かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

後藤次利

時の河を越えて / うしろ髪ひかれ隊

1987_05_時の河を越えて_うしろ髪ひかれ隊


今回の1曲セレクトは、「時の河を越えて」うしろ髪ひかれ隊です。

まずはデータなのら

・タイトル    時の河を越えて
・アーティスト  うしろ髪ひかれ隊
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1987年5月7日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  11.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1987年5月18日〜6月1日付
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「ハイスクール!奇面組」オープニングテーマ

先週の西城秀樹氏の死去に伴い、この「1曲セレクト」も、先週末から過去に書いた秀樹氏の曲にアクセスが集中しておりましたが、今日になってようやく落ち着いてきたかなって感じですね。
特に「ブルースカイブルー」(1978年)へのアクセスが凄かったですわ。
うーむ、どこかで記事が引用されたかなぁ。。

テレビのワイドショーでも秀樹氏への追悼が続いているし、本来だったら今回の1曲セレクトも秀樹氏の、まだ書いてない曲を持ってきた方が良いんだろうな。。。

うむ、商売として本気で書いてるなら、ここは「たたみかける」CHANCEってところなんだよな。

でもね、今のワタシ的には好きで書いてるし、ここで秀樹氏の曲を持ってきたら先に進めないなぁ・・という思いもあったんで、敢えて、今回の1曲セレクトは、秀樹氏の曲を回避。


・・・・なんて、もっともらしい理由なんだけど 、実際のところは、過去のチャートを振り返ると、これまで書いてない曲で「今」の時期にヒットしていた曲がないんだよね。

いや、リリース日的には、もうちょっと後で、まだ書いて無い曲があるんだけど・・・。 その曲は、近々、改めて書こうと思います。


・・ということで、その代わり・・・って言うのもなんだけど今回1曲セレクトは、何にすべーな・・と思いつつ、ちょっと前からツバをつけてた曲があるんだよね。 
今回はその曲をひっぱりーの。

「時の河を越えて」 うしろ髪ひかれ隊

日曜日、関東地区でニッポン放送の「土田晃之 日曜のへそ」を聴いてる方には、まあ、未だにお馴染みですわな。 そそそ、この番組の「なつかしいと叫びたい」コーナーのオープニングで流れてる、「あの曲」ですわな。

うーーーむ、この曲、まだ書いてなかったんだな。 とーっくの昔に書いたような気がしてたんだが。。。。

ここんところ「男性」アーティストの曲が続いていたし、久々に女性アイドルもいいでしょ ってことでいろいろと物色してて、たまたま気がついたんだよな。

この頃の曲・・・特におニャン子を初め、アイドル関係の曲ってヒット期間が軒並み短かったんだよ。リリースしてもあっという間にチャートから消えてたし。 そそそ、ヒットといっても今と同じく初動だけって言うチャートアクション。
だから、「あの頃」のヒット期間で書いてるここでは、「ピンポイント」でこれまで引っ張ってこれなかったっていうのが大きいだろうな。今まで書いてなかったのは。


さて「うしろ髪ひかれ隊」。言わずと知れた「おニャン子」からの派生グループですわな。そのファーストシングル。

そそそ、工藤静香、生稲晃子、斉藤満喜子 というモロ、ワタシと同世代の3人グループ。

まあ、同世代とはいうものの生稲さんが、ワタシより一つ年上で、工藤さん、斉藤さんが共に一つ下・・・と、ワタシと「同級生」は居ないんだけど。。。。


今まで書いてなかったのは・・・・、もうさ、この頃・・・1987年6月・・・ともなると、おニャン子も「末期」だったしな。
夕ニャンも、視聴率的に末期症状であと3カ月で終わり・・・という頃だったし、正直、完全、おニャン子関係にに興味が薄れてた・・・っちゅうのが大きいかなぁ。

 ヒット曲のトレンドとして、80年代型アイドル全盛もピークを過ぎた頃、それ代わってロック勢に勢いが付き始めて来ていた頃。当時17才っていういっちゃん「多感」な時期だったし、それいえにそんなヒットトレンドの空気の動きも微妙に感づいてきていたんだろうね。 正直アイドルそのものに食傷気味だったんだよな、この頃。

そもそも、当時、一番目を通してた「オリコンウイークリー」自体が、単なるアイドル雑誌に成り下がってたからなぁ。そこからして食傷だったんだよね。 それでも、買うのやめなかったのは、やっぱ根っからのチャート小僧だったからなんだろうな。

だからね、当時も、殆ど聴いてなかったんだよねぇ、この曲。
モチのロン、曲自体は知ってましたよ。まだ、あの頃は興味が薄い曲でもベストテンに入ってる曲ぐらいはチェックしてたからさあ。




たしかにね、今曲を聴くと、それまでのおニャン子派生グループとはちょこっと毛色が違うかな? っていう匂いはするんだよね。
少なくとも、曲に「おちゃらけ」は入っていないし、真面目に曲に向き合っている。その辺は評価できるところではある。
曲調的にも、少し大人っぽさを感じるしね。 うーん、でもさ、そこは工藤さんのソロデビューっていうのをそろそろ見据えていたのかもしれないけど。

でも、この時点では、まだそんな事は見えてなかったし、そもそも工藤さんが本格的なアーティスト的な志向でソロデビューするってのも分かってなかったからさ。 この曲を聴く限りでは、それまでのおニャン子とはちょっと毛色が違う曲だな・・・・としか思ってなかったと思うな。

まあ、この曲から「新しさ」は感じないけどね。 サウンド的にもメロディライン的にも。 マイナーちょうのメロディラインは80年代後半・・・というよりは70年代後半的のB級アイドルっぽいそれだしさ。
そそそ、もろアナクロなんだよね。そう言う意味で保守的な曲だなぁ・・・とも思えたような気がするな、当時。


ちなみに、生稲晃子さん、タイプだったあ、顔がさぁ 

・・・なんて書いたら、なんでぇ結局は好きだったんじゃん・・・なんて思われますかね。。。。。



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

めちゃくちゃに泣いてしまいたい / 工藤静香

    1992_02_めちゃくちゃに泣いてしまいたい_工藤静香


今回の1曲セレクトは、「めちゃくちゃに泣いてしまいたい」工藤静香です。

まずはデータどぇす。

・タイトル    めちゃくちゃに泣いてしまいたい
・アーティスト  工藤静香
・作詞      松井五郎
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利 門倉聡
・リリース日   1992年1月29日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  28.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1992年2月10日〜3月2日付

えー、最近は常套句のように使っていますが、「いつ以来」の1曲セレクトなんだろう!?_ってくらいの1曲セレクトだったりして。。。
 忘れていた訳ではないんだけどね〜。ここのところ平日ばかりではなく、土日も忙しい日々が続いていましてねぇ・・・と言っても、「生業」の仕事を持ち帰ってきたり、先日は3連休は旅行に行ってたり・・・などなど、自分から忙しくしてるんだけど・・・
・・ってなわけで、PCに向かってるヒマもなかったのですよ。。。

あー、言い訳がましい。。。。

気が付いてみたら、ピョンチャン五輪も、もうすぐ閉幕、いつの間にか季節も変わりつつある・・ってわけですな。
季節だけでなく、時代の変わり目って言うのもあるのかなぁ・・・。いや、日々生活している中で、時代の変わり目っていうのも最近、あんまり感じませんけどね。
特に音楽に関しては、なかなか時代の変わり目を感じさせるようなアーティストや、曲が出てきませんねぇ。

だからこそ、時代の変わり目を感じさせるような曲が聴きたい。最近、そんな感じもしてるんだよね。

・・・っつうことで、今回は個人的にそんな時代の変わり目を感じた1曲を一つ。

工藤静香「めちゃくちゃに泣いてしまいたい 」

うーむ、この曲の一体どこが変わり目なのか・・・なんにも書かないと、そんな感じを受けるかもしれないけど。。。

正直、工藤静香さんの一連のヒット曲の中でも大ヒットした曲でも無し。逆に言えば、「売れなかった」部類の曲かもしれない。まあ、そんなこともありーの、26年経った今では、「死角」に入ってたるような曲かもしれない。

でも、個人的には時代の変わり目を感じてる1曲なんだよなぁ。

いつだか、80年代と90年代の境目・・・これは音楽に関してって意味で・・・っていうのは1992年にあり。なんて書いたこともあったんだけどさ、個人的に言うと、この曲あたりから、本格的な90年代を感じた訳なんだよね。

以前も書いたけど、90〜91年って、確かにメガヒット時代に突入した訳で、そう言う意味では80年代とは異なっていた訳だけども、その主役のアーティストは、80年代以前から活躍してきた居たベテランアーティストが主であり、曲調もサウンド的には新しくなってきていたけども、メロディライン的には80年代をまだ引きづっていた感がある。
なにより、世相的にまだバブルの余韻が残ってた頃だったしなぁ。 そう言う意味ではバブルがはじけた1992年っていうのは、世相的にも新たな時代の始まりって言う空気があったし、本当の意味での90年代の「主役」が伸びてきたのもこの頃からなんだよね。

で、個人的にそんな空気の変化を感じ始めたのが、今回ひっぱってきた工藤静香の「めちゃくちゃに泣いてしまいたい 」を聴いたころからだったかなぁ・・・っていう感触があるんだよね。

とは言っても、50年代、60年代を彷彿させる様な、3連のR&B系ゴスペルなこの曲。曲自体に新しさがある訳ではない。
むしろ、古臭いよな・・・って言うイメージが拭えないけど・・・。でも、新鮮だったんだよなぁ。

ま、まず、この手の「ブラック」系のミドルビートな曲を工藤静香が歌うって事。 それまで、無かったからなぁ、このヒトがこのテの曲を歌った事は。

たしかに「3連系」R&Bミドルテンポの曲としては、デビュー3枚目のシングルに「抱いてくれたらいいのに」っていうのがあった。
恐らくは、この「めちゃくちゃに〜」は、この曲の流れの延長線上にあるんだろうけどさ、それでも、「抱いてくれたら〜」は、この曲ほど「黒く」は無かった。

この「めちゃくちゃに泣いてしまいたい」は、真面目にアメリカ南部の空気を感じさせるモノがあったしな。
なにより、この路線に工藤静香が上手く嵌まってたって事かなぁ。 いや、新鮮に感じた一番のところは、この「上手く嵌まってた」ってところなんだよな。

それまでのストレートなポップロックな工藤静香ってどこかシックリ来なかったところがあるんだよな。ま、あくまで個人的にだけど。。。。
なんて言うのかなぁ、そそそ、声質だよね。モショモショッとした声質。かと思えば、ヒステリックなヤンキー系の声質。そんなイメージがあったんだよね、このヒトには、
 確かに見た目「お水」なお姉さんの風であり、いかにもヤンキー的であったわけで、外見からするとそう言うイメージだったかもしれない。

でも、どこか違うような感じが拭えなかったんだよなぁ。

そこに来ての、このブラックなゴスペル風の曲調でしょ。 

あ、これだ!

って思えたんだよね。 

それまでのモヤモヤが解消したような・・・。

 本来のこのヒトの声質の良い部分にフィットしているって言うかさ。 このヒトの声質の良い部分ってモショモショっとしたアイドル的な部分でも、ヒステリックなヤンキーな声でもないんだよね。
中高音域の声質、ここにこのヒトの声の本質を感じる訳。で、もってそんな中高音域部分の声質が、この手のブラック系の曲にフィットしてるんだよね。
なんて言うのかねぇ、艶っぽいんだよね。 うん、和的な「艶」っていうよりも洋的なカラーの「艶」っていうのかなぁ。そう言う意味では演歌歌手に見られる「艶」とは別のカラーなんだけどね。
 
それに加えて、この曲が6/8拍子っていうところにも新鮮さを感じたのかもしれない。ま、これについては言われなきゃ分かんないところだけど、でも、これがブラックなゴスペル的な空気感をより深くしてるっていうのもあるしな。

でもねぇ、そんな工藤静香さんの新たな1面を見せてくれた1曲だったわけだけども売れなかったんだよなぁ。。。
まあ、たしかにインパクトが強い曲ではないし、そう言う面では「つなぎ」的なシングルなんだろうけどね、個人的には、ちょっと残念なんだよな。

ただ、この曲から、さらにゴスペル色が強くなる「声を聴かせて」っていう、工藤さんにとってこの年最大のヒットにこの後繋がるんだけどさ。


※直リンクではじかれるので、動画を見たい方は「この動画は You Tubeでご覧ください」リンクをクリックしてね。

ちなみに、今は無きbay fmの「パワーカウントダウンHO30」だけど、この頃から毎週エアチェックしてたなぁ。そんなエアチェックカセット1本目の1曲目がこの曲なんだよね。
まあ、そんな所も、この曲に新鮮さを感じ、時代の転換点を感じてるのかも。。。。

いや、それが一番強かったりして。。。  曲内容云々と言うよりも。。。


よろしかったら、ポチッと押してね。

にほんブログ村

サムライ・ニッポン / シブがき隊

  1984_02_サムライニッポン_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「サムライ・ニッポン」シブがき隊です。

 まずはデータです。

・タイトル   サムライ・ニッポン
・アーティスト シブがき隊
・作詞     売野雅勇
・作曲     後藤次利
・編曲     後藤次利
・リリース日  1984年1月15日
・発売元    CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  22.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1984年1月23日〜2月27日付

今回の1曲セレクトは、のっけから、シブがき隊exclamation  どえす。。

これまでも、何曲かシブがき隊の曲を取り上げてきたんだけど、今聴くと、なぜか、シブがき隊の曲がよい。
まあ、個人的な感想なんだけどね、新鮮なんだよね。

 きっと、「たのきん」の曲に比べると、ヒット当時はあんまり聴いてこなかったっていうせいもあるかな。
音源を手に入れたのが、かなり後になってからっていうのもあるな。
 「たのきん」の曲は、ヒット当時から随分、持ってたもんなぁ。だからさ、あまりに聴いてきたんで、ちょっと新鮮さが失われているっていうのはあると思うわ。

 で、今回セレクトしたのは、1984年の今頃のヒット「サムライ・ニッポン」よ。

 なに? 「侍ニッポン」の間違いぢゃないかって? サッカーぢやないんだから。。

 ってか、この曲の動画探してたら、やたらと「侍ニッポン」で引っかかってきた。。。 むー、やっぱ、今の時代はサッカーなんだろうねぇ。


 ところで、この曲、タイトルだけみると「演歌か?」なんて、思わず、思いたくなるけど、まさかまさかだよな。

 実際は、全く異なる「ファンキー」な曲よ。 
 ベースは作曲の後藤次利氏が自分で弾いていると思われるけど、イントロからいきなり「ジャングル」っぽいリズム。黒っぽさいっぱいのファンキーなベースを展開してたりして。
 
 このころって、このテのジャングルっぽい、「黒っぽい」ビートが一時的に流行ってたのかねぇ。。 考えてみれば、サザンのアルバム「綺麗」に収録されている「All Star JUNGO」もこんな感じのファンキーなインストだったりしたもんな。
 恐らく、「ファンキー」ってコトバがキーワードとして出てきてのも、この頃だと思うな。

 ま、リズム的に言えば、それまでの、もろロックな「ヘビメタ歌謡」から、この曲で、ずいぶん変わったんだよね。
なんせこの曲の前作が「挑発∞」だもんなぁ。この曲のクサさったら無かったからねぇ。もう行きつくところもまでいったか・・・ってくらいで。
それに比べたら、この曲は大分軽かったしな。 うん、サウンド的にってところで。音がスカスカって訳ではないんだけど、音圧は前曲に比べたら薄かったしさ。
まあ、それもこの曲だけだったけど。。
 だから、この曲だけは、シブがきの中でも、やや「異色」な匂いがする曲っていえるかもな。

 たださ、当のシブかぎの3人は、リズム的に乗り切れてないっていうか、歌いきれてないっていうか、かなりショボイ、ボーカルになってたりしてふらふら、それかネックかもなぁ。 ビシッと決まってれば、もっとかっこよかったのにねぇ。

 ・・・というか、歌いきれてないほうが、シブがきっぽくていいって言うのもあるけどさ。。 やっぱ、ジャニーズはウタがうますぎるのもバツだろうし。。。



最初にシブがきの曲を聴くと「新鮮」なんて書きながら、今まで「1曲セレクト」であんまり書いて来なかったのは、落ちてる動画が少ないって言うのもあるんだよね。
 この曲にしても、今回引っ張って来たのしか落ちてなかったのよ。本当はベストテンとかトップテンとか落ちてればよかったのにね。 まあ、その辺りに当時のシブがきの人気と、現在の認知度に表れてるんかなあ、
決して、シブがきがジャニーズだったからって言う訳じゃないと思うんだよな。
・・・っつか、ジャニーズだったことを忘れてる方も居たりして。。。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

DJ in My Life / シブがき隊

1985_04_DJ in My Life_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「DJ in My Life」シブがき隊です。

まずはデータです。

・タイトル    DJ in My Life
・アーティスト  シブがき隊
・作詞      JOEY CARBONE
・作曲      JOEY CARBONE
・日本語詞   売野雅勇
・編曲      後藤次利
・リリース日   1985年4月3日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  17.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1985年4月22日〜5月27日付
・タイアップ:映画「バローギャングB.C」主題歌

自分が思ってたヒット時期と、実際のヒット時期がずれて覚えている事ってあるんだよなぁ。
こんな事、最近随分多くなってきたような気がする。 昔はこんなこと無かったんだけどなぁ。 地頭は偉そうに言えるほど良かないけど、記憶力だけは自信あったんだよな、昔は。。。。
ジジイだね、ワタシも。

今回の1曲セレクトは、そんなヒット時期を間違えて記憶していた曲をひとつ。

シブがき隊「DJ in My Life」

この曲さあ、85年にリリースされたって事は覚えているんだけども、リリースは2月だとばっか思ってたのね。
だからさ、2月にこの「1曲セレクト」で書こう・・と思って用意してたんだけど・・・。
実際書き初めて、リリース日調べたら4月だったのよ。。。

あれ〜 そうだったけなぁ・・・。 85年の春と言ったら、中学校を卒業し、高校に入学した頃だ。
なんで、だいぶ環境が変わった訳でさ、それに引っかけて当時のヒット曲も覚えているからさ、間違い様がない・・・筈だったんだけどね。。。。

たしか、この曲を初めて聴いたのは、まだ高校受験が終わりきって無かった頃・・・・だったような。。。

う〜ん・・・・。 やっぱしあれから32年経つと記憶も曖昧になっちゃうんですかねぇ。。。

そうか、ヒットしてたのは、高校に入学してからだったか。。。。

それにしては、この曲を聴くと、まだ、寒かったよな・・・っていう印象を強く受けるんだよな。。。
そそそ、昔のヒット曲って、聴くと、当時の匂いがしてくるじゃん。それと温度感とかさあ。 それからすると、まだコートを着てたような温度感を感じるんですよ、この曲からは。


・・・・いや、まてよ。。。。

思い出した。。。    

そうだ、この曲、85年のゴールデンウイークに会津と裏磐梯へうちの家族と、オヤジの会社の同僚家族とドライブ旅行に行ったときに、頻繁にラジオから流れてたんだ。。。

・・・とすると、やっぱり、今の時期のヒットだったんだよな。。。

まあ、考えてみりゃ、この曲の前の曲「男意ッ気」のリリースが1月だったんだよな。 うん、これはよく覚えてる。
明星の付録の歌本「Young Song」の85年2月号の新曲に出てたのをはっきり覚えてるんで。。。

だとしたら、当時新曲リリースは3ヵ月ローテーションだったから、次の新曲は4月になるはずだからさ、計算が合う訳よ。


あー、前置きが長くなった。。。

この曲、シブがきには珍しく、カバー曲だったんだよね。 もともとは、向こうの「アニー」っていう女の子が歌った曲でさ。 あの頃ホンダのCMに使われてたんだよな。

・・・・とネット上に書いてあることをそのままコピペしたりしてさ。。。

・・・っつか、完全に忘れてるワタシが居たりして。。。 CM曲ねぇ・・・そうだったっけ。。。 そうだったような気もする。。   

曲を聴いてみた

↓ コレ


あー、そうそう、あったよね、コレ。。。

でもさ、 個人的には、この曲というと、シブがきなんだよなぁ、完全に。

ま、確かに、それまでのシブがきのような、イロモノに近いヘンチクリンな曲ではなく、至極まともな曲だった・・・っていう印象は強い。
 そういう影響なのか、暫く売り上げが減少傾向で、流石に人気のピークは過ぎたよな・・・なんて思われたシブがきだったけど、この曲では、久しぶりに売り上げが伸びたんだよね。

とは言っても、前曲より数万枚程度だったけど・・・。

で、シブがきのこの曲と言ったら、映画「バローギャングB.C」の主題歌だったってことだよな。
そそそ、シブがきの3人が主演の。。。

なんて言ってもねワタシャ見てないけど・・・。 確か、ヒロイン役として、このすぐ後にレコードデビューした、松本典子さんと網浜直子さんが出てたんだよな・・・ってくらいしか知らないんだけどねぇ。

シブがきの先輩格だった、たのきんは、例の「たのきん映画」を既に止めていたのに、シブがきはまだ続けていたんだな・・・っつうことで印象に残ってたんだよな。

まあ、それだけって言えばそれだけなんだけど。。。

ところでさ、映画タイトルの「バローギャングB.C」の「B.C」って一体何なのか・・・。当時は全然分かんなかったんだよな。「紀元前」のことか・・・とか
今、調べてみたら、ボニー&クライドのことらしいわね。「俺たちに明日は無い」の。。。

なんじゃいそりゃ・・・って言う感じもするけど、そんな感じだったんだよね、30数年前の日本映画のレベルって。。。





うーん、オリジナルの「アニー」バージョンと並列で並べると、やっぱシブがきバージョンの方は、ダッタダサだよねぇ。
今だったら、かなりオリジナルと変わらないくらいのクオリティになるけどさ、カバー曲も。 
例えば、今のディズニー映画の「モアナと伝説の海」だっけ  それの主題歌「どこまでも〜How Far I'll Go」なんてさ、オリジナルもカバーも両者遜色がないじゃん。

でもさ、32年前はと言うと、向こうと、日本と・・じゃ、まだまだ大きな隔たりがあったんだよな、音楽のクオリティって言う面でさ。

それでも、個人的にはダッサダサの方が好きだったんだけどね。



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

やったね!春だね!! / ソフトクリーム

1984_04_やったね春だね_ソフトクリーム


今回の1曲セレクトは、「やったね!春だね!!」ソフトクリームです。

まずはデータだっちゃ!

・タイトル     やったね!春だね!!
・アーティスト   ソフトクリーム
・作詞       森雪之丞
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1984年2月21日
・発売元      フォーライフ
・オリコン最高位 109位
・売上げ枚数   -  枚

すっかり暖かくなりましたね。おかげで、なかなか咲かなかった家周辺の桜も、まだ満開ではないけど大分咲いて来ましたわ。

本当だったら、今日あたりは「春です!」と景気よく行きたかったんだけど、こぬか雨に濡れておりますわ。

でも、まあ、今回の1曲セレクトは「春です!」と叫びたかったために、少し前から当たりをつけていた曲をひとつ。

ソフトクリーム「やったね!春だね!!」

ざざーん! みなさん覚えてますかぁ〜 ソフトクリームですよぉ〜

と叫んで、返答がある方は、そこそこ気合が入った80年代アイドルファンですよねぇ。
あるいは、ワタシと同年代の方ってところかなぁ。

ま、いずれにしても、80年代中期の「B級アイドル」⇒マイナーアイドル ですわ。

いや、「B級」と書いたけども、オリコンの売り上げ実績からすると「C級」アイドルと言っても過言じゃない。 なにせ、7枚のシングルをリリースして、1枚も「ベスト100」に入らなかったんだから。。。。

とりあえず、今回引っ張ってきた「やったね!春だね!!」がオリコンではランクが一番上ってことなんだけども、それでも最高109位ですヨ。

普通、オリコン100位以下なんてしらねーよなぁ・・・って感じなんだけどさ

とりあえず当時の「オリコンウイークリー」は、シングルの101⇒200位も載ってたんでね。当時のチャート小僧はそこそこチェックしてたんだよね。

ただ、今でこそ101位以下も売り上げ枚数を公表しているけど、当時は100位までしかカウントしてなかったんでね。 最高109位だと、売り上げ枚数は不明。

・・・・っつうことで、↑のデータも「−」にしてありまする。。。。


まあ、今でいえば、完全にインディーズアイドルだよね。あるいは地方アイドルとか。

その割には、当時、結構テレビには出てたんだよな、このコたち。

メンバー

・遠藤由美子
・天野千英
・大塚真美

の3人。

レコードは売れなかったけど、結構テレビに出てた・・・っていうのは、まあ「ナベブロ」所属だったってところが、多分にありますわな。

曲はねぇ、今聴くと、なるほどな・・・と理解できる部分が多いけど、84年当時は、ぶっ飛びましたわな、この曲には。

一体、なんなんだ? って感じでさあ。

言ってみれば「イロモノ」ですよね。 アイドル特有の「軽〜い」サウンドに、森雪之丞氏特有のぶっとんだコトバ遊び風の歌詞が乗っかってる。

簡単に言ってしまえば、ウナギのように掴みどころが無いんだよね。 「そうか」と思えばスルスルスルッと逃げて行ってしまうと言うか。

個人的に、よくシングルは「刺さらなぎゃ行けない」って書いてるけどさ。 84年当時、シングルっていうのは、そう言うモノだったんだよね。シングルってアーティストのとっては名刺のようなもんだから、より多くのヒトにどう刺さるかっていうのが、重要だし、そう言う「ココ」って言うインパクトがキャッチーな曲が多かった。

この曲はねぇ、そういうところを感じないんだよね。 ぬるぬるぬると逃げて行くっていうかさあ、実態を感じない・・・というか。

例えば、S級アイドル、中森明菜が「北ウィング」で ♪ LOVE IS THE MYSTERY〜 ♪ なんて「気合」が入った歌を聴かせていた時代ですよ。

それなのに、このコたちと来たら

♪ 野原いっぱい揺れるつくしんぼ (むっくむく)〜 ♪   なんてさあ   思わず「ばかやろー」なんて叫びたくなる世界観な曲なわけじゃん

84年当時、オリコン100位に入らなったっていうのは、そう言う部分が多分に影響していたんだろうね。


個人的に、B級アイドル物ってあんまり聴かないし、だから正直詳しくないんだけど、ただね、なぜかこの曲は音源が手元にある。

オリコン100位にも入らなかった曲のシングルを持っているのね個人的にもほとんどないんだけどさぁ。

↑で掴みどころがない・・・なんて書いてるくせにムジュンなんだけどさあ、結局はどこかに耳に残っちゃってたんだろうな。

いや、いい曲云々の前に、84年の春って言うの考えた時に、どうも切り離せなかった・・と言うかねぇ。
ブツブツ文句言いながらでも、それだけ耳にしてたって事なんだよね当時。


ただね、そういう「実態」を感じない曲⇒アイドルっていう存在も、84年1年間を通して境に急速に一般的になって行く。

あ〜、分かりにくく書いてしまった。 簡単に言えばシロート的なアイドルが一般的になって行く。
それが顕著に表れたのが、85年のおニャン子クラブって訳なんだけども、このヒトたち⇒ソフトクリームなんかは、おニャン子的なんだよね。

Wikipediaなんかみると、おニャン子のプロトタイプなんて書いてあるけど、まさにそうで、ウタがウマい訳でもないし、さして美人ぞろいでもない。 どこにでもいるようなコたちがアイドルとしてテレビで歌ってるっていう感じで。

しかも、曲が、おニャン子たちに怒涛に曲を書いて行くことになる後藤次利氏だったりして、今見ると、まるでおニャン子って感じなんだよな。

でも、おニャン子がデビューするのと、入れ違いにこのヒトたちは解散。
結局、「シロートアイドル時代」を経験することなく、表舞台を去ることになる。

そう考えると、このコたちは、ちょっと早くデビューし過ぎたのかもしれないな。 もし、85年以降のデビューだったら、少なくとも1枚もオリコンベスト100に入らなったって事は無かったろうし。

この曲にしたって、そこそこランクは上がっていたかもしれないな。



なに「ウンコ」もって歌ってんの? とか思われる(・・・思わないか)かもしれないけど、これソフトクリーム型のマイクカバーですわな。
如何にも「アイドル」っぽい演出。

それにしても、当時を知らないヒトからすれば、ほとんど「おニャン子」だよね。
曲にしても、シロートっぽい歌いかたにしても。
でも、実際は、おニャン子出現の1年前なんでね。

こと「オンガク」には厳しいといわれるナベプロらしからぬ・・・とでも言いますかねぇ。








慟哭 / 工藤静香

1993_03_慟哭_工藤静香


今回の1曲セレクトは、「慟哭」工藤静香です。

まずはデータですよ〜

・タイトル    慟哭
・アーティスト  工藤静香
・作詞      中島みゆき
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1993年2月3日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  93.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1993年2月15日〜4月12日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「あの日に帰りたい」主題歌

え〜、本日2曲目の「1曲セレクト」どぇす。
え? また書いたの? ・・・とか言われそうだけど、ま、さっき書いたツイストの「性(さが)」は、半ば思いつきのまま衝動的に書いた訳でさ、当初、今日書こうと思ってたのは、こっちの曲なんだよね。

それはそうと、先日のネットニュースで、フジテレビの「月9」が青色吐息の状態っていうことが出てましたなぁ。
個人的には、いいかげん月9に頼るのも止めたらど〜お って思うんだけどねぇ。
もうさ、90年代じゃないわけじゃん。トレンディドラマな時代じゃないんだよね。 まあ、現フジテレビ社長が、ドラマ班出身あり、月9育ちということで止めるにやめられないんだろうけどさぁ。

でもねぇ、いつまでもあの時代を夢想しているって言うのは時代錯誤だと思うしねぇ。

まあ、「じゃあ、オメーはどーなんだよ」なんて言われると、反論できなかったりもするんだけどさ

でも、ビジネス上の話として、実際の数字を見ちゃうと、そう思っちゃたりしてね。


・・・・ということで、今回の1曲セレクトは、まだまだ「月9」が元気で、ステータスがあった「あの時代」、そんな月9ドラマの主題歌だったこの曲を。

工藤静香「慟哭」。

この曲は、93年1月期の月9ドラマ「あの日に帰りたい」の主題歌。

ただね、個人的にはこのドラマ、見てなかったよなぁ。 だからさ、どういうドラマだったかはよく分かんない。
視聴率もネットで調べたところ、平均15%程度と、当時の月9にしては取りたててよかった訳じゃない。
 この次の93年4月期の「ひとつ屋根の下」が平均視聴率28%(最高視聴率37.8%)だった事を考えると、かなり低迷だったんだよね。

確かに「ひとつ屋根の下」は、ワタシも見てたしなぁ。

それでも、そんなドラマの主題歌だった、この「慟哭」はの売り上げは93万枚もあった訳だからねぇ。
そそそ、これが工藤静香さんにとっては、「最高売り上げ」のシングルなんだよね。 ま、まだ一応は現役のアーティストであり、もしかしたら、これを更新する曲が今後出てくるとも限らない・・・・・・うんにゃ、余程の事が起きない限り、出てこないよな・・・きっと。

ただ、・・と言う事は、工藤静香さんって、シングルではミリオンセラーが1作もないってことなのよね。
これは意外かなぁ。80年代から活躍してる当時のトップアイドルを見ると、工藤さんレベルの女性トップアイドルのヒトたちは、大概1作はミリオンセラーの持ってるもんね。

あ゛、そう言えば、中森明菜さんも、ミリオンは1作もなかったな。 

どうなんだろうねぇ、アイドルの中でもどこか陰があるような大人っぽいアイドルの2大巨頭がミリオンを持っていないって言うのは。
 やっぱり、アイドルっていうのは「大人」っぽ過ぎても、必ずしも良いって言う訳ではないってことなんだろうねぇ、きっと。


あ、ちょっと話がずれた。。。「月9」の話だったね。
ま、いずれにしても、それだけの売り上げを生み出す「力」があったわけなんだよね、当時の「月9」には。

なんせ、この曲の前後の曲は、大体30万枚前後ってペースだったからねぇ、当時の工藤静香さんの曲は。 そこに来ていきなり、「90万枚」だもんなぁ。

さしもの、ワタシも「月9」の主題歌ということで、ある程度は売れるだろうとは思ったものの、ここまで売れるとは思ってなかったんで、ちょっと泡食ったのを覚えてるなぁ。

ぢゃ、そこまで売れる曲だったのか・・・。

個人的には、サビまでのメロディを聴く限りでは、正直、そんなにいい曲だとは思わなかった。 その証拠に、この曲、長い事音源持ってなかったんだよね。それだけ当時は引っかからなかった・・・って事なんだけどさ。

でも、♪ 一晩中泣いて 泣いて〜 ♪ からのサビの部分は強いわな。一言で言えばキャッチー。

当時は「覚えやすい事。 キャッチーなメロディ」っていうのは、シングルとしてはある程度至上命題的なところがあったからねぇ。

そそそ「カラオケ」で歌いやすいってこと、そのために覚えやすい⇒キャッチーである事が一番ってところがあったからさ。

それを考えると、「月9」の主題歌であった事以上に、サビからのキャッチーさ、キャッチーだからこそインパクトに繋がって、ここまでの売り上げ枚数に繋がったのかもしれないな。

それと幸運だったのは、キョンキョンの「優しい雨」が、この曲と同日リリースだったって事もあるかなぁ。
2大アイドルが同日リリースってことは、それまでもそれ以後もあんまり頻繁には無い事だからねぇ。
当時、それも話題になったような気がする。 
奇しくもキョンキョンの「優しい雨」も同じようにドラマの主題歌だったし(こちらはTBS系金曜ドラマの主題歌)・・・。  そんなことでも話題になったよな。

それもあってか、ランキング的には、熾烈なトップ争いを繰り広げたよなぁ。

初登場時1993年2月15日オリコンランキング。

1位 慟哭    工藤静香   242,670枚
2位 優しい雨  小泉今日子  234,910枚

なんていう、8千枚弱での僅差デッドヒートなランク争いもさることながら、週間売り上げ枚数も高レベルでのデッドヒートだったからなぁ。 ま、上記のとおり結局のところ、この「慟哭」がキョンキョンを振り切って1位を獲得した訳なんだけども。。

ちなみに、この週の週間売り上げは6位までが10万枚以上。 10位で7万5千枚・・・なんちゅうとんでもない高レベルな売り上げ枚数だったんだけどさ。。。。 
今と比べると、いかにとんでもない時代だったか・・・って事が良く分かるよなぁ。。。まあ、これが今となっては音楽業界、いろんなところで「重石」になってるんだけどさ。
うん、正直言って、日本の人口比率から言えば、この売り上げ傾向は「過剰売り上げ」だったんだよ。 でもその後も重しが抜けたように、売り上げ傾向はどんどん膨らんでいくんだけどさ、90年代は。


ちなみに、個人的には、上で書いたように、この「慟哭」もそうだけど、キョンキョンの「優しい雨」もそれほど引っかからなかったんだよな。
アイドル2大対決だったわけだけども、正直、ほとんど素通りだった。

まあ、両者、曲自体に引っかからなかった・・・ってのが一番大きいんだけども、どうなんだろうねぇ、80年代アイドルの「残像」ってしか映らなかったってのもあるんだろうな。

 簡単に言えば、ヒト時代の前のタイプの曲じゃん・・・って思うところが強かったって言うかさあ、新鮮味を感じなかったんだよな、両者とも。
 この「慟哭」の作詞は中島みゆきさん、作曲は後藤次利氏っていう工藤さんとしてはヒットが期待できる強者な作家だったわけだけども。 でもねそれは、あくまで80年代までの話で。。。
時代は90年代に入って4年目だったし、だから、どうしてもアナクロに写ってしまう。
もっと新しい何かを含んだ音楽に期待してたんだよね、当時はさ。




 


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

トラ!トラ!トラ! / シブがき隊

1986_02_トラ!トラ!トラ!_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「トラ!トラ!トラ!」シブがき隊です。

まずはデータでするぞ。

・タイトル     トラ!トラ!トラ!
・アーティスト   シブがき隊
・作詞       森雪之丞
・作曲       後藤次利
・編曲       鷺巣詩郎
・リリース日    1986年1月22日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 9.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1986年2月3日〜2月10日付

今回はマクラ無しで、のっけから「本題」。

えーと、今回セレクトしてきた曲はシブがきの「トラ!トラ!トラ!」。 
これまで、ジャニーズ関係でも、たのきんのまっち先生、トシちゃんについてはかなり曲を書いてきたんだけども、その流れで次のシブがきの曲は、実は、まだ意外と残ってるんだよな。

いままで、「書けなかった」・・・って言う訳じゃないんだけども、なんとなく残っちゃったのね。 ま、一番の理由は、シブがきの曲って、動画が少ないんですわ。
うん、この1曲セレクトでは、最後に動画リンクを入れてるからさあ、だから、動画がない曲だと、ついつい飛ばしたくなっちゃうんだよね。

だから、結構久しぶりのシブがき・・・っていう気もするなぁ。

動画ないっていうのは、まあ、「元」ではあれジャニーズって事もあるんだろうけどね、 それよりはもそれだけ人気薄・・・っていうか、今となっては「記憶」に残る曲が少ない・・・って事なんだろうなぁ。

そんなこともありーの、正直、今回引っ張ってきた「トラ!トラ!トラ! 」が、どれだけの方が覚えてらっしゃるかは、不安ですねぇ。
 自分の中では、まあ、音源も持ってるし、しょっちゅう聴いてるし・・・ってところなんでね、つい最近の曲っていうイメージもあるんだけども、気がついてみれば、リリースから31年も経ってるんだもんな。

この曲、シブがきとしては、久々に「濃い曲」っちゅうかねぇ、ストレートなロック歌謡でしたね。 ヘビメタ歌謡ってくらい、「濃い味」の曲が、初期のシブがきの代名詞って感じだった訳だけど、 この曲の辺りになると、それまでの「ヘビメタ歌謡」調の曲は少なくなってきてたからなぁ。
 この曲の前が「KILL」っていうミディアム調の大人しい曲だったからなぁ。 っていっても、この「KILL」も今となっては知る人ぞ知る・・・って感じの陰が薄い曲だからさ、どれだけの方が覚えてらっしゃるかは不安だけども。。。

そんなミディアム調に続いて、久々にストレートなロック調が来た訳でさ、個人的には、「やっとシブがきらしい曲が戻ってきた」・・・なんて喜んだもんだよな。
 
うん、個人的にも、この曲は、比較的気に入ってたんだよな。 いまだにこの曲聴くと、86年の1月、2月・・・あの頃をしっかりと思いだすしさあ。
 例えば、部活の打ち上げをお好み焼屋でやった時に、こっそりと「酒」をしのばせて飲んだよな・・・この頃・・・とかさ そそそ、この曲聴くと、あん時の模様が脳裏に浮かんでくるんだよなぁ・・・因果なもんで
 

ところで、「トラ トラ トラ」っていうと、真珠湾攻撃の奇襲作戦に成功せり・・・っていう暗号電文ってことが有名な訳で、まあ、この曲自体も「恋の奇襲作戦」っていうところでの暗号にかけてるんだと思うんだけどもね。

 たださ、それとは別に、この前の年は「阪神タイガース」が日本一になった年ですよ。 例のバース、掛布、岡田、3人がそろった、史上最強メンバーだった時の。時は「トラフィーバー」だったんだよね。

だからさ、それにもかけてたんだろうね。 ま、その証拠に、ジャケ写からして「トラ」模様だったりするしさぁ。


動画、ない・・・・・とおもってたら、やっとみっけた・・・ と思ったらリンクで出来へんわー。

しょうがないんで、直リンク。 もし見たい方は、↓をどうぞ

https://www.youtube.com/watch?v=Req4zYMz4mk&list=PL5DKbuA2oN2IIFKrrfewhyu3mamWKwoHW&index=117


ちなみに、この曲がリリースされた10日後に、早くも次の曲がリリースされたんだよな。
それが「スシ食いねぇ」ですわ。 
まあ、この「トラ!トラ!トラ!」が定期のリリースで、「スシ食いねぇ」は、あくまで臨発なんだけどさ。
でも、後々「スシ食いねぇ」の方が認知度高くなっちゃったからなぁ。 臨時発売なのに、こっちの方が売り上げが上だったしさあ。。。
 そんな影響で、陰が薄くなってしまった「トラ!トラ!トラ!」だったりするんだよな。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

泣いちっちマイ・ハート / 風見慎吾

1983_12_泣いちっちマイハート_風見慎吾


今回の1曲セレクトは、「泣いちっちマイ・ハート」風見慎吾どぇす!

まずはデータだっぺ

・タイトル     泣いちっちマイ・ハート
・アーティスト   風見慎吾
・作詞       森雪之丞
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1983年11月16日
・発売元     フォーライフ
・オリコン最高位 13位
・売上げ枚数  16.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位

1曲セレクトを始めて以来、これまでに書いてきた曲も1400曲余りになってきた。その中でも、やっぱり「80年代」の曲が一番多く、半分強の750曲程度、書いてきてんだよね。
 でも、さっすがにねぇ、この位書いてくると、いわいるヒットチャート上位の曲って大分書いてきていることになっている訳で、めぼしい曲もだいぶ少なくなってきてるんだよな。
 うん、みんなが知っているような曲だよね。 まあ、一部の「マニア」受けしそうな曲は、まだ残っているんだけども。。。

そう言う事もあり最近は、お客さん(アクセス数)もだんだん少なくなりつつあるんだよな。
やっぱり、みんな知っていて、かつ、今は死角なっているような曲っていうのが、みんな一番興味あるだろうしな。
「マニア」受けしそうな、知ってる人しか知らないような曲では、やっぱウケが悪いよね。

まあ、それだけじゃなく、ここの所、間を空けることも多くなったせいもあるけどさ。 
お客さんってシヴィアだからねぇ。更新回数が減って来ると途端に足を向けられなくなる。
しかも、一度アクセス数が減って来ると、なかなか挽回して出来ないのよ。再び上昇傾向に持ってくるのも大変なんだよね。
だからねぇ、ある一定のアクセス数を確保しようとすると、ガムバッて「新鮮」なトピックスを更新し続けるしかないんだよな。。。。。うむ、ブロガーっていうのも大変なのよ。

いわんや、これを「生業」にしてる方は、ホント大変だろうなぁ・・・・。

・・・なんて他人事のように書いてるけど、今回の曲も、恐らくは多くの方は忘れちゃってるだろうなぁ。。。

風見慎吾「泣いちっちマイ・ハート」

大体の方は「え?」だよね、きっと。

風見慎吾っていったら、どうしてもデビュー曲の「僕 笑っちゃいます」であり、少し知ってる方でも、85年1月の「涙のtake a chance」くらいまでだろうしなぁ。そそ「ブレイク・ダンス」の。

この「泣いちっちマイ・ハート」は、「僕 笑っちゃいます」に続く、第2弾シングルなんだけどさ、何分、「僕 笑っちゃいます」に比べると、売れなかったからなぁ。

ま、一応売り上げ的には、約17万枚・・・と数字上はそこそこ売れたように思えるけど、約34万枚売った「僕 笑っちゃいます」に比べると、半分以下だからねぇ。
言ってみれば、「僕、笑っちゃいます」の「余熱」でここまで売れたようにもんだからさ。ランキング的には、いきなりベストテン入り出来なくなっちゃってたしさ。

ま、曲自体、「僕 笑っちゃいます」の続編っぽい雰囲気があったんだよね。

いや、よりチープだったかもしれない。 そもそもイントロのシンセの音色からしてチープだったんだよね。
え? デモテープですか? のような。。。。

歌詞も、2番の ♪ ディスコで二人 はしゃいでも チークタイムには座るのさ〜 ♪ってあるけど、これ結構「え?」だったんだよなぁ。 「え? 座っちゃうの?」ってさ。 せめてチークタイムにゃ、チークダンス踊るんじゃなの?
とか。。。

なんかいちいち、気分が萎えちゃうような・・・っていうイメージの曲だったんだよね。

そんな所からも、この位売れれば御の字だったんじゃないかなぁ・・・とか思ったりして。
個人的に、もし、今の年齢で、当時この曲にぶち当たったら、恐らく、ほとんど聴いてなかったかもしれない、「ツマンネー」って。

でも当時は、それでも聴いてたわけだから、やっぱり、バイタリティーあったんだよな、ヒット曲に対してのさ。
素直だったんだよね。まだ、余計な事は何も考えなかったからさ。

個人的には、この曲がヒットした1983年は中学2年だったわけでさ。 それから見ると、巷で言われる「中二病」ではなかったな。もっと素直だったんだよな。

でも、wikipediaにある「売れたバンド(あるいはヒット曲)を「売れる前から知っている」とムキになる」っていう中二病の例にあるようなところはあったかもしれない。
 いや、確実にあったな。そのために、友達よりもヒット曲の情報を早く仕入れることに躍起になってたもん。必死こいてた。それで自分のアイデンティティを保ってたって言う部分も大きかったし。。。。

だからね、曲自体、ツマらなかろうがどうであろうが、何でもかんでも聴いてたってところはあるんだよね、当時は。

それに加えて、なにせ、この頃はラジオを聴いてたからなぁ。
ちょうど、この曲がヒットしてた1983年12月頃っていうと、父親方の爺さんが亡くなったり、それと並行して母方の爺さんが入院したりして、頻繁に田舎(福島・いわき)の往復を繰り返してたんだよね。

もちろん、往復は車だったからさ。
1983年当時は、東関東道は成田(空港)までしか通ってなかったし、常磐道もたしか石岡までしか開通してなかったんだよな。 
だから、千葉からいわきまで、ひたすら下道(一般道)で往復ですよ。 片道6時間かかったんだよな。
高速一本で行けるようになった今じゃ、片道3時間半もあれば悠々着けるけどさ。
当時は日立市内を抜けるのが大変だったんだよ。大体渋滞してたな。そそそ、日立の渋滞が酷い時は、片道7時間以上かかったこともあったな。

その間、ほとんどずっと、ラジオをかけっぱなしだったからさあ。 
だからね、この当時のヒット曲というと、あの時、往復していた車の中の光景が脳裏に浮かんでくる。

この曲もこ多分にもれずでさ、この曲聴くと、西日が当たった「潮来」付近の光景が浮かんでくるんだよな。
車の中で、よく文化放送の「全日本歌謡選抜」聴いてたんでさ、この曲の時、丁度、「潮来」辺りを走ってたんだろうな、きっと。


動画・・・落ちてないなぁ。。。。そんなところからも、この曲が、今となっては如何にマイナーな存在になってしまっているか分かるよなぁ。
今まで、この曲を書いてなかったっていうのは、ま、確かに、個人的にそれほど印象に残っている曲じゃなかったこともあるけど、動画が落ちてないってのもあったんだよな。

でも、挫けませんよーだ。 探してみたら「中国」のサーバーにあった。。。それをリンク。

http://www.zhuatieba.com/video/XODQyMTk5NjQ4.html


多分繋がると思うけど、見れなかったらスミマセン。。。
懐かしの「週刊・欽曜日」。うむ、いま「金スマ」やってる枠でやってた、伝説のバラエティですわな。そそそ「欽ちゃんバンド」ってやつ。
まあ、ウタはウマくないけど・・・、でも時代は感じるわな。。。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

Hey!Bep-pin / シブがき隊

1983_09_Hey!Beppin'_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「Hey!Bep-pin」シブがき隊です。

まずはデータです。

・タイトル    Hey!Bep-pin
・アーティスト  シブがき隊
・作詞      森雪之丞
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1983年8月8日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 23.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1983年8月22日〜10月3日付

ここ暫く「ジャニーズ」の割合が多くなっているような気もしないでもないな。昨日もトシちゃんだったしなぁ。。
・・・なんてグチのように書いてるワタシですが。。。  今回もジャニーズどぇす

まあね、80年代以降「ジャニーズ帝国」と揶揄されるほど、ユニットが出現し、曲もリリースされているんで、セレクトする確率もおのずから高まる・・・と言うところなんですが。。。。

・・・でもって、今回引っ張ってきた曲

シブがき隊「Hey!Bep-pin」 

タイトルを見る限り、イロモノっぽいなぁ・・・っていう感じがしないでもないけど、内容的にも結構イロモノっぽい曲でしたよね。 ・・・なんて書いたら、当時のシブがきファンに怒られちゃうかしら

まあ実際の所は、イロモノというよりは、作詞者の森雪之丞氏の「コトバ遊び」が凄い曲なんだけどね。

デビュー曲の「NAI NAI16」から、シブがきの曲に関わって来ていた森雪之丞氏だけど、確かに初めから歌詞の方向性は、かなりポップだったし、一般人には良く分かんない世界だったりしたけど、それがだんだんエスカレートしてきて、ついにこの曲で、言葉遊びの極致に辿りついちゃったかなぁ・・・なんて感じたりしたな。

当の森雪之丞氏も、この曲「Hey!Bep-pin」の出来にはご満悦だったようで、月刊明星付録Youn Songの1984年7月号の「人気作家インタビュー」では、「持てる技を全て使った」曲って答えてたりするんだよね。
 雪之丞氏、当時目指していた曲って言うのが、「英語のようで英語ではない日本語。しかも擬態語は使わない」って事だったようで、その目指していたところに一番近かったのが、この「Hey!Bep-pin」だった・・ってことだったようなんだよね。

たしかに、一見よく分かんないような「コトバ」の羅列が並んでいるように感じるんだけども、「歌詞」としてみると、ちゃんと意味が通じるんだよな。
 しかも、後藤氏のメロディにきちんと嵌まっていてイヤミがない仕上がりになってるしな。前作「ZOKKON命」に比べてもポップだしね。
まあ、その辺が、流石はコトバの魔術師、森雪之丞・・・って感じがするよなぁ。

当時は、作曲家もそうだったけど、作詞家の方たちも個性が強かったですからねぇ。
物語作りの天才、松本隆、女性を書かせたらピカ一だった、なかにし礼、 そういえば「企画屋」作詞家として秋元康氏が出てきたのも、この頃だったんだよな。
その中でコトバ遊びといったら森雪之丞氏・・・って感じだったよね。

 コトバ遊びと言っても、安っぽいコトバが並んでいる訳ではなく、普段は死角になっているような語彙を引き出して来るのが天才的にうまい作詞家・・というかね。
しかも、雪之丞氏は、自分で作曲もしたりしたんで。。。   そそそ、この曲の前年の堀ちえみ「とまどいの週末」なんかは雪之丞氏の作曲でしたよね。
だからね、メロディとの親和性がつよいコトバ選びにも長けていたっていのうが、他の作詞家とは違っていたんじゃないかなぁ。

そういうコトバ遊びの中で、コトバとメロディのシンクロ・・・というか親和性もこの曲には、あったんじゃないのかなぁ。 そう言う意味でも雪之丞氏も満足だったのもかもしれないな。




シブがきって、意外といつも動画が少ないんだけども、この曲もこの「歌謡大賞」の時のしか上がってないんだよな。
上げてもすぐ消されちゃうのか、それともすでに忘れられてしまったのかよく分かんないんだけどさ。
まあ、3人ともすでにジャニーズじゃないんで、ジャニーズから消されてるって事はあんまりないと思うんだけどね。

・・・というか、この3人が昔は、ジャニーズだった・・・っていうの知らないヒトも、もう大分いるんだろうなぁ。
特に本木なんて、最近じゃ「昭和天皇」までやってしまう、日本を代表する俳優になっちゃったからなぁ。

 
よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

-3℃ / ゆうゆ

1987_08_-3℃_ゆうゆ


今回の1曲セレクトは、「-3℃」ゆうゆです。

まずはデータです。

・タイトル     -3℃
・アーティスト  ゆうゆ
・作詞       及川眠子
・作曲       後藤次利
・編曲       佐藤準
・リリース日   1987年7月22日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  9.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1987年8月10日〜8月17日付

ここ何日か、80年代「女性アイドル」から離れたところで曲を書いてきたけど、結局戻って来るところはここなのね・・・とばかり、またまた80年代アイドルどぇす。。。

・・・と言っても、今回は、ほんの少し変化球で行きますか。

ゆうゆ「-3℃」。

もしかして、「ゆうゆ」なんて書いても、「誰?」なんて言う方もいらっしゃりますかねぇ
まあ、ワタシと同年代で、おニャン子「どストライク」な世代な方は、やもやそう言う方は居ないと思うけど、少し年代が下の方は、知らない方もおおいよね、きっと。

その昔、おニャン子クラブの一員、会員番号19番の岩井由紀子さんのニックネームが、そのままアーティスト名になっちまった・・・って訳ですわね。

で、ソロデビューの前は、現秋元康夫人の高井麻巳子様と、2人ユニット「うしろゆびさされ組」を組んでいたのは、まあ有名すぎるくらい有名な訳で、87年3月にソロデビュー。
今回セレクトしてきた「-3℃」は、そのソロ第2弾と言う訳ですわね。

個人的には、ソロデビュー曲だった、「天使のホディーガード」なんてのは好きだったんだよな。なんかホンワカした曲で。。
 まあ、このヒトのいわいるベビーボイスがホンワカした気分になっちまうんだけどさ。「うしろゆび」での実績もあったし、人気もそこそこあったんで、当然オリコン1位だよな・・と思っていたところ、最高位は2位止まり。
(その時の1位は、菊池桃子「アイドルを探せ」)

それに続く、今回ひっぱってきた「-3℃」もオリコンでは最高位2位止まり。(その時の1位はBOOWY「マリオネット」。アイドルではなくロック系に1位を阻止されたと言うところが時代の流れを感じる。時代はアイドルからロックに移ってきてたんだよね)

そんなわけで、結局、このヒトは、ソロとしてはオリコン1位は獲れなかったんだよね。

まあ、おニャン子としては「最後期」だったし、特に、この「「-3℃」は、夕やけニャンニャンが終了する1か月前ということもあり、「おニャン子」という「印籠」も効果がだいぶ薄くなってた時期だったしな。
 逆に言えば、そう時期に、オリコンではベストテンに「3週」入ったって方が不思議・・・というか、「頑張った」方なんだけどさ。

うん、この頃になると、初登場で1位をとっても、翌週はベストテンから消えていた・・・なんていう、まるで今と同じような「落下傘」チャートアクションのおニャン子の曲も多かったからな。
 つまりは、もう、おニャン子関連の曲も、コアなおニャン子オタクシカレコードを買わなくなっていた訳よ、この頃は。
 そう言う時期に2週ベストテン入りさせた・・・ってことは、少なくともまだ一般のお客さんが付いていたって事でしたからねぇ。


で、肝心の曲の方なんですが・・・。正直言って、タイトルの「-3℃」ってどういう意味ですか? って聴きたくなるくらい、内容が良く分かんないんだよね、個人的に。
まず、もって歌詞カードがないと、歌詞の内容が良く聴き取れなかったんだよな。
だからね、一体何の事を歌ってんだろう・・・っていうのが、よく分かんないまま、ずっと聴いていた・・・って感じなんだよなぁ。
ちなみに、この曲の作詞は、秋元康氏ぢゃなく、及川眠子さん。  

メロディの方も、良くも成し悪くも無し・・・って感じかなぁ。ここって言うポイントのメロディも・・・どうも見当たらないしなぁ。
 とりあえずは、60年代のアメリカンポップス・・・例えば、1910フルーツガムカンパニーの「サイモンセッズ」とか、そのあたりの、当時から言っても「懐かしめ」のサウンドが、逆に新鮮に聴こえたっていうところが、この曲の「肝」の部分なのかなぁ。



ネットの書き込みにも多く書かれてる事だけど、このVTRを見る限りでは、例えば、29年の時を越えて、あの時の、ゆうゆが今現れても、アイドルとして充分やっていけるんじゃないですかねぇ。
今は、「声優系」のお陰で、「ふつう」の声質よりもベビーボイスの方が、業界的な受けもいいからなぁ。
逆に言えば、あの頃から29年も、アイドルって言う本質の部分は、なんにも変ってないって事なんだけどさ。。。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村
記事検索
livedoor プロフィール

かじやん

QRコード
QRコード