かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

有川正沙子

夏色片想い / 菊池桃子

1986_05_夏色片思い_菊池桃子


今回の1曲セレクトは、「夏色片想い」菊池桃子です。

まずはデータです。

・タイトル    夏色片想い
・アーティスト  菊池桃子
・作詞      有川正沙子
・作曲      林哲司
・編曲      林哲司
・リリース日   1986年5月14日
・発売元     VAP
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 24.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1986年5月26日~6月9日付
・タイアップ: 日立ビデオ「マスタックスHiFi」CM曲

えー、前回に引き続き、今回も80年代の「アイドル枠」と言う感じで、この曲を引っ張って来ましたわ。

菊池桃子「夏色片想い」

うーむ、菊池桃子さんの曲は、主だったところはもうすでに書いちゃったと思ってたんだけど、この曲が抜けてたな。
 本当は、前回も「女性アイドル」だったんで、今回は男性アイドルで行こうと思ってたんだけど、ちょっこっとヒットしてた時期よりまだ、間があったんで・・・とおもって代わりの曲を物色してたら、この曲にぶち当たったんだけど、まだ書いてなかったとは意外だったな。

恐らくねぇ、当時からこの曲、個人的には、印象が薄かったからかもしれない。
オリコン1位獲得曲を印象が薄い・・・っつうのも変な話だけど、まあ、当時、ことに86~87年頃のランキングは、今と同様に、週替わりで入れ替わっていた「猫の目チャート」だったわけだし、だから「1位」だからって本当にヒットしていたか・・・というと疑問だったからね。

 この曲も、とりあえず、初動ダッシュで1位は獲得したものの、ベストテン入りしていたのは、ワタクシのチャートではわずか3週間だったしさ。
 この動きでも分かるように、桃子さんも、この頃になると「固定ファン」御用達なアイドルになって来ていて、 一般のファン、浮動票なヒトたちからは、飽きられ始めていたんだよね。
 まあ、それで25万枚近くも売る力は、まだあった訳だから、この数字を見る限りでは飽きられ始めていたかどうか・・・っていうのは見えにくいけど、少なくともチャートアクション~見ると、そう言う傾向は見えていた訳なんだよね。

うん、前年の85年ごろの桃子さん「全盛期」の頃は、チャートアクションに粘りがあったもんね。
そこから見ると、ベストテンに3週しか居られなくなっていたことは、個人的に熱狂的なファンではなかったけど、少し淋しさは感じてたかなぁ。

その原因は、なんとなっても、「曲調」なんじゃないのかねぇ。
この曲を最初に聴いた時は、もうね「またか」・・・とか思えなかったの。だってさあ、この曲どこを切っても、初期の「SUMMER EYES」あたりの曲の焼き直しにしか思えないんだもの。
さすがに曲に「新鮮さ」は感じ無かったよなぁ。 最初にこの曲の印象が薄い・・・って書いた最大の原因もココなんだよね。
 何か、新たな「サムシング」が欲しい時期だったんだよね、菊池さんにも。大々的な変化とは言わなくても「プラスアルファ」的なサムシングでもさ。

例えば、この曲の前曲の「Broken Sunset」なんかは、それまでのシングルには無い様な緊張感があり、リズムでも細かいリズムがずっと刻んでい来るような変化があった分、新鮮だったし、個人的には好きだった。

だも、この曲は、「なんでぇ、またかよ」・・・としか思えなかったんだよね。

まあ、それは、作り手としても承知していたのか、この曲の次の曲の「Say yes!」で「元気印」っていう変化は見せたものの後が続かなかったしな。

まあ、そんなリリース傾向からして、正直言うと、このヒトの賞味期限も、この辺が限界だったのかもしれないな。
「アイドル」としての・・・というよりも、「シンガー」としての賞味期限ですね。
 確かにこのヒト独特なウィスパーボイスは健在だったけどね、基本、歌い手として器用なヒトじゃないんで、結局、歌える曲調が一つだったんだろうな。だから、最終的にはこの曲のような曲調に行かざるを得なかったんだろうね。



ま、上で曲についてはなんだぁかんだと書いてしまいましたが、「アイドル」性としては、ますます良くなっていた頃でしたね。菊池桃子さん。
だからこそ、ウタは不器用でも安易に切れなかったんだろうなぁ。その辺にジレンマを感じるんだよね。



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出航 / 寺尾聰

1981_05_出航_寺尾聰








今回の1曲セレクトは、「出航」寺尾聰です。

まずはデータです。

・タイトル    出航(SASURAI)
・アーティスト  寺尾聰
・作詞      有川正沙子
・作曲      寺尾聰
・編曲      井上鑑
・リリース日   1980年10月21日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 11位
・売上げ枚数  30.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1981年6月1日~6月15日付
・タイアップ:YOKOHAMAゴムCM曲

いつかも書いたかもしれないけど、ヒット曲には、例えば半年前までは全くヒットの予想も出来なかった曲ってあるんだよね。
 これは、昔は良くあることだったけど、音楽業界がシステマティックになり「売れる曲」しかリリースしなくなった昨今でも、年に1~2作は、そんな曲ってあるよなぁ。

ハイハイ、今回セレクトしてきた曲のフリですねぇ 

寺尾聰 「出航」。

うむ、タイトルが読めない  「出航」と書いて「SASURAI」と読みまするぞ。

81年と言えば寺尾聰の年・・・・と言っても過言じゃないくらい、当時リリースしたシングル、アルバムが悉く「当たった」寺尾氏だけど、果たして、81年の元日にこんな寺尾氏ブームが来るとは、誰が予想していたでしょうかねぇ・・・ってくらい「予期せぬ出来事」でしたよね。

 うん、丁度、当時リリースして空前絶後のミリオンセラーを記録した、アルバム「Refrections」にも同タイトルの曲が収録されているけど、本当に「予期せぬ出来事」でしたよ。

まあ、当時「西部警察」を見ていた方には寺尾氏の存在も浸透していただろうけど、ワタシん家は、同時間帯はデフォルトでNHK大河ドラマだったんで、「西部警察」は全く見てなかったからさあ、寺尾氏の存在すら知らなかったもの。

 それは、メディアでもそうだったようで、この年の2月5日にあの「ルビーの指環」がリリースされたんだけど、明星付録の「YOUNG SONG」では、新曲情報で「寺尾聰」に読み仮名のルビが振ってあるんだけど、間違って「てらおさとる」になってたりしてたもの。
 ま、それだけ当初はあまり注目もされていなかった訳ですね。

でも世の中分かんないものなんですよ。当時、関西から火がついた楽曲は大ヒットになる・・・っていう一種のジンクスがあったんだけど、「ルビーの指環」も「神戸」から火がついて、あれよあれよという間に特大ヒット。

それにつられて、「ルビーの指環」よりも前にリリースされていた「シャドーシティ」(1980年8月リリース)、そして、今回セレクトしてきた「出航」(1980年10月リリース)と、同時にチャートを駆けあがってきた・・・と言うわけですね。
 つまりさ、これら本来前年の1980年にリリースされていた、「シャドーシティ」も「出航」も、リリース当初は、全くヒットの気配すら無かったわけなんですよね。

でも、最終的には「ザ・ベストテン」では3作とも同時ベストテン入りという快挙を達成
それが、1981年5月21日放送分でしたね。 今から、丁度35年前の今頃ですわ。
だから、この曲なんかは、リリースから7カ月もかかってベストテン入りしたって訳ですねぇ。

それにしても、いやはや、気がつけば、あれから35年も経ってしまいましたか。。。。

でも、あの時は随分騒がれましたよね。「3曲同時ベストテン」入りっていう前代未聞の記録を達成したって事で。

ちなみに、オリコンでは、この「出航」は最高11位止まりなんで3作同時ベストテン入りとはなっていない。
だから完全なる「3作同時ベストテン入り」は、それから丁度3年後のチェッカーズまで待たなきゃいけない訳だけど、なにせ当時のベストテンの視聴率は、毎週常に35%前後を推移していた、まさに「ベストテン全盛」の時期で影響力はハンパじゃなかったですからねぇ。



あー、前置きが超長くなっちまった。。。

ところで、個人的にこの3曲の中で、当時一番好きだったが、正直言えば、この「出航」だったりするんだよね。
3曲の中では、なんか一番変わった曲調だったじゃないですか。

Aメロの途中でメロディが止まってしまったり、リズムが3/4拍子だったり。 そそそ、当時、やはり明星「YOUNG SONG」の記事にもあったけど、3/4拍子のヒット曲って当時、ほとんど無かったですからねぇ。 ま、皆無じなかったけど、ほとんど聴いたことが無い。だから、余計新鮮に感じたんだよなぁ
それと、3曲の中では一番、コード進行が易しかったのも、曲に入りやすかったのかもしれない。

それ以上にこの大人の色気にシビレたっていうかねぇ、憧れましたね。その後のチョイワルおやじぢゃないけど、あの頃は「大人」が聴くに堪える曲が、まだ多かったからな。そして、歌詞にもあるように「自由」を感じるんだよね

 そうか大人になったら、もっと自由に生きられるんだ・・・・なんて感じたりして、当時は早く大人になりたかったんですよ。

でも、実際大人になってみたら、ヒット曲は「コドモ」向けばかりになっちまって、幻滅しちゃったってのはあるな。


そうだ、この「出航」の「B面」は、「ダイヤルM」って曲なんだけど、個人的に、この曲も好きなんですわ

↓ コレ


この気だるい雰囲気。これこそが「元祖」シティポップスなんじゃないか・・・なんて思うんだよな。
「シティポップス」っていうキーワードは、この後オメガトライブに代表される、この硬質でクリスタルな格好いいミュージックっていう印象が強いかもしれないけど、そうじゃない気がするんだよね。
 この気だるさ、ジトーっ蒸し暑い温度感があるようなこの雰囲気っていのうが、本当のシティポップス・・・否、TOKYOを表しているんじゃないか・・・なんて思ったりするんですよね。

だから、この曲を聴くと、蒸し暑い夜の東京を想像してしまう、ワタシだったりします。

それにしても、タイトルに時代を感じますよね。今、電話にゃ「ダイヤル」なんてないしなあ、この曲のイントロにかぶさってる「黒電話」のダイヤルの音を知ってるヒトも、今や40代以上だよなぁ。





このサウンドこそ、1981年って感じだよなぁ。
今のようにスーパーに音がいいわけじゃないんだけどさ。でも、味があるんですよ。1981年って言う時代の匂いを感じる。
だから、いつ聴いても、1981年に戻れるんだよなぁ。



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LONG DISTANCE CALL / 寺尾聰

1983_01_LONG DISTANCE CALL_寺尾聰








今回の1曲セレクトは、「Long Distance Call」寺尾聰です。

まずはデータです。

・タイトル    Long Distance Call
・アーティスト  寺尾聰
・作詞      有川正沙子
・作曲      寺尾聰
・編曲      井上鑑
・リリース日   1982年12月1日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   11.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 19位

 昨日もマイナーな曲だったんだけど、今回もちょっと知ってる人しか知らない・・・って言う曲もか知れないなぁ。

 寺尾聰「Long Distance Call 」

何分、前年の「ルビーの指環」やアルバム「Refrections」の超大ヒットを受けて、次の曲のリリースは、いつ? ってずっと言われてきた寺尾聰氏が、1年10ヶ月のブランクを経て、超「期待」の上でリリースされた曲なんだけどね。
「今回も大ヒットの予感」とか、必ずついてたもんなぁ。当時の雑誌には。

 でも、まあ、↑データをみても分かるとおり、結局、ベストテンにも入らず・・・の結果に終わってしまった曲ですわ。

 まあ、柳の下にドジョウは2匹いないってことの典型なんだけどさ。傍目から見るとね。


 ただね、寺尾氏自身、この曲で、もう一つ花を咲かせようって思ってたか・・というと、そうとも言えない気がするなぁ。
 
 まずね、曲が難解なんですよねこの曲。その点「ルビーの指環」は分かりやすいんですよね。
 メロディにしても焦点がハッキリしているし、なにより、詞が松本印のブランド品だったからさあ。

 それに対して、この曲は、有川正沙子女史によるもの。有川女史の詞は、よりアウトローな雰囲気はあるんだけど、やはり松本隆氏とくらべると、尖っていないんですよね。キャッチーではないっていうか、シングルっぽくないんですよ。

 だから、メロディラインもどうしても、シンブルさをかいしゃうっていうか、シングルとしてはインパクトが弱くなっちゃうんだよね。

 うん、たがらさ、アルバムとして何曲かまとめてって言う場合はシックリ来るんだけど、これ1曲だとちょっと、今ひとつ物足りないんだよなぁ。

 この曲は、その典型ですね。 だから、まあ、それほど大ヒットっていう期待は難しかったんだよね。

 ただ、井上鑑氏のアレンジは、凝ってたけどなぁ。「ルビーの指環」のころより、より硬質感が感じられてさ。「ルビーの指環」とかアルバム「Refrections」はどことなくGSっぽい匂いがチラチラと見えるんですよね。(ちなみに、寺尾聰氏って、その昔「サベージ」っていうGSグループでベースやってたのはご存知でしょうか)

 だけど、この「Long Distance Call」には、そういう匂いは見えない。よりシティポップスに近づいているというか・・。
同時期ヒットしてた稲垣潤一の「ドラマティックレイン」に近いサウンドだよなぁ。

 そういう意味で、「ルビーの指環」フォーエバーを期待してた人には完全に肩透かしだったんだろうな。

まあ、個人的にも当時は、そんな感じだったんですけどね。

 でもあれから33年経ってみて改めて聴くと、必ずしも「駄作」には聴こえないですね。むしろカッコイイ。
 当時「手垢」が少なかった分、「今」に持ってきても全然遜色がないって感じるなぁ。

 なにより、寺尾聰−井上鑑と言うコンビの代名詞とも言える、テンション系のコード進行がばっちり決まっている。
 
 ユーミンのコトバを借りると、音楽は絵画に似てるんですよね。 メロディは構図で、コードは色彩なんですよ。
その色彩に当たるコードは、基本となるルートコードが「原色」なら、テンション系コードは、色を混ぜ合わせたような色彩。
つまりさ、それだけ表情豊かな絵画になるんですよ。 だから聴いててかっこいいんだよね。

最近の曲が表情に乏しいのは、この辺のコード進行にあるんじゃないかなぁ・・なんて思う。確かにコンピューターを使う事によって音色は豊かになったけどね。なんかツルンとしてるでしょ。3次元的な立体感を感じない。
それは、やっぱり使われるコードが単純になってきたからだと思いますわ。

この曲なんかを聴いてると、それが良く分かったりするんだよね。
 
はい、是非、ご紹介したい曲ですよ。




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