かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

荻田光雄

秋からもそばにいて / 南野陽子

1988_11_秋からもそばにいて_南野陽子






今回の1曲セレクトは、「秋からも、そばにいて」南野陽子です。

 まずはデータです。

・タイトル      秋からも、そばにいて
・アーティスト    南野陽子
・作詞        小倉めぐみ
・作曲        伊藤玉城
・編曲        荻田光雄
・リリース日     1988年10月8日
・発売元       CBSソニー
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     27.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1988年10月17日〜11月21日付
・タイアップ:江崎グリコ「ポッキー」「アーモンドチョコレート」CM曲

 最近はウタ番組の生放送って少なくなったからねぇ、放送中のハプニングって、ほとんど見なくなったよね。
 え? NG大賞? ちげーよ。マジのハプニング。。

 ・・・なんて、当時を知っているヒトには、ハイハイハイ・・・っていうフリを書いて見る。。あせあせ

 ハイ、今回、引っ張って来た、曲は、南野陽子の「秋からも、そばにいて」だからして。。。

 うーん、この曲って言ったら、どーしても、「ザ・ベストテン」での思いっきり「歌詞忘れ」事件・・・っていうのは、外して語れないっていうイメージが強いんだよなぁ。

 そそそ、あれは、丁度27年前、1988年11月3日放送分、第3位時ですよ。

 あん時は大変だったよね。1番のAメロから、全然歌詞が出てこなくなっちゃってねぇ、マジメなナンノちゃんだったんで、途中でガクガク震えだしちゃったり見てて痛いしかったもんなぁ。。。


 いや、大体において、この曲は難しいんだよねぇ、メロディラインもなんとなしに覚えにくいし。。。

 でもって、アレンジもめっちゃ、大げさ・・・っちゃ失礼だけど、ちょっと力入れすぎ・・・ってくらい、もろ賛美歌・・・なアレンジに施してたりして。。。
 バックの音聴いてたら、つい、歌詞も出てこなくなっちゃいますよ。。


 ・・・なんて、ナンノをフォローしたりして。。。


 いや、でも、マジで、この曲は、アイドルポップスとしては、かなり複雑な曲になっちゃってるよなぁ・・・っていうのは、否めないですよ。

パイプオルガンから始まる荘厳なイントロ。そこから展開される、ポップスとクラシックを融合させたかのようなサウンド。
 このポップスとクラシックの融合的な展開は、後年、浜崎あゆみでも見られるんだけどね。そそそ、例えば2002年の「Free&Easy」とか「Voyage」なんかはそんな感じだったしな。

 もちろん、これで、きちんと歌いこなさせれば、それなりに高クオリティの曲になる仕掛けだけど、如何せん、当時のナンノには、荷が重すぎたんじゃないですかねぇ。

 この「歌詞忘れ」の時は特別としても、そのほかの時も、歌いずらそうだったもんな。。キーも高いしさ、落ち着けないんだよ。
 これは、完全に作り手の方が、力入れすぎたよなぁ・・・。


 まあ、だけんども、この曲の反省からか、この曲の次の「涙はどこへ行ったの」は、めっちゃ簡単なシンプルな曲になり変わったんだけど。。。ふらふら

 とは言うものの、この曲で、売上げの方は、再度、伸びてるんだよね。
 たしかに曲自体は悪くないからなぁ。曲のクオリティは高いと思うし。 ただ、逆に、ハードルを高くしすぎた・・・ってことで。。
 だから、まあ、この売上げについては、一応、納得の範囲だったかなぁ。。。


ちなみに、この間から何曲も書いてるけど、この曲もグリコ「ポッキー」のCM曲だったんだよね

↓ コレ


抽選で「オレンジカード」プレゼントってあるけど、時代ですねぇ。いいですねぇ。 今では「Suica」などにとって代わったんで、発売中止になっちゃったものね。
 このナンノのオリジナルオレンジカードってどのくらいのプレミアムになってるんですかねぇ。






ベストテンでの「歌詞忘れ」事件の時の映像は、昔あったんだけどね、今は消されちゃったようだ。
なので、「カンパケ」の動画にて。


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誘惑のチャチャ / 田村英里子

誘惑のチャチャ_田村英里子






今回の1曲セレクトは、「誘惑のチャチャ」田村英里子です。

 まずはデータです。

・タイトル    誘惑のチャチャ
・アーティスト  田村英里子
・作詞      森雪之丞
・作曲      辻畑鉄也
・編曲      荻田光雄
・リリース日   1991年10月9日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数   2.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 23位

 前回の「ギンギラギンにさりげなく」では書きすぎて長文になっちゃったんで、今回はいきなり本題に入っちゃおうかな。

 田村英里子の「誘惑のチャチャ」

 この曲、今までも、書こう書こう・・・と思っているうちに時間が経っちゃったな。ヒット時期を過ぎないうちに書いときましょう。

 何分、ランクインしてた期間がめっちゃ短いもんで・・・。オリコンのベスト100に3週間しかランクインしてなかったの、この曲。
 ロングヒットが多かった1991年にしては、最高18位だったのに、異例な短さだよなぁ・・。

 まあ、それだけ、あの年は「アイドル冬の時代」だったって言えるんだけどね。

 でもさ、ワタシ、この曲好きなんだ。エロっぽいじゃん。あの清純派アイドルだった、田村英里子も、売れなくなったら、こうなっちゃうのね。。。。って想わせる様な曲。

 のっけから ♪やめて アンアンアン 誘惑のチャ〜チャ ♪ よ。

 これは、正直言って、まったく想定外な流れの曲だったよなぁ。森雪之丞氏も、気合入ったでしょう。こういう路線で行くと決まった時は。

 たださ、あの当時の田村英里子ぢゃ、ちょっと艶っぽさが、もうちょっとだったかな・・・とくに♪アンアンアン〜♪ の所は。

 それでも、充分だったのです、当時は。「夜食」のおかずになりました。ふらふらあせあせ(飛び散る汗)ダッシュ(走り出す様)衝撃


 詞だけじゃなくて、マイナー系のラテン調のサウンドが、これまた、意外とやらしいんだよね、雰囲気が。
 昭和40年代のキャバレーexclamation & question って感じで。(というアンタは行ったことあんのか・・・ってとこだけど。。。)

 プラス、ジャケ写も胸の辺りに目が行っちゃう感じじゃん。あらら、意外と谷間が大っきいんだな。。。なんてダッシュ(走り出す様)衝撃

 
 しかし、なして、こんな曲調の曲を歌うことになってしまったのか・・・っていうのも、ちょっと謎なんだけどさ。

 この、つい1年前まで、清純お嬢さん路線だったぢゃないですか。
 松田聖子なきあとのサンミュージックの「期待の星」だったぢゃないですか。


 うーん、やっぱ、ゲーノー界、売れなくなったら、あっちに売っとばしちゃうんだぞ〜・・・。

 なんて、「見せしめ」的な発想なのかなぁ。


 そんな、アイドル「晩年」の田村英里子さんですが、何年も見かけなくなったななんて思ってたら、いまや、ロスでセレブ生活だそうで・・・。
 しかし、アイドル失敗の後、ロスに渡って成功なんて、うーん、人間の人生なんてわかんないもんだな。。。




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禁区 / 中森明菜

1983_10_禁区_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「禁区」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル      禁区
・アーティスト    中森明菜
・作詞        売野雅勇
・作曲        細野晴臣
・編曲        細野晴臣 荻田光雄
・リリース日     1983年9月7日
・発売元       ワーナーパイオニア
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     51.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1983年9月19日〜12月5日付

 久しぶりに明菜です。 今回、引っ張ってきたのは「禁区」。

 いままで、結構、中森明菜の曲、書いてきてたようで、意外とまだ、書いてない曲があるんだよね。
 まあ、大体が、中期以降の曲なんだけど、初期の頃の曲では、まだ、この曲、書いてなかったんだよなぁ。

 ・・・・というのも、この曲、なかなか書くの難しくてさ。。。

 う〜ん、なんか「これ」っていう特徴があれば、すぐ書けるんだけど、この曲に関しては、「これ」っていう特徴、インパクトがないんだよなぁ。あ、これは、サウンド面で・・・ってことでね。

 作詞は、売野雅勇氏。売野氏と中森明菜といえば、ブレイクのきっかけとなった「少女A」からの担当だから、まあ、中森明菜とは切っても切れない関係にこの頃はあったんだけど、こと、「詞」という面では、この曲の詞が一番よく出来た・・・と、後日、ご本人が語っていましたねぇ。(ヤンソン84年5月号の作家インタビューより)

 この時、中森明菜は18歳だったんだけど、18歳くらいの女の子がいだいている感情、心理をストレートに表現することが出来た・・・って語ってましたねぇ。

 なるほど、この曲の場合は、サウンドではなく、詞の面で売れたんですよね。

 正直、当時、この曲が50万枚も売れるような曲だとは、思わなかったの。
 この前の曲の「トワイライト」が42万枚でしょう。 個人的には、「トワイライト」の方がわかりやすくて良かったもの。当時は。

 まあ、でも、確かに、それまでミディアムバラード⇒ロックチューン のくり返し、っていうリリースパターンからは、この曲をきっかけに全く変わった・・・という面では、実験的であり、冒険した1曲であったことには変わりないんだけどね。

 作曲は、細野晴臣氏。 このころの細野氏は、Y.M.Oの活動と平行して、中森明菜のこの曲や、松田聖子の「天国のキッス」「ガラスの林檎」と、当時のアイドル両巨頭の曲を手がけるなど、八面六臂な活躍でしたわね。

 たださ、松田聖子の「ガラスの林檎」は、別にして、往々にして、分りにくいメロディラインが特徴なんだよね。

 「天国のキッス」なんて、転調に次ぐ転調で、分かりにくかったもんね。分りにくいっていうか、イメージがまとまんないんだよね。

 当時、ヤンソンの近田氏の「新曲激評」で「細野さんでしょ、この曲」なんて、軽いイヤミを書かれてたりしてさ。

 この「禁区」もどちらかといえば、そういうイメージがあるんだよなぁ。

 でも、もともと、最初に提供した曲は、この曲ぢゃなかったんですよね。

 Y.M.Oで「君に胸キュン」のあとに「過激な淑女」っていうシングルリリースしてたの、覚えてますかねぇ。

 実は、あの曲は、最初、中森明菜用に書かれた曲だったらしいんだよね。

 でも、当の明菜嬢は、お気に召さなかったようで・・・・あせあせ

 それでも、細野氏としては、出来はよかったらしく、ボツにするのはもったいないんで、自分たちで歌っちゃったらしいですわ。

 で、次に作ったのが、この「禁区」なわけですね。ただ、この曲については、逆に、細野氏は、あんまり自信がなかったようですが・・・。

 アレンジも、細野氏が担当していますが、荻野光雄氏との共同ということで・・・。打ち込み部分は細野氏、ストリングスとコーラスは荻野氏がそれぞれ担当・・・・と、これは、わかりやすい分担アレンジでしたね。

 同時期の松田聖子の「ガラスの林檎」も、細野氏と、こちらは大村雅朗氏との共同アレンジだったんですが、こちらは、どの部分をどちらが担当したのか・・・っていうのが、ちょっと分かりにくかったもんね。

 うん、それに比べたら、わかりやすい曲ではありましたよ。


 でもさ、よくよく考えたら、この曲があったからこそ、後々の中森明菜があった・・・とも言えるんだよね。

 この曲で、それまでの曲パターンを打ち破った・・・っていうのは、やっぱり冒険だったろうし、画期的だったしさ。

 曲内容はともかくも、これ以後の明菜の「フック」となった曲だったとは言えるでしょうね。



 それでも、個人的には、次の「北ウィング」の方が、中森明菜の特徴を完成した・・・という点でも好きだったんだけどなぁ。わかりやすかったし。。。




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