かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

山川啓介

家路 / 岩崎宏美

1983_09_家路_岩崎宏美

今回の1曲セレクトは、「家路」岩崎宏美です。

まずはデータです。

・タイトル    家路
・アーティスト  岩崎宏美
・作詞      山川啓介
・作曲      木森敏之
・編曲      木森敏之
・リリース日   1983年8月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  32.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1983年9月12日〜10月17日付
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「火曜サスペンス劇場」エンディングテーマ

最近はタイアップと言えば「アニメ」が圧倒的に多く、ドラマのタイアップは昔に比べるとかなり「下火」になりましたよね。
まあ、昔はドラマタイアップというだけで、「大ヒット」が約束されていた訳だけど、最近はドラマの視聴率が下落する一方で、タイアップだからって売れるとは限んなくなったからなぁ。 それよりはアニメタイアップの方が「売れ筋」という点では動きが良い・・・・っちゅうことですわな。
 うん、タイアップの数は変わんないと思うんだよね。昔ほどヒットしなくなったったんで少なくなったような錯覚になるだけでさ。

 ドラマタイアップも、ドラマの方が好調で、タイアップ曲の方も「第1弾」が大ヒットとなると、続けて第2弾も同じアーティストが担当する・・・って事は少なくない。
たださ、 第1弾よりも、第2弾タイアップの方がヒットする・・・ってことは、これは少ないんだよね。 いや、今までそういう事例って無いような・・・。 あれ? あったっけなぁ・・・。 ちょっとすぐに浮かんでこない。。。

やっぱり、第1弾のイメージっていうのは深いからねぇ。 これを払しょくするのは並大抵じゃないですからね。

今回は、そんな、第1弾タイアップが大ヒットし、続けて第2弾タイアップも・・・となった曲を一つ。

岩崎宏美「家路」。

はいはいはい、そうですねぇ。 この曲は、日テレで80年代絶大的な人気があった、「火曜サスペンス劇場」のエンディング・テーマ。
で、もって「火サス」、「岩崎宏美」と言ったら、第1弾タイアップの「聖母たちのララバイ」ぢゃないですか。

この曲は、その「聖母たちのララバイ」の後を受け、83年5月から「火サス」のエンディング・テーマとなった曲ですわ。

でもねえ、やっぱり難しかったですよね。 兎に角「聖母たちのララバイ」のイメージがあまりにも強烈だったじゃないですか。

かく言うワタシも「火サス」は見てたんだよね。
あ、そそそ、この頃自分の部屋に「テレビ」が来てさぁ、だからそれまで見てなかったドラマもこの頃は大分見てたなぁ。
「火サス」も「聖母たちのララバイ」から、この「家路」に変わったころも見てたんだよね。

当時、中学2年の・・今からして見ればまだまだガキだった訳だけど、当時からしてみても、「軽くなっちゃったなぁ」・・・って言う印象が拭えなかったな。

っつか、何度も書くように「聖母たちのララバイ」の印象があまりにも強かったんだよね。

まあ、「聖母たちのララバイ」の頃は個人的に・・・というより家庭環境的に大分色々あったからね。その分余計印象に強いんだよね、少なくとも他の方に比べると。 そう言う印象もプラスされているからなぁ。

それより何より、曲調がね、いかにも「ドラマの主題歌」っぽくなっちゃったな・・・っていう印象が強かったんだよね、この「家路」については。


当時・・というか、それ以前も含めてだけど、ドラマ主題歌って独特な感触があったんだよな。

ドラマ主題歌って、華やかでヒットの「主軸」で、時代を作って行く・・・っていうイメージが強いと思うんだけど、それはあくまで80年代中盤以降の話であってさ。 そそそ「金妻」とか「毎度おさわがせ〜」とか、もっと言えば「トレンディドラマ」以降の話なんだよね。

それまでのドラマ主題歌ってさあ、ま、確かに大ヒットした曲もあったけど、大抵はなんか垢抜けなくてさ、ジミーな印象の曲が多かったんだよね。「洋モノ」よりのポップスというよりも「和」がかったB級歌謡的な、コトバ悪く言えば「安全パイ」な曲っていうのかなぁ。特に日テレのドラマの主題歌ってそう言う曲が多かった。

ま、早い話がそう言う曲になっちゃったなぁ・・・って言う印象だったんだよなぁ、「聖母たち〜」から変わった頃の印象って。

だからねぇ、これは売れないだろうな・・・っていうのが当初の大方の見方だったんだよね、個人的には。

そもそも、♪ワインカラーの黄昏は〜♪っていうAメロからして弱く感じたんだよなぁ。 「聖母〜」の時の出だしAメロの ♪さあ 眠りなさい〜 ♪っていうメロディの、あのゾワゾワッとした独特の小悪魔感、それから曲に引き込まれていく・・・っていう感覚が感じられなかったし。 


・・・とは言うものの、実際はオリコンでは最高4位。32万枚っていう、当時のヒット基準から言っても「大ヒット」の部類に入った訳なんだけどね。

それでも個人的には、クリスタルキングと同じだよなぁ・・・って考えだったなぁ。 

クリキンもデビュー曲の「大都会」でいきなりのミリオンなんちゅう超大ヒットを記録したじゃん。そそそ、あの独特のアクの強さがあった「大都会」。 でも、第2弾の「蜃気楼」では、そんなアクの強さは無かった。
当然「一発屋」だろうな・・・という見方が強かったところ、第2弾の「蜃気楼」も50万枚オーバーの大ヒットを記録した。

・・・つまりさ、第1弾の大ヒットの「余熱」が、第2弾のころもまだ残ってた、それで引きずられるように第2弾もヒットした・・・ってあれですね。

この曲についてはこの現象と全く同じ・・・ だからね、曲の出来不出来云々ぢゃない・・・ってずっと思ってたんだよな、ワタシ。




でもさあ、あれから34年の月日が経ち・・・。 今あらためて聴くと、これはこれでアリだったな・・・って思えたりして   ・・・なんて自分も大分丸くなったよなぁ。

やっぱさ、なんやかんや言う手も、この手の「歌謡曲」が自分の一番の原点なんだよな。 うん、これはどうしても切り離せない訳でさ、やっぱり聴いてて「安心」なんだよね、なんにも考えなくていい分。

でも、当時は若かったからさあ、尖がってたし、常に新しい曲調を欲してた部分が強かったからなぁ。 だから、こういう「安心感」が強い曲では、物足りなかったんだよね。




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ふれあい / 中村雅俊

1974_10_ふれあい_中村雅俊


今回の1曲セレクトは、「ふれあい」中村雅俊です。

まずはデータでする。

・タイトル    中村雅俊
・作詞      山川啓介
・作曲      いずみたく
・編曲      大柿隆
・リリース日   1974年7月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 126.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年7月29日〜11月25日付
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「われら青春」劇中歌

前も書いたかもしれないけど、長年ヒットチャートを見てくると、ちょっと信じられない現象に遭遇かる事がある。
・・・まあ、「遭遇」なんで大げさかもしれないけど。。
 それでも、自分がリアルタイムでヒットチャートを見始めた以前のチャート・・・そうね、ワタシだったら、1977年以前かなぁ・・・となるとさ、結局後付けで、チャートを見たわけじゃん。

だからね、実際の曲としては、曲の内容からこの位売れたのかなぁ・・・なんて想像でしかないんだよね。
その想像と、実際に売れた枚数が、大体近い時もあれば、全く「当て外れ」の時もある。

今回は、そんな想像とは全く「当て外れ」だった曲を持って来ましょうかねぇ。

中村雅俊「ふれあい」

当時、「青春真っただ中」だった方々・・・、そうだなぁ、今、還暦前後の方には懐かしい曲ですよね。 みんな知ってるよなぁ、流石に。
 そそそ、当時、1974年4月から、日テレの「青春ドラマ枠」だった、日曜20時〜21時で放送されていた、「われら青春」の劇中で流れて、超大ヒットしてた曲ですよね。
 以前、青い三角定規の「太陽がくれた季節」でも書いたように、70年代から80年代初めにかけて、日テレの日曜20時は「青春ドラマ」枠だったんですよね。NHK大河ドラマの真ウラなんていう一見「不毛」とも思える枠で、そこそこ頑張っていたんだから、やっぱ、当時は青春ドラマ、人気があったんだよね。

そして、ここは当時の若手男性俳優の登竜門・・・ということで、今回の「ふれあい」を歌った中村雅俊氏が主役だったわけですね。
 当時23歳。青春ドラマということで、まあ「高校」の先生役だった訳だけど、当時の年齢からして、ほんとうに兄貴のような年齢だったわけだわね。まさに「青春」だったわけですわ。

ただね、当時5才だったワタシは、もちろん、このドラマ見てたわけじゃなんで、ちょっとその辺の事情にはうといんだよな。

だからね、この曲にしてもこんな超大ヒットしてたっていのうが、ちょっとピンとこなかったんだよなぁ。

なんせ、中村雅俊氏のレコードデビュー曲にして、いきなりのミリオンセラー。126.5万枚も売れたわけでさ。
しかも、オリコンでは、74年8月19日〜10月21日付まで、「10週連続」の1位獲得・・・なんて大偉業だったわけなんだよね。

もちろん、デビュー曲でのミリオンセラーっていうのは、オリコン史上、当時としては、これが初めての快挙だったんじゃなかったっけなぁ。

この辺のチャート事情、個人的には信じられなかったんだよなぁ。

オリコン10週連続1位で、売り上げ130万枚弱といえば、寺尾聰の「ルビーの指環」と、ほぼ同じ規模のヒットと言う事になるんだよね。

どう割り引いても、「ルビーの指環」と同じ程度のヒットには感じないんだけどな。。。

この曲、個人的にも昔から知ってはいたけど、ミリオンセラーになるような曲には、どうも思えなくてさあ。


当時、ミリオンセラーと言ったら、ヒット曲でも特別なそん存在だった訳でさ、それだけに特別なオーラを感じたわけなんだけどなぁ、この曲は、そう言うオーラは感じなかったしさ。
 
 その前に、この曲、ワタシ、中学生の時、ワタシが変わってた中学校の「全校合唱曲」だったんだよな
その印象がどうも強くてねぇ。。
 当時は、なぜにこんなに暗い曲を歌わにゃいけんのだ・・・なんて思ってたもんだよなぁ。今から30年数年前の中学生にとっては、刺激が少なかったんだよなぁ、この曲は。

でも、それより丁度10年前では、この曲、ミリオンセラーになってたわけだから、10年の間でヒット曲も大分刺激が強くなった訳なんだよなぁ。
・・・なんて感じたりもしたよなぁ。 そのくらい、よく分かんなかったんだよね、この曲がミリオンセラーって言う現実は。まあ、あくまで個人的な感想だけどさ。

やっぱ、70年代前半は、フォークブームだったですからねぇ。そう言うブームの真っただ中にリアルタイムに居ないと分かんない事って多いですからねぇ。
 

ちなみに、1974年って言う年は、比較的ロングセラーが多い年で、年間に4作もミリオンセラーが出たんだよな。
1980年前半まで、長らく、シングルのミリオンセラーは、年に1作か2作っていうのが通常だったから、それからしてみれば、年間4作っていうのはミリオンセラーの豊作年って言えるだよね。
 まあ、この年は、演歌と、この曲と同様にフォークが強い年でしたからねぇ。 演歌がロングセラー傾向が強いのは、昔はも今も変わらない・・・って訳なんだけども、フォークっていうのも意外とロングセラーの傾向が強いんだよな。
 ジミーにジワーリと売れるんだよね。まあ、曲調からしてジミーにジワーリっていう傾向が強いからなぁ。だからね、意外とこれら両ジャンルともに似たところがあるんだよなぁ。




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グッド・ラック / 野口五郎

1978_09_グッド・ラック_野口五郎


今回の1曲セレクトは、「グッド・ラック」野口五郎です。

まずはデータです。

・タイトル    グッド・ラック
・アーティスト  野口五郎
・作詞      山川啓介
・作曲      筒美京平
・編曲      高田弘
・リリース日   1978年9月1日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 4位
・売り上げ枚数  22.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1978年9月16日〜10月9日付

心情的に「あー、書きたいわぁ」と思っても、なかなか腰が上がらない曲ってあるんだよね、個人的には。
ま、大体が、ヒット当時は、それほど「真剣」に聴いてなかったんだけど、後年になって「お、良いぞ」と心変わりした曲なんだけどさ。

そう言う曲が、最近溜まってきてるんだよなぁ。

まあ、自分本位でセレクトして行くと、どうしても自分の中でずっと引っかかりが強い曲を最初に書いちゃう訳で、逆に、あんまり引っかかりが少ない曲、あるいは、ヒット当時、引っかからず接点が少なかった曲って残ってきちゃいますからねぇ。

・・・なんて、今回は愚痴っぽいマクラで初めちゃいましたが。。。

今回は、そんな「当時」は、引っかからなかったんだけど・・・今は引っかかってますよ〜・・・って曲をひとつ。

野口五郎「グッド・ラック」

なんて書くと、「え?」なんて思う方も多いかなぁ。

この曲は1978年(昭和53年)の今頃ヒットのピークを迎えていた、野口五郎として、78年の「勝負曲」とも言える1曲ですね。

オリコンチャート的に言えば、前年10月の「風の駅」(ザ・ベストテンの第1回ランキングでの第10位。つまりはベストテンで最初に出演した曲として有名ですね)以来、3作ぶりにベスト5入りさせ、同時に20万枚オーバーを記録した曲。

ま、そんな所からも78年の勝負曲だったってことは覗える訳なんだけども、逆に、この曲が最後のオリコンベストテンランクイン曲だったんだよね。

・・・なんて書くと、うそやん、その後も「ザ・ベストテン」じゃ、ランクインしてたやん・・・とか、言われる方もいらっしゃると思いますがね。。。

まあ、ベストテンの場合、オリコンなどのレコード売り上げだけじゃなく、他にも有線、ラジオ、はがきの要素を合算した総合チャートでしたからねぇ。
 レコード売り上げが低くても、他の要素で上位に来れば、充分にベストテン入り出来るまでの得点を補えたわけですわ。

とりわけ、野口五郎氏は、西城秀樹氏と並んで、「はがきリクエスト」がめっぽう強かったからなあ。

ちなみに、80年の「コーラスライン」なんて、オリコンじゃ、最高24位までしか行かなかったけど、「ザ・ベストテン」では、はがきリクエストと、ラジオチャートでベストテン入りさせていたんで、総合でもベストテン入りさせていたりします。


・・・・ととと、少し話がずれた。

というわけで、「グッド・ラック」ですが、この曲、大人っぽかったよなぁ。当時流行りだった、AOR(Adult Oriented Rock)、、つまりは大人向けのアダルトな雰囲気のロックって事なんだけど・・・。

まあ、当時の日本でのジャンルでいえば、「ニューミュージック」に当たるような音楽といったほうが簡単なんだろうけど、向こうじゃこういう名称か、あるいはアダルトコンテンポラリーって言われてましたからねぇ

ただ、日本的なAORと言うと、ニューミュージックよりも、もっと「大人びた」音楽だったような気がする。

例えば、この曲と同時期のAORだと、大橋純子の「たそがれマイラブ」とかね。とりわけ、「大人向け」の音楽でしたよね。

そんなAORに、当時はまだアイドル的な存在だった、野口五郎が挑戦する・・・ってことで注目されたんだろうな。この曲が当時売れた要因なのは。

なんて、推測的に書いちゃいましたけど、実は、個人的には、この曲の時点では、まだヒット曲の世界に入ってきていない。。。
・・・っちゅうのは、「ウソ」で、実は、既に片足入れてたんだけどね。

うん、初めて「ベストテン」を見た週の、第10位がこの曲だったんですよ

でーも、全く記憶が無いんだよな。。

ピンク・レディ、山口百恵、西城秀樹・・・あたりは記憶にあるんだけどなぁ。。。

・・・というのも、当時、ワタクシ、新御三家ではビテキ派でして、野口五郎氏も、郷ひろみ氏も、全く眼中になかったもので。。。。

まあ、それでなくても、この「大人」びたAORな1曲を、当時9歳のワタシが「ひっかかった」か・・っていうのは自信が無いな。

うん、曲としては、あんまり引っかかりが少ない曲でしたからね。 

♪ ごめんよ〜 どうやら〜 別れの時間だ〜♪ からのサビの部分にしても、それほど強烈なフックとなる部分を感じないし。 そうね「歌謡曲」としてのフックとなるような部分ね。
だから、全体的は「ツルン」とした印象なんだよな、この曲は。 まあ、個人的な印象ではあるけど、当時の歌謡ポップスって、エグいくらいのフックがある曲が多かったですからね。 まあ、それがインパクトとなった訳なんだけどね、それから比べると、この曲は、大きなインパクトの部分は無かったからなぁ。

ただね、だからこそ、より洋楽的に聴こえたんだろうね。

考えてみれば、同時期、郷ひろみ氏は、「ハリウッド・スキャンダル」で、初めて洋楽的な「ショービス」にアプローチした曲を歌っていた訳だし、新御三家の3人はそれぞれ、より洋楽にアプローチしていた時期なのかもしれない。

↑で書いたように、郷ひろみ氏が「ショービス」な世界、西城秀樹氏は歌唱力を生かしたワールドワイドな世界、そこからみると、野口五郎氏がAOR路線を選んだのは、そのキャラクターを考えると正解だったのかもしれないな。




この間、twitterに別途、「78年のベストテンVTR」持ってるヒトっているんだ・・・って書いたのは、実は、この動画の事なんだよね。
「グッド・ラック」、2本入ってるけど、2分40秒過ぎからの画像は「ベストテン」になるんだよな。
この時、第10位なんだけど、実は、個人的に「ベストテン」を初めて見たのが、まさに「この週」なのよ(1978年11月2日放送分)。
だらね、うーむ、フルで見てみたい

でもねぇ、ホントよく、こんなVTR取ってたヒトがいるもんなんだよねぇ。
どうやって取っておいたんだろ? その前に当時、ビデオデッキって高かったんだよな。一般家庭に、まだそんななかったもの。 さらにそれ以前にビデオテープがねぇ、めちゃくちゃ高かったのよ。
以前、国会図書館で、当時の新聞に掲載されていた広告を見てたんだけど、120分テープで1本3000円くらいしてたんだよな。だから、そう何本も買えなかっただろうし、普通は1回見たら、上からダビングしちゃうのが常だったと思うんだよね。
だからねぇ、こんなふうに40年ちかくも画像を取ってあると思うと頭が下がる訳ですわ。


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Mr.ブルー〜私の地球〜 / 八神純子

ブルー〜私の地球〜_八神純子






今回の1曲セレクトは「Mr.ブルー〜私の地球〜」八神純子です。

まずはデータでーす。

・タイトル    Mr.ブルー〜私の地球〜
・アーティスト  八神純子
・作詞      山川啓介
・作曲      八神純子
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1980年11月5日
・発売元     ディスコメイト
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   29.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位 
・ベストテンランクイン期間:1980年12月15日 12月29日〜1981年1月12日付
・タイアップ:NHK特集「パノラマ太陽系」テーマソング


 八神純子さんの曲って今まで、随分、書いてきたんだけど、過去のアーカイブをめくってみると、まだ、この曲は書いてなかったんだなぁ。うーん。
 てっきり、昨年の今ごろ書いていたとばっかり思ってた。何回か、本文のサブ的にこの曲のタイトルを書いたことはあったんだけどね。

・・・ということで、今回は「メイン」で引っ張ってきましたですわ。

 この曲、↑のデータでも書いたけど、もともと、この年1980年の「夏」に放送されたNHK特集「パノラマ太陽系」っていう番組のテーマソングだったんですよね。

 たしか1980年の8月第3週(だったと思う)の月曜〜日曜の1週間、19:30〜20:00の30分間。
 曜日ごとに、月曜日⇒月、火曜日⇒火星、水曜日⇒水星、木曜日⇒木星、金曜日⇒金星、土曜日⇒土星、日曜日⇒太陽
って感じで、当時、東大理学部助手だった松井孝典氏監修、解説の番組だったと思うな。各惑星の当時の最先端のトピックスを余すことなく紹介してたんだよね。

 実は、当時、ワタシは、天体小僧だったんだよね、ウン。安い天体望遠鏡を買ってもらって、晴れてたら毎晩、月を始め、木星、土星、金星、火星etc etcの惑星を見ては、プチ天体学者気取りで解説を書いてたなぁ。
 安い天体望遠鏡でも、月のクレーター、木星の縞模様と大赤斑と4大衛星(いわいるガリレオ衛星)、土星の輪なんかは、よく見えるんですよ。

 丁度この年の前年に、惑星探査機ボイジャー1号が木星に大接近、で、この1980年には土星に大接近ということで、一時的に天体ブームになっていたってこともあるんだけどさ、ワタシの周りの友達も、これに刺激されて、望遠鏡買ってもらって、一緒に観測したなあ。一時期はほんとに天文学者を目指そうとしたこともあったし・・・(多分無理だったろうけど・・


 そんなころに放送された「パノラマ太陽系」だったわけで、もちろん、くいるように見てたわけです。
 当時は我が家にはビデオがなかったからなぁ・・・。

・・で、毎回、番組の最後に流れたのが、この曲「Mr.ブルー〜私の地球〜」だったんですよね。


 もうね、イントロが流れてきてだけで感動でしたね。だっても毎日のテーマになっている、各天体の映像と、この曲があまりにもマッチしてたんだもん。

 ワタシね〜、この曲がシングルとして発売されるのほんとに、待ってたのですよ(そのわりにはシングルを買ってなかったりする・・・(爆))

 いや、この曲が出れば、きっとベストテン入りしてくる、そうすれば、毎週のようにこの曲が聴けると思ったからなんでしょうね。

 兎に角、イントロの神秘的なエレピとシンセの調べが本当に宇宙空間のような壮大さを感じさせたし、メロディ本編もそうだよね。
 八神純子の場合、その前の年、1979年にやはり宇宙に思いを馳せるような「ポーラースター」っていう曲をヒットさせているけど、イメージ的には、これに近い、壮大さを感じさ競るところは似ているけど、この曲は、さらに力強さをアップさせて、そらに大きな宇宙空間を感じさせるようなつくりになっていますよね。

 それら絡まってくる、八神純子の真骨頂でおる、高音でのロングトーンも健在。
・・というか、この曲がロングトーンといういみでは、この曲が一番目立ったんではないかなぁ。

 ・・ということで、個人的には、この曲は100点満点あげたくなっちゃうくらいの曲。

 ただ、ジャケットがあんまり好きではないな。
多分ね、もともとこの曲、レコードリリースの予定なかったんではないかな。でも、「パノラマ太陽系」での評判がよかったんで、臨発だった(?)のかなぁ。 そんな感じでなんか、ありあわせのようなジャケ写で、曲とイメージが全然違うのは惜しいんだよな。


 しかし、あのころのNHK特集って、「シルクロード」の喜多郎もそうだったけど、「壮大さ」を前面に押し出した曲が多かったよなぁ。
 映像と音楽がほんとにシンクロしていたと思うな。




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哀愁のカサブランカ / 郷ひろみ

1982_09_哀愁のカサブランカ_郷ひろみ






今回の1曲セレクトは、「哀愁のカサブランカ」郷ひろみです。

 まずはデータです。

・タイトル    哀愁のカサブランカ
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞      B.HIGGUNS S.LIMBO J.HEALY   
・作曲      B.HIGGUNS S.LIMBO J.HEALY
・日本語詩   山川啓介
・編曲      若草恵
・リリース日   1982年7月17日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   50.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1982年8月2日〜10月11日付

 えー、長年ヒット曲を聴いてくると、ヒット当時はキライだったけど、今は・・・って言う曲が結構あるもんなんですよね。
 まあ、自分の置かれる立場とか、周りの環境、年齢によって、同じ「曲」でも違って聴こえるから、これが不思議なもんなんだよね、音楽の力って。

 そういうことで、今回は、ヒット当時、「大っきらい」だった曲を引っ張ってきました。

 郷ひろみの「哀愁のカサブランカ」。

 今になって考えると、なんで、キライだったのか? って感じなんだけど、生理的に合わなかった・・・としか言いようがないんだよなぁ。当時は、なんだか、郷ひろみってヒトの曲と生理的に合わない曲が多かったんだよね。

・・・ってこれ、前にも書いたけど・・・。

 それと、当時の自分の置かれた立場、環境もあって、この寂しい、濡れた感じがとてつもなく嫌だった・・・って所もあるかな、今思えば。

 決して、この曲から「ザ・ベストテン」や「トップテン」などのベストテン番組の出演を拒否したからぢゃないな。

まあ、それが一番手っ取り早かったから、当時は、そのせいにしてたところもあったけど・・・。


 ただねぇ、「キライキライも好きのうち」って言うのかなぁ・・・。なんか、いつも心のどこかに引っかかっていたものはあったな。なんかの折に、つい、頭の中にこの曲が浮かんできちゃったりして・・・。

 あ、これは、次の「黒い瞳のナタリー」の時もそう。表面上はキライだったの。あまりに悲しすぎるじゃん。曲が。
 当時の精神状態から言って、その手の曲はダメだったのね。でも、頭の中のどっかに常に、メロディが残っているような感覚があってさ。

 今思うと、本当は好きだったんじゃないか・・・なんて思うんだよね。

 まあ、今でもそうだけど、典型的な天邪鬼な性格なんだなぁ。自分に素直になれない部分があるっていうかさ。

 うん、この曲、聴くと、そういうところをいつも感じますよ。

 もちろん、今は、全然平気なんだけどね、この曲聴くことに関しては。逆に大人になったからは、いいもんね、この曲。
 カラオケでも歌っちゃいますよ。

 まあ、当時13才。まだまだ 大人向けの「渋さ」を理解できなかったところも確かにある。


 ところで、なんで、突然、この曲をカバーすることになったのか・・っていうところ・・・。
 それまであんまりカバーしてこなかったヒトだったからさ(75年の「バイバイベイビー」(by ベイシティローラーズ)くらい?)

 当時は、当然レコード会社からの持込みだと思ってたの、ずっと。
 オリジナルのバーティヒギンズの「カサブランカ」もCBSソニーからリリースされていたからさ。

 でも、実際は、ニッポン放送の はた金さんがバーティヒギンズの「カラブランカ」の大ファンで、放送で使いたいから、試しにレコーディングしてよ・・・って依頼されて録音したところ、「お、いいね!」ってなって、急遽、リリースされたようなんだよね。

 もちろん、ここまでの大ヒットになるとは、誰も思ってなかったらしい。
 だから、本人も、周りの人も 「棚からボタもち」状態だったようなんだよね。

 ま、ヒットが生まれる時って往々にして、そういうことがあるけどさ。

 ただ、これをきっかけにして、カバー付いちゃった郷ひろみ にもなっちゃったんだけどさ。

 まあ、今となっては、カバーでくらいしかヒットが出なくなっちゃったから、それもいいのかもね。




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聖母たちのララバイ / 岩崎宏美

1982_05_聖母たちのララバイ_岩崎宏美






今回の1曲セレクトは、「聖母たちのララバイ」岩崎宏美です。

 まずはデータでーす。

・タイトル      聖母たちのララバイ
・アーティスト    岩崎宏美
・作詞        山川啓介
・作曲        木森敏之,John Scot
・編曲        木森敏之
・リリース日     1982年5月21日
・発売元       ビクター
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     80.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年5月31日〜9月6日付
・タイアップ:日本テレビ系「火曜サスペンス劇場」エンディングテーマ


 うーん、できれば、この曲は避けたい気持ちが強いんだけど、ヒット曲史上、この時期のヒット曲としては代表曲と言えるし、さらに1982年でも重要な曲と言えるので、どうしても外す訳には行かないんだよね。
 なので、後ろ髪がひかれる思いで引っ張ってきました。

 いや、別にこの曲がキライというわけではないんだけど、スキキライの前に、この曲がヒットしている頃、当時、住んでた福島の「いわき」から千葉に引っ越してくることになったんだけど、これが結構大変な思いの末の引越しだったんですよ。
 まあ、ヒトに説明することでもないので、詳しくは書かないけど、当時、家庭内不和がありまして、一家離散の危機の末での引越しだったんですよ。

 そんなこともあったんで、この曲は、ワタシにとっては、一種の「トラウマ」なんですよねぇ。


 この曲は、メロディラインはややメランコリックなというか、ちょっと怪しげな不思議なイメージを持った感じじゃないですか。この感覚が「トラウマ」に感じるにはうってつけだった・・・とも言えるんだけどねぇ。


  誰でも知ってることだけど、この曲は、今は無き、日テレ「火曜サスペンス劇場」のエンディングテーマだったんですよね。
 「火サス」は、この曲が発売される前年の1981年10月から放送開始された、2時間ドラマだったわけだけど、最初から、この曲が「エンディング」だったんですよ。

 で、もともとは、レコード化される予定は無かったんだよね。ただ、当初から視聴者の反応がよかったことから、視聴者抽選で何百人かにプレゼントという企画でレコード化したところ、数万通にもおよぶ応募があったことから、風向きが変わる。

 その頃には、有線で早くもベストテン入りしていたし、日テレにレコード化を要望するリクエストが殺到するわで、急遽、レコード発売されたという、かなり曰くつきの曲でもあるんだよね。

  そんな大変な反応から、当初はミリオンセラーは硬いって言われてたんだけど、最終的には80万枚で止まってしまう。 ま、80万枚でも大ヒットは間違いないんだけど、当初の反応からしてみれば、意外だったんだよね。
 これは、当時、広まりつつあったレンタルレコードのせいだ〜! って騒がれたなぁ。
 現に、前年まで、年に3枚ほどあったミリオンセラーが、この年は1枚(あみん「待つわ」)のみ。レコードの売り上げが右肩下がりになってきてたんだよね。
 今でこそ、レンタルにも著作隣接権がかけられて「合法」になったけど、この当時はレンタルには、著作隣接権が確立されておらず、著作権使用料が徴収できなかったんだよね。そんなこともあって、レコード業界からは目の敵にされていて、騒がれてたんですよねぇ。


 しかし、どうして、この曲にあれだけの反応があったんだろう?

 まあ、単純に曲がいいからなんだけど、どこがというと、正直、ワタシとしては答えにつまっちゃうんだよね。何分、「トラウマ」の曲だから。。。

 ひとついえることは、優しくもあり情熱的でもある1曲中での変化っていうのかなぁ。
 まさに喜怒哀楽を表しているような曲だとおもうんですよ。
 そこに岩崎宏美のソフィケートされた伸びやかなボーカルがからまって・・そういういろんな表情が見えるこの曲に、魅かれるんだろうなぁ。


 そんな1982年を代表するこの曲だけど、当時を知っている方には、知られすぎた事実だけど、この曲はレコード大賞はとってない。
 作曲者が外人だから、レコード大賞ノミネート条件の規定にふれて、ノミネートさえされなかったからなんだよね。
 結果的に、この年は、細川たかしの「北酒場」が大賞をとるんだけども、たださ、変化球が好きなレコ大のこと、仮にこの曲がノミネートされてても、大賞をとったかどうか・・・・。個人的には疑問だとおもうなぁ。

 ちなみに、レコード大賞とならぶ、当時の日本の2大音楽祭のもう片方の「日本歌謡大賞」は、この曲がグランプリを受賞しておりまする。



 個人的にいろいろあった、1982年なんだけど、唄は世につれ、世は唄につれ・・・いろいろあったからこそ、今でも色褪せない思い出となっているんだけどさぁ。。。





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時間よ止まれ / 矢沢永吉

1978_06_時間よ止まれ_矢沢永吉








今回の1曲セレクトは、「時間よ止まれ」矢沢永吉です。

 まずはデータでーす。

・タイトル       時間よ止まれ
・アーティスト     矢沢永吉
・作詞         山川啓介
・作曲         矢沢永吉
・編曲         (クレジットなし)
・リリース日      1978年3月21日
・発売元        CBSソニー
・オリコン最高位    1位
・売上げ枚数      63.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1978年5月15日〜8月14日付
・タイアップ:資生堂78年夏のキャンペーンソング

 永ちゃんは4月に書いた、「YES MY LOVE」以来かな?

 で、永ちゃんのこの時期の曲といったら、あーた、この曲しかないぢゃありませんか!?

  「時間よ止まれ」

 永ちゃんの代表曲でもあり、最も「売れた」曲ですよ。
プラスして、資生堂78年夏のキャンペーンソングとして、37年前のこの時期、ガンガンCMで流れてましたね。

 78年の夏の化粧品キャンペーンは、CMを媒体効果としてのキャンペーンを始めて以来・・といってもいいほど、熾烈なキャンペーンソング争いが行われたんですよね。

 資生堂は、この「時間よ止まれ」。
片やカネボウは、サーカスの「Mr.サマータイム」と、奇しくも両者ともにオリコンの1位を獲得。どちらの曲も60万枚台セールスのという、勝負としてはどちらもの「分け」勝負といえる大ヒットでしたよねぇ。

 ここから、80年代にかけてのK社 vs S社のキャンペーンソング争いが本格的に始まった・・といっても、過言ではないんですよね。

 それにしても、この「時間よ止まれ」は、当時、とっても「大人」の曲に聴こえたなぁ。
 雰囲気なんだよね、大人の。 当時8歳のワタシにとっては、ピンクレディでさえ、大人の世界に映っていたんだから、ましてや、この曲は大人の世界だったなぁ。

 ♪汗をかいたグラスの冷えたジンより〜 ♪

のところが、子どもでは到底知らないなんだよね。とかく「ジン」っていうお酒が「大人」だったんですよ。当時のワタシにとっては。

 あー、「ジンライム」がのみたくなってきた。。余談だけど(⇒痛風につき禁酒 禁酒 禁酒 禁酒 禁酒・・・・・)



 もちろん、矢沢は、当時はテレビには全く出ないアーティストだったから、ラジオも聴かない子どもにとってはCMで聴くより手立ては無かったわけで、それほど、耳なじんでいた曲ではなかったんだけどね。

 それでも、例の

 ♪ 時間よぉ〜 止まれ〜 ♪

 は子どもながらにシビレましたねぇ。いやマジで。

 と同時に、この世にはテレビに出ない歌手がいることも分かったんだけどね。

 でも、あの当時の「シビレ」た感覚は、今でも変わらないんだよなぁ。 この曲を聴くと、いまでも78年の当時の感覚に戻っちゃう、というか、あの当時の映像が浮かび上がるんだよねぇ。


 ちなみに、永ちゃんにとって、この曲が初のベストテンヒット。もちろん、キャロル時代を通じて。
 そして、いきなりの1位獲得。 この年、自伝の「成りあがり」も大ヒットだったけど、まさに「成りあがり」の1年だったんだよね。永ちゃんにとって。




やっぱ、かっこええね。 男が惚れる男って感じだよなぁ。
今の時代、こんな男が惚れるような「男臭い」アーティストって、少なくとも「若手」には居なくなったかなぁ。


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南回帰線 / 堀内孝雄 滝ともはる

1980_05_南回帰線_堀内孝雄 滝ともはる






今回の1曲セレクトは、「南回帰線」堀内孝雄 滝ともはる です。

 まずはデータです。

・タイトル    南回帰線
・アーティスト  堀内孝雄 滝ともはる
・作詞      山川啓介
・作曲      堀内孝雄
・編曲      石川鷹彦
・リリース日   1980年4月25日
・発売元     ポリスター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   37.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1980年5月26日〜7月21日付
・タイアップ:サントリービールCM曲

 えー、今回の1曲セレクトは、全くセレクトした意味はありませぬ。ってか、いつもそーだけど、今回は、特にこの曲を選んだ意味は無いのよね。
 いつものごとく、昔の「今ごろ」のチャートを見つつ、ちょうど、目に留まった曲を持ってきちゃった・・・と。

 ふむ、堀内孝雄 滝ともはるの「南回帰線」ですぞ。

 この曲、当時、CMでよく流れてたよなぁ・・・っていう印象が、強いんだよねぇ、今でも。サントリービールのCMよ。
 どーいうCMだったか・・・っちゅうのは、忘れちゃったけど、この曲のサビの部分

 ♪ 若さとは〜たましいが〜野生の歌を歌うこと〜 おいーかけーるゆーめが〜ある〜かぎり〜 ♪

 って部分は、なんかすごく印象に残ってるんだよね。

 まあ、この年は、結構、CMで使われた曲がヒットした年でもあったしなぁ。うん、印象的・・・というか、キャッチーな曲が多かったんだよね、CM曲が。
 ミノルタの例の「いまのキミはピカピカに光って」とか、山下達郎の「RIDE ON TIME」とか・・・。
 なに? 「RIDE ON TIME」はキムタクのドラマの主題歌だって? 
ノンノンノン・・・そう思っているあなたは、まだ時代が浅い。もともとは80年のマクセルのカセットテープのCM曲だったの。

 まあ、まだ、CMタイアップをとれば、必ず大ヒットする・・・なんて確約は無かった時代だけど、考えてみれば、この辺から、そういう流れも出てきたいたのかもしれないな。



 ところで、この曲は、もともと堀内孝雄のソロの曲だったけど、CM用として、シングルに切ったのは、滝ともはるとのデュエットだったんだよね。
 もちろん、ベストテンとかにも出演してたんだけど、そん時のアレンジがかっちょ良かったんだよね。
 レコードと、かなり違うの。レコードのバージョンは、なんかさ、のぺーっとしてるんだけど、もっと、疾走感があってさ。

 私ねぇ、この曲に関しては、レコードのバージョン聴くよりも、ベストテンで聴いたのが先でさあ、後年、この曲のレコードを手にしたとき、ちょっと期待してたんだよね。おー、あの疾走感がある「南回帰線」が聴けるぞー・・・なんてさ。

 でも、実際、レコード聴いたら、なんか、のぺーっとしたアレンジで、おもわず「何これ?」なんて言っちゃった記憶があるわ。

 なーんか、がっかりしたよなぁ。



そそそそ、テレビではこのアップテンポの感じだったのよ。
レコードもこの感じだっと思ってたんだよね。



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