かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

鈴木キサブロー

酒場でDABADA / 沢田研二

1980_11_酒場でDABADA_沢田研二

今回の1曲セレクトは、「酒場でDABADA」沢田研二です。

まずはデータです。

・タイトル     酒場でDABADA
・アーティスト   沢田研二
・作詞       阿久悠
・作曲       鈴木キサブロー
・編曲       沢健一
・リリース日    1980年9月21日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数   14.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1980年11月3日付

一気に寒くなりましたね。
寒くなって来ると、「あー、年末も近くなってきたよなぁ」・・・なんてシミジミと感じてしまうワタシだったりしますが。。。
 でもねぇ、ここ何年も、この時期なると「音楽祭」だよなぁ・・・っていう感覚はすっかり無くなりましたねぇ。
昔はさあ、11月ともなると、各局こぞって「音楽祭」を開催してたじゃん。大晦日の「レコード大賞」を筆頭に、「歌謡大賞」だぁ、「FNS音楽祭」だぁ、「有線放送大賞」だぁ、なんだぁ、かんだぁ・・・とさ、各テレビ局とタイアップして。
だからさ、この時期ともなると、毎週、どこかしらの局で「音楽祭」の特番をやってしましたよね。

かく言う、ワタシも一時は、毎週毎週、ほとんど全部の音楽祭を見てた事があるなぁ。
で、そんな「熱」が上がっていたのが、1980年前後じゃ無かったかな・・・振り返ると、そう思うな。 

今思うと「アホらし・・・」とか思ったりもするんだけど、当時は、それだけ「エネルギー」があったんだよな、ワタシも。

ま、実際、1980年はいわいる「五・八戦争」とか言われて、各音楽祭で五木ひろしと八代亜紀との熾烈な大賞争いを繰り広げてたしな。加えて松田聖子、田原俊彦を筆頭に新人も勢いがあったんで、歌謡祭としての賞レースも見てて面白かったんだよね。

今回は、そんな1980年の各賞レースで歌ってた、ジュリーのこの曲をセレクト!

「酒場でDABADA」

・・・っつかさ、正直言ってこの年のジュリーの賞レースは、この曲だったのか・・・っていうのは、今思うと不思議だったんだよなぁ。
どう考えても、この年のジュリーっていったら、「TOKIO」の筈だったんだけど・・・。

まあ、この時点で最新曲だったから・・・って事なんだろうけど。。 

ただね、音楽祭向きの曲だったか・・・っちゅうと、ちょっと頭をひねりたくなるんだよな。

悪い曲ではないんだけど、ちょっと難しい・・というかひねり過ぎているっていうか・・・。 まあ、簡単に言えば、ソングフェスティバル向けの、誰が聴いても分かりやすい曲・・・では無いって感じだったんだよな。

当時、小学5年生で、何でもかんでも手当たりしだいに聴いて、聴いたそばから吸収して行ってたワタシも、この曲は、正直分かりにくかった。

ジュリーっていうと、キザ、モテ男、奇想天外(なファッション)・・・っていうところが真っ先に頭に来てた訳でさ。

この年にしても、件の「TOKIO」では、例の「電飾衣装」に落下傘背負って来てたり、この曲の前の「恋のバッド・チューニング」では、色が変わるカラーコンタクトしてきてたり、70年代にもまして奇想天外というかね奇抜なフッションを前面に、表に出て来てましたよね。

この曲では、そう言った、奇想天外なところも、エンターテイメント的なモテ男っていうのも見られなかった。

楽曲的にも、「勝手しやがれ」や「サムライ」、「LOVE(抱きしめたい)」で大ヒットを飛ばしていた頃に比べても、スケール感を感じ無くなって来ていたし・・・。

そう言うところから、なんで、この曲をわざわざ「音楽祭」に持ってきたんだろ・・・って言う疑問は、まだ11才のクソガキだったワタシも感じてたんだよね。


でもやっぱその辺りは、一般的にも感じられていたのかなぁ、オリコンではベストテン入り出来なかったし、売り上げも14万そこそこ。奇しくもこの曲のちょうど1年前にリリースされた「ロンリーウルフ」と同じように「低迷」しちゃったんだよなぁ。

ま、「ロンリ―ウルフ」とちがったのは、この曲では「ザ・ベストテン」ではベストテン入りしたし、上記のように各音楽祭で毎週のように流れていたんで、「ロンリーウルフ」よりは一般的な認知があったことだったろうね。

個人的にも「分かりにくい曲」だなぁ・・・と思いながらも、毎週のように聴いてたら流石に覚えちゃったし、80年秋のジュリーといったら、この曲って言うイメージはしっかり付いちゃったしね。




上で書いたように、前曲まで見られていた奇想天外なエンターテイメント性が無かったこの曲だったから、ついにそろそろ「ネタ」切れだったのかなぁ・・・なんても思えたりもしたんだよね。
いや、当時は、圧倒的にそう感じてた。

まあ、阿久悠氏の詞は別にしても、そもそも作曲者に鈴木キサブロー氏を持ってきたっていうのもちょっと意味が分かんなかったし。。。
ましてや、アレンジャーの沢健一氏ってダレ? って感じだったりもしたし・・・。

でね、今、これを書くに当たって、ちょっと調べてみた。 

沢健一氏、当時バックバンドの「Always」でリードギターをやられていた方だ。 そそそ、この「酒場でDABDA」のイントロでもラフで派手目なギターを披露していた方だ。 
でね、さらに辿って行くと、その昔、「4・9・1(フォーナインエース)」という「GS」のリードボーカルだったとのこと。

まあ、「4・9・1」といっても、これと言ったヒット曲も無いし、いわいるB級、C級のGSだったようだけど、沢氏の前は、ジョー山中氏がボーカルをやっていたと言う事だから、ヒットは無かったものの、いわいるクロウト受けするようなグループだったんじゃないかとは思う。

でも、それを知って、思わずなるほどぁ〜・・・なんて思えたなぁ。

 考えてみたら、この曲の後に、ジュリーも「G.S I LOVE YOU」なんてアルバムをリリースし、その先行として「おまえがパラダイス」なんて、もろ50'Sを意識した3連ロッカバラードをこの曲の次にシングルリリースしたりさ。

つねに「一等賞」狙いだったジュリーだったけど、ヒットどがえしでも、いわいる原点回帰って言う兆しがあったんだよね、この頃ジュリーには。 
まあ、これは次の年の年頭に閉鎖が決まってた、日劇での最後の「ウエスタンカーニバル」出演という布石でもあったんだけどさ。

そこに持って行くための「橋渡し」だったんじゃないのかなぁ、この曲は・・・なんて思えてきたりして。。。



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大将 / 近藤真彦

1985_11_大将_近藤真彦


今回の1曲セレクトは、「大将」近藤真彦です。

まずはデータです。

・タイトル    大将
・アーティスト  近藤真彦
・作詞      売野雅勇
・作曲      鈴木キサブロー
・編曲      松下誠
・リリース日   1985年10月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数 12.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1985年11月4日〜11月18日付

この前に書いた、山下久美子さんの「DRIVE ME CRAZY」は、ちょっとアクセスが少なかったなぁ。
やっぱ「引き」が弱かったかなぁ。まあ、ベストテンに入らなかったし、今から22年も前の曲だしな。覚えていないヒトの方が多いのも自然な事だったかもな。

・・・と言う事もあったから・・・と言う訳でもないんだけども、今回は「まっち」先生の曲をひとつ。

ま、まっち先生の曲。ちょっと前に84年の「永遠に秘密さ」を書いてるんで、少し間が狭くなってるけどまあ良いよね。
まっち先生の曲も初期の「大ヒット」曲群は、既にほぼ書いちゃったんだけども、こと、CBSソニーに移籍した85年以降の曲は、まだ、あんまり書いてないんだよね。

ま、理由は一つで、ソニーに移籍してから大ヒット曲が少なくなったから・・・なんだけどさ。

今回セレクトしてきた「大将」は、この年の2月にCBSソニーに移籍後、第3弾のシングルになる訳だけど・・・・。
オリコン最高6位だもんね。 あの絶好時の初登場1位常連、「ザ・ベストテン」では「9時半の男」と言われる位、ベストテン上位常連だった、まっち先生も見る影もなかったもんなぁ。
 売り上げ枚数も、ようやっと10万枚越えの12万枚強だもんね。82年までは50万枚が当たり前だったわけだし、それから見ると、寂しさだけが漂っている訳ですわ、ヒット実績を見ると。

じゃ、なんでこうなっちゃったの?

・・・といえば、ま、一つはデビューから5年が過ぎ、「アイドル」としての旬が過ぎた事。 それと、なんと言っても曲だよね。

どうもCBSソニーに移籍してから掴みどころがない曲が続いたからなぁ。
悪ガキまっちを地のままで行っていたRVCの頃のマッチはどこへ行った・・・って感じでさ。

強いて言えば、この「大将」はまっち先生らしい・・と言えば、そうだったかもしれない。 軟派のトシちゃん、硬派なマッチ・・・という時代からすれば、タイトルからして硬派なイメージがあったしな。

ただ、すこし時代錯誤な所はあったかもな。 あの頃、時代はもっとポップになって来ていたからなぁ。

軽薄短小っちゅうかねぇ、すでにおニャン子がデヒューしていたわけだし、ジャニーズでは、ちょうど少年隊がレコードデビュー間際だった頃だ。

そこに来て、「大将」と言われてもね・・・って感じだったんだよな。 ポップな時代背景を逆行するかのように、時代を遡っちゃったような印象だったよな。

うん、この曲のイメージは、「70年代」以前なんだよな。 そもそも ♪男は誰も大将 嵐のように生きる〜♪っていう時代ではなかった訳だしさ。 その辺が、今一つピントがずれてしまったような気はする。

ま、楽曲そのものは、まずまずだったんだけどね。

・・・というか、この曲聴くと、個人的には当時の情景が浮かぶんだよな。RCサクセションの「トランジスタラジオ」じゃないけど、授業をサボって学校の屋上でダベってた高校1年の頃の情景とかさ。そう言えば、よく晴れた午後の景色がきれいだったな・・・とかさ

そそそ、情景だけじゃなく、あの時の匂いまでくすぶってきたりする。 

そう、あの時、頭の中でヘビーローテーションしてた曲がこの曲だったんだよな。

ま、なんだかんだ言っても、個人的にはキニナル曲ではあったんだよな、当時。



夜ヒットだわな。丁度、85年の「歌謡大賞」を取ったすぐ後、ファンをスタジオに入れて・・・ってやつですね。
 しかし、この夜ヒットもそうだけど、まっちって、ファンをスタジオに入れて・・・って事が割と多かったよなぁ。
「ベストテン」でも同じようにファンの前で・・・ってことが何回かあったもんね。
それにしても、ファンコールが、「80年代」丸出しデス。。。。
MCの古館氏。報道ステーションから解放されて、最近復活してきたけど、この当時の軽薄なノリが復活してきたよな。

それよか、85年は、まっちだったんだよな。「歌謡大賞」。
賞レースっていうのも陳腐化が本格的になってきた頃ですね、この頃。
まあ、今は無くなっちゃったけどさ、「歌謡大賞」も。


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夢絆 / 近藤真彦

1985_07_夢絆_近藤真彦


今回の1曲セレクトは、「夢絆」近藤真彦です。

まずはデータです。

・タイトル     夢絆
・アーティスト   近藤真彦
・作詞       売野雅勇
・作曲       鈴木キサブロー
・編曲       チト河内
・リリース日    1985年6月5日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  16.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1985年6月17日〜7月8日付

あー、あちいよあちいよ〜・・・・なんて、何日続けて書いてますかね〜。
気温は猛暑日にはならないんだけども湿度がねぇ・・・・、ジトジトジト・・・・と纏わりつく様ですこぶる気持ちが悪いですわ。そんな中、今日はクーラーを付けずに扇風機一つで書いておりまする

さて、今回の1曲セレクトは、久々に「まっち」先生を持ってまいりましたわ。
・・・と言っても、初期のRVC時代の曲は、大分書いちゃったからなぁ、今回はCBSソニーに移籍後の曲ですね。
RVC時代とは対象的に、CBSソニーに移籍後の曲は、まだあんまり書いてないんだよね。
今回は、そんな1曲。

「夢絆」。

夢絆・・・とかいて「きずな」と読む。 まあ、ここ読んで下さってる方には、こんな注釈は無用だと思いますが

CBSソニーに移籍してからの曲はあんまり書いてない・・・っていうのは、ま、はっきり言うと「まっち」先生らしくない曲が続いたからだよなぁ。
 まっち先生といったら、やっぱり、ハチャメチャで押しの一手の硬派な曲・・・って言うのが定番だったと思うけど、移籍してからは、その辺の「ハチャメチャ」さが陰を潜めたからなぁ。
 
 大人っぽさら前面に出した・・・といえば聞こえがいいけど、ただ、実際には今一つ中途半端さが表に出ちゃったような曲が多いんだよね。まあ、レコード大賞をとった「愚か者」とかは別としてさ。

今回引っ張ってきた「夢絆」。これなんかは中途半端な感じを受けたなぁ。
なぜに、まっちガこの曲のようなミディアムテンポを歌わなゃいけないのか・・・というのが、理解出来なかったんだよなぁ。
その前にまっちらしくないんだよね、この曲。 その辺に戸惑いを感じるような曲だったんだよなぁ。

やっぱり聴く方としては、↑のようにハチャメチャまっち期待していた訳で・・・そしたら思いっきり期待してた曲と違う曲が来たんでさあ・・・。

その辺の戸惑いは、チャートにも如実に出まして・・・。 まあ、売り上げが16.5万枚なんて、、それまでのまっち先生からは、想像も出来ないような「低レベル」だったのもそうだけど、 なによりオリコン連続1位記録が、この曲で途切れた・・・ってのは、やっぱ大きかったよね。
 前曲「ヨイショ!」も変な曲だったけど、それでも1位は確保した。 だから、この曲でも1位は行けるんじゃないか・・・と思っていたのに、これまた予想外な最高2位。
 81年の「ブルージーンズメモリー」から続いていた連続1位は14曲で途切れた訳ですわ。
ちなみに1位を阻止したのは、松任谷由実・小田和正・財津和夫の「今だから」っていうのも正直言って意外だったんだけどさ。

まあ、そのくらい、戸惑った曲だったんだよな、この曲は。

ただ、今となっては、それも遠い昔で、これはこれでよかったのかも・・・なんて思えるようになったりしてるんだけどね。
少なくとも、1985年の今頃を感じる1曲ではあるんだよね、個人的には。


あ、いや、正直言うと、ワタシねぇ、この曲もヒット時期を間違っていたんだよね。今頃ぢゃなくて、5月の終わりから6月頃・・・って記憶してたんだよなぁ・・・。
 まあ、細かく言えば、7月の第3週目はすでにヒットのピークは過ぎ、ベストテンからは墜ちちゃってたんだけどさ

でも、この曲聴いてた時期って、もっと肌寒かったような記憶があったんだよなぁ・・・。だから、5月の終わりごろだったかな・・って思ってたんだけども。。。。

ま、たしかに85年も、以前書いたような88年程ではなかったけど、涼しい夏だったんだよね。どん曇りの日が続いて・・・。 だから、あの年は「ギンギンギラギラ」っていう太陽の下で・・・っていう印象は薄いいんですよね。
この曲がリリースされた6月の初めっていうのもまだ涼しかった・・・ような気がする。
その辺の季節感が、今とはまるで違う・・ってことで、ちょっと誤って記憶してたのかもな。


ちなみに、レコードジャケット、今回、これを書くにあたって初めて見ましたわ
うーむ、なんかインパクト弱いなぁ・・・。コレの辺からも売れそうな感じがしないよなぁ・・・・。


動画・・・・うーむ、やっぱね、この位ジミな曲ともなると、You Tubeにも適当な動画がないなぁ・・・
・・・ってかジャニさんの動画対策なんだろうとげさぁ・・・
 しょうがないんで、「海外」のサーバーにリンク

http://v.youku.com/v_show/id_XMjYzNzQ3ODY0.html

一応、こちらからは繋がりましたが、繋がらなかったらスミマセン。



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約束 / 渡辺徹

1982_12_約束_渡辺徹






今回の1曲セレクトは、「約束」渡辺徹です。

 まずはデータです。

・タイトル    約束
・アーティスト  渡辺徹
・作詞      大津あきら
・作曲      鈴木キサブロー
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1982年8月25日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   54.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年10月18日〜1983年1月10日付
・タイアップ:グリコ「アーモンドチョコレート」CM曲


 今となっては、全く想像もつかない曲があったりする。まあ、全ては月日の流れで、ずっかり忘れられちゃったりしている曲だったするんだけどさ。
 意外と、今回引っ張ってきた、渡辺徹の「約束」なんかもそうなんぢゃないかなぁ。

 いや、たしかに、あの時代、リアルタイムで聴いてたヒトにとっては「当然」のことかもしれないけどさあ、あの一時期、「肥満体」でバラエティにでてた渡辺徹が、「アイドル」だったなんでさあ、後年しか知らないヒトにとっては信じられないことかもしれんよなぁ。

 ところが、それがマジだったりするのよ。1982年の後半は、なんせ、あの当時、人気最高潮だった、「まっち」と、この「約束」でベストテン「1位」を争った・・・なんて、いまぢゃ信じられないよなぁ。でも、これが事実なんだよねぇ。
 ほんと、時の流れは怖いもんですわ。。。


 ところで、この「約束」って曲、ロングヒットだったよなぁ。リリースは、1982年の8月25日。まだ、「夏休み」だった頃よ。それが、ヒットのピークだったのが、1982年の今ごろ。12月だったよなぁ。そそそ、あの「E.T」が上映を開始してたころだ。
 そう考えると、随分長い間、ベストテン入りしてたよな・・・っつうか、この曲、当時、耳腐るくらい聴いてたもの。あの当時のラジオのベストテン番組は、ほとんど聴いてたから、都合何回聴いたろうかねぇ・・・っつうくらい。最後は、ヘドが出るくらい聴いてた記憶があるなぁ。さすがに「もういいよ・・・」って思ったもん、ヒットの最後の頃はふらふら

 でもねえ、初めて聴いたときは、「あ、これ売れる」って思ったな。うん、今でもよく覚えてる。たしか、日本テレビの「スタ誕」のゲストで出たときに初めて聴いたんだ。たしか、レコードがリリースされる直前だったと思うから、1982年の8月の中旬頃だったと思う。

 あのころは、ワタシ、結構、「勘」が冴えてたんだよなぁ。ここでは何回か書いたけど、あみんの「待つわ」もリリース前に聴いてね「これ当たる」って思ったし、ジャンルは違うけど、大川栄策の「さざんかの宿」も「当たる」って思ってたし・・・。

 ま、それだけ、ラジオで流れてたってことなんだけどさあ。つまり、それだけ金かけてたってことか、よくよく考えてみれば。

 ただ、ここまでのロングヒットになるとは思っても見なかったけどさあ。
 やっぱ、人気あったんだよね、当時の渡辺徹って。「太陽にほえろ!」でも走りまくってたし・・・。(痩せてたからあせあせ

 それと、やっぱ、「グリコアーモンドチョコレート」のCM効果も大きかったろうなぁ。

↓ コレ


そそそ、デビューしたばっかりの「きょんきょん」とコンビを組んで、随分話題になったよな、これ。
 なんせ、当時の「グリコアーモンドチョコレート」のCMってさあ、「話題のカップル」がずっとやってきてたからさあ。山口百恵&三浦友和、松田聖子&田原俊彦ってさあ。

 それを考えると、やっぱ、話題性大だったよなぁ。

 うん、それを裏付けるかのように、このCMが放送開始したあとからだもんね、この曲が、急激にランク上げてきたのって。

 
 まあ、曲的にも、わかりやすかったしなぁ。今考えれば、充分にウレセンを踏んでたわけだけど、当時としても、わかりやすいし、受け入れやすい曲だな・・って思ってたもんねぇ。
 個人的にはイントロが好きだったな、この曲の。 サビは、ちょっとクサイなぁ・・・とか思ってたけど。ま、それだけ素直で覚えやすい曲だったわけですわ。


しかしだ、ようつべに適当な動画が無いのね。 しょうがないんで、他のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/x2uewmk




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センチメンタル・ガール / 西城秀樹

1981_10_センチメンタル・ガール_西城秀樹






今回の1曲セレクトは、「センチメンタル・ガール」西城秀樹です。

 まずはデータです。

・タイトル    センチメンタル・ガール
・アーティスト  西城秀樹
・作詞      あまがいりゅうじ
・作曲      鈴木キサブロー
・編曲      若草恵
・リリース日   1981年9月5日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数   9.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 19位

 昔NHK-BS2で放送して録画していた、佐野元春の「ソングライダーズ」を見た。さだまさしがゲストだったんだけど、「唄は五感で味わうもの」っていうことに共感してしまったワタシです。

 ここでもよく書くじゃん。ウタには、その曲を聴いていた環境によって、そのときの匂いがしたり、その音楽が紡ぎだす温度感があったり・・。
 ただ、単に耳で聴くだけの「音楽」ぢゃないんだよね。しかも、それぞれ聴く人によって浮かんでくる絵も違うわけだし、感じる温度感も違うわけじゃん。100人いれば100通りの見え方があるわけだし。
 正しい、正しくないなんていう価値観はない。どれも正しい価値観なんだよね。その辺が音楽の素晴らしさなんぢゃないかと思う。

 だからさ、本来ならプロモーションビデオっていうのは、「音楽」にとっては禁じ手なんだよね。見える映像が限定されるじゃん。想像力が限定されるわけだし。
 その辺が、最近のマニュアル主義、想像力の欠如っていうことにも繋がってくるんぢゃないですかねぇ。。



・・・なんて、今回、引っ張ってきた、西城秀樹の「センチメンタルガール」とは全く関係ない話しどぇす。

・・・いや、若干、関係あるかな。。

 この曲、1981年のビデキ、デビュー10周年においての「ポップンロール宣言」の最終、第3弾シングルなんだけど、もしかすると、一番「絵」が浮かんでくる曲かも知れない。

 まずもって、出足の

♪ 枯葉舞う 公園に〜 ♪

っていう情景から入るじゃん。そこで、大体の絵が浮かんでくるよね。
 うむ、音楽は五感で感じるもの・・・っていうことが、よく当てはまると思うのよ。

 少なくとも、この出足の1行で、夏の太陽サンサンっていう絵を思い浮かべるヒトはいないとおもうし、よっぽどひねくれた人でない限り。

あ、でも、まあ、この曲に限らず、ポップンロール宣言、第1弾の「リトルガール」は春、第2弾の「セクシーガール」は夏の、それぞれの絵が浮かんでくるようなデキではありましたよ。

 それにもまして、この曲は「秋」の情景がよく浮かんでくる1曲だとおもうね。

ちなみに、個人的には、この頃、少し山間に入った渓谷でバーベキューをやりましてね。真っ青な空、きれいな紅葉・・・この曲を聴くと、あの時の情景が浮かんでくるんだよなぁ

 この当時は、他の曲も全体的に季節感を感じる曲が多かったからなぁ。松田聖子の「風立ちぬ」もしかり、田原俊彦の「悲しみ2ヤング」もしかり。

 この曲はその中の1曲だと思うのよ。


 まあ、当時は、あんまりヒットしなかったんで、それほど思いいれはなかったんだけど、時がたち、改めて聴いてみると、なるほど、なかなかいい曲だったな・・・なんて改めて思ったりして。。。

 サウンドは、まあ、ポップンロール宣言しているだけあって、めっちゃポップ。「センチメンタル・ガール」なんて言うタイトルからはにつかわないんだけどさ。
3部作の中では、イタリアンポップスっぽく、もっともポップなんじゃなかろうか。デキとしては、3部作の中では一番、ウレセンっぽい感じねするんだけどねぇ、なぜに売れませんでしたかねぇ・・・。


 ちなみに、作詞の、あまがいりゅうじ氏は、79年の「YOUNG MAN」の訳詩も担当した、ヒデキの元マネージャー氏ですわね。
 実は、あまがい氏には、何度か会ってたりするんだよね、ワタシ。以前いた、某C社で。
 某大手着メロサイトのアーティストアライアンスのブレーンだったんですわ。その関係で・・・。

 この曲とか、「YOUNG MAN」なんか聴くと、もっと頭が切れるスマートな人なんかなぁ・・・なんて思ってたけど、よくしゃべる、おっちゃんですわ、実在は。。あせあせ


・・・・なんて、曲とは関係なかったな。




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輝きながら・・・ / 徳永英明

1987_09_輝きながら・・・_徳永英明






今回の1曲セレクトは「輝きながら・・・」徳永英明です。

まずはデータでーす。

・タイトル     輝きながら・・・
・アーティスト   徳永英明
・作詞       大津あきら
・作曲       鈴木キサブロー
・編曲       川村栄治
・リリース日    1987年7月5日
・発売元      アポロン
・オリコン最高位  4位
・売上げ枚数    28.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1987年9月7日〜11月9日付
・タイアップ:フジフィルムCM曲

 ここのところ、徳永英明氏の曲をちょくちょくと書いてるんだけど、やっぱ、この時期と言ったら、この曲は外せないよなぁ・・・。 詐欺じゃん・・・なんて言われないうちに・・・と思って、初めは別の曲を書こうと思ってたんだけどセレクトしてきましたる

 あれだけ暑かった、今年の夏も過ぎ、夜になると少し寒いくらいの風が入って来るようになりましたな・・とともに虫の音が、大合唱。。
 あー、秋やなー。 これだから、田舎はいい! 都会のど真ん中では味わえない季節感ってやつやね。

でねー、虫の音が聴こえて来るとともに、切ない曲が聴きたくなる季節・・・・。これも季節感というもんなんでしょうかね?

 そのなかでも、この「輝きながら・・・」は、この季節感と、ヒットのタイミングがドンピシャリって言う感じだったよなぁ。

 もともとは、フジフィルムのCM曲だったんだよね。覚えてますか? 南野陽子が出演してたバージョンのバックで流れてたんだよね。
 
↓ コレ


 個人的にも好きなCMでさ、この曲はヒットしてくれないかなぁ・・・と期待してた記憶があるなぁ。

 特に、個人的にあの年は高校3年。受験が近づきこの時期は最も苦しい時期で、とにかく切なかったのですよ。だから、余計にグッと来ちゃったんだよね。この曲で。 男なのにみっともないんだけど、この曲をきいて、思わずウルウルしちゃったりして。。

 徳永英明も、この曲が出るまでは、まったくの無名・・・というか、ほんとにあたりのないアーティストで・・、だから、まだ、擦れていなくて、歌い方もストレート。それが、この曲ではよかったんではなかったかなぁ。

 メロディラインは、文句のつけようがないキャッチーなミディアムバラード。いわいるAOR系って奴ね。鈴木キサブロー氏の得意系って感じかな。
 詞は大津あきら氏。このあいだ紹介したクリエーションの「ロンリーハート」の硬派なイメージとはガラッと変わったソフト系・・・というか、捉えようによっては、ちょっとなさけない、思い出系な内容なんだけどね。

 ただ、それでも、メロディと絡むと、言葉では表せないような、なんともいえない世界が広がるっちゅうのかな。。
 いや、どうしても、

♪ かけだす君の場面を見守るから 〜 ♪ のサビの部分になると、あのフジフィルムのCMの部分がまるで、サブミナル効果のように頭の中を駆け巡っちゃったりするんだよね。ワタシの場合。

 でも、それっていうのは、CMとしては成功なんだろうね。
フジフィルムは、CMたくさんあるけど、このCMの右に出るものはないんぢゃないかなぁ。


それにしても、徳永英明も考えてみれば長いよね〜。この曲からすでに28年。
 正直、初めワタシは「一発」だと思ったんですよ。結局、CMありきで出てきたヒトだったからさ。
 それでも、残った。 ほんとに実力がある人だったんだよね。「だった」っていうのは、おかしいか。。。実力がある人なんだよね。

 でも、そう見えないところが、このヒトの持ち味って言うのかなぁ・・。

 それと、なぜか「秋口」になるとこの人の曲が聴きたくなる。
 暑い夏を駆け抜けて、「ほっ」としたくなると、聴きたくなるヒトなんだよね。

だから、このヒトの場合「秋口」にヒットが多いんだよなぁ。 もちろん、それだけではないけどさ。





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悲しみモニュメント / 南野陽子

1986_04_悲しみモニュメント_南野陽子






今回の1曲セレクトは、「悲しみモニュメント」南野陽子です。

まずはデータでっす。

・タイトル    悲しみモニュメント
・アーティスト  南野陽子
・作詞      来生えつこ
・作曲      鈴木キサブロー
・編曲      新川博
・リリース日   1986年3月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   13.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「スケバン刑事供彈臑蟆

 今回セレクトして来た曲は、南野陽子の「悲しみモニュメント」。

 以前書いたような気もしてたんだけど、過去のアーカイブ見る限りでは書いてないような・・・。
 なので、ひっぱってきましたわ。

 南野陽子の曲も、いろいろ書いてきたような気がしてたんだけど、意外と、まだ、取りこぼしがあるようで、これから増えていきそうな予感・・・・

・・ということで、「悲しみモニュメント」なんですが、この曲で、まず浮かぶのは、やっぱし「スケバン刑事供廚任垢錣諭

 ・・・と書いておきながら、私、見てなかったんですけど・・・

えー、だいたいですねー、当時高校1〜2年だったでしょ。木曜19時30分〜なんて、まだ帰ってないですよーガッコから。
 名目上は部活、実質は遊びで・・・・。ぢゃなかったですか? 同年代の皆様・・・。

・・・ということで、「スケバン刑事」のことはよくわかんない、ワタシなんですが、この曲は好きでしたねぇ、単純に。

 作曲は、鈴木キサブローさんなんですが、それにしては、単純で簡単な曲だよなぁ・・っていう印象。
 ほとんど4分音符でまかなえちゃうAメロは、単純なんだけど逆に感動でしたね。

 いかにも、新人のアイドル用の曲っていう感じで・・・。

 当の南野陽子もそれでも一生懸命歌っているようなところは伝わってきたし・・。

 うん、歌がヘタでもマジメに一生懸命歌っているヒトは、単純に応援したくなるタイプなもので・・・。

 それと、この曲もそうなんだけど、このころの南野陽子の曲って、意外とイメージがでかいんだよね。
 次の「風のマドリガル」なんてのは極致だよね。メロディラインはごくごく簡単なのにスケールはでかい。

 この「悲しみモニュメント」は、それに比べるとまだかわいいほうだけど、そういうイメージは持ってたよなぁ。
 それをどう表現したらいいのか、端的な言葉が出てこないのが歯がゆいんだけどさ。

 まあ、どちらにしても、この曲が南野陽子としての、ブレイク曲。初めてベストテン入りした曲となるわけですね。


 ああ、それと、蛇足だけど、「スケバン刑事供廚亮臾鬚辰董∈能蕁吉沢秋絵の予定だったんですか?
 このあいだ、TOMOさんとはなしてて、そういう話になったんだよねぇ。

 あ、これは、ワタシ全く知らなかったんだけどさぁ。そういえば、「スケバン刑事供廚療初の主題歌って、吉沢秋絵の「なぜ?の嵐」だったもんねぇ・・・。

 そういわれると、下地は出来てた・・・って感じなわけなんですかねぇ。。。。




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バージンブルー / SALLY

1984_08_バージンブルー_SALLY






今日の1曲セレクトは、「バージンブルー」(SALLY)です。

 まずはデータから

・タイトル    バージンブルー
・アーティスト  SALLY
・作詞       さがらよしあき
・作曲       鈴木キサブロー
・編曲       鈴木キサブロー 大島ミチル
・リリース日   1984年7月1日
・発売元     フォノグラム
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   21.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1984年9月24日〜11月5日付
・タイアップ キリン「キリンレモン2101」CM曲


 「一発屋」・・・この甘美な響きを聞かなくなってから、一体どれくらいたっただろう・・・
 
 うわー、大げさな書き出し!! 一回、こういう書き方してみたかったんだよね。
 なんて、またまたふざけてますが、今日は1984年の代表的な「一発屋」、SALLYの「バージンブルー」の紹介です。

 ポスト「チェッカーズ」。84年の大化けグループって言ったら、何を隠そうチェッカーズなんですよね。
 で、春ごろから、各社一斉に、「ポスト、チェッカーズ」ってふれこみで、バンドやグループをどんどん出していったんだけど、見事、この位置を射止めたのが、SALLYというわけですわ。
 ただ、バンド編成的にチェッカーズに似すぎていたキライはあるわな。 コーラスはいないとして、サックスが入っていてるのもね。
 曲も、GS崩れのロックンロールと、音作り、雰囲気的にも似ていたしね。

 ただ違っていたのは、ゲーノー界への接し方だったんじゃないかなぁ。
 チェッカーズって、その辺のこなし方が恐ろしくうまかった・・・、要は、最初のうちは、あんまり自分たちの音楽に対するこだわりは無かったと思うんですよ。
 だから、「バンド」としてデビューしたくせに、「アイドル」的な売り方をしても、また、曲をプロの作家に依頼しても、不満そうなそぶりって見せなかったでしょ。
 まあ、もちろん、裏では、かなり不満を持っていたらしいけどね、まあ、そのあたりは、適当にプロ意識が強かったというか、世渡りがうまかったんだろうね。

 それに対して、SALLYって、すごくまっすぐなグループだと思うのよ。顔は不良っぽいルックスしてるくせに、音がまっすぐなんだ。 うん、マジメな音なんだよね。
 ボーカル力は別として、演奏水準は、チェッカーズもSALLYも当時は、どっこいどっこいだったとおもうのね。
ただ、違ったのは、音のマジメさだな。「やらされてる」感っていうのが、伝わってくるんだよね。SALLYの場合。

 ユーザーって言うのは、意外とそのあたりって感じ取るのシビアじゃん。
 一発屋で終わってしまったのと、その後、大スターを驀進した差って意外と、そんな些細なことだったんじゃないかなぁ・・とか思ったりするんだよねぇ。
 もちろん、先行してスタイルを築いたのと、二番煎じっていう差もあるけどさ。

 あ、SALLYが一発屋って書くと、次の曲も20位には入ったゾと、反論されそうだから、ちょっと書いときますが、第2弾は、「悲しきYoung Love」といいまして、こちらも、GSを下敷きにしたような曲なんだけど、こちらは、映画「パンツの穴2」の主題歌でしたね。
 菊池桃子じゃなくて、志村香主演だった奴・・・っていって、どのくらいが反応するか・・。 
 志村香 1985年、尾崎亜美の「曇りのち晴れ」でデビューして、泣かず飛ばずだったアイドルっすよ〜。
 ちなみに、私らと同級生・・ということは、既にいいお年になられているってことですねぇ(^^;;;;;;


 話は戻るけど、「バージンブルー」って、キリンレモン「2101」っていう商品のCMソングだったの、覚えてるかなぁ。
 キリンって「ザ・ベストテン」のスポンサーだったから、ベストテン内でもCMガンガンかかってたんだけどね。
 杉本哲太がCMに出演してたのってのは、よく覚えてるんだよね。 でも、その相手役が、デビューしたての南野陽子だったんだってねぇ。スケバン刑事の1年前ですよ。
 いや、これが覚えてなくってねぇ・・・。 つい、最近知ったんだよね。まだまだ、気付いていないことってあるよなぁ。。。

 しかし、キリンレモン「2101」って一体なんだったんだろ?
ネーミングと、缶のパッケージデザインのオシャレさから、当時、よく飲んでたんだけど、「普通」のキリンレモンと味は変わんなかったんだよね。。。。

 それと、キリンレモンって意外と、有名人CMにでてるんだなぁ。 これ書いてて、下のページ参考にしてたんだけど、

 http://page.freett.com/theafro/cm02.html

94年に浜崎あゆみが出てたなんてのも知らなかったワ。

 いろいろな勉強になった1曲でした。。。ハイ。。





※2005年8月に書いたものの再録です。
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