かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

竹内まりや

駅 / 竹内まりや

  1991_05_駅_竹内まりや


今回の1曲セレクトは、「駅」竹内まりやです。

まずはデータです。

・タイトル     駅
・アーティスト  竹内まりや
・作詞       竹内まりや
・作曲       竹内まりや
・編曲       山下達郎 服部克久
・リリース日   1991年3月25日
・発売元     エムエムジー
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数 10.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 16位
・タイアップ:映画「グッパイママ」主題歌

先日の「関ジャム」(テレビ朝日系」での竹内まりやスペシャル、けっこう反響がでかかったようですね。
ネットニュースなどでもそうだけど、あの後Twitterでの「竹内まりや」さんに関してのツイートも急上昇してましたしね。
実際、コノ、ブログでも、放送後竹内まりやさん関係へのアクセスが一時的に上昇したりしてたなぁ。

実際的な活動は少ない、まりやさんではあるけど、こんな風に各メディアでの動きを見ると、未だに幅広く根強い人気がある事は分かりますね。

仮に、もしライブツアーをやるなんて発表されたら、チケット入手はかなり難しくなるだろうな。 まあ、今のところそんな発表はされてないけど・・・・。

関ジャムでは、竹内まりやさんの人気曲をベストテン形式で発表されてましたけど、その中での人気1位が、今回引っ張ってきた「駅」。

客観的に見ても順当と言えば順当なのかなぁ。個人的には、ちょっと違和感なんだけども。。。。 

いや、どうしてもこの曲ってアルバム「リクエスト」での中森明菜さんに提供したセルフカバーっていう印象が強いじゃないですか。言ってみれば「アルバム曲」であって元々シングル曲ではない。 

あくまでシングル派なワタシにとっては、その辺がちょっと引っかかったりしてね。 実際のところは88年と91年2回シングルとしてアルバムからカットされているんだけども、個人的には今まで書いて無かったんだよな、この曲。

でも、先日の「関ジャム」の反響を見てて、ちょっと、この反響に乗っかってみようか・・・という「スケベ」心と、何人かに書いてって言うリクエストをもらったもんで。。
本来は、あくまで自分で書きたい曲を書くスタンスなんでリクエスト貰っても書かないんだけど、↑のような「スケベ」心もあって、今回引っ張って来てみました。



この曲、いままで書いて来なかったのは、↑のようにシングルではなく「アルバム」の1曲っていう印象が強いのと、あとはやっぱり曲調ですねぇ。 

使い古しないい方だけど、50〜60年代のオールディーズが似あう、あの濡れたちょっと甘く舌足らずなアルトボイス。 やっぱり、竹内まりやってヒトの真骨頂は「リンダ」や「恋の嵐」のようなオールディーズなポップスだと思ってたんだよね。
少なくとも90年代の初めごろまでは。

そんな折、セルフカバーした「駅」は、歌謡曲寄りの曲だったわけでさ、なんか違うな・・・って言う思いは、当時、常にあった。

そう言う思いから、例えば89年の「シングル・アゲイン」にしても同様な違和感があったし、だから長い事「シングル・アゲイン」は手元に音源も置いて無かったしな。


ただ、この考えはあくまで個人的な生理的な欲求であって、曲自体は駄作ではないんだよな。

3分間の短編映画。 それが「流行り歌」である。  その最たる曲がこの曲なんじゃないかなって思えるほど、ドラマ性溢れる「視覚」的な曲なんだよね、この「駅」って曲は。

♪ 身覚えるある〜 ♪ と曲が始まった途端、脳内ドラマが視覚的に始まる。 

2年前に別れた男性との電車内での思わぬ再開。きっと渋谷あたりなんだろう。電車は(渋谷は地上にホームがあった頃の)東急東横線。。。   別れた男性と1両後ろの車両のワタシ。

MVがまだ一般的ではなかった80年代後半。いや逆にイメージが限定される MVなんて無い方がいい・・そう思わせるような、3分間の自由発想なドラマが、この曲を聴くたびに脳内で展開される。

ただ、当時10代後半〜20代になりたてだったワタシにとっては、まだ経験をした事の無いちょっと大人の世界だったな。 いや、まだ経験をした事が無かった大人の世界だったからこそちょっと刺激的だったのかもしれない。

逆にまだ、経験をした事が無かった、ちょっと大人の世界だったからこそ、100%この楽曲の世界にのめり込め切れなかったという部分もあったかもしれない。 
もしかすると、それが上で書いた、この曲に対する「違和感」だったのかもしれないな。



ところで、ヒットチャート的に言えば、この曲はCDの売り上げでヒットしたと言うよりも別のメディアからのヒットと言うところが強い。

・・・なんて遠回しに書いちゃったけど、もともとは「有線」から火がついたんだよね。

当初、87年8月にリリースされたアルバム「リクエスト」に収録されたこの曲ではあったけど、この年の11月には有線チャートで30位にランクされている。
 当時のオリコンウイクリーをひっくり返してみると、そこからジワリと有線リクエストを集めつつ、翌88年3月には有線チャートでベストテン入り。 そのまま7月まで、計36週にわたりベスト30内をキープしている。

個人的には、曲内容云々と言う前に、有線チャートの上位をロングランしたチャートアクションが、真っ先に印象に残るんだよな。この「駅」って言う曲は。

それまで有線ランキングって言えば「演歌・歌謡曲」の天下だった訳でさ。 仮にも竹内まりやさんのような、ポップスミュージック系アーティストがランキングに長躯君臨する世界ではなかったんだよね。

いや確かに松田聖子さんや中森明菜さんなど、ポップス系でも有線チャートの上位にランクする事が珍しくなかったヒトたちも、それ以前にもいた。

ただ、1位をロングランするなどの派手なチャートアクションを展開すると言う訳ではなく、ベストテン内前後にジワリと「長期間安定」するようなチャートアクションを展開したポップス系の曲って、この曲以前って多くなかったんですよ。

ま、87年の「ロンリーチャップリン」(ラッツ&スター 鈴木聖美)など皆無ではなかったけど。。。特に注目したいのは、アルバムの中の1曲だったって言う事で、これは異例だったんだよな。

この「駅」って曲がそんな流れの分岐点だったんじゃないのかなぁ。この曲あたりを境に、有線でもポップス系でもジワリとランキングを上げつつ、上位をロングランする、ロック・ポップス系の曲が増えて行ったんだよね。
90年代初めには「有線発」のヒットっていうのも珍しい存在では無くなって行ったしさ。

で、それらの曲で共通しているのが、兎に角ロングヒットだったってことですね。 有線って言うメディアに特化していると言えるんだろうけど、有線って基本「口コミ」により少しずつ広がりを魅せるメディアだからさ、そう言う動きになるって事でもあるし、そんな口コミに耐えうるような曲の良さ、大衆性がある、何年たっても色あせない曲でもあるって事なんだよね。

だからこそ、この「駅」のように、あれから30年以上たったいまでも広く支持されているエバーグリーンな曲が多いわけなんだよね。



サザン、達郎氏と並んで、オリジナル動画の数が少ない竹内まりやさんですが、この曲はありましたね。


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今夜はHearty Party / 竹内まりや

1995_12_今夜はHearty Party_竹内まりや


今回の1曲セレクトは、「今夜はHearty Party」竹内まりやです。

まずはデータです。

・タイトル    今夜はHearty Party
・アーティスト  竹内まりや
・作詞      竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      山下達郎
・リリース日      1995年11月20日
・発売元     MMG
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  39.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1995年12月25日〜1996年1月22日付
・タイアップ:ケンタッキーフライドチキン クリスマスキャンペーン曲

クリスマスイブイブの夜、みなさんいかがお過ごしでしょうか・・・。
なんて、取ってつけたようなわざとらしい出だしにしてしまったんですが・・・。

クリスマスかぁ、昨今のワタシにゃ、全く関係ない「イベント」になってしまいましたなぁ。
そもそも、明日がクリスマス・イブであることも忘れてたくらいですから。。。

さっきスーパーに買い出しに行ったら総菜コーナーに「ローストチキン」を大量に売ってまして、「そう言えばクリスマス前の週末」なんだな・・・なんて思い出した次第で。。
ローストチキンは、思わず買ってしまいましたが。。。。

で、やっぱクリスマス前の週末なんで、「1曲セレクト」もクリスマスの曲を持ってくるべきなんだろうなぁ・・・っていうのは、いつも思ってる事だったりするんだけど。。。

何分ねぇ、これまで目ぼしい・・・というか個人的にお気に入りのクリスマスソングは、既に書いちゃったからなぁ・・・。正直、残って無い。
去年も、書くのが無くて、苦肉の策として今まで何回も書いたヤマタツの「クリスマスイブ」をまた引っ張りだしてきた・・・ような気がする。

なんでねぇ、今年は流石にヤマタツってのは無いよなぁ・・・。 っつうことで、ヤマタツ氏のヨメの竹内まりやさんを引っ張って来ましたわ。

「今夜はHearty Party」

「え? いままで書いてなかったの?」って言われそうなんだけどさ。 そうなのよ、書いてなかったのよ。

今まで書いたなかったって事は・・・そうなんですねぇ、個人的にこの曲、あんまり好みじゃないのよね

完全に個人的な好みなんだけども、アグレッシブでアップチューンな まりやさんの曲って、それ以前からどうも触手が伸びないワタシなんだよなぁ。

例えば、この曲の前年にリリースされた「明日の私」っていうアグレッシブなアップチューンもダメだったしね。

なんで何でしょうねぇ。 まあ完全に生理的としか言えないんだけどさ。 うん、基本的に まりやさんの曲ってキライじゃないですしね。

個人的には、やっぱこのヒトは、ミディアムチューンなんだよなぁ。 例えばさ、93年にリリースされた「家に帰ろう」とかさ。ああいう、もろ60'Sなアメリカンポップスの香りが強い曲が一番フィットしてると思うんだよね。

ま、それ以前にクリスマスソングって厳かな曲が好きなんでねぇ。 

考えてみれば、クリスマスにパーティをやって、みんなでワイワイ・・・なんてことは、ほとんど無かったような気がする。小学6年のときだけかなぁ、近所の集会所借りてクラス全員でワイワイとパーティをやったのは。

あとは、クリスマスと言っても一人静かに過ごしてたんだよね。 そんなこともあってか、クリスマスソングは一人シンミリと聴く曲の方がフィットするんだよなぁ。
なんせ、一番すきなクリスマスソングは、「チェッカーズのX'masソング」だったりするんでさ

だから、ダンナの「クリスマスイブ」の方が、断然クリスマス〜・・・って言う気分にさせてくれる。 そんなこともあってか、未だに、この曲の方はクリスマスと言っても殆ど聴いてなかったりするんだよね。

うん、どうりで今まで書かなかった訳なんですねぇ。




この曲と言ったら、どうしても、イントロ出だしの「キムタク」の囁きボイスなんだろうな。

そそそ、例の

「ね、パーティーにおいでよ」  っちゅう囁きボイス。

SMAP解散以後、今年はすっかり影が薄くなっちまったキムタクだけど、あの当時の人気は飛ぶ鳥を落とす勢いだったからなぁ。いい男の「代名詞」と言う意味で。

そのキムタクが まりやさんの曲に登場する・・・ってだけでも話題性大だったんだよね。

しかも、その「いい男」の代名詞キムタクに対して、

♪ キムタクさえもかすむ男〜 (を見つけてやるわ)♪ なんて、世の大多数の女性を「敵」に回すような事を言ってのける まりやさんは、やっぱりアグレッシブだったんだよなぁ。

個人的に、この曲に触手が伸びなかったのは、曲自体のアグレッシブさと共に、まりやさん自身のアグレッシブさに対しても引いちゃってた部分が大きいかも。

やっぱ、個人的には、どうしても「不思議なピーチパイ」の頃のまりやさん像が頭から抜けないんでね〜。


ちなみに、「ね、パーティーにおいでよ」って言うキムタクの囁きボイスを、「ね、パンティー脱いでよ」と茶化していたパッキー木場氏、おちゃめで好きだったぁ。



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リトル・プリンセス / 岡田有希子

1984_07_リトル・プリンセス_岡田有希子


今回の1曲セレクトは、「リトル・プリンセス」岡田有希子です。

まずはデータなのだ〜。

・タイトル    リトル・プリンセス
・アーティスト  岡田有希子
・作詞       竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1984年7月18日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数  9.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 19位

 ここんところ、ほとんど書いてなかった1曲セレクトなんで、↑のデータ項目の並びを忘れてしまってたワタシがいた ・・・なんてことはどーでもいい事でして。。。。
この間久しぶりに書いた、しまざき由理さんの「面影」はちょこっと「引き」が弱かったな。 まあ、ヒット当時50万枚の大ヒットと言っても今となっては知ってる人しか知らない・・・って感じの曲だから、しょうがないと言えばしょうがないか・・・

・・・・と言う事で、今回は「引き」が強いであろう・・・と思われる曲を引っ張って来ましたぞ。

岡田有希子さんの「リトル・プリンセス」。

過去の「今の時期」のヒット曲をセレクトする・・・って言うコンセプトで書いてる1曲セレクトだけど、そのコンセプトからすると、この曲はちょこっと時期がずれてるんじゃね?

・・・・なんて指摘してくる人もいるかなぁ・・。 当時、オリコンでランキングをチェックしてたチャート小僧で、「細かい」所をついてくるような方はさ。

まあ、正確に言えば、84年7月リリースだったこの曲から、84年9月当時はオリコン的には既にランクも下降線に入ってた時期ではあるんだよね。だから厳密に言えば「ヒット」の時期から過ぎて来てた頃と言ってもいいかもしれない。

ただね、細かく・・・といっても「自分のチャート」だけど・・・を基準してみると、最高位を記録したのは、実は今頃だったんだよな。

つまりね、オリコンでは既にヒットの下降線に入っていたこの時期、他のチャート要素で総合的にはランクを上げていたんだよね。それが84年の今頃。

ただねぇ、どの要素でランクを上げていたのか・・・当時の各要素順位を記録した「紙」を廃棄してしまった今となってははっきりしないんだけどねぇ・・・・。まあ、当時アイドル系は概して有線が弱かったことは明白なんで、ラジオチャートが跳ね上がったのがこの時期だったんだと思うけど・・・。

レコード売り上げのチャートから遅れて、他のランク(この場合ラジオチャートね)が上がってくる・・・っていうチャート要素によってチャートの動きに「時間差」があった事・・・・実は、これが実際的な岡田有希子さんの人気バロメーターが当時、上がって来ていた事の表れだったんじゃないかなぁ。

 今も傾向は変わらないけど、レコード売り上げっていうのは、特にアイドルの場合、初動の動きが早いんですよ。っというのも、レコードの場合、初動は「固定ファン」が買うモノって相場が決まってるから。 ちょっと「浮動票」側に居るヒトは、初めレコード買うのは見送りますよね。
 他のメディア・・・例えば当時で言えば、ラジオだとかテレビで曲を聴いて、気に入ればレコードを買うっていう流れがあったんだよね。 つまりさ人気が上昇中のヒトの中には、ラジオチャートはレコード売り上げよりも動きが遅いこともあった。
岡田有希子さんの場合は、そのパターンだったんだよね。 その証拠に累積売り上げで10万枚に届かなかったこの曲だけど、次の「恋はじめまして」では、それまでの3枚のシングルで最高の売り上げを記録している。
つまりは、人気が右肩上がりだった訳ですわ、この時期。

 この時期、8月の「日本テレビ音楽祭」を皮切りに「賞レース」が始まっていたからさ、新人賞争いってことでテレビで歌う機会も増えてたっていうのも、「浮動票」をとりこんで人気バロメーターを上げるには大きかったかもしれないな。
ま、とは言ってもレコード売り上げが10万枚そこそこで止まっていたのは、ちょこっと解せなかったけどさ。


当時、岡田有希子さんの「対抗軸」として、菊池桃子さんがいた訳じゃない 
桃子さんが、この曲とほぼ同時期にリリースした、デビュー第2弾の「SUMMER EYES」がオリコンでベストテン入りしたのに対して、この曲は最高14位だったわけでさ。

この差はなんだろ? なんて思ってたなぁ。 

ビジュアル的からして「アイドルらしさ」って言うところで言えば、菊池桃子さんよりも岡田有希子さんだったからさあ。 正直言って解せなかった部分もあったなぁ。

でもよくよく考えてみれば、「下世話性」だったんじゃないかなぁ・・・。 あ、ちょっと分かりにくい表現か。。。
「シロート性」って言った方がいいのかなぁ。

時代は動いてきていたんだよね。 それまでの既存のアイドルらしさから、もっとシロート性の強い下世話なアイドルへ・・・っていう時代の動き。

それが、まだ捉え切れてなかったんだよな、当時のワタシは。 

80年代アイドルの、まさに時代の転換期だったんだよな、この時期が。

その時代転換期って言う動きが、急加速して表面化するのが次の85年なんだけどね。

そう言う点から言えば、岡田有希子って言うヒトは、今からして思えばちょっと遅れて出てきたアイドルだったんだよね。 うん、「正当派」な80年代アイドルとしてね。
この84年の前年の83年は「ニュー」アイドルの不作の年だった。 例えばさ83年にこのヒトが出て来ていたら、アイドル勢力は少し変わってたかも・・・なんて今となっては思ったりするな。
 
実際、このヒトのレコード売り上げの低さからみて、そう思えるんだよなぁ。 うん、このヒトの「正当派」としての80年代アイドルの「アイドル性」からみてさ、もっとレコード売れてしかるべきだと思ったもの。



これPVなんだけどさ、いつも思うんだけど当時のアイドル系のPVってどこで流してたんだろう? なんて思ったりさ。
当時、テレビ神奈川のミュートマ(ミュージック・トマト)など、PVを流すテレビ番組も出て来ては居たけど、アイドル系は流さなかったと思うし・・・。レコード店の店頭用だったのかなぁ。 
かすかな記憶だけど、新星堂の店頭のモニターではこの手のアイドル系もビデオも流れてたような気がするしな・・・。


ところで、↑でいろいろ書いちゃったけど、PV見ながら、改めてこの曲を聴くとさ、「プリンセス」っていうコンセプトは、岡田さんに良く合ってたと思う。

・・・けど、84年当時からしてみてもちょっとアナクロだったかなぁ・・・と。 

以前、何回も書いたけど、70年代アイドルは「ウンコしない」、「霞を食って生きてる」・・・などなどまさに「偶像」扱いだったけど、80年代はそこまで極端じゃなかったわけじゃん。 でも、この曲を聴いてるとコンセプト的に70年代アイドルに戻っちゃったんじゃないかなぁ・・・なんて感じたな。

 それは、曲的にもそうで、竹内まりやさん的には、コニー・フランシスとかドリス・デイとか、60年代オールディーズのアメリカンポップスアイドルを意識してたんだろうな・・・とは思うモノの、実際的には70年代アイドル的な曲になっているのがインパクトに出て来ているかなぁ。

この辺のギャップは、次の「恋はじめまして」で、よりオールディーズっぽくなったことで解消されましたけどね。。

まあ、この辺は、この曲のアレンジャーだった大村氏と、「恋はじめまして」のアレンジャーだった萩田光雄氏の解釈の違いだったんだろうな。


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明日の私 / 竹内まりや

1994_04_明日の私_竹内まりや


今回の1曲セレクトは、「明日の私」竹内まりやです。

まずはデータでする。

・タイトル    明日の私
・アーティスト  竹内まりや
・作詞      竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      山下達郎
・リリース日   1994年3月25日
・発売元     MMG
・オリコン最高位 19位
・売上げ枚数  11.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 20位
・タイアップ:東京ビューティーセンターCM曲

毎週ではないけど、日曜午後は自分のチャートを作りながらヤマタツの「サンデー・ソングブック」を聴くのが最近の「デフォルト」になってきてるかなぁ。

 邦楽知識にはチョッピリ自信があるけど、洋楽にはまるで造詣が薄いワタシだからさあ、「洋楽博士」のヤマタツが選曲する曲には99%、「????」なんだけども、聴いてるとなぜか落ちつくんだよね。
やっぱ、独自マスタリングによって音がいいからかなぁ。カーステで聴いてるとそんなに分かんないんだけど、家でRadikoからONKYOのネットワークレシーバーを通して、ハイレゾ対応のスピーカーで聴いてると音質の違いは一目瞭然なんですよね。

・・・・ということで、今回の1曲セレクトはヤマタツの曲で・・・と思ったら、今時期、丁度いい曲が見当たらない。
なんで、嫁さんの竹内まりやさんの曲で。

「明日の私」

この曲、覚えてる方、どの位居るかなぁ。 アルバムの曲ではなく、れっきとしたシングルなんだけどね。

リリースは1994年3月で、94年の今頃がヒットのピークだった曲。
個人的にはヒット当時から音源持ってたし、ずっと聴き続けていたんで「4月」っていうと、この曲っていうイメージが強いんだけどね。

でも、今、昔のオリコン調べたら、この曲最高位19位だったんだ。。。  うーん、これは意外。

この曲の次が まりやさん最高売り上げを記録した「純愛ラプソディ」で、確かにそれよりは売れてなかった記憶は強いかったけど、少なくともベストテンには入っていたような・・・・っていうイメージがあったんだけどねぇ。
最高位、こんなに低かったんだ。。。

・・・で、一気にセレクトしてきたことに不安を感じてたりするワタシだったりして。。。


個人的に、この曲をよく覚えている・・・っていうのは、94年4月というと、ワタシが新卒で社会人になった頃だ。

以前、福山の「IT'S ONLY LOVE」の時にも書いたような気がするんだけども、毎日「苦痛」でしかなかったあの頃。 今でもそうだけど、兎に角、団体行動、チームプレイが苦手にワタシは、いつ辞めるか・・・そんな事ばっか考えていたな。

この「私の明日」って曲。ま、内容的には、田舎から都会に出てきた主人公が、都会の荒波と寂しさに揉まれながら、夢をかなえるために前向きに逞しく生きていく・・・っていう曲だったじゃん。

強えなー。こんな風には生きていけないわワタシ。

本当なら、当時、社会人になりたての私らの「応援歌」のような曲だったのかもしれない。

でもねえ、「社会人」になったことに前向きになれないワタシにとっては、なんかねぇ、ワタシのことを嘲笑っているように感じてさあ。。。

歌詞に ♪ 隣の芝生は青いけど〜 ♪ ってくだりがあるけど、前向きに仕事に取り組んでいる同期達を見てると、本当に隣の芝生は青く見えたもん。

あれから23年が経ちーの、サラリーマンなんて1ヶ月で辞めてやるわい・・・と思ってたワタシも、なんだかんだで未だにサラリーマンやってるわのお。 あの時の気持ちを振り返ると不思議なもんだけど。。。。

まあ、チームプレイが苦手な性格は、未だに全く治らんし、そんな性もあってか出世も全くせんけど。。。
ま、食えりゃねいいのよサラリーマンなんて。。。あとは好きな音楽が聴けて、音楽について語り合える仲間がいればさ。
それ以外に個人的な「野心」は無いし。。。 出世はそういう野心があるヒトがすればいいんだよね。

たださ、この曲の歌詞を聴くと、未だにあの当時と同じように、「社会人」としてダメなワタシを嘲笑っているかのようには感じるんだよねぁ。


ぢゃ、聴くのやめれば・・・なんても思うんだけど、この曲のサウンドは好きなんだよね。
竹内まりやさんには、珍しいファンキーで太いベースラインに魅かれて。。

それと辛い事があっても、それも人生の一部って感じでさ、94年の4月って、この曲を避けて通れなくなっている自分も居たりしてさ。。。難儀なもんだよね。。。。(爆)


動画・・・・ありゃりゃ、この曲の動画は落ちてないんだ。。。
You Tubeになければ、他の動画サイトとか、某第三国のサーバーに落ちてたりするんだけども、どうもこの曲は全くないなぁ。。。。
手も足も出ないですね。。。。   ということで、今回は断念  スミマソン。

サザン関係もだけど、ヤマタツ夫妻も難しいんだよね。「You Tubeは敵」ということで動画、削除してるからねぇ。 

とりあえず、前向きに逞しく生きていく決意をした女性を描いた歌詞にリンク

http://gakufu.gakki.me/m/data/DT13259.html



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Invitation / 河合奈保子

1983_01_Invitation_河合奈保子






今回の1曲セレクトは、「Invitation」河合奈保子です。

 まずはデータです。

・タイトル    Invitation
・アーティスト  河合奈保子
・作詞      竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1982年12月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   18.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1982年12月27日〜1983年1月24日付

 河合奈保子さんの曲も大分書いてきたわけで、初期のめぼしい曲は、すでに大体出している・・・ハズなんだけども、過去のアーカイブスを見てたら、まだ、出してない曲があった。
 
・・・ということでもないけど、今回の1曲セレクトは、「ご招待」っつう曲です。。。あせあせ

 ふんにゃ、河合奈保子の「Invitation」どぇす。

実際、今頃はヒットのピークも過ぎつつある頃で、本来ならもう少し前に持ってきたかったんだけど、本当にピークが過ぎる前に持ってこようと、急遽、セレクトして来ましたわ。


 この曲、引っ張ってくるにあたって、ようつべなどでいろいろ動画を物色してたんだけど、コメントを読むと、この曲、人気あるんだねぇ。
 けっこう、好意的なコメントが多数・・・。ふむふむ、なるほど・・。

 当時は、いまひとつジミな感じがしたんだけどなぁ。ま、このひとつ前の「けんかをやめて」が当たったからねぇ。

 そそそ ♪けんかをやめて〜 ふたりをとめて〜 ♪ ですよ。

 でも、なぜか、当時人気があった、この「けんかをやめて」の方が、今になるといろいろと物議を醸し出していたりしてさ。。

 いや、「けんかをやめて」って、一つの女の子を二人の男が取りあいするって内容でしょ、外目には。。 それが、いつの間にか、「自惚れんな、このブス女」・・・って風になっちゃってんのよふらふらふらふらふらふら


 いや、わかんないもんよね、時代が過ぎると・・・。


 でも、この「Invitation」は、ジミな存在だったし、内容的にも可愛らしい曲なんで、そういう「彎曲」した見方は出てないようですね。

やっぱし、インパクトの差だよな。
 それが、ダイレクトに売上げ枚数にも反映してるんだけどさ。 当時は、その辺からのヒットの大小っていうのは、シビアだったからねぇ。

 まあ、それだけ「浮動票」の存在がでかかったんだけどさ、当時は。

 
 そもそも、歌詞の内容からして、今の若いコからすると、大分「?」なんじゃないかなぁ・・・なんて思ったりもしたりして。。
 出だしの ♪ ペナントだらけのあなたの部屋に〜 ♪ なんて所からして、今じゃ絶滅だよね。部屋にペナント貼ってる男の子なんたさあ。
 でも、ワタシらの時代は、みんな結構貼ってたよなぁ・・・。なんてさ。

 まあ、どちらの曲も、今をトキメク「竹内まりや」女史の作品なんだけどね、以前書いた、堀ちえみの「待ちぼうけ」もそうだけど、「当時ならでは」の歌詞のシチュエーションが見られたりして、いやがおうにも時代を感じたりしてね。

 でも、うまいんだよね、アイドルに曲書くのが。
 まず第一に、このヒトの書くアイドルの曲って可愛らしいって言うのところが大きいな。 スレてないって言うのかなぁ、鷹揚なイメージなんだよね。まず、今じゃあんまり見かけなくなったティーンの女の子像だよなぁ。
 もう一つは、言うまでもなく、ソングライティングの良さっていうかね。古臭くないんだよね。かと言って、斬新に新しくもないし。いい塩梅の新鮮さっつうのかなぁ、少なくとも、堀ちえみも河合奈保子も、竹内まりやの曲を歌うことで、ワンステップ曲に幅が出来た・・・とはいえるわな。

 特に河合奈保子は、この辺から、アイドルアイドルした曲から脱皮を試み始めて行ったりするんだよね。

・・・というか、結局、このころは、ニューミュージック系アーティストが作る、新しい形のアイドルの曲っていうのが、時代の先端を行ってたんだよねぇ・・・。

 ま、この曲も、その1曲ということで、改めて、そんな風に感じた次第ですわ・・・。




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家に帰ろう / 竹内まりや

1992_12_家に帰ろう_竹内まりや






今回の1曲セレクトは、「家に帰ろう」竹内まりやです。

 まずはデータです。

・タイトル    家に帰ろう
・アーティスト  竹内まりや
・作詞      竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      山下達郎
・リリース日   1992年11月10日
・発売元     エムエムジー
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数   10.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 21位
・タイアップ:TBS系ドラマ「木曜日の食卓」主題歌

 タイトルの「助詞」を勘違いして覚えてる曲って意外とあるもんだな。
 今回引っ張ってきた、竹内まりや「家に帰ろう」だけど、ずっと「家へ帰ろう」だとばっかり信じてた。
 ジャケ写探すのに検索かけてたのに、「家へ帰ろう」ぢゃぜんぜん引っかからない・・・。
 当たり前やわねぇ〜ふらふら、間違って覚えてるんだもの。

 でも、まあ、いろいろ気付くのも、日々勉強ですな。

 ところで、今回引っ張ってきた、「家へ帰ろう」って、この時期のシングルとしては、好きなんだ〜。

 感じ明るいでしょ、いかにも、竹内まりやも山下達郎も好きそうな、アメリカンポップスで。

 同じ時期ヒットでも、売れ行き的には、火サスの主題歌になった「シングルアゲイン」とか「告白」には、遠くおよばないし、中森明菜に贈り、セルフカバーした「駅」にさえ、およばないんだけど・・・。

 うーん、どうも、やっぱし、日本では「歌謡曲」が強いからなぁ、必然的にこうなってしまうんだろうけど。。。

 ちなみに、上3曲とも、アレンジは山下達郎の他に服部克久氏が付いておりまする。

 何てことない、山下達郎氏が「歌謡曲のアレンジはヤダ」とダダをこねたからなんですけどねあせあせ
(うーん・・とすればマッチの「ハイティーンブギ」は歌謡曲ではない・・ということになりますな。。。山下氏の中では、あくまでポップスですね)


 この「家に帰ろう」は、そこから見ると、正反対で、彼らが最も得意としており、竹内まりやとしても、もともとの原点であるアメリカンポップスなわけで、やっぱり、山下達郎氏のアレンジのノリも違います。

 以前、竹内まりやの魅力は低音域にあり・・って書いたような気もするんだけど、メジャー調の曲の中音域にも魅力感じるなぁ。
 安心感があるんだよね。特に寒いこの時期に聴くと・・・。まさにタイトルどおり、早く「家に帰り」たくなっちゃうような、アットホーム感を感じる。

 そして、きまって、ワタシャ、クリームシチュー食べたくなります。
アットホーム感=クリームシチューなの、ワタシの中では。。ウッシッシ  

うーむ、今晩はシチューにでもしようかな。


 ところでさ、この曲の中で歌い方に気になる部分が一箇所。
サビの

 ♪ 冷蔵庫の中で 凍りかけた愛を〜 ♪

の部分

 「冷蔵庫」をはっきりと「れいぞうこ」と発音してるところ。うーん、もっと軽く「れえぞうこ」気味に流してもいいんではないかなぁ?
 とか、ずっと思ってるんだよね。
 まあ、確かに歌詞の意味を的確に伝えるために、きっちり発音しているんだと思いますけどね。それとも、地元の島根なまりがついついでちゃってるんでしょうかねぇ・・・

 うん、まあ、曲、全体から見ると、こんなこと、大きな問題ぢゃないんだけどさ。。。ふらふら


動画・・・・ありゃりゃ、この曲、動画ないじゃん。。。 うーむ困ったね。
しょうがないんで、「音」だけ聴けるサイトを見つけんんでリンク。

http://y.qq.com/webplayer/player.html

よろしかったら、どうぞ。


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シングル・アゲイン / 竹内まりや

1989_11_シングル・アゲイン_竹内まりや








今回の1曲セレクトは、「シングル・アゲイン」竹内まりやです。

 まずはデータです。

・タイトル    シングル・アゲイン
・アーティスト  竹内まりや
・作詞      竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      山下達郎 服部克久
・リリース日   1989年9月12日
・発売元     エム・エム・ジー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   53.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1989年9月25日〜12月4日、12月18日〜1990年1月22日付
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「火曜サスペンス劇場」主題歌


 久しぶりに竹内まりやさんの曲でも行きますか。
それにしても、竹内まりやさんは根強い人気がありますな・・・って言ったほうがいいですかねぇ。 
 まあ、だからデビューして37年、長いこと第一戦でアーティストを続けていられるんだけどさ。

 とにかく、このヒトの場合、幅広いファン層に支えられているっていうのが、強みなんだろうな。

 幅広いファンがいるってことは、まあ、それだけ曲層も幅広んだけどさ。
 
 なんせ、このヒトの場合、はじめは「アイドル」として出発してるんだからして・・・。 今じゃ、まったく考えられないけど。。。
 ま、アイドルっていっても、お子様のアイドルというわけではなく、大学生を中心とした、キャンパス・アイドルっていう方向だわね。

 で、それに嫌気がさして休業。 山下達郎氏と結婚。 

 シンガー&コンポーザーとして復帰。 アメリカンポップスに傾倒・・と。 まあ、この辺までは、竹内まりやっていうヒトの起源を考えると、納得できるような曲が多かったんだよね。
 もともと山下達郎氏同様、アメリカンポップスがこのヒトの音楽の起源だったから。


 でもさあ、そのあと、個人的には、ちょっとわかんなくなったのよ。

 それが、今回、ひっぱってきた、「シングル・アゲイン」って曲。


 これって、どう切っても「歌謡曲」やん。うーん、竹内まりやが歌謡曲ですか。。

・・・なんて、最初のころは、なーんか違和感たっぷりだったな、個人的には。

 ま、もともと、「火曜サスペンス劇場」の主題歌として依頼されて作った曲だったしね。
 その辺は、重々考えた上で、こういう曲調になったんでしょう。
そーいえば、竹内まりや自身も2時間ドラマをみながら、何気なく考えて、15分でこの曲のメロディは作っちゃったとか。。。
 
 ただ、ダンナの山下達郎氏は、最初、かなり難色を示したようだけどねぇ。 「歌謡曲のアレンジはヤダ」ってさぁ。

 まあ、そうだろうね、特にシングルとなると、それまでの竹内まりやのイメージを180度覆すような感じの曲なわけだから。

 ただ、同じような曲を、この2年前にも出してはいるんだけどさ。
そそそ、あの「駅」って曲。
 これも、どっちかと言うと、竹内まりやにしてみれば「歌謡曲」だからねえ。
 ・・・っつうか、「駅」と、この「シングルアゲイン」ってよく似てるのよ。イメージが。

 おそらく、山下達郎氏も歌謡曲っていうと、こういうイメージ一辺倒になっちゃうんだろうね。 だから、「やだ」って言ったのかもしれんけど。


 兎も角、正直言って、最初、ここまで売れるとは、個人的にも思ってなかったのよ、この曲。

 まあ、「火曜サスペンス劇場」のテーマ曲っていうと、それまでも岩崎宏美の「聖母たちのララバイ」「家路」でヒットの実績はあったから、そこそこは行くだろうなとは思ったものの、まさか、その後の竹内まりやの代表曲にもなるようなロングヒットにまでなるとはねぇ。。

 結局さ、このヒトが作るメロディラインは、一般性が強いんだろうねぇ。聴くヒトを限定しないような、だれでもすーっと入ってこれる一般性っていうのかなぁ。

 逆に、それまでは、アメリカンポップスっていう、ちょっと一般的でないところを狙っていたんで、それほど売上げが伸びなかったのかもしれない。
 そこをあえて、「歌謡曲」っていう、路線に踏み込んだおかげで、それまで、見えなかった、一般性が見えた・・・っとね。

 ま、実験的な路線変更を試みて成功した、数少ないヒトの一人だろうなぁ。

 いずれにしても、この曲のおかげで、新たなファン層を獲得して、今日に続いているわけだけどね。



・・・・と、かいても、やっぱ、個人的には、このヒトの曲は、アメリカンポップス的な甘酸っぱい曲の方が、「竹内まりや」って看板が際立つようで好きだなぁ。。



動画・・・まあ、いつものことだけど、You tubeに落ちてないんで、別のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/x2bbko1_%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AB-%E3%82%A2%E3%82%B2%E3%82%A4%E3%83%B3-%E7%AB%B9%E5%86%85%E3%81%BE%E3%82%8A%E3%82%84_creation

あードロドロの人間模様。。。





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けんかをやめて / 河合奈保子

1982_10_けんかをやめて_河合奈保子 








今回の1曲セレクトは、「けんかをやめて」河合奈保子です。

まずはデータです。

・タイトル     けんかをやめて
・アーティスト   河合奈保子
・作詞       竹内まりや
・作曲       竹内まりや
・編曲       清水信之
・リリース日    1982年9月1日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位 5位
・売り上げ枚数  21.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1982年9月13日〜10月25日付

えー、今月は河合奈保子さんのヒット曲が多い・・・ということで、毎週1曲ずつ書いてるような感じだけど、今回は1982年の「けんかをやめて」。
 まあ、この時期の河合奈保子さんのヒットの中では、本命中の本命ってところかな。

でもねぇ、こんな本命中の本命の曲でも、まだ書いてなかったんですねぇ。。。

以前から何回も書いてるけど、この1曲セレクト、以前はmixiの「マイミク」さん向けにmixiに書いてたものに、若干脚色して、いまのブログに移殖しているものなんだけどさ。mixi時代から、この曲書いてなかったんだよなぁ。

不覚

なんか訳があったんだと思うけどねぇ。。。(ってか自分の事なんだけど。。。)

これも以前カミングアウトしたことだけど、この年1982年の下半期は、自分にとっては、いろんな事があったからなぁ。未だにちょっとトラウマになっているというか、この頃の曲の曲を聴くと、いまだに位の頃の「苦悩」が思い出されますね。
 で、この「けんかやめて」なんて曲は、あの時の「苦悩」時代の象徴的のような曲で、だから、mixiの時は書かなかったのかもしれないな。

でも、個人的にキツイ時期だった頃だからこそ、この頃の曲って、余計、脳裏に残ってるんだよね。
なんせ、ヒット曲だけが「トモダチ」だったから。 だから、この1曲セレクトも、おのずから1982年の曲って多くなっちゃってるんだよなぁ。

 個人的にはそんな渦中にあった「けんかをやめて」だけど、まあ、いろんな意味で衝撃的な曲でしたね。

まずもって、それまでナハハ笑いの、どちらかと言えば「キャピキャピ」キャラだった、河合奈保子さんが、本格的なバラードを歌うということ。 そこには、それまでの「ナハハ」笑いはなかった事。そこそこ「重い」テーマの曲でもありましたしね。

それと、やっぱり、竹内まりやさんが、素晴らしい曲を書いたことだろうなぁ。 少し前に堀ちえみさんの「待ちぼうけ」でも書いたけど、竹内まりやさんが書くアイドルポップスってのが、良いんだよね。
それまで、アイドルに書いたことが無いったヒトだけに、これは意外・・・というかある意味、衝撃だったよなぁ。

竹内まりやさんが他のヒトに提供した曲といえば、例えば、アン・ルイスの「リンダ」なんかが代表的だけど、でも、この、もろアメリカン・ポップスの香がする曲調とアイドルっていうマッチングは、それまで考えてもなかったんじゃないかなぁ・・・。いや、考えてなかったよね。
 
80年型アイドルの一番の特徴としては、ニューミュージック系のヒトたちが作家ブレーンに加わったことで、楽曲次重視型に移行したことだと思うんだけど、竹内まりやさんが加わったことで、その幅がより広がりましたよね。

で、楽曲重視型に移行したことで、各アイドルも、ウタでは頑張るようになったと思うなぁ。
河合奈保子さんって、正直、「ウタ」そのもので売ってたような感じがあんまりしなかったんだよね、それまでは。
でも、この曲では、ウタそのもので頑張ってたもの。 そう言うところは聴いてる方にも伝わってくるんだよなぁ。

ま、曲そのものは、確かに竹内まりやお得意のオールディーズなアメリカンポップスが根っこにあることは違いないんだけど、それにどっぷりという感じだった堀ちえみの「待ちぼうけ」よりは、ちょっと「醤油」を垂らして日本風味をいれた・・・っていうイメージがあったなぁ。この曲は。

あ、そのところは、竹内まりやがセルフカバーしたバージョンを聴くと、一段と分かるかもしれない

↓コレ


アメリカンポップスというよりもジャパニーズポップスよりだった、「駅」までは行かないとしても、ところ日本情緒な感じ・・・匂いがするんだよね。

 でも、そこが返って、河合奈保子ってヒトにはよかったのかもなぁ。
 先週、「UNバランス」を書いた時、河合奈保子のきめ細かい声質を上手く引き出して、その後の可能性がひらけた1曲って書いたんだけど、この「けんかをやめて」があったからこそ、次の年の「UNバランス」に繋がったって言えるしね。

こうしてみると、ニューミュージック勢がアイドルポップスに参入してきたことは良い効果があったと思うなぁ。
まあ、80年代前半を見る限りはさ。


ただ、注目されたからこそ、いちゃもんも付くわけでさ。この曲なんかは、今になって、結構いちゃもんついてるもんね。「高飛車女のウタ」とかさあ。 当時は考えもしてなかったけど、ワタシなんかは。

まあね、「おめーのために喧嘩してる訳じゃねー」・・・なんていわれりゃ、そうも捉えられるかも知れんけどさ。
まあ、いいじゃんか、ウタの世界のことなんて・・・なんて思ったりするんだけどさ。
 最近は、なんでもリアルに置き換えるヒトが増えて、ややこしい、せせこましい世の中になっているよね。
もっとおおらかに生きにゃ。






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恋・はじめまして / 岡田有希子

1984_10_恋・はじめまして_岡田有希子






今回の1曲セレクトは、「恋・はじめまして」岡田有希子です。

 まずはデータです。

・タイトル    恋・はじめまして-Dreaming Girl- 
・アーティスト  岡田有希子
・作詞      竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1984年9月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   12.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 15位
・タイアップ:グリコ「セシルチョコレート」CM曲

さて、今回の1曲セレクトは、マクラなしで、いきなり行きますよ。

いままでのアイドルの中で、一番、正統派なお嬢さんキャラで、いちばん可愛かったのは、だれだろう?

 なんて質問があったなら、だれが一番になるだろう?

 個人的には、どう考えても岡田有希子をあげちゃうよなぁ。ま、たしかに同じお嬢さんキャラで南野陽子っていうヒトもいるけど、このヒトの場合、アイドル時代後期から「イロモノ」に走っちゃった時があるからねぇ。。それを思い出しちゃうとどうしても採点が辛口になっちゃうわけです。

 それに引き換え、岡田有希子っていうヒトは、いま映像を見ても、マジでかわいらしかったわな。もうね究極なアイドル。

 その頂点だったのが、この「恋・はじめまして」の頃なんじゃないですかねぇ。
 デビュー第3弾シングル。ま、前曲の「リトルプリンセス」から、まともなお嬢さんキャラ的な曲だったんだけど、曲の完成度から考えると、この曲が最高点だったと思うんだよね。

 このヒトのキャラクターと竹内まりやの作り出す、カラッとしたアメリカンポップスがピッタリくるんだよねぇ。うーん、なんていうのかねぇ、どう考えても「日本」じゃないんだよね、世界が。いや、それこそ「異国」なイメージよ。

 ジャケ写も岡田有希子のシングルでは一番いいと思う。「素」がでてて。

 近年こそ、「2次元」の世界でそういう世界を作り出しているけど、これは、まぎれもなく「3次元」→現実の世界・・・として、そういう空間を作り出していたんだよね。まさにリアリティ。
 ワタシゃ冷めてるからさあ、「2次元」の世界だと、ダメなのよ。だから、アニメとかゲームの世界にのめり込めないんだよな。

ま、アイドルもゲーノー界の作られた「偶像」といわれれば、それまでだけどさ、少なくとも、現実に存在する生身の人間だったわけだからさ。


 ただ、曲を含めて考えた場合、個人的には、もう少しこの路線で行ってほしかったような気がする。うん、純粋に正統派なお嬢さん路線で。
 
 次の「二人だけのセレモニー」あたりから、ちょっとずつずれていくんだよね路線が。。。
 今考えると、それが悲劇の始まりだったような気もしないでもない。。。



びっくりしたなぁ、これ。  この曲PVなんて作ってあったんだ。。
 ここでは随分同じ事書いてきたけど、1984年当時ってさあ、PV作っても、一般に流す場がなかったんだよね。今とちがってさ、CS放送があったわけじゃないし、ましてやMTV JAPANなんてのもなかったし。。。
 せいぜいレコード屋の店頭で、まさに名前の通り「プロモーション」用に流すくらいしかなかったと思うんだけどねぇ。

 個人的にももちろん、初めてみたわ、このPVは。


 でも、考えてみたら、お嬢様アイドル→正統派アイドルなこの人がでてきたからこそ、アイドルっていうのは完成されちゃったのかもしれない。
 だからこそ、次の年、おニャン子クラブっていう自虐アイドルで、アイドル産業の裏側を暴露するような現象が早まってしまったのかもなぁ。

 まあ、今となっては結果論だけど。。。

 ただ、それによって、アイドルって急速にマニア向けになっちゃいましたよね。

 それを考えると、まだまだ「一般」支持を得たアイドルだったよな、このヒトは。
 一般受けして、曲としても正統派で面白かった最後の世代のアイドルポップスが84年のこの頃くらいまでじゃないかなぁ。

 それにしても、80年代の竹内まりやって、アイドルに曲を書くの本当に上手かったよな。このヒトの書くアイドルの曲は、下世話じゃないんだよね。「品」があるのよ。それによってアイドルのランクも一つ上げてくれるような・・・。
 最近は、すっかりアイドルに曲を提供しなくなって淋しい限りですわ。この辺で、昨今の下世話なアイドルたちに「喝」を入れて欲しいところなんだけどね。



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September / 竹内まりや

1979_10_September_ 竹内まりや






今回の1曲セレクトは、「September」竹内まりやです。

 まずはデータです。

・タイトル    September
・アーティスト  竹内まりや
・作詞      松本隆
・作曲      林哲司
・編曲      林哲司
・リリース日   1979年8月21日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 39位
・売上げ枚数   10.4万枚

 いや、まいった。。実は、今日の1曲セレクトは、最初別の曲だったの・・・。もう完全にその曲を書く頭になってたのに、今、調べてみたら、11月1日リリースだった。。。うわ、まだ、先じゃん・・・。

 うーん、意外と覚えていないもんだね。30年以上も前の曲だと・・。リリース日を。イメージ的には、今ごろヒットしてたような気がしてたんだけどなぁ。。。。

 こういう時、困るんだよね。

・・・で、ない頭、ひねって、搾り出してきました。。。

 竹内まりや「September」

未だに9月になると、ラジオからは、必ずこの曲がかかるよなぁ。今年も先月、何回も聴いたもの。

じゃ、なんで、今頃セレクトしてきたの? って感じなんだけど、タイトルは「September」だけど、実際ヒットのピークは「10月」だったんだよね。
10月なのに、「September」とは、これ如何に。。。 なんだけど、September=9月 がつくタイトル曲って、実際は10月にヒットしてたパターンって多かったりするんだよね。
 同じパターンで、一風堂の「すみれSeptember Love」があるんだけど、この曲は、また近々書くことになると思います。


 この「September」は、竹内まりやにとって、実質、デビュー3曲目の曲。この前の曲「ドリーム オブ ユー」がキリンレモンのCMに使われて、一躍、竹内まりやの名前が、広まってきてた時期ですね。

 うん、♪レモンライムの青い風、伝えて愛のドリーム オブ ユー♪ってやつですね。


・・・まあ、そういうタイミングでリリースされたんだけど、当時の扱いとしては、「アイドル」的な扱いだったんだよね。

 今の「シンガーソングライター」竹内まりやとしては、考えられないけどさ。
 「当時は、聖子ちゃんに近い扱いだった」と、後日、本人からの証言もあったように、実際、そんな存在だったんだよね。

 1979年は、ニューミュージック全盛期で、逆にアイドルが「不作」の年。 すでに、70年代型アイドルは陳腐化してたわけで、新しいアイドルの形を業界では、模索してた時期。
 
 そういう、タイミングの悪さも災いしてたんだろうね。慶応のライトミュージックソサエティで、後のシンガーソングライター杉真理と活動を共にしてたっていうのに、まんまとゲーノー界の「落とし穴」に捕まってしまう。

 でも、この曲の作曲者、林哲司は、見抜いていたようですね。このヒトが「アイドル?」っていう疑問符なところを・・・。

 絶対、このヒトの低音の魅力はアイドルではなく、もっとアメリカナイズされたポップスで勝負すべきだ・・・。

 ってことで、試行錯誤して書かれたのが、この「September」ですね。

 それでも扱いは「アイドル」。 うん、ジャケ写みれば、大体わかるわな、このころの扱いが・・。

そんでもって、この曲で日本歌謡大賞、日本レコード大賞の「新人賞」を獲得してたりする。

 いまおもうと、違和感たっぷりですわなぁ。 レコード大賞も歌謡大賞も、ザッツゲーノー界的な存在なわけで、ロック、ニューミュージック系にはそれほど縁がある場じゃないもんね。

 たださ、このころ既に、歌謡大賞もレコード大賞も、見てたんだけど、竹内まりや ・・・って一番印象にないんだよね。新人賞のなかでも。

 79年っていったら、新人賞では桑江知子の「私のハートはストップモーション」がダントツに強くて、そのイメージしか残ってなかったりするんだよね。

 でも、まちがいなく、この曲で新人賞に「出演」して歌ってたりする。

 結局、「アイドル」竹内まりや は、81年に本人の「出奔」により頓挫。82年に山下達郎と結婚して、3年間も活動休止となるわけだけど・・・。

 で、84年にアルバム「ヴァラエティ」で「シンガー」竹内まりやとして再出発するわけなんだよね。


 そんな「September」だけど、個人的にちゃんと「意識」して聴いたのは、ずっと後のことですわ。

 いつだろう? 多分、大人になってからだね。

 やけにイントロから引っかかる曲が流れてきたのが、この曲。どっかで聴いたことあるんだけど、思い出せなかったりして・・・。
この曲、なんかのCMで使われてなかったかな?

 しかも、竹内まりやだったりして・・・。 で、調べたら、79年リリースのこの曲「September」だったんだよね。

 多分、林哲司氏も、低音の魅力からカーペンターズのカレンをある程度意識した曲作りになってたんじゃないかなぁ。
 どことなく、カーペンターズの香りがするんだよね、この曲。

 ただ、79年っていう、ニューミュージック全盛のころの空気にはあってたよ。

 そういうこともあり、ワタシは、この曲、ニューミュージックとして見てるもの。

 林哲司氏は、この曲と平行して、松原みきの「真夜中のドア」も、同時期ヒットさせてるんだけど、こっちの方が、よりアメリカナイズされてる・・・っていう本人の弁。

 でも、個人的には、どっちかというと、竹内まりやの「September」の方がアメリカナイズされているような気がするけどなぁ。

 うん、やっぱし歌い方の差だよね。松原みきは、独特の声質してるじゃん。どこか日本的に聴こえるんだよね、声質が。
 対して、竹内まりやって本場仕込みの「English」でしょ。

 その差がダイレクトで出てるような気がするなぁ。


 あ、この辺は、「今」ならカバーするにもいいかもね。未だに、あんまり手垢付いてないし。。。今、どっちかといえばAOR的な曲が「イマイ」くなってる方向だとおもうしさ。

それにしても、未だに、よくかかるこの曲だけど、リリース当時は、オリコンで最高39位までしか行ってなかったっていうのは、今にして思えば意外かもなぁ。もっとヒットしてた感じもするしね。





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