かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

鈴木邦彦

天使の誘惑 / 黛ジュン

1968_07_天使の誘惑_黛ジュン


今回の1曲セレクトは、「天使の誘惑」黛ジュンです。

まずはデータです。

・タイトル    天使の誘惑
・アーティスト  黛ジュン
・作詞      なかにし礼
・作曲      鈴木邦彦
・編曲      鈴木邦彦
・リリース日      1968年5月1日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数 46.8万枚
・ベストテンランクイン期間:1968年5月27日〜8月12日付

えー、只今部屋の室温計は32.0℃を指しておりまする。。。うヴぇ〜暑ちぃよー。 これでまだ梅雨明け前だって言うんだから。。。。梅雨が明けたらどうなってしまうんでしょ・・・。って連休を過ごして居たりして。。。。

今年は「老体」にムチうって 2年ぶりに「ROCK IN JAPAN」と、超地元の「氣志團万博」 2つの夏フェスに参戦する予定なんで、今から「暑さ」に慣れておきたい・・・と、出来るだけクーラーを使わないで2日過ごしてたんだけどね。。。

ちなみに、件の痛風の痛みは今日になって、大分引けまして・・・おかげ様で通常の生活に戻れましたわ。
あとは、ぶり返さないように留意しないと・・・。高い金を払った夏フェス参戦が・・・・。。。

で、流石にこの暑さの中では「1曲セレクト」書けないよ〜・・・とクーラーを入れて書いてまする。

さて、今回の1曲セレクトは、どうするベか・・・。 ここんところヒット当時、「好きぢゃなかった」80年代アイドルの曲が続いたからなぁ。。。

今回は時代を一気に飛び越えて「60年代アイドル」の「夏」の曲と行きますか。。。

黛ジュン「天使の誘惑」なぞどうだ!


なんか勢い誤って「60年代アイドル」なぞと表現してしまいましたが・・・。 うむ、60年代には、まだ「アイドル」などと言う表現のコトバは、少なくとも「音楽界」では使われていなかった訳で・・・。

いや、idol⇒偶像という単語は昔からある訳で、厳密に言えば使わけていたかもしれないけど、現在の音楽ジャンルとしての「アイドル」と言うカテゴリーは、まだ無かったって事なんですけどね、60年代には。

でも60年代にも10代の「歌手」は居た訳でね、弘田三枝子さんにしろ、伊東ゆかりさんにしろ、そうそう忘れてはいけない、吉永小百合さんにしろ・・・みんな最初は、今でいえばアイドルだったわけじゃん。

まあ、今のように「アイドル」と言うカテゴリーが当時あったならの話なんだけど・・・。


で、黛ジュンさんは今回セレクトしてきた「天使の誘惑」の前年1967年にデビュー・・・。

・・・・なんて書くとクレームが来るよな、きっと。。。 そそそ、実は16才だった64年に一度本名の「渡辺順子」でデビューしてるんだよな。でも、その時は全く売れず・・・、19年になった前年67年に再デビュー・・・という経歴を持ったアーティストなんだよね。 
ちなみに、亡くなった作曲家の三木たかし氏は実兄・・・ってことは有名? うむ、でもそうなんだよね。


どーでもいいことだけど、この曲、作詞がなかにし礼氏で、作曲が鈴木邦彦氏だけど、ワタシが通ってた千葉の某私立S高校の校歌も、作詞、なかにし礼氏、作曲 鈴木邦彦氏・・・ そそそこの曲の組み合わせと全く同じなんだよなぁ。。だれがいつ依頼したのか分かんないけどさあ。
 だからという訳じゃないけど、この曲を聴くと、どうも高校の校歌を思いだしちゃったりして・・・因果なもんだわぁ・・・。
あ、曲想は全く違うけど。。。。


で、この「天使の誘惑」は、この年1968年のレコード大賞、大賞受賞曲。 

・・・ということはデビュー2年目、若干20歳の時に、既にレコード大賞を受賞してるんですねぇ。

そう、60年代も終盤に差し掛かった当時は押しも押されぬ「トップアイドル」だったわけですわ。

当時、ライバルとされていた「アイドル」には、伊東ゆかりさん、弘田三枝子さん、いしだあゆみさん、奥村チヨさん・・・等々のトップアイドルがひしめいていた中でも、特にレコード売り上げに於いてはトップクラスだったんだよね。・・というか安定していたと言うかね。

やっぱ曲調なのかなぁ。特に今回セレクトしてきた「天使の誘惑」って曲。今聴いても「ポップ」でしたからねぇ。

当時の曲といえば、どこかジャズの影を引きずっていたり、歌謡曲のを引きずっていたり・・・って兎角「夜に向かった」と言う匂い・・・つまりはティーンエイジャーが歌っても「大人」向けの曲が圧倒的に多い中、この曲は、あくまで「昼間の」・・・って言うイメージなんでね。そこに安心感があるって言うのかなぁ。

アイドルと言うジャンルが確立された70年代以降、アイドルソングといえば、夜の匂いから、遅くとも「門限」は夕方までと言われるように「昼」に向かった曲が基本、つまりさ「健全さ」がアイドルソングの基本・・・ということであれば、この曲なんてのは、その「元」と言ってもいいんじゃないかな。

まあ、その辺が、その後、70年代、80年代、90年代、それ以後も、この曲が多くの「アイドル」たちによってカバーされているところなんだろうね。

ちなみに個人的には、やっぱ、牧瀬理穂がCMで歌ってた、あのバージョンかなぁ

↓ コレ (後半の30秒のバージョンのやつ)


そそそ、タケダの「HI-C」のCMね。 最後に自らスカート、 ばひょーんとめくるやつ。

とは言うものの、これより前にオリジナルの黛ジュンさんバージョンの方を知ってたんだけどね。





これ、1968年当時の画像ですよね?
それにしては、画質も音もめちゃくちゃ良いんですけど。。。 とても49年前・・・約半世紀前の画像とは思えないわぁ。 
もちろん当時はステレオ放送もしてるはずが無く・・・。でも、ちゃんとハイファイになってるじゃないですか。。。
どうもBS-TBSで放送されたやつのようだけど・・・。

・・・・とおもったら、リンク弾かれちゃってる。 申し訳ないですが、みたい方はYou Tubeのサイトに飛んでくだされ。。。。

ちょっと調べてみたら、当時TBSは、他の局のように2インチのビデオテープを使って無かったんで、かさばらずに済み、その後も当時のビデオテープを上書きせずに保管出来たようですね。
でもって、最近TBSは、当時の画像のデジタルリマスターを行っていますから。。。
ベストテンもデジタルリマスターを行っているらしいですね。
なんで、こんなに画像も音もきれいに残っているようなんですよね。

しかしさあ、20歳にしては大人っぽいよね。10才位サバよんでんじゃね? なんて言われてもおかしくないような・・・。
でも、当時はみんな大人っぽかったんだよな、今から比べると・・・。いや、逆に言えば今がコドモっぽくなっちったんじゃないのかねぇ。

まあ、実際曲を限り、ジャケットにもクレジットがあるように、「ハワイアン・ロック」ですねぇ、この曲。
バックのバンドにスチールギターの人もいたりして。
ってか、ハワイアン・ロックってなんじゃらほい? ・・・って感じなんだけどワタシら世代からすると・・・。
根がハワイアンだけど、リズム体はロックってことでしょうか。 ま、ロックというよりも完全なポップスなんですけどね。今からすると。
当時としては、「エレキ」を使われるとロックってというイメージだったんだろうなぁ。 

でもさ、パーカッションを多用しているところから、ハワイアンというよりはラテンだよね・・・なんても思ったりしてね、個人的には。


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長い髪の少女 / ザ・ゴールデンカップス

1968_06_長い髪の少女_ザ・ゴールデンカップス


今回の1曲セレクトは、「長い髪の少女」ザ・ゴールデンカップスです。

まずはデータです。

・タイトル     長い髪の少女
・アーティスト   ザ・ゴールデンカップス
・作詞       橋本淳
・作曲       鈴木邦彦
・編曲       鈴木邦彦
・リリース日        1968年4月1日
・発売元      東芝音工
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数  19.2万枚

本来やりたいと音楽と、売れるための音楽のせめぎ合い。
プロのバンドマンにとっては、ここが一番頭が痛いところだろうね。本当はもっとマニアックな音楽をやりたいのに、「食うため」には、「大衆音楽」もやらなくちゃいけない・・・と。
 ま、最初から売れなくていいから自分たちのやりたい音楽を・・・と腹くくって、ずっとインディーズでやれる人たちはいいけど、こと、メジャーレーベルの「売れっ子」になればなるほど、その辺りがネックになってくるんじゃないかなぁ。
それは、今だけの話じゃなく、昔からある事なんだよね。 

今回は、そんな本当はやりたくなかったんだけど・・・・っていう、G.Sの曲をひとつ

ザ・ゴールデンカップス「長い髪の少女」。

G.Sでもっとも「硬派」なポジションに君臨し、こと、音楽についても「ホンモノ」を追求してきたカップスの、3枚目のシングルであり、一番売れたこの曲。。。

・・・だけど、本人たちは当初、かなり渋ったらしいですね。この曲をリリースするの。

なぜか・・・というと、最初に書いたように、本来自分たちがやりたかった音楽とのギャップが大きいから。

メンバーのほとんどがハーフであり、向こうの特にR&Bを得意とし、演奏テクニックも他のG.Sに比べ抜きんでてた「本物志向」の彼らにとっては、「歌謡曲」イズムなこの曲は、どうしても陳腐に映ったんだろうねぇ。

 当時、東芝音工の意向もあったのか、オリジナルのシングル曲は、基本、歌詞は日本語だったけど、どうも、それも陳腐に映る一つだったのかもね。

当時は、まだ、ロックに日本語は乗らない・・・って言うのが通説で、本物志向を目指すミュージシャンにとっては日本語ってたけで「ニセモノ」っぽん感じられたんだよね。
 だから、当のゴールデンカップスも、ステージではほとんどオリジナルのヒット曲はウタをなかったっていうんだからさ。

そそそ、シングルはあくまでTVなどのプロモーション用。本当の自分たちの音楽は別にあるって感じだったんだよね。


まあ、確かに聴いてみるとギャップを感じるんだよな。本来、このヒトたちのテクニックって、当時のレベルからすれば、超絶的だったんたけど、そんなテクニックも必要ない平坦な曲だし、なんと言っても歌謡曲テイストっていうのがね。。。バックにストリングが絡んでくる・・・っていうのは、R&Bをやってる彼らを聴いてると、ちょっと違うよなぁ・・・って思わずには居られないんだよね。
 
 どうも、当時のキャバレーとか、大衆酒場的な下世話な感じがしちゃってさあ。

でも、これが当時のウレセンだったからさあ、ウレセンを狙うとしたら、この路線に行くしかなかったんだろうなぁ。
だから当たった・・・って言うのもあるんだよね。

それでも、本来はメインボーカルだったはずのデイブ平尾氏は、どうしようもなく抵抗があったのか、この曲、メインボーカルじゃないんだよな。
 サビの部分で、 ♪ どうぞ〜 ♪ とか ♪ つらい〜 ♪とか掛け声的なコーラスを歌ってるだけ。
メインボーカルは、ドラムスのマモル・マヌー氏でしたね。

まあ、当たったと言っても、オリコンでベストテン内に入った訳じゃない訳で、超がつく程の大ヒットではなかったのは数字が表しているかな。
 
後の80年代アイドルと同じで、A級、B級、C級といった相対的な格付けがあるG.Sだけど、もちろんゴールデンカップスは、A級なG.Sな訳だよね。
 それでも、実際の売り上げ的には、こんなもんだったんだよね。 この曲がリリースされた1968年はG.Sブームの頂点の年だった訳だけども、相対的なレコード売り上げとしては、「歌謡曲」路線が絶対的だったけでさ、G.Sは、ほとんどが売り上げ枚数的には意外に少ないんだよね。

もっともアイドル的な人気だった、タイガースやテンプターズは別として。

ただ、カップスの場合、あくまで音楽的な本格志向として、こののち本格的にニューロック路線に移行。その後の日本のロック路線の礎となっている訳だよね。 


本当はヒット当時の映像があれば、リンクしたかったんだけど、なんせ50年近く前の曲だからなぁ、ある方が奇跡か。。。後年の再結成後の「オヤジ」になったころのは結構あるんだけどな。
でも、なんか違う・・・んで、レコード音源にリンク

http://www.dailymotion.com/video/x82qss_%E3%82%B6-%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%B3-%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97%E3%82%B9-%E9%95%B7%E3%81%84%E9%AB%AA%E3%81%AE%E5%B0%91%E5%A5%B3_music

やっぱりバックにストリングが絡んでくるアレンジは、彼らの曲としてはちょっと違うよなぁ・・・っていう感じがしますね。
まあ、だからこそ聴きやすいって言うのもあるし、60年代っていう時代背景的な匂いがするんだけど。。。


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いとしのジザベル / ザ・ゴールデンカップス

1967_06_いとしのジザベル_ザ・ゴールデンカップス







今回の1曲セレクトは、「いとしのジザベル」ザ・ゴールデン・カップスです。

 まずはデータです。

・タイトル    いとしのジザベル
・アーティスト  ザ・ゴールデン・カップス
・作詞      なかにし礼
・作曲      鈴木邦彦
・編曲      鈴木邦彦
・リリース日   1967年6月15日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 まだ創立してません。。。
・売上げ枚数   ? 枚


 今回の1曲セレクトは、一足飛びに時代を駆け上がりますぞ。
 「1曲セレクト」を書き始めて、初めてのオリコン創設前の曲だったりして・・・。

 ザ・ゴールデン・カップス 「いとしのジザベル」

・・・と書いて、果たして、どのくらいの方が「おお〜」と言ってくるかどうか、ちょっと不安。
うん、それも承知で書いていきますね。

 実際、初めは、ワタシと同年代の友達が多いmixiに書いたんで、この曲、どのくらいのヒトが知ってるかどうか不安だったんだけど、年代の境が無い、こちらのブログでは、ご存じの方は多いですよね。


 いや、もちろん、ワタシもタイムリーで聴いてたわけじゃないっすよ。1967年の曲でしょ。。。何分、まだ、生まれてないし。。。ふらふら

 この曲の存在を知ったのは、1980年代も後半の頃ですね。今まで何回か書いたけど、1986年〜1987年にかけて、一時期「ネオGS」っていうG.S回帰の兆しがあったんですよ。

 三多摩地区から火が付いた・・・って言われてるけど、それが新宿あたりに飛び火してたんだよね。

 丁度、テレビでも「テレビ探偵団」とか、「ナツカシ」モノが流行りだしてた頃で、丁度、ワタシも、時代を遡って、ヒット曲を掘り返してたことと一致して、GSモノの音源を物色してて、この曲に当たったんだよね、

 ちなみに、1987年に、とんねるず が「大きなお世話サマー」ってGSっぽい曲をリリースしてるけど、これは、この時の「ネオGS」ブームの影響なのよ。全くのぽっと出の曲ではないんだよね。その辺はあざとい、秋元康氏。。。あせあせ ・・・あ、ちがった・・・アルフィーの高見沢氏だ・・・。


 ところで、この「いとしのジザベル」を初めて聴いた時は、いい意味でショックだったねぇ・・・。
 タイトルがちょっと、こっぱずかしいけど・・・。いやいや、60年代は、これも「いかして」たんだよね。

 問題は、曲の中身ですわ。 いま聴くと、うわー、もろ「ガレージ」な入りなんだけどね。リバーブをいっぱい効かせた、スローな流れで・・・。典型的なGSな雰囲気の曲。


 BUT、Bメロ冒頭で、ドライブの効いたドラムスネアが入り、いきなりテンポアップになる、展開がドラマティック。
 プラスのメロディのウラでの、ディストーションの効いたエレキが刺激的・・・。
 ・・・というか、その前に、この時代、早くも、ディストーションペダルを使ってるあたりが、さすがにゴールデンカップスだよなって感じだよね。

 GSって、元々は、ビートルズorベンチャーズから派生したところが大きいから、バードロック系な音は、通常は使わない・・・っていうのが一般的だったんだよね。

 でも、ゴールデンカップスの出現によって、より「ロック」に近い音も出現してきて、GSの幅がより大きくさせてることに成功している。

 まあ、その辺から、日本のロックの起源は「ゴールデンカップス」から・・・っていわれる所以なんだけどね。
 (ヒトによっては、「はっぴいえんど」が日本のロックの起源ってなるヒトもいるけど、この辺は解釈の違いだね)

 とにかく、個人的には、ガーンと頭を打たれたような衝撃をうけた1曲ですねぇ。

 それから、カップス、かっちょいいなぁ・・・と、いろいろと追いかけるようになったんですよね。
10年前に上映された、「ザ・ゴールデンカップス・ワンモアタイム」も見ちゃったしね。

 兎に角、ワイルドな「不良性」がよい。

今の時代、音楽業界も品行方正になり、昔のようなモノホンの「不良」っていうバンドって、少なくなったよね。
でも、カップスは、やばい匂いがプンプンするじゃん。実際、その周辺も、かなりヤンチャなボーイズ&ガールズが集まっていた様だしさ。
 今の時代には無い、キケンな匂いっていうのかなぁ。なにか、そう言うのに憧れるんだよなぁ。個人的にも、幼少期の頃は、それに近い匂いがする周辺に居たんで。

蛇足だけど・・・・、作詞 なかにし礼  作曲 鈴木邦彦 って書くのなんとなく、恥ずかしいねぇ・・・。
 ワタシが出た、某S高校の校歌の作詞、作曲者のコンビなんですよねぇふらふらふらふら

 えー、そんなに有名なヒトが作ってんの? なんて、いわれそうだけど、そうなんですわ。。。
(ちなみに、なかにし礼氏の長男も卒業生だったな・・たしか・・・後輩になるんか。。)

 ちなみにちなみに、こんな風な「ヒット曲」な校歌ぢゃないっすよん。ふらふらふらふら  普通の校歌です。。。





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