かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

柏原芳恵

カム・フラージュ / 柏原芳恵

1984_01_カム・フラージュ_柏原よしえ

今回の1曲セレクトは、「カム・フラージュ」柏原芳恵です。

まずはデータです。

・タイトル     カム・フラージュ
・アーティスト   柏原芳恵
・作詞       中島みゆき
・作曲       中島みゆき
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1983年12月1日
・発売元      フィリップス
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  19.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1983年12月19日〜1984年1月23日付

1曲セレクトを書くとき毎回困るのが、ま、確かに「どの曲を書くか」っていう曲選びもそうなんだけど、いざ、書こうと思った時の文章の出だしがね〜、これが困るのよね。
何か「引っかけるモノ」があればいいんだけど、なーんも引っかけるものが無い曲の時が困る。

実は、今回引っ張ってきた曲もそうなんだよなぁ。

柏原芳恵「カム・フラージュ」。

いや〜、困ったねぇ。。。。困ったんで、↑のような出だしになってしまったんだけど。。。

そんなトピックスに困る位、ヒット当時のこの曲のエピソードっていうのが無いんだよなぁ・・・。というか、思い出せないって言うかねぇ・・・。 まあ、思い出せないっていうのは、個人的な事で、もしかすると人によってはこの曲で忘れられない想い出がある方もいらっしゃるかもしれない。

でも、個人的には・・・・う〜ん、何もないんだよなぁ。。 

まあ、だから、約20万枚も売れたこの曲を今まで書いてなかったのかもしれないけど・・・。

この曲、作詞、作曲が中島みゆき女史なんだよね。 いや、もしかすると、そんなことすら今となっては忘れ去られた事実かもしれない。 いや、考えて見れは、ヒット当時も、それほどの話題にならなかったんだよな。

中島みゆきさんと、柏原さん・・・といえば、この年(1983年)頭に大ヒットした「春なのに」であり、 翌年1984年にヒットした「最愛」であり・・・ってとろこが話題だったからねぇ。

だからね、この年1983年の柏原さんは、中島みゆきさんに始まり、中島みゆきさんで終わった年だったんだよね。

まあ、ほんのちょっとヘビーなサウンドと、アップテンポな曲調からして、中島みゆきさんっぽくなかったからなぁ、確かに。
で、当の柏原さんにしても、そんな上記のような曲調が柏原さんっぽくなかったってところはあったしね。

当時の柏原さんと言えは、上記の「春なのに」もそうだけど、「夏模様」「タイニーメモリー」など、ちょっとスローな落ちついた曲って言うイメージが定着してたしね。

 確かにこの年の春に出した「ちょっとなら媚薬」は、完全に山口百恵さんを意識したアップテンポだけったけど、正直、柏原さんにあっているとは、あんまり思えなかったしなぁ。
それが証拠に、その前曲の「春なのに」があんなに大ヒットだったのに対して、売れなかったからねぇ、それほど。
この曲の場合は、曲調があまりに山口百恵さんだったんで、「狙い過ぎ」なんていう酷評もあったわけなんだけどもね。 
ただ、個人的に言えば、柏原さん自身にそんなにあってたとも思わなかったなぁ。 メロディライン、サウンド云々というよりも、アップチューンな柏原さんがねぇ、どうもイメージとずれるんだよね。

だから、この曲にしても。そんなに売れるとは思わなかったんだよな、だから、そんなに注目してなかったところもあったんだと思う、当時は。

そもそも、♪ 悪い噂隠すために ワタシを呼び出させないで〜 ♪ っていう出だしAメロの部分、 特に♪ ワタシ〜 ♪って言う部分がさあ、ぶっきらぼうなんだよ、歌い方が・・・。

当時としては、「あー、そんなに歌いたくないか・この曲」なんて思っちゃってたんだよな、ワタシ。

でも、フタを明けたら、前曲「タイニーメモリー」を上回る、売り上げ約20万枚。 

いやいや、正直、これは予想外だったんだよなぁ。

でもねこの曲の場合は、曲調云々・・というよりも歌詞の深さが良かったんだろうねぇ・・・って言うのは今になって思えばの話なんだけどね。
中島みゆきさん独特の、男間における心理をついた歌詞。これが売り上げに結びついたんだろうなぁ。

サウンド重視、歌詞内容は深いところまで見てないワタシだからさ、当時はそう言う深いところまでは見てなかったんだよね。
 もしかすると、この曲は女子受けは良かったんじゃないかなぁ。まあ、はっきりとした資料がある訳ではないんだけどさ、そんな気がする。

でも、この曲あたりの男女間における、女性から見た心理戦をついた歌詞っていうのは、その後の工藤静香さんに提供した一連のヒット曲に結実しているよね。
逆に見れば、工藤さんの一連のヒット曲の歌詞のもとを辿れば、この曲あたりに行きつくんじゃないかなぁ。



うーん、やっぱり、この曲も所々、百恵さんの面影がチラリチラリと見えたりするんだけど、それはやっぱ、アレンジャーの萩田氏っていうのも多分にあるんだろうなぁ。エレキのフレーズとかさ、どうしても百恵さんなんだよね。


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夏模様 / 柏原芳恵

1983_07_夏模様_柏原芳恵


今回の1曲セレクトは、「夏模様」柏原芳恵です。

まずはデータです。

・タイトル    夏模様
・アーティスト  柏原芳恵
・作詞      微美杏里
・作曲      松尾一彦
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1983年6月29日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数 15.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1983年7月18日〜7月25日付

むーーー、めちゃくちゃ不快。。。 なんだ このムシムシとしたベトつき感は。
今日が休日でよかったですわ。この気分じゃ仕事したくないもんなぁ。 それでも、時より北東方向から吹いてくるだけ、昨日よりは、まだマシかなぁ。

こんな日は、少し涼しくなる曲を持って来たいもんです。。。

・・・・とおもむろにセレクトしてきた曲が、コレ。

柏原芳恵「夏模様」。

なんか、取ってつけたような「前振り」を書いちゃいましたが、実際の所は、なんかまだ書いてない曲ねーかなぁ・・・と過去のオリコンチャートと睨めっこしてて、たまたま見つけた曲がコノ曲だったわけですね。

前回はちょっと重い曲だったし、個人的に書くのにちょっと苦労したんで、今回は少し箸休めもあって軽めの曲を・・・っと言う事でアイドルの曲を探してたのもあるな。

でも、この曲は、完全にヒット時期を誤ってたんだよな。ワタシね、6月のヒットだとばっかり思いこんでたんだよね。 それもあって、昨年は書く時期を逸して、ずっと残ってたんですわ。

↑でも書いたように、この曲のリリースは「6月29日」だったんだよね。 遠い記憶を辿って行くと、確かに明星の歌本「Youn Song」でもそうだったと記憶する。
 そう、ヘンなリリース日だったんですよ。 通常当時のリリースパターンからすると、21日か25日、あるいは少し先延ばしして1日、5日・・・っていうリリース日が普通だったのに、この曲は「29日」なんて中途半端なリリース日だったし。。。 そんな事がキニなってた曲だったりしてね。

それでも7月のヒットじゃなくて、6月のヒットだと勘違いしてたのは、恐らく個人的に、この曲を一番聴いてたピークが、1983年の6月だったからだと思う。

・・・・なんて書くと「???」って感じだけどさ。 
いや、当時ラジオでは、「先取り」的にリリース前から新曲かかってからさあ、だからリリース前からよく耳にしてたんですよ。
 特に文化放送の「全日本歌謡選抜」ね。あれは新曲OAがめちゃくちゃ早かったからなぁ。早い時はまだレコード盤が出来上がる前のテープの段階で流しちゃってたり。。。
 だからね、この曲も、かなり早い段階で耳にしてたんだよな。 しかも「歌謡選抜」は、1回の放送で、2回・・・酷い時は3回くらい同じ曲をかけるんでね、すぐ覚えちゃったんだよね。
 それでも、リリース前に毎週のようにかかるんで、少し食傷気味になっちゃったりして、リリース時には、「もういいよ・・・・」っていう感じになってた曲も多かったなぁ。

この曲もそんな曲の一つだった・・・ような気がする。 兎に角さ、この時期が一番ベストテン番組を聴いてた頃だったからなぁ。新曲をいち早く仕入れる、覚えることに必死になってた頃だった気がするし。。

だからね、この曲がリリースされたあと、7月には、すでに自分の中ではこの曲のピークが過ぎてたんだよね。。

それでもね、最初はこの曲、新鮮だったんだよなぁ。 それまでの芳恵の曲には無かったような新鮮さ。
いや、曲調から言えば、当時の時点でもそれほど目新しさはなかった・・けど、新鮮に感じたんだよね。
 きっとねぇ、この曲から感じる「瑞々しさ」なんだろうな。

「夏模様」というタイトルから、アップチューンな曲を想像しがちだけど、実際は、ややスローなミディアムチューン。 このスピード感が、あの頃の「夏休み」のを思い出させるんだよね。
 ゆっくり流れてた「夏休み」の時間。 特に、この曲の場合は「夏休み」の午後の風景かなぁ。 
ゆっくり流れてた時間の中に、やや気だるさを感じてた、あの頃の夏休み。 そんなフラッシュバックで流れる。

まあ、今となってはだけどね。でも、当時としても、この曲を聴いて、「これから始まる」夏休みを想像してた様な気がするな。
 その風景が、「これから始まる」というヒット当時に想像していた風景と、30数年前を思い出す、今、フラッシュバックで流れる風景と一致するんだよな、この曲は。

たださ、歌詞の内容は、恋の終わり⇒夏の終わり を想像させる曲だったじゃん。その辺は、ちよっこっと曲のイメージとずれてましたけどね。
 うん、ワタシの中では、夏の始まりの曲だったからさ、この曲は。 ま、当時は歌詞の内容まで突っ込んで聴いてなかったんで、個人的には気にはしてませんでしたけど。

ちなみに、この曲の作詞の 微美杏里 さんとは女優の藤真利子さんのペンネーム、「ビビアン・リー」のあて字ペンネームでしたね。 当時は、この手の「変名」を使うヒトが結構いて、覚えるのがなかなか大変だったよな。

作曲は、オフコースのギタリスト松尾一彦氏。オフコースとは違い、意外とフォーキーなメロディーを作る人でしたね。 この曲なんかは如何にも・・・って感じだったかなぁ。


それとね、ま、蛇足なんだけども個人的に、この曲を聴くと同時に思い出すのが、当時所属してた、中学校での吹奏楽部の練習風景。
 ワタシが通ってた中学校は、毎年夏に開かれる「コンクール」には出場してなかったけど、9月に定期演奏会を開いてんだよね。それに向けて、夏休みも半ば返上して毎日毎日猛練習してたのを思い出す。

 そうだ、あの時、ワタシの中でヘビーローテーションで流れてたのが、この曲なんだ。

だからね、この曲を聴くと、あの時、猛練習してた曲が、私の頭の中では同時に鳴りだすんだよな。
あれから、33年が経っているというのに、いつまでも忘れられない風景の一つなんだよね。






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ト・レ・モ・ロ / 柏原芳恵

1984_03_トレモロ_柏原芳恵








今回の1曲セレクトは、「ト・レ・モ・ロ」柏原芳恵です。

まずはデータです。

・タイトル    ト・レ・モ・ロ
・アーティスト 柏原芳恵
・作詞      松本隆
・作曲        筒美京平
・編曲      船山基紀
・リリース日  1984年2月29日
・発売元    フィリップス
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数  15.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位

コンピュータへの打ち込みで曲を作る。 今では当たり前の作業だけど、こんな感じで曲を作るようになったのは30年くらい前、80年代中盤頃からですよね。
 ま、実際はその以前にもY.M.Oがシンセによる打ちこみで音楽を作っていたんだけど、まだまだ限られたヒト達しかやっていなかった手法だった訳だし。
 それが、一般的になりつつあったのが80年代中盤頃。家庭用のパソコンも普及しつつあり、シンセも自動演奏用のシーケンサーも手ごろになりかけてから、って感じだったよな。

そんな状況だったんで、この間、高橋由美子さんの「Good Love」の時もチラッと書いたんだけど、80年代の打ち込み曲は、かなりカチッと作ってあるんだよね。
 それは、打ちこみの技術的にも、機材的にも発展途上で、ある意味実験的な部分が多かったこともあるよね。
80年代の技術的なノウハウと、機材の発展に加え、初めから打ちこみをメインに曲を作る、いわいるネイティヴな打ちこみクリエーターの出現によって、90年代の打ち込み音楽はより自然なサウンドに発展したような気がするなぁ。

・・・ってことで、今回は、80年代半ば、そんな「打ちこみ」音楽としてヒットチャート上位まで来た、最初の頃の曲を持って来ましょうかね

柏原芳恵「ト・レ・モ・ロ」。

ま、ここに来ていただいている、特に80年代フリークの方なら、知っている方も多いと思うけど、完全なテクノ(歌謡)ポップスでしたね、この曲は。

アレンジャーの船山基紀氏が、オーストラリアで仕入れてきたフェアライトCMIを駆使した、完全テクノポップスでしたなぁ。

「完全」とつけたのは、作詞 松本隆  作曲 筒美京平 編曲 船山基紀という、この曲と全く同じ作家陣でこの曲以前にもテクノポップスを作っていたんですねぇ。
そそそそ、榊原郁恵さんの「ロボット」ですわね。

ただし、「ロボット」の頃は、まだ打ちこみするのに時間がかかるってことで、シンセは、全て「手弾き」してたんだよね。シーケンサーは使っていなかったんですよね。

それから4年余り経ち、船山氏もフェアライト操作に慣れつつあったときにリリースされたのが、この「ト・レ・モ・ロ」って訳ですね。
 もちろん、この曲は、4年前の「ロボット」とは違い、完全な打ちこみとシーケンサーによる自動演奏。進化したんですねぇ。
 これにより、アイドル歌謡っていうジャンルにも、完全に「デジタルサウンド」が完成したって言えるんですよね。

ま、これはアレンジャーの船山氏の野望というよりも、作曲の筒美氏が70年代末から80年代にかけてY.M.Oの成功を見て、テクノをアイドルポップスに取り入れたいっていう強い願望によって実現した部分が大きいんですけどね。 うん、あくまで船山氏一人の功績じゃないんだよね。
 船山氏曰く、当時は筒美氏の「書生」でしたから・・・というように、当時の絶対的な権限は筒美氏にありましたからねぇ。 船山氏は、あくまで技術的な部分を習得し、筒美氏が作るアイドルポップスのメロディラインを筒美氏が描いたように如何に具体的にデジタル化させるかっていう役割が大きかったですからね。

ただ、この曲で、アイドルポップスのデジタル化に成功した・・・と言っても、まだまだ100%打ちこみだけによる・・・って訳じゃなかったんですけどね。
 例えば、E.Guiterは、矢島賢氏が「手」で弾いてたものだし、バックコーラスは、前年「想い出がいっぱい」が大ヒットしたH2Oの二人がやってたりね。
 ま、H2Oの二人がこの曲のコーラスをやってたって言うのは、結構有名かなぁ。

いずれにしても、今だったら、例えばコーラスは初音ミクを使ったりしたかもしれないし、ギターパートも打ちこみで充分再現できるようになったけど、当時はまだ100%打ちこみだけで曲を作るとはいかないって部分も多々あったんだよね。


でもね、じゃ曲そのものはどうだったのか・・・っていうと、正直言うと、個人的には、この曲自体には、それほど引っかからなかったんだよな。
 なんかね、如何にもデジタル的って言うのかなぁ。抑揚が少ない無機的なメロディラインとサウンドだったじゃない? 特にこの「無機的な・・・」って部分がね、逆に鼻に付いた・・・っていうのかなぁ。
 当時は、ダサイ曲・・・というか、人間味あふれる「有機的」な曲が好きだったからさ。 あ、それは今でも変わらないか。。。

ま、でも言えることは、この曲はアイドルポップスのデジタル化に向けた「実験作」だったのかもしれない・・・ってことんなですよね。だから敢えて、デジタル化したぞって分かりやすい様に無機的なメロディラインにしたのかもしれない・・ってのは後で感じた事なんですけどね。

でもまあ、この曲で、アイドルのデジタル化に成功し、一応の売り上げも記録出来た事で、ここからアイドルポップスのデジタル化に拍車がかかったことは間違いないだろうしね。
 そして、この曲では無機的だったメロディラインも、徐々に有機的なフレーズも含んできたりね。
例えば、同じ 作詞 松本隆  作曲 筒美京平 編曲 船山基紀っていう作家チーム、そして同じ船山氏のフェアライトCMIが威力を発揮した、小泉今日子の「迷宮のアンドローラ」では、切ないメロディラインも魅せたしね。
さらには、次の年のC-C-Bの大ブレイクに繋がっていったって感じだよなぁ。


曲自体とはかんけーないけど、この曲、リリースが「2月29日」なんだよね。
これまた、不思議なリリース日を設定したもんだよね。
当時は、今みたいに主に「水曜リリース」なんていう曜日縛りのリリースではなかった訳だから、「定期」のリリース日を考えれば、次の日の「3月1日」が通常だったはずなんだけどね。

でも、これで1984年は「うるう年」だったって事が分かるわな。
・・・・っつうか、うるう年は「4で割り切れる」いわば、4の倍数の年っていうのは、小学生でも分かるだろうから、1984年は「うるう年」って事はすぐにわかるか。。。。



アイドルポップスのデジタル化云々・・・と書いといて申し訳ないんだけど、どうも動画は、
「生演奏」でのアナログ的な音しか落ちてなかったもんで・・・・。
なんか、ダサい「ト・レ・モ・ロ」になっちゃたな。。。。


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タイニー・メモリー / 柏原芳恵

1983_10_タイニーメモリー_柏原芳恵






今回の1曲セレクトは、「タイニー・メモリー」柏原芳恵です。

 まずはデータです。

・タイトル    タイニー・メモリー
・アーティスト  柏原芳恵
・作詞      松山千春
・作曲      松山千春
・編曲      石川鷹彦
・リリース日   1983年9月21日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   15.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位

えー、この間も書いたけど、またまた1983年の曲です。
ちょっと偏り気味だよなぁ・・・ってことは、ちょこっと置いといて。。

 だけどさ、ここまで37年くらいヒット曲を追いかけてきて、この年、1983年の秋ほどシンミリした、いかにも「秋」っ・・・ってイメージさせるような曲が多かった年もないよなぁ。
 なんかね、この年の秋って、赤・黄色に色づいた紅葉をバックに、オレンジ色の太陽が沈みかけて、一層オレンジ色に染まった秋の日ってイメージなんだよねぇ、ワタシん中では。
 うん、兎に角、「秋の日の夕暮れ」っていうイメージ。

それだけ、いかにも「秋の日の夕暮れ」っぽい曲が多かったのよ。

 松田聖子の「Sweet Memories」しかり、堀ちえみの「夕暮れ気分」しかり、早見優の「ラッキイリップス」の「イントロ」部分もそうだったな。
 
 まあ、それだけ、「秋」っていう季節感を感じる曲が多かったんだよね。
 

 特に、今回引っ張ってきた「タイニーメモリー」って曲。
もしかしたら、この曲が一番、この年の「秋」っていう季節を現している曲かも知れない。
 個人的には、この曲聴くと、1983年の「秋」の時期の記憶が、一気に甦るもの。
 
 ただ、曲自体は、かなりこじんまりとしちゃってるんだよなぁ。まあ、タイトルからして、日本語だと「小さな記憶」ってことになるわけだから、必然としてこじんまりとしちゃっうんだろうけどさあ。

 それにしても、この頃の柏原芳恵の曲って、こんな感じで「小さくまとまっちゃってる」曲が続いたんだよなぁ。
 この前の「夏模様」だって、まったく同じような傾向だったし。。それが、同じような売上げ枚数で止まってしまってた一番の要因なんだろうな。

 まあ、それ以前、1年前の「花梨」の谷村新司から始まったニューミュージック路線だけど、一様にして小さくまとまった曲が多いんだよね。
 中島みゆきが書いた「春なのに」はスケールがでかかったけど、あの曲の場合は、アレンジの服部克久氏の力が大きかったし。

 で、この曲は松山千春氏が担当。 松山千春といえば、♪ 果てしない大空と〜 ♪ って感じのスケールのでかい曲があるわけだから、そうなってもよさそうなものを、それとは真逆のスケールの曲となってしまったわけだからねぇ。。。
 実際、最初、松山千春が作詞、作曲を担当・・・って聞いたとき、「今度はスケールのでかい曲? 」なんて一瞬、期待した記憶があるな。
 BUT、初めて、この曲を聴いたとき、スケールが小さいんで、肩透かしを感じた記憶もあったりして。。。
 考えてみれば、このころの松山千春って、それ以前のようなスケールな感じじゃなかったんだよな。 何せ ♪Sing a Song〜 ♪ なんてウタってコカコーラからがっぽりお金もらってた頃なんだから。。。




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最愛 / 柏原芳恵

1984_09_最愛_柏原芳恵






今回の1曲セレクトは「最愛」柏原芳恵です。

 まずはデータです。

・タイトル    最愛
・アーティスト  柏原芳恵
・作詞      中島みゆき
・作曲      中島みゆき
・編曲      倉田信雄
・リリース日   1984年9月5日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   22.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1984年9月24日〜11月19日付

えー、今回は久しぶりに柏原芳恵さんの曲をひとつ。

1984年の今頃のヒット、「最愛」どぇす。

 しかし、作り手と歌い手の相性っていうのは、絶対あるよね。
・・・っていうのも、柏原芳恵って、中島みゆきの曲だと、とたんにロングヒットになっちゃったりするんだから・・・。

 うん、この曲の前の年の、あの「春なのに」が中島みゆきでしょ。
で、大ヒットだったじゃん。

 まあ、この曲は、「春なのに」に比べると、かなりジミな存在だけど、そうは言っても、当時は、結構ロングヒットしたんだよね。3ヶ月近くベストテンを維持した訳だから。

 うーん、どーしてなのかねぇ・・・。個人的には、この曲のひとつ前の「悪戯NIGHT DOLL」のような、筒美京平−船山基紀による、実験的なテクノサウンドの方がすきだったけどなあ。

 中島みゆきと組むと、とたんに、それまでの、「楽しいオンガクー」っていう雰囲気が、とたんに、ピシーッと、真っ直ぐになるんだよね。

 そこがいいんだろうね、一般的には。

  まあ、柏原芳恵自身も、一段と気合が入っているようにも思えたし。
 聴き手って、作り手の考えている以上に、その辺は、敏感に察知するから、気合が入ってる、入ってない・・っていうのは、分かるからねぇ。

 やっぱり、気合が入ってると、買いたくなるもんなのよ。 普段は買わなくても。

 それがロングヒットに結びつくってことなんだろうね。


 この曲なんかは、気合の入れ方が、ちょっと尋常じゃなかった気がするもん。

 クライマックスは、やっぱ最後の大サビだろうな。

 ♪ 私だれにも言わないけど 死ぬまであなた〜 ♪

 の最後の「あなた〜」の「叫び」は、気合が入ってたよん。それまでのシングルでは、見られなかったような。

 結局、そこにジン・・・とくるわけですわ。

 でもでも、やっぱ、個人的には、このヒトには、もっと「ポップス」を歌って欲しかったなや。
 こういう「歌謡曲」路線もありなんだけど、なんか、当たり前のような気がしてねぇ。。 やっぱり、個人的には「ハローグッパイ」なんだよね、このヒトは。



 へぇ、この曲もPVが存在してたんだな。先ほど初めて知りましたわ。 8月に書いたMIEの「NEVER」の時も書いたけど、ロック系なら、当時のミュートマ(TVK)とかPVを流す場(番組)が開始され始めた頃だけど、ポップス系は、どこでPV流してたんだろう? って感じでしたよねぇ、当時は。
 まあ、PVの制作技術もまだまだ未熟で、今見ると、通信カラオケで流れてる動画みたいな演出だけど。。。



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悪戯NIGHT DOLL / 柏原芳恵

1984_06_悪戯NIGHT DOLL_柏原芳恵






今回の1曲セレクトは、「悪戯NIGHT DOLL」柏原芳恵です。

 まずはデータでーす。

・タイトル    悪戯NIGHT DOLL
・アーティスト  柏原芳恵
・作詞      銀色夏生
・作曲      筒美京平
・編曲      船山基紀
・リリース日   1984年5月31日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   9.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 16位


えー、1曲セレクトで柏原芳恵って書くの、なんか久しぶりだなぁ。。。 
ま、これからいろいろ書いていきますよ、多分。。

 で、もって、「悪戯NIGHT DOLL」

 うーにゃ、このヒト、もっと売れた曲がいっぱいあるじゃん、なんで、この曲なの? と言われそうたけど、単純に、この時期のヒットだからってところかしらね。。。(爆)

 いやいや、曲的にも面白かったからなんだよね。

 正統派のボーカルと真っ直ぐなシンセとの組み合わせ イコール 意外と面白いじゃん って感じなんだよね。

 まあ、このヒトの場合、アイドルとは言え、歌はそれなりにうまいし、歌い方も正統派のストレートピッチャーの見本のようなアーティストだったからね。
 曲調も、それなりに、ストリングスがメインな正統派気味
の曲が多かったんだよね。

 その逆転の発想で、いちど遊んで見ましょう的に作られたのが、この曲の前の「トレモロ」ですね。
 さすがに筒美氏の発想はズルドイというかね、榊原郁恵の「ロボット」から派生した、筒美氏のテクノ歌謡路線を応用したつくり。

 ま、そのまえにアレンジャーの船山氏が、フェアライトCMIを持ち込んだんで、その実験として作られた曲というかね。それが「トレモロ」。

 たださ、それはそれで面白かったんだけど、個人的には、ちょっと実験的になりすぎちゃったんじゃないかなぁって思ったりするんだよね、「トレモロ」の場合。
 たしかに、ギター以外は全て打ちこみに作られた世界は、アイドル歌謡としては画期的だったけど、なんか、2次元的⇒のっぺらぼうな平面的な曲っていう、イメージが個人的には強くてさ、あんまり触手は伸びなかったんだよね。

それに比べて、この「悪戯NIGHT DOLL」は、「トレモロ」と全く同じく、全面的にフェアライトで作られてる、テクノ歌謡な曲だけど、さすがに2作目とあって、遊びが入ってる分、面白かったんだよねぇ。

 音色にしても、「トレモロ」で単色白色のなんか、冷たいようなそっけない感じがするんだけど、この曲は、もっとカラフルでいろんな表情が見えるんだよね。
 夏間近のこの季節のリリースということもあって、暖色系・・うーん、ジャケ写のような「黄色」をメインとした明るい色合いって言うかね。

 そういう部分が、この曲は好きだったなぁ。
 なにより、これだけ「遊び」がはいって、ラクに歌ってる柏原芳恵の曲って、意外と少ないからねぇ。

 本当は、もっとこのテの曲を歌って欲しかったんだけど、なぜか、この反動なのか、ここから、余計に「正統派」の道に行っちゃったんだよね。
 この曲の次が、中島みゆきの「最愛」だからねぇ。。。
まあ、曲としてはよかったとは思いますが。。。。なにぶん、このヒトには、中島みゆきの作品が似合いますかんね。


 それと、シンセに関しては、この年ごろから、アイドル歌謡などPOPSの世界でも、「普通」に使われるようになりましたね。
 中でも84年といったら、上記の船山氏が駆使してたフェアライトCMIと、 対抗馬として林哲司氏が得意としてた、ヤマハDX7だろうねぇ。

 これらの「音」が聴こえてきたら「84年」っていう感覚になるのは、ほとんどパブロフの犬⇒条件反射 ですよ、すでに。

フェアライトは、いかにもシンセっぽい機械的な音なんだよね、「悪戯NIGHT DOLL」のほかに、同じ時期にリリースされた、小泉今日子の「迷宮のアンドローラ」でも聴けますね。

対してヤマハDX7は、もっとソフトな音色でしたよね。84年といえば、上記の林哲司氏の、菊池桃子の一連の曲が一番分かりやすいけど、その他ありとあらゆるヒトが使ってたからなぁ。 あ、同じく小泉今日子の「半分少女」(83年)なんかは、イントロとかDX7のプリセット音をそのまま使ってましたよね。

 なんか、キョンキョンがいい対比になっちゃったけど。。。




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ちょっとなら媚薬 / 柏原芳恵

1983_04_ちょっとなら媚薬_柏原芳恵






今回の1曲セレクトは、「ちょっとなら媚薬」柏原芳恵です。

 まずはデータです。

・タイトル   ちょっとなら媚薬
・アーティスト 柏原芳恵
・作詞     阿木耀子
・作曲     宇崎竜童
・編曲     萩田光雄
・リリース日  1983年4月13日
・発売元    フィリップス
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数  12.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位


えー、本日は、Y.M.O「君に胸キュン」、松田聖子「天国のキッス」と、1983年の曲ばかりセレクトしてきてますが、今回も1983年の曲ですっ(ヤケクソ)

今回セレクトしてきたのは、柏原芳恵の「ちょっとなら媚薬」なんだけどね、 この曲、ずっとリリース日を間違えて覚えてたんだよな

 あれぇ、この曲、「4月13日」だったっけなぁ・・・リリース日。

 ワタシのつたない記憶の中では、「3月28日」だとばっか、記憶してたんだけどなぁ。。。

 いずれにしろ、なんで「4月13日」なんて、めっちゃ中途半端な日にリリースしなくてはいけなかったのか?
 っていうのは、今となっては、判然としないんだけどさぁ。

 まあ、今は毎週「水曜日」が定期的なリリース日になっちゃったけど、当時は、そんな週ごとの定期的なリリース日なんて無かったし。。

 だいたい五、十日か、毎度書いてるように「21日」っていうパターンが一般的で、「13日」なんて中途半端な日にリリース日を設定すること自体、珍しかったわけで。。。


 ところでさ、なんで、このタイミングで、この曲を引っ張ってきたか・・・っちゅうと、あ、たまたまFMで柏原芳恵が流れてきたから・・・だったんだよね。ふらふら


 ・・・って書くと、なんて安易な・・・なんて思われちゃうかも知れないけど、だいたい、いまどき、FMから柏原芳恵なんて、流れてくるの自体、珍しいじゃん・・・。 あれ? そうでもない?

 ま、いずれにしろ、最近は、FMもAMも、そう、大して代わり映えなくなっちゃったよね。
 昼間のFM聴いてると、特にそう思うわ。

 まあ、Radikoなんて始まっちゃったから、余計だよなぁ。Radiko聴いてる分には、音質的にも全く代わり映えなくなっちゃったわけだからさ。

 そういう分では、いまどきFMから柏原芳恵が流れてきても、おかしくは無いのか。。。


・・・っちゅうことで、柏原芳恵の「ちょっとなら媚薬」だけど・・・

 これ、83年リリースの曲なんだけど、このころのアイドルって、必ず1回は、「山口百恵」をやりたがったよね。
 後追いというか、「恒例行事」というか。。。 どうしてなんだろうねぇ。
 どうあがいても、山口百恵を越えられない・・・って分かってても、なぜか、みんな1回は、山口百恵づくことが多かったんだよねぇ・・。
やっぱ、それだけ山口百恵っていう存在が偉大だったっていうわけか?

 当時、山口百恵にコミットしなかったのは、松田聖子くらいなんじゃないかなぁ。。


 この曲なんて、もろそれだもんね。

 ・・・っちゅうか、大体において、この曲の作家陣からして、もろ、山口百恵のそれな、わけで、ここまで、徹底して山口百恵づいたのも、珍しいっちゃ珍しいんだけども。。。
 作詞 阿木耀子、作曲 宇崎竜童、編曲 萩田光雄 っていうトリオから、山口百恵を連想しない・・・っていうのは、難しいわけで。。。

 うん、曲調的には、「絶体絶命」あたりのマイナー、ツッパリ路線・・・って感じをもう一度・・ってところなんだけど。

 ただ、やっぱし、この路線は、柏原芳恵には、ちと、荷が重たすぎんぢゃいですかねぇ。 
 山口百恵がこの路線を歌うと、曲のイメージというか輪郭がはっきりしたのに、このヒトが歌うと逆にくすんじゃったりして。。。

 なんか、もしゃもしゃとよく分かんない曲になっちゃった・・・っていう印象が強いなぁ。

 やっぱし、このヒトの場合は、この1曲前の「春なのに」のような、まっすぐ清純路線が一番、合ってたんじゃないですかねぇ・・・

・・・なんて今更ながら思ったりして。。。




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恋人たちのキャフェテラス/柏原よしえ

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今回の1曲セレクトは、「恋人たちのキャフェテラス」柏原よしえです。

 まずはデータです。

・タイトル    恋人たちのキャフェテラス
・アーティスト  柏原よしえ
・作詞      三浦徳子
・作曲      小泉まさみ
・編曲      船山基紀
・リリース日   1982年2月5日
・発売元     日本フォノグラム
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数   19.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1982年3月15日〜3月22日付

今回の1曲セレクトは、久々に柏原よしえでも引っ張ってきますか。 「恋人たちのキャフェテラス」

 またまた、すでに今となっては、ほとんど記憶の彼方から沈んでしまったような曲をセレクトしたりしてきたりしましたわ。さすがに覚えてることも少ないだろうねぇ、まあ、すでに33年前の曲って言うこともあるけどあせあせ


 この曲は、柏原よしえのブレイク曲、「ハローグッパイ」の次の曲。だから、イメージは、とっても「ハローグッパイ」なんだよね。
 大体、「ハローグッパイ」が ♪紅茶のおいしい喫茶店〜♪だったのが、またまた「キャフェテラス」って言うくらいだから、この辺からもイメージがダブリますな。
 さぞかし、作家陣も同じヒトたちなんだろうなぁ・・・と思いきや、同じなのは、作曲の小泉まさみ氏だけなんだよね。 作詞は、喜多條忠氏から、三浦徳子女史へ。アレンジは、竜崎孝路氏から船山基紀氏へ、それぞれ変更になってたりする。

 きっと、このメンバーで「ハローグッパイ」を作ったらっていう感じで、作ったんでしょうな。 アイドルの曲の作りらしい作りだったりしますな。まあ、この曲は大ヒットを受けた後の「つなぎ」の曲ってところだったんだろうからさ、これはこれでよかったのかも。

 売上げも、「ハローグッパイ」の38万枚から、この曲は、その半分よ。まあ、今聴いても「ジミ」だもんなぁ。。なんて言うのかな、勢いがないんだよね、曲に。春に向かって勢いをつけたかったんだろうけど、どうも、今ひとつ失速してしまった感が今聴いてもありますな。

 というか、この頃の曲って全体的に「ジミ」めの曲が多かったんだよね。そういう時期だったんだよね、きっと。

 それにしても、タイトルは時代を感じるよね。 なんで、「カフェテラス」ぢゃなくて、「キャフェテラス」なんでしょ? とか思っちゃったりして。。 いやいや、あのころは、この感じが「ナウ」(←死語!)かったんですっ。 これより前だけど、ジューシィーフルーツだって「なみだ涙のキャフェテラス」だったもんね。

個人的には、小学校の卒業を控えた謝恩会の頃を思い出すな、この曲を聴くと。




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春なのに

1983_02_春なのに






今日の1曲セレクトは「春なのに」柏原芳恵です。

 まずはデータです。

・タイトル    春なのに
・アーティスト  柏原芳恵
・作詞      中島みゆき
・作曲      中島みゆき
・編曲      服部克久 J.サレックス
・リリース日   1983年1月11日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   33.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1983年1月24日〜3月28日付

 今日引っ張ってきた曲、「春なのに」。まあ、卒業シーズンのもはやスタンダードといってもいい曲ですよね。、でも、どうも、書くのが難しくてさぁ・・・。少しの間、書くのを躊躇してたんですよね。

 書くのが難しい・・・っていうのは、うーん、ストレートなんだなぁ、この曲。
 たとえば、どこか遊びがあるとか、強烈なインパクトが・・って言う曲は割合書くの簡単なんだけど、どうも、この曲のような「真っ直ぐ」な曲は、レビューとして書くのは難しいんだなぁ。
 うまく書いてる方は本当に尊敬します。

 まあ、それは、多分ワタシが「曲がった性格のヒト」だからかもしれないけど・・・

 たださ、中島みゆきっていうヒトは、すごいよね。自分の曲の場合は、重箱の隅の〜ちっちゃ名世界〜・・・っていうどっちかといえば演歌チックな曲を歌うか・・と思えば、この曲のような「フリー」なスケールのデカイ曲も作る。

 まあ、最近でこそ自分でもスケールのデカイ曲を歌うようになったけど・・・。

 ただ、どうしても「重箱の隅の〜ちっちゃ名世界〜」っていうイメージが強いから、中島みゆき=暗い っていうイメージが強くなっちゃうんだけど、実際は全く違うと思うんだよね。このヒトの場合。

 それどころか、ヒトの心をがっちり掴むすべに長けているっていうかねぇ、ついつい引き込まれる曲調なんですよ。このヒトの持っているメロディライン、コトバはね。

 うーん・・・なんていうのかなぁ。野暮な言い方で書くとクラシック・・・うーん、オペラ的なんだよね。
 メロディラインといいスケールといい。そうそう、現代のオペラなんだ、このヒトの書く曲っていうのは。

あ、それは、「今」の自身のヒット曲「麦の唄」を聴いていても、よくわかるよなぁ。

 まあ、この曲は特にアレンジが服部克久氏って言うところもあるのかもしれないけど、特にそんなイメージがあるんだよね。

 だから、昔から、松任谷由実の対象として中島みゆきって扱われることが多かったけど、そういう意味では全く違うフィールドのヒトっていえるんですよね。
 そう、だから、本来なら、このヒトをニューミュージックのジャンルに入れるのはちょっと違うのかもしれないなぁ。



 今年ももうすぐ卒業シーズンだけど、また、この曲かかることも多いのかなぁ?
 すでに、この曲がヒットした32年前とは卒業のイメージも随分と変わったけどねぇ・・・・。


 ・・・なんて、ほとんど、ごまかして書いてるよね・・・メンゴ。



まったく関係ないんだけど、この曲を聴くと、なぜかセットで「E.Tのテーマ」が聴きたくなるワタシです。
この曲がヒットしてた時期と「E.T」が公開されてた時期がちょうどシンクロしてたからなぁ・・・。
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