かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

山口百恵

青い果実 / 山口百恵

1973_09_青い果実_山口百恵

今回の1曲セレクトは、「青い果実」山口百恵です。


まずはデータです。

・タイトル    青い果実
・アーティスト  山口百恵
・作詞      千家和也
・作曲      都倉俊一
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1973年9月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数 19.6万枚
・ベストテンランクイン期間:1973年10月1日、10月15日〜10月22日付

この間書いた安室奈美恵さんの人気がある中での電撃引退。 まあ、人気がある中電撃的に引退を発表なんてのは、歌い手以外、女優であったりアスリートであったり人気者って言うところから見れば、これまでもいくつもあった訳なんで、そうそう衝撃的な事実でもないんだろうけどさ、ここまでニュースが広がって来たってことは、やっぱり衝撃的なニュースだったんだろうね。
 今週のレコチョク週間ダウンロードランキングをみても、ベスト3すべてが安室の曲で占められているって事から見てもさ、やっぱり衝撃的な事実だったんだわなぁ・・・って事が良く分かるわな。

やっぱり一時代を築いた「ディーパ(歌姫)」の引退って言うのは、いつの時代も衝撃的なんですねぇ。
でぇ、もって・・・・。振り返ってみれば「ディーパ」の人気最高潮での電撃引退って言えば、やっぱ山口百恵さんは外せないところだよなぁ。

79年の結婚発言、それに伴う電撃的な引退発表・・・。そして80年10月の引退。 あれから来月で丁度38年ですわ。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、久々に山口百恵さんの曲を持って来ましょうか。。。

でもねぇ、百恵さんの曲の主だったところは、もうすでに書いてるぞよ・・・。 と思ったんだけども。。。
個人的にタイムリーで聴いてたのは、77年頃からだからさ、それ以後の曲はほぼ書いちゃってるんだけども、それ以前の曲は、逆に、まだほとんど書いてないんだよな。。

なんで、丁度いい機会ですわ、「最初期」のヒットを持って来ましょうか。

「青い果実」

いや、でもねぇ、タイトルを持ってこられても、もしかするとちょっと「ピン」と来ない方もいらっしゃるかもしれない。
実際、ワタシも曲を聴くまでは「ピン」と来なかったヒトの一人でして。。。

ま、曲を聴けばね、「あ、あれね〜」っていうのは一目瞭然なんだけどさ。

いや、正直言うと70年代前半の曲って、未だに意外とそう言う曲が多いんだよな。タイトルだけだと「?」なんだけど、曲を聴けば「あ、あれねー」ってやつ。アイドルでもニューミュージックも問わずさ。

やっぱ、まだ物心ついてなかった頃なんでねぇ、70年代前半は。

あー、話がずれた。

で、「青い果実」ですわ。 この曲は歌詞が刺激的・・・ってことで、当時話題になった曲ですわ

そそそ、Aメロ出だしの 

♪ あなたが望むなら 私何をされてもいいわ〜 いけない娘だと噂されてもいい〜 ♪

ってところですね。

ま、今、活字かくと、全くピンと来ないところもあるんだけど・・・。 当時はこれでもコペルニクス的な衝撃だったわけです。

つまりさ、あなた(彼氏)が望んでるなら、ワタシはSEXでも、なんでもやるわ〜 って事ですわな。

ここでは、これまでも何回も書いた事だけど、当時「アイドル」ってヒトたちは、本当の意味でのアイドル⇒偶像 だったわけですわ。 そそそ崇拝に値するお方ですわ。

最近、ネット上ではよく「ネ申」っていうでしょ。 当時のアイドルってある意味、本当の「神」だったわけですわ。
そんな「神」なお方は世俗的で汚らわしい態度は取らない・・・って訳ですわな

「アイドルはウンコしない」って本気で思われてたところがあるんだから  

バカヤロー、ウンコしなきゃ人間死んじまいまっせ・・・なんて、今では幼稚園のクソガキでも誰でもそう思うでしょ。でもさ、当時はそうじゃなかったんだよね。

ま、言ってみれば、今の「2次元」的な捉え方だったんですかねぇ。アニメではなく生身の人間なんだけども「2次元」的っていう・・・。 それだけ「テレビの中の世界」っていうのは遠かったって事ですね。

最近NetflixのCMで、さんまが「俺らの頃はテレビに出てるって凄かったから・・・」って語ってるでしょ。 あれですわ。

そんな別世界な「偶像」であるお方が、「あなたが「したい」と思ってるなら、ワタシはSEXでもなんでもボロボロにされてもいいんだから」なんて「世俗」な事をテレビから語って来る。 これは衝撃的だったんですわ、当時としては。 「SEX」なんて少なくともアイドルの世界ではタブーでしたからねぇ。

「青い性」って言われましたよね。

山口百恵さんは当時15才。中学3年。 桜田淳子さん、森昌子さんとともに「中3トリオ」って言われ始めてた頃ですわ。


でもね、山口百恵さんも初めからこういう「青い性」を売りにしていた訳ではない訳で。。。

この「青い果実」は、デビュー2弾シングルですわ。 デビュー曲は、この曲の4か月前にリリースされた「としごろ」って曲

↓ コレ


これが、健全でめっちゃ明るい曲なんですわ。 70年代アイドルの王道ていうかね。
ただ、これが売れなかった。 

なぜか? 同じスタ誕出身で、デビューが3ヵ月先行していた桜田淳子さんに曲のタイプが似ていたってのが゜、おおよそ言われている事なんだけどね。

桜田淳子さんって、後年こそ某宗教に走ってしまい、「宗教的」「小難しい」っていう「陰」のイメージが強くなっちゃったけど、デビュー当時は太陽な明るさ、スマイルっていう、めっちゃ「陽」なイメージだったんですよね。
現にそれで「人気を獲得」した部分も強かった訳でさ。 アイドルとしては超優等生タイプだったわけです。

山口百恵さんは、それを凌ぐだけのキャラクターを持っていなかった。しかも、デビュー時期が淳子さんより後発だったしね。
 だから同じ「陽」の部分をいくら強調しても桜田淳子さんを超えられないし、なにより百恵さん自身にとっても曲がしっくり来てない。。。

・・・そういうことで、第2弾シングルは、路線変更をせざるを得なかったってわけですわ。

で、行き着いたところが、当時はアイドルのヒトたちにはタブーとされていた「性」を売り物にするって言う路線ですわな。
「陽」とは正反対の「陰」の部分を強調する事。 まあ、百恵さん自身、見た目華やかなルックスではなかったし、逆に言えば、どこか「影」がある印象だったしね。だから「陰」を強調するしかなかったって事でもあるんですよね。 

まあ、結果ここまで大変身なくても・・・とも思えたりもするんだけど、結果、これが「当たった」ってことでさあ。
やっぱやるからには大胆にってわけですわな。何事も中途半端はダメってわけなんだろうねぇ。

第2弾のこの「青い果実」で、初のオリコンベストテン入り。

当初、人気と言う面では、先行デビューしていた、森昌子さん、桜田淳子さん、を追いかける立場だったんだけど、この曲のヒットでかなり追い付いたんですよね。

しかも同じアイドルポップ路線ということで、最大のライバルだった桜田淳子さんよりも、ベストテン入りと言う面では「先行」しちゃったわけでさ。

そそそ、この曲がベストテン入りした時点では、桜田淳子さんは、まだベストテンヒットを出してなかったんですわ。

うーん、73年の新人賞を総ナメにし、この年の新人王間違いなしの桜田淳子さんから見ると、もしかすると、これは意外な事実かもしれないけどさ。

まあ、この年の12月には桜田淳子さんの第4弾シングル「花物語」がベストテン入りし、僅か2ヶ月で追いつくんですけどね。

いずれにしても「中3トリオ」の人気が「ホンモノ」になり始めて来ていた頃のお話ってわけです。


 
この曲、都倉俊一先生の曲だけど、この曲の頃は、まだピンク・レディーの匂いは感じないんだよね。
個人的に都倉俊一氏っていうと一連のピンク・レディーの匂いを感じちゃうんだけどねぇ。

いずれにしてもこの曲の成功で、この先も「青い性」路線が続き、次の年の「ひと夏の経験」で、この路線が「大爆発」。伝説の歌姫への道を辿ることになる百恵さんです。

ちなみに、デビュー第2弾シングルでブレイクした女性アイドルは「大物」になるっていうジンクスは、この「青い果実」の百恵さんから始まり、後に松田聖子さん、中森明菜さん・・・と引き継がれることになるんですわ。



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横須賀ストーリー / 山口百恵

1976_07_横須賀ストーリー_山口百恵


今回の1曲セレクトは、「横須賀ストーリー」山口百恵です。

まずはデータです。

・タイトル     横須賀ストーリー
・アーティスト   山口百恵
・作詞       阿木耀子
・作曲       宇崎竜童
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1976年6月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 60.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1976年7月5日〜10月4日付

7月ですね。夏本番間近・・ってこともあるけど、のっけから蒸し暑い1日ですわ。週末って事もあるけど、「体力の限界」って感じですわ。
 ここ数年、クーラー何ぞつけたことないんだけど(電気代ケチケチ生活って言うのもある)、今日はちょっと無理。
クーラーをガンガンかけた部屋で書いておりまする。

さて、7月1発目の1曲セレクトは、百恵様で行きましょうかねぇ。

横須賀ストーリー。

うーむ、この曲もまだ書いたなかったんだな。 売り上げ的に言えば、山口百恵さん最大のヒットとなったこの曲ですね。
 そそそ、あの「いい日旅立ち」(売上げ53.6万枚)よりも、この曲の方が売上げは上なんだよね。

・・・・と言っても、60万枚強。

この売り上げ枚数を多いと見るか、「そんなもんなの}」と見るか・・・と言うところなんだけども、前から書いているように70年代アイドルの場合、売上げ50万枚というのが、一つの壁となっていて、50万枚以上売れた曲って言うのは、そんなに多くない。ましてや、60万枚強となると、さらに少ないんだよね。
 
 レコードの購買層の中心は、ティーンエイジャーというよりは、もう少し上の年齢と言う事もありーの、やっぱり時代は、まだ歌謡曲中心だったからね。

それから見ると、この曲は、百恵最大のヒットとしては相応しい売り上げだったんじゃないかな。

ま、売り上げ云々は別として、実際ベストテン内に3ヵ月間居座ったし、手前味噌で申し訳ないけど、ワタシのランクでは、8週連続1位でしたからねぇ。
そんな動きをみると、大ヒットだったって事は如実ですよねぇ。

でも、そんな大ヒットを出した、山口百恵さんですが、この曲にたどり着くまで、2年余りはそれほど突出した大ヒットは無かったんだよね。
まあ、・・とはいえ、平均30万枚近くの売上げは記録していた訳で、通常の「歌手」から見るとスーパースターだけどさ。

これと言った代表曲はなく、実際の所、百恵自身も悶々と過ごしていたらしいですね。

そんな中でのこの1曲。 百恵自身の意識も変えるほどのターニングポイントとなった曲だけど、そのウラでは、やっぱり、なんだかんだ言っても、阿木耀子、宇崎竜童夫妻の力が大きかったと言わざるを得ないだろうなぁ。
 
 そそそ、山口百恵と言えば、阿木耀子、宇崎竜童コンビの曲っていうのが、定番のように思えるけど、実際は、この曲からなんだよね。

宇崎氏曰く、この曲はシカケもなにも考えずに素直に作った・・と言う事なんだけども、そのシンプルさが返って良かったのかもしれない。 余計な全肉をそぎ落とした1曲・・というか、阿木さんのコトバ一つ一つが、ストレートに伝わって来ますよね。
それが、曲全体のインパクトに繋がってくる・・・というかね。兎に角曲全体がインパクトなんだよな。

もちろん、そこには、アレンジの萩田氏の力も忘れる訳には行かないんだけどさ。 うん、こちらに迫ってくるようなイントロはインパクトそのものだしなぁ。
それに続いて、 ♪ これっきり これっきり〜 ♪ っていう、一種変わった譜割りのメロディが続く訳で。

やっぱり、この曲の肝だよね、イントロからこのAメロの部分は。

いずれにしても、この曲から、阿木、宇崎コンビが、ラストの「さよならの向う側」まで続く訳で、百恵の本当の意味でのスーパースター伝説は、ここからスタートしたと言っても過言じゃないわけですよね。



えー、この時、百恵17才なんですが・・・・。まあ、なんて大人っぽいんでしょう。
今のアイドルなんてさあ、20才越えたいい年しても、一向にガキっぽい曲をガキっぽく歌ってんじゃん。このヒトの爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいよね。大人になれやってさ。
 それと存在感だよなぁ。スーパースターの条件だよなぁ。その点からすると、最近はスーパースターと呼べる人がほとんどいないっていうのが分かりますね。存在感がある人が少ないんだよね。
だから、グループに逃げるんですよ。存在感があればソロで充分な訳で、グループにする必要もないんだよね。



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赤い絆〜レッド・センセーション〜 / 山口百恵

1978_01_赤い絆_山口百恵








今回の1曲セレクトは、「赤い絆」山口百恵です。

まずはデータでする。

・タイトル     赤い絆〜レッド・センセーション〜
・アーティスト   山口百恵
・作詞       松本隆
・作曲       平尾昌晃
・編曲       川口真
・リリース日        1977年12月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数   21.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1978年1月16日〜2月6日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「赤い絆」主題歌

 山口百恵さんの曲も、ワタシがリアルタイムで聴いてた、70年代終盤〜引退までの曲はすでに大体書いたんだよね。
 なので、今年は、リアルタイムで聴いてた78年から以前に遡ることになるのなぁ。
まあ、78年以前は現時点でも、あんまり聴いてないんでね、どこまで書けるかはちょっと不安だけど。。。

・・ということで、今回は、まだ、リアルタイムでは聴いてなかった、78年の今頃のヒットを持って来ますか。

赤い絆〜レッド・センセーション〜。

TBSで放送されていた大映ドラマ「赤いシリーズ」の第6弾、同名タイトルの主題歌ですわね。
ま、改めて書かなくても、ワタシらの世代くらいまでは覚えてる方も多いんじゃないかなぁ。

今、調べたら、平均視聴率29.5%だって。すんごいですねぇ。。。今は、単発でも30%近いドラマなんて皆無だもんなぁ。いかに当時の百恵さん主演のドラマ、うんにゃ「赤いシリーズ」が人気があったか・・・ってのが分かりますよね。

・・・といかにもワタシも見てたぞ・・・風に書いてたりするけど、スミマセン、ワタシ見てなかったです。。。。

なので、これ以上ドラマのことは語れないんだけどさ。。。


でも、この曲は、これまで大分聴いてきたよなぁ。

この曲と言ったら、なんと言っても、番組開始時の「ザ・ベストテン」だろうなぁ。 

初めてのベストテンを発表した1978年1月19日放送分では11位。 
僅かにベストテンから漏れてんですよね。それでいて、出演拒否だった中島みゆきさんの「わかれうた」は4位にランクインされていて、この事で、当時の若手ディレクターたちは、上からこっぴどく怒られたそう。

当時の正直から言えば、ランキング操作してでも、数字がとれる山口百恵を入れて、出演拒否の中島みゆきさんは落とすのが通例・・・と言う事なんですよ。 しかも同じTBSのドラマの主題歌だもんね。

でも、ランクをきちんとしたからこそ、その後の「ベストテン」として成り立ったのだから、これでよかったんだよね。

ま、「ベストテン」には、次の1月26日放送分には、晴れて8位にランクイン。
「ベストテン」では、その次の2月2日放送分が一番の話題だったろうなぁ。

この時は、5位が桜田淳子さん「しあわせ芝居」、そして4位が「赤い絆」と、淳子&百恵が並んでランクイン。
先日、桜田淳子さんの「はじめての出来事」を書いた時、二人での1位争いは、その時1回だけ・・・と書いたけど、「ベストテン内」に範囲を広げると、さすがに結構、二人並びでのランク争いはあったんだよね。

で、この時の「セット」が話題になったよねぇ。 淳子さんの「しあわせ芝居」が衣装の青に合わせた白い部屋のセット。そして歌が終わった直後、天井が反転して、赤い階段が現れ、一番上に山口百恵・・・って言う構図のセット。
 ま、文字で書くとこんな感じなんだけど、実際、動画で見てみると

 ↓ コレ
http://v.youku.com/v_show/id_XNTE1MzU5NDk2.html

今見ると、それほど大掛かりではないようにも見えるけど、当時としてはかなり大がかりなセット反転ということで、話題になりましたよねぇ。
 これも、当時、「全員集合」での「盆回し」と言われたセット反転技術があったTBSだからこそ出来た「技」でしたよね。


ところで、この曲、作詞は、松本隆氏なんだよねぇ。 山口百恵と言えば、前半は千家和也氏、後半は阿木耀子女史というイメージが強かったわけで、松本隆−山口百恵っていう印象は全くないんだけどねぇ。
実際は、シングルのタイトル曲としては、この曲と、80年のやっぱり今頃のヒット、「愛染橋」の2曲を書いてたりする。
 まあ、どちらの曲も、山口百恵としては、「低レベル」な売り上げだったからなぁ。印象に薄いんだろうね。
70年代の松本隆氏といったら、どうしても太田裕美っていうイメージが強いし、やっぱり80年代の松田聖子の松本ブランドが強力だったからなぁ。

その前に、歌詞云々というより、山口百恵ってヒトの存在感がでかすぎましたね。
さしもの松本隆氏のネームバリュームも吹っ飛んでしまった・・・って感じで。

ただね、この曲、ドラマの高視聴率に対して、売り上げが低レベルだったのは、テレビではTBSでしか歌っていなかった・・・ってのが大きかったみたいね、やっぱり。
 さすがにTBSのドラマの主題歌、他の局じゃ歌えないもんなぁ。だから「夜ヒット」でもこの曲は歌っていないし。
当時は、テレビの「歌番組」が売り上げを左右するって言うほど、歌番組の影響力は大きかったですからねぇ。




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秋桜 / 山口百恵

1977_11_秋桜_山口百恵






今日の1曲セレクトは、「秋桜」山口百恵です。

 まずはデータです。

・タイトル    秋桜
・アーティスト  山口百恵
・作詞      さだまさし
・作曲      さだまさし
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1977年10月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   46.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1977年10月17日〜12月26日付

 歌謡曲って、今では、ほんとにアナクロなものになっちゃったけど、なんだかんだ言っても、やっぱ、ワタシらの世代には、一番安心する音楽なんだよなぁ、考えて見れば。

 うん、もちろん、ロックだぁ、なんだぁかんだぁ・・っていうのもいいんだけどさ、やっぱ、子ども頃、ちまたに流れてた音楽は、歌謡曲だからさぁ。

 そういうところを考えると、やっぱ、今の若いコたちとは、音楽に関しては一線画すようなぁ、どーしても。
 だってさ、歌謡曲が、普通に流れていたのは、せいぜい83年〜84年くらいまでだったもんなぁ。

 それを考えると、そーだなぁ、少なくとも、今の30代より若いコたちとは、音楽の「起源」については、そりが合わないわけですよ。


 なんて、わけわかんないこと書いてますが、今回の1曲セレクトは、「歌謡曲」ですあせあせ

 山口百恵の「秋桜」。


 いやー、これを歌謡曲と言わなくてはいけないのか・・・とか思われちゃうかもしれないけど、「今の基準」から考えると、充分「歌謡曲」だろうなぁ、この曲調は。

 当時は、ニューミュージックとアイドルの合体って感じに言われてたけど。。
 「合体」ね〜、まだ、「コラボレーション」なんてコトバは日本にはなかったもんで。。。

 うん、この曲は、作詞、作曲が、さだまさしなんだよね。

 80年代に入ると、ニューミュージックのヒト達がアイドルに曲を提供するっていう図式は、全く普通になるんだけど、こと70年代では、まだ、珍しい形式だったんだよね。

 なんせ、ニューミュージック界と、アイドル界は、まるで水と油なせ界だったわけだから。 うん、いわいる、あっち側、こっち側構造ですわ、ゲーノー界の。

 まあ、その間に「壁」があったわけですな。

 その壁をあえて破って、新しい形の音楽を作って、それがヒットしちゃった・・・ってことで、この曲は、当時としては、画期的な曲だったわけです。

 うん、まあ、今だと普通の歌謡曲だけど。。。

 でも、、まあ、手始めにさだまさしを選んだっていうスタッフ側も手堅いですよな。
 ま、さだまさしなら、ヘンな事をやってこないだろう・・・っていう読みなんだろうけど。。

 ただ、当のさだまさしは、随分苦労したようだけどね。なんせ、前例がないことなんで。。

 でも、まあ、それでも、こんな名曲に仕上げて来るわけだから、やっぱ、さすがなわけです。

 で、この曲の成功が、次の年の「いい日旅立ち」につながっていった訳だからね。うん、こちらは谷村新司・・・と。ニューミュージックシリーズ第2弾というわけで。。



いや、それにしても、このオトナっぽさはなんだexclamation & question この時18歳だったのよ、山口百恵。
 加えて、歌のうまさは・・・・。言うことありませぬ。

 昨日の西城秀樹もそうだけど、歌に「ココロ」があるよね。歌い方が丁寧だし。 だから響いてくるのですわ。 口先だけの歌じゃないってことですね。


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絶体絶命 / 山口百恵

1978_10_絶体絶命_山口百恵






今回の1曲セレクトは、「絶体絶命」山口百恵です。

 まずはデータです。

・タイトル   絶体絶命
・アーティスト 山口百恵
・作詞     阿木耀子
・作曲     宇崎竜童
・編曲     萩田光雄
・リリース日  1978年8月21日
・発売元    CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  37.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1978年9月4日〜11月13日付

この間、山口百恵さんの曲を書いたばっかなんだけど、またまたセレクトしてきました、山口百恵さん。
とは言うモノの、今ごろの山口百恵の曲で残っているのは・・・と思いーの。。

ありましたわ78年の「絶体絶命」

あれれ、この曲、まだ書いてなかったんだ。。ちょうどいいからもって来るわ。


えー、唐突ですが、山口百恵と「ザ・ベストテン」とワタシっていう関係からすると、まずもって、ベストテンっちゅう番組をはじめて見たとき、ランクインしてたのが、この曲だったな。
 だからというわけでもないけど、なんか好きだったぁ、この曲。

 まあ、いわいる百恵の「ツッパリ」路線であり、多分そのなかでも、とみにロック食が強かったのがこの曲になるんちゃうかな。
 まあ、後年の「ロックンロールウイドウ」に通じることもままあるんだけど。。

 あ、中森明菜って言うヒトは、完全にこの辺のパクリね。うん、曲そのものというよりは、曲のマネージメントの仕方がさ。初期の中森明菜は、スロー⇒アップテンポが変わりばんこずつだったじゃん。そのあたりがさ。

 ただ、どこの部分に引っかかったか・・・っていうところがないんだよなぁ。曲全体的に引っかかったっていう方が正しいか。

 このころは、完全にシロート感覚だったからさあ、「スター」山口百恵歌ってる・・・ってだけでよかったのかもしれない。

 ただ、本来は、前曲の「プレイバックPart2」と、次の「いい日旅立ち 」をつなぐ、いわいる「つなぎ」の曲なんだよね、位置づけ的には。それでも、これだけクオリティが高く、しかも、コンスタントに30万枚以上は軽くクリアしてたわけだから、山口百恵人気も78年はピークだった・・・ってわだよなぁ。
 ま、別の見方をすれば、「つなぎ」と言っても、この時期の山口百恵は、「捨て」曲なしの、すべてが勝負曲とも取れるんだけどね。

 成熟期とでも言いましょうか。このヒトは感覚的にスルドイ人だから、このころの成熟期をみきわけて、結婚→引退っていう青写真を書き始めてたんだろうな・・・なんても思えるころの曲だと思いますね。


ちなみに、この曲があったおかげで、学校の漢字のテストで「絶体絶命」を書けるようになった・・・とふらふら

 絶対絶命 ×    絶体絶命 ○  ・・・だかんね・・と。


 ちなみに、「君に薔薇薔薇・・・という感じ」で「薔薇」って漢字が書けるようなりました。。
 ヒット曲も使いようで、勉強になるのよね。




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さよならの向こう側 / 山口百恵

1980_10_さよならの向こう側_山口百恵







今回の1曲セレクトは、「さよならの向こう側」山口百恵です。

 まずはデータです。

・タイトル    さよならの向こう側
・アーティスト  山口百恵
・作詞      阿木耀子
・作曲      宇崎竜童
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1980年8月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   37.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1980年9月22日 10月6日 10月20日〜11月17日付

 長年ヒット曲を追いかけてきた身としては、この時期、この曲を書かないわけにゃいけないよなぁ。

山口百恵 「さよならの向こう側」

何をかくそう、結婚引退を前にした「ラストシングル」です。 
まあ、本当は、もうちょっと早く書いても良かったんだけどね。 先日「しなやかに歌って」を持ってきちゃったんで、少し遅くなってしまいましたね。

1980年10月5日 武道館でのファイナルコンサートにて、ラストでこの「さよならの向こう側」を熱唱し、白いマイクを舞台に置き、一切のゲーノー活動に終止符を打った・・・。

ってことになってるけど、実際は、翌日10月6日にフジテレビ「夜のヒットスタジオ」にラスト出演。さらに翌週13日に日本テレビ「山口百恵スペシャル ザ・ラスト・ソング」っていう番組に出演し、一切のゲーノー活動を封印することになる。
 武道館でのファイナルコンサートが最期のゲーノー活動か・・・というような、神話が今では、当たり前のようになってるけど、実際は、そうではなかったってことね。

 ちなみに、武道館での「ファイナルコンサート」の放映権はTBSがもち、そのためか、その週の「ザ・ベストテン」には出演しなかったように記憶してるなぁ。ただ、ファイナルコンサートのVTRをながしませんでしたっけ? 

 うん、もう、このころになると、ほとんどテレビ出演してなかったんですよね。山口百恵って。いや、結婚宣言した、前年の末くらいから、テレビ出演の回数が、ガタッと減ったような気がする。
 その間に「謝肉祭」「ロックンロールウイドゥ」っていう2曲のシングルをリリースしたものの、あんまり「ザ・ベストテン」で歌った記憶が少ない。ちなみに、どちらの曲もベストテンでは1位を獲得している。
 1位のときでさえ、出演しなかったよな。そんな印象が強いんだよね。

 たしか、この「さよならの向こう側」も9月25日に1回だけ出演したような気がするんだけど・・・。

 この時、「さよならの向こう側」が10位で、松田聖子の「青い珊瑚礁」が1位。
 たった1回だけの、「ザ・ベストテン同時出演」と、記してあるなワタシのサイトには。

 つまり、この時、すでに、「政権交代」の儀式を事実上、果たしたわけで、それ以後、最期のテレビ出演までは、お別れ出演の意味合いが強かった訳ですよね。

 正直、当時、私の興味も、すっかり、松田聖子、田原俊彦、河合奈保子などの80年デビュー組に移っており、この曲は、やけに「色褪せた」山口百恵の印象しか残ってない。

 たしかに、ラストソングを飾るにふさわしい曲ではあったけど、ちょっと「いかにも」過ぎた気はしないかなぁ。
 実験的な山口百恵だったわけだから、ラストソングも実験的に行って欲しかった・・・ていうのは、ファンのわがままというもんですかねぇ。


 ちなみにぃ・・・・山口百恵の「現役」としてのラストシングルとしては、この「さよならの向こう側」だけど、実際は、11月19日に結婚式を挙行され、実質の引退後、11月21日に「一恵」っていう曲がリリースされてたりして、オリコンで2位まで行ってたりする。。
 この曲は実際にテレビで歌ったのは、「夜のヒットスタジオ」に引退前に出演した際の1回だけぢゃないかな。


 だけど、結婚を期にきっぱりとゲーノー生活から離れ、一介の主婦として人生を全うしている姿勢は、本当にいさぎいいですよね。男でもある種の憧れを抱きますよ。
 やれそうでいて、なかなか出来るもんではないですからねぇ。特に、一度、ゲーノー界の甘い汁を吸ってしまったヒトには。



やっぱり、このヒトはウタはうますぎる。一介のアイドルっていうワクを超えてますね。
それと存在感の大きさがね。この当時21歳。
今のアイドルで21才にして、これだけの存在感がある人なんていないよな。

ちなみに、山口百恵の曲を書くのは、これが最後・・・・ぢゃなくて、まだ他にも書きますからね〜。


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しなやかに歌って / 山口百恵

1979_10_しなやかに歌って_山口百恵






今回の1曲セレクトは、「しなやかに歌って」山口百恵です。

まずはデータです。

・タイトル    しなやかに歌って
・アーティスト  山口百恵
・作詞      阿木耀子
・作曲      宇崎竜童
・編曲      川口真
・リリース日   1979年9月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   27.1万枚
・ザ・ベストテン最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1979年9月27日〜11月22日放送分

 昨日言及した、河合奈保子さん、ヒデキに続いて、山口百恵さんも10月はヒット曲が意外と多いんだよね。
なので、今月は何曲か書くことになると思いますわ。
 当時は、新曲は3ヵ月ローテーションリリースが基本で、特に4半期末月の9月頃リリースって多かったからなぁ、特に「強力」アーティストはその傾向が強かったですからね。まあ、レコード会社も、次の4半期に向けて、4半期締めの月は確実に(売り上げが)見込める、強力アーティストで・・・って言う事になったんだろうけどね。
ということで、今月は、結構強力アーティストの曲が揃っているんだけど、逆に「選曲」って面では、どう出していこうか、意外と悩むんですよ。

・・・まあということで、ここいらで山口百恵さんの曲を持ってくるか・・・・今回は79年の「しなやかに歌って」

 この曲は、ややマイナーなハード気味な曲が続いた、79年の山口百恵の中でも、もっともソフトで軽い曲でしたよね。

 おそらく、作り手側も、ハード路線が続いてきた・・ってことと、季節的なこと、それから時期的に音楽祭っていうのも、にらんで、やや軽めな曲を持ってきたんでしょうけどね。

 ただ、個人的には、この曲が好きでねぇ。 当時8トラのカラオケでよーく、この曲を歌ってた記憶があるんですよね。

 うーん、なんつうのかなぁ、山口百恵のハード路線って、たしかに味があるんだけど、下世話なんだよね。
 まあ、のちに中森明菜にも引き継がれるツッパリ路線でもあるんだけど・・・。

 対して、ソフト路線のこの曲には下世話な匂いがほとんどしないんですよ。ヨーロッパ系っていうか、どこか地中海の爽やかな風っていう、ちょっと高貴な匂いがするんだよね。

 特に、

♪ すがおのままで 私は一人 あなたの帰り まっているのです〜 ♪

の件の部分。 ここのメロディラインとコード進行のマッチングがアンニュイでグッドなのですよ。

 当時「いわき」という田舎町にいたワタシでも気分はシチリアでしたよ、この曲を聴いた時は・・(←なんて大げさな表現!)

 ところで、この曲はアレンジはいつもの萩田光雄氏ではなくて、川口真氏だったんですねぇ。
 うーん、だから、いつもとイメージが違うんですわね。ヨーロッパ的なイメージっていうのは、どうも、アレンジャーの川口氏の影響ですよね。

 前にも書いたように川口氏のアレンジはベースラインが特徴なんだけど、この曲もその特徴がでてますよね。

 Bメロの部分

 ♪夜は 33の回転扉、開ければそこにも愛が あふれているのに〜 ♪

のベースラインなんて、凝った動きですしね。

 続く

♪ レコードがまわるだけ あなたはもういない ♪

のコードレスで、バックにハープだけながれているっていうアレンジも素敵だったしね。

 そんな感じで、コノ曲はアレンジの勝利っていう曲だったんぢゃないかなぁ。

 ま、それでも、やっぱし、世間はもっと下世話な曲が受けてた時代だから、セールス枚数は、落ちてましたけど。。。

 オリコンでは最高8位。


 それでも、「ザ・ベストテン」では1位取ってるんだよね。
このあたり、オリコンと随分、差があるよなぁ・・というかんじだけど、まあ、これまでも何度も書いてるように79年の、このじきってレコードセールス上位のアーティストとハガキ上位のアーティストって食い違いが激しかったからねぇ。

 その代わりどの曲も得点が伸びずに、この曲にしたって1位の時の得点は8300点でしたからねぇ。

 しかも、上位、下位との得点差も薄くて、2位⇒12位・・・なんていうベストテン史上初のベスト3内からいきなりベストテン圏外・・なんていうチャートアクションも見せておりました。

 そんなことで、この曲を覚えている人も多いんぢゃないかなぁ。


 そういえば、この曲のサブタイトルが「80年代に向かって」って言うんだよね。
 なんか、時代を感じるサブタイトルだよねぇ。

 でも、考えてみれば、このころ婚約発表をしたわけで、すでに、この曲の頃には山口百恵自身、その先を見越していたんだろうなぁ・・ということを勘ぐって見たりして。。



結果的に最後の「紅白」となった、昭和54年の紅白より。
歌う姿はさしずめ「菩薩」と言われた、山口百恵だけど、この時は「アイドルスマイル」だったんですねぇ。
最初静止画で見た時、浜崎あゆみかと思っちゃいましたよ
なんて、書いたらクレームが来るんだろうな、きっと



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ひと夏の経験 / 山口百恵

1974_08_ひと夏の経験_山口百恵

 






今回の1曲セレクトは、「ひと夏の経験」山口百恵です。

まずはデータです。

・タイトル     ひと夏の経験
・アーティスト   山口百恵
・作詞       千家和也
・作曲       都倉俊一
・編曲       馬飼野康二
・リリース日    1974年6月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売り上げ枚数  44.6万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年6月17日〜9月2日付

 あー、もうすぐ夏が終わる・・・というのに、なんか書き忘れてる曲があるな・・・っていうモヤモヤがここんところあったんだよね。で、昨日1日考えてて、思いだしましたよ。

そうだ、山口百恵の「ひと夏の経験」ですよ。

 この曲、これまで書いてて当然・・・っていうくらいインパクトがあるはずなのに、10年前にmixiに書いてた時代から書いてなかったんだよね。
そう言う事もあってか、ついつい書き忘れてた1曲ですわ。

↑のデータからも分かるように、8月終わりのこの時期は、すでにヒットのピークを過ぎつつあったんだけど、兎に角、夏が終わる前に書いておこうか・・・と、本当は別の曲をセレクト使用と思ったんだけど、急遽、予定変更してきました。


この曲と言ったら、なんと言っても出だしの

♪ あなたに 女の子の 一番大切なものをあげるわ〜 ♪

っていう部分ですよね。

女の子の一番大切なものをあげる  ・・・っていったい何をあげるのか  なんて、真面目に議論していたりもするんだけど、まあ、率直に考えれば「アレ」ですよね

本人は「まごころ」とか、うまく交わしてたりもするけど、 サビの最後に

♪ 誰でも一度だけ経験するのよ〜 ♪ って言う文句に繋がるなら、「アレ」しかないよなぁ・・・。80年代風に言えば「B」とか「C」とか

でもですよ。やっぱり衝撃的だったんですよ。この歌詞は。

ここでも何回か書いたけど、、それまでの70年代アイドルって言ったら文字通り「偶像」だったわけじゃん。
そそそ、もともと「idol」って言う意味は「偶像」とか「聖像」っていうことですから。
 それこそ、今で言う「ネ申」ですよ。 よく、アイドルは「ウンコしない」とか「霞食って生きてる」とか、この世の人じゃないような「神」のような存在でしたから、「下ネタ」を連想するような曲は、一種のタブーだったわけですね、それまでは。

 まあ、間接的にとか、よりソフトな「A」的な歌詞はあったにせよ、この曲ほど直接的なっていうのはさ。

あ、でも、山口百恵の場合、この曲の1年前にリリースした「青い果実」も近いものがあったか。

♪ あなたが望むなら、ワタシ 何をされてもいいわ〜 ♪ ってあったからなぁ。

 それを考えたら、このヒトの場合は、当時としてはキワドイ路線の曲を歌っていたわけですよね。 
よく、「青い性」とかのコトバで表現されていたりしたしね。

それでも、「青い果実」の時、それほど衝撃的に扱われずに、この「ひと夏の経験」でセンセーショナルなあつかいになったのは、間の1年で、かなり大人びたからじゃないかなぁ、山口百恵って。
 
今VTRを見ると、「青い果実」の時は、まだあどけなさが残ってたし、ウタもたどたどしさがあったりしたしな。その上で、「青い性」を歌っていても、それほど現実性って感じなかったと思うんだよね。
 でも、この「ひと夏の経験」を歌う頃には、アイドルとして、大分成長してたしね。歌も1年で大分達者になってたからなぁ。まあ、後年の「凄み」っていうのは、まだ、感じなかったけど、この時、中学3年でしょ。中3のアイドルとしては、達者だったと思いますよ。

 そう言うところから、この曲の歌詞に現実味が感じられたんだよね。 もちろん、歌詞だけじゃなく、この曲独特の、緊張感漂うメロディもアレンジも良かったんだけどさ。

 この曲の作曲は都倉俊一氏。 都倉氏っていうと、どうしても、70年代後半のピンクレディーとか、70年代前半でも山本リンダとか、とかく、テーマパーク的なメロディって言うイメージが先行しちゃうんだけども、こえいえシリアスなメロディも書けたんだよね。
だから、ここまで話題になったし、実際大ヒットにつながったんだと思いますね〜。

 ちなみに、この曲の44万枚の売り上げっていうのは、ここまでの山口百恵で、ダントツに売れた曲であり、この曲によって実質的な大ブレイクを果たした訳なんだよね。 この曲以降は、一部の曲を除いては、軒並み30万枚以上をコンスタントに続けていくことになるわけだから。

 そう言う意味でも、後年の「菩薩・山口百恵」を形作った、1曲でもあるんじゃないかなぁ。




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愛の嵐 / 山口百恵

1979_08_愛の嵐_山口百恵






今回の1曲セレクトは、「愛の嵐」山口百恵です。

まずはデータです。

・タイトル     愛の嵐
・アーティスト   山口百恵
・作詞       阿木耀子
・作曲       宇崎竜童
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1979年6月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  5位
・売上げ枚数    32.8万枚
・ザ・ベストテン最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1979年6月21日〜9月13日放送分

オリジナリティ・・・・って言葉を聴かなくなってから、結構久しいよなぁ。
 あ、これは、音楽・・・ヒット曲についてのオリジナリティね。
 「この曲は、やっぱり、このヒトならではだよね」っていうこと、つまりぃ、この曲なら、やっぱりこのヒトだよね・・・っていうのが最近はあんまり感じなくなったってことね。

 まあ、あれから36年経つって言うのに、いまだに誰もカバーしていないってところからして、すでに山口百恵の「オリジナリティ」なんだけどさ

仮にこの曲を誰かがカバーしたとしても、やっぱり、山口百恵を越えられるヒトは、今のところ早々はいないよなぁ・・ということでさ。
(・・・と思ったら、10年前に山口百恵トリビュートで三原順子がカバーしてた。。。でも印象にないなぁ)

 特に、サビの部分

♪ ジェラシーストーム ジェラシーストーム
  ストーム ストーム ストーム ストーム
 ストーム ストーム ストーム ストーム ストーム ストーム ストーム ♪

と半音ずつかけ下りてくるこのメロディは、やっぱり山口百恵ぢゃなきゃ歌いこなせない・・というか、この曲の世界は出せないと思うんだよねぇ。

 ま、きちんと音符どおりに歌う人はいるだろうけど、はたしして、このヨーロッパ+和な独特な世界を醸し出すことはできるか・・・というところなんだよねぇ。

 夏だというのに、こんなにスリリングで「熱さ」のほとばしる曲でいいのかいな・・と思うところもあるんだけど、不思議とこの曲を聴いて「夏」というイメージはないんだよね。
逆に冷風吹きすさぶ感じが。。。。
 だから、暑さも感じない。そういういみでは不思議な曲だけど、個人的には1979年の山口百恵の曲では、この曲がベストソングだと思っているんだよね。

 やっぱり、このスリリングさがたまらない。 まあ、今からみると、「美・サイレント」と「しなやかに歌って」っていう、比較的華やかな曲の間に隠れて「ジミ」な部類の曲であるし、おそらく、知っている人しか知らない曲かもしれないけど、機会があったら聴いてみてくださいな。

 データ、79年夏はまだ、ワタシのランキングは整っていないので、「ザ・ベストテン」のランクイン期間と最高位を持ってきたんだけど、今から考えると意外と長期間ランクインしてたんだよね。
 うーん、タイムリーで感じた感覚だとそんなに長期間ランクインしていた感覚はないんだけどね。
 確かに、今の時期ヒットのピークだったってことはよく覚えていたんだけど。。

 この曲がヒットしてたころは、たしか映画かドラマの撮影で、ほとんどベストテンには出演しなかったんだよね。だから、あんまり長くランクインしてた記憶がないのかもしれないですわ。

 それが、この曲をよりジミな印象にしてるのかもなぁ




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イミテイション・ゴールド / 山口百恵

1977_07_イミテイションゴールド_山口百恵






今回の1曲セレクトは、「イミテイション・ゴールド」山口百恵です。

 まずはデータです。

・タイトル    イミテイション・ゴールド
・アーティスト  山口百恵
・作詞      阿木耀子
・作曲      宇崎竜童
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1977年7月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   48.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1977年7月18日〜9月26日付

さて、今回は、久々に山口百恵でも引っ張ってきましょうかねぇ。
 っつか、さっきさ、帰りの電車で、聴いてた曲をばふらふらふらふら

 「イミテイション・ゴールド」

 ほほほ、久々に「大ヒット」した曲ですぞー。さすがにこの曲は、たいていのヒトは覚えてるでしょう、ヒットから38年経ったといっても。

 うん、12年前に「TK MATUMOTO」の「カバーアルバム」で倉木麻衣がカバーしてたし、その前は、例の「ノエビア」のCMで使われてたりしたしね。

 もちろん、ワタシもリアルタイムでは、聴いてなかったんだよね。
当時8歳のワタシは、まだ、ヒット曲界には足を踏み入れてなかったからなぁ。
 意外にも、ワタシも「ノエビア」のCMでこの曲知ったのが最初かもしれない。

 それにしても大人っぽいよね〜、この時、山口百恵18歳よ。
18歳で、♪ごめんね、去年のヒトとまた比べてる〜 ♪
はマズイでしょう。不順異性行為で補導されっちますぞ。。

 なんていってちゃ、「歌謡曲」にならんのよね。 いや、ピンクレディもそうだったけど、この頃の「歌謡ポップス」は、今のヒット曲に比べても総じて大人っぽかったよなぁ。
 いや、それに憧れていたのよ、クソガキだった、私らは。

 まだ「スター」っていう存在が大きかったからねぇ、この頃は。
等身大のアイドルの時代ではなかったからなぁ。


 それにしても、今考えると、この年の山口百恵っていうのは、いわいる「捨て曲」→つなぎ曲っていうのが、見当たらないんだよね。
 しいて言えば、この年の1曲にリリースした「初恋草紙」くらいかなぁ。 後はリリースした4曲すべてが「攻め」な曲だったよなぁ。
 通常は、この逆で、3枚リリースするとすれば、そのうちの1曲が勝負曲っていうことが多いんだけどねぇ。
 
 そういう意味でも、この77年っていうのが、山口百恵っていうヒトにとっては、勝負の年であり、一つのターニングポイントとなった年といえるかもしれない。
 それは、一つは、この年、高校を卒業して、歌手一本となったことも大きいのかなぁ。
 ただ、この年に「攻めた」事は吉と出たわけで、この年でライバルであった桜田淳子とは、一気に差が開いたわけでさ。
 まあ、長年「第一線」を張ってるアーティストにとっては、こういうターニングポイントになる年は必ずあるわけだけど、山口百恵の場合は、この年だったんだよね。


 ただ、そうは言っても、この曲に関しては、やや存在感がジミだったかなぁ・・・って気もしないでもない。
 なんせ、ちょうど、沢田研二の「勝手にしやがれ」と、ピンクレディーの「渚のシンドバッド」のハザマに見え隠れしてた存在でしたからねぇ。 そういうわけで、NO.3ソングっていうイメージも強かったんだけど、ワタシのチャートにしても、オリコンしても最高位は2位までは行ってたんだよね。 必ずしも、NO.3ソングではなかったんだけど・・・。
 イメージってのは怖いもんだよね。




 ところでさあ、この曲を聴いてると、いかにも「シングル」だよなぁ・・って気になるよねぇ。
 どこが? ・・・っていえば、まずもって、余分なフレーズがないじゃん。メロディにしても、余分な部分をしぼってしぼって・・・必要最低限のフレーズしかのこしてない・・・っていうかさあ。
 とにかくムダがないんだよね。 コトバにして余分な部分がないしさ。これだとおもうんだよなぁシングルがシングルでありうるっていうのは。

 だから、尖っているじゃん。コトバにしてもメロディにしても。尖っているというか研ぎ澄まされているというか、緊張感があって、間延びな部分が一切ないんだよね。

 最近の曲ってさあ、なんか変に間延びしてるって言うかさあ、なんかムダな部分が多いような気がするんだよ。ムダに長いっていうかさあ。
 要らないフレーズとかさあ。

 この曲を聴くと、そんなところがよくわかるんだよなぁ。




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