かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

田村英里子

真剣 / 田村英里子

1989_09_真剣_田村英里子


今回の1曲セレクトは、「真剣」田村英里子です。

まずデータですよん。

・タイトル    真剣
・アーティスト  田村英里子 
・作詞       松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      新川博
・リリース日  1989年9月6日
・発売元    東芝EMI
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  5.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位

ここ暫くロック・ニューミュージック系の曲が続いたんで、今回の1曲セレクトは、久々に「アイドル」と行きましょうかねぇ。 

田村英里子「真剣」。

「真剣」と書いて「ホンキ」と読ませる。まあ、松本隆氏らしいタイトルですわな。

田村英里子さん、まあ、今までも何曲か書いてきたんだけど、1989年デビュー組のアイドルですな。
89年と言うと、「平成元年」。
そそそ、「昭和」から「平成」に変わった年ですわ。89年1月6日までは、「昭和64年」、1月7日から「平成元年」に変わったんだよね。

・・・・なんてことはどうでもいい事で。。。。

でも、「平成元年」も、一応「80年代」である事には違いないんだよね。 「平成」って90年代以降っていうイメージが強いけどさ。

だから、田村英里子さんも、「一応」は「80年代アイドル」って事になる訳ですわ。

でもね、実際のところ、あの時代を過ごした感覚で言えば、昭和から平成に変わった途端、時代のカラーが変わったような・・・そんな感覚だったんだよな。

それは、ヒット曲界でも言えた事で、前年から熱を帯びてきたバンドブームが本格的にヒットチャートに反映されたのが「平成元年」でしたからね。そそそ、「ロック」が時代を引っ張る・・・そんな時代に入ったんだよね。
 逆にアイドルは下火傾向にあった年ですね。 まあ、Winkが新たにブレイクし、アイドルも「意地」を見せたかのようにも見えたけど、全体的に言えば、いわいる当時の「アイドル四天皇」と呼ばれてたヒト達は、工藤静香以外は軒並み、人気も右肩下がりでしたからねぇ。

80年代も「終盤」となり、いわいる「80年代アイドル」っていうフォーマットもひと時代前のモノになったってことですね。

そんな時代にデビューした田村英里子さんですが、正直言って、まだまだ80年代型アイドルを引きずったような感じでしたよね。

まあ、デビュー曲の「ロコモーション・ドリーム」は、サウンドクリエーターに小林武史氏を迎え、ちょっと今までの80年代アイドルとは違うぞ・・・っていう感触もあったんだけどさ。

そんな流れで、第3弾シングルの「真剣」ですわ。

この曲、 作詞・松本隆、作曲・筒美京平 ・・・・っていう、これ以上ない「ゴールデンコンビ」。
勝負してんな・・・っていうのが良く分かったりしてね。
まあ、この年の年末に向けての「賞レース」用の曲なんだろうな・・・っていうのもミエミエだったりしてね。

うん、確かに、最高のゴールデンコンビだけあって、「外れ」曲ではないと思った。
まずもって、曲の焦点がきっちりしてるしね。サビが分かりやすくキャッチー。コトバもメロディもがっちりと引っかかって来るような・・・。
いかにもシングル向けの曲だよなぁ・・・っていのうは、最初にこの曲を聴いた時から感じたよなぁ。

でもね、80年代中盤くらいまでなら、これでも全然OKと思ったと思う。。。

・・・・けどね、この曲に限っては、どこかしっくりこないものを感じたんだよなぁ。

当時は、良く分かんなかったんだけど、今振り返ってみると、時代とのギャップだったんだろうな。

「昭和」と「平成」との時代性のギャップ。

単なる時間の流れなんでけど、それでも目に見えないような違いってあるんだよね。 まあ、「時代性」っていうメチャクチャ曖昧なコトバなんだけど、これは実際に、あの時代に感じた人しか分からない「感覚」なんで、ウマくコトバでは現わせないんだけどさ。

つまりね、確かにまだ「昭和」だった80年代中盤頃は、時代の寵児だった、松本−筒美っていうコンビも、平成の時代になって、ちょっと時代とはずれて来てたんじゃなのかなぁ・・・っていうギャップを感じたんだよね。

ロック系では、TMが流行り、イカ天系が台頭し、X(X-JAPAN)がブレイク・・・ということで、新時代の幕開けと共に新たな展開が始まっていたのに比べると、どうもアナクロだよな・・・って言う感じは拭えなかったんだよね。

この曲で感じるのは、そんな時代とのギャップだったりするんだよなぁ。
まあ、その辺りは、この曲の売り上げにも出て来ているんだろうしな。
もう少し前・・・少なくともおニャン子以前だったら、もっと売れてもおかしくないような出来だったと思うしね。

そう言う意味では、 そんな時代にデビューしてしまった、田村さんもシンドかっただろうなぁ・・・なんて思ったりしてね。





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誘惑のチャチャ / 田村英里子

誘惑のチャチャ_田村英里子






今回の1曲セレクトは、「誘惑のチャチャ」田村英里子です。

 まずはデータです。

・タイトル    誘惑のチャチャ
・アーティスト  田村英里子
・作詞      森雪之丞
・作曲      辻畑鉄也
・編曲      荻田光雄
・リリース日   1991年10月9日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数   2.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 23位

 前回の「ギンギラギンにさりげなく」では書きすぎて長文になっちゃったんで、今回はいきなり本題に入っちゃおうかな。

 田村英里子の「誘惑のチャチャ」

 この曲、今までも、書こう書こう・・・と思っているうちに時間が経っちゃったな。ヒット時期を過ぎないうちに書いときましょう。

 何分、ランクインしてた期間がめっちゃ短いもんで・・・。オリコンのベスト100に3週間しかランクインしてなかったの、この曲。
 ロングヒットが多かった1991年にしては、最高18位だったのに、異例な短さだよなぁ・・。

 まあ、それだけ、あの年は「アイドル冬の時代」だったって言えるんだけどね。

 でもさ、ワタシ、この曲好きなんだ。エロっぽいじゃん。あの清純派アイドルだった、田村英里子も、売れなくなったら、こうなっちゃうのね。。。。って想わせる様な曲。

 のっけから ♪やめて アンアンアン 誘惑のチャ〜チャ ♪ よ。

 これは、正直言って、まったく想定外な流れの曲だったよなぁ。森雪之丞氏も、気合入ったでしょう。こういう路線で行くと決まった時は。

 たださ、あの当時の田村英里子ぢゃ、ちょっと艶っぽさが、もうちょっとだったかな・・・とくに♪アンアンアン〜♪ の所は。

 それでも、充分だったのです、当時は。「夜食」のおかずになりました。ふらふらあせあせ(飛び散る汗)ダッシュ(走り出す様)衝撃


 詞だけじゃなくて、マイナー系のラテン調のサウンドが、これまた、意外とやらしいんだよね、雰囲気が。
 昭和40年代のキャバレーexclamation & question って感じで。(というアンタは行ったことあんのか・・・ってとこだけど。。。)

 プラス、ジャケ写も胸の辺りに目が行っちゃう感じじゃん。あらら、意外と谷間が大っきいんだな。。。なんてダッシュ(走り出す様)衝撃

 
 しかし、なして、こんな曲調の曲を歌うことになってしまったのか・・・っていうのも、ちょっと謎なんだけどさ。

 この、つい1年前まで、清純お嬢さん路線だったぢゃないですか。
 松田聖子なきあとのサンミュージックの「期待の星」だったぢゃないですか。


 うーん、やっぱ、ゲーノー界、売れなくなったら、あっちに売っとばしちゃうんだぞ〜・・・。

 なんて、「見せしめ」的な発想なのかなぁ。


 そんな、アイドル「晩年」の田村英里子さんですが、何年も見かけなくなったななんて思ってたら、いまや、ロスでセレブ生活だそうで・・・。
 しかし、アイドル失敗の後、ロスに渡って成功なんて、うーん、人間の人生なんてわかんないもんだな。。。




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リバーシブル / 田村英里子

1990_07_リバーシブル_田村英里子







今回の1曲セレクトは、「リバーシブル」田村英里子です。

まずはデータでーす。

・タイトル      リバーシブル
・アーティスト    田村英里子
・作詞        平松愛理
・作曲        平松愛理
・編曲        井上鑑
・リリース日     1990年7月18日
・発売元       東芝EMI
・オリコン最高位   10位
・売上げ枚数     4.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位16位

 さきほども書いたように、やっと夏っぽい気候になったおかげで、夏っぽい曲をセレクトしても違和感を感じなくなったんで、今回も清涼感漂う、夏っぽい曲を一つ。

 田村英里子 「リバーシブル」

 田村英里子さんねぇ・・・。89年デビューの松田聖子が去ったあとの「サンミュージック」を背負って立つ・・と期待されながらデビューしたわけだけど、結局のところ、それほど大きな成果を残せないまま、消えていったアイドルでしたねぇ。

 まあ、時代はアイドルからバンドブームへという変化の波が大きくうねっている頃デビューという「不運」というのもあったわけだけどね。
 「正統派アイドル」時代完全にアナクロで、いわいるアイドルは、バラドルに変化してたりもしてた時代だし。

 このヒトの場合、曲は決して悪くはなかったと思うんですよ。本当の「正統派」アイドルだったと思う。まあ、それが時代遅れといえば時代遅れだったんだけどさ。
 
 結果的には10万枚以上セールスした曲は1枚もなし。ベストテン入りがギリという状況でしたね。
 ま、あの時代、アイドルで「ベストテン入り」できてた時点で「トップアイドル」という程度のものだったんだけどね。アイドルというものも。。。、

 さてさて、この「リバーシブル」は、そんな田村英里子の中でも個人的には一番好きだな。

 もーね、一言「清楚」でしょイメージが。 当初、茨城のオネーチャンっていう雰囲気だったのが、このころは「お嬢様」っていう雰囲気に変わってたし、お嬢様には、やっぱり、平松愛理が一番ハマるんだよね。

 だから、この作家の起用は個人的には正解だったと思う。イメージ的にはまっているもの。

 イメージは清楚。サウンドは、いかにも夏の暑さの中のいっ服の清涼感っていうのかなぁ。汗をドバッとかいた時、一瞬駆け抜けるようなさわやかな風が、かいた汗を冷ましてくれるような清涼感っていうのかなぁ。

 いかにも夏の暑い盛りに聴きたくなるような曲。

 ♪夏のスコール〜 ♪ からのサビは気持ちいいよね。なんのてらいもないメロディラインで、気持ちが落ち着く。

 それに比べて、サビまでのメロディラインは、ちょっと分かりにくい。 なんか、もそもそしてるし。。
特にサビ前の
 ♪Shockよりもさきに 会釈をしたのよ〜 ♪
のところは、メロディとコードがシンクロしてなくて、これって採譜間違えたんでねーか・・・と思っちゃうくらい・・・。

 要は、どうも、サビまでとサビからの繋がりがイマイチ不自然なんだよね。別の曲に聴こえちゃう。

  う〜ん、完全に「サビ」からの曲だと思いますね。 それだけ、サビからのメロディラインはいいと思いますよ〜。

 作詞・作曲は、まだブレイクしていなかった頃の平松愛理さん。 平松さんが「部屋とYシャツと私」で大ブレイクするのが、この2年後。それを考えると起用した方は先見の明がありましたね。。

・・・・と書きたいところなんだけど、実はこの「リバーシブル」がリリースされた頃は、「部屋とYシャツと私」はすでにリリースされていて(つまりはヒットするまで2年要した)、業界の間では、次のブレイクはこのヒトって密かに言われてたんだよね。

 
 まあ、なんやかんや細かい事を抜いても、この曲は、この季節に聴くのが最高にいいんだけどね〜。

 これが8月に入るとイメージがずれる。 7月のこの時期に聴くからいいんだよね。

夏って不思議な季節で、同じ夏でも7月と8月じゃイメージが変わると思いませんか?
7月って梅雨も明けて間もない頃からなのか、緑がまぶしいみずみずしい、フレッシュな感じがするんだよね。それが、8月には入ると、途端にギラギラした太陽が・・・っていうイメージになる。

この曲は、完全に前者の「みずみずしい」・・・って言うイメージだからさあ、8月のギラギラした太陽の下で・・・って感じじゃないんだよなぁ。
そんな、超季節限定なイメージの曲でもあったりするんだよね。

そう考えると、売上げ枚数4.2万枚っていうのも頷けるのかなぁ。。。。


関係ないけど、ワタシ今の今まで、このヒトの名前「田村英理子」だとばっか思ってた。。。

さっき資料さがしに↑でネット検索したら何もでてこなくて確認しちゃいましたよ。。

 だから、ランキングをはじめ、ワタシが今まで書いたものは全部「田村英理子」になってたりする。。。。
 完璧な誤字やね。。。。。失礼しました。。。




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ロコモーション・ドリーム / 田村英里子

1989_03_ロコモーション・ドリーム_田村英里子







今回の1曲セレクトは、「ロコモーション・ドリーム」田村英里子です。

 まずはデータです。

・タイトル     ロコモーション・ドリーム
・アーティスト  田村英里子
・作詞       田口俊
・作曲       筒美京平
・編曲       小林武史
・リリース日   1989年3月15日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数   3.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 15位

 ヒット当時は、なんとも思わなかったんだけど、後々になって、「むむむ、この曲は、あのヒトが作ってたのか・・・」って思うことって、結構あるよね。
 しかも、今、時代の寵児になっているようなヒトが、これが、全く想像もつかないような曲に関わってたりしたのを発見したりするのって、これまた、面白い曲の聴き方だよね。

 今日は、そんな曲を引っ張って来たりして見たりして。。

 ロコモーション・ドリーム  /田村英里子

 うん、松田聖子が独立した後、酒井法子とサンミュージックを引っ張るべく存在だった、田村英里子のデビュー曲ですわね。

 作詞は、田口俊氏。当時、主に南野陽子なんかの曲で売り出し中だった方ですね。

 作曲は、筒美京平氏。 田口−筒美 っていう作家コンビの曲ってのも珍しい組み合わせだな。
 まあ、筒美氏に作曲してもらうっていうのは、当時のアイドルとしては、一種のステータスだったからね。
 それだけ、サンミュージックも期待してたってことでしょう。

 それより何より、この曲のアレンジを、その後のMr.ChildrenやSalyu、マイラバのプロデューサーである、小林武史氏が担当しているところが、ビックリしたりして。。。

 いや、ワタシも気がついたの、つい、最近なんだよね。

 だってさ、ミスチルとかの曲聴いてたら、絶対、この曲が小林氏のアレンジだって想像がつかないもの。

まあ、駆けだしの頃は、みんないろんなことやってるってことだろうね。
 ちなみに、小林氏は、1982年に杏里の「おもいっきりアメリカン」って曲を作曲もしてるんだけど、これは、有名かな。

 サウンド的には、時代を象徴してか、TM NETWORKを意識してるよね。音色を含めたシンセの使い方とか、基本リズムとか・・。
って、正直89年当時のTMそのまんま的なサウンドだな、これは。

 うーん、小林氏の本意だったんですかねぇ。 当時はまだ、サザンの桑田氏についてた頃で、本格的なアレンジャーという感じではなかった頃だけど・・・。

 恐らく、サウンド指定は筒美氏による指示だったんだろうな。

 正直言って、その後のやや「サイケデリック」ががった、AORな雰囲気は微塵も感じない。

 まあ、コード進行や、曲の構成は、小林氏らしい、ひん曲がった作りになってますけどね。

 この曲、もともとのキーは、Dなんだけど、イントロの入りとか、B♭/Cなんて、意地悪い入り方してるし。。あせあせ

 なんか、そんなところに筒美氏に対する対抗心を感じたりしてあせあせ

 それでも、細かく見るとひん曲がっているんだけども、表面的には、ポップで疾走感がある作りになっているのは、やっぱり、小林氏の才能なんだろうなぁ。

 でも、そんなところが筒美氏の気に触ったのか、小林氏が嫌気がさしたのかはわかんないけど、この曲以降は、田村英里子には、関わんなくなったりする。。あせあせ

 そんなところをいろいろと、推測してみるのも、曲の聴き方の一つだったりして。。。


 ところで、この曲のサビの部分

♪ Loco-motion dance dance with me〜 ♪

のところで、田村英里子のボーカルのバックを追っかけてきてる、男性の声・・・、これ誰だろう?
 まさか小林氏ぢゃないですよね・・・。だったら、興味深いんだけどなぁ。。。
 

ジャケ写・・・、本当は、レアものの「シングルレコード」のをのっけたかったんだけど・・・。
 適当な大きさのが見つからなかったんで、シングルCDので・・・。




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