かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

萩田光雄

あなたを愛したい / 南野陽子

1988_07_あなたを愛したい_南野陽子


 今回の1曲セレクトは、「あなたを愛したい」南野陽子です。

まずはデータです。

・タイトル    あなたを愛したい
・アーティスト  南野陽子
・作詞      田口俊
・作曲      萩田光雄
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1988年6月18日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  25.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1988年6月27日〜7月18日付
・タイアップ:映画「菩提樹 リンデンバウム」主題歌

 現在4時30分・・・。なぜにこんな時間にワタシャ、1曲セレクトを書いてるんでしょうねぇ・・・。
歌の文句じゃないけど、「眠れぬまま 夜が白々明ける〜」っていうところでしょうか。 クーラー一晩中つけると体が冷え切るんで寝てから2〜3時間で切れるようにしてるんだけど、切れたら切れたで暑いでしょ。
目が覚めちゃうんですよねぇ〜・・・・。 今頃は4時前には明るくなってくるし・・・。 そうすると眠れない。。。
・・・ってわけで、こんな時間に書いてたりする訳なのよ。。。。

今回セレクトしてきた曲は、そんな白々夜が明ける時の曲・・・だったりして

南野陽子 「あなたを愛したい」

え? この曲が白々夜が明け時の曲なのかって

だって、曲の出だしがさ、 ♪ あなたの夢でふと目覚めた夜明け 葡萄色の空に またたく星が揺れてた〜♪ってあるじゃん。

あー、まさに今の時間帯だわぁ。  ま、先週から書こうと思ってた曲なんで偶然なんですけどね

ところで、先週の河合奈保子さん、中森明菜さんは、ヒット当時、個人的な好みじゃなかったんでずっとほったらかしにしてた曲ってことで、両者殆どの曲は既に書いちゃったのに、今頃書いてる曲・・・って事だったんだけども、 今回の南野さんも、既にほとんどの曲は書いちゃったんだよな。

なのに今頃書いてるって事は・・・、そうなんですねぇ、この曲もヒット当時は、個人的な好みじゃなかったんですねぇ。 

・・・というか、今となっては知ってる人しか知らない曲って感じがしません? この曲。

うーむ、ワタシだけかなぁ、そう思えるのは。

今から29年前の1988年の今頃、オリコンじゃ1位とったし、売り上げだって、前曲の「吐息でネット」の30万枚までは行かなかったものの、25万枚セールスっていうのは、当時の南野さんにしちゃそこそこの売り上げだったのにねぇ。

でも、どうも印象に薄いんだよな、この曲。  

当時の南野さんのシングル曲の音源はほとんど持っているのに、この曲だけは未だに持ってないから・・・なんて、個人的な理由からなのかなぁ。

いや、当時から印象が薄かったから、当時音源買わなかったような気がするな。

この曲の前の「吐息でネット」が良かったからさあ、新鮮だったし。 それに比べると・・・って感じだったんだよね。

確かにナンノさんらしい曲ではあった。けど、逆に当たり前過ぎたような気もするんだよね。そう言う意味で新鮮みを感じなかったんだよな。当時の感覚から言って「2〜3年前の・・・」って感じで。
そうだなぁ、86年頃の・・・って言う感覚なんだよね、この感じは。 でも実際は88年だったわけじゃん。 そのギャップをねぇ、どうしても感じちゃうんだよね。

 プラス、インパクトもさほどなかったしなぁ。 このテの曲は、比較的静かなAメロから始まってサビに向かって盛り上がって行く感じなんだけど、サビも今一つ盛り上がりに欠けるんだよね。 なので、どうも淡々と流れて行っちゃうような感じがしてさぁ。 簡単に言えば引っかかりが少ないって言うのかなぁ。

まあ、当時、「ロウニン」生活の真っただ中にあったワタシとしては、ヒット曲どころじゃなかったっていうのも正直なところだったんだけど・・・。 

あー、そう言えば、この曲がちょうどヒットしてた頃、酷いジンマシンにかかった事があったな。
なにか悪いもんを食ったのかどうなのか、原因が良く分かんないんだけど、全身に蕁麻疹が出来てさあ、夜中に市の救急センターに行ったっけ。
久々に、この曲を聴いてたら思い出したわ。

 今は・・というと、これまでも書いてきたように先月以来の痛風発作が、大分良くはなって来たんだけど未だに鈍い痛みを発してたりね。
 何年かに一度、健康面でマイナスな時期でもあるんだよな、個人的に。 まあもともとクーラーがあんまり得意じゃないし、かといって、このジメジメとして蒸し暑さも得意じゃない。 天気もはっきりしない日か続く
・・なんていう気候的な疲れに加え、メンタル的な疲れが溜まってくる時期なんだよな。




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シンフォニーの風 / 西村知美

  1987_04_シンフォニーの風_西村知美


今回の1曲セレクトは、「シンフォニーの風」西村知美です。

まずはデータでするぅ〜。

・タイトル    シンフォニーの風
・アーティスト  西村知美
・作詞      麻生圭子
・作曲      中崎英也
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1987年3月11日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  7.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1987年3月30日付
・タイアップ:ハウス食品「ゼリエース」CM曲

個人的な事だけど、サザンのファンクラブに入ってましてね
桑田氏が「ソロ」として「悲しい気持ち」でデビューして今年で30周年なんだよね。そんなこともあって今年は攻めますよ〜って言う告知がファンサイトに出てたりしてね。
その第一弾が、4月から始まるNHK朝ドラの主題歌って訳ですわな。さてさて、今後はどういう活動となって行くやら、注視の1年になりそうですわ。

それはそうと、1987年って年からもう30年も経つんだよな。
なんか最近、早ぇなぁ〜・・・って事ばっか書いてるような気がするけど、ホント早いですよ。30年前、ワタシゃ高校3年。マジであっという間でしたね。ワタシの中では「昨日」って言う感覚でもおかしくないもの。

例えばさ、先週終わった大相撲中継とか見てると、懐かしの名場面とかやるじゃん。 そういうとき最近、千代の富士 VS〜」とかのVTR流れる事が多いけど、30年前って言ったら、もう「リアルタイム」で相撲中継見てたよな・・・とか思ったりして。。。その感覚で言えば、ホントつい昨日のようなんだよね。

あ〜、このままあっというまに「ジジィ」になって行くのか・・・なんて考えたら背筋が「ゾゾゾッ」ですよ。。。。


・・・・と言う事でもないけど、今回はそんな30年前の今頃の「アイドル」の曲をひとつ。

西村知美「シンフォニーの風」。

上に書いたように「30年、あっという間よ」って言う感覚から言えば、
「うわっ、この曲から30年も経つんか・・・・。」ですわ、まさに。

昨日だよね、この曲って。ってマジで言っても「そうね」なんて言ってしまいそうな。。。。

良く言えば、それだけ未だに「新鮮」に感じたりする。 悪く言えばそれだけ「聴いて来なかった」っていう感じな曲なんだよね、個人的に。

西村知美さん。 ま、未だにタレントとして残っている1人だけども、正直言って30年前のあの頃、たれが30年後まだタレントして残っているだろう・・・なんて思えたか。。。
って感じだったもんね。 いや、個人的にはそう思ってたのよ。

そのくらい、「歌手」としては希薄なイメージだったし、ま、それ以前に、歌唱力がね・・・・ってところでさあ、どう考えても、あの時点で「良くてあと2〜3年だよね」って感じだったんだよな。

確かにアイドルは歌唱力はどがえしっていう風潮は、30年前当時は強かった。なので歌がヘタかどうかはタレント生命には関係なかったと言えばそうなんたけどね。

だからねぇ、あれから30年、タレントとして生き延びて来ているってことは、ホント「奇跡」って感じですよ。

でも、「トロリン」って言う愛称のように天然ボケなキャラクターではあったけども、裏では芯の強さがあったんだろうね。そうじゃなきゃ、タレント業を30年も続けられる訳もない訳で。。。

ただ、そうは言っても当時のアイドル誌なんかでは、かなり人気があったからな西村さんは。
この当時、すっかり「アイドル誌」然となってしまった「オリコンウィークリー」でも西村さん人気あったからなぁ。
いまで「オタク」のはしりでもある「同人」的なアイドル同好会では、西村さんの故郷、山口県宇部市をピックアップしたりして。。。

そんな感じでレコード売り上げ枚数では見えない部分での人気がたしかにあった事はあった。
結局は、そんな熱狂的な固定ファンの支えっていう部分も生きたんだろうね、30年タレント続けてこれたって言うのは。


ところで、曲なんだけども。。。。 今まで西村知美さんの曲はあんまり書いて来なかったワタシなんだよな。
ま、確かに当時もあんまり聴いてなかったって言うところはある。 けど、それ以上に、このヒトの曲って、ほとんどみんな同じように感じるんだよねぇ・・・

当時から、早くも「ジジイ」傾向が始まっていたって言われればそれまでって感じだよな。うん、年取って来るとヒット曲がみんな同じような聴こえてくるんだわ。。。今、まさにそんな感じだもの。

なんで、どうも筆が進まなかったって言うところはある。 でも、そろそろ手を付けなきゃね・・・ってことで、今回この「シンフォニーの風」を引っ張ってきた訳なんだけども。

うん、この曲は、同じように聴こえる西村さんの曲の中でも、「なんとなく」他の曲と間違いが分かるんで

いやそれでも、サビに行くまでのAメロ、Bメロは、他の曲との区別がつかないワタシなんだけども。。。

♪シンフォニーのような シレッシェンドの風〜 ♪ っていうサビはね、さすがに聴いてましたねぇ。

そそ、この曲、なんかのCMで使われていたんだよな。。。CMでよく聴いてたような・・・なんて調べたら、ハウスの「ゼリエース」のCMだった。

「あれ? そうだったかな。。。」 これはちょっとイメージが違ってたけど。。。


ただね、結構漠然としてるでしょ。 「シンフォニーの風」ってタイトルは。

コトバのイメージとリリース日からして、春の心地よい風をイメージさせるし、実際そう言う曲なんだけども、そのイメージどおりのサビに持って行くまでの繋ぎに苦労したのか、2番のAメロの

♪ L 角度変えれば
  Bang!  ピストルに似てる
  そんな悲しい事は教えないで あなた〜 ♪

って言う歌詞に、これと「シンフォニーの風」っていう春の微風のイメージとどう繋がりがあるの? なんて不自然さを感じたりしてさ。

うん、唯一、この曲で引っかかったのは、この部分の歌詞の不自然さだったりしてね。

その他は、サビのメロディライン以外は、めちゃくちゃオーソドックスなんだよね、当時のアイドルソングとしては。

筒美京平氏がシングルは「尖って」いないと・・とおっしゃっているように、それまでのヒット曲って好きキライに関わらず、アイドルの曲にもどこかしら引っかかる部分があった。
でも、この辺のアイドル曲から、そういう「トゲ」の部分を感じ無くなってきたんだよなぁ。

楽曲の個性よりもアイドルのキャラクター・・・。 そう言う時代になっていたんだよね、この頃は。

いやいや、レビュー書き泣かせの曲ですわ。。。。






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来夢来人 / 小柳ルミ子

  1980_03_来夢来人_小柳ルミ子


今回の1曲セレクトは、「来夢来人」小柳ルミ子です。

まずはデータです。

・タイトル    来夢来人
・アーティスト  小柳ルミ子
・作詞      岡田冨美子
・作曲      筒美京平
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1980年1月25日
・発売元     SMS
・オリコン最高位 22位
・売上げ枚数 13.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 23位

東京地方も桜の開花宣言がでましたねぇ。とは言うモノの、ここ数日肌寒い日が続いていたりして桜が咲いたなんて実感は無いんですけどね。
実際、ソメイヨシノが咲いてるの、今年はまだ見てないし。。。 ま、ソメイヨシノよりも早く咲く、河津桜とか彼岸桜は、咲いてましたけどねぇ。

ところで、桜の季節になると、卒業とか、そのまま「桜」の唄が、巷には流れだしますな。

いやいや、最近は桜=卒業ってイメージなんだな。 昔・・・っちゅうか、ワタシがガキの頃は、桜っつったら、「入学式」のイメージでしたけどねぇ。
まあ、これに関しては先日、新聞にもここ50年で、桜の開花時期がこれだけ早まった・・・っちゅう特集をやってましたけどね。

だけんど、最近の「桜」の唄って、どうして、同じようなイメージなんでしょうかねぇ。しっとりとしたバラードで・・っていう「相場」がほとんど決まっちゃってるじゃん。

これってどうなのよ? ・・・なんて思ったりしてるわたしなんですが・・・。

昔は、もっとワクワクした曲が多かったような気がするけどなぁ、春って言うキーワードの曲はさあ。


今回は、そんな昔の「桜ソング」をひとつ。

小柳ルミ子 「来夢来人」

え? なんでこの曲が「桜ソング」なのよ? ・・・なんてクレームの一つも来そうな気もしないでもないけど。。。

でも、サビの部分で ♪ 桜の 吹雪を浴びて 汽車ははしる〜 ♪

ってあるじゃん。  桜ソングなのよ、この曲。

ま、リリースからして、1月25日と、これから春に向けて・・・っていう「春」を意識した曲でもあるしね。

しかしねぇ、この曲、オリコンでは22位までしか行かなかった曲なんだけどねぇ。 今から37年も前で、しかもオリコン最高22位の曲なんて、覚えてるヒト少ないよな・・・ なんて、タカをくくっていたりしたんだけども、ネット上みると、結構、この曲レビュってるヒト多いんだなぁ。

いや、誰も書いてないと思ったんで、持ってきちゃったりしたんだけどさ。  

これだけ、レビュってるヒトがいるんだったら、ワタシが書くまでも無いか・・・とかも思ったりもするけど・・・でも、まあいいか。

この曲がリリースされた頃、ワタシゃ10才。小学4年生でしたねぇ。
小学4年生にしては、マセた曲を聴いてたな・・・なんて自分でも思ったりするんだけど。。。

でもね、この曲なぜか、よく記憶に残ってるんだよな。
クイズ「ドレミファドン」でよく聴いたような気がするんだよな。それから、「ドリフ大爆笑」とか。。

ま、ともかく当時の「ナベプロ」制作番組にはよく出てたよね、この曲の頃。

とは言うモノの、いくらマセガキだったとは言っても、やっぱ引っかからなかった曲も多かったのも事実だしね、ひっかかったって言う事は、やっぱ、引っかかった要素があったんだろうな。

まずはイントロからして、よかったもんね。 この曲のアレンジャーは、萩田氏ですが、久保田早紀「異邦人」のすぐ後がこの曲だったりもして、やっぱ脂が乗り切ってる頃だったんだろうな。

ま、それ以上に、この曲、作曲が筒美京平氏なんだよな。 それまでの小柳ルミ子さんといったら、平尾昌晃氏の専売特許的なところがあった訳で、だから、筒美京平氏は、シングルタイトル曲としては、この曲が初めてなんだけど、さすがに筒美氏。
たしかに、ベースは歌謡曲らしく、少し「和」を感じるけど、それだけじゃないんだよな。
いや、小柳ルミ子さんって、デビュー曲の「わたしの城下町」から「和」を感じる「歌手」だったわけじゃん。でも、この曲は、単に「和」を感じるだけじゃないんだよな。
「和」を感じながら、どこかに「洋」を感じるって言うのかなぁ。 
例えば「どら焼き」みたいなさ。あんこが入ってんで和菓子なんだけど、小麦粉の皮で焼いてるのは洋菓子風なわけじゃん。 そんなイメージなんだよな、この曲。

メロディの流れとしては、筒美氏お得意の「Cメロ」入りの展開。 そそそ、曲の最後の方で、それまで出てこなかったメロディ展開

♪ しっかりしているつもりだけれど〜 ♪ っていうところですね。

そんな少し複雑なメロディ展開なんだけれど、そこが逆に印象に残ったりしてね。

いや、でも、これが筒美氏の持ち味なんだよね。 複雑なメロディ展開と言っても、同時期にリリースされた西城秀樹「悲しき友情」の一筆書き的なメロディ展開に比べたら、まだまだましだしね。

それと筒美氏といったら、それまでは「アイドル」中心って言うイメージが強かった訳だけど、この曲、当たり・・・79年〜80年初頭にかけては、この曲のような「アダルト」なヒトへの曲提供にシフトしていた感が強いんだよね。

ま、前年、レコード大賞をとった、ジュディ・オングの「魅せられて」もそうだろうし、この曲の少し前には、梓みちよさんの「よろしかったら」って曲もスマュッシュヒットになってたりする。
 そそそ、梓みちよさんの「よろしかったら」も、この曲同様、和テイストに洋のイメージをミックスしたような新たなイメージの曲に仕上がっていたよなぁ。

それだけ、ヒット曲の主体はアイドルから「自作自演」のニューミュージックへって言う時代だったわけで、職業作家のヒトたちにとっては受難の期間だったのかもしれないけど。。。

それでも、楽曲のクオリティを落とすことなく、きっちりと印象的な曲を残しているって言うのはさすがなんですよね。
それが功を奏した訳で、当時、小柳ルミ子さんってヒット曲がでなくて四苦八苦してたんだけど、約3年ぶりの10万枚オーバーっていスマッシュヒット。
これもやっぱ筒美京平って言う天才的メロディーメーカーの功績なんじゃないのかなぁ・・・なんて思ったりもするんだよね。


・・・などとウダウダ書きましたけど、個人的に一番印象的だったのは、実は「来夢来人」って言うタイトルかなぁ。

サビの ♪ 来る夢 来る人と書いて来夢来人(らいむらいと)〜 ♪ って言う歌詞は、なんとなくわざとらしい気もするんだけど、 「らいむらいと」っていう響きが新鮮だったんだよなぁ。

本来、最初に書いたように「春の唄」ってことで、桜のイメージの曲なんだろうけど、それ以前に「来夢来人(らいむらいと)」っていう響きが印象に残っちゃってねぇ。

らいむらいと って響きから、個人的には「ライム」色って言うかねぇ、淡い黄色のイメージがあったりしてね。

そそそ、丁度同時期に、RCサクセションの「雨上がりの夜空に」で、 ♪ジンライムのように流れる お月さま〜♪ってあったじゃん。 そんな色感のイメージが、この曲にも感じるんだよなぁ。

だから・・・と言う訳でもないんだけど、「春唄」として、桜のイメージをもったのは、極々最近なんだよな、個人的に。ずーっと、長い間、「ライム色」っていうイメージだったんだよね。



恐らく「ドリフ大爆笑」からだと思うんだけど、まだ八重歯がある頃のルミ子さんですな。
うーむ、このころは既に八重歯は無いと思ってたんだけど、意外な発見だったなぁ。
ちなみに、この時、ルミ子さん27歳。

当時の印象からして、めちゃくちゃ「大人」の女に感じたけど、まだ20代だったんだよなぁ。
まあ、今、VTR見ると、「あ、若い」って思うけどさ。 
でも、ウタは、めちゃくちゃしっかりしてますよね。


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さよならのめまい / 南野陽子

1986_01_さよならのめまい_南野陽子


今回の1曲セレクトは、「さよならのめまい」南野陽子です。

まずはデータです。

・タイトル     さよならのめまい
・アーティスト   南野陽子
・作詞       来生えつこ
・作曲       来生たかお
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1985年11月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   12.5万枚
・TH HITCHART HOT30最高位 22位
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「スケバン刑事 少女鉄仮面伝説」挿入曲


またもや、久々の1曲セレクトです。
毎回書いてるような気がするけど、ここのところ忙しくて週に2回くらい書ければいいかな・・・って言う感じになっちゃいましたねぇ。 できれば、以前のように毎日1曲ずつ書ければいいんだけどもね。。。
うん、まあ、暫くはしょうがないのかなぁ。。。

さてさて、ここ暫く「男性アーティスト」中心の男臭い1曲セレクトになっちまってたんで、今回は女性「アイドル」を持って来たい・・・と思ってたんだけどね。
 
これがなかなか思いつかないんだよなぁ。 今頃の時期の女性アイドルのヒットって既に大分書いちゃったからなぁ。。。。

まあ、いつもの事なんだけども、ない頭をひねりひねり・・・で絞って出てきたのが、この曲だったりして。。。

南野陽子「さよならのめまい」。

うわっ、この曲、個人的には「冒険」なんだよなぁ。。。  

・・・っつうのも、この曲、ヒット当時、あんまり聴いてなかったのよね。 南野陽子さんの「ベスト」盤はもってるんで、音源としては持ってるんだけども・・・。

 個人的には、ナンノちゃんは、「ザ・ベストテン」に初ランクインした、この曲の次の「悲しみモニュメント」からだったからなぁ。。
そんなナンノちゃんのデビュー2作目のシングルだったこの曲。

この曲は、もちろん、当時「主演」していたフジテレビ系ドラマ「スケバン刑事供廚料淨曲だった訳だけどもね。ここではもう何回も書いた事なんだけど、当時、「スケバン刑事」見てなかったからなぁ、ワタシ。

木曜19時30分なんて、まだ、家帰ってなかった事が多かったもん。部活やってたからさあ。

たしかに、当時は話題だったよな。学校でも結構みんな見てたし。。。 でも、個人的にはあんまり興味がそそられなかった・・というか。

まあ、元来の天邪鬼な性格なもんで、みんなが見てると興味がなくなる・・・と  そんな所があったかもしれない。

そんなこともあってか、この曲は、素通りだったんだよね当時は。 

ナンノちゃんについては、オリコンでも大分記事を読んでたし、当時は、まだ月刊「明星」買ってたしねぇ、だから、もちろん知ってましたけどね。 でも、他のいわいる85年デビュー組アイドル同様、それほど「曲」については興味がそそられなかったってのもあるかなぁ。

あ、85年組でもミポリンだけは、デビュー当時から曲はしっかり聴いて注目してましたけどね。 その他は・・・あーん、あんまり興味が向かなかったんだよな。

まあ、本田美奈子さんの「Temptation」とか、芳本美代子さんの「雨のハイスクール」あたりからは、徐々に85年組にも目を向けて行ったんだけどさ。

だからね、ナンノちゃんについても、そんな「その他大勢」の一人・・・って言うくらいしか認識なかったんだよね。

すくなくとも、この「さよならのめまい」の頃までは。

だからね、むしろ、後年なんだよね、この曲を聴くようになったのは。

で、すぐに思ったのが、「あ、85年だ」っていうこと。  この間書いた中村雅俊氏の「俺たちの旅」でも75年を感じると、同じような事を書いたんだけども、時代性だよね。空気感。

これがこの曲にもたたよってるんだよな、そそそ、85年って言う空気感が。

じゃ、どういう空気感よ?  って聞かれると、なかなかコトバにあらわせられないんだけどもさぁ。。。。

でも、当時、あんまり曲を聴いてなかったのに、この曲を聴いた途端、16才の自分に戻っちゃう・・・っていうかねぇ。。。

この当時の曲ってサウンドが特徴的でさ、例えばヤマハDX7のプリセット音が聴こえれば83年〜84年頃の曲っていうのが、一発で分かるんだよね、たとえ、当時聴いて無かった曲でもさあ。 
そういう、時代感の感じ方もあるんだけども、85年の後半あたりからは、もうちょっと違ったような感覚があったんだよな。アイドルの曲にもさ。

まあ、おニャン子の能天気さって言う感覚もあった事はあった。けど、もうちょっと違った感覚なんだよな。
どこか儚さを感じるっていうかさ。

特に、ナンノちゃんの曲って、この曲もそうだけども、他の当時の曲も、「スケバン刑事」の主題歌、挿入歌で使われてた曲って、どこか儚さを感じたじゃん。侘しさっていうかさ。

 少し大げさ気味な展開とストリングス。まあ、今聴くと、85年当時の曲としては全体的に、少しアナクロ的なところがあったかもしれない。80年代の・・・というよりは10年くらい遡ったような・・・っていうかさ。
 うん、70年代中盤の昼ドラのBGMにかかっていたような・・・って感じの。

その辺に懐かしさではないと思うんだけども、儚さを感じたのかもなぁ。

奇しくも、時代は「回顧系」に向かうところがあったしね。 そそそ、86年になるとネオGSが静かなブームになったのをはじめ、TBS系の「テレビ探偵団」が始まったりして、時代を回顧するっていうところが流行り始めたんだよね。
 それまでは、時代は進む、進化の方向、一辺倒で、一昔前のテイストのものはダサいって言われてたのが、回顧系が「イマく」なったのよ。それが86年頃。

そう考えるとこの曲は、その魁的な曲だったのかもしれないですよね。いま改めて聴いてみるとさ。
 


こうみると、ナンノちゃんは、かわいいというより美人さんなんだよな。
当時、金妻で大ブレイク中の篠ひろ子さんにそっくりだったし。

ただ、ウタがねぇ。。。。まだまだヘタだったよね。。。(爆)
・・・といっちゃ失礼か。。。

あ、だからだったのかもしれない。当時、曲を聴かないで素通りしてたのは。。。。。


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北駅のソリチュード / 河合奈保子

1984_12_北駅のソリチュード_河合奈保子


今回の1曲セレクトは、「北駅のソリチュード」河合奈保子です。

まずはデータです。

・タイトル    北駅のソリチュード
・アーティスト  河合奈保子
・作詞      売野雅勇
・作曲      筒美京平
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1984年12月5日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数 11.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1984年12月17日〜12月24日付



今年の仕事も今日まで。先ほど納会が終わって帰宅したんですが、ここまで長かったですわ。
時間の経過は、年を取るごとに早くなるんだけど、こと、仕事となると長いですねぇ。やっと年末年始休暇だぁ・・って感じですよ。
 ここんところ、この1曲セレクトも、仕事の忙しさにかまけて、間が空いてますからねぇ、この休み中は出来るだけ更新するようにしたいですわね。

ところで、ワム! のマイケル・ジョージが亡くなってしまいましたね。 
今年は、ミュージシャンの訃報が本当に多い。まさか、この暮れになって、ビックアーティストの訃報が届くとは。。。

まあ、個人的には聴く音楽といえば、圧倒的に 「洋楽 ≪ 邦楽」 なんで、それほど接点があった訳ぢゃない。
そんなワタシでも、ワム!くらいは、耳にしてたからなぁ。84年〜85年にかけて。
時代はアメリカンロックよりも、UKシーンが元気だった頃だ。

「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」「フリーダム」そして「ラスト・クリスマス」。 

この位は、いくら圧倒的に邦楽よりなワタシでも、聴いてましたからねぇ。 特に「ケアレス・ウィスパー」だよね。

日本では84年の丁度今頃ヒットのピークだったよなぁ。 本家「ワム!」だけぢゃなく、西城秀樹氏も郷ひろみ氏もこぞってカバーしてたしさぁ。

やっぱ、あのイントロのブリブリのサックスが堪らんのよね。 あのブリブリ、せくすうぃーなサックスからエロチックとも思える世界が広がって行く。これが堪らなかったのですよ。年齢的に「性」の目ざめま頃だったしね。

ま、そんなこともあり、やっぱジョージ逝去のニュースには驚きだったんだよな。 まだ53歳でしょ、若すぎるよな。


とろこで、↑で、84年の今頃、日本では「ケアレスウィスパー」付いていたって書いたんだけども、なにも、「本家」のカバー曲ばかりだった訳じゃない。
「疑似的」ケアレス・ウィスパーな曲もあったんだよね。 こんな回はそんな曲をセレクト。

河合奈保子「北駅のソリチュード」。

まあ、この曲に関しては、以前から「ケアレス・ウィスパー」に似てると言われている訳で、恐らく他のヒトのブログでも同じような事が書かれているかもしれない。けど、まあいいよね。。。って前回も同じような事書いたよな

この曲が、「疑似」ケアレス・ウィスパーって言われているのは、やっぱ、イントロだよね。

「本家」と同じような、ブリブリな泣きのサックスが際立った。 しかも、フレーズが「ケアレス・ウィスパー」そっくりなんだよね。

これ、パクリだよね・・・。ってだれでも気がついてしまうような。 

まあ、全く同じフレーズではなく、「似たような」なので、完全な「パクリ」とは言えないんだけども。

だけど、当時、これを聴いて、「筒美氏、仇といなぁ」と思ったよなぁ。
どう聴いても「ケアレス・ウィスパー」だしさ。 

で、一方では、この曲と同時期、松本伊代の「ビリーヴ」では、ボニータイラーの「ヒーロー」だったわけじゃん。
うん、84年のアイドルに大人気だった「ヒーロー」

こうみると、この時期って、同時期にヒットしていた洋楽のパクリ的曲が人気だったんだよな。
ま、パクリだけでなく、小林麻美の「雨音はショパンの調べ」、MIEの「NEVER」、 麻倉未稀の「ヒーロー」と実際の向こうのカバーも大人気だったしさ。

そう見ると、84年って洋楽にコミットした年だったんだよね、邦楽ヒットも。

だけど、ヒットさせるにはどうすればいいか・・・ということで、向こうのヒット曲のいいとこどりが、すなわち歌謡曲・・・という概念から見ると、正攻法だし、如何にも筒美氏らしい切り口だったんだろうな。
 それだけ、「ケアレス・ウィスパー」のイントロが、セクシーさを際立たせると言うところで、印象的だったって事なんだろうな。

ま、確かに、アレンジャーは萩田光雄氏だけど、これは、作曲の筒美氏からの指示っていうのは手に取りように分かるしなぁ。

そんな、「ケアレス・ウィスパー」なイントロに比べると、本編のメロディは、正直あんまし面白くないんだよな。
ま、あ、個人的な印象ではってところだけどさ。

以前も、河合奈保子さんの他の曲でも書いたんだけど、この頃、「ポップス」さっていうのが感じ無くなってきてたんだよね。 この曲なんてのは、ほとんど「歌謡曲」っていう印象だったしなぁ。

当時から筒美フリークだったワタシなんだけど、この曲はちょっと違うんじゃないかなぁ・・・って思ってたんだよね。
河合奈保子さんは、歌謡曲路線じゃない、このヒトは絶対にポップスって思ってたからさあ。

確かに、デビュー5年目ということで、「コドモ」なアイドルからアダルト路線への脱皮っていうところは分かる。
けども、その脱皮の仕方があまりにも急だったし、個人的に合わないと思っていた「歌謡曲」路線な感じが強かったし。
なんかね、奈保子さんが、急に高田みづえ見たいに思えてきちゃったりしたんだよな。 

それは違うだろう・・・ってさ。

だから、この曲は、当時からほとんど聴いて来なかった。
丁度、高校受験の切羽詰まった時期でもあったんで、気分的にヒット曲って言うどころぢゃなかった所もあるけど。。
無論、音源も持ってなかった(最近、リリースから32年にしてやって手に入れたけど。。。)

でも、今聴くと、32年前、当時15才だったワタシが聴いた感じとは、ちょっと違うんだよな、印象が。

うむ、これはこれでありなのかも。。。と。 うーむ、やっぱそれだけ年取ったって事なのかなぁ、歌謡曲路線に寛容になったところはあるわな、ワタシも。

それよか、今聴くと、80年代中盤頃のオーソドックスとも言える、メロディラインなんだよな。 イメージ的に85年の秋〜冬って言う感じなのかなぁ。しっとりとこぬか雨に濡れたような・・・。
このイメージ、84年のこの曲がヒットしてた頃には、無かったイメージなんだよな。
84年は、確かに秋から冬にかけてはダークで暗いイメージになって来てはいたけども、こういうしっとりと濡れたイメージは無かったんだよな。

もしかしたら、この曲がヒットしてた頃は、まだ違和感を感じてたのかもしれない。その違和感が「ちょっと違う」って感じたのかもしれないなぁ。

 例えば、この曲が1年後の85年の同じ頃にリリースされていたら、それほど違和感は感じなかったのもかもしれないな。
 
まあ、1年後、中森明菜が、この間ここで書いたように「Solitude」って同じようなタイトルをリリースしちゃってたけどさ。



まあ、ごちゃごちゃ書いて来ちゃったけどさ、実際にVTRみてみると、この当時の河合奈保子さんの圧倒的な歌唱力が、やっぱり目に付いちゃうよね、結局のところ。
 いろんなウタ番組に出てたけど、個人的には、やっぱ、このVTRの「ベストテン」のオーケストラとの相性が一番しっくり来るな。


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レースのカーディガン / 坂上香織

1988_09_レースのカーディガン_坂上香織


今回の1曲セレクトは、「レースのカーディガン」坂上香織です。

まずはデータです。

・タイトル    レースのカーディガン
・アーティスト  坂上香織
・作詞      松本隆
・作曲      来生たかお
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1988年8月24日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数 7.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「キテレツ大百科」主題歌


80年代終盤、アイドルも飽和状態になってきた頃、アイドルに「格付け」的等級を付けるようになりましたよね。
A級、B級、C級・・・ 

まあ、A級は「スター」アイドルの証であり、C級ともなるとマニアック、まあ、いまで言う「オタク」様ご用達のような知ってる人しか知らないようなアンダーグラウンドアイドルってわけですわね。

たださ、その間のB級アイドル・・・ってのが良く分かんないんだよな、定義が。

まあ、恐らくベストテンに入りそうで、入れなかったアイドルって感じなんでしょうな。 

そんな定義で言えば、今回セレクトした来た人は、充分に「B級」なヒトだったんでしょうね。

坂上香織「レースのカーディガン」。

覚えてますか、坂上香織さん。

1988年の夏の終わりにこの曲でデビュー。 一応オリコンではベストテン入りを果たし、「ザ・ベストテン」にも「1週」だけランクインしたんだよね。
まあ、ベストテンにランクインした・・と言っても、10位に1週だけランクインしたわけで、だから、フロックといえば、、フロックのようなもんだったかもしれないが。。。
 そそそ、前年の1987年にやはり1週だけベストテン入りしてあっという間に消えた、守谷香さんと同じ感じで。。。

だからさ、オリコンでも「ザ・ベストテン」でも、ベストテン内にランクインしたといっても、決して「A級」なアイドルとは言えない訳ですわね。

そもそも、今となってはアイドルとしての坂上香織さんを覚えてる方の方が少ないだろうしなぁ。

・・・というわけで、やはり「B級」アイドルってことになるんですよね。

まあ、このヒト、アイドルとしてデビューする前に、女優さんとしてドラマ出演した方が早かったんだけどね。

個人的にはシブがきのフッくんこと、布川敏和が主演した「オレの妹急上昇」だっけ? フジテレビでOAしてた「30分」ドラマ。
あれで、フッくんの「妹」役で出てたんだよね、坂上香織さんって。

わあ、また「美少女」が出てきたなぁ・・・なんて好印象で、だからさ、このドラマも好きだったんだよなぁ。

当時、宮沢りえ、後藤久美子っていう両巨頭な美少女女優が出現して、「美少女ブーム」だったじゃん。
国民的美少女コンテストなんてのも、この頃始まってたしさ。

まあ、もちろん、このヒトは、そんな「美少女」ブームとは別なところから出てきた訳だけど、それでもそんな美少女女優の一人に数えても良かったような感じだったよなぁ。

ただね、美少女だからアイドルとして「唄」で成功するか・・というと、必ずしもそうじゃない。
あのゴクミ(後藤久美子)でさえ、ウタでは今一つパッとしなかったしな。

このヒトもそれと同じで、結局のところ、アイドルとして「ウタ」では今一つパッとしなかった・・・っていうのは歴史が証明してるよなぁ。


そもそも曲がねぇ・・・・うーむ、今一つパッとしないんだよな。今回セレクトしてきた「レースのカーディガン」。 
なんかね、時代錯誤だよな・・・っていうイメージが先に立っちゃうんだよな。
どう聴いても、これは80年代初頭のイメージだし、サウンドだよな・・・。いや、下手すると70年代に遡っちゃうかもしれない。
まあ、それだけアナクロなんだよね。

作詞、松本隆、作曲、来生たかお 編曲、萩田光雄・・・・なんていう、まるで松田聖子と中森明菜という、80年代の両巨頭アイドルを合体させたような超豪華作家陣なのに、掛け算ではなく、反対に「割り算」になってしまったような・・・。

まあ、このヒト自体、アイドルとして明るく軽いキャラクターではなく、真面目なイメージが先行してたからなぁ。
そんなイメージから、アイドルとしてどう展開して行こうか・・・っていうところに迷いを感じてる。
そんなことが曲から感じたりするんだよな。だから、今一つ曲として中途半端になってしまう・・・と。

今から考えれば、このヒトの場合は、ウタはやらないで、女優さん一本で行った方が良かったのかもな。
でも、当時の流れとしては、アイドルとしては女優もやって歌もやって・・・って言う流れがデフォルトな所がありましたからねぇ。
そんな流れは、このヒトにとっては不運だったよなぁ。




PVですな。
しかし、どこまでも大林宣彦監督の「転校生」・・・いやいや尾道三部作のパクリだよなぁ・・・と思ったら、大林氏自身がこのPV撮ってたんだな。。。
いやはや、これは今まで知らなかったわ。金かけましたねぇ。
ただ、曲と映像がシンクロしてるか・・・というとちょっと微妙だけど。。。

それと、金かけた分回収できたのかなぁ・・・なんて要らん事まで考えたりして。。。


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横須賀ストーリー / 山口百恵

1976_07_横須賀ストーリー_山口百恵


今回の1曲セレクトは、「横須賀ストーリー」山口百恵です。

まずはデータです。

・タイトル     横須賀ストーリー
・アーティスト   山口百恵
・作詞       阿木耀子
・作曲       宇崎竜童
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1976年6月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 60.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1976年7月5日〜10月4日付

7月ですね。夏本番間近・・ってこともあるけど、のっけから蒸し暑い1日ですわ。週末って事もあるけど、「体力の限界」って感じですわ。
 ここ数年、クーラー何ぞつけたことないんだけど(電気代ケチケチ生活って言うのもある)、今日はちょっと無理。
クーラーをガンガンかけた部屋で書いておりまする。

さて、7月1発目の1曲セレクトは、百恵様で行きましょうかねぇ。

横須賀ストーリー。

うーむ、この曲もまだ書いたなかったんだな。 売り上げ的に言えば、山口百恵さん最大のヒットとなったこの曲ですね。
 そそそ、あの「いい日旅立ち」(売上げ53.6万枚)よりも、この曲の方が売上げは上なんだよね。

・・・・と言っても、60万枚強。

この売り上げ枚数を多いと見るか、「そんなもんなの}」と見るか・・・と言うところなんだけども、前から書いているように70年代アイドルの場合、売上げ50万枚というのが、一つの壁となっていて、50万枚以上売れた曲って言うのは、そんなに多くない。ましてや、60万枚強となると、さらに少ないんだよね。
 
 レコードの購買層の中心は、ティーンエイジャーというよりは、もう少し上の年齢と言う事もありーの、やっぱり時代は、まだ歌謡曲中心だったからね。

それから見ると、この曲は、百恵最大のヒットとしては相応しい売り上げだったんじゃないかな。

ま、売り上げ云々は別として、実際ベストテン内に3ヵ月間居座ったし、手前味噌で申し訳ないけど、ワタシのランクでは、8週連続1位でしたからねぇ。
そんな動きをみると、大ヒットだったって事は如実ですよねぇ。

でも、そんな大ヒットを出した、山口百恵さんですが、この曲にたどり着くまで、2年余りはそれほど突出した大ヒットは無かったんだよね。
まあ、・・とはいえ、平均30万枚近くの売上げは記録していた訳で、通常の「歌手」から見るとスーパースターだけどさ。

これと言った代表曲はなく、実際の所、百恵自身も悶々と過ごしていたらしいですね。

そんな中でのこの1曲。 百恵自身の意識も変えるほどのターニングポイントとなった曲だけど、そのウラでは、やっぱり、なんだかんだ言っても、阿木耀子、宇崎竜童夫妻の力が大きかったと言わざるを得ないだろうなぁ。
 
 そそそ、山口百恵と言えば、阿木耀子、宇崎竜童コンビの曲っていうのが、定番のように思えるけど、実際は、この曲からなんだよね。

宇崎氏曰く、この曲はシカケもなにも考えずに素直に作った・・と言う事なんだけども、そのシンプルさが返って良かったのかもしれない。 余計な全肉をそぎ落とした1曲・・というか、阿木さんのコトバ一つ一つが、ストレートに伝わって来ますよね。
それが、曲全体のインパクトに繋がってくる・・・というかね。兎に角曲全体がインパクトなんだよな。

もちろん、そこには、アレンジの萩田氏の力も忘れる訳には行かないんだけどさ。 うん、こちらに迫ってくるようなイントロはインパクトそのものだしなぁ。
それに続いて、 ♪ これっきり これっきり〜 ♪ っていう、一種変わった譜割りのメロディが続く訳で。

やっぱり、この曲の肝だよね、イントロからこのAメロの部分は。

いずれにしても、この曲から、阿木、宇崎コンビが、ラストの「さよならの向う側」まで続く訳で、百恵の本当の意味でのスーパースター伝説は、ここからスタートしたと言っても過言じゃないわけですよね。



えー、この時、百恵17才なんですが・・・・。まあ、なんて大人っぽいんでしょう。
今のアイドルなんてさあ、20才越えたいい年しても、一向にガキっぽい曲をガキっぽく歌ってんじゃん。このヒトの爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいよね。大人になれやってさ。
 それと存在感だよなぁ。スーパースターの条件だよなぁ。その点からすると、最近はスーパースターと呼べる人がほとんどいないっていうのが分かりますね。存在感がある人が少ないんだよね。
だから、グループに逃げるんですよ。存在感があればソロで充分な訳で、グループにする必要もないんだよね。



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シクラメンのかほり / 布施明

  1975_06_シクラメンのかほり_布施明


今回の1曲セレクトは、「シクラメンのかほり」布施明です。

まずはデータです。

・タイトル     シクラメンのかほり
・アーティスト   布施明
・作詞       小椋佳
・作曲       小椋佳
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1975年4月10日
・発売元      キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 105.2万枚
・ベストテンランクイン期間:1975年4月21日〜9月1日付

仕事が繁忙期に入りつつあり、ここ暫く疲れがたまってきてるんだよねぇ〜。そんなこともあり、ここ数日は1曲セレクトを書かずに寝てしまっておりまして。。。
 今日も、直前まで気分が乗らなかったんだけども、書かないのもどうも気分が悪くてねぇ、ついついPCの前に座ってしまったワタシが居たりして。。。

うむ、書こうと思っている曲は自分の頭の中に何曲かストック出来ているんでね、今回はその中の1曲をセレクトしますか。

布施明「シクラメンのかほり」。

1960年代からスターの座を駆け抜けてきた布施明氏にとっても、突然の超大ヒットと言いますかねぇ。まあ、前年の1974年に「積木の部屋」っていう大ヒットは出していたものの、この曲は、その2倍の売り上げでしたからねぇ。
 一体何があったんでしょうか・・・っていう感じの大ヒットでしたよね、この曲は。
1975年にリリースされた曲の中では、唯一のミリオンセラーだったしさあ。もちろん、布施氏にとっても、初のミリオンセラーであり、唯一のミリオンセラーでしたからねぇ。

時代はフォークからニューミュージックへと言う流れの中で、75年あたりは、まだフォーク寄りの曲が強かったですからね、そんな流れにうまく乗っかった・・・って言う感じだったのかなぁ。
 
 作詞、作曲の小椋佳氏が最高潮の時代でしたね、この頃は。72年にリリースされた、アルバム「彷徨」が井上陽水の「氷の世界」に次いで90万枚セールスに達したのもこの頃ですわ。
 
うん、アイドル全盛で子供な曲が多い今の時代感覚じゃ、なかなか理解しにくいところがあるんだけども、結局のところ、当時は、みんな大人だったんだろうねぇ。 単体の音楽というよりかは、文学の匂いがする音楽がもてはやさせていた時代・・・っていうのかなぁ。
 歌詞にしても、表面的なコトバというよりは、行間を楽しむって言うかねぇ、そんなところが大人の世界だったのかもしれないな。

今でこそシクラメンは「普通」の花って言うイメージだけど、当時は比較的高価だったんじゃないかなぁ。まあ、個人的に田舎にいたからかもしれないど、シクラメンなんぞ、子供の頃はあんまり見たことなかった気がする。
 それだけ高貴な花って言うイメージもあったのかもな。ただ、シクラメン自体、「かほり」はほとんどないんだけどね。
 それと、シクラメンは冬の花なんだけどさ、この曲自体は、今頃から夏にかけてがヒットのピークだったじゃない
 今考えると、ちょっとイメージとはギャップを感じるよなぁ。 それでも、これだけ大ヒットしたのは、やっぱり曲の良さなんだろうなぁ。
 後は、当時はあんまりシクラメンを知られてなかったんで、冬の花っていうギャップをあんまり感じなかったからかもしれない。


 ちなみに、正直言うと、個人的には、この曲は、よく分かんなかった。
当時、私は5才から6才になる頃だったなぁ。まあ、6歳児がこの世界を分かった方がコワイんですけどね

でもねぇ、ウチの母親がこの曲好きでねぇ、よくテレビを見ては歌ってたんだよなぁ、うん、それは良く覚えてる。
子供ながら、生意気にも「ジミな曲だなぁ」・・・とか思ったりしてね

そんなこともあり、ワタシも自然と曲は覚えちゃったんだろうなぁ。まだ、このヒット曲の世界に足を突っ込む全然前だけど、この曲は、よく覚えていたんだよな。

ただね、この曲が、この年のレコード大賞を取った事、布施明氏がギターを弾きながら、この曲を歌ってた事・・・っていうのは、当時は知らなかったな。

ま、そもそもレコード大賞っていうイベントを知ったのが、これより2年後、うん、ジュリーが「勝手にしやがれ」で大賞を取った時でしたからねぇ。

ちなみに、今、当時のオリコンでのチャートアクションを見ながら書いてるんだけど、この曲ベストテン内に20週連続でランクインしてたんだねぇ。超ロングヒットでしたね。まあ、ミリオンセラーになった曲だから当たり前と言えば当たり前なんだけども。

ただ、ちょっとチャートアクションで目が行ったのは、この年の年末年始にかけて、ランクを再浮上させて、1976年1月第1週(1月5日付)で、再度ベストテン内に再浮上させていたんだよね。

レコ大効果、紅白効果・・・って言う事で、レコ大受賞曲や紅白出場曲が、年末から年明けにかけてチャートを再浮上させるって言う傾向は80年代に入ってからはちょくちょくあった現象だけど、70年代には、まだ、そう言う傾向は少なかったんだよね。
 こんなに顕著に効果を見せたチャートアクションをみせたのは、もしかするとこの曲が最初かもしれないな。




ところで、以前、前年の「積木の部屋」を書いた時、当時のナベプロ総帥の渡辺晋氏が、「積木の部屋」を聴いて、「バカ野郎 なんで業界のプリンスが四畳半に住んでなきゃいけねーんだよ」って烈火のごとく怒ったとのことだったんだけども、この曲の時はどうだったんでしょうねぇ。
歌詞は別として、曲そのものは、やっぱり「貧乏くさい」イメージでしたけどねぇ。 
まあ、売れれば良し・・・というのが業界の慣習でもありますが。。。。


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タブー(禁じられた愛) / 郷ひろみ

1980_06_タブー_郷ひろみ


今回の1曲セレクトは、「タブー(禁じられた愛)」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル       タブー(禁じられた愛)
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞       浅野裕子
・作曲       網倉一也
・編曲       萩田光雄
・リリース日   1980年5月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 8位 
・売上げ枚数  15.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1980年5月26日〜6月23日付

昨日は野口五郎氏を持ってきたわけで、今回もまた、新御三家の曲を持ってこずには居られない・・・ってことでね
今回は、郷ひろみ氏の曲を持って来ましたわ。

・・・と言っても、どの曲を持ってこようかな? 時期的に、この季節の曲で、郷ひろみ氏と言ったら、81年の「お嫁サンバ」だよなぁ・・・なんて真っ先に思いつくんだけど、この曲はすでに書いちゃったんだよね。
 なので、今回は、それより1年前、1980年の今頃のヒットだった「タブー(禁じられた愛)」なぞひとつ。。。

・・・でもねぇ、果たして、郷ひろみ「タブー(禁じられた愛)」と書いて、反応してくれる方がどの程度いるのか・・・っていうのは、かなり不安。
 もうね、今となっては、郷ひろみ氏の数あるヒット曲の中でも、完全に「死角」に入っちゃってるような曲だろうなぁ。 今頃、こんな曲を引っ張ってきてるのなんてワタシぐらいだよねぇ、きっと。
なんて事が脳裏をよぎるんだけどね。。。。

でもねぇ、この曲、意外と最近のワタシ的には好きな曲なんだよねぇ。
うん、ヒット当時はキライだったんだけどさ  ・・・っつか、昨日も書いたように、当時、新御三家と言えば秀樹派だったんで、郷ひろみ氏も野口五郎氏も、あんまりねぇ・・・って感じだったんだよね。

 しかも、この曲の時の郷ひろみ氏って、アメリカ帰りの反動か、チリチリ、アフローヘアーだったじゃん。あ、この曲のシングルジャケット見れば一目瞭然なんだけどさ。これが似合わないんだわ

そんな見た目からして、「なんかなー」って感じだった事は覚えてるんだよな。だからなのか、この曲、当時、まともに聴いてなかったもの。

でも、今はいいんだよね。

なぜなのかなぁ・・・・。まあ、あれから36年経ってる訳で、ワタシも大人になったからなぁ・・・ってのは説得力が無いよな。
いやねぇ、この曲、よくよく聴くと、素晴らしい「歌謡ポップス」なのよ。
 歌謡ポップスの魅力は、やっぱ「無国籍」的なところだよなぁ。 この曲、イントロのトランペットのメロディからも、Aメロの出だし ♪ 信じられた 愛は〜 ♪ 直前のアコギからも、一見スパニッシュ系な印象を受けるんだけど、AメロからBメロに移行する間に挟まる、シツコイくらいにめちゃくちゃクドいストリングスは、一体どこの音楽なんだよ・・・なんて言いたくなったりして。

いやいや、このクドいくらいのストリングスの動き、そしてブラスの動きこそ、歌謡ポップスだよなぁ・・・なんて感じるんだよね。
 主旋律(メロディ)があって、その間に挟まるストリングスとブラスがメロディに対して「合いの手」になって入るこそが、歌謡ポップスの魅力の一つだと思うんだよねぇ。
もうね、正直言って「クドい」んですよ。この「クド」さがいいんだよね。

・・・というか、このクドさが「許せん」ってヒトは、恐らく歌謡ポップスとは縁が無いだろうなぁ・・・なんて思うなぁ。

アレンジは、萩田光雄氏。なるほどね、流石に、超大げさな現実離れした世界観っていう歌謡曲の王道的なアレンジはウマいですよねぇ。

最近の曲って、この合いの手の部分・・つまりさ、ストリングスとかブラスの動きってなが、ほとんどないからな。
その分、すっきりとはしているんだけど、この当時の「クドい」歌謡ポップスで育ってきた身としては、スカスカ過ぎてツマンナイ・・・ってのはあるな。

作曲は、網倉一也氏なんだ あ、これは、今知ったかも。。。
まあ、考えてみれば、前年の「マイレディー」も、スパニッシュ系統な曲だったけど、あれも網倉一也氏だったからなぁ、それを考えれば、「続編」って感じだったのかもなぁ。
 まあ、アレンジは、「マイレディー」よりもぜんぜん「クドい」けど。。。。

だけんど、作詞の浅野裕子さんってヒトが、今一つ謎なんだよな。 この曲の次の年の伊藤つかさの「少女人形」とか作ったヒトなんだだけどさ。Wikipediaによると、元モデルだったそうだけど。。。。


動画・・・さっすがにさ、今となっては「死角」には行ってしまっているような曲だからか、You Tubeには、めぼしい動画が無いわ。。。
しょうがないから、別のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/x1ytd9j_%E9%83%B7%E3%81%B2%E3%82%8D%E3%81%BF-%E3%82%BF%E3%83%96%E3%83%BC-%E7%A6%81%E3%81%98%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%84%9B-1980_music

「ザ・ベストテン」だけど、バックのオーケストラは、レコードに比べると、若干、あっさりしてるかなぁ。
レコード音源は、もっとクドいんだよね。これでもか〜・・・ってくらい。
 個人的には、そっちの方がいいな。

でも、考えてみれば、ちょっとクド過ぎたのかもなぁ。 この曲の前の「セクシーユー」も、この曲の次の「Howmanyいい顔」も20万枚オーバーだったのに対して、この曲は20万枚に届かなかったもんね。
牛乳も濃すぎると飲みづらい・・・ってあれだったかもな。


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ジェラス・トレイン / 河合奈保子

1985_03_ジェラス・トレイン_河合奈保子








今回の1曲セレクトは、「ジェラス・トレイン」河合奈保子です。

まずはデータです。

・タイトル    ジェラス・トレイン
・アーティスト  河合奈保子
・作詞      売野雅勇
・作曲      筒美京平
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1985年3月5日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  9.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位

さて、久々に河合奈保子さんです。
「久々に」・・・って言うのは、実は、河合奈保子さんのめぼしい曲は、もう大体書いちゃったんだよね。なので、そろそろ打ち止めかなぁ・・・なんて思ってたんだけど。。。

でも、まだ書いてない曲がありましたねぇ。

1985年の今頃のヒットである「ジェラス・トレイン」。

この曲、今まで書いてなかった理由は、ただ、一つ、個人的に好きじゃないから・・・。だったりして。。。ジャジャン

いや、それじゃダメでしょ。。。。。

・・・ってことで、意を決してセレクトして来ましたわ。。。。

この曲、なぜダメなのか・・・というと、単純なんだけどさ、アイドルの曲っぽくなかったからなんですよね。
まあ、個人的な嗜好なんだけど、河合奈保子さんは、あくまでアイドルでいて欲しかったんだよなぁ。曲も大人っぽくなって欲しくなかったんですよ。

この曲は、もう、完全に「洋楽」だもんね。メロディラインからして。
この曲も、筒美京平氏の曲だけど、こんなに洋楽、洋楽なメロディも珍しくなかったかなぁ。
確かに昔からバタくさいメロディとサウンドで定評があったけど、それでも底辺にはジャパニーズアシッドがあったように思うんだよね。
 例えば、この曲と同時期にヒットしていた、斉藤由貴の「卒業」なんてのは、そんな感じだったじゃない? だから、すんなり受け入れられたんだよな。

でも、この曲は、イメージは洋楽的なのよ。 そこがちょっと、個人的には受け入れられなかったのかもしれない。

まあ、この曲の前の「北駅のソリチュード」、そのまた前の「唇のプライバシー」から続く、大人路線3部作の最終作ではあった訳で、筒美氏の、ある種の「実験」だったのかもしれないけどさ。

でも、この曲の次の「デビュー」は、河合奈保子の原点に戻ったような、爽快感があったでしょ。だからね、「デビュー」の時は、ホッとした、いや、ほんと随分ホッとした。

この曲の時は、このまま「大人」なアーティストになっちゃうのかな・・・なんて一抹の寂しさがあったからね。
そんな寂しさから、どうもこの曲から足を遠のけちゃったような気がするな。
 でも、そう思ってた方、意外と多いんじゃないのかなぁ。 この曲でついに、レコードの売上げも10万枚を割っちゃいましたからね。
 筒美氏の、河合奈保子「大人計画」は必ずしも成功じゃなかったような気がするな。


ちなみに、この曲の音源は持ってるんだよな  「ベスト」盤持ってるからさ。

でも、↑の様な理由から、この曲は今までほとんど聴いてなかったのよね。。。。

あ、そう言えば、この曲、「ザ・ベストテン」では3週連続10位で、そのまま10位圏外に落ちちゃったんだよな。
珍しいチャートアクションだったのよ。 うん、それは、未だに記憶に残ってる。
 でも、上には上が居て、82年のイモ欽トリオ「ティア・ドロップ探偵団」は、4週連続10位で、そのまま10位言外に落ちた珍記録を作ってたからなぁ。





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