かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

来生えつこ

噂になってもいい / 武田久美子

1983_02_噂になってもいい_武田久美子


今回の1曲セレクトは、「噂になってもいい」武田久美子です。

まずはデータです。

・タイトル     噂になってもいい
・アーティスト   武田久美子
・作詞       来生えつこ
・作曲       加藤和彦
・編曲       清水信之
・リリース日   1983年1月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数  8.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 19位

久々の1曲セレクトです。。。って最近、いっつも書いてるよなぁ・・・。
毎日、書かなきゃ・・・っていう半ば「強迫観念」的に思ってたりするんだけども、結局は、今回も「週末」になってしまいましたねぇ。。。うーむ、どうにかせねば。。。

最近、平日、なかなか筆が上がらないのは、確かに、先月からリアル仕事の繁忙期ということもあって、平日になかなか書いている余裕がなかった・・・というのもあるけど、それ以上に、これ書いてる部屋が寒くてね なんせ、我が家は、自ら「氷の部屋」と思うほど寒いもんで。。。 それで、どうもねぇPCに向かう気が萎えてしまう・・・っていうのもあるかも。。。な

だから、暖かくなってくれば、平日もまた書き始めるかも。。。な

・・・っつうことで。。

今回は女性アイドル・・を持って来たい・・・・と思いーの、色々と考えてはいたものの、これ・・と言った曲がなかなか浮かんでこない(いつもの事ですが。。。)

・・・・で、思いあぐねたすえ引っ張ってきた曲が、この曲。

武田久美子「噂になってもいい」。

ジャジャン! ・・・ですよ、ワタシにとっては。 この間書いた南野陽子さんの「さよならのめまい」もそうだったけど、この曲も、個人的には「冒険」的な曲なんだよなぁ。
なにせ、この曲ヒットしてた頃も、それほど熱心に聴いてた訳じゃないんだよな。

って感じの、武田久美子さんのレコードデヒュー曲ですわな。

リリースは1983年、今から34年前の丁度今頃だ。 ワタシは中学1年生。

振り返ってみれば、一番ヒット曲を熱心に聴いてた頃なわけで、何でもかんでも「雑草」のように聴いてたんだよな。
それでも、この曲は、それほど熱心に聴いてなかった・・・ってことは、引っかからなかったんだろうねぇ、この曲には。

リリース前、下馬評は高かっんだよ、この曲。 

いや、この曲・・・というよりは、武田久美子さんの下馬評なんだけどね。

前年の82年、例の映画「ハイティーン・ブギ」でのまっち先生の相手役・・・っちゅう、これ以上も無いヒロイン役に抜擢された訳でさ。
なんせ、当時の、まっち先生の人気は凄まじかったですからねぇ。 そのヒロイン役・・・となると、自ずから業界内での評価は高まる・・・っちうのも、まあ自然の成り行きだった訳だよね。

だからね、83年のアイドルの頂点は、このヒトだ ・・・みたいな雰囲気が一時はあったんだよな。

手元に月刊・明星の付録歌本「Young Song」、1983年4月号がある。
この号で、1983年の新人特集が組まれていて、当時、アイドルボイトレの第一人者だった、大本恭敬氏の評価が、「A B C」ランクで付けられているんだけども、武田久美子さんだけは「?」になってる。

つまりは、それだけ未知数な部分が多く、「化けるとでかい」っていう、当時の業界内の評価を表しているんじゃないかな。


でもね、でもね・・・・ですよねぇ、事実は違ったんだよね。

うん、結局のところは、化けずに「パッ」としないまま終わっちゃったんだよな。・・・・っていうのは、アイドル史が証明しているよなぁ。

どこがいけなかったか?

うーん、やっぱり、ルックスと声質、それにもまして「歌唱力」のギャップの大きさだったんだろうね、きっと。

大人っほかったんだよね、ルックスは。 ワタシより学年が一つ上の武田さんなんで、当時14歳、中学2年生でしたよね。
それにしては、大人っぽい精悍な顔立ちだったじゃん。 そのルックスからして、きっと、声質も大人っぽいに違いない・・・・と想像していたんだけども。。。。

これがまるで「コドモ」だったんだよね。、そこで、まず最初のギャップ。

そして、極めつけは、このヒトの「歌唱力」だよなぁ。。。。    

兎に角、「ヘタ」なのよ、ウタが。。。。 これには、さしものワタシも「カウンターパンチ」でしたねぇ。。。

そう言った見た目と、実際のウタとのギャップ・・・・これは、大きかったんじゃないですかねぇ、ワタシだけでなく、多くのヒト達のとっても。

岩井小百合。 言わずとしれたデビュー当時、武田久美子さんの、「ライバル」と評されたヒトですわ。
年も同じ、当時14歳、中学2年生・・・ってところもあったしね。

 このヒトも武田さんと同じく、声質は「コドモ」・・・っていうより赤ちゃんか・・・ってくらいの「ベイビーボイス」だったわけだけども。
 それでも違和感なく聴けたのは、このヒト、ルックスも「コドモ」だったってのは大きかっただろうなぁ。そそそだから違和感なく聴けたんだよね。

そんな、ルックスと声質、はたまた歌唱力のギャップってのは、いくら歌唱力は「割引」のアイドルと言えども、ギャップがあまりにも大きいと影響はデカイよな・・・っていうところは痛感させられたよな、このヒトには。

だからねぇ、この曲、内容に関しては良いか悪いのかよく分かんないんだよ、ワタシ。

まあ、簡単に言えば古臭いんだよな。 加藤和彦氏作曲、清水信之氏編曲、加えて言えば「冬のリリース」ってことで、81年の伊藤つかささんの「夕暮れ物語」に近い曲調ではある・・・ってところは分かるけど。。。

 この曲も81年当時にしてみれば、アナクロっぽい雰囲気だったもんな。80年代・・・というより70年代の・・・そう、私たちが、小学校に上がる前のころにどこからか聴こえてきたような、童謡のような・・・って言う雰囲気。

そそそ、これは大衆音楽っていうよりは童謡っぽいんだよね。 「〜っぽい」っていうのは、完全にそれって言う訳じゃなくて、あくまでそんな「雰囲気」って事なんだけど。。。 その辺に曖昧さも感じちゃったりしてさ。

例えば、同時期に大ヒットした、わらべの「めだかの兄妹」なんかは、完全に「童謡」だったじゃん。そのへんに潔さを感じたりした訳なんだけども、この曲にそこまでの潔さがあった訳じゃない。 それが曖昧さ・・中途ハンパさに感じちゃったりするんだよな。
 
この曲が今一つ売れなかったのは、そんな中途ハンパさにもあったのかもしれないな。


動画・・・・まあ、この曲くらいのクラスになると・・・って感じだけども、動画があんまりない・・・ってことでニコ動で
コメントがやかましいけど、割り引いてみてくだされ。。。



でも、今見ると、当時14歳といっても気が強そうな雰囲気は出しているわな。
まあ、まっち先生の相手役。しかもキスシーンもありーの・・・なんてことで、まっちファンからは相当の嫌がらせがあったようだけど、こうしてゲーノー界で生き延びてこれてるってことは、並大抵の気の強さじゃない訳で。。。


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さよならのめまい / 南野陽子

1986_01_さよならのめまい_南野陽子


今回の1曲セレクトは、「さよならのめまい」南野陽子です。

まずはデータです。

・タイトル     さよならのめまい
・アーティスト   南野陽子
・作詞       来生えつこ
・作曲       来生たかお
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1985年11月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   12.5万枚
・TH HITCHART HOT30最高位 22位
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「スケバン刑事 少女鉄仮面伝説」挿入曲


またもや、久々の1曲セレクトです。
毎回書いてるような気がするけど、ここのところ忙しくて週に2回くらい書ければいいかな・・・って言う感じになっちゃいましたねぇ。 できれば、以前のように毎日1曲ずつ書ければいいんだけどもね。。。
うん、まあ、暫くはしょうがないのかなぁ。。。

さてさて、ここ暫く「男性アーティスト」中心の男臭い1曲セレクトになっちまってたんで、今回は女性「アイドル」を持って来たい・・・と思ってたんだけどね。
 
これがなかなか思いつかないんだよなぁ。 今頃の時期の女性アイドルのヒットって既に大分書いちゃったからなぁ。。。。

まあ、いつもの事なんだけども、ない頭をひねりひねり・・・で絞って出てきたのが、この曲だったりして。。。

南野陽子「さよならのめまい」。

うわっ、この曲、個人的には「冒険」なんだよなぁ。。。  

・・・っつうのも、この曲、ヒット当時、あんまり聴いてなかったのよね。 南野陽子さんの「ベスト」盤はもってるんで、音源としては持ってるんだけども・・・。

 個人的には、ナンノちゃんは、「ザ・ベストテン」に初ランクインした、この曲の次の「悲しみモニュメント」からだったからなぁ。。
そんなナンノちゃんのデビュー2作目のシングルだったこの曲。

この曲は、もちろん、当時「主演」していたフジテレビ系ドラマ「スケバン刑事供廚料淨曲だった訳だけどもね。ここではもう何回も書いた事なんだけど、当時、「スケバン刑事」見てなかったからなぁ、ワタシ。

木曜19時30分なんて、まだ、家帰ってなかった事が多かったもん。部活やってたからさあ。

たしかに、当時は話題だったよな。学校でも結構みんな見てたし。。。 でも、個人的にはあんまり興味がそそられなかった・・というか。

まあ、元来の天邪鬼な性格なもんで、みんなが見てると興味がなくなる・・・と  そんな所があったかもしれない。

そんなこともあってか、この曲は、素通りだったんだよね当時は。 

ナンノちゃんについては、オリコンでも大分記事を読んでたし、当時は、まだ月刊「明星」買ってたしねぇ、だから、もちろん知ってましたけどね。 でも、他のいわいる85年デビュー組アイドル同様、それほど「曲」については興味がそそられなかったってのもあるかなぁ。

あ、85年組でもミポリンだけは、デビュー当時から曲はしっかり聴いて注目してましたけどね。 その他は・・・あーん、あんまり興味が向かなかったんだよな。

まあ、本田美奈子さんの「Temptation」とか、芳本美代子さんの「雨のハイスクール」あたりからは、徐々に85年組にも目を向けて行ったんだけどさ。

だからね、ナンノちゃんについても、そんな「その他大勢」の一人・・・って言うくらいしか認識なかったんだよね。

すくなくとも、この「さよならのめまい」の頃までは。

だからね、むしろ、後年なんだよね、この曲を聴くようになったのは。

で、すぐに思ったのが、「あ、85年だ」っていうこと。  この間書いた中村雅俊氏の「俺たちの旅」でも75年を感じると、同じような事を書いたんだけども、時代性だよね。空気感。

これがこの曲にもたたよってるんだよな、そそそ、85年って言う空気感が。

じゃ、どういう空気感よ?  って聞かれると、なかなかコトバにあらわせられないんだけどもさぁ。。。。

でも、当時、あんまり曲を聴いてなかったのに、この曲を聴いた途端、16才の自分に戻っちゃう・・・っていうかねぇ。。。

この当時の曲ってサウンドが特徴的でさ、例えばヤマハDX7のプリセット音が聴こえれば83年〜84年頃の曲っていうのが、一発で分かるんだよね、たとえ、当時聴いて無かった曲でもさあ。 
そういう、時代感の感じ方もあるんだけども、85年の後半あたりからは、もうちょっと違ったような感覚があったんだよな。アイドルの曲にもさ。

まあ、おニャン子の能天気さって言う感覚もあった事はあった。けど、もうちょっと違った感覚なんだよな。
どこか儚さを感じるっていうかさ。

特に、ナンノちゃんの曲って、この曲もそうだけども、他の当時の曲も、「スケバン刑事」の主題歌、挿入歌で使われてた曲って、どこか儚さを感じたじゃん。侘しさっていうかさ。

 少し大げさ気味な展開とストリングス。まあ、今聴くと、85年当時の曲としては全体的に、少しアナクロ的なところがあったかもしれない。80年代の・・・というよりは10年くらい遡ったような・・・っていうかさ。
 うん、70年代中盤の昼ドラのBGMにかかっていたような・・・って感じの。

その辺に懐かしさではないと思うんだけども、儚さを感じたのかもなぁ。

奇しくも、時代は「回顧系」に向かうところがあったしね。 そそそ、86年になるとネオGSが静かなブームになったのをはじめ、TBS系の「テレビ探偵団」が始まったりして、時代を回顧するっていうところが流行り始めたんだよね。
 それまでは、時代は進む、進化の方向、一辺倒で、一昔前のテイストのものはダサいって言われてたのが、回顧系が「イマく」なったのよ。それが86年頃。

そう考えるとこの曲は、その魁的な曲だったのかもしれないですよね。いま改めて聴いてみるとさ。
 


こうみると、ナンノちゃんは、かわいいというより美人さんなんだよな。
当時、金妻で大ブレイク中の篠ひろ子さんにそっくりだったし。

ただ、ウタがねぇ。。。。まだまだヘタだったよね。。。(爆)
・・・といっちゃ失礼か。。。

あ、だからだったのかもしれない。当時、曲を聴かないで素通りしてたのは。。。。。


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スローモーション / 中森明菜

1982_06_スローモーション_中森明菜


今回の1曲セレクトは、「スローモーション」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル    スローモーション
・アーティスト  中森明菜
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      船山基紀
・リリース日   1982年5月1日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 30位
・売上げ枚数 17.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 28位

どうなんだろう? 今回セレクトしてきた曲も「なんで今まで書いてなかったんだろう?」っていう部類に入るのかなぁ。。。。

はい、今回セレクトしてきた曲は、中森明菜のデビュー曲、「スローモーション」ですわ。

そうだよなぁ、この位の曲になるとすでに書いていても全然おかしくなかったんだけどね。
いや、実は、昨年の今頃も、一瞬、書こうと思い立ったんだけども、昨年は、mixi時代に書いたものの「焼き直し」がメインで、中森明菜の他の曲も頻繁に出してたんでさあ、1年間待ってた・・・って言うのもあるんだよね。
で、いつ書くか、いつ書くか・・・なんて最近ジリジリしてたんだけど、そろそろ書いても良いよね・・・ってことで
ま、その前にmixi時代に書いとけよ・・・って感じもするんだけど。。。

今となっては、有名・・というか、当時を知る方は、ほとんどの方は知ってらっしゃるだろう、この曲だけど、そうは言ってもオリコン最高30位でしたらねぇ、やっぱり、次の「少女A」に比べると、やや格が落ちるかな・・・っていう気もしちゃうんだよね。
 
 ・・というか、オリコン最高30位っていうのも、今となっては信じられないんだけどさ。なんせ、30位までしか行かなくても売り上げは17.5万枚も行ってますからねぇ。
 それだけ、チャートに長くランクインしてたったて訳なんだけども、オリコンベスト100には、39週ランクイン。もちろん、これは、明菜の楽曲の中では最長ランクインとなる訳なんだけどね。

 「花の82年組」と言われた、昭和57年デビューの明菜だけど、なにせデビュー日が「5月1日」と他の82年組に比べると「後発」でしたからねぇ。
 どうしても「出遅れ」っという感じが当初は否めなかった訳で、チャートアクション的に言えば、最初はそれほどパッとしなかったんだよね。
初登場は、82年5月10日付で58位。 そこから「12週」もかかって、最高ランクの30位まで到達している。

通常アイドルのチャートアクションって、デビュー曲でも比較的早い段階で最高ランクを記録するもんなんだけどさ、12週もかけて最高ランクに到達するチャートアクションは、当時としても異例ともいえる動きだったよなぁ。

まあ、曲がね、アイドルらしからぬ・・・って言っちゃ失礼かもしれないけど、少なくとも他の82年組に比べると、全然大人っぽかったじゃん。だからね、、初めはアイドルと言うよりは、ニューミュージック的なアイドルなのかなぁ・・・なんていう印象もあったよなぁ。

 当時は、今では完全にニューミュージック系にカテゴリされるけど、アイドルっぽいヒトって割といたじゃん。杏里、竹内まりや、石川優子・・・とかさ。
 そんな部類のヒトなのかな・・・なんて言う印象が若干あってさ。 だって、曲が完全にニューミュージックって感じだったじゃん。 他のアイドルのコの曲に比べると大人だったよね。 
大体アイドルのデビュー曲というと、きゃぴきゃぴ感があったもんだけど、この曲は、そういうところが全然なかったしね。
それが、返って印象が地味に映ったのかもしれない。

正直、テレビに出ても、本当に最初の頃は印象に薄かったんだよね、明菜って。インパクトに薄いって言うかさ。

ちなみに、この頃、月刊「明星」で、82年デビュー組の各人が、事務所の先輩をおんぶするって言う企画があったんだけども、確か明菜は、当時同じ研音だった浅野ゆう子さんをおぶっていたのかな?
でもね、堀ちえみとか小泉今日子とかに比べると、確実に印象が薄かったもの。

だからね、ややもするとB級アイドルで終わるんじゃなかろうか・・・っていう感じもしたんだよね。

でも、分からないもんなんだよね、まさか第2弾が「少女A」で、あそこまでブレイクするとは、全く思えなかったしなぁ、最初は。

でも、ブレイクすると、あんなに地味に感じてた明菜がキラキラ「後光」が差したような印象を受けたし、と、共に途端に曲も良く聴こえてくるから不思議なもんでさ。 
うん、個人的に、この曲を改めてちゃんと聴く様になったは、「少女A」がブレイクした後だったんだよね。

だからか、個人的にはこの曲は、不思議と82年の今頃の匂いは感じ無い。むしろ、明菜を遡って聴いてた83年の頭頃の匂いを感じるんだよなぁ。



コレは83年頃の動画だけど、この頃は明菜ってホントに可愛かったよなぁ。ぽちゃぽちゃしててさ。
この後の「ホネカワ」だけの容姿になっちゃったのとは違って。やっぱし、人間痩せすぎるのも考えもんだよねぇ。
「スローモーション」だけじゃなく、「少女A」もついてるけど、おまけって事で。。。


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夢色のメッセージ / 西村知美

1986_04_夢色のメッセージ_西村知美








今回の1曲セレクトは、「夢色のメッセージ」西村知美です。

まずはデータです。

・タイトル    夢色のメッセージ
・アーティスト  西村知美
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1986年3月20日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  17.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1986年4月14日付
・タイアップ:映画「ドン松五郎の生活」主題歌

 どこにでもいるような普通の女の子が、ある日突然スターになる夢・・・
・・・なんて、昔のとある番組のキャッチをそのままパクッてみたりしたんだけど。。。

80年代中盤は、現在と同じように「アイドル」の天下だったわけだけども、そのほとんどが「ゲ―ノー人らしくない」っちゃ失礼だけど、どこにでもいるようなオネーチャンが、ある日突然ブラウン管の中で歌っているような・・・って感じのアイドルでしたね。

「シロート」が売れる時代・・・って言うんでしょうかねぇ。

まあ、その最たるヒト達が、おニャン子クラブだったりするんだけど。。。

今回セレクトしてきた西村知美っていうヒトも、そんな、どこにでもいるような女の子が、ある日突然ブラウン管に・・・って言う感じのアイドルの一人だったよなぁ。

まあ、それ以前のアイドルも、同じように言われてたヒトって何人も居たけど、でも今からして思えば、そう言われては居ても、どこかゲーノー人らしい匂いはあったヒト達が多かった・・・様な気がする。。

でもさあ、この西村知美っていうヒトは、そういう匂いが全然しなかったんだよな。 いや、本当に学校のとなりの机に居るような・・・っていう感じで。

ルックス的には、たしかに可愛いっちゃ、可愛かったりもしたけど、いわいるアイドル顔でもなかったし、じゃ、ウタは・・というと、これがまた、ヒドイし  ぢゃ、演技は? ・・・というと、取り立ててウマくもない。。。
 ま、今回セレクトしてきた「夢色のメッセージ」は、デビュー曲にして、主題歌だった映画「ドン松五郎の生活」の主演してたりするんだけどね。。。。

そんななーんも特徴が無かったんだよなぁ、このヒト。  

なんて言うのかなぁ、特段、コレっていう特徴というか「色」を感じないっていうかねぇ。 ゲーノー人特有の「アクの強さ」って言うのを感じなかったんだよな。

当時からしてみれば、デビューの時は、まあ、お金をかけて、映画の主演をやってたりしたけど、まあ、こんなにもアクが強くないヒトは、ゲーノー界ぢゃ、もっても2,3年かなぁ・・・・ってくらいしか感じなかった訳で。。。。

でもさぁ、あれから、ちょうど30年経った今でも、どっこい、ゲーノー界に残ってるとはねぇ・・・・。全く予想もしてなかったですわ。。。

なんていうかねぇ、ゲーノー界の7不思議っていうかねぇ。。。


で、今回セレクトしてきた「夢色のメッセージ」って曲。
当時も、そこそこ売れるだろうな・・・とは思ってたりしたな。曲の出来とかではなく、なんだかんだ言っても、デビューにして、主演映画の主題歌でしたからねぇ、まあ、話題性で・・・ってことで。。

ただ、曲自体は、正直、あんまり面白いとは思わなかったなぁ。 アイドルらしくない・・・というかねぇ。なんかフレッシュさを感じないんだよね。
 作詞が来生えつこで、作曲が来生たかお・・・なんだけど、デビュー曲にして、このお二人の作品と言うと、中森明菜の「スローモーション」。 たしかに、「スローモーション」もデビュー曲としては、アイドルらしさっていうのは、あんまり感じ無かった。。。けど、明菜の場合はそれなりの歌唱力があった。だから、明菜なりの世界観を感じたんだよね。

 でも、この曲に関しては、その時の様な世界観を感じないんだよね。 まずもって印象が希薄って言うような感じしかしなくてさあ・・・。

そんなところも、きっとこのコは、すぐ居なくなるだろうな・・・って感じたんだろうな。

正直、曲については、そんな所しか書くところが無いなぁ・・・。  

今まで、西村知美さんの曲はあんまり書いてこなかったんたけど、兎に角、掴みどころが無い曲が多いんだよね。 まあ、それでも何曲かは印象に残ったいる曲があったりしたんで、それは、これまでも書いてきたんだけど。。。

デビュー曲の印象が薄くて、これまで30年も生き残ってるアイドルってのも珍しい訳で、逆言えば、そこが希少価値がある人かもしれないけど。。。。

そう言えば、、自分より年下でベストテン入りしたヒトって、このヒトが最初だったかもしれない。 まあ。それまでも工藤夕貴とか、セブンティーンクラブ時代の工藤静香とか、年下でデビューしてたヒトはいたけど、ベストテン入りはしてなかったしな。
 同級生では、中山美穂ぐらいだったかな・・・・。うんにゃ、木村一八ってのが居たな
でも、自分より年下のコがベストテン入りしてるのっていうのは、やっぱ変な感覚じだったな。。。それだけは覚えてるわ。





最初にかいた「シロート」が売れる時代・・・って言う意味では、「今」もそんな時代ですわな。
初音ミクなんてのは、そんな感じじゃないですか。
 アイドルは、たしかに、80年代中盤の、あの全くのシロートに毛が生えた・・・って感じに比べれば、若干、マシかな・・・って気もするけど、最近のコは、普通のコでも「擦れてる」コが多いからな。 いわいる「サトリ世代」特有の・・・って感じの。
それを考えれば、今のアイドルも、「隣の○○ちゃん」っていう所は、このころと全然変わってないのかもな。




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疑問符 / 河合奈保子

1984_01_疑問符_河合奈保子






今回の1曲セレクトは、「疑問符」河合奈保子です。
 
 まずはデータです。

・タイトル    疑問符
・アーティスト  河合奈保子です。
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1983年12月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 4位
・売り上げ枚数  19.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1983年12月12日〜1984年1月9日付


 えー、今回は前置き無しで・・・。
 河合奈保子の「疑問符」なぞひとつ。

この曲って言ったら、さみしーい曲なんだよねぇ。 寂しい・・・というより、「冷たい」というかねぇ。

 まあ、いかにも冬枯れな季節に合いそうな曲ではあるんだけど、それにしても、当時は、徹底的にジミダナァ・・・・っていう印象が強かったねぇ。インパクトもあんまり感じなかったし、印象からして、シングルのA面というより、B面にひっそり沈んでいるような・・・っていうイメージだったんだよね。

 それに、この曲の前の「UNバランス」までのようなポップ感も感じなかったし・・・。どちらかといえば、「歌謡曲」路線に近いような印象が強くてさ。

 だから、この曲はあんまり売れないだろうなぁ・・・っていうのが、最初聴いたときの印象だったかなぁ。 まあ、案の定、前の曲まで20万枚オーバーしてた売り上げ枚数も、この曲で20万枚切っちゃったしね。

 たださ、「ザ・ベストテン」で、ベスト3の3位まで行ったのには、ちょっと意外性を感じたよなぁ・・・。
 うん、それまで河合奈保子って、ベストテンじゃ、なかなか上位まで行かなかったからねぇ。「エスカレーション」が3位まで行ったのが最高だったから、それと同じだったわけさ。

 でもねぇ、それもつかの間でさぁ、次の週、いきなりベストテンから落ちてやんの。。。ふらふらふらふら

 ベスト3から、いきなり次の週でベストテン落ち・・・。

 まあ、現在では珍しくもなーんとも思わないようなチャートアクションだけど、当時はなかなか見られないようなチャートアクションだったからなぁ。結構、衝撃的でしたわぁ。

 ちなみに、1984年1月12日放送分で3位、次1月19日放送分は12位だったんで、9ランクダウン・・・っちゅう。

 まあ、伏線はあったんだけどね。3位の時の得点は7799点で、当時の3位としては、結構な低レベル。

 次の週の12位のときは6253点と、逆に12位としては高得点・・・とかなり不利な条件となってしまったため、こういうチャートアクションが生まれてしまったわけで・・・。

 ちなみに、ベストテンでは、当時としては、ベスト3からいきなりのベストテン落ち・・・ってのは、1979年11月の山口百恵の「しなやかなに歌って」の2位→12位っちゅう、10ランクダウンに次ぐ記録じゃなかったんかなぁ・・・。

 なんかね、曲以上に、そんなベストテンの動きの方が記憶に残ってたり曲かもなぁ、この曲。
 いや、この曲聴くと、いつも、そのことが脳裏に浮かんでくるものふらふら

ちなみに、3位だった、1984年1月12日放送分だけど、この曲のイントロで、風呂桶を撃つようなSE音が入ってるんで、わざわざ銭湯で「風呂桶」の音をサンプリングしてきた・・・なんてしょうもない演出のしゅうだったんだよね。まさか、そんなしょうも無さで、次の週ベストテンから落ちた・・・って訳でもないよなぁ。。。
まあ、ことをやってたりするのは、ベストテンらしいっちゃ、らしいわなふらふらふらふら



昔は、↑で書いた「風呂桶SE」のベストテンの動画が落ちてたんだけど今はなくなっちゃったんだな。。。



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セーラー服と機関銃 / 薬師丸ひろ子

1981_12_セーラー服と機関銃_薬師丸ひろ子






今回の1曲セレクトは、「セーラー服と機関銃」薬師丸ひろ子です。

まずはデータです。

・タイトル    セーラー服と機関銃
・アーティスト  薬師丸ひろ子
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      星勝
・リリース日  1981年11月21日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   86.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1981年12月7日〜1982年3月8日付
・タイアップ:角川映画「セーラー服と機関銃」主題歌

 ここんところ薬師丸ひろ子づいている感じだけど、今の時期と薬師丸ひろ子っていえば、この曲は外せないよなぁ

セーラー服と機関銃。

 いままで何回かリメイクされてきた「セーラー服と機関銃」だけど、来年、橋本環奈さんで、またまたリメイクされるようですね。

・・・と言っても、ワタシらの世代と言えば、どうしても、薬師丸ひろ子さんになっちゃいますねぇ、「セーラー服と機関銃」と言えば。

映画の方はワタシも何回か見たな。テレビでももう、何回も放映されているしね。

 主演、薬師丸ひろ子。 鬼と呼ばれた故・相米慎二監督にこっぴどくしごかれただけあって、この映画が本格的に女優デビューって感じでしたね。
 ま、実際は、この映画の半年前にも、同じ角川映画の「ねらわれた学園」にも主演してたけど、半分アイドル映画って感じだったしなぁ。 
 
 主演も演じた薬師丸だけど、主題歌もこのヒト自ら歌ったんだよねぇ。
 角川映画で、主演女優が自ら主題歌を歌ったのは、これが初めてになるのかなぁ。
 逆にこれがきっかけとなって、この後、原田知世にしても、渡辺典子にしても、主演映画は自ら主題歌を歌っていくことになるんだけども。

 たださ、もともと、主題歌は、来生たかおの「夢の途中」だったようですね。
 そうですね、当時を知っている方には常識ですが、「セーラー服と機関銃」の異名同曲・・・同じ曲のタイトル違いのあの曲が主題歌だったわけです。

 うん、同曲っていっても、「セーラー服と機関銃」と「夢の途中」では若干歌詞も違ってるんだけどさ。

「セーラー服と機関銃」
 ⇒♪夢のいた場所に未練残しても心寒いだけさ〜 ♪

「夢の途中」
 ⇒♪今を嘆いても胸を痛めてもほんの夢の途中〜 ♪

 いやいや、これだけの違いなんだけどさ


 しかし、当時はさ、この曲がキライでね、ワタクシ。

 なんかさぁ、薬師丸ひろ子のファルセット唱法に、なんか薄ら寒いもんを感じたんだよなぁ。偽善者っぽいっていうかさ、生真面目というか・・・。
 どうも、その辺が生理的に「ツン」と来たんだよねぇ。

 それと、いきなり来たでしょ。人気が。 

 たしかに、薬師丸ひろ子っていう名前は、この年の始め頃から知ってたし、「セーラー服〜」の前の「ねらわれた学園」も映画館で見てるんだよね、ワタシ。
 だから、このヒト自体はキライではなかったんだけど、こと、この曲に関しては、なんか薄ら寒いもんを感じたんだよなぁ。

 なんでだろ? その辺はよくわかんないんだけどさ。

・・・って、ヒトツ思い浮かべるのは、いつかもここで書いたんだけど、この曲で「賭け」をしたんですよ。
「ザ・ベストテン」でこの曲が1位を取るか、同時期にヒットしていたJohnnyの「ジェームスディーンのように」が1位を取るか。
 ・・・で、ワタシはJohnnyに賭けたんだよね。 
BUT、結果はセーラー服と機関銃が1位を取ってさ・・・。賭けに負けたんよ、ワタシ。
 で、「セーラー服〜」に賭けた友達に500円払ったんだけどさ、それが親にばれてこっ酷く怒られたなぁ。
「小学生のクセに賭け事とは何事だ」ってさぁ。どうも、それがトラウマになっているようなんだよね。

 いやいや、私の性格からして親に怒られたことではなくて、賭けに負けたことに対しての口惜しさなんだけどさ

以前、毎週オリコンチャートのレビューを書いていた頃、チャート予想で外すと「今週のポカ」っ書いてたんだけどさ。あれの発端は、今考えると、ここが原点なんだよね。 ランク予想がはずれるとくやしくてさぁ。

だから、この曲を聴くと、あの時の口惜しさがにじみ出るんだよなぁ、わたしの記憶の中でさ。



えー、ザ・ベストテンで初登場した時ですね。 1981年12月17日放送分。
あ〜、今日でまるまる34年前だ。 偶然だけど今日12月17日も木曜日だもんね。
ところで、この時10位に初登場だったんだけど、この時の得点7219点が、ベストテンでの「10位」の最高得点だったんだよね。通常ならばこの位の得点ならば、7位位でもおかしくなかったんだけど・・・・。
この頃は「上位の壁」が異様に厚かったからなぁ。  まあ、そんなことに興味がある方は、ごくごく一部だろうけどさ。。。。


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セカンド・ラブ / 中森明菜

1982_12_セカンド・ラブ_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「セカンドラブ」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル     セカンド・ラブ
・アーティスト   中森明菜
・作詞       来生えつこ
・作曲       来生たかお
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1982年11月10日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    76.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年11月22日〜1983年2月28日付

 今回はしっとりと行きましょうか。
うーん、中森明菜ファンの方には、ようやく・・・って言う感じでしょうか。「セカンド・ラブ」です。

 いや、いままで忘れていたわけで書かなかったわけではないんだけど、この曲聴くと、いろいろと当時の辛かったことがいろいろと思い出されてさぁ、個人的には出来れば回避したいっていう想いが強かったんだよね。

 でも、まあ、いつかは書かなきゃいけないっていう思いもあったので、今回、書いてしまいましょう。

 今年の世相を反映するキーワードに「いじめ」っていうのがあったけどさ、これは、なにも今に始まったことじゃないんだよね。ウチらが中学生の頃も陰湿なイジメってあったわけよ。
 で、何回かここでも書いたことあるんだけど、ワタシがその標的になっていたんだよね。

 丁度、この曲がヒットしてた頃・・だから、1982年11月から年明けの1月ごろがピークだったかなぁ。
 ワタシは中1の時だわね。まあ、いろいろ今からか考えると、いじめる方も、いじめられる私のほうもかなりプリミティブな事が原因がなんだけどさ。
 それでも、やっぱり、いじめられている方は辛かったですよ。なにせ相手はクラス全員ですからねぇ。あ、いや、いじめっ子グループは数人なんだけど、他の人たちも同調させられていたってところがあるんだよね。ようは見てみぬふりってやつよ。
 もちろん、登校拒否にもなったし、精神的にかなりやられたなぁ。

 でも、ワタシの場合は、センセイに助けられたんだよね。担任でなくて部活の顧問のセンセイ。
 受け持ち学年は違ったんだけど、ワタシの不審な行動見て感じてくれたんだよね。
 学校全体の問題に取り立ててくれて、その年はクラス替えの予定がなかったのに、急遽、クラス替えしてもらったんですよ。それまでは新米教師が担任だったんだけど、学年主任のベテラン教師のクラスにわざわざ置いてくれたんだよね。

 で、まあ、救われたわけだけど・・・。まあ、クラス替えしてから、学年の番長グループと仲良しになったのもあるけど・・・。あ、これは、ワタシも仲間にはいったんではなくてね。番長グループっていっても結構、硬派連中で、弱いものイジメが大キライな連中だったのよ。それで、「盾」になってくれたってところもあるんだけど・・。逆に、そいつらに勉強教えてあげたりして・・・。
結局、イジメを行ってる連中って「ハンパ」な連中なんだよね。強い連中にはウダツが上がらないカッコ悪い連中なんだよ。番長張るくらいの本当の硬派は弱いものイジメなんてしないもの。
 そう考えると、いじめって言うのも廻りのヒト次第なんだろうね。幸いにしてワタシの場合は、最終的には分かってくれるヒトにめぐり合えたことはラッキーだったんだけど。。。


 でさ、そんなころにヒットしてたのが、この「セカン・ドラブ」ですわ。

 だからというわけでもないんだけど、この曲聴くと、いまでも精神的に辛くなるんだよねぇ。でも、当時のほかの曲ではあまり感じないんだよね。この曲で特に、そんな風に感じる。
まあ、そんなトラウマな1曲ですね。ワタシにとっては。

 おそらく当時、頭の中で鳴っている曲の大部分が、この「セカンド・ラブ」だったからだろうなぁ。


ただ、冷静に聴くと、あの「少女A」から全く一転してのソフィケートされたラブバラードっていう、予想ももつかなかった展開へと、中森明菜のスタッフの優秀さには舌を巻くんだけどさ。

 それとね、どうも、個人的には来生たかお氏が作る、この「濡れた」感じのメロディラインがどうも、今ひとつ生理的にシックリこなかったのかもしれないなぁ。
 それが、あの当時の「いじめ」体験のトラウマとすりかえられているような気もする。。。

 たださ、このころの中森明菜ってほんとにカワイかったんだよね。
 100%作ってんだろ・・・・っていうのがわかっていても、やっぱりかわいかったのよ。まだ、ちょっとポッチャリしてるころでさ。

 後年のガイコツみたいなスタイルになってしまったのとは好対照ですわ。

 まだ、怒鳴りもなく、素直な歌い方だったし、あれで優しく歌われたら、やっぱしビビビって来ちゃうかなぁ。



 はい、今回の1曲セレクトは、かじやんの暗い過去についてでした。ちゃんちゃん。




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マイ・ラグジュアリー・ナイト / しばたはつみ

1977_09_マイ・ラグジュアリー・ナイト_しばたはつみ






今回の1曲セレクトは、「マイ・ラグジュアリー・ナイト」しばたはつみです。

 まずはデータです。

・タイトル    マイ・ラグジュアリー・ナイト
・アーティスト  しばたはつみ
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      林哲司
・リリース日   1977年7月10日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数   20.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 26位
・タイアップ:マツダ「コスモ」CM曲

 子どもの頃、早くオトナになりたかった時期があったのね。まあ、だれでもあることなのかぁ。
 早く酒飲みたかったし・・。あー、「たばこ」はダメよ。いや、ウチの母親が、うまそうにタバコ吸ってたんで、「吸いたい」っていったら、吸わせてくれまして。。。あせあせ
 
 ・・・・こんなもん、死んでも二度と吸うもんか・・・と思ったもんよ。 むせてマジで死ぬかと思ったもの・・・ふらふら

 そんな、早く大人になりたい願望があったころの曲を、今回は引っ張って来たよん。

 しばたはつみの「マイ・ラグジュアリー・ナイト」


 うん、上で書いたように、大人になって早く酒飲みたい・・・っていうのは、もちろんあったんだけど、大人の曲が、早くできたらな〜ってのも、あったなぁ。

 っていっても、この曲がヒットしてた、77年当時は、すでに、ポールモーリアのイージーリスニングの世界を聴いてた、ワタシは、りっぱに「ませガキ」だったんだけど、こう、オトナ向けの「うたもの」な曲は、まだ、理解できなかったんだよなぁ。

 なんか、そこには、コドモが立ち入れないような、見えない壁のようなもんを、無意識のうちに感じてたのかもしれないけど・・・。


 で、当時は、まだ、この曲のように、充分、オトナが堪能出来るような曲が、ヒット曲にはあった。
 
 いやだからさ、そういう、オトナしか理解できないような世界のウタも、早く理解できたらな・・・とも思ってたんだよね、どこかで。


 でもさあ、実際、自分がオトナになったら、こういう、オトナの世界を歌った曲が、ほとんどなくなってしまったのは、残念でねぇ。

 なんでまあ、こう、世間は、「コドモ」相手の曲、至上主義・・・っちゅうか、子供っぽいエンターテイメントな世界になっちゃったんでしょうかねぇ。日本のエンターテイメント業界は。
 否、最近、精神的に成長しないヒトが増えたんだろうね日本人は。

 いやいや、ほんと、返す返す残念なのですよ。 うーん、今からでもいいから、こういうオトナの世界を再構築したい・・・っていう願望が、ちょっとあったりしてるワタシなんですけどねぇ。
まあ、どのくらい賛同をいただけるのかは、疑問なんだけど。。

 エンターテイメントって、やっぱり、たくさんの方に賛同いただいてナンボのもんでさ、自分だけで納得してるのは、結局は、ひとりよがりな「オマス」の世界と同じわけで。。。ふらふら


・・・とうことで、この曲「マイ・ラグジュアリー・ナイト」ですよ。

 もうね、一言で言って、オトナしか踏み入れられないような、ゴージャスな世界ですね。

 もしかして、当時、この曲聴いていたのかもしれないけど、少なくとも、当時の記憶はない。

 でもさ、ずっと、曲のタイトルだけは、頭のどっかに残ってたんですよ。
 この曲は、あの来生えつこ、来生たかお、姉弟の、言ってみれば、初めてヒットした曲だよね。
 で、後年、「夢の途中」が大ヒットしたときに、この曲のタイトルが出てきて、それから、ずっと頭に引っかかっていたのかもしれない。

 いや、当時、聴いてたのかも・・・。でも、記憶にないってことは、当時、まだコドモだったワタシには、全く引っかからなかったんだろうな。。。

 でもさ、今聴くと、いいのよ、これが。

 これですよ、このオトナのゴージャス感。こういう曲が、もっと欲しいのよ、いまの音楽界にも。。

 オトナのイメージといっても、演歌じゃないよ。 やだなぁ、オトナっていうと演歌の世界に行っちゃうのは・・・。
 うん、ガサツな世界じゃなくて、文字通り、ラグジュアリーな世界感がある曲ってのが、もっとあればねぇ・・・って思うんだよね。

 少なくとも、日本の音楽界ももっと、豊かになると思うんだけどねぇ。 あ、これは、儲かるとかとかじゃなくて、イメージ的にさ。

 しかし、小さいときから、本格的にジャズをやってきた、しばたはつみだけあって、ウタは、うまいわな。

 さすがに、サウンド面では、とにかくウルサカッタと言われる、当時の音楽番組、TBS系「サウンド インS」にレギュラー的に出演していただけのことはあるわ。




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涼風 / 岩崎良美

1980_07_涼風_岩崎良美







今回の1曲セレクトは、「涼風」岩崎良美です。


 まずはデータです。

・タイトル     涼風
・アーティスト   岩崎良美
・作詞       来生えつこ
・作曲       芳野藤丸
・編曲       大谷和夫
・リリース日    1980年5月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  18位
・売上げ枚数    15.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位

 先週からずっと梅雨の長雨続きの上、肌寒い日が続いてた関東地方だけど、やっと、何日かぶりで「晴れ」ましたわ。
 その上、夏らしい気温も戻ってきて、「夏本番」っぽくなってきたなぁ。

ここのところセレクトする曲に困ってたけど、ようやく夏っぽい曲を引っ張ってこれそうですねぇ


っちゅうことで、今回はそんな夏の初めを連想する曲を持ってきますか。。。


 岩崎良美 「涼風」



 うんにゃ、そのままやんけ。。。ふらふらふらふらふらふら


  でも、いいじゃないの あせあせあせあせ



 はいはい、この曲は、岩崎良美のデビュー第2弾でもあり、デビュー同期の松田聖子と、いっしょに「ザ・ベストテン」のスポットライトで歌った歌でもありますな。

 えーと、資料によると、1980年7月3日放送ね。

 こんときは、岩崎良美が、この「涼風」。 松田聖子は7月1日に「青い珊瑚礁」をリリースしたのにも関わらず、「裸足の季節」を歌ってたりします。あせあせ


・・・で、2週おいた、7月17日には、この曲で10位にランクインされていたりします。


 ヒット曲の歴史から見ると、これって、結構意外な事実かなぁ。。。


 でもさ、あの当時からすると、なんか、自然な流れだと感じたけどなぁ。いま思うと・・・。


 なんていうのかな・・・、80年の今ごろは、まだ、ニューミュージック上位であり、アイドルは、70年代の面影を引きずっている空気があったよね。

 うん、既に、松田聖子であり、田原俊彦であり、河合奈保子・・っていう、80年代アイドルはデビューしていたんだけど・・・。

 でも、空気は、まだ70年代だった。 それから考えると、この「涼風」っていうのは、いかにも70年代を引きずっている、空気があるのよ。

 簡単に書けば、「まとも」な曲なんだよね。

 このヒト、ウタは、文句なしにうまいし、曲にしても、少なくとも、B級アイドルは、クリアしているような、ソツ無い仕上がりになってるし。。。


 逆に言うと、あの当時からすると、田原俊彦とか、松田聖子の曲の方が「異端」に映ったよなぁ。。。


 しかししかし、結果的にはどうだったか・・・っていうと、それは、もう歴史が語っているとおりでありまして・・・・。


 そんな、時代の、ちょうど「端境期」にあたる頃に、ヒットしてた1曲ですよ、この曲は。


 だけどさ、この「端境期」っていうのは、ヒット曲の世界では、ビミョウなもんだよね。
 実際、目に見えるような「ライン」が引かれてあるわけじゃないしね。

 ある日、起きてみたら、時代の空気が変わってた・・・っていっても過言じゃないものだからさ。。。

 後になって振り返ってみると、「あー、あそこがターニングポイントだったよな」・・・なんて、感じられるものなんだよね。

 もしかすると、「今」も時代の端境期かもしれんよ。 それは、後の時代になってから分かることよ。



 以前からそうなんだけど、どうも、この曲の動画、すぐに消される傾向にあるんだよね。
今回は一応見つかりましたが、これもすぐに消される可能性大。
見たい方は早めにどうぞ


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モンローウォーク / 南佳孝

1979_06_モンローウォーク_南佳孝






今回の1曲セレクトは、「モンローウォーク」南佳孝です。

 まずはデータです。

・タイトル    モンローウォーク
・アーティスト  南佳孝
・作詞      来生えつこ
・作曲      南佳孝
・編曲      坂本龍一
・リリース日   1979年4月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 38位
・売上げ枚数   12.2万枚

 すっかり夏だね。今日のような天気だと。梅雨とは思えないような日差しだったものねぇ。
 今年も「猛暑」なんですかねぇ。今日のの天気は、まだまだその序の口って感じなのかなぁ? 6月でこれだからねぇ、8月になったらどうなるか分らんですゾ。

 でも、こういう日差しの日には、やっぱり、それらしい曲が聴きたくなるもんだよねぇ。やっぱり、海で聴きたくなるような曲。うーん、サザンとかチューブもいいけど、もうちょっとオシャレな曲がいいな・・・。

・・・ということで、南佳孝の「モンローウォーク」なぞをひとつ。

 なに? こんな曲知らないですと?

うーん、まあ、リリースが今から36年前、しかもオリコンで38位までしかいなかったからなぁ・・。

 でも、郷ひろみの「セクシーユー」って曲なら知ってるヒト、多いんじゃない?  

そそそ 2月に「セクシーユー」の方は書いたんだけどね。

 ♪ つまさき立てて海へ モンローウォークしてゆーくー♪

っていうノリノリな曲っすよ。

 はい、この曲は、その「オリジナル」です。

・・・・っていうか、郷ひろみが後から「カバー」したんだよね。

 で、まあ、タイトルもオリジナルの南佳孝が「モンローウォーク」に対して、郷ひろみは「セクシーユー」・・・・と。

 タイトルが違うっちゅうことは、中身も違う?  っていのうは半分当たってる・・・うん、歌詞が若干違うんだよね。

 たとえば、一番の歌詞の最後

郷ひろみが ♪ 口説き落としたい君 素知らぬ素振りもセクシー ♪

に対して

南佳孝 ♪ 口説き落としたいのに スキもないね君は ♪

だったりしてね。

 全編にわたって、最後の1行だけが異なってるんだよね。

 これは、81年の薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」と来生たかお「夢の途中」の違いと全く同じっ訳ね。

 まあ、作詞が同じ、来生えつこ っていうところがミソなんだけどさ。

 サウンドは全く違うんだけどね。郷ひろみと南佳孝では。

 郷ひろみはカリブっぽいノリがありながらも、もっとポップスよりな味付けだけど、南佳孝は、音が重くて分厚んだよね。ただ、16ビートの強烈なビートは、郷ひろみよりも全然利いてる。なんていったら言いのかなぁ・・南佳孝氏らしい、独特なクセのあるノリが存在するんだよね。

 うーん、このクセのあるノリのアレンジってだれやってたんだ? と思って調べてみたら、なんと、坂本龍一氏ぢゃないの!!

 うーん、これは、今の今まで全く気が付かなかったですぞ!

・・・というか、この曲全てが生楽器でシンセが全く入ってないんだけどね。だから、坂本氏とは全く想像もしてなかったんだよなぁ。

 坂本氏が16ビートですか? ってところも想像が行かないしさ。 でも、実際はそうなんだよね。

 確かに、ストリングス、ブラスの使い方なんかは、この年(79年)に大ヒットした、サーカスの「アメリカンフィーリング」にも似たところがあるかなぁ。言われて見れば。

 でもさ、この曲リリースは、1979年の4月なんだけど、実際ヒットしたのは、郷ひろみの「セクシーユー」の後・・。
 1980年の3月〜4月にかけてなんだよね。だから、実際はちょっと「夏の・・・・」っていうイメージはなかったんだけどさ。
・・・っていうか、郷ひろみの「セクシーユー」が1980年の2月だもんなぁ。真冬に♪つま先立てて海へ〜 ♪って言う方がちょっと季節外れだったんだよね。

 だから、本来は79年の「夏」のイメージなんだろうけどさ、個人的には1980年の夏っていうイメージが強いな。

 ただ、残念ながら1980年の夏は「天候不順」で記録的な冷夏だったのよ・・・ この曲、いまひとつ盛り上がらなかったのは、そういうこともあったんでないかなぁ。。。




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