かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

郷ひろみ

哀しみの黒い瞳 / 郷ひろみ

1983_01_悲しみの黒い瞳_郷ひろみ


今回の1曲セレクトは、「哀しみの黒い瞳」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル    哀しみの黒い瞳
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞      RAMON ARCUSA , JULIO IGLESIAS
・作曲      RAMON ARCUSA , JULIO IGLESIAS
・訳詞      岩谷時子
・編曲      川口真
・リリース日   1982年11月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数 18.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1983年1月10日付

この間も書いたように「リアル仕事」が、只今繁忙期真っ最中でして。昨日、一つの山場だったんですけどね。
もう一つの山場が1週間後に来るんだけども、それまでは気が抜けない毎日ですワ。
 いやいや、お陰で精神的にクタクタよ。今日は若干、悪寒が。。。カゼ引くのかなぁ。 ヤバイ・と思って、ドリンクタイプのベンザエースをゴクリ。

精神的にクタクタよ・・・と言えば、以前もここでグチった事があるんだけども、中1の今時分、クラス中から総スカンをくってた事があるんだよな。 簡単に言えばイジメってやつですわ。
 そもそものイジメの理由って言うのはくだらない事なんだよ、今考えてみれば。
ワタシ、中1の途中から、福島から千葉に越してきた訳で、いってみれば転校生だったんだよな。ココだけだったと思う。結局、転校生ってことで、元から居た奴にとってみれば「異星人」なわけよ。そんなことがきっかけだったんだよ。
 でもねぇ、味方が誰もいないっていうのは、マジでつらいんだわ。 幸いあの時以来、そう言う目は合っていないけど、未だにトラウマですね、人間関係には。信じられるのは自分だけ、周りは全部敵・・・って思う事、よくあるもん。

あー、湿った話が続いた。 今回は、そんなイジメられていた日の中で、未だに「トラウマ」になっている曲をひとつ。

郷ひろみ 「哀しみの黒い瞳」。

そう、この曲がヒットしていた渦中の頃、もっともイジメがエスカレートしていた頃だ。だから・・・って事が往々にしてあるんだけども、この曲聴くと、これから35年も経っているっていうのに、未だにあの時代の光景がフラッシュバックしてくるんだよな。

まあ、そんなこともあってか、この曲、結構長い間、耳にするのもヤだったんだよな。

なんとか、普通に聴けるようになったのは、大人になってからですねぇ。20年くらい前かな。
良いこともヤなこともひっくるめて、昔を回顧できるようになってからですねぇ。

この曲がトラウマになったは、確かに上記のように精神的に追い込まれるような「事件」があった・・っていうのは、個人的には一番大きなことではあったんだけども、 この曲の曲調自体重い感じだったからなぁ。

重く切ないメロディをうろうろと歌い上げるようなカンツォーネと言おうか。

そそそ、まあ、これ読んで下っている方の多くはすでにご存じだと思うけど、この曲はスペインが生んだスーパースター、フリオ・イグレシアスのカバーなんだよね。

オリジナルはコレ↓


まあ、曲を聴いてみれば、大概の方は「ハイハイハイ」ですよね
切ないイントロから、♪ンナタリ〜 ♪と歌い上げる、ヨーロッパ特有の甘く濡れたメロディ。
これにやられた方も多いんじゃないかなぁ。

そそそ、前年の1982年の「ビギン・ザ・ビギン」の大ヒットを受けて、この1983年にかけて、ヨーロッパだけではなく、日本でも一大ブームでしたもんね、フリオ・イグレシアス。
最近では、このテの正統派なカンツォーネを歌いあげるような向こうのアーティスト、少なくとも日本では絶滅ってかんじだけど、やっぱり時代だったんでしょうかねぇ。

それにしても、ヨーロッパ系の「刹那系」のメロディってこうも、心にグサッと刺さって来るんでしょうかねぇ。
系統としては、例えば、ニノ・ロータの「ゴットファーサー〜愛のテーマ〜」とかさ、あの感じに近いですよね。
でも同じように心にグサッと刺さるんだよな、痛いくらいに。

個人的にアメリカンな曲よりもヨーロッパ系の曲が好きなのは、その辺なんだろうな、きっと。
コーヒーも薄味のアメリカンよりも、濃厚なエスプレッソが好きなようにさ。


まあ、そんな一大ブームだったわけで、同じソニー所属だった、郷ひろみ氏がカバーに動いたっていうのも至極自然な流れだったんだろうね。

おりしも、当時、日本のヒット曲界そのものが、一大カバーブーム期でもあったしね。

アイドル中心に、70年代回顧って感じのカバーが多かったけど、その点では郷ひろみ氏は、ちょっと違ってましたよね。うん、当時ヒットしていた曲のカバーでしたからね。
 この曲の前が、あの「哀愁のカサブランカ」だったわけだけど、当時のヒット曲、バーティ・ヒギンズのカバーだったしね。

でも、カバーといえどいい味だしてるんだよな、カバーというよりも自分のオリジナルっていう感じだったもの。

まあ、個人的には、当時は、郷ひろみ氏の事は好きじゃなかったんで、ちょっと煙たい存在ではあったんだけどさ、でも、今になって改めてじっくり聴くと、いいんだよね。
 ・・というか、この頃の郷氏の曲って、あの頃の時代背景を感じるんだよな。 

NHKで、夜中によくやってるじゃん。その当時のヒット曲のバックに当時の事件とか世相のフィルムを流してる番組。
 郷ひろみ氏のこの当時の曲を聴くと、そんな絵面が浮かんでくるんだよね。 そそそ、曲のバックに当時の世相が浮かんでくるんだよな。

ま、それもこれも、最初に書いたように、このころ個人的にいろいろあったからなんだろうな、
よく、楽しい記憶、嬉しい記憶はすぐに忘れるけど、つらい記憶、苦しい記憶はいつまでも残るっていわれるけど、その通りだと思いますね。



この曲、訳詞は、岩谷時子女史だったんだね。
いや、これ書いてて、マジで今知った。 
やっぱり、フレンチポップスを中心にヨーロッパ系の濡れた感じの曲には岩谷女史の訳詞が一番響くんだよね。
そういえば、この年の夏にリリースされた、トシちやんの「さらば・・夏」も岩谷さんの詞だったよね。
まあ、あの曲はポール・アンカだったわけで、ヨーロッパ系ではなかったけど、曲想的には濡れてたからなぁ。
そう言う曲が合うんだよね。


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禁猟区 / 郷ひろみ

1977_12_禁猟区_郷ひろみ


今回の1曲セレクトは、「禁猟区」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル     禁猟区
・アーティスト   郷ひろみ
・作詞       阿木耀子
・作曲       宇崎竜童
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1977年12月5日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数  16.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1977年12月19日〜1978年1月16日付

ここんところ、個人的に「歌本」熱が再燃してきてるんだよね。 
古くからの歌謡曲ファンにはお馴染みだと思うけど、月刊「明星」とか「平凡」の付録についてきてたアレですね。
あるいは、今は廃刊になっちゃったけど月刊「歌謡曲」とかさ。歌詞カードと楽譜が載っかっている本。

うむ、個人的には「平凡」よりも「明星」派だったんで、明星の歌本「Young Song」。今も後生大事に取ってありますわ。
基本、音楽を聴く時って、楽譜見ながら聴くのが好きなんで、やっぱり歌本は必須なんだよね、ワタシの場合。
譜面見ながら音楽聴くと、不思議と譜面から絵とか風景が浮かんできたりしてね。

・・・なんていうのはワタシぐらいなもんかなぁ。。。

まあ、幼稚園の頃、電話帳から風景が浮かんでくる・・・なんて電話帳眺めてた不思議ちゃんなんで。。。

最近は、自分が買い始める前の「Young Song」とか「ゲッカヨ」をヤフオクで少しずつ落としたりしてたりね

でも、最近、いつの号をヤフオクで落としたのか、すっかり忘れちゃってたのもあるんだよな。

いつもこれを書くにあたって、傍らにサイドデスクを置いて、デスク上にオリコンなどの資料を置きながら書いてるんだけど、なにげにサイドデスクの引き出しを開けたら、1978年3月号の「Young Song」が出てきた。

うん? これいつ買ったんだ?  全然覚えてない。。。。

でもペラペラめくってたら、まだ書いてない曲が・・・。

あ、ちょうどいい、今回の1曲セレクトは、これにしよう。。。・・・と引っ張ってきたのがこれ。

郷ひろみ「禁猟区」。

うーむ、だんだんとセレクトの仕方が「ゴーイン」になってきたような気もするけど。。


 少し前に、野口五郎氏の「風の駅」でも書いたんだけども、この郷ひろみ氏の「禁猟区」も、ザ・ベストテンの第1回ランク発表の1978年1月19日放送分でランクインしていた曲。その時は5位でしたよね。なので、ベストテン史上6番目に登場したのが、この曲と言う事になるんだよね。

ただ、以前からここで書いてるように、当時は、個人的に郷ひろみ氏は好きじゃなくてねぇ。うむ、秀樹派だったからさ だから70年代から80年代にかけて、郷ひろみの曲ってほとんどまともに聴いてなかったんだよね。

個人的に評価するようになったのは、郷ひろみ氏がベストテンに主演拒否するようになってから。 だから82年の終わりごろからかなぁ。

だからね、この「禁猟区」についても、ヒット当時はまともに聴いてなかった。

まあ、それ以前に、この曲がヒットしていた頃は、まだ、ヒット曲の世界に足を踏み入れていなかったけど。。。。
でも、仮に当時から足を踏み入れていたとしても、ちゃんと聴いてなかっただろうなぁ。

それでもなんとなしにキニなる存在ではあったんだよね。フルサイズは流れないにしても、ベストテン第1回放送のランクイン曲ってことで、その後もたまにVTRで流れたりしたじゃん。
妙に耳に残ったりしてさ。

サビ前の ♪ テン テン テン〜 ♪ っていうフレーズとかさ。 歌詞カードを見ると、 「、、、」になってたりしてさ。
誰ですか、こんなトリッキーな歌詞を書く方は・・・・と思ったら、作詞は阿木耀子女史。 阿木耀子さんとくれば、作曲は宇崎竜童氏。 そんなで持って、当時の郷ひろみ氏のレコーディングディレクターは酒井政利氏。

・・・うむ、この3人と来れば、やっぱし山口百恵さんですよね。 

・・・ってところで、繋がった。  なにが? 

そうかぁ、ここから79年の百恵さんの「美・サイレント」に繋がるんだぁ。 

そそそ、あのサビで歌詞が「消える」フレーズ。 例の♪ あなたの〜 ○○○○ が欲しいのです〜♪ ってやつですね。
ま、この「禁猟区」では歌詞カードでは「、 、 、」と書いて「てんてんてん」って読ませており「サイレント」ではないけど、発想は同じようなものだよね。

・・・ということは、やっぱり、「美・サイレント」を遡れば、ここに来るんじゃないかなぁ。うん、突然的な発想じゃなかったんだね。

でも、この曲を皮切りに、次の年の、やっぱり百恵さんの「プレイバックPart2」では、途中で音を止めちゃったり、阿木耀子−宇崎竜堂−酒井政利っていうトリオでは、常に実験的な事をやらかしていたよなぁ。

そこがヒット曲の面白いところでもあり、魅力的なところでもあったんんだよね。

この曲のサウンドは、聴いてすぐに分かるようにラテン調。 フラメンコ調とでもいうかな。
この頃のヒット曲では、よく使われてたんだよなラテン調。 この曲を聴いてすぐに浮かんでくるのが、やっぱり翌年78年の中原理恵「東京ららばい」とかさ。
そう言えば、↑で上げた、百恵さんの「美・サイレント」も少しフラメンコ調的であったしね。

やっぱ、情熱的なんだよね、ラテン、フラメンコ調の曲って。 つい聴いてて熱くなるんだよな。

ただ、今聴くと、やっぱ古さを感じたりしてね。70年代の歌謡ポップス独特の匂いっていうのかなぁ。





うわっ、ドハデな衣装と演出だなぁ。キンキラリン(⇒死語!)の衣装の後は、ハネハネな衣装で
少しあとにベストテンでもやってそうな演出だけど、このころは夜ヒットでもやってたんだな。
目立とう精神全開な時代だったんだよね、この頃はさ。歌謡ポップス全盛の時代だったんだよ。






 








タブー(禁じられた愛) / 郷ひろみ

1980_06_タブー_郷ひろみ


今回の1曲セレクトは、「タブー(禁じられた愛)」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル       タブー(禁じられた愛)
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞       浅野裕子
・作曲       網倉一也
・編曲       萩田光雄
・リリース日   1980年5月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 8位 
・売上げ枚数  15.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1980年5月26日〜6月23日付

昨日は野口五郎氏を持ってきたわけで、今回もまた、新御三家の曲を持ってこずには居られない・・・ってことでね
今回は、郷ひろみ氏の曲を持って来ましたわ。

・・・と言っても、どの曲を持ってこようかな? 時期的に、この季節の曲で、郷ひろみ氏と言ったら、81年の「お嫁サンバ」だよなぁ・・・なんて真っ先に思いつくんだけど、この曲はすでに書いちゃったんだよね。
 なので、今回は、それより1年前、1980年の今頃のヒットだった「タブー(禁じられた愛)」なぞひとつ。。。

・・・でもねぇ、果たして、郷ひろみ「タブー(禁じられた愛)」と書いて、反応してくれる方がどの程度いるのか・・・っていうのは、かなり不安。
 もうね、今となっては、郷ひろみ氏の数あるヒット曲の中でも、完全に「死角」に入っちゃってるような曲だろうなぁ。 今頃、こんな曲を引っ張ってきてるのなんてワタシぐらいだよねぇ、きっと。
なんて事が脳裏をよぎるんだけどね。。。。

でもねぇ、この曲、意外と最近のワタシ的には好きな曲なんだよねぇ。
うん、ヒット当時はキライだったんだけどさ  ・・・っつか、昨日も書いたように、当時、新御三家と言えば秀樹派だったんで、郷ひろみ氏も野口五郎氏も、あんまりねぇ・・・って感じだったんだよね。

 しかも、この曲の時の郷ひろみ氏って、アメリカ帰りの反動か、チリチリ、アフローヘアーだったじゃん。あ、この曲のシングルジャケット見れば一目瞭然なんだけどさ。これが似合わないんだわ

そんな見た目からして、「なんかなー」って感じだった事は覚えてるんだよな。だからなのか、この曲、当時、まともに聴いてなかったもの。

でも、今はいいんだよね。

なぜなのかなぁ・・・・。まあ、あれから36年経ってる訳で、ワタシも大人になったからなぁ・・・ってのは説得力が無いよな。
いやねぇ、この曲、よくよく聴くと、素晴らしい「歌謡ポップス」なのよ。
 歌謡ポップスの魅力は、やっぱ「無国籍」的なところだよなぁ。 この曲、イントロのトランペットのメロディからも、Aメロの出だし ♪ 信じられた 愛は〜 ♪ 直前のアコギからも、一見スパニッシュ系な印象を受けるんだけど、AメロからBメロに移行する間に挟まる、シツコイくらいにめちゃくちゃクドいストリングスは、一体どこの音楽なんだよ・・・なんて言いたくなったりして。

いやいや、このクドいくらいのストリングスの動き、そしてブラスの動きこそ、歌謡ポップスだよなぁ・・・なんて感じるんだよね。
 主旋律(メロディ)があって、その間に挟まるストリングスとブラスがメロディに対して「合いの手」になって入るこそが、歌謡ポップスの魅力の一つだと思うんだよねぇ。
もうね、正直言って「クドい」んですよ。この「クド」さがいいんだよね。

・・・というか、このクドさが「許せん」ってヒトは、恐らく歌謡ポップスとは縁が無いだろうなぁ・・・なんて思うなぁ。

アレンジは、萩田光雄氏。なるほどね、流石に、超大げさな現実離れした世界観っていう歌謡曲の王道的なアレンジはウマいですよねぇ。

最近の曲って、この合いの手の部分・・つまりさ、ストリングスとかブラスの動きってなが、ほとんどないからな。
その分、すっきりとはしているんだけど、この当時の「クドい」歌謡ポップスで育ってきた身としては、スカスカ過ぎてツマンナイ・・・ってのはあるな。

作曲は、網倉一也氏なんだ あ、これは、今知ったかも。。。
まあ、考えてみれば、前年の「マイレディー」も、スパニッシュ系統な曲だったけど、あれも網倉一也氏だったからなぁ、それを考えれば、「続編」って感じだったのかもなぁ。
 まあ、アレンジは、「マイレディー」よりもぜんぜん「クドい」けど。。。。

だけんど、作詞の浅野裕子さんってヒトが、今一つ謎なんだよな。 この曲の次の年の伊藤つかさの「少女人形」とか作ったヒトなんだだけどさ。Wikipediaによると、元モデルだったそうだけど。。。。


動画・・・さっすがにさ、今となっては「死角」には行ってしまっているような曲だからか、You Tubeには、めぼしい動画が無いわ。。。
しょうがないから、別のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/x1ytd9j_%E9%83%B7%E3%81%B2%E3%82%8D%E3%81%BF-%E3%82%BF%E3%83%96%E3%83%BC-%E7%A6%81%E3%81%98%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%84%9B-1980_music

「ザ・ベストテン」だけど、バックのオーケストラは、レコードに比べると、若干、あっさりしてるかなぁ。
レコード音源は、もっとクドいんだよね。これでもか〜・・・ってくらい。
 個人的には、そっちの方がいいな。

でも、考えてみれば、ちょっとクド過ぎたのかもなぁ。 この曲の前の「セクシーユー」も、この曲の次の「Howmanyいい顔」も20万枚オーバーだったのに対して、この曲は20万枚に届かなかったもんね。
牛乳も濃すぎると飲みづらい・・・ってあれだったかもな。


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バイブレーション / 郷ひろみ

1978_05_バイブレーション_郷ひろみ








今回の1曲セレクトは、「バイブレーション」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル     バイブレーション
・アーティスト   郷ひろみ
・作詞       島武実
・作曲       都倉俊一
・編曲       船山基紀
・リリース日    1978年3月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  21.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1978年4月3日~5月15日付

今回の1曲セレクトは、ここ暫く70年代の「アイドル」な曲を書いてなかったんで、久々に70年代アイドルへ遡ってみますかね。
 まあ、70年代と言っても、個人的に「リアルタイム」な曲となると、70年代後半になっちゃうんで、どうしてもその時期になっちゃうんだけど。。。

はい、今回は郷ひろみ「バイブレーション」

この曲は1978年の今頃のヒット・・・・とずっと記憶してたんだけども、実際は、ヒットのピークは「4月」で、ゴールデンウイーク明けの今頃は、ランクも下降線だったんだよね。
 どうもね、リリース時期を1カ月間違えて記憶していたようなんだよなぁ。 そそそ、この曲のリリースばずっと、1978年の4月21日だとばっかり思ってたの。
だから、5月に入って書けば、ちょうどヒットのピーク時期だな・・・なんて思ってたんだけどねぇ。

どうも、1978年の今頃の曲ってヒットの時期を「ズレ」て記憶している曲が多いんだよな。
例えば、西城秀樹氏の「炎」も、「5月」のヒットだとばっかり記憶してたんだよねぇ。 だから、この「バイブレーション」と、「炎」はヒットの時期が被ってた・・・なんて思ってたんだけど、実際はちょこっとズレてたんだよね。

まあ38年も前の事なんで、記憶もあいまいになるよなぁ・・・なんて言うのは自己弁護だったりするんだけど。。。
 やっぱ、リアルタイムで聴いてた曲と言っても、正確に言えば、ヒットのピークの時期は、まだ「ヒット曲」の世界に入ってなかったからなぁ。記憶も曖昧になっちゃうんだよな。

ところで、以前から、個人的には、昔、郷ひろみ氏の曲はあんまり好きじゃなかった・・・と書いてるワタシですが、当然この曲についても、当時は、あんまり興味なかった・・・と思う。

なぜなのかなぁ? まあ、ガキの頃には生理的には合わなかった・・・としか言いようが無いのかもしれないけど。。。でも、西城秀樹氏の曲は好きだったんだよね。 

恐らくガキの頃は生理的にヨーロッパ系なイメージの曲が好きだったのかもしれない。

この「バイブレーション」もそうだけど、このころの郷ひろみ氏の曲って、カラッとしたイメージでヨーロッパ的な匂いがしないからさあ。
 ・・というか「○○的」っていう匂いがあんまりしないんだよね、都倉氏の曲って。かといって無国籍的でもないし。。。
 ま、ともかく、この時期の都倉氏の曲って、どの曲もかなり似てましたよね。温度感・・・というか湿度感がカラッとして、メロディラインもどこかピンク・レディーで聴いたような・・・っていう独特の都倉カラーで。
 ま、それが都倉氏の作るメロディの特徴だったかもしれない。当時、ピンク・レディーの曲に積極的な興味がわかなかったのも、そう言うところからだったんだろうなぁ。
 郷ひろみ氏の曲も、もう少し前の時期の筒美京平氏が作ってた頃の曲は、もっとヨーロッパ的・・というか、これも当時の筒美氏の特徴である、バタ臭いイメージだったんだけど、個人的には、こちらの方が生理的にはあってたんだよね。

どうなのかなぁ、歌謡ポップスの王道というか、この間も使ったコトバで恐縮なんだけども、軽薄短小なイメージだったりしたのも、当時は今一つしっくりこなかったのかもしれない。
 そう言う意味では、80年代のトシちゃんの曲も、もう少しリアルタイムで聴くのが遅かったら、そんなイメージだったのかもしれないなぁ。

 そう言う意味では「立ち位置」として、新御三家の中の郷ひろみと、たのきんトリオの中の田原俊彦って似たようなポジョンって見られていたのはあながち間違いじゃなかったような気もするんだよね。

楽曲のバリエーションとしても、郷ひろみ氏、田原俊彦氏も、「3人組」の中では一番バリエーションに富んでて、
今聴き返すと、一番飽きが来ないしね。

もちろん、当時は生理的にあんまり受け入れられなかったこの曲も、今では好きですよ。音源も持ってるしね。 


ちなみに、ランキング的には、オリコン(レコード売り上げ)では、それほど目を見張る所はなく、最高位も6位にとどまっているんだけども、その他の要素を含めた総合チャートでは軒並みベスト3入り果たしているんだよね。
 これは、当時のラジオチャート、有線でも結構人気があったのよ、この曲。 「ザ・ベストテン」でも、最高3位まで行ってるしね。

 今は、アイドルといえば、レコード(CD)売り上げがメインのヒットチャートではあるけども、当時は、レコード売り上げは、今ほどは重要なファクターじゃなかったんだよね、アイドルは。
1年に一度、「勝負曲」でバシッと売れれば、「つなぎ曲」ではそこそこ売れればいい・・・と。 その辺が当時と今との意識の違いだろうな、売り方としての。
 まあ、当時は「国民的」な大ヒット曲が多く、A級アイドルといえども、簡単にオリコンの上位に立てなかった・・・ってくらいランキングに重みがありましたからね。
 もちろん、ピンク・レディーは別格として。。。なんせ1978年のオリコンのレコード売り上げシェアには邦楽、洋楽っていう大別ジャンルの中に「ピンク・レディー」っていうジャンルが存在してましたんで。。。。




動画、めぼしいのはこれしかなかったんだけど、少し前だったら、これすらなかったようなんで、今回かいて正解だったかもな。。。。


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ハリウッド・スキャンダル / 郷ひろみ

1978_11_ハリウッドスキャンダル_郷ひろみ






今回の1曲セレクトは、「ハリウッド・スキャンダル」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル    ハリウッド・スキャンダル
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞      阿木耀子
・作曲      都倉俊一
・編曲      都倉俊一
・リリース日   1978年9月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 13位
・売上げ枚数   13.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位

 メインPCのハードディスクの寿命⇒交換⇒システム再セットアップで、ここ数日間、きちんと1曲セレクトが書けなかったんですが、ようやく、新しいハードディスクの交換が済んだので、いつも1曲セレクトに戻ろうかと思います。

 でぇ、その1曲目なんですが。。。。これもちょっと悩んだんですよね。
 うん、で、どうしようか・・・と。1979年、1982年当たりは、まだ書きたい曲があるけど、困った時の・・・だからさ。ちょっと、外して、1978年の曲を持ってきましたわ。

 郷ひろみ「ハリウッド・スキャンダル」 

 時代的に言うと、この間大橋純子「たそがれマイラブ」の時にも書いたんだけど、丁度、ワタシが「ヒット曲」の世界にドップリつかり始めた頃ですね。

 でも、この曲、かなり後まで、記憶になかったんだよなぁ。・・・というか、タイトルを聞いても曲が浮かんでこなかったの。 曲を聴けば、「あ、そういえば、こんな曲があったな」って思い出したんだけど。。。

 何度も書いてるけど、新御三家の中では、かなり西城秀樹派で、野口五郎も郷ひろみも、あんまりあのころ興味がなかったっていうのもあったかもしれない。

 証拠に、初めて「ザ・ベストテン」を録音した時(1979年2月8日放送分)、10位の「地上の恋人」(郷ひろみ)と8位の「送春曲」(野口五郎)は、録音してなかったりする。。。
 ちなみに、9位の「遥かなる恋人へ」(西城秀樹)は、きちんと録音してある。。。あせあせ


 だから、当時は、この曲もあんまり、関心なかったのかもしれないな。


 改めて、「あ、いい曲だな」と思ったのは、大学に入った頃かなぁ。当時、フジテレビの月曜深夜に放送してた「19××」の「1978年」特集の時だ。

 まず、タイトルと中身に、ずげぇ「ギャップ」があるなぁ・・とは思ったんだけど・・。
 「ハリウッド・スキャンダル」? ・・・ってことで、「ダイバード」とか、あの辺のアクションもののイメージが浮かんでくるんだけど、全く違うんだよね。

 なんつぅうの? タキシードが似合いそうな大人のムード。一昔前だったら、尾崎紀世彦が歌いそうな・・・。エンターテイメントの局地のような曲。ただ、会場の真ん中にミラーボールが回っているような・・・。
 わりゃりゃ・・・それこそキャバレーやないか!? じゃなくて、もうちょっと高貴なホールってイメージやね。


 ジャケ写が「サタデーナイトフィーバー」のジョントラボルタのパクリで、いかにも時代を象徴してるけど、だからと言って、ディスコ物でもない。

 そんな矛盾だらけの曲なんですよ。でも、そこが面白かったね、逆に。

 これで、曲も「サタデーナイトフィーバー」だったりしたら、それこそパクリじゃんで終わりそうなんだけど、ワザとはぐらかしてる様な気もする。

 それとも当時の「ハリウッド」のイメージってこんな、エンターテイメントな感じだったのかしらん? いや、さすがにそれはなかったとは思うけどねぇ。。


 このころの都倉氏といったら、ピンクレディー一色だったけど、全くピンクレディー色が出てこないところがいいんだよね。
 完全にピンクレディーより一段高いところのエンターティナーを意識したつくりになってるもの。
 
 ある意味、都倉氏にとっても気分転換で書いているようなラフさもところどころ見られる。


 だけど、郷ひろみにとっては、この曲と出会ったことによって、エンターテイメントっていう世界を一段階、高いところから見れるようになったんではないですかねぇ。

 まず、それまでの筒美京平氏に曲を提供されていた時代とは、全く異なるようなチャレンジ曲でしたからね。

 まあ、ファンは、それによって戸惑ってしまったのか、この曲から暫く、売上げは低迷してしまう。

 ただ1年後、やっぱり、エンターテイメント感いっぱいの「マイ・レディー」で復活するわけだから、やっぱり、この曲を経験することによって、郷ひろみってエンターテイメントの考え方が変わったんじゃないかなぁ。

 それ以降は、より、ストイックにエンターテイメントを追及して行く方向に向き、孤高の人になっちゃったもんね。


 まあ、いい意味でも悪い意味でも一つのターニングポイントになった曲でしょうね。郷ひろみにとって。





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よろしく哀愁 / 郷ひろみ

1974_10_よろしく哀愁_郷ひろみ








今回の1曲セレクトは、「よろしく哀愁」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル    よろしく哀愁
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞      安井かずみ
・作曲      筒美京平
・編曲      森岡賢一郎
・リリース日   1974年9月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   50.6万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年9月30日〜12月9日付


 え〜、先ほどの松田聖子様に続いて、今回は郷ひろみと・・これって作為的!? って思われてもまあ、しょうがないか・・とも思うんだけど、本心からするとたまたまですよ、ハイ。

 いや、初め違う曲を持ってこようと思ってたんだけど、その曲のジャケ写をネット上で探してたら、たまたま、この曲のジャケ写が目に止まってさ、そのまま持ってきちゃったの。。

と、まあ、なんとなく言い訳がましいですが・・・。

 丁度、今ごろヒットだったわけなんで、まあ、いいか・・・と


 この曲は1974年(昭和49年)のヒット曲だから、当然、個人的にはタイムリーに聴いてた曲ではない・・・・はずなんだけど、あとあときちんと聴いてみると、やっぱりメロディラインは残っているんだよね。
・・ということは、まだ物心が付かない頃に聴いてたんだろうねぇ、きっと。

 ただ、残っていたのは、出だしの

♪ もっと素直に僕の愛を信じてほしい ♪ のAメロの部分。 そのほか特にサビについてはほとんど記憶になったんだよねぇ。

 どうしてだろ? よくわかんないんだけど、このAメロの部分、筒美京平氏の得意なメロディラインだよね。
 8分休符の後に8分音符で続くフレーズ。例えば堺正章の「さらば恋人」とか。
 たわいなことではないんだけど、どうも、このフレーズに惹かれるんだよねぇ。どうしてだろ?
 うーん、まあ、簡単に書けば生理的にシックリ来るって言えば簡単なんだけどさ。

 なんか、いい意味で背中にゾクゾクッと来る感じがあるんだよねぇ。

 暗めのイタリアンツイストっぽいアレンジもシックリ来るものを感じるんだろ思うなぁ。
 森岡賢一郎氏って必ずしもアイドルだけのアレンジャーではなく幅広くアレンジをされていた方なので、単純なポップスではない雰囲気、うーん、曲のグレードを一歩アップしてくれるような優美さがあるアレンジをされていた方ですよね。
 どちらかといえばヨーロッパ的な優美さを兼ね備えたというか。
 下世話的に書くと、もろ70年代を彷彿させるというかね。

 それは、この曲でもその通り言えるわけで、それまで、郷ひろみの曲のアレンジって筒美京平氏が自身でやられていたんだけど、この曲はまだ、別の意味で当時の「歌謡曲」として一段グレードが高い優美さを感じるんだよね。

 要するに単純に「ダサい」じゃ終わらないサムシングがあるんだよね。今、聴いても。

 まあ、そういうこともあり、この曲は、郷ひろみとして、初のオリコン1位獲得曲であったわけなんだよね。
 ・・・・というか、この曲が郷ひろみにとって、「唯一」のオリコン1位獲得曲なんですよね。

 うーん、これって、今考えるとかなり不思議な現象といえるかなぁ。だって、70年代を代表するトップアイドルだったわけですからねぇ、郷ひろみって。

 でも、まあ、当時はそれだけ「1位」って言うのは別格だったって訳なんだよね。
 数ある曲の中で、それこそ、もっとも「売れるべき」して売れている曲というかね。

 ただ、ここまで到達するのに最高位2位というのは、4曲あり、すべて73年リリース曲。 つまり73年3月リリースの「愛への出発」から12月リリースの「モナリザの秘密」まで、4曲連続で2位を確保しているんだよね。
 つまり、新御三家のなかでは、当時の人気は一番先行してたわけだよね。
 でも、なぜかこの時点で1位獲得は西城秀樹が1歩リードしてたりしてね。(「ちぎれた愛」「愛の十字架」の2曲、1位獲得済み)

 だから、まあ、先行する秀樹を追いかけろって言う意味もこめて、アレンジ面でもグレードを上げてきたのかもしれないけどね。

 ちなみに、累積セールスの50.6万枚っていうのも、実は、郷ひろみにとっては、現在までを通してみても最高セールスなんだよね。
(2位は82年の「哀愁のカサブランカ」の50.1万枚)

 これは、70年代の後半からヒット曲の世界に足を踏み入れて、この時代をタイムリーで知らない、ワタシにとっては、感覚的には意外な感じがしますねぇ。

ま、たしかに、この曲でほとんどテレビに出なかった「哀愁のカサブランカ」が50万枚強売れてるのも感覚的には不思議なんだけども。。。

でも、この曲の場合は、実際当時は、やっぱり、人気あったんだろうねぇ。




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お化けのロック / 郷ひろみ

1977_10_お化けのロック_郷ひろみ






今日の1曲セレクトは、「お化けのロック」郷ひろみ 樹木希林です。

 まずはデータです。

・タイトル    お化けのロック
・アーティスト  郷ひろみ 樹木希林
・作詞      阿木耀子
・作曲      宇崎竜童
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1977年9月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   40.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1977年9月26日〜10月17日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ムー」挿入曲

 いつもは全然脳裏に浮かばないんだけど、時々、変な曲が脳裏を掠めることってあるんだよね。 うーん、いつも頭ん中で時空を旅してるんで、へんな病気に罹ったかしら?

 まあ、「1曲セレクト」を書くために、絶えず、脳内時空空間を漂ってるんで、そんなになっちゃったんだと思うけどふらふらふらふら

 この間も、あれよ、いつもは全く聴いてない曲なのに、なんかの拍子にパッと浮かんできた曲があったのよ。 それが、今回引っ張ってきた「お化けのロック」だったりしてふらふらふらふら


 まあ、この曲、38年前の「今頃」のヒットだったわけで、10月ごろになったら書こう・・・って前々から思ってたことが、なんかの拍子に頭の引き出しから出てきちゃったんだと思うけど・・・。

・・・ということで、「お化けのロック」を。


 なんて、書き方をすると、いかにもヒット当時から、この曲を聴いてきた・・・ように感じるけど、77年といえば、ワタシャ、まだ、ヒット曲の世界には足を踏み込んでない。
 「8歳」ってこともあるけど、当時は「ポールモーリア」っていうフィールドがあったもんであせあせあせあせ

 実際聴いたのは、正直、最近ですよ。 10年以内の過去だと思う。車運転してて、たまたまラジオでかかったのを聴いたのが、最初かなぁ。

 郷ひろみってのは、一発でわかったんだけど、なんか聴いたことない曲だよなぁ・・・とかさ、思ったりしてさ。
 一瞬、新曲か? なんて思ったりもしたけど、こんな「コミカル」な曲、新曲なわけないよね。

まあ、翌78年の「林檎殺人事件」と、毛色が似てるんで、すこし聴いて、「あ、そうか、これか」っていうのがわかったんだけどさ。


 ちなみに、この曲は、このころ、TBSの水曜日21時〜放送してた、ドラマ「ムー」の挿入曲だったんだよね。
 巨匠、久世光彦氏プロデュースの話題作っていうかさ。 久世氏っていうと、それ以前の「時間ですよ」などでもそうだったけど、ドラマの中で挿入曲を「生唄」として扱って、それをヒットさせちゃう・・・っていう演出手法があったじゃん。
 「時間ですよ」からが、浅田美代子の「赤い風船」などのヒットが出てきたわけだけど、「ムー」からは、これなんだよね。
 で、次の「ムー一族」からは例の「林檎殺人事件」・・・と。

 いずれにしろ、このころ、長く、20数万枚止まりが続いていた郷ひろみにとって、3年ぶりの40万枚ヒットってのが、この曲だったわけで、当時、いかに、この曲が人気があったか・・・ってことなんだよね。

 もっとも、この曲、「お化けのロック」単独ではなく、「帰郷」って言う曲との両A面扱いでリリースそれたわけで、どちらの曲ともに支持されたんで、いつもより売上げが多くなっているっていうのもあるんだけど・・・。

 それにつけても、なんで、この曲が人気があったか・・・っていうと、やっぱ、それまでの、郷ひろみのイメージが、いい意味で「壊れた」ってところだろうなぁ。

 うん、郷ひろみっていまでも、そういう部分があるけど、「孤高」のエンターティナーっていうイメージがあったのよ。ストイックというかさあ。
 
 そういうイメージが壁になっていたのか、それまでの3年間、いわいる新御三家と言われた、西城秀樹、野口五郎の中では、一番、レコード売上げはぱっとしなかったのよね。安定はしてたけど。
 (今となっては、ちょっと信じられないけど・・・。ちなみに、当時、3人の中で一番レコードを売ってたのは、野口五郎なんだよね。 これも、今となっては信じがたいことだけど・・・。 最も、この頃を境に失速しちゃったんだけど・・・。)


 で、 そこに来て、いきなり「三枚目」な部分を出してきたわけだから、これは意外だったわけだよねぇ。予想外な展開っちゅうわけで。

 まあ、それを引き出したのが、久世光彦氏であるわけだけど、それ以上に、この曲の相棒となった、樹木希林さんの影響がでかかったようなんだよね。
 プロとしての「三枚目」を教わったのは、樹木希林さんっていまでも公言してるくらいだから。

 いずれにしろ、この曲で、郷ひろみの新たな一面を開拓できたってのは、大きかったろうねぇ。
 
 さいきん、この手の曲、全くやらなくなったけど、また、やればいいのにねぇ。なんかのタイミングで。


 ちなみに、この曲の作家陣は、作詞 阿木耀子、作曲 宇崎竜童、編曲 萩田光雄・・っていう、もろ山口百恵な布陣。

 でもね、この曲の頃、ちょうど、山口百恵は、さだまさし、作詞作曲の「秋桜」を歌ってたんだよねぇ。

 ・・・・ということで、体が空いた、阿木耀子、宇崎竜童は、こっちを担当した・・・ってことなんだろうね。

 これも、山口百恵、郷ひろみ、両人を手がけていた、酒井政利氏だから、なしえた「ワザ」というところですかね。




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How manyいい顔 / 郷ひろみ

1980_09_How manyいい顔_郷ひろみ






今回の1曲セレクトは、「How manyいい顔」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル    How manyいい顔
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞      阿木耀子
・作曲      網倉一也
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1980年7月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   29.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間;1980年9月8日〜10月27日付
・タイアップ:カネボウ「80年秋のキャンペーンソング」

 のっけから・・・。
 久々に、化粧品のキャンペーンソングを引っ張ってまいりましたわ。

 郷ひろみ 「How manyいい顔」

 いや、まてよ・・・。この曲が化粧品のキャンペーンソングだったこと、意外と忘れているヒトも多いんじゃないかなぁ。

 化粧品のキャンペーンソングっていうと、兎角、ニューミュージック系で、「ナウイ」(←死語!)感じの曲が多かったじゃん。

 うんにゃ、でも、この曲は、ちゃーんと、カネボウ化粧品の「80年秋のキャンペーンソング」だったのですぞ。
リリース日は、7月21日と真夏だったのに、「秋」のキャンペーンソングだったんだよね。そのためか、リリースから暫くは、それほどヒットしなかったんですよ。チャートが上昇してきたのが、リリースから2カ月たった今頃なんだよね。
 当時は、まだ「アイドル」に属していた、郷ひろみとしては、ちょっと珍しいチャートアクションを展開した曲なんだけど、やっぱ、これもキャンペーンソングとして、大量O.Aされだした効果だったんだろうなぁ。
 
 80年代も中盤になって来ると、化粧品キャンペーンソングも「アイドル系」が目立ってくるようになってたけど、この当時・・・80年代初頭まで、それまでアイドルポップス系のタイアップはなかったんだよね。

 うん、この曲が、それまでの「禁」を破って、初めてアイドルポップス系で化粧品キャンペーンソングになったんだわさ。

 なぜ、アイドル系は化粧品キャンペーンソングはなかったか・・・っていうと、理由は簡単で、それまでアイドル系は、「オトナ」が聴くような音楽ぢゃなかったわけよ。
 対照は、小中高校生ってわけで、まだ、化粧する年でもなかんべ・・・ってことで、まず、タイアップも来なかったんだろうね。

 でも、80年くらいになると、70年代アイドルの魁ともいえる「新御三家」のファン層も、そろそろ二十歳を超えてきて・・・っていう年齢に当たってきて、そろそろ化粧品も・・・と考え出す年頃だろう・・っていうマーケティングの結果なんだろうけどさ。。

 ・・・いやいや、マーケティングなんていう、大げさなもんでもなく、自然の成り行きを考えれば、大体わかるか。。


 ところで、この曲、個人的にも、当時の郷ひろみの曲としては好きだったんだよなぁ。
 ・・・っていうか、前にも何回か書いてるんだけど、当時、郷ひろみの曲って、総じて、好きじゃなくてさぁ・・・。

 うー、まあ、理由はよくわかんないんだけどさぁ・・、生理的にっていうかなぁ。。

 でも、この曲だけは、別格でしたね。これまた、なんで? って言われると、理由が書けないんだけどさぁ。。

 その証拠に、当時、「ザ・ベストテン」から録音したテープに、この曲だけ入ってたりする。。あせあせ


 歌詞がシャレてたからかなぁ。 やおら

♪処女と少女と娼婦に淑女〜 ♪ 

だもんなぁ。。

 いやいや、これは、阿木耀子女史ならではな界だよね。ぶっとび・・ってかんじで。。

 普通、女のヒトの作詞家から。処女とか娼婦・・なんてコトバはなかなか出てこなかったよ、当時は。
 まあ、80年代もちょっとたって、三浦徳子女史が、そういう、コトバも使うようになってきたけどさあ。

 それと、やっぱし、網倉一也氏のメロディラインだよね。

 このヒトのメロディラインは、バタ臭くない程度に、程よくアメリカナイズされているっていうか、ポップスの王道を感じるんだよなぁ。
 
 うん、少なくとも、日本的なメロディラインを書く人ではないよね。

 例えば、筒美京平氏なんかは、もっとバタ臭いと思うんですよ。

 でも、網倉氏の場合は、そこまでバタ臭くない。 けど、日本的でもない。。
 そんな中間的なニュアンス・・・っていうのかなぁ。 聴いて、すっと入ってくるような軽いメロディラインがいいんだよなぁ。

 たぶん、これが、70年代と80年代の違いだと思うんだよね。 今考えると80年初頭って、軽いもの、全体的に曲調が。
 いや、それがいい時代だったのよ。 そういうときに出てきたヒトが、網倉氏だったってことで、やっぱ、時代の波にのったんだろうな。


だけどさあ、曲の良さにくらべて、この曲のジャケ写はさぁ・・・。

 時期的に、「カーリーヘア」にしてたころの郷ひろみなんだけど、絶対、似合わねーよなぁ。

 どーなんだろ? ファンからも不評だったのかねぇ? すぐ止めたもんね。




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哀愁のカサブランカ / 郷ひろみ

1982_09_哀愁のカサブランカ_郷ひろみ






今回の1曲セレクトは、「哀愁のカサブランカ」郷ひろみです。

 まずはデータです。

・タイトル    哀愁のカサブランカ
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞      B.HIGGUNS S.LIMBO J.HEALY   
・作曲      B.HIGGUNS S.LIMBO J.HEALY
・日本語詩   山川啓介
・編曲      若草恵
・リリース日   1982年7月17日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   50.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1982年8月2日〜10月11日付

 えー、長年ヒット曲を聴いてくると、ヒット当時はキライだったけど、今は・・・って言う曲が結構あるもんなんですよね。
 まあ、自分の置かれる立場とか、周りの環境、年齢によって、同じ「曲」でも違って聴こえるから、これが不思議なもんなんだよね、音楽の力って。

 そういうことで、今回は、ヒット当時、「大っきらい」だった曲を引っ張ってきました。

 郷ひろみの「哀愁のカサブランカ」。

 今になって考えると、なんで、キライだったのか? って感じなんだけど、生理的に合わなかった・・・としか言いようがないんだよなぁ。当時は、なんだか、郷ひろみってヒトの曲と生理的に合わない曲が多かったんだよね。

・・・ってこれ、前にも書いたけど・・・。

 それと、当時の自分の置かれた立場、環境もあって、この寂しい、濡れた感じがとてつもなく嫌だった・・・って所もあるかな、今思えば。

 決して、この曲から「ザ・ベストテン」や「トップテン」などのベストテン番組の出演を拒否したからぢゃないな。

まあ、それが一番手っ取り早かったから、当時は、そのせいにしてたところもあったけど・・・。


 ただねぇ、「キライキライも好きのうち」って言うのかなぁ・・・。なんか、いつも心のどこかに引っかかっていたものはあったな。なんかの折に、つい、頭の中にこの曲が浮かんできちゃったりして・・・。

 あ、これは、次の「黒い瞳のナタリー」の時もそう。表面上はキライだったの。あまりに悲しすぎるじゃん。曲が。
 当時の精神状態から言って、その手の曲はダメだったのね。でも、頭の中のどっかに常に、メロディが残っているような感覚があってさ。

 今思うと、本当は好きだったんじゃないか・・・なんて思うんだよね。

 まあ、今でもそうだけど、典型的な天邪鬼な性格なんだなぁ。自分に素直になれない部分があるっていうかさ。

 うん、この曲、聴くと、そういうところをいつも感じますよ。

 もちろん、今は、全然平気なんだけどね、この曲聴くことに関しては。逆に大人になったからは、いいもんね、この曲。
 カラオケでも歌っちゃいますよ。

 まあ、当時13才。まだまだ 大人向けの「渋さ」を理解できなかったところも確かにある。


 ところで、なんで、突然、この曲をカバーすることになったのか・・っていうところ・・・。
 それまであんまりカバーしてこなかったヒトだったからさ(75年の「バイバイベイビー」(by ベイシティローラーズ)くらい?)

 当時は、当然レコード会社からの持込みだと思ってたの、ずっと。
 オリジナルのバーティヒギンズの「カサブランカ」もCBSソニーからリリースされていたからさ。

 でも、実際は、ニッポン放送の はた金さんがバーティヒギンズの「カラブランカ」の大ファンで、放送で使いたいから、試しにレコーディングしてよ・・・って依頼されて録音したところ、「お、いいね!」ってなって、急遽、リリースされたようなんだよね。

 もちろん、ここまでの大ヒットになるとは、誰も思ってなかったらしい。
 だから、本人も、周りの人も 「棚からボタもち」状態だったようなんだよね。

 ま、ヒットが生まれる時って往々にして、そういうことがあるけどさ。

 ただ、これをきっかけにして、カバー付いちゃった郷ひろみ にもなっちゃったんだけどさ。

 まあ、今となっては、カバーでくらいしかヒットが出なくなっちゃったから、それもいいのかもね。




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もういちど思春期 / 郷ひろみ

1981_09_もう一度思春期_郷ひろみ






今回の1曲セレクトは、「もういちど思春期」郷ひろみです。

 まずはデータです。

・タイトル   もういちど思春期
・アーティスト 郷ひろみ
・作詞     三浦徳子
・作曲     小杉保夫
・編曲     井上鑑
・リリース日  1981年8月8日
・発売元    CBSソニー
・オリコン最高位 12位
・売上げ枚数  15.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1981年9月14日〜9月21日付

郷ひろみの曲も、これまで大分書いてきた・・・と思うんだけど・・・(いや自信ないな。。)、今回セレクトしてきた曲は、ちょこっと「死角」に入った曲・・・かもね。

「もう一度思春期」

えーと、前回の井上陽水「ジェラシー」に続いて1981年の今頃の曲だけどお許しあれ。
この曲の前が、あの「お嫁サンバ」でもあったし、まだ、チャートの上位常連ではあったけど、オリコンではベストテン入りを逃しているんだよね。それいえに、忘れられてる1曲なんじゃないかなぁ。

ただね、この間、「twitter」でもつぶやいたんだけど、この曲ってさ、いつ聴いても「ヘン」なんだよなぁ。。なんて、やおら書いてみたりしてふらふらふらふら

 いやいや、まあ、悪い意味では必ずしもないんだけど、どうも、イメージが散らばりがちなのよね。一貫性がないというかさあ・・・。
 まずもって、イントロからして、なして、こんなイントロが付いてんだろ? っていうのが摩訶不思議に思ったりして。。。

 詞の内容から、一見して強気なのかなぁ・・・なんて最初は思うんだけど、サビになるといきなり

 ♪抱いてやる今夜〜 ♪

 でしよ。なんだ、強気なふりをして、結局は「ヤリタイ」んじゃん・・・なんて思えたりしてふらふら

 まあ、その場その場で気持ちが変わる・・・でもって、最終的には「ヤリタイ」のよ〜・・・っていうところが、「思春期」なんでしょうな。ムリヤリ解釈すると。。



 それはそうと、この曲といったら、なんと言っても、郷ひろみにとって、「ベストテン番組」には最後の出演になった曲・・・っていうイメージが強いよなぁ。ベストテンマニアにとっては。

 あ、いや、今となっては、曲そのものは「インパクト」が弱い・・というか、ジミなイメージしかないんで、一般には、ほぼ完全に忘れ去られた曲になっちゃっるけどさあ。

 うん、実際は、この次の年の「哀愁のカサブランカ」でいきなりベストテン番組出演拒否なんてやらかしたもんだから、結果的にこの曲がベストテン番組最後の出演曲になってしまったんだけどね。

 うーん、この曲から1年間の間に、郷ひろみに何が起こったんでしょうねぇ・・・。



 まあ、今、考えてみれば、事の発端は、この曲の前の「お嫁サンバ」から始まってたんじゃないか・・・とも思えたりするんだよね。
・・・・っうのも、当初、当の郷ひろみ自身、「お嫁サンバ」って曲が大っきらいで、絶対に歌いたくない・・・とストライキ状態だったんだよね。
 そこを、当時、担当ディレクターだったCBSソニーの酒井氏が、うまくなだめて、結局はリリースすることになったんだけど、おそらく、当時、郷ひろみ自身は、心の底から納得はしていなかったんだと思うんだよね。
(後年、「お嫁サンバ」があるから今があるのような言い方もしてるし。。。)

 そのことが発端となって、作られるアーティストから、自らをプロデュースするアーティストへ・・・っていう心変わりに繋がって行ったんじゃないか・・・なんても考えられるんだよなぁ。

 事実、この「もう一度思春期」を境にして、曲想が変わっていったんじゃん、郷ひろみって。
 それこそ、それまでの「作られたアーティスト」っていう感じの曲から、自分で魅せていくっていうかさあ、セルフプロテュースしていってる感じの曲にさあ。
 もちろん、曲そのものを自分で作っていったわけじゃないけど、歌わされているっていう感じは消えて行ったような気がする。

 この曲は、ちょうど、その「端境期」にあった曲のような気がするな。




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