かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

来生たかお

さよならのめまい / 南野陽子

1986_01_さよならのめまい_南野陽子


今回の1曲セレクトは、「さよならのめまい」南野陽子です。

まずはデータです。

・タイトル     さよならのめまい
・アーティスト   南野陽子
・作詞       来生えつこ
・作曲       来生たかお
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1985年11月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   12.5万枚
・TH HITCHART HOT30最高位 22位
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「スケバン刑事 少女鉄仮面伝説」挿入曲


またもや、久々の1曲セレクトです。
毎回書いてるような気がするけど、ここのところ忙しくて週に2回くらい書ければいいかな・・・って言う感じになっちゃいましたねぇ。 できれば、以前のように毎日1曲ずつ書ければいいんだけどもね。。。
うん、まあ、暫くはしょうがないのかなぁ。。。

さてさて、ここ暫く「男性アーティスト」中心の男臭い1曲セレクトになっちまってたんで、今回は女性「アイドル」を持って来たい・・・と思ってたんだけどね。
 
これがなかなか思いつかないんだよなぁ。 今頃の時期の女性アイドルのヒットって既に大分書いちゃったからなぁ。。。。

まあ、いつもの事なんだけども、ない頭をひねりひねり・・・で絞って出てきたのが、この曲だったりして。。。

南野陽子「さよならのめまい」。

うわっ、この曲、個人的には「冒険」なんだよなぁ。。。  

・・・っつうのも、この曲、ヒット当時、あんまり聴いてなかったのよね。 南野陽子さんの「ベスト」盤はもってるんで、音源としては持ってるんだけども・・・。

 個人的には、ナンノちゃんは、「ザ・ベストテン」に初ランクインした、この曲の次の「悲しみモニュメント」からだったからなぁ。。
そんなナンノちゃんのデビュー2作目のシングルだったこの曲。

この曲は、もちろん、当時「主演」していたフジテレビ系ドラマ「スケバン刑事供廚料淨曲だった訳だけどもね。ここではもう何回も書いた事なんだけど、当時、「スケバン刑事」見てなかったからなぁ、ワタシ。

木曜19時30分なんて、まだ、家帰ってなかった事が多かったもん。部活やってたからさあ。

たしかに、当時は話題だったよな。学校でも結構みんな見てたし。。。 でも、個人的にはあんまり興味がそそられなかった・・というか。

まあ、元来の天邪鬼な性格なもんで、みんなが見てると興味がなくなる・・・と  そんな所があったかもしれない。

そんなこともあってか、この曲は、素通りだったんだよね当時は。 

ナンノちゃんについては、オリコンでも大分記事を読んでたし、当時は、まだ月刊「明星」買ってたしねぇ、だから、もちろん知ってましたけどね。 でも、他のいわいる85年デビュー組アイドル同様、それほど「曲」については興味がそそられなかったってのもあるかなぁ。

あ、85年組でもミポリンだけは、デビュー当時から曲はしっかり聴いて注目してましたけどね。 その他は・・・あーん、あんまり興味が向かなかったんだよな。

まあ、本田美奈子さんの「Temptation」とか、芳本美代子さんの「雨のハイスクール」あたりからは、徐々に85年組にも目を向けて行ったんだけどさ。

だからね、ナンノちゃんについても、そんな「その他大勢」の一人・・・って言うくらいしか認識なかったんだよね。

すくなくとも、この「さよならのめまい」の頃までは。

だからね、むしろ、後年なんだよね、この曲を聴くようになったのは。

で、すぐに思ったのが、「あ、85年だ」っていうこと。  この間書いた中村雅俊氏の「俺たちの旅」でも75年を感じると、同じような事を書いたんだけども、時代性だよね。空気感。

これがこの曲にもたたよってるんだよな、そそそ、85年って言う空気感が。

じゃ、どういう空気感よ?  って聞かれると、なかなかコトバにあらわせられないんだけどもさぁ。。。。

でも、当時、あんまり曲を聴いてなかったのに、この曲を聴いた途端、16才の自分に戻っちゃう・・・っていうかねぇ。。。

この当時の曲ってサウンドが特徴的でさ、例えばヤマハDX7のプリセット音が聴こえれば83年〜84年頃の曲っていうのが、一発で分かるんだよね、たとえ、当時聴いて無かった曲でもさあ。 
そういう、時代感の感じ方もあるんだけども、85年の後半あたりからは、もうちょっと違ったような感覚があったんだよな。アイドルの曲にもさ。

まあ、おニャン子の能天気さって言う感覚もあった事はあった。けど、もうちょっと違った感覚なんだよな。
どこか儚さを感じるっていうかさ。

特に、ナンノちゃんの曲って、この曲もそうだけども、他の当時の曲も、「スケバン刑事」の主題歌、挿入歌で使われてた曲って、どこか儚さを感じたじゃん。侘しさっていうかさ。

 少し大げさ気味な展開とストリングス。まあ、今聴くと、85年当時の曲としては全体的に、少しアナクロ的なところがあったかもしれない。80年代の・・・というよりは10年くらい遡ったような・・・っていうかさ。
 うん、70年代中盤の昼ドラのBGMにかかっていたような・・・って感じの。

その辺に懐かしさではないと思うんだけども、儚さを感じたのかもなぁ。

奇しくも、時代は「回顧系」に向かうところがあったしね。 そそそ、86年になるとネオGSが静かなブームになったのをはじめ、TBS系の「テレビ探偵団」が始まったりして、時代を回顧するっていうところが流行り始めたんだよね。
 それまでは、時代は進む、進化の方向、一辺倒で、一昔前のテイストのものはダサいって言われてたのが、回顧系が「イマく」なったのよ。それが86年頃。

そう考えるとこの曲は、その魁的な曲だったのかもしれないですよね。いま改めて聴いてみるとさ。
 


こうみると、ナンノちゃんは、かわいいというより美人さんなんだよな。
当時、金妻で大ブレイク中の篠ひろ子さんにそっくりだったし。

ただ、ウタがねぇ。。。。まだまだヘタだったよね。。。(爆)
・・・といっちゃ失礼か。。。

あ、だからだったのかもしれない。当時、曲を聴かないで素通りしてたのは。。。。。


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レースのカーディガン / 坂上香織

1988_09_レースのカーディガン_坂上香織


今回の1曲セレクトは、「レースのカーディガン」坂上香織です。

まずはデータです。

・タイトル    レースのカーディガン
・アーティスト  坂上香織
・作詞      松本隆
・作曲      来生たかお
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1988年8月24日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数 7.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「キテレツ大百科」主題歌


80年代終盤、アイドルも飽和状態になってきた頃、アイドルに「格付け」的等級を付けるようになりましたよね。
A級、B級、C級・・・ 

まあ、A級は「スター」アイドルの証であり、C級ともなるとマニアック、まあ、いまで言う「オタク」様ご用達のような知ってる人しか知らないようなアンダーグラウンドアイドルってわけですわね。

たださ、その間のB級アイドル・・・ってのが良く分かんないんだよな、定義が。

まあ、恐らくベストテンに入りそうで、入れなかったアイドルって感じなんでしょうな。 

そんな定義で言えば、今回セレクトした来た人は、充分に「B級」なヒトだったんでしょうね。

坂上香織「レースのカーディガン」。

覚えてますか、坂上香織さん。

1988年の夏の終わりにこの曲でデビュー。 一応オリコンではベストテン入りを果たし、「ザ・ベストテン」にも「1週」だけランクインしたんだよね。
まあ、ベストテンにランクインした・・と言っても、10位に1週だけランクインしたわけで、だから、フロックといえば、、フロックのようなもんだったかもしれないが。。。
 そそそ、前年の1987年にやはり1週だけベストテン入りしてあっという間に消えた、守谷香さんと同じ感じで。。。

だからさ、オリコンでも「ザ・ベストテン」でも、ベストテン内にランクインしたといっても、決して「A級」なアイドルとは言えない訳ですわね。

そもそも、今となってはアイドルとしての坂上香織さんを覚えてる方の方が少ないだろうしなぁ。

・・・というわけで、やはり「B級」アイドルってことになるんですよね。

まあ、このヒト、アイドルとしてデビューする前に、女優さんとしてドラマ出演した方が早かったんだけどね。

個人的にはシブがきのフッくんこと、布川敏和が主演した「オレの妹急上昇」だっけ? フジテレビでOAしてた「30分」ドラマ。
あれで、フッくんの「妹」役で出てたんだよね、坂上香織さんって。

わあ、また「美少女」が出てきたなぁ・・・なんて好印象で、だからさ、このドラマも好きだったんだよなぁ。

当時、宮沢りえ、後藤久美子っていう両巨頭な美少女女優が出現して、「美少女ブーム」だったじゃん。
国民的美少女コンテストなんてのも、この頃始まってたしさ。

まあ、もちろん、このヒトは、そんな「美少女」ブームとは別なところから出てきた訳だけど、それでもそんな美少女女優の一人に数えても良かったような感じだったよなぁ。

ただね、美少女だからアイドルとして「唄」で成功するか・・というと、必ずしもそうじゃない。
あのゴクミ(後藤久美子)でさえ、ウタでは今一つパッとしなかったしな。

このヒトもそれと同じで、結局のところ、アイドルとして「ウタ」では今一つパッとしなかった・・・っていうのは歴史が証明してるよなぁ。


そもそも曲がねぇ・・・・うーむ、今一つパッとしないんだよな。今回セレクトしてきた「レースのカーディガン」。 
なんかね、時代錯誤だよな・・・っていうイメージが先に立っちゃうんだよな。
どう聴いても、これは80年代初頭のイメージだし、サウンドだよな・・・。いや、下手すると70年代に遡っちゃうかもしれない。
まあ、それだけアナクロなんだよね。

作詞、松本隆、作曲、来生たかお 編曲、萩田光雄・・・・なんていう、まるで松田聖子と中森明菜という、80年代の両巨頭アイドルを合体させたような超豪華作家陣なのに、掛け算ではなく、反対に「割り算」になってしまったような・・・。

まあ、このヒト自体、アイドルとして明るく軽いキャラクターではなく、真面目なイメージが先行してたからなぁ。
そんなイメージから、アイドルとしてどう展開して行こうか・・・っていうところに迷いを感じてる。
そんなことが曲から感じたりするんだよな。だから、今一つ曲として中途半端になってしまう・・・と。

今から考えれば、このヒトの場合は、ウタはやらないで、女優さん一本で行った方が良かったのかもな。
でも、当時の流れとしては、アイドルとしては女優もやって歌もやって・・・って言う流れがデフォルトな所がありましたからねぇ。
そんな流れは、このヒトにとっては不運だったよなぁ。




PVですな。
しかし、どこまでも大林宣彦監督の「転校生」・・・いやいや尾道三部作のパクリだよなぁ・・・と思ったら、大林氏自身がこのPV撮ってたんだな。。。
いやはや、これは今まで知らなかったわ。金かけましたねぇ。
ただ、曲と映像がシンクロしてるか・・・というとちょっと微妙だけど。。。

それと、金かけた分回収できたのかなぁ・・・なんて要らん事まで考えたりして。。。


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スローモーション / 中森明菜

1982_06_スローモーション_中森明菜


今回の1曲セレクトは、「スローモーション」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル    スローモーション
・アーティスト  中森明菜
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      船山基紀
・リリース日   1982年5月1日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 30位
・売上げ枚数 17.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 28位

どうなんだろう? 今回セレクトしてきた曲も「なんで今まで書いてなかったんだろう?」っていう部類に入るのかなぁ。。。。

はい、今回セレクトしてきた曲は、中森明菜のデビュー曲、「スローモーション」ですわ。

そうだよなぁ、この位の曲になるとすでに書いていても全然おかしくなかったんだけどね。
いや、実は、昨年の今頃も、一瞬、書こうと思い立ったんだけども、昨年は、mixi時代に書いたものの「焼き直し」がメインで、中森明菜の他の曲も頻繁に出してたんでさあ、1年間待ってた・・・って言うのもあるんだよね。
で、いつ書くか、いつ書くか・・・なんて最近ジリジリしてたんだけど、そろそろ書いても良いよね・・・ってことで
ま、その前にmixi時代に書いとけよ・・・って感じもするんだけど。。。

今となっては、有名・・というか、当時を知る方は、ほとんどの方は知ってらっしゃるだろう、この曲だけど、そうは言ってもオリコン最高30位でしたらねぇ、やっぱり、次の「少女A」に比べると、やや格が落ちるかな・・・っていう気もしちゃうんだよね。
 
 ・・というか、オリコン最高30位っていうのも、今となっては信じられないんだけどさ。なんせ、30位までしか行かなくても売り上げは17.5万枚も行ってますからねぇ。
 それだけ、チャートに長くランクインしてたったて訳なんだけども、オリコンベスト100には、39週ランクイン。もちろん、これは、明菜の楽曲の中では最長ランクインとなる訳なんだけどね。

 「花の82年組」と言われた、昭和57年デビューの明菜だけど、なにせデビュー日が「5月1日」と他の82年組に比べると「後発」でしたからねぇ。
 どうしても「出遅れ」っという感じが当初は否めなかった訳で、チャートアクション的に言えば、最初はそれほどパッとしなかったんだよね。
初登場は、82年5月10日付で58位。 そこから「12週」もかかって、最高ランクの30位まで到達している。

通常アイドルのチャートアクションって、デビュー曲でも比較的早い段階で最高ランクを記録するもんなんだけどさ、12週もかけて最高ランクに到達するチャートアクションは、当時としても異例ともいえる動きだったよなぁ。

まあ、曲がね、アイドルらしからぬ・・・って言っちゃ失礼かもしれないけど、少なくとも他の82年組に比べると、全然大人っぽかったじゃん。だからね、、初めはアイドルと言うよりは、ニューミュージック的なアイドルなのかなぁ・・・なんていう印象もあったよなぁ。

 当時は、今では完全にニューミュージック系にカテゴリされるけど、アイドルっぽいヒトって割といたじゃん。杏里、竹内まりや、石川優子・・・とかさ。
 そんな部類のヒトなのかな・・・なんて言う印象が若干あってさ。 だって、曲が完全にニューミュージックって感じだったじゃん。 他のアイドルのコの曲に比べると大人だったよね。 
大体アイドルのデビュー曲というと、きゃぴきゃぴ感があったもんだけど、この曲は、そういうところが全然なかったしね。
それが、返って印象が地味に映ったのかもしれない。

正直、テレビに出ても、本当に最初の頃は印象に薄かったんだよね、明菜って。インパクトに薄いって言うかさ。

ちなみに、この頃、月刊「明星」で、82年デビュー組の各人が、事務所の先輩をおんぶするって言う企画があったんだけども、確か明菜は、当時同じ研音だった浅野ゆう子さんをおぶっていたのかな?
でもね、堀ちえみとか小泉今日子とかに比べると、確実に印象が薄かったもの。

だからね、ややもするとB級アイドルで終わるんじゃなかろうか・・・っていう感じもしたんだよね。

でも、分からないもんなんだよね、まさか第2弾が「少女A」で、あそこまでブレイクするとは、全く思えなかったしなぁ、最初は。

でも、ブレイクすると、あんなに地味に感じてた明菜がキラキラ「後光」が差したような印象を受けたし、と、共に途端に曲も良く聴こえてくるから不思議なもんでさ。 
うん、個人的に、この曲を改めてちゃんと聴く様になったは、「少女A」がブレイクした後だったんだよね。

だからか、個人的にはこの曲は、不思議と82年の今頃の匂いは感じ無い。むしろ、明菜を遡って聴いてた83年の頭頃の匂いを感じるんだよなぁ。



コレは83年頃の動画だけど、この頃は明菜ってホントに可愛かったよなぁ。ぽちゃぽちゃしててさ。
この後の「ホネカワ」だけの容姿になっちゃったのとは違って。やっぱし、人間痩せすぎるのも考えもんだよねぇ。
「スローモーション」だけじゃなく、「少女A」もついてるけど、おまけって事で。。。


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夢色のメッセージ / 西村知美

1986_04_夢色のメッセージ_西村知美








今回の1曲セレクトは、「夢色のメッセージ」西村知美です。

まずはデータです。

・タイトル    夢色のメッセージ
・アーティスト  西村知美
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1986年3月20日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  17.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1986年4月14日付
・タイアップ:映画「ドン松五郎の生活」主題歌

 どこにでもいるような普通の女の子が、ある日突然スターになる夢・・・
・・・なんて、昔のとある番組のキャッチをそのままパクッてみたりしたんだけど。。。

80年代中盤は、現在と同じように「アイドル」の天下だったわけだけども、そのほとんどが「ゲ―ノー人らしくない」っちゃ失礼だけど、どこにでもいるようなオネーチャンが、ある日突然ブラウン管の中で歌っているような・・・って感じのアイドルでしたね。

「シロート」が売れる時代・・・って言うんでしょうかねぇ。

まあ、その最たるヒト達が、おニャン子クラブだったりするんだけど。。。

今回セレクトしてきた西村知美っていうヒトも、そんな、どこにでもいるような女の子が、ある日突然ブラウン管に・・・って言う感じのアイドルの一人だったよなぁ。

まあ、それ以前のアイドルも、同じように言われてたヒトって何人も居たけど、でも今からして思えば、そう言われては居ても、どこかゲーノー人らしい匂いはあったヒト達が多かった・・・様な気がする。。

でもさあ、この西村知美っていうヒトは、そういう匂いが全然しなかったんだよな。 いや、本当に学校のとなりの机に居るような・・・っていう感じで。

ルックス的には、たしかに可愛いっちゃ、可愛かったりもしたけど、いわいるアイドル顔でもなかったし、じゃ、ウタは・・というと、これがまた、ヒドイし  ぢゃ、演技は? ・・・というと、取り立ててウマくもない。。。
 ま、今回セレクトしてきた「夢色のメッセージ」は、デビュー曲にして、主題歌だった映画「ドン松五郎の生活」の主演してたりするんだけどね。。。。

そんななーんも特徴が無かったんだよなぁ、このヒト。  

なんて言うのかなぁ、特段、コレっていう特徴というか「色」を感じないっていうかねぇ。 ゲーノー人特有の「アクの強さ」って言うのを感じなかったんだよな。

当時からしてみれば、デビューの時は、まあ、お金をかけて、映画の主演をやってたりしたけど、まあ、こんなにもアクが強くないヒトは、ゲーノー界ぢゃ、もっても2,3年かなぁ・・・・ってくらいしか感じなかった訳で。。。。

でもさぁ、あれから、ちょうど30年経った今でも、どっこい、ゲーノー界に残ってるとはねぇ・・・・。全く予想もしてなかったですわ。。。

なんていうかねぇ、ゲーノー界の7不思議っていうかねぇ。。。


で、今回セレクトしてきた「夢色のメッセージ」って曲。
当時も、そこそこ売れるだろうな・・・とは思ってたりしたな。曲の出来とかではなく、なんだかんだ言っても、デビューにして、主演映画の主題歌でしたからねぇ、まあ、話題性で・・・ってことで。。

ただ、曲自体は、正直、あんまり面白いとは思わなかったなぁ。 アイドルらしくない・・・というかねぇ。なんかフレッシュさを感じないんだよね。
 作詞が来生えつこで、作曲が来生たかお・・・なんだけど、デビュー曲にして、このお二人の作品と言うと、中森明菜の「スローモーション」。 たしかに、「スローモーション」もデビュー曲としては、アイドルらしさっていうのは、あんまり感じ無かった。。。けど、明菜の場合はそれなりの歌唱力があった。だから、明菜なりの世界観を感じたんだよね。

 でも、この曲に関しては、その時の様な世界観を感じないんだよね。 まずもって印象が希薄って言うような感じしかしなくてさあ・・・。

そんなところも、きっとこのコは、すぐ居なくなるだろうな・・・って感じたんだろうな。

正直、曲については、そんな所しか書くところが無いなぁ・・・。  

今まで、西村知美さんの曲はあんまり書いてこなかったんたけど、兎に角、掴みどころが無い曲が多いんだよね。 まあ、それでも何曲かは印象に残ったいる曲があったりしたんで、それは、これまでも書いてきたんだけど。。。

デビュー曲の印象が薄くて、これまで30年も生き残ってるアイドルってのも珍しい訳で、逆言えば、そこが希少価値がある人かもしれないけど。。。。

そう言えば、、自分より年下でベストテン入りしたヒトって、このヒトが最初だったかもしれない。 まあ。それまでも工藤夕貴とか、セブンティーンクラブ時代の工藤静香とか、年下でデビューしてたヒトはいたけど、ベストテン入りはしてなかったしな。
 同級生では、中山美穂ぐらいだったかな・・・・。うんにゃ、木村一八ってのが居たな
でも、自分より年下のコがベストテン入りしてるのっていうのは、やっぱ変な感覚じだったな。。。それだけは覚えてるわ。





最初にかいた「シロート」が売れる時代・・・って言う意味では、「今」もそんな時代ですわな。
初音ミクなんてのは、そんな感じじゃないですか。
 アイドルは、たしかに、80年代中盤の、あの全くのシロートに毛が生えた・・・って感じに比べれば、若干、マシかな・・・って気もするけど、最近のコは、普通のコでも「擦れてる」コが多いからな。 いわいる「サトリ世代」特有の・・・って感じの。
それを考えれば、今のアイドルも、「隣の○○ちゃん」っていう所は、このころと全然変わってないのかもな。




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疑問符 / 河合奈保子

1984_01_疑問符_河合奈保子






今回の1曲セレクトは、「疑問符」河合奈保子です。
 
 まずはデータです。

・タイトル    疑問符
・アーティスト  河合奈保子です。
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1983年12月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 4位
・売り上げ枚数  19.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1983年12月12日〜1984年1月9日付


 えー、今回は前置き無しで・・・。
 河合奈保子の「疑問符」なぞひとつ。

この曲って言ったら、さみしーい曲なんだよねぇ。 寂しい・・・というより、「冷たい」というかねぇ。

 まあ、いかにも冬枯れな季節に合いそうな曲ではあるんだけど、それにしても、当時は、徹底的にジミダナァ・・・・っていう印象が強かったねぇ。インパクトもあんまり感じなかったし、印象からして、シングルのA面というより、B面にひっそり沈んでいるような・・・っていうイメージだったんだよね。

 それに、この曲の前の「UNバランス」までのようなポップ感も感じなかったし・・・。どちらかといえば、「歌謡曲」路線に近いような印象が強くてさ。

 だから、この曲はあんまり売れないだろうなぁ・・・っていうのが、最初聴いたときの印象だったかなぁ。 まあ、案の定、前の曲まで20万枚オーバーしてた売り上げ枚数も、この曲で20万枚切っちゃったしね。

 たださ、「ザ・ベストテン」で、ベスト3の3位まで行ったのには、ちょっと意外性を感じたよなぁ・・・。
 うん、それまで河合奈保子って、ベストテンじゃ、なかなか上位まで行かなかったからねぇ。「エスカレーション」が3位まで行ったのが最高だったから、それと同じだったわけさ。

 でもねぇ、それもつかの間でさぁ、次の週、いきなりベストテンから落ちてやんの。。。ふらふらふらふら

 ベスト3から、いきなり次の週でベストテン落ち・・・。

 まあ、現在では珍しくもなーんとも思わないようなチャートアクションだけど、当時はなかなか見られないようなチャートアクションだったからなぁ。結構、衝撃的でしたわぁ。

 ちなみに、1984年1月12日放送分で3位、次1月19日放送分は12位だったんで、9ランクダウン・・・っちゅう。

 まあ、伏線はあったんだけどね。3位の時の得点は7799点で、当時の3位としては、結構な低レベル。

 次の週の12位のときは6253点と、逆に12位としては高得点・・・とかなり不利な条件となってしまったため、こういうチャートアクションが生まれてしまったわけで・・・。

 ちなみに、ベストテンでは、当時としては、ベスト3からいきなりのベストテン落ち・・・ってのは、1979年11月の山口百恵の「しなやかなに歌って」の2位→12位っちゅう、10ランクダウンに次ぐ記録じゃなかったんかなぁ・・・。

 なんかね、曲以上に、そんなベストテンの動きの方が記憶に残ってたり曲かもなぁ、この曲。
 いや、この曲聴くと、いつも、そのことが脳裏に浮かんでくるものふらふら

ちなみに、3位だった、1984年1月12日放送分だけど、この曲のイントロで、風呂桶を撃つようなSE音が入ってるんで、わざわざ銭湯で「風呂桶」の音をサンプリングしてきた・・・なんてしょうもない演出のしゅうだったんだよね。まさか、そんなしょうも無さで、次の週ベストテンから落ちた・・・って訳でもないよなぁ。。。
まあ、ことをやってたりするのは、ベストテンらしいっちゃ、らしいわなふらふらふらふら



昔は、↑で書いた「風呂桶SE」のベストテンの動画が落ちてたんだけど今はなくなっちゃったんだな。。。



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セーラー服と機関銃 / 薬師丸ひろ子

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今回の1曲セレクトは、「セーラー服と機関銃」薬師丸ひろ子です。

まずはデータです。

・タイトル    セーラー服と機関銃
・アーティスト  薬師丸ひろ子
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      星勝
・リリース日  1981年11月21日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   86.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1981年12月7日〜1982年3月8日付
・タイアップ:角川映画「セーラー服と機関銃」主題歌

 ここんところ薬師丸ひろ子づいている感じだけど、今の時期と薬師丸ひろ子っていえば、この曲は外せないよなぁ

セーラー服と機関銃。

 いままで何回かリメイクされてきた「セーラー服と機関銃」だけど、来年、橋本環奈さんで、またまたリメイクされるようですね。

・・・と言っても、ワタシらの世代と言えば、どうしても、薬師丸ひろ子さんになっちゃいますねぇ、「セーラー服と機関銃」と言えば。

映画の方はワタシも何回か見たな。テレビでももう、何回も放映されているしね。

 主演、薬師丸ひろ子。 鬼と呼ばれた故・相米慎二監督にこっぴどくしごかれただけあって、この映画が本格的に女優デビューって感じでしたね。
 ま、実際は、この映画の半年前にも、同じ角川映画の「ねらわれた学園」にも主演してたけど、半分アイドル映画って感じだったしなぁ。 
 
 主演も演じた薬師丸だけど、主題歌もこのヒト自ら歌ったんだよねぇ。
 角川映画で、主演女優が自ら主題歌を歌ったのは、これが初めてになるのかなぁ。
 逆にこれがきっかけとなって、この後、原田知世にしても、渡辺典子にしても、主演映画は自ら主題歌を歌っていくことになるんだけども。

 たださ、もともと、主題歌は、来生たかおの「夢の途中」だったようですね。
 そうですね、当時を知っている方には常識ですが、「セーラー服と機関銃」の異名同曲・・・同じ曲のタイトル違いのあの曲が主題歌だったわけです。

 うん、同曲っていっても、「セーラー服と機関銃」と「夢の途中」では若干歌詞も違ってるんだけどさ。

「セーラー服と機関銃」
 ⇒♪夢のいた場所に未練残しても心寒いだけさ〜 ♪

「夢の途中」
 ⇒♪今を嘆いても胸を痛めてもほんの夢の途中〜 ♪

 いやいや、これだけの違いなんだけどさ


 しかし、当時はさ、この曲がキライでね、ワタクシ。

 なんかさぁ、薬師丸ひろ子のファルセット唱法に、なんか薄ら寒いもんを感じたんだよなぁ。偽善者っぽいっていうかさ、生真面目というか・・・。
 どうも、その辺が生理的に「ツン」と来たんだよねぇ。

 それと、いきなり来たでしょ。人気が。 

 たしかに、薬師丸ひろ子っていう名前は、この年の始め頃から知ってたし、「セーラー服〜」の前の「ねらわれた学園」も映画館で見てるんだよね、ワタシ。
 だから、このヒト自体はキライではなかったんだけど、こと、この曲に関しては、なんか薄ら寒いもんを感じたんだよなぁ。

 なんでだろ? その辺はよくわかんないんだけどさ。

・・・って、ヒトツ思い浮かべるのは、いつかもここで書いたんだけど、この曲で「賭け」をしたんですよ。
「ザ・ベストテン」でこの曲が1位を取るか、同時期にヒットしていたJohnnyの「ジェームスディーンのように」が1位を取るか。
 ・・・で、ワタシはJohnnyに賭けたんだよね。 
BUT、結果はセーラー服と機関銃が1位を取ってさ・・・。賭けに負けたんよ、ワタシ。
 で、「セーラー服〜」に賭けた友達に500円払ったんだけどさ、それが親にばれてこっ酷く怒られたなぁ。
「小学生のクセに賭け事とは何事だ」ってさぁ。どうも、それがトラウマになっているようなんだよね。

 いやいや、私の性格からして親に怒られたことではなくて、賭けに負けたことに対しての口惜しさなんだけどさ

以前、毎週オリコンチャートのレビューを書いていた頃、チャート予想で外すと「今週のポカ」っ書いてたんだけどさ。あれの発端は、今考えると、ここが原点なんだよね。 ランク予想がはずれるとくやしくてさぁ。

だから、この曲を聴くと、あの時の口惜しさがにじみ出るんだよなぁ、わたしの記憶の中でさ。



えー、ザ・ベストテンで初登場した時ですね。 1981年12月17日放送分。
あ〜、今日でまるまる34年前だ。 偶然だけど今日12月17日も木曜日だもんね。
ところで、この時10位に初登場だったんだけど、この時の得点7219点が、ベストテンでの「10位」の最高得点だったんだよね。通常ならばこの位の得点ならば、7位位でもおかしくなかったんだけど・・・・。
この頃は「上位の壁」が異様に厚かったからなぁ。  まあ、そんなことに興味がある方は、ごくごく一部だろうけどさ。。。。


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セカンド・ラブ / 中森明菜

1982_12_セカンド・ラブ_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「セカンドラブ」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル     セカンド・ラブ
・アーティスト   中森明菜
・作詞       来生えつこ
・作曲       来生たかお
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1982年11月10日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    76.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年11月22日〜1983年2月28日付

 今回はしっとりと行きましょうか。
うーん、中森明菜ファンの方には、ようやく・・・って言う感じでしょうか。「セカンド・ラブ」です。

 いや、いままで忘れていたわけで書かなかったわけではないんだけど、この曲聴くと、いろいろと当時の辛かったことがいろいろと思い出されてさぁ、個人的には出来れば回避したいっていう想いが強かったんだよね。

 でも、まあ、いつかは書かなきゃいけないっていう思いもあったので、今回、書いてしまいましょう。

 今年の世相を反映するキーワードに「いじめ」っていうのがあったけどさ、これは、なにも今に始まったことじゃないんだよね。ウチらが中学生の頃も陰湿なイジメってあったわけよ。
 で、何回かここでも書いたことあるんだけど、ワタシがその標的になっていたんだよね。

 丁度、この曲がヒットしてた頃・・だから、1982年11月から年明けの1月ごろがピークだったかなぁ。
 ワタシは中1の時だわね。まあ、いろいろ今からか考えると、いじめる方も、いじめられる私のほうもかなりプリミティブな事が原因がなんだけどさ。
 それでも、やっぱり、いじめられている方は辛かったですよ。なにせ相手はクラス全員ですからねぇ。あ、いや、いじめっ子グループは数人なんだけど、他の人たちも同調させられていたってところがあるんだよね。ようは見てみぬふりってやつよ。
 もちろん、登校拒否にもなったし、精神的にかなりやられたなぁ。

 でも、ワタシの場合は、センセイに助けられたんだよね。担任でなくて部活の顧問のセンセイ。
 受け持ち学年は違ったんだけど、ワタシの不審な行動見て感じてくれたんだよね。
 学校全体の問題に取り立ててくれて、その年はクラス替えの予定がなかったのに、急遽、クラス替えしてもらったんですよ。それまでは新米教師が担任だったんだけど、学年主任のベテラン教師のクラスにわざわざ置いてくれたんだよね。

 で、まあ、救われたわけだけど・・・。まあ、クラス替えしてから、学年の番長グループと仲良しになったのもあるけど・・・。あ、これは、ワタシも仲間にはいったんではなくてね。番長グループっていっても結構、硬派連中で、弱いものイジメが大キライな連中だったのよ。それで、「盾」になってくれたってところもあるんだけど・・。逆に、そいつらに勉強教えてあげたりして・・・。
結局、イジメを行ってる連中って「ハンパ」な連中なんだよね。強い連中にはウダツが上がらないカッコ悪い連中なんだよ。番長張るくらいの本当の硬派は弱いものイジメなんてしないもの。
 そう考えると、いじめって言うのも廻りのヒト次第なんだろうね。幸いにしてワタシの場合は、最終的には分かってくれるヒトにめぐり合えたことはラッキーだったんだけど。。。


 でさ、そんなころにヒットしてたのが、この「セカン・ドラブ」ですわ。

 だからというわけでもないんだけど、この曲聴くと、いまでも精神的に辛くなるんだよねぇ。でも、当時のほかの曲ではあまり感じないんだよね。この曲で特に、そんな風に感じる。
まあ、そんなトラウマな1曲ですね。ワタシにとっては。

 おそらく当時、頭の中で鳴っている曲の大部分が、この「セカンド・ラブ」だったからだろうなぁ。


ただ、冷静に聴くと、あの「少女A」から全く一転してのソフィケートされたラブバラードっていう、予想ももつかなかった展開へと、中森明菜のスタッフの優秀さには舌を巻くんだけどさ。

 それとね、どうも、個人的には来生たかお氏が作る、この「濡れた」感じのメロディラインがどうも、今ひとつ生理的にシックリこなかったのかもしれないなぁ。
 それが、あの当時の「いじめ」体験のトラウマとすりかえられているような気もする。。。

 たださ、このころの中森明菜ってほんとにカワイかったんだよね。
 100%作ってんだろ・・・・っていうのがわかっていても、やっぱりかわいかったのよ。まだ、ちょっとポッチャリしてるころでさ。

 後年のガイコツみたいなスタイルになってしまったのとは好対照ですわ。

 まだ、怒鳴りもなく、素直な歌い方だったし、あれで優しく歌われたら、やっぱしビビビって来ちゃうかなぁ。



 はい、今回の1曲セレクトは、かじやんの暗い過去についてでした。ちゃんちゃん。




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Remember / 風間三姉妹

1987_11_Remember_風間三姉妹






今回の1曲セレクトは、「Remember」風間三姉妹です。

 まずはデータです。

・タイトル     Remember
・アーティスト   風間三姉妹
・作詞       湯川れい子
・作曲       来生たかお
・編曲       中村哲
・リリース日    1987年10月14日
・発売元      ハミングバード
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    15.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1987年11月2日〜11月23日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「スケバン刑事珪女忍法帖伝奇」エンディングテーマ

 今は契約解除しちゃったけど、スカイパーフェクTVの361ch「ファミリー劇場」って好きなのね。懐かしい番組いっぱいやってるし
 その中でも、以前、再放送してた「スケバン刑事掘廚砲肋个┐拭
 なんじゃいな? あの演技は。。。

 それでも当時、真剣に見てたかと思うと、ちょっと赤面物だったりして・・・。ほとんど、学芸会のノリだよなぁ・・・とか思ったりして・・・。

 あれから、27年ですよ。四半世紀以上前になるんですねぇ。
うーーーーん、つい、この間っていう感覚が未だにあるんだけどねぇ。「10年前に感じた四半世紀年前」と、「今」感じる四半世紀前とでは、ほんと、時間の感覚が全く違うよなぁ。

なんては言うモノの、先日「復活」ライブやったじゃん。あれを見ると、やっぱし27年って言う月日は確実に経っているんだよな・・・・一番「カワイコ」ちゃんだった中村由真の変わり具合を見ちゃうと、涙を流さずには居られないワタシだったりして。。。  (浅香唯、 中村由真ともに、同い年)


 でさ、今だったら、ほとんどシロートなノリなんだよね。演技が。今だったら、シロートでも、もっとましな演技するかもしれないよな。

 とか、思いながら見てたんだけどさぁ。

 どうもね、スケバン刑事シリーズのパート靴蓮▲僉璽鉢機▲僉璽鉢兇鉾罎戮董中途半端な感じがするんだよなぁ。

 それは、パート気寮篤M概、パート兇瞭醋醉杙劼、「女優」として、未だに大成したのに対して、パート靴寮香唯、中村由真、大西結花 ともにフェイドアウトしちゃったところが強いのかなぁ。

 まあ、アイドルドラマっちゃ、アイドルドラマなんだけど、パート機↓供↓靴某覆爐砲弔譟△修療拗腓い進み、最終的に、完全に「アイドルファンのための」ドラマになっちゃってた・・・ってところも大きいかもしれない。

 時代も進んだんだよね、このドラマの3年間の間に。アイドルの「オタク化」ってやつかなぁ。

 これはさ、完璧に肌で感じたもんなぁ。お馴染みの「オリコンウイークリー」(現「オリスタ」)。

 創刊当初から暫くは、純粋にチャートを追っかけてて、完全に「チャートマニアのための」の週刊誌だったんだけど、1985年あたりから、内容が一変し、この「スケバン刑事掘廚86年〜87年、88年あたりまでは、完全にオタク系「アイドル誌」だったもんね。

 ワタシ、87年までは定期購読で、毎週送付してもらってたんだけど、契約が切れた88年からは、毎週、書店で購入するようになって、ちょっと、買うの恥ずかしかったもんなぁ。

 「あ、このヒト、オタク」って見られてるんだろうなぁ・・・って思うとさふらふら

 まあ、角度を変えれば、「チャートオタク」なわけで、外れてないけどさ・・・。ふらふら

 たださ、「アイドルオタク」ではないっていう自負(?)はあったな、あのころも。

 だからね、あんまり、あのころのアイドル系の曲は、詳しくは聴いてない。

・・・っていうか、興味がなかったというか・・・。B級、C級アイドルまで併せると、ほとんど今のアニメのそちらの方々と同じくらいのパワーがないと、出来なかったでしょ、ある意味。

 ワタシそこまでのパワーなかったもの。あくまで「音楽的」なアプローチでしか、聴いてなかったからさぁ。アイドルの曲も。

 だから、音楽的につまんないと興味が沸かなかったんだよね。


 そういう意味で、この「Remember」っていう曲。なんでオリコンで1位取れたのか、当時は不思議だったんだよね。
 曲的に、面白い? ・・・・って言っても、あんまり面白み感じなかったしなぁ。

 湯川れい子さんの詞にしても、来生たかお氏の曲にしても、だからなんなの? って感じがさきにたっちゃってさ。。。

 どうなんだろ? 一番の要因は、中村哲氏のアレンジかもしれない。

 どうにも、当たり前のアイドルの曲を当たり前にアイドル用にアレンジしました・・・っていうようにしか感じないんだよね。

 「あ、これ、おもしろい」っていう仕掛けがないんだよなぁ。うーん、逆に、こういう、ある意味「企画物」だから、面白い実験も出来たと思うんだけとなぁ。

 どっちにしろ、ある程度売れることはわかってんだからさ。

 そういう意味で「1位にふさわしい」曲かどうか・・・というと、個人的には「????」なんだよね。これは、今聴いても、そう感じるな。
(文句書いてる割には、音源、しっかり持ってたりするんだけどさ冷や汗

 まあ、当時のレコードの売れ方、あるいは、売上げレベルって言うのが、今と全く同じなんだよね。
 当時のオリコン1位獲得の平均売り上げ枚数は、大体6万枚。10位で1万数千枚。50位で2000枚。100位で1000枚ていどだったかな。

 ちなみに、この「Remember」が1位を獲得した、1987年10月26日付・・・28年前のランキングは・・・・


1位 New Remember    風間三姉妹 60,390枚
2位←3位 難破船      中森明菜 33,830枚
3位 New キミはどんとくらい  立花理佐 22,410枚
4位←1位 CATCH ME  中山美穂    21,860枚
5位←2位 悲しい気持ち  桑田佳祐   20,650枚
6位←6位 輝きながら…  徳永英明      19,240枚
7位←4位 ガラスの草原  菊池桃子      18,520枚
8位←5位 核  尾崎 豊      17,830枚
9位←7位 STAR LIGHT  光GENJI      15,210枚
10位←13位 ハートに火をつけて  長山洋子 14,170枚

 いまと違うのは、初登場の曲数の違いかな。いまは、多いときだと、ほぼベストテン内、総とっかえ・・・ってことがあるけど、当時は、ランクイン週数は、短かったけど、今ほどは激しいチャートアクションではなかった。

 それだけ、週当たりのリリース数も少なかったんだよね。大体においてレコード会社やレーベル数も、今と比較にならないほど少なかったし・・・。

 それでも、この「Remeber」、初登場でこの当時の平均の6万枚は売ってるんだよね。

 まあ、この週が、チャートの「谷間」だったこともあった。

 前の週は中山美穂の「CATCH ME」。次の週は、小泉今日子の「キスを止めないで」っていう、当時のトップアイドルのリリースを控えており、ちょうど、谷間に収まったリリースの方をしてるんだよね。

 まあ、その辺は、戦略でもあったんだろうし、フジパシの圧力もあったんだろう(・・・と勘ぐってみる)

 ちなみに、次の週は、1位から5位へ転落。売上げも6万位から、1万9千枚へと、減少率68%と、当時としては、結構きつい減少率を記録している。

 結局のところ、「スケパン」ファンしか買ってなかった事になるんだろうね。
 その辺の「固定ファン」だけ狙いの売り方も、「今」も全く変わってない。

 25年以上も経てば、少しは学習するところもあってよさそうなものを・・・。未だに、わるい慣習が残ってる音楽業界なんだよねぇ〜。


 余談だけど・・・大西結花も中村由真も、そのずーーっと後、売れなくなったアイドルの洗礼を受けておりまする。
 「あれ」ですね。浅香唯だけは、なんとかまのがれた? まあ、さすがにオリコン1位獲得。当時のアイドル四天皇の1人を「あれ」にしちゃうのは、やっぱしタメライがあったのかなぁ。。



 
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マイ・ラグジュアリー・ナイト / しばたはつみ

1977_09_マイ・ラグジュアリー・ナイト_しばたはつみ






今回の1曲セレクトは、「マイ・ラグジュアリー・ナイト」しばたはつみです。

 まずはデータです。

・タイトル    マイ・ラグジュアリー・ナイト
・アーティスト  しばたはつみ
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      林哲司
・リリース日   1977年7月10日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数   20.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 26位
・タイアップ:マツダ「コスモ」CM曲

 子どもの頃、早くオトナになりたかった時期があったのね。まあ、だれでもあることなのかぁ。
 早く酒飲みたかったし・・。あー、「たばこ」はダメよ。いや、ウチの母親が、うまそうにタバコ吸ってたんで、「吸いたい」っていったら、吸わせてくれまして。。。あせあせ
 
 ・・・・こんなもん、死んでも二度と吸うもんか・・・と思ったもんよ。 むせてマジで死ぬかと思ったもの・・・ふらふら

 そんな、早く大人になりたい願望があったころの曲を、今回は引っ張って来たよん。

 しばたはつみの「マイ・ラグジュアリー・ナイト」


 うん、上で書いたように、大人になって早く酒飲みたい・・・っていうのは、もちろんあったんだけど、大人の曲が、早くできたらな〜ってのも、あったなぁ。

 っていっても、この曲がヒットしてた、77年当時は、すでに、ポールモーリアのイージーリスニングの世界を聴いてた、ワタシは、りっぱに「ませガキ」だったんだけど、こう、オトナ向けの「うたもの」な曲は、まだ、理解できなかったんだよなぁ。

 なんか、そこには、コドモが立ち入れないような、見えない壁のようなもんを、無意識のうちに感じてたのかもしれないけど・・・。


 で、当時は、まだ、この曲のように、充分、オトナが堪能出来るような曲が、ヒット曲にはあった。
 
 いやだからさ、そういう、オトナしか理解できないような世界のウタも、早く理解できたらな・・・とも思ってたんだよね、どこかで。


 でもさあ、実際、自分がオトナになったら、こういう、オトナの世界を歌った曲が、ほとんどなくなってしまったのは、残念でねぇ。

 なんでまあ、こう、世間は、「コドモ」相手の曲、至上主義・・・っちゅうか、子供っぽいエンターテイメントな世界になっちゃったんでしょうかねぇ。日本のエンターテイメント業界は。
 否、最近、精神的に成長しないヒトが増えたんだろうね日本人は。

 いやいや、ほんと、返す返す残念なのですよ。 うーん、今からでもいいから、こういうオトナの世界を再構築したい・・・っていう願望が、ちょっとあったりしてるワタシなんですけどねぇ。
まあ、どのくらい賛同をいただけるのかは、疑問なんだけど。。

 エンターテイメントって、やっぱり、たくさんの方に賛同いただいてナンボのもんでさ、自分だけで納得してるのは、結局は、ひとりよがりな「オマス」の世界と同じわけで。。。ふらふら


・・・とうことで、この曲「マイ・ラグジュアリー・ナイト」ですよ。

 もうね、一言で言って、オトナしか踏み入れられないような、ゴージャスな世界ですね。

 もしかして、当時、この曲聴いていたのかもしれないけど、少なくとも、当時の記憶はない。

 でもさ、ずっと、曲のタイトルだけは、頭のどっかに残ってたんですよ。
 この曲は、あの来生えつこ、来生たかお、姉弟の、言ってみれば、初めてヒットした曲だよね。
 で、後年、「夢の途中」が大ヒットしたときに、この曲のタイトルが出てきて、それから、ずっと頭に引っかかっていたのかもしれない。

 いや、当時、聴いてたのかも・・・。でも、記憶にないってことは、当時、まだコドモだったワタシには、全く引っかからなかったんだろうな。。。

 でもさ、今聴くと、いいのよ、これが。

 これですよ、このオトナのゴージャス感。こういう曲が、もっと欲しいのよ、いまの音楽界にも。。

 オトナのイメージといっても、演歌じゃないよ。 やだなぁ、オトナっていうと演歌の世界に行っちゃうのは・・・。
 うん、ガサツな世界じゃなくて、文字通り、ラグジュアリーな世界感がある曲ってのが、もっとあればねぇ・・・って思うんだよね。

 少なくとも、日本の音楽界ももっと、豊かになると思うんだけどねぇ。 あ、これは、儲かるとかとかじゃなくて、イメージ的にさ。

 しかし、小さいときから、本格的にジャズをやってきた、しばたはつみだけあって、ウタは、うまいわな。

 さすがに、サウンド面では、とにかくウルサカッタと言われる、当時の音楽番組、TBS系「サウンド インS」にレギュラー的に出演していただけのことはあるわ。




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トワイライト / 中森明菜

1983_06_トワイライト_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「トワイライト」中森明菜です。

 まずはデータでーす。

・タイトル    トワイライト
・アーティスト  中森明菜
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1983年6月1日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   43.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1983年6月13日〜8月8日付

 1983年が連荘になってしまいましてスンマソン。先ほどは、薬師丸ひろ子の「探偵物語」を持ってきましたが、これを持ってきたら、やっぱり、この中森明菜「トワイライト」を持ってこないとねぇ・・・って感じですよね。

 古くからヒットチャートを見てきているヒトには、1983年の今ごろのチャートって、毎週のようにデッドヒートなチャート争いを繰り広げられてたっていう記憶があるでしょうね。

・4月27日リリース決戦(5月9日付 5月16日付)
 ⇒近藤真彦「真夏の一秒」VS松田聖子「天国のキッス」

・3つ巴1位争い(5月23日付)
 ⇒近藤真彦「真夏の一秒」VS松田聖子「天国のキッス」VSラッツ&スター「め組のひと」

そして、もう一つが
・薬師丸ひろ子「探偵物語」VS中森明菜「トワイライト」頂上決戦

ってやつですね。

 まあ、それだけ、当時アーティストパワーが拮抗した中でのチャート争いが繰り広げられていたって言うところなんですけどね。

 ただ、正確に言うと、この両者はリリース日が1週間ずれているんだよね。

薬師丸ひろ子 「探偵物語」⇒1983年5月25日リリース
中森明菜   「トワイライト」⇒1983年6月1日リリース

だから、もし、これが今だったら、こんなに騒がれることはない。

 というのも、今って、売上げが最初の1週間で集中して、2週目以降は大きくセールスが落ちることがほとんどだから、1週リリースがずれると、自ずからランクも入れ替わるっていう動きがほとんどだからね。

 でも、当時は、そこまでタンパクな動きではなかったのよ。

 まず、薬師丸の「探偵物語」。これ、昨日も書いたように事前では、超大型ヒットという事前予想があって、だから、みなさんリリースをずらしたんだよね。
 現にこの曲は1位を7週連続でとってる。

 そういう事前予想でチャートを狙いに行ってるアーティストは、「前」にずらしたんですよ。ま、これはトシの「シャワーな気分」なんだけども。

 しかしながら、この中森明菜「トワイライト」だけは、当初の予定通り「6月1日」リリースで決行。

 これがさ、当時としては、「真っ向勝負」という受け止められ方をしたわけですよ。

 ハイライトは、1983年6月13日付ランキング。

1位 探偵物語    薬師丸ひろ子 81,860枚
2位 トワイライト  中森明菜     69,450枚

 案の定、中森は1位取れなかったんだよね。当時は5万5千枚程度で1位を取れることも多かったので、6万9千枚での2位は、結構レベルは高いものだったんだよね。

 この2曲での1位争いは、この週だけに終わらず、ここから4週間にわたって薬師丸が中森を2位に封じ込んだチャート争いが繰り広げられたんですよ。

 まあ、なかなか見られない1位争い劇でしたよね。


 ただね、当の中森陣営はどうだったかというと・・・それほど「1位」というものにこだわっていなかったとろこもあるんぢゃないかなぁと思うんだよね。
 証拠にこのあと「北ウイング」を、やはり当時150万枚のヒットという事前予想された、わらべ「もしも明日が・・・」の1週間後にリリースをぶつけ、しかも同様に2位止まりという経験をしているわけで・・・。



 それよりも、この「トワイライト」の場合、累積セールスが下がったことに危機感を持ったんぢゃないかなぁと思いますね。

 累積セールス43.0万枚。

ま、たしかに、この数字はスゴイ数字ではあるんだけど、前曲「1/2の神話」の57万枚よりも14万枚も落ちてる。
 「セカンドラブ」以降、85年前半までの全盛期をもってして、この数字は最低レベルなんだよね。


 このころ、明菜って、完全に楽曲パターンが決まってたんだよね。

 スローモーション   ソフト路線
 少女A        ハード路線
 セカンドラブ     ソフト路線
 1/2の神話       ハード路線
 トワイライト     ソフト路線

 つまりさ、ソフトな曲とハードな曲が交互にリリースされてたわけさ。

 さすがにね、ファンもこのリリースパターンには飽きてきたんだろうなっていうところが如実に数字に出てきたんだよねぇ。

 ただ、この結果を踏まえて、ちゃんと、路線修正をかけてくるのが、このヒトのスタッフのエライとろこで、次の「禁区」では、「ミディアム」っていう新しい路線を開拓して、84年以降の第2次NEW明菜路線に繋げていったんだもんね。


 そんでもって、トワイライト。

 この曲は、上で書いたように、ソフトなミディアムバラード路線。
 来生たかおらしい、美しいメロディラインが特徴だよね。

 ハープ プラス ストリングス っていうサウンドは、前年の大橋純子「シルエットロマンス」に通じるところもあるけど、内容的にもあそこまで刺激的ではなく、もっとソフトですね。
 でも、浮かんでくる情景はタイトルどおり、夕陽をバックに・・・まさにトワイライトって感じで・・・、そのあたりは、さすがにうまいよねぇ。

個人的には、この曲のメロディラインと対旋律にあたるストリングとのからみがたまりませんで、「1/2の神話」に比べても全然この曲のほうが好きなんだけどね。

 でも、まあ、自分の好みと一般的な好みはなかなかシンクロしませんね〜と言うところですよね。セールスの結果を見ると。

 ただ、結果的に、明菜の「清純路線」のバラードはこれにて終了ってかんじでしたね。
 「きれいな声質」のころ、もう1曲くらい、この手の曲を歌ってもらってもよかったかなとも、今となってみれば思うんだけどね。



わぁ〜、もろ1983年の今頃の感じ。この曲を聴くと、当時が脳裏に浮かぶわ〜。


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