かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

小椋佳

愛しき日々 / 堀内孝雄

1987_02_愛しき日々_堀内孝雄


今回の1曲セレクトは、「愛しき日々」堀内孝雄です。

まずはデータです。

・タイトル     愛しき日々
・アーティスト   堀内孝雄
・作詞       小椋佳
・作曲       堀内孝雄
・編曲       川村栄二
・リリース日    1986年10月25日
・発売元      ポリスター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   21.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1987年2月9日〜3月23日付
・タイアップ:日本テレビ系年末時代劇「白虎隊」テーマソング

ここのところ気分が晴れない日が続いてるんだよな。やたらと今後の人生の事を考えたりして。
このまま今の仕事を続けていていいのか、今後どう生きて行ったらいいのか・・・って言うところを頭の中で自問自答してる日々が続いていたりして。 でも、まだ明確な答えが出せない。

そもそも自分が本当にやりたい事・・・それは、ここで書いてるように、今ではうずもれて死角になっている「いい曲」をこうして引っ張り上げて、もう一度、みなさんに伝えていきたいってところなんだよな。

ま、ここでは「昔」の曲を中心にかいてるけど、本来はそれに限定するものではなく・・・。

これを本格的に実現するためには、どうすればいいのか・・・ってところを考えてはいるんだけど。。。


振り返ってみれば、こういった今後の人生の生き方について自問自答する期間が出てくるのは、今が初めてぢゃない。 大体10年に1度は出てくる。
 しかも、決まって年代が変わる2〜3年前に出てくるんだよな。17才の時も27歳の時も37歳の時もそうだった。
そして、47歳の今、やはり同じような「自問自答」が出てきた訳なんだよね。

これを打破するためには、答えが出ようが出まいが、実際に動くしかない・・・っていうのは、これまでの経験から分かってはいるんだが・・・・。実際に動くまでが遠いワタシなのです。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、今と同じような「自問自答」の日々が続いていた、17才の頃のヒットをひとつ。

堀内孝雄「愛しき日々」。

そうなんだよね、この曲を聴くと、高校2年、17才だった今頃、ひたすら悶々として日々を少して居た頃を思い出す。

兎に角、毎日がスカッと晴れない、悶々とした日々だった、あの頃。
普通、17才と言ったら、一番青春を謳歌している頃の時代だよな、きっと。でも、ワタシ的には気分が晴れなかったんですよ、あの頃。

1年後の大学受験、今後やりたい事、進むべき道・・・全てが漠然としてて、全く霧の中だったあの頃。反面、女の子と「やりてぇ」って下半身が熱くなってばっかりしたあの頃。

この「愛しき日々」を聴くと、そんな事ばっかりが浮かんでくるんだよなぁ。

この曲は、当時、日テレが年末「大型」時代劇を毎年放送してたんだけども、その第1弾となった「白虎隊」のテーマソングでしたね。
 生まれが「福島」のワタシにとっては、なじみ深い「白虎隊」の物語だった事から、もちろん、このドラマは見たけども、そんな悲しいドラマに見事なくらいマッチしてたんだよな、この曲は。

そんな事が印象深く残っていたこともあって、当時、この曲が、ワタシの頭の中ではグルグルとヘビーローテーションで鳴ってたんですよ。
 
そんなことと相まって、この曲となると、あの時代、1987年の今頃の霧の中状態のワタシがフラッシュバックするわけです。





あー、だめだ、やっぱり、この曲を聴くと30年前のあの「悶々とした日々」が走馬灯のように甦って来るな。
ところで、ベーヤン(堀内孝雄氏のニックネームね)も、この曲あたりを境に、ニューミュージックから、歌謡曲色が
強くなってきた頃ですよね。
 オリコンでは、当時この曲は、まだ「ロック・ニューミュージック」に分類されていたけど、実際のところはすでに歌謡曲でしたからねぇ。
 
でも、そんなことはどうでもいい。やっぱり良い曲は良いんだよな。

それはそうと、この曲、未だに音源持ってないんだよ、ワタシ。

当時から買おう買おう・・・と思ってて、30年も経ってしまった・・・という。
それだけ、この曲聴くと、当時を思い出して、沈んだ気分になってしまう訳なのです。



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俺たちの旅 / 中村雅俊

1976_01_俺たちの旅_中村雅俊


今回の1曲セレクトは、「俺たちの旅」中村雅俊です。

まずはデータでする。

・タイトル    俺たちの旅
・アーティスト  中村雅俊
・作詞      小椋佳
・作曲      小椋佳
・編曲      チト河内
・リリース日   1975年10月10日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  87.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1976年1月12日〜2月16日付(暫定)
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「俺たちの旅」主題歌

先日のニュースによると、天皇の退位により「平成」も来年いっぱいで終わるらしい。 つまりは「平成30年」で打ち止め・・・って言う訳ですね。
 そうかあ、そうなると「昭和」と言う時代も、ますます遠くなるなぁ・・・・っなんて思っている昨今だったりして。
ま、それ以前に「昭和」の時代に活躍されていた方々が、ここ数年、どんどんと鬼籍に入られてしまった訳で、それだけでも昭和って言う時代も大分、遠くなってしまった・・・って言う実感なんたけど。。。

・・ということで、今回の1曲セレクトは、「個人的」に「昭和」を感じる曲をひとつ。

中村雅俊「俺たちの旅」

・・・なんて書くと、「え?」なんて思われるかなぁ。  なんで、「俺たちの旅」が昭和なんだよ・・・・とかさあ。

「俺たちの旅」っていえば、日テレの「日8」・・・つまりは日曜20時〜21時・・・っていう、NHK「大河ドラマ」の「真ウラ」で放送していた、いわいる「青春ドラマ」枠で1975年〜1976年の1年間放送していたドラマですね。

主演 中村雅俊、田中健、秋野大作の3人がつとめた、お馴染みのドラマですわ。 
・・・なんて、さぞかし当時見てたかのように書いてるけど、当時5才〜6才だったワタクシは、流石にこのドラマは見てなかったよなぁ。 後々、テレビ探偵団とかなつかし番組で「断片的」に見たりしたから、存在は知ってましたけどね。

うん、1975年〜1976年といえば、このドラマが始まるちょっと前の時間にフジテレビで放送してた、「カルピス世界名作劇場」だよね、見てたのは。
75年が「フランダースの犬」、76年が「母をたずねて三千里」っちゅう、名作劇場の中でも一番盛り上がっていた時代ですわ。 個人的には、これ終わったら、「寝る」時間だったからさあ
そそそ、当時は就寝時間が8時だったの。(土曜日だけは「全員集合」見てからだったから9時だったけど) 
だからね、当然ながら、この「俺たちの旅」も当時は存在も知らなかったんだけどさ。。。

・・・・とととと、話が大分ずれた。。。

あれ? なんだったっけ????


あ・・・そうだ、中村雅俊氏の「俺たちの旅」から、どうして「昭和」を感じるのか・・・だったですね。

この曲のサウンドですよね。この曲、FMや「ステレオ」で聴くより、AMラジオの「モノラル」で聴いた方が絶対にいいんだよね。
 当時の哀愁感っていうのかなぁ、当時の記憶がセピア色に甦るっていうのかなぁ。気分は1975年当時に戻るんですよ。

・・・と言っても、当時5〜6歳だった、ワタシの記憶なんて取るに足らないものだとは追うんだけども、それでも少しは物心ついてましたからねぇ、当時。
少しではあるけど、1975年って言う空気感は感じ取ってたんだよね。

いや、逆に言えば、世の中の空気感を感じ始めた、最古の記憶かもしれない、個人的には。

そんなこともあってか、個人的に「昭和」の空気・・・というと、1975年当時の空気を思い出すのかもしれないなぁ。

上で「セピア色」の想い出・・・って書いたけど、例えば、当時、テレビでは、まだドラマにしてもニュースにしても「フィルム」が多かったじゃん。 今みたいにVTRではなくてさ。

映画でもそうだけど、フィルムって、独特の哀愁感を感じるんだよなぁ。日常なんだけど、非日常の世界のようなさ・・・。
それと、街並みにしても、今のような無機的な感じじゃなかったじゃん。
まだ、駅前とか、商店街が華やな時代だったしさ。そう言う商店街には、「ラッパ」スピーカーから、ヒット曲が、半分割れたような音でガンガン流れてたりしてさ。街に活気がありましたよね。

丁度、当時流行ってた、野口五郎の「私鉄沿線」とかの世界。

映画「三丁目の夕日」ほど時代は古くないけど、かといって、まだパソコンなんて何者だ?、って時代だし、それどころかビデオも普及していない時代。

古くないけど・・・かといって新し過ぎもない時代。  なんて書くと「中途ハンパ」な時代? なんても思えるけど、そうじゃない。文化的にも人間性的にも、いまよりはずっと豊かだったんじゃないか・・・なんて思える時代。

それが1975年あたりなんじゃないか・・・なんて個人的には思えるんだよな。

ま、世相的には、70年代前半までの高度成長期が終わり、前年74年には戦後初のマイナス成長という不景気に見舞われた時代。

それは、この「俺たちの旅」っていうドラマ自体にも出て来ているんだけどさ。 例えばそれまで青春ドラマっていえば、スポーツがあって、太陽に向かって走れば、全てが解決・・・っていう能天気な部分があったわけじゃん。

でも、このドラマあたりから、「悩み」が入って来るんだよね。 つまり「陽」だけじやなく、「陰」の部分。こんな部分に、それまでの高度成長期の「プラス」成長から一転して、「マイナス成長」期に入った世間の「陰」の部分が反映されてきたりしてね。

もしかしたら、そういう「陰」の部分に強く惹かれているのかもしれないな、この時代というと。

ちなみに、ドラマ「俺たちの旅」の脚本は、畑嶺明、鎌田敏夫 両氏が書いてたんだよね。
こののち80年代、畑氏は「毎度おさわがせします」、鎌田氏は「金妻」「男女7人」シリーズという、TBSのドラマ黄金期を支えることになるんだけども、この時代は日テレドラマを書いてたんですよね。
ちなみに、「太陽にほえろ」の脚本も書いてましたよね、この時代。


あー、今回は内容がまとまらないなー。何書いてるんだか、よく分かんなくなってきた。。。

ま、ともかくも、個人的には1975年って言う時代は、70年代の中では、78年に次いで印象深い年なんだよね。
それとともに、この曲を聴くと、1975年って言う時代を強く感じてしまうワタシな訳ですわ。



この曲はやっぱり、生で歌っているところよりもレコード音源の方が時代性を感じる・・・ってことで、そう言う動画を持って来ましたわ。
 どころでこの曲、売り上げは87万枚っちゅう、中村雅俊氏としては、デビュー曲の「ふれあい」に次ぐ売り上げを記録した大ヒットだったんだけども、オリコンでは結局1位取れずの、最高2位だったんだよね。

 同時期の1位は、バンバンの「いちご白書〜」であり、ユーミンの「あの日に帰りたい」であり、いわいるユーミン勢に押し切られた形になってたりする。 しかも、しまいにゃ、「およげ!たいやきくん」とパッティングしちゃたりして。。。不運といえば、不運が続いた曲なんだよな。

ただ、売り上げにたがわずロングヒットだったけどね。 ベストテンにランクインしている最中は、兎に角、上下動が少ない安定したチャートアクションを展開していたのが印象的なんだよなぁ、この曲は。

ちなみに、最初のデータに書いたベストテンランクイン期間は、「ワタクシ」のチャートのもので、チャートを始めたのがこの曲がベストテン入り最中だった1976年1月からなんで、「暫定」と入れました。
オリコンでは、1975年11月10日付からベストテン入りしています。



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シクラメンのかほり / 布施明

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今回の1曲セレクトは、「シクラメンのかほり」布施明です。

まずはデータです。

・タイトル     シクラメンのかほり
・アーティスト   布施明
・作詞       小椋佳
・作曲       小椋佳
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1975年4月10日
・発売元      キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 105.2万枚
・ベストテンランクイン期間:1975年4月21日〜9月1日付

仕事が繁忙期に入りつつあり、ここ暫く疲れがたまってきてるんだよねぇ〜。そんなこともあり、ここ数日は1曲セレクトを書かずに寝てしまっておりまして。。。
 今日も、直前まで気分が乗らなかったんだけども、書かないのもどうも気分が悪くてねぇ、ついついPCの前に座ってしまったワタシが居たりして。。。

うむ、書こうと思っている曲は自分の頭の中に何曲かストック出来ているんでね、今回はその中の1曲をセレクトしますか。

布施明「シクラメンのかほり」。

1960年代からスターの座を駆け抜けてきた布施明氏にとっても、突然の超大ヒットと言いますかねぇ。まあ、前年の1974年に「積木の部屋」っていう大ヒットは出していたものの、この曲は、その2倍の売り上げでしたからねぇ。
 一体何があったんでしょうか・・・っていう感じの大ヒットでしたよね、この曲は。
1975年にリリースされた曲の中では、唯一のミリオンセラーだったしさあ。もちろん、布施氏にとっても、初のミリオンセラーであり、唯一のミリオンセラーでしたからねぇ。

時代はフォークからニューミュージックへと言う流れの中で、75年あたりは、まだフォーク寄りの曲が強かったですからね、そんな流れにうまく乗っかった・・・って言う感じだったのかなぁ。
 
 作詞、作曲の小椋佳氏が最高潮の時代でしたね、この頃は。72年にリリースされた、アルバム「彷徨」が井上陽水の「氷の世界」に次いで90万枚セールスに達したのもこの頃ですわ。
 
うん、アイドル全盛で子供な曲が多い今の時代感覚じゃ、なかなか理解しにくいところがあるんだけども、結局のところ、当時は、みんな大人だったんだろうねぇ。 単体の音楽というよりかは、文学の匂いがする音楽がもてはやさせていた時代・・・っていうのかなぁ。
 歌詞にしても、表面的なコトバというよりは、行間を楽しむって言うかねぇ、そんなところが大人の世界だったのかもしれないな。

今でこそシクラメンは「普通」の花って言うイメージだけど、当時は比較的高価だったんじゃないかなぁ。まあ、個人的に田舎にいたからかもしれないど、シクラメンなんぞ、子供の頃はあんまり見たことなかった気がする。
 それだけ高貴な花って言うイメージもあったのかもな。ただ、シクラメン自体、「かほり」はほとんどないんだけどね。
 それと、シクラメンは冬の花なんだけどさ、この曲自体は、今頃から夏にかけてがヒットのピークだったじゃない
 今考えると、ちょっとイメージとはギャップを感じるよなぁ。 それでも、これだけ大ヒットしたのは、やっぱり曲の良さなんだろうなぁ。
 後は、当時はあんまりシクラメンを知られてなかったんで、冬の花っていうギャップをあんまり感じなかったからかもしれない。


 ちなみに、正直言うと、個人的には、この曲は、よく分かんなかった。
当時、私は5才から6才になる頃だったなぁ。まあ、6歳児がこの世界を分かった方がコワイんですけどね

でもねぇ、ウチの母親がこの曲好きでねぇ、よくテレビを見ては歌ってたんだよなぁ、うん、それは良く覚えてる。
子供ながら、生意気にも「ジミな曲だなぁ」・・・とか思ったりしてね

そんなこともあり、ワタシも自然と曲は覚えちゃったんだろうなぁ。まだ、このヒット曲の世界に足を突っ込む全然前だけど、この曲は、よく覚えていたんだよな。

ただね、この曲が、この年のレコード大賞を取った事、布施明氏がギターを弾きながら、この曲を歌ってた事・・・っていうのは、当時は知らなかったな。

ま、そもそもレコード大賞っていうイベントを知ったのが、これより2年後、うん、ジュリーが「勝手にしやがれ」で大賞を取った時でしたからねぇ。

ちなみに、今、当時のオリコンでのチャートアクションを見ながら書いてるんだけど、この曲ベストテン内に20週連続でランクインしてたんだねぇ。超ロングヒットでしたね。まあ、ミリオンセラーになった曲だから当たり前と言えば当たり前なんだけども。

ただ、ちょっとチャートアクションで目が行ったのは、この年の年末年始にかけて、ランクを再浮上させて、1976年1月第1週(1月5日付)で、再度ベストテン内に再浮上させていたんだよね。

レコ大効果、紅白効果・・・って言う事で、レコ大受賞曲や紅白出場曲が、年末から年明けにかけてチャートを再浮上させるって言う傾向は80年代に入ってからはちょくちょくあった現象だけど、70年代には、まだ、そう言う傾向は少なかったんだよね。
 こんなに顕著に効果を見せたチャートアクションをみせたのは、もしかするとこの曲が最初かもしれないな。




ところで、以前、前年の「積木の部屋」を書いた時、当時のナベプロ総帥の渡辺晋氏が、「積木の部屋」を聴いて、「バカ野郎 なんで業界のプリンスが四畳半に住んでなきゃいけねーんだよ」って烈火のごとく怒ったとのことだったんだけども、この曲の時はどうだったんでしょうねぇ。
歌詞は別として、曲そのものは、やっぱり「貧乏くさい」イメージでしたけどねぇ。 
まあ、売れれば良し・・・というのが業界の慣習でもありますが。。。。


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とっておきの君 /竹本孝之

1982_04_とっておきの君_竹本孝之








今回の1曲セレクトは、「とっておきの君」竹本孝之です。

まずは、データですー。

・タイトル     とっておきの君
・アーティスト   竹本孝之
・作詞       小椋佳
・作曲       馬場孝幸
・編曲       鷺巣詩郎
・リリース日    1982年4月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  31位
・売上げ枚数    8.6万枚
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「陽あたり良好!」主題歌

 えー、今回もアイドルに戻りまする。 ただね、アイドルと言っても、ここんところ続けて来ていた女性アイドルではなく、久しぶりに「男性アイドル」に行ってみますかね。

 竹本孝之 「とっておきの君」

なっつかしいなぁ・・・って言う方と、全然知らないや・・・って方と二分されちゃいますかねぇ。

この曲は1982年4月1日リリース。 丁度、ワタシが中1になった時リリースの曲ですわ。

 ま、そんな事はどうでもいいか。。。

日本テレビで、当時、日曜20時から放送していた、「陽あたり良好!」っていうドラマの主題歌。

これまた、わあ、なっっかしいなぁ・・・って言う方と、全然知らないや・・・って方と二分されますかねぇ。
一応、原作は、80年初頭に「週刊少女コミック」に連載されていた、あだち充先生のマンガなんだけどね。

そそそ、その後の、「みゆき」、「タッチ」に続く、青春学園物の実写化ドラマですね。
 
でも、ワタシん中では、かなりマイナーなドラマの一つかなって、ずっと思ってたんだけどね。
 だってさ、放送が日曜日の20時〜21時。当時は、NHK大河ドラマとフジテレビ「家族対抗歌合戦」が強かったわけで・・・。
 たしかに、日テレ、日曜20時枠は、その昔から「青春ドラマ」を延々と放送し続けてきた、「由緒」ある時間枠だったんだけど、それにつけても、この当時の視聴率は散々だったかんね。
 だから、このドラマにしても知ってるヒトってすくねーよなー・・・と思ってたんだけど・・・、

 BUT、結構みなさん、知ってるんですよねー。

 まあ、再放送も何回もしてたからなぁ。 ・・・・とかいてるワタシも、本放送は見てなかったんだけどね・・・。

 当時は、我が家にはテレビ1台しかなかったし、あの時間帯はオヤジが「大河ドラマ」見てたからなぁ。
 
 主演が竹本孝之、相手役が伊藤さやか でしたねぇ。
ドラマが、マイナーだったからさ、だから、この主題歌もマイナーだよなぁ。なんせ、オリコン最高31位だからさ。

 でも、意外とこの曲みんな知ってんだよな〜。カラオケの隠し玉にはサイコーですよ。


 まあ、昔、松村邦洋が、ネタとしてかなりやってたからな〜。

 曲の方は、ほぼ完全な「アイドル青春歌謡」でしたよね。
やっぱ、出だしの部分が印象に残るのかな。

♪ とっておきの春をつれてきたよ君に そよ風を駆け抜ける華やいだ君を〜 ♪

さすがに小椋佳さんですよね、何気ない言葉遣いだけどダサクない、当時の普通のアイドル歌謡よりは、1ランク上の雰囲気が漂いますね。

日テレの青春物、小椋佳・・・というと、中村雅俊の「俺たちの旅」を想像しちゃう方も多いと思うけど、この曲なんかは、そんな路線を狙ったんでしょうかねぇ。(曲は全然違うけど。。。)

メロディもとっても素直。ほとんど、「仕掛け」とか特徴がないのが、「特徴」っていうかね。まあ、ほとんどドラマの主題歌用って分かりきって作られた曲って感じがしないでもない。 
 いや、だから、逆に「からおけ」にはいいんだよね。歌いやすいしさ。キーは高くないしさ。それでいて、だいたい、みなさん知ってるしさ、オススメですよ。

 あ、みなさん知ってる・・・っていっても、ワタシと同じ年代では、ということです

 竹本孝之は、この前の年の1981年デビュー。でもさ、この年って、まっちが飛び抜けてたからなぁ、人気は。
 だから、そのほかの「男性アイドル」は、全然目立たなかったんだよね。このヒトにしろ、堤大二郎にしろ。。。
 あ、あと、アイドルではないけど、山川豊もいたな。

 このヒトたち、当時の「音楽祭」の新人賞部門では、いつも顔をあわせてたのに、ぜんぜん目立たなかったという・・・。

 BUT、あれから34年たったいまでも、竹本孝之は、現役の俳優ですねぇ。ちなみに俳優、堤大二郎も俳優で活躍、山川豊は、中堅の演歌歌手と、みなさんしっかり残ってるんだよね。
 ・・ということは、今思うと、レベルは結構高かったんだよね。1981年の新人も。
 如何せん、「まっち」が強すぎたってことなんだけど・・。 (っつうか、当時は、男性アイドルということだけで、ジャニーズからの圧力がすごかったらしいが。。。。)


 あ、最初に日本テレビ、日曜20時〜21時枠は、伝統的に「青春ドラマ」枠って書いたけど、それも、この「陽だまり良好」で終了。やっぱし、視聴率取れなかったんだろうねぇ。
 このドラマのあと番組に、「久米宏のTVスクランブル」っちゅう、情報番組がスタートしました。
 これは、ワタシも見てたな。。  ハイ。
久米宏と故 横山やすしっていう、異色の掛け合いが面白かったんだよね。





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