かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

秋元康

時の河を越えて / うしろ髪ひかれ隊

1987_05_時の河を越えて_うしろ髪ひかれ隊


今回の1曲セレクトは、「時の河を越えて」うしろ髪ひかれ隊です。

まずはデータなのら

・タイトル    時の河を越えて
・アーティスト  うしろ髪ひかれ隊
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1987年5月7日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  11.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1987年5月18日〜6月1日付
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「ハイスクール!奇面組」オープニングテーマ

先週の西城秀樹氏の死去に伴い、この「1曲セレクト」も、先週末から過去に書いた秀樹氏の曲にアクセスが集中しておりましたが、今日になってようやく落ち着いてきたかなって感じですね。
特に「ブルースカイブルー」(1978年)へのアクセスが凄かったですわ。
うーむ、どこかで記事が引用されたかなぁ。。

テレビのワイドショーでも秀樹氏への追悼が続いているし、本来だったら今回の1曲セレクトも秀樹氏の、まだ書いてない曲を持ってきた方が良いんだろうな。。。

うむ、商売として本気で書いてるなら、ここは「たたみかける」CHANCEってところなんだよな。

でもね、今のワタシ的には好きで書いてるし、ここで秀樹氏の曲を持ってきたら先に進めないなぁ・・という思いもあったんで、敢えて、今回の1曲セレクトは、秀樹氏の曲を回避。


・・・・なんて、もっともらしい理由なんだけど 、実際のところは、過去のチャートを振り返ると、これまで書いてない曲で「今」の時期にヒットしていた曲がないんだよね。

いや、リリース日的には、もうちょっと後で、まだ書いて無い曲があるんだけど・・・。 その曲は、近々、改めて書こうと思います。


・・ということで、その代わり・・・って言うのもなんだけど今回1曲セレクトは、何にすべーな・・と思いつつ、ちょっと前からツバをつけてた曲があるんだよね。 
今回はその曲をひっぱりーの。

「時の河を越えて」 うしろ髪ひかれ隊

日曜日、関東地区でニッポン放送の「土田晃之 日曜のへそ」を聴いてる方には、まあ、未だにお馴染みですわな。 そそそ、この番組の「なつかしいと叫びたい」コーナーのオープニングで流れてる、「あの曲」ですわな。

うーーーむ、この曲、まだ書いてなかったんだな。 とーっくの昔に書いたような気がしてたんだが。。。。

ここんところ「男性」アーティストの曲が続いていたし、久々に女性アイドルもいいでしょ ってことでいろいろと物色してて、たまたま気がついたんだよな。

この頃の曲・・・特におニャン子を初め、アイドル関係の曲ってヒット期間が軒並み短かったんだよ。リリースしてもあっという間にチャートから消えてたし。 そそそ、ヒットといっても今と同じく初動だけって言うチャートアクション。
だから、「あの頃」のヒット期間で書いてるここでは、「ピンポイント」でこれまで引っ張ってこれなかったっていうのが大きいだろうな。今まで書いてなかったのは。


さて「うしろ髪ひかれ隊」。言わずと知れた「おニャン子」からの派生グループですわな。そのファーストシングル。

そそそ、工藤静香、生稲晃子、斉藤満喜子 というモロ、ワタシと同世代の3人グループ。

まあ、同世代とはいうものの生稲さんが、ワタシより一つ年上で、工藤さん、斉藤さんが共に一つ下・・・と、ワタシと「同級生」は居ないんだけど。。。。


今まで書いてなかったのは・・・・、もうさ、この頃・・・1987年6月・・・ともなると、おニャン子も「末期」だったしな。
夕ニャンも、視聴率的に末期症状であと3カ月で終わり・・・という頃だったし、正直、完全、おニャン子関係にに興味が薄れてた・・・っちゅうのが大きいかなぁ。

 ヒット曲のトレンドとして、80年代型アイドル全盛もピークを過ぎた頃、それ代わってロック勢に勢いが付き始めて来ていた頃。当時17才っていういっちゃん「多感」な時期だったし、それいえにそんなヒットトレンドの空気の動きも微妙に感づいてきていたんだろうね。 正直アイドルそのものに食傷気味だったんだよな、この頃。

そもそも、当時、一番目を通してた「オリコンウイークリー」自体が、単なるアイドル雑誌に成り下がってたからなぁ。そこからして食傷だったんだよね。 それでも、買うのやめなかったのは、やっぱ根っからのチャート小僧だったからなんだろうな。

だからね、当時も、殆ど聴いてなかったんだよねぇ、この曲。
モチのロン、曲自体は知ってましたよ。まだ、あの頃は興味が薄い曲でもベストテンに入ってる曲ぐらいはチェックしてたからさあ。




たしかにね、今曲を聴くと、それまでのおニャン子派生グループとはちょこっと毛色が違うかな? っていう匂いはするんだよね。
少なくとも、曲に「おちゃらけ」は入っていないし、真面目に曲に向き合っている。その辺は評価できるところではある。
曲調的にも、少し大人っぽさを感じるしね。 うーん、でもさ、そこは工藤さんのソロデビューっていうのをそろそろ見据えていたのかもしれないけど。

でも、この時点では、まだそんな事は見えてなかったし、そもそも工藤さんが本格的なアーティスト的な志向でソロデビューするってのも分かってなかったからさ。 この曲を聴く限りでは、それまでのおニャン子とはちょっと毛色が違う曲だな・・・・としか思ってなかったと思うな。

まあ、この曲から「新しさ」は感じないけどね。 サウンド的にもメロディライン的にも。 マイナーちょうのメロディラインは80年代後半・・・というよりは70年代後半的のB級アイドルっぽいそれだしさ。
そそそ、もろアナクロなんだよね。そう言う意味で保守的な曲だなぁ・・・とも思えたような気がするな、当時。


ちなみに、生稲晃子さん、タイプだったあ、顔がさぁ 

・・・なんて書いたら、なんでぇ結局は好きだったんじゃん・・・なんて思われますかね。。。。。



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1ダースの言い訳 / 稲垣潤一

1986_03_1ダースの言い訳_稲垣潤一


今回の1曲セレクトは、「1ダースの言い訳」稲垣潤一です。

まずはデータです。

・タイトル    1ダースの言い訳
・アーティスト  稲垣潤一
・作詞      秋元康
・作曲      林哲司
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1986年2月21日
・発売元     ファンハウス
・オリコン最高位 20位
・売上げ枚数  7.6万枚
・THE HITCHARTHOT30最高位 18位
・タイアップ:三洋電機「SANYO CDミニコン」CM曲

いやー、いい天気ですねぇ。こういう日は「出かけたいっ」って気分になるんだけど、なぜに家に閉じこもって「1曲セレクト」を書いてるんでしょう ワタシャ。
やっぱ、根っからの「出不精」なんでしょうかねぇ。

でもね、気分は良いんだよね。うん、前回書いたトモちゃんの「I'm proud」のアクセスが割といいんで
キライキライといいながら、やっぱ「小室系」サマサマというてころでしょうか・・・あー、天邪鬼。。。

しかしねぇ、こう気持ちよく晴れると、浮かんでくる曲っていうのもあるな・・・

・・・っつうことで、今回引っ張ってきた曲はこれ。

稲垣潤一「1ダースの言い訳」。

いやぁ、たださ、こう、ざざん・・・とタイトルを書いて、果たしてどの程度の方がこの曲を覚えていて下さっているかっつうのは、ちょっと不安だけど。

なんせ32年前の、しかもオリコン最高20位の曲だかんねぇ。今となっては死角に入っていて当然といえば当然なんだけどさ。

でもね、個人的にはこの曲好きだったんだよなぁ、当時。

それまでの稲垣氏には無かったようなメジャー系でよりポップな曲調で。 如何にも「春先」のカラッとした晴天の明るさを感じたりして。
使い古されたコトバで言えば、ウエストコーストの風を感じる様な。。。っていうのは、ちょっとオーバーか。。。

まあ、そのくらい春を感じた1曲だったんだよな。

80年代ってさ、まだ曲に季節感があったじゃない だから、当然今頃の時期には「春」・・・そうだね「春の陽光」を感じる曲ですね・・・も毎年あった。

例えば83年だったら、epoの「う・ふ・ふ・ふ」だったり、84年だったら河合奈保子の「微風のメロディー」だったり・・・。

で、86年はこの曲・・・だったんだよなぁ。 まあ、あくまでワタシの中での話だけどさ。
うん、この曲と、レベッカの「ガールズブラボー」・・・そそそ「フレンズ」のc/wでドラマ「ハーフポテトな俺たち」の主題歌だったあの曲。

いずれも、メジャー系でポップで、いかにも「春」の温度感を感じる気曲だったしさ。 ま、もっとも「ガールズブラボー」のリリースは「冬」だったけど・・・。

いずれにしろ、当時、個人的な気分にはピタッと嵌まったって言うかねぇ、リリースされてすぐにシングル買ったんだよな、この曲。 で、もうね、ヘビーローテーションで聴きまくってたなぁ。 この曲とチャゲアスの「モーニングムーン」。
この2曲を聴くと、「86年の今頃」になっちゃうんだよ、ワタシの脳みそは。。そのくらい聴いてたな。

たださ、あまりにも聴き過ぎで、食傷気味・・・いや、完璧に「食傷」してたりもするんだけども
うん、今この曲と「モーニングムーン」を聴くと、思わず胃もたれのような気分になるもの


この曲、作詞は「秋元」氏なんだよね。 当時を知らない方にとっては意外な関係に見えるかもしれないけどさ。
なんせ、昨今「アイドル」のプロデューサーって言う色合いの方が断然つよい秋元氏なんで。。。

でもまあ、稲垣氏と秋元氏と言えば、稲垣氏のブレイク曲となった「ドラマ・ティックレイン」(1982年)の詞が秋元氏だったわけで。 奇しくも秋元氏も、「ドラマディック・レイン」で作詞家としてブレイクしたわけで、言ってみれば切っても切れない関係だったんだよね。

そこに、当時一番の売れっ子だった、作曲家・林哲司氏が絡んでくるって言う図式・・・ってくれば、やっぱ菊池桃子さんを連想しちゃう訳なんだけども。

でも、桃子さんの1連の曲調は、ここまでカラッとしたポップさは無く、もっとウェットだったからさ。ぱっと聴き、両者の曲だとは分かんなかったんだよなぁ。 その辺はアレンジャーの萩田氏が上手く切り分けた感じだよなぁ。
まあ、内容が表面的で薄っぺらさを感じる歌詞は当時の秋元氏っぽいな・・・ってところだけど。。。



すっかり忘れられてるかもしれないけど、ドラムを叩きながら歌うっていうのが稲垣氏のスタイルだったんだよね。
いや、このスタイルが、当時、カッコ良かったんだよなぁ。

当時、ワタシも「ドラム」やってたんだけど、そのきっかけの一つは、ドラムをたたきながら歌うって言うこのスタイルに魅せられたって言うのも大きいんだよね。
まあ、ドラムやってたっていっても「我流」でやってたんで全然うまくないんだけど。。。


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ホワイトラビットからのメッセージ / 渡辺満里奈

1987_01_ホワイトラビットからのメッセージ_渡辺満里奈


今回の1曲セレクトは、「ホワイトラビットからのメッセージ」渡辺満里奈です。

まずはデータです。

・タイトル      ホワイトラビットからのメッセージ
・アーティスト    渡辺満里奈
・作詞        秋元康
・作曲        山川恵津子
・編曲        山川恵津子
・リリース日    1987年1月1日
・発売元      エピックソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   17.4万枚
・THE HITCHART HOT30 最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1987年1月12日〜2月2日付

前回は、「1月1日リリース」曲として、ずっと引っかかってた曲ということで、ジュリーの「背中まで45分」を書いたりしたんだけども、今回も同じような境遇の曲と言えるかなぁ。
 引っかかっていた・・・というよりも、「1月1日リリース」曲として、いつかは書かなきゃ行けんだろうなぁ・・・と思ってた曲ですね。

渡辺満里奈「ホワイトラビットからのメッセージ」。

この曲は、86年10月のソロデビュー曲「深呼吸して」に続く、第2弾シングルだったわけなんだけども。。
いつかは書かなきゃ行けんだろうなぁ・・・と思いつつも今まで書いて来なかった・・・ということは。。。。

そうなんですねぇ、個人的には引っかからなかったんですねぇ、この曲。
ま、ここでは前から書いているように、当時、おニャン子クラブに引っかからなかったからなぁ。ましてや、おニャン子からのソロ曲である、この曲に引っかかるはずも無く。。。

・・・・というのは表向きのはなしで、実際は、まともに聴いても無かったんだよな。

当時、おニャン子って、例のTBS VS フジテレビっていう、いわいる「各方面の折り合い」っていう「大人の事情」で「ザ・ベストテン」には一切出演してなかったからさあ。

「大人の事情」・・・まあ、今から考えれば子供の喧嘩のようなしょーがない事情なんだよ。
「業界人」ご用達サイト、「MUSIC MAN.NET」の「MUSIC MAN'S Reley」っていう、業界有名人をリレーして行くコラムの、当時夕ニャンのプロデューサーだった「石田弘」氏の回によると、オリコンではいつも1位だったのに、ザ・ベストテンでは、いつもベストテンの下の方だったから。そんなに出る必要はない・・・とのことだったらしい。

しょうもない事情だったんだよね。  おいおい、もっと大人になれよ・・・って感じで。

だったら、レコード売り上げだけじゃなく、有線なり、ラジオチャートなり、リクエストなり、他の要素を上げる努力しろよ・・・なんて、思っちゃったりするんだけどね。

まあ、30年前の事を今更どうのと言ったところで、それこそしょうがない話ではあるんだけども。。。

まあ、それはそうとして、当時、オリコンは定期購読で毎週読んではいたものの、心情的には「ザ・ベストテン」第一主義ってところがあったワタシなんで、ベストテンに出ないヒトの曲を聴いてもしゃーない・・・って思っていた向きもあったんだよな。

だから、このころのおニャン子の曲は聴いてなかったし、いまだによく分んなかったりするのよ。

まあ、そんなこともあって、「いつかは書かなきゃいけない」と思いつつも、今まで聴いても来なかったんだよな。
(ちなみに、ソロデビュー曲の「深呼吸して」は音源を持ってたりするwwww )

ちなみに、この曲オリコンでは「2週」1位と言う事になってるんだよな。 ま、もっとも初登場した週が、正月休みを挟んだ「2週集計」ということで、便宜的に2週1位と言う事になってるんだけどさ。
 でも、「初登場」だけしか売れない、おニャン子関係にあって、2週連続1位は、前年4月の新田恵理様の「恋のロープをほどかないで」以来と、比較的珍しい売れた方もしたし、渡辺満里奈としては、「一番売れた曲」になってたりもするんだけどさ。


・・・ということで、「ようつべ」を曲を聴いてみた。

なるほど、曲調的には、デビュー曲の「深呼吸して」の延長線にあるようなかんじだわな。いわいる「ハネ」系って言われるような。。。
 さすがに、「音楽」そのものを大事にしている「エピックソニー」からのリリースと言うだけあって、曲そのものはしっかりしてたりする。

例の「ニッポンの編曲者」によると、この曲は収録されていないけど、直近のアルバム「ever green」のには、涙が出るくらいの一流スタジオミュージシャンがレコーディングに参加していることになってる。

うん、バッキングを聴く限りでは、カラオケを聴いてるだけでも充分と思えたるかもしれない。

そんな一流の演奏を渡辺満里奈さんが台無しにして行く   うーん、いつかも全く同じような事を書いたけども、その通りなんだもの

兎に角、このヒト、ウタがねぇ・・・・。  

もし、当時、今の私の年齢でこの曲を聴いてたらバカ怒りしてたと思うわ。。うん、ウタに関しては全てが間違っているとしか思えないんで。。。
 
でも、可愛かったから許す・・・。 となっちゃうんだよな、きっと。 なんか、しっくりとは来ないんだけども。。。





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恋はくえすちょん / おニャン子クラブ

1986_11_恋はくえすちょん_おニャン子クラブ


今回の1曲セレクトは、「恋はくえすちょん」おニャン子クラブどぇす。

まずはデータどぇす。

・タイトル     恋はくえすちょん
・歌い手     おニャン子クラブ
・作詞       秋元康
・作曲       見岳章
・編曲       見岳章
・リリース日    1986年11月1日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   12.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1986年11月17日〜11月24日付
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「あんみつ姫」主題歌

今回の頭のコトバ使い、ふざけてんな〜。  
・・・・っつうのも、今回セレクトしてきたのが、「久々」の「おニャン子クラブ」だからだったりして

だからね、↑のデータも、いつもは「アーティスト」て書く所を「歌い手」にしちゃったりして

だってさあ、「アーティスト」って感じじゃないじゃ〜ん、おニャン子クラブ。よく見積もって「歌い手」だよねぇ〜・・
ってことで。。

で、もって、今回セレクトしてきたのが、「恋はくえすちょん」。

「おニャン子」としては6枚目のシングル。リリースが1986年11月だから、ちょうど「30年」なんだよな、あれから。。。。なんか信じらんないわ〜。昨日・・・・うんにゃ、一昨日って感じだもの。

しかしね、おニャン子の曲を書くときってタイミングが難しいんだよな。・・・・と言うのも、おニャン子関連って、ヒット期間が「瞬間風速」的に短かったじゃん。ま、発売週は売れるけど、2週目ともなるとぱったりと売れなくなる。
まあ、「今」と同じような売れ方だよな。

そんな風に書くと、今の若いコなんか、「ちゃ昔は、違った売れ方してたの?」とか「時代を先取りしてたんじゃない?」とか言われそうだけども、こういう売れ方はヒット曲とは呼べないよね。ま、発売週に瞬間風速的に売れるからオリコン1位なんてとってるけどさ。。。

 ちなみに、この曲の初登場週の売り上げが6.6万枚で、最終的に12.3万枚の累積だから、累積に占める1週目の売り上げ割合が53%。 
この曲なんかはまだ良かった方だけど、曲によっては60%、70%占めてたたもんね。
まあ、最近のAKBなんかは、1週目の売り上げ割り合いは、もっと酷いけど。。。。うむ、今は1週目・・・ぢゃなくて、「1日目」なんてことになってけど。。。

とにかくね、こういう瞬間風速的な売り上げ傾向、この頃から、オリコンでも賛否両論を展開されてきてたよなぁ。もう少し後だけど、「オリコン質問箱」っていうコーナーでは、当時の社長、小池聰行氏も、こういう売れ方については各人考えて欲しい・・・っていう感じで反対に読者に問いかけしてたしな。
(まあ、そう言う口ぶりからして、こういう瞬間風速的な売れ方が良しとは思っていなかったんだと思うが)

そんな瞬間風速的ヒットの陰、うんにゃヒットチャートをダメにする現場には、いつも秋元康氏が居る・・・ってわけだわな


とか書いたりするけど、正直、個人的には、既に「おニャン子」から卒業してたんだねぇ、「あーら、またやってるわ〜」ぐらいしか、売れ方に関しては思わなかったなぁ。
 それよか、そんな瞬間風速的な売れ方の曲が多くなってきた中、逆にロングヒットの兆しを見せていた、荻野目ちゃんの「六本木純情派」とか、きょんきょんの「木枯らしに抱かれて」の方が曲的には好きだったしな。

・・・というかね、この曲ねぇ、あまりにも「コドモ」っぽ過ぎさあ、聴いてて恥ずかしくなったもの。
少なくとも、当時高校生だったワタシが聴く曲じゃないよなぁ・・・・とかさ

だってさ、しょっぱなから ♪ く く く く くえすちょん〜 ♪ だぜ〜。。。。

思いっきり「アホか〜って言いたくなる世界だったもの。

まあ、「あんみつ姫」っていう子供むけ「アニメ」の主題歌だったこともありこうなったのかもしれんけど。。。。


しかしさ、客観的に見て、「アイドル」の曲って、この頃からまーったく変わってないよねぇ。そもそも、この曲、そこらへんのアイドルグループの今度の新曲・・・なんて言っても、まーったく疑わないような・・・・。

それが良いか悪いか・・・・っつたら、やっぱ悪いな。だってさ、30年も全く進化してない・・ってことじゃん。超保守的な世界。
 ま、確かに「ビジュアル」的には3次元から、2次元へ・・・ってところも含めて変わってきたんだろうけど、こと音楽的には全く変化がない超保守的な世界。 そんなところは「演歌」と変わらないんだよね。
演歌っていつの時代も同じような節回しの曲ばっかじゃん。それと同じ。

どうしてなんだろうねぇ、もっと個性的に、いろんなジャンルの音楽を取り入れて、いろんな曲調の曲があっても良いと思うんだけどねぇ、アイドルの曲も。

まあ、「音楽」的に実験的に、いろんな音楽をやろうって言うヒト・・・これは、アイドル自身も、曲を作る作家、出し手であるレコード会社を含めて・・・が居なくなっちゃったからだろうな。

考えてみれば、この曲がリリースされた86年・・・あたりの80年代後半以降、新たな職業作家ってそれほど出て来ていないんだよね。
80年代中盤くらいは毎年のように、新たな職業作家のヒトたちがブレイクして来ていたのに。 そのあたりもアイドルの曲に進化が見られない要因なんだろうな。

やっぱり新しい血が入って事無いと進化は期待できないもんね。 しかも「音楽」を知ってる新たなヒト。
・・となるとやっぱりミュージシャン。うん、ミュージシャンでなくても少なくとも(生)楽器を通して音楽を理解している様なヒトだよね。そそそ「生」楽器を通して・・・ってところが重要。コンピューター(DTM)だけぢゃだめなんだよね、音楽の「本質」の部分は見えないよね、コンピューターでは。

この時代、今考えると勿体ない位の一流ミュージシャンがアイドルの音楽に関わっていたじゃん。この曲だって、作曲と編曲はも見岳章氏。元一風堂ですわ。
おニャン子クラブに曲を提供とは勿体ない位だったよなぁ・・・。ま、もう一人のおニャン子のサウンドブレーン、後藤次利氏もそうだけどさ。

そんな「音楽」をよく知ってるヒトが関わってきてから、80年代のアイドルの曲は毎年進化してきてたんだよね。

ちなみに、レコーディングの時のスタジオミュージシャンすごかったんだよね、おニャン子も。
超一流のスタジオミュージシャンの演奏をおニャン子がダメにする・・・・と





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キスを止めないで / 小泉今日子

1987_11_キスを止めないで_小泉今日子


今回の1曲セレクトは、「キスを止めないで」小泉今日子です。

まずはデータです。

・タイトル    キスを止めないで
・アーティスト  小泉今日子
・作詞      秋元康
・作曲      野村義男
・編曲      米光亮
・リリース日   1987年10月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 12.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1987年11月2日〜11月23日付

ここのところは「秋」っぽい曲を中心に書いてきた1曲セレクトだけど、今回はまったく季節とは関係ない曲を持って来ますか。

きょんきょんの「キスを止めないで」。

いやー、でも、この曲覚えてる方ってどのくらい居りますかねぇ。1987年の丁度今頃、ヒットのピークだった曲なんだけども、何分、陰が薄い曲だからな。

・・・なんて思っているのはワタシだけかな  うむ、少なくともワタシは、この曲、当時あんまり「好み」ぢやなかったんだよね。だからそれほど熱心に聴いてなかったこともあり、今となっては、印象的に薄いんだよな。

 当時は大学受験の追い込み期ということもありーの、ほとんど受験には諦めを感じてたワタシでさえ、ヒット曲からは少し距離を置いてたからな。
 まあ、諦めてたと言っても、一応、「推薦」を取ってもらえたんで、そちらかばかりが気になっていた時期だったな、今頃は。(と言ってもその推薦さえ落ちちゃったんだから、よほどのダメダメボーイだったのだが。。。

いや、でも当時、大学受験だったっていうのは、言い訳かもしれないな。 そんな状況下でも、桑田氏の「悲しい気持ち」とか、当時大ヒットしてた、森川由加里の「SHOW ME」なんかは随分聴いてたしなぁ。

結局のところ、この曲、あんまり好みじゃなかったってことなんだろうな。

まずもって、イントロの「サウンド」からしてチープっぽい感じたんだよな。 なんか薄っぺらい音だったじゃん。
ちょっと間違えば、「デモテープ」 とか思えちゃうような。。
一応、ブラスなんかは生演奏なんだろうけど、打ちこみっぽいチープな音に感じたしね。そこからして、今一つ引っかからなかったんだよな、個人的には。

ま、一般的にもそんな感じだったのか、この曲売り上げも低調だったしな。一応オリコンで1位は獲得したものの・10万枚そこそこだったしね。ほとんどおニャン子のような売れ方だったんだよな。

そういえば、この曲、作詞が秋元氏だったんだっけ・・・。

ただ、詞に関して言えば、むしろ分かりやすかったような気がする。今に比べると全然ストレートだったし。
逆に、毒を感じない分、秋元氏の作詞っていうのが見えにくいかもしれないけど。。。

作曲は 元たのきんのヨッちゃんこと、野村義男氏

この組み合わせは、どこからどうひねり出しんだろ? みたいに、この組み合わせは少し話題になってましたけどね。

ま、野村のヨッちゃんについては、この曲の少し前にやってたオールナイトニッポン繋がりもあったし、秋元氏とも、同じくオールナイトから繋がりがあった(というか、それ以前に「なんてったってアイドル」も書いてたしな)わけで、だから、まったくの畑違いから組み合わさった・・・っていうわけぢゃなく、むしろ、当時のきよんきょん近辺のブレーンだった人たちで作られた曲だった訳なんだけどさ。

ただ、そんなキョンキョンブレーンだった人たちの曲が、個人的には引っかからなかった・・・ってことなんだよね単純に言えば。

やっぱり、ニューウェイヴの匂いが入ってきてたからなぁ、このころからのキョンキョンって。

いつも書いてるように、個人的には、当時、ニューウェイヴ系のサウンドって生理的にダメでねぇ、ちょっと引いてたところがあったんだよね。

 この曲の前の「スマイルアゲイン」からして、サウンド的にはそういう「気」があったんたけども、「スマイルアゲイン」も素直だったし分かりやすかったからなぁ。

でも、この曲は今一つ分かりにくかったんだよね。 ただ単に取っつきにくい・・・って言うのが前に来ちゃってたんだよな。



あれ? テレビのときはいつも「カラオケ」だったのに、こん時は、「生演奏」っぽいですね。
初めて聴いたような気がする。 音、厚くでいいじゃん。
そそそ、あの「カラオケ」が音がショボくて、個人的にダメだったんだよね。


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瞳に約束 / 渡辺美奈代

1986_07_瞳に約束_渡辺美奈代


今回の1曲セレクトは、「瞳に約束」渡辺美奈代です。

まずはデータでする。

・タイトル    瞳に約束
・アーティスト  渡辺美奈代
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1986年7月16日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 20.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年7月28日〜8月11日付

 本来なら、昨夜のうちに書きたかった1曲セレクトだけど、前回も書いたように疲労がピークでして、昨夜はとてもPCに向かう気にもなれず。。。。 早々に寝てしまったワタシですが、逆に早く目が覚めちまったんで、こんな時間に書いてたりします。。(現在午前6時前。。。。)   うーむ、やっぱ年取ったんだよな。以前だったら、休みの日は昼近くまで寝てた訳で、朝早く目が覚める・・・なんてさあ、考えられなかったもんなぁ。

・・・ということで、1曲セレクト。
 ここのところ、ちょこっとジャニーズ関係に偏っちゃったんで、今回は少し目先を変えて、おニャン子どえす。。。
なんか、あんまり目先のベクトルが変わんないけど。。。

渡辺美奈代「瞳に約束」

個人的には、渡辺美奈代の曲って、おニャン子時代よりも、作詞が秋元康氏ぢゃなくなってからの方が好きで、
例えば、ムーンライダースの鈴木慶一氏がプロデュースしてた頃の曲とかさ、そちらのめぼしい曲はこれまでも書いては来てたんだけどね。
今回は正攻法、まだ、おニャン子時代の、ソロデビュー曲ですわ。

おニャン子の頃の曲のこのヒトの曲をあんまり書いてこなかったのは、以前も書いたように86年4月以降、一転して「アンチ」おニャン子となった身としては、意識的におニャン子関係の曲を聴いてなかった・・・ってのもある。
けど、まあ、これはタテマエかなぁ。
 本音を言うと、この曲の少しあと、例のTBS vs フジテレビ って言うのがあっておニャン子関係がベストテンに出演しなくなったっていうのが大きんだよな。

中学生時代は、週末ラジオのベストテン番組をむさぼり聴いてたワタシだけど、高校に入ると、そんなラジオ熱もぱったりおさまってしまい、ウタの情報源は「ベストテン」頼りになっちゃってたからさあ。
 だから、ベストテンに出演しなかった、おニャン子関連の曲は、正直86年の夏を境に、ベストテン出演解禁となった87年の春まで、若干の曲以外はほとんど知らないんだわ

無論、平日部活をやってたんで、「夕ニャン」なぞ見る訳もなく。。。。

だからね、この曲くらいまでかなぁ。まともに聴いてたのは。 

悪い曲ではないと思った。逆に言えば、特段良い曲とも思わなかったんだけど。。。。

当時の基準から言えば、「最新」というサウンドではなくアナクロなんだよね。
イントロは60年代のベンチャーズ and G.S風エレキサウンドだし、メロディにしたって70年代フォークっぽかったしな。例えば「岬めぐり」とか・・・あの当たりのイメージ。

ただ、毒は無かったよね。 これまでも何回か書いてきたように、この頃になると、おニャン子から派生したソロとか、グループの曲って「毒気」がある曲があったからなぁ。

おニャン子関連としては、まともなくらいまともな「80年代アイドル」の曲だったよな。
簡単でキャッチーなメロディにフリフリ衣装、全くの正攻法。

ま、だからよかったんだけどさ。安心感があったじゃん。 また、イロモノかよ・・・なんて構える必要もなかったわけで。
曲を聴くときって結構いろいろ考えながて聴く事って多いんだよね。少なくとも生理的にツマンねぇとか、フィットするとか・・・は感じるじゃん。 それに加えて面白いメロディだなとか、これは新鮮だよなとか、直感で感じるわけじゃん。そこから政治的な事とか、世論的な事とか、これはどのくらい売れそう・・・とかいろいろ考えちゃったりするんだけどさ。

 この曲は、聴いててなーんも考えなかった。 ・・・というか考えられなかった・・・というか。 そう言う安心感はあったんだよな。

とりあえず、耳に入ってくる「歌詞」から浮かんでくる情景をそのまま追っていくだけで良し・・・というかね。

例えば ♪ 夏の終わりの草原 今 あなたと二人きり〜 ♪ とか♪ 淡いブルーのサマーセーター〜 ♪ とか、そのまま浮かんでくるシチュエーションを追っていけば間違いないわけじゃん。
聴いてて楽なんですよね。

反面、政治的な事とか、世論の事とか、男女の深い人間関係とか、歌詞の行間から感じることはあんまりなかった訳で、その分曲に深みはなかったよね。表面的なお気楽さ・・・ということが第一で。

おニャン子関連の曲の功罪っていろいろあると思うんだけど、一番の「罪」は、こんな感じで「深み」のある曲を、少なくともヒットチャート上から無くした事だろうな。
それは、おニャン子だけでなく、特に80年代後半以降のアイドル曲全般に言える事なんだけどさ。
まあ、アイドルの曲にそこまで求めるってのも酷な話かもしれないけど。。。。



スミマセン、音がめちゃくちゃ悪いデス。。。。
でも、ウタよりも美奈代さん自身が映ってればいいんだよね、アイドルの曲は。
ハイ、ポニーテールな美奈代さんでした。  くっそ〜かわいいやんけ。
丁度30年前。 このヒト、1969生まれでワタシと同い年なんだよな。
当時17才になる直前ですね。

で、もってあれから30年。



未だにこの曲を歌ってる 46才の美奈代女史でした。。。
・・・つか、これは、先日のデビュー30周年ライブの映像ですな。
きっと、手前で「美奈代コール」を送ってる輩は、ワタシと同年代・・・のはず。。。

うーむ、あんまり変わってない・・・なんて思ってたけど、こう比較してみると、やっぱり30年の月日の流れは大きいかなぁ。
まあ、同い年でももっと「おばちゃん」になっちゃったヒトはいっぱいいるけど。。。。(爆)

それよりも30年もよくやってきたよなぁ。その間出て来ては消えてったアイドルは数知れず。
少なくとも↑の17才の時点で、この後30年もゲーノー界に残っているなんて全く考えても無かったよな。


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麦わらでダンス / 生稲晃子

1988_07_麦わらでダンス_生稲晃子


今回の1曲セレクトは、「麦わらでダンス」生稲晃子です。

まずはデータです。

・タイトル     麦わらでダンス
・アーティスト   生稲晃子
・作詞       秋元康
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1988年5月21日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数 7.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「ついでにとんちんかん」主題歌

まあ、なんて暑い1日だったんでしょうねぇ。特に行くところも無かった日曜日だったんで、今日は1日クーラー三昧でしたわ。
去年までは電気代がかかるのが嫌で、極力クーラーかけないでいたんだけど、去年の秋口にクーラーを交換して、昨年までよりは機種が新しくなった分電気代かかんないだろう・・・なんてことで、今年は早くもクーラー頼みになっちまいましたわ。 電気代の請求が怖い。。。

さてさて、1曲セレクトも、ここ暫く70年代を多く書いてきたんで、今回は80年代「アイドル」でも持って来ましょうかね。

生稲晃子「麦わらでダンス」。

タイトルからして、ナッツ〜 って感じでいかにも、この暑い季節の曲だよなぁ〜・・・・なんてイメージがあるんだけども、この曲実際は、リリースが5月だったんだねぇ。

いや、確か、今頃だったよな・・・なんて、ワタシ自身思いこんでたんだけどさ。 で、今回書くに当たって、確認してみたら、リリースは5月21日だったわ。。 なんで、実際、今頃はすでにヒットのピークは過ぎていたんだよね。

でも、まあ、セレクトしちゃったんで、一応、書きますかねぇ。

いや、ワタシも勘違いしてたのは、この曲、オリコンでは、一応ベストテン入りした(最高8位)けど、「ザ・ベストテン」では、ベストテン入りしなかったんだよね。
 でも、この年88年限り行ってた「月間ベストテン」では、6月にベストテン入りしてたんだよなぁ。 で、月間ベストテンは、毎月、月末木曜にやってたんで、どうも、今頃のヒットだったっていうイメージが付いちゃってたみたいだなぁ。

まあ、以前も何回か書いたように、この年88年は、記録的な冷夏でずっと涼しかったから、「夏っぽい」タイトルのこの曲も、どうもタイトル負けしてた様なイメージもあったんだけどさ。

曲調は、タイトル通り、夏っぽいイメージのメジャー系アッパーチューンだったじゃん。匂いからして「夏」の匂いがしてたけどさ、実際は、気候的にそうじゃなかったからさあ、どうも浮いちゃってた様な感じがしたりしたな。

これが、この2年後の1990年のような猛暑な年だったら、またイメージも違ってたんだろうけどな。

曲的には悪い曲ではないとは思った。元おニャン子からのソロ曲としては佳曲な部類に入ったんじゃないのかな。 おニャン子の曲って、曲によっては退屈な曲もあったからな。
でも、このヒトのキャラクターにもあってたと思うし、退屈さは感じ無かった1曲ではあった。

だけども、個人的には、この曲の音源ずっと持ってなかったんだよな。いつかは音源手に入れようとは思ってはいたんだけど、反面、おニャン子関係はもういい・・・っていう気持ちも半分あったからな当時。
でも、今は、なぜか手元に音源がある・・・。ただ、どころから手に入れたのかは全然覚えてないんだよな。

おニャン子関係はもういい・・って書いたけど、本音のところではおニャン子だけではなく、80年代アイドルは全般的にもう良い・・・っていう気分にもなっていたってのもあるな、当時は。

ま、80年代アイドルの中でも、「A級」と呼ばれていたヒト達は、この88年頃になると確実に変化を見せていたし、だから、厳密に言えば、通常いわれる80年代アイドルから脱皮しつつあったけどさ。
でも、依然として、それまでの「80年代型アイドル」からの変化を感じられ無かった人たちの方が多かった訳で、そう言うヒト達はもういい・・・っていう気分だった・・・って言うのが正解なんだけどね。

88年時点で、それまでの「80年代型アイドル」から変化を見せなかった人たちって、ほとんどが当時のアイドルオタク様ご用達のような存在だった訳でさ。
いわいる当時急速に進んだアイドルオタク様ご用達・・のような曲は、もういいわ・・・って言う気分だったんだよね。

この曲も正直言えば、そういう対象な感じの曲ではあったんですよ、ワタシの中では。
だから、当時音源を揃えるのには待ったをかけていたんだけと思う。

曲を聴く・・というよりは、アイドルのキャラクターを楽しむ・・・って感じになりつつあったでしょ、当時のアイドルオタクご用達な曲は。 そこからは切り離れたいと思うようになってたんだよね。
オリコンもアイドルお宅様に占領され、ランキング情報誌と言うよりは、アイドル誌になっちゃったことにも憤っていたこともあるし。
あくまでワタシが追いかけたいのは、ある一部分のオタク様ご用達な曲じゃなくて、「大衆」音楽だからさあ。
それは、あれから28年経った今でも変わらないな。

ただね、キャラクターとして生稲晃子ってヒトはキライではなかったんだけどさ。
このヒト、当時ワタシが好きだったコに似てるんだよなぁ。髪の毛をアップにしたり、ポニーテールにするとホント良く似ててさぁ。 雑誌の表紙とか、グラビアにこのヒトが出てくると、ドキッとしたもんだよなぁ。
 ちなみに、生稲さん自身は、私より1つ年上なんだけどね。




ダンスは、まずまずよかったけど、ウタ(歌唱力)は、やっぱね。。。。。。
だけど、この時の生稲さん、横顔が所々、中村由真っぽいなぁ。
もうちょっとポチャッとしてたイメージがあったんだけど。。。。


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あじさい橋 / 城之内早苗

1986_06_あじさい橋_城之内早苗


今回の1曲セレクトは、「あじさい橋」城之内早苗です。

まずはデータです。

・タイトル     あじさい橋
・アーティスト   城之内早苗
・作詞       秋元康
・作曲       見岳章
・編曲       見岳章
・リリース日    1986年6月11日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   15.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1986年6月23日〜6月30日付

この間、ここんところアイドル続きだったんで・・・ってことでロック系な曲を暫く書こうと思ってたんだけど、つい挫折しちゃいましたわ。。。 今回もアイドルの曲です。
まあ、アイドルと言っても、ちょこっと「?」が付きそうな曲ではあるんだけど。。。

城之内早苗 「あじさい橋」

城之内早苗さん、今でも現役ですねぇ。現役の「演歌」歌手ですねぇ。。
でも、アイドルなんですよね。

・・・・なんて白々しく書いたりして。。。 はっきり「おニャン子」でした・・・って書けよ・・・って事なんだけど

まあ、そんな事わざわざ書かなくても、ココ読んでくださって要る方には、百も承知の事実ですわね。

うむ、おニャン子だけど、「演歌」でソロデヒューしました・・・っちゅうわけで、AKBの岩佐美咲さんと全く同じだったわけですわ。

違うのは、この曲がオリコン1位を獲得していることだろうなぁ。しかも初登場1位。 うむ、演歌界初めての初登場1位・・・なんて騒がれてましたな、当時。
 でもねぇ、正確に言えば、「反則」なんだけどさ。 だって、曲は演歌っぽいかもしれないけど、あくまで「おニャン子」だったわけで。。。。

うむ、もっと正確に言えば、上で書いたように「演歌っぽい」曲ではあったものの、本当に演歌なの? って言う感じの「歌謡曲」なんだよね。
 時代が80年代も中盤だったから「演歌」で通じちゃったんだろうけど、これが70年代の前半だたら、おそらく「歌謡ポップス」に入れられていただろう・・・・って感じなんだよね。
 
例えば、森昌子の「せんせい」とか、小柳ルミ子の「わたしの城下町」とか、こんな感じだったわけじゃん。

だからさ、「演歌初の〜」っていう冠がつくのは、なんか違うよなぁ・・・っとは、当時も思ってたなぁ。

まあ、その前に、以前も書いたように、1986年4月以降、おニャン子は、今のAKBグループ同様、音楽業界をダメにする仮想敵のように思ってたからさあ、正直言うと、ヒット当時はまともに聴いても無かったんだけどね。

なんとか聴けるようになったは、おニャン子が解散した後、1988年にベスト的アルバム「家宝」を買ってからかなぁ。
 
だからね、この曲を聴くと、1986年というよりも、1988年の匂いがするんだよな個人的には。

でも、やっぱり当時の時代感と、この曲がもってる匂いにズレを感じちゃったりしてね。
だって、どう聴いても、この曲、70年代前半なんだよなぁ。色合い的にも、曲の雰囲気も。80年代というには古臭すぎるっていうか。。。。
 上で書いた、デビュー当時の森昌子的な匂いなんだよなぁ。だから、曲として評価のしようが無いって感じたのが正直なところだったかもしれないな。

ちなみに、この曲と全く同じ、作詞 秋元康  作曲 見岳章 っていう布陣で、この2年半後、美空ひばりの不朽の名作、「川の流れのように」を作ることになるって言うのは、この時点では、全く考えても無かったわけだけどさ。

 そーいえば、「私は里歌ちゃん」ちゃんなんていう、ヒット曲界に超ド級の「バクダン」を落としたのも、この2人だった。。。。。。。

なんだ、このギャップはwwwwwwww




それにしても、あれから丁度30年、まさか、本格的演歌歌手として、今も現役で歌っている・・・なんてことは、当時は考えても無かったけどな。
たしかに、おニャン子の中では歌はしっかりしていたし、コブシも廻せてたけど、それと、「プロ」の演歌歌手として通用するのか・・・ってのは、また別の話だしさ。

ちなみに、このシングルのB面が、「おニャン子クラブのあぶな〜い捕り物帖」って、タイトル通り今となっては「あぶない」曲だったんだけど、そっちが人気だったんだよな当時は。
オリコン1位とれたのは、そのおかげだった・・・ってところが強かったかもな。。。


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おっとCHIKAN! / おニャン子クラブ

1986_04_おっとCHIKAN_おニャン子クラブ








今回の1曲セレクトは、「おっとCHIKAN!」おニャン子クラブです。

まずはデータです。

・タイトル      おっとCHIKAN!
・アーティスト    おニャン子クラブ
・作詞        秋元康
・作曲        長沢ヒロ
・編曲        山川恵津子
・リリース日    1986年4月21日
・発売元       キャニオン
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    20.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年5月5日〜5月12日付

最近アイドルの曲ばっか書いてるなぁ・・・・と自分でも分かってはいるんだけど、今回もアイドルの曲をセレクトしてきてしまいました。。。

おニャン子クラブ 「おっとCHIKAN!」

おニャン子クラブは、ワタシの青春と被っているんだぁ〜・・・・とか、この間アルフィーの「君が通り過ぎたあとに」を書いた時、誇らしげに書いてしまった・・・・ような気がするんだけど、ま、確かにね、最初のうちは、おニャン子も肯定派だったんだけど、それは1986年3月までの事なんだよね。

 うん、中島美春が卒業して、正直言って、ワタシの中のおニャン子は終わっていたのよ、実際的には。その後は、ひたすらウザイだけの存在になったんだよな。

 その発端が、4月1日にリリースされたニャンギラスの「私は里歌ちゃん」でありね。はっきり言って、この曲の存在は、それまで積み上げてきた80年代アイドルの「歴史」を一瞬のうちに壊すのに十分なくらい、酷い曲だったしさあ。だから、個人的には「1986年4月1日」には爆弾が落ちた・・・と言ってる訳なんだけども、しかも、そんな曲がオリコン1位を取ってしまう・・・なんていう、ヒットチャート1位が、1位という権威すら失墜させるのに十分だった訳でさ。

ま、そんなこともあり、一転して、おニャン子否定派に回った訳なんですわ。

そんな否定派に回った頃にリリースされた、この曲「おっとCHIKAN!」なわけですが、そんな感じで頭から否定して聴いていた訳なんで、当然、曲が良く聴こえる訳もなく・・・って感じだったな。

そうじゃなくても、正直、「セーラー服〜」から続いた、女子高生ネタっていうのも、なんかウソっぽく感じてきちゃったしな。

ウソっぽく感じてきた・・・っていうのは、この曲からメインボーカルから新田恵理が外れ、もちろん中島美春は卒業して抜けた訳だから、その代わりに、城之内早苗、横田睦美、永田ルリ子がメインボーカルとなり、それまでの福永規恵、内海和子とあわせて5人のメインボーカルとなったものの、なんか実態が感じられなくなったんだよな。上で書いた、ウソっぽく感じたのは、そんな実際を感じなかったからなんだろうな。

 そもそも、この曲については、最初のサビの部分から、ソロパートよりも、「その他大勢」で歌っていたパートのほうが多いしな。 なんのためのメインボーカル・・・ま、今風に言えば「センター」ですよ・・・なのかが良く分かんない曲でもあるんだけどさ。

ちなみに、この曲、タイトルにもあるように「痴漢」について歌った訳なんだけどさ、うん、真面目で気弱そうな男子が、「小悪魔」女子高生に「痴漢」にでっちあげられてしまった・・・っつう内容ですわな。

wikipediaによると、30年前の当時は痴漢行為は微罪で済まされていたが、昨今は厳罰化されたのに伴い、最近は、この曲はほとんど「放送禁止」扱いになっているとのことで、テレビラジオじゃ、多分聴けない曲に成り下がったようですね。

流石は秋元康大人。 今も昔も「罪」なウタを作ってらっしゃる。 



 

テレビラジオでは放送禁止扱いになってらっしゃる・・・との事だけど、動画の世界では「放送禁止」じゃないらしい。。。まあ、動画は「放送」じゃねーし。。。っていう理屈だわな。

でも流石にバツが悪いのか、コメントは出来なくなってたりするけど、この動画。



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【キニナル曲】サイレントマジョリティー / 欅坂46

2016_04_サイレントマジョリティ_欅坂46











・タイトル      サイレントマジョリティー
・アーティスト    欅坂46
・作詞        秋元康
・作曲        バグペア
・編曲        久下真音
・リリース日     2016年4月6日
・発売元       ソニーミュージックレコーズ
・タイアップ:ストライプ・インターナショナル「メチャカリ」CM曲

へぇ、これが「噂」の欅坂46のデビュー曲ですか。
まあ、「大人」のワタシが聴くような曲ではないですが、いいんじゃないですかねぇ。とりあえずは「受けてる」見たいだし。。。・・・というのが、率直な感想かなぁ。
 音楽的にどうだ・・・なんて言う曲ではないですよね。例えば、AKBグループとの違いは? 乃木坂との違いは? ・・・と言ったときに音楽的な大きな違いは見られないし、そう考えると、なんで新しいグループをつくる必要があるの? なんて事を思ったりもするんだよな。

・・・なんて、そう書くと、恐らくこのヒトたちのファンからはクレームが来たりするんだろうけど、オジさん的にみれば、そう思ったりもするんだよね。
 だってさ、こういろいろグループがあったりするけど、それぞれのグループのパーソナルな色があるからこそ、それぞれのグループの意味がある訳でさ。

まあ、強いて言えば、このコたちの声質が、他のグループとはちょっと違った色があるな・・・ってことですかね。
この年代のアイドルグループってさあ、ユニゾン゛て歌わせると声質がほとんど同じなんですよ。
 これは、昔っからそう。 今に始まった事じゃなくて、おニャン子の時代からほとんど変わらない。 そこにアイドルの進化って言うのが見られない訳で、個人的にグループのアイドルに興味がわかないのはそこなんだよな。

 でも、このコたちは、それまでのアイドルグループとはユニゾンでの声質が違うな・・ってところは感じた。

ただ、それが、今回はマイナーな曲だからかどうか・・・っていうのは分からないけど。。。


でもさあ、単純に思うけど、なぜに、この子たちの「一団」って、一様に作詞が秋元康氏なんだろう? なんて思っちゃったりするんだけどねぇ。

 ・・・あ、これも突っ込まれるところですかね? 

プロデューサーだから・・・っていうのは、あまりにも短絡過ぎると思うし、プロデューサーだったら、別の作詞者を引っ張ってきて、育てるっていのうも仕事の一つだと思うんだよな。

この一団に、音楽的な個性が見られないのは、なにも作曲者が似たような人たちだから・・・だけではなく、作詞者も、同じだったら、やっぱり似たような曲になるもんなんだよね。

 ヒトは、各々、一つのメロディしか持たない・・・なんて言われるんだけどさ、それはコトバも同じで、実際使ってる単語は作品によって違っても、それを文章にした時のリズム感っていうのは、一つしかないんですよ。

 だから、太宰は太宰だし、芥川は芥川って作品が分かる訳じゃないですか。

それと同じで、秋元氏が一人で書いてるならば、秋元氏の色になっちゃう訳ですよ、それぞれの楽曲が。

そこがねぇ、個人的にはつまんない。

加えて、最近の秋元氏の詞風って、なんか説教臭いんだよな。コドモ向けのきょくなのに、こんなに説教臭くていいんでしょうかねぇ。
 この曲なんてさあ、「大人」のワタシからみれば、「何様?」なんて感じる歌詞だったりしますわ 

ともかく、聴いててすっきりしない曲ではありますね。





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