かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

網倉一也

タブー(禁じられた愛) / 郷ひろみ

1980_06_タブー_郷ひろみ


今回の1曲セレクトは、「タブー(禁じられた愛)」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル       タブー(禁じられた愛)
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞       浅野裕子
・作曲       網倉一也
・編曲       萩田光雄
・リリース日   1980年5月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 8位 
・売上げ枚数  15.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1980年5月26日〜6月23日付

昨日は野口五郎氏を持ってきたわけで、今回もまた、新御三家の曲を持ってこずには居られない・・・ってことでね
今回は、郷ひろみ氏の曲を持って来ましたわ。

・・・と言っても、どの曲を持ってこようかな? 時期的に、この季節の曲で、郷ひろみ氏と言ったら、81年の「お嫁サンバ」だよなぁ・・・なんて真っ先に思いつくんだけど、この曲はすでに書いちゃったんだよね。
 なので、今回は、それより1年前、1980年の今頃のヒットだった「タブー(禁じられた愛)」なぞひとつ。。。

・・・でもねぇ、果たして、郷ひろみ「タブー(禁じられた愛)」と書いて、反応してくれる方がどの程度いるのか・・・っていうのは、かなり不安。
 もうね、今となっては、郷ひろみ氏の数あるヒット曲の中でも、完全に「死角」に入っちゃってるような曲だろうなぁ。 今頃、こんな曲を引っ張ってきてるのなんてワタシぐらいだよねぇ、きっと。
なんて事が脳裏をよぎるんだけどね。。。。

でもねぇ、この曲、意外と最近のワタシ的には好きな曲なんだよねぇ。
うん、ヒット当時はキライだったんだけどさ  ・・・っつか、昨日も書いたように、当時、新御三家と言えば秀樹派だったんで、郷ひろみ氏も野口五郎氏も、あんまりねぇ・・・って感じだったんだよね。

 しかも、この曲の時の郷ひろみ氏って、アメリカ帰りの反動か、チリチリ、アフローヘアーだったじゃん。あ、この曲のシングルジャケット見れば一目瞭然なんだけどさ。これが似合わないんだわ

そんな見た目からして、「なんかなー」って感じだった事は覚えてるんだよな。だからなのか、この曲、当時、まともに聴いてなかったもの。

でも、今はいいんだよね。

なぜなのかなぁ・・・・。まあ、あれから36年経ってる訳で、ワタシも大人になったからなぁ・・・ってのは説得力が無いよな。
いやねぇ、この曲、よくよく聴くと、素晴らしい「歌謡ポップス」なのよ。
 歌謡ポップスの魅力は、やっぱ「無国籍」的なところだよなぁ。 この曲、イントロのトランペットのメロディからも、Aメロの出だし ♪ 信じられた 愛は〜 ♪ 直前のアコギからも、一見スパニッシュ系な印象を受けるんだけど、AメロからBメロに移行する間に挟まる、シツコイくらいにめちゃくちゃクドいストリングスは、一体どこの音楽なんだよ・・・なんて言いたくなったりして。

いやいや、このクドいくらいのストリングスの動き、そしてブラスの動きこそ、歌謡ポップスだよなぁ・・・なんて感じるんだよね。
 主旋律(メロディ)があって、その間に挟まるストリングスとブラスがメロディに対して「合いの手」になって入るこそが、歌謡ポップスの魅力の一つだと思うんだよねぇ。
もうね、正直言って「クドい」んですよ。この「クド」さがいいんだよね。

・・・というか、このクドさが「許せん」ってヒトは、恐らく歌謡ポップスとは縁が無いだろうなぁ・・・なんて思うなぁ。

アレンジは、萩田光雄氏。なるほどね、流石に、超大げさな現実離れした世界観っていう歌謡曲の王道的なアレンジはウマいですよねぇ。

最近の曲って、この合いの手の部分・・つまりさ、ストリングスとかブラスの動きってなが、ほとんどないからな。
その分、すっきりとはしているんだけど、この当時の「クドい」歌謡ポップスで育ってきた身としては、スカスカ過ぎてツマンナイ・・・ってのはあるな。

作曲は、網倉一也氏なんだ あ、これは、今知ったかも。。。
まあ、考えてみれば、前年の「マイレディー」も、スパニッシュ系統な曲だったけど、あれも網倉一也氏だったからなぁ、それを考えれば、「続編」って感じだったのかもなぁ。
 まあ、アレンジは、「マイレディー」よりもぜんぜん「クドい」けど。。。。

だけんど、作詞の浅野裕子さんってヒトが、今一つ謎なんだよな。 この曲の次の年の伊藤つかさの「少女人形」とか作ったヒトなんだだけどさ。Wikipediaによると、元モデルだったそうだけど。。。。


動画・・・さっすがにさ、今となっては「死角」には行ってしまっているような曲だからか、You Tubeには、めぼしい動画が無いわ。。。
しょうがないから、別のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/x1ytd9j_%E9%83%B7%E3%81%B2%E3%82%8D%E3%81%BF-%E3%82%BF%E3%83%96%E3%83%BC-%E7%A6%81%E3%81%98%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%84%9B-1980_music

「ザ・ベストテン」だけど、バックのオーケストラは、レコードに比べると、若干、あっさりしてるかなぁ。
レコード音源は、もっとクドいんだよね。これでもか〜・・・ってくらい。
 個人的には、そっちの方がいいな。

でも、考えてみれば、ちょっとクド過ぎたのかもなぁ。 この曲の前の「セクシーユー」も、この曲の次の「Howmanyいい顔」も20万枚オーバーだったのに対して、この曲は20万枚に届かなかったもんね。
牛乳も濃すぎると飲みづらい・・・ってあれだったかもな。


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I THINK SO / 岩崎良美

1981_02_I THINK SO_岩崎良美 








今回の1曲セレクトは、「I THINK SO」岩崎良美です。

まずはデータから

・タイトル     I  THINK SO
・アーティスト   岩崎良美
・作詞       岡田冨美子
・作曲       網倉一也
・編曲       船山基紀
・リリース日   1980年12月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 23位
・売上げ枚数   11.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 20位

80年代の大ヒット曲もほとんど残り少なくなってきたもんで、80年代の曲でセレクトする曲はおのずから、今となっては知ってるヒトも少ないよな・・・なんて曲になってしまうんだけどね。
 今回もそんな曲だったりして。。。。

 岩崎良美の「I  THINK SO」  

うーーむ、このクラスの曲になって来ると、まあ、当時、岩崎良美ファンだった方は別として、一般の方では、ほんと、知ってるヒトしか・・・って感じでしょうかねぇ。

 売り上げは、とりあえず10万枚上を確保したものの、なにせオリコン最高23位でしたからねぇ。

かくゆう、ワタクシも当時は、数えるくらいしか聴いてない。岩崎良美さんの曲は、同じ80年デビューアイドルでも、松田聖子や河合奈保子よりもオトナっぽかったんだよね。
 なんで、どうも、今一つ触手が伸びなかったんだよね・・・・・というのは、まあ、言い訳ですね。

あまり聴いてなかった一番の理由は、やっぱ、ベストテン入りしてなかったからだろうなぁ。
個人的に、当時は、まだラジオでベストテン番組は聴いてなかったし、情報源としては、やっぱり、「ベストテン」一本だったんだよね。
 だから、ベストテン入りしていない曲は、極端に聴いてなかったんですよ。

然るにこの曲も、そんな曲の1曲って訳ですね。

ただ、そうは言っても、「ドレミファドン」とかベストテン以外の歌番組で引っかかった曲もあるわけだからさ、やっぱり、この曲、引っかからなかったんだろうなぁ、個人的には。

 今聴くと、悪い曲ではないんだけどね。今一つ、どこか魅力が足りなったんだろうなぁ・・・。それが何だったのか・・・、今となっては想い出せないんだけどさ。

 やっぱり、このヒト、80年代アイドルの中でもウタはうまかった・・というかソツなく歌っちゃってたのが、逆に言えば行けなかったのかもな。シンガーとして達者すぎたっていのうかなぁ、達者すぎで逆に魅力が半減していたのかもしれない。

そんな岩崎良美を個人的に認めたのは、この曲から1年後の「愛してモナムール」からでしたねぇ。

ちょうど、ラジオでベストテン番組を聴く様になった頃。。。

結局やっぱり、ラジオで聴くようになって、曲の認識の幅が広がったんだよね。





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誘惑スレスレ / 田原俊彦

1982_10_誘惑スレスレ_田原俊彦






今回の1曲セレクトは、「誘惑スレスレ」田原俊彦です。

 まずはデータです。

・タイトル    誘惑スレスレ
・アーティスト  田原俊彦
・作詞      宮下智
・作曲      網倉一也
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1982年10月15日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   38.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1982年10月25日〜12月20日付

 今回、持ってきたのは、田原俊彦の「誘惑スレスレ」なんだけど、この間から、書こう書こうと思って、なかなか出せなかったんだよな。

 ・・・っつうのも、この曲は、どう書いたらいいのか、ようわからんのですわ〜。

 ・・・なんて、だんだん、曲が少なくなってきたのに、贅沢も言ってられん・・・と、思ったりして、今回、もってきたんだけどさぁ。。

 うーん、とりあえず、あの「NINJIN娘」っちゅう、それこそ、「何じゃこれ・・・」っていう、世間を「苦笑の渦」に巻き込んだふらふら、次・・・ってことで、一転して、「硬派」路線で攻めてきた・・っていうのは、分かるんだけどね。

 まあ、「硬派路線」と言っても、トシちゃんの場合は、マッチに比べれば、まだ柔らかいもんなんだけど、それでも、久々に、正統的な「DISCO」で攻めてきたあたりは、ファンだけでなく、ある程度一般のヒトも巻き込んだヒットになったんだよね。

 「NINJIN」では、取れなかった1位を、この曲では奪還してたりするし、売上げ枚数も、巻き返したしね。

 ま、考えれば、「NINJIN」で落としておいて、ここで巻き返す・・っていう路線は、ある程度、戦略だったのかもしれないけどさぁ。

 そういう意味では、トシちゃんのマネージメントサイドは、結構、計算して出してきたと思うなぁ。

 うん、ウタは下手だけど、とりあえず、どんな路線も、そつなくこなれた、トシちゃんならではの、毎回、変化をつけた曲をリリースしてきたってところだろうね。

 毎度、書いてるけど、その点、マッチは、野球に例えると、ストレート一本だったからさあ。

 うん、今、振りかえって、印象に残っているのは、トシちゃんの曲の方なんだけどね。


 ただ、この曲だけは、個人的には、よくわかんないんだよねぇ。
「ハッ!としてGood」「NINJIN娘」を作詞した、宮下智女史にしては、めずらしく、まともな歌詞だったりするし、曲の網倉氏にしても、いつもの「刹那」的なメロディではないし。。。

 
 でも、ファンしてみれば、たまらないんだろうね。

 あの

 「愛しているのさ・・・・好きだよ」

って、セリフが入るところは。。。ふらふら


 うん、うしろで「親衛隊」が「キャーーー」って騒ぐところよ。。

 あのころ、親衛隊についてた、女の子たちは、今はどうされているんでしょうねぇ〜・・・って、まあ、いいお年になっているはずだけど・・・。

 きっと、多くの方たちは、 それなりにお年を召されて「韓流」に流れているんだろうなぁ。
ミーハー癖は、そうそう治るもんではないからさぁ。。




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How manyいい顔 / 郷ひろみ

1980_09_How manyいい顔_郷ひろみ






今回の1曲セレクトは、「How manyいい顔」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル    How manyいい顔
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞      阿木耀子
・作曲      網倉一也
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1980年7月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   29.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間;1980年9月8日〜10月27日付
・タイアップ:カネボウ「80年秋のキャンペーンソング」

 のっけから・・・。
 久々に、化粧品のキャンペーンソングを引っ張ってまいりましたわ。

 郷ひろみ 「How manyいい顔」

 いや、まてよ・・・。この曲が化粧品のキャンペーンソングだったこと、意外と忘れているヒトも多いんじゃないかなぁ。

 化粧品のキャンペーンソングっていうと、兎角、ニューミュージック系で、「ナウイ」(←死語!)感じの曲が多かったじゃん。

 うんにゃ、でも、この曲は、ちゃーんと、カネボウ化粧品の「80年秋のキャンペーンソング」だったのですぞ。
リリース日は、7月21日と真夏だったのに、「秋」のキャンペーンソングだったんだよね。そのためか、リリースから暫くは、それほどヒットしなかったんですよ。チャートが上昇してきたのが、リリースから2カ月たった今頃なんだよね。
 当時は、まだ「アイドル」に属していた、郷ひろみとしては、ちょっと珍しいチャートアクションを展開した曲なんだけど、やっぱ、これもキャンペーンソングとして、大量O.Aされだした効果だったんだろうなぁ。
 
 80年代も中盤になって来ると、化粧品キャンペーンソングも「アイドル系」が目立ってくるようになってたけど、この当時・・・80年代初頭まで、それまでアイドルポップス系のタイアップはなかったんだよね。

 うん、この曲が、それまでの「禁」を破って、初めてアイドルポップス系で化粧品キャンペーンソングになったんだわさ。

 なぜ、アイドル系は化粧品キャンペーンソングはなかったか・・・っていうと、理由は簡単で、それまでアイドル系は、「オトナ」が聴くような音楽ぢゃなかったわけよ。
 対照は、小中高校生ってわけで、まだ、化粧する年でもなかんべ・・・ってことで、まず、タイアップも来なかったんだろうね。

 でも、80年くらいになると、70年代アイドルの魁ともいえる「新御三家」のファン層も、そろそろ二十歳を超えてきて・・・っていう年齢に当たってきて、そろそろ化粧品も・・・と考え出す年頃だろう・・っていうマーケティングの結果なんだろうけどさ。。

 ・・・いやいや、マーケティングなんていう、大げさなもんでもなく、自然の成り行きを考えれば、大体わかるか。。


 ところで、この曲、個人的にも、当時の郷ひろみの曲としては好きだったんだよなぁ。
 ・・・っていうか、前にも何回か書いてるんだけど、当時、郷ひろみの曲って、総じて、好きじゃなくてさぁ・・・。

 うー、まあ、理由はよくわかんないんだけどさぁ・・、生理的にっていうかなぁ。。

 でも、この曲だけは、別格でしたね。これまた、なんで? って言われると、理由が書けないんだけどさぁ。。

 その証拠に、当時、「ザ・ベストテン」から録音したテープに、この曲だけ入ってたりする。。あせあせ


 歌詞がシャレてたからかなぁ。 やおら

♪処女と少女と娼婦に淑女〜 ♪ 

だもんなぁ。。

 いやいや、これは、阿木耀子女史ならではな界だよね。ぶっとび・・ってかんじで。。

 普通、女のヒトの作詞家から。処女とか娼婦・・なんてコトバはなかなか出てこなかったよ、当時は。
 まあ、80年代もちょっとたって、三浦徳子女史が、そういう、コトバも使うようになってきたけどさあ。

 それと、やっぱし、網倉一也氏のメロディラインだよね。

 このヒトのメロディラインは、バタ臭くない程度に、程よくアメリカナイズされているっていうか、ポップスの王道を感じるんだよなぁ。
 
 うん、少なくとも、日本的なメロディラインを書く人ではないよね。

 例えば、筒美京平氏なんかは、もっとバタ臭いと思うんですよ。

 でも、網倉氏の場合は、そこまでバタ臭くない。 けど、日本的でもない。。
 そんな中間的なニュアンス・・・っていうのかなぁ。 聴いて、すっと入ってくるような軽いメロディラインがいいんだよなぁ。

 たぶん、これが、70年代と80年代の違いだと思うんだよね。 今考えると80年初頭って、軽いもの、全体的に曲調が。
 いや、それがいい時代だったのよ。 そういうときに出てきたヒトが、網倉氏だったってことで、やっぱ、時代の波にのったんだろうな。


だけどさあ、曲の良さにくらべて、この曲のジャケ写はさぁ・・・。

 時期的に、「カーリーヘア」にしてたころの郷ひろみなんだけど、絶対、似合わねーよなぁ。

 どーなんだろ? ファンからも不評だったのかねぇ? すぐ止めたもんね。




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顔に書いた恋愛小説 / 田原俊彦

1984_08_顔に書いた恋愛小説_田原俊彦







今回の1曲セレクトは、「顔に書いた恋愛小説」田原俊彦です。


まずはデータです。

・タイトル    顔に書いた恋愛小説
・アーティスト  田原俊彦
・作詞      三浦徳子
・作曲      網倉一也
・編曲      馬飼野康二 新田一郎
・リリース日   1984年8月8日
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   25.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1984年8月20日〜9月17日付

 この間、田原俊彦を書いたばっかって感じなんだけど、またまた、田原俊彦を引っ張って来ちゃいました。スンマソン。
 いや、トシちゃんって、全盛期の頃は8月前後にリリースして、今頃ヒットチャートに上がった曲が多いんですよ。
 大体、80年代アイドルって、3ヶ月ローテーションリリースが多かったから、必然的に毎年、同じくらいのリリースってのが、このころは多くて、結局、固まっちゃったりするんだよね。
 まあ、その辺も考慮して下され。。

 この間は、82年の「NINJIN娘」だったけど、今回、引っ張ってきたのは、その2年後の「顔に書いた恋愛小説」。

「恋愛小説」ってかいて「ロマンス」って読ませるのは、いかにも三浦徳子さんらしいタイトルですね。

 ジブがきの「処女的衝撃」で「バージンショック」も三浦徳子さんでしたし・・・。

 それよりこの曲は、サウンドが良かったな。「ああ、やっと歌って欲しい曲調の曲が来たな」って当時は思ったなぁ。

 毎回書いてるように、トシって、「実験的」な曲が多かったから、ストレートな曲って少ないんだよね。

 でも、ようやくやってきましたよ、ストレートなロック的な曲が。

 作曲は網倉一也氏ですが、トシとの相性って、筒美氏は別格として、このヒトもかなり相性良かったんじゃないかなぁ。
「悲しみ2ヤング」の時も、「ああ、やっとまともな曲が来たな」・・・って同じような感覚になったもんね。

 ただ、この曲は、新たに新田一郎氏がアレンジャーに加わったことで、ややストレートなブラスロックに傾きましたよね。サウンドが。それがまた、意外とトシとの細くてチャーミングな声質にフィットするんだよね。

 プラスいつもの実験的な試みとして、最後のサビの部分の

♪時間よ止まれ♪  

で、ホントに時間が止まったように1度曲を止めちゃったりして、実験性もちゃんと持ってた曲なんだよね。

 まあ、これは、山口百恵の「プレイバックPart2」ですでに行っている試みなんで、目新しい事ではなかったんだけど、「時間よ止まれ」っていう詩にのって、一度曲を止めちゃうのは、面白い発想だとは思ったけどね。

 まあ、そういうことで、この曲は「いける!」って最初聴いた時は思ったんだけど、結果的には、あんまりパッとしないで終わったんだよなぁ。

 後で考えてみると、この曲、近田春夫氏も「ゼッサン」してたんだよなぁ、当時。
 何分、「近田氏がホメる曲は、売れない」っていうジンクスがとうじあったもので。。。あせあせ

 
 でも、まあ、たしかに84年はトシにとっては曲がり角に来てたと思う。そろそろ「固定ファン」しか買わなくなってたし・・・。
 まあ言えば初動型のチャートアクションに移行してたんだよね。

 それでも、今ほどは極端な初動型ではなかったんで、1ヶ月ちょっとはベストテン入りしてたのかな?

 でも、当時の感覚からすると、それでもあっという間に消えた・・・・っていう感覚があったなぁ。

 まあ、そういうわけで、今となっては、覚えている方も少なくなっているだろうなぁ、この曲あたりは。。



えー、YOU TUBE に適当な動画が無かったんで、別サイトにリンク

http://www.nicozon.net/watch/sm15609097


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虹いろの瞳 / 新井薫子

1982_03_虹いろの瞳_新井薫子






今回の1曲セレクトは、「虹いろの瞳」新井薫子です。

まずはデータでーす。

・タイトル      虹いろの瞳
・アーティスト    新井薫子
・作詞        三浦徳子
・作曲        網倉一也
・編曲        大村雅朗
・リリース日     1982年3月21日
・発売元       TDKレコード
・オリコン最高位   45位
・売上げ枚数     4.2万枚

 いよいよ82年デビュー、いわいる「82年組」のデビュー曲の登場です。
 このあいだから、「3月21日」リリースの曲を多数、引っ張ってきているんですが、「82年組」は、富に「3月21日デビュー」ってのが、多いんだよなぁ。
 全部は紹介できないけど、しばし、82年3月21日デビューの人たちを引っ張ってくることにします。

 今回は、そのなかの一人、新井薫子ですわ・・・・。

 ハハ・・・といっても、半分くらいのカタは、どなたかご存知ぢゃないかな・・・。売れなかったもんね。

 このあいだは「セイントフォー」⇒巨額なお金をつぎ込んでも売れなかった・・・って言うことでしたが、このコの場合、逆に、お金をつぎ込まなかった(つぎ込めなかった?)ために売れなかったんぢゃないかなぁ・・・・ってワタシ的には思っているのね。

 何分、たしかTDKレコード、最初のアイドルでしたよね? このヒト。アイドル作りのノウハウも予算もなかったんだろうなぁ・・・とか勘ぐってみたりして・・・。

 曲は良かったんですよ。それこそインパクトが強くて、明るい、いい曲だよね。この「虹いろの瞳」って・・・。

 でだしの

♪夏を待ちきれなくて〜 恋を待ちきれなくて FUFU ここまできたのよ〜 ♪

 ここからして、インパクトだもんね。

 ♪ なつをまちきれなくて ♪ いきなり3つ続けての3連の譜割

 さらに

 ♪ こいをまちきれなくて ♪ つづけざまに3つ続けての3連の譜割

 これには驚いたね。たぶん、最初は単に4分音譜か8分音譜の譜割だったんだろうね。 そこにコトバ詰め込んで3連にしちゃったもんだから・・・・でも、逆に強烈なインパクトになったよね。これは。

 それと、見過ごしがちなのが、次の ♪ FU FU ♪の声質。鼻から抜ける絶妙な声質なんだよね。これが・・・。

 ワタシ、この部分だけで、この曲のファンになりましたもん。
 
 ほんと、オシイよなぁ、このヒトが売れなかったのは。
曲もよかったし、このヒトの声質もよかったし・・・・。

 うーん、なにが欠けてたか・・・・るやっぱし、お金のかけ方ぢゃないかなぁ・・・って思うんだよねぇ。

 堀ちえみ も 小泉今日子 も この当時は、全く大きな差はなかったと思うんですよ、実力的にもキャラクター的にも。

 なにが違ってたか・・・っていうと、やっぱし、お金のかけ方ぢゃないのかしらん?
 まあ、事務所の力関係、レコード会社の力関係・・ととかく、ケーノー界チックなところでの「差」だと思うんだけど、それだけにオシイんだよなぁ。



この曲「CD化希望」っていう方意外と多いんですけど、CD化は出来ないようです。
 なんでも、噂によると、TDKレコードが倒産する時、この曲の「原盤」のマスターテープも破棄しちゃったらしく、なので、CD化したくても出来ない状況らしいですわね。



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南風 / 太田裕美

1980_03_南風_太田裕美






今回の1曲セレクトは、「南風」太田裕美です。

まずは、データでーす。

・タイトル     南風 〜South Wind〜
・アーティスト   太田裕美
・作詞       網倉一也
・作曲       網倉一也
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1980年3月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  22位
・売上げ枚数    11.5万枚
THE HITCHART HOT30最高位 20位
・タイアップ:キリン「キリンオレンジ」CM曲

 昔は、レコードのリリース日って、1、5,10日以外に、21日リリースって多かったんだよなぁ。 
最近は、毎週水曜日ってリリース日が決まっちゃっているから、21日が水曜日にならない限りそうでもないんだけど、少なくとも80年代までは、毎月21日というのが、リリースのひとつの山で、とくに四半期と決算期を抱えた3/21リリースっていうのは、数が多かったんだよねぇ。
 もちろん、ここからヒットした曲も多いわけで・・。ということで、暫くは3/21リリースの曲が続きそうなので、まずは、ちょっと早めに引っ張って来ることにしましたワ。

 太田裕美 「南風」

 って、ほとんど「みなみかぜ」ってよんぢゃうんだけど、「サウスウインド」が正解のようです。本当は。

 この曲を聴くと、決まってどっかに行きたくなるんだよね。「ドライブしたい」病がムクッ。。。。
 この爽快感は、これからの季節にピッタリですよ。適度なスピードで海沿いを走りながら、この曲をカーステから流す・・・っていうシチュエーションにゃピッタリですよね。

♪From the radio 天気予報 週末は晴れそうです 
 それなら自慢の車に乗り 浜辺へ行こうか ♪

 いいじゃありませんか。 その気になっちゃいますよ。

 「南風」っていうタイトルにピッタリの温度感と、匂いですよね。

 それまで、どちらかというと、松本隆−筒美京平の強力ラインの「歌謡ポップス」よりっていう印象が強かった太田裕美だけど、70年代も終盤に差し掛かって、前の年の79年あたりからは、筒美京平の手から離れて、ちょっと方向転換が見えてきた頃ですよね。このころは。
 自分で作曲した「シングルガール」などのシングルをはさんで、この曲となるわけだけど、この曲は、網倉一也氏のプロデュース。
 どちらかというと、詞の内容、曲調から言って、ニューミュージック系の若干、大人向けの内容になってますね。
 それまでが、高校生くらいが対象だったとしたら、この曲は大学生を対象にしてるって感じね。

♪ 君は光のオレンジギャル ♪

 この言葉遣いは時代を感じるよね〜。少なくとも「ギャル」って言葉は、いまや「死語」ぢやないかなぁ。
 でも、あの時代は「イマイ」かったし、「ガール」よりは、大人びた言葉だったんだよね。

 この辺からも、そりまでよりは、上の年代を意識した曲だったんだよね。

 網倉氏も、そのまえの郷ひろみの「マイレディー」からのってきたころでしたしね。このひとのメロディは、カラっとした空気感がいかにもアメリカンポップスを下敷きにしてるぞっていう、手触りがいいんですよね。
 ヨーロッパ系、ジャパニーズアシッドのような湿り気がない。
 丁度、あのころは、そういう曲が好まれてきた時期でもあるしね。時代的に網倉氏のような曲があってたんだよね。

 ただ、サウンドは若干、古いかなぁ。既に80年代に入ってたんだけど、まだ、70年代の匂いを引きずっていたな、この曲までは。
 そして、この曲のリリースから10日あまり。同じくCBSソニーからリリースされた1曲が、この70年代を引きずった「空気」を一変させたんだよね。
 そうです! 松田聖子の登場! ・・となるんだよね。

 この曲は、そんな端境期にあった、「70年代」を髣髴させる「最後」の曲ぢゃなかったかな。

 ちなみに、この曲は、当時のキリン「オレンジ」のCM曲。キリンが提供だった「ベストテン」のCMではよくかかってましたよね。



うーん、↑で、「South Wind」が正解です・・・なんて書いちゃったけど、動画のなかで「みなみかぜ」って言っちゃってますねぇ。。。。
いずれにしても、この曲は、本当に懐かしい。聴くと、80年当時が鮮明に蘇りますわ。



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ピエロ / 田原俊彦

今回の1曲セレクトは、「ピエロ」田原俊彦です。

 まずはデータです。

・タイトル    ピエロ
・アーティスト  田原俊彦
・作詞      来生えつこ
・作曲      網倉一也
・編曲      大谷和夫
・リリース日   1983年2月17日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   33.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1983年2月28日〜4月25日付

連日、トシちゃんの曲をセレクトしてるって感じですが、今日もセレクトしちゃいました。
1983年2月リリースの「ピエロ」。
 さすがにこの曲は、昨日セレクトした「銀河の神話」と違って、「メジャー」だから、知ってる方も多いだろうね。

 この「ピエロ」の頃、トシのバックバンドについてた「Question」って好きだったぁ。
 正確には「クエッチョンズ」って言ったらしいんだけどね。

 いや、確か昔、こんなバンド名の人たちがトシちゃんのバックバンドにいたよな・・・って言うのを覚えてたんだよね。

 ドラムの村田勝美氏のアクションがハデだったんで、よく覚えているんですわ。

 1982年〜 担当・・って言うことだけど、一番よく覚えているのは、今日引っ張ってきた「ピエロ」と84年の「顔に書いた恋愛小説」だな。

 この2曲は、よくバックバンドを従えて歌ってたもんね。

 特にこの2曲は、バンドサウンドがよく合った曲だったからかもしれない。

 たださ、今からしてみると、この2曲とも、若干「忘れられた」存在かもしれないけど。。。

 特にこの「ピエロ」は、前の「ラブ・シュプール」がミュージカル風の派手なアレンジだったから、余計、「地味」な印象があったりして。。

 そのまえに、当時の近田春夫氏ぢゃないけど、「え? もう新曲?」っていう感じだったな。

 「ラブ・シュプール」が82年12月18日リリース で、 「ピエロ」が83年2月17日リリース

間、2ヶ月でのリリース。

 いまぢゃ、こんな間隔のリリース、頻繁にあるからなんとも思わないだろうけど、当時は、3ヶ月ローテーションリリースが基本だったから、それを無視して、中2ヶ月でリリースしてくるのは、異例のことだったんだよね。

 まあ、「ラブ・シュプール」が、たのきん映画「ジェミニ・Y&S」の主題歌ということもあり、「30万枚限定リリース」ということもあったんで、こういうリリースの仕方になったんだろうけどさ。

 ・・・と書くと、最近、あゆとか倖田のリリース仕方(⇒枚数限定リリース)を散々コケにしてるけど、昔からあったんじゃん・・・なんて、若いコからは言われそうだけど、ハイありました。。。。

 でも、「枚数限定」という形でリリースされたのは「ラブ・シュプール」が最初ぢゃなかったかな?

 まあ、トシちゃんとしても、こんな形で「限定」リリースしたのは、後にも先にもこれ1回だったし、この「ピエロ」は、通常リリースだったしね。


・・・というわけで、地味な存在の、この曲だけど、メロディラインは、ちょっと哀愁的で、一見「ナンパ」に見られがちな初期のトシちゃんの曲の中では、マジな曲だったですね。

 トシちゃんの場合は、特性をよく知っているというか、ピッタリ合う作家がついてたよな。
 ナンパの曲では宮下智、マジな曲では網倉一也氏 の曲がピッタリ合うんだよね。

 上記の「顔に書いた恋愛小説」も網倉一也氏だったし。

 その間を補完するように筒美京平氏が埋めたりして、作家には恵まれたヒトだったよねぇ。

 だからこそ、いろいろ実験的なことも出来たんだろうけど。。。

 当時は、マッチの売れ方がハデだったから、マッチの間に隠れちゃってた部分もあったけど、今にして思えば、曲はトシちゃんの方が印象に残ってるもんね。。

 ・・・・なんて、もう、何回書いただろ? でも、実際そう思えるんだよなぁ。

 「エバーグリーン」っていうところから見ると、絶対そのほうがトクだと思うよ。一時の爆発的売れ方より、記憶に残る売れ方って方がさ。

 そういう意味でも、いろいろこねくり回して「実験」するのって大切なことなんだよね。

 まあ、アーティストの方も、それに応えられる器用さが必要なんだけどさ。

 トシちゃんの場合は、歌唱力は、みなさん認めるように「あれ」だけど、踊りがあったし、歌唱力が「あれ」だったからこそ、いろいろ実験できたっていう部分もあったろうしね。


 まっちの場合、キャラクターの個性が強すぎたから、なかなか実験的な曲って出来なかったもの。
 その代わり、パワーがあった時の売れ方は強力だったけどさ。


しかしさあ、この曲の「当時」の動画が今落ちてない・・・・。
しょうがないから最近のリンクしちゃいました。
とりあえず、曲のイメージと当時の匂いはつかめるかな。。。




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未完成

1981_02_未完成_郷ひろみ






今回の1曲セレクトは、「未完成」郷ひろみです。

まずはデータですぅ。

・タイトル     未完成
・アーティスト   郷ひろみ
・作詞       阿木耀子
・作曲       網倉一也
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1981年2月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  13位
・売上げ枚数    15.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1981年2月23日〜3月9日 3月23日   

 G.Sって好きなんだよね。

え? だれですか? 「ガソリンスタンド」って言ってるヒトは。。。

G.S⇒グループサウンズですよぉ。 いまから約50年前に、今でいう「ガレージ」系なバンドサウンドが一世を風靡、超大ブームになったわけですわ。
 ま、たしかに、ワタシが生まれる前後の話なんで、リアルタイムの世代ではないんですけどね、80年代中盤、ネオG.Sっていう、俄かにG.Sブームの再来が来たことがあるんですよね。
 それで、個人的に、G.Sを掘り返したことがあるんですよ。それで好きになっちゃったんだよねぇ。
 
 まあ、そんなこともあって、今日は、GSに関係ある曲を引っ張ってきました。

  未完成  /郷ひろみ

 ん? なんでこの曲がG.Sと関係あんの?

ってお思いの方もいらっしゃるかしら?

 あー、この曲がヒットした頃覚えてないかなぁ。この曲、郷ひろみのバックでギター弾いてた方を。

 でさ、サビの

 ♪ あーまーいー ♪ とか ♪よーるーにー♪ のときに

寄り添ってきてコーラスつけてたじゃん。

 そうなんだよね、元ブルーコメッツのリードギター、三原綱木氏なわけです。

 はいはいはい、G.Sと繋がりますねぇ。 
 
 まあ、当時、郷ひろみのサウンドプロデューサーとして三原綱木氏が長いこと付いてたんだよね。
 そういう関係と、この曲自体、G.Sのガレージっぽい曲だったこともあって、競演っていう運びだったんだろうね。

 たださ、個人的には、当時は、この曲はよくわからなかったなぁ。
 まだ、ガレージっぽいノリがよく理解できなかったこともあるし、そもそも郷ひろみの曲自体、よく理解できなかったんだよね。

 やっぱし、「たのきん」だったしさ、個人的には。

 理解できたのは、後年、上で書いたようなネオG.Sブームがあった86,87年あたりかなぁ。改めて聴いて、「なるほどなぁ」と想ったんだよね。

 ま、なぜ、この81年2月のタイミングで、このテのガレージっぽい曲を持ってきたのか・・・って考えると、確かに、81年の初頭にG.S熱再燃の兆しがあったんだよね。

 ・・・というのも、最後のウエスタンカーニバルが開かれたのが81年1月のこと。
 そう、有楽町にあった日劇が取り壊されたのが81年3月で、その直前に最後の、ウエスタンカーニバルが開かれ、当然、G.Sの主要グループが一時的に再結成の動きがあったんですよ。

 まあ、そういう、流れの中で、沢田研二が「GS.I LOVE YOU」なんて、アルバムを出したりして、ホンの少しだけだけど、G.S熱復活の兆しがあったんだよね。

 恐らく、そういうこともあって、このタイミングで、このテのガレージっぽい曲を出してきたんだと想うんだけどさ。


 ちなみに・・・・日劇、知らない方・・・・って、実際、私も見たことないんだけどさ(なにせまだ田舎にいたもので)。
 日本劇場・・・。いまの有楽町マリオンの場所にあった大劇場ですよね。



郷ひろみ氏の動画って、少ないんだけど、この曲はありました。
リンクします。「1コーラス」だけなのは残念だけど。。。
三原綱木氏も若いなぁ・・。まあ、34年前だもんね。。。

白いハンカチーフ

1984_01_白いハンカチーフ_堀ちえみ






今回の1曲セレクトは、「白いハンカチーフ」堀ちえみです。

 まずはデータです。

・タイトル    白いハンカチーフ
・アーティスト  堀ちえみ
・作詞      大津あきら
・作曲      網倉一也
・編曲      立野立美
・リリース日   1984年1月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   14.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1984年2月6日〜2月13日付

 「1月のヒット」ということで、ここのところずっと書いてきたんだけど、そろそろネタぎれになってきたんだよなぁ。。。出来るだけ、80年代アイドルに限定せずに、70年代〜00年代まで広げて行くようにはしたいんだけどねぇ。何分、過去の「今ごろ」のヒットを引っ張ってきてるから、時期的に厳しいところもあるんだよね。

・・・ということで、ちょっと考えてたら、まだ、この曲書いてなかった。

 白いハンカチーフ  /堀ちえみ

 1984年の今ごろのヒットだね。 えー、たださ、このころの堀ちえみって、例の「ドジでのろまなカメさん」(→「スチュワーデス物語」ね)の撮影の真っ最中であり、かつ人気も一番のころだったから、一体、いつレコーディングしたんだろう? って感じしたんだけど、実は、この曲自体は、このリリースのかなり以前にレコーディングしてあったんだよね。

 たしか、デビューに近いくらいに作られた曲で、それまで寝かしてあったんじゃなかったっけね。

 デビュー時には、ちょっと大人っぽいってことで・・・。

 いや、どおりで、作詞 大津あきら、作曲 網倉一也 なんて、とっても、81、82年っぽい顔ぶれの曲だし、堀ちえみとしては、異色の作家陣であったことには違いない。

 うーん、でも、メロディライン自体は、逆に84年当時からしてみれば、古臭い感じは拭えなかったな。

 アイドルの曲って83年を境に、特にサウンド面からして「進化」してたからなぁ。当時のA級アイドルは特にですよ。まあ、それだけ、金がかかってたって所もあるんだけど・・・。

 とりあえずは、イントロの、ブラスとベースによる5連音符駆け上がりは、インパクトがあったよな・・・って感じかな。

 あとは、つかみ所がないって感じかなぁ。まあ、当時の3ヶ月ローテーションリリースもあって、「出し手」側としては「臨発」に近い形でのリリースだったんだろうな・・・ってところが、今になってみれば、よく分ったりして。。。

 ただ、その代わり、次の「稲妻パラダイス」からは、作曲陣に林哲司や芹澤廣明氏を向かえ、当時のアイドルポップスの先端サウンドを行くようになる。

 まあ、それに向けての「つなぎ」だったね、この曲は。


 それでも、当時の「ドジでのろまなカメ」さん、効果もあってか、売上げ自体は、堀ちえみとしては、結構伸びた方なんだけどさぁ。

 まあ、この辺は、やっぱり、アイドルのキャラクター次第って言うところもあったからなぁ。


 ちなみに、個人的には「スチュワーデス物語」のファンでした。・・・っていうか、見てないとガッコでの話題についていけなかったからなぁあせあせ そのくらい人気あったよね。

 いまでは「スチュワーデス物語」ってタイトルにはならないんだけど。だいたいにおいて「スチュワーデス」って名称が無くなったから。。。「キャビンアテンダント物語」でしょうか。
 わ、かっちょいいexclamation ×2

 ますます「ドジでのろまなカメさん」では、イメージが遠くなっているな。。。。ふらふら




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