かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

森進一

冬のリヴィエラ / 森進一

1983_01_冬のリヴィエラ_森進一







今回の1曲セレクトは、「冬のリヴィエラ」森進一です。

 まずはデータです。

・タイトル    冬のリヴィエラ
・アーティスト  森進一
・作詞      松本隆
・作曲      大滝詠一
・編曲      前田憲男
・リリース日   1982年11月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   26.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1983年1月17日〜2月28日付
・タイアップ:サントリーウイスキー「ウインターギフト」CM曲

 寒いですねぇ。明日はまた雪予報が出てるわな。
今週月曜日、東京は雪だったんだけど、こちら千葉では雨だったんだよね。なので、全く積雪にならず。
明日はどうなんだろ? 雪になると、降ってるときはいいんだけど、あとあと除雪しなきゃなんないからなぁ。面倒なんだよな。

なんて、雪予報で本格的な冬将軍の訪れをかんじているわけで、やっぱ、今回の1曲セレクトも「冬」の曲をセレクトしたいですねぇ。。。、

・・・・っつうことで、森進一の「冬のリヴィエラ」はどうでしょう

うーむ、ちょっと唐突でしたかね  一昨日の寺尾聰「Long Distance Call」に続いて1983年の今頃の曲で恐縮だけどさ。


 個人的な事だけど、この曲って言うと、インフルエンザを思い出す。

 忘れもしないよ、この曲がベストテン入りした、1983年1月17日、39℃の熱を圧してガッコ行って、体育までやったもんね。忘れもしない、外でサッカー。
 とりあえず、授業最後までは持ちこたえたけど、家に帰って即ダウン。そんな時、頭の中でグルグル、ヘビーローテーションでなってたのが、この曲だ。

 だからかなぁ、この曲聴くと、急に風邪っぽくなるの・・・。条件反射? パブロフの犬?

 
 いや、曲自体は悪くないんだけどね、何分、そんな思いをした曲だから・・・。
 あー、いまも、正直言って、頭の中でヘビーローテーションでなってますよ。ふらふら

 でもね、カッコよかったよなぁ。演歌とニューミュージックの合体。
これは、以前に、やはり森進一の「襟裳岬」を書いた時も、演歌とフォークの合体・・・と書いたけど、この曲は、さらに、進んで、ニューミュージックと合体したもんねぇ。

 演歌とフォークって、考えると、人間の心の隅を重箱を突付くような歌詞という部分では、似てるんだよね、ある意味。

 だけど、演歌とニューミュージックって言ったら、水と油くらい違いがあるだろう・・・って思ってたところで、この曲が来たわけだから・・・。

 最初はビックリしたよね。まず、CMから流れたじゃん。サントリーのウイスキーのCMで・・・。

 だから、初めはCMだけの曲なのかと思ってたわけ。でも、CMだけじゃもったいないな・・・と思ったり。。。

 それが現実な物となって、いささか、喜んだ記憶があるな。(・・・という割にはレコード買って無かったりするけど)

 でも、大滝詠一大センセーの魔力にかかれば、ちょいちょいちょい・・・とハイ、このとおり。。。

 この間から、ちょくちょく、大滝詠一大センセーの、「分母分子論」って書いてるけど、それを「他人の曲」へ提供するということで、実践してたのが、このころ。

 この曲のちょっと前だか、同じ頃に、金沢明子の「イエローサブマリン音頭」を手がけてらっしゃったじゃん。
 そそそ、あのビートルズの「イエローサブマリン」を「音頭」調にアレンジしちゃって、当時の民謡界のアイドル、金沢明子に歌わせちゃったっていう、実験作。

↓ コレ



 これ、最初聴いた時、腹抱えるほどわらったよなぁ。  そう言えば、これも「冬のリヴィエラ」と同じくビクターだったねぇ。

 要するに、分母分子論:日本/外国 がありのように、「演歌/ニューミュージック」もありだろう・・・ということで、作られたのが、この曲なわだよね。

 いや、でも、実際、「あり」だった訳だからねぇ。。。

 こういう実験作ってさ、個人的には大好きなんだわさぁ。ま、まかり間違うと、なんでもあり・・・って世界に陥る危険もあるけど、ある一線は、しっかり踏まえたうえでの「聴かせる」実験曲っていうのかな。

最近は、こういう素敵なコラボ作品っていうのは、少なくなっちゃいましたね。
一昨年、椎名林檎が石川さゆりに書いた「暗夜の心中立て」くらいかなぁ。
折角バンド連中なんかたくさんいるんだからさあ、こういう「異文化交流」ならぬ、「異ジャンル交流」ってどんどんやったらいいのになんて思うんだけどねぇ。
ヒップホップばりの「いん」を踏む演歌なんてあっても面白いと思うんだけどな。



ちなみに、1983年って意外と、演歌の大ヒット曲が多かったんだよね。今じゃ信じられないけど、「ザ・ベストテン」でも、結構、演歌がランクインしてたもんね。
もしかすると「演歌・歌謡曲」と言われる曲が、最後の輝きを見せていた時期かもしれないな。
聴いてるワレワレも何の抵抗も無く聴いてたしなぁ。


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襟裳岬 / 森進一

1974_03_襟裳岬_森進一







今回の1曲セレクトは、「襟裳岬」森進一です。

 まずはデータです。

・タイトル    襟裳岬
・アーティスト  森進一
・作詞      岡本おさみ
・作曲      吉田拓郎
・編曲      馬飼野俊一
・リリース日   1974年1月15日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   46.2万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1974年2月18日〜4月15日付

 さきほど書いた、大黒摩季の「ららら」から、森進一に飛びます。。。
なに?、この落差・・・・。 でも、みなさん、ついてきてくださいよ〜。

 まあ、歌っている森進一の「演歌」は、あくまで「昭和」の遺産的な保守的な匂いが強いものだけどね。
 スナックとタバコの匂いと、テナーサックスがむせぶムード歌謡の世界。
 上で「演歌」って書いたけど、根っこの部分は「ムード歌謡」なんだよね、これも。

 個人的にはなかなか立ち入ることが出来なかった世界。だけど、なぜか遠い記憶には残っている世界。

 でもさ、森進一の場合、それだけではないんだよね。実際。
「冬のリヴィエラ」・・・・。ちょっと時期的に書きそびれちゃったけど、これなんか、大滝詠一ぢゃん。ムード歌謡とは、全くかけ離れた世界とのコラボレーション。

 こんな異業種コラボにも挑戦して、ちゃんと結果を残しているヒトでもあるんだよね。
 
 それにしても、このヒトが挑戦した作曲者は多岐に渡るな・・・。その他、細野晴臣、松山千春、谷村新司、井上陽水・・・。
長渕剛に はたけ(元シャ乱Q)なんてのもいるぞ。。。

 こういう挑戦は評価しなくちゃ、なんか、今回の「騒動」では、森進一をワルモノ扱いにしているヒトが多いけどさ。


・・で、こういう「異業種」とのコラボり一番最初、取っ掛かりを行ったのが、今日引っ張ってきた、「襟裳岬」ってわけだ。

 演歌(ムード歌謡)の帝王とフォークの貴公子であった吉田拓郎とのコラボレーション。

 これは、当時として見れば、絶対ありえない取り合わせだったわけだ。
 なにせ、この曲以前には、こんな取り合わせのヒット曲は存在しないわけで・・・。

 要は「ゲーノー(歌謡)界」と、「フォークニューミック界」の間には、相反する高い壁があったわけだよね。それまでは。

 つまりさ、よく使う、あっち側こっち側・・・っていう垣根。

 その前に、それぞれのファン層にも、合間見えないような壁があったわけで・・・。

 ムード歌謡(演歌)を聴くようなヒトはフォークなんか聴かない
 フォークを聴くようなヒトはムード歌謡(演歌)なんか聴かない

・・・っていう垣根ですよ。

 まあ、これは、この時代から30年たった今でもまだ残っている「垣根」なんだけどさ。


 だけど、この垣根を無視して、森進一に吉田拓郎の曲を歌わせたヒトがいるんだよね。

 高橋隆氏。 当時のビクターのディレクターだった方ですね。
 ついでに書くと、これ以前、ソルティシュガーっていうフォークグループで「走れコータロー」って曲を大ヒットさせたグループに居られた方。その後、ビクターのディレクターさんになられていたんですよね。

 この方が、プロデュースした曲が、この「襟裳岬」って訳ですわ。

 しかしすごいよね。発想の転換・・・っていうかさ、それまでの常識を破って、新しい物をプロデュースするって言うのは、ホントすごいと思いますよ。

 まあ、結果的に成功だったから、そんなこと言えるのかも知れないけどさ。

 この曲、そんなこと言われなかったら、完全に森進一の曲になってるもんなぁ。

 もともとは、「焚き火」って言う曲で吉田拓郎氏が直々に歌っていたのに手を入れて出来た曲らしいですよね。

 うん、その原曲の方を聴いたことあるんだけどさ、これがとってもつまらない曲なんですわ(^^;;;;; 正直言って。

 うーん、ワタシだったら、絶対に「ツマンナイ」で終わっちゃうだろうなぁ。


 それが、この「襟裳岬」になっちゃうわけだから、これは、アレンジの馬飼野氏のワザなんだろうなぁ・・・。

 ここでもよく書く馬飼野康二氏は、ポップスの作曲、アレンジャーとして大活躍だったわけですが、氏の実兄、馬飼野俊一氏は、どちらかといえば「演歌系」のアレンジャーでしたからねぇ。

馬飼野俊一氏アレンジである、北原ミレイの「石狩挽歌」は、最高傑作だと思うんだけど、一番のキモはイントロでのトランペットの使い方なんだよね。
 兎に角印象的な旋律が「北の海」をよく表現していると思うんですよ。

「襟裳岬」もそれに並ぶ傑作だと思うなぁ。

 この曲もイントロ入りからのトランペットの旋律が印象的でしょ。・・というか、これがあるから曲にノメリこまさせられる・・・というかさ。

 で、一番のキモがやっぱし、サビの

 ♪ 襟裳の春は 何もない春です ♪

の一文なんでしょうかね。

 この一文に、「いやいや、襟裳の春はなんでもあるよ」って反論してみせた、っていう地元の方の声もあったそうで。

 うん、まあ、そういうのどかな時代だったということも言えるかもしれないけど、それだけ説得力があった曲ということもいえるでしょうね。

 オリコン最高は6位止まり。ベストテン入りも9週と当時としては、短期間のベストテンヒットだったにしては、これだけ印象深い曲、加えて、第5回日本歌謡大賞、第16回日本レコード大賞を受賞してしまった・・・てことは、それだけジワリと根強い人気を保ったって事なんだよね・・・。

 ちなみに・・・当時は、日本歌謡大賞、レコード大賞共に「権威」の程は今の比では全然無かったわけですよ。

 テレビの視聴率も40%以上あったわけだし・・・。





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