かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

山上路夫

小さな恋の物語 / アグネス・チャン

1973_12_小さな恋の物語_アグネス・チャン


今回の1曲セレクトは、「小さな恋の物語」アグネス・チャンです。

まずはデータでする。

・タイトル    小さな恋の物語
・アーティスト  アグネス・チャン
・作詞      山上路夫
・作曲      森田公一
・編曲      馬飼野俊一
・リリース日   1973年10月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 58.0万枚
・ベストテンランクイン期間:1973年11月12日〜1974年2月11日付
・タイアップ:映画「大事件だよ全員集合」劇中歌

アーティストの中で一番売れた曲・・・・、長年ヒット曲を見てくると、大体予想が付くし、実際のその通りなんだけど、時々、「予想外」な曲が、そのアーティストの中で一番売れた曲だったりする事ってあるんだよね。
今回のそんな曲をひとつセレクト。

アグネス・チャン 「小さな恋の物語」

アグネス・チャンというと、どうしても、デビュー曲の「ひなげしの花」だったり、3枚目の「草原の輝き」に注目が集まっていたし、だから、それらの曲が一番売れたんだよな・・・なんて思われがちなんだけど、違うんですねぇ。

そそそ、今日の「趣旨」でいうと、今回セレクトしてきた「小さな恋の物語」が、アグネス・チャンの中で一番売れた曲なんだよねぇ・・・。

・・・なんていうと「え?」なんて思われちゃうかもしれないけどさ。  実際、ワタシも初めてその事を知った時、「え?」って感じだったしなぁ。

その前に、その事を知った当時、この曲知らなかったのよね。。。。 中学生の頃だったかなぁ。

やっぱり、個人的にも、アグネスといえば、「ひなげしの花」であり、「草原の輝き」って頭だったわけでさ、その他の曲って記憶になかったんだよなぁ。だからね、めちゃくちゃ意外だった事を覚えてる。

実際、この曲を聴いたのも、それからかなり後になってからでしたね。

今から24年前の1992年の秋から、翌93年春に、ニッポン放送の日曜18時〜20時で放送していた「オリコンベストヒット500」だったと思う。
 あ、メンゴ、番組の正式なタイトルは違ってるかもしれない・・・。ちょっとど忘れ。。。

でもね、その当時のオリコン歴代売り上げ、上位500位を半年かけてカウントダウンして行った番組。毎週20曲ずつ、25週かけてカウントダウンしていく、なんか画期的な番組だったんだよな。
まあ、野球休止期間の繋ぎ番組と言う感じでもあったんだけどね。


あ、ちょっと話がすれたね。

いずれにしても、この番組で初めてこの「小さな恋の物語」を聴いたんだよね。 売り上げ枚数58.0万枚なんで、当時のランクで歴代250位くらいだったかなぁ・・・。

あ、これかぁ・・・・と思うと同時に、やっぱり、それ以前に聴いた記憶がなかったんだよなぁ。初めて聴いた・・・と言っても、何分、ワタシが4才の頃のヒットだからさ、まだ、充分物心も付いてなかったし、だから、もしかするとどこかで聴いてたかもしれない訳でさ。もし、どこかで聴いてた・・としたら、眠ってた記憶が甦る・・・って事もよくある話でさ。

 でも、そう言う記憶が一切なかったんで、やっぱり聴いたことなかったんだろうな。。。

・・と、同時に、今一つ、良く分かんなかったんだよね。この曲が、「ひなげしの花」や「草原の輝き」よりも売れていた・・・っていう事実が。

まあ、曲として、そんな感じの、いまひとつピンと来なかった・・・んだよな、その時は。

ただね、如何にも70年代前半のイメージだなぁ・・・ってことは印象に残ったんだけどね。 例えば主旋律に対してのストリングスの対旋律の流れだったりさ。
そそそ、それが一番耳に残ったんだ、この曲。70年代のヒット曲って、まだシンセが充分浸透していなかった時代なんで、ほぼ全部生楽器だったわけじゃん。だから、ブラスとかストリングスで、耳に残るフレーズの曲って多いんだよな。

例えば、74年のジュリーの「追憶」とかさ。

この曲の特にサビの部分のストリングスのフレーズも、耳に残るんだよね。

この曲、メロディ形式としては、A-B-A の今からするとめちゃくちゃ単純な流れで、Aの部分が若干、マイナー気味の「弱」メロなんだけど、サビのBメロは、Aメロとは対照的に、いきなりメジャー系の「強」メロになるじゃん。
その対比・・・というか急な変化の仕方が、今となっては笑える・・・っちゅうか、余りのいきなりの変化にビックリするんだけどさ 
 その強メロのサビの部分で、主旋律に対して絡んでくる対旋律のストリングスがね、これまた大げさで印象に残るんだよね。

まあ、大げさってのは言いすぎかもしれないけど、生理的に気持ちいい。

当時のきょをくは、そんな生理的に気持ちいいストリングスの対旋律の曲っていうのも多かったんだよな。

なんて言うのかなぁ、例えばパーシーフェイスオーケストラの「夏の日の恋」のような生理的に気持ちいいストリングスのフレーズのような。

まあ、その辺は、当時の流行りとしてイージーリスニング系があったことも大いに関係してるんだろうな。


ところで、この曲と言えば最初に買いように、アグネス・チャンで最大のヒット曲であると同時に、オリコンで、唯一「1位」を獲得した曲なんだよね。 しかも、1973年12月17日付、たった1週のみ。  

え? 初登場の時かって?

・・・んな訳はない。当時「初登場1位」なんて曲は無かった訳で。。。当時のチャートをひも解いてみると、ベストテンランクイン後6週目で1位を獲得していたりする。

でも、次の12月24日付で、いきなり5位に転落。。。

そそそ、マニアックなオリコンチャートファンにとっては、常識かもしれないけど、「1位から次の週に5位以下にランクダウン」した初めての曲が、この曲だったりするんだよね 。。

ま、これも、1位から平気で、次の週30位以下に転落するのも珍しくない今となっては、どうという事のない記録かもしれないけど、当時としては「珍事」だった訳なんだよね。


なぜ、1位から5位にランクダウンしたのかって言う詳細は、当時の週間売り上げデータが手元にないんで何とも言えないんだけど、ランキングだけ見てみると、12月24日付の、上位4曲は全てランクアップして来ていた曲なんだよね。

1位←7位 愛の十字架(西城秀樹)
2位←5位 モナリザの秘密(郷ひろみ)
3位←4位 魅せられた夜(沢田研二)
4位←34位 恋のダイヤル6700(フィンガー5)
5位←1位 小さな恋の物語(アグネス・チャン)

おーっと、当時のスーパースター勢ぞろいっていうランキングですな
でも、推測できることは、上位4曲が全てランクアップ来ていた曲って事は、それだけ売り上げレベルも前週に比べて上がって来ていただろうってこと。

そのあおりを食った形での1位から5位への転落だったんだろうな。

しかもこの曲が底力があったのは、1位から5位に転落した、2週後に再度3位に再上昇し、4週間3位をキープしたことだろうね。

昨今のヒットとの違いは「ココ」なんだよね。「持続力」っ言う点。

でも、それで、売り上げ58万枚かよ・・・なんて、思う方も居るかもしれない。なんせ、今じゃ、1週間で50万枚、100万枚なんて珍しくない訳だから。

でもね、例え最初に100万枚売れても、次の週ぱったりと売れなくなるんじゃ、意味ないんだよね。
曲が大衆的に浸透し広がりを見せるって言う点ではさ。

よく、ヒット曲メーカーの作家の方が、10万枚しか売れなくてもいいから、100万人が知ってる曲を作りたいっていうけど、そういうことなんだよね。




どうでもいいことだけど、この曲、ドリフターズ主演の「大事件だよ全員集合」っていう映画の中で歌われていたんだってね。
・・・wikipediaの受け売りなんで、どんな映画だったのかは、知らないんだけどさ
まあ、いわば「ナベプロ」主導映画ってわけですな。
でも、この曲がアグネス最大のヒットになったのも、その辺にあるのかなぁ・・・。


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想い出のセレナーデ / 天地真理

1974_10_想い出のセレナーデ_天地真理


今回の1曲セレクトは、「想い出のセレナーデ」天地真理です。

まずはデータです。

・タイトル    想い出のセレナーデ
・アーティスト  天地真理
・作詞      山上路夫
・作曲      森田公一
・編曲      竜崎孝路
・リリース日   1974年9月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 32.4万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年9月16日〜11月18日付

いや〜気持ちの良い秋晴れですね。こんな「秋らしい」日は、今年初めてかもしれない。
こういう日は、やっぱり「秋日」を歌った曲を持って来たいもんです。

・・・と言っても、80年代の「秋の歌」って結構既に書いちゃったし、90年代以降は「季節感」ある曲も減って、秋っぽい曲も少なくなっちゃったからなぁ。
今回は、やっぱり70年代に遡ってみますか。

天地真理「想い出のセレナーデ」。

秋と言えば恋の季節。 今現在進行中の恋もあれば終わってしまった恋もある。
この曲は、「後者」を歌った曲ですね。 いわいる「傷心」ってやつで。。。 これも秋って季節はぐっと来るんですよね。
そんな終わってしまった恋心を綴ったこの曲、ではあるんだけども、思いドンヨリとしてイメージではなく、いかにも「秋の日」を連想させる日差しの中で想い出しているあの恋・・・・そんなイメージなのかなぁ。

個人的には、この曲は秋の日差しの中で聴きたい1曲・・・そんな感じなんだよな。

いや、そう感じるのは、オリジナルである、この天地真理さんバージョンだからなのかもしれない。

うん、個人的にこの曲を知ったのは、天地真理さんのオリジナルではなく、82年に浜田朱里さんがカバーしたバージョンなんだよな。
 浜田朱里さんバージョンについては、以前、既に書いちゃったんだけど、こちらは82年の冬の日にリリースされた・・・と言う事もあってか、基本的にはオリジナルに忠実なカバーではあるけども、ピアノのリフにさらなる物悲しさを感じるし、だから秋の曲というよりかは、「冬の日」の曲って言うイメージが強いんだよね。

だけども、オリジナルの天地真理バージョンは、もっと温かみのあるアレンジ。
その温度感が、冬の曲というよりは「秋」を感じる曲なんだよね。

ま、実際、秋の日・・・・今頃・・・がヒットのピークだったわけでね。

最近だからこそ、9月下旬になっても30℃を超えるような日がでたりしてるけど、昔、少なくともこの曲がヒットした、今から42年前なんてのは、10月にもなるとすでに寒いくらいだった・・・と記憶してるからなぁ。
 
記憶してる・・・なんてぼやかして書いてるのは、42年前は、ワタシャ、まだ5才だったからして、ほとんど記憶の外・・・だからなんだけどさ
 それでも、記憶に残ってる小学生の頃でも、9月下旬〜10月初めで既にかなり涼しかったと記憶してるし、今も残る当時の日記を見ても、そんなようなことが書かれてるんだよね。

ま、今住んでる千葉(首都圏)と、当時住んでた福島じゃ、気温の違いって言うのもあるけどね。

そうか、だからね、この曲、あの日差しの中で・・・を連想させるって書いたけど、田舎の秋の風景なんだ。
この牧歌的である種の平和感を感じるのは。すくなくとも都会の真ん中の・・・っていうイメージではないんですよね。

70年代の曲って、そんな感じの都会的・・・というよりは「地方」的なイメージの曲が多い・・っていうのは、今から思うと特徴かなぁ。少なくともニューミュージック勢が台頭してくる、70年代中盤以前は。
ユーミンなんかは、根っこにあるのは、そんな「地方感」からの反発と脱却だもんね。

でも、実際、当時のヒット曲はそんな牧歌的なイメージから、中心は都会的な・・・って言うところに移っては来てたんですよね。
 具体的に言えば、本当に牧歌的だった、第1次70年代アイドル・・・、具体的に言えば、この天地真理さんや南沙織さん、麻丘めぐみさん・・・あたりは、この曲がヒットしていた頃を境に、人気も下降線を辿って行く。

実際、天地真理さんも、この曲が最後でしたからねぇ、ベストテン入りした曲って。

そんな所から見るとさ、「あの栄光の日々」に対しての「想い出のセレナーデ」・・・なんて感じなくもないんだけどさ


70年代の「第1陣」アイドルとして、前年の73年なんて、あれだけスーパーな人気・・・・今のAKBなんか足元にも及びませんよね・・・を誇った、天地真理さんだけど、時代の流れは早かった・・というかね、下火になるのはあっという間だった・・・って言う感覚があるなぁ、今思うと。
第一線で活躍してたのは、72年〜74年までの正味3年間でしたからねぇ。


1974年って、昭和で言えば「49年」、つまり昭和40年代の終わりの年だったんですよね。
今でこそ、70年代、80年代、90年代・・・と「西暦」で年代を区切った見方が中心だけど、昔は「昭和」の年代で区切った見方もあったからなぁ。
昭和40年代、50年代、60年代っていう・・・。 そんな昭和の年代で区切ってみても、西暦で見た区切り方と同じような時代の変化がありましたからねぇ、少なくともヒット曲界に於いてはさ。

昭和40年代と50年代の境目という時代の変化。
ひとつが、上で書いたような、第1次70年代アイドルの人気の下降線と、第2次70年第アイドルへの世代交代。
第2次70年代アイドル・・と言えば具体的には、新御三家、(当時の)中三トリオ・・・ってところですね。
もう一つが、ニューミュージック(シンガーソングライター)の台頭ですね。

そんな時代の変化に、おいてけぼりを食らってしまった人の一人。 それがね、この天地真理さんだったんじゃないかなぁ。
今考えると、時代の変化について行ける・・・そんな器用さを持ってヒトではなかったし、なにより時代の変化のスピードが早かったですからね。
 それにアイドルっていう「ジャンル」が確立して初めての時代の変化だったわけで、そんな時代の変化にどう対応していくか・・・っていうノウハウが確立されていなかったってのも大きかったのかもしれないけどさ。

まあ、あくまで現在から、ヒット曲をクロニクル(変遷史)的に見た場合の話ですけどね。





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ひなげしの花 / アグネス・チャン

1973_01_ひなげしの花_アグネス・チャン








今回の1曲セレクトは、「ひなげしの花」アグネス・チャンです。

まずはデータです。

・タイトル     ひなげしの花
・アーティスト   アグネス・チャン
・作詞       山上路夫
・作曲       森田公一
・編曲       馬飼野俊一
・リリース日    1972年11月25日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  32.8万枚
・ベストテンランクイン期間:1973年2月12日〜4月16日付

いつだったか、フィンガー5を書いた時、自分の中で一番古い記憶の「ヒット曲」は・・・って書いて事があるんだけど、これ読んでくださってる方々の、一番古い記憶の「ヒット曲」って何でしょうねぇ。

 個人的には、↑で書いたようにフィンガー5であり、そしてもう1曲あげるとしたら、今回セレクトしてきた、アグネス・チャンの「ひなげしの花」だろうなぁ。

ふむ、まあ、この曲に関しては、さすがにここ読んでくださっている大半の方は曲自体、よくご存知ですよね。

あの ♪ おっかの上 ひなげしのはなげ〜 ♪ ですわね。

アグネス・チャンとしては、「日本」でのデビュー曲がこれになるわけですね。

そそそ、元々は、香港で、お姉さんと歌っていたアグネスですが、そのお姉さんからの「推薦」でナベプロにスカウトされてデビューしたって言う経緯があるけど、もともとは、ナベプロ側としては、お姉さんのアイリーン・チャンをスカウトしたかったらしいですね。
 でも、自身はシンガーとしてではなくプロデュース側をやりたい気持ちが強く、妹のアグネスを推したようですね。
ただ、この曲を聴いても分かるように、必ずしも歌が上手い訳ではなかったアグネスを最初は、ナベプロは渋ったらしいですね。

それまでのナベプロと言えば、こと「音楽」については厳しい事で有名であり、歌は人並み以上歌えて当たり前でしたから。

まあ、その辺りは、同じ70年代アイドルで一歩先にデビューしていた天地真理さんを見れば一目瞭然って所でしょうかねぇ。

ただ、時代が求めていたアイドルはそうじゃなかったんですよね。歌のうまさよりもビジュアル先行。それとたどたどしい日本語が良かったんでしょうね。
 初めデビューに渋っていたナベプロ側を尻目に、デビュー曲のこの曲で、いきなりオリコン5位、32万枚を記録しちゃったわけだから。。。。

出し手側と、ユーザー側、求めているもののズレ・・・うーん、感覚のズレっていうのかなぁ、60年代あれだけの隆盛を誇り、ゲ―ノー界の絶対的勢力だったナベプロも、この頃を境に「新しい」アーティストがなかなか出てこなくなってくるんですよね。


ところで、↑で書いたように、この曲については、まあ、みなさんよくご存知ですよね。
でもさ、今聴くと、めちゃくちゃメロディが簡単なんだよなぁ。 まずもって、AメロとBメロしかないんだよね。

そそそ、例の ♪ おっかのうえ〜 ♪ のAメロと、 ♪ 愛の〜 涙は〜 ♪ っていうBメロだけなんだよね。

いや〜、昔の曲は、めちゃくちゃ「簡素」でしたよねぇ。 今みたいに、ごちゃごちゃと物語の「説明」がない。

この曲なんて、2分半ですよ。フルで流しても。 それでいて、未だにしっかりと、多くのヒトの記憶に残ってるでしょ。

 複雑なメロディと、説明的な歌詞にすりゃいい・・・ってもんじゃないんだよね、ヒット曲って。

ただ、やっぱ、メロディ自体は古臭いかなぁ・・・って言うのは拭えないかなぁ。
この曲の作曲は、森田公一氏。 森田氏のメロディラインって古臭いんだよなぁ。・・・なんて80年代から本格的にヒット曲を聴き始めたワタシなんかはそう感じるんだよなぁ。

森田氏のメロディラインって特徴的で、前強、後弱・・・つまりさ、4分の4拍子の曲で、1拍目と3拍目が強で、2拍目と4拍目が弱っていう、80年代の主流の逆のパターンなんだよね。 それと、「強」に合わせた、シンコペーションを多用したメロディラインね。

これを聴くと、「あー、70年代前半だよなぁ」っていう気分になったりしてね。うん、ワタシ的には、一時代前の・・・って感じなんですよね。
ま、実際は、そんな曲を物心つくかつかないかのころ聴いてたわけで、自分の中の音楽の原点なんだけどさ。




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あの場所から / 柏原よしえ

1982_09_あの場所から_柏原よしえ






今回の1曲セレクトは、「あの場所から」柏原よしえです。

 まずはデータです。

・タイトル    あの場所から
・アーティスト  柏原よしえ
・作詞      山上路夫
・作曲      筒美京平
・編曲      高田弘
・リリース日   1982年7月21日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数   18.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1982年8月23日、9月6日付

 なんかはっきりしない天気が続きますな。これも季節の変わり目ってやつなんですかねぇ。
でも、個人的には、こういうはっきりしない天気もキライじゃない。
 今回は、同じ時期、同じようにはっきりしない天気が続いた1982年から、もう1曲。

 柏原よしえ「あの場所から」。

 うーむ、どうしても、この物静かなどよーんとして空気感漂う曲なんだよねぇ、この曲。

 リリースは、約1ヶ月前の「7月21日」だけど、どう考えても「夏場」の曲とは思えなかったよなぁ、当時も。
 まあ、当時は、まだヒット期間も多少は長かったし、だから、7月でも秋を先取りしたような曲もあったことはあった。

 そのかわり、今の時期→秋の始まりのような時期になると、曲としては似合ってきたりしたんだけど。。

 ただ、どうしてもねぇ、このどよーんとした空気感がなぁ。。

 あ、そうだ。夏休みが終わって、2学期が始まったような空気感なんだ、これは。あの気だるい空気感。。

 なんか、そんなことを思い出すよな、この曲。


 それと、この曲、カバー曲だったんだよね。ここでも何回も書いてきたけど、当時は「カバーブーム」って言うのがあったわけで、ちょうど、70年代の「かくれ名曲」的な曲が、次々にカバーされた時期だ。

 時に、柏原よしえもカバー大好きだったからねぇ。だいたいにして、ブレイクした、「ハローグッパイ」からしてカバーだったわけで、だから、この曲に関しては、ときに驚きというのはなかったな。

 ただ、当時としても「古さ」っていうのは感じたかなぁ、若干。
 でも、救いだったのは、まだ「82年」っていう時代は、「70年代」の流れの延長・・・っていう匂いの曲も多かったわけで。。 うん、一見、新しそうに見えた曲でも、実はアナクロだったりしてね。サウンドの面で。
 だから、この曲も、そんなに違和感は感じなかったな、メロディ的にも、サウンド的にも。
 これが1年後だったら、かなり違和感を感じたんだろうけど。かなり「歌謡曲」っぽいサウンドだったし。


 ところで、この曲って、73年の朝倉理恵のカバーって思っている人が多いのかな?

↓ コレ


ま、一般的にはそうなっているようだけどね。 ちなみにリリースは73年2月21日、最高位48位、売上げ枚数5.7万枚と、ギリギリ左ページ入り程度のヒット。

 うーん、だから、パターンしては、「ハローグッパイ」と似たような感じなんだよね。

 感じは、まあ、柏原よしえとそんなに大きく違わないですかねぇ・・。いや、やっぱし、サウンドはさすがに古いよな。


・・・ちなみに、オリジナルともっと古いもので、1970年11月リリースの「Kとブルンネン」バージョンのもの。 

↓ コレ
http://www.dailymotion.com/video/x1zycs9_%E3%81%82%E3%81%AE%E5%A0%B4%E6%89%80%E3%81%8B%E3%82%89-k%E3%81%A8%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%B3-%EF%BC%91%EF%BC%997%EF%BC%90%E5%B9%B4_music

さすがに、ここまでくると、サウンド的にも結構違うな。歌謡曲というよりはフォークですな。
70年代というよりも60年代っていう雰囲気。

・・とはいえ、やっぱ、ワタシら世代としては、この曲は、やっぱ柏原よしえですわな。

↓ コレ
http://www.dailymotion.com/video/x23wrxn_%E3%81%82%E3%81%AE%E5%A0%B4%E6%89%80%E3%81%8B%E3%82%89-%E6%9F%8F%E5%8E%9F%E8%8A%B3%E6%81%B5_music

You tubeよりもこっちの動画の方が、あのころ聴いてたものに近いんで、こっちをリンク。

ただ、82年当時も感じたけど、オリジナルが70年だから、全体的に古臭いんだよね。この古臭い雰囲気、80年代でも、82年くらいまでなんだよね。
明けて83年になると、また、雰囲気がガラッと変わるのが80年代の特徴なののよ。


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恋する夏の日 / 天地真理

1973_08_恋する夏の日_天地真理

 






今回の1曲セレクトは、「恋する夏の日」天地真理です。

まずはデータです。

・タイトル     恋する夏の日
・アーティスト   天地真理
・作詞       山上路夫
・作曲       森田公一
・編曲       馬飼野俊一
・リリース日    1973年7月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売り上げ枚数  50.2万枚
・ベストテンランクイン期間:1973年7月16日〜9月17日付

 過去に書いた1曲セレクトをちまちま検索してたら、当然書いてて然るべき曲な筈なのに、まだ、書いてなかった曲ってあるなぁ。 特に今月8月はそう言う曲が多そう。

ま、以前も書いたけど、昔、mixiに書いてた時は、あくまで「マイミク」さん向けに書いてたんで、マイミクさんの年齢に沿ったセレクトがメインでしたからね。少しターゲットが外れた70年代前半とか、逆に90年代後半以降は、意外と書いてない曲がまだあったりするんだよね。

これは、丁度いい機会だから、書けるときに、改めて書いてみるか・・・と1曲セレクトしてきましたわ。


 天地真理さんの「恋する夏の日」。

めちゃくちゃメジャーな曲じゃないですか。でも、まだ書いてなかったんだよね。 その前に、以前mixiに書いてた時は、天地真理さんの曲は1曲も書いてなかったと思う。

これは、前も書いたと思うんだけど、個人的に70年代前半は、アグネスチャンとかフィンガー5が最古な感覚で、天地真理さんとか麻丘めぐみさんって、それよりも1段階以前の人たちっていうイメージなんですよね。
 だから、書いてなかったのかもしれないな。

もちろん、この曲なんかは、音源も持ってるし、よく聴いてた曲ではあるんだけどね。

・・・とは言っても、実際に音源を購入したのは、大人になってからなんだけどさ


でね、音源を購入して、初めて聴いた時、まず驚いたのが、その音質の良さ。
多分、アナログのシングルだった思うんだけど、それでもその音質の良さにびっくりしたな。中古品だったんで、それまでの保存状態が良かったのかもしれないし、盤の状態もよくノイズが少なかった・・・ということもあるのかもしれないけど、それらを差し引いても、元々の録音の音質の良さには、びっくりしたんだよね。

 ダイナミックレンジというか、その音の広がり、音のきめ細かさが、同年代の他の曲と比較しても、良いんですよ。音が迫って来るような感覚。当時はまだ3Dなんていう発想はなかったわけだけど、恰も3D感覚があったかのような立体的な音っていうか。。。

 当時のCBSソニーの録音技術のよさなのかなぁ。例えば、ビクターとかコロムビアとかさ、かなり音がボコボコなんだよね。あ、これは、80年代初頭までそんな感じだったのよ。
 さすがは世界のソニーだけのことはあるか・・・なんて妙に感心したりしてね。

 音も良いと、俄然曲も良く聴こえてきたりして・・・不思議なもんだよね。

兎に角、文句のつけようがないんだよね、今聴いても、完成度が高い曲だと思う。 これはヒットして当然だよなぁ・・・なんてね。
 まあ、音質の事も含めて、かなり、お金はかけてたんでしょうね。 事務所も天下のナベプロだったし。
お金をかければ、当時の最先端の音で曲ができますよ・・・っていう良い見本だと思う。


それにもまして、当時の天地真理さんの人気のすごさだよね。おそらく、この曲前後が、人気が最高潮だったと思う。

 手元に当時のオリコンチャートがある。 それを見ると、この曲もそうだけど、前曲「若葉のささやき」にしても登場2週目で早くも1位を獲得している。

初登場1位が当たり前の現在では、なんてことないチャートアクションに思えるんだけども、初登場から何週間もかかって1位まで到達するのが当たり前だった70年代前半。登場2週目で1位獲得出来るアーティストは、天地真理さんの他、誰も居なかったわけだから、その人気ますさまじさが分かるもんです。

 ちなみに、この曲は、初登場42位⇒1位 という、41ランクアップで2週目で1位獲得というとんでもないチャートアクションを見せている。
 ピンクレディの「カメレオンアーミー」が78年に88位⇒1位っていうとんでもないチャートアクションをみせたが、それ以前、ジャンプアップ1位獲得曲は、この曲だったんじゃないかなぁ。ま、ちゃんと調べてみないと分からないけど。

ただね、この曲1973年7月1日リリースなんだけど、1973年7月1日は日曜日なんだよね。 オリコンの週間ランキング集計期間が、月曜日〜日曜日と考えると、リリース日7月1日の1日集計だけで、42位まで行ったことになるわけで、これが、もし、今のようにオリコンチャートの集計期間に合わせたリリース日設定にしてたら、余裕で初登場1位になってただろうな・・・って言うのは明白ですわね。

 当時は、オリコンチャートに合わせたリリース日設定なんてしてなかったわけで、、1日 5日 10日 15日・・といった5 10日リリースってのが一般的だったからね。 だから、チャート上のアヤとも言うか、初登場はそれほどランクが行かなくても2週目以降でジャンプアップした曲が多かったんだよね。






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或る日突然 / トワ・エ・モア

1969_06_ある日突然_トワ・エ・モア






今回の1曲セレクトは、「或る日突然」トワ・エ・モアです。

 まずはデータです。

・タイトル    或る日突然
・アーティスト  トワ・エ・モア
・作詞      山上路夫
・作曲      村井邦彦
・編曲      小谷充
・リリース日   1969年5月14日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   35.1万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1969年6月23日〜9月1日付


 さてと、今回は「温故知新」ぢゃないけどふらふら、現代ヒット曲の「古典」的な曲を引っ張ってきましょ。。
 
 なんて、自虐的に書いてみる。。。そんじゃ、わたしゃ、古典時代に生まれたんかい・・・ってことになっちゃったりして。。

 はい、今回は、ワタクシが生まれる直前にヒットしてた曲どぇす。

 トワ・エ・モア「或る日突然」。

 えー、「46年前」のヒット曲どえす。 46年ですぞ、46年。。 ・・・ちゅうことは、ワタクシも46年ですねぇ、生まれてから。。。いやだねぇ・・・、完璧にオヤジだーねー。痛風にもなるってもんですわ。。ふらふら


 まあ、「古典」と自ら書いたくらいだから、今では、このテのヒット曲は完全に絶滅しましたわな。今では、音楽の教科書あたりにひっそりと載ってるくらいだよねぇ。
 いや、すでに音楽の教科書にも載ってないかもしれない。。 ワタシらの時代には、この手の曲は載ってましたけどね。

 言ってみれば、文部科学省の方々が喜びそうなウタといいましょうか。うん、「毒」がないヒット曲ですよ。どこまでもさわやかで、澄んだ青空のようで。。ふらふら
  でも、実際、46年前には、このテの曲が「ヒット」してたわけだから、時代は変わるもんだよね。それだけ、ピュアだったんですよ、時代が。

 自分でも、後になって、昔のオリコンにランクインしてたってことがわかって、結構、不思議な気分だったもんなぁ。 教科書に載ってる曲が、一般のヒット曲ということで。。
 なんかさ、ヒット曲っていうと、どっか「汚れてる世界」の曲のような気がするわけよ。それが「音楽の教科書」なんてね、「聖職的」な本に載ってたりするとさあ。。

 まあ、簡単に言えば、教科書作ってるヒトたちが、リアルタイムで聴いてて、「毒」が無い・・・って感じた曲を取り上げているんだろうけどさ。

 それにしても、今の時代、このテのようなヒトたちっていうのは、詣でてこないんでしょうかねぇ。 ま、でてくるこないの前に、こういう、どこまでもピュアなヒトたちが、今、日本人にいるんかい? ってところから疑問的だけどさぁ。

 あ、でもさ、今は、この手の曲は皆無・・・ってかいたけど、実際は、この当たりを「基本」として、後々にニューミュージックっていうジャンルが開けてくるんだよね。
 ジャケットには、「これがニューフォークだ」なんて、コピーがついてるけど、特段、フォークでもないわけで。。。当時は、まだニューミュージックっていうジャンルが確立されてなかったからね。(ただし、ニューミュージックってコトバは、すでに使われだしていた)
 サウンドプロデュースも、のちに、赤い鳥を育て、ユーミンを発掘した、村井邦彦氏っていうところもミソね。



イントロ初めの「A7」のコードが印象的。この頃は、こういう、イントロ初めに「ジャーン」と鳴らすのが効果的だったのかなぁ。いしだあゆみの「ブルーライトヨコハマ」のイントロあたまの「A7」のコードの響きも印象的だったもんなぁ


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夜明けのスキャット / 由紀さおり

1969_06_夜明けのスキャット_由紀さおり






今回の1曲セレクトは、「夜明けのスキャット」由紀さおりです。

 まずはデータです。

・タイトル    夜明けのスキャット
・アーティスト  由紀さおり
・作詞      山上路夫
・作曲      いずみたく
・編曲      渋谷毅
・リリース日   1969年3月10日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   109.0万枚
・ベストテンランクイン期間:1969年3月31日〜7月7日付


 えー、今回の1曲セレクトは、前置き無し!
 かなり久しぶりに、1960年代のヒット曲を持ってきましょうか。 

 由紀さおり「夜明けのスキャット」

 この曲、今ごろのヒットだったんだねぇ。てっきり、ワタシが生まれた、「夏ごろ」のヒットだと思ってた。

・・・というのも、ワタシとしては、もちろん、知らないはずなんですよ、この曲。まだ、生まれてなかったから。。あせあせ

 えーと、おかんのおなかの中にいましたね。ふらふら 

 8月生まれだから、仮にベストテンギリギリ、ランクインの頃は、妊娠9ヶ月目か・・・。

・・・なので、知らないはずなのに、なぜか、知ってたりして。ふらふら


 いや、初めて聴いた・・・ハズ・・・・の時に、既に、この曲知ってたんだよね。
 どっかで、聴いたことあるぞ・・・・と。

 この辺って、生命の神秘なのですかねぇふらふら


 しかし、この曲は実験的な曲ですよ。何分、1コーラス、全部スキャットで通す・・とは。。。

 そそそ、例の ♪ ルールールルルー ♪ ですね〜。


 それと、この独特のサイケデリックさでしょ。 なんて言うのかなぁ、原色が入り混じった猥雑さとエロティズムっていうのかなぁ。 ちょっとクスリをやってたかのような幻影さ。
これが60年代終盤の独特の、猥雑的な時代背景を物語っていたりして。

 自分が生まれた年ってこともあるけど、このころの時代背景は、個人的には好きなんですわ。
  まだ、みんな貧しかったけど、毎日「何かあるぞ」・・・みたいな前向きな期待感とエネルギーを感じ取れたり・・・。

 まあ、今から思うと 現実の世界というよりは、夢の世界にいるような感覚に囚われるんだけどね。
それは、ワタシがまだ、おかんのおなかの中にいたからですかねぇ。 そういう感覚を感じるんだよね。この曲には。


 でも、時代性を感じる曲だから、100万枚なんてミリオンセラーになったんだろうな。
 当時も、ミリオンセラーなんて、年に1枚か、2枚しか出なかったからねぇ。
 もちろん、固定ファンなんて無きに等しい時代だったから、全浮動票な時代だったわけで、それこそ、一般性(大衆性)がなきゃ、売れない時代でしたからねぇ。


 だけど、 東芝さんって、昔は、実験的なレコード会社だったよなぁ。 レコード会社としては、後発の「強み」で、伝統に縛られない、自由さが当時はあったからだろうな。

 60年代〜70年代にかけては、一番「垢抜けた」レコード会社だったものなぁ。
近年の没落、そして、ユニバーサルへの吸収・・と昔の栄光を考えると信じられないですよね。




最近は、ピンクマティーニとの共演ですっかり時のヒトとなった由紀さおりさんですが、この曲の頃は21才。
ただ、この曲がリリースされるまでは、全くヒット曲が無く、そろそろ歌手として完全引退か? ・・と言う時にこの曲に出会う。人生どこでどうなるかなんて分かんないもんだよねぇ。

 ちなみに、この曲は、元々、ラジオの深夜番組のオープニングBGM用に書かれた曲で、だから、もともとスキャットしかなかったんだよね。なにせBGMなので。。。
 でも、その時のこの曲に対する反響が凄くて、急遽、歌詞をつけてレコード化したという経緯も残ってたりするんだよね。

この当時は、深夜ラジオ放送の黄金期。深夜放送の聴取率が5〜6%もあった時代なわけで、今とは比べ物にならないほど影響力があった時代。 当時の「若者の解放区」と言われたラジオの深夜放送から、たくさんのヒット曲が生まれたわけなんだけども、この曲もそう言うヒット曲の1曲なんですよね。


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学生街の喫茶店 / ガロ

1973_03_学生街の喫茶店_ガロ







今回の1曲セレクトは、「学生街の喫茶店」ガロです。

 まずはデータです。

・タイトル      学生街の喫茶店
・アーティスト   ガロ
・作詞        山上路夫
・作曲       すぎやまこういち
・編曲       大野克夫
・リリース日    1972年6月20日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    77.2万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1973年2月5日〜4月30日付

 もともと「B面」だった曲で、のちにヒットした曲って、調べてみるとちょこちょこ出てきたりするんだよね。
 1981年の西田敏行の「もしもピアノが弾けたなら」はそうだったよね。

 だけど、1位まで取ってしまった・・・となると、これが意外と少なくなる。

 いま、もともとB面だった曲で、後に1位を取った曲は? 

・・・って聞かれて、咄嗟に出てくる曲・・・って言ったら、千昌夫の「星影のワルツ」(元A面「君ひとり」)と、欧陽菲菲の「ラブ・イズ・オーヴァー」(元A面「うわさのディスコ・クィーン」)位かなぁ。

 松田聖子の「SWEET MEMORIES」は、あくまで「ガラスの林檎/SWEET MEMORIES」っていう扱いなので、「元B面」での1位獲得曲とはならない。

・・・ということで、今日は、そんな「元B面」でオリコン1位に輝いた曲をセレクト。

 学生街の喫茶店 /ガロ

 現在アラカン(Around 60)以上の方は、「なっつかしー」曲ぢゃないですかねぇ?

 60代以上でなくても、この曲は、聴けば「はいはいはい、あの曲ね」とほとんど誰でも知ってる曲かもしれないな。

 もちろん、ワタシも「タイムリー」には、聴いてないはず・・・なんだけど、でも、なぜか知ってたりする。

 この曲がリリースされたのは、1972年6月。でも、実際にヒット街道に乗っかったのは、年をまたいだ1973年2月。実にリリースから8ヶ月もかけてベストテン入りまで到達している。

 いまぢゃ、まあ、考えられないようなチャートアクションを辿ってるけど、あの当時は、それほど珍しい現象ではなかったわけなんだけどね。

 で、ベストテン入り当時は、ワタシャ3歳。幼稚園に入園間近の頃だわ。

 もちろん、歌謡曲なんぞ聴いてなかったぞよ。でも、記憶にあったりする。
 もう、何回もこんなこと書いてるけど、知らず知らずのうちに、どっかで聴いてるんだよなぁ、きっと。
 でも、さすがに、どこで聴いていたのかは、全く記憶にないな。でも、知ってたんだよね、後々、ちゃんと聴いた時にさ。

 音楽は、だから不思議なもんですよ。



 ところで、この曲のタイトルとなっている「学生街の喫茶店」は、実際にモデルになっているお店があるんだよね。

 たしか御茶ノ水の駅の近くの喫茶店だよね。だから、「学生街」とは、あの辺を指しているわけさ。
 
 確かに明治大、日大、専修大、あのころはまだ中央大もあったはずだから、まさに「学生街」を指しているわね。まあ、今もそうなんだけどさ。

 ♪ 君とよくこの店に来たものさ 訳もなくお茶を飲み話したよ
  学生でにぎやかなこの店の 片隅で聴いていたボブ・ディラン〜 ♪

 この2行だけで、時代性を如実に現していたりしてさ。。。

 完璧に「団塊の世代」の方たちのライフスタイルを現してる曲だよね。

 個人的に、自分と違う世代のライフ・スタイルを覗いたりするのが好きだったりして。だから、この曲聴くと、想像しちゃいますよ。

 今よりも物は豊かじゃなかったけど、時間はゆっくり流れていたよな・・とか。

 大体において、この曲自体の速さからして、あの時代を彷彿させてくれますよ。


 ところでさ、この曲が、もともとA面ではなく、B面でリリースされた・・・ってのは、もともと、「ガロ」っていうグループ自体、「カントリー&ウェスタン」を中心にしたグループであり、必ずしも「売れ線」を狙っていたグループではなかったということと、メンバーの作品ではなかった・・・って言うところもあるだろうね。

 作詞は、70年代初頭の代表的作詞家の山上路夫氏。作曲にいたっては、すぎやまこういち氏だからねぇ。

 まあ、ガロにとっては、「異端」な曲な訳だ。なにせ、上記の巨匠2人が作った曲。ウレセンでないわけがない。
 そういう曲がはじめてヒットチャートに入って、しかも1位まで取っちゃったんだから、メンバーの心中はいかがなものだったんでしょうね。

 ただ、この後、メンバーによる作品、「ロマンス」でベスト3を取ってるから、まあ、その辺のモヤモヤは解消されたとは思いますが。。。

 まあ、いずれにしろ、この「学生街の喫茶店」で、押しも押されぬ、当時のナンバーワンユニットになったのは、間違いないところ。

 現THE ALFEEの3人は、この「ガロ」をまねて、3人グループにしたってくらいだからねぇ。


 ただ、人気が長く続かなかったのも事実かなぁ。時代はカントリー&ウエスタンやソフトロックから、ニューミュージックへ変わって行ったわけで・・・。
 その流れには、残念ながら、乗れなかったんだよね。 


 ちなみに、「学生街の喫茶店」のもともとのA面の曲は「美しすぎて」って曲。
 結果的に、A面、B面入れ替えってことで再リリース。再リリース後にヒット街道に乗っかったんだよね。




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