かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

平松愛理

もう笑うしかない / 平松愛理

1992_10_もう笑うしかない_平松愛理






今回の1曲セレクトは、「もう笑うしかない」平松愛理です。

 まずはデータです。

・タイトル    もう笑うしかない
・アーティスト  平松愛理
・作詞      平松愛理
・作曲      平松愛理
・編曲      清水信之
・リリース日   1992年9月2日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数   17.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 17位
・タイアップ:新日火災海上保険CM曲

 昔は、新宿でよくカラオケとか飲み会をやったんだけど、何分、住んでるところが千葉の「田舎」なんで、終電で帰るには時間が気になってね。

 よく、新宿でカラオケやってた90年代、終電でこちらへ帰ってくるには、新宿23時08分 東京行きの中央線快速にのらなあかんかったのよね。。。
 
 最終的に、千葉0時08分発の内房線最終に乗れれば良かったんだけどね。

 乗換えを逆算すると・・・。錦糸町23時34分発の総武線快速に乗れれば、内房線最終に間に合うのよ。

 だけど、新宿発23時15分の中央線快速だと、乗り換え時間が「無情」だったんだよなぁ〜、ワタシにとっては。。。

 ・・・っちゅうのも、これだと、お茶の水に23時25分着で、同27分発の総武線各駅停車に接続。

 この御茶ノ水23時27分発各駅が、錦糸町に着くのが23時34分・・・。

乗り換え時間が〜・・・・。0分。。 のぉ〜げっそり、無情なダイヤ設定〜泣き顔

 終電接続電車の後姿を見送るワタシ〜

 ♪もう〜笑うしかな〜い ♪  なんてことを良くやってましたよ。


 ・・・つうことで、今回の1曲セレクトは、よーく新宿でカラオケ飲み会を開いて、よーく、終電を乗り過ごしていた92年の頃の曲を・・。

 平松愛理の「もう笑うしかない」

・・・ズバリexclamation そのものでしょうexclamation ×2


 いや、あのころは、元気でしたね、ワタシも。かじやん、23才。
終電乗り越しも随分やったけど、金曜の夜は、オールナイトカラオケも随分やったな。
 うん、丁度、この「もう笑うしかない」のころがピークだったですよ〜。

 朝方3時半くらいまでウタって、声が潰れて、クタクタになった頃、カラオケ店を出て、歌舞伎町の「マイアミ」あたりの深夜喫茶で、4時30分の始発を待つのが、いつものパターンだったな。
 ちなみに、「マイアミ」のコーヒー、深夜割り増しで、1杯1000円くらい取られてたよーな。。。 ぼったくりやん・・・とか、思っちゃうけど、同じような境遇なヒトがたくさんいてさ〜、お店はいつも満員だったな。

 どーでもいいけど、この間、久しぶりで歌舞伎町行ったけど、、随分、変わったね、歌舞伎町も。全体的に明るくなったな。昔は、もっと胡散臭かったけど。。。件の「マイアミ」もなくなってたりして。。
 考えてみれば、今はスタバがあるし、マックも24時間開いてるからなぁ・・・、なにも「深夜喫茶」で高いコーヒー頼んで、夜を明かすなんてしなくてもいいわけだもんなぁ。。。



 ・・・ところで、「もう笑うしかない」。

 この年は、平松愛理、ブレイクの年だったわなぁ。うん、例の「部屋とYシャツと私」の大ヒット。今聴くと、とても不思議な曲。
 その2曲あとが、この曲になるわけだけど、1曲前の「マイセレナーデ」は、半分「つなぎ」っぽい曲だったから、実質、後を継いだ曲がこの曲ってなるんかなぁ。。。

 まあ、詞の設定は、ワタシと彼氏のうんちゃうらかんちゃ・・・。
 うん、「トレンディドラマ」の一場面を切り取ってきたような内容。

 平松愛理の得意パターンだね。

 考えて見れば、トレンディドラマ最盛期の頃だったから、このヒトなんてのは、ブレイクしたんだろうな・・・なんて、今だから思いますねぇ。
 もし、「今」だったら・・・。果たして、あそこまでブレイクしたかなぁ・・・と思うと、ちょっと疑問。

 考えて見れば、音楽的には、特に変わった仕掛けがあるわけではないんですよ。
 特に新しいサウンドをのっけているわけでもなかったし。。

 結局、詞の内容で売れてたんだよね。90年代前半のあの「とれんでぃ」なイメージがあったからこそ、売れてたヒトだと思うなぁ。。



PVより・・・ っちゅうか、92年当時には、いったい、どこで、流れてたんだろうねぇ、このPV。

 ちなみに、このPVの監督は、あの岩井俊二氏だそうで・・・。
なるほど、さすがに、90年代の「かいしゃ」シーンをとるのが、それっぽいな。。。
 映ってるヒトたちの、髪型とか服装が、とっても90年代前半。今見ると、、なんか笑えるな。
 会社のデスクにパソコンでなくて、「ワープロ」が置いてあったり。。あせあせ
 うん、ワタシも当時は、パソコンじゃなくてワープロでしたわ。。 まだインターネットは何者だ? って言う時代。

 大体において、公衆電話から「テレホンカード」で、「彼氏の部屋」に電話かけたら留守番電話だった〜・・・っていうシチュエーションからして90年代やなぁ・・。
 いまだったら、100%ケータイで直信だしぃ。。。

この曲くらいだとついこのあいだ・・っていう感覚だけど、確実に23年っていう歳月が過ぎてるんだねぇ。。ふらふら



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もう笑うしかない / 平松愛理

1992_10_もう笑うしかない_平松愛理






今回の1曲セレクトは、「もう笑うしかない」平松愛理です。

 まずはデータです。

・タイトル    もう笑うしかない
・アーティスト  平松愛理
・作詞      平松愛理
・作曲      平松愛理
・編曲      清水信之
・リリース日   1992年9月2日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数   17.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 17位
・タイアップ:新日火災海上保険CM曲

 昔、新宿とかでカラオケやってると、終電が気になってねぇ。何分、住んでるところが千葉の「田舎」なんで、それなりの時間に切り上げなくちゃいけない。

 いまはどうだか分かんないけど、昔、90年代の頃は、終電でこちらへ帰ってくるには、新宿23時08分 東京行きの中央線快速にのらなあかんかったのよね。。。
 
 最終的に、千葉0時08分発の内房線最終に乗れれば良かったんだけどね。

 乗換えを逆算すると・・・。錦糸町23時34分発の総武線快速に乗れれば、内房線最終に間に合うのよ。

 だけど、新宿発23時15分の中央線快速だと、乗り換え時間が「無情」だったんだよなぁ〜、ワタシにとっては。。。

 ・・・っちゅうのも、これだと、お茶の水に23時25分着で、同27分発の総武線各駅停車に接続。

 この御茶ノ水23時27分発各駅が、錦糸町に着くのが23時34分・・・。

乗り換え時間が〜・・・・。0分。。 のぉ〜げっそり、無情なダイヤ設定〜泣き顔

 よくやったのよ、終電接続電車の後姿を見送るワタシ〜

 ♪もう〜笑うしかな〜い ♪  なのでーす。

 ・・・つうことで、今回の1曲セレクトは、よーく新宿でカラオケ飲み会を開いて、よーく、終電を乗り過ごしていた92年の頃の曲を・・。

 平松愛理の「もう笑うしかない」

・・・ズバリexclamation そのものでしょうexclamation ×2


 いや、あのころは、元気でしたね、ワタシも。かじやん、23才。
終電乗り越しも随分やったけど、金曜の夜は、オールナイトカラオケも随分やったな。
 うん、丁度、この「もう笑うしかない」のころがピークだったですよ〜。

 朝方3時半くらいまでウタって、声が潰れて、クタクタになった頃、カラオケ店でて、歌舞伎町の「マイアミ」あたりの喫茶店で、4時30分の始発を待つのが、いつものパターンだったな。
 ちなみに、「マイアミ」のコーヒー、深夜割り増しで、1杯1000円くらい取られてたよーな。。。 ぼったくりやん・・・とか、思っちゃうけど、同じような境遇なヒトがたくさんいてさ〜、お店はいつも満員だったな。

 どーでもいいけど、この間、久しぶりで歌舞伎町行ったけど、、随分、変わったね、歌舞伎町も。全体的に明るくなったな。昔は、もっと胡散臭かったけど。。。件の「マイアミ」もなくなってたりして。。
 考えてみれば、今はスタバがあるし、マックも24時間開いてるからなぁ・・・、なにも「深夜喫茶」で高いコーヒー頼んで、夜を明かすなんてしなくてもいいわけだもんなぁ。。。



 ・・・ところで、「もう笑うしかない」。

 この年は、平松愛理、ブレイクの年だったわなぁ。うん、例の「部屋とYシャツと私」の大ヒット。今聴くと、とても不思議な曲。
 その2曲あとが、この曲になるわけだけど、1曲前の「マイセレナーデ」は、半分「つなぎ」っぽい曲だったから、実質、後を継いだ曲がこの曲ってなるんかなぁ。。。

 まあ、詞の設定は、ワタシと彼氏のうんちゃうらかんちゃ・・・。
 うん、「トレンディドラマ」の一場面を切り取ってきたような内容。

 平松愛理の得意パターンだね。

 考えて見れば、トレンディドラマ最盛期の頃だったから、このヒトなんてのは、ブレイクしたんだろうな・・・なんて、今だから思いますねぇ。
 もし、「今」だったら・・・。果たして、あそこまでブレイクしたかなぁ・・・と思うと、ちょっと疑問。

 考えて見れば、音楽的には、特に変わった仕掛けがあるわけではないんですよ。
 特に新しいサウンドをのっけているわけでもなかったし。。

 結局、詞の内容で売れてたんだよね。90年代前半のあの「とれんでぃ」なイメージがあったからこそ、売れてたヒトだと思うなぁ。。



PVより・・・ っちゅうか、この曲のPV、はじめてみたぞよ。92年当時には、いったい、どこで、流れてたんだろうねぇ、このPV。

 ちなみに、このPVの監督は、あの岩井俊二氏だそうで・・・。
なるほど、さすがに、90年代の「かいしゃ」シーンをとるのが、それっぽいな。。。
 映ってるヒトたちの、髪型とか服装が、とっても90年代前半。今見ると、、なんか笑えるな。
 会社のデスクにパソコンでなくて、「ワープロ」が置いてあったり。。あせあせ
 うん、ワタシも当時は、まだパソコンぢゃなくてワープロでしたわ。。インターネットは何者だ? っていう時代ですね。

 大体において、公衆電話から「テレホンカード」で、「彼氏の部屋」に電話かけたら留守番電話だった〜・・・っていうシチュエーションからして90年代やなぁ・・。
 いまだったら、100%ケータイで直信だしぃ。。。

 この曲くらいだと、ついこのあいだ・・っていう感覚だけど、確実に23年っていう歳月が過ぎてるんだねぇ。。ふらふら


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リバーシブル / 田村英里子

1990_07_リバーシブル_田村英里子







今回の1曲セレクトは、「リバーシブル」田村英里子です。

まずはデータでーす。

・タイトル      リバーシブル
・アーティスト    田村英里子
・作詞        平松愛理
・作曲        平松愛理
・編曲        井上鑑
・リリース日     1990年7月18日
・発売元       東芝EMI
・オリコン最高位   10位
・売上げ枚数     4.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位16位

 さきほども書いたように、やっと夏っぽい気候になったおかげで、夏っぽい曲をセレクトしても違和感を感じなくなったんで、今回も清涼感漂う、夏っぽい曲を一つ。

 田村英里子 「リバーシブル」

 田村英里子さんねぇ・・・。89年デビューの松田聖子が去ったあとの「サンミュージック」を背負って立つ・・と期待されながらデビューしたわけだけど、結局のところ、それほど大きな成果を残せないまま、消えていったアイドルでしたねぇ。

 まあ、時代はアイドルからバンドブームへという変化の波が大きくうねっている頃デビューという「不運」というのもあったわけだけどね。
 「正統派アイドル」時代完全にアナクロで、いわいるアイドルは、バラドルに変化してたりもしてた時代だし。

 このヒトの場合、曲は決して悪くはなかったと思うんですよ。本当の「正統派」アイドルだったと思う。まあ、それが時代遅れといえば時代遅れだったんだけどさ。
 
 結果的には10万枚以上セールスした曲は1枚もなし。ベストテン入りがギリという状況でしたね。
 ま、あの時代、アイドルで「ベストテン入り」できてた時点で「トップアイドル」という程度のものだったんだけどね。アイドルというものも。。。、

 さてさて、この「リバーシブル」は、そんな田村英里子の中でも個人的には一番好きだな。

 もーね、一言「清楚」でしょイメージが。 当初、茨城のオネーチャンっていう雰囲気だったのが、このころは「お嬢様」っていう雰囲気に変わってたし、お嬢様には、やっぱり、平松愛理が一番ハマるんだよね。

 だから、この作家の起用は個人的には正解だったと思う。イメージ的にはまっているもの。

 イメージは清楚。サウンドは、いかにも夏の暑さの中のいっ服の清涼感っていうのかなぁ。汗をドバッとかいた時、一瞬駆け抜けるようなさわやかな風が、かいた汗を冷ましてくれるような清涼感っていうのかなぁ。

 いかにも夏の暑い盛りに聴きたくなるような曲。

 ♪夏のスコール〜 ♪ からのサビは気持ちいいよね。なんのてらいもないメロディラインで、気持ちが落ち着く。

 それに比べて、サビまでのメロディラインは、ちょっと分かりにくい。 なんか、もそもそしてるし。。
特にサビ前の
 ♪Shockよりもさきに 会釈をしたのよ〜 ♪
のところは、メロディとコードがシンクロしてなくて、これって採譜間違えたんでねーか・・・と思っちゃうくらい・・・。

 要は、どうも、サビまでとサビからの繋がりがイマイチ不自然なんだよね。別の曲に聴こえちゃう。

  う〜ん、完全に「サビ」からの曲だと思いますね。 それだけ、サビからのメロディラインはいいと思いますよ〜。

 作詞・作曲は、まだブレイクしていなかった頃の平松愛理さん。 平松さんが「部屋とYシャツと私」で大ブレイクするのが、この2年後。それを考えると起用した方は先見の明がありましたね。。

・・・・と書きたいところなんだけど、実はこの「リバーシブル」がリリースされた頃は、「部屋とYシャツと私」はすでにリリースされていて(つまりはヒットするまで2年要した)、業界の間では、次のブレイクはこのヒトって密かに言われてたんだよね。

 
 まあ、なんやかんや細かい事を抜いても、この曲は、この季節に聴くのが最高にいいんだけどね〜。

 これが8月に入るとイメージがずれる。 7月のこの時期に聴くからいいんだよね。

夏って不思議な季節で、同じ夏でも7月と8月じゃイメージが変わると思いませんか?
7月って梅雨も明けて間もない頃からなのか、緑がまぶしいみずみずしい、フレッシュな感じがするんだよね。それが、8月には入ると、途端にギラギラした太陽が・・・っていうイメージになる。

この曲は、完全に前者の「みずみずしい」・・・って言うイメージだからさあ、8月のギラギラした太陽の下で・・・って感じじゃないんだよなぁ。
そんな、超季節限定なイメージの曲でもあったりするんだよね。

そう考えると、売上げ枚数4.2万枚っていうのも頷けるのかなぁ。。。。


関係ないけど、ワタシ今の今まで、このヒトの名前「田村英理子」だとばっか思ってた。。。

さっき資料さがしに↑でネット検索したら何もでてこなくて確認しちゃいましたよ。。

 だから、ランキングをはじめ、ワタシが今まで書いたものは全部「田村英理子」になってたりする。。。。
 完璧な誤字やね。。。。。失礼しました。。。




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部屋とYシャツと私 /平松愛理

1992_06_部屋とYシャツと私_平松愛理






今回の1曲セレクトは、「部屋とYシャツと私」平松愛理です。

 まずはデータでーす。

・タイトル     部屋とYシャツと私
・アーティスト   平松愛理
・作詞       平松愛理
・作曲       平松愛理
・編曲       清水信之
・リリース日    1992年3月21日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位  4位
・売上げ枚数    93.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1992年4月13日〜7月13日付

 6月ですねぇ。6月というと、ジューンブライドっつうくらいで、あちこちで結婚式の話題が。。。
 まあ、ワタシにゃ当分関係のない話なんだけどさ〜。

 で、この季節になると決まって、結婚式に繋がるような曲がクローズアップされるわけです。
 ま、そんなことで、ワタクシもあやかって、そんな曲を引っ張ってまいりました。

 部屋とYシャツと私   平松愛理

 ウワー、もろ、ストレート。23年前の今頃、ヒットのピークを迎えてたこの曲は、当時、結婚式で歌われた歌NO.1ぢゃないの?

 女版「関白宣言」なんて、よく言われてましたよね。

 でもさ、よくよく考えてみたら、「関白宣言」? 
そんなにきつくないよね。。。。

ま、たしかに女の子から、男へ結婚後の「お願い」をしているところは、似てるかも知れないけど、決して、上から見下した言い方ではない。

・・・ってか、これは、平松さんの可愛らしい声と、穏やかな曲調でそう感じるのかなぁ。
 歌詞を今改めてみると、意外と、ブラックなんだよね、内容が。 やっぱり女は恐ろしい (爆)


 この曲、「シングル」のリリース日は、1992年3月21日になっているけど、もともとは、1990年12月リリースのアルバム「MY DEAR」の1曲に過ぎなかったんですよ。

 でも、切り口が面白いってことで、口コミと「有線」でジワジワと人気が広がって、ついにシングルリリースっていう経緯があったんだよね。
 シングルがリリースされた頃は、既に有線ではベストテン入りしてたし、だから、シングルもあっという間に売れたんだよねぇ。

 90年代の初頭の頃って、こういう「有線」発のヒットって言うのは、結構多いのよ。
 まあ、追々紹介して行きますけどね、同時期では、J-WALKの「何も言えなくて・・・夏」とかね。
 この曲も有線でジワジワ広がって、ベストテン入りしたのは、リリース後1年以上だってからだもんね。

 こういう曲に共通なのは、もちろん、口コミよるヒットだから、一気に売れたわけではなく、すこーしずつジワジワと売れていったわけで、ヒットのピークの期間も長い。超ロングヒットになることが100%なんだよね。

 この曲もベストテン内に3ヶ月居座り続け、ベスト100には43週ランクイン・・という、平松愛理随一のロングセラーとなったわけだね。

 このヒトというと、イコール、この曲って言うくらい、この曲の知名度は高いけど、個人的には、意外とこのヒトの他の曲も好きな曲が結構あるのね。
 
 なんていうのかなぁ、いつぞや、近藤名奈を紹介したことがあったけど、浮かんでくる絵面が、似てるんだよね。
 遠いむかし、いつかどこかで体験したような青春の1ページを切り抜いたようないまとなってはセピア色の風景・・・っていうのかな。

 この年になると、妙に懐かしい風景なんですよ。

 特に、あんまり売れなかったけど、デビューシングルの「青春のアルバム」(もろストレートなタイトルだよね)とか「駅のない遮断機」なんてのは、モロそんな感じの曲でいいんだよねぇ。

 個人的に「下世話」な曲も好きだけど、このテの青春ウルウルソングも弱いんだよね(⇒すきって意味です)
 
 このヒトは、ゲーノー界では、ほとんど絶滅しているような、「真っ白」なイメージのアーティストだよね。その清楚な感じはやっぱりいい。
 一時、病気でリタイヤしていたようですが、いつまでも、このまま変わらないでいて欲しいものですよ。






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