かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

岩谷時子

哀しみの黒い瞳 / 郷ひろみ

1983_01_悲しみの黒い瞳_郷ひろみ


今回の1曲セレクトは、「哀しみの黒い瞳」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル    哀しみの黒い瞳
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞      RAMON ARCUSA , JULIO IGLESIAS
・作曲      RAMON ARCUSA , JULIO IGLESIAS
・訳詞      岩谷時子
・編曲      川口真
・リリース日   1982年11月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数 18.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1983年1月10日付

この間も書いたように「リアル仕事」が、只今繁忙期真っ最中でして。昨日、一つの山場だったんですけどね。
もう一つの山場が1週間後に来るんだけども、それまでは気が抜けない毎日ですワ。
 いやいや、お陰で精神的にクタクタよ。今日は若干、悪寒が。。。カゼ引くのかなぁ。 ヤバイ・と思って、ドリンクタイプのベンザエースをゴクリ。

精神的にクタクタよ・・・と言えば、以前もここでグチった事があるんだけども、中1の今時分、クラス中から総スカンをくってた事があるんだよな。 簡単に言えばイジメってやつですわ。
 そもそものイジメの理由って言うのはくだらない事なんだよ、今考えてみれば。
ワタシ、中1の途中から、福島から千葉に越してきた訳で、いってみれば転校生だったんだよな。ココだけだったと思う。結局、転校生ってことで、元から居た奴にとってみれば「異星人」なわけよ。そんなことがきっかけだったんだよ。
 でもねぇ、味方が誰もいないっていうのは、マジでつらいんだわ。 幸いあの時以来、そう言う目は合っていないけど、未だにトラウマですね、人間関係には。信じられるのは自分だけ、周りは全部敵・・・って思う事、よくあるもん。

あー、湿った話が続いた。 今回は、そんなイジメられていた日の中で、未だに「トラウマ」になっている曲をひとつ。

郷ひろみ 「哀しみの黒い瞳」。

そう、この曲がヒットしていた渦中の頃、もっともイジメがエスカレートしていた頃だ。だから・・・って事が往々にしてあるんだけども、この曲聴くと、これから35年も経っているっていうのに、未だにあの時代の光景がフラッシュバックしてくるんだよな。

まあ、そんなこともあってか、この曲、結構長い間、耳にするのもヤだったんだよな。

なんとか、普通に聴けるようになったのは、大人になってからですねぇ。20年くらい前かな。
良いこともヤなこともひっくるめて、昔を回顧できるようになってからですねぇ。

この曲がトラウマになったは、確かに上記のように精神的に追い込まれるような「事件」があった・・っていうのは、個人的には一番大きなことではあったんだけども、 この曲の曲調自体重い感じだったからなぁ。

重く切ないメロディをうろうろと歌い上げるようなカンツォーネと言おうか。

そそそ、まあ、これ読んで下っている方の多くはすでにご存じだと思うけど、この曲はスペインが生んだスーパースター、フリオ・イグレシアスのカバーなんだよね。

オリジナルはコレ↓


まあ、曲を聴いてみれば、大概の方は「ハイハイハイ」ですよね
切ないイントロから、♪ンナタリ〜 ♪と歌い上げる、ヨーロッパ特有の甘く濡れたメロディ。
これにやられた方も多いんじゃないかなぁ。

そそそ、前年の1982年の「ビギン・ザ・ビギン」の大ヒットを受けて、この1983年にかけて、ヨーロッパだけではなく、日本でも一大ブームでしたもんね、フリオ・イグレシアス。
最近では、このテの正統派なカンツォーネを歌いあげるような向こうのアーティスト、少なくとも日本では絶滅ってかんじだけど、やっぱり時代だったんでしょうかねぇ。

それにしても、ヨーロッパ系の「刹那系」のメロディってこうも、心にグサッと刺さって来るんでしょうかねぇ。
系統としては、例えば、ニノ・ロータの「ゴットファーサー〜愛のテーマ〜」とかさ、あの感じに近いですよね。
でも同じように心にグサッと刺さるんだよな、痛いくらいに。

個人的にアメリカンな曲よりもヨーロッパ系の曲が好きなのは、その辺なんだろうな、きっと。
コーヒーも薄味のアメリカンよりも、濃厚なエスプレッソが好きなようにさ。


まあ、そんな一大ブームだったわけで、同じソニー所属だった、郷ひろみ氏がカバーに動いたっていうのも至極自然な流れだったんだろうね。

おりしも、当時、日本のヒット曲界そのものが、一大カバーブーム期でもあったしね。

アイドル中心に、70年代回顧って感じのカバーが多かったけど、その点では郷ひろみ氏は、ちょっと違ってましたよね。うん、当時ヒットしていた曲のカバーでしたからね。
 この曲の前が、あの「哀愁のカサブランカ」だったわけだけど、当時のヒット曲、バーティ・ヒギンズのカバーだったしね。

でも、カバーといえどいい味だしてるんだよな、カバーというよりも自分のオリジナルっていう感じだったもの。

まあ、個人的には、当時は、郷ひろみ氏の事は好きじゃなかったんで、ちょっと煙たい存在ではあったんだけどさ、でも、今になって改めてじっくり聴くと、いいんだよね。
 ・・というか、この頃の郷氏の曲って、あの頃の時代背景を感じるんだよな。 

NHKで、夜中によくやってるじゃん。その当時のヒット曲のバックに当時の事件とか世相のフィルムを流してる番組。
 郷ひろみ氏のこの当時の曲を聴くと、そんな絵面が浮かんでくるんだよね。 そそそ、曲のバックに当時の世相が浮かんでくるんだよな。

ま、それもこれも、最初に書いたように、このころ個人的にいろいろあったからなんだろうな、
よく、楽しい記憶、嬉しい記憶はすぐに忘れるけど、つらい記憶、苦しい記憶はいつまでも残るっていわれるけど、その通りだと思いますね。



この曲、訳詞は、岩谷時子女史だったんだね。
いや、これ書いてて、マジで今知った。 
やっぱり、フレンチポップスを中心にヨーロッパ系の濡れた感じの曲には岩谷女史の訳詞が一番響くんだよね。
そういえば、この年の夏にリリースされた、トシちやんの「さらば・・夏」も岩谷さんの詞だったよね。
まあ、あの曲はポール・アンカだったわけで、ヨーロッパ系ではなかったけど、曲想的には濡れてたからなぁ。
そう言う曲が合うんだよね。


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恋の季節 / ピンキーとキラーズ

1968_10_恋の季節_ピンキーとキラーズ


今回の1曲セレクトは、「恋の季節」ピンキーとキラーズです。

まずはデータなのだ。

・タイトル    恋の季節
・アーティスト  ピンキーとキラーズ
・作詞      岩谷時子
・作曲      いずみたく
・編曲      いずみたく
・リリース日   1968年7月20日
・発売元     キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 207.7万枚
・ベストテンランクイン期間:1968年9月16日〜1969年2月24日付

昨日の中村雅俊の「ふれあい」で、オリコン史上、初のデビュー曲ミリオンセラー・・・とか書いたんだけど、よくよく考えてみると、それ以前にも居たんだよな。デビュー曲ミリオンセラーを達成したヒトって。
 その辺の事情を知ってる方だったら、もしかしたら、クレームが来るかと思ったんだけども、とりあえず来ませんでしたねぇ・・・と胸をなでおろしているところだったりします

ネットの住人は、厳しいからねぇ・・・。ちょこっと間違えたりでもしたら、鬼の首を取ったようにクレーム入れてくる「輩」も多い訳で。。。
 普段から「誤植」が多い、ワタシとしては、そんなクレーム攻撃に耐えて、はや20年近く・・・。。。なんて感じだったりするんだけどさ。
 それでも、未だに誤植が治らないのは、これは性格ですね〜 ケケケケケ と、自分の間違いを、全く反省しないワタシだったりします。。。

ウム、オリコン最初のデビュー曲ミリオンセラー達成は、ザ・フォーククルセダースの「帰ってきたヨッパライ」ですわな。 ちなみに、これがオリコン最初のミリオンセラー達成曲でもある訳で。。。

次にデビュー曲で、ミリオンセラーを達成したのが、今回引っ張ってきた、ピンキーとキラーズの「恋の季節」と言う訳なんだけど。。

・・・と書いておいて、ここで、「ははんまた誤植してやがる」・・とピンと来た方は、かなりの歌謡曲通ですな。

ふむ、ピンキーこと今陽子さんは、ピンキーとキラーズ、結成前に「ピン」(ソロ)で既にレコードデビューしてたんですよね。だから、厳密に言えばデビュー曲ではないんだけど、「ピンキーとキラーズ」としては、この曲がデビュー曲というわけで、一応「デビュー曲ミリオンセラー」っていう記録には含むんだろうな、恐らく。

ただね、この曲の場合は、そう言う記録の他にも「オリコン記録」を持ってるからなぁ。
まずは、オリコン史上初の「ダブルミリオン」達成曲。そそそ200万枚を突破したのはこの曲がオリコンでは初めてなのですわ。

ま、とは言っても、オリコンがチャート発表を開始してから、1年も経っていない頃の出来事なんでね。それ以前にもダブルミリオンはあったはずですけどね。

それとなんと言っても、シングル1位獲得週記録ですわな。1位獲得週が17週。 これは48年経った今でも破られていない空前絶後な記録になっていますね。
 ま、もっとも17週連続ではなく、1968年9月23日付から、12週連続1位を獲得したのち、1週、12月16日付で2位に後退。 ただ、その次の12月23日付に返り咲き、再度5週連続で1位を獲得というチャートアクション。計17週1位獲得した訳ですわ。

ちなみに、「連続」1位は、72年〜73年にかけての宮史郎とぴんからトリオ「女のみち」の16週連続・・っちゅう記録が、こりも未だに破られずに君臨してますな。

さらに、ちなみに、アルバムを含めた、全作品でのオリコン1位獲得週記録は、井上陽水のアルバム「氷の世界」の35週。なんせ1位返り咲きが5回なんて「アホ」としか思えないチャートアクションを展開した訳で。。。


チャートまにあとしては、どうしても、そういう「記録」の面でこの曲を見てしまいがちなんですが。。。

ま、個人的には、この曲がヒットしていた頃は、まだ生まれていないんで、もちろん「後付」で聴いた曲になってしまうんだけど、でも、この曲を聴くと、どうしても60年代後半の混沌としたような世相を感じるなぁ。

なんて言うのかな、サイケデリックな気分になるんだよな。
・・・てか、サイケデリックってどういう気分? って言われてもコトバではウマく説明できなんだけど、うーむ、兎に角、あの60年代終盤の空気感ですよ。
なんて言うのかなぁ、あの時代って、良い意味でも悪い意味でも、どこかグツグツと煮えたぎったような空気感がありましたよね。猥雑というか、ベトナム反戦、安保反対っていう世相の中で、すくなくともクリアな空気感ではなかったと思う。

そんな雑然とした猥雑とした匂いを感じるんだよな。この曲からは。

特にサビの ♪ 恋は ワタシの恋は〜 ♪ からは特にサイケデリックを感じるなぁ。

まあ、悪い意味で書いている訳ではなく、ある意味憧れなんだよね、この時代の空気を吸えなかったモノにとってはさ。

作曲は、いずみたく氏。 奇しくも昨日書いた中村雅俊の「ふれあい」も同じ、いずみたく氏の作品だったけど、このヒトは、この時代・・・60年代後半から70年代にかけて、ヒット曲の顔でしたよね。象徴って言うのかなぁ。

で、この曲もそうだけど、次年の由紀さおりの「夜明けのスキャット」も、やっぱりサイケデリック感満載でしたよね。

なんかね、この方の作品を聴くと、不思議な・・奇妙な気分になる曲が結構あるんだよなぁ。

そうだ、サイケデリック感って、ウマくコトバでは表せない・・・ってかいたけど、敢えてコトバで書くと、「奇妙で不思議な感覚」なんだ。空調に浮遊しているような・・・。
 なんでいうのかなぁ、ちょっとワルいクスリを飲んでハイになった気分・・って言うかね。

そそ、個人的に60年代終盤というと、こんな感覚なんだよな。 そう言う意味でも、いずみたく氏っていうのは60年代終盤の象徴的な存在だったような感じが強いなぁ。




ピンキーとキラーズって、コーラスグループっていう印象が強いかもしれないけど、れっきとした「バンド」なんだよね。ま、それは、この動画でも分かると思うけど。
そそそ、三枚目キャラだった「パンチョ(加賀美)」さんがドラム叩いてたのよ。
 ソロ時代の今陽子さんは、全く売れなかった訳だけども、「ヒンキーとキラーズ」になった途端、大ブレイク・・・って言う流れは、後年のLINDBERGの渡瀬マキさんと同じ・・と見てもらえれば分かりやすいかな。

 ちなみに、今陽子さん、当時17才。 うーむ、高校生には見えないよなぁ。
どう見ても20歳は超えてるような・・・・ってくらい大人っぽい・・というか色気があるよな。

 
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青春の誓い / 中井貴一

1984_04_青春の誓い_中井貴一








今回の1曲セレクトは、「青春の誓い」中井貴一です。

まずはデータです。

・タイトル    青春の誓い
・アーティスト  中井貴一
・作詞      岩谷時子
・作曲      加瀬邦彦
・編曲      飛澤宏元
・リリース日   1984年3月21日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 22位
・売上げ枚数  7.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 26位
・タイアップ:TBS系ドラマ「青春泥棒 徹と由紀子」主題歌

えー、たまに変な曲をセレクトしたくなったりするんだけど、今回は「変な曲」です。。
・・・・・なんてね

いやいや、ヘンな曲じゃないですよ。 ちゃんとしたまっとうな曲です
でも、中井貴一・・・なんて書くと、「え?」なんて思うヒトも多いんじゃないかなぁ・・・とね。

そそそ、あの俳優の中井貴一氏なんですけどねぇ。その昔、今から32年前、「ウタ」を出していたんですねぇ。

まあ、俳優がウタを出す・・・っていうのは、珍しい事じゃない訳で、ほとんどは俳優業の余技って感じも多く、だからほとんどヒットしないことも多いんですけどね。

 ただ、時々なんかの間違い・・・いやいや、曲が良くて大ヒットすることもありますけどね。
まあ、中村雅俊氏とか、余技の範疇を越えて、完全に演技とウタを両立させていたりする方も中には居らっしゃいますけどね。

じゃ、この曲はどうなのか・・・というと、これは、完全に「余技」な感じでしたよね。

でもね、曲は良かった・・と思う。まあ、個人的な好みの問題でもあるとは思うんだけど、もろ60年代後半の青春歌謡ポップスって感じでさあ。

 うーん、歌謡ポップスっていうのは語弊があるかなぁ。そう書くと橋幸夫、西郷輝彦、舟木一夫・・な御三家みたいなイメージだもんね。
まあ、中井貴一氏のルックスから言うと、そんな感じがしないでもないけど・・・。

でも、曲的には「歌謡曲」というよりはポップスでしたね。そそそ、加山雄三とか、ワイルドワンズあたりのエレキサウンズ。
 と言っても、G.S的なもろガレージっぽくはなく、あくまでも良家の子息って言うイメージの・・・って感じですね。

まあ、作曲がワイルドワンズの加瀬邦彦氏だし、作詞が、加山雄三氏一連の曲を書いていた、岩谷時子女史ですからね、まあモロなんですけどね・・・。

なので、60年代後半の時代をリアルタイムで経験した方には懐かしい響きだったろうし、逆に当時はまだ生まれてなかったワタシなんかは、新鮮に感じたなぁ。

うん、この曲の当時は、まだネオG.Sブームも起こってなかったし、個人的にも時代を遡って音楽を聴くって事もしてなかったからなぁ。単純に、その当時の曲として新鮮に感じてたんだよね。

ま、結果的には、オリコンで最高22位まで行った訳で、そこそこ「スマッシュヒット」の部類にはなりましたよね。

ちょうど、32年前の今頃、「オリコンウイークリー」を定期的に買うようになった頃でさ、この曲のチャートアクションに一喜一憂してたったけな。この曲が最高位22位を取った前後、当時は週間売り上げが1万枚前後で、20位台って事が多かった頃でね、週間1万枚を超えては喜んでたりしたな。

まあ、単純にこの曲好きだったんだよね。 シングル盤ももちろん買ったしさ。


しっかし、この曲の動画、無いんだなぁ・・・・。 まあ、32年前のしかも「スマッシュヒット」だもんね。そんなにある訳ない・・・んだけどさ。。。
 ↑でこの曲好きだった・・・言いながら今まで書いて書いてなかったのは、動画が落ちてなかったからなんだよなぁ。

でも、めげませんよーだ。 ネットを探して、見っけてきましたわ

http://v.youku.com/v_show/id_XMTQ4MjUyNjUy.html

中国のサーバーなんで、もしかしたら繋がらないかもしれないけど、その時はスミマセン。
(こちらで繋げた時は、一応繋がりました)



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さらば・・・夏 / 田原俊彦

1983_08_さらば・・・夏_田原俊彦






今回の1曲セレクトは、「さらば・・・夏」田原俊彦です。


まずはデータです。

・タイトル   さらば・・・夏
・アーティスト 田原俊彦
・作詞     岩谷時子
・作曲     PAUL ANKA    BOBBY GOLDSBORO
・編曲     飛澤宏元
・リリース日  1983年8月12日
・発売元    キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  31.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1983年8月22日〜10月10日付

 いよいよ、今年の夏の終わりだーね。
・・・ということで、今回は、そんな「黄昏」な曲を持ってきましたあせあせ

 田原俊彦 /さらば・・・夏

まあ、ベタベタな超ストレートなセレクトなんだけど、8月の終わりにはこの曲を持ってこようと、前々から決めてたんでね。

 タイトルからして、そのまんま夏の終わり・・・というこの曲ですが、田原俊彦にとって、はじめての「エンターテイメント」を意識した曲ですね。

 なにせ、作詞 岩谷時子、作曲 ポールアンカ なんていう、とんでもなく豪華な布陣。それだけ聴いても、そのまんま50年代後半〜60年代に逆戻りしそうなイメージだもんね。

 では、そのまま、「ダイアナ」なのか、ロックンロールなのか・・・というと、さにあらず。。。

 カンツォーネ風のまっとうな曲であります。トシにとってもはじめての「大人」風の曲というわけでしたね。

 ただ、なにせ、あの「歌唱力」でしたからねぇ、かなり賛否両論あったのを覚えてるな。

 個人的には、前曲の「シャワーな気分」との落差を考えても、わりと好きなほうだったけどな。

 このヒトの場合、1曲、1曲、つねに、違った切り口の曲を持ってきていたのが、今から考えると良かったよね。
 たしかに、あの歌唱力だったけど、いつも、冒険心だけはもってたじゃん。本人もスタッフも。
 今になってみれば、そこは評価できるんじゃないかなぁ。

 賛否両論といえば、この年の第14回歌謡大賞は、この曲でトシがとったんだよね。

 これも、賛否両論だったよなぁ。かなり凄かったよね。
 結局、これが元になってか、この次の年は、トシもマッチも賞レースは辞退することになるんだよね。

 特にトシは、これに懲りてか、このあと、賞レースには出てなかったな。
 今から考えてみれば、もうこの時からジャニーズからの脱退の芽は出てたんじゃないかなぁ。。。

 なんか、穿った考えも知れないけど。。。




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