かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

後藤次利

DJ in My Life / シブがき隊

1985_04_DJ in My Life_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「DJ in My Life」シブがき隊です。

まずはデータです。

・タイトル    DJ in My Life
・アーティスト  シブがき隊
・作詞      JOEY CARBONE
・作曲      JOEY CARBONE
・日本語詞   売野雅勇
・編曲      後藤次利
・リリース日   1985年4月3日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  17.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1985年4月22日〜5月27日付
・タイアップ:映画「バローギャングB.C」主題歌

自分が思ってたヒット時期と、実際のヒット時期がずれて覚えている事ってあるんだよなぁ。
こんな事、最近随分多くなってきたような気がする。 昔はこんなこと無かったんだけどなぁ。 地頭は偉そうに言えるほど良かないけど、記憶力だけは自信あったんだよな、昔は。。。。
ジジイだね、ワタシも。

今回の1曲セレクトは、そんなヒット時期を間違えて記憶していた曲をひとつ。

シブがき隊「DJ in My Life」

この曲さあ、85年にリリースされたって事は覚えているんだけども、リリースは2月だとばっか思ってたのね。
だからさ、2月にこの「1曲セレクト」で書こう・・と思って用意してたんだけど・・・。
実際書き初めて、リリース日調べたら4月だったのよ。。。

あれ〜 そうだったけなぁ・・・。 85年の春と言ったら、中学校を卒業し、高校に入学した頃だ。
なんで、だいぶ環境が変わった訳でさ、それに引っかけて当時のヒット曲も覚えているからさ、間違い様がない・・・筈だったんだけどね。。。。

たしか、この曲を初めて聴いたのは、まだ高校受験が終わりきって無かった頃・・・・だったような。。。

う〜ん・・・・。 やっぱしあれから32年経つと記憶も曖昧になっちゃうんですかねぇ。。。

そうか、ヒットしてたのは、高校に入学してからだったか。。。。

それにしては、この曲を聴くと、まだ、寒かったよな・・・っていう印象を強く受けるんだよな。。。
そそそ、昔のヒット曲って、聴くと、当時の匂いがしてくるじゃん。それと温度感とかさあ。 それからすると、まだコートを着てたような温度感を感じるんですよ、この曲からは。


・・・・いや、まてよ。。。。

思い出した。。。    

そうだ、この曲、85年のゴールデンウイークに会津と裏磐梯へうちの家族と、オヤジの会社の同僚家族とドライブ旅行に行ったときに、頻繁にラジオから流れてたんだ。。。

・・・とすると、やっぱり、今の時期のヒットだったんだよな。。。

まあ、考えてみりゃ、この曲の前の曲「男意ッ気」のリリースが1月だったんだよな。 うん、これはよく覚えてる。
明星の付録の歌本「Young Song」の85年2月号の新曲に出てたのをはっきり覚えてるんで。。。

だとしたら、当時新曲リリースは3ヵ月ローテーションだったから、次の新曲は4月になるはずだからさ、計算が合う訳よ。


あー、前置きが長くなった。。。

この曲、シブがきには珍しく、カバー曲だったんだよね。 もともとは、向こうの「アニー」っていう女の子が歌った曲でさ。 あの頃ホンダのCMに使われてたんだよな。

・・・・とネット上に書いてあることをそのままコピペしたりしてさ。。。

・・・っつか、完全に忘れてるワタシが居たりして。。。 CM曲ねぇ・・・そうだったっけ。。。 そうだったような気もする。。   

曲を聴いてみた

↓ コレ


あー、そうそう、あったよね、コレ。。。

でもさ、 個人的には、この曲というと、シブがきなんだよなぁ、完全に。

ま、確かに、それまでのシブがきのような、イロモノに近いヘンチクリンな曲ではなく、至極まともな曲だった・・・っていう印象は強い。
 そういう影響なのか、暫く売り上げが減少傾向で、流石に人気のピークは過ぎたよな・・・なんて思われたシブがきだったけど、この曲では、久しぶりに売り上げが伸びたんだよね。

とは言っても、前曲より数万枚程度だったけど・・・。

で、シブがきのこの曲と言ったら、映画「バローギャングB.C」の主題歌だったってことだよな。
そそそ、シブがきの3人が主演の。。。

なんて言ってもねワタシャ見てないけど・・・。 確か、ヒロイン役として、このすぐ後にレコードデビューした、松本典子さんと網浜直子さんが出てたんだよな・・・ってくらいしか知らないんだけどねぇ。

シブがきの先輩格だった、たのきんは、例の「たのきん映画」を既に止めていたのに、シブがきはまだ続けていたんだな・・・っつうことで印象に残ってたんだよな。

まあ、それだけって言えばそれだけなんだけど。。。

ところでさ、映画タイトルの「バローギャングB.C」の「B.C」って一体何なのか・・・。当時は全然分かんなかったんだよな。「紀元前」のことか・・・とか
今、調べてみたら、ボニー&クライドのことらしいわね。「俺たちに明日は無い」の。。。

なんじゃいそりゃ・・・って言う感じもするけど、そんな感じだったんだよね、30数年前の日本映画のレベルって。。。





うーん、オリジナルの「アニー」バージョンと並列で並べると、やっぱシブがきバージョンの方は、ダッタダサだよねぇ。
今だったら、かなりオリジナルと変わらないくらいのクオリティになるけどさ、カバー曲も。 
例えば、今のディズニー映画の「モアナと伝説の海」だっけ  それの主題歌「どこまでも〜How Far I'll Go」なんてさ、オリジナルもカバーも両者遜色がないじゃん。

でもさ、32年前はと言うと、向こうと、日本と・・じゃ、まだまだ大きな隔たりがあったんだよな、音楽のクオリティって言う面でさ。

それでも、個人的にはダッサダサの方が好きだったんだけどね。



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やったね!春だね!! / ソフトクリーム

1984_04_やったね春だね_ソフトクリーム


今回の1曲セレクトは、「やったね!春だね!!」ソフトクリームです。

まずはデータだっちゃ!

・タイトル     やったね!春だね!!
・アーティスト   ソフトクリーム
・作詞       森雪之丞
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1984年2月21日
・発売元      フォーライフ
・オリコン最高位 109位
・売上げ枚数   -  枚

すっかり暖かくなりましたね。おかげで、なかなか咲かなかった家周辺の桜も、まだ満開ではないけど大分咲いて来ましたわ。

本当だったら、今日あたりは「春です!」と景気よく行きたかったんだけど、こぬか雨に濡れておりますわ。

でも、まあ、今回の1曲セレクトは「春です!」と叫びたかったために、少し前から当たりをつけていた曲をひとつ。

ソフトクリーム「やったね!春だね!!」

ざざーん! みなさん覚えてますかぁ〜 ソフトクリームですよぉ〜

と叫んで、返答がある方は、そこそこ気合が入った80年代アイドルファンですよねぇ。
あるいは、ワタシと同年代の方ってところかなぁ。

ま、いずれにしても、80年代中期の「B級アイドル」⇒マイナーアイドル ですわ。

いや、「B級」と書いたけども、オリコンの売り上げ実績からすると「C級」アイドルと言っても過言じゃない。 なにせ、7枚のシングルをリリースして、1枚も「ベスト100」に入らなかったんだから。。。。

とりあえず、今回引っ張ってきた「やったね!春だね!!」がオリコンではランクが一番上ってことなんだけども、それでも最高109位ですヨ。

普通、オリコン100位以下なんてしらねーよなぁ・・・って感じなんだけどさ

とりあえず当時の「オリコンウイークリー」は、シングルの101⇒200位も載ってたんでね。当時のチャート小僧はそこそこチェックしてたんだよね。

ただ、今でこそ101位以下も売り上げ枚数を公表しているけど、当時は100位までしかカウントしてなかったんでね。 最高109位だと、売り上げ枚数は不明。

・・・・っつうことで、↑のデータも「−」にしてありまする。。。。


まあ、今でいえば、完全にインディーズアイドルだよね。あるいは地方アイドルとか。

その割には、当時、結構テレビには出てたんだよな、このコたち。

メンバー

・遠藤由美子
・天野千英
・大塚真美

の3人。

レコードは売れなかったけど、結構テレビに出てた・・・っていうのは、まあ「ナベブロ」所属だったってところが、多分にありますわな。

曲はねぇ、今聴くと、なるほどな・・・と理解できる部分が多いけど、84年当時は、ぶっ飛びましたわな、この曲には。

一体、なんなんだ? って感じでさあ。

言ってみれば「イロモノ」ですよね。 アイドル特有の「軽〜い」サウンドに、森雪之丞氏特有のぶっとんだコトバ遊び風の歌詞が乗っかってる。

簡単に言ってしまえば、ウナギのように掴みどころが無いんだよね。 「そうか」と思えばスルスルスルッと逃げて行ってしまうと言うか。

個人的に、よくシングルは「刺さらなぎゃ行けない」って書いてるけどさ。 84年当時、シングルっていうのは、そう言うモノだったんだよね。シングルってアーティストのとっては名刺のようなもんだから、より多くのヒトにどう刺さるかっていうのが、重要だし、そう言う「ココ」って言うインパクトがキャッチーな曲が多かった。

この曲はねぇ、そういうところを感じないんだよね。 ぬるぬるぬると逃げて行くっていうかさあ、実態を感じない・・・というか。

例えば、S級アイドル、中森明菜が「北ウィング」で ♪ LOVE IS THE MYSTERY〜 ♪ なんて「気合」が入った歌を聴かせていた時代ですよ。

それなのに、このコたちと来たら

♪ 野原いっぱい揺れるつくしんぼ (むっくむく)〜 ♪   なんてさあ   思わず「ばかやろー」なんて叫びたくなる世界観な曲なわけじゃん

84年当時、オリコン100位に入らなったっていうのは、そう言う部分が多分に影響していたんだろうね。


個人的に、B級アイドル物ってあんまり聴かないし、だから正直詳しくないんだけど、ただね、なぜかこの曲は音源が手元にある。

オリコン100位にも入らなかった曲のシングルを持っているのね個人的にもほとんどないんだけどさぁ。

↑で掴みどころがない・・・なんて書いてるくせにムジュンなんだけどさあ、結局はどこかに耳に残っちゃってたんだろうな。

いや、いい曲云々の前に、84年の春って言うの考えた時に、どうも切り離せなかった・・と言うかねぇ。
ブツブツ文句言いながらでも、それだけ耳にしてたって事なんだよね当時。


ただね、そういう「実態」を感じない曲⇒アイドルっていう存在も、84年1年間を通して境に急速に一般的になって行く。

あ〜、分かりにくく書いてしまった。 簡単に言えばシロート的なアイドルが一般的になって行く。
それが顕著に表れたのが、85年のおニャン子クラブって訳なんだけども、このヒトたち⇒ソフトクリームなんかは、おニャン子的なんだよね。

Wikipediaなんかみると、おニャン子のプロトタイプなんて書いてあるけど、まさにそうで、ウタがウマい訳でもないし、さして美人ぞろいでもない。 どこにでもいるようなコたちがアイドルとしてテレビで歌ってるっていう感じで。

しかも、曲が、おニャン子たちに怒涛に曲を書いて行くことになる後藤次利氏だったりして、今見ると、まるでおニャン子って感じなんだよな。

でも、おニャン子がデビューするのと、入れ違いにこのヒトたちは解散。
結局、「シロートアイドル時代」を経験することなく、表舞台を去ることになる。

そう考えると、このコたちは、ちょっと早くデビューし過ぎたのかもしれないな。 もし、85年以降のデビューだったら、少なくとも1枚もオリコンベスト100に入らなったって事は無かったろうし。

この曲にしたって、そこそこランクは上がっていたかもしれないな。



なに「ウンコ」もって歌ってんの? とか思われる(・・・思わないか)かもしれないけど、これソフトクリーム型のマイクカバーですわな。
如何にも「アイドル」っぽい演出。

それにしても、当時を知らないヒトからすれば、ほとんど「おニャン子」だよね。
曲にしても、シロートっぽい歌いかたにしても。
でも、実際は、おニャン子出現の1年前なんでね。

こと「オンガク」には厳しいといわれるナベプロらしからぬ・・・とでも言いますかねぇ。








慟哭 / 工藤静香

1993_03_慟哭_工藤静香


今回の1曲セレクトは、「慟哭」工藤静香です。

まずはデータですよ〜

・タイトル    慟哭
・アーティスト  工藤静香
・作詞      中島みゆき
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1993年2月3日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  93.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1993年2月15日〜4月12日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「あの日に帰りたい」主題歌

え〜、本日2曲目の「1曲セレクト」どぇす。
え? また書いたの? ・・・とか言われそうだけど、ま、さっき書いたツイストの「性(さが)」は、半ば思いつきのまま衝動的に書いた訳でさ、当初、今日書こうと思ってたのは、こっちの曲なんだよね。

それはそうと、先日のネットニュースで、フジテレビの「月9」が青色吐息の状態っていうことが出てましたなぁ。
個人的には、いいかげん月9に頼るのも止めたらど〜お って思うんだけどねぇ。
もうさ、90年代じゃないわけじゃん。トレンディドラマな時代じゃないんだよね。 まあ、現フジテレビ社長が、ドラマ班出身あり、月9育ちということで止めるにやめられないんだろうけどさぁ。

でもねぇ、いつまでもあの時代を夢想しているって言うのは時代錯誤だと思うしねぇ。

まあ、「じゃあ、オメーはどーなんだよ」なんて言われると、反論できなかったりもするんだけどさ

でも、ビジネス上の話として、実際の数字を見ちゃうと、そう思っちゃたりしてね。


・・・・ということで、今回の1曲セレクトは、まだまだ「月9」が元気で、ステータスがあった「あの時代」、そんな月9ドラマの主題歌だったこの曲を。

工藤静香「慟哭」。

この曲は、93年1月期の月9ドラマ「あの日に帰りたい」の主題歌。

ただね、個人的にはこのドラマ、見てなかったよなぁ。 だからさ、どういうドラマだったかはよく分かんない。
視聴率もネットで調べたところ、平均15%程度と、当時の月9にしては取りたててよかった訳じゃない。
 この次の93年4月期の「ひとつ屋根の下」が平均視聴率28%(最高視聴率37.8%)だった事を考えると、かなり低迷だったんだよね。

確かに「ひとつ屋根の下」は、ワタシも見てたしなぁ。

それでも、そんなドラマの主題歌だった、この「慟哭」はの売り上げは93万枚もあった訳だからねぇ。
そそそ、これが工藤静香さんにとっては、「最高売り上げ」のシングルなんだよね。 ま、まだ一応は現役のアーティストであり、もしかしたら、これを更新する曲が今後出てくるとも限らない・・・・・・うんにゃ、余程の事が起きない限り、出てこないよな・・・きっと。

ただ、・・と言う事は、工藤静香さんって、シングルではミリオンセラーが1作もないってことなのよね。
これは意外かなぁ。80年代から活躍してる当時のトップアイドルを見ると、工藤さんレベルの女性トップアイドルのヒトたちは、大概1作はミリオンセラーの持ってるもんね。

あ゛、そう言えば、中森明菜さんも、ミリオンは1作もなかったな。 

どうなんだろうねぇ、アイドルの中でもどこか陰があるような大人っぽいアイドルの2大巨頭がミリオンを持っていないって言うのは。
 やっぱり、アイドルっていうのは「大人」っぽ過ぎても、必ずしも良いって言う訳ではないってことなんだろうねぇ、きっと。


あ、ちょっと話がずれた。。。「月9」の話だったね。
ま、いずれにしても、それだけの売り上げを生み出す「力」があったわけなんだよね、当時の「月9」には。

なんせ、この曲の前後の曲は、大体30万枚前後ってペースだったからねぇ、当時の工藤静香さんの曲は。 そこに来ていきなり、「90万枚」だもんなぁ。

さしもの、ワタシも「月9」の主題歌ということで、ある程度は売れるだろうとは思ったものの、ここまで売れるとは思ってなかったんで、ちょっと泡食ったのを覚えてるなぁ。

ぢゃ、そこまで売れる曲だったのか・・・。

個人的には、サビまでのメロディを聴く限りでは、正直、そんなにいい曲だとは思わなかった。 その証拠に、この曲、長い事音源持ってなかったんだよね。それだけ当時は引っかからなかった・・・って事なんだけどさ。

でも、♪ 一晩中泣いて 泣いて〜 ♪ からのサビの部分は強いわな。一言で言えばキャッチー。

当時は「覚えやすい事。 キャッチーなメロディ」っていうのは、シングルとしてはある程度至上命題的なところがあったからねぇ。

そそそ「カラオケ」で歌いやすいってこと、そのために覚えやすい⇒キャッチーである事が一番ってところがあったからさ。

それを考えると、「月9」の主題歌であった事以上に、サビからのキャッチーさ、キャッチーだからこそインパクトに繋がって、ここまでの売り上げ枚数に繋がったのかもしれないな。

それと幸運だったのは、キョンキョンの「優しい雨」が、この曲と同日リリースだったって事もあるかなぁ。
2大アイドルが同日リリースってことは、それまでもそれ以後もあんまり頻繁には無い事だからねぇ。
当時、それも話題になったような気がする。 
奇しくもキョンキョンの「優しい雨」も同じようにドラマの主題歌だったし(こちらはTBS系金曜ドラマの主題歌)・・・。  そんなことでも話題になったよな。

それもあってか、ランキング的には、熾烈なトップ争いを繰り広げたよなぁ。

初登場時1993年2月15日オリコンランキング。

1位 慟哭    工藤静香   242,670枚
2位 優しい雨  小泉今日子  234,910枚

なんていう、8千枚弱での僅差デッドヒートなランク争いもさることながら、週間売り上げ枚数も高レベルでのデッドヒートだったからなぁ。 ま、上記のとおり結局のところ、この「慟哭」がキョンキョンを振り切って1位を獲得した訳なんだけども。。

ちなみに、この週の週間売り上げは6位までが10万枚以上。 10位で7万5千枚・・・なんちゅうとんでもない高レベルな売り上げ枚数だったんだけどさ。。。。 
今と比べると、いかにとんでもない時代だったか・・・って事が良く分かるよなぁ。。。まあ、これが今となっては音楽業界、いろんなところで「重石」になってるんだけどさ。
うん、正直言って、日本の人口比率から言えば、この売り上げ傾向は「過剰売り上げ」だったんだよ。 でもその後も重しが抜けたように、売り上げ傾向はどんどん膨らんでいくんだけどさ、90年代は。


ちなみに、個人的には、上で書いたように、この「慟哭」もそうだけど、キョンキョンの「優しい雨」もそれほど引っかからなかったんだよな。
アイドル2大対決だったわけだけども、正直、ほとんど素通りだった。

まあ、両者、曲自体に引っかからなかった・・・ってのが一番大きいんだけども、どうなんだろうねぇ、80年代アイドルの「残像」ってしか映らなかったってのもあるんだろうな。

 簡単に言えば、ヒト時代の前のタイプの曲じゃん・・・って思うところが強かったって言うかさあ、新鮮味を感じなかったんだよな、両者とも。
 この「慟哭」の作詞は中島みゆきさん、作曲は後藤次利氏っていう工藤さんとしてはヒットが期待できる強者な作家だったわけだけども。 でもねそれは、あくまで80年代までの話で。。。
時代は90年代に入って4年目だったし、だから、どうしてもアナクロに写ってしまう。
もっと新しい何かを含んだ音楽に期待してたんだよね、当時はさ。




 


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トラ!トラ!トラ! / シブがき隊

1986_02_トラ!トラ!トラ!_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「トラ!トラ!トラ!」シブがき隊です。

まずはデータでするぞ。

・タイトル     トラ!トラ!トラ!
・アーティスト   シブがき隊
・作詞       森雪之丞
・作曲       後藤次利
・編曲       鷺巣詩郎
・リリース日    1986年1月22日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 9.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1986年2月3日〜2月10日付

今回はマクラ無しで、のっけから「本題」。

えーと、今回セレクトしてきた曲はシブがきの「トラ!トラ!トラ!」。 
これまで、ジャニーズ関係でも、たのきんのまっち先生、トシちゃんについてはかなり曲を書いてきたんだけども、その流れで次のシブがきの曲は、実は、まだ意外と残ってるんだよな。

いままで、「書けなかった」・・・って言う訳じゃないんだけども、なんとなく残っちゃったのね。 ま、一番の理由は、シブがきの曲って、動画が少ないんですわ。
うん、この1曲セレクトでは、最後に動画リンクを入れてるからさあ、だから、動画がない曲だと、ついつい飛ばしたくなっちゃうんだよね。

だから、結構久しぶりのシブがき・・・っていう気もするなぁ。

動画ないっていうのは、まあ、「元」ではあれジャニーズって事もあるんだろうけどね、 それよりはもそれだけ人気薄・・・っていうか、今となっては「記憶」に残る曲が少ない・・・って事なんだろうなぁ。

そんなこともありーの、正直、今回引っ張ってきた「トラ!トラ!トラ! 」が、どれだけの方が覚えてらっしゃるかは、不安ですねぇ。
 自分の中では、まあ、音源も持ってるし、しょっちゅう聴いてるし・・・ってところなんでね、つい最近の曲っていうイメージもあるんだけども、気がついてみれば、リリースから31年も経ってるんだもんな。

この曲、シブがきとしては、久々に「濃い曲」っちゅうかねぇ、ストレートなロック歌謡でしたね。 ヘビメタ歌謡ってくらい、「濃い味」の曲が、初期のシブがきの代名詞って感じだった訳だけど、 この曲の辺りになると、それまでの「ヘビメタ歌謡」調の曲は少なくなってきてたからなぁ。
 この曲の前が「KILL」っていうミディアム調の大人しい曲だったからなぁ。 っていっても、この「KILL」も今となっては知る人ぞ知る・・・って感じの陰が薄い曲だからさ、どれだけの方が覚えてらっしゃるかは不安だけども。。。

そんなミディアム調に続いて、久々にストレートなロック調が来た訳でさ、個人的には、「やっとシブがきらしい曲が戻ってきた」・・・なんて喜んだもんだよな。
 
うん、個人的にも、この曲は、比較的気に入ってたんだよな。 いまだにこの曲聴くと、86年の1月、2月・・・あの頃をしっかりと思いだすしさあ。
 例えば、部活の打ち上げをお好み焼屋でやった時に、こっそりと「酒」をしのばせて飲んだよな・・・この頃・・・とかさ そそそ、この曲聴くと、あん時の模様が脳裏に浮かんでくるんだよなぁ・・・因果なもんで
 

ところで、「トラ トラ トラ」っていうと、真珠湾攻撃の奇襲作戦に成功せり・・・っていう暗号電文ってことが有名な訳で、まあ、この曲自体も「恋の奇襲作戦」っていうところでの暗号にかけてるんだと思うんだけどもね。

 たださ、それとは別に、この前の年は「阪神タイガース」が日本一になった年ですよ。 例のバース、掛布、岡田、3人がそろった、史上最強メンバーだった時の。時は「トラフィーバー」だったんだよね。

だからさ、それにもかけてたんだろうね。 ま、その証拠に、ジャケ写からして「トラ」模様だったりするしさぁ。


動画、ない・・・・・とおもってたら、やっとみっけた・・・ と思ったらリンクで出来へんわー。

しょうがないんで、直リンク。 もし見たい方は、↓をどうぞ

https://www.youtube.com/watch?v=Req4zYMz4mk&list=PL5DKbuA2oN2IIFKrrfewhyu3mamWKwoHW&index=117


ちなみに、この曲がリリースされた10日後に、早くも次の曲がリリースされたんだよな。
それが「スシ食いねぇ」ですわ。 
まあ、この「トラ!トラ!トラ!」が定期のリリースで、「スシ食いねぇ」は、あくまで臨発なんだけどさ。
でも、後々「スシ食いねぇ」の方が認知度高くなっちゃったからなぁ。 臨時発売なのに、こっちの方が売り上げが上だったしさあ。。。
 そんな影響で、陰が薄くなってしまった「トラ!トラ!トラ!」だったりするんだよな。


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泣いちっちマイ・ハート / 風見慎吾

1983_12_泣いちっちマイハート_風見慎吾


今回の1曲セレクトは、「泣いちっちマイ・ハート」風見慎吾どぇす!

まずはデータだっぺ

・タイトル     泣いちっちマイ・ハート
・アーティスト   風見慎吾
・作詞       森雪之丞
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1983年11月16日
・発売元     フォーライフ
・オリコン最高位 13位
・売上げ枚数  16.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位

1曲セレクトを始めて以来、これまでに書いてきた曲も1400曲余りになってきた。その中でも、やっぱり「80年代」の曲が一番多く、半分強の750曲程度、書いてきてんだよね。
 でも、さっすがにねぇ、この位書いてくると、いわいるヒットチャート上位の曲って大分書いてきていることになっている訳で、めぼしい曲もだいぶ少なくなってきてるんだよな。
 うん、みんなが知っているような曲だよね。 まあ、一部の「マニア」受けしそうな曲は、まだ残っているんだけども。。。

そう言う事もあり最近は、お客さん(アクセス数)もだんだん少なくなりつつあるんだよな。
やっぱり、みんな知っていて、かつ、今は死角なっているような曲っていうのが、みんな一番興味あるだろうしな。
「マニア」受けしそうな、知ってる人しか知らないような曲では、やっぱウケが悪いよね。

まあ、それだけじゃなく、ここの所、間を空けることも多くなったせいもあるけどさ。 
お客さんってシヴィアだからねぇ。更新回数が減って来ると途端に足を向けられなくなる。
しかも、一度アクセス数が減って来ると、なかなか挽回して出来ないのよ。再び上昇傾向に持ってくるのも大変なんだよね。
だからねぇ、ある一定のアクセス数を確保しようとすると、ガムバッて「新鮮」なトピックスを更新し続けるしかないんだよな。。。。。うむ、ブロガーっていうのも大変なのよ。

いわんや、これを「生業」にしてる方は、ホント大変だろうなぁ・・・・。

・・・なんて他人事のように書いてるけど、今回の曲も、恐らくは多くの方は忘れちゃってるだろうなぁ。。。

風見慎吾「泣いちっちマイ・ハート」

大体の方は「え?」だよね、きっと。

風見慎吾っていったら、どうしてもデビュー曲の「僕 笑っちゃいます」であり、少し知ってる方でも、85年1月の「涙のtake a chance」くらいまでだろうしなぁ。そそ「ブレイク・ダンス」の。

この「泣いちっちマイ・ハート」は、「僕 笑っちゃいます」に続く、第2弾シングルなんだけどさ、何分、「僕 笑っちゃいます」に比べると、売れなかったからなぁ。

ま、一応売り上げ的には、約17万枚・・・と数字上はそこそこ売れたように思えるけど、約34万枚売った「僕 笑っちゃいます」に比べると、半分以下だからねぇ。
言ってみれば、「僕、笑っちゃいます」の「余熱」でここまで売れたようにもんだからさ。ランキング的には、いきなりベストテン入り出来なくなっちゃってたしさ。

ま、曲自体、「僕 笑っちゃいます」の続編っぽい雰囲気があったんだよね。

いや、よりチープだったかもしれない。 そもそもイントロのシンセの音色からしてチープだったんだよね。
え? デモテープですか? のような。。。。

歌詞も、2番の ♪ ディスコで二人 はしゃいでも チークタイムには座るのさ〜 ♪ってあるけど、これ結構「え?」だったんだよなぁ。 「え? 座っちゃうの?」ってさ。 せめてチークタイムにゃ、チークダンス踊るんじゃなの?
とか。。。

なんかいちいち、気分が萎えちゃうような・・・っていうイメージの曲だったんだよね。

そんな所からも、この位売れれば御の字だったんじゃないかなぁ・・・とか思ったりして。
個人的に、もし、今の年齢で、当時この曲にぶち当たったら、恐らく、ほとんど聴いてなかったかもしれない、「ツマンネー」って。

でも当時は、それでも聴いてたわけだから、やっぱり、バイタリティーあったんだよな、ヒット曲に対してのさ。
素直だったんだよね。まだ、余計な事は何も考えなかったからさ。

個人的には、この曲がヒットした1983年は中学2年だったわけでさ。 それから見ると、巷で言われる「中二病」ではなかったな。もっと素直だったんだよな。

でも、wikipediaにある「売れたバンド(あるいはヒット曲)を「売れる前から知っている」とムキになる」っていう中二病の例にあるようなところはあったかもしれない。
 いや、確実にあったな。そのために、友達よりもヒット曲の情報を早く仕入れることに躍起になってたもん。必死こいてた。それで自分のアイデンティティを保ってたって言う部分も大きかったし。。。。

だからね、曲自体、ツマらなかろうがどうであろうが、何でもかんでも聴いてたってところはあるんだよね、当時は。

それに加えて、なにせ、この頃はラジオを聴いてたからなぁ。
ちょうど、この曲がヒットしてた1983年12月頃っていうと、父親方の爺さんが亡くなったり、それと並行して母方の爺さんが入院したりして、頻繁に田舎(福島・いわき)の往復を繰り返してたんだよね。

もちろん、往復は車だったからさ。
1983年当時は、東関東道は成田(空港)までしか通ってなかったし、常磐道もたしか石岡までしか開通してなかったんだよな。 
だから、千葉からいわきまで、ひたすら下道(一般道)で往復ですよ。 片道6時間かかったんだよな。
高速一本で行けるようになった今じゃ、片道3時間半もあれば悠々着けるけどさ。
当時は日立市内を抜けるのが大変だったんだよ。大体渋滞してたな。そそそ、日立の渋滞が酷い時は、片道7時間以上かかったこともあったな。

その間、ほとんどずっと、ラジオをかけっぱなしだったからさあ。 
だからね、この当時のヒット曲というと、あの時、往復していた車の中の光景が脳裏に浮かんでくる。

この曲もこ多分にもれずでさ、この曲聴くと、西日が当たった「潮来」付近の光景が浮かんでくるんだよな。
車の中で、よく文化放送の「全日本歌謡選抜」聴いてたんでさ、この曲の時、丁度、「潮来」辺りを走ってたんだろうな、きっと。


動画・・・落ちてないなぁ。。。。そんなところからも、この曲が、今となっては如何にマイナーな存在になってしまっているか分かるよなぁ。
今まで、この曲を書いてなかったっていうのは、ま、確かに、個人的にそれほど印象に残っている曲じゃなかったこともあるけど、動画が落ちてないってのもあったんだよな。

でも、挫けませんよーだ。 探してみたら「中国」のサーバーにあった。。。それをリンク。

http://www.zhuatieba.com/video/XODQyMTk5NjQ4.html


多分繋がると思うけど、見れなかったらスミマセン。。。
懐かしの「週刊・欽曜日」。うむ、いま「金スマ」やってる枠でやってた、伝説のバラエティですわな。そそそ「欽ちゃんバンド」ってやつ。
まあ、ウタはウマくないけど・・・、でも時代は感じるわな。。。


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Hey!Bep-pin / シブがき隊

1983_09_Hey!Beppin'_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「Hey!Bep-pin」シブがき隊です。

まずはデータです。

・タイトル    Hey!Bep-pin
・アーティスト  シブがき隊
・作詞      森雪之丞
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1983年8月8日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 23.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1983年8月22日〜10月3日付

ここ暫く「ジャニーズ」の割合が多くなっているような気もしないでもないな。昨日もトシちゃんだったしなぁ。。
・・・なんてグチのように書いてるワタシですが。。。  今回もジャニーズどぇす

まあね、80年代以降「ジャニーズ帝国」と揶揄されるほど、ユニットが出現し、曲もリリースされているんで、セレクトする確率もおのずから高まる・・・と言うところなんですが。。。。

・・・でもって、今回引っ張ってきた曲

シブがき隊「Hey!Bep-pin」 

タイトルを見る限り、イロモノっぽいなぁ・・・っていう感じがしないでもないけど、内容的にも結構イロモノっぽい曲でしたよね。 ・・・なんて書いたら、当時のシブがきファンに怒られちゃうかしら

まあ実際の所は、イロモノというよりは、作詞者の森雪之丞氏の「コトバ遊び」が凄い曲なんだけどね。

デビュー曲の「NAI NAI16」から、シブがきの曲に関わって来ていた森雪之丞氏だけど、確かに初めから歌詞の方向性は、かなりポップだったし、一般人には良く分かんない世界だったりしたけど、それがだんだんエスカレートしてきて、ついにこの曲で、言葉遊びの極致に辿りついちゃったかなぁ・・・なんて感じたりしたな。

当の森雪之丞氏も、この曲「Hey!Bep-pin」の出来にはご満悦だったようで、月刊明星付録Youn Songの1984年7月号の「人気作家インタビュー」では、「持てる技を全て使った」曲って答えてたりするんだよね。
 雪之丞氏、当時目指していた曲って言うのが、「英語のようで英語ではない日本語。しかも擬態語は使わない」って事だったようで、その目指していたところに一番近かったのが、この「Hey!Bep-pin」だった・・ってことだったようなんだよね。

たしかに、一見よく分かんないような「コトバ」の羅列が並んでいるように感じるんだけども、「歌詞」としてみると、ちゃんと意味が通じるんだよな。
 しかも、後藤氏のメロディにきちんと嵌まっていてイヤミがない仕上がりになってるしな。前作「ZOKKON命」に比べてもポップだしね。
まあ、その辺が、流石はコトバの魔術師、森雪之丞・・・って感じがするよなぁ。

当時は、作曲家もそうだったけど、作詞家の方たちも個性が強かったですからねぇ。
物語作りの天才、松本隆、女性を書かせたらピカ一だった、なかにし礼、 そういえば「企画屋」作詞家として秋元康氏が出てきたのも、この頃だったんだよな。
その中でコトバ遊びといったら森雪之丞氏・・・って感じだったよね。

 コトバ遊びと言っても、安っぽいコトバが並んでいる訳ではなく、普段は死角になっているような語彙を引き出して来るのが天才的にうまい作詞家・・というかね。
しかも、雪之丞氏は、自分で作曲もしたりしたんで。。。   そそそ、この曲の前年の堀ちえみ「とまどいの週末」なんかは雪之丞氏の作曲でしたよね。
だからね、メロディとの親和性がつよいコトバ選びにも長けていたっていのうが、他の作詞家とは違っていたんじゃないかなぁ。

そういうコトバ遊びの中で、コトバとメロディのシンクロ・・・というか親和性もこの曲には、あったんじゃないのかなぁ。 そう言う意味でも雪之丞氏も満足だったのもかもしれないな。




シブがきって、意外といつも動画が少ないんだけども、この曲もこの「歌謡大賞」の時のしか上がってないんだよな。
上げてもすぐ消されちゃうのか、それともすでに忘れられてしまったのかよく分かんないんだけどさ。
まあ、3人ともすでにジャニーズじゃないんで、ジャニーズから消されてるって事はあんまりないと思うんだけどね。

・・・というか、この3人が昔は、ジャニーズだった・・・っていうの知らないヒトも、もう大分いるんだろうなぁ。
特に本木なんて、最近じゃ「昭和天皇」までやってしまう、日本を代表する俳優になっちゃったからなぁ。

 
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-3℃ / ゆうゆ

1987_08_-3℃_ゆうゆ


今回の1曲セレクトは、「-3℃」ゆうゆです。

まずはデータです。

・タイトル     -3℃
・アーティスト  ゆうゆ
・作詞       及川眠子
・作曲       後藤次利
・編曲       佐藤準
・リリース日   1987年7月22日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  9.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1987年8月10日〜8月17日付

ここ何日か、80年代「女性アイドル」から離れたところで曲を書いてきたけど、結局戻って来るところはここなのね・・・とばかり、またまた80年代アイドルどぇす。。。

・・・と言っても、今回は、ほんの少し変化球で行きますか。

ゆうゆ「-3℃」。

もしかして、「ゆうゆ」なんて書いても、「誰?」なんて言う方もいらっしゃりますかねぇ
まあ、ワタシと同年代で、おニャン子「どストライク」な世代な方は、やもやそう言う方は居ないと思うけど、少し年代が下の方は、知らない方もおおいよね、きっと。

その昔、おニャン子クラブの一員、会員番号19番の岩井由紀子さんのニックネームが、そのままアーティスト名になっちまった・・・って訳ですわね。

で、ソロデビューの前は、現秋元康夫人の高井麻巳子様と、2人ユニット「うしろゆびさされ組」を組んでいたのは、まあ有名すぎるくらい有名な訳で、87年3月にソロデビュー。
今回セレクトしてきた「-3℃」は、そのソロ第2弾と言う訳ですわね。

個人的には、ソロデビュー曲だった、「天使のホディーガード」なんてのは好きだったんだよな。なんかホンワカした曲で。。
 まあ、このヒトのいわいるベビーボイスがホンワカした気分になっちまうんだけどさ。「うしろゆび」での実績もあったし、人気もそこそこあったんで、当然オリコン1位だよな・・と思っていたところ、最高位は2位止まり。
(その時の1位は、菊池桃子「アイドルを探せ」)

それに続く、今回ひっぱってきた「-3℃」もオリコンでは最高位2位止まり。(その時の1位はBOOWY「マリオネット」。アイドルではなくロック系に1位を阻止されたと言うところが時代の流れを感じる。時代はアイドルからロックに移ってきてたんだよね)

そんなわけで、結局、このヒトは、ソロとしてはオリコン1位は獲れなかったんだよね。

まあ、おニャン子としては「最後期」だったし、特に、この「「-3℃」は、夕やけニャンニャンが終了する1か月前ということもあり、「おニャン子」という「印籠」も効果がだいぶ薄くなってた時期だったしな。
 逆に言えば、そう時期に、オリコンではベストテンに「3週」入ったって方が不思議・・・というか、「頑張った」方なんだけどさ。

うん、この頃になると、初登場で1位をとっても、翌週はベストテンから消えていた・・・なんていう、まるで今と同じような「落下傘」チャートアクションのおニャン子の曲も多かったからな。
 つまりは、もう、おニャン子関連の曲も、コアなおニャン子オタクシカレコードを買わなくなっていた訳よ、この頃は。
 そう言う時期に2週ベストテン入りさせた・・・ってことは、少なくともまだ一般のお客さんが付いていたって事でしたからねぇ。


で、肝心の曲の方なんですが・・・。正直言って、タイトルの「-3℃」ってどういう意味ですか? って聴きたくなるくらい、内容が良く分かんないんだよね、個人的に。
まず、もって歌詞カードがないと、歌詞の内容が良く聴き取れなかったんだよな。
だからね、一体何の事を歌ってんだろう・・・っていうのが、よく分かんないまま、ずっと聴いていた・・・って感じなんだよなぁ。
ちなみに、この曲の作詞は、秋元康氏ぢゃなく、及川眠子さん。  

メロディの方も、良くも成し悪くも無し・・・って感じかなぁ。ここって言うポイントのメロディも・・・どうも見当たらないしなぁ。
 とりあえずは、60年代のアメリカンポップス・・・例えば、1910フルーツガムカンパニーの「サイモンセッズ」とか、そのあたりの、当時から言っても「懐かしめ」のサウンドが、逆に新鮮に聴こえたっていうところが、この曲の「肝」の部分なのかなぁ。



ネットの書き込みにも多く書かれてる事だけど、このVTRを見る限りでは、例えば、29年の時を越えて、あの時の、ゆうゆが今現れても、アイドルとして充分やっていけるんじゃないですかねぇ。
今は、「声優系」のお陰で、「ふつう」の声質よりもベビーボイスの方が、業界的な受けもいいからなぁ。
逆に言えば、あの頃から29年も、アイドルって言う本質の部分は、なんにも変ってないって事なんだけどさ。。。


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瞳に約束 / 渡辺美奈代

1986_07_瞳に約束_渡辺美奈代


今回の1曲セレクトは、「瞳に約束」渡辺美奈代です。

まずはデータでする。

・タイトル    瞳に約束
・アーティスト  渡辺美奈代
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1986年7月16日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 20.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年7月28日〜8月11日付

 本来なら、昨夜のうちに書きたかった1曲セレクトだけど、前回も書いたように疲労がピークでして、昨夜はとてもPCに向かう気にもなれず。。。。 早々に寝てしまったワタシですが、逆に早く目が覚めちまったんで、こんな時間に書いてたりします。。(現在午前6時前。。。。)   うーむ、やっぱ年取ったんだよな。以前だったら、休みの日は昼近くまで寝てた訳で、朝早く目が覚める・・・なんてさあ、考えられなかったもんなぁ。

・・・ということで、1曲セレクト。
 ここのところ、ちょこっとジャニーズ関係に偏っちゃったんで、今回は少し目先を変えて、おニャン子どえす。。。
なんか、あんまり目先のベクトルが変わんないけど。。。

渡辺美奈代「瞳に約束」

個人的には、渡辺美奈代の曲って、おニャン子時代よりも、作詞が秋元康氏ぢゃなくなってからの方が好きで、
例えば、ムーンライダースの鈴木慶一氏がプロデュースしてた頃の曲とかさ、そちらのめぼしい曲はこれまでも書いては来てたんだけどね。
今回は正攻法、まだ、おニャン子時代の、ソロデビュー曲ですわ。

おニャン子の頃の曲のこのヒトの曲をあんまり書いてこなかったのは、以前も書いたように86年4月以降、一転して「アンチ」おニャン子となった身としては、意識的におニャン子関係の曲を聴いてなかった・・・ってのもある。
けど、まあ、これはタテマエかなぁ。
 本音を言うと、この曲の少しあと、例のTBS vs フジテレビ って言うのがあっておニャン子関係がベストテンに出演しなくなったっていうのが大きんだよな。

中学生時代は、週末ラジオのベストテン番組をむさぼり聴いてたワタシだけど、高校に入ると、そんなラジオ熱もぱったりおさまってしまい、ウタの情報源は「ベストテン」頼りになっちゃってたからさあ。
 だから、ベストテンに出演しなかった、おニャン子関連の曲は、正直86年の夏を境に、ベストテン出演解禁となった87年の春まで、若干の曲以外はほとんど知らないんだわ

無論、平日部活をやってたんで、「夕ニャン」なぞ見る訳もなく。。。。

だからね、この曲くらいまでかなぁ。まともに聴いてたのは。 

悪い曲ではないと思った。逆に言えば、特段良い曲とも思わなかったんだけど。。。。

当時の基準から言えば、「最新」というサウンドではなくアナクロなんだよね。
イントロは60年代のベンチャーズ and G.S風エレキサウンドだし、メロディにしたって70年代フォークっぽかったしな。例えば「岬めぐり」とか・・・あの当たりのイメージ。

ただ、毒は無かったよね。 これまでも何回か書いてきたように、この頃になると、おニャン子から派生したソロとか、グループの曲って「毒気」がある曲があったからなぁ。

おニャン子関連としては、まともなくらいまともな「80年代アイドル」の曲だったよな。
簡単でキャッチーなメロディにフリフリ衣装、全くの正攻法。

ま、だからよかったんだけどさ。安心感があったじゃん。 また、イロモノかよ・・・なんて構える必要もなかったわけで。
曲を聴くときって結構いろいろ考えながて聴く事って多いんだよね。少なくとも生理的にツマンねぇとか、フィットするとか・・・は感じるじゃん。 それに加えて面白いメロディだなとか、これは新鮮だよなとか、直感で感じるわけじゃん。そこから政治的な事とか、世論的な事とか、これはどのくらい売れそう・・・とかいろいろ考えちゃったりするんだけどさ。

 この曲は、聴いててなーんも考えなかった。 ・・・というか考えられなかった・・・というか。 そう言う安心感はあったんだよな。

とりあえず、耳に入ってくる「歌詞」から浮かんでくる情景をそのまま追っていくだけで良し・・・というかね。

例えば ♪ 夏の終わりの草原 今 あなたと二人きり〜 ♪ とか♪ 淡いブルーのサマーセーター〜 ♪ とか、そのまま浮かんでくるシチュエーションを追っていけば間違いないわけじゃん。
聴いてて楽なんですよね。

反面、政治的な事とか、世論の事とか、男女の深い人間関係とか、歌詞の行間から感じることはあんまりなかった訳で、その分曲に深みはなかったよね。表面的なお気楽さ・・・ということが第一で。

おニャン子関連の曲の功罪っていろいろあると思うんだけど、一番の「罪」は、こんな感じで「深み」のある曲を、少なくともヒットチャート上から無くした事だろうな。
それは、おニャン子だけでなく、特に80年代後半以降のアイドル曲全般に言える事なんだけどさ。
まあ、アイドルの曲にそこまで求めるってのも酷な話かもしれないけど。。。。



スミマセン、音がめちゃくちゃ悪いデス。。。。
でも、ウタよりも美奈代さん自身が映ってればいいんだよね、アイドルの曲は。
ハイ、ポニーテールな美奈代さんでした。  くっそ〜かわいいやんけ。
丁度30年前。 このヒト、1969生まれでワタシと同い年なんだよな。
当時17才になる直前ですね。

で、もってあれから30年。



未だにこの曲を歌ってる 46才の美奈代女史でした。。。
・・・つか、これは、先日のデビュー30周年ライブの映像ですな。
きっと、手前で「美奈代コール」を送ってる輩は、ワタシと同年代・・・のはず。。。

うーむ、あんまり変わってない・・・なんて思ってたけど、こう比較してみると、やっぱり30年の月日の流れは大きいかなぁ。
まあ、同い年でももっと「おばちゃん」になっちゃったヒトはいっぱいいるけど。。。。(爆)

それよりも30年もよくやってきたよなぁ。その間出て来ては消えてったアイドルは数知れず。
少なくとも↑の17才の時点で、この後30年もゲーノー界に残っているなんて全く考えても無かったよな。


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FU-JI-TSU / 工藤静香

1988_07_FU-JI-TSU_工藤静香


今回の1曲セレクトは、「FU-JI-TSU」工藤静香です。

まずはデータです。

・タイトル     FU-JI-TSU
・アーティスト   工藤静香
・作詞       中島みゆき
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1988年6月1日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  25.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1988年6月13日〜8月15日付

えー、いつ以来なんだ ・・・ってくらい久々に1曲セレクトを書いていまする。
日曜日、あの猛暑でグロッキーになっちゃいまして。。。 どうもね、熱中症っぽかったんですよね。 体の熱がなかなか取れなくなっちゃいまして。 それで夜もクーラー廻したまま寝たら、余計体調がおかしくなっちゃいまして。。。
 今、仕事が繁忙期で休めないんで体に鞭打って仕事行って、それで余計疲労がたまって・・・っていう悪循環もあって、どうにも1曲セレクトを書ける状態じゃなかったんだよね。
月曜からこの方、家に帰ってもPCにも向かわず、すぐに寝ちゃってたんで。。。 

で、その分いつもより睡眠もとってたんで、どうにか、今日あたりから体調も回復して、こうして1曲セレクトを書いておりまする。

まあ、30代の頃の体力があればね、それでもケツ振っても頑張っちゃうんだけども、もう若くないからねぇ、この先も疲れたら、書くのお休みいただきますわ。(文章書くのも意外と体力いるのですヨ)


・・・ということで、関係ない話をダラダラしてもしょうがないんで本題に行きますか。。

前々から、書こうと思った曲は何曲か描いていたんだけども、今回はその中の1曲をば。。。

工藤静香「FU-JI-TSU」

うむ、前回書いた生稲晃子「麦わらでダンス」と同じく、88年の今頃のヒットとなってしまうけどご勘弁。

まあ、元おニャン子&うしろ髪ひかれ隊同士・・・ということで

ところで、この曲、最初にタイトルを見た時、「FU-JI-TSU」⇒「富士通」にしか見えなくてねぇ

・・・ってかお決まりのギャグですよね。。。 なんて言いたくもなるけど、これ結構マジでそう思ってたんだよね、ワタシ。
真面目に、なんで、工藤静香が「富士通」の歌わにゃいけんのだろ ・・・とかさ。

とういかねぇ、「FU-JI- TSU」⇒「不実」 っていうのが、全然浮かんでくなかったのよ。真相を知った時はなるほどね。。。って感じだったかなぁ。

ま、そんなことはどうでもいいとして、この曲と言えば、やっぱり、今をときめく中島みゆき嬢と、工藤静香がタッグを組んだ最初の曲と言う事でしょうかね。
 ホント、これは、全く予想もつかなかった。この曲の前の「抱いてくれたらいいのに」の作詞は松井五郎氏だけど、まだ、こちらの方が予想できたって感じはしたけどね、当時の売れっ子というところから見ると。

でも、流石に中島みゆき嬢とはね。しかも曲は相変わらず、後藤次利氏で、詞だけだったじゃん、中島みゆき嬢は。こういう事もあるんだ・・・と思うとともに、果たして後藤氏とのメロディに合うんだろうか・・・なんてことも最初は思ったんだけどね。
これが結構、ウマく嵌まってたんだよね。

正直、その前の3曲は、ソロとは言っても、おニャン子の残像を引きずっているような印象があったんだよね。

でも、この曲からは、そんな残像も、おニャン子臭も感じ無くなった。 完全に「工藤静香」っていう一人のソロアーティストの色に変わったよね。

そう言う意味でも、ここで、中島みゆき嬢を持ってきたのは大正解だったよなぁ。 例えば、ここで、また秋元康氏に戻ってたら、おニャン子の臭いを、まだ引きずっていたかもしれないし、少なくとも、その後のアーティスト・工藤静香は無かっただろうしね。

じゃ、具体的にどこがどう変わったのか・・・・と言われると、正直言うと答えに困っちゃうんだけどさ

兎に角、一人のアーティストとしての脱皮は感じたよなぁ。 だからね、シングルとしては第4弾のこの曲だけど、本当の意味での工藤静香は、ここがスタートラインだったよね、っていうのは間違いないと思うんだよね。

ちなみに、それを表すかのように、この曲では、ここまでの最高売り上げを記録。 さらに、ここから売り上げを伸ばしていくことになるんだよね。
 当時、浅香唯、中山美穂 南野陽子と並んで、アイドル四天王と呼ばれていた工藤静香だけど、そう呼ばれるようになったのも、この曲の後辺りからだったもんなぁ。
 この曲の売り上げは、25万枚と、この次の「MUGO・ん・・・色っぽい」に比べると、半分にも満たないけど、それでも、ベストテン内に2カ月ランクインしてたからねぇ。 薄く長く売れてたって印象が強いな。
それとともに、存在感はこの曲がヒットした頃から俄然大きくなったもんね。

そうだ、この曲をこのタイミングで書こうと思ったのは、丁度、この曲がヒットしてた頃・・・だから28年前の今頃、やっぱり体調崩してたんだよな、ワタシ。
熱中症ではなかったんだけども、全身に「蕁麻疹」が出ちゃって大変だったんだよな。この曲を聴くと、なんかね妙にその時のことを思い出すんですよ。 そんなことが、今週の体調の悪いことで余計想い出されちゃったんだよな。



以前も書いたかもしれないけど、工藤静香って、ウタ、めちゃくちゃヘタだったんだよな、最初。
間違ってるとしか思えないくらい。
でも、この辺りになると、それなりに聴けるようになってましたね。まあ、まだ、後年の堂々とした歌いっぷりには程遠いけど。
でも、かなり頑張ってたんだろうね。じゃなきゃ、半年程度でここまで歌えるようにはならないよな。



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麦わらでダンス / 生稲晃子

1988_07_麦わらでダンス_生稲晃子


今回の1曲セレクトは、「麦わらでダンス」生稲晃子です。

まずはデータです。

・タイトル     麦わらでダンス
・アーティスト   生稲晃子
・作詞       秋元康
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1988年5月21日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数 7.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「ついでにとんちんかん」主題歌

まあ、なんて暑い1日だったんでしょうねぇ。特に行くところも無かった日曜日だったんで、今日は1日クーラー三昧でしたわ。
去年までは電気代がかかるのが嫌で、極力クーラーかけないでいたんだけど、去年の秋口にクーラーを交換して、昨年までよりは機種が新しくなった分電気代かかんないだろう・・・なんてことで、今年は早くもクーラー頼みになっちまいましたわ。 電気代の請求が怖い。。。

さてさて、1曲セレクトも、ここ暫く70年代を多く書いてきたんで、今回は80年代「アイドル」でも持って来ましょうかね。

生稲晃子「麦わらでダンス」。

タイトルからして、ナッツ〜 って感じでいかにも、この暑い季節の曲だよなぁ〜・・・・なんてイメージがあるんだけども、この曲実際は、リリースが5月だったんだねぇ。

いや、確か、今頃だったよな・・・なんて、ワタシ自身思いこんでたんだけどさ。 で、今回書くに当たって、確認してみたら、リリースは5月21日だったわ。。 なんで、実際、今頃はすでにヒットのピークは過ぎていたんだよね。

でも、まあ、セレクトしちゃったんで、一応、書きますかねぇ。

いや、ワタシも勘違いしてたのは、この曲、オリコンでは、一応ベストテン入りした(最高8位)けど、「ザ・ベストテン」では、ベストテン入りしなかったんだよね。
 でも、この年88年限り行ってた「月間ベストテン」では、6月にベストテン入りしてたんだよなぁ。 で、月間ベストテンは、毎月、月末木曜にやってたんで、どうも、今頃のヒットだったっていうイメージが付いちゃってたみたいだなぁ。

まあ、以前も何回か書いたように、この年88年は、記録的な冷夏でずっと涼しかったから、「夏っぽい」タイトルのこの曲も、どうもタイトル負けしてた様なイメージもあったんだけどさ。

曲調は、タイトル通り、夏っぽいイメージのメジャー系アッパーチューンだったじゃん。匂いからして「夏」の匂いがしてたけどさ、実際は、気候的にそうじゃなかったからさあ、どうも浮いちゃってた様な感じがしたりしたな。

これが、この2年後の1990年のような猛暑な年だったら、またイメージも違ってたんだろうけどな。

曲的には悪い曲ではないとは思った。元おニャン子からのソロ曲としては佳曲な部類に入ったんじゃないのかな。 おニャン子の曲って、曲によっては退屈な曲もあったからな。
でも、このヒトのキャラクターにもあってたと思うし、退屈さは感じ無かった1曲ではあった。

だけども、個人的には、この曲の音源ずっと持ってなかったんだよな。いつかは音源手に入れようとは思ってはいたんだけど、反面、おニャン子関係はもういい・・・っていう気持ちも半分あったからな当時。
でも、今は、なぜか手元に音源がある・・・。ただ、どころから手に入れたのかは全然覚えてないんだよな。

おニャン子関係はもういい・・って書いたけど、本音のところではおニャン子だけではなく、80年代アイドルは全般的にもう良い・・・っていう気分にもなっていたってのもあるな、当時は。

ま、80年代アイドルの中でも、「A級」と呼ばれていたヒト達は、この88年頃になると確実に変化を見せていたし、だから、厳密に言えば、通常いわれる80年代アイドルから脱皮しつつあったけどさ。
でも、依然として、それまでの「80年代型アイドル」からの変化を感じられ無かった人たちの方が多かった訳で、そう言うヒト達はもういい・・・っていう気分だった・・・って言うのが正解なんだけどね。

88年時点で、それまでの「80年代型アイドル」から変化を見せなかった人たちって、ほとんどが当時のアイドルオタク様ご用達のような存在だった訳でさ。
いわいる当時急速に進んだアイドルオタク様ご用達・・のような曲は、もういいわ・・・って言う気分だったんだよね。

この曲も正直言えば、そういう対象な感じの曲ではあったんですよ、ワタシの中では。
だから、当時音源を揃えるのには待ったをかけていたんだけと思う。

曲を聴く・・というよりは、アイドルのキャラクターを楽しむ・・・って感じになりつつあったでしょ、当時のアイドルオタクご用達な曲は。 そこからは切り離れたいと思うようになってたんだよね。
オリコンもアイドルお宅様に占領され、ランキング情報誌と言うよりは、アイドル誌になっちゃったことにも憤っていたこともあるし。
あくまでワタシが追いかけたいのは、ある一部分のオタク様ご用達な曲じゃなくて、「大衆」音楽だからさあ。
それは、あれから28年経った今でも変わらないな。

ただね、キャラクターとして生稲晃子ってヒトはキライではなかったんだけどさ。
このヒト、当時ワタシが好きだったコに似てるんだよなぁ。髪の毛をアップにしたり、ポニーテールにするとホント良く似ててさぁ。 雑誌の表紙とか、グラビアにこのヒトが出てくると、ドキッとしたもんだよなぁ。
 ちなみに、生稲さん自身は、私より1つ年上なんだけどね。




ダンスは、まずまずよかったけど、ウタ(歌唱力)は、やっぱね。。。。。。
だけど、この時の生稲さん、横顔が所々、中村由真っぽいなぁ。
もうちょっとポチャッとしてたイメージがあったんだけど。。。。


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