かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

色つきの女でいてくれよ / ザ・タイガース

1982_04_色つきの女でいてくれよ_ザ・タイガース








今回の1曲セレクトは、「色つきの女でいてくれよ」ザ・タイガースです。

まずはデータです。

・タイトル     色つきの女でいてくれよ
・アーティスト   ザ・タイガース
・作詞       阿久悠
・作曲       森本太郎
・編曲       伊藤銀次
・リリース日        1982年2月5日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   42.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1982年3月29日〜5月17日付
・タイアップ:コーセー化粧品「82年春のキャンペーンソング」

今回は、今まで書かなきゃ書かなきゃ・・・と思いながらね、長い事ペンディングしてた曲ですねぇ。

ザ・タイガース「色つきの女でいてくれよ」。

この曲は1982年今頃のヒットなんだけども、ここのところ82年の曲を頻繁に書いてたからなぁ。ちょっと偏ってるなぁ・・・・と思いーの、だから、少し書くの待ってたんだよね。
 でも、このまま書かないでいると、ヒットの時期が過ぎちゃうよなぁ・・・と、この間、82年の曲(西城秀樹「南十字星」を書いたばっかなんだけど、ぴっぱって来ちゃいました。

まあ、ここ読んでくださってる方の多くは、すでにご存じの曲だと思いますが、71年に解散した、ザ・タイガースも解散10周年ということで、「再結成」されたときにリリースされた1曲ですわね。
 時に、コーセー化粧品の「キャンペーンソング」に使われた事もあって大ヒットでしたねぇ。それもあって改めてタイガースの人気の凄さを確認出来たって感じだったかなぁ。

 ワタシらの世代は、世代的に「G.Sブーム」の頃のタイガースって知らないからさ。なんせ生まれた頃の話なんでねぇ、観月ありさの曲じゃないけど、「ママの頃のラブソング」だった訳ですよ。

でも、10年過ぎても相変わらずの人気を保っているってことは、やっぱりG.Sの西の雄だったタイガースだったわけですわね。
・・・・って書くと、東の雄は? って事になるだろうけど、やっぱ、大宮出身のテンプターズになるんだろうな。

うん、テンプターズについては、また後日改めて書こうかと思いまする。

この「色つきの女でいてくれよ」は、曲も良かったですしね。分かりやすいメロディだし、キャッチーだし。
口悪く言えば「ウレセン」だった訳なんだけどさ。

でも、その辺りは予め計算していたようですけど。。、当時の、沢田研二氏のインタビューを読むと「皮算用通り」なんて発言もしてるしね。
 ただ、計算的にウレセン的にしたのは、やっぱ、再結成するからには、「昔の遺産」だけでの再結成ではなく、新たに82年当時のヒット曲を出したい・っていう願望もあったようで、だから、皮算用通りでも、このヒットはメンバーにとっても嬉しかったようですね。 

G.Sといえば、この当時、81年、82年当たりに再結成って言うグループが意外と多かったんですよね。
81年に、ワイルドワンズ、ザ・ジャガーズが再結成してたしね。
 おりしも、60年代末期〜70年代初頭にかけての、G.Sブームから、丁度10年っていう「区切り」もあったし、なにより81年に、有楽町にあった「日劇」が閉館ということで、G.Sブーム当時、各グループにとっての最大のライブの場だった、「ウェスタン・カーニバル」も終焉。。。
・・・なんいう区切りの中で、かつてのG.Sの再結成って言う流れが出てきてたんですよね。

ま、タイガースの再結成って言う流れは、そんな流れの最大の「見せ場」でもあったようですが、直接的には、81年1月の最後の「ウェスタン・カーニバル」が引き金になっていたようですね。

ただ、この時の再結成時には、ドラムの「瞳みのる」氏は参加せず(慶応大付属女子高校の古文の教師をやられてたんですよね)、代わりに、ベースの岸辺一徳氏の実弟の岸辺シロー氏が参加してたわけなんだけどさ。
 だから、この時の再結成は、「不完全」再結成と捉える向きもあったなぁ。 瞳みのる氏って、ジュリーと並んで人気があったようですからね。

そんな瞳みのる氏は、停年を迎えるまで教師一筋で、芸能活動からは一切手を引いていた訳だけども、定年後の、タイガース再結成の時には、何十年ぶりかでドラムとして参加してましたねぇ。
 この時の「再結成」の時は、メンバー全員の年がねぇ・・・・  ちょこっと涙を誘ってしまった感じだけど。。。。

もし、今回セレクトしたきた「色つきの女でいてくれよ」の82年再結成時に、瞳みのる氏も参加してたら、さらにヒットしてたんじゃないのかなぁ・・・なんてのは感じたりするなぁ。
 この曲の売り上げは42万枚だったわけだけど、タイガース最大のヒットは、68年の「花の首飾り」の67.6万枚。
82年の再結成時に新たにファンになった方も多かったと思うんで、もしかすると「花の首飾り」に匹敵してたかもなぁ・・・なんても思ったりしてね。



 



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ROSECOLOR / 中山美穂

1989_04_ROSE COLOR_中山美穂








今回の1曲セレクトは、「ROSECOLOR」中山美穂です。

まずはデータです。

・タイトル    ROSECOLOR
・アーティスト  中山美穂
・作詞      康珍化
・作曲      CINDY
・編曲      鳥山雄司
・リリース日   1989年2月21日
・発売元     キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  27.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1989年3月6日〜4月24日付
・タイアップ:資生堂89年春のキャンペーンソング

えー、1曲セレクト、本日2曲目って感じになるんだけど、先ほど書いた川本真琴の「桜」は、去年書いた奴の再掲載だったし、本当は、うちの近所の桜の写真をメインで載せたかっんだよね。
だから、今回のが、本日の「メイン」となりまする。

なんて、「メイン」と銘打ってしまいましたが、実をいえば、さっきまで何をセレクトするか、ぜーんぜん思いつかなかったんですよね。。。。いつものごとくですが、うんうん、唸りながらひねり出していたんだけど・・・。

さっき、「桜」ソングを書いたことだし、外に目を移せば、桜も満開に近いし、「さくら」を連想する曲でも持って来ましょうか。。。

で、ひねり出したのが、中山美穂さんの「ROSECOLOR」だったりして。。。。

なんて書くと、なんで、この曲が「サクラ」なの? 「バラ」じゃんか・・・なんて言われそうだけど。。。

でもさ、ROSECOLORの淡いピンク色って、「桜色」を連想させるじゃん・・・ってことで。。。
あ、ちなみに「サクラ」も「バラ科」の植物なんだよね、念のため。。。


 中山美穂さんの曲も、めぼしい曲は大体書き終わっている感じなんだけど、じゃ、なんで、この曲、今まで書いてなかったんだろ?
 この間書いた、河合奈保子さんの「ジェラス・トレイン」は、単純に「自分の好み」じゃなかったんで、今まで書いてなかった訳なんだけど、この曲は、決して、個人的にキライだった訳じゃないんですけどね。

でもねぇ、なんか、個人的には印象が薄いんだよなぁ。

まあ、曲自体、あまり派手な抑揚もない、淡々と流れるようなミディアムバラードだったこともあるかも知れん。

メロディに抑揚が無い・・というか、インパクトが無いんだよね。これは、作曲のCINDYさんの特徴でもあったんだけどさ。そそそ、このヒトのメロディラインは、wikipediaの文章をそのままパクると「アーティスティック」的。
簡単に言えば「洋楽的」なんだよね。うーん、もっと限定的に言えば、ヨーロッパ的というよりもアメリカンというかね。同じようなフレーズがいくつも続いている感じなんだよね。Aメロもサビも境目がはっきりしていない・というかね。
 それまでの歌謡曲も、アイドルポップスも、Aメロ、Bメロ、サビっいう境がはっきりしてる曲が多かったじゃん。その中に、がっちり印象付けるようなキャッチーなフレーズがあって・・・っていうさ。きいてても分かりやすい構造の曲が多かったんだよね。

でも、このヒトのメロディラインは、日本人っぽくなかったんだよなぁ。(ちなみにCINDYさんって向こうのヒトっぽい名前だけど、日本人です。本名 山本真裕美さん)
でも、作るメロディラインは、もろ洋楽的。そうだなぁ、有機的というよりも無機的なんだよね。

でも、そう言うところは、80年代から90年代に向かっていたこの時期としては、「新しい」手触りだったともいえたのかもな。 

 そんな抑揚のない、この曲の淡々としたメロディラインが、いかにも「春」を連想させる・・・というところは、決して間違いじゃなかったとは思うけどね。
うん、春霞がかかったような、淡いピンク色の・・・と言えば、如何にも日本独特の春の光景を連想するじゃん。そんなイメージっていうのかなぁ。

ただ、だからこそ、余り強いインパクトは感じさせなかったしね。だから今にして思うと印象に薄い曲となってしまっているのかもしれないな。

後は、ちょうど、この曲がヒットしてた頃、個人的にいろいろあった時期だったからとも言えるかもしれない。
ま、具体的に言えば、2回目の大学受験に失敗・・・って事なんだけどさ。。。まあ、簡単に言えば「2浪目」が決定した時期・・・ということで、若干、ヒット曲から離れ気味だったこともあったかもしれないな。(言い訳。。。)

ちなみに、今wikipedia見て知ったんだけど、作曲者のCINDYさんって15年前に亡くなっていたんですね。
今まで、全く知りませんでしたわ。



動画・・・、しかしねぇ、この曲の動画、YOU TUBEにゃ落ちてないんだな。。。。
しょうがないんで、別のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/xxyn0k_%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E7%BE%8E%E7%A9%82-rose-color_music

この曲の頃も、声が出ない・・・っていうミポリンのイメージだったんだけど、この動画を見る限りでは、思ってたよりも比較的、声出てたんだな。
 曲の最後が「尻切れトンボ」に鳴っているのは、メンゴ。。。。 でも、この動画しか落ちてなかったんで。。。



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シンデレラは眠れない / アルフィー

1985_03_シンデレラは眠れない_アルフィー








今回の1曲セレクトは、「シンデレラは眠れない」アルフィーです。

まずはデータです。

・タイトル    シンデレラは眠れない
・アーティスト  アルフィー
・作詞      高見沢俊彦 高橋研
・作曲      高見沢俊彦
・編曲      ALFEE
・リリース日   1985年2月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  29.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 
・ベストテンランクイン期間:1985年3月4日〜4月22日付
・タイアップ:カネボウ化粧品85年春のキャンペーンソング

ここのところ、「マクラ」が長くてなかなか本題に行かないでいるんで、今回はいきなり「本題」に行きまする。

もう随分1曲セレクトを書いてきてるんで、主要なアーティストな曲はだいぶ書いてきた・・・つもりなんだけど、意外と抜けてるアーティストも居るんだよな。
 今回セレクトしてきたアルフィーも、まだ書いてない曲が残って居そうだよなぁ。 まあ「代表曲」と言える曲はすでに書いてあるんだけどね、そこまでは派手に売れた曲ではない曲とか、まだまだあるんだよな。
 アルフィーって、特に「春」の今頃からの時期にヒットが多いんで、これからしばらくは、結構頻繁にセレクトすることになりそうな気配。。

 その中で今回は、1985年の「今頃」のヒット、「シンデレラは眠れない」。

うーん、この曲なんかは、すでに書いていたも良かったかなぁ。なにせオリコン1位獲得曲だかんね。しかも、カネボウ化粧品の例のキャンペーンソングとして、31年前の今頃はガンガンCMで流れてた曲ですわ。
でもその割には、今となっては存在感が薄いかなぁ。

この曲今までこの曲を書かなかったのは、そんな存在感の薄さもあったのかもしれない。 けども、それよりも、どうもこの曲とっかかりが無いんだよな。なんかねぇ、全てが中途ハンパな感じがするんだよね。
だから、今まで意識的に敬遠してたのかもしれないな。

全てが中途ハンパな感じ・・・っていうのは、メロディ的にもそうだし、全体的なサウンドにしてもそうだしね。
「ココ」っていう引っかかりが無いんだよな。とりあえず、話題的な所と言えば、「メリーアン」で大ブレイクした以後、初めて坂崎氏がメインボーカルを取ったくらいか。

 ま、初めはね、坂崎氏のボーカルも期待してたんだけど、実際的な所それほどインパクトもなかったしなぁ(失礼)

 それと気になったのは、この曲あたりから、三人のコーラスにバラツキが目立ってきたんだよな。アルフィーと言ったら、三人での分厚いコーラスが身上だった・・筈なんだけどなぁ。「メリーアン」「星空のディスタンス」で魅せていた、あのピッチがそろったコーラスが、この曲あたりから感じなくなってきたんだよね。

この曲では、♪ Sweet Little シンデレラ〜 ♪から始まるサビの最後の部分

♪ あの日の笑顔が戻るまで〜 ♪  とCメロの ♪ All Night Long Baby〜♪ のブリッジとなる ♪ Woo〜 ♪っていう三人でのハモリの部分とかさ、 それこそCメロの ♪ All Night Long Baby〜♪ のハモリの部分も、どうも三人バラバラなんだよな。

それよりなにより、個人的にこの曲で気になるのは、ドラムですよ。 
どうもリズムがねぇ、安定しないんだよなぁ、この曲。 一番気になるのは、上で書いた、サビとCメロの♪ All Night Long Baby〜♪のブリッジとなる ♪ Woo〜 ♪っていうハモリのバックに入ってくるドラムのフィルインがねぇ酷いんだよな。 メロディとシンクロしてない。
特に2番のこの部分では、半分止まっちゃってるしさ、ドラムが。

なんで、こんな酷いテイク、取り上げちゃってるんだろ? っていうのが、不思議なくらい。

ちなみに、この曲から坂崎氏、アコギの他に、ローランドの電子ドラム叩きながら歌ってたじゃない? あれも、どうもメロディはあってなかったような感じだったしなぁ。
 ドラムが合ってないような聴こえるのは、もしかして、坂崎氏の電子ドラムが合ってないんですかねぇ。。。

こんな感じで、どうも「やっつけ仕事」的に曲が聴こえるんだよなぁ。

考えるにねぇ、この頃のアルフィーって比較的頻繁にシングルリリースしてたからなぁ。83年の「メリーアン」でブレイク以後、84年は3枚。そして続けて85年のこの曲・・・と、まあ、アイドルのローテーションリリースに比べるとリリース間隔はややあるものの、当時のロック、ニューミュージック勢の中ではシングルリリースは多かったよね。
 これが、この曲のような「やっつけ仕事」的な仕上がりになっちゃったんじゃないか・・・なんても思えるんだよね。

それでなくても、ツアーとツアーの合間を見ての楽曲制作だったと思うし、しかも、この曲は化粧品のキャンペーンソングでもあった訳だからねぇ。制作時間はさらに制約されるはずだから、やっつけ仕事でもしょうがないか・・・・とも思ったりするんだけど、それにしても、ちょっとお粗末な感じもするんだよなぁ、レコード音源を聴いてるとさ。。




うーむ、この動画の演奏は、まあまあいいかな。
少なくともレコード音源の演奏よりは、全然マシでしたねぇ。


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くちびるNetwork / 岡田有希子

1986_04_くちびるNetwork_岡田有希子






今回の1曲セレクトは、「くちびるNetwork」岡田有希子です。

まずはデータです。

・タイトル       くちびるNetwork
・アーティスト     岡田有希子
・作詞         SEIKO
・作曲         坂本龍一
・編曲         かしぶち哲郎
・リリース日      1986年1月29日
・発売元        キャニオン
・オリコン最高位    1位
・売上げ枚数      23.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1986年2月17日〜3月3日付
・タイアップ:カネボウ86年春のキャンペーンソング

1986年4月8日(火)、みなさんは、あの日あの時、どこで何をしていましたか?

 と、大上段な書き方をしてしまいましたが。。。そうです、29年前のこの日、岡田有希子さんが急逝した日ですね。
年回忌でいえば、30回忌っていうのは無いものなんだけど、今年は、ちょうど30回忌に当たるんですよね。

 この曲、本当は、昨日4月8日に出そうと思ってストックしてたんですが、昨日は忙しさにかまけて更新しなかったので1日遅れとなってしまいました。

 
 1986年4月8日、ワタシはたしか、高校2年の始業日だったと思うな。帰りの電車の中で、目の前のオヤジが読んでた夕刊の記事で知ったんだよね、たしか。。
 一言、衝撃的でしたね。・・・そのまえに、信じられなかったよね。トップアイドルの死っていうのは。
つい数日前まで、いつもと変わらずテレビに出てたのに・・・。

 だけど、あの時の各界の衝撃は大変なもんだったよね。後追いするファンは次々に出るわ。。。 それだけ、すでに一アイドルって枠を超えた存在だったんだろうね。

 岡田有希子さんを初めて知ったきっかけの曲・・・は、まあ、デビュー曲の「ファーストデイト」だったわけですが、この曲については、また後日、改めて書きます。

 今日は、「ラストシングル」となってしまった、「くちびるNetwork」についてですね。

 この曲は、カネボウ86年春のキャンペーンソング。くしくも、ライバル資生堂は、中山美穂の「色・ホワイト・ブレンド」を立ててきて、アイドル同士のライバル対決という色がありましたね。
 しかも、作家陣も中山美穂の「竹内まりや」に対して、こちらは、松田聖子と坂本龍一という、とんでもなく豪華な組み合わせとなったわけです。
 たしか、松田聖子としても、他のヒトに詞を提供するの、これが初めてでしたよね。
 サンミュージックの後輩のために、ということもあったんでしょう。

 曲の方も、坂本龍一氏らしからぬ(?)、分かりやすい明るいポップスで、春の雰囲気が充分ありましたよね。
 岡田有希子さんの場合、初期の竹内まりや作品は別として、この曲の前2,3曲って、今ひとつ分かりにくい、中途半端な曲が続いてましたからね。余計、この曲がストレートに聴こえたんだよね。
 その結果の、初めてのオリコン1位獲得。セールスも初めて20万枚を突破! ・・・と、さあ、これからだ! ・・・・という時の突然の訃報だったので余計信じられなかったんだよね。

 次のシングル、「花のイマージュ」も、本来なら、1986年5月1日リリースで決まってたんだよね。
 この曲、リリースしてたら、連続1位は取れたんだろうか。
 あの時から、ずっとそれが気になっていたりします。


 しかし、あれから丸29年か。。。 この間「ルビーの指環」でも書いたけど、時代の流れってほんとに速いよね。
 特に、こういう節目がやってくると、感じますわ。

 
 今回は、ちょっと湿っぽい内容になってしまいまして。。。また、こういうことを書くのも不謹慎と思われる方もいるかもしれないですが、ひとつの節目としてあえて書きました。



君は薔薇より美しい / 布施明

1979_03_君は薔薇より美しい_布施明







今回の1曲セレクトは、「君は薔薇より美しい」布施明です。

 まずはデータです。

・タイトル    君は薔薇より美しい
・アーティスト  布施明
・作詞      門谷憲二
・作曲      ミッキー吉野
・編曲      ミッキー吉野
・リリース日   1979年1月17日
・発売元     キング
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   31.0万枚
・ザ・ベストテン最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1979年4月5日〜5月10日放送分
・タイアップ:カネボウ79年春のキャンペーンソング

 さてと、今回はどの曲がいいべかな? ・・・・と、思ったんだけど、最初思いついた曲は、「あ、この前と同じ86年の曲だ」・・・ということで、とりあえず保留。
 
 なるべくなら、年代は適当にバラつかせたいしねぇ。。 っつうことで、ちょっと考えたけど、あ、そーそー、そういえば、この間までCMで流れてた曲があったじゃん・・・。
 ・・・とおもむろにひっぱってきたりして。。あせあせ

 ふむ、布施明の「君は薔薇より美しい」


・・・・なんて、タイトル書いても、しらなーい・・・って言う人も・・・いるよなぁ。。

 だってさあ、気がついたら、もう36年前の曲よ、36年。。。

えーーーーーー、そんなに経つのぉ・・・なんて思わず書きたくなるよなぁ。
 だってさあ、すでにこの曲の頃はリアルタイムで聴いてたんだもん、ワタシ。。。

もともとこの曲って、カネボウ化粧品の1979年春のキャンペーンソングだったんだよね。 
モデルは、オリビア・ハッセー。なぜか布施明の元奥さんだったりして。。 って、ざわとらく書いたりするけど、結局、このCMがきっかけで結婚したんだったよね、たしか。



ギター片手にうたっちゃったりして、かっこいいじゃあーりませんか。

 だけど、この曲は難しすぎるわ。 大体においてキーレンジが広いもの。

 サビの最後の  ♪ わあ〜〜〜〜 君は   変わった〜〜〜〜 ♪

 は、普通のヒトじゃ声でないよなぁ。 いやいや、だからかっこよかったんだよね。 さすがプロって感じがするじゃん。
 うーん、あのころは、フロフェッショナルな時代だったよなぁ・・・と改めて感じだりしてね。 

今は「シロート」の時代だからなぁ。こういうプロフェッショナルな「ウタ」は、すっかり無くなっちゃいましたね。
少なくともヒットチャート戦線上では。



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水のルージュ / 小泉今日子

1987_03_水のルージュ_小泉今日子






今回の1曲セレクトは、「水のルージュ」小泉今日子です。

 まずはデータです。

・タイトル    水のルージュ
・アーティスト  小泉今日子
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1987年2月25日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   18.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1987年3月9日〜4月20日付
・タイアップ:カネボウ87年春のキャンペーンソング

 うむ、そんでは今回は、キョンキョンで行くかな。

 「水のルージュ」

 オリコンで1位を獲ってたこの曲を今まで書かなかったのも、やっぱ訳ありだな。
 っつうか、この曲、どう表現したらいいかよく分からんのよねぇ。うーむ、つかみ所が無いというか。。。

 今思うと、87年ってそういう曲が結構多いな。うーむ、客観的に考えると、特にアイドル系の曲がちょこっと凝りすぎだったんじゃないかねぇ。
 すでに、この時期ともなると、80年代アイドルも「成熟」の域に達してたしな。特に、80年代初頭にデビューした人たちは。
 だから、というわけでもないんだろうけど、作り手も難解な曲を持ってきてたような気がする。

 正直、この曲って、何を言わんとしているのか、いまだに良くわかんないワタシなんですよねぇ。

 キョンキョンにしては珍しく、作詞 松本隆 作曲 筒美京平 編曲 大村雅朗 なんていうアイドルポップスの超王道のお三方の曲なんですけどねぇ。めずらしく、今一つつかみどころが感じないんですよね。

 とりあえず、ちょっと暗めの曲調が、今日のような春先の不安定な天候を予感しているような感じもするけどさ。

 あ、そーいえば、この頃、初めて花粉症になったんだ。ワタシふらふら

 だからか、この曲を聴くと、思わず「鼻水たらーん」を想像してしまうワタシです。

ま、そういう意味では春を予感させるような曲か・・・。 でもさぁ、どうせ春を予感させるなら、もっと明るい感じの曲のほうがよかったんじゃないですかねぇ。

 で、これらをひっくるめて、次の「スマイルアゲイン」の方が何倍も好きなワタシどぇす。

 だって分かりやすいんだもん。胸がキュンキュンしちゃうしふらふら





 ちょっと意外だったのは、この曲のとき、バックバンド(らしき)が付いてたんだ。しかも全員、女の子で・・・調べたら、バックバンド名は「イマージュ」って言うらしい。。なるほどね

 ♪ 水のルージュ  不思議なイマージュ〜 ♪ ってとこから獲ってるんですかね〜。


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春の予感〜I've been Mellow〜 / 南沙織

1978_03_春の予感_南沙織






今回の1曲セレクトは、「春の予感」南沙織です。

 まずはデータです。

・タイトル    春の予感
・アーティスト  南沙織
・作詞      尾崎亜美
・作曲      尾崎亜美
・編曲      尾崎亜美
・リリース日   1978年1月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 25位
・売上げ枚数   7.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 30位
・タイアップ:資生堂「78年春のキャンペーンソング」

 いやー、昨日は実に「春」っぽい1日でしたな。気温も20℃近くまで上がったりして。。。
 そして、私は・・・・。いやー、じつに「花粉症日和」でしたわ。今も、鼻水ツーツー言ってますです。。。
 むー、春らしくなってくることは実によろしいことなんだけど、「花粉」だけは、なんとかならんですかねぇ。。。ふんとに。。ふらふら


 でも・・・春っぽい日には、やっぱり、春っぽい曲を・・・ということで、南沙織さんの「春の予感」なんぞ、引っ張ってきたりしました。。

 いやー、メロウで、じつに「春っぽい」曲ですわ。。。
ってさ、たまたま、この間、尾崎亜美さんの「マイ・ピュア・レディー」をセレクトしてくるのに、ようつべで動画探してたら、この曲の「PV」らしき、動画を発見してしまったのデス。 たしかに、↑のデータにも書いたように、資生堂の「78年春のキャンペーンソング」だった。。。



あ、これじゃなくて、以前、探した時は、この曲のプロモーションビデオっぽい、動画があったんだよな。
いつかも書いたけど、プロモーションビデオっていつからあるんだろう?
 その昔、スポニチなんかの10分くらいの「ゲーノーニュース」で、やらせっぽいフィルムを流してたことあるから、そんなのを含めると、歴史はかなり長いことになるんだけど、それらとは別に、「プロモーションビデオ」となると、時代は下がるはずだよね。

 まあ、海の向こうではそれなりの歴史があるけど、日本ではMTVが紹介され始めた、83年ごろからでしょ。PVを意識して作り出したのは。

 ・・ということは、このビデオは、それより5年早いものだからなぁ。

 まあ、どういう使われ方をしてたのかはよく分かりませぬ。

 ところで、この曲、尾崎亜美さんが、作詞、作曲、アレンジと、すべてプロデュースした曲だけど、あの「オリビアを聴きながら」よりも、前なんだよね。
 尾崎亜美っていうと、どうしても「オリビアを聴きながら」が最初か・・・と思われがちだけど、それよりも以前にも、曲提供はしてたのですよ。

 ちなみに、この曲、何年か前に、NTTのCMも使われてたから、「タイトル」は知らなくても、曲を聴けば、意外とみんな知ってるんぢゃないかしら。。

サビの部分が

 ♪ 春の予感 そんな気分 時を止めてしまえば 春に誘われたわけじゃない だけど気付いて I've been Mellow〜 ♪

って曲ですぞ〜。




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マイ・ピュア・レディ / 尾崎亜美

1977_03_マイピュアレディ_尾崎亜美






今回の1曲セレクトは、「マイ・ピュア・レディ」尾崎亜美です。

 まずはデータです。

・タイトル    マイ・ピュア・レディ
・アーティスト  尾崎亜美
・作詞      尾崎亜美
・作曲      尾崎亜美
・編曲      松任谷正隆
・リリース日   1977年2月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   23.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1977年3月21日〜5月2日付
・タイアップ:資生堂「77年春のキャンペーンソング」

 10年くらいに一時的に、カフェミュージックっていうジャンルの曲が流行ったことがあるんだよね。
ちょこっと、オシャレでアンニュイな雰囲気の曲。最近は、ほとんど無くなっちゃったけど、ボサノバ調の曲とかさ。

 うん、でも、、70年代にも、ボサノバが流行った時期が合ったのよ。75年〜77年ごろかな。
 そのきっかけは、ユーミンの「あの日に帰りたい」だと思うな。そのあと、76年に丸山圭子の「どうぞそのまま」が来て、で、今日引っ張ってきた、尾崎亜美の「マイ・ピュア・レディ」が来る。

 この3曲は、70年代のボサノバブームの3大ヒットと言ってもいいんぢゃないかなぁ。

 その中でも、少し前のカフェミュージック的な雰囲気に一番近い曲が、今日引っ張ってきた尾崎亜美の「マイ・ピュア・レディ」だろうな。

 ユーミンの「あの日に帰りたい」も、丸山圭子さんの「どうぞこのまま」も、正統派なボサノバなんだよね。

 でも、「マイ・ピュア・レディ」は、プラス、ポップさが加わっていた分、新しさが見えたりする。
 これが、今の、カフェミュージックのイメージのルーツといってもいい感じなんだよなぁ。

 全体的に春っぽいんだよね。春の暖かさがいっぱいに感じる曲っていうのかな。春の陽を浴びた、午後の部屋で聴いたら、つい、ウトウト、夢見心地になるような曲。BGMにしたら最高・・・っていう雰囲気がね。

 ま、この曲は77年の資生堂「春のキャンペーンソング」だったわけなんだけど、「春」のイメージとしては、うまく「的」を得ていると思う。

 昨日、ナンノの「吐息でネット」を書いた時、カネボウさんのキャッチコピーは「コトバの響きのキャッチーさ」で勝負、だから、後々になって冷静に考えてみると意味不明・・・って書いたけど、対して、資生堂さんは、その点、分かりやすいんだよね。
 そういうこともあったのか、まだ、素朴な時代だった70年代は資生堂のほうが強かったけど、ノリとキャッチーさが要求されるようになった80年代に入るとカネボウが逆転したっていう構図になったよなぁ。


 あややや、話がずれた。。。。あせあせ

 ところで、この曲、作詞、作曲は、もちろん尾崎亜美さん自身が作っているけど、プロデュースは、松任谷正隆氏。
 バックもティンパンアレイ系のすご腕ミュージシャンたちで固められていたりして、至極豪華。
 もちろん、サウンドは、松任谷正隆氏直伝のハーフトーン系。

 これが心地いい「源」なんだなぁ。個人的には、この手のサウンドが一番生理的に合うんですよねぇ。これぞ日本のAORですよ。

 まあ、一般的には「ニューミュージック」っていうカテゴライズに入るんだけど、もともとは、このサウンドをさしてる言葉なんだよね。

 ちなみに、尾崎亜美さん、当時、若干19才。19才でこんな曲作れるってのは、やっぱし並大抵の方ではありませぬ。

 まあ、松任谷氏が見込んだヒトだから。。。



ハーフトーン系のエレピがコロコロっとなってると、「あっ、自分の時代の音楽」って感じがするなぁ。


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吐息でネット / 南野陽子

1988_03_吐息でネット_南野陽子






今回の1曲セレクトは、「吐息でネット」南野陽子です。

 まずはデータです。

・タイトル    吐息でネット
・アーティスト  南野陽子
・作詞      田口俊
・作曲      柴矢俊彦
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1988年2月26日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   30.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1988年3月7日〜4月11日付
・タイアップ:カネボウ「88年春のキャンペーンソング」


 3月に入ると、いつの時代も一斉に春っぽい曲がリリースされてくるよなぁ。今年は・・・うーん、まだ、春っぽい曲はリリースされてこない・・かexclamation & question

 ・・・ということで、今日の1曲セレクトも「春っぽい」曲を。

 南野陽子 「吐息でネット」

 今まで、化粧品キャンペーンソングって書いてきたけど、この曲もそうだね。1988年「春」のキャンペーンソング。

 ・・・だったけど、個人的には、そんなにCMで聴いたって記憶がない。今にして思えば、「あれ? そうだったかな? 」って感じだな。

 どっちかって言えば、この後の浅香唯の「C-Girl」(カネボウ「88年夏のキャンペーンソング」)の方が、全然記憶に残ってたりするな。

 うん、この「吐息でネット」と「C-Girl」のリリース間隔が2ヶ月足らずって言うのも面白いけどね。2ヶ月足らずで春から一気に夏へ・・っていう変わり様が・・・。カネボウさんも大変だったねぇ、年がら年中キャンペーンで。。ふらふら


 曲としては、今聴いても、ほんとに「春らしい」温度感いっぱいの曲だな。南野陽子としては。珍しく16ビートのポップな曲で。
 メジャー系の曲としては、この前の「はいからさんが通る」もそうだったけど、このテのシンプルなメジャー系の明るいポップな曲が、一番、このヒトにあってたような気がするな。

 このヒトの「アイドルスマイル」が一番光ってたわけで。

 まあ、その辺は、ファン心理としてもプラスとして働いたんだろうね。
 「吐息でネット」っていうタイトル自体は、意味不明だったりするんだけどふらふら、コトバとしては、ポップな響きだもんね。そこがいいんでしょ。
 そんな、プラスな部分が多かったからだろうけど、この曲が、南野陽子としては一番「売れた」曲になったもんね。
 うん、アイドル四天王とか言われて、祀られていたけど、意外にも30万枚を突破したのは、この曲のみだったのですわ。

 当時も、レコードからCDへ・・っていう移行期間だったんで、なかなか売上げがともわなかったって言うのもあるけどね。

 ただ、この曲から、「シングルCD」なるものが登場したんですわ。

 そそそ、あの細こいジャケットの、8cmのちっちゃいディスクね。

 今は、シングルも殆ど全てが「マキシ」の12cmCDになっちゃったから、8cmシングルなんて見なくなっちゃったけどさ。

 たしか、シングルCD第1弾リリースは、1988年3月20日リリース分から・・って記憶してるけど、違ったかなぁ。

 当時の「オリコンウイークリー」(現Oricon Style)にも、シングルCDのリリースリスト一覧が出てた記憶がある。

 でも、それまで発売したCDプレーヤーはシングルCDなんて想定してなかったから、いちいち、CDアダプター付けなきゃいけなくて、これが、結構メンドウだったんだよなぁ・・・
 
 ・・・って最近の若いコにゃ、わかんないか。。。

 まあ、シングルCDの登場によって、前年度にめっちゃ酷かったレコード売上げも底を打って、ここから上昇していくことになるんだけど、まさか、数年後、とんでもないメガヒットの時代になるとは、この頃は全く想像もつかなかったな。

 プラス、「アイドル」ってモノ自体も下火になっていくとは・・・。

 うんにゃ、それだけはちょっと、予測できたかな、この頃になると。

 上で書いたようにアイドル四天王って呼ばれてた「売れ組」と、オタク化したアイドルに「差」ができてたからなぁ、このころになると・・。

 そして、「オリコンウイークリー」っていう雑誌自体、完全に「アイドルオタクご用達」の雑誌になっていたことは言うまでもない。

 このころ本屋で「オリコンウイークリー」買うの、結構勇気いったんだわ。レジが若い女の子だったりすると、特に。。

 「わぁ、このヒト、オタクだわ」って感じで見られるんだものふらふら

 まだ、今のようにオタクに「市民権」はない時代だったのよ。

 ・・・といっても、ワタシャ、アイドルオタクぢゃなかったけど。。ふらふら

 あれから27年かぁ〜。 27年なんてあっという間だな。マジで月日が流れるのが早いワ。 このころだと、マジで昨日のようだよ。感覚的に。。

 ヤバイ、この感覚だと、60の還暦なんて、あっちゅうまだなバッド(下向き矢印)たらーっ(汗)衝撃



恐らく、動画はすぐ消されちゃいそうなんで、早いもん勝ちですね


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いけないルージュマジック / 忌野清志郎 坂本龍一

1982_03_いけないルージュマジック






今回の1曲セレクトは、「いけないルージュマジック」忌野清志郎、坂本龍一です。

 まずはデータでする。

・タイトル   いけないルージュマジック
・アーティスト 忌野清志郎 坂本龍一
・作詞     忌野清志郎 坂本龍一
・作曲     忌野清志郎 坂本龍一
・編曲     忌野清志郎 坂本龍一
・リリース日  1982年2月14日
・発売元    ジャパン
・オリコン最高位 1位
・売り上げ枚数 41.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年3月15日〜5月3日付
・タイアップ:カネボウ82年春のキャンペーンソング

 えー、Facebookとかmixiとか、会員縛りのSNSと違って、ネット的に縛りのないブログに書く時、気にしているのは、やっぱしPV(ページビュー)なのね。 やっぱ、ブログで公開するからには、1人でもたくさんの方に見ていただきたいんで。

 やっばりねぇ、そうしてみると、意外とプロフ写真って大事なのよね。
 プロフ写真が気持ち悪いと(失礼)、第三者の方もアクセスもしづらいってもんでしょう。
 
 
 でも、今となっては、ほとんど、知らない・・・ってなっちゃうとね。

 見た目の興味と、曲のキャッチーさ・・・って言うのは、やっぱし大事だよね。

 その点から行くと、おそらく、今日の曲もアクセスは悪い・・・・かもなぁ(失礼)


いけないルージュマジック  /忌野清志郎 坂本龍一

という、なんとも想像外のコンビ。
 
 そのうえ、ジャケ写見ただけでも、後ずさりしちゃいそうなビジュアルでしょ。
 なんでも、スタイリストに「チベットの乞食」をイメージしてもらったら、こうなったんだとか・・・。
 いや、究極に汚らしかったよね。化粧の下に残っているヒゲが青々としてたりして・・・
「チベットの乞食」というより、究極の「オカマ」同士やん。。


 だけど、やっばり、前年の「春先小紅」と同じように曲は、ポップ&キャッチーなメロディラインなんですよね。

 これらの点を含めて、今から思うと、この曲と、前年の「春先小紅」ってそっくりなんだよなぁ。

 うん、なんか、仕組まれてない? ・・・って思っちゃったりして・・。

 ベストテン入りの時期だって、「春先小紅」が1981年3月16日付でベストテン入りを果たしたのに対して、この曲は、1982年3月15日付ですよ。。。

 つまりぃ、きっかり1年後にベストテン入りしてるわけです。

 さらに、ベストテン入り最終週が、「春先小紅」が1981年4月27日だったのに対して、この曲は1982年5月3日付・・とこれまた、ほとんど同じような動きをしてるもんね。

 まあ、偶然であることは間違いないんだけど、ここまでいろいろ重なっちゃうと、なんとなく疑りたくなったりしてね。

 うん、何分、当時、矢野顕子さんのダンナが坂本龍一氏だったりしてたからねぇ。


 ただ、ブッ飛び度からすると、この曲の方が上だったなぁ。

 レコードジャケ写はまだいい方で、この曲のプロモーションビデオがまたすごいんだよね。。。

 ・・・その前に、この当時でプロモーションビデオを作ったことがすごいんだけど、いったいどこで流してたんだろ?

 まあ、噂にはなってたんだけど、万札が乱舞する中での忌野清志郎と坂本龍一のディープキスですよ。
すごい曲でしたねぇ〜。


 すごいといえば、この曲、ほとんど

 ♪Baby oh Baby いけないルージュマジック〜 ♪

って歌ってるだけなの。

 たしか、5分くらいあるんだよね。この曲。

 その中で↑の歌詞を、多分4分くらい歌ってるんぢゃなかろうかねぇ。

ようするに、ほとんど歌詞なんてあってないような曲なんだよね。

 まあ、その場のノリを持ったとも大事にするひとだから、もともと歌詞なんぞ、考えてなかったのかもしれないけどさ。
 すでに「いけないルージュマジック」っていうキャッチーなフレーズがあるだけで、すべてが決まった・・といってもよいんだよね。

 ちなみに、化粧品のキャンペーンソングということは、最初に決まってて、「ルージュマジック」っていうフレーズも最初からあったようですが、「いけない」ってつけたのは、このお二方のようですね。

 普通は、つけないよね「いけない」・・・なんて。スポンサーが嫌うフレーズだもんね。

 そこを見事に使い切った・・・っていうところが、この曲の成功につながったんじゃないかなぁ。
 この「不安定さ」と「危なさ」がスリリングなんですよ。 これ、「素敵なルージュマジック」じゃありきたりすぎるもんね。


 あ、そうそう、この曲で、ただ1度だけ、「ザ・ベストテン」に出演したけど、バックでドラムたたいてたの、女性だったんだよね。
 なんかね、それが一番衝撃的だったんですよ。今だったら、女性がドラム叩くのも普通になったけど、当時、女性がロックバンドのドラムを叩くって言うのは、あんまりなかったんだよね。女性は大体キーボードっていうのが相場だったし・・・。

 なんか、他愛もないことなんだけどね、このテの「汗臭いロック」で女性がドラム叩いてるってことが、なんか信じられなくてね。当時は



バックのリードギターは、当時RCの朋友、仲井戸"チャボ"麗一氏。
このカット、「生」で見たかったよなぁ。キヨシローが亡くなってしまった今では、永遠に不可能になってしまったことであり・・・。


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