、後年、例の「アッコにおまかせ」とか「レコード大賞30周年記念」で、これでもかって言うくらい流された、72年の「レコード大賞」最優秀歌唱賞をこの曲で受賞した時の、号泣シーン、いわいる「和田ゴンの雄たけび」と、「黒い涙」のシーンという、めちゃくちゃ強いインパクトシーンが、話題になったって事も大きかったんでしょう。

でもさ、それだけで、今でも認識されるような代名詞的な曲になるかというと、そんなに世の中甘くは無いと思うんだよね。

結局はさ、この曲自体のインパクトなんですよ。

個人的に72年というと、まだ3歳だからさ、この曲、リアルタイムでは聴いてない(と思う)し、当時、どういう扱いをされていて、大衆的にどの位の支持をされていたのかっていうのは、分からない。

だから、あくまで推測になるんだけど、おそらく、ほとんどの方は「後付」でこの曲を知ったんじゃないのかなぁ。
つまりさ、例の「インパクト」なあるシーンの後に流れる、この曲にビビビッ・・と初めて知った・・・と。

まあ、そうじゃなきゃ、72年当時、小ヒットって終わってしまった・・・って事も無かったろうしね。

ただ、言えることは、ヒット曲としての売れ方って、一つじゃないんだよね。 リリースした当時は売れなくても、後年になってから、改めて売れる曲もある。

売れる売れない・・・っていうのは、時代時代で変わって行くもの。そそそ、時代とどう折り合いがあるのかって言うのも大事な要素の一つなんですよ。
 リリースした当時は時代との折り合いがつかず売れなかった曲でも、後年、時代の空気が変わると突然売れる曲もあるって事。

だからねぇ、リリースした曲は1曲1曲大事にすべきだと思うんだよね。 最近の曲ってさあ、リリースされるまでは大量にプロモーションを打つけど、リリースされた瞬間に「はい、さよなら」っていう曲が多いでしょ。まるで使い捨てのように。 それじゃ曲が可哀想ですよ。もっと1曲1曲を大事にせにゃ。 その時は売れなくても、後年、どうなるか分かんないんだから。

ちなみに、和田アキ子さんの曲って、不思議なもんで、それほど売り上げ枚数が高くない曲で「有名」な曲が多い。
この「あの鐘をならすのはあなた」と同じように代表曲といわれる、「笑って許して」にしても「古い日記」にしても、「どしゃぶりの雨の中で」にしても、いずれもオリコンでベストテン入りしてない。

じや、オリコンでベストテン入りしてる曲って1曲もないの? っていうとさにあらず。
71年6月の「天使になれない」は最高8位。、同じく71年12月の「夜明けの夢」では最高10位まで行ってる。
でも、どちらも今となってはほとんど聴かれない曲だったりしてさ。



この曲で特出すべきところは、やっぱ、スケール感だよね。 よくモノの本に「天文学的スケール感」があるなんて書かれたりするけど、まさにそんなイメージだよね。

確かに、歌謡曲全盛の当時、結構大げさなイメージのデカイ曲もあった。例えば、尾崎紀世彦氏の一連の大ヒット曲とかさ、いかにもショービス的なスケールがデカイ曲があったりたじゃん。

でも、この曲、それと比べてもスケールのでかさは飛びぬけるもんなぁ。 

なんて言うのかな、空間認識的な広さっていうのかなぁ。 出だしの ♪ あなたにあえて〜 ♪ はメゾピアノで、比較的、狭い空気感であるのが、 ♪ つまづいて〜 ♪のBメロでは、やや力が入ったメゾフォルテ、 それから、♪街はいま〜 ♪っていうサビで力強いフォルテに移行する。

そして、最後の最後 ♪ あの鐘を鳴らすのはあなた〜 ♪っていうクライマックスでフォルテシモに持って行く。
間口の広い空間を感じるんだよね。 その間口っていうのが通常の曲の幅ではなく、とてつもなくデカイ空間に感じるんですわ。

そんな間口がでかい曲に、全く負けていない和田アキ子さんは流石な訳だし、このヒトじゃなきゃ、この曲のこのスケール感は伝わってこないわな。


それと印象的なのは、この曲のベースラインですねぇ。 そそそ、単純にコードの「根音」を追っていくベースラインではなく、ウネウネウネとまるで蛇がのたうち回っているように目まぐるしく動きまわるベースライン。
これですよ、この曲の真骨頂は。

というか、当時の歌謡曲には、こういうベースラインの曲ってあるんだよね。 それが70年代歌謡曲の大きな特徴でもあるんだけどさ。

当時のスタジオミュージシャンって「ジャズ」バンド上がりの方が多かった訳でさ。だからベースにしても、コードのルート音を単にペンペン弾くのではなく、ジャズのアドリブよろしく、勝手にアドリブをかけちゃうヒトも多かった訳よ。

この曲にしたって、こんなうねうね動き回るベースライン、きっちりと指定音符で譜面に書いてある訳が無いからさ、ほとんどアドリブだと思う訳よ。 でも、そこに「味」を感じる訳よ。曲を程良く締まらせているし。

いや、これも70年代歌謡曲を聴く上での楽しみの一つでもあるんだよね。 80年代になるとジャズ系出身のスタジオミュージシャンも少なくなって、この手のアドリブを利かせたベースラインの曲って少なくなるからさ。


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北の宿から / 都はるみ

1976_12_北の宿から_都はるみ


今回の1曲セレクトは、「北の宿から」都はるみです。

まずはデータですね。

・タイトル    北の宿から
・アーティスト  都はるみ
・作詞      阿久悠
・作曲      小林亜星
・編曲      竹村次郎
・リリース日   1975年12月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 143.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1976年5月3日、5月24日〜1977年2月7日付

今年のレコード大賞も決定しましたね。西野カナさんということで。
まあ、顔ぶれからすると宇多田ヒカルかな・・・っていう線が一番強かったと思うんだけども、宇多田がアルバム大賞に選ばれてしまったんで、これは変化球で来るかな・・・と思ったらビンゴでしたね。

・・というか、今回の大賞候補のエントリーを見る限りではこれが妥当な線なんだろうな。

その前に、5日開かれていた有線大賞も西野カナだったんだよね。この事を知って、これはレコード大賞も西野カナかな・・・とは思ってたんだけどさ。
・・というのも、有線大賞を主催しているキャンシステムと、レコード大賞を放映しているTBSは「懇意」の仲ですからねぇ。 だから、ここんところずっとレコード大賞の「新人賞」って、キャンシステムのリクエストランキングで上位に来ているヒトたちばかりだし(今年も含めて)。 

 うん、新人賞ばかりでなく、大賞候補の10曲も大体がキャンシステムで強いヒト達ばっかなんだよね。
だからねぇ、レコード大賞なのか、有線大賞なのか、よく分かんない状態なのよ。

そこからすると、有線大賞をとった、西野カナが、レコード大賞も取るんじゃないか・・・とは思った訳なんだけどさ。


ところで、レコード大賞も今年で58回目ということで歴史が長くなりましたわな。
過去を振り返ると、やっぱり「栄光」と「権威」があったのは、70年代から80年代前半までって感じなのかなぁ。

まあ、変化球のレコード大賞っていうのは、何も今に始まった事ではなく、昔からそうなんだけどさ。
つまりは、レコード大賞と銘打ちながら、その年で「一番売れた」曲が、必ずしも大賞を取ると言う訳ではない事。

それでも、昔は大賞受賞曲は、それはそれで納得行ってたんだよな。 ・・・というのも、その年で一番売れた曲ではなくても、一番「ヒット」した曲であった事、または、それに準ずる曲であった事が多かったからなんだよね。

特に、「ザ・ベストテン」が幅を聴かせていた、1981年〜1984年までは、ザ・ベストテンの「年間1位」だった曲が、いずれもレコード大賞を受賞してたりするし。

つまりは、レコード大賞といいながら、実際は、「ヒット曲大賞」っていう意味合いが強かった時期があったんだよね。だから、見てたこちら側も、大賞曲に異論は感じなかったし。。。
(それ以前に、オリコンチャートは、まだ業界人向けの代物で、一般人が、どの曲が何枚売れてるかなんて、知ってるヒトの方が非常に少なかったのだが。。。)

そんな「権威」があった頃のレコード大賞だけど、その当時を含めて、今もそうだけど、大賞を取った時期と、ヒットのピークが重なった事・・・ つまり、レコード大賞を取った時期、まさに、ヒットの頂点だった曲って、少ないんだよなぁ。

今回は、そんな曲をピックアップ。 (あー、前置きが超長かった。。。。

都はるみ「北の宿から」。

なんだ演歌じゃん・・・・なんて言わないでね。

いや、書いてるこっちもそうだったんだけども、当時・・というか、ワタシが子供の頃は、演歌もまだ十分求心力があったし、ヒットチャートでも普通に上位にランクインしてたし、だから、普通にラジオでかかってたし・・・。
そう言う意味では、全然、違和感がなかったんだよな。

だから、演歌だから毛嫌いしてた事は無かったんだよな。 うん、この曲にしたって、普通に大ヒット曲っていう感覚で見てたし。。。 その辺は、もしかしたら、ワタシらよりも下の世代では、理解できない感覚かもしれないな。

なにせ80年代後半以降、演歌ってポップスから切り離されて、求心力を急速に失われて行ったからさ。

いずれにしても、この曲、1976年、第18回のレコード大賞、大賞受賞曲なんだけどもさ。この受賞か決まった頃、ヒットの「ピーク」だったんだよな。
ワタシのチャートでは、2位までしか行かなかったけど、オリコンでは、丁度1位を獲得してた頃だ。

リリースされたのは、前年の1975年12月だから、丁度1年越しで、ヒットのピークを迎えたことになる・・なんていう超ロングヒットだったんだよね。

Wikipediaにも書いてあるけどランクインしてから、44週かかって1位までたどり着いた・・・という。
ちょっと考えられないようなチャートアクションを展開した曲なんだよね。

リリースしたのが「冬」でしょ。 まあ、曲の内容とは完全にシンクロした時期のリリースではあったんだけども、何分、ただでさえ演歌ってチャートアクションが遅いからさ。 
 チャートアップしてきたころには、既に夏に差し掛かってきた頃なんだよね。

そんな夏場に「冬」の曲を聴かされてもなぁ、ピンとこないのは当然な訳で、そこで暫く足踏みしてしまう。 

ただ、この曲が凄いのは、そんな足踏みした状態でも、決してランクダウンの傾向を見せなかった事。
これはね、脅威的なことなんだよね。

なぜ、曲内容と季節感が相反していた、ぱっと見、厳しい時期に、ランクダウンしなかったのか? ・・・というのは、正直、当時、まだヒット曲の世界に足を踏み入れておらず、リアルタイムにヒット現象を感じていた訳ではないんで、よく分かんないんだけどね。それだけ、この曲が一般性を持った曲だったんだろうな。

で、秋が過ぎ、冬の足音が近づく頃、一気にチャートの頂点に駆け上がる。 うん、まだ再び、曲内容と季節がシンクロした訳なんだよね。

そこに、レコード大賞受賞が重なった・・・って訳なんだよね。 まさにドラマティックな展開での受賞・・・・そんな印象が、この曲では強いんだよな。

この1976年っていうのは、ヒットチャート史上特異な年で・・・。というのも、「およげ!たいやきくん」が450万枚なんて空前絶後な売り上げを記録したり、洋楽のダニエル・ブーン「ビューティ・フルサンデー」が15週連続で1位とったりね。

だから、そう言う意味では、本来の「売り上げベース」で考えると、この曲がレコード大賞をとるのはまずあり得ない状態だった訳なんだけども。。。

それでも、大賞を取ったということは、大賞を取るまでのヒットの過程が認められたって事なんだよね。
うん、派手に売れなくとも、地道にチャートの上位で粘りに粘っていれば、それだけ曲が一般に浸透していく、つまりは「ヒット」して行くって事なんだよね。 その典型的な例がこの曲だったってわけなのよ。

「売れた曲」と「ヒットした曲」は違うと言われるのは、ココの部分なんだよね。その曲がどれだけ一般的に「浸透」
していっているのか否か。

ワタシのチャートで、連続してベストテン内にランクインしてた期間は1976年5月24日〜翌年1977年2月7日までの37週間。
 これは、あれから40年経ったいまでも破られていない、1曲での連続ベストテン入り記録なんだけどさ。

でも、大部分は5位以下なんだよね。つまりは、チャート上位で派手に売れてた期間は少ないって事。 地道に売れてた曲なんですよ。 その間に、幅広く「大衆」の浸透して行って支持されてた曲って訳なんだよな。


ちなみに、レコード大賞受賞した時期が、その曲のヒットのピークと重なった曲って、この曲だけかと思ったけど、よくよく考えてみると、もう1曲あったんだよね。

第14回大賞受賞の、ちあきなおみ「喝采」。これが、大賞受賞と、ヒットのピークが重なってたんですよ。
無論、以前「喝采」をココで書いた時にも言及したんだけども、丁度、宮史郎とぴんからトリオの「女のみち」が16週連続1位なんてとんでもない記録を作ってた時期とパッティングして、11週連続2位なんて記録をひた走っていた途中の時期ですわ。

この2曲だけなんじゃないかなぁ。 大賞受賞とヒットのピークが重なった曲って。

無論、オリコンがスタートする前、1967年以前はよく分かんないですが。。。。


いずれにしても、記録にも記憶にも残る1曲であることは、間違いないんですよね。





それにしても、この曲と言ったら、ウチの死んだオフクロがよく歌ったんだよなぁ。
オフクロ、ずっとPTAの役員なんかやってたんで、家がPTAの溜まり場になってたりして、よく宴会やってたんだよ。
で、宴会が始まると、やっぱ、ウタでしょ。 当時はまだ、家庭用のカラオケもそれほど一般的じゃなかったんで、アカペラだよね。 よく、みんなでこの曲歌ってたんだよな。
 だから、この曲というと、あの頃、家で開いてた宴会を思い出すんだよな。

それと、また、手前味噌になっちゃうけど、ワタシのチャートで40年間君臨してた、オールタイムランキングの1位の座を、今年まさかSMAPの「世界に一つだけの花」に更新されるとはねぇ。。。
上で書いたように、ベストテン連続ランクイン記録を考えると、もう永遠に抜かれることは無いかも・・・と思ってたんだけどねぇ。
それだけSMAPの「世界に一つだけの花」って曲も凄いってことなんだよな。「記録にも記憶にも残る」ような曲と言う意味で。



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シンデレラ・ハネムーン / 岩崎宏美

1978_09_シンデレラハネムーン_岩崎宏美


今回の1曲セレクトは、「シンデレラ・ハネムーン」岩崎宏美です。

まずはデータです。

・タイトル     シンデレラ・ハネムーン
・アーティスト   岩崎宏美
・作詞       阿久悠
・作曲       筒美京平
・編曲       筒美京平
・リリース日    1978年7月25日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 13位
・売上げ枚数  14.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位

さてさて、昨日のLINDBERGに続いて、複数のオリコン1位獲得曲を持っているアーティストの小ヒットだった曲どえす。

岩崎宏美「シンデレラ・ハネムーン」。

う〜む、この曲まだ書いてなかったんだ。昨年書いたとばっかり思ってたんだけども。。。

まあ、未だに時々巷に流れているし、恐らく知っている方も多いであろうこの曲を「小ヒット」なんて呼ぶのもちょっとおこがましいけど、ま、ヒットチャート上の記録では、オリコンでベストテン入り出来なかったし、売り上げも15万枚弱と、お世辞にも大ヒットとは呼べない状況なんでね。
そそそ、俗に言う「スマッシュ・ヒット」ってやつですね。

まあ、この曲がリリースから38年経った今でも、巷に流れ、知っている方も多いっていうのは、やっぱ「コロッケ」の「ものまね」によるところが大きいよな。 それに最近じゃ高橋真麻も歌ってるからな。
 
wikipediaによると、コロッケのものまねがあまりに強烈なんで、本人がこの曲を歌うと失笑が飛ぶってことで、一時期この曲を封印していた事もあったけど、でも、コロッケや高橋真麻の影響もあって、最近では本人もまた歌うようになって喜ばしい事ではあるよね。

作詞は阿久悠、作曲は筒美京平・・・っちゅう70年代の黄金コンビは、岩崎宏美さんでは前年の「想い出の樹の下で」以来6作振りってことなんだけど、そうか、そんなに離れてたんだ。
 作詞の阿久悠氏は、その間も岩崎宏美さんへの詞の提供をしていたけど、筒美京平氏がずっと離れてたんだよね。

・・・そんな岩崎宏美さんへの黄金コンビ復活と言う事もあってか、曲調も初期のディスコサウンドが復活。
まあ、初期の「ロマンス」あたりは、ディスコと言っても当時流行だったフィラデルフィアサウンドの匂いが強く、ディスコというよりもソウルっぽいテイストだったんたけども、この曲は「正調」なディスコでしたよね。

まあ、当時は「サタデーナイトフィーバー」を軸とした超ディスコブームな時代。猫も杓子もディスコでフィーバってる時代でしたからねぇ。
 流行り物を下敷きにするのがウマい筒美氏としたら、当然の路線だったろうな。 しかも、この曲はディスコに若干ロックテイストもプラスして、全体的に激しさもあったしね。 その辺が今でも通じる所以なのかもしれないですね。

ちなみに、下敷きにした曲は、Donna Summer 「Once Upon A Time 」・・・ということで。。。
↓コレ


なるほど、モノの本で言われているようにイントロやリフは、この曲からいただいているようですねぇ。。。
似てる。。。

筒美氏ってドナ・サマー好きなんだよね。後年、80年代に入ってから、河合奈保子さんの「UNバランス」もドナ・サマーの「情熱物語」だったもんね。

プラス 間奏とCメロの ♪ワタシは一人爪など切りながら〜♪ の部分がVillage Peopleの「San Francisco」

↓コレ


この2曲が下敷きになってるんですよね。
ふむふむ、筒美京平氏の場合、大体は下敷きになってる曲が存在するんで、それらを発掘しながら聴くのも面白いんだよな。

ま、いずれにしても当時のディスコですよ。

いつも岩崎宏美さんとディスコって、今一つ結びつかないなぁ・・・なんても思うんだけど、そう言うところを微塵も見せず、躊躇なくディスコサウンドを提供した筒美氏って、一体、岩崎宏美さんのどういうところを見てたんでしょうねぇ。

岩崎宏美さんというと、「すみれ色の涙」とかどうしても「日本的」な匂いが先に立つもんなんだけどなぁ。

その辺が普通のヒトとは見るところが違うんでしょうね、筒美氏は。



えー、冒頭に久米さんと黒柳さんが映ってるんで「ベストテン」のようにも感じるけど、「レコード大賞」ですね。
そそそ、1978年のレコード大賞は、ベストテンの成功もあって、久米さんと黒柳さんの司会だったんだよね。

ところで、Aメロの ♪シンデレラハネムーン〜 ♪の部分のヘンチクリンな振りは、いつからやってたんでしょうねぇ。この曲リリースした頃は、こんなヘンチクリンな振りは無かったような気がするんだけどなぁ。
でも、レコード大賞の時にやってるんだから最初から振りはあったんですかねぇ。。。

このヘンチクリンな振りを見る度、何か曲とあってねぇな・・なんて違和感を感じるワタシデス。。


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OH!ギャル / 沢田研二

1979_07_OH!ギャル_沢田研二


今回の1曲セレクトは、「OH!ギャル」沢田研二です。

まずはデータです。

・タイトル    OH!ギャル
・アーティスト  沢田研二
・作詞      阿久悠
・作曲      大野克夫
・編曲      船山基紀
・リリース日   1979年5月31日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数 27.1万枚
・ベストテンランクイン期間:1979年6月11日〜7月23日付

えー、前回は山口百恵さんの「横須賀ストーリー」をセレクトしてきましたが、70年代、百恵と並ぶスーパースターといったら、やっぱ、ジュリーですよね。
・・・ということで、今回はジュリーの曲に決まり!

・・といってもね、ジュリーもここまで大分書いてきたからなぁ、今回は少し変化球で行きますかね。

「OH!ギャル」

「勝手にしやがれ」にはじまったジュリーにとっての「第2期」黄金期の最後に当たる、この曲だけど、「最後」と書いたようにそれまでの大ヒット曲に比べると、やや売り上げもダウン。少し忘れられた、ジミな存在の曲・・・って言う感じなのかなぁ、今となっては。

うん、第2期黄金期、ずっとジュリーを支えてきた、阿久悠、大野克夫と言うコンビでの最後のシングルでもあり、やはり「勝手にしやがれ」などの大ヒット曲でアレンジを担当してきた船山基紀氏も、この曲がジュリーのシングルのアレンジャーとしては最後の曲でしたね。

79年と言う時代の分かれ目と言う事もあってか、ジュリーにとってもターニングポイントだったんだろうけど、そんな「最後」づくしの曲としては、ちょっとジミ目な曲だった・・・っていうのも否めないかもなぁ。
 「勝手にしやがれ」以来、新曲をリリースするたびに、「次は何をやる?」みたいな話題を常に提供してきたし、曲にしても、毎回、新しさとインパクトを出し続けてきたジュリーだけど、この曲は曲自体ちょっとインパクトに薄い曲だよなぁ・・・っていうのは、否めなかったしな。

そもそも、「OH!ギャル」っていうタイトル自体、あの当時としてもアナロク的だったしなぁ。 それまでの曲のタイトルは斬新さがあったんだけどもさ。

ま、今となっては「ギャル」なんてコトバ自体、完全に「死語」だしさあ、今の若いコにとっちゃ、なんのこっちゃ だよね、きっと。 うん、「ワカイ女の子」の事ですね。

そそそ、79年⇒時代の分かれ目・・という点では、この曲と、ピンク・レディーの「波乗りパイレーツ」が、なんかリンクしてるように感じるんだよな・・・
・・というか、当時もそんな感じがあったな。

沢田研二と、ピンクレディーといえば、前年の1978年、レコード大賞を争った同士ですわ。

その2組、それから半年余り経っただけなのに、それぞれ元気が無かったでしょ。

当時、小学4年のクソガキだったワタシでも、そんな状況から時代の転換点・・・っていうような変化は感じてよなぁ。

でもね、個人的に言えば、この曲決してキライじゃなかったんだよな。むしろ、それまでのジュリーの曲に比べると「手垢」が少ない分、好感度があったような気がするんだよね。

恐らくそれは、本格的にヒット曲の世界に足を突っ込んで、本気でヒット曲を聴き始めた頃と重なっていたからなのかもなぁ。

まあ、そんなこともあってか、この曲を聴くと1979年の今頃の風景がはっきりと脳裏に浮かんでくるんだよね、今でも。

そそそそ、この曲がヒットした、ほんの少しあと、この年の夏休みに初めて「ブルートレイン」に乗って博多まで行ったんだよな。 その時、頭ん中でヘビーローテーションでながれてたのが、この曲だったんですよ、それも良く覚えてる。
 
だからね、この曲を聴くと、あん時の初めて乗ったブルートレインとか、博多の中州のネオンサインの光景とか思い出すんですわ。

そんなことも個人的に、好感度がある1曲なのかもしれないな。

ただ、この曲に関して、それまでの曲のような話題性が無かったか・・・というと、そんなことなかったよね。
そそそ、この曲で初めて、「化粧」したんだよなジュリー。 今見ると、最近のビジュアル系ほどの化粧ではないけど、当時は、かなり話題になりましたよね。 男が化粧とは、何事  みたいな

まあ、向こうでは既に、デビットボウイが化粧してたりしてたわけで、ま、言ってみればジュリーもそれを取り入れただけに過ぎなかった訳なんだけども、まだ保守的・・・というか、伝統的な日本文化な思想が残ってた70年代でしたからねぇ、それでも話題になってしまう訳だったんですよね。


ちなみに、ジュリー自身は・・・というと、どうも、この曲は気に入ってなかったようで、あるツアーで、この曲を歌った後、「この曲大嫌いなんや」なんて暴露してた様ですね
当時は、そんな感じしなかったんだけどねぇ。。。



うーん、タバコを持ちながら曲を歌う・・・っていうのも当時としては斬新だったかなぁ。
この後、、これマネして、タバコ持ちながら歌うヒトは、ちょくちょく出てきたけどさ。


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真夏の夜の夢 / 野口五郎

1979_06_真夏の夜の夢_野口五郎


今回の1曲セレクトは、「真夏の夜の夢」野口五郎です。

まずはデータです。

・タイトル    真夏の夜の夢
・アーティスト  野口五郎
・作詞      阿久悠
・作曲      筒美京平
・編曲      筒美京平
・リリース日   1979年4月21日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 16位
・売上げ枚数 10.9万枚

あー、蒸し暑い夜ですわ。
まあ、梅雨って言うこの時期らしい・・・っちゃ、この時期らしい気候なんだけども、ベタベタと蒸し暑い夜は不快ですねぇ。
 それに、こういう夜は、ワタシが嫌いな「ムカデ」が出没することもあるしなぁ・・・。ウチは田舎なんでさあ、ムカデが出るのよ。一度なんて、夜の間にクツの中に忍びこんでた10cm近くもあるムカデに気がつかなくて、そのまま履いたら、案の定気がつかなくて、刺されたことがあるのよ。
もうね、ムカデ恐怖症よ。。。 今夜も出そうな気候なんで、明日の朝は気をつけんと。。。。

さてと、こんなジトーッと蒸し暑い夜になると、頭の中を駆け巡る曲って何曲か出てくるんだけどさ。
例えば、少し前に書いた寺尾聰の「出航」のC/Wだった「ダイヤルM」とかね。うん、あの曲もイメージとしては、蒸し暑い夜なんだよな。

で、もう1曲思いつく曲を、今回はセレクト。

野口五郎 「真夏の夜の夢」。

うーむ、「真夏の夜の夢」なんてタイトルを書くと、松任谷由実の93年の大ヒット曲であり、同タイトルの「真夏の夜の夢」を思い起こす人の方が今となっては多いのかもしれないけど、こちらの「真夏の夜の夢」は1979年のヒット。
もちろん、松任谷由実とは別曲ですよ。

タイトルが「真夏の夜の夢」なんてなっているんで、如何にも「真夏」の曲かと言うと、さにあらず、リリースは4月21日だったりして、全然「真夏」じゃなかったりするんだよな。
 それでも、今頃の蒸し暑い時期を思い出すっていうのは、100%曲調のせいだよなぁ。
まあ、兎に角、イメージが蒸し暑いんだわ、これが。
そんなイメージだからか、個人的にもいっつもヒット時期を間違えるんだよね。
「これから」の季節のヒットだったけな・・・なんて勘違いしちゃうんですわ。 去年も、それで「夏」まで待って書こうとしてたら、すでにヒット時期を逸してしまって、昨年は書けなかったんですわ。

今年も、あわやヒット時期を見逃すところだった。。。うん、厳密に言えば、この6月第3週って言う時期は、すでにヒットのピークは、過ぎて下降線をたどり始めてた時期なんだけどね。。。

そんな感じで、少し前にTUBEの「Beach Time」の時も書いたように、楽曲タイトル&楽曲のイメージが、実際の「気候」とずれてしまっていたために、今一つヒットしなかったって言う曲の1曲と言えるだろうねぇ、この曲も。

いや、たとえばさ、もう1カ月リリースが後ろにずれていて、梅雨から梅雨明けにかけての本格的にジットリした蒸し暑い時期がヒットの兆しとシンクロとしていれば、もっと売れても良かったんじゃないかなぁ・・・なんて思ったりするんだよな。

この時期の野口五郎氏って、すでに往年のアーティストパワーも陰をひそめ、チャート的にもオリコンではベストテンに入れなくなってた時期なんだよね。
 その要因として、楽曲そのもののパワーが陰をひそめて来ていた・・・というか、時代に合わなくなってきていたようなところもあったからなぁ。その辺が人気という指標にダイレクトに出て来ていたような気がする。

時代は、ロック・ニューミュージックだったんだよね。

でも、この曲は、そんな時代を見透かしたようにロック系統の曲だったもんね。

五郎本人もエレキを抱えていたし、バックバンドも従えたりしてたしな。

作詞 阿久悠、作曲 筒美京平 ・・・という超ヒットメーカーのお二人の作品なんで、ワタシなんかが曲そのものについてあーだこーだ言うなんてのはおこがましいんだけど、このお二人の布陣で、しかもアレンジが筒美氏本人と言うと、前年の大橋純子「たそがれマイラブ」を思い浮かべちゃうけど、それと比べてもロック系に傾倒して来ているよな・・・っていうのは、良く分かる訳だわね。

流石は時代を読む筒美氏らしい曲調の変化・・・なんてことも感じたりするんだけども、筒美氏のコトバを借りると、ニューミュージックは脅威でしたからね・・・ということで、やはり、常に「ヒット」を要求される筒美氏としては、
この系統に行かざるを得なかった・・・っていうところもあったのかもしれないですね。

ただ、この曲を足がかりに・・・と言う感じで、このすぐ後に、桑名正博氏の「セクシャル・バイオレッドNO.1」っちゅう、「ロック」系統の曲でオリコン1位を取っちゃう訳だから、やはり筒美氏はただもんじゃない訳なんだよなぁ。。。


・・・と、思いつくがままに筆を走らせているワタシだったりするんだけども、 実を言えば、当時は、この曲、良く分かんなかったんだよな、個人的には。
 いや、曲は聴いてた。オリコンではベストテン入りしなかったけど、「ザ・ベストテン」では、ベストテン内にランクインしてたからなぁ。
・・・って書くと、ベストテンを知らない世代にしてみれば、なんでなの? ・・・なんて思われちゃうかもしれないけど、この曲、ラジオリクエストとハガキが強かったからなぁ。
 やっぱり、「固定ファン」の組織票が強かったんだよね。当時の新御三家はさあ。 その分、レコード売り上げと有線チャートの不利を補てん出来たって訳ですわ。

・・・あ、ちょっと話が脱線したね。

ま、兎に角も当時「ベストテン」ではこの曲聴いてたわけだけども、良く分かんなかったんですわ。どこが良いのか・・・っていうのが。
 いつかも書いたと思うけど、個人的に、新御三家っていうと、「ヒデキ」派だったからなぁ。 だから、郷ひろみ氏も長らく、良く分かんなかった訳ですわ。
今なって時代的背景を考えて聴けば、この手の曲が必然だったんだろうなぁ。 なんては思えるようになりましたね。
 とりあえず、1979年の匂いがする曲かなぁ。





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色つきの女でいてくれよ / ザ・タイガース

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今回の1曲セレクトは、「色つきの女でいてくれよ」ザ・タイガースです。

まずはデータです。

・タイトル     色つきの女でいてくれよ
・アーティスト   ザ・タイガース
・作詞       阿久悠
・作曲       森本太郎
・編曲       伊藤銀次
・リリース日        1982年2月5日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   42.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1982年3月29日〜5月17日付
・タイアップ:コーセー化粧品「82年春のキャンペーンソング」

今回は、今まで書かなきゃ書かなきゃ・・・と思いながらね、長い事ペンディングしてた曲ですねぇ。

ザ・タイガース「色つきの女でいてくれよ」。

この曲は1982年今頃のヒットなんだけども、ここのところ82年の曲を頻繁に書いてたからなぁ。ちょっと偏ってるなぁ・・・・と思いーの、だから、少し書くの待ってたんだよね。
 でも、このまま書かないでいると、ヒットの時期が過ぎちゃうよなぁ・・・と、この間、82年の曲(西城秀樹「南十字星」を書いたばっかなんだけど、ぴっぱって来ちゃいました。

まあ、ここ読んでくださってる方の多くは、すでにご存じの曲だと思いますが、71年に解散した、ザ・タイガースも解散10周年ということで、「再結成」されたときにリリースされた1曲ですわね。
 時に、コーセー化粧品の「キャンペーンソング」に使われた事もあって大ヒットでしたねぇ。それもあって改めてタイガースの人気の凄さを確認出来たって感じだったかなぁ。

 ワタシらの世代は、世代的に「G.Sブーム」の頃のタイガースって知らないからさ。なんせ生まれた頃の話なんでねぇ、観月ありさの曲じゃないけど、「ママの頃のラブソング」だった訳ですよ。

でも、10年過ぎても相変わらずの人気を保っているってことは、やっぱりG.Sの西の雄だったタイガースだったわけですわね。
・・・・って書くと、東の雄は? って事になるだろうけど、やっぱ、大宮出身のテンプターズになるんだろうな。

うん、テンプターズについては、また後日改めて書こうかと思いまする。

この「色つきの女でいてくれよ」は、曲も良かったですしね。分かりやすいメロディだし、キャッチーだし。
口悪く言えば「ウレセン」だった訳なんだけどさ。

でも、その辺りは予め計算していたようですけど。。、当時の、沢田研二氏のインタビューを読むと「皮算用通り」なんて発言もしてるしね。
 ただ、計算的にウレセン的にしたのは、やっぱ、再結成するからには、「昔の遺産」だけでの再結成ではなく、新たに82年当時のヒット曲を出したい・っていう願望もあったようで、だから、皮算用通りでも、このヒットはメンバーにとっても嬉しかったようですね。 

G.Sといえば、この当時、81年、82年当たりに再結成って言うグループが意外と多かったんですよね。
81年に、ワイルドワンズ、ザ・ジャガーズが再結成してたしね。
 おりしも、60年代末期〜70年代初頭にかけての、G.Sブームから、丁度10年っていう「区切り」もあったし、なにより81年に、有楽町にあった「日劇」が閉館ということで、G.Sブーム当時、各グループにとっての最大のライブの場だった、「ウェスタン・カーニバル」も終焉。。。
・・・なんいう区切りの中で、かつてのG.Sの再結成って言う流れが出てきてたんですよね。

ま、タイガースの再結成って言う流れは、そんな流れの最大の「見せ場」でもあったようですが、直接的には、81年1月の最後の「ウェスタン・カーニバル」が引き金になっていたようですね。

ただ、この時の再結成時には、ドラムの「瞳みのる」氏は参加せず(慶応大付属女子高校の古文の教師をやられてたんですよね)、代わりに、ベースの岸辺一徳氏の実弟の岸辺シロー氏が参加してたわけなんだけどさ。
 だから、この時の再結成は、「不完全」再結成と捉える向きもあったなぁ。 瞳みのる氏って、ジュリーと並んで人気があったようですからね。

そんな瞳みのる氏は、停年を迎えるまで教師一筋で、芸能活動からは一切手を引いていた訳だけども、定年後の、タイガース再結成の時には、何十年ぶりかでドラムとして参加してましたねぇ。
 この時の「再結成」の時は、メンバー全員の年がねぇ・・・・  ちょこっと涙を誘ってしまった感じだけど。。。。

もし、今回セレクトしたきた「色つきの女でいてくれよ」の82年再結成時に、瞳みのる氏も参加してたら、さらにヒットしてたんじゃないのかなぁ・・・なんてのは感じたりするなぁ。
 この曲の売り上げは42万枚だったわけだけど、タイガース最大のヒットは、68年の「花の首飾り」の67.6万枚。
82年の再結成時に新たにファンになった方も多かったと思うんで、もしかすると「花の首飾り」に匹敵してたかもなぁ・・・なんても思ったりしてね。



 



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君よ抱かれて熱くなれ / 西城秀樹

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今回の1曲セレクトは、「君よ抱かれて熱くなれ」西城秀樹です。

まずはデータでする。

・タイトル     君よ抱かれて熱くなれ
・アーティスト   西城秀樹
・作詞       阿久悠
・作曲       三木たかし
・編曲       三木たかし
・リリース日    1976年2月25日
・発売元      RVC
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   33.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1976年3月8日〜5月3日付

70年代の曲の面白さの一つは歌詞だろうね。現実のものとは到底思えないような、超デフォルメした大げさな内容の歌詞とかさ。
 最近は、そんなデフォルメした内容の歌詞ってほとんど見かけないからなぁ。大体が等身大な内容じゃないですか。あとは英語で逃げるとかさ。

 まあ、その要因の一つは、自分たちで詞を書いてる曲がかなりの割合になったからだろうな。いわいるシンガーソングライターってやつでさ。シンガーソングライターの方たちは、どうしても自分が経験してきた事、考えてき来た事っていう、割と狭い範疇の話を縦に深く掘り進めていく詞がほとんどで、「架空」の話をクリエイトするって言う作業は、あんまり見られないですからね。

でも、昔、70年代は、まだ「職業作家」が大活躍していた時代だったしさ。 職業作家の方々は、あくまで「プロ」だからさ、物事をいろんな角度からこねくり回したり、それこそデフォルメした世界で「詞」を書くってていう作業が多かったですからね。

・・・とは言っても基本は、「惚れた腫れた」の色恋ものが、そのほとんどなわけだけど。。。

今回の1曲セレクトは、そんな70年代の「デフォルメ」した色恋世界を歌った曲を持って来ましょうか。

西城秀樹「君よ抱かれて熱くなれ」。

うーむ、いまでもこの曲を覚えている方がどのくらいいるのか? っていうのは、ちょっと不安ではあるんだけどね。
なにせ、ヒットしたのが、今から丁度「40年前」の今頃。 1976年の「春」だったからなぁ。

だったからなぁ・・・なんて、如何にもリアルタイムで聴いてきたような書き方しちゃったけど、当時ワタクシは6才。
あ〜、ちょうど幼稚園を卒園して、小学校へ入学する頃だ。

・・・なんで、当然、リアルタイムじゃ聴いてないんだけどさ。。。

うん、この頃聴いてた曲って言ったら ♪1年生になったら〜 友達100人できるかな? ♪ っていうあれ・・・。
そそそ「1年生になったら」・・・は聴いてたけどな


あ〜、話がずれた。。。。

まあ、そんな時期のヒット曲なんだけど、ともかく歌詞が凄いんだよね。

しょっぱなから  

♪ 君は今 僕の胸で 蝶に変わるよ〜 
  蒼ざめたその羽をバラ色に染め
  これが幸せと泣きながら飛んでいける 〜 ♪ 

だもんね。 

いきなり凄い世界・・・っちゅうか、結局はリアルな話、「アレの最中」のストーリーな訳ですね。 
でも、ストレートに「あれ」やってまっせ・・・とは流石に、当時、トップアイドルであったヒデキは歌えない訳で。。
でも、流石は阿久悠氏。ウマくかわしたコトバで、恰も架空の世界の話のようにデフォルメさせる訳なんですよね。
しかも、そうすることで、めちゃくちゃファンタジックな世界に変わる訳だから、流石はコトバの魔術師の阿久悠氏だな・・・なんて感心したりしてね。

ただ、この曲に関しては、全てが飛躍しているかというと、そうではなく、それに続くBメロでは比較的、現実的なコトバが並んでいたりする。

でも、そうすることで、よりファンタジックな世界に引きずり込まれるような錯覚を感じるんだよなぁ。うん、ファンタジックな「エロ」な世界。

いや、あの時代、歌詞の世界だけじゃなく、例えば小説にしても、マンガにしても、かなり飛躍した内容のモノって多かったですよね。
 今は、情報多過なこともあり世間一般擦れたヒトが多くなっちゃったんで、そんな架空の世界はみんな「ケッ」と思うようになっちゃたけど、40年前は擦れてないヒトの方が多かったんだよね。純真のヒトが多かった・・というか。
 だから、こういうめちゃくちゃ大げさに飛躍したような歌詞でも、多くのヒトは受け入れていたんだろうな。


この曲は、歌詞だけじゃなく、メロディを初めてサウンド全般的にデォルメしたような、かなり大げさな展開だったよな。
 全般的には、ヨーロッパ系。 イントロはスパニッシュな展開で、そのまま進むのかななんて思いきや、実はカンツォーネに近いんだよね。
Aメロ、Bメロは、マイナー系なやや大人しめなメロディ展開、なんだけど、サビで、いきなり転調してヒデキお得意の「歌いあげ」系のメロディに変わる。

まあ、こういう「大げさ」な展開なメロディを歌える・・・というか、歌って「サマ」になるのは、ヒデキぐらいしかいなかったからなぁ。だから、ヒデキにピッタリな曲ではあったと思う。

ま、その辺は、聴いてる側にも伝わるもので、この曲は、前年の「恋の暴走」以来、1年ぶりで30万枚を突破。
その間、暫く、やや低迷気味だったヒデキだったけど、この曲で息を吹き返した・・・そんな1曲でもあったんだよね。

それにしても、やっぱヨーロッパ系のメロディは、聴いててグッと来るよなぁ。
まあ、ワタシだけかもしれないけど、やっぱりアメリカ的な乾いたメロディよりかは、このテのメロディの方が好きなんだよなぁ。
三木たかし氏は、その後の「歌謡曲」路線の方が一般的になっちゃったけど、70年代のポップスがいいんだよな。それこそヨーロッパ系なメロディが哀愁をそそる・・・というかさ。


動画、いきなり削除されちゃったじゃんか〜  むぅ



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さよならをいう気もない / 沢田研二

1977_02_さよならをいう気もない_沢田研二








今回の1曲セレクトは、「さよならをいう気もない」沢田研二です。

まずはデータです。

・タイトル     さよならをいう気もない
・アーティスト   沢田研二
・作詞       阿久悠
・作曲       大野克夫
・編曲       船山基紀
・リリース日   1977年2月1日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数  21.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1977年2月28日〜3月7日付

えー、以前書いた、西城秀樹の「ラストシーン」の時も同じようなことを書いた気がするんだけど、トータル的な売り上げ枚数や、チャートアクションでは派手な動きをしなかったものの、ことコアなファンには、めっちゃ人気な曲っていうのが、時々あるんだよね。
 今回も、また、そんなファンには人気があるけど、一般的にはあまり知られていない曲を引っ張って来ましたぞ。

沢田研二「さよならをいう気もない」

うーん、どうですかねぇ、タイトルをあげて、「あー、あの曲ね」って浮かんできた方は、昔からのジュリーファンか、通なヒット曲ファンだと思いますねぇ。
大体の方は、「え? いつの曲?」って感じじゃないのかなぁ。

リリースタイミングでいえば、前曲が「コバルトの季節の中で」、で、1曲後が、あの超大ヒット曲「勝手にしやがれ」なんだよね。大ヒットと大ヒットの間に挟まれた、なんとやら・・・っていうところですかね。

 今は、素晴らしい曲だろうが、イモな曲だろうが、大体、同じような売り上げ傾向を示すでしょ? 同じようなヒトしかCD買わないから。

でも、昔は、長くヒット曲を出し続けているジュリーのような「一流」のアーティストでも、その全てが同じように大ヒットしてたわけじゃないんだよね。
 つまり、「勝負曲」と「つなぎ曲」ってのがあってさ。年に1枚か2枚が「勝負曲」で、後の1枚、無いし2枚は「つなぎ曲」って事が多かったですよね。

まあ、パターンはアーティストによってまちまちだったけどさ。

で、「つなぎ」曲の場合、本当にリリースする気があったのかどうか・・・って感じの本当の意味での「つなぎ」曲の場合もあれば、少なくともファンには受けたいという思いの曲の場合もありましたよね。

この曲の場合は、完全に後者なんだろうな。

ただ、意図的に計算してそうなったのか、それとも、たまたまファンには熱狂的に支持されたのかどうかは良く分かんないんだけどさ。


 そもそも、ワタシがこの曲を知ったのは、たまたま購入した「沢田研二ベスト」の「カセット」にこの曲が入ってたから・・・なんだよね。

「ベスト」って言うくらいだから、きら星のごとく・・・っていう大ヒット曲が収録されていたんだけど、その中にこの曲がちょこんとあったんだよね
全く知らなかったのよ、この曲については。 最初は なんだ? この曲は? って感じだったな。

ただ、考えてみると、そんな大ヒット曲群の中に収録されたってことは、それだけこの曲を支持してたヒトが当時から多かった事なんだろうな。うむ、レコードはそれほど売れなかったけど。

実際、この曲を聴いてみると、たしかに一般受けはしないだろうなって感じの「地味」な曲なんですよ。
とても、次の「勝手にしやがれ」と全く同じ作家陣が作ったとは、全然思えない。

なんて言うのかな、シングルのB面の・・・って感じなんだよね。

でもねぇ、何回も聴いてると味が出てくるんだよな、これが。 ワタシもいつの間にか、この曲のファンになってたもんね。

こういう、ジミな感じの曲になったのは、やっぱ季節的なところもあったんでしょうかねぇ。
奇しくも同じくファンには熱狂的なに支持されていたけど、一般的にはあまり受けなかった西城秀樹の「ラストシーン」も、この曲とほぼ同じ頃のヒットだったんだよな。
 1977年の2月っていうのは、そう言う時期だったのかなぁ。。。
まあ、個人的には、当時7歳ということで、まだリアルタイムでヒット曲を聴いてなかったんで、リアルな時代背景っていうのは、良く分かんないんだけどさ。

 そういえば、死んだオヤジもこの曲、気に入っててねぇ。カラオケで歌いたいから教えてくれ・・・なんて言ってたこともあったなぁ。





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