かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

松任谷由実

今だから /松任谷由実 小田和正 財津和夫

1985_06_今だから_松任谷由実 財津和夫 小田和正






今回の1曲セレクトは、「今だから」松任谷由実 小田和正 財津和夫です。

 まずはデータです。

・タイトル   今だから
・アーティスト 松任谷由実 小田和正 財津和夫
・作詞     松任谷由実 小田和正 財津和夫
・作曲     松任谷由実 小田和正 財津和夫
・編曲     坂本龍一
・リリース日  1985年6月1日
・発売元  東芝EMI ファンハウス
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  36.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1985年6月17日〜8月5日付
・タイアップ:ALL TOGETHER NOWテーマソング

 今でこそライブに頻繁に行くようになったワタシだけど、でも、ライブに行くようになったのって、意外と最近なんだよね。
 某C社に入って、野外フェスに誘われてからかなぁ。まあ、C社では仕事柄、付き合いでライブに行くっていうのも結構あったからねぇ。
 だから、30過ぎてからなんだよね、ライブに行くようになったのは。これが。。

 うーん、意外だったかなぁ。

 でも、もちろん、高校の頃から、ずっと行きたい行きたい・・とは思ってたのよ、ライブにはさあ。 まあ、そこは、腰が重たいワタシの事だから、行きたい行きたい・・とは思ってても、なかなか、行動に移せなかったのもあるな。
 いや、あの頃にインターネットっていう便利なものがあったら、行動できたかもしれない。あの当時は、わざわざ「ぴあ」の店頭までいってチケット買わなゃいけんかったからなぁ。

 そんな、腰の重いワタシが一度だけ、行動に移したことがある。

 それが、1985年6月に行われた、「ALL TOGETHER NOW」っていう当時のビッグイベント。

 うん、詳しく書くと、1985年6月15日・・・っていうから、あれから、ちょうど30年経つんだよなぁ。国立競技場で行われた、当時のニューミュージック、ロックの超ビッグネームが一同に介して行ったライブイベントだよね。

 吉田拓郎氏が総合司会って形で仕切り、南こうせつ、さだまさし、オフコース、チューリップ、武田鉄矢、アン・ルイス、イルカ、後藤次利、高中正義、高橋幸宏、加藤和彦っていうサディスティックミカバンドの面々、もちろん、松任谷由実、坂本龍一、細野晴臣といえば、Y.M.O・・・・といった70年代組。
 佐野元春、サザンオールスターズ、山下久美子、白井貴子、ラッツ&スターといった80年代組
 前座が、チェッカーズ、バックコーラスに渡辺美里

 一番の目玉が、大滝詠一、細野晴臣、松本隆、鈴木茂・・といったら、はっぴいえんど 

・・・・なんていう、空前絶後の超豪華メンバーを一同に介したライブでしたわ。

 いや、これが見たくてねぇ。。

 でも、このイベントを知るのが遅くてさぁ、すでにチケットは完売だったよな、たしか。

 で、しょうがなく、オリコンウイークリーの「掲示板」コーナーにあった、チケット売りますに応募したんだっけ。

 で、あえなく撃沈したわけさwww

これ学校サボッてでも絶対行きたいと思ってたのに、これが悔しくてねぇ・・・。いや、いまでも悔しいよなぁ、思い出すと。 日本のロック&ニューミュージック界にとっての歴史的現場に居られなかったっていうのはさあ。

この間も「東京ららばい」の時に書いたんだけども、松本隆作詞生活45周年記念コンサートのチケット取得にゃ撃沈してしまったワタシですが、昔、同じように、超巨匠たちが一堂に冠した記念ライブのチケット取得に失敗のと同じですわ。

 どうも、日本の音楽シーンの「歴史的現場」には悉く縁がないワタシですわ。。。。


 で、今日引っ張ってきたのが、その「ALL TOGETHER NOW」のテーマソングだった、「今だから」。

 歌は、もちろん、このイベントに出演していた、松任谷由実、小田和正、財津和夫の3人。 アレンジが坂本龍一氏っていう、これまた、超豪華な布陣だったよなぁ。

 でもさ、「ALL TOGETHER NOW」に参加できなかった悔しさからか、正直、当時から、この曲ってほとんど聴いてなかったんだよなぁ。
 うん、音源すら持っていない。 当時、オリコンで2週連続の1位、売上げ36万枚もあった、この曲なのにさあ。

 まあ、イベントに参加できなかった悔しさだけでなく、どうも、この曲がイマイチわかんなかったからもある。わかんなかった・・というより、刺さらなかった・・って言うほうがいいかなぁ。

 どうもねぇ、この曲スマート過ぎるんだよね。曲調からしてもサウンドからしても。
 今聴けば、ああ、いかにも85年だよね・・・っていうスマートさなんだけどさ。 ひと言で言えば「都会的」なスマートさっていうのかなぁ、機能的っていうのかなぁ・・。

 まあ、ともかく、「ダサダサ」でイモな曲が好きだったワタシには、まったく刺さらなかったっていうのが、本音なんだよなぁ。
 ちょうど、当時、逆に時代を遡って聴き始めてた頃でさあ、当時のワタシとしては70年代初頭〜中盤の音が「ナウ」なったんだよね。




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雨音はショパンの調べ / 小林麻美

1984_06_雨音はショパンの調べ_小林麻美






今回の1曲セレクトは、「雨音はショパンの調べ」小林麻美です。

 まずはデータでーす。

・タイトル     雨音はショパンの調べ
・アーティスト   小林麻美
・作詞       Gazebo P.Giombini
・作曲       Gazebo  P.Giombini
・日本語詞    松任谷由実
・編曲       新川博
・リリース日    1984年4月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    52.0万枚
・THE HITCHARTHOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1984年7月2日〜9月10日付

 最近ほとんどTVというものを見ないし、ニュースも見ないから「世間」の情報に疎いってす。。。
 これではイカンとは思ってはいるんですけどねぇ。。。何分TVというものが、最近ほんとにツマンナイんで。。。
ところで、関東地方は梅雨入りしたの? え? まだ?・・・あ、そう

 だけど、この季節・・・雨の季節・・・になると決まって思い出す曲っていうのもありますねぇ。うーん、印象に残っている曲っていうのかなぁ。
 ワタシの場合、この曲だったりするんだよね。

 昨日みたいな雨の天気の日なら、この曲のシチュエーションとしては、おあつらえ向きですわ。

 この曲は、もともとは、向こうの「ガゼボ」というヒトが歌って、日本でもほぼ同時期にヒットしてた曲のカバーなんだけど、はっきり言って、この曲はカバーのこちらの方が曲のクオリティとしては「勝ち」ですね。

 ガゼボバージョン、ま、ほとんど、小林麻美のカバーとアレンジは変わらないんだけど、サウンドが荒いというか、外人特有の「大雑把」さがあると思うんですよ。
 
 まあ、それがいいって言うヒトもいるだろうけど、個人的には、よりサウンドがソフトにかつソフィケートされた、この小林麻美バージョンのほうが、「デキ」という上では上を行ってるんではないかなぁと素直に思うんですよね。

 サウンドだけではなくて、「いい女」小林麻美の歌い方も「◎」なんですよね。

 やや、「おフランス」をイメージさせる「濡れた」感じがいいというかね、これ以上、このヒトのイメージにピッタリはまる曲はないって言う感じですよね。

 だから、この曲を、オリジナルのヒットに間髪を入れずをこのヒトに歌わせたヒトは鋭いと思うなぁ・・・って、現ご主人の田辺昭知氏だったりして!? 


 ただね当時も、そう思ったかというと、正直、そうは思わなかったんだけどさ。当時14歳だったワタシはまだ子どもだったんだよね。大人の女の「色気」っちゅうもんは理解できなかった年頃だったのですよ

だから、この曲がほんとにいい曲だよなぁ・・と思ったのは高校に入ってからなんですよ。
 もちろん、いまとなっては、たまらん世界ですよね。

 この曲がヒットしてたころ、いまいちピンとこなかったのは、このヒト、この曲ではテレビに出なかったでしょ。だから、生で歌っているところも見たことなかったし、プラスして、ラジオでもそんなにかかんなかった気がするんですよ。

 最も当時のワタシが聴いてた番組ではの話だと思うけどさ。

 だから、充分理解できるまでヒットの頃は聴きこんでなかったってのもあるかもしれない。。。

 もちろん、この小林麻美ってヒト、このころは「いい女」として女優では活躍してたからドラマには出てましたけどね。
 結局ウタバングミには1回も出演しなかったんぢゃないかなぁ。

 オリコン1位獲得したアーティストの中で、ロック、ニューミュジック系以外のアーティストで歌番組にでなかったヒトも当時は珍しかったけどね。やはり、あくまで「女優」というスタンスは崩したくなかったんでしょうな。よく言うと。。。


 だけど、そんなプロモーション体制の割には、1位取れるほど売れたよなぁと思うんだけどね。

ひとつ考えられるのは、この曲、プロモーションビデオが存在してたんだよね。

 とかくと、若い方には「?}かなぁ。最近はプロモーションビデオ作るのは当たり前だからねぇ。
 ただ、84年当時はまだ、それほど一般的にはなかったんですよね。先鋭的な一部のロック系アーティストとか、そのほかのジャンルのアーティストでは「トップ」アーティストぐらいしかPV作らなかったですからね。

 なぜかというと、もちろん「制作費」の問題と、それほどまだ、プロモーションビデオというものが一般的じゃなかったですからねぇ。日本では。

 いや、でも、ワタシも90年ごろまで知らなかったんだけどさぁ。この曲のプロモーションビデオが存在してたのって。
 これが結構いい出来なんですよ、当時のプロモーションビデオとしては。

 ドラマ、あるいは映画のワンシーンを見てるようで、さすがに女優さんだよね、存在感はあるんだよね。

 でも、上で書いたように、まだまだ日本ではPVなぞ流せる環境とか、TV番組は限られていましたからね。 深夜番組とか、当時、日本ではまだ始まったばかりだったMTVとか。。。。
 TVKの「ミュートマ」とかは、そん中でも先鋭的だったのかな。

 でもさ、そんな限られた環境の中で、もし、あのPVでこの曲のレコードがここまで売れたんだったら、かなり先鋭的な事やってたよな・・・って今になって思いますけどねぇ。

 うーん、もしかしたら、これは来るべき「PV」時代の実験だったのかもしれないですね。
 それがうまく行って、まんまと売れた・・・と。おやおや、これは、PVを使ったプロモーションは大いにありだぞ・・と。

 で、あれば、この曲を、まったく予想外の「女優」小林麻美が歌ったっていうのも、TVの歌バングミに全くでなかったのもかなり納得いくんだけどねぇ。


 まあ、全くの推測なんだけどさ。


・・・・ということで、件のPVを一つ





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渚のバルコニー / 松田聖子

1982_05_渚のバルコニー_松田聖子






今回の1曲セレクトは「渚のバルコニー」松田聖子です。

 まずはデータです。

・タイトル     渚のバルコニー
・アーティスト   松田聖子
・作詞       松本隆
・作曲       呉田軽穂
・編曲       松任谷正隆
・リリース日    1982年4月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    51.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年5月3日〜7月5日付

えー、この間から「また 松田聖子デス」って何回も書いてる気がするんだけど、またまた松田聖子です。 
 松田聖子の場合、今の時期にヒット曲固まってるんだよねぇ〜。

 ・・というわけで、松田聖子の「渚のバルコニー」なんですが、この曲もまだ、書いてなかったんだなぁ。

 うーん、以前も書いたけど、有名すぎると逆に書きづらいってのもあるからかもしれないし、もともと、この曲自体書きづらいって所もあったのかもしれない。

 まあ、書きづらいっていうのは、今でも変わらないんだけどもね。
 なんていうのかなぁ、書きたくなるポイントがいまひとつつかめない曲なんだよなぁ。

 たしかに有名な曲なんだけども、いまとなってはどうしても一つ前の「赤いスイートピー」の陰に隠れちゃってる。
 売れたのは、こっちの曲の方なんだけどね

 ♪渚のバルコニーで待ってて ラベンダーの〜 ♪

のサビの部分だけっいう感じがしないでもないし・・・。

 何がいけないか・・・っていったら、全体的に見て曲に統一性がないんだよね。

 上のサビの部分と、Aメロの

♪右手に缶コーラ 左手には〜 ♪ の部分

Bメロ(A’って言った方がいいのかな?)の

♪バカね 呼んでも無駄よ〜 ♪ の部分

それぞれにメロディのつながりがないんだよね。メロディがそれぞれが勝手な方向向いてたりして。

一番、それを感じるのが、上の

♪バカね 呼んでも無駄よ 水着もってない〜 ♪

からサビの ♪ 渚のバルコニーでまってて ♪ につながるメロディとコード進行のギクシャクさね。

 うーん、どうなんだろうねぇ、アレンジャーの松任谷正隆氏も随分困ったんだろうね。こまった挙句なんか、ギクシャクした流れのままにしちゃった・・・っていう感じが、しないでもないよなぁ。

そうそう、月刊「明星」の付録歌本「Young song」の新曲激評のコーナーで近田春夫氏が、この曲について、↑のギクシャクしている部分を取り上げて「失敗作」てあるって言いきってましたっけね。

 まあ、でも、サビの部分はやっぱり、強いよね。

 結局は、この部分だけで700円中、600円払ってレコード買ったようなもんだもんなぁ。正直言って。



やっぱ、書きにくい時は聴いてもらうのが一番いいよね。


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時間の国のアリス / 松田聖子

1984_05_時間の国のアリス_松田聖子






今回の1曲セレクトは、「時間の国のアリス」松田聖子です。


 まずはデータでーす。

・タイトル      時間の国のアリス
・アーティスト    松田聖子
・作詞        松本隆
・作曲        呉田軽穂
・編曲        大村雅朗
・リリース日     1984年5月10日
・発売元       CBSソニー
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     47.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1984年5月21日〜7月9日付

 今日の1曲セレクトは、

時間の国のアリス/松田聖子

松田聖子は、この間書いたばっかなんだけど、またまたセレクト。 聖子の場合、この時期って毎年のように新曲をリリースしてたんで、どうしても固まっちゃうんだよなぁ。
 同じ、この時期リリースで、「あの曲」をまだ出してないけど、近々出すことになるでしょう (⇒一応予告)
 

 いやいや、でもこの曲はいい! よい! 絶賛ものですよ。
 84年の松田聖子って全体的に曲に恵まれていたけど、その中でも、ベストな曲はコレできまりって感じですね。
 個人的には、全ての松田聖子の曲なかでも3本の指に入れたくなる曲ですねぇ。


 コンパクトの中にも、にじみでる可愛らしさ・・・っうの?
なんか、分かってんだかわかんないんだか・・・へんな表現だけど、メロディ自体は比較的コンパクト、まとまりがある曲だとおもうんですよ。
 ってか、A⇒B⇒サビ っていう典型的な曲調。分かりやすいんだよね。

 1曲の前の「Rock'n Rouge」も全く同じ布陣・・・あ、この曲はアレンジは、マンタさん(松任谷正隆氏)なんだ。
 うーん、だからなのかな? この曲もコンパクトで分かりやすかったんだけど、途中、サビで転調するんで、ちょっとイメージが散らばりがちなんだよね。

 その点、この「時間の国のアリス」は、イントロの最初の音から、最後の音までイメージは一貫してる。その点でもまとまりがあるんだよね。曲が。
 この曲のアレンジは、大村雅朗氏。 うーん、やっぱし、松田聖子の場合は、大村氏のアレンジがベストマッチングなんではないですかねぇ・・。 少なくとも個人的にはそう思うなぁ。
 あの珠玉のバラード「SWEET MEMORIES」も大村氏のプロデュースですしね。

 なんかね、松田聖子がもつ、「純」な「透明さ」を、一番うまく引き出せたアレンジャーだったと思いますね。

 この曲も、詞、メロディ、アレンジ、どれを取るかというと、やっぱり、サウンド、アレンジ面を取るもん。

 シャレているんだよね。音使いが。それでいてある意味シンプル、ある意味ゴージャス。・・・っていう、全く逆のサムシングが同居しているような音っつうの?
 あ、そうそう、もろディズニーの世界。 まあ、詩の内容的にもろディズニーの世界なんですけどね。 

 そのサウンドが、「初夏」のこの季節感にとってもマッチしてて聴いてて心地よいんだよね。

 それがコノ曲の一番なところかなぁ。

 あとはちょっとした仕掛け。たとえば、Aメロで出しの

 ♪とび色の流れ星 流れて消えて〜 ♪ のバックのリズム体がちょっぴり不安定だけど、けっして曲の流れを止めてはいないところとかね。
 いや、逆に引っかかりになるよね。最初から「え?何?」って感じじゃん。

 それと、なにより、松田聖子の声質のよさを改めて引き出しているっていうかね。

 サビの

 ♪ WOO〜 Fairy Girl ♪ の3小節。 この3小節の松田聖子の声質がね〜。いいのよ。透明感いっぱいの中ちょっとハスキーな声がね〜。
 改めてこのヒトは、天性の声質だけで勝負できるって思わせちゃうもんねぇ。

 詩はね、松本印のお墨付きのブランド物って言うところで、文句は言えないよね。


 いや、でもさ、このころの曲っていうのは、メロディ、サウンドがいい曲が多いと思うんだよね。「音が元気」なんですよ。だから、聴いてる方もワクワクする。
 もちろん、80年代アイドル全盛の時代だったけど、「80年代アイドルの完成形」の時代だったとも思うな。
 80年代アイドルの「形」としての試行錯誤の時代は完成されて、その分サウンドの方に力を注げたっていうかね。

 だから、他に中森明菜にしてもキョンキョンにしても曲がよかったもんね84年は。

 まさに80代アイドル光り輝く「全盛期」な時代ですよ。

 まあ、中には、それをぶっ壊そうとしているヒトもいたわけで・・・。
 でも、それが時代の「流れ」を作っていく「源」でもあるんですけどね。



レコード音源は、「絶賛」ものだったんだけど、どうも、テレビで歌うと、あんまり面白くないんだよなぁ。
生演奏がしっくりきてない気がするな。
 この辺りから、バックのオーケストラ編曲と、レコード音源が乖離してきたような気がする。


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翳りゆく部屋 / 荒井由実

1976_04_陰りゆく部屋_荒井由実






今回の1曲セレクトは、「翳りゆく部屋」荒井由実です。

 まずは、データです。

・タイトル    翳りゆく部屋
・アーティスト  荒井由実
・作詞      荒井由実
・作曲      荒井由実
・編曲      松任谷正隆
・リリース日   1976年3月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   25.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1976年4月19日〜26日付

 今回の1曲セレクトは、久々に時代をグンと遡り、1976年、今から39年前のヒット曲です。
 
 荒井由実の「翳りゆく部屋」。

 はい、今の松任谷由実ですねぇ。よもや知らない方はいないと思いますが、結婚前の本名が、荒井由実。 このあと、この年の11月に松任谷正隆氏と結婚して松任谷由実となったわけですね。
 そんなこともあって、シングルとしては、最後の「荒井由実」名義の曲がこの曲となります。

 さてさて、タイトル読めない人もいるかもしれないけど、

 翳りゆく部屋  かげりゆくへや   ですね。

 文字通り、西日が沈んで日翳りになっていく情景をモチーフにした曲です。

 幻想的なパイプオルガンと、波打つドラムのフィルイン。それに加わるコーラスではじまる、この曲のイントロは
荘厳の一言ですね。こういう幻想的なJ-POPって最近、富に無くなったもんなぁ。
 
 でだしの

 ♪窓辺においたイスにもたれ あたなは夕陽みてた〜 ♪

いかにも、「翳りゆく部屋」の情景をあらわした光景ですよね。瞬時に脳裏に絵が浮かんできますわ。

 ここまでだと、単に夕暮れの部屋で夕陽を見てたのか・・としか思わないけど、これは、別れの曲なんだよね。

 ♪どんな運命が愛を遠ざけたの 輝きは戻らない 私が今 死んでも ♪

 愛が終わった、あの輝きは戻らない・・っていうのと、夕暮れっていうのとかけてあるんだよね。

 うん、今から思うと単純といえば単純なシチュエーションなんだけど、でも、変わりやすいよね。
 だからして、絵が浮かぶんですよ、ビジュアルになるんですよ。

 たしかにユーミンの曲は、サウンドはいろいろ変化しているけど、一貫してわかりやすい、シチュエーションの曲が多いですよね。この曲以外でも。

 でも、サウンドは当時の最先端。土臭いところがないんだよね。このサウンドには。 洗練された「都会型」サウンド。一時はシティポップスとももてはやされた音楽の先取り方というかね。
 まあ、それを当時はニューミュージックっていうネーミングでカテゴライズされてたわけだけどもね。

 いつしか、自作自演の音楽はみんな、ニューミュージックってなっちゃって、自爆しちゃうのか、このあと数年後ですわ。

でも、もともとはもっとオシャレな音楽の事をさしてたんだよね。 
 ただ、ユーミン自身は、「ニューミュージック」っていうネーミング、「ダサい」といって嫌ってたようですけど・・・。

 でも、ロックでもない、フォークでもない、新しい音楽がこのころに完全に確立されたのは、間違いないところですね。

 音楽もオシャレなら、ファションもおしゃれ・・ということで、当時のユーミンは、ファションも随分、注目を浴びてましたね。 
 そのへんは、この曲のジャケ写見てもらえれば、ある程度わかるかなぁ。さすがは多摩美大出身。
 教会ミサ風の衣装は、この曲のイントロのパイプオルガンとかけてあるのかなぁ!?


 ちなみに、当時はワタシは、♪ピッカピッカの1年生〜♪っというわけで小学1年生。
 もちろん、この曲なぞ、タイムリーで聴いてるわけも無く・・・。
 かなり大人になってから聴いたんだけど、それでも新鮮だったなぁ。 いい曲は、いつまでも色褪せないってことですね。

 このころのユーミンは、80年代後半以降の「どぎつさ」もないし、素直だし・・とくに、この曲は個人的にはオススメですね。


この曲は、絶対に動画のリンクを張りたかったんだけど、YOU TUBEにユーミンのオリジナルがなーい。
でも、諦めませんよ〜。 音源がリンクしているページをみっけました。

https://www.tumblr.com/search/%E7%BF%B3%E3%82%8A%E3%82%86%E3%81%8F%E9%83%A8%E5%B1%8B

このページのどこかに、音源が聴けるリンクがありまする。 意外と音はいいので、是非リンクを見つけて聴いてくだされ。


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メロンのためいき / 山瀬まみ

1986_メロンのためいき_山瀬まみ






今回の1曲セレクトは、「メロンのためいき」山瀬まみです。

 まずはデータです。

・タイトル   メロンのためいき
・アーティスト 山瀬まみ
・作詞     松本隆
・作曲     呉田軽穂
・編曲     坂田和子 さいとうみわこ
・リリース日  1986年3月21日
・発売元    キング
・オリコン最高位 21位
・売上げ枚数  4.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 30位

 唐突ですが、「3月21日」っていうのが、一つのポイントでさあ、昔から。 うむ、この日デビューっていうアイドルが昔は多かったんですわ。はっきりとした理由はわかんないですけどね。
・・・っていうのは、これまで何回書いたかなぁ。でも、実際そうなんだよね。
 まあ、「季節柄」ってところが大きかったんでしょうな。ちょうど、卒業、入学・・・となにかと環境の変化が大きな「春」ですからな。

 ・・・ま、というわけで、今日は、そんな「3月21日」デビューのヒトを持ってきましょうか。

 山瀬まみ 「メロンのためいき」

プププ、もしかして、山瀬まみって昔アイドルだったの? とか思われる、ヤングの皆様も多かったりしてふらふらふらふら

 いやいやいや、正真正銘、もともとは「アイドル」としてデビューしたのでありやすよ。 なんせ、ホリプロスカウトキャラバン優勝だものね。
 ウタも、あの頃のアイドルとしては、めっちゃ、まともで巧い部類だったんだよなぁ、今考えると。

 ただ、それがかえっていけなかったのかねぇ。結局は、アイドルとしてはフェイドアウト〜、後年の「バラドル」人気があったからこそ、未だに生きながらえてるっていう感じですけどねぇ。あせあせ

 しかし、デビュー曲の、この「メロンのためいき」は、お金かけましたね。 何せ、詞 松本隆  曲 呉田軽穂(松任谷由実よ)なんていう、とっても松田聖子な布陣だったりして。 
 ま、それだけ、カイシャとしても、期待してたヒトだったんでしょう。

 いや、あの頃は、デビューはみんなお金かけてたよねぇ。出世払いで回収できればいいや・・・みたいな。
 ま、このヒトの場合は、ウタで・・・というより、他の分野で充分回収しちゃったでしょうけど。

 ちなみに、曲のほうも、割と出来はよかったんだよね、この曲。 特にサビの

 ♪ 青いメロンのためいきみたいな キッスは〜 ♪

のところからは季節感がいっぱいで、ちょうど、これから初夏にかけてのさわやかさが出てたりして。

 ただよ、上記の作家布陣としては、若干、当たり前すぎかな・・・っていう感じもしたりするけど。。
今改めて聴くと、この当時からしても曲が少し古臭いんだよね。1986年の・・・というより、1980年の・・・っていうイメージで。
 それこそ松田聖子のデビュー当時だったら良かったのかも・・って曲でも、流石に6年もたつと古くなっちゃっうんだよね。

 いずれにしろ、ウタは巧いけど、アイドルとしての存在感が、今ひとつだったんだろうなぁ、このヒトは。

 でも、芸は身を助けるぢゃないけど、後年、バラドルとして活躍したりするわけだから、結局はよかったんだよさ。




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秘密の花園

1983_02_秘密の花園_松田聖子






今回の1曲セレクトは、「秘密の花園」松田聖子です。

 まずはデータです。

・タイトル     秘密の花園
・アーティスト   松田聖子
・作詞       松本隆
・作曲       呉田軽穂
・編曲       松任谷正隆
・リリース日    1983年2月3日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    39.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1983年2月14日〜4月18日付

 記録は破られるためにある。。。なんて昔はよく言ってものだけど、最近は、「ベスト記録更新」なんて、あんまり話題にもならないな。
 みんな、記録に麻痺してる・・・っていうか、なんかねぇ、それが「当たり前すぎて」興味がそがれてるっていうかねぇ・・・。

 なんて、「記録」の話題から入ってみたんだけど、今日は、オリコン史上でも、もう、抜かれることはないだろう・・・と言われた連続1位獲得記録を塗り替えた曲を持ってきましたぞ。

 秘密の花園  /松田聖子

先ほどの田原俊彦の「銀河の神話」と同じ、呉田軽穂繋がりで、セレクトしちゃいましたわ。
ちなみに、「呉田軽穂」って、松任谷由実のペンネームっていうのは、みなさん知ってますよねぇ〜。
自分でセルフカバーをするかもしれない時は「松任谷由実」、セルフカバーは考えていない時は「呉田軽穂」っていう使い分けをしてるんですよね。

・・・・とと、話がずれた。。。

 この曲で10曲連続、オリコン1位獲得を達成。それまでの記録だった、ピンクレディーの9曲連続1位獲得を塗り替えた、記念すべき1曲でしたね。

 あのころ、「32年前」のオリコンウイークリーを紐解いてみると、これが、結構、松田聖子が表紙になってる回数が多いんだよね。このころ。
 新曲を出すたび、表紙になってましたね。で、インタビューでは、当然のように「連続1位記録」が話題になってたりして・・・。

 今、丁度25年前の、1983年2月25日号の「オリコンウイークリー」を見ながら書いてるんだけど、当然、表紙は松田聖子。この「秘密の花園」が10曲連続1位獲得特集号のようになっておりますね。
(ちなみに、この号の週のシングルチャート1983年2月21日付は、1位〜6位まで全て前週と同じだ〜。いまぢゃ考えられないね、こんな安定ランキング)

 大体において、ピンクレディーの9曲連続1位獲得は、当面の間抜かれることはないだろう・・・と、当時は言われてた偉業。

 それから年月が過ぎ、32年後・・・・、まさか、こんな時代になっているとは。。。。
 32年前は思いもつかなかったぞー。あせあせ

 まあ、あのころ、松田聖子は1位を取って当たり前の存在。まあ、そのために、毎回「臨発」扱いで、リリースしていたわけだけども。

 はい、定期リリースは、あの時代も、まだ、毎月21日が基本で、加えて、1日、5日、10日・・・と五十日がくるわけね。

 だけども、この曲のリリースは、2月3日。
1983年2月3日は・・・というと木曜日。 あれれ、水曜日でないの・・。
 ・・・と思われる方は、最近のチャート小僧だね。昔はチャート集計期間が違ったの。
 今は月曜日〜日曜日集計で、翌日月曜日付で発表なんだけど、このころは、同じ月曜日付発表だけど、集計期間が違ったんだよね。いわいる、集計期間のタイムラグが発生してたの。

 つまりは、木曜リリースだと、1週間まるまる集計に入るような集計期間だったのよね。

 だから、このころの「有力曲」は木曜リリースが意外と多い。近藤真彦「ミッドナイトステーション」→1月20日(木)リリース。田原俊彦「ピエロ」→2月17日(木)リリースなどなど。
 1位狙い必至曲は、こぞって木曜日に臨発扱いになっていたわけよ。
 まあ、当時からね今に繋がるリリースの仕方は、始まっていたって訳だわね。

 ただ、話題が1位獲得に集中したせいか、この曲の累積売上げは伸び悩む。「青い珊瑚礁」で大ブレイク以後、初めての40万枚割れの「39.6万枚」止まり。

 正直言って、個人的にも、「松田聖子これまでか?」・・・とマジで思ったものよ、一瞬ね。

 まあ、そこで踏みとどまれるだけのパワーがあるから、このヒトは怖いんだけどさ。

 売上げが伸び悩んだ理由の一つには、そろそろ、松田聖子と松任谷由実との組み合わせも飽きられてきてたのかなぁ・・・。

・・・と一瞬考えたんだけど、コノ年の暮れ、再び、松田聖子と松任谷由実がタッグを組んで、約60万枚売ってしまうんだから、やっぱり、このヒトは怖い。

 じゃ、一体、この曲の40万枚割れはなんだったの? って感じなんだけど・・・。

・・・となると、曲自体に問題があるとしか言えなくなるよなぁ。

 だけど、そんなに曲自体に問題があったかしらねぇ・・・。個人的には、この曲の前の「野ばらのエチュード」よりも、良かったと思っているんだけど。。。

 うーん、やっぱり、タイトルがストレートだからなぁ。「秘密の花園」だもねぇ。
 ちょっと考えたら、わかるヒトにはわかっちゃうわけで。。。ふらふら

 
 えーと、当時、私はまだ、知りませんでした。。。

 いや、まじでぇ、

♪ 入り江の奥は、誰も 誰も知らない 秘密の花園〜 ♪

があると思ってたの、なるほど、これは「おとぎ話の世界か・・・」ふらふら

と思ってたわけで。。。たらーっ(汗)ダッシュ(走り出す様)衝撃

 まだまだ、UBUでした。当時、ワタクシ 中学1年生。13歳。。。 


でもさ、当時の「大スター」松田聖子が、こういう曲を歌うから、また、いいんだけどなぁ。

 やっぱし、歌謡ポップスの基本は、SEXだからして。。。

 でも、一時的とはいえ、この曲で売上げが下がった・・・ということは、まだまだ、SEXに対しての生理的な生恥ずかしさって一般的にはあったのかなぁ・・・とか思ったりして。。。

 でも、これがサザンだとOKなんだよね。
 アイドルに対しての「性」だよね。まだ、生理的抵抗感があったのは。

 そこを敢えて、さらりと歌っちゃうところが、松田聖子の凄さだと思うんだけどなぁ。。。


 ちなみに、この曲の累積売上げ、「395,500枚」っていうのは、中森明菜「少女A」と全く同売上げ。
 これは、古いチャートマニアでは常識ですかね。
 当時のライバル同士の「引き分け」ですわ。

 同じことは、1981年にもあったね。田原俊彦「恋=DO!」と、近藤真彦「ブルージーンズメモリー」の累積売上げが同枚数の「597,970枚」
こちらは、男性アイドルのライバル同士の「引き分け」。


・・・なんて、故意に話をずらしたりして。。。ふらふら



この動画は大丈夫ですが、サビ前の
♪ ああ あせるわ〜 ♪ で片足を上げる時、よく、パンティーが見えてましたよね
スカートが超ミニだったんで。。。 「秘密の花園」にひっかけてたんでしょうか。。。(爆)


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銀河の神話

1985_02_銀河の神話_田原俊彦






今回の1曲セレクトは、「銀河の神話」田原俊彦です。

 まずはデータです。

・タイトル    銀河の神話
・アーティスト  田原俊彦
・作詞      吉田美奈子
・作曲      呉田軽穂
・編曲      松任谷正隆
・リリース日   1985年2月1日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   14.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1985年2月18日〜2月25日付

 え〜、ここのところ、田原のトシちゃんの曲は、ちょくちょく書いてるんだけど、今回の曲は、もしかすると、
知ってるヒトしか知らないかもなぁあせあせ


 銀河の神話 /田原俊彦

・・・ね、知ってるヒトしか知らないでしょexclamation & question

 はじめ、この曲より1年前の「チャールストンにはまだ早い」にしようかと思ったの。
 でもさ、なんか、「当たり前」すぎてインパクトがイマイチ少ねーな・・・と思いつつ、マイナーな曲を持ってきてしまいました。

 うーん、今のワタシ的には、この「銀河の神話」の方が頭に浮かんでいるインパクトが強いから・・・っていう理由もあるんだけど・・・。


 一般的には、なじみがすっかり薄くなっているこの曲だけど、意外にもオリコンでは最高2位まで行ってるんだよね。これも意外っちゃ意外か。 まあ、まだ、「瞬間」的な力はあったということだ。

 しかも、このなじみの薄い曲、作詞、吉田美奈子、作曲、呉田軽穂、アレンジ、松任谷正隆・・・・というとってもティンパンアレー系のスゴイ人たちが作ってたりする。

 うーん、でもどうして、売れなかったんだろうねぇ。やっぱり、松田聖子のようにはうまくマッチング、しなかったんだろうな、当時のトシちゃんには。

 でも、どうして、どうして。今聴くといいんだよね、これが。 なんか、凄く味があるように聴こえる。

 当時、あんまり積極的に聴いてなかったからかなぁ。だから、かえって新鮮味を感じるんだよね。

 ただやっぱし、メロディラインのインパクトは弱いわな。松任谷正隆氏の、岡田有希子の「二人だけのセレモニー」でも見せたような、宇宙的な幻想的な広がりは、この曲でも生きているんだけどね。
 何分、メロディがねぇ・・・・。呉田軽穂女史も、どれだけホンキで書いたのかよくわかんないんだよなぁ。

 松田聖子の時のような本気度がいまひとつ。やっぱし、松田聖子の時は、松本印のブランド「詞」が光ってたからなぁ。。。

 それに比べると、作詞、吉田美奈子ねぇ・・・。うーん、山下達郎氏には、通用しても、どうもトシとのマッチングは、あんまりしっくり来ていなかったような・・・。やっぱねー、山下達郎との付き合いは長いからな。アイドルになんて、ほとんど詞を書いたことなかったしねぇ。

 トシの場合は、何処か、「スットンキョウ」なところが合った方が、シックリくるみたいだね。ある種、実験的、冒険的な・・・。
 この曲のように、まとまってると、どうもスケールが小さくなってしまうようなところがあるんだよなぁ。
 そういう意味では、このヒトの場合は、やっぱり宮下智女史にかなうヒトはいなかった・・ってことだろうなぁ。





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赤いスイートピー

1982_01_赤いスイートピー_松田聖子







今回の1曲セレクトは「赤いスイートピー」松田聖子です。

まずはデータです。

・タイトル     赤いスイートピー
・アーティスト   松田聖子
・作詞       松本隆
・作曲       呉田軽穂
・編曲       松任谷正隆
・リリース日    1982年1月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    50.0万枚
・THE HITCHARTHOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年2月1日〜4月19日付

 松田聖子ファンにとっては、やっと「出た」って曲かなぁ。「赤いスイートピー」。

 いやね、書かなかったわけではなく、初期の頃の松田聖子って1月、2月ごろにいい曲が多いんだよね。
 まあ、そういうこともあって去年は、この曲まで手が伸びなかった訳ですね。

 それと、もう一つの理由として、当時、ワタシこの曲、あんまり好きぢゃなかったの

 ほら、81年までの松田聖子っていかにもハツラツとした「アイドル〜」って感じの曲が多かったじゃん。
 やっぱりね、当時は、そういう「ハツラツ」とした曲が個人的には好きだったんだよね。そういうところからして「夏の扉」が一番好みだったかな。個人的には。

 だからさ、この曲、最初に聴いた時は、「あ、終わった」・・・っていうのが、率直なところでさ。

 あ、この曲、最初に聴いたのはよく覚えてるんですよ。確か1982年1月3日放送の文化放送「全日本歌謡選抜」。
 いや、実はね、そのあとずーーっと長きに渡って聴いてた「全日本歌謡選抜」なんだけど、こんとき初めて聴いたんですよ。だからよーく、覚えてるんだよなぁ。

 蛇足だけど、そん時の2位が河合奈保子「ラブレター」で、1位が薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」だったはず・・・。
 河合奈保子がそんなに上なの〜〜!? ってので、よく覚えてるんだよねぇ。

 はは、ちょっと話ズレたな・・・。

 でね、兎に角、初めて聴いた時の印象がジミではっきりしなかったのですよ。

 でさ、一番、驚いたのは、この曲がでる直前に、例の「聖子ちゃんカット」をバッサリ切っちゃったでしょ。それがまた、どうも違和感が大きくてさ。

 あの時は、ほんとに、このままこのヒト終わっちゃうんぢゃないか・・・って思ったもんですよ。小学6年生のガキながら。

 でも、それが、いとも見事に裏切ってくれましたね〜。やっぱり、それがスーパースターの所以なんだろうけど、この曲に関しても、何回も聴いてるうちにシックリとしてきて、逆に、「あ、いいねー」って思えるようになってきたんだよね。
 まさに「スルメソング」。要するに聴けば聴くほど「味が出る」って奴ね。

 最終的には、レコードの売上げは50万枚っていう、正直、当時の松田聖子としては、必ずしも「売れた」部類の曲ではないんだけど、未だに歌い継がれてる、このヒトの「代表曲」の1曲になっていますねぇ。

 それは、やっぱり、この曲の持つ「普遍的」な魅力なんだろうね。
 初聴での「インパクト」って言うのではなく、「スルメソング」としての普遍性っちゅうの?
 それがすばらしいんだと思う。
 それと、女の子にとっては、♪I Will Follow You〜♪からのサビの部分の(歌詞の)内容は、いつの時代でも理想なんだろうしなぁ。
 その辺の心理は、さすがに松本印のブランド物の歌詞って言うところでしょうかね。
 やはり、そんじよそこいらのアイドル曲の歌詞とは一味も二味も深いのです。

 一流のアーティストには、一流の作家陣のブランド物の歌詞が一番似合う・・・っていうところでしょうか。

 ちなみに、作曲の呉田軽穂は、松任谷由実のペンネームです・・・・・ってわざわざ書くこともないんだが・・・・。


 あ、なんだなかんだ書いても、一番、印象に残っているのは、この曲、小学校の謝恩会のときにバックに流してたんだよね。それが一番の印象かなぁ。個人的には。
 もちろん、ワタクシの選曲で・・・。当時、放送委員長だったワタクシは、そんなこともやってたんだよね、ハハ。
 
 今のワタクシの原点は小学生の時代にあり・・・。なんちって




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SWEET DREAMS / 松任谷由実

1987_11_SWEET DREAMS_松任谷由実







今日の1曲セレクトは、「SWEET DREAMS」松任谷由実です。

データでーす。

・タイトル    SWEET DREAMS
・アーティスト  松任谷由実
・作詞      松任谷由実
・作曲      松任谷由実
・編曲      松任谷正隆
・リリース日   1987年11月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   7.6万枚
・タイアップ  三菱自動車「ミラージュ」CM曲


 昨日の、新田恵利さんは、ちょっと引きがなかったかなぁ。うーん、いい曲だとは思うんだけどね。曲が一般的ではなかったね。
 で〜、今日も懲りずに、ちょっと死角に入ってる・・と思う曲を引っ張ってきました。
 
昨日から1年時代を下って、ユーミンの「SWEET DREAMS」です。

でも、この曲が「死角」に入ってる、と思うのは、俺だけかな。考えようによっては、または、ファンにとっては、「有名」な曲かもしれないですね。

 三菱自動車「ミラージュ」のCM曲。 この曲を足がかりにして、次の年88年、あの有名な「リフレインが叫んでる」が、再度、「ミラージュ」のCMに登場。この曲が収録されてる、アルバム「Delight Light Sight Kiss」は、200万近くのセールスを記録するなど、これを足がかりにして、90年代の「狂った」大量セールス時代へと突入していくわけですわ。

 ただ、この「Sweet Dreams」の頃は、まだ、平和でしたね。この曲、シングルでは、10万枚もセールス行かなかったし・・。
 But、この曲が収録されている、アルバム「ダイヤモンドダストが消えぬまに」は77万セールスと、当時のセールス水準から考えると、かなりなセールスだったんですよね。
 ちなみに、この年は、光GENJIのブレイクで、アルバムの年間1位は、「光GENJI」の90万枚でしたが・・。(実際は1988年の年間チャート)
 うーん、そう考えると、既にミリオンの時代は、この頃から兆しがあったんだよね。

 ちなみに、それまで、日本のアルバムセールス水準は、低かったのですよ。LP時代は、ミリオンセラーは2枚。CD時代に入ってからでも、数枚しかミリオンセラーはなかったのですわ。
 で、ここに来て、一気にセールスレベルが上がったんですよね。

でね、まだ、このころは、曲のレベルもまずまずよかったんだよね。
 だから、このセールスも一応のナットクは行った訳なんですが・・。

 この曲、イントロ部では、メロディラインのシンセと、バックのドラムのコンビネーションがインパクトがあるよなぁ。
 特に、後ろのドラムね。私ゃ、これには、素直に惚れちゃうのよね。力強くて、キレがあって、一寸の狂いもないのよ。 しかも、同じフレーズを延々と叩いてるのよね。
 最初、打ち込みかと思ったんだけど、どう聴いても、これ、「生」だよねぇ。これは、俺にはまねでない(あたりまえか)

 それとは対象的に、切ないメロディが印象的なんだよね。この曲は。

 で、やっぱり、サビでしょ

♪SWEET HEART 写真立てにはおどける二人
 今日を知らずに キスしてる〜 ♪

 切ないよねぇ。 柄じゃないけど、この部分には、泣けてきますわ。私でも。


でもね、こう思い始めたのは、結構最近なんですよ。
 当時は、あんまり何にも思わなかったな。この曲に関しては。やっぱり、この世界がほんとに理解できるのは、ある程度、年齢が必要なのかもなぁ。

 
 話は飛ぶけど、ユーミンの曲はポイントがしっかりしてるんだよね。
「ここ」っていう部分は、絶対に聴き手をがっちり掴んではなさいっていうか・・ネ。 で、知らずにユーミンワールドへ引き込まれるって言うかね。
 まあ、この曲なんては、まさにそうだよね。まあ、この曲はイントロのインパクトが強いから、イントロからそのまま、曲の世界へ引きずり込まれるっていう気持ちが強いけど、

 
 それと、80年代後半に入って、音にキレが出てくるんだよね。輪郭がはっきりしてくるって言うか。
 少なくとも、80年代前半までは、ここまで、音はシャープではなく、もっと自然だったんだけどね。
 
 このあたりと、莫大セールスとなんか、関係がありそうだよねぇ。
 それと、音質が格段に上がってるんですよ。 私、この曲、「シングルレコード」って持ってる、たぶん、結構珍しい奴なんだけど、音がすごくいいの。まじで、これレコードって言うくらい、音質があがってる。録音レベル(音量)も上がってる下なにより音がクリアなんたけど、太いんだよね。
 時代はすでに、CDの時代に入ってたけど、レコードも行き着くところまでは行ってたんだよね。

 同じことは、浅香唯の「Belive Again」でも感じたな。このきょく、88年2月で、もうちょっと遅いんだけど、やっぱり、レコードとは思えないほどの音質なんだよね。
 もちろん、聞き込むと「プチプチ」が入ってきちゃうけど・・。


 1987年の今頃の曲って何かと印象に残る曲が、何曲かあるんだよね。やっぱり、目の前に「大学受験」って言うものを控えてたからかなぁ。
 まあ、これは、方便でして・・・。この頃は全然、受験勉強してなかったけどね。なんとか、楽して大学入ろうという「姑息」な手を考えてたしな。 友だちが推薦で大学決まって、うらやましがったりして・・。 
 まあ、いろいろあった頃ですわ。
 この後も、若干、いろいろ前後の時代の曲を挟みながら、暫くは87年を中心に書こうと思ってまーす。

 この後もお楽しみに!






※2005年11月に書いたものの再掲載です。



 
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