かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

財津和夫

ハロー・レディ / 島田奈美

1987_11_ハローレディ_島田奈美

今回の1曲セレクトは、「ハロー・レディ」島田奈美です。

まずはデータです。

・タイトル     ハロー・レディ
・アーティスト   島田奈美
・作詞       松本隆
・作曲       財津和夫
・編曲       西平彰
・リリース日    1987年11月11日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数  3.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 21位
・タイアップ:TBS系アニメ「レディレディ!!」挿入曲

12月です。速いもんですねぇ。今年も後1カ月弱ですわ。今年は一体何やってきたんだろ? 
・・・なーんもやんないまま、1年が過ぎたような気がするなぁ、あーあ。
なんて、ブルーな気分が仕切り。。。

さてさて、気を取り戻し・・・。

ここのところ、直球気味のセレクトが多かったような気もするんで、今回はちょっと変化球気味の1曲セレクトにしましょうかねぇ。

島田奈美さんの「ハロー・レディ」。

どうなんだろう? この曲、覚えてらっしゃる方ってどの位居るんだろ? ちょっと自信ない。
曲云々の前に、島田奈美さんを覚えてらっしゃる方がどのくらいいるんだろ? っていうのも不安だったりして。。

前年86年デビュー組の、80年代アイドルの一人だった訳だけどさ、86年デビュー組のアイドルって、アイドルとしては粒が小さいんだよな、全体として。

まあ、少年隊が86年組デビュー組ではあるけど、少年隊だけがずば抜けてて、あとはその他大勢・・・って感じだったしな。。。  
いや、それ以前に、少年隊が86年組っていうイメージも少なかったんだけどさぁ。レコードデヒューする5年も前からテレビのレギュラー持ってたし。

それに86年って言うと、どうしても、おニャン子抜きにゃ成り立ってなかったしねぇ、アイドル界も。

よく80年代アイドルについては、おニャン子以前、おニャン子以後・・・って言う言い方をするけど、それは、おニャン子以後のアイドルは、個々として粒が小さく、それぞれが霞んで見える・・・って言うイメージが強いからなんだよね。それがあたかも地盤沈下を起こしたように、ワタシ的には思えたりしてさ。 

そんな中の一人が島田奈美さん・・って訳で。 ワタシも正直、ずーっと眼中の外だったんだよね。

確かにベストテンギリギリって言うラインで「ザ・ベストテン」にも何曲かランクインした。 その点は、86年の中でも上位人気だった・・・って事なんだろうけど、それで如何せん、ベストテン入りも1週が良いところであっという間にランクから消えちゃうようなチャートアクションを繰り返してた訳で、だから、曲を覚える暇もなかったんだよな。

ま、そう言う事で良いも悪いも、全然分かんなかったっていうのが、本音のところなんだよね。

今回引っ張ってきた、「ハロー・レディ」って曲は、デビュー2年目の 87年11月にリリースとれた曲ですわ。

この曲も1週だけだけど、「ザ・ベストテン」にランクされた。それで辛うじてタイトルは覚えてたんだけどさ、全体的な曲もよく覚えてなかったんだよな、30年近くずーっと。

恐らく、何もなかったら、このままずーっと記憶の外のままだったんだろうなぁ・・と思うんだけどさ。

今年の頭、この1曲セレクトを書くのに、たまたまYOU TUBE見てたら、島田奈美さんの「Free Ballon」が出て来て、冷やかし半分見てたら、これが結構、引っかかっちゃたんだよな。。。

30年前は、ほとんど引っかからなかったのなぁ。 人間の心境の変化は何が起こるか分かんない。

まあ、確かに30年前、「Free Ballon」がリリースされた17才の頃は、全然曲の聴き方も浅かったしな・・ってのもある。

とりあえず、ルックスは可愛いけど、ウタはヘタだよな・・・ってくらいの聴き方だったしさ、だから、肝心の曲まで耳に行ってなかったのはある。

でも、ちゃんと聴くと、結構、引っかかりがあるんだよな、メロディラインが。 それで、今年に入って、超遅ればせながら、改めて掘り返りしてたり、ワタシなんですわ。

今回の「ハロー・レディ」っていう曲、作家陣として、作曲者は「Free Ballon」が林哲司氏だったのに対して、この曲は財津和夫氏・・・っていていう違いはあるものの、全体的な曲調のイメージは、大きく変わっていない。

なんていうのかなぁ、当時のアイドルでも希薄になりつつあった「清楚」っていうイメージかなぁ。

おニャン子以後のアイドルって、より「隣の席の○○さん」って言うイメージに加速がついた、つまりは、より親近感があるような存在だったじゃん。 まあ、それがスター性を失わせ粒が小さく見える最大の要因だったんだけども。 で、となりの○○さんって言うイメージは、同時に神秘性も失わせていったわけで、「清楚なお嬢様」って言うところも無くなってきてたんだよね。

この島田奈美さんも、たしかに隣の「○○さん」って言うところはあるんだけども、たた、ちょっと違ったのは、当時に清楚なお嬢さんって言うイメージも、この頃の曲にはあった。

おそらくは、最近改めて聴いて、その辺を感じちゃったんじゃないかなぁ、ワタシ。

つまりは、80年代アイドルでも、曲のイメージは、おニャン子以前・・・って感じの曲なんだよね。具体的に言えば82〜83年っていうイメージなのかなぁ。

でも、そこがプロデュースしていた松本隆氏の狙いだったのかもしれないし、だから、作曲者も、この曲のように財津和夫氏であり、林哲司氏だったのかもしれない。

具体的に言えば、松田聖子さんフォロワーっていうのを狙っていなのかもなぁ、松本隆氏は。 そんな感じも今となっては受けるな。

でも、松田聖子さんフォロワーはなれなかった・・・っていうのは歴史がモノがったっている訳で・・・。
それ以前に、この「ハローレディ」以後は徐々に尻つぼみになって行く。

以前はね、↑で書いたように、単純に、ウタが下手だったから伸びなかった・・・って言う印象があったんだけども、でも、同じ86年組で、同じくウタが下手だった、西村知美さんは、未だにゲ―ノー界に残ってたりするからねぇ。
その辺も時代のアヤというか、摩訶不思議なとこではあるんだけども。。。。

一見、島田さんの方が芯が強い・・というか我が強そうな印象はあるんだけども、実際はトローンとしてイメージの西村知美さんの方が我が強かった・・・って事なんだろうなぁ。





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銀の指輪 / チューリップ

1974_03_銀の指輪_チューリップ








今回の1曲セレクトは、「銀の指輪」チューリップです。

まずはデータです。

・タイトル     銀の指輪
・アーティスト  チューリップ
・作詞       財津和夫
・作曲       財津和夫
・編曲       チューリップ
・リリース日   1974年1月20日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数  13.5万枚

えー、1曲セレクトを書くために毎日タイムスリップしてる気分になってるワタクシですが、今回は、またまた70年代へ遡って来ましたわ。
 昨日は80年代を代表する「バンド」って感じで「チェッカーズ」だったんで、今回は70年代のバンドの代表選手と言う感じで「チューリップ」なぞ一つ。

うん、これまでもチューリップの曲はちょぼちょぼ書いたんだけど、今回は74年の「銀の指輪」でいきましょうか

と、言っても、この曲がヒットしてた74年の今頃というと、ワタクシは4才。 当然、リアルタイムでは聴いてなかった・・・・・ハズなんだけどもね。 この曲、初めて聴いた時、妙に懐かしかったんだよな。無意識のうちにどっかで聴いてた様な・・・。

当時と言えば、個人的には「アルプスの少女ハイジ」だったはずなんだけどなぁ。。。。

ま、たしかに、この曲自体、どこか懐かしい曲調だしな。 ビートルズっぽくもあり、モンキーズっぽくもあり・・・兎に角60年代のバンドサウンドをいろいろと混ぜこぜしたようなサウンドなんだよね。

だからなんだろうねいつか何処かで聴いたような・・・になんて思えたのは。 
いつかも書いたけど、当時、うちのオヤジは、日本の曲より向こうの曲の方が好きで、カーラジオからは、いつもこの手の60年代サウンドが流れてたんだよね。だから、ワタシ的にも無意識のうちにこの手のサウンドが染み込んでたりするんですよ。

ちなみに、ビートルズフリークのチューリップって言うのは有名だけど、この曲を含め、同時にリリースされたアルバム「TAKE OFF」はロザンゼルス録音。

ま、この「銀の指輪」のシングル盤のジャケットにもハリウッド・サンセットスタジオ録音って書いてありますな。

だからなのか、この頃のチューリップにしては珍しく、音が濡れてない。カラッと乾いてるんだよな。その辺りもこの曲の特徴かもしれない。


ボーカルは、「心の旅」以来続いての、姫野達也氏。 うむ、チューリップというと、財津和夫氏のボーカルって真っ先に浮かんできちゃったりもするんだけど、初期は姫野氏の方がリードボーカルは多かったですよね。

でね。姫野氏のボーカルを聴くと、ボーイソプラノっぽいよなぁ。甘い声っちゅうのかな。
今でいえば、「草食系」っぽいんだよね。

最近はバンド系も「草食系」のナヨッとした声質のボーカルが多いけどさぁ、そうみるとこれは今に始まった事じゃないんだよね。
 考えてみれば、チューリップと同時期でも、NSP とか ふきのとう とか、BUZZ とか、ボーイソプラノっぽい今でいう「草食系」っぽいボーカルが結構いたんだよな。

でもなんで何だろうねぇ、当時のボーイソプラノ系のボーカルって気持ち悪くないんだよなぁ。
今の「草食系」のボーカルって、なんかさあ、気持ち悪りぃんだよな。「ちゃんとメシ食って、腹から声出さんかい」なんていいたくなるんだよねぇ。




出来れば、ヒット当時の映像があればベストなんだけど、何分42年前だしな。 それでなくても当時は、ほとんどテレビで演奏してなかったろうしね。2008年のNHK「SONGS」でメンゴ。
それでも、7年経過してるんだよね。 その間、一昨年には動画では映ってる、リードギターの安部俊幸氏が亡くなってしまいましたね。 



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野ばらのエチュード / 松田聖子

1982_10_野ばらのエチュード_松田聖子






今回の1曲セレクトは「野ばらのエチュード」松田聖子様です。

まずは、データでーす。

・タイトル    野ばらのエチュード
・アーティスト  松田聖子
・作詞      松本隆
・作曲      財津和夫
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1982年10月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   45.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年11月1日〜12月27日付
・タイアップ:江崎グリコ「ポッキー」CM曲

 先ほどの田原俊彦も先週書いたばっかりだったのに、今回も、またまた先週書いたばっかの松田聖子様です。

今回は「野ばらのエチュード」。

 この時期の松田聖子って言ったら、1年前、1981年の「風立ちぬ」の方が有名なのかなぁ。 ま、先週書いた曲ですね。
 で、同じくグリコの「ポッキー」のCM曲ではあったけどさ。

 でも、個人的には、「風立ちぬ」よりは、この「野ばらのエチュード」なんですよね。

 なんか、ほっとするんだよね。 この曲。 「風立ちぬ」は、どっか落ち着かないんだよなぁ。聴いてて。
 たしかに大滝詠一大先生のつくる完璧な「世界」はマッチしているとおもうけど、どこかちょっとくどい気もするんだよなぁ。
 それと、この曲の前後って松田聖子ってノドにポリープができて、声がガラガラだったじゃん。 それがこの曲の声質にも反映されていて、曲は優美な世界観なのに、ハスキーしすぎてねぇ。。。

 それに比べると、この曲は落ち着いて聴いてられる。曲から見えるイメージは、「風立ちぬ」と変わらず、秋そのもの(紅葉とか、公園の落ち葉がひらひら舞っている瞬間とか)なんだけど、曲の「軽さ」が違うんだよね。安心して聴いていられる軽さというかねぇ。

まあ、賛否両論あると思うんだけど、個人的に財津和夫が作った松田聖子の世界観っていうのは好きなんだよね。
 いろいろなニューミュジックアーティストがプロデュースしている松田聖子の曲だけど、一番、安心して聴いてられるっていうかなぁ。メロディラインの素直さが松田聖子にはあっていたと思うんだよね。
 ま、まさか、同じ九州出身というわけでもないんだろうけど。

 松田聖子の場合、独特のハスキーがかったキャンディボイス・・・・声質で勝負するアーティストだったから、メロディラインはそれほど重要ではないんだよね。
 いかにこのキャンディボイスが生きるかが勝負なわけで。

 その点 この曲の出だしサビの

♪トゥルリラー トゥルリラー 風に吹かれてー 知らない街を旅してみたい 〜 ♪

の部分は、伸びやかなメロディラインがうまく、そのよさを引き出しているんではないかなぁ。 
 

話は変わるけど、この曲は、松田聖子9作連続の1位獲得曲でもあるんだよね。
 この曲でそれまで、ピンクレディーがもっていた9作連続1位獲得曲数に並んだわけだ。
 もちろん、当時の松田聖子にとっては単なる通過点に過ぎなかったわけだけども、当時はいろんなマスコミで騒がれていましたよねぇ。
 精神的には随分、疲弊していた時期なんじゃないかなぁ・・とは思ってたりしますけどねぇ。

このジャケ写が一番、松田聖子らしく「ブリッ子」な雰囲気がにじみ出ているかな。個人的にはキライぢゃないんだけどさ。



ポッキーのCMと共にどうぞ。



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雨のハイスクール / 芳本美代子

1985_09_雨のハイスクール_芳本美代子






今回の1曲セレクトは、「雨のハイスクール」芳本美代子です。

まずはデータでーす。

・タイトル     雨のハイスクール
・アーティスト   芳本美代子
・作詞       松本隆
・作曲       財津和夫
・編曲       大村雅朗
・リリース日    1985年9月11日
・発売元       テイチク
・オリコン最高位  15位
・売上げ枚数    4.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 17位
・タイアップ:グリコ「コロン」CM曲

えー、昨日の帰宅時電車の中で聴いてたBGMは、1985年の今ごろのアイドルの曲だったのどえす!
まあ、ウォークマン越しとはいえ、いい年したオッサンが電車の中で、アイドルの曲を聴くってのは、少し勇気が要りますけどね。でも、一時の「恥じらい」からは、大分気にならなくなってきましたけどね、周りの「目」ってやつも。

 でね、この曲聴いてて、思わず「かんどー」しちゃったのですよ。

  いい曲ぢゃん!

 いや、これホント、お世辞抜きで。

 うーん、どうして、1985年当時、もっとちゃんと、この曲聴かなかったんだろう!? ワタシ。後悔しきり。。


 松本隆のめっちゃ、繊細と胸キュンもの(←死語!)の詞。文句のつけようのない、いかにも財津和夫のキャッチーなメロディ。
 そのなかでも、一番いいのは、大村雅朗氏のアレンジですね。
 この胸が締め付けられるような胸キュンキュンものの、淡い味付けのアレンジは、この季節には最高だよね。
 奇しくも、今日のような曇天、時折雨の涼しくて、寂しい秋の日には、この曲がとってもよく似合うんだよね。

松田聖子の「SWEET MEMORIES」からしてそうなんだど、秋の日の刹那さを表現させたら、大村雅朗氏のアレンジの右に出る人はいないんぢゃないかなぁ。

 ま、タイトルからして、からっとした秋晴れのような曲ではないことはよくわかるんだけどさ。

 それでも、46歳のオッサンをキュンキュンさせちゃうアレンジは、これは「職人ワザ」ですよ。

 まあ、この寂しい雰囲気は、今の精神的な気持ちとシンクロしているんで、余計キュンときちゃうのかも知れないけど。。
 ウタってそういうところ敏感に感じるもんね。

 しかし、このお三方の曲というと、松田聖子の「白いパラソル」なわけで・・・。

 ぢゃ、なして、この曲は、こんなに売れなかったの?  って感じなんだよねぇ。

 いや、今聴くと、絶対、もっと売れてもしかるべき曲だとおもいますよ。絶対。

 ほんと、当時のアイドルポップスの水準からしても、見劣りしないですもんね。

 
 うーーん、やっぱり、テイチクっていうところなのかなぁ。。それとも、ミッチョンのボーカルのせい?

  たしかに、ボーカルの線はやや細い気もするし、そのせいでインパクトがやや逃げている気もする。

 
 たださ、最近、後に残るエバーグリーンな曲をいろいろ探しているんだけど、個人的には、この曲も後々に残したい曲だなぁ。

 だれかアイドルな方カバーしませんかねぇ? ただ、イメージからして、清純派アイドルぢゃないと、似合わないですけどね。。 最近のアイドルは「イロモノ」が多いからなぁ。




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虹とスニーカーの頃 / チューリップ

1979_09_虹とスニーカーの頃_チューリップ






今回の1曲セレクトは、「虹とスニーカーの頃」チューリップです。

 まずはデータです。

・タイトル    虹とスニーカーの頃
・アーティスト  チューリップ
・作詞      財津和夫
・作曲      財津和夫
・編曲      チューリップ
・リリース日   1979年7月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   42.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1979年10月1日〜11月19日付


 いや〜、今までチューリップの曲は、何曲か書いてきてたんだけど、まだ、この曲を書いてなかったんだねぇ。。

 「虹とスニーカーの頃」

 ちょっと迂闊だったな。 なにせ、チューリップとしては、あの「心の旅」に次ぐ、ヒットの曲だもんなぁ。


 うーん、今の時期になると、頭のどこかで、書こう書こうと思ってたんだと思うけど、いつの間にか忘れてたんだな。

 でも、ま、丁度いいや。 ここのところ、ニューミュージック系でベストテン級の曲を暫く書いてなかったからなぁ。 

 この曲を初めて聴いたのは、いつだったろ? 少なくともヒット当時ではなかったな。
 ・・・っつうのも、当時、チューリップってテレビに出なかったじゃん。1979年当時、ヒット曲を「仕入れる」情報源っていったら、ワタシの場合、「ベストテン」だけだったからさあ。
 テレビに出てくれないと、自ずから、曲を知らないまま・・・になってたのよ。


 うーん、初めて聴いたのは、いつだったろ? ちょっと忘れたな。
 少なくとも、千葉に越してきて、ラジオ小僧になってからだよなぁ。

 でも、レコードは、かなり昔からウチにあるから、なんかのラジオで聴いたんだろうね。。

 なんかさ、この曲って、のっけから、引っ掛かりがあるメロディに「情報」がいっぱい乗っかった、感じの曲になってるじゃん。


 ♪ わーがまーまーはー (Drum ドドド ドド ドド) (Chorus オーオーオー)
おとこのー つみー  (Drum ドドド ドド ドド) (Chorus オーオーオー) ♪

 みたいなさあ。

 なんか、そんな曲の作りが面白かったんだよな、きっと。 いや、今でも、ここのサビの部分は、好きですよ。

 兎に角、引っかかってくるじゃん。 

  まあ、それより何より、この曲ってさ、1979年の香りがいっぱいなのよ。

 うん、1979年の香りってどんな香り? って具体的に言われると困っちゃうんだけどさあ。

 うーん、なんていうのかなぁ・・・、とにかく70年代の香りよ。

 まだ、洗練されきってない・・・けど、音楽への情熱は伝わってくる・・・みたいな。

 うん、商業的じゃないんだよね。かといって、ゲーノー的でもない。
 自由な雰囲気っていうのかなぁ・・・。





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心の旅 / チューリップ

1973_08_心の旅_チューリップ






今回の1曲セレクトは、「心の旅」チューリップです。

まずはデータでーす。

・タイトル    心の旅
・アーティスト  チューリップ
・作詞      財津和夫
・作曲      財津和夫
・編曲      チューリップ
・リリース日   1973年4月20日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   51.4万枚
・ベストテンランクイン期間:1973年7月30日〜10月15日付

 さて、今回セレクトした、この「心の旅」、まあ、もう、知らないヒトはほとんどだれれもいないですよねぇ?
 それだけ、すでに日本のヒット曲史上としてもスタンダードだと思うし。

 おもわず口ずさんじゃいますもんね。

♪ あー、だから今夜だけは君を抱いていたい
  あー 明日の今ごろは僕は汽車の中 〜 ♪


この8小節のサビは、すでに永遠のものですわ。


でも、本人たちは、これが出るまでは結構苦労したようですよね。この曲はチューリップにとって3枚目のシングルなんだけど、前2枚は期待されていた割には、ほとんどパッとせず、リーダーの財津和夫は、この曲が売れなかったら、故郷の博多へ帰ろうと思ってたらしいですしね。

 最後のヤケクソではないけど、一か八かでリリースしたのがこの曲らしいですわ。
 ある意味「賭け」だったようだけど、そのあとの活動が物語っているように、その「賭け」に勝ったわけだよね。

 ただ、火がつくまではかなり時間がかかったわけで・・・。

 この曲のリリースは、1973年4月20日。もちろん、当時は売れっ子アーティストなんかではなかったチューリップだったから、充分なプロモーション宣伝費が付くわけでもなく、全国キャンペーンを展開して、足で稼いだヒットだったようですね。

 ・・・ってかくと、とても浪花節のせかいなんだけど、昔も今も売れるまでは大変だったようなんでよねぇ。

 それいえ、ヒット傾向も自ずからジワリ上昇型ヒットとなるわけだけども。

 でも、その成果が実って、リリースから約5ヵ月後の9月10日〜17日付で1位獲得の大ヒットになかったんだよねぇ。

リリース後5ヶ月かかっての1位だからねぇ。。ま、いまではあんまり考えられないパターンだよね。

 でも、これもヒットチャートの醍醐味のひとつなんだけどねぇ。


 その後の、チューリップの活躍は、これまで何回か書いてきた通りなんですわね。

 それでも、やっぱり原点はこの曲に行きつくという事には絶対に変わりえないことなんだけどさ。



テレビ神奈川の伝説的なミュージックプログラム「ヤングインパスル」から。
この曲は、他にも動画、結構落ちてるんだけど、ヒットの「原点」を考えると、ヤングインパルスは、外せないよな・・・ということで、この動画を。
 それにしても、よく、こんなVTR保存してましたよねぇ。 前から書いてるように日本のロック、ニューミュージックシーンの歴史を語るには欠かせない番組なわけで、是非、VTRは保存して欲しいなぁ。



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白いパラソル / 松田聖子

1981_07_白いパラソル_松田聖子







今回の1曲セレクトは「白いパラソル」松田聖子です。

 まずはデータです。

・タイトル    白いパラソル
・アーティスト  松田聖子
・作詞      松本隆
・作曲      財津和夫
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1981年7月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   48.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1981年8月3日〜10月5日付

 さて、今回は、久々に思いっきり「メジャー」な曲を持ってきましょうかねぇ。

 松田聖子の「白いパラソル」

 この曲は、松田聖子のデビュー曲から数えて、6枚目のシングルだけど、ここに来て、初めて松本隆が作詞の布陣に入ってきたんだよね。
 でまあ、その後ずっと「松本印の聖子ブランド」が続いていくようになるわけだけど。。。

そういえば、件の松本隆、作詞家生活45周年記念のトリビュートアルバム「風街であいませう」では斉藤和義、サントリーオールフリーのCMでは奇妙礼太郎っていうひとが、相次いでカバーしたりして、なんか「白いパラソル」づいてる最近ですな。 

 ただね、この曲については、当初はあんまりいい曲とは思わなかったな、個人的には。
 この前の「夏の扉」までのような、新鮮さっちゅゅうの・・・それこそ歌詞じゃないけど「フレッシュ フレッシュ フレッシュ」っていう感じがしなかったのよ。
 否、この曲に限ったことではなかったけど、最初は、「あー今度は、いい曲じゃない」ってずっと続いたような気がする。松田聖子って。

 まあ、口を酸っぱくして書くけど、このヒトの曲は、聴きこんできて、いいところがわかってくるって感じなんだよね。だから、新曲として最初に聴くと、どうも今ひとつピンとこない曲が多かった気がするんだよね。

 その曲も最初は、こんな「ボー読み」のようなメロディの歌詞、売れっこないわ・・・なんて思ってたもの。

 もちろん、今は、そんなことはないけどさ。いや、この曲があってこそ、81年の夏・・・な感じが語れるかなぁ・・・って思うしさ。


 たしかに、Aメロはツマンナインだよね。なんとなく単調なフレーズが続いてたりして・・・。
 
 そこからいきなり、サビの盛り上がりに入ってくるっちゅうね。夏の天気でいえば、サビの部分で、いきなり「きらきら」した太陽がでてくるような。

 アレンジ的には、このサビの部分の

♪ 心は砂時計よ 〜 あなたを知りたい ♪

の部分のストリングの「かけ下がり」の動きがいいね。
 なんていうんかな、この間の「キサナドゥの伝説」じゃないけど、映画「南太平洋」のテーマ曲的なイメージが出てくるんだよね。ま、個人的にだけど。
 それが、いかにも「白いパラソル」→「海岸線」→「夏」っていうイメージとリンクしてて、さむさむチキンモードなのです。


 なんて、力説している割には、それほど売れなかったんだけどさ、この曲。あせあせ
 「青い珊瑚礁」でブレイク以来、初めて累積売上げが50万枚を割ったしさ。

 まあ、最初に書いたように、よく聴きこまないと、あたり、いま一つ「引きが弱い」ってところが、この売り上げにつながったような感じですな。


 あ、売上げ的な話でいうと、この曲ってさあ、初めて「ザ・ベストテン」で、「初登場1位」をとった曲なんだよね。
 まあ、厳密に言うと、「ベストテン内、初登場1位」なんだけどさ。
うん、その前の週は11位だったんだよね。

 つまり、11位→1位 っていう動きで、「初登場1位」ってことだったんだけど。

 ただ、ベストテンマニアの間では、前の週の「11位」っていうのは、「仮」の順位ってことになってますな。
 つまりさ、「11位」の週は、「お盆」での、レコード売上げ未集計週にあたってて、この週のレコード売上げが異常に低かったってやつですな。
 うむ、当時のベストテンのレコード売上げは「オリコン」「ミュージックリサーチ」「ミュージックラボ」、3社の合算を使っていたんだけど、「ミュージックラボ」と「ミュージックリサーチ」が夏休みで未集計だったため、こういう動きになったと。

 たられば・・・っていうのは、マーケティングの世界ではタブーだけど、もし、通常の集計だったら、おそらく、11位ではなく、8位か7位相当で、本当なら「初登場1位」って事はなかった・・・っていうのが、まあ、ベストテンマニアの間では、通例になってますな。


ま、この曲1つをとっても、チャートマニア、3人集まれば1時間はしゃべれますな。 そんな1曲だったりします。


ちなみに〜、↑にだした、「ミュージックリサーチ」も「ミュージックラボ」も、すでに会社自体、この世に存在しておりませぬのう。時代の流れを感じまする。。。。






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今だから /松任谷由実 小田和正 財津和夫

1985_06_今だから_松任谷由実 財津和夫 小田和正






今回の1曲セレクトは、「今だから」松任谷由実 小田和正 財津和夫です。

 まずはデータです。

・タイトル   今だから
・アーティスト 松任谷由実 小田和正 財津和夫
・作詞     松任谷由実 小田和正 財津和夫
・作曲     松任谷由実 小田和正 財津和夫
・編曲     坂本龍一
・リリース日  1985年6月1日
・発売元  東芝EMI ファンハウス
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  36.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1985年6月17日〜8月5日付
・タイアップ:ALL TOGETHER NOWテーマソング

 今でこそライブに頻繁に行くようになったワタシだけど、でも、ライブに行くようになったのって、意外と最近なんだよね。
 某C社に入って、野外フェスに誘われてからかなぁ。まあ、C社では仕事柄、付き合いでライブに行くっていうのも結構あったからねぇ。
 だから、30過ぎてからなんだよね、ライブに行くようになったのは。これが。。

 うーん、意外だったかなぁ。

 でも、もちろん、高校の頃から、ずっと行きたい行きたい・・とは思ってたのよ、ライブにはさあ。 まあ、そこは、腰が重たいワタシの事だから、行きたい行きたい・・とは思ってても、なかなか、行動に移せなかったのもあるな。
 いや、あの頃にインターネットっていう便利なものがあったら、行動できたかもしれない。あの当時は、わざわざ「ぴあ」の店頭までいってチケット買わなゃいけんかったからなぁ。

 そんな、腰の重いワタシが一度だけ、行動に移したことがある。

 それが、1985年6月に行われた、「ALL TOGETHER NOW」っていう当時のビッグイベント。

 うん、詳しく書くと、1985年6月15日・・・っていうから、あれから、ちょうど30年経つんだよなぁ。国立競技場で行われた、当時のニューミュージック、ロックの超ビッグネームが一同に介して行ったライブイベントだよね。

 吉田拓郎氏が総合司会って形で仕切り、南こうせつ、さだまさし、オフコース、チューリップ、武田鉄矢、アン・ルイス、イルカ、後藤次利、高中正義、高橋幸宏、加藤和彦っていうサディスティックミカバンドの面々、もちろん、松任谷由実、坂本龍一、細野晴臣といえば、Y.M.O・・・・といった70年代組。
 佐野元春、サザンオールスターズ、山下久美子、白井貴子、ラッツ&スターといった80年代組
 前座が、チェッカーズ、バックコーラスに渡辺美里

 一番の目玉が、大滝詠一、細野晴臣、松本隆、鈴木茂・・といったら、はっぴいえんど 

・・・・なんていう、空前絶後の超豪華メンバーを一同に介したライブでしたわ。

 いや、これが見たくてねぇ。。

 でも、このイベントを知るのが遅くてさぁ、すでにチケットは完売だったよな、たしか。

 で、しょうがなく、オリコンウイークリーの「掲示板」コーナーにあった、チケット売りますに応募したんだっけ。

 で、あえなく撃沈したわけさwww

これ学校サボッてでも絶対行きたいと思ってたのに、これが悔しくてねぇ・・・。いや、いまでも悔しいよなぁ、思い出すと。 日本のロック&ニューミュージック界にとっての歴史的現場に居られなかったっていうのはさあ。

この間も「東京ららばい」の時に書いたんだけども、松本隆作詞生活45周年記念コンサートのチケット取得にゃ撃沈してしまったワタシですが、昔、同じように、超巨匠たちが一堂に冠した記念ライブのチケット取得に失敗のと同じですわ。

 どうも、日本の音楽シーンの「歴史的現場」には悉く縁がないワタシですわ。。。。


 で、今日引っ張ってきたのが、その「ALL TOGETHER NOW」のテーマソングだった、「今だから」。

 歌は、もちろん、このイベントに出演していた、松任谷由実、小田和正、財津和夫の3人。 アレンジが坂本龍一氏っていう、これまた、超豪華な布陣だったよなぁ。

 でもさ、「ALL TOGETHER NOW」に参加できなかった悔しさからか、正直、当時から、この曲ってほとんど聴いてなかったんだよなぁ。
 うん、音源すら持っていない。 当時、オリコンで2週連続の1位、売上げ36万枚もあった、この曲なのにさあ。

 まあ、イベントに参加できなかった悔しさだけでなく、どうも、この曲がイマイチわかんなかったからもある。わかんなかった・・というより、刺さらなかった・・って言うほうがいいかなぁ。

 どうもねぇ、この曲スマート過ぎるんだよね。曲調からしてもサウンドからしても。
 今聴けば、ああ、いかにも85年だよね・・・っていうスマートさなんだけどさ。 ひと言で言えば「都会的」なスマートさっていうのかなぁ、機能的っていうのかなぁ・・。

 まあ、ともかく、「ダサダサ」でイモな曲が好きだったワタシには、まったく刺さらなかったっていうのが、本音なんだよなぁ。
 ちょうど、当時、逆に時代を遡って聴き始めてた頃でさあ、当時のワタシとしては70年代初頭〜中盤の音が「ナウ」なったんだよね。




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青春の影 / チューリップ

1974_06_青春の影_チューリップ







今回の1曲セレクトは、「青春の影」チューリップです。

 まずはデータでーす。

・タイトル       青春の影
・アーティスト     チューリップ
・作詞         財津和夫
・作曲         財津和夫
・編曲         チューリップ
・リリース日      1974年6月5日
・発売元        東芝EMI
・オリコン最高位    46位
・売上げ枚数      7.3万枚

 ジャンルは違うんだけど、この間、伊藤咲子の「ひまわり娘」を紹介した時に、今でもよく知られているのに、当時はあまり「売れていなかった」曲っていうのは、意外と多いんだねぇ。
 特に70年代の曲では、エバーグリーンといえる曲はあまたあるわけで、今でも、ほとんど誰でも知っている曲なのに、実際、当時、「大ヒット」してたかというと、「さにあらず」って曲、結構多いんだよね。

 例えば、3ヶ月くらい前に書いた、井上陽水の「夢の中へ」なんか、ほとんど誰でも知っているのに、実際はオリコン最高位17位だったりね。

 こうみると、オリコン最高位とか、セールス枚数が多い曲が必ずしも、後世に残るような「エバーグリーン」となりうるとは限らないってのがよくわかるんだよね。

 今日、引っ張ってきた、この「青春の影」って曲、いまでもよくかかるんだよねぇ。ま、それだけ今でも歌い継がれているし、知っている人も多いってことなんだろうけどね。

 いやいや、現実に、いまでも頻繁にカバーされているもんね。
 大分前になるけど、キリン「生茶」のCMに使われたり、福山雅治はアルバム「FUKUYAMA ENGINEERING GOLDEN OLDIES CLUB BAND 」でカバーしてたり、つんく♂のカバーアルバム「V3 〜青春カバー〜 」でもカバーされたりしている。

 まぁ、それだけ「名曲」といえるんだろうけど、でも、なぜか、カバーしているのが、ワタシと同年代のヒトが多いっていうのが、ちょっと不思議なんだよねぇ。

 福山は、ワタシと同い年(早生まれだから学年はひとつ上だけど)だし、つんく♂はひとつ上だしね。

・・・ということは、オリジナルのチューリップが歌っている頃は、まだ、5、6歳だったわけで、本当は知らないはずなんだけどねぇ。。。

 逆に、そんな風にどんな世代でも受け入れられるっていうのが、この曲の魅力なんだろうね。

 いやいや、実際名曲だもんね。
 
 やおら、イントロなしで

♪君の心へ続く 長い一本道は、いつも僕を勇気付けた〜♪

とはじまる、この曲は、日本ポップス史上にも残るようなラブバラードぢゃないかしらねぇ。

 どんな世代でも受け入れられる曲っていうのは、やっぱり内容的に「普遍的」なものぢゃなきゃだけだし思うんだけど、この曲は、まさにそんな感じだからなんじゃないかなぁ。

 コトバ的に、あの時代ぢゃなきゃダメという、時代背景が濃いコトバがほとんど使われていない、いつの時代でも通用するような歌詞なんだよね。

 サウンド的には、エルトンジョンの「YOUR SONG」っぽい、ピアノ、キーボードを中心としたバラード。

 いかにも日本人が好きなサウンドといえば、そうなんだけどさ、そうは言っても、財津和夫氏がせつせつと歌うこの曲には、やっぱり引き込まれちゃうんだよねぇ。


 しかししかし、こんな名曲なのに、この曲がオリコン最高位46位、売上げ7.3万枚というのは。。。。うーーーん。

 でもまあ、あの当時は、まだまだ「歌謡曲」の天下だったですからねぇ。
 テレビにもあまり出ない、地道なライヴ活動やラジオを主体としていたロック、ニュージック系アーティストにとっては、「曲のよさ」がレコードセールスに直で結びつくというのは、なかなか難しい時代だったんだよね。

 なにぶん、メディアのキングは、「テレビ」であって、テレビの歌番組のプロデューサーのさじ加減で、曲の売れ筋動向が左右される・・・という「乱暴」な時代でもあったからなぁ・・・ なんて、さぞかし、見てきたような書き方で恐縮ですが・・・。



 ワタシが個人的に、この曲を知ったのは、フジテレビで放送していた例の「19×× 僕らの思い出のメロディ」でなんだけど、あの番組で使われてた「ニューミュージックスペシャル」のVTRで聴いたのが最初だったんだよね。



 でもさあ、もう何回も書いてるけど、「ニューミュージックスペシャル」って番組、いまとなっては、日本ロック史を語る上でも、貴重な映像資料だよねぇ。

たけど、福山とか、つんく♂なんかは、どこで、こういう曲のネタを仕入れてくるんだろうねぇ。おんなじ番組見てたか!?
年代的には同じような番組見ててもおかしくはないんだけどさ。


 いや、ほんと、この番組で見られる曲って、いまとなっては貴重な曲ばっかだと思うんだよね。

 方やヤマハポプコン系の「コッキーポップ」は、VTR編集でDVDになったりしてるんだもん、「ニューミュージックスペシャル」もDVDにしてほしいよなぁ。絶対買うよ、ワタシなら。

というか、売れる売れないは別として、この番組は日本ポップス史の貴重な資料としても、映像で残しておくべきだと思うんだよね。

 ま、不定期ながら、結構長い期間放送していた番組のようだから、既に全編のVTRは残っていないんだろうけど、残っているVTRだけでも編集してほしいなぁ。


 えー、この後も、ちょくちょく、この番組のVTRで知った、曲は、いろいろご紹介して行こうと思いまする。




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クローズ・アップ / 中山美穂

1986_05_クローズアップ_中山美穂






今回の1曲セレクトは、「クローズ・アップ」中山美穂です。

 まずはデータでっす。

・タイトル    クローズ・アップ
・アーティスト  中山美穂
・作詞      松本隆
・作曲      財津和夫
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1986年5月16日
・発売元     キング
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   12.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位


・・・ということで、中山美穂の「クローズ・アップ」

 えー、この曲は、中山美穂の第5弾シングルなんだけど、作詞 松本隆、作曲 財津和夫、編曲 大村雅朗 っていう、もろ、松田聖子「白いパラソル」な布陣による曲なわけです。

 それにしては、ジミーな曲だよねぇ。
もしかすると、ヒット曲が多いミポリンの中でも、知ってるヒトしか知らない曲な部類かもしれない。今にしてみると・・・。

オリコンでは最高4位まで行ったものの、ワタシのランキングでは、最高12位。この差は何? って感じなんだけど、一時的にレコード売り上げは上がったものの、有線、ラジオチャートでは、上位に行かなかったからなぁ。
それだけ一般認知度が高くなかったんだよね、この曲。

 ♪ 存在感 大きなヒトね 〜 ♪

って歌ってる割には、ジミーなんだよね。

 どうなんだろ? つなぎの曲っていう位置づけだったのかねぇ・・・。

 全体的に、この時期、「既存」のアイドルの曲が全体的にジミーだったんだよね。一時的ではあるけど・・。

 まあ、逆に「おニャン子」旋風が一番すごかった頃だ。。。

 そういう印象も強いのかねぇ。。。


 ただ、個人的には、この曲、当時から割りと好きなんだよね。アレンジが良い。
 全体にわたって、メロディの対旋律でトロンボーンがフィーチャーされてるじゃん。
 単に、だから好きだったんだけど・・・。ふらふら いや、当時、トロンボーンやってたからさぁ。。ふらふら
 個人的に、いっちばん調子良かった頃だな、トロンボーンの。

 まあ、曲が好きになる云々・・・なんて、そんなもんですわふらふら

 理論ではなく、感情とか、当時の環境で好きなるもんなんだよね。

 まあ、それだけかなぁ・・・。


 うん、本格的に、ミポリンをシンガーとして、見るようになったのは、やっぱり、この後の「ツィてるね ノッてるね」からだね。
 松本−筒美 の黄金コンビの曲を「本格的」にやるようになってからだね。
 うん、筒美氏が本腰入れてきたから。

 この曲のころは、たしかに、この曲の前の「色 ホワイト ブレンド」で、一応の「大ヒット」は出てたものの、まだ、地盤が固まってないなぁ・・・っていう印象があったもんね。




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