かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

菊池桃子

愛は心の仕事です / ラ・ムー

1988_03_愛は心の仕事です_ラ・ムー


今回の1曲セレクトは、「愛は心の仕事です」ラ・ムーです。

まずはデータです。

・タイトル    愛は心の仕事です
・アーティスト  ラ・ムー
・作詞      売野雅勇
・作曲      和泉常寛
・編曲      新川博
・リリース日   1988年2月24日
・発売元     バップ
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  10.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1988年3月14日付
・タイアップ:ダイドー「ジュース100」CM曲

イメージチェンジ。
トップアーティストを走ってきたヒトが、売り上げが下がってきた時によく取る手法な訳だけど。
でも、ほとんどのアーティストは、想定内というか、ある程度は理解できる範囲内でのイメージチェンジを図る事が多い訳だけどね、たまによく理解できないイメージチェンジを図るヒトもいる訳でね。

今回は、そんなアーティストの曲を

ラ・ムー「愛は心の仕事です」

むー、いつかはこの曲書かなきゃ行けない時が来るよな・・・とは思いつつ。。。 この曲のヒットは、「今頃」だったんだよなぁ。
こりは書かない訳いかんだろうな・・・・とおもいつつ、いつか書かなきゃ行けないんなら、今書いちゃうおう・・・と思いーの、今回セレクトして来ましたわ。

いつか書かなきゃ行けない・・と思いながら、今まで書いて来なかったのは。。。。
ま、毎度毎度の理由だけど、個人的にこの曲、あんまり好きじゃなかったのよね。引っかからなかった訳ではないんだけども、生理的に合わなかったっつうかねぇ。

この曲、リアルタイムの時代に聴いてた方なら、既にご存じだと思うけど、「ラ・ムー」なんてもったいつけたアーティスト名だけども、実態はといえば、あの菊池桃子さんがボーカルの、「バンド」っつすからねぇ。

それまでスーパーアイドルとして君臨してきた菊池桃子さんが、いきなりバンドに転向して、ブラコン系の曲をやる

・・・・ってことで、当時かなりの話題にもなったし、だから、この曲の売り上げも10万枚強・・・とシングルCD移行期間でレコード売り上げが低迷していた時期としては、そこそこ売れた曲となった。

けど、正直、よく分かんなかったんだよな、この曲。

確かに、時期的に久保田利伸氏が、「You Were Mine」で大ヒットを飛ばした時期でもあり、ファンキーと言うキーワードの下、ブラックコンテンポラリーな、エッジの利いた角ばったサウンドが流行していた・・・ってことで、このサウンドにしたのは分かる。

・・・けど、そのサウンドが、菊池桃子さんの、穏やかなウィスパーボイスとマッチしていたか・・っちゅうと、何か疑問点だったしな。

それ以前に、菊池桃子さんのバックで歌ってた、黒人の女性2人は、一体何者なんだ? っていうのも大いに疑問だったしな。

兎に角「不可解」として思えないヒトたち、音楽だったのよ。

ま、確かにこの曲の1年前にリリースされた、「アイドルを探せ」以降、「Nile In Blue」にしても「ガラスの草原」にしても、売り上げが下がって来ていたのは分かる。
それをアイドルの賞味期限が切れたから・・・って判断した事務所側も分かる。

この曲をリリースした当時は、桃子さん19才。 既に高校は卒業して短大生だったころだ。
いいかげん、アイドルは卒業して、大人のアーティストに脱皮したい・・・そんな時期だったことも分かるんだけどね。
うん、この当時を含めて、昔はアイドルは、あくまで「10代」、「高校生」まで・・・っていう認識が強かったように思えるしね。だから、高校を卒業したヒトたちって、そのタイミングでアイドルから大人の曲へ脱皮する傾向が強かった。
今みたいに、20代半ばになってもフリフリの衣装でアイドルやってるコたちとはとは違ったわけよね。

だけど、だからと言ってブラコンは無いだろう・・・ってのは、当時も一番感じてた事だったんだよね。


まあ、桃子さんの場合、87年の「アイドルを探せ」以前にも、大人っぽい曲をリリースした事はあった。
例えば86年の「Broken Sunset」とかね。 アイドルが歌うにはちょっと陰がある作品。

個人的には、その方向でもいいんじゃないか・・・とは感じていたんだけどね。

ちょっとあまりにも急に方向性が変わっちゃったんでねぇ、受け入れがたいし・・・って言う部分も大きかったのかもしれない。

ただね、当時、桃子さんが所属してたトライアングルの他のアーティストの曲、例えば、ジャッキーリン&パラビオンとか、ま、オメガトライブ(杉山清貴&オメガトライブぢゃなくて、そのあと)も、正直言うと、好きじゃなかったんだよね、当時。

単純に生理的に合わなくてね。いや、当時で言う「シティポップス」っていう音楽は全般的に、あんまり得意じゃなかったのかもしれない。まあ、中には好きな曲もあったけどさ、やっぱりカッコよすぎたんだよな、ワタシから見れば。 クリスタルガラスのように無機質でスマートな音楽だったでしょ。

そこがねぇ、ダメだったのよ。 ここでは何度も書くけど、個人的にはドロ臭い、ダサい音楽が好きなんでね。

桃子さんの初期のアイドル時代の曲は、やっぱダサかったしね。そこが良かったんだよな。

上で「アイドルを探せ」以降、「Nile In Blue」で売り上げが落ちたってかいたけど、それは、アイドルとしての賞味期限云々というよりも、サウンドが洗練されてきたから・・・って個人的には思うんだよね。
ま、メロディラインは大きな変化はなかったんだけど、サウンドは変わったからねぇ。

やっぱそれ以前までのようなダサダサな曲が良かったんだよな、菊池桃子さんは。





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渋谷で5時 / 鈴木雅之&菊池桃子

1994_02_渋谷で5時_鈴木雅之&菊地桃子


今回の1曲セレクトは、「渋谷で5時」鈴木雅之&菊池桃子です。

まずはデータどぇっす

・タイトル    渋谷で5時
・アーティスト  鈴木雅之&菊池桃子
・作詞      朝水彼方
・作曲      鈴木雅之
・編曲      有賀啓雄
・リリース日   1994年1月12日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数 31.6万枚
※「違う、そうじゃない」C/W曲


えー、なんでも明日2/24から「プレミアムフライディ」っていうの  が月1、月末の金曜日に始まるらしいですわな。この日は「15時」で会社を退勤してもいい・・とのこと。。。

・・・・だけど、いったいどの程度の会社がこれに賛同して導入するんでしょうねぇ。。。 まあ、景気が良い大企業ぐらいなもんなんだろうね、きっと。

場末の中小企業にゃ、まったくかんけーねぇ話でござんすよ。 そもそもなぜに忙しい月末の金曜日に、こんな事やらにゃ行けねぇんだ〜・・・って事でもある訳でねぇ。 


・・・・と言う事でもないけど、今回の1曲セレクト、こんな曲を引っ張って来ましたわ。

鈴木雅之&菊池桃子 「渋谷で5時」。

え? なんで、この曲なの?  なんて言われそうだけど、 この曲のサビの歌詞に

♪ 今日は渋谷で5時 2人でサボタージュ〜 ♪ ってあるじゃん。

そそそ、渋谷であろうとどこであろう、5時に逢おうとすると、仕事をサボらなきゃ行けない訳だよねぇ、普通は。
BUT、プレミアムフライディのお陰で、仕事サボらなくても「堂々と」逢えることになる訳で。。。。

まあ、一種の経済効果も期待できる曲・・・でもあるかもな・・・ってことで。。。

ハイ、めちゃくちゃ「ごーいん」なセレクトですわ。。。

あ、歌詞にある「サボタージュ」って、「サボる」の本来の読み方・・・ってことは、ご存じですよね。。。
そそそ「サボタージュ」が短縮されて「サボる」になった訳ですね。元々は「仕事を怠ける」って言う意味のフランス語な訳ですわ。

・・・とどうでもいい事を書いたりして。。。


それにしてもこの曲、初めて聴いたのはいつのことだろう?  もともと鈴木雅之氏のシングル「違う、そうじゃない」のカップリング曲っていうことは、全く知らなかったんだよな、ワタシ。

それ以前に、当時は鈴木雅之氏の曲は、あんまり好んで聴いてなかったからなぁ、「違う、そうじゃない」もそうだったし。たしか、有線チャートで上がってきて、初めて存在に気がついたような気がする。 それと、カラオケでも人気あったしな、この曲。

そうだ、初めて聴いたのは、オリジナルじゃなく、カラオケで誰かが歌っているのを聴いたのが最初だったような気がする。

え? なに? いいじゃん、この曲。。。なんてね。 軽いし、良い具合に能天気だし。

それが、まさか、オリジナルは、鈴木雅之氏で、しかも菊池桃子様がデュエットで歌っているとはな〜。全く気がつかなかったんだよな最初は。

なにより、この曲、鈴木氏自身が作曲だけど、こんなにストレートなポップスを作るとは思わなかったしね。
うむ、鈴木氏って、独特の癖があるようなメロディラインだったじゃん、通常はさ。だから意外だったんだよね、この曲は。
 そこに、菊池桃子様独特のウィスパーボイスが絡んでくると良い具合に不思議なグルーヴ感を醸し出してきたりしてね。

いや、その前に、この曲で久しぶりに、菊池桃子様のウィスパーボイスを聴いたんだよな。 そそそ、80年代後半の「ラ・ムー」時代ではなく、あくまでアイドル時代の「菊池桃子」の頃のようなストレートなウィスパーボイス。
 その変わらぬ清純さに、どこか懐かしさと新鮮さを感じたりしてね。 
 90年代前半って、やっぱり、ロック、バンドの時代だったからねぇ、菊池さんのような正統派のアイドルは苦しんでた時代だから。 当時久しぶりで聴いたと思うんだよね、80年代からの正統派アイドルの声を。
だからね逆に新鮮に感じたんだよな。
 
まあ、菊池さんも、当時25歳だったはずで、年齢的に「OL」役っていうのが、ちょうど板についていたころだったんだよね。それも、この曲の「デュエット」役には最適だったんだろうな。


動画・・・うーむ、ようつべには適当な動画が無いな。。しょうがないんで別のところにリンク

http://www.dailymotion.com/video/xat2vz_%E9%88%B4%E6%9C%A8%E9%9B%85%E4%B9%8B-%E8%8F%8A%E6%B1%A0%E6%A1%83%E5%AD%90-%E6%B8%8B%E8%B0%B7%E3%81%A7%EF%BC%95%E6%99%82_music

PV。こうしてみると、「美女と野獣」って風貌ですわな。。。。

ちなみに、↑のジャケ写は、96年に改めてシングルカットリリースされた時のモノですね。
うむ、断り入れておかないと、またクレームが来ちゃうかもしれないからなぁ。。。。


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夏色片想い / 菊池桃子

1986_05_夏色片思い_菊池桃子


今回の1曲セレクトは、「夏色片想い」菊池桃子です。

まずはデータです。

・タイトル    夏色片想い
・アーティスト  菊池桃子
・作詞      有川正沙子
・作曲      林哲司
・編曲      林哲司
・リリース日   1986年5月14日
・発売元     VAP
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 24.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1986年5月26日~6月9日付
・タイアップ: 日立ビデオ「マスタックスHiFi」CM曲

えー、前回に引き続き、今回も80年代の「アイドル枠」と言う感じで、この曲を引っ張って来ましたわ。

菊池桃子「夏色片想い」

うーむ、菊池桃子さんの曲は、主だったところはもうすでに書いちゃったと思ってたんだけど、この曲が抜けてたな。
 本当は、前回も「女性アイドル」だったんで、今回は男性アイドルで行こうと思ってたんだけど、ちょっこっとヒットしてた時期よりまだ、間があったんで・・・とおもって代わりの曲を物色してたら、この曲にぶち当たったんだけど、まだ書いてなかったとは意外だったな。

恐らくねぇ、当時からこの曲、個人的には、印象が薄かったからかもしれない。
オリコン1位獲得曲を印象が薄い・・・っつうのも変な話だけど、まあ、当時、ことに86~87年頃のランキングは、今と同様に、週替わりで入れ替わっていた「猫の目チャート」だったわけだし、だから「1位」だからって本当にヒットしていたか・・・というと疑問だったからね。

 この曲も、とりあえず、初動ダッシュで1位は獲得したものの、ベストテン入りしていたのは、ワタクシのチャートではわずか3週間だったしさ。
 この動きでも分かるように、桃子さんも、この頃になると「固定ファン」御用達なアイドルになって来ていて、 一般のファン、浮動票なヒトたちからは、飽きられ始めていたんだよね。
 まあ、それで25万枚近くも売る力は、まだあった訳だから、この数字を見る限りでは飽きられ始めていたかどうか・・・っていうのは見えにくいけど、少なくともチャートアクション~見ると、そう言う傾向は見えていた訳なんだよね。

うん、前年の85年ごろの桃子さん「全盛期」の頃は、チャートアクションに粘りがあったもんね。
そこから見ると、ベストテンに3週しか居られなくなっていたことは、個人的に熱狂的なファンではなかったけど、少し淋しさは感じてたかなぁ。

その原因は、なんとなっても、「曲調」なんじゃないのかねぇ。
この曲を最初に聴いた時は、もうね「またか」・・・とか思えなかったの。だってさあ、この曲どこを切っても、初期の「SUMMER EYES」あたりの曲の焼き直しにしか思えないんだもの。
さすがに曲に「新鮮さ」は感じ無かったよなぁ。 最初にこの曲の印象が薄い・・・って書いた最大の原因もココなんだよね。
 何か、新たな「サムシング」が欲しい時期だったんだよね、菊池さんにも。大々的な変化とは言わなくても「プラスアルファ」的なサムシングでもさ。

例えば、この曲の前曲の「Broken Sunset」なんかは、それまでのシングルには無い様な緊張感があり、リズムでも細かいリズムがずっと刻んでい来るような変化があった分、新鮮だったし、個人的には好きだった。

だも、この曲は、「なんでぇ、またかよ」・・・としか思えなかったんだよね。

まあ、それは、作り手としても承知していたのか、この曲の次の曲の「Say yes!」で「元気印」っていう変化は見せたものの後が続かなかったしな。

まあ、そんなリリース傾向からして、正直言うと、このヒトの賞味期限も、この辺が限界だったのかもしれないな。
「アイドル」としての・・・というよりも、「シンガー」としての賞味期限ですね。
 確かにこのヒト独特なウィスパーボイスは健在だったけどね、基本、歌い手として器用なヒトじゃないんで、結局、歌える曲調が一つだったんだろうな。だから、最終的にはこの曲のような曲調に行かざるを得なかったんだろうね。



ま、上で曲についてはなんだぁかんだと書いてしまいましたが、「アイドル」性としては、ますます良くなっていた頃でしたね。菊池桃子さん。
だからこそ、ウタは不器用でも安易に切れなかったんだろうなぁ。その辺にジレンマを感じるんだよね。



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もう逢えないかもしれない / 菊池桃子

1985_10_もう逢えないかもしれない_菊池桃子






今回の1曲セレクトは、「もう逢えないかもしれない」菊池桃子です。

まずはデータです。

・タイトル    もう逢えないかもしれない
・アーティスト  菊池桃子
・作詞      康珍化
・作曲      林哲司
・編曲      林哲司
・リリース日   1985年9月26日
・発売元     バップ
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   25.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1985年10月7日〜11月11日付
・タイアップ:グリコ「ポッキー」CM曲

 かなり前に買った本の中に「音楽誌が書かないJポップ批評50」っていうムック本があるんだけど、その中にZARDは、90年代の菊池桃子 っていう内容のコラムが載ってて、思わず頷いてしまった。

 ウムウム・・・なるほど、言われて見ればその通りかもしれないな。

・・・なんて、気安く書くと、「どこが似てんだよ」なんて、ツッコミが入りそうだけどね。

菊池桃子は、アイドルじゃん。 ぢゃ〜、ZARDもアイドル?

っていう感じのツッコミがさ。

 
 いや、実は、むしろ菊池桃子がアイドル「らしく」ないんですよ。

どこが? どう見てもアイドルじゃん。。。


 うん、あくまでマネージメントコンセプトの面でですね。

 菊池桃子がレコードを出すにあたってのコンセプトって言うのが、「だれも彼女だとは気付かない」っていう前提があったのを、意外とだれも知らないだろうな。
(この辺は、林哲司著「歌謡曲」っていう本に詳しく出てるので、キニナル方が居りましたら、読んでみてください)

 もともと、菊池桃子は、トライアングルっていう事務所所属な訳で、つまりは、杉山清貴&オメガトライブなどの、音楽屋集団で、あくまでアイドルを扱う、いわいるゲーノー系プロダクションとは一線を隠すプロダクション所属だったわけだ。

 まあ、そういう関係で、デビュー曲から林哲司氏が曲を書いていたわけだけど、そのコンセプトもあくまで音楽的にシッカリしていること、「いかにもアイドル系」という、きゃぴきゃぴした曲は書かない(というよりも、林氏自身が、そういう曲は拒否してた)。

っていうシッカリとしたコンセプトがあったんだよね。

で、「だれも彼女とは気付かない」・・・っていうのは・・・。

 菊池桃子の1stアルバムのジャケットを覚えてるかな?

 ↓ アルバム「オーシャンサイド」

フォト 


このジャケ写みて、だれも菊池桃子だとは気付かないよね。

 実は、菊池桃子の本音のコンセプトは、このアルバムのジャケットに集約されているんだよね。

 ターゲットを中高生だけに縛らない。大学生が小脇に抱えてても恥ずかしくないアルバム。
 普通にカーステレオで聴けるサウンド作り。。。

っていうのが、実際のコンセプトにはあったんだよね。

 ちなみに、このアルバム、最高位1位 売上げ枚数21.4万枚(LPのみ)なんていう、アイドルのファーストアルバムとしては、異例のハイレベルの売上げを見せる。(ついでに書くと、このリリース時点のシングルよりも売れた)

 つまりぃ、これは、メインターゲットの中高生以外のユーザーも購入した・・・ってことで、作り手の狙いと、ドンピシャリだったわけね。



 実は、これと同じ時期、ZARDをプロデュースすることになる、ビーイング総裁、長戸大幸氏も全く同じコンセプトを考えていたんだよね。

 いわいるアイドルソングぢゃなくて、本格的なサウンドを一流のミュージシャンを揃えて歌うアイドル

・・・つまりは、旧来の「アイドル」っていうフォーマットをぶっこわす。。。っていうアイデア。

 ただ、時期が悪かった。これは、80年初頭に三原順子で実験をしたけど、あまり成功したとはいえなかった。

 まだ、アイドルっていうフォーマットが成熟してなかったからだろうね。

 そういう時期に、似たコンセプトを持った菊池桃子が出てきた。

 長戸氏は手が出せなかった訳ですよ。同じコンセプトのアイドルを出しても、それはコピーとしか見られない訳で。

 だから、待ったわけだよね。時期を・・・。

 ・・・で、満を持したのがZARDだったって訳ですわ。 ただ、ちがうのは、あくまでZARDは、アイドルではないこと。それと、詞を自分で書くことだよね。いわいるソングライターだってこと。

 どちらかというと、菊池桃子が後々、行ったプロジェクト、「ラ・ムー」の延長がZARDって言った方が近いかもしれない。


 でも、いずれにしても、菊池桃子のコンセプトを下敷きにしたことは間違いない。


 でぇ〜、やっと、今回引っ張ってきた「もう逢えないかもしれない」だけど・・・・

 正直、当時、この曲、あんまり好きじゃなかったんだ。 なんか、地味な感じしません? たしかに「ポッキー」のCMで、当時、随分流れてたけどさ。

 84年当時は新鮮な感じがした、ヤマハDX7サウンドも、85年後半になると、ちょっと時代と違くね? っていう感じがしてきたんですよね。

 それを象徴するかのように、この曲のすぐ後、杉山清貴&オメガトライブは、シングル「ガラスのPARM TREE」をリリースして、解散してしまったわけで。。。。

 つまりは、サウンドプロデューサーだった林哲司氏のサウンドが時代と折り合わなくなってきたような感じがしてきたんだよね。

 時代は、本格サウンド志向ではなく、ヒニクにも、ますます「アイドルアイドル」した曲、プロよりもシロートっぽさを求められてきちゃったわけでさ。

 しかも、その仕掛け人が、菊池桃子のプロデューサーの一人でもあった、秋元康氏によって・・・っていのうは、ほんとにヒニクだよなぁ。

 たださ、当時、地味っぽい曲だったよなぁ・・・って感じてたのを、菊池桃子とZARDの関係を知った上で、改めて聴くと、なるほどなぁ・・・なんて、新鮮に聴こえたりして。。。。




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Say Yes! / 菊池桃子

1986_10_Say yes!_菊池桃子






今回の1曲セレクトは、「Say Yes!」菊池桃子です。

 まずはデータです。

・タイトル    Say Yes!
・アーティスト  菊池桃子
・作詞      売野雅勇
・作曲      林哲司
・編曲      林哲司
・リリース日   1986年9月3日
・発売元     バップ
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   20.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1986年9月15日〜10月27日付

 今、ちょうど仕事が繁忙期なんだよね。はっきり言って疲れてますっ! 昨日は1日更新もしないで寝ちゃったしね。今日も体はきついんだけど、前向きにをいきますよ。

 というわけで、この時期で「前向き」な曲って言うと、ワタシなんて、どうしても菊池桃子の「Say Yes!」がでてきちゃったりする。

 え? チャゲアスの「SAY YES」ぢゃないよ。タイトルは同じでも待ったく別の曲。

 いやいや、こっちのほうが先だからねぇ、年代的に。。。チャゲアスの方は後追いなのよ、実際は。
 ただ、チャゲアスの方がめっちゃ売れちゃったからなぁ。「Say Yes!」といって菊池桃子の方を思い浮かべるヒトは、まあ、ひとかけらでしょう、今となっては。。

 でも、この曲は菊池桃子にとっては、めずらしくボジティブな「元気ソング」なのよね。それまではどっちかというと、マイナー系な曲が多かったけど、この曲はもろメジャー系だし、スタンドマイクでふりがはいる(例の「Say Yes」ってところでねぇ・・・。まあ、あんまり振りともいえないが。。。)曲は、めずらしかったのよ、このヒトにとっては。

 でも、なぜか、この時期の晴れた日になると、どこからともなく、この曲が聴こえてきちゃうワタシですねぇ。

 まあ、めっちゃ好き・・・というわけでもないけど、なんか聴いてて気持ちいいのですよ、この時期の温度感とマッチするところが。。


 ただ、細かく見ていくと、林哲司氏なんですねぇ・・・・全体の曲調は。うーん、林哲司氏、お墨付きの菊池桃子の曲っていうかねぇ。。。
 コード進行なんかはいつも通りなんだよなぁ。

 Aメロの、♪ 愛にはぐれたりー 〜 ♪ からのくだりのコード進行とかさぁ。。。
 だから、どことなく、「あ、またか」・・・と思う節もないでもない。

 ただ、そう思う人も多かったのかねぇ。当時、売上げ20万枚を突破したのは、この曲で最後となったわけで。。
 逆に、「ザ・ベストテン」では、この曲が唯一の1位獲得曲なんだよね、菊池桃子にとっては。その辺の対比は、ちょっと面白いけどね。

 もっとも、この当時、レコード売上げと、有線、ラジオ、ハがキ・・・のほかの要素で、折り合いがつかなくて、全体的に得点が低かったんでねぇ、1位獲得といっても、それほどびっくりするほどのレベルではなかったんだけどさ。
 
 ちなみに、1位を獲得した1986年9月18日放送分の得点7929点は、ベストテン史上、3位のワースト記録。
 ま、それだけ、当時も今と同じように、オリコンチャートが「猫の目」チャートで変動してたからなぁ。。。





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SUMMER EYES / 菊池桃子

1984_08_SUMMER EYES_菊池桃子







今回の1曲セレクトは、「SUMMER EYES」菊池桃子です。

 まずはデータです。

・タイトル   SUMMER EYES
・アーティスト 菊池桃子
・作詞     秋元康
・作曲     林哲司
・編曲     林哲司
・リリース日  1984年7月10日
・発売元    バップ
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数  19.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位13位

 しかしさ、今考えると80年代の中盤くらいまでは、音楽番組が多かったよなぁ。

あ、これは、生放送、録画は別にして、アーティストが生で歌う番組が多かったってこと。
それを考えると、昔のアーティストは大変だったねぇ〜。今はPVがあるから楽だねぇ・・・・。

 やっぱさ、口パクにしろ、生にしろ、そのアーティスト本人が歌うってことに意義があるんじゃないかなぁ。
 その日の体調によって歌い方も、声も変わるし、番組よって曲の速さもちがったりする。。。(これは番組のタイムキーパーの関係が大きい)

 それだから、よかったって言う部分も大きいんじゃないかなぁ。PVだと、いつも同じ映像になっちゃう。それってやっぱし味気ないんじゃないかなぁ。。。


・・・・と、本題と随分ずれちゃったけど・・・・

 この曲は、菊池桃子のデビュー第2弾シングルね。で、同時にオリコンで初めてベストテン入りした曲でもある。

 2曲目でベストテン入りしたアイドルは大きくなる・・・っていうジンクスがこのころはあったんだけど、たしかにそうなったよね。
 ちなみに、松田聖子、中森明菜、中山美穂・・・それぞれデビュー2曲目でオリコンベストテン入りをさせてきていたりする。

 まあ、違うパターンのヒトの方が圧倒的に多いけどね。。。

 曲調的には、デビュー曲の「青春のいじわる」と基本的に大きく変わってない。
 
 最初聴いた時、どこが違うねん・・・・? ってあの時代でも思ったぐらいだから。。。

 でも、なぜか、この曲は、グサッときちゃったんだよね。
「青春のいじわる」の時はなんにも感じなかったのに。このヒトに対して。

 やっぱりサビの部分なのかなぁ

♪ 君のせいじゃない、そんなに自分を責めたら悲しくなるわ
 悪いのは私 困らせばかり ごめんね 好きだったこと ♪

って部分。

 いまから見ると、「青い」よなぁ〜・・・・なんて思っちゃうけど、やっぱり、純粋だったんだよね。あのころってまだ。


 音楽を届ける側としては、本当は、こういう「純粋」な気持ちはいつまでも持ち続けなきゃいけないんだろうけど、実際のところはなかなか難しいよねぇ〜。。。

 それでも、あのころの気持ちを忘れないためにも、このころの曲は時々、いまでも聴くのよ。

 そうすると、気持ちは「15才のあの夏」に戻れる。音楽の力って不思議なんだよね。


 それと、サビの

♪ きみのせいじゃない そんなに自分を 責めたら悲しくなるわ〜 ♪ の部分

 後年、1991年にNHKで放映した、大林宣彦監督の「ふたり」の主題歌に似てない?

 え? しらない? ・・・・そ、そうだよね。。。マイナーな作品だったから。。。あせあせ

 いずれにしても、キュンとしてしまう作品です。この曲から本格的に菊池桃子が受け入れられるようになったな。





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BOYのテーマ / 菊池桃子

1985_05_BOYのテーマ_菊池桃子






今回の1曲セレクトは、「BOYのテーマ」菊池桃子です。

 まずはデータです。

・タイトル    BOYのテーマ
・アーティスト  菊池桃子
・作詞      秋元康
・作曲      林哲司
・編曲      林哲司
・リリース日   1985年5月15日
・発売元     バップ
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   34.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1985年5月27日〜7月22日付
・タイアップ:映画「テラ戦士BOY」テーマ曲

 昨日書いた、チェッカーズの「Blue Moon Stone」は、昨日が気持ちいい日だったから・・・ってことで、急遽、変更して持ってきたんだけど、実は、もともと、今回、持ってきた、菊池桃子の「BOYのテーマ」を用意してたんだよね。

 まあ、スライド・・・ってことで、今回、改めて持ってきますわ。 

 あ、いや、この曲自体、「天気悪い」内容を歌っているわけではなく、なんとなく、ジメッと曇り空のような、ちょっと暗いイメージがありません?
 
 うーん、個人的には、そんなイメージがあるんだけどね。まあ、ヒットが丁度、今ごろの季節ってことで、「梅雨空」のイメージがあるんだよね。

 いや、85年の今頃の曲って、なぜか、こう、ちょっと「淋しい」イメージがあるのは、どうしてかねぇ・・・。

 恐らく、このころ流行ってた、音色のせいもあるんだろうな。ヤマハのDX7の音ですよ。

 いや、プリセットの音色自体は、必ずしも「淋しい」イメージはないんだけどね、特に林哲司氏が多用した、ややAORのエレピに近い音色は、どうも淋しく聴こえるんだよねぇ。

菊池桃子の「今頃」、4月〜5月にリリースした曲って、どうも、この曲とダブるきょくが多いんだよなぁ。86年の「夏色片思い」しかり、87年の「アイドルを探せ」しかり。
 どうも、今一つスコーンと抜けるようなイメージが少ないんだよね。折角の初夏だったいうのにねぇ。

 それと、この曲の、入りのサビ〜Aメロに挟まってる、8小説の、インストの部分にかぶさってくる、16分音符でクルクル動く、シンセの部分が、印象的だな。

 あそこ、ザ・ベストテンでは「手弾き」してたから、よーく、つまづいてたねぇ〜、いわいるミストーンってやつ。

 なんか、そんな印象ばっかが強いな。


 メロディラインのインパクトは、やっぱ、どうしても、「卒業」にはかなわないよね。「大ヒット」を受けての曲だから、どうしても霞んでしまう。

 売上げ的には、映画主題歌っつうことと、やっぱり「卒業」を受けての「アーティストパワー」って言うのもあって、この曲も30万枚突破となってるんだけどさ。 結局、これが最後の30万枚突破だったしな。

 ただ、この後、この曲がモチーフのようなメロディラインの曲が続いたんで、ちょっと「飽きた」ってのもある、個人的には。

 いま思うと、その辺がちょっと残念だったけど、結局、このヒトには、この展開しかなかったんだろうな。

 それにしても、このヒトは、昔から変わんないね。ワタシより、ひとつ年上の同世代だけど、未だに若いっ。

 今、この曲歌っても、通用するかも・・・よ。

だからして〜、「ヘアカラー」のCMにでている桃子様に涙してしまう訳です




どうでもいいけど、この「BOYのテーマ」と、松田聖子の「BOYの季節」が同時期にヒットしてたじゃん。同じ「BOY〜」って言うタイトルなんで、たまに、どっちがどっちだか、ごっちゃになるんだよね〜・・・未だに


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青春のいじわる / 菊池桃子

1984_05_青春のいじわる_菊地桃子






今回の1曲セレクトは、「青春のいじわる」菊池桃子です。

まずはデータです。

・タイトル     青春のいじわる
・アーティスト   菊池桃子
・作詞       秋元康
・作曲       林哲司
・編曲       林哲司
・リリース日    1984年4月21日
・発売元      バップ
・オリコン最高位  13位
・売上げ枚数    14.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 22位

 うーん、またまた秋元康作品になっちゃうなぁ・・・。まあ、この時期・・・っちゅうか80年代のこの時期、多いんだよな、秋元氏の曲が・・・。 なんでセレクトされる確率も高い・・・ってわけで。。

 青春のいじわる 菊池桃子

 この曲を初めて聴いたの・・・・う〜ん、いつだったかなぁ? いまとなっては良く覚えてないんだけど、たしか、この曲CMで流れてなかったっけ?
 タイアップとかそういうのではなくて、この曲の「スポット」として、かなり頻繁に流れてたのを覚えてるなぁ。

 なんかね、この曲のサビの部分の

♪青春のためらいのなかで 僕たちは動けずにいたね〜 ♪

の部分をテレビでよーく見てた記憶はあるんだよなぁ。

 今でこそ、CDリリースのテレビスポットCMなんて、そんなに珍しくないけど、当時は、しかも「新人」のデビュー曲で・・となると、ちょっと珍しかったからねぇ。

 まあ、それだけ、事務所(トライアングル)もバップも力を入れてたって事なんでしょう。

 たださぁ、最初聴いた感想ってのが、これまた、ハッキリしてなくてさ、「あ、うたヘタ」っていうのと、アイドルかぁ、売れないだろうなぁ・・・としか思わなかった様な気がする。

 うん、お世辞にもウタはうまくなかったよね。弱弱しくて、たどたどしくて、アイドルっぽいといえば、アイドルっぽいんだけど、お世辞にも印象に残る、インパクトがある・・・っていうイメージは、全く受けなかったっていうのが、正直なところだったかなぁ。 なんか存在感が希薄だったんだよね、イメージとして。

 だからさ、この曲オリコンで13位まであがってきた時には、逆におどろいたね。「なんで?」って感じで。

 このテのアイドルの子は当時でも履いて捨てるほどいたような気がするし、ここまで印象に薄かったコが売れるっていうのは、それまでの80年代型アイドルもいなかったからね。

 一段と進んだ、「隣の○△子ちゃん」タイプ。ほんとどこにでもいるコがアイドルになる・・・っていうものの典型、口悪く言えばシロートに毛が生えた・・って感じでさ。
 しかも、このヒトの場合、オーディション優勝とかの経歴もなく、「スカウト」でゲーノー界入りしたわけで、なんの「書割」もなかったわけだから、余計「隣の・・・」っていう印象が強かったんだよね。
  
 うん、それでもたしかに可愛かったけどね。いくらとなりの「○△子」ちゃんって言っても、ここまでのコはそうそう居なかったしさ。普通では。

 考えてみれば、最終兵器の「おニャン子」へ向かう布石っていうのは、この菊池桃子から始まっていたっていってもいいのかなぁ。

 奇しくも、ブレーンに「秋元康」が付いていたのも、そういう印象があるしさ。


 ただ、曲については凝ってたよね。当時のアイドルの曲としてはニューミュージック的な軽いサウンド、そう、あの当時のキーワード「シティポップス」っぽかったし。

 シティポップスっていったら、当時はやっぱり林哲司氏だと思うんだけど、林氏独特のヤマハDX7のプリセットを存分に使った音色でね。

 まあ、見方によればほとんどオメガトライブとどう違うの? とも取れるんだけど、いまとなっては、これぞ「1984年」って言いたくなるような音色だよね。
 うん、個人的には、この「DX7」の音色が「1984年」なんだよなぁ。一発で分りますよ、この時代の曲だってさ。
 それもオリジナリティの一つなんだよね。
いまでは、音色、サウンドの特徴で「何年」っていうこともできなくなっちゃったからさあ。

話が脱線した。。。

そんなことで、曲自体はアイドルっぽくなかったよなぁ、いま考えると。 間奏でサックスが入るじゃん。ここがね、この頃のアイドルには無かったんですよ。まるでシティポップス・・・っていう感じで。
 ま、作曲の林哲司氏も、自身の著書「歌謡曲」で、アイドルに書くという意識で書いては居なかったって言ってたりするしね。

 そんなシティポップスの雰囲気の中に、希薄な線の細い、あのウィスパーボイスが乗っかると、それまでありそうでなかった独特の雰囲気が出来上がるわけなんだよね。

今でも、サビの ♪ せーいしゅんの ためらいの中で〜 ♪ って部分の音を聴くと、いい意味でゾクゾクっと来る私だっりするんだよね。



結局、歌がヘタだろうが、楽曲を本気で作っているかどうかなんだろうなぁ。
となりの○△子ちゃん的なアイドルは数多くいだけど、消えてったヒトたちは、得てして、曲がイマイチなんだよな、考えてみれば。


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アイドルを探せ / 菊池桃子

1987_04_アイドルを探せ_菊地桃子






今回の1曲セレクトは、「アイドルを探せ」菊池桃子です。

 まずはデータです。

・タイトル   アイドルを探せ
・アーティスト 菊池桃子
・作詞     売野雅勇
・作曲     林哲司
・編曲     林哲司
・リリース日  1987年3月25日
・発売元    バップ
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  16.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1987年4月6日〜4月27日付
・タイアップ:映画「アイドルを探せ」主題歌


 なんか、久しぶりにセレクトしてきた感じがするなぁ、菊池桃子の曲って。
まあ、その前に、これまでに「主要」な曲は書いちゃった気がしてたんで、ずっと「視野」に入ってなかった・・・ってのもあったかなぁ。 いやいや、たまたま、このヒトのヒット時期に入ってなかったんだよね。

 だけんど、気が付いてみたら、まだ、書いてなかった曲があった。で、それが、ちょうど、「今頃」のヒットだったんで、ちょうどいいワイ・・・とばかりに持ってきたって感じだったりしてね。

 それが、今回引っ張ってきた、「アイドルを探せ」って曲。

 でもまあ、正直、この曲に特別思い入れがあったわけでもないのよね。
 感じてたのは、なんかねぇ、ワンパターンだよなぁ・・ってことなんだよなぁ。

 メロディラインといい、色合いといい、85年の「BOYのテーマ」とか、86年の「Say yes!」とどう違うの? って感じがしたりしてさあ。

 作曲の林哲司氏も、このころになると「ネタ切れ」だったんじゃないかねぇ・・・なんて思ったりして。。

 それは、ワタシだけでなく、多くの人が感じてことなのか、この曲が「最後の1位獲得曲」となってしまったのよね。菊池桃子としては。

 ただ、そうは言っても、この曲を聴くと、87年の風景が浮かんできたりする。
 ワタシで言えば、「高校3年」だったあの頃の風景。 それが不思議なんだよなぁ。上でも書いたように、取り立ててよく聴いてた曲でもないんだけどねぇ。。。

 それが不思議といえば、不思議な感じがする曲だよなぁ、ワタシにとっては。

 それは、きっと メロディラインは、ワンパターンでも、87年ならではの「音」があったからなんだろうけど、それがよくわからない。
 ま、確かに、初期の菊池桃子のように、林哲司氏得意の「YAMAHA DX7」のプリセット音色からは、若干離れたってところはあるかもしれない。
 ・・・とはいえ、全く離れたわけではなく、味付けとして「DX7」は鳴ってたわけで。。。


 それは、そうと、この頃になると、菊池桃子も、レコードのリリース間隔が不定期になってきてたんだよね。 
この曲にしても、前曲の「Say yes!」から半年も開けた上でのリリースだったし。

 もっとも、この間、菊池桃子自身の大学受験があったってのもあるだろう。 それとともに、「アイドル菊池桃子」からの脱却っていのもあったのかもなぁ。。。


それにしても、この頃は「アイドルを探せ」なんていう時代だったけど、最近じゃ、「桃子のヘアカラー」なんて白髪染めのCMだもんなぁ。。。
 あのCMが流れる度、時代は確実に流れている・・・なんて涙してしまうワタシです。



なんか、音程を外しまくっているイメージがあったんだけど、意外とちゃんと歌ってましたね。
それにしても、この曲を聴くと、受験と恋愛で「青春の悶々」を送っていた、17歳のあの頃を思い出すわ。



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Broken Sunset

1986_02_Broken Sunset_菊地桃子






今回の1曲セレクトは「Broken Sunset」菊池桃子です。

 まずはデータでーす。

・タイトル     Broken Sunset
・アーティスト   菊池桃子
・作詞       有川正沙子
・作曲       林哲司
・編曲       林哲司
・リリース日    1986年2月13日
・発売元      バップ
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    21.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1986年2月24日〜3月17日付

うーん、もうすぐバレンタインデーか。。。

うんにゃ・・・まてよ、ワタシにとっちゃ、バレンタインデーなんて、カンケーないのだ。チョコもらうわけでも無し・・・。

ふーんだ、バレンタインデーなんてだいっキライ・・・という事で、「さみしー唄」⇒「失恋ソング」・・・・っちゅうことで、この曲を引っ張ってきました。

 Broken Sunset /菊池桃子

 リリース日は1986年2月13日。 どうしてね、「バレンタインデー」というハッピーな日の前に「失恋ソング」をリリースしたんでしょ?

 ・・と思ったりしちゃいますが、さみしーワタシにとっては、「同情引ける唄」として、逆にうれしいですよ。ほんとに。


 菊池桃子の曲っていうと、ミディアムテンポで、ホンワカ、ノッペリとした印象が強かったんだけど、この曲に関しては、それまでの曲とは全く違ってたなぁ。

 16ビートにのせたアップテンポ。音の輪郭もはっきりとしてるし、およそアイドルの曲っぽく無かったですよね。

 まあ、何度も書くようにこの時代はアイドル全盛期。そういうわけで全体的には「ゆるい」曲が主流だったんだけども、あの頃、アイドルの曲でも一部実験的な曲が混じってたりしたんだよね。

 たとえば、河合奈保子「THOURH THE WINDOW」とかさ。ほとんどU2だったじゃん。河合奈保子とU2? おおよそ予想が出来ないけど、これがすごかったよね。大迫力で・・・。

 ま、こんな感じで一部、アイドルと洋楽とのコラボっぽい実験があったわけですわ。
 
 で、この「Broken Sunset」もそんな曲の1つなんじゃないかなぁ。
 ま、この曲の場合、作曲が林哲司氏なんで、純粋な洋楽ではないんだけど、林哲司氏の場合、元々が洋楽嗜好が強い作曲家ですからね。
 本来は、こんな感じはお手のなわけですわ。

 ・・というか、林氏が菊池桃子を引受けた背景として、元来のアイドルアイドルした曲は歌わせない。 大学生がカーステで聴いても恥ずかしくない曲。っていう2大原則で引受けたっていう経緯もあるけどね。
 うん、菊池桃子が所属してたトライアングルって、社長の藤田浩一氏からして、GS出身のミュージシャンであり、だから、ゲーノー志向というよりあくまでアーティスト志向な方なので、やはりそういう流れになるんでしょうね。

 そういう意味で、単なるアイドル「菊池桃子」ではなく、アーティスト「菊池桃子」として、一番、それらしい仕上がりになったのが、この「Broken Sunset」ではなかったかな。

 詞のほうも、昨日書いた浅香唯の「STAR」同様、有川正沙子女史。まず、大人っぽいんだよね内容が。ことアイドルと意識した内容ではないと思うな。とてもニューミュージックっぽい。

 有川女史は、寺尾聰と組んでたヒトなんですよね。「シャドーシティ」「出航」なんかは有川女史によるものだし・・・。もともとニューミュージック系のヒトなんだよね。

 いずれにしても、なんか、ブラックコーヒーでも飲みながら聴きたい渋い1曲に仕上がりましたよね。


 個人的にも菊池桃子の曲としては印象に強い1曲だな。
一般的には、いまとなっては陰に隠れた存在っぽくて、もったいないんだけどさ。


 ジャケ写・・・ちょっと暗いよね。縮小するとなんだかよくわかんないなぁ、見づらくてスイマセン。





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