かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

細野晴臣

ライディーン /イエロー・マジック・オーケストラ

O


今回の1曲セレクトは、「ライディーン」イエロー・マジック・オーケストラです。

まずはデータです。

・タイトル    ライディーン
・アーティスト  イエロー・マジック・オーケストラ
・作詞      なし
・作曲      高橋ユキヒロ
・編曲      イエロー・マジック・オーケストラ
・リリース日   1980年6月21日
・発売元     アルファ
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数  22.5万枚

そりが合わないヒトって居るよね。ワタシさあ、子供の頃から協調性ゼロって言われるくらい「個人主義」なんで、そりが合う、合わない・・・っていうのが、人一倍あるんだよなぁ。
それは、大人になった今でもある訳で・・・。仕事上、本当はそれじゃ行けないんだけどね。・・・と理性としては分かっているんだけども、本能がそれが許さない・・・とかね。だから、「あーやだやだ」ってすぐに顔に出ちゃう訳ですわ。
 うーむ、本来なら「勤め人」としては一番向いていないタイプなんだよな。でも、働かないとメシ食えないから、向いてないな・・・と思いながらも半ば仕様が無く勤め人やってる訳ですわ。 宝くじでも当たれば即日、辞めると思うけどさ。

・・・・と、なんでいきなりそんな事を書くか・・・というと、今回セレクトしてきた曲の「前振り」なんですねぇ。

イエロー・マジック・オーケストラ「ライディーン」。

でも、みなさん、「ライディーン」と「そりが合わないヒト」と何の関係があるの・・・なんて思いますよねぇ。
それがあるんですわ、私の中では。

Y.M.O が話題になって、この曲がシングルチャートの上位にランクアップしてきたのが、1980年の今頃。ワタシは小学5年の時。その頃、学校では放送委員をやってワタシなんだけど。・・・というか、小4〜卒業するまでずっと放送委員だったんだけどさ。
放送委員は、曜日別に放送当番が決まってて、小4〜小6まで各1人ずつのチームを作らされていたのね。

で、さあ、この曲がヒットしてた1980年前期の時に組んでた、当時の小6の奴(まあ先輩なんだけど。。。)とそりが全く合わなくてね。すぐ、ヒトを小馬鹿にするイヤミな奴でさあ。 

そいつがある日、「ライディーン」ってしってる? なんて言って来た訳さ。

当時、ワタシ、Y.M.O知らなくてねぇ。 だから「ライディーン」なんて知らなかったんだけどさ。
でも、そこで知らないなんていったら、またヒトを小馬鹿にしてくるのが分かってたんで、知ったかぶりで「知ってるよ」なんて言っちゃったわけよ。

実はね ワタシ ↓コレ だと思ったのよ



「勇者ライディーン」  (爆)

バカにされたなぁ。小馬鹿じゃなくて、大馬鹿扱いされたもの。
でもさあ、あながち間違いじゃないじゃん
・・・とか、あんときは、心の中では思ったワタシだったんだけどね。。。
結局そいつとは、1980年度前期が終了する9月まで、チームを組まされたな。、
後期は、そいつ放送委員に落選したんでさ、顔合わせなくなって、まあせいせいした事。


でもね、それがきっかけとなって、逆にキニナッた、Y.M.Oの「ライディーン」なんだよな。
だから、そんな出来事があったあとですよ、この曲を実際に聴いたのは。

これが悔しいかな、良い曲なんだわ。うーん、良い曲っていうのは、ちょっと語弊があるかな。面白い曲でしたね。
 正直、それまで思いに聴いてた「ヒット」曲は全く感じなかった硬質感。無機質って言った方がいいのかなぁ。

 実際は、これ聴く前に「テクノポリス」は知ってた訳だから、Y.M.Oサウンド自体全く知らなかった訳じゃないんだけど、「テクノポリス」よりもさらに無機質感を感じたんだよな、こちらの曲には。
それでいて、メロディはよりキャッチーだったしな。 だから、すっと曲に入っていけた。
 まあ、当時はまだガキだったから、吸収力が凄かったからね。音楽に対してのキャパシティがでかかったから、聴くモノはなんでも吸収して行ってたようなところもあったからな。
 SE的に、当時ゲーセンに置いてあったようなテレビゲームのシューティングゲームのようなSEもあったでしょ。あれも刺激的だったしな。
今となってはちゃっちい8ビット的な音なんだけど、当時は、これでも充分刺激的だった訳なんだよね。



1980年12月27日
Yellow Magic Orchestra World Tour '80  最終日
武道館でのライブの時の「ライディーン」ですね。

それにしても、この時のツアーメンバーが、Y.M.Oのツアーの中でも最強だったんじゃなのかなぁ。

Y.M.Oの3人
細野晴臣
坂本龍一
高橋ユキヒロ

に加え、サポートメンバーとして
ギター 大村憲司
キーボード 矢野顕子
コンピューターマニピュレーター 松武秀樹

松武氏、若いですね。 矢野顕子さんも若いなぁ。 この時25才だって。
飛び跳ねながらキーボード弾いてる矢野顕子さんも珍しいわな。 このライブの1か月後には、あの大ヒット曲「春咲小紅」がリリースされることになる。

でも、レコードでは無機的に聴こえるこの曲も、実際にライブで、「手弾き」でやると、たちまち有機的に聴こえるのは不思議ですわな。
いくら、機械的に発達したと言っても、やっぱり、ヒトが実際に弾いてる音楽には叶わないんだよね。

 ちなみに、この時は、キーボード3人に、松武氏のマニピュレーターって言う存在も必要だったけど、あれから36年。いまでは、これらキーボードとマニピュレーター、4人分を1人でも十分賄えるようになったよな。
 だから、この時6人で廻ってたツアーも今じゃ、ギター、ドラム、キーボードの3人で充分・・・いや、ドラムもいまはコンピューターで充分だから、2人いればカバー出来るようになったわな。 機材技術の進歩だよなぁ。
 逆に、実際に演奏しているヒトのテクニックは、逆に衰退しているように感じるけど。。。


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禁区 / 中森明菜

1983_10_禁区_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「禁区」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル      禁区
・アーティスト    中森明菜
・作詞        売野雅勇
・作曲        細野晴臣
・編曲        細野晴臣 荻田光雄
・リリース日     1983年9月7日
・発売元       ワーナーパイオニア
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     51.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1983年9月19日〜12月5日付

 久しぶりに明菜です。 今回、引っ張ってきたのは「禁区」。

 いままで、結構、中森明菜の曲、書いてきてたようで、意外とまだ、書いてない曲があるんだよね。
 まあ、大体が、中期以降の曲なんだけど、初期の頃の曲では、まだ、この曲、書いてなかったんだよなぁ。

 ・・・・というのも、この曲、なかなか書くの難しくてさ。。。

 う〜ん、なんか「これ」っていう特徴があれば、すぐ書けるんだけど、この曲に関しては、「これ」っていう特徴、インパクトがないんだよなぁ。あ、これは、サウンド面で・・・ってことでね。

 作詞は、売野雅勇氏。売野氏と中森明菜といえば、ブレイクのきっかけとなった「少女A」からの担当だから、まあ、中森明菜とは切っても切れない関係にこの頃はあったんだけど、こと、「詞」という面では、この曲の詞が一番よく出来た・・・と、後日、ご本人が語っていましたねぇ。(ヤンソン84年5月号の作家インタビューより)

 この時、中森明菜は18歳だったんだけど、18歳くらいの女の子がいだいている感情、心理をストレートに表現することが出来た・・・って語ってましたねぇ。

 なるほど、この曲の場合は、サウンドではなく、詞の面で売れたんですよね。

 正直、当時、この曲が50万枚も売れるような曲だとは、思わなかったの。
 この前の曲の「トワイライト」が42万枚でしょう。 個人的には、「トワイライト」の方がわかりやすくて良かったもの。当時は。

 まあ、でも、確かに、それまでミディアムバラード⇒ロックチューン のくり返し、っていうリリースパターンからは、この曲をきっかけに全く変わった・・・という面では、実験的であり、冒険した1曲であったことには変わりないんだけどね。

 作曲は、細野晴臣氏。 このころの細野氏は、Y.M.Oの活動と平行して、中森明菜のこの曲や、松田聖子の「天国のキッス」「ガラスの林檎」と、当時のアイドル両巨頭の曲を手がけるなど、八面六臂な活躍でしたわね。

 たださ、松田聖子の「ガラスの林檎」は、別にして、往々にして、分りにくいメロディラインが特徴なんだよね。

 「天国のキッス」なんて、転調に次ぐ転調で、分かりにくかったもんね。分りにくいっていうか、イメージがまとまんないんだよね。

 当時、ヤンソンの近田氏の「新曲激評」で「細野さんでしょ、この曲」なんて、軽いイヤミを書かれてたりしてさ。

 この「禁区」もどちらかといえば、そういうイメージがあるんだよなぁ。

 でも、もともと、最初に提供した曲は、この曲ぢゃなかったんですよね。

 Y.M.Oで「君に胸キュン」のあとに「過激な淑女」っていうシングルリリースしてたの、覚えてますかねぇ。

 実は、あの曲は、最初、中森明菜用に書かれた曲だったらしいんだよね。

 でも、当の明菜嬢は、お気に召さなかったようで・・・・あせあせ

 それでも、細野氏としては、出来はよかったらしく、ボツにするのはもったいないんで、自分たちで歌っちゃったらしいですわ。

 で、次に作ったのが、この「禁区」なわけですね。ただ、この曲については、逆に、細野氏は、あんまり自信がなかったようですが・・・。

 アレンジも、細野氏が担当していますが、荻野光雄氏との共同ということで・・・。打ち込み部分は細野氏、ストリングスとコーラスは荻野氏がそれぞれ担当・・・・と、これは、わかりやすい分担アレンジでしたね。

 同時期の松田聖子の「ガラスの林檎」も、細野氏と、こちらは大村雅朗氏との共同アレンジだったんですが、こちらは、どの部分をどちらが担当したのか・・・っていうのが、ちょっと分かりにくかったもんね。

 うん、それに比べたら、わかりやすい曲ではありましたよ。


 でもさ、よくよく考えたら、この曲があったからこそ、後々の中森明菜があった・・・とも言えるんだよね。

 この曲で、それまでの曲パターンを打ち破った・・・っていうのは、やっぱり冒険だったろうし、画期的だったしさ。

 曲内容はともかくも、これ以後の明菜の「フック」となった曲だったとは言えるでしょうね。



 それでも、個人的には、次の「北ウィング」の方が、中森明菜の特徴を完成した・・・という点でも好きだったんだけどなぁ。わかりやすかったし。。。




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ハイスクールララバイ / イモ欽トリオ

1981_09_ハイスクールララバイ_イモ欽トリオ






今回の1曲セレクトは、「ハイスクールララバイ」イモ欽トリオです。

 まずはデータです〜!

・タイトル     ハイスクールララバイ
・アーティスト   イモ欽トリオ
・作詞       松本隆
・作曲       細野晴臣
・編曲       細野晴臣
・リリース日    1981年8月5日
・発売元      フォーライフ
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    104.3万枚
・タイアップ:フジテレビ系「欽ドン良い子悪い子普通の子」より
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1981年8月31日〜11月23日付

 9月17日が木曜日とかけて、1981年ととく。その心は、「ザ・ベストテン」が最高視聴率をたたき出した日ですね。 そそそ視聴率41.9%
今から考えると、「アホか」とも思えるようなめちゃくちゃ高視聴率なんですけど。。。
そうね、毎週、紅白歌合戦をやってたようなもんでしたよね。 紅白は年に1回だけど、ベストテンは毎週やってたわけだから。

奇しくも、今日9月17日は「木曜日」ということで、34年前、「ザ・ベストテン」が最高視聴率をたたき出した、カレンダー周りと一緒なんですねぇ〜  ということは、やっぱし、あの時ランクインしてた曲を持ってくるべきだよな

・・・・ということで、あの時「1位」だった曲を持ってきましたよ。

 ハイスクールララバイ イモ欽トリオ

 よもや「知らないなぁ」・・・・っていう方は、あんまりいませんよね?
 
 あれ? いるかなぁ? うーん、あれから34年だからねぇ。知らない人もでてくるかなぁ。


 いままで、チラチラ、1曲セレクトでは曲名は出してきたんだけど、今回はちゃんと書きますね。

 この曲は、フジテレビ系で放送してた「欽ドン 良い子悪い子普通の子」からでてきた曲ですわね。

 でさ、なぜか、このころの「欽ちゃん」ネタ、、ここで書くと、みなさんに受けがいいんだよなぁ。
 あ、これはね、マイミクさん以外でもってことですよ。

 以前、TBSの「週刊金曜日」がらみで風見慎吾とか、欽ちゃんバンドってかいたら、ドワッとアクセスあったりしたもんのねぇ。

で、共通して、「ワーなつかしい!」って言ってくれたりする。
 うーん、それだけ、当時の欽ちゃんファミリーの勢い・・というか人気があったんだよねぇ。

 まあ、笑いに「毒がない」っていうところで安心してみられるお笑いバラエティーだったところもあるからなぁ。視聴率も「欽ドン」は30%くらいあったものねぇ。

 イモ欽トリオ  ・・・・言わずと知れた当時の「たのきんトリオ」をもじったパロディですわね。

 良い子・・・・山口良一
 悪い子・・・・西山浩司
 普通の子・・・長江健二

 の3人トリオなのは、ま、書かなくても・・・って所だよね。

 曲も、完全なるY.M.Oのパロディ・・・なんだけど、そのパロディをY.M.Oの細野晴臣氏、みずからプロデュースしているってところがミソですね。

 まあ、普通、パロディっていったら、無名なトラックメイカーが作ったりしてやるもんですけどね。
 本人が思ってきりパロってる・・・ってところが、この曲の面白さなんですよね。

 作詞の松本隆氏だって、松田聖子に見せるような、ビロードな手触りな松本印ブランドとは、随分、はなれた、御気楽な詞だしね。
 
 ♪ 100%片思い BABY I LOVE YOU SO すきすきBABY ♪

だもんね。文字で書くと、秋元康氏でも書かないような下世話な感じでしょ? 

 この曲と、松田聖子の「風立ちぬ」の大滝詠一・・と、元はっぴいえんど の3人が、そろって「アイドル」っていう別ジャンルでがんばっているって言うのも、この頃の時代性を反映してるっていえるんだけどさ。


 それにしても、すごい人気だったよねぇ。 このあいだも「ギンギラギンにさりげなく」で書いたけど、3週連続で10万枚突破は、この当時としては異例なこと。

 当時、アイドルっていうジャンルにカテゴライズされていた曲で累積セールスがミリオンセラーに達した曲っていったら、この曲と、マッチの「スニーカーぶる〜す」だけなんだよね。

 え? なに? ピンクレディーもいるだろうって?

 うむー、たしかにピンクレディーもアイドルだったけど、オリコンでは、ピンクレディーは「ピンクレディー」っていうジャンルにカテゴライズされてたから・・・(爆)


 まあ、それだけ爆発的な人気だったわけですわ。


 個人的には、この曲のC/Wの「欽ドン良い子悪い子普通の子のテーマ」も好きだったりしたんだよね。

 ♪欽ドン シャラララランララ 〜 ♪ っいう、番組でつかわれてたジングルを主題として、欽ちゃんと、良い子悪い子普通の子との掛け合いコントをそのまま曲にした感じのやつなんだよね。

さいごの

 ♪ 萩本一家の三人息子

  良い子    いつも誠実
  悪い子    いつもフィーバー
  普通の子   いつも平凡    ♪

っていう部分の、ふつ男「いつも平凡」っていうのが、なんとなく笑えるんだよね

 んなわけねーやろっていうところがさ。非日常なんですよね

 でもまあ、この曲は、普通、メディアではやらないだろうから、レコード買わなきゃ聴けないって代物・・だったりして。


動画・・・・ベストテンの話からはじったんでベストテンの動画をリンクしたかったんだけど、なぜかYOU TUBE1にはトップテンしか落ちとらん。。。 しょうがないんで、他のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/xm66ri_%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%A9%E3%83%90%E3%82%A4-%E3%82%A4%E3%83%A2%E6%AC%BD%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%AA_fun


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ピンクのモーツァルト / 松田聖子

1984_09_ピンクのモーツァルト_松田聖子








今回の1曲セレクトは、「ピンクのモーツァルト」松田聖子です。


まずはデータです。


・タイトル   ピンクのモーツァルト
・アーティスト 松田聖子
・作詞     松本隆
・作曲     細野晴臣
・編曲     細野晴臣 松任谷正隆
・リリース日  1984年8月1日
・発売元    CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売り上げ枚数  42.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1984年8月13日〜10月1日付
・タイアップ:カネボウ '84年秋のキャンペーンソング


  これまで松田聖子の曲は大分書いて来たんだけど、mixi時代に書いていた1曲セレクトを含めて、書いてなかった曲って、またあるんだよな。

その1曲が今回セレクトしてきた「ピンクのモーツァルト」。


むーーー、この曲書いて無かったんだな。

ま、一部は何も考えないで「エイヤッ」とセレクトしてくることもあるけど、基本、これまで自分で引っかかってきた曲をセレクトするパターンが多いからねぇ、この「1曲セレクト」は。

 そう考えると、この曲は、当時も引っかからなかったんだろうなぁ。いや、引っかからなかったんですよ、正直なところ。



どうもねぇ、印象が薄い・・・っていう感想しかないんだよね、この曲には。
 丁度、中森明菜の「十戎(1984)」と、チェッカーズの「星屑のステージ」とヒット時期がバッティッングするんだけど、この2曲の印象が兎に角強かったからなぁ、84年の晩夏から初秋にかけては。
 その他にも、いろんな新手のグループが出てきた頃で、正直、これらの曲に「埋もれて」しまったイメージが強い。


 実際、ワタシのチャートでは2位まで行っているものの、「ザ・ベストテン」では最高位3位でしたからねぇ。松田聖子がベスト3ギリギリなんていうことは、80年の「青い珊瑚礁」以来初めてだったしな。それ上、さしもの松田聖子もそろそろピークは過ぎたか・・・っていう印象の方が強くなってきたりしてたんだよな。

 ま、実際は、上の2曲が尋常じゃないくらい超強力だったわけで、この曲もベストテンの「得点」換算でいえば、超高レベルな「3位」だったわけで、そう考えると必ずしも人気が落ちていたってわけじゃないんだけどさ。

ただ、実際的に、曲自体の印象が薄いんだよな。
Y.M.Oの細野氏の作曲なんだけど、どうもここっていうポイントが無いのよ。フックが弱いっていうかね。だから、どうも引っかからないんだよな。


唯一、最後の

♪ ビッグウェイブが砕けたら 華やかな9月〜 ♪ 


ってところは、絵が浮かんでくるかなって感じはするけど。。。


大体において、ピンクのモーツァルトって何? っていうイメージが沸かないんだよなぁ。
ピンクの燕尾服を着て、棒ふってるモーツァルト?? 

やっぱキモの部分の単語は、耳に入った時にイメージが沸かないとなぁ。。。。


まあこの曲、例のカネボウ化粧品のキャンペーンソングだったからなぁ。恐らく、キャッチコピーとして、「ピンクのモーツァルト」ってコトバが入ってたんで、ウタにも使ったんだろうけどね。


 たださ、この頃の化粧品のキャッペーンのキャッチコピーって、大分、飛躍したものが増えてきて、冷静に考えるとどういう意味? っていう突飛押しのないコトバの羅列が多くなって来てたからなぁ。
 単語として成立するというか、なんかミョーなフレーズという「音」が並んだコピーって感じでさ。
この曲なんかも、そんな曲の1曲なんじゃないかなぁ




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ガラスの林檎 / 松田聖子

1983_08_ガラスの林檎_松田聖子







今回の1曲セレクトは、「ガラスの林檎」松田聖子です。

 まずはデータです。

・タイトル     ガラスの林檎
・アーティスト   松田聖子
・作詞       松本隆
・作曲       細野晴臣
・編曲       細野晴臣 大村雅朗
・リリース日    1983年8月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    85.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1983年8月8日〜11月7日付

 長いことヒットチャート見てきてると、「運命」に左右されているに違いない・・・とか、思う曲に出会ったりすることもあるんだよねぇ。。
 なんて、また、大げさな・・・とか言われそうだけど。。あせあせ

 いや、実際にあるんだって。

 例えば、今回引っ張って来た、松田聖子の「ガラスの林檎」なんて、そうじゃないかしらねぇ。

 この曲、当初、受けが悪かったんだよねぇ。。。 いや、今となっては信じられないことだけどさ。
 リリースが83年の8月1日。 当時のランキングを紐解くと、翌8月8日付では4位に初登場。次の週で1位になってるんだけどね、その5週後には、ベストテンから落ちてたりする。 都合7週間のベストテン入り。

 今の感覚では、7週もベストテンに入ってりゃ、ロングヒットって感じだけど、当時の感覚では、松田聖子クラスにもなると10週はベストテンにランクされていても、全くおかしくなかっただけに、これは、異例に短かったんだよね。 このベストテンダウン時点での累積売り上げが31万枚。

 このペースで行くと、第2弾の「青い珊瑚礁」での大ブレイク以来、「最低」の売上げになるはず・・・のペースだったのよね。
 ちなみに、その時点ではデビュー曲の「裸足の季節」以外では、「秘密の花園」の39万枚が最低だったからさ。

 そういうこともあって、この頃の「オリコンウイークリー」を読むと、「松田聖子、これまでか」論が結構展開されていたりして。。ふらふら


 だけんど、運命の女神ってのが、いるんだよね、これが・・・。

 ハイ、あれですよ。 この「ガラスの林檎」のC/Wの「SWEET MEMORIES」。。。

 これが想定外な「受け方」をこの直後からしたからねぇ。ランキングではベストテンから落ちた3週後に、ベストテン返り咲き、そこから4週後に1位返り咲き・・・なんちゅう、ウルトラCなチャートアクションを展開。 大化けしちゃったんだよなぁ。
 最終的には、85.7万枚なんちゅう、当時の松田聖子としては、最高売上げを記録しちゃったりしたんだから、分からないよね、何が起きるか。

 なんせ、途中までは、松田聖子も、いよいよ終わりか・・・なんて、言われてたわけだし。。


 でも、まあ、これがあったからこそ、そこから、松田聖子人気が、改めて再燃したっても言えるしなぁ。。

 ま、今からして思えば、結果論だけどさ、もし、C/Wの「SWEET MEMORIES」フィーバーがなかったら・・・、その後、歴史は変わってた・・・かもなぁ。ホントに。。


 ま、それくらい、最初は人気が無かった、この「ガラスの林檎」なんだけどね。

 考えて見れば、地味なんだろうな。イメージが。

 よく言われるのは、プロコルハルムの「青い影」をイメージしたようなイントロからの流れとかいわれるけど。
 たしかに、「青い影」を細野氏なりにアレンジしたら、こんなんなっちゃいました・・・って感じなのかなぁ。

 うん、個人的にも、イメージは、同じような絵は浮かんでくるな。クリスタルな青の世界っていうイメージっていうか。

 細野氏のメロディラインは、抑揚が少なくて、平坦なんだよね。まるで2次元の世界。「X-Y」平面上に点々と点が打ってあるような、数学的なメロディライン。。。あせあせ

 なんて、分かりづらい表現だな。。ふらふら

 まあ、それがY.M.Oのような、最初から2次元な世界を表現する分にはフィット感があるんだけどねぇ。


 でもさ、よくよく聴いてくれば、それなりに味がある曲ではあるんだよね。

 ただ、やっぱり、アイドルの曲は、パッと聴き、華やかであり、キャッチーな曲ほど、受けがいいっていう、傾向は大きいからさぁ。

 こういう、よくよく聴かなきゃ味が出てこない・・・ってのは、当時としても、なかなか売上げに結びつきづらい・・・っていうところがあったんだよね。




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天使のゆびさき / 西村知美

1988_06_天使のゆびさき_西村知美






今回の1曲セレクトは、「天使のゆびさき」西村知美です。

 まずはデータです。

・タイトル     天使のゆびさき
・アーティスト   西村知美
・作詞       松本隆
・作曲       細野晴臣
・編曲       武部聡志
・リリース日    1988年5月25日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位  7位
・売上げ枚数    4.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位

 さて、西村知美「天使のゆびさき」です。

ハイ、ヘンな曲なんだ、これが。。。 なんかつかみどころがない曲でさ。
一体、だれがプロデュースしたんだよ・・・とおもって調べたら、細野晴臣氏ぢゃないの。 うん、まあ、こんなへんちくりんな曲を惜しげもなくアイドルに書けるのは細野氏に置いて他にいないよなぁ・・・と納得。。。
 プラス、それに付き合わされた松本隆氏のご苦労を、おもわず察してしまったりして・・・
ハイ、この曲には、松田聖子の時のようなブランド品のような珠玉な歌詞のカケラもありませぬ。。。

昔からの付き合いは大切・・・だけど、時には大変なこともあるもんなんですよね ・・・なんて思ったりして。

 時に、いやまてよ、このお二人の組み合わせで、他にもヘンチクリンだよなぁ・・・って思った曲があったぞよ。。

・・・と思い、頭をガラガラ回転させていったんだけど、この曲で止まったのよ。

 そう、今回引っ張ってきた、西村知美の「天使のゆびさき」って曲。

 なんて言って、ハイハイハイ・・・って思うヒトは、いまやどのくらい居るだろうか。。。

・・・・ってくらいな曲でありまする。

 ただ、オリコンではちゃんとベストテン入りしてるのですよ 最高位7位に。 しかも2週もベストテン入りしてたりして・・・。

 その割には印象に薄いのは、まあ、あっという間にランクから消えたからに他ならないですわね。5週間でベスト100圏外に去っております。。。

 で、この曲がヘンチクリンなのは、まずもって、変調とコード進行だよなぁ。うん、細野氏の真骨頂と言ってもいいのかもしれないけどさ。松田聖子の「天国のキッス」もそうぢゃない!? なーんかみょうなコード進行と何度も変調したりして。 まあ、それか不思議な魅力をかもしだしているところはあるんだけど、反面わかりづらいんだよなぁ。

 この「天使のゆびさき」もそうですよ。分りづらいっていう面では、この曲の方が「天国のキッス」よりも数段分りづらいかも。なんせ、あのモゾモゾと歌う西村知美がからむでしょ。これが余計に分りづらくしてるのかもしれないけど、最初聴いた時は不快としかいえなかったもんなぁ。

 なんだ〜、この曲は?  って感じで。

 とにかく難解な曲に聴こえるんだなぁ。この曲に関しては譜面を見たことないから何ともいえないんだけど、もしかしたら実際は意外と簡単な曲なのかもしれないんだよね。

 でも、実際聴いてみると、全編にフラットがかかったような雰囲気で、なんか、頭の中に洗濯機がグルグルまわっているような不思議な感じになるわけなんですわ(^^;;;

 手っ取り早くドラッグのような危ない浮遊感覚を味わい方は、是非、ご一聴を! (そんなヒトがいるのか!?)

 蛇足だけど、この曲のアレンジは武部聡志氏なんだよね。
武部氏っていうとどうしても斉藤由貴の一連のヒット曲のアレンジっていうイメージが強いけど、このころは、かなりいろんなアイドルのアレンジを手がけているんだよね。






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テクノポリス / イエローマジックオーケストラ

1980_06_テクノポリス_イエローマジックオーケストラ







今回の1曲セレクトは、「テクノポリス」イエローマジックオーケストラです。

 まずはデータです。

・タイトル      テクノポリス
・アーティスト    イエローマジックオーケストラ
・作曲        坂本龍一
・編曲        イエローマジックオーケストラ
・リリース日     1979年10月25日
・発売元       アルファ
・オリコン最高位   9位
・売上げ枚数     29.3万枚
・オリコンベストテンランクイン:1980年6月23日〜6月30日付

 シンセサイザーの登場って(個人的に)思っているよりも早くて、向こうでは1960年代の末から使われていたんですよね。
 日本の「ポップス」に使われだしたのが、1970年代の初めごろですか。
 ムーグの「モノフィック」シンセ。つまり「単音」しか出ないやつですな。これがぼちぼち使われだしていたりするんだよね。
 「歌謡曲完全攻略ガイド」からの受け売りになっちゃうけど、例えばキャンディーズの「あなたに夢中」とかね。
 ただ、単音しかでないかんね。メロディラインをなぞるとか、バックで効果音的に使われるに過ぎなかったわけで、本来のシンセの威力を発揮するまでには至っていないんですよね。
(もちろん予算的に高かくついたってのもあるでしょうけど)

 個人的にリアルにシンセサイザーを聴いたのは、やっぱりゴダイゴだとおもうな。「モンキーマジック」ではビュンビュンいわせてしたし、「ベストテン」なんかでは、ひとつ前の「ガンダーラ」で、すでにシンセを使ってましたしね。
 ただ、ゴダイゴにしても、悲しいかな、このころはまだ「モノフィック」だったような気がするな。効果音的な使われ方だったもんね。

 それに対を成して、このころ主流になりつつあったポリフィックシンセ(複数音の表現が可能)を前面に押し出して、完全な「電脳サウンド」に挑戦してきたのが、イエローマジックオーケストラってわけですね。

 いまさら、ここに書くことでもないけど、

(Bass) 細野晴臣
(TOP) 坂本龍一
(Drum) 高橋ユキヒロ

 という、60年代末期のエイプリルフールから続く、細野人脈による「セッション集団」なグループですね。

 このお三方が、ポリフィックシンセを駆使して、「ほぼ」全面的にシンセだけで、いわいる「テクノ」っていうサウンドを確立していくわけだけども、ま、その、魁になったのがこの「テクノポリス」ではなかんべかね。

 もちろん、イエローマジックオーケストラとしては、1978年の段階ですでに「イエローマジックオーケストラ」というアルバムを出しているんで、実際は、それよりは早いんだけど、「テクノ」っちゅうサウンドが、一般にも認識されだしたのが、この「テクノポリス」からっていう意味ですけどね。

 ただ、それでも、流行に敏感な層ではいざ知らず、本当の「一般層」まで認識されるのは、この曲がリリースされて、半年以上もたった頃だったわけで、急激に浸透して言ったわけじゃないんですよね。

 だから、この曲のピークは、1980年、今から35年前の「まさに今ごろ」だったわけですわ。

 これだけ時間がかかったっていうのは、やっぱし、保守的地盤が強い、日本人ならではの特質なんですかねぇ。
 まあ、たしかに、情報手段がいまとは比べ物にならないほど限られていたって言うのもでかいだろうし、例えば、当時のメインメディアだった、「AMラジオ」では、この曲・・・というか、Y.M.Oの面白さが充分伝わらなかったっていうのもあるだろうしね。

 ・・と言うことは、クチコミによって「レコード」が売れるってことが広く認知されるのには必要だったってこともあるでしょうしね。

 ただ、もちろん、伏線もあったわけで・・・。

 例えば前年の夏にヒットした、サーカスの「アメリカンフィーリング」なんてのは、坂本龍一氏がポリフィックシンセを駆使したアレンジを見せてたりするんだよね。
 ま、この曲はそれ以上にストリングスも絡んでくるんで、ぱっと聴き、ちょっと見過ごされちゃうところもあるんだけど。。。

 で、極めつけは1980年3月にリリースされた西城秀樹の「愛の園」でしょ。
 この曲は、どっからきっても、ポリフィックシンセだけでサウンドを織り成している、今から考えると結構斬新な切り口な曲ですよね。とにかくボーカル以外、全てシンセだけでしょ。バックの小鳥のさえずりさえもシンセだったりして。
 この曲は、作曲がスティービーワンダーってことで、有名なんだけど、アレンジは坂本龍一氏なんですよね。

 個人的には、この曲をきっかけにして、イエローマジックオーケストラとしての認知も一気に広がって行ったような感覚があるんですよね。

 でもさ、この「愛の園」のアレンジに比べると、この「テクノポリス」っていう曲は、今、聴くと、まだ、「人間的」な温もりがあるような感じるなぁ。

 まずもって、ユキヒロ氏のドラムは、リズムマシーンのように聴こえるけど、実際は生で叩いてるでしょ。
 ま、このヒトの叩き方がもともとリズムマシーンのような無機的な叩き方だから、生弾きに聴こえないんだけど。

 それと、時折でてくるベースのチョッパーは、これ生弾きですよね? あれ? 違うのかな。 しかし、当時、「チョッパー」もシンセで表現出きたんだろか? 生弾きのような自然さがあるんだけどな。。。

 とにかく、とかく「無機的」といわれる「テクノ」だけど、この曲、・・・というかこの曲の頃のサウンドはまだ、人の温もりが感じられるんだよね。

 もちろん、当時は、それでも、それまで、全く聴いたこともない「無機的」さを感じていたんだけどさ。

 それと、当時、話題になったのは、今聴くと、シロートがパソコン1台あれば充分表現できるような「音」だけど、スタジオいっぱいに機材をならべた上での演奏。。。というのをテレビなんかで、やってましたね。
 同じことは、これから7年後、「ザ・ベストテン」でTM NETWORKがやるんだけども。。。
 
 ともあれ、ここから、今に続く、いい意味「オーバーグラウンド」でのシンセサウンドの水脈が流れて出てきた源と言ってもいいでしょうね。

 そういう意味でも1980年っていうのは、70年代とは、一線を画したようなレポリューション的な年だったんじゃないかなぁ。




ちなみに、この曲、当時、テレ朝で朝早くやってた「みどりの窓口」って、今じゃ知ってる人しか知らないような15分番組のBGMに使われてたの覚えてるヒトいるかなぁ。
 「みどりの窓口」は、文字通り、当時「国鉄」だったころ東京、上野発の特急列車の指定席空席情報を流して番組なんだけど、個人的には、これが好きでね。当然、この番組で、この「テクノポリス」を覚えた記憶があるなぁ。



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赤道小町ドキッ / 山下久美子

1982_06_赤道小町・ドキッ!_山下久美子






今回の1曲セレクトは、「赤道小町ドキッ」山下久美子です。

 まずはデータでーす。

・タイトル       赤道小町ドキッ
・アーティスト     山下久美子
・作詞         松本隆
・作曲         細野晴臣
・編曲         大村憲司
・リリース日      1982年4月1日
・発売元        コロムビア
・オリコン最高位    2位
・売上げ枚数      40.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1982年5月31日〜7月26日付
・タイアップ:カネボウ82年夏のキャンペーンソング

 いやいや、ちょっとね、今回は曲、どうしようかなぁ・・と迷ってたんですよ。
まあ、毎度のことなんだけど・・・。

あっ、これいいや・・・・とおもむろにセレクトしてきた曲

  赤道小町ドキッ  山下久美子

 山下久美子って学園祭の女王って言われてましたよね、当時。
 それまでレコードセールスについては、それほどでもなかったんだけど、大学生の間では絶大な人気があったんですよね。
 
 ちなみに、今では結構有名な曲になりましたが、80年のデビュー曲「バスルームから愛をこめて」は、オリコン100位内にランクされてなかったりする。。。。

 ま、そういうところで、当時の山下久美子の立ち位置って言うのが分かって来るとは思うんだけど。。。

 だから、このヒトがカネボウ82年夏のキャンペーンソングに起用されたのは、ある種、大抜擢だったんだよね。

 でもまあ、カネボウのキャンペーンソングの場合、大体が「大抜擢」といえる起用だから、よくマーケティングしてるよなぁ・・・という起用といった方がいいのかな。


 ま、そういうわけで、当時、ワタシは、このヒトのことは全く知らなかったんですよ。
 
 で、曲が曲だったからね、また、ひとり「色物」アーティストがでてきたかなぁ・・というのが、第一印象だったな。

 なんか、つかみ所ないんだよね、パッと聴いて、この曲って。
 これは、細野氏の曲の特徴でもあるんだけどさ。
 とりあえずは、あたまの♪ドキッ ドキッ♪ っていうところはインパクトあるなぁ・・・という印象。

 それでも、サビの ♪きみは赤道小町〜 ♪はキャッチーだよね。

 まあ、化粧品のキャンペーンソングの命とでも言うべきだもんね、CMで使われる部分のキャッチーさは。
 だから、ついつい、引き込まれちゃうんだけど、必ずしも、そのまえのメロディから、スムーズに流れているかというと、そうでもない。
 
 まず、サビの部分があって、付け足しでAメロがあるっていう感じなんだよねぇ。 そんなギコチナサがのこるこの曲なんですねぇ。

 さしもの、松本隆氏も、どうも元「同僚」の細野氏とか大滝大先生と組むと詞がぎこちないんですよね。
 元同僚に遠慮してしまうんでしょうかねぇ? 筒美氏なんかと組む時の伸びやかで繊細な部分が影を隠してしまう・・・というか、なんか、ぶっきらぼうな詞の場合が多いんだよね。


 個人的には、この曲の次の「マラソン恋女」の方が好きだったりするんだけどね。おなじ、へんちくりんな曲というなら。
 スピード感、サイケデリック的なわけのわかんなさもあるしね。(要するに理解できないのがいい)

 当の山下久美子さんも当時の大学の学園祭の女王という時期が過ぎてからは、かなり苦戦してましたよね。
 
 その斤を破ったのが、例の布袋寅泰氏が本格的についてから、90年代に入ってから数年ですよね。
 楽曲という点では、この90年代の方がたしかに面白い曲が多かったかもしれない。 その辺については、また、追々書いていきますよ。
 取り急ぎ、近々にもう1曲書きますよ。

 なんか、よくまとまんなかったけど、今回はこんなところで。。。



そういえば、この曲、「ザ・ベストテン」で、本物の「象」の背中で歌うっていう演出があった時はびっくりしたねぇ。
まさか、本物の象が出てくるなんて思ってもなかったんで。。。
 毎度書いてる気がするけど、あの頃のベストテンって結構むちやくちゃな演出があったんだよね。
まあ、ユーミンがステージに本物の象を出したのもこの頃だから、パクッたんだろうけどさ。


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天国のキッス / 松田聖子

1983_03_天国のキッス_松田聖子






今回の1曲セレクトは、「天国のキッス」松田聖子です。

 まずはデータです。

・タイトル    天国のキッス
・アーティスト  松田聖子
・作詞      松本隆
・作曲      細野晴臣
・編曲      細野晴臣
・リリース日   1983年4月27日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   47.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1983年5月9日〜7月11日付

 やおら、勢いで今回の1曲持ってきちゃったんだけど、あれ? この曲、1回書かなかったかなぁ。。。まあ、過去の日記のアーカイブスから検索しても出てこなかったんで、おそらく書いてなかったんだね。
 まあ、いいか・・・

 ・・とか、前回のY.M.Oに引き続いて、1983年の曲になっちゃったな。。。しかも、作曲が同じY.M.Oの細野晴臣氏。作詞が松本隆・・・という。完全に被りまくりですね。。。

 ・・・とかセレクトしてきたのが、松田聖子の「天国のキッス」だったりして。。


 もうね、松田聖子の曲ってかなり書いてきたんで、まだ、どの曲書いてないか・・・なんて、わかんなくなっちゃいましたわ。。。ふらふら

 ・・・つか、これ読んでる若いコには、この曲自体、知らん・・って言うヒトも出てきてるかねぇ。。なんせ32年前の曲だもんね。。。

 ♪Kiss in Blue Heaven もっと遠くに〜 ♪ って曲。

 って書けば、たいていの人は、「あーあの曲ね」ってわかってもらえますかね。

 いや、この曲、転調の嵐なんだよね。ま、今となっては、Aメロからサビに行くときに転調することなんて、ごく普通になってるけど、あのころは、そういうことはあんまりなくてさ。
 逆に言えば、「ちゃちい手を使いやがって・・」なんて批判される時代だったんだよね、まだ。

 ま、いまでも個人的には、ちゃちい手だとは思ってるけどさ。 だってさ、イメージが崩れるじゃん。いきなりサビで転調されたら。。
 それって、きっと、この曲があったからだと思うね。例の近田春夫氏が当時、同じことを言ってたんだよ。曲の途中で転調するなんてちゃちい手を使いやがって・・・って。 
 それが、イメージに強く残っててさ。いまでも抜けないんだよね。だから、基本、曲の途中で転調する曲は、シングルでは認めませぬ。
 
 なんて、いっても、この曲は好きだけどね、単純に。なんて言っても、一番ヒット曲を聴いてた頃だからなぁ、当時は。 


 あ、それと、この曲といったら、チャートマニアの間では、やっぱ、「4.27決戦」ということになりますかねぇ。

 うむ、この曲と、近藤真彦「真夏の一秒」との「4月27日」発売決戦・・・ってやつでさ。
 ま、今でも、「1位」確実視されるアーティストが同一週リリースっていうのは、避ける傾向が強いけど。 ま、これは、仲良く1位を分け合いましょ。。 なんていう、業界の「仲良しごっこ」の慣例からくるもんなんだろうけど。 だから、こういう、「1位獲得」が確実視されるアーティストの、ましてや、「同日」リリースなんていうのは、かなり珍しいことだったよね。

 おりしも、松田聖子は、前曲「秘密の花園」で打ち立てた、10曲連続1位っていう当時の連続1位記録の更新を伸ばそうとしていた時期だし、まっちにしても、前曲「ミッドナイトステーション」まで7曲連続で1位を獲得していた、まさに当時の「頂上決戦」だったから、注目されたわけだわね。


 でぇ〜・・・・結果ですか?



 ま、長いことチャートを見て来ている方には常識だけど。。結果的には、この勝負「引き分け」ってことですね。
 うん、結果的にどっちの曲も1位を獲得して、めでたし、めでたし・・・と。

 両曲が初登場した、1983年5月9日付ランキング

・1位 真夏の一秒 /近藤真彦   71,290枚
・2位 天国のキッス /松田聖子  70,930枚

 今で言う、初動(当時は初動なんてコトバは使わなかったのよ)は僅差ながら「まっち」の勝ち。


 で、次の週5月16日付ランキング

・1位 天国のキッス /松田聖子  67,180枚
・2位 真夏の一秒 /近藤真彦   65,250枚

 と、登場2週目で松田聖子が1位に浮上・・・と、結果的に両者「分け」っていう結果に終わったのよね。

 まあ、期待していたわりには、なんかそっけない結果に終わった「4.27」決戦だったような気もするけど、でも、初動が強いまっちと、若干粘り型の松田聖子っていう、両者の特徴が、こんな結果をもたらせた・・・ともいえますねぇ、、よく書けば。。

 え? 悪く書けば・・・ですか。。。ふらふら

 ・・・・当時の両ジムショの力関係どえすね。。。ふらふらふらふらふらふら




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君に胸キュン / Y.M.O

O






今回の1曲セレクトは、「君に胸キュン」Y.M.Oです。

 まずはデータです。

・タイトル    君に胸キュン
・アーティスト イエロー・マジック・オーケストラ
・作詞      松本隆
・作曲      イエロー・マジック・オーケストラ
・編曲      イエロー・マジック・オーケストラ
・リリース日   1983年3月25日
・発売元     アルファ
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   34.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1983年4月25日〜6月6日付
・タイアップ:カネボウ83年夏のキャンペーンソング

 さてさて、「君に胸キュン」でございます。
「胸きゅん」ですぞぉ、完璧に「死語」だよね、今となっては。リアルタイムで使ってたってヒトは、すでにアラフィフ世代だよなぁ、きっと。
えー、でもでも、32年前は「ナウ」(←これも死語!)かったんですっ 

 だけど、例の近田春夫氏にいわせれば、それでも、当時から「アナクロ」って言ってたよなぁ。「胸キュン」ってコトバ。その前の年が「赤道小町・ドキッ」だったじゃん。カネボウの夏のキャンペーンって。それと同じじゃん・・・ってわけですな。

 今は、もっと言葉の流行り廃りのスピードは速いけど、当時でも、さすがに1年も時間があれば、完全に流行り言葉なんて変わってたからねぇ。まあ、言われてみれば、たしかに、ちょこっと「アナクロ」だったかねぇ・・・っていう気もする。

 大体にして、Y.M.Oがいまさら「唄入り」の歌謡曲? ってことで、随分、批評してたのを思い出す。

 当時は、随分、キツイなぁ・・・なんて思ってたけどね。 うん、それでも最初は、なんとなく新鮮だったのよ、この曲。近田氏が言うほど、アナクロって感じもしてなかったし。なにより、曲の独特の温度感、湿気感っていうのが、ちょうど、「初夏」のこれからの季節にちょうどマッチしてた・・・って感じてたんだけどさ。

 BUT、BUT、今になってみれば、あの時、近田氏が言おうとしてたことがなんとなく理解できるようになったけどねぇ。
 ・・・っていうか、この曲、今まで聴きすぎて、完璧に飽きちゃってるってこともあるんだけど、たしかに、なんで「いまさら?」っていう感じもするんだよねぇ。

 「胸キュン」っていうコトバも、考えてみれば、それまで糸井重里氏が使い古していたようなコトバの使いまわしのような気もするし、なんで、いまさらそれを松本隆氏が持ってくるの? ・・・みたいな気もしたりするし。。

 まあ、化粧品のキャンペーンのキャッチコピーだからして、タイトルは、もともと決まってたんだろうけどさ、広告代理店のヒトが考えて。
 そうか、そう考えると、広告代理店の方でネタぎれしてたんだな、きっと。


まあ、そうは言っても、ヒットしちゃいましたけどねぇ、当時。

ちなみに、このときの目標が「シブがき隊」だったのよね。
ジャケ写もそれを意識してたとか。(ぜんぜん見えないけど。。。)



これ、当時のPVなんだけど、このPVは見た事あるな。地元の新星堂で結構頻繁に流れてたなぁ。


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