かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

穂口雄右

その気にさせないで / キャンディーズ

1975_09_その気にさせないで_キャンディーズ


今回の1曲セレクトは、「その気にさせないで」キャンディーズです。

まずはデータだよん。

・タイトル     その気にさせないで
・アーティスト   キャンディーズ
・作詞       千家和也
・作曲       穂口雄右
・編曲       穂口雄右
・リリース日    1975年9月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数 10.3万枚


さてさて、ここんところ80年代の曲を続けてきたんで、久しぶりに今回は70年代に遡りましょうか。

キャンディーズ「その気にさせないで」

ひっさしぶりにキャンディーズですよよん。
キャンディーズも「後期」の大ヒット曲群は、今まで既に書いちゃったんだけども、本格的に売れる前、前期の曲は、まだ、書いてない曲もあるんだよな。

そんなことで、今回は「その気にさせないで」を引っ張ってきたんだけどね。

この曲は、リリースが1975年9月。リリース時期としては、この曲の2曲前が「年下の男の子」だったわけで、これから本格的に上り調子としていた時の1曲ですよね。

キャンディーズって今からして思えば、スーパーアイドルなんだけども、初めの頃は、それほど売れてたわけじゃないんだよね。
デビューが1973年9月。ここから2年間はベストテン入りも出来なかった訳で、80年代アイドルの「指標」でいえば、「B級」アイドルに過ぎなかった訳よ。
それを打破したのが「年下の男の子」であり、それを機に人気も右肩上がりになって行った訳なんですよね。

それでも、まだ本格的なブレイクではない。証拠に、この曲も、まだ、ベストテン入り出来なかったしね。
ただ、売り上げは、前曲の「内気なあいつ」で10万枚を切っていたのが、この曲では、再度10万枚に戻してきている。
この後はコンスタントで10万枚上をキープし、2曲後に、あの「春一番」で大ブレイクすることになる訳ですわ。

言うなれば、まだ「過渡期」な頃の曲ですわね。

そんな時期のリリースだから、実験的な曲に挑戦したのか、この曲「ディスコ」なんだよね、ノリが。

当時のアイドルの曲を見渡しても、まだ、ディスコに挑戦していたような曲は・・・・・うーむ、なかったような気がするな。

まあ、ディスコと言っても広うございまして、70年代初期の「バンプ系」もあれば、70年代後半の「サタデーナイトフィーバー」を中心とした、ま、いわいる一般的に言う「ディスコ」もある・・・って感じだけど、この曲は「ソウル」ですよね。
そそ、70年代中盤、猫も杓子も「ソウル」ってた頃の先端音楽ですよ。

ソウルっていっても、韓国の首都ぢゃないよ  ソウルフルの「ソウル」ね。「タマシイ」よ魂。

最盛期は75年、76年あたりかなぁ。あの時代、やたらと「ソウル〜〜」って曲が流行ってたんだよな。「ソウル・ドラキュラ」とか、「ソウル・フランケンシュタイン」、「ソウル・トレイン」etc etc。。。

この「その気にさせないで」は、そんな「ソウル」の流れをくむ曲ですわな。 だからね、時代背景的にはかなり進んでた事やってたんだよな。

ま、実際曲を聴くと、まだ「歌謡曲」の匂いが強い訳で、どこが「ソウル」やねん・・・とか思う方もいらっしゃると思うけど、例えば、後年のキャンディーズのバックバンドだった、MMPの伴奏で聴くと、ちゃんとディスコになってたりね。

↓ コレ


歌謡曲の匂いが強い・・・っていうのは、ディスコの中でも「ソウル」は歌謡曲と相性が合ってたからなんだろうね。
だから、日本でもあれだけ受け入れられたんだろうしね。ちなみに「ソウル・ドラキュラ」はオリコンで最高7位。40万枚強の売り上げを記録している。

この曲でも、Aメロでは、純粋にソウルフルな展開を見せてるけど、 いきなりBメロのランちゃんのソロパートである

♪ なぜか〜 あなたには すきをつかれそう〜 ♪ の部分では歌謡曲に戻ったりしてね。

ま、それだけ相性があった訳ですわな。

それと、それに続く

♪ Ha  Ha  Ha〜 ♪ のコーラス部ですよね。 もちろん、3人でハモッてるんだけども、このハモリがぴったり合ってていいんだよな。
 というか、ここまでウマく、しかも力強い「ハモり」っていのうもキャンディーズならではなんですよね。

くやしかったら、AKB諸君もユニゾンばっか歌ってないで、ハモってみろ。



それと、衝撃的なのは、このびしょ濡れカットのジャケ写ですよね。
当時、話題になったそう。
この曲で、売り上げが回復した要因として、このジャケ写も少しはあるんじゃないのかなぁ。


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東京 / マイペース

1974_11_東京_マイペース






今回の1曲セレクトは「東京」マイペースです。

まずはデータです。

・タイトル      東京
・アーティスト    マイペース
・作詞        森田貢
・作曲        森田貢
・編曲        マイペース 穂口雄右
・リリース日     1974年10月25日
・発売元       ビクター
・オリコン最高位   28位
・売上げ枚数     22.1万枚


 セレクトする曲、このところ、80年代〜90年代にちょっと偏ってるかなぁ。たまには、もうちょっと古い曲も引っ張って来たい・・・と、この頃思ってたんだけど、うーん、なんかないかなぁ・・・・なんて考えながら、過去に書いた曲のアーカイブスをペラペラしてたら、あ、あった。。。

・・・とおもむろにセクトしてきましたわ。

マイペースの「東京」。

あ、でも、マイペースっていうグループ自体、正直言って、私も詳しくは分かりかねるんだけど(なんせ当時5歳なので・・・)、WIKIとかで調べてみると、4人グループ(?)

・・・・あれ、4人だったんだ・・・。私は長いこと3人グループって記憶してたんだけど・・・。
 この曲を作詞作曲した、森田貢、友川かずき、山平和彦 に三上寛が絡んでいたんですね。

 ともかく、活動期間はあまり長くは無かったようですね。シングルとしてオリコンにランクインしたのは、この曲と、75年にリリースした「望郷の街」っていう曲のみ。

これらの曲でもある程度想像つくかも知れないど、このヒトたちはもともと秋田出身なんだよね。

 まあ、地方出身というところは、この「東京」って言う曲に端的に現れてはいるか。
今でこそ、新幹線や高速道路網が全国に張り巡り、交通ネットワーク上は、地方から東京への時間的距離は大分短縮されたわけだけど、この「東京」がリリースされた当時は、地方から見ると、東京ははるか遠くだったんですよね。

調べてみたら、この曲がリリースされた1974年当時、東北自動車道は、まだ郡山までしか開通していない。いわんや東北新幹線が盛岡まで開業するのは、これから、まだ7年半後ですわ。

そんな時代、東北から見ると、東京はとてつもなく遠い存在だったんだよね。 かく言うワタクシも生まれは福島なんだけど、子供の頃を振り返ると、やっぱり東京は遠い存在だったもの。

だからなんだけど、この当時の曲からすると「東京」って言う響きは、ある種、特別な存在に感じるところがあったんだよね。


♪ 東京へはもう何度も行きましたね 君が住む 美し都〜 ♪

ハイ、文字で「東京」って書いてもピンとこない方も、ここのメロディが浮かんでくれば、「ああ、あの曲ね」って浮かんでくる方も多いでしょう。

 70年代中盤のフォークの名曲ですね。カバーも何枚もされてるんじゃないのかな。

だけども、ワタシなんで、この曲知ってるんだろ? きちんと聴いたのは、例のフジテレビ系で放送されていた「19××」が最初なんだけど、その時点で、この曲知ってたんだよね。

 元々は1974年の曲だから、ワタシは5歳なわけで、記憶にはないんだけどねぇ。。。。
 いや、どっかで聴いてんだろうなぁ。記憶にはないけど体のどっかでは覚えているんだよね、きっと。これも音楽の不思議な力だよね。

 この曲、オリコンでは最高28位までしか上がらなかったけど、累積セールスは22万枚も行ってるんだよね。ベスト100には46週もランクインっていうから、約1年ランクインしてたわけだ。やっぱりいい曲は、だれが聴いてもいい曲なんだろうね。




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失恋記念日 / 石野真子

1978_11_失恋記念日_石野真子






今回の1曲セレクトは、「失恋記念日」石野真子です。

 まずはデータです。

・タイトル    失恋記念日
・アーティスト  石野真子
・作詞      阿久悠
・作曲      穂口雄右
・編曲      穂口雄右
・リリース日   1978年10月5日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 24位
・売上げ枚数   9.0万枚
・THEHITCHART HOT30最高位 21位

 やおら、今回のタイトルが「失恋記念日」となっているけど、あのー、実際、ワタシが失恋したわけではないので〜ふらふら
・・・・と書くと、「んなの分かっとるワイ」なんてツッコミが入りそうですな。。。


 ・・・なんて、お決まりのモンクを書いてしまったりして・・

 失礼しました〜 石野真子の「失恋記念日」です〜・・・

 いや、でも、実際、秋は恋の季節でもあり、失恋の季節でもあるのです涙 まあ、よくいう「ひと夏の恋」ですわな。
 まあ、そういうことで、その昔は、今ごろになると「失恋ソング」なんていうもんが出て来てた訳だけど、考えてみたら、いつからあんまり出なくなっちゃったんですかねぇ・・失恋ソングって。

 そういや、最近、やったらめったら「ラブソング」ばっかが流行ってるけど。。ふらふら
 どうです? アーティストの皆々様、ここでいっそ、「失恋ソング」をリリースしてみては? 今だったら、誰もやってないよ〜。

 
 うん、そういえば、雑誌なんかの特集でも「失恋特集」とかも見なくなったもんね〜。 
 ・・・っていうワタシも、某着メロサイトをやってるとき、「失恋特集」とか組んだことなかったな。。

 あ〜、今から考えてみたら、これ、盲点だったな。。。いや、失敗した。。。何処もやってなかったのにな。


 昔は、必ず、秋の間に「失恋」の曲って、少なくとも1曲や2曲はリリースがあったもんだけどねぇ〜。
 さいきんは、みなさん「Happy」な恋ばかりしてるんでしょうかね〜。

 じぇったいそんなことは、ありえないし、実際、失恋ソングは今でもあるんだけど、どうも、最近のヒット曲を聴いてると、「ぬるーい」雰囲気の曲が多いもんで。。。ふらふら



・・・ということで、「失恋記念日」だけど、この曲、リリースが78年の10月だったんだな。。
 なんか、もっと遅かったような気がしてた。うん、たしかに78年ではあるんだけど、年末ころだったかな。。。と。

 いや、この年の「賞レース」で随分聴いたからさぁ。この年、新人賞候補だった、石野真子は、必ずこの曲、歌ってたもんね。
 あとは、「8時だよ!全員集合」とか。。 とにかく、なーんか、妙に当時、この曲よーく、テレビで聴いた記憶が強いなぁ。

 だからさ、ベストテン入りはしてなかったけど、この曲の印象って、めっちゃ強いんだよね。
 その次の「日曜はストレンジャー」なんか、ほとんど記憶にないのにふらふら

 まあ、それだけ、個人的にも引っかかった曲だったんでしょう。

・・・かといって、ワタシが、この曲がヒットしてた当時、実際に失恋したわけじゃないけど。。
 ・・・って、当時9歳。小学3年生だよ、ワタシ。失恋も何も・・っていう世界だよなぁふらふら うん、好きなコはいたけどさ。目がハート

 ま、この辺については、その頃の幼馴染がマイミクさんにいるんで。。あっかんべー っていうか、その頃の友達には筒抜けだったか。。
 まあ、今は人妻になったしなあせあせ



 うん、でさ、実際の曲は、意外と難しい曲だったんだよね。結構、音程取りにくいし。。
 これがデビュー3曲目だった、石野真子だけど、それにしては、うまく歌ってたようなきがするな。いや、このヒト、実際アイドルにしては、ウタうまかったのよ。今聴いても、なんか安心して聴いてられるもの。
 
 その辺は、さすが「スタ誕」出身だけあるな・・・とは思うね。

 プラス結構、可愛らしかったのよ、「営業スマイル」が。 さすがに、当時の「月刊明星 人気投票No.1」だけあるわな。

 それにしては、レコードの売り上げが。。。。 って感じなんだよねぇ。
 
 まあ、これも時代の流れ。当時はスマイルがカワイイだけのアイドルだけでは、なかなかレコードが売れない時代だったのよ。
 
 やっぱ「カリスマ」性が重要だったし。。

 そういう意味では、まだまだ、「実力」の世界が確立されていたし、レコードが売れるってことは、敷居が高かったんだよね。
 特にアイドルっていうヒトたちにとってはさ。





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林檎殺人事件 / 郷ひろみ 樹木希林

1978_08_林檎殺人事件_郷ひろみ 樹木希林






今回の1曲セレクトは、「林檎殺人事件」郷ひろみ 樹木希林です。

まずはデータですぅ

・タイトル     林檎殺人事件
・アーティスト   郷ひろみ 樹木希林
・作詞       阿久悠
・作曲       穂口雄右
・編曲       穂口雄右
・リリース日    1978年6月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  6位
・売上げ枚数    30.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1978年7月17日〜9月11日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ムー一族」挿入曲

いつの時代も聴いてて楽しい曲って言うのはあるよねぇ。あ、いや、決して何かの曲のパロディとか、コミックソングという括りではなくて、単純に「楽しい曲」っていうの?

 それもお笑い系のヒトが余力でやるんではなくて、普通のアーティストがそういう曲をやるというね。

 はいはい、今回引っ張ってきた曲の前ふりですねぇ。

 林檎殺人事件  郷ひろみ 樹木希林

 楽しい曲だったよね。まずね、それまで新御三家では「二の線」であったはずの、郷ひろみが、一気に肩の力を抜いて、こういう、コミックソング的な曲に挑戦したっていうのも画期的だったんだけどね。

 やっぱり、TBS系ドラマ「ムー」で樹木希林と競演したのは、郷ひろみにとってはでかかったんだよね。「芸の幅」を広げるという点では。
 それ以前だったら、まず、こんな「軽い」曲は歌ったりしなかったろうしね。


 でも、まあ、実際は、この曲の前の年に「お化けのロック」っていう、同じく、樹木希林と歌った、コミックソングがあるから、この曲は、その第2弾ということになるんだけどね。

 でも、いまとなっては、「林檎殺人事件」の方が、一般的には知られているんだよねぇ。

 なぜか?

っていったら、やっぱし「ザ・ベストテン」のちからの大きさなんだろうなぁ。
この番組のおかけで、この曲は一気に認知度が上がったしね。なにせ、ベストテンでは4週連続1位だからねぇ。
 レコードセールスがオリコンの最高位をみてもそれほど高くなかったのを見るとハガキが強かったんだよね。

それまで、郷ひろみの場合、ハガキは西城秀樹に押され気味だったところを見ると、この曲に限っては、郷ひろみのファン以外のヒトも支持してたってことなんだろうね。

 それだけ、親しみやすかったし、聴いてて楽しかったし、エンターテイメントというよりは「娯楽」的に楽しかったね・・・・って意味おんなじじゃん(爆!)

 ちなみに、前の年、1977年の「お化けのロック」の方がレコード売上げは上だったりする(40.0万枚)。
 この時はまだ、「ザ・ベストテン」は存在してなかったからねぇ。

やっぱり、ベストテンの存在感なんではないかなぁ・・・と思ってしまうわけですわ。

 で、圧巻は1978年8月24日放送でしたっけ? 樹木希林が黒柳さんの衣装とまったく同じ衣装で、髪型も玉ねぎに結って登場したの。

 擬似、黒柳徹子と郷ひろみも久米さんのタキシードとおなじ衣装ででてきたりして、擬似司会コンビで歌ったのが一番有名にしたよねぇ、この曲。

 で、まあ、こんな、たのしい企画でも、ぴったり合ってしまうのが、この曲のよさだったんぢゃないですかねぇ。

 ♪ ふに ふに ふに ふに ふに ふに〜♪といつもながら「擬音」が多い、ちょっとふざけたところが多い阿久悠氏の歌詞と、キャンディーズという後ろ盾を失ってやや、失速ぎみだった穂口氏のメロディがうまい具合に「融合」した、傑作なんじゃないかなぁ・・・。口を酸っぱくしていってもさ。

 といまとなっては思っちゃうわけです。

 だけどさ、郷ひろみもこういう三の線の曲も折角、覚えんだから、このあとも時折、こういう、肩の力抜いた曲やればよかったのにねぇ・・・。

これ以後は「二の線」だけに「集中」して「孤高のヒト」となってしまったわけだもんね。



えーと、音だけだったら、↓の方がはるかに良いです。

http://www.dailymotion.com/video/x28vlfj_%E6%9E%97%E6%AA%8E%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6-%E9%83%B7%E3%81%B2%E3%82%8D%E3%81%BF-%E6%A8%B9%E6%9C%A8%E5%B8%8C%E6%9E%97_music


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素敵なラブリーボーイ / 小泉今日子

1982_08_素敵なラブリーボーイ_小泉今日子






今回の1曲セレクトは、「素敵なラブリーボーイ」小泉今日子です。

 まずはデータです。

・タイトル    素敵なラブリーボーイ
・アーティスト  小泉今日子
・作詞      千家和也
・作曲      穂口雄右
・編曲      矢野立美
・リリース日   1982年7月5日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 19位
・売上げ枚数   12.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位

 明日からSUMMER SONICだけど、今年はサマソニのチケット取らなかったんだよね。 ここ数年毎年行ってたんどさ。うん、まあ、見たいアーティストもいなかったってのもある・・・
 
 ホンネを言うと、「お金がないっexclamation」。  ここんところ大分、散財したからなぁ。

♪ ビンボー ビンボー なみだ〜のビンボー ♪ なんて、思わず「ラブユー貧乏」歌っちゃうぞ〜。

 なにせ、サマソニは、高いからねぇ〜 他の夏フェスに比べると。。ビンボー人には、キツイぜっ!


・・・・ということで、今回は、キョンキョンの曲を引っ張ってきますか。 え? 何の関係があるの? 

 「素敵なラブリーボーイ」 ・・・・デビュー第2弾の曲ですわね。

 正直、これだけって感じもしないでもないが、今となっては。。。

とりあえずは、意外と「だいなまいとばでぃ」な水着姿なジャケ写を堪能していただけば。。。ふらふら
いかにも「夏」でしょふらふらふらふら


 あんまり特徴的な曲でもないしねぇ。 強いて言えば、林寛子のカバー曲ってことだけでしょうか。
 ま、これは、今も、林寛子、本人が「ネタ」にしてるくらいだから、有名な話かもしれないけど。。

↓ コレ




ところで、それを考えると、小泉今日子って、デビュー当時は、安上がりなリリースをしてましたな。
デビュー曲の「私の16才」もカバー。第2弾の、この「素敵なラブリーボーイ」もカバー・・・・と。
オリジナルは、第3弾の「ひとり街角」まで、またせた・・と。

 まあ、たしかに、この当時、82年は「70年代カバーブーム」ってことで、いろいろとカバー曲をリリースしてましたな、みなさん。
 だけんど、今考えると、ちょっと安易な方向に進んでた・・・っていう見方も確かにとれたよね、今考えると。
 まあ、このカバーブームによって、オリジナルを知ったっていうプラスの方向に考えることも出来るんだけどさ。。。 


  ところでさ、この曲・・・えーと、キョンキョンバージョンの方ね・・・のイントロ出足の2拍のドラムのコンビネーションがさ、松田聖子「チェリーブラッサム」、近藤真彦「ヨコハマチーク」と同じなんだよね。
 これ、3曲をイントロクイズの「超ウルトラ」で並べると、かなりムズイことになりまっせ。

ま、実際はそれぞれ音質が微妙に違うし、出足の3拍目からは3曲ともそれぞれ異なるんで、そこまで出しちゃうと簡単なんだけどね。
 
あー、今日は、それ以上、曲の内容が書けないなぁ。。。



きょきょんの髪型といい佇まいといい、「あまちゃん」の時の有村架純そっくりや  やっぱ、よく出来てたんだよね、あのドラマ。



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ポケットいっぱいの秘密 / アグネス・チャン

1974_07_ポケットいっぱいの秘密_アグネスチャン







今回の1曲セレクトは、「ポケットいっぱいの秘密」アグネス・チャンです。

 まずはデータです。

・タイトル    ポケットいっぱいの秘密
・アーティスト  アグネス・チャン
・作詞      松本隆
・作曲      穂口雄右
・編曲      東海林修 キャラメル・ママ
・リリース日   1974年6月10日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   22.3万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1974年6月24日〜7月22日付


 えー、今回の1曲セレクトは、思いつき!
 えー、いつものごとく、初め「書こう」と思ってた曲のリリースが「8月」だったのどぇす。。。
 
 むー、まだ、早い。。。

 ・・・ちゅうことで、またまた急遽変更exclamation

 
  初めに書こうと思った曲は、来月に改めて。。。



・・・ということで、過去のオリコンのランキングをペラペラペラ・・・と、めくって、探してましたら・・・、あ〜あったあった。。

・・・と思いまして、持ってきた曲が、アグネス・チャンの「ポケットいっぱいの秘密」だったりしてあせあせ


・・・また、よくわからん曲を・・・あせあせ

 アグネス・チャンといったら、

 ♪ おっかの上 ひなげしのはなげ〜 ♪ の「ひなげしの花」

 か

 ♪ いねむりしてたのいつか 小川のせせらぎ聞いて〜 ♪ の「草原の輝き」に相場決まってるじゃん。。

 ・・・とか言われそうだわね。。


 あー、確かに、そうなんだけど、「今」の時期に、丁度ヒットしてたのが、「ポケットいっぱいの秘密」だったもんで・・・。


 でもねぇ、この曲、この年の「紅白」でも歌ってたりして、とりあえずは、アグネス・チャンとしては、この年を代表する曲なのよ。。あせあせ


 えー、曲はですねぇ、もろ、カーペンターズの「TOP OF THE WORLD」のパクリでっす。。。ふらふらふらふら


・・・と言っては、元もこもないので・・・。


 えー、この時期の日本の、アイドルポップスでは珍しい、「カントリー」を下敷きにした曲です。。。
 (・・・と書いてお茶を濁しておこう)

 
 なんて、オチャラケて見ましたが、でも、「初夏」っていう季節感を考えると、いい感じだよね。
 うーん、もうちょっと、時期的にリリースが早くてもよかったかな・・とも思えるけど、当時の「ローテーションリリース」を考えたら、「6月」っていう時期でも、しょうがなかったかなぁ。。

 何分、3、6、9、12月の「四半期最終月」にリリースされるってことは、「最も期待されてる」看板アーティストの証でもあったわけで。。


 ところで、この曲の作詞は、70年代後半から80年代を代表する作詞家の松本隆氏だけど、73年に「はっぴいえんど」を解散後、作詞家に転進して、初めてヒットした作品がこの曲ですね。

 まだ、「はっぴいえんど」の影響が残っていたか、歌詞に「ひらがな」を多様してたのは、松本氏らしいところなんでしょうかね。

 ただ、だからなのか、内容的には、まだ、80年代の「ブランド」を確立したようなクオリティの高さっていうのは、感じないけど・・・

 めっちゃシンプルなんだけどね。誰でもかけそうだけど、書けないんだろうな。


 ♪ ひみつ・・・ ないしょにしてね・・・ ♪


 っていう、出だしの歌詞って書けそうで、書けないと思いし・・・

 例えば・・4分音符が 3つ並んでたとしてもさ、そこから「ひみつ」っていう言葉を当てはめられるか・・・っていえば、やっぱり、松本氏のセンスだと思うし。。。


 曲は、後にキャンディーズの一連の曲の、作曲で有名な穂口雄右氏。

G.Sのアウトキャスト解散後、放った、やっぱり最初のヒット曲ってことになるのかな・・・。

 まあ、穂口氏の場合、渡辺プロに所属していた関係で・・・ってところも大きいでしょうけど。


 プラス、バックで演奏しているのは、キャラメル・ママっすよ。

 うわ、至極豪華。。。

 なに? 知らない?  当時、ユーミンのプロデュースとバックバンドを固めてた音楽ユニットっすね

 メンバーは、松任谷正隆(Key)、細野晴臣(B)、林立夫(Dr)、鈴木茂(G)の各氏。

 今だったら、こんなメンバーだったら、ギャラの総額はおいくらだろう・・・とか考えてしまうような。。。


 うん、まだ、みなさん、「駆け出し」時分だったから、格安でやってたんだろうね、「食う」ために・・・ふらふら


 ちなみに、ドラムの村上ポンタ氏によると、キャラメルママの面々は、合宿しながらダラダラと音楽を詰めていくの方法が主体だったようで・・・。 あー、それでギャラを跳ね上げてた・・っていうところもあったようですがふらふら

 さすがは、「おぼっちゃま」集団でありまするあせあせ

 その辺の「品のよさ」っていうのは、音にも出て来てますよねぇ。

 この曲、確かに「カーペンターズ」の「パクリ」なんだけど、音の品のよさは、当時のほかのアイドル曲に比べても、すぐわかるほどのクオリティだったりしてね。




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年下の男の子 / キャンディーズ

1975_03_年下の男の子_キャンディーズ







今回の1曲セレクトは、「年下の男の子」キャンディーズです。

 まずはデータです。

・タイトル    年下の男の子
・アーティスト  キャンディーズ
・作詞      千家和也
・作曲      穂口雄右
・編曲      穂口雄右
・リリース日   1975年2月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 9位
・売り上げ枚数  26.0万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1975年4月7日〜4月28日付

 いや〜、曲がない曲がない・・・なんて、いつも言っている割には、つい忘れちゃっている曲があったりするもんだねぇ。。。
 さっき、たまたま1970年代のアイドルの曲を聴いててさ、もちろんキャンディーズとかも聴いてたんだけどさ。
 当然、もう、今回引っ張ってきた「年下の男の子」は書いたもんだとばっか思ってたの。 いままで、結構、キャンディーズの曲書いたからさぁ。 で、一応、確認のために、過去の記事を検索してみたら、あーら、まだ、書いてねぇでねぇの。。。

 何回か「引用」には使ったんだけど、この曲メインでは書いてなかったのねぇ。。

 まあ、時期的にもちょうどいいし、この機会に引っ張ってきてみましたわ。


 いや、だけど、この曲について、いままでも書いてきたようにも思うんだけどなぁ。。。

 ま、キャンディーズといえば、これまでも何回か書いてきたように、70年代を代表する3人組アイドルグループっちゅう訳だけども、本格的にブレイクしたのは、この「年下の男の子」からなんだよね。
 デビューは1973年9月だったから、この曲のヒットまでの1年半っていうのは、意外にも「不遇」時代だったわけですよ。
 うーん、そういうイメージってないんだけどねぇ。「8時だよ!全員集合」のアシスタントで毎週出てたからなぁ。

 ただ、それ以前の曲は、たしかに知らないんだよね。 ちなみに、この曲の前は「なみだの季節」っていう曲なんだけど・・・。

 しらねーよなぁ。。。 オリコン最高40位。売上げ枚数5万枚っていうことだし。。。

 やっぱ、個人的にも、だいたいのヒトにも、キャンディーズといえば、この「年下の男の子」からだよねぇ。。

ま、成功(ヒット)した要因っていろいろ言われているけどさ、一つが、曲がポップに、ファン目線になったこと。
 それまでの曲は、けっこう小難しい曲が多かったようなんだよね。そこから、一歩目線を落として、ファン目線の曲に仕上げたこと。

 それと、センターをそれまでのスーちゃんからランちゃんに変えたこと、 うん、これが一番よく語られることからなぁ。

 人気的にはスーちゃんが一番だったんで、それまでセンターにしてたらしいけど、どうもバランス的・・・っつうか、リーダーシップという点では、今ひとつだったようなんだよね。
 で、この曲から一番年上のランちゃんをセンターにすえなおしら、あーら、バランス的にうまく行った・・・っちゅう訳ですわ。
 
 なかなか難しいですわね、3人組って言うことになると、その辺のバランスが。。。



 ときに、ワタシがこの曲を知ったきっかけってさぁ、ワタシが、この曲に出てくる「年下の男の子」っぽかったから・・・って言われたような気がする、 隣の農家の年上のおねーさんにふらふら

 ♪ さみしがりやで わがかままで 憎らしいけど〜 ♪

 とか

 ♪ボタンのとれてるポケット 汚れて丸めたハンカチ〜 ♪

ってところが、そのままだったんだってふらふらふらふらふらふら

 だからさあ、この曲って、自分のこと歌われているんだと思ってたもん、ワタシふらふら



いやー、やっぱワタシャ、ピンク・レディーよりかは、断然キャンディーズ派だよなぁ。
スーちゃんが好きだったぁ。
そんなスーちゃんがこんなに早く鬼籍に入られるとはなぁ。。。


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わな / キャンディーズ

1977_12_わな_キャンディーズ






今日の1曲セレクトは、「わな」キャンディーズです。

まずはデータでーす。

・タイトル     わな
・アーティスト   キャンディーズ
・作詞       島武実
・作曲       穂口雄右
・編曲       穂口雄右 
・リリース日    1977年12月5日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    39.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1977年12月19日〜1978年2月27日付


 超強力曲同士で、同日リリース。これってよくあるよねえ。核になる曲が2曲っていう感じだったら、いまは、毎週のようにあるわけで、今となっては、全然珍しいことではないですわね。
 でも、これが3曲、4曲・・・と複数になると、結構珍しいわけで・・・。今年だったら、先月の11月2日なんかはそうなるのかなぁ。
 ましてや、リリース自体少なかった、昔なんかは、もっとそういう機会が少なかったわけですね。
 大体において、1つのレコード会社同日に、強力アーティスト同士をリリースさせるってことは、あんまりないだろうし。
 さらに、同じリリース日に「超」がつく、協力曲が含まれているとなると、つい、避けてしないたくなるのは、昔も今もあんまり変わんないことかもしれないですね。

 そんななか、強力曲4枚同日リリースっていうことが起こったのが、1977年12月5日。しかも、そのなかの2枚がライバル同士という、チャートファンとしては、まってました! というリリースだったんですよね。

●CBSソニー
 ・わな   キャンディーズ
 ・禁猟区  郷ひろみ

●ビクター
 ・UFO   ピンクレディー
 ・しあわせ芝居 桜田淳子

 これ、全部1977年12月5日リリースというわけで、当時の超豪華リリースってわけです。

 特に、ピンクレディーとキャンディーズの同日リリース。これは、このとき1回切りなんですよ。
 人気を2分した、超スーパーアイドルだった2組。もちライバル視扱いされた2組なわけだけど、たしかに、それまでも同じ月リリースっていうのは、ずっと続いていたんだけど、「同日」っていうのは、これ1回きりなわけです。

 まあ、とうじは、ランキングっつうもんも、さほど一般には普及していなかったわけで、ましてや初登場1位なんていう時代ではなかったから、同日リリース、即チャート争いっていう図式はゼンゼンなかったわけで、それいえに、同日リリースだからって言っても、どうこうはなかったわけだけど、でも、やっぱし、ライバル同時が同じ日にリリースってなると、どちらも負けたくないって言う気持ちも出てくるんぢゃないかなぁ。
 って勘ぐりたくなりますね。

 ちなみに、両者のオリコン初登場ですが、両者とも1977年12月12日付初登場で、
 UFO 初登場8位  わな 初登場32位

 あー、当時のランキング事象をちょっと解説すると、初登場でベストテン入りっていうのは、とんでもないことだったのね。今のインパクトでいうと、初登場でミリオンセラーって言うくらい。 当時としては、ピンクレディーぐらいしか出来なかった現象なのよ。



 と、ライバルといっても、かなりの差は出てたんだよね。

 だけど、すでに解散も決まっていて、そのなかでの活動ってことで、かなりファンの間でも盛り上がってき始めてたころだよなぁ。 この曲のセールス、39.2万枚っていうのは、ラストシングルの「微笑みがえし」に次ぐセールス。

 そのまえの代表曲の「春一番」とか「やさしい悪魔」よりも売れてるんだよね。
 だけど、そんなに売れていたっていう実感はあんまりないんだよなぁ。それだけ、あのころの盛り上がりようを示してるんぢゃないかなぁ・・って思うんだけどさ。

 それくらい、この曲、キャンディーズの代表曲か?っていったら、首ひねりたくなるくらい・・・いまとなっては、一般的には、それほどメジャーな曲ぢゃないですよね。

 でもですよ。これが結構いい曲なんだ。キャンディーズの曲って今思い返すと、比較的メジャー調の若干、間延びした曲が多い思うのね。 その点が、緊張感たっぷりだったピンクレディーとは対照的であり、かつ、人気の差かなぁとも思うんだけど、この「わな」は、緊張感いっぱいの曲ですよねぇ。
 うん、どうして、この曲がこのタイミングでリリースされるのかなぁ? っていうと若干疑問なんですけどね。
 なんか、3ヵ月後に解散するっていうグループの曲ではないような気がするんだよなぁ。それだけ、しっかりした曲って感じ。うん、投げやり感が全くないんだよね。

 たとえば、ピンクレディーなんて、もう、解散間際は、正直「投げやり感」が曲からにじみ出てたんだけど、この曲には、全くそういうところが感じないんだよね。
 だからして、逆に、もっと見たい、やめて欲しくないっていう気持ちが強くなったのかなぁ。それが、ラストの「微笑がえし」の爆発に繋がったのかもしれないけど。。。

 だとしたら、さすがにCBSソニーの酒井氏と、当時担当だった大里氏(現アミューズ会長)の戦略は見事だなって思うんだけどね。

 あ、それから、この曲のリードボーカルは、ランちやんデモ、スーちゃんでも、なく、ミキちゃんなんですよ。
 これが、最初で最後のリードボーカル。これの話題性もありましたよね。

 でも、やっぱり曲がよすぎたよなぁ。この曲。



※2005年12月に書いたものの再掲載です。
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