かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

沢田研二

6番目のユ・ウ・ウ・ツ / 沢田研二

1982_10_6番目のユウウツ_沢田研二






今回の1曲セレクトは、「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」沢田研二です。

 まずはデータです。

・タイトル   6番目のユ・ウ・ウ・ツ
・アーティスト 沢田研二
・作詞     三浦徳子
・作曲     西平彰
・編曲     白井良明
・リリース日  1982年9月10日
・発売元    ポリドール
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  25.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1982年9月27日〜11月8日付

 昨日も書いたんだけども、今、仕事が繁忙期でさあ、大変なんだわ。もうね、毎日が「ユ・ウ・ウ・ツ」。
うんにゃ、今の気分にちょうどいい曲があったわ。

 沢田研二の「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」

 いや〜、この曲聴くと、ほんとに気分が憂鬱になるから不思議だ。

 まあ、この曲がヒットしてたころの個人的な生活環境云々の事もあるんだけど、それにしても、この曲の力っていうんですかねぇ、ほんとに聴いてるとユウウツになるのよ、この曲。

 全体的に見てもキモチワルサがあるでしょ。イントロのなんたら言ってるボイスにせよ、バックの幽霊でそうなシンセだったり。悪夢の世界だよね。

 ・・・かと思うと、サビで ♪ 毎日、僕 眠れない やるせない はっはっはっ ♪

 と自虐的なフレーズが入ってきたりして。。。 それが余計に憂鬱な気分にさせる。

 音楽ってさあ、気分を楽しくさせるもんじゃない? 基本的には。。
 それが、逆にユウウツな気分にさせるっていうんだから、めずらしいっちゃめずらしいパターンの曲だとは思う。

 今だったら、ビジュアル系のヒトたちがやりそうな・・・。ポップス系ではあんまし見かけなくなったよな、このテの曲も

 まあ、この曲の時のジュリーがデビットボウイを意識してたこともあるように、下敷きは、濡れたUKサウンド、ま、そこまで過激ではないけどグラムロックってのも考えにはあったんでしょう。


 ただ、ちょっとネタ切れ気味ではあったのかなぁ、ジュリーとしても。当時としては、曲構成がちょっと不安定だったのよね。

 Aメロがあって、サビにいくまでに、遠回り風のBメロあったりして。。当時の近田春夫氏によれば、なんでこんな分かりにくい曲をシングルに切ったんだろう・・・って事だったんだけど。。。 今聴くと、全然そんな感じはしないけどねぇ、当時はシングルといえば、もっとシンプルで尖がった曲・・・って言うことだったんだよね。

ま、いずれにしろ、この曲が ジュリーにとっては「最後」のベストテン入り曲となってしまいましたな。

 あれから33年。。。。といえども未だに現役でやっているというのは、やっぱしスーパースターである所以ってところかしらねぇ。




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時の過ぎゆくままに / 沢田研二

1975_09_時の過ぎゆくままに_沢田研二






今回の1曲セレクトは、「時の過ぎゆくままに」沢田研二です。

 まずはデータです。

・タイトル    時の過ぎゆくままに
・アーティスト  沢田研二
・作詞      阿久悠
・作曲      大野克夫
・編曲      大野克夫
・リリース日   1975年8月21日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   91.6万枚
・ベストテンランクイン期間:1975年9月1日〜12月1日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「悪魔のようなあいつ」主題歌

 えー、約1カ月ぶりでジュリーです。
 
だけど、ジュリーの曲も大分書いてきたからなぁ〜、今ごろのヒットか〜・・・・と一瞬、考えたものの、 あるじゃないの、取っておきの曲が・・・。

 そう、「時の過ぎゆくままに」。

 初期のジュリーといったら、この曲は外せない。 なんせ、今に至るまで、ジュリーで最も売れたシングルよ。 
なに? 「勝手にしやがれ」ぢゃ、ないのかって?

 ♪ノンノノノン〜 ♪(←渡辺美奈代の「TOO ADULT」の節で)

 「勝手にしやがれ」の売上げ枚数は89.3万枚。 この「時の過ぎゆくままに」は91.6万枚。

 この曲の方が僅かだけど、売れてるんだよねぇ。。

 ちなみに、この曲、初登場3位なんだけどさ、「初登場3位」っていうのは、この曲がリリースされた当時としては、オリコン史上、「初登場最高位」だったんだよね。

「初登場1位」が当たり前な今では、まったく想像つかないことだけど。。ふらふら

 
 長い間、第1戦を張ってたジュリーなわけで、幾つかの黄金期が存在するんだけど、大まかに分けると、3つかな。

 第1の黄金期が、72年からこの曲まで、第2の黄金期が77年の「勝手にしやがれ」から、一連の阿久−大野コンピの大ヒット期、第3の黄金期が80年の「TOKIO」からの、いわいるニューウェーブ系での大ヒット期・・・とね。

 第1黄金期、は、どちらかといえば、ヨーロッパ系の曲が主体。うん、フレンチポップスっぽい曲がメインだった頃。

 そこから考えると、この曲は、「異色」なんだよな。

 まあ、それまでのフレンチポップス路線も、そろそろ下火になってきた頃に、いきなり、初の阿久−大野コンビによる、アウトロー路線への路線変換だったからなぁ。

 ただ、この意外性が、いい方向に受けたんだろうな。 いや、マジで、この曲の前の「巴里にひとり」から比べると、180度の路線変更だもの。 全く、虚を付かれたような感じだよな。


 上に書いたように、この曲から、阿久悠−大野克夫っていう、のちの「キザ」路線で一時代を築くことになるコンビと初めて組んだんだけど、まだ、この曲に関しては、「キザ」っていうところまでは、入り込んではいない。
 ただ、アウトローだよな、この雰囲気は。 でも、いいタイミングでいい感じでイメチェンに成功した感じだよな。

 でも、なぜか、この曲の後、また、元の路線に戻ろうとして失敗、1年半ばかりのブランク期間を作ってしまう。

 この辺が、よくわかんないんだけどね。

 まあ、この「時の過ぎゆくままに」は、もともと、ドラマ「悪魔のようなあいつ」の企画のために書かれた曲っていうのもあったんだろうけど・・・。

 あ、「悪魔のようなあいつ」っていうのは、当時、刑事事件として時効を迎えようとしてた、例の「3億円事件」をモチーフにしたドラマだったよね、たしか。。
 だったよね・・って、ワタシャ、見てないけど・・・。(まだ6才だったもので。。ふらふら



やっぱさ、当時の画像がいいなぁ・・とおもいまして。。 でも、いっぱい落ちてるねぇ、当時の画像が。。
まあ、それはさておき、テレビなのに、フルコーラスだねぇ。しかも、かなりスローペースだったりして・・

なんと言っても、サビの ♪ 時の〜 すぎゆく ままに〜 ♪  の♪すぎゆくままに〜♪ で半音上がるメロディラインだよね、この曲は。
この特徴的なメロディラインもゆっくり聴けますぞ。


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追憶 / 沢田研二

1974_09_追憶_沢田研二






今回の1曲セレクトは、「追憶」沢田研二です。

 まずはデータです。

・タイトル     追憶
・アーティスト   沢田研二
・作詞       安井かずみ
・作曲       加瀬邦彦
・編曲       東海林修
・リリース日    1974年7月10日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    57.9万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年7月22日〜10月7日付


 今回の1曲セレクトは、ちょっと困ってたんだよねぇ。。
 最初書こうと思ってた曲、8月21日リリースだと思ってたら、1ヶ月リリース間違ってた。。。9月21日リリースだったんだよね。
 うーん、書くにはちょっと早いわな

・・・と言うことで、急遽、別の曲に。。。 その曲は、その頃になったら改めて書きますわ。

 で、まあ、折角、「空き」の日になったので、たまには、今まであんまり書いてこなかった時代の曲を一つ・・・と思い、

 追憶  /沢田研二

を引っ張ってきてみました。

これ読んでくださっている方のどのくらいが、この曲知っているのかなぁ・・・と思いながらも、まあ、たまには、あんまり書いてない時代の曲もいいよね。

 フレンチポップス風、あるいはカンツォーネ風のいわいるヨーロッパ系のヒット曲っていうのも、すでに「絶滅」した感がありますよね。
 ヨーロッパったら、UKしかないでしょ最近は。

 最近のヒット曲で、フレンチポップス系風の曲なんて聴いたことがない。

 一番近いって言ったら、多分、シブヤ系がそれに近いのかもしれない。
 それでも、いまやシブヤ系っていうのもすっかり過去の産物になってしまったし、考えて見れば、フレンチポップス、カンツォーネなどのヨーロッパ系な曲は、70年代歌謡曲の産物だったんだよね。

 その真っ只中だったのが、73年〜74年頃だったんではないかなぁ。

 方や4畳半フォークが流行る、一方で、ヨーロッパ系が流行り、そのまた一方では演歌も強かった・・・っちゅう、かなりのごった煮状態のヒット曲界だった。

 だから、面白かったともいえるんだけど、今考えて見れば、4畳半フォークって、とってもミクロな世界な歌だったじゃん。重箱の隅をつついたような世界があって。 そういう意味では、演歌の世界に近かったのかもしれない。

 方や、フレンチポップスは、無限大の広がり感があったんだよね。
 少なくともワタシは、そう感じたなぁ。

 ワタシらの世代だと、ジュリーといえば、77年の「勝手にしやがれ」以降のいわいる「気障」路線からしか、タイムリーには知らないんだけど、それより前の73〜74年ごろは、フレンチポップス路線で勝負してたんだよね。
実際73年11月にリリースした、「魅せられた夜」は、向こうの曲だし、75年5月の「巴里にひとり」は、フランスでもリリースされて、フランスのヒットチャートにもランクされていたりする。

最近では、きゃりーぱみゅぱみゅとかアニメソングがフランスでも人気というけど、ヒットチャート上位に上がるほどではないですよね。 

そういう意味でも、フレンチポップスには気合を入れていたんだよね、このころのジュリーって。

 その中でも最もヒットしたのが、今日引っ張ってきた、「追憶」ですね。

 なにせ、オリコンで1位獲得してるしね・・・って、きっと、知らない方も多いと思うんだけど・・・。
 ジュリーの代表曲・・・ってなっても、なぜか、この曲は外されちゃうんだよなぁ。
 ジュリーの初期の代表曲は「危険なふたり」っていつもなっちゃうんだよね。

 でもでも、こういう「名曲」もあったって事を忘れちゃねぇ。
 一応、74年のレコード大賞の歌唱賞部門では、この曲がノミネートされていたんだよねぇ。


 この曲は、フレンチポップスって言っても、作品は、作詞は、このころのジュリーをずっと担当していた安井かずみ女史、作曲は同じく加瀬邦彦、アレンジは東海林修っていう、フレンチ路線のころは、この方がずっとアレンジを担当してたんだよね。

 でも、正直、どこから聴いても、この曲はフレンチポップスだぞよ。
 まず、あのころの日本の歌謡曲臭さが見られない。

 まあ、確かに、歌詞の内容はクサイし、兎に角「大げさ」な曲展開なんだけどさ、この「大げさ」さがたまらないわけです。

 いや、この臭さ、大げさ感がキライっていう人には、ちょっとツライだろうけどなぁ。

 最近、この手のヨーロッパ系が流行らないのは、この「クサさ」「大げさ」さが、どうも・・・っていうヒトも多いからんんだろうなぁ。
・・・というより、やっぱし、UKかアメリカンが強いから傾向的にそうなんだろうね。

 個人的には、フレンチポップスもカンフォーネもいわいる「邦楽」との相性はいいと思うし、だから、もっと出てきてもいいとは思うんだけどなぁ。
 まあ、カンツォーネを歌いこなせるだけの歌唱力をもったアーティストも、今の時代、なかなかいないけど。。。

 まあ、今の時代、作り手がほとんどUK&アメリカンで育った年代だから、フレンチポップスの時代を知らないからかもしれないんだけどさ。


 大げさといえば、最近では、アニメ系でも大げさな曲がちょくちょく見かけるな。
それでも違和感は感じなかったし・・・。ぜひ、フレンチポップスを取り入れてみてくだされ。


 そういえば、この曲のタイトルは「追憶」だけど、海の向こうでも映画「追憶」のテーマ曲、バーブラ・ストライサンドの「追憶(The Way We Were)」が大ヒットしたのも、この年、1974年だ。




 もちろん、同名異曲なんだけど、ちょっと紛らわしいかもな。
 あ〜、だから、今になって、ジュリーは、あんまり表に出さないのか? この曲。
 ちなみに、個人的には、バーブラ・ストライサンドの「追憶」も大好きです。



音、悪いけど、フルコーラスの動画がこれしかなかったんで、一応リンク
途中「知事選」のテロップが入るけど気にしないでください




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ヤマトより愛をこめて / 沢田研二

1978_08_ヤマトより愛をこめて_沢田研二






今回の1曲セレクトは、「ヤマトより愛をこめて」です。

 まずはデータです。

・タイトル    ヤマトより愛をこめて
・アーティスト  沢田研二
・作詞      阿久悠
・作曲      大野克夫
・編曲      宮川泰
・リリース日   1978年8月1日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   27.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1978年8月28日〜9月25日付
・タイアップ:映画「さらば宇宙戦艦ヤマト」主題歌

 肌寒いですねぇ。この間まで、「あっちい〜」とここでほざいていたのがウソのようですわ。
ちなみに、来週末、クーラーの交換工事があるんですが、こりゃ、もうクーラーなんて要らないよな。。。。

 さて、夏も終わり涼しい風が吹いてくると、どこからか脳裏に浮かんでくる曲があるものです。
ま、この間も同じようにかいたんだけど、これは、毎年のように起こっていたわけで、だから、結構そう言う曲もあるんですよね。

 今回は、沢田研二氏の「ヤマトより愛をこめて」をセレクト。

まあ、タイトルからして、すぐにも分かるように、あの「宇宙戦艦ヤマト」の劇場版の主題歌なんですけど、なによりも、「さらば〜」とあるように、劇場版として「最後」・・・のつもりで制作された映画ですね。
「つもり」というのは、テレビ版の再編集であった、劇場版も、この作品で終わるわけだったんだけど、実際には、この後も劇場版は作られたわけでね。

でもねあの頃の「ヤマト」フィーバーはかなりのモノでしたからねぇ。「さらば・・・」といえども、ここで本当に終わるわけにゃいかなかったんでしょうな。

ちなみに、ワタシは「ヤマト」はあんまり見てなかったんだよなぁ。テレビ版からして見てなかった。
本来なら、ワタシくらいの世代が一番嵌まってたはずなんだけどねぇ。でも、なんか個人的には刺さらなかったんだよな。
 同じ、松本零士氏ものだったら、「銀河鉄道999」の方がよほど見てたと思う。 ま、恐らくシチュエーションなんだろうね。 この間、ゴダイゴの「銀河鉄道999」の時にも書いたんだけど、当時、ブルートレインブームがあったじやん。 あのころ、個人的にも、丁度、ブルートレイン方面の「鉄ちゃん」だったこともあり、その影響も大きかったんだよな。

ところで、アニメ映画で、本格的なアーティストが、大真面目で主題歌を歌ったっていうのは、恐らく、今回の「ヤマトより愛をこめて」っていうのが最初だったんじゃないかなぁ。 この曲より以前に、少なくとも劇場版アニメ映画で、ヒットチャート系に載る様な、いわいる「ヒット曲」っていうのは無かったよね。

そこは、画期的だったんじゃないかなぁ。


ちなみに、当時、オリコンチャートでは、テレビ版の一般的なアニメ主題歌は、いわいる通常のヒットチャートは切り離されていたんだよね。
 そそそ、当時は、別個に「アニメ・童謡」チャートがあって、みんなそちらに入れられていたんですよ。
だから、あの頃は、「ドラえもん」の主題歌も、当時、超人気があった「キャンディキャンディ」の主題歌も、みんなそっちの「アニメ・童謡」扱いになっていて、通常のオリコンチャートにはランクされていないのですよ。
だから、「ドラえもん」も「キャンディキャンディ」の売り上げ枚数は不明のままだし。。(一説によると軽くミリオンセラーは突破してるらしいけど。。)
 ま、今は、そんなしがらみが無くなって、アニメ系が我が物顔で通常のヒットチャートを牛耳ってますけど。。。。

だけど、「宇宙戦艦ヤマト」だけは、一般のオリコンチャートにランクされていたんだよな。
これは、「なぜに?」とずっと思ってたんだけど、調べてみると、レコード原盤を、それまではアニメ制作会社が作っていたのが、「ヤマト」あたりからレコード会社が作るようになったのが要因だったらしいですな。
 つまりね、アニメの曲も、普通のヒット曲同様、特定の人たちだけでなく「一般」的に売れると踏まれたのが、「ヤマト」からだったんだろうね。

で、その流れがさらに進んで、、この曲が「アニメファン限定」ではなく、当時「みんな」の大スターだった「ジュリー」に歌われることになったんだろうな。

 だから・・・という事もあるんだろうけど、この曲は、曲だけを聴くと、どこにもアニメ臭がしない、メロディアスなバラードですものね。
 タイトルに「ヤマトより〜」とあるから、なるほど「宇宙戦艦ヤマト」がらみなのか・・・と分かるけど、そう言うしがらみを全く考えず、真っさらな気持ちを聴くと、一般のヒット曲としてほんとうにいいバラードですよ。

ただ、そんな名バラードだった割には、売り上げは意外と低かったんだよね。
人気絶頂の頃のジュリーでしたから、当時は、通常で考えれば50万枚は硬かったと思うんだけど、結局は、その半分程度の27万枚でしたからね。
 やっぱり、アニメ曲も一般に受け入れられるようになった・・と言っても、結局は、まだまだアニメはアニメっていう頭が強かったんだろうね。 それプラス、この曲、テレビではあんまり歌われて居なかったんだよね。
ま、いろいろと制約、シガラミが強かったからなんだろうけど。。。実際、ワタシも、あんまりこの曲をテレビで歌っているところを見た事は少ないしな。
 
これは、臨発だったってのも大きいだろうな。うん、もともと「宇宙戦艦ヤマト」のレコード原盤はコロムビアが握っていたんだけど、当時、ジュリーはポリドールだったし、この曲もポリドールから発売されているんだけどさ。だから、あんまり大々的に売れて欲しくなかったいうコロムビア側の思惑も、そこには絡んでいるんだろうな。

ああ、やだやだ 大人の世界は。。。





この曲を含めて、この年のジュリーは、本当に曲に恵まれていたよなぁ。兎に角、名曲が多い。
この次の「LOVE〜抱きしめたい〜」も名バラードだったしな。ま、これについては、後日。
 名曲ぞろいと言うだけでなく、ジュリー本人も渾身を込めた歌唱が多かったのも、この年だったと思いますわ。
レコード売り上げ上、レコード大賞はピンクレディーが取ったのは妥当だったけど、ジュリーが連破しても、おそらく、納得されたんじゃないかなぁ・・・なんても思ったりしますね。
 

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渚のラプレター / 沢田研二

1981_06_渚のラブレター_沢田研二







今回の1曲セレクトは、「渚のラブレター」沢田研二です。

 まずはデータです。

・タイトル    渚のラブレター
・アーティスト  沢田研二
・作詞      三浦徳子
・作曲      沢田研二
・編曲      伊藤銀次
・リリース日   1981年5月1日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   23.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1981年6月8日〜7月6日付
・タイアップ:マックスファクター81年夏のキャンペーンソング 

ここのんとろこ、ジュリーの曲をちょくちょく書いたんで、また、ジュリーかって思われるのもアレなんで、少し間をあけてたら、すっかりヒット時期が過ぎちゃった曲がありました。。。。。

1981年の「渚のラブレター」。 

やばい、今出しとかないと、また来年までお蔵入りだ・・・  っつうことで、急遽引っ張ってきました。

 本来は、ヒットのピークは、6月頃なんだよね。 なので、7月と言う今頃は、すでにヒットも下降線だったんだけど、ま、とりあえず、良しとして

ところで、この曲、タイアップついてたの覚えてます?

・・・・なんて聞いたら、100人中、99人は「しらなーい」って言いますかねぇ。

 ちなみに〜、この「渚のラブレター」は、マックスファクターの81年夏のキャンペーンソングだったんですねぇ。。

 ね、ほとんどの方は覚えてないでしょ? 

 ま、知らなくても、ぜーんぜん、何の影響もないことなんですが。。。あせあせ 
 ちなみに、ワタシも調べるまでは、ぜーんぜん覚えてなかった。。

 コノ曲にタイアップなんか付いてたっけ? っていう世界だしぃ。
まあ、大概は忘れちゃいますねぇ、さすがに29年も経ってると。。。




 ところで、この曲は、ジュリーにとっては、当時、結構間が開いてリリースした新曲だったんだよね。
 この曲の前が、前年12月の「おまえがパラダイス」だったから、中5ヶ月での新曲。
 ま、その間、映画「魔界転生」の撮影で、俳優業をやってたんで・・っていうわけがあったんだけど。。

 ただ、曲調がそれまでとは、随分、ソフトになったような印象があったなぁ。
 ま、それよりも、ジュリー自身が作曲したっていうことにも、随分驚いたもんだけどね。 うん、この曲から次の「ストリッパー」、そのまた次の「麗人」と3曲続けて、自作曲の曲を歌うことになりますです。
 
 なんつうかな、この年の頭に「G.S. I LOVE YOU」っていうコンセプトで、初心に帰った、G.Sっぽい曲に戻ったようなところが強かったんで、この曲もその流れを組んだような感じなんだよね。
 プラス、50'Sのオールディーズの匂いがするような雰囲気でさ。その辺が、ハテさがあって、前年までとは違った雰囲気があった1曲ですかねぇ。

 まあ、ハデさがないぶん、ややインパクトには欠けるけど・・・・うんにゃ、サビの

 ♪ いまなら とりけせーる BABY 〜♪ の上がりのメロディは充分にインパクトがありましたね。

 うん、梅雨の時期のジメッとした空気を一新してくれるような、ミドルチューンってところですな。






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恋のバッドチューニング / 沢田研二

1980_07_恋のバッドチューニング







今回の1曲セレクトは、「恋のバッドチューニング」沢田研二です。

 まずはデータです。

・タイトル    恋のバッドチューニング
・アーティスト  沢田研二
・作詞      糸井重里
・作曲      加瀬邦彦
・編曲      後藤次利
・リリース日   1980年4月21日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 13位
・売上げ枚数   17.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1980年6月2日〜6月9日付

 一昨日、「勝手にしやがれ」を持ってきたばっかなんだけども、またまたジュリーです。
このヒトって意外と夏場に大ヒット曲って多いんだよね。 だから、ここ暫くは、ジュリーからの選曲が多きなるかもしれないですわ。まずは、初めに書いときますね。

 さてさて、そのうち今日は、80年の「恋のバッドチューニング」を引っ張ってきてみましたわ。

 うーん、まあ、厳密に言えば、6月がヒットのピークだったから、すでに今の時期は下降線に入ってたんだけとね、まあ、許してくだされ。

 それにプラスして、あーんまりヒットしなかったからねぇ、曲自体は知らなーい、もしくは、忘れた〜・・・っていう方が多いかなぁ。

 でも、あの「カラーコンタクト」って言うのは、覚えてるでしょ?

 ジュリーの瞳がブルーだったり、グリーンだったりしたカラーコンタクトが、この曲の売りだったよねぇ。

 まあ、いまでは、カラーコンタクトなんて言っても全く驚きもしないけど、あのころはビックリしたよなぁ。いったい、目に何入れてんだ? って思ったもの。

 正直、気持ち悪かったですわ。・・気持ち悪くなかったですか? なんか、不気味に光ってたじゃん。

 そーいえば、光の具合で七色に変化するコンタクトなんかもしてたときあったよな。

 まー、あの当時のジュリーっていったら、いつもなにかしら「新しいこと」をやって驚かせてたからなぁ。
 この一つ前が「TOKIO」で落下傘背負ってたでしょ。で、この曲・・・と。

 ただ、あの落下傘に比べると、このカラーコンタクトはちょっとインパクトが弱かったっていうところもあったんだよね。

 実際、この曲から3曲続けてオリコンではベストテンをのがしてたりする。さすがのジュリーもやや苦戦してた時期にさしかかってきてたんだよね。


うーん、個人的には、この曲好きだったりするんだけどね。

サビからの

♪ちょっとずれてる周波数〜 ♪

っていうところ、ほんとに「ずれてる周波数」のようにとっちらかっているところがいい。

 ただ、ややとっちらかり過ぎてるかもしれないなぁ。全体的に分りづらいメロディラインかもしれない。

 ただ、TOKIO以来、アレンジに後藤次利を迎えてからは、音色がカラフルになったよね。

 もともと「ポリドール」っていうレコード会社のカラーからか、ヨーロッパ的な音色がメインのジュリーの曲だったけど、くわえてカラフル色な音色が増えたのはこのころからですね。

 まあ、簡単に言えば、シンセ色が強くなってきたって事だけど・・・。
 この曲はその使い方が、ややサイケっぽいふんいきを出しているんだよね。それが、カラーコンタクトとあいまって、余計気持ち悪い雰囲気があったりするんだけど。。。




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ラ・セゾン / アン・ルイス

1982_07_ラ・セゾン_アン・ルイス






今回の1曲セレクトは、「ラ・セゾン」アン・ルイスです。

まずはデータでーす。

・タイトル     ラ・セゾン
・アーティスト   アン・ルイス
・作詞       三浦百恵
・作曲       沢田研二
・編曲       伊藤銀二
・リリース日    1982年6月5日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    35.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1982年7月26日〜9月13日付

 最近は沈静化したけど、80年代懐古がはやってたころ、たびたびスポットが当たった曲がある。
そんな曲を、今回は持ってきましょうかね。

 アン・ルイス。今は自身の病気もあり、シンガーとしては引退の身となったけど、10年ほど前にいちど、再スポットがあたったことがある。

フジテレビのドラマ「ウーマンウォーズ 不信のとき」の主題歌が、アン・ルイスの「ああ無情」が抜擢されたりね。 挿入曲として、おなじみの「六本木心中」も使われたり。

自身の「グッパイマイラブ」もカバーされていたり。

2006年夏はなぜか、「アン・ルイス」づいてたんだよな。


・・・ということで、今回は、この「時期」のアン・ルイスの大ヒット曲を。

 ラ・セゾン

 早いもので、この曲もヒットから33年も経つんだねぇ。 
思い返せばワタシが、生まれ故郷の福島から千葉に越してきた頃のヒットだから、ワタシも33年も千葉に住んでるんだ。。。

 まずもとって当時、大変な「ワダイ」となりましたよね。この曲。
 
 作詞・三浦百恵

 そう、あの山口百恵ですよ。結婚以来の「沈黙」をにわかに破って、この曲の作詞ってことで、「もしかして、ケーノー界復帰か?」なんて、一部ささやかれたりして。。。

 しかも、作曲が沢田研二ですからねぇ。

 と書くと、「え? 沢田研二って作曲するの?」って声が聴こえそうだけど、なんのなんの・・・、この当時は自分で曲作って、ヒットとばしてましたからね。
 81年〜82年初頭にかけて「渚のラブレター」、「ストリッパー」、「麗人」と3曲連続で自分の作曲だったんですよね。

 この「ラ・セゾン」のヒットの頃の「おまえにチェックイン」は、他人の曲(大沢誉志幸)でしたが、曲は作っていたようですね。

・・・と、まあ、結局は、タレントが作った、企画もんじゃん・・・と思われがちで、無論、沢田研二作曲っていのうも、同じ「ナベプロ」がらみで・・って言うところはみえみえなんだけど、これがなかなかどうして、よくできたロックでしたよねぇ。

 兎に角、インパクトがさ〜、すごいですよ。この曲。ほとんど。。。
 サウンド的には、うーん、ぞうだなぁ、沢田研二の「ストリッパー」に近いのかなぁ。 まあ、アレンジャーが伊藤銀二ってことで、サウンドプロデュースは、「ストリッパー」と同じだからね。
 まあ、言ってみればギンギンのギターサウンドだよね。

 しかも、あの当時としては、異例なほどなギターロックだったような気がするなぁ。これは、ウレセンではという意味で。

 ただ、メロディラインはあくまで「歌謡曲」なわけで、この辺のミックス具合は、あの当時としては、いい塩梅だったような気がするな。 もちろん、今だったらどうかな・・という意味でさ。

 しかし、山口百恵って言うヒトは、やはりどこか「影」を引きずっているところがありますよね。
 この曲も陰と陽のコントラストからいえば、どちらかというと「陰」の部分だもんね。 それがロックなサウンドにマッチすると、こんな曲になるわけですよ。

ワタシにとっても1982年を象徴するような曲ですねぇ。


うーん、この曲は、You tubeに動画が落ちてないなぁ。
・・・・ということで、他のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/x3cm73_ann-lewis-la-saison_music

正直、画像は酷いっす。けど、音はそこそこ良いんで、音を楽しんでくだされ。




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勝手にしやがれ / 沢田研二

1977_07_勝手にしやがれ_沢田研二






今回の1曲セレクトは、「勝手にしやがれ」沢田研二です。

まずはデータでーす。

・タイトル      勝手にしやがれ
・アーティスト    沢田研二
・作詞        阿久悠
・作曲        大野克夫
・編曲        船山基紀
・リリース日     1977年5月21日
・発売元       ポリドール
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     89.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1977年6月13日〜9月19日付

 さてさて今回引っ張ってきた曲は、世にも有名な

 勝手にしやがれ  沢田研二

 いやいや、1977年の代表曲ですよ。日本歌謡大賞、日本レコード大賞とダブル受賞。

 だけど、この曲が、この「暑い」さ中にヒットのピークだったってこと意外と、知らないヒトが多いんではないかなぁ。

 と書いているワタシでさえ、この曲イコール、暑い最中の曲っちゃうイメージはあまりない。

 まあ、たしかに、まだ、ヒット曲、歌謡曲というものをちゃんと聴くほど物心は付いてなかったわけだけどもね。

 調べてみたら、1977年っちゅうのは、長雨続け期の「冷夏」の年だったそうな。うーん、そういうイメージはないんだけどね。ま、そういうこともあって。この曲イコール「夏」っていうイメージは少なかったのかもしれん。

 そういう「季節の風物詩」的な曲というよりね、やっぱし、どうしてもこの曲=沢田研二=キザ っていう方程式が浮かんじゃうんだよね。 だってさ、単純にカッコよかったしさ〜。


あの有名な「帽子投げ」のシーン。どうして、昔のアーティストは、ああいう仕草が「サマ」になっていたんだろ?
 やっぱり、「スター」なんだろうなぁ。

いまや、「スター」なんて言葉は死語だもんね、ほとんど。

 かくゆう、ワタクシももちろんマネしましたよ。小学校の帽子で、この曲歌いながら

 Bメロの
♪行ったきりなら幸せになるがいい〜 ♪ で、カッコよくなげるのがいいんだけど、これが意外とうまく行かないんだよね。

 やっぱり、ジュリーだからかっこいいんだよね。

 ・・とまあ、ジュリーにとっては、いいことずくめのこの曲だけど、この曲にたどり着くまでの約1年半は、さしものジュリーもかなり苦しんでたんだよね。ということを今や覚えている方も少ないんだろうけど。。。。

1975年8月の「時の過ぎゆくままに」の後、しばらくは大ヒットらしい大ヒットってないんですよ。もちろん、ベストテン級のヒットはだしていたものの、「これ」っていう曲がなかなか無かったんだよね。
 今にして思えば、音が大人しいんだよね、この頃の曲って。
それが裏目に出たんではないですかね。
 このヒトに限ったことではないけど、売れなかったころの曲ってどこか「音」がくすんでいるんだよね。ハリがないっていうか。

 そのあたりは、この「勝手にしやがれ」の1つ前の「さよならをいう気もない」なんかを聴くと違いがよくわかりますねぇ。

 たぶんね、ジュリー本人が一番よくわかってたんではないかなぁ。この「勝手にしやがれ」はそのあたりのもやもやを一蹴するような半分やぶれかぶれな気分っていうところもあったんぢゃないですかねぇ。 まあ、だから「勝手にしやがれ」とね。

 なにせ、この曲から「音」が全く変わったんですよ。やぶれかぶれな火事場のバカ力でないけど、音がどこまでも前向きなんだよね。元気がある。
 もちろん、地味なところは全く持ってなしの派手さだし。

 どんな曲でもそうだけど、音が元気だとヒトを振り向かせるだけの力が出てくるよねぇ。

ま、いずれにしても、この曲からジュリー黄金時代の第2幕が開幕したって感じですよね。





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おまえにチェックイン / 沢田研二

1982_06_お前にチェックイン_沢田研二






今回の1曲セレクトは、「おまえにチェックイン」沢田研二です。

 まずはデータです。

・タイトル    おまえにチェックイン
・アーティスト  沢田研二
・作詞      柳川英巳
・作曲      大沢誉志幸
・編曲      伊藤銀次
・リリース日   1982年5月1日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   27.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1982年6月14日〜7月26日付

 えー、今回はマクラなしで。。。

 いやー、今回の曲は、セレクトしたのはいいものの、どう話を切り込んで行こうかねぇ・・・迷いまして、なら、マクラは無しでいいか・・・と。

・・ということで

 沢田研二の「おまえにチェックイン」ね。


 この曲のジャケ写、「怖い」ですねぇ〜。うーん、シブい・・・ダンディ・・・といった方がいいんですかねぇ。

 ダンディ・・・・ね。最近、聞かなくなった言葉だな。

 いずれにしても、この曲のジャケ写を見る限りでは、シブーいクセのある曲なのかな・・・っていう、想像が先に立ってしまうんだよね。

 まあ、実際にこの「曲」を聴く前のワタシの印象なんだけどさ。


 このころのジュリーは、前年の「ストリッパー」にしても、この曲の前の「麗人」にしても、クセのある曲が続いてたじゃん。まあ、インパクトは強いんだけどね。

 特に、この曲の前の「麗人」の独特のクセのある曲の印象が、まだまだ、強かった時期だったからさ、この曲も、また、そんな感じなのかねぇ・・・って感じてたな。

 うん、このジャケ写からさ。


 でも、実際に聴いたら・・・・あーら、全く想像と違うんだもの。

 もろポップ・・・・。ジュリーの曲で、ここまで、ハデハデのメジャー系のポップに弾けるような曲も珍しいよね。

 あ、でも、80年の「TOKIO」も「恋のバッドチューニング」もポップか・・・。

 だけども、それを凌ぐ位のポップさを感じたな。 TVでは珍しくハンドマイクで、跳ね回ってたしな。


 この曲も、全体的にインパクトの塊っちゃ、そうなんだけど、やっぱサビの部分は強いよね

 ♪ ホミタイ ホミタイ ホミタイヤイヤイヤイアアイ〜 ♪

・・・・なんのこっちゃ。。。。。ふらふらふらふらふらふら

 正確には

 ♪ Hold Me Tight Hold Me Tight Hold Me Tight〜 ♪

なんだけどさ、メロディにのっけると♪ ホミタイ ホミタイ〜 ♪

になるのよね。

 うん、初めて聴いた時から、このメロディラインが頭から離れなかったなぁ。

 この時点では、まだ「大沢誉志幸」って全然知らなかったけど、このヒトならではの独特のファンキーなノリを持ってるよね。

 で、久々に「あ、これは くるぞ・・・・」っていう感触を持ったな。

 案の定、「ベストテン」では、久々に2位まで上がったもんね、この曲。

 それに比べて、オリコンでは、最高8位・・・と。 うーん、ジュリーってオリコンでは、上位に来てないんだよなぁ。
 同じくべストテンで2位まで上がった、「ストリッパー」が6位、「TOKIO」が8位だったりするもんね。オリコンの最高位は。

 これが、結構意外だったりね。印象からしてもさぁ。

 ただ、ジュリーの場合は、レコード売上げはそれほど強くなくても、その他、有線、ラジオ、ハガキ・・・と、4要素全てで平均してたからねぇ。逆に言えば「穴がない」のが強みだったんだよね。

 まあ、それだけ、幅広く支持されていたってわけでさ。だから、レコード売上げは、さほどでなくても、充分に「ヒット」しているイメージが大きかったのよね。
 




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晴れのちBLUE BOY / 沢田研二

1983_05_晴れのちBLUE BOY_沢田研二






今回の1曲セレクトは、「晴れのちBLUE BOY」沢田研二です。

 まずはデータです。

・タイトル    晴れのちBLUE BOY
・アーティスト  沢田研二
・作詞      銀色夏生
・作曲      大沢誉志幸
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1983年5月10日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 11位
・売上げ枚数   9.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位

 えー、本日は、分裂症気味な曲ばっかり書いてきてるんだけど、先ほどの川本真琴の「愛の才能」に続いては、沢田研二の「晴れのちBLUE BOY」を持ってきましたよん。

 先ほどの「愛の才能」もかなり分裂症が入った曲だったけど、今から考えると、当初の印象度というところでは、今回の「晴れのちBLUE BOY」の方が数段上だったかもしれない。
 あの沢田研二が、こんなわけが分らない曲を歌う・・・っちゅうところで。
「愛の才能」もそうだったけど、この曲もAメロがどうで、サビがどうで・・・って書けないんだよね。全体の印象としてこうだ! しかいえない。

・・・で、全体として「分裂症」な曲なんですよ。
だいたいまともなこと歌ってないもんね。

 サビの

♪いいたいことはヤシの実の中 ♪


ってなに? どういうこと? うーん、分裂症ですねぇ・・・いいですねぇ! って所なんだよね。

 そういう曲を沢田研二が歌うから。すごいんですよ!

 歌詞は、銀色夏生さん。この曲がほとんどデビューになるのかな? ハイ、女の方ですよ。
 いやいや、でも、女の方とは思えないような思い切ったデフォルメした作風だよね。まさに分裂症。
 それじゃ本人もさぞかし、パンクな方なのか・・・っていうと、普通のお嬢さんっぽいナリのヒトでしたよね。そそそ、たしか当時まだ、19歳とかのティーンエイジャーだったんだよね。

 そんなごく普通の方が、こんな詞を書くっていうのが、結構カルチャーショックだったなぁ。


 曲の方は、大沢誉志幸氏。このヒトの場合、以前書いた中森明菜の「1/2の神話」でブレイクして、この曲はその直後の曲って言うことだよね。
 で、サウンドとしては、よくアダム アントの「イート ドック イート」が下敷きっていわけてるけど、え? そうなの?

 なんて、いま「イート ドック イート」を試聴してみたけど、たしかにそんな感じ。
 ジャングル(ジャンゴ?)っていうリズム体って言うのかな。ベースがぶっとく

♪ドンドンツー ドッドッドツー ♪(なんて書いてもよくわかんないか。。。)のリズムをメインで刻みつつ・・・っちゅう、いかにもワイルドなダンスビートな曲だよね。


 うーん、でも、このころってこのジャングルっぽい曲って流行だったのかねぇ? 丁度この年の7月にリリースされたサザンオールスターズのアルバム「綺麗」に収録されてた、「All Star Jungo」もこんな感じの曲だったんだけどね。

 これが、分裂症な歌詞と実にうまくあってるんだよね。


でも、あんまり売れなかったのは残念だよなぁ。まあ、完全にウレセンからは外れてるし、これが売れるようだったら、日本のヒット曲界もすごいところだったんだろうけど、まだ、そこまでは進んでなかったからねぇ。

 あ、いや、いまでもベストテン入りは難しいか・・この手の曲では。




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