かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

織田哲郎

世界が終わるまでは・・・ / WANDS

1994_06_世界が終わるまでは_WANDS






今回の1曲セレクトは「世界が終わるまでは・・・」WANDSです。

 まずはデータです。

・タイトル    世界が終わるまでは・・・
・アーティスト  WANDS
・作詞      上杉昇
・作曲      織田哲郎
・編曲      葉山たけし
・リリース日   1994年6月8日
・発売元     ビーグラム
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   122.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1994年6月27日〜8月22日付
・タイアップ:テレビ朝日系アニメ「スラムダンク」主題歌

 考えてみれば、ビーイング系の曲って、今まであんまり書いてなかったなぁ。
ま、個人的に、かなり「辟易」している部分もあるんだけどさ。なんせ、90年代、これでもかーってくらいビーイング系の曲は耳にしたからなぁ。未だに食傷気味ってところがあるのも事実なんだけども。。。

 さて、今回は、そんな中ビーイング系どえす。

WANDSの「世界が終わるまでは・・・」。。

まあ、だいたいのヒトは「スラムダンク」の主題歌(エンディングだっだっけな)として覚えているんじやないかなぁ。

 ワタシ的にはスラムダンクは、見てなかったんだけど・・。あ゛、「マンガ」は読んでましたよ。 「ジャンプ」に掲載されてた頃。

 だから、この曲に対しては、純粋にヒット曲として接したという感じだね。

 たださ、最初はなんとも思わなかったんだよなぁ。すでにこのころになるとビーイング系っていうのにも飽きてたっていうのもあって、ろくに聴いてなかったこともあるかもしれない。

 たださ、よくよく聴いてみるとなかなかいいんだよね。キャッチーな引っかかってくるメロディラインっていうのは、まあ、いつものビーイング系なわけで、特に変わったところは無いんだけど、何ていうのかなぁ・・・、それが分っていてもなお曲に引っ張られる何かを感じたんだよなぁ。
 それが何かはよくわかんないんだけど・・・。

 まあ、一つはこの曲は、WANDSの曲の中で唯一「カラオケ」で歌いやすい曲ってこともあるかも知れんけど・・・ (ちなみに、アッシもよく歌います

うん、不純な動機なんだけどね。でも、カラオケで歌いやすいって事はそれだけ親しみやすいメロディラインって言うこともいえるわけだしさ、そういう意味では、WANDSの曲の中でも最も「大衆的」な曲ってもいえるんじゃないかしらね。

 この曲、売上げは122万枚と、この前の「Jumpin'Jack Boy」の売上げ83万枚から大きく伸ばしてるんだけど、まあ、一つは「スラムダンク」っていうところも大きいんだろうけど、それだけではなく、この曲の大衆性っていうのも大きかったんじゃないかなぁ・・と思うんだよなぁ。

 ちなみに、この曲がWANDSとしての最後のミリオンセラーになったわけですわね。



蛇足だけど、この曲聴くと、この年の猛暑を思い出すなぁ。 35℃を超える炎天下、焼けたアスファルトの匂いが、どことなく鼻腔に漂ってくるんだよね。



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シーズン・イン・ザ・サン / チューブ

1986_06_シーズン・イン・ザ・サン_チューブ






今回の1曲セレクトは、「シーズン・イン・ザ・サン」チューブです。

 まずは、データでーす。

・タイトル     シーズン・イン・ザ・サン
・アーティスト   チューブ
・作詞       亜蘭知子
・作曲       織田哲郎
・編曲       織田哲郎
・リリース日    1986年4月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  6位
・売上げ枚数    31.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1986年6月2日〜8月18日付
・タイアップ:キリン「ビン生」CM曲

日本の夏の風物詩、TUBE登場!!   

ま、ようやっと・・・・と言ってもいいのかなぁ。今まで、1曲も書いてなかったんだよね。

「夏」といったらTUBE。TUBEといったら「夏」という具合に、日本の夏とTUBEは切り離せませんな・・・と書くのは、まあ、大げさなんだけど、やっぱし、こう、蒸し蒸し暑くなってくると、TUBEの季節と無意識になってしまうわけで・・
やっぱし、この曲しかありません、「シーズン・イン・ザ・サン」


 そのまえに、「TUBE」っていうアーティスト名になったのって、この曲からなんだよね。
 って、あれ? 意外と知られていないかなぁ?

 TUBEは、1985年6月デビューなんだけど、それまでは、「THE TUBE」と頭に冠の「THE」が付いていたんだよね。
 で、見てくれも、ブルーと白のストライプのジャケットなんか着たりして、いかにも、お仕着せだろ? っていう格好で、一世代前も二世代も前のGSのようなガレージっぽい音楽やってたんだよね。

 そう、「夏」! とはほとんど、関係ない音楽だったのですよ。
 そうさねぇ、当時のウレセンだった、チェッカーズとか、SALLYの2番煎じと言うか、3番煎じというか・・。
そんな感じだったんだよね。
 その印象からして、まさか、30年も続くバンドとは、全く思っても見てなかったな。
 
 それでもデビュー曲の「ベストセラー ザ サマー」はやっぱり、キリンビールのCMタイアップが付いてたんで、そこそこ売れた。
 BUT、第2弾の「センチメンタルに首ったけ」はノンタイアップで全く売れず・・・。

 これに懲りた、メンバーが、とにかく「お仕着せ」から脱却して、Tシャツとジーンズのラフな格好で、ラフに音楽をやっていく、ついでに、アーティスト名も「THE」をとって、ラフにやっていく・・・・・という意気込みで、再起をかけてリリースしたのが、この曲、「シーズン・イン・ザ・サン」というわけだよね。

 それが功を奏したのか、大ブレイクを果たしたわけだ。

 たださ、個人的に書くと、今になって思うと、なんで、こんなに売れたんべか・・・と頭をひねっちゃうんだよね。

 まあ、あの当時、とにかく聴きすぎて、いい加減食傷になっているってのも大きいんだけどさ。自分で引っ張ってきてなんだけど、ここだ! っていう部分がよくわかんないんだよね。

 強いて言えば、この曲の仕掛けかなぁ。のっけから、♪wow wow wow〜♪というコーラル風ハミングのイントロで、涼しい風なイメージが流れたと思ったら、いきなし、

 ♪ STOP THE SEASON IN THE SUN〜 ♪

と、暑苦しい・・・・  もとい、夏のギラギラした太陽の下というイメージにガラリと変化する。

 この「温度差」がいかにも夏っぽいんだよね。

 そうそう、やっぱし、「夏」なんですよ。この曲の主題は。逆に言うとそのキーワードだけで充分な曲なんだよね。

 このあいだも、85年の夏は天候不順で冷夏と書いたことがあったけど、これは、80年代後半にずっといえたことで、今思うと86年もそれほど夏らしい夏ではなかったんですよ。

 だから、余計、いかにも「夏」って曲に飢えてたんぢゃないかなぁ・・・・と、思ったりして。。ま、無理やりって気もするけど、得てして、間違いでもないような気もする。

 とにかく、あの時代、「おニャン子」の天下でして、季節感溢れるロックテイストの曲は少なかったですからねぇ。

 なんでもいいから、「夏」っぽい曲にすがりたい・・・ってところもあったのかなぁ・・・。
 あ、これは、、ワタシのことですが。。。

 ともあれ、この曲が、夏=TUBE と印象付けた曲であることは間違いないところ。

・・とともに、この曲をもってはじまったんですねぇ。ビーイング系の逆襲が。。。。

 はい、TUBEはもともとビーイング系でございます。。。ま、作詞、作曲者名をみれば、すぐ分かることなんですけどね。

 だから、メロディラインがキャッチーなのも、頷けちゃうわけなのです。

 ジャケ写も言うことなしのリゾート気分ですな。




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愛を語るより口づけをかわそう / WANDS

1993_05_愛を語るより口づけを交わそう_WANDS



今回の1曲セレクトは、「愛を語るより口づけをかわそう」WANDSです。

 まずはデータです。

・タイトル     愛を語るより口づけをかわそう
・アーティスト   WANDS
・作詞       上杉昇
・作曲       織田哲郎
・編曲       明石昌夫
・リリース日    1993年4月17日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    112.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1993年5月3日〜6月21日付
・タイアップ:ブティック「JOY」CM曲

 さてさて、今年のGW、昨日まで長躯連休を取られていた方も居たと思いますが、今日から完全に「普段通り」の日常に戻ったんじゃないですかねぇ。
 そんなG.W、ワタシはと言えば、先日ここにも出したように、サザンのライブで新潟に行ったりしましたからねぇ。普段は、ただボーッと過ごすだけのG.Wですが、今年は結構精力的に動いたかなぁ。

 社会人になる前、大学のころ・・・、こと92、93年のころのGWは、ほとんど遊びほうけてましたねぇ。
 以前ここでも書いたかもしれないけど、当時、自主サークルとしてオリコンチャート研究会ってのを開いてて、これが一番活動してるころだったからなぁ。
毎日ボーリングとカラオケ、そしてヒット曲についての談義だったような気がする。

 で、あの頃一番、カラオケで歌ってたのが、今日引っ張ってきた、WANDSの「愛を語るより口づけをかわそう」だったな。

 まあ、個人的にね。

 この曲、カラオケで歌いやすいんですよ。WANDSにしてはキーはそんなに高くないし、メロディは素直でキャッチーでしょ。

 最初っから「どーぞ、カラオケで歌ってください」と言わんとしているような曲だったじゃない?

 だから、ワタシも、「はいはい、それでは歌ってあげます」って感じで、ホイホイと歌ってたわけなんだけども。。

 まんまとビーイングの戦略に乗せられていたワタシですね。
いや、ワタシだけではなく、そういうヒト多かったよね、当時は。

 ま、ビーイング系の曲って、キーが高い曲も多いし、メロディラインね複雑な曲もあるし、決して歌いやすい曲ばっかじゃないんだけどね。
 でも、93年の今ごろの曲は特に、カラオケ用の曲が多かった気がするなぁ。

 この曲のように、やたらとタイトルが長い曲が多かったのも、このころのビーイングの特徴なんだけど、プラス、カラオケで歌いやすい、素直な曲が多いのもこのころのビーイングの特徴。
 女の子だったら、ZARDの「負けないで」とか、みんな歌ってたでしょ?

 そそそ、それがビーイングの狙いだったわけよ。カラオケの練習用にみんなCD買ってたからねぇ、当時は。

 カラオケで歌われる曲⇒CDが売れる っていう図式が完全に当時は出来上がっていたんだよね。

 カラオケで歌われる曲って、メロディが素直でキャッチー、キーが高すぎない。ただ、あんまり簡単すぎるとカッコが付かないから、適当に高い音も混ぜたりしてさ・・・ってのが、条件じゃん。

 この曲は、その見本のような曲だったよなぁ。

 まあ、それにまんまとかかっていたんだけどさ、ワタシも。

 それでも、当時はカラオケが第一のコミュニティ手段だったからなぁ。いち早く新曲を覚えてカラオケで歌うってのが、ステータスなんて時期もあったわけだからさ、やっぱ必死こいて覚えるんだよね。
 で、やっぱ、覚えやすい曲は歌いやすいわけでさ。

 それに、この曲、歌いやすいだけでなくて、歌ってて適当に「キモチいい」んだよね。適当にハイになれるっていうか陶酔できるっていうか・・・。

 うん、WANDSの曲って意外とそんな曲が多い。まあ、難しい曲も多いんだけどさ。この曲とか「世界が終わるまでは」なんてのは歌いやすいし、適当にその世界に入っていけるから・・。まあ、そういうところもあって、売上げもそこそこいいんだろうね。

・・・・ってミリオンセラーだもんなぁ。そう考えると、やぱり当時はミリオンセラーなんて簡単に出た時代だったんだよなぁ・・と改めて思ったりしてね。


 ただ、単に聴いてる分には、あんまり面白くない曲でもあるんだよね。やっぱ、この曲は歌うためにあるんぢゃないかなぁ・・と個人的には思うわけですわ。


ジャケ写・・・暗くて、なんだかよくわかんないねぇ・・・スイマセン。




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揺れる想い / ZARD

1993_05_揺れる想い_ZARD






今回の1曲セレクトは、「揺れる想い」ZARDです。

まずはデータでっす。

・タイトル    揺れる想い
・アーティスト  ZARD
・作詞      坂井泉水
・作曲      織田哲郎
・編曲      明石昌夫
・リリース日   1993年5月18日
・発売元     B-Gram レコード
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   139.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1993年5月31日〜8月2日付
・タイアップ:大塚製薬「ポカリスウェット」CM曲


 実態のないアーティストだよね。ZARDって。まあ、だれでも感じてることなんでしょうけど、なぜか、その実態がなくても安心していられるという不思議なグループだよね。

 まあ、あえて「グループ」なんて書いちゃったけど、実態は「坂井泉水」っていうヒトが「1人」でやっていることは、誰もが知っていることであり。。。。

 でも、当時は本当にグループだと思ってたですよ。ワタシは。
 このヒトたち「テレビ」には出ない、という印象が強いんだけど、実際はそうではなく、まだ「大ブレイク」の前にはテレビにも出演してたんだよね。
 たしか、「負けないで」かなんかでミュージックステーションに出てたよね。
 このとき、たまたまワタシ見てたんですよ。Mステを。

 で、坂井泉水をボーカルにきちんとバンド形式で出演してたんで、てっきりこのヒトたちがZARDっていう「バンド」なんだ・・・って思った記憶があるなぁ。

 それにしても、実体がない、実体がないと思いながら、ブレイクから、早22年ですよ。。。
 この時、生まれた子はもう社会人なわけで・・・

 一体、何が、こんなに長持ちさせてんだろうねぇ。。。
と思って、このヒトのセールスパターンを見てみて、なるほど。。。

 このヒト、思ったより、意外と1曲あたりのセールスは売れてないんだよね。このころの作品、出せば「ミリオン」っていう印象が残ってるんだけど、実際は、ミリオンセラーは、この「揺れる想い」を含め3作のみ。

 「負けないで」 1993年1月27日リリース 164.5万枚
 「揺れる想い」 1993年5月18日リリース 139.6万枚
 「マイフレンド」1996年1月8日リリース  100.1万枚

 同時期、同じビーイングで同じような「立ち位置」にいたWANDSの3作連続でミリオンセラーを達成しているよりは、やや勢いが感じられない。

ただ、ZARDの場合、タイミングよくというか、落ち目になりそうになると何作かに1曲「復活」するような曲があるんだよね。

 上記の「マイフレンド」もしかり、97年の「永遠」もしかり、2000年の「Get U're Dream」にしてもしかり。

 結局、こんな感じで、1年に1作、あるいは2年に1作、「あたり」の曲を持っているのが「長生き」しているコツなんだろうなぁ。これは、長く一線で活躍しているアーティストの共通項でもあり、必須事項でもあるんだけどね。

もっとも最近は「惰性」に近い気もするけど。。。

 それと、このヒト、何年経っても容姿も声も変わんないんだよねぇ。ほんと「宇宙人?」って思えてくるほど。。
 そのあたりも、人気を保ってるコツ? うーーーん。

 さてさて、「揺れる想い」だけど、この曲は、それまでのZARDの中でも一番「親しみやすい」曲ではあったよね。
 とにかく、「キャッチー」ということばがぴったんこはまるようなキャッチーさが曲全体からにじみ出てきているような・・・。
 
 特別、何か言う必要もないような、いや、なんにも言わせないような、そんな曲って気もするなぁ。

 出足の ♪揺れる想い 体中感じて〜 ♪のサビの部分だけでもがっちり、この曲の世界に入り込んでしまうっていう感じ?

 まあ、ポカリスエットのCMとして、この当時は大量スポットが打たれてましたよね。
 どこいっても、このメロディが流れてたきがするなぁ。だから、1993年の今ごろって行って、浮かんでくるものといったらこの曲なんだよね。

 だけども、あまりにもキャッチーな曲は、飽きも早く来るって感じなわけで、この当時はビーイング全盛期のまさーに「ピーク」だったけど、この辺を頂点に衰退して行くんだよね。

 まあ、あのころは、このまま永遠にビーイング期が続くんぢゃないかっていう勢いだったけどなぁ。
 まだ、この曲の頃はよかったんだけど、さすがにこの年の夏を過ぎる頃には飽きてきちゃってさ、「ビーイング」をなんとかしろ! ってしょっちゅう叫んでたようなきがするなぁ。
 今思うと。。。。




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SWEET EMOTION / 相川七瀬

1997_05_SWEET EMOTION_相川七瀬






今回の1曲セレクトは、「SWEET EMOTION」相川七瀬です。

まずはデータでーす。

・タイトル     SWEET EMOTION
・アーティスト   相川七瀬
・作詞       相川七瀬 織田哲郎
・作曲       織田哲郎
・編曲       織田哲郎
・リリース日    1997年5月1日
・発売元      カッティッングエッジ
・オリコン最高位  2位
・売上げ枚数    50.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1997年5月12日〜6月16日付
・タイアップ:森永「ハイチュウ」CM曲


 一言で言うと、不思議な存在のヒトだったよね。相川七瀬って。あ、「だった」なんていうと、すでに「過去のヒト」という感じの表現になっちゃうけど、もちろん、まだまだ現役でがんばっておりまする。

 不思議な存在というのは、このヒトが出てくるまでは、このテの、いわいる「アイドル声」の「声質」のヒトは、ロックは歌わなかったですよね。
 アイドル声っていうのは、やけに高音寄りで、発音も不明瞭、ただ、声自体には透明感があるっていうのかなぁ。

 だいたいロックやるヒトって、女のヒトでも、もっとドスが聴いてて、声が太くて、ハスキーで・・・・っていうイメージだったじゃん。
 それがこのヒトには、ほとんど見られない。たしかに、よく見るとルックスは、ややクセがあるかな・・・というところもあるけど・・・。
 それでも、デビューの「夢見る少女じゃいられない」の頃は、ほとんどアイドル顔だったよなぁ。

 でもまあ、その異種混合なところが、このヒトの面白さなわけです。

 それでも、最初の頃は、どこかムリがあった気がするな。ところどころ「アイドル」っぽい発音になったりして、ちょっと違和感があったんだけど、この曲の頃になると、随分、度に行った歌い方になってたと思うな。

 この曲は、サウンド面は、どこを切っても、もろストレートなちょいハード目のロック。
 ただ、メロディだけを斬ると、キャッチーな歌謡曲路線。その按配が、いかにも「ヒット狙い」というか、ビーイングらしさがにじみ出てて、ワタシ的にはうれしいかぎりです。

 季節的にも、梅雨前のちょっとジメジメした「暑苦しさ」っていうのが適度に出ていて、いかにもこの季節の曲って感じなんだけど、その中にも、このヒトのそれまでの曲には無かったような爽快感を感じるんだよね。
 なんて、褒めてんだか貶してんだかわかんない表現になってしまいましたけど、褒めているんですよ〜。

 この曲以前の、このヒトの曲には無かったような手触り感っていうのかなぁ。それを感じましたね。
 相川七瀬の曲では、何曲か気に入ってる曲はあるんですが、この曲はその中の1曲ですわ。




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いつまでも変わらぬ愛を / 織田哲郎

1992_04_いつまでも変わらぬ愛を_織田哲郎






今回の1曲セレクトは、「いつまでも変わらぬ愛を」織田哲郎です。

まずはデータでーす。

・タイトル     いつまでも変わらぬ愛を
・アーティスト   織田哲郎
・作詞       織田哲郎
・作曲       織田哲郎
・編曲       織田哲郎
・リリース日    1992年3月25日
・発売元      BMGルームス
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    92.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1992年4月20日〜7月6日、7月20日付
・タイアップ : 大塚製薬「ポカリスウェット」CM曲

 えー、今回は、ぐっと年代をさげて1992年まで戻ってきました。


 いつまでも変わらぬ愛を  / 織田哲郎

 この曲、大塚製薬の「ポカリスウェット」のCM曲だったんたけど、

↓ コレ



考えてみると、「ポカリスウェット」のCM曲って、曲自体、キャッチーな曲がおおいよなぁ。
 この曲をはじめ、必ず言っていいほどヒットチャートの上位に顔を出してるもんねぇ。

 ただ、ずっと遡れば、その昔は、たんなる商品カットだけだったと思うんだけどな。。。「ポカリ」のCMって・・・
 いつから、曲が使われたんだろ? 個人的に記憶にあるのでは、89年のミックブロンスナンの「CO-COLO上天気」なんだが・・。 宮沢りえが出てたCM。 あの前もあったかなぁ・・。
 いずれにしろ、「ポカリ」のCM曲だけで、しっかりコンピレーションアルバムが作れてしまうのは事実ですよね。


さてさて、この曲、「いつまでも変わらぬ愛を」ですが、最初、「織田哲郎」っていうイメージから、ほとんど触手が伸びなかったのは事実ですね。
 どうも、織田哲郎ってマイナーなイメージが強かったんだよね。あの時代。大体において、アーティスト歴は長いというのに、それまでシングルでオリコンの100位内に入った曲が1曲も無かったんだから・・。
 どちらかというと、コンポーザーの方が名が通っていたかというところで、アーティストとしては、ほとんど知られてなかったってのが事実だよね。
 だから、触手が伸びなかったんだけど・・・。

BUT、一回聴いてから、全く考えが変わったのも事実。
 このヒト、こんなにキャッチーな曲が書けるって知らなかったんだよね。
 でも、考えてみれば、B・Bクイーンズもこのヒトだし、Mi-keもこのヒトなんだけどね。。
 まさか、自分でもこんなにキャッチーな曲を歌うとは思わなかった・・・・ってことですね。

 兎に角、ポカリのCMににくいほど、マッチしてるんだよなぁ。これは、どう考えても売れるよなぁ・・・・。うまい作りだよなぁ。。。。。

 考えてみると、このあたりから、例のB-ING系の「反撃」が開始されたような気がするな。
 前年までのB・Bクイーンズ、Mi-keはお遊びというところでさ。ただ、この曲がリリースされた頃は、まだ、さほど意識もいてなかったけどさ。まさか1年後「B-ING系」なんていうジャンルが確立しているとは、このころは露知らず・・・。
 ひたすら曲を愛でたころだよなぁ。なんせ、メロディがキャッチーだから、ついつい、引き込まれちゃうんだよね。

 カラオケでも、 ♪いつまーでも 変わらぬあーーーいをーーー♪と、声が出ないところをむりやり歌ってたりした自分がいたりして・・・・。 つまり、単純に好きだったんですよ。この曲。

 サウンド的にも、土臭くないさわやかさ。90年代のフォーマットは、これだ! っていう見本みたいな曲。

 そう、80年代と90年代の差ってこの「土臭さ」の度合いの差ぢゃないかなぁと思うわけです。
 同じ「ダサ」さでも、90年代の曲って土臭い曲が少ない。それだけ、コンピューターっていう道具で「消毒」されてる曲が多くなってきたってことでもあるんだろうなぁ。




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想い出の九十九里浜 / Mi-Ke

1991_03_想い出の九十九里浜_Mi-Ke



今回の1曲セレクトは、「想い出の九十九里浜」Mi-Keです。

 まずはデータから

・タイトル     想い出の九十九里浜
・アーティスト   Mi-Ke
・作詞        長戸大幸
・作曲        織田哲郎
・編曲        織田哲郎
・リリース日   1991年2月14日
・発売元     BMGビクター
・オリコン最高位  5位
・売上げ枚数   48.0万枚
・THE HIT CHARTHOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1991年3月4日〜4月22日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ナースステーション」主題歌

 季節ごとによく、九十九里までドライブに行くんだよね。
 自宅から九十九里、外房までは、車飛ばせば1時間弱。思い立ったらドライブ。 郊外に家があるとこういうときはいいよね。都心だったら、なかなか思い立って九十九里まで、気安くは行けんでしょ。
 こういうところが、ワタシが都心に住めない理由ですね。たとえ、通勤に時間がかかってもさぁ。

・・というわけで、「想い出の九十九里浜」。。。。

 まあ、この曲が出た、前年の「おどるポンポコリン」で勢いにのった、ビーイング系がほとんど、アゾヒ感覚でリリースした、第2弾曲って感じだわね。
 Mi-Keは、BBクイーンズのバックコーラスの女の子3人グループなわけで、これまた、冗談からコマのようなグループでしたね。
 当初の曲は、ほとんど、60年代のパロディ。しかも、ほとんど、この時代を知らないヒトたち向けっていうのがミソね。

 この曲、「想い出の九十九里浜」は、もろGSサウンド・・・。
 だけでなく、歌詞にも、有名なGSの曲のタイトルがちりばめられているんですよね。
 逆にいうと、それだけで、歌詞自体に特段意味なんてないんですよ。。。まさにパロディ。。。
 だから、「九十九里浜」になんか意味があるかというと、これまた、なんもないんだよね。湘南でも良いし、どっか地方の海岸でもいいわけです。

ちなみに、歌詞に含まれているGSソングですが・・・

・夕陽が泣いている ⇒ザ・スパイダース(1966年)
・君だけに愛を   ⇒ザ・タイガース(1968年)
・花の首飾り    ⇒ザ・タイガース(1968年)
・好きさ好きさ好きさ⇒ザ・カーナビーツ(1967年)
・神様お願い    ⇒ザ・テンプターズ(1968年)
・バラ色の雲    ⇒ヴィレッジシンガーズ(1968年)
・長い髪の少女   ⇒ザ・ゴールデンカップス(1968年)
・遠い渚      ⇒シャープホークス(1967年)
・真冬の帰り道   ⇒ザ・ランチャーズ(1967年)
・いつまでもいつまでも ⇒ザ・サベージ(1966年)
・あの時君は若かった⇒ザ・スパイダース(1968年)

・・・・ってな感じかな。

 Mi-Keってこんな感じの曲ばっかで、同じようなGSのタイトルを単に並べた「白い白い白いサンゴ礁」ってのもありましたな。
 こんな冗談のような曲でも売れちゃってたんだから、あの時代、本当の意味での「バブル」だったんだよねぇ。

 しかし、これ作ったの、織田哲郎氏なんですが、織田氏ってGS好きだったんでしょうか? なんか、織田哲郎とGSってどうにも結びつかないんだけどねぇ。 
もちろん、織田氏の年代だったら、少年期にGSは通ってきただろうけど・・・。普段やってる音楽とどうも違いすぎるんだよなぁ・・・。ゴールデンカップスくらいは、マジメに経験してそうだけど・・・・。

 まあ、企画のビーイング、遊びのビーイング。こういう、企画物にのれるかどうかがビーイングで生きていけるかどうかってところですわな。




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負けないで / ZARD

1993_02_負けないで_ZARD






今回の1曲セレクトは、「負けないで」ZARDです。

 まずはデータです。

・タイトル    負けないで
・アーティスト  ZARD
・作詞      坂井泉水
・作曲      織田哲郎
・編曲      葉山たけし
・リリース日   1993年1月27日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   164.5万枚
・タイアップ:テレビ朝日系ドラマ「白鳥麗子でございます」主題歌
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1993年2月8日〜4月26日付
 
 本来ならさ、もっと前に書くべきだったのかもなぁ、この曲。 でも、、ああいう形で坂井泉水が急逝したゃったからねぇ、しばらく意識的に避けてたってのもあるな。 それでも、坂井さんが亡くなってから、今年で6年。
そろそろ書いてもいいかな・・・ということで、今回セレクトしてきました。

 まあ、、当時から、この曲、あんまり好んでは聴いてなかったってのもあるんだよね。
 なんていうのかなぁ・・・手垢がつきすぎてるっていうかさあ、誰でも知ってるってのが、かえって、別に、敢えて書かなくてもいいじゃん・・・って思っちゃってた部分も大きいな。あ、これは、当時からそんな感じがしてたんだよね。

 この曲で、ZARDって本格「大」ブレイクを果たしたわけだけどさ、当時の気分からすると、「あ、やっぱりな」・・・と思うと同時に、なんとなく淋しかったりして。 いや、本当はね、ここまで大ブレイクして欲しくなかったっていう気持ちもあったんだよなぁ、なぜだか。
 で、この曲あたりから、「ビーイング系」の一大ムーブメントも本格攻勢を強めるわけだけどさ、早くもどことなく、新鮮味を感じなくなってきてたワタシなんだよね。当時を思うと。

 この曲についても同じで、確かに、キャッチー過ぎるくらいキャッチーなんだけど・・・、うーん、どーしてなんだろうねぇ・・、前年の「眠れない夜を抱いて」を聴いたときの様な、「みずみずしさ」は感じなかったんだよなぁ。
 そそそ「みずみずしさ」ですよ、キーワードは。 そういう意味においては、この曲の次の次の、例の「揺れる想い」はみずみずしさを感じたんだけどねぇ。だから、曲としては「揺れる想い」の方が、個人的には好きだな。
 まあ、この「負けないで」の方が売れたんだけどさぁ。

 ってか、ZARDって、しょっちゅうミリオンセラー行ってたような気がしてたんだけど、今になって思い起こすと、この曲を含め、「揺れる想い」と「マイ フレンド」の3枚しかミリオンセラー行ってないんだよな。 しかも、「マイ フレンド」は「1,000,620枚」なんていう、ギッリギリのミリオンだったし。。。そう考えると、実際はCD売上げよりもビッグなイメージがあったんだよねぇ。 なんか、そんな感じがするな。


 で、まあ、このタイミング、この曲を引っ張ってきたのは、やっぱ、受験シーズンだからねぇ、受験生諸君にエールを送るってことで。。。 
 それにもまして、今の「ジブン」に対してのエールっていう意味もあったりしてね。。ふらふらふらふらふらふら




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恋心 / 相川七瀬

1996_10_恋心_相川七瀬






今日の1曲セレクトは、「恋心」相川七瀬でーす。

まずはデータから

・タイトル     恋心
・アーティスト   相川七瀬
・作詞       織田哲郎
・作曲       織田哲郎
・編曲       織田哲郎
・リリース日    1996年10月7日
・発売元      カッテングエッジ
・オリコン最高位  2位
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1996年10月21日〜12月9日付
・タイアップ ジュエリーマキCM曲

 うーん、やっぱりというか、どうもね、1970年代の曲は、ワタシのページではあんまり「引き」がないみたいだねー。
 アクセスしてくださってる方の多くの方にとって、70年代はまだ、年齢的に「ヒット曲」界に関わっていなかった方が多いからかなぁ・・。
 それ、逆手にとって、一度、60年代の曲でも書いてみようか・・。 なんて・・ね。60年代だと、逆にワタシもあんまり
詳しくないからなぁ。。。

 今日は逆に、時代をずーっと下って「1996年」です。昨日と26年も一気に下りますよーん。
 だんだん私ゃ、どこの時代の人間なのかわかんなくなってきたワイ。時代放浪者・・・。

 えー、いつの時代にも、不運なアーティストというのもいるもので〜。
あ、これは、ヒットチャート上の話ですよ。。(^^;;;;
決して、アーティスト本人のことではないので、お間違えのないように・・

 相川七瀬もその一人じゃないかなぁ・・。 というか、今になっては、かなり地味な印象しかないですよねぇ。
 今となっては、「死角」に入ってしまったアーティストというか・・・。
 1位とれそでとれなかった・・というところからも、そういう印象が強いのかなぁ。

 その中でも、一番、1位に手が届きそうで、獲得できなかったのが、この「恋心」ぢゃないですかねぇ。
 なにせ、最高2ながら、「ミリオンセラー」達成してるわけで・・。 これも、今となっては、「え? そうなんだ?」って方のほうが多いんぢやないかなぁ・・・と思うんだよねぇ。

 このときは、96年「10.7対決」で、PAFFYの「これが私の生きる道」と、リリースがバッティングしちゃってたんだよね。

 あんときのPAFFYは、いっちばん、波にのってたころだったからなぁ。

 1週目のセールス(96年10月21日付オリコン)は

「これが私の生きる道」⇒40.3万枚
「恋心」       ⇒32.6万枚


と、約8万枚も差がついちゃてたんだよねぇ。。

 ちなみに、その前の週の1位は、

華原朋美「save your dream」が 初登場で 31.1万枚で1位だったことを考えると、「恋心」は、これを上回ってたんだよねぇ。

 ぎゃくに、1週後は、同じく 「これが私の生きる道」が16.0万枚で、2週連続1位。

 ・・ということは、1週前でも、1週後でも1位取れてたわけよ。「恋心」は。

 それをなぜわざわざ、10月7日リリースにしたのか?

 この辺が、相川七瀬の潔さなのかもなぁ。
 ちなみに、次の曲の「トラブルメイカー」は、ミスチルの「Everything (It's You)」とバッティングして、1位をのがしてる。

 最近のアーティストだったら、週によっては自分が1位をとれる・・とわかってたら、その週をずらしてくるのが、当たり前になってきてるのに。
 いや、このころから、その傾向はあったんだよね。

だけど、今となっては、印象がいまいち、はっきりしない・・印象が薄いってのは、やっぱり、1位とってないからかなぁとも思えるけど。
 そのほかに、相川七瀬の立ち位置ってのも、はっきりしてなかったからだろうなぁ。
 アイドルでもない、ロックアーティストでもない。
じゃなんなの? ・・・中途半端

ってかんじだったじゃない? 

 まあ、時代も悪かったって言うかね。 相川七瀬って、一応はビーイング系だったわけだけど、とっちかといったら、ビーイング本体というより、周辺団体、今で言ったら、GIZA Stadioに近いって言うかね。
 でも、当時は、その辺のカラーがはっきりしてなかったからねぇ。
 いまだったら、もっとアイドル寄り・・とか、路線もはっきりしてたんだろうけど・・。

 この曲、「恋心」ですが、個人的には好きですよ。特にAメロの部分の「せつない」ところがいいね。
 ロック路線では見せないような、相川七瀬の切ない部分、柔らかい部分が垣間見えたりするしね。
 それと、曲全体の温度感が、今の季節に妙にマッチするんだよね。 形態は、どっちかといったら、ロックなんだけど。
 サビの部分は、ビーイング系らしくキャッチーだしね。
 
 だから、個人的には、この曲は1位にしてあげたいって言う感情は、当時はあったんだけどなぁ。

 でも、まあ、これも、時代のナガレ中の事だからね。

 あ、でも、96年の秋から冬にかけては、結構、「せつなさ」系が多かったかなぁってきがするな。
 切ないっていうか、優しめの曲かな。この後になるけど、マイラバの「Now and Then」とか、ジュディマリの「クラシック」とかね。
 時代は、小室ファミリーの全盛期だったけど、それとはまた別の流れ・・。メロディ中心の流れもまだ、あったって頃だな。
 ここから、R&Bの流れっていうのが、97年の年明けとともにやってくるんだけど・・・。
 名実ともにメロディの時代からリズムの時代にメインストリームは変わっていく頃だね。



 あ、個人的には、今すんでる「家」買ったのが、このころなんだよね。
 個人的には、「ローン地獄」がはじまったころだ。。。
 いろいろ、ゴチャゴチャ書いちゃったけど、それがあるから、この頃の曲印象に残ってるんかなぁ。。。





※2005年10月に書いたものの再掲載です。






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