かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

松本隆

16粒の角砂糖 / 西村知美

1987_01_16粒の角砂糖_西村知美


今回の1曲セレクトは、「16粒の角砂糖」西村知美です。

まずはデータです。

・タイトル    16粒の角砂糖
・アーティスト  西村知美
・作詞      松本隆
・作曲      辻畑鉄也
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1987年12月17日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  7.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1987年1月12日付

2018年、明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします。
さてさて、年明け1発目の「1曲セレクト」。いつもながら曲、どーしようかなぁ・・・やっぱり年明け早々は「アイドル」で行きたい・・と思ったものの、どうも、コレといっ曲が浮かんでこない。
1月っていうのは昔からリリースって薄いんだよなぁ。だからね、1月に新曲を書こうと思うと、意外と苦戦する。これはアイドル系にもいえることでさ。確かに1月1日リリースって言うもある事はあるんだけど、これまで結構書いてきたからなぁ・・・。

・・・と思ったら、1月1日リリースではないものの、「年末リリース」だった曲が1つあったぞ。

西村知美「16粒の角砂糖」

うーむ、最近、なんやかんやで西村知美さんの曲ちょくちょく書いてるような気がするけど・・・。でも、まだあるんだよねぇ、書いて無い曲が。 

この「16粒の角砂糖」なんて曲。どの位の方が覚えてるだろ? その方が心配。

この曲は、西村知美さん5枚目のシングル。 でもね、ここまでがデビューした年、1986年のリリースなんだよね。 っつうことは、デビュー1年目は、5枚もシングルだしてたりするんだよな、西村知美さん。

ここでは何回も書いてるけど、当時は3ヶ月ローテーションリリースが通常。 つまりさ年4枚リリースっていうのが、普通だたんだよね。 そそそ、季節ごとに1枚っさて感じかな。

だからさ、それから見ると、年に5枚リリースっ、しかもデビューの年に5枚っていうのは、当時から見てもハイペースなリリースだったんだよね。

まあ、この曲の前曲「君は流れ星」は、アニメの主題歌っつうこともありーの、通常のリリースローテーションから外れた、いわば「臨時発売」的なリリースであった訳で、 通常であればこの「16粒の角砂糖」がローテーションにのったリリースになるんだけどさ。

だけど、当時は、あまりのリリース間隔が早くて、どちらかといえば、この曲が「臨時発売」のような感覚になってたことは確かだな。


だけんどねぇ、前も書いたかもしれないけどこのヒトの曲って、デビュー以来どの曲を取っても、いまひとつ良く分かんない曲が多かったんだよなぁ。
まあ、ウタがね。。。。あれなんで。。。

その中でも一番分かんなかったのが、この「16粒の角砂糖」だったりするんだよなぁ。 ま、個人的な話って言うでなんだけど・・・。

この曲、西村知美さんにしては・・・いや、当時のアイドル全般からに見ても珍しい3連のドゥ・ワップ調だったりするんだよな。
だからさ、本当だったら、「へぇ・・めずらしいなぁ」なんて引っかかってもおかしくないんだけど、なにせ、ウタが素晴らしい西村さんだからさあ、逆に余計分かんなくなっちゃっただよなぁ。

聴いた後で、一体何だったんだろう? なんて思っちゃったりして。。。 なにが「16粒の角砂糖」なの? 言いたい事がさっぱり分かんなかったんだよな、当時のワタシは。

今でもこの当時の曲を通しで聴くと、やっぱり浮くんだよなぁ。 86年から87年って言う時代からみても逆行しているような・・・。

そうだ、当時分かんなかったのは歌詞の内容云々の前に、曲として時代性が良く分かんなかったんだよ、この曲。だから、理解できなかったのかもなぁ。

いやいや、正直いうと今でも良く分かんないんだよ、この曲は。 ただ、ヒット当時は全く引っかからなかったこの曲も、30年経った今は、なんとなしに引っかかるようになったけど。。。




うーん、改めてVTR見ながら曲を聴くかぎり、当時ひっかからなかったのは、曲のインパクトの薄さもせいってのもあるな。
確かに曲調的には面白いんだけども、如何せん流れて行っちゃうような感じなんだよな。西村さんも今一つ消化しきれてなかったんじゃなぁのかなぁ・・・。改めてそんな印象を感じたな。


よろしかったら、ポチッと押してね。
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

バラードのように眠れ / 少年隊

  1986_12_バラードのように眠れ_少年隊


今回の1曲セレクトは「バラードのように眠れ」少年隊です。

まずはデータです。

・タイトル    バラードのように眠れ
・アーティスト  少年隊
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1986年11月28日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 23.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1986年12月8日〜1987年2月16日付

いつもの事だけど、ここにたどり着くまでが長いんだよなぁ・・・

・・・なんて、これじゃ意味分かんないですよねぇ 

いやいや、この1曲セレクトの文章を書き出すまでが長い・・・って事なんですけどね。

頭では、いつも「あー、書かなきゃ書かなきゃ〜」って思ってるんだけども、なかなかPCに向かえない。別に後でもいいのにゴミ捨てに行っちゃったり、時にはドライブに出かけちゃったり、買い物に行っちゃったり・・・
そうじゃなくても、いざPCに向かって「よし、書こう」と思っても、他のサイトが気になっちゃったりして、気が付いたら2時間〜・・・とかさあ。。。

まあ、今に始まった事じゃないんだけどね。昔からそう。お尻に火が付かないと全く動かないタイプ。物事を計画的に進められないタイプ。
夏休みの宿題は最後の1日で・・・いや、最後は面倒になってやらないで明日廊下に座らせられればいいや・・・なんて開き直るタイプ。

ただ一旦尻に火がつくと、物事を進めるのは、めっちゃ早い。自分でも制御できなくなったりしてさ。。。早すぎ途中の過程をすっとばす事も多いけど。。
ここもね、一旦書き始めると30分もあれば書いちゃうんだけどねぇ。
その代わり、以前からここ読んでくださってる方は大かた気が付いてると思うけど、ワタシ「誤字脱字」が多いのよ。   書き始めると、かっとばして書くからなぁ。。。

でも、なっかなか尻に火が付かないんだけどね。

サラリーマンとして、否、社会人として出世できないタイプですな  


あー、訳の分かんない「マクラ」になっちまった。。。

少年隊の「バラードのように眠れ」でしたねぇ〜。。

ちょっと前に別の曲を書いた時に、リリース日を間違えて覚えてた・・・ってことで、書く曲を差し替えた事があったんだけども、そん時元々書こうと思ってた曲が、実はこの「バラードのように眠れ」だったんだよね。

いや、つい最近まで、この曲86年の「11月1日」リリースだった・・・ような気がしてたんだよなぁ。。。。「11月28日」だったか。。。

ということで、今まで書くの先延ばしにしてたんだけど、ヒット時期にも合ってきたんで「満を持して」引っ張って来ましたわ。

うー、「満を持して」っていうのは、ちょっと大げさか。 なんせこれまで1500曲ほど書いてきたのに、まだ書いてなかった曲だからなぁ。
忘れてた訳じゃないんだけど、今一つとっかかりが難しくて書けないでいた曲って感じなんだよね、この曲。


この曲、少年隊としては、デビュー第4弾シングル。 結成以来5年待って満を持してレコードデビューした「少年隊」。ま、デビューシングル「仮面舞踏会」は、その期待を裏切らないヒットとなった訳だけど、その後が今一つだったんだよねぇ。

この「バラードのように眠れ」の前の「ダイヤモンド・アイズ」なんて、オリコン1位を獲得したものの、「あっという間」にヒットチャートから転げ落ち・・・。
いや、この曲のチャートの転げ落ち方には、逆な意味で「意表」を突かれたんだけどさ。 
たしかにね、曲自体、よく分かんない曲だったんだけどね。 これで大ヒットはない・・・よな・・・って言う感じで。

そんなわけでね、「少年隊」は意外と短命かも・・・なんて個人的には思いつつあったときに、この「バラードのように眠れ」がリリースされた訳ですわ。

前曲が前曲だっただけに、ある意味、少年隊にとっての「勝負曲」だったわけですわね。

でもまあ、そこは作詞 松本隆、 作曲 筒美京平、編曲 馬飼野康二  80年代ポップスに於いての超黄金トリオですわ。 この3人で「駄作」の訳が無いですよ。

この曲を皮切りに、次の「Stripe blue」、3曲先の「ABC」へと続く、 松本-筒美コンビによる、いわいる少年隊ユーロビート「3部作」と呼ばれるようになった、その最初の曲がこの曲って訳だけどさ。

でも、この曲は大まかに見てユーロビート感は薄かったような気がするな。

一聴して、どちらかと言うとショービス系の匂いが強いよね。 イントロにかぶさってる、ストリングスのサウンドは、完全にショービス風だしさ。 その昔のトム・ジョーンズとか、そうじゃなくても70年代のフィラデルフィアサウンドを彷彿させるしさ。 
ま、確かに、リズム的にはユーロビートなんだけどさ。 強烈にユーロビートを感じせる訳ではない。

でも、そう考えると、ヨーロッパとしてのユーロビートと言うリズムの上に、フィラデルフィアって言うアメリカンなサウンドを纏わせ、日本の少年隊が歌う・・・なんていう図式にもとれるんだよね。

大げさに言えば「ワールドワイド」な曲・・・ってさ。 

そういえば、少年隊のデビューキャッチは「日本発、世界行き」だったよな。 

もしかして、このキャッチコピーを意識した曲だったのか、この曲は  

なんて考えると、松本、筒美、馬飼野・・・っちゅう超ゴールデントリオ、さすがにタダ者じゃないな・・・。

まあ、考えすぎかもしれないけどさ。。。 (なんて書くと身も蓋もない 


いずれにしても当時は、ユーロビートな時代だったんだよね。古今東西猫も杓子もユーロビートだったもんな。

まあ、日本の曲の場合、大体は向こうの曲のカバーだった訳だけどさ。
これは当時の日本のソングライティングレベルでは、なかなか自前でユーロビートを作るのも難しかったからなのかもな。

以前、近田春夫氏も「リズム体を車のシャーシに例えると、80年代の向こうの曲のシャーシは難しいんで・・・」ってな事を言ってたしね。

そんな中、それでも「自前」でユーロービートサウンドを持ってきたっていう、この曲からの少年隊、ユーロビート3部作はやっぱ画期的だったんだよね。 それを考えると、やっぱ筒美京平って言うヒトと、そのプレーンだった馬飼野康二氏や船山基紀氏の凄さを改めて感じたりするんだよなぁ

 そして当の少年隊も、ランキング的にも、この曲を皮切りに息を吹き返しましたよねぇ。ただ、レコード売り上げ枚数は、それほどでもなかったんだけどね。この曲が23万枚だったし。。。
いや、それでも当時は、結構な大ヒットに感じたんだけど。。。実感的には、実際の売り上げ +5万枚位の感覚がありましたね。 この曲にしたって30万枚前後っていう感覚があったしさ。
それだけアナログレコードの売り上げが落ちてたんだよな。この頃が「底」でしたからねぇ。



「邦楽としてのポップス」と見た時、やっぱり、この時期の曲の完成度って高いんだよなぁ。
それだけ各作家陣がこのころが一番成熟してたって言う証拠なんですよね。
洋楽的だけども日本の土着的な匂いが強いっていう独特のグルーヴ感は、端から「外人」が書いてる最近のジャニーズの曲では全く感じられなくなったよな。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

生意気 / 中山美穂

1985_11_生意気_中山美穂


今回の1曲セレクトは、「生意気」中山美穂です。

まずはデータです。

・タイトル    生意気
・アーティスト  中山美穂
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      船山基紀
・リリース日   1985年10月1日
・発売元     キング
・オリコン最高位 8位
・THE HITCHART HOT30最高位 16位

松本隆氏が今年の紫綬褒章受章というニュースが広がってますねぇ。
まあ、松本氏くらいの「実績」であれば、受賞して当然であるとは思いますけどね。むしろ、遅いくらいではないのかなぁ。
同じく70年代、80年代のヒット曲界を席巻したもう一つの2大作詞家、阿久悠氏は99年62才で受賞していたりする。ユーミン、桑田佳佑氏、中島みゆき女史は50代でしたからねぇ。
松本氏は今年68才だったそうで、それを考えるとやっぱ遅かったよね。長年の盟友である作曲家の筒美京平氏が、2003年に受賞しているけど、その時でも良かった位かもなぁ。

いずれにしても70年代、80年代の音楽界を「作って」来た方も、「国」から認められる賞を受賞する年代になって来たわけなんだよねぇ。

それをかんがえると、やっぱ、自分も年を取るわけだよなぁ・・・などと考えずにはいらなかったりして。。


・・・ということで、やっぱ、今回は松本隆氏の曲を持って来ましょうかねぇ。。。

と思って、考えてた曲があったんたけども、今リリース日を調べてみたら、もうちょっと「後」だった。。。

うーむ、「11月1日」リリースだとばっかり思ってたんだけどなぁ。。。。。「あの曲」

まあしょうがない、他にもあるさ〜・・・などと軽く思ってたんだけど、浮かんでくる曲が悉く、これまでに書いてるんだよな。。。  

で、絞り出してきた曲がこの曲。

中山美穂「生意気」。

なあ、「絞り出してきた」っていうのは大げさかもしれないけどさ、ミポリンのデビュー第2弾シングルですわな。

この曲、まだ書いてなかったんだな、ワタシ。

ま、確かに、当時から印象に薄い曲ではあった。 もちろん音源はかなり昔から持ってたし、だから知らなかった訳じゃないんだけども。。。

なんかね、知らない間に「ヌルッ」とチャートの上位に居た・・・。 そんなイメージなんだよな、個人的には。

それは、恐らく個人的な事情もあるかもなぁ・・・いや、多いにあると思う。

・・・というのもね、この曲がヒット当時・・・1985年10月から今頃にかけてだよね、 当然、毎週のようにオリコンウイークリーを買いーの、ヒット曲情報を集めていたワタシだったけど、「唯一」このころのオリコンが欠けてるんだよなぁ・・・。

なぜか・・・っちゅうと、このころオリコン手に入らなかったんだよ、個人的に。

この頃と言えば、毎週、高校があった木更津の駅前の某書店に、毎週月曜日(オリコンウイークリー発売日)になると、足しげく通ってたんだけど、85年の10月頃から、発売日当日にも関わらず売り切れになっちゃう事が多くなったんだよなぁ。置くのをやめた訳ではなく売り切れ。

それ以前からそれほど多数冊置いてあった訳ではなかったけど、この時期、ホント、手に入らないようになっちゃったんだよな。
 
原因はね、まあ、恐らくは「おニャン子」の影響だったんだろうな、きっと。 うん、絶対そう。

この当時、オリコンウイークリーでかなり扱ってたからなぁ、おニャン子。 

だからね、それまでヒットチャートなんか興味が無かった人まで買うようになっちゃったんだよオリコン。 その挙句、取り合いになっちゃったのよ。もともと入荷数少なかったから。。。
 ワタシは部活やってたからさあ、書店に行く時間も遅かったからねぇ、必然的に「帰宅部」の連中には後れをとっちゃう訳よ。。。

そんな訳で、何回涙をのんだ事か。。。

だからね、このころ、85年、10月〜12月にかけては、未だに所有欠になってる号が多いんだよなぁ。

この「生意気」って曲は、そんな個人的にオリコンの所有が「欠号」してたころリリースされたからさあ、事前の情報を得損ねたって感じだったんだよな。 

だからさ、個人的には、ホント気が付いたらリリースされてたって感じだったんだよ。

それ以前に、曲自体もそれほどインパクトが強かった訳ではないんだけどさ。 

デビュー曲の「C」のように、思わず引き込まれるようなイントロでもないし、疾走感があった訳でもない。

そもそもシンガポールを舞台にした恋愛劇っていうのも、当時の「ミポリン」からしてちょっと背伸びし過ぎって言う感じだったしなぁ。 うん、確かに大人っぽいルックスではあったけど、まだ15才だった訳だし、やっぱりリアル感が感じられないんだよね。

曲も、この頃の筒美氏としては、新鮮さを感じなかったしなぁ。 85年頃の筒美氏の曲って、いろいろ新たな事を試しているような、新鮮さを感じさせる曲が多かったんだけど、この曲にはその辺が感じられなかったしさ。

まあ、今にして思えば、次の「BE-BOP HIGH SCHOOL」への「つなぎ」的な位置づけだったんだろうけどね。




たださ、そんな「つなぎ」的な曲であったにせよ、そんな曲でもオリコンで「ベストテン」入りさせてきたのは、やっぱり大きかったんだよね。 うん、この曲がミポリンにとって、初のオリコンベストテン入り曲だったのよね。
 デビュー曲の「C」は、ベストテン入り出来なかったからさ(オリコン最高12位)。 大型新人と期待されながらもベストテン入り出来なかったからなぁ。

今思えば、「つなぎ」的なこの曲でベストテン入り出来た事で、その後の本格ブレイクの可能性が見えたわけでさ。 うん、確実にファンは付いてきてたって言う証拠にもなったしね。

もし、この曲でもコケてたら、その後のミポリンも無かったかもしれないな。


ところで、↑件の「オリコン」が売り切れ状態になった件だけどさ、あまりにも解消しないんで、この年の年末にオリコンと「定期購読」の契約をしたんだよね。 そそそ、当時1年契約で定期購読が出来たからさ。
だから、1986年からは、本屋で「売り切れ」を心配することも無くなったんだよね。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

Free Ballon / 島田奈美

    1987_03_Free Ballon_島田奈美


今回の1曲セレクトは、「Free Ballon」島田奈美です。

まずはデータでする。

・タイトル     Free Ballon
・アーティスト   島田奈美
・作詞       松本隆
・作曲       林哲司
・編曲       新川博
・リリース日        1987年2月11日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数   4.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 16位

えー、ここんところずっと、曲のセレクトに苦慮しているワタシでありますが、今回もいつもながら、あーでもないこーでもない、どの曲を書くベか・・・と言う事を考えていただけで1日が終わってしまった感じだよなぁ。

今回は「アイドル」を持って来たい・・・っていう思いはあるものの、これまで大分書いちゃったからなぁ。。。
困った時は、自分の持ち音源から目ぼしい曲を見つけたりもするんだけども、それも大分底をついて来まして。。。

しょうがない・・・持ち音源以外から探して来るか・・・と思っていたところ、ふと、どこからか流れてきた曲が、これ。

島田奈美「Free Ballon」


いや、別にラジオやテレビで流れていた訳じゃないんだけどね、完全に思いつき。

80年代アイドルで、意外と書いてない年・・・それが1987年だったりするんだよね。 そこから3月頃ヒットしてた曲ねぇ・・・なんて、考えていたら、記憶の奥底から浮かんできたんだよな、この曲が。

たださ、↑で書いたように、この曲音源持ってないのよ。

・・・・いや、その前にヒット当時から、ほとんどまともに聴いてない。

たしか、この曲、「ザ・ベストテン」で1週だけランクインしたんだよな。 そう、島田奈美さんって、このきょくが初めてのベストテン入りだったんだよ。

だから、ベストテンでは見てたはず・・・だけど、なぜか、この曲、ベストテンに初ランクインしたときに録音してたカセット集にも録音されていない。
うーむ、ヒット当時、あんまり興味無かったのかもな。

そんなわけで、曲自体まともに「知らない」状態で書かなきゃならない。。。 


いや、全く知らない訳じゃないんだけどね、 サビの ♪ Free Ballon  想い出の糸が〜 ♪ ってところは覚えているぞ・・・

でも、それだけ。。。。


それでレビューを書くのは、あまりにも無責任・・・っつうわけで、You Tubeで曲を聴いてみた。
いやいや、いい時代だよね、知らない曲でもすぐに聴けちゃう訳だから。。。

まずもって・・・。。イントロからAメロにかけての印象が、全く持ってサビとかけ離れてる。

あれ? こんなにマイナータイプの曲だったっけな? サビの部分とはまるでイメージが違う。

ただ言えることは、めちゃくちゃ「あの時代」を彷彿させる曲調。 全体のサウンド、メロディ、コード進行、音の色合い・・・すべてが、いかにも86〜87年・・・・というイメージね。
曲聴いた事無かった訳だけども、イントロ聴いただけで、いやがおうにも「87年」にタイムスリップしてしまう 


曲調は、そうだなぁ「Broken Sunset」以降の菊池桃子。 イントロは、やっぱり86年頃の中山美穂っていうイメージかなぁ。
 作曲は林哲司氏だけど、84〜85年頃の、だれでも一発で分かるような「林哲司」節っていうメロディラインとは少し異なるな。

むしろ、作詞の松本隆氏に合わせたような曲調。 そこが中山美穂っぽいイメージも浮かんでくるんだよな。

そんなイントロ〜Aメロだけど、サビでイメージがからっと変わる。

そそそ、覚えていたあのメロディだ。 それまでのマイナーチェンジの曲から、一転して、思い切り明るいメジャー展開に「転調」。

このイメージは、翌年の同じ春にリリースした「タンポポの草原」に引き継いだようなイメージだな。
今一つインパクトに乏しいAメロに比べると、サビの部分のインパクトはまずまず強いわな。


全体的な印象としては、まとまりがある曲であるとは思う。
だけども少し当たり前すぎっていうキライも感じたりして。。。もうすこし突飛押しも無いところも無いと、がっちりと食いつくような引きは難しいよね・・・そんなイメージもある曲なんだよね。

このヒトは、見た目可愛らしかったし、松本隆氏も入れ込んでたヒトだったんでね、もう少しメジャーになってもよかった・・・って言う気もするけどね。
結局は、この曲が「一番売れた」曲に留まってしまいましたね。

そもそも、このヒトは、将来的にどうしたいのか・・・そんなビジョンも今一つよく見えなかったんだよね。
まあ、80年代後半以降にデビューしたアイドルの大部分は、そんな感じだったんだけどさ。
仮に80年代前半にデビューだったら、河合奈保子さん位のメジャー級にはなっていたかもな。

歌い方がね、デビュー当時の河合奈保子さんにやや似てたんだよね。 うん、ウタは必ずしもうまくなかったけど、一生懸命に歌ってる・・・ってところは伝わってくる歌い方だし。。
その辺りに河合奈保子さんとの共通点も感じたんだよな。

現在はというと、アイドルをやめた後も「音楽ライター」として現在も活躍中とのこと。 うん、分からないもんなんだよね。
アイドル時代は、まさかその後ライターになるとは、全く思いもよらなかったし。






よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

想い出の冬休み / 西村知美

1987_12_想い出の冬休み_西村知美


今回の1曲セレクトは、「想い出の冬休み」西村知美です。
まずはデータでする。

・タイトル     想い出の冬休み
・アーティスト   西村知美
・作詞       松本隆
・作曲       筒美京平
・編曲       武部聡志
・リリース日    1987年11月16日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 11位
・売上げ枚数   3.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 20位



気がついてみれば、朝4時。眠れないまま、1曲セレクトを書いてるワタシは、完全に休みモードだわな。
・・・と思ってたら、新聞屋が朝刊配り出し始めた。もう朝だねぇ。 今晩はこのまま起きていようか。

今年もあと2日を残すのみ。昨日は、今年はここまで長かった・・・なんて書いたんだけども、あれはあくまで「仕事」が長かった・・・ということで、プライベートでは、やっぱ1年、「あっという間」って感じでしたよねぇ。
さっきも池上彰の「今年のニュース総ざらい」を見てたけど、今年の1月、2月あたりのニュースは、てっきり去年だと思ってたのもあったりしてね。ますます、加速度的に時間が過ぎて行くようになってきてますわ。

それはそうと、学生の皆さんは、ちょうど冬休みだよなぁ。 そう言えば、学生の頃の冬休み・・・特に、まだ年が明ける前の時期、12/30とか31って、なんかワクワクしてたよな。 新しい年に向かってのカウントダウンが、なんか新しい世界への扉をあけるような、どっか異次元の世界に行くような感じに思えてね。ワクワク感があったんだよね。
ま、今となっちゃ、そんなワクワク感も無くなっちゃったけどさ。。。 年越しは年越しじゃんよ・・・とか

うーん、ワタシもすっかり枯れて来ちゃいましたね。。。。


ということで、今回の1曲セレクトは、そんな学生時代のワクワクした「冬休み」を歌った歌をひとつ。

西村知美「想い出の冬休み」。

う〜む、果たして、この曲を覚えている方がどの位いらっしゃる事やら。。。。 今から29年前、しかもオリコンでベストテンにも入らなかった、この曲なんで。。。
うんにゃ、その前に、オリコンベスト100に、わずか「3週間」しか入らなかったこの曲なんで。。。

ま、今なら、オリコンの100位以内に3週間しか入らない曲もザラなんで、感覚的にそんなに珍しとは思わなくなった、完全に感覚がマヒしたワタシが居たりするんだけどね。

たしかに29年前当時も、「レコード」不況と、アイドル全盛の流れの中で、相対的にチャートは流動的で、ランクイン期間が短くなっていた傾向はあったけども、さすがに「3週」で100位から姿を消していた曲は、そんなに無かったんだよな。

でもね、この西村知美さんは、そんな曲が多かったんだよな。「初登場」のときだけ、そこそこ売れて2週目以降はぱったり売れなくなるっていう。

結局は、一般的には広がらず、トロリン(西村さんの愛称ね)の熱烈なファンだけがレコードを買うっていう傾向だよね。

だからね、熱烈なファン以外は、曲をほとんど知らない・・・という。

 ただ、ウタ以外で、テレビにはよく出てたからな、このヒト。 うん、あのヒトより「2歩、3歩遅れた」反応のトボケタキャラクターが受けてたし、ま、とりあえず発売した週だけは、ザ・ベストテンにも入ってたからさ。

そんな感じだったんで、個人的にも曲は、そんなに覚えてないんだよな、このヒトの曲は。ま、そもそも、ウタはね、「アレ」なんで・・・。 え? 分かんない? うん、ウタはね「ヘタ」なんでさ、このヒト。
どの曲も同じような聴こえちゃったりするんだよな。

あー、老化現象。。。。 と今では言えるんだけども、当時、ワタシは18才でしたからねぇ。さすがに老化現象ではなく、実際のこのヒトの曲ってどれも同じような聴こえたのよね。
まあ、よく言えば、どの曲にも見られたようなホンワカしたイメージの他にないキャラクターだった事、実際的に言えば、やっぱり、基本となる「ウタ」がね、まともに歌えなかったんで、同じようなイメージの曲しか歌えなかったんだろうな。

そんな同じような曲が並んでいる中で、なぜかこの曲は、よく覚えてるんだよな。

ここでは何度も書いてるように、1987年の冬というと、個人的には大学受験直前ってことで、訳が分からなくなってた頃ですわ。現役で受かんなきゃいけない・・・って言うプレッシャーと、(まともに勉強してなかったんで)ダメだろうな・・・なんていう諦めとが、頭ん中で交差してる毎日でさ。

そんな日々の中、頭ん中でグルグルとヘビーローテーションしていたのが、この曲だったんですよ、なぜか分かんないけど。。。。。

この曲の「牧歌的」な雰囲気に、非日常性を感じてたのかもしれない。

いやいや、逆だ。 当時の訳分かんなくなってた日々が非日常的で、この曲に本来の日常性をかんじてたんだよな、きっと。

だってさ、本当は、こういう牧歌的な日常を送りたかったんだもん。まあ、一種の逃げ口上なんだけどさ。

それが羨ましかったんだよね、きっと。

そもそも、セーラー服姿のジャケ写からして牧歌的じゃん。 うん、時代は一世代遡るけど、壷井むつ美さんの「自転車通学」っていう、本当に知ってる人ししらないような曲のジャケ写に似てるような。。。

img_2[1]


実際曲的に、80年代というよりも70年代なんだよね。原田知世の「撫子純情」って言うタイトルじやないけど、センパイに向かって、純な感情を歌っている曲なんて、87年当時でも既に絶滅してましたからねぇ。

こんな一世代前のアイドルの曲を提供したのは、一体誰?  ・・・と思ったら、

作詞 松本隆   作曲 筒美京平  編曲 武部聡志

なんちゅう、超ゴールデントリオぢゃないの。 もろ斉藤由貴さん布陣の。。。

それにしては、なんてアナロクな曲なんでしょ。
純情というか、田舎的・・・というかさ。。。。上で書いたように、87年当時、既にこんなに純粋な女子高生なんて、少なくとも都会周辺には居なかったょナァ・・・。 とか丁度、高校生だったワタシ思ったりしたもんだけどさ。

ただ、松本隆氏って、「田舎」の女の子像を書くのが上手かったからなぁ。 うん、その昔、太田裕美さんの一連のヒット曲に出て来る女の子って、大体が「田舎もん」だっだしゃん。
「木綿のハンカチーフ」にしても「赤いハイヒール」にしても。

そう言うイメージに似てるんだよね、この曲のイメージって。

そういう「田舎もん」な女の子像を書くとき、必ずコンビを組んでいるのが筒美京平氏・・・って言う感じで、そんな田舎の女の子像を「音楽」として表現するのが筒美氏って抜群にうまいんだよね。
 思わず、田舎の景色が浮かぶんですよ。うん、福島の田舎出身の、田舎もんのワタシが言うんだから

ちなみに、両者とも東京出身であり、本来は「田舎もん」じゃないわけで・・・、不思議なんだよね。
本来なら、めちゃくちゃシティポップスな筈の二人なのに。

この曲もそうだけど、次の「さくらが咲いた」もこの曲と同じ「トリオ」の作品だけど、やっぱり田舎くさかった。

でも、個人的には、やっぱり引っかかった。

結局さぁ、西村知美さん時代が牧歌的なんだよね。そそそ、田舎の撫子純情なイメージなんですよ。
そんな訳で、都会の女の子・・・というよりは、こういう田舎くさい曲の方が合ってたんだろうなぁ。

でも結果としては、売れませんでしたけどね。。。

その辺は、トロリンの熱狂的なファンとの意識がずれていたのかなぁ。。。いくら曲が本人と合っててもファンの好みとズレでるとねぇ。。。そこが難しいところではあるんだよな。

  

 

よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村


情熱 / 斉藤由貴

1985_12_情熱_斉藤由貴


今回の1曲セレクトは、「情熱」斉藤由貴です。

・タイトル     情熱
・アーティスト   斉藤由貴
・作詞       松本隆
・作曲       筒美京平
・編曲       武部聡志
・リリース日    1985年11月15日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   17.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1985年11月25日〜12月9日 12月23日〜12月30日付
・タイアップ:映画「雪の断章」主題歌


先ほど、「めざましどようび」見てたら、斉藤由貴さんが登場してきた。twitterのタイムライン見てると、それについてのツイートが結構出て来てるけど、それにしても斉藤さん、最近よくテレビに出てきてるよなぁ。

このヒト、全然老けないんだよね。50過ぎたっていうのに、雰囲気は昔のまんま。これはコワイ・・・・うにゃうにゃ、驚きですわな。

今テレビだけでなく、毎週ラジオのパーソナリティもやってるわな。ニッポン放送の「オールナイトニッポン ミュージック10」(月〜木 22時〜0時)の木曜パーソナリティ。
 これ通勤の帰宅時に、最寄駅から家までの間、よく聴いてるんだけど、声だけ聴いてると、ホント、昔のアイドル時代と全然変わんないんだよね。
  昔、やっぱり、ニッポン放送でやってた「斉藤由貴の猫の手も借りたい」って番組。 なぜか、あれ、よく聴いてたんだよな。たしか土日の夕方ごろやってたような気がるするんたけど、ラジオを流しながら車走らせてた時に聴いてたんど思う。

その頃と、声も、ちょっと舌たらずなしゃべり方も、トーク内容も全く変わらない。ほんと時代錯誤感を感じるんだよな。

まあ、「ミュージック10」では、水曜パーソナリティの鈴木杏樹さんも、昔から全然変わらない癒しボイスで時代錯誤を感じるんだけどさ。

そんな時代錯誤感プラス、最近は「おとぼけ」キャラで良い味出してきてるんだよね。

前にも書いたかもしれないけど、auのCM。「おとぼけキャラ」というか三枚目キャラというか。

このキャラは、昔の斉藤さんには無かったよなぁ。 このヒトといえば「生真面目」さっていうのが、前面に出てきちゃってた気がするしさ。 
 ウタでも、そんな生真面目さを感じたんだよね。どの曲でも、真面目に真面目に切々と歌っていたような印象が強い。

だからねぇ、最近の「3枚目キャラ」っていうのが、余計新鮮に映ったりしてね。


おおおお、ウタとは関係ない事を大分書いて来ちゃったな。
・・・・ということで、今回の1曲セレクトは、斉藤由貴さんの「情熱」を。

先ほどの「めざまし」での斉藤由貴さんベスト3では、「白い炎」「悲しみよこんにちは」「卒業」を流してたけど、さっすがにね、このクラスの曲はどれも、既に書いちゃってるからなぁ。 この曲くらいしか残ってないんだよね。

逆に言えば、いままで書かないで残っていたってのもレアかもしれないけど。。。。

でもね、こ多分にもれず、今まで書かないで残っていた・・・ってことは、個人的に、この曲があんまり好みじゃなかったっていうのが大きいんだけど。。。。

斉藤さんの 特徴って上で書いたように、どんな曲でも真面目に切々と歌うところだと思うんだよね。
そんな所と、役者との2足のわらじをはいているってところは、薬師丸ひろ子さんに似ているところがあるかもしれない。

違うのは、薬師丸さんの方が、より真面目さが際立っているってところと、発声がファルセットってところだろうな。それにより、実年齢よりも大人・・・・うんにゃ、オバさんっぽく聴こえるとろこかもしれん。
斉藤さんは、真面目に歌ってはいても、たまに見せる舌たらずな発声とか年相応の可愛らしさがあったしね。

そんな真面目さが表に出ている斉藤さんが、如何にも「ポップ」な歌を歌う・・・そこに、このヒトの最大の魅力があったと思うんだよな。

例えば、このヒトの最大のヒットとなった「夢の中で」(井上陽水カバー)にしてもユーロビートなポップアレンジだったし、「悲しみよこんにちは」にしてもポップなアップチューンだったじゃない

普段から真面目が表に出ているヒトが、ポップな歌を歌う・・っていうある種の意外性に面白みを感じるんだろうなぁ。

個人的に、このヒトのイチオシは、86年9月の「青空のかけら」なんだけどもさ。そそ、ハネ系でタップを踏んじゃう曲。 あの曲は、このヒトのキャラからするとホントに意外な曲だったもの。

そう言う点からすると、この「情熱」って曲は、意外性を感じなかったんだよな。
いかにも真面目な斉藤さんが歌いそうな「真面目な曲」っていうかさぁ。そう「如何にも」って言う言葉以上ないような。。。

そんな曲調に、個人的にも魅力を感じなかったのかもしれない。

逆に言えば、「如何にも」っていうところから、このヒトには合っていたとは思いますよ。でも、個人的には退屈さしか感じなかったんだよなぁ。

誰が作っていたのかと思えば、松本隆−筒美京平 なんちゅう、これ以上ないゴールデンコンビぢゃないですか。。
斉藤さんとはデビュー曲の「卒業」以来の担当なわけで、斉藤さんの魅力は何かっていうのは、充分分かっていたはずだと思うんだけどねぇ。。。

折角、70年代の「向こう」のポップスから斉藤さんの魅力を引き出してきていたのに、同じ70年代でも「歌謡曲」よりにしてしまった事で、時代が逆戻りしてしまったような印象が強い。
当時から見て「10年前の・・・・」って感覚だったんだよな。これはニューミュージックが出てきた頃の歌謡曲って言うイメージですよ。

まあ、この曲の場合、映画「雪の断章」の主題歌って言う縛りが初めからあった訳で、そのイメージに合わせなきゃいけないっていうところで、それいえにこういう曲調にならざるを得なかったってところは大きかったんだろうけどね。

でも、レコード売り上げだけを見ると、この曲の前、ビージーズの「若葉のころ」辺りをモチーフにしたと言われる「初戀」よりも、この曲の方が売り上げは、僅かに上がってるんだよね。
チャートでも、オリコンでは、この曲で初めてのベスト3入りを記録してるし。

まあ、チャートは他の曲との兼ね合いもあるんで相対的な部分もあるかもしれないけど、売り上げが微増したのは、ちょっと分からなかったな当時は。
それだけ、「スケバン刑事」からの人気が浸透してきていたって事もあるんだろうな、結局はさ。






よろしかったら、ポチッとおしてね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

永遠に秘密さ / 近藤真彦

1984_09_永遠に秘密さ_近藤真彦


今回の1曲セレクトは、「永遠に秘密さ」近藤真彦です。

まずはデータです。

・タイトル      永遠の秘密さ
・アーティスト    近藤真彦
・作詞        松本隆
・作曲        山下達郎
・編曲        山下達郎
・リリース日    1984年9月13日
・発売元      RVC
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   23.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1984年9月24日〜10月22日付


えー、久々()の1曲セレクトです。
ここ数日、「書きたくないよー」病が出まして 、ちょっとセーブさせていただいていました。
・・と言うかね、この先も、少しセーブして行きたいなぁ・・・なんて思ってるんですよね。
 最初のうちは、やっぱねブログを広げたい一心でガツガツと書いてきたんだけども、書き始めて1400曲過ぎるとねぇ、流石にちょっと文章書くことに疲れが出てきましたね。

・・・・というわけで、これまでは1日1曲を目標に続けてきたんだけども、この先は、もう少しペースを下げて行きたいなぁ・・と思っている次第です。

まあ、書く曲が無くなってきたんで書くの止めるって訳ではなくてね、逆に言えば、出来るだけ長く続けていきたい・・・って思いからのペースダウンと思っていただけたら幸いですね。

・・・というわけで、今回の1曲セレクトは、まっち先生ですわ

「永遠に秘密さ」

うーむ、この曲も、今となっては少し「死角」に入りかけている曲なのかなぁ。

少なくとも「まっち」先生」の曲としては、メジャーな曲ではないですよね、今となっては。

まっち先生独特の破天荒なインパクトが無いんだよね、この曲は。 その点、今となっては忘れられかけている曲となっているんだと思うけど。

だけんどねぇ、この曲は、山下達郎氏のプロデュースなんだよね。 あ、その点は有名なのかな。

作詞、松本隆  作・編曲、山下達郎 ・・・っていう布陣は、この曲の2年前の「ハイティーン・ブギ」以来ですね。

初め、2年ぶりでヤマタツがまっち先生の曲をやる・・・って事を知った時、また「ハイブギ」の再来を期待してたんだけどね。
 当時、まっち先生も曲に恵まれていた・・・って感じじゃなかったしなぁ。デビュー5年目を迎え、そろそろ行き詰ってた感が見えてきてたんだよな。

そんな状況を打破するためにも、再度「ハイブギ」路線で原点回帰を・・・なんて期待してたんだけども、出てきたた曲がこの曲で・・・・しかも、ミディアムバラードだったしなぁ。。。

正直ね、完全に期待外れだったんだよな、個人的には。

それでも、ヤマタツの独特のテイストは、この曲の方が感じられましたけどね。

「ハイブギ」は、ヤマタツの作曲ではあったけども、あくまで、仮想・筒美京平・・・ってな感じで、筒美氏を意識したような曲だったからな。
 その点は、後年作曲することになる、KinKi Kidsの「硝子の少年」と同じような感じなんだけどもね。

でも、この曲は、そんな「くびき」は一切感じられない。純粋にヤマタツを感じさせる曲だよなぁ。

その点では、ヤマタツファンも安心して聴ける曲かもしれない。

ま、そもそもバックコーラスでヤマタツ自身が歌っているのがミエミエの曲だったりもするけどね。


で、まっち先生は、この曲を最後に長年所属してきたRVCから、CBSソニーへ移籍することになるんだよね。
RVCの時は、ヤマタツと同じレーベルメイトだったし、当時のディレクターだった、小杉理宇造氏との繋がりもあって、ヤマタツ自身から曲の提供・・・ってのも可能だった訳だけど、CBSソニーへ移籍となるとそうも行かなくなりますからね。

そんなこともあり、移籍前にヤマタツの曲を・・・ってことで、このタイミングでヤマタツの曲を持ってきたんだろうけどね。
いわば、RVCレコードとの惜別って言う意味だったんだろうな。


ただ、今から思えばRVCからの移籍はどうだったんだろう  なんて疑問符なんだよな。
まあ、確かにレコード売り上げも下がって来ていたし、この辺で方向転換を・・・と言うのも分からないではなかったけど、結局のところCBS移籍後の路線も良く分かんなかったしね。
・・・というか楽曲自体、良くなったとは思えない。RVC時代の方があかぬけていたんだよな。






よろしかったら、ポチッと押してね

にほんブログ村

レースのカーディガン / 坂上香織

1988_09_レースのカーディガン_坂上香織


今回の1曲セレクトは、「レースのカーディガン」坂上香織です。

まずはデータです。

・タイトル    レースのカーディガン
・アーティスト  坂上香織
・作詞      松本隆
・作曲      来生たかお
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1988年8月24日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数 7.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「キテレツ大百科」主題歌


80年代終盤、アイドルも飽和状態になってきた頃、アイドルに「格付け」的等級を付けるようになりましたよね。
A級、B級、C級・・・ 

まあ、A級は「スター」アイドルの証であり、C級ともなるとマニアック、まあ、いまで言う「オタク」様ご用達のような知ってる人しか知らないようなアンダーグラウンドアイドルってわけですわね。

たださ、その間のB級アイドル・・・ってのが良く分かんないんだよな、定義が。

まあ、恐らくベストテンに入りそうで、入れなかったアイドルって感じなんでしょうな。 

そんな定義で言えば、今回セレクトした来た人は、充分に「B級」なヒトだったんでしょうね。

坂上香織「レースのカーディガン」。

覚えてますか、坂上香織さん。

1988年の夏の終わりにこの曲でデビュー。 一応オリコンではベストテン入りを果たし、「ザ・ベストテン」にも「1週」だけランクインしたんだよね。
まあ、ベストテンにランクインした・・と言っても、10位に1週だけランクインしたわけで、だから、フロックといえば、、フロックのようなもんだったかもしれないが。。。
 そそそ、前年の1987年にやはり1週だけベストテン入りしてあっという間に消えた、守谷香さんと同じ感じで。。。

だからさ、オリコンでも「ザ・ベストテン」でも、ベストテン内にランクインしたといっても、決して「A級」なアイドルとは言えない訳ですわね。

そもそも、今となってはアイドルとしての坂上香織さんを覚えてる方の方が少ないだろうしなぁ。

・・・というわけで、やはり「B級」アイドルってことになるんですよね。

まあ、このヒト、アイドルとしてデビューする前に、女優さんとしてドラマ出演した方が早かったんだけどね。

個人的にはシブがきのフッくんこと、布川敏和が主演した「オレの妹急上昇」だっけ? フジテレビでOAしてた「30分」ドラマ。
あれで、フッくんの「妹」役で出てたんだよね、坂上香織さんって。

わあ、また「美少女」が出てきたなぁ・・・なんて好印象で、だからさ、このドラマも好きだったんだよなぁ。

当時、宮沢りえ、後藤久美子っていう両巨頭な美少女女優が出現して、「美少女ブーム」だったじゃん。
国民的美少女コンテストなんてのも、この頃始まってたしさ。

まあ、もちろん、このヒトは、そんな「美少女」ブームとは別なところから出てきた訳だけど、それでもそんな美少女女優の一人に数えても良かったような感じだったよなぁ。

ただね、美少女だからアイドルとして「唄」で成功するか・・というと、必ずしもそうじゃない。
あのゴクミ(後藤久美子)でさえ、ウタでは今一つパッとしなかったしな。

このヒトもそれと同じで、結局のところ、アイドルとして「ウタ」では今一つパッとしなかった・・・っていうのは歴史が証明してるよなぁ。


そもそも曲がねぇ・・・・うーむ、今一つパッとしないんだよな。今回セレクトしてきた「レースのカーディガン」。 
なんかね、時代錯誤だよな・・・っていうイメージが先に立っちゃうんだよな。
どう聴いても、これは80年代初頭のイメージだし、サウンドだよな・・・。いや、下手すると70年代に遡っちゃうかもしれない。
まあ、それだけアナクロなんだよね。

作詞、松本隆、作曲、来生たかお 編曲、萩田光雄・・・・なんていう、まるで松田聖子と中森明菜という、80年代の両巨頭アイドルを合体させたような超豪華作家陣なのに、掛け算ではなく、反対に「割り算」になってしまったような・・・。

まあ、このヒト自体、アイドルとして明るく軽いキャラクターではなく、真面目なイメージが先行してたからなぁ。
そんなイメージから、アイドルとしてどう展開して行こうか・・・っていうところに迷いを感じてる。
そんなことが曲から感じたりするんだよな。だから、今一つ曲として中途半端になってしまう・・・と。

今から考えれば、このヒトの場合は、ウタはやらないで、女優さん一本で行った方が良かったのかもな。
でも、当時の流れとしては、アイドルとしては女優もやって歌もやって・・・って言う流れがデフォルトな所がありましたからねぇ。
そんな流れは、このヒトにとっては不運だったよなぁ。




PVですな。
しかし、どこまでも大林宣彦監督の「転校生」・・・いやいや尾道三部作のパクリだよなぁ・・・と思ったら、大林氏自身がこのPV撮ってたんだな。。。
いやはや、これは今まで知らなかったわ。金かけましたねぇ。
ただ、曲と映像がシンクロしてるか・・・というとちょっと微妙だけど。。。

それと、金かけた分回収できたのかなぁ・・・なんて要らん事まで考えたりして。。。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

真剣 / 田村英里子

1989_09_真剣_田村英里子


今回の1曲セレクトは、「真剣」田村英里子です。

まずデータですよん。

・タイトル    真剣
・アーティスト  田村英里子 
・作詞       松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      新川博
・リリース日  1989年9月6日
・発売元    東芝EMI
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  5.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位

ここ暫くロック・ニューミュージック系の曲が続いたんで、今回の1曲セレクトは、久々に「アイドル」と行きましょうかねぇ。 

田村英里子「真剣」。

「真剣」と書いて「ホンキ」と読ませる。まあ、松本隆氏らしいタイトルですわな。

田村英里子さん、まあ、今までも何曲か書いてきたんだけど、1989年デビュー組のアイドルですな。
89年と言うと、「平成元年」。
そそそ、「昭和」から「平成」に変わった年ですわ。89年1月6日までは、「昭和64年」、1月7日から「平成元年」に変わったんだよね。

・・・・なんてことはどうでもいい事で。。。。

でも、「平成元年」も、一応「80年代」である事には違いないんだよね。 「平成」って90年代以降っていうイメージが強いけどさ。

だから、田村英里子さんも、「一応」は「80年代アイドル」って事になる訳ですわ。

でもね、実際のところ、あの時代を過ごした感覚で言えば、昭和から平成に変わった途端、時代のカラーが変わったような・・・そんな感覚だったんだよな。

それは、ヒット曲界でも言えた事で、前年から熱を帯びてきたバンドブームが本格的にヒットチャートに反映されたのが「平成元年」でしたからね。そそそ、「ロック」が時代を引っ張る・・・そんな時代に入ったんだよね。
 逆にアイドルは下火傾向にあった年ですね。 まあ、Winkが新たにブレイクし、アイドルも「意地」を見せたかのようにも見えたけど、全体的に言えば、いわいる当時の「アイドル四天皇」と呼ばれてたヒト達は、工藤静香以外は軒並み、人気も右肩下がりでしたからねぇ。

80年代も「終盤」となり、いわいる「80年代アイドル」っていうフォーマットもひと時代前のモノになったってことですね。

そんな時代にデビューした田村英里子さんですが、正直言って、まだまだ80年代型アイドルを引きずったような感じでしたよね。

まあ、デビュー曲の「ロコモーション・ドリーム」は、サウンドクリエーターに小林武史氏を迎え、ちょっと今までの80年代アイドルとは違うぞ・・・っていう感触もあったんだけどさ。

そんな流れで、第3弾シングルの「真剣」ですわ。

この曲、 作詞・松本隆、作曲・筒美京平 ・・・・っていう、これ以上ない「ゴールデンコンビ」。
勝負してんな・・・っていうのが良く分かったりしてね。
まあ、この年の年末に向けての「賞レース」用の曲なんだろうな・・・っていうのもミエミエだったりしてね。

うん、確かに、最高のゴールデンコンビだけあって、「外れ」曲ではないと思った。
まずもって、曲の焦点がきっちりしてるしね。サビが分かりやすくキャッチー。コトバもメロディもがっちりと引っかかって来るような・・・。
いかにもシングル向けの曲だよなぁ・・・っていのうは、最初にこの曲を聴いた時から感じたよなぁ。

でもね、80年代中盤くらいまでなら、これでも全然OKと思ったと思う。。。

・・・・けどね、この曲に限っては、どこかしっくりこないものを感じたんだよなぁ。

当時は、良く分かんなかったんだけど、今振り返ってみると、時代とのギャップだったんだろうな。

「昭和」と「平成」との時代性のギャップ。

単なる時間の流れなんでけど、それでも目に見えないような違いってあるんだよね。 まあ、「時代性」っていうメチャクチャ曖昧なコトバなんだけど、これは実際に、あの時代に感じた人しか分からない「感覚」なんで、ウマくコトバでは現わせないんだけどさ。

つまりね、確かにまだ「昭和」だった80年代中盤頃は、時代の寵児だった、松本−筒美っていうコンビも、平成の時代になって、ちょっと時代とはずれて来てたんじゃなのかなぁ・・・っていうギャップを感じたんだよね。

ロック系では、TMが流行り、イカ天系が台頭し、X(X-JAPAN)がブレイク・・・ということで、新時代の幕開けと共に新たな展開が始まっていたのに比べると、どうもアナクロだよな・・・って言う感じは拭えなかったんだよね。

この曲で感じるのは、そんな時代とのギャップだったりするんだよなぁ。
まあ、その辺りは、この曲の売り上げにも出て来ているんだろうしな。
もう少し前・・・少なくともおニャン子以前だったら、もっと売れてもおかしくないような出来だったと思うしね。

そう言う意味では、 そんな時代にデビューしてしまった、田村さんもシンドかっただろうなぁ・・・なんて思ったりしてね。





よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

硝子の少年 / KinKi Kids

1997_08_硝子の少年_KinKi Kids


今回の1曲セレクトは「硝子の少年」KinKi Kidsです。

ますはデータです。

・タイトル    硝子の少年
・アーティスト  KinKi Kids
・作詞      松本隆
・作曲      山下達郎
・編曲      山下達郎
・リリース日  1997年7月21日
・発売元    ジャニーズエンタテインメント
・オリコン才最高位 1位
・売上げ枚数 178.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1997年8月4日〜10月20日付

 不安定な天気ですなぁ。晴れ間が出てきたと思ったら、いきなり土砂降りになったり。。。あ、晴れ間が出てきたと言っても基本「雨」の時間が多い今日ですが・・・。
それにしても蒸し暑い。ここホントにニッポン・・・なんて歌が居たくなるほど「熱帯」的な天気だよな。

ま、熱帯的な蒸し暑いのは置いておいて、この時期「雨」と言うと、浮かんでくる曲がいくつかあるんだよな。

今回はそんな曲をひとつ。

KinKi Kids「硝子の少年」

ふむ、KinKi Kidsのデビュー曲にして、これまでKinKi Kidsの中で最高売り上げを記録しているこの曲は、まあ、ここ見に来ていただいている方だったら、誰でも知っている曲ですよね。

個人的には、この曲と言ったら、真っ先に「雨」・・という情景が浮かんでくるんだよな。

まあ、♪ 雨が踊るバスストップ〜♪ ・・・なんて「雨」で始まる歌詞のおかげか、当時歌番組では「雨」のセットが多かったからかもしれないんだけどさ。
 正確には、今日のような「蒸し暑い」熱帯な雨・・・ではなく、シトシト降る「九月の雨」のような情景なんだろうけどね。だから、正確にはちょこっとイメージからずれてるかもしれないけど・・・。ままいいか

この曲と言ったら、なんと言っても、作曲の山下達郎氏だよなぁ。
アメリカンポップスを書かせたら右に出るものは居ない・・・って言うくらいの洋楽的センスが光る山下達郎氏なわけで、業界を含め、恐らく多くのヒトは、そう言った洋楽的なポップスを期待していたんだよね、KinKi Kidsのデビュー曲には。まあ、80年代ならともかく、90年代のこの時期のジャニーズは、基本「踊り」と言うモノは外せない雰囲気があったからな。

でも、実際出てきた曲といったら、これが、当時の感覚から言うとアナクロ・・・80年代「初頭」・・・の雰囲気なダサダサポップス。

当時、週刊「文春」に掲載されていた、近田春夫氏の「考えるヒット」によると、
イントロのコード進行が Em→Am→D7 ときたんで、いやな気がした所、案の定 Gm7に行く循環コード・・・・と、まるで、まっち先生の「スニーカーぶる〜す」の頃のヒット曲のようなコード進行に、ほとほと愕然としたとのこと。

まさかね、洋楽的センスが光る、山下達郎氏がねぇ、こんなダサダサ歌謡ポップスなコード進行の曲を持ってくるとは、予想もしていなかったようなんだよね。

ま、当の山下達郎氏によると、こういう曲調になったは、ジャニーズ、作詞、松本隆・・・と言う陣営から考えて、仮想 筒美京平を意識したとのこと。
 KinKi Kidsのデビュー曲、作詞が松本隆氏・・と来れば、どういう楽曲を持ってくるのか・・・と言うところを意識した時、やっぱり、こういう歌謡ポップスの王道的な曲で来るのではないか・・・と想定したようなんだよね。

90年代当時・・・というよりも、70年代、80年代にかけて、ニューミュージック側のアーティストにとっては、筒美京平氏は仮想敵な存在でしたからねぇ。
 特に、ニューミュージックアーティストがアイドルに曲を提供するようになってからは、ニューミュージックのアーティストにとっては、筒美京平って言う名前はとてつもなくでかいぞんざいだった訳で。

だから、筒美氏を仮想敵・・・と思っていたヒトも多かったようなんだよね。まあ、逆に言えば、筒美氏も、これらのニューミュージックアーティストは、怖い存在だったらしいけどね。

でも、実際に「仮想敵」として、筒美氏だったら、どういう曲を持ってくるか・・・と想定して曲を作っていたヒトは、意外と少ないんだよね。
 まあ、曲を分析し、それに近い曲を作るっていう技量がある人も数少ない訳で、恐らく、山下氏、大瀧詠一氏、桑田佳佑氏くらいしか居ないんじゃなかろうか・・・と思いますけどね。
 結局、仮想敵といいながら、筒美氏をいかにリスペクトし、曲を聴きこんでいるか・・・ってところにも寄りますしね。

はっきりと筒美氏を仮想敵として曲を発表し、結果的にオリコン1位を獲得した曲なんてのは、この曲が最初じゃなかろうかね。

山下達郎氏の場合、KinKi Kids以前にも、ジャニーズでは、まっち先生の「ハイティーンブギ」を書いてたりする。この時も作詞は、松本隆氏で、この「硝子の少年」と状況は同じだった訳だけども、「ハイブギ」の時は筒美京平臭は感じなかったんだよな。それほど意識もしてなかったんじゃいのかなぁ。
むしろ、c/wの「MOMOKO」なんて、まるで山下達郎氏っぽい曲だったしな。

まあ、当の山下達郎氏も、この曲はまんざらではなかったようで、後にセルフカバーしたものね。

↓ コレ


あらら、本人が歌っていると、やっぱし、筒美京平というよりは達郎・・・っていう気になって来るな。
まあ、達郎節が凄いですが。。。


でもさ、ダサダサ曲が大好物なワタシとしては、この曲は「ビンゴ!」だと思ったなぁ。
こういう耳馴染んだ80年代初期的なサウンドには安心感があるんだよな。
その点では、やっぱり近田氏とは、意見が異なるんだけどさ。

・・・・というか、やっぱり、初めの頃は、この曲、山下達郎氏なんて知らなくてね、筒美京平氏と勘違いしてたもの。


ただ、売り上げを見る限りでは、こういうダサい曲を持ってきて正解だったんだろうね。
最初に書いたように、売上げ178万枚はここまでのKinKiの中でも最高売り上げなんだけども、これも、この「ダサい」曲のお陰なんじゃないのかなぁ。
 ワタシらの世代のヒト達は、なんだかんだ言っても、こういうダサい80年代初期的なポップスっていうのが、一番しっくりきますからねぇ。 それだけ幅広い世代に受けた・・・っていうことが言えるんだろうね。
 ま、当時のKinKi人気って言うのもあるだろうけど、幅広い世代に受けたっていうところが大きかったんじゃないのかなぁ。




よろしかったら、ポチッとおしてね
にほんブログ村
記事検索
livedoor プロフィール
QRコード
QRコード