かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

早見優

アンサーソングは哀愁 / 早見優

1982_11_アンサーソングは哀愁_早見優


今回の1曲セレクトは、「アンサーソングは哀愁」早見優です。

まずはデータでする。

・タイトル      アンサーソングは哀愁
・アーティスト    早見優
・作詞        阿久悠
・作曲        馬飼野康二
・編曲        萩田光雄
・リリース日     1982年10月19日
・発売元       トーラス
・オリコン最高位  29位
・売上げ枚数   4.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 34位


あー、今回セレクトしてきた曲は、どう捉えたらいいんだろう? って言う曲なんですよね。
どうも、出だしのマクラがなかなか思いつかない。
そのくらいヒット当時、関わり合いが薄い曲だったんだよね。 ・・・うーん、関わり合いっていうのも変な表現だな。。。
単純に、あんまり聴いて無かったと言った方がいいのかな。

早見優さんの「アンサーソングは哀愁」。

花の82年組の1人っていうのは、ここ読んでくださってる殆どの方は周知の通りだと思うけど、そんな82年組の早見さんのデビュー第3弾がこの曲ですね。

「花の82年組」ということで、たくさんのアイドルが華々しくデビューを飾った訳だけど、第3弾シングルともなると、順調に伸びトップアイドル街道をまっしぐらのグループと、すでにネタ切れ・・・というか息切れ気味のグループと大きく分かれて来てたような印象があるな。

その中で、早見さんはというと、・・・・ 正直、82年組のトップグループの中でも、とりわけ存在感が薄いな・・・82年の秋も深まる今頃は、そう言う感じに今頃はなって来ていたような印象が強い。

それもこれも、第3弾シングルであるこの曲がジミ過ぎたっていうのが大きかったよなぁ。

確かに、同期の同い年くらいの他のアイドルよりも、見た目年上、やや大人っぽくは見えた。 
だから、少し子供っぽさが残るデビュー曲、「急いで初恋」はちょっとイメージと違うな・・って言う印象はあった。でも、第2弾の「Love Light」は、その辺りを修正してきたように思えたし、だから、個人的には「Love Light」って曲は好きだったんだよね。

そして第3弾のこの曲ですよ。たしかにミディアムの落ち着いた佇まいの曲調は、さらに大人っぽさを前面に出したような曲調ではあるけど、これはちょっと背伸びが過ぎるんじゃないか。

当時13歳のワタシでも、そう感じたな。

まあ、実際は、そんなオヤジっぽいストレートな批評感はさすがになかったけど、、なんか違うなって言う違和感は大きく感じてたんだよね。

曲だけ見るとこれがデビュー第3弾の曲とは思えない、デビュー5年目くらい、すでに20歳を過ぎた女性歌手が歌うような落ち着きがあるんだよな。

・・・なんか回りくどい書き方になっちゃったけど、簡単に言えば、ポップじゃないのよ、この曲。

同期の82年組の、少なくともトップグループの人たちは、みんなポップだっじゃん、曲調が。 
それなのに、この落ち着きだからさ。 まるで、早くもアイドル路線を諦めて歌謡曲路線の路線変更したかのような・・・。

あ〜、アイドル路線から脱落したか、残念だけど・・・

率直なところ、そう感じた部分が大きかったんだよ、個人的には。


それ以上に、この曲自体の問題ですよね。

今、手元に月刊明星付録の歌本「Young Song」の1982年12月号がある。

この「アンサーソングは哀愁」が新曲として掲載された号ですね。 

当然、お決まりの近田春夫氏の「新曲激評」の対象曲となっていたんだけど、こんときの近田氏のコメント


「あ、モロ「カサブランカ」と同じメロ。堂々としてるなァ。そもそも「アンサーソングは哀愁」ってタイトル、悪ふざけじゃん。これは日本歌謡界への皮肉だよね。こういう作家としてのメッセージがハッキリ出た曲を歌うのって、早見さんしんどいだろうねぇ」 (原文ママ)


そうなんだよね、 この曲、ジミとかポップではなく歌謡曲っぽい・・・と言う前に、Bertie Higginsの「Cassablanca」、まんまなのよ、曲調が。

あ、「Cassablanca」で分かんなかったら、郷ひろみ氏の「哀愁のカサブランカ」

近田氏が「アンサーソングは哀愁」ってタイトル、悪ふざけじゃんって言っているのは、曲調が似てる上に郷ひろみ氏の「哀愁のカサブランカ」をもじったようなタイトルだったからなんだけどさ。

いや、はっきり言ってワタシもこの近田氏のコメント通りと思ってたのよ。 これは、ちょっと悪ふざけじゃんっていう・・・。

ただ、当時・・・いや、最近まで意味が分かんなかったのは、「これは日本歌謡界への皮肉だよね。こういう作家としてのメッセージがハッキリ出た曲」っいう後半の部分。

これってどういう意味だったんだろう?   っていうのがずーっと引っかかってたのよ。
まあ、深い意味はないのかもしれないけど・・・。


でさ、この機会に、再度、自分なりにちょっと考えてみた。

で、浮かんできたのが・・・。

もしかしてさ、Bertie Higginsの「Cassablanca」って、郷ひろみ氏のカバーが決まる前に、早見さんサイドがカバーするつもりでいたんじゃないか・・・ってこと。

そう考えれば、1曲前の「Love Light」が外人の作曲だった意味も分かる。つまりさアイドルの王道路線ではなく、より洋楽ポップに向かうって言うベクトルだよね。

そう言う路線を画策していた時に、郷ひろみ氏のカバーが決まってしまった。
(ちなみに、郷氏のカバーは、当時ニッポン放送のアナウンサーだった、はたえ金次郎氏が郷氏サイドに売り込んで決まったとなっている)

相手はアイドルの大先輩でありアイドル界のスーパースター。こちらは一介の新人。
当然だけどダイレクトに抗議も出来ない。

そんな事があったがための抗議と言う意味をこめての「アンサーソングは哀愁」って曲でありーの、近田氏のコメント。

もちろん、これは、ワタシの妄想でアリ、事実であるかどうかは全く分からないんだけどさ。

でも、こう考えれば、 

・タイトルからして悪ふざけな事 
・メロディがモロ、「カサブランカ」な事
・近田氏が「日本歌謡界への皮肉だよね」と言ってる意味 
・そういう皮肉を込めた曲を派手にする訳にも行かず、ジミな曲にするしかなかった事

・・・など全ての流れの辻褄が合うような気がするんだよなぁ。


ただ、タイトルとしては、近田氏が言うように「悪ふざけじゃん」ってダイレクトに分かるんだけど、歌詞内容は正直良く分かんない。

大御所・阿久悠氏の作詞だけど、正直、最近まで阿久悠氏が作ったとは思わなかったもの。

♪ 奪われる 奪えない 奪うもの 奪え〜 ♪とかさ、国語文法の五段活用か  なんて思える、なんじゃこりゃ・・って言う歌詞だったりするし。。。

この曲を「リリース」する事が前提で、歌詞の内容はさほど重要じゃない・・・って言っているようにも思えたりしてさ。

尤も、阿久氏は、フィンガー5の「恋のダイヤル6700」の♪ リンリンリリン〜♪ などのように「擬音」を歌詞に多用したりするところもあったりするんで、五段活用的な歌詞も、ある意味阿久氏らしさと言えるのかもしれないけど。。。



この曲のような地味な展開もあり、一時はアイドルとして死んだ・・・と思えた早見さんだっただけに、次の年の「夏色のナンシー」は、アイドルとして起死回生、一発逆転ホームラン的なインパクトがありましたね。

洋楽路線とはならなかったものの、そんな早見サイドの方向性を感じ取り、第2の南沙織にしようとした、筒美京平ってヒトは、やっぱり天才なんだな・・・と思わずには居られなかったよな。


ちなみに、当時は、ジミーで触手が伸びなかった、この「アンサーソングは哀愁」も、今はいいんだよね。
ワタシもそれだけオヤジになり、ポップな曲よりもシブい曲の方が安心できるようになったって事なのか。。

いや、その前に、今となっては完全に忘れ去られている、この曲は手垢が少ないってことで、それだけ、未だに新鮮に聴けるって事が大きいんだろうな。
早見さんって言ったら、みーんな判を押したように「夏色のナンシー」とか「誘惑光線クラッ!」などばっかなんだもん。 今となっては、この曲なんかセレクトするヒトってほとんど居ないから。。。。


あ、それから、どーでもいい事なんだけど、↑で引き合いに出した、「Young Song」1982年12月号の新曲激評には、同じく当時新人だった原田知世さんの「ときめきのアクシデント」の近田氏の評があるんだけど、この時の評が「ひでぇ下手な歌だな。これじゃ作家のヒト怒るぜ。」とバッサリ。
今だったらネットで炎上ざたのようなコメントだけど、当時は、これはこれで見方の一つとして「アリ」だったんだよね。


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誘惑光線・クラッ! / 早見優

1984_04_誘惑光線・クラッ_早見優








今回の1曲セレクトは、「誘惑光線・クラッ!」早見優です。

まずはデータです。

・タイトル    誘惑光線・クラッ!
・アーティスト  早見優
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1984年3月31日
・発売元     トーラス
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数  15.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1984年4月30日付
・タイアップ:資生堂「バスボン ヘアコロンシャンプー・リンス」CM曲


なんか、最近書く「年」が偏ってるなぁ・・・なんていつも書いてるような気がするけど、今回は1984年。
あー、ちょっと前に、中井貴一氏の「青春の誓い」を書いたばっかりなんたけど、またまた1984年の曲を引っ張って来ちゃいました。

早見優「誘惑光線・クラッ!」

うーん、この曲なんかは去年、すでに書いていても全然おかしくない曲なんだけど、まだ書いてなかったんだなぁ。まあ、去年も今頃、大分1984年の曲を書いたかんね、この曲は、飛ばしていたのかもしれない。

この曲、リリースが3月31日なんだよね。うーむ、ずっと3月21日リリースだと思い込んでいたんでね、なんか変な日にリリースだよなぁ・・・とも思うんだけど。。。なんで1日ずらして4月1日リリースしないの? とかね。
 でも、まあ、今となっては、そうかと思うんだけども、いわいる決算日に合わせたって事ですよね。
うむ、あくまでこの曲は「1983年度」(会計の)曲だという事で・・・・。
 2000年代に入って、こんな曲が増えましたけどね。だから、最近は3月下旬リリースの曲が多い訳なのよ、決算前に飛び込みリリースして、上乗せ決算したいって事で。。。
 
 まあ、もちろん、84年当時はそんなこと全く考えてませんでしたけどね


でも、この曲は、なんか面白かったな。 前曲の「抱いてマイラブ」が、若干ハード路線だったのに対して、随分ポップな路線に戻りましたもんね。
 前年、83年にブレイクした、「夏色のナンシー」「渚のライオン」と同じ筒美作品に戻ったわけだけども、楽曲そのものもデジタルポップな路線に戻った訳なんだけども。
 ただ、前年の「夏色のナンシー」や「渚のライオン」のデジタル路線とは、ちょっと肌触りが違ったな。

まあ、アレンジャーが、バリバリデジタルな茂木由多加氏から、大村雅朗氏に変わったってのも大きかったろう。

大村氏のアレンジは、シンセを使用しながらも、ストリングスは生音を使ったりして、デジタルとアナログのバランス感覚がありましたしね。
 例えば、前年の松田聖子の「SWEET MEMORIES」のデジタルとアナログのバランス感覚は素晴らしかったじゃないですか。

 ま、この曲は、あの「SWEET MEMORIES」よりかは、「お気楽感」があったけど、それでもそれまでの早見優の曲にはなかったような、新たな手触りを感じだよな、この曲には。

まあ、タイトルにもあるように「クラッ!」っていうコトバの感覚も新しかったしね。

それと全体的なサウンドなんだけど、この頃…1984年の春先あたり・・・からの「音」っていうのが独特なんだよなぁ。 うーん、コトバではなかなか表現しにくいんだけど、「匂い」っていうのかなぁ、「1984年春」独特の匂いってのがあるんですよ。

 以前も書いたんだけど、この年の冬ってのが、寒い冬でさ、記録的な大雪に見舞われたんだけど、それに対して春は、結構暖かったんだよね。好日晴天な日が多かった印象があるなぁ。特に今頃、ゴルデンウイークくらいは、好天で汗ばむような日が続いていたような気がする。

そんな天候を象徴している・・・っていうかさ、この年の今頃の「音」っていうのは、明るいんだよなぁ印象が。
色で例えると、「レモン色」っていうか薄い黄色って言う感じでさ、まあ、暖色系ですよ。

この曲なんかもそうだし、キョンキョンの「渚のはいから人魚」も中森明菜の「サザンウインド」も明るかったじゃん、音が。
ま、マイナー系な曲よりも、メジャー系の曲が多かったって言うのもあるかもしれないけど、そんなイメージだったな。

だからね、この曲なんかも、晴れた天気の下で聴いたな・・・って言うイメージが強いんだよなぁ。

そうだ、親父の車のカーラジオで聴いてた、ニッポン放送の「オリコン全国ヒット速報」とか、文化放送「全日本歌謡選抜」っていうイメージなんだ、この曲は。
 
 当時、母方の爺さんが亡くなる直前で、頻繁に田舎(福島・いわき)に行き来してたんだよね。
その時、カーラジオから流れてた、「オリコン全国ヒット速報」とか「歌謡選抜」っていうのが、この時期の一番強い印象だったりするんだよなぁ。
 そのなかで、この曲も随分聴いたよな・・・っていうイメージが強かったりするんだよね。





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抱いてマイラブ / 早見優

1984_01_抱いてマイラブ_早見優








今回の1曲セレクトは、「抱いてマイラブ」早見優です。

まずはデータです。

・タイトル     抱いてマイラブ
・アーティスト   早見優
・作詞       松本一起
・作曲       JOHN STANLEY
・編曲       茂木由多加
・リリース日    1983年12月21日
・発売元      トーラス
・オリコン最高位 13位
・売り上げ枚数  15.7万枚
・THE HIRCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1984年2月6日付

 昨日のオリコンの「オリスタ」(旧オリコンウイークリー)休刊のネットニュース、個人的にはショックでしたねぇ。
1979年8月の創刊から約37年。個人的にはそのうち25年以上買い続けてきましたからねぇ。
 オリコンウイークリーを通じて、たくさんのチャートファンと交流もしてきたし、そもそも、今の自分の大部分を作り上げてくれた雑誌が無くなるとはねぇ。。。。
 まあ、紙媒体も過去の遺物となってきているし、こうなるのも時代の流れ、仕方ない・・・とは分かってはいてもやっぱり淋しいもんです。

今でこそ、1981年、通刊98号からのオリコンウイークリーを所有しているワタシですが、自分で毎週買うようになったのが1984年4月、通刊241号から。デビュー時の長山洋子さんが表紙の時ですねぇ。
 あれからシコシコ、よくも飽きないで、毎週毎週買ったものだよなぁ。

購入したバックナンバーは全て保管してありますよ。確か2010年頃まで買ってたはずだから26年分ですかね。千数百冊になっているはず。。。 ただね、1冊1冊はペラペラな雑誌だけど、それが千冊以上となると、これがとてつもなく重くなりまして・・・・、床が抜けそうなくらいなっちゃったんで、流石に買うのやめて、今はYOU大樹にしちゃいましたけど。。。まあ、そこまでの思い入れがある雑誌だったんですよね。

・・・ということで、今回は、オリコンウイークリーを買い始めた1984年の曲を・・・・。

・・・と思ったんだけど、これがなかなか残ってないんだよね。すでにめぼしい曲はほとんど書いちゃったんで。。。


・・・・と思ったら、ありましたよ。

早見優の「抱いてマイラブ」。


・・・と書いて、果たして、どのくらいの方がこの曲覚えてくれているか、って言うのはちょこっと自信ないんだけど。。。

まあ、そのくらい、今となっては死角に入っちゃっている様な曲だよなぁ。

早見優さんの曲順から言えば、「ラッキイリップス」の次、「誘惑光線クラッ!」の前と、筒美作品に挟まれた形でリリースされた曲なんだけど、これが当時からして印象が薄い曲だったんだよなぁ。

いや、実際の曲は、早見優さんとしては、それまで無かったようなロック調っていう、味付けは濃い作品だったんだけどさ。でも、印象は薄い・・・・と。

うーむ、やっぱり、当時の早見さんには、いまいち合っていなかったんじゃないのかなぁ・・・とも思えたりするんだよな。
 以前、「ラッキイリップス」を書いた時、筒美京平氏は、早見優さんを南沙織にしたかったんじゃないか・・・って書いたんだけど、個人的にもその方向性は間違ってなかったんじゃないか・・と当時から思ってたんだけど、いきなり、この曲は全く違う方向に行っちゃいましたからねぇ。
一体、なぜに、このタイングで、こういうロックっぽい曲に行ってしまったのかって言うのが、当時も、いまいち良く分かんなかったなぁ。

でも、次の「誘惑光線クラッ」で、いち早く軌道修正したのは、流石に筒美氏・・・なんても思ったりしたんだけどね。

 ちなみに、この曲、オリコンでは、最高13位とベストテン入りを逃したんだけど、「ザ・ベストテン」では1週だけランクインしたんですよね。

 この前後「大雪」が降ったんだよなぁ。関東地方にも。

奇しくも、今晩から明日にかけて、関東地方も大雪の予報が出てますけどねぇ・・・。

・・・・まあ、だからこそ、この曲を、このタイミングで引っ張ってきた・・・って言うもあるんだけど

うん、個人的には、この曲というと、あの年の「大雪」を思い出してしまうんだよねぇ。
大雪のおかけで、1週間近く学校が休校になったんですよ。その間やる事もなくて、ずっとラジオ聴いてた記憶があるなぁ。そんなとき、この曲が良く流れてたんだよね。

 兎に角1984年の冬ってのが、異常なくらい関東地方は雪が降った年なんですよね。1月〜2月は毎週のように積雪だったもんなぁ。前週降った雪が融けきらないうちにまた降って、一時は根雪状態でしたから。
 今年もそうならないといいですけどねぇ・・・。雪かきが大変なんで。。。。






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ラッキィ・リップス / 早見優

1983_10_ラッキイ・リップス_早見優






今回の1曲セレクトは、「ラッキィ・リップス」早見優です。

 まずはデータです。

・タイトル    ラッキィ・リップス
・アーティスト  早見優
・作詞      三浦徳子
・作曲      筒美京平
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1983年9月21日
・発売元     トーラス
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   16.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1983年10月24日〜10月31日付
・タイアップ:資生堂「バスボン ヘアコロンシャンプー」CM曲

 えー、今回はマクラなしで、いきなり本題。
 毎度毎度、セレクトする曲に困っているワタシなんですけど。。。。。

 こまったー・・・といいながら、最終的には「搾り出して」来るところが、ワタシのいいところexclamation & questionふらふら

 ふむ、早見優の「ラッキィ・リップス」なぞ、いかが?

 早見優と筒美京平氏・・・っていう組み合わせって、とかく、南沙織を彷彿してしまうんだけど。。
 いや、バイリンギャルっていうところでさ。 まあ、筒美京平氏も、それは意識してたよね。

 ただ、そうは言っても、この曲の前の2曲⇒「夏色のナンシー」「渚のライオン」は、NEW「早見優」を形成することに専念したのか、南沙織の香りは曲からはイメージされなかったな。

 だけども、筒美氏作曲の第3弾のこの「ラッキィ・リップス」で、いよいよ持ってきましたねぇ。

 この曲の最初のスローの部分は、やっぱし「哀愁のページ」なんだろうな、イメージとしては。
 いや、兎に角、この時点より10年前の南沙織では、出来なかったサウンドを早見優で試した・・・って感じがしてならないんだよね。、この曲を聴くとさ。

 決して、派手さがある曲ぢゃないんだけど、サウンドにしても、この時点では、結構、それまでなかったような音色、ミキシングを施したりして、新しい事を取りいれてんだよね。
 いや、それは、今、この辺の曲を続けて聴くと分かるの。 あ、変わった・・・って思うもの。

 83年って、アイドルポップスにとっては、変革の年でしたよ。 あ、これは、サウンドの面でさ。
 その前の年の82年の曲って、今聴くと、どうしても一つ古さが隠せないんだよね。
 でも、逆に、次の年の84年の音は、ほとんど出来上がってる感じがするし。。
 キモは、その間の83年にあったと思うのよ。で、曲単位で考えると、この曲なんかは、そのいい例じゃないかなぁ。

 まあ、いま聴くと、この曲の延長線・・・っちゅうか、もっと発展させたところに、次の年の「誘惑光線クラッ!」があったりするわけで、まあ、その実験的な曲でもあるんだけどさ。

 ちなみに、さらに発展させたのが、86年の中山美穂の「ツィてるね ノッテてるね」っていうのが、通例な考えですわね。

 まあ、そんな感じで、80年代中期以降の筒美京平氏の曲パターンの1つの形になった曲でもあるんだよね。





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Love Light / 早見優

1982_08_LOVE LIGHT_早見優






今回の1曲セレクトは「Love Light」早見優です。

 まずはデータです。

・タイトル     Love Light
・アーティスト   早見優
・作詞       PIA JACKSON       
・作曲       JIMMY JACKSON
・日本語詞    三浦徳子
・編曲       荻田光雄
・リリース日    1982年7月21日
・発売元      トーラス
・オリコン最高位  38位
・売上げ枚数    5.9万枚
・タイアップ:資生堂「ヘアコロンシャンプー」CM曲


 今回引っ張ってきた曲は、ちょっとマイナーな曲だったかなぁ。

 早見優の「Love Light」。

 この曲は、早見優にとっては、デビュー2作目のシングルになるんだけど、実績的にはまだまだ、A級のアイドルというところまでは届いてなかったんだよね。

 82年デビュー組も人気争いはまだまだ混戦を極めている時期で、だれが抜け出すか・・・・っていうのが、まだまだ見えない時期だったんだよね。

 少なくとも、この時点で、個人的には、早見優が将来的にベストテンに入るようなアイドルになるとは、全く思ってなかったもの。

 ただ、この曲は、インパクトが強かったんだなぁ。
 初めて聴いたのは、あの頃、文化放送の昼1時から4時に放送してた梶原しげる氏がパーソナリティをやってた番組だったと思う。
 残念ながら番組名が思い出せないんだよなぁ・・・。

 この番組の中で、ベストテンのコーナーとか「今週の1曲」のような感じで、週続けて毎日同じ曲をかけるコーナーがあったのだけは覚えてるんだけど・・・・。

 たしか、大川榮策の「さざんかの宿」を最初に聴いたのも、このコーナーだったと思う。たしかリリース直後だから、1982年の8月の今ごろだったかな。。。
 正直、売れるとは全く思ってもなかった。大体、大川榮策なんてヒトも知らなかったし。。。。


 話がそれたね。丁度、今の時期だから、中学1年の夏休みの真っ最中だったんだけど、まだ、福島から千葉に越してきて間もない頃だったから、周りに友達もいなくて、毎日ラジオばっか聴いてたんだよねぇ。

 だから、この番組も夏休み中は毎日聴いてたな。

 で、「今週の1曲」に早見優の「Love Light」が選ばれたんだよね。多分、「さざんかの宿」の前だったと思うんだけど・・・。

 正直、早見優って、まだ、よく知らなくてさ。デビュー曲の「急いで初恋」のサビぐらいしか知らなかったくらいだから、あんまし、初めは興味なかったんだけど、この曲のイントロを聴いた瞬間、ガラッと気持ちが変わりましたね。

 衝撃的に感じたんだなぁ。この曲のイントロ。うん、仕掛け的には何てこと無いメロディラインなんだけど、シンセの音色がインパクトあったんだなぁ。

 この曲、たしか、カバー曲でしたよね・・・。あれ? 違ってたかな? 違ってたらゴメン。
 今、改めてJASRACの作品データベースを調べたら、この曲、「邦楽」扱いになっているんだよな。外国曲カバーなら外国曲扱いになるんだけど。・・ということは、カバーじゃなかったかなぁ。
 
 だけど、メロディライン的に全く、日本の曲として違和感無かったし。サビは英語詞だったけど、あの当時のワタシでも意味がわかるくらいの簡単なものだったしね。

 だから、違和感が全く聴けたんですよ。それよりも兎に角イントロにやられたな。この曲には。


 今思えば、イントロの音色のインパクトとか、サビノ部分の

♪ 欲しいのはLove Light  あなたの愛の兆し〜 ♪

なんてところは、後々の筒美京平氏作曲の作品(「夏色のナンシー」〜「ラッキィ・リップス」)の参考になってるんじゃないかなぁ。

 色合い的に、この曲に似てるような気がするんだよね。

 ただ、こういう、インパクトな曲があったのにもかかわらず、次からの2曲がつまんなかったね。

 これが、早見優がベストテンアイドルの仲間入りするのに、余計だったんじゃないかなぁ。

ちなみに、シングルのジャケ写はわかったよね。 この曲。





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渚のライオン / 早見優

1983_07_渚のライオン_早見優







今回の1曲セレクトは、「渚のライオン」早見優です。

 まずはデータです。

・タイトル    渚のライオン
・アーティスト  早見優
・作詞      三浦徳子
・作曲      筒美京平
・編曲      茂木由多加
・リリース日 1983年7月1日
・発売元     トーラス
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   16.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1983年7月18日、8月1日〜8月22日付

 今日も昨日に引き続いて、あ゛ぢぃ〜〜 1日ですわい。

・・・となると、やっぱし、1曲セレクトも、そんな感じの曲になっちゃうわけね。
 
 
 というわけで、早見優の「渚のライオン」なぞ一つ。

あ、また、さっきの堀ちえみ「青い夏のエピローグ」に続いて1983年の曲だ。。。。 ついでに言えば、本日は女性アイドル3連発だ・・・・ なんて言わないでね。


 この曲もそうなんだけど、一時期フジテレビの夕方の「スーパーニュース」って早見優づいてたんだよなぁ。
ふむ、10年くらい前の「スーパーニュース」の芸能コーナーのジングルが、この曲のイントロだったりします。。。
 っつか、お天気コーナーのジングルも、このヒトのデビュー曲の「急いで!初恋」のイントロだったりして。。
 はーい、重宝してます・・・ってところかふらふら

 ま、それだけ、このヒトの曲のイントロってインパクトがあるって事なんでしょう。


 個人的にも、このヒトっていったら、手垢がいっぱいついてる、「夏色のナンシー」よりは、この「渚のライオン」の方が、まだ、いいかなぁ。
 うん、手垢があんましついてない分、未だに新鮮味がいくらかあるでしょ、だからですかねぇ。。

 そけと、いかにも「太陽ギラギラ真夏」っていう、蒸し暑さいっぱいの温度感がいいって感じかなぁ。
 
 ま、兎に角、この曲を聴くと、「あ、真夏だ」っていう気分になりますな。それも、1983年だわ、この感じは。
 うーん、まあ、なかなか説明しづらいんだけどさ、「1983年だわ」って書いても。。 このなんとなく人工的な感じが「1983年」なの、個人的には。

 いや、1982年と1983年では、音の感じが全然違うのよ。たった1年の差なんだけどさ、この違いはかなりでかいよ。
 少なくと、今聴くと1982年までの音って、あんまりシンセ的じゃないもの、アナログ的っていうか、前世代っぽいというか・・・。

 でも83年になると、シンセっぽくなるんだよね、これが。
まだ、デジタルではなく、アナログシンセではあるけど、確実にサウンドは変わってるのよ、83年っていうのは。
 その辺の新鮮味があった頃だな、83年の夏って。


 ちなみに、この曲がリリースされたころ、1983年7月15日に、任天堂から「ファミリーコンピュータ」なるものが発売れてたりする。
 そそそ、ファミコンですな。 

 えー、ウチはビンボーだったんで、買わなかったけんど・・・っつか、未だに縁がないものだけど。。。


 ま、いずれにしても、それから見ても、時代は確実に変わってたりするんですわ、この頃を境にして。





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急いで初恋 /早見優

1982_04_急いで初恋_早見優jpg






今回の1曲セレクトは、「急いで初恋」早見優です。

 まずはデータです〜!

・タイトル     急いで初恋
・アーティスト   早見優
・作詞       松本一起
・作曲       小杉保夫
・編曲       大谷和夫
・リリース日    1982年4月21日
・発売元      トーラス
・オリコン最高位  36位
・売上げ枚数    6.3万枚
・タイアップ:資生堂「バスボン ヘアコロンシャンプー」CM曲

 4月21日リリース曲スペシャル第3弾! 今回は、早見優「急いで初恋」を引っ張ってきましたゾ!

 前回の「渚のシンデレラ」に引き続いて82年の曲になっちゃったけど、まあカンベン。


 この曲、覚えてますかねぇ・・・いやいや、覚えてますよね。

「恋コロン 髪にもコロン ヘアコロンシャンプー」っちゅう、キャッチコピーだった、資生堂「ヘアコロンシャンプー」のCM曲ですよ。
 そそそ、早見優自身がCMに出てた奴。

 当時、曲はろくに聴かなかったんだけど、この部分はよーく覚えてるんだよなぁ。

 ♪ キミの香り深呼吸 sweet sweet sweet dreamin my love〜 ♪

 のいきなりキャッチーなサビから始まる、この曲ですね。

 でもさ、当時は、この部分しか聴いてなかったわけで、ここ意外はずっと知らなかったのよワタクシ。

 うん、きちんと聴いたのは、ずーーーっと後ですね。なにせレコード買ったの、大人になってからなんで

 でも、まあ、やっぱり、サビが強い分だけ、他の部分はどうも、いまいちシックリこないんですよね。

 メロディラインがAメロ、Bメロでどうも、統一感がないし・・・。

 そのぶん、サビが強かったからなぁ、この曲は。この部分にお金を払っているようなもんよ。

 まあ、そんなこともあってか、トーラスレコード、期待の新人だった早見優も出だしは、芳しくなかったんだよね。オリコン、36位だもんね。CMがインパクトあっただけに、ちょっと信じられない出足だったんだけど、まあ、これもレコード会社の力だよなぁ、きっと。

 早見優の場合、ブレイクまでは、ここから1年も要することになりますね。

 ちなみに、一口に82年(デビュー)組っていうけど、そのなかでも大まかに、3月21日デビュー組と4月21日デビュー組に分けられるんだよね。
 まあ、いまとなっては、どちらがどちらとも甲乙がつけにくいけど、4月21日組には、石川秀美なんかも居るんだよね。あと、知ってる人しか知らない新田純一とか

 中森明菜だけは、へそまがりで5月1日デビューとなってたりするけどさ。

 いずれにしても、この4月21日で、花の82年組はほとんどデビューを果たしたわけでする。


 ちなみにちなみに、この曲の一番最後のフレーズが、フジテレビの「スーパーニュース」のお天気コーナーのジングルで使われていたりします。
デビュー曲らしく、いかにもフレッシュな感じがお天気コーナーに合うだろうね。
 スーパーニュースは、早見優大好きで、そのほか、「渚のライオン」のイントロも使ってましたね。





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夏色のナンシー / 早見優

1983_03_夏色のナンシー_早見優







今回の1曲セレクトは、「夏色のナンシー」早見優です。

まずは、データでーす。

・タイトル     夏色のナンシー
・アーティスト   早見優
・作詞       三浦徳子
・作曲       筒美京平
・編曲       茂木由多加
・リリース日    1983年4月1日
・発売元      トーラス
・オリコン最高位  7位
・売上げ枚数    26.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1983年5月9日〜6月6日付
・タイアップ:コカコーラ83年キャンペーンソング
 
 ・・・・というわけで、早見優の「夏色のナンシー」です。

 しかしね、この曲は、1983年4月1日リリースなわけです。うーん、でも、4月1日で「夏色」と言われてもなぁ・・・ってかんじでしょ。
 確かに、そのまえから4月にタイトルに「夏」がつく曲ってあったんだけどね。松田聖子の「夏の扉」とか・・・。
 でも大抵、リリースは4月21日あたりというのが、それまでの定番で、「4月1日」ちゅうのは、ちょっと早すぎやしない?
 マダ、春の真っ只中のうちから「夏色」と言われてもイメージがねぇ・・・って言う感じは、当時もありましたねぇ。
 ただ、どういうわけか、このころ「夏」色をコンセプトにした曲って、年々早まってた時期なんだよね。
 ちょっと過熱しすぎという感じもしましたが・・・。

 ただ、幸いだったのは、この年は、4月、5月が比較的天候が安定してて、4月でも夏のイメージにそぐわない天気が続いてたんだよね。たしか。
 
 それに、曲がいかにも、「晴れ」向きって曲だったもんね。
コカコーラのCMにぴたっと嵌るような、「スカッ」とする曲調。

 とかく、同じ春でも3月と4月ではイメージが異なるように、この曲によって、この年の「4月」のイメージって3月とはガラッと変わって、早くも初夏のイメージっていう感じだったんだよね。ヒットの世界では。 その先陣を切った曲だよなぁ。

 とにかく、この曲で早見さんのイメージも180度変わりましたよね。それまでの2曲ばかし、どうも、はっきりしない曲だったんだよね。「アンサーソングは哀愁」とか、どっかの曲をもじったような曲とかさ。
 悲しいねぇ、さびしいねぇ・・って感じで、本来のこのヒトのキャラとちがうんでねーの? って曲が続いていましたよね。
 まあ、そのおかげで、ヒットの方も低迷していたわけで・・・。

 だけど、この曲は、南の島のイメージそのまま、もう、早見さんしか、いないじゃんっていうストライクな曲でしたね。



 この曲は、三浦女史のいつもながら元気いっぱいの明るい詞、筒美氏のいつもながらのキャッチーなメロディも去ることながら、びっくりしたのは、やっぱし、アレンジだよね。
 茂木由多加氏のこのアレンジは、「全て打ちこみ」っていう、当時のヒット曲としては、画期的なアレンジだったんだよね。
 まあ、今聴くと、さすがに23年前、音質などはちゃちい気がしますが、曲の流れ、細かい部分の仕掛けは、さすがにプロだな、面白いなと思う部分がふんだんですね。

 例えば、細かいところなんだけど、しょっぱなのサビ

♪ 恋かな(YES!) 恋じゃない(YES!) 愛かな(YES!) 愛じゃない(YES!) ♪  

と次の

♪風が吹くたび 気分もゆれる ♪

の間にスネアが1拍はいるんだけど、このスネアの音が、1番、2番、ラスト、計3回回ってくるうち、すべて音が違うんだよね。だんだん、盛り上がっていくようにアレンジされてたりする。

 こういう細かいところまで気を配ったアレンジだからこそ、メロディを壊すことなく、斬新なシャレたアレンジに仕上がったんぢゃないか・・・なんても思うんだよね。

 ちなみに、「夏色のナンシー」と同時期のキャンペーンソングは、松山千春の「Sing a Song」って曲でした。
 これは、つまんなかった。。。はっきり言って。

 近田春夫氏でないけど、♪Sing a Song♪と♪いつもいつも♪だけで、コカコーラからがっぽがっぽお金もらってんだもんな。。。。。世話ないよねぇ。。。。



それにしても、この曲で早見優ってガラッと変わったよね。
それまで2〜3曲の早見優って、ジミーな曲歌ってたんですよ。 
この曲で、本来の明るい南国娘のキャラクターが復活したというか・・・。
筒美マジックですよね。曲一つで歌い手のイメージをガラッと変えさせる・・っていう。
それに成功したヒトの一人だろうなぁ、早見優は。



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哀愁情句 / 早見優

1984_10_哀愁情句_早見優







今回の1曲セレクトは、「哀愁情句」早見優です。

まずは、データから

・タイトル     哀愁情句
・アーティスト   早見優
・作詞       銀色夏生
・作曲       筒美京平
・編曲       船山基紀
・リリース日    1984年10月3日
・発売元      トーラス
・オリコン最高位  8位
・売上げ枚数    9.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位


 ここのところ、若干、当初のコンセプト、「各年の丁度今頃の死角になっている曲」っていうところから、ちょっと離れていたので、今日は、若干、マニアックな曲に戻ろうと思います。
 
 今日は、東京地方はシトシト雨。秋の長雨のシーズンかな。 こういう日は、シットリとした情景の曲を引っ張って来たくなるわけです・・・。ということで、この曲なんかピッタリじゃないかな、と思いましてね。
 
 早見優って言ったら、「夏色のナンシー」を始め、夏っぽいイメージが先行してるのかなぁ・・と思うわけで、こんな曲あったの、みなさん忘れてる、あるいは知らない方が多いと思うんですが、いかがでしょうかねぇ?
 そんな、「夏」のイメージが強い、早見優が、イメージを破って、初めてしっとりオトナっぽい曲で勝負したのが、この曲です。
 それにあわせて、ジャケットも初めてオトナっぽい雰囲気ですよね。

 
 作曲は筒美京平。 筒美氏は、どうしても早見優を南沙織にしたかったようですね。これは、前の年の「ラッキィリップス」なんかでも、見られた傾向なんですが、この曲では、さらに顕著になったようです。
 じゃ、南沙織の何の曲をモチーフに? といわれると、私なんか、南沙織の曲は、細かいところまでは把握していないんで、なんともいえないんですけど、曲のテンポ、イメージからして、「哀愁のページ」のマイナー版とも言えそうな気もします。 
 うーん、「哀愁のページ」は、もっとけだるい感じかなぁ。 この曲は、銀色夏生さんの詞が、もうちょっとハッキリした内容なんで、「けだるさ」はないんだけどね。

 でも、全体的に、この当時を持ってしても、それ以前の時代の曲調ではありましたよね。
 いや、当の早見さんも、この曲に限っては、南沙織になりきろうと思ってんじゃないかなぁ・・・。
 他の曲とは、全体的な雰囲気が違うんだよね。 うーん、この雰囲気が本当はよかったんじゃないかなぁ・・と思うことがありますね。 
 このあと、この路線を蹴って、ロック路線に行っちゃうんだけど、正直、早見優にあっているかというと、NOって感じだったもんなぁ。
 まあ、この曲もお世辞にも大ヒットというわけではなかったけどねぇ。

 ハワイ育ち・・ってことで、どうしても、向こうの雰囲気でっていうのは分かるけども、意外と日本美人って感じだったからねぇ。こういうしっとり目な曲のほうが本来はあってたんだろうな。
 ・・・ということは、それを充分引き出した、筒美京平っていう人は、本当に天才なんだな・・と今更ながらに書いたりしてね。

 あ、そうそう、このところ、melody.とかハーフ系のアーティストが多くなってきたけど、1度はこの手の曲をやってみたらいいだろうね。 別件で書いたけど、最近のこのテの人たちの曲って、「重さ」がないんだよね。
 このテの「歌謡曲」っぽい曲で、いちど、日本らしい「重さ」の曲を体験してもいいと思うんだけどなぁ。
 筒美氏、ジャズの世界からもどって、このての曲をまた書いてくれないですかねぇ。。




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