かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

小室哲哉

I'm proud / 華原朋美

1996_03_I'm Proud_華原朋美


今回の1曲セレクトは、「I'm proud」華原朋美です。

まずはデータでっす。

・タイトル     I'm proud
・アーティスト   華原朋美
・作詞       小室哲哉
・作曲       小室哲哉
・編曲       小室哲哉
・リリース日    1996年3月6日
・発売元      パイオニアLDC
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  139.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1996年3月18日〜5月20日付
・タイアップ:東京ビューティーセンターCM曲

うーむ、どうもこの「1曲セレクト」は90年代後半以降は「鬼門」なんだよなぁ〜。。。
うん、いやね、ブログのアクセス数の事なんですけどね。
一昨日、ジュディマリの「散歩道」を書いたんだけども、さっぱりアクセス数が上がらない。。。

まあ、90年代後半ともなると、世代交代といいますか、ワタシらの世代も20代後半〜30代になり、ヒット曲の中心から離れた方も多いからねぇ。
やっぱ、90年代前半までなんだよね、ワタシらの世代は。
90年代後半以降は、他の方もたくさん書いてるし、ワタシじゃ無くても・・・とも思えるしな。。。
そう考えると、90年代後半の曲でアクセスが減るのもしゃーない・・・か。

いや〜〜 、やっぱし悔しいわい こうなったら、また90年代後半で行くもんね。。。

華原朋美「I'm proud」。

もうね、半分ヤケクソ。 当時、キライだった曲を持ってきちゃいました。。。

・・・なんて書くからアクセス数減るんだよな。 
態度が人を動かす・・・っちゅうこともあるからなぁ。。

でもねぇ、当時キライだったって言うのは事実でして、だから、今回のトピにはクレーム来るだろうなぁ。。。っていうのを覚悟の上で進めようかしらね。

なんで、当時この曲がキライだったか。

・・・なんて言われると、よく分かんないんだよね。 っちゅうか、結局のところ理解できなかったんだよね、この曲。もっと簡単に言えば、生理的に合わなかったのよ。

ここでは、前々から何回か書いてきたけど、基本的に小室氏の曲って生理的に合わないんだよなぁ。うん、これはこの曲に限らず、TMの頃からずっとそう。

TMが「Get Wild」でブレイクしてきた時から、よく分かんなかったもの。

たしかに表面聴きはかっこいいんだけど、深いところまでのめりこめないんだよね。だから、どうしても表向きだけ・・・って思えちゃうのよ。

ただ、90年代に入って、trfの時は、まずまずしっくりと聴けた。小室氏でもポップなイメージだったんで、あればあれで良かったと思うし。

でもねぇ、この曲のちょっと前に安室のプロデュースも始めたでしょ、小室氏。 それでまた違和感ありありだったんだよね個人的に。まあ、これまでどこに違和感ありなの? って言われると上手く説明できないんだけどね。兎も角生理的にってところでさ。

そこに来て、この曲だったからなぁ。

まあ、華原朋美って言うヒトを当時認めてなかったのもある。 だってウタヘタだったんだもん。
ってかくと、これまたクレームだろうなぁ、ウタ上手いって思えるヒトもいるかもしれないし、確かに最近の華原さんは、この当時に比べると格段にウタ上手くなったと思う。
ただ、個人的に、当時のこのヒトの、特に語尾の音程のピッチにねぇ、どうにも耐えられなかったのね。やっぱりどうしてもピッチが狂ってるとしか思えなかったのよ
そんな華原さんを「最高のサンプリング素材」って称賛してる小室氏っていうのもよく分かんなかったですよ。

で、そこまでならまだしも、それで売れちゃうわけでしょ。 この曲140万近くだもんなぁ売り上げ。  いや、これが個人的には追い打ちでしたねぇ、まったく理解できなかった。

ヒット曲の世界が分かんなくなってきちゃった・・・世間の感覚と自分のヒット曲感にズレを感じてきたって思えたのが、この曲を聴いてからだったと思うな。

うん、前回のジュディマリのと時も、98年は殆どヒット曲聴いてなかったって書いたけど、この「I'm proud」がその始まりだったんだよね。 ただ、96年当時は、それでもエイベックス系以外では、まだ個人的に引っかかる曲も多かったんでそれなりには聴いてたんだけど・・・。

そそそ、「キー」はエイベックス系なんだよね。 どうも生理的に合わなかったっていうのは。
簡単に言えばデジタルよりアナログ、シンセの無機質な音より生楽器の音色って言うヒトなんだよね、個人的には。まあ、エイベックスさんについては、音だけでなく売り方自体にもカチンと来てたところもあったんだけど。。。

当時はこっちもケツが青い20代だったし、感情的な部分も多々あったんだけどさ。言ってみれば食わず嫌いっちゅうのかな。

あれから20年以上も経った訳で、コチラも当時よりは丸くなったからねぇ、ギャップを埋めつつ当時の曲を少しずつ再度掘り返し始めたこの頃だったりもするんだよね。



まあ、今回はいろいろと書いちゃいましたが、とりあえず、最近ではこの曲は、理解出来るようになってきたかな。超大げさなストリングス中心のオーケストレーションが小室氏らしくなくて良い。きちんと聴けばとっかかりやすい曲ではあるんだよね。
ただ、この曲以降の華原さん曲は未だに理解できないんけど・・・。。。

ちなみに、この曲、華原さん最大のヒットだったけど、オリコンでは1位とって無いのよね。ちょうどリリース日がB'zの「ミエナイチカラ」とバッティッングしたからな。
この曲がキライキライって言っていたワタシにとっては、当時それが唯一の救いだったかも。。
・・・といいつつ、売り上げはこっちの「I'm proud」の方が上だったりして。。。

あ゛、だけども、なんやかんや言うてもワタシのランキングでは1位取ってんだよな。。。。うーむなんともはや。。。


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a walk in the park / 安室奈美恵

1997_01_a walk in the park_安室奈美恵


今回の1曲セレクトは、「a walk in the park」安室奈美恵です。

まずはデータです。

・タイトル    a walk in the park
・作詞      小室哲哉
・作曲      小室哲哉
・編曲      小室哲哉
・リリース日   1996年11月27日
・発売元     エイベックストラックス
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  106.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1996年12月9日〜1997年2月10日付
・タイアップ:日立マクセル「maxell UD2」CM曲

先週のサプライズの一つで言ったら、金曜日。小室氏の突然な「引退」宣言でしょうかねぇ。
一体何なのよ・・・って感じだったし。
本人曰く「不倫疑惑」のケジメと言う事も理由の一つということなんだけどさ、これについては、別途Facebookに「友達」向けに書いて不評だったんで、ここでは割愛するけど・・・

もう一つの理由としては、「才能の枯渇」という点。 まあ、これについては分からないでもないんだけどね。
そりゃ、まあ、90年代あれだけ「馬車馬のごとく」作品を発表すれば、誰でも枯渇するってもんですわ。

本人曰く、「時代はもう小室哲哉を必要としなくなったんじゃないか」というのも引退の理由の一つらしいけど。
まあ、自分の曲が受けない時は、たれでもそう思うもんだよね。
90年代のあの飛ぶ鳥を落とす勢いの小室氏から考えれば、そんな事を考えるなんで想像も出来ない事だけど・・・。

同じ日本のヒットメーカーの巨人、筒美京平氏の昔のインタビュー記事にもこうある。

「ぼくのカラーじゃないヒトが元気な時ってある。でも、そう言う時って、元気なヒトの一生懸命マネをする訳。そうしているうちに、また自分のカラーが時代に必要とされてくる時がする訳」

つまりさ時代は常に動いている訳で、小室カラーが必要とされない時期もある。そりゃ時代と折り合わなくなる時期もあるのよ。

でも、そんな時元気なヒトに近づこうと頑張ってみる。 そうしているうちに、また時代は自分に近づいて事があるんだよ。

・・・って事。

恐らくこれは、70年代後半から終盤かけてニューミュージック全盛の頃、歌謡ポップス側である、さしもの筒美氏も苦戦していた頃と、80年代、見事なV字回復を見せた頃の事を振り返っての意見なんだけけどね。

それを鑑みてみるとさ、なんで、もうちょっとカンパれなかったのかなぁ・・・なんて思うのよ。
上の筒美氏の例で言えば、今、時代に受け入れらけないと感じるなら、今時代のメインストリームの音楽に近づこうとしなかったんだろうって事。

まあ、ここが小室氏ならではの「プライド」なんだろうけどさ。
なにせこれまで、「自分の音楽」が時代を動かしていたわけでさ。なかにし礼氏のコトバを借りると、自分の音楽こそが「時代の巫女」だったわけじゃん。そのプライドを曲げてまで音楽はしたくない・・・って事。

 結局さ、そこが「職業作家」の筒美京平氏と、「アーティスト」の小室氏との大きな違いなんだろうけどさ。

意地悪な言い方をすれば、時代を見極める柔軟な考えの筒美氏と、あくまで「自分の才能」にこだわる小室氏の違いって言うのかなぁ。
でも、そこで挫けて欲しくなかったよなぁ。まあ、これは第三者として言える意見なんだけどさぁ。

ちょっと考えを広ければ例えばアイドルへの曲提供なんかも出来た訳だし。 80年代はアイドルへの曲提供もしてた訳だしさ。
例えば「坂」グループに曲を提供してみるとかさ。やろうと思えば出来るわけじゃん。
どうしてそういう方向も模索しないで、引退というコトバを使ってしまったのか・・・っていうのは、やっぱ残念なんだよな。


あ〜、今回の1曲セレクト前置きがめちゃくちゃ長くなっちまった。。。  
小室氏への「提言」の場ぢやないよなぁ、1曲セレクト。

でもまあ、小室氏の引退をかけて、やっては、今回は小室氏の曲だろうな・・・ってことで、この曲を引っ張って来ましたわ。

安室奈美恵「a walk in the park」。

まあ、小室氏の音楽について、ここでは、これまでも何度も書いてるけど、個人的にはそんなに影響が無かったんだよね。引っかからなかったっていうのが正しいか。
このヒトのメロディって、感情むき出しっていう「喜怒哀楽」なところがあんまりないじゃん。 よく言えば「ドライ」。
無機質ってところだよね。
そこが個人的にはあんまり引っかからなかったんだと思う。

だから、当然、小室プロデュースになってからの安室さんの音楽も殆ど触手が伸びなかった。

うん、小室氏プロデュース以前、まだ「スーパーモンキーズ」の一員だった頃の安室さんには興味があったんだけどね。そそそ「TRY ME〜私を信じて〜」でブレイクしてきた頃の安室さん。

これは凄いヒトが出てきた・・・ってさ。 でも、そのすぐ後、東芝EMIからエイベックスに移籍して、小室氏プロデュースになったじゃん。 その途端に興味が無くなった・・・っちゅうかねぇ。。

あー、こんな書き方するから「敵」を作るんだよなぁ。 
でも、個人的な本音の部分であり、だから「天邪鬼」なんて言われるんだけどさ・・・。

いや、個人的に好きだった安室さんは、もっと「ストレート」なポップを歌う安室さんだったんだよな。
「TRY ME」なんてのはリズム体と複雑だけどユーロビートじゃん。ストレートなんですよノリが。いってみれは分かりやすい。 ココが良かったのよ。

でも、「TK」化されてからは分かんなくなったんだよな。
確かにエイベックスに移籍することで国民的なアーティストヘ大ブレイクしたことは間違いないんだけど・・・。

そんな安室さんの曲だったけど、エイベックスに移籍して以来、個人的に納得できたのが、今回の「a walk in the park」だったなぁ。

初めて聴いたのは、確か、ミュージックステーションだったかなぁ。

Aメロはいつもの小室節っぽくて、「あ、またか」・・・と思ったものの、2分音符を多用する、サビへのブリッジとなるBメロの ♪ 想いが届けば〜 ♪ のところから考えが変わったんだよな。

細かい譜割りが特徴的な小室メロディにあって、2分音符を多用するメロディって、あんまりなかったからさ。

で、そのまま、♪ A Walk in the Park〜♪っていうサビに入って行く。

この流れがね自然だっんたですよ。恐らくそんな所に反応したんだろうねぇ。

それにサビの♪ A Walk in the Park〜♪ ってところを中心に聴いてて絵が浮んで来るんだよな。 その浮かんでくる絵がね、シカゴの「Saturday in the park」だったりしてね。
つまりさあ、シカゴの「Saturday in the park」を彷彿させるくらいの自然な流れのポップスだったって事なんだよね。




ちなみに、97年の頭頃のミュージックステーションって「あ、これは」っていい意味で裏切られる曲に出会う事があったんだよな。 昔書いたけど河村隆一の「I love you」もそうだったもの。




ちなみ、この曲マクセルの「カセットテープ」のCM曲だったんだよね。
当時、音楽録音用メディアとしては「MD」が主流で「カセットテープ」なんて、すでに時代遅れの感じだったんだけどね。
そんなカセットのCMで使われていたのが、時代の「最先端」だった安室の曲っていうのも、なんかアンバランスな感じでしたよね。



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COME ON EVRYBODY / TM NETWORK

1988_12_Come On Everybody_TM NETWORK


今回の1曲セレクトは、「COME ON EVERYBODY」TM NETWORKです。

まずはデータでする。
・タイトル    COME ON EVERYBODY
・アーティスト  TM NETWORK
・作詞      小室哲哉
・作曲      小室哲哉
・編曲      小室哲哉
・リリース日    1988年11月17日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  20.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1988年12月5日〜12月19日付

えー、今回が今年2017年最後の「1曲セレクト」になりそうですね  
ハイ、これから桑田佳佑氏の年越しライブに行くもんで。。
えー、今年もたくさんの皆様にご覧いただき、ありがとうございました。来年も引き続き宜しくお願いします


・・・ということで、2017年の最後の1曲セレクトはどうしようか・・・と考えつつ。この曲を持って来ました。

TM NETWORK  「COME ON EVERYBODY」

まあ、個人的にはTMってそれほど熱狂的に聴いてた訳じゃない。この曲に至るまでも大分端折って聴いてたし、だから、いまだに音源持って無いシングルもだいぶあるしね。

ただ、なぜか、この曲の前の「SEVEN DAYS WAR」も、この「COME ON EVERYBODY」もしっかり音源持ってたりするんだよなぁ。

たしかに「SEVEN DAYS WAR」は良かった。というか聴きやすかったんだよね。
TMの曲で個人的に受け入れられるかどうかって言うのは、無機質すぎないかどうかってところなんだよなぁ。

結局のところ、サウンドのほぼ全てをシンセで操っているTMは基本、無機質なんだよね。音色に表情が少ないっちゅうか、広がる色彩が少ない。簡単に言えばデジタル。 
そんななかでも、多少アナログっぽいタッチの曲もあるんだよな。 それが「SEVEN DAYS WAR」。 

恐らくね、だから、個人的に安心して聴けんたんだと思う。

それに対して、この「COME ON EVERYBODY」は、デジタル度が高いんだよな。

でも、なぜか、受け入れらけたんだよなぁ。 サウンド的には恐らく拒否反応を起こしても良さそうなんだけどねぇ。

ちょっと前に、中山美穂さんの「Witches」の時も書いたんだけど、結局のところ目の前に迫った「大学受験」っていうのが大きかったんだよな、88年のこの時期は。
前の年1度受験に失敗してたからさあ、再度失敗出来ないって言うプレッシャーと、まだ自信が無いって言うプレッシャーで二重のプレッシャーだったんだよなぁ、29年前の「大晦日」は。

そんな重圧感が、いつもは拒否しそうな音楽も「受け入れ」に変わって行ったんだよね。 

なんか変な話なんだけど、でも、実際的にそうだったから、その辺が音楽の不思議さなんだよなぁ。

だからね、この曲でどこが良いのか、良くないのか・・・っていうのは、良く分かんないんですよ、未だに。
唯一言えるのは、メロディラインのキャッチーさなのかなぁ。若干中国音階的なヘンチクリンな展開なんだけど、逆にそこに引っかかったってのはあるんだよね。
中国音階風ではあるけど、中国臭はしない。あくまで無機質は無機質っていうのところが面白かったし。

たださ、それ以上にこの曲を聴いていつも感じるのは、29年前のあの重圧感と、あの時の勉強部屋の匂い。そそそ、石油ファンヒーターを焚いた時のあの匂い。 それをいつも感じちゃうんだよね。


ちなみに、1浪目だったこの年の受験にも失敗するんだけどね、結局。
まあ、言ってみればこの頃感じてたプレッシャーに押しつぶされたって事なんだけどさ。 
そんなプレッシャーをぶっとばし開き直った2浪目でリベンジが始まるんだけどさ。
うん、この時の一連の大学受験で学んだのは、最後は開き直りって事なんだよな。それは、今でも役に立ってるかなぁ。





っちゅうことで、あと数時間で今年の紅白が始まるけど、これは、88年の「紅白」の時の「COME ON EVERYBODY」。
個人的にはこの年の紅白は見てなかったんだけどね。 まあ、浪人っちゅう立場と、受験本番直前という立場もあって勉強してたんで・・・・っちゅう訳ぢゃなく  ウラ番組見てたんだよなこの年は。
 
尺が5分オーバーとは、大分思いきった事やったんだな、今時のTMは。 

当時紅白は今と違って21時〜23時45分だったから、1組は大体2分30秒っていうのが定番だったからさ。そこで5分以上っていうのは、かなりの高待遇ですぜ。

もう忘れちゃったけど、それじゃなきゃ「出ない」ってなったのかもな、この時のTM。

ちなみに、この時のギターは、現B'zの松本孝弘。 木根さんのギターは音がオフだからして。。。

小室氏のシンセの後ろに、「88」らしきPCのモニターが見えるけど、これも時代を感じるな。
当時としては、「時代の最先端」に見えたけど、今となってはアナクロっぽいもんなぁ。

そうそう、「昭和」が終わるのは、この1週間後。
・・というか、いつ終わってもおかしくないって言う状況だったもんね、この頃は。
そして、「平成」って言う時代もあと1年ちょっとで終わりなんですよね。




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GOOD MORNING-CALL / 小泉今日子

1988_03_GOOD MORNING-CALL_小泉今日子


今回の1曲セレクトは、「GOOD MORNING-CALL」小泉今日子です。

まずはデータだよ〜ん。

・タイトル    GOOD MORNING-CALL
・アーティスト  小泉今日子
・作詞      小泉今日子
・作曲      小室哲哉
・編曲      清水信之
・リリース日   1988年3月9日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  17.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1988年3月21日〜4月25日付
・タイアップ:味の素「クノール・カップスープ」CM曲

CD売り上げが芳しくないと言われて久しい。逆にネット配信が「デフォルト」となりつつある訳でね。
「ヒットチャート」と言うところから見ても、CDセールスのみの「オリコン」よりも、配信の「レコチョク」のダウンロードチャートの方が、より「ヒットチャート」らしく感じるんだよな、最近は。

それだけ「配信」で音楽を買うってのが、普通になりつつある訳で、逆に言えばパッケージCDを買うっていうのは、特定のヒトたちだけになりつつあるって訳ですわな。

ま、それが良い傾向なのか、はたまた悪い傾向なのか・・・っていうことは、ここでは置いといて。。。

そう言うメディアの変化っていうのは、今に始まった事ではなく、昔からあった訳で。。。
そもそも「レコード」っていうシロモノが発明された昔から、そういうメディアの変化により音楽の聴き方が変わってきたってう歴史がある訳なんでね。

そんな中で、一番明確に「メディア」が変化したって実感できたのは、やっぱアナログレコードからCDへっていう変化の時だったろうな。
そそそ、80年代後半の頃だ。 ただね、いつか書いたような気がするんだけど、当初、CDは「アルバム」だけだったんだよね。
規格として、74分録音の12cmCDしかなく、プレイヤーもそれに対応したものしかなかった訳でさ。

まあ、既に、後の「シングルCD」を見据えた、8cmCD対応のプレイヤーもあったかもしれないけど、一般的に当初のプレイヤーは12cmCDしか対応してなかったのよ。

だからね、アルバムはCDで聴けるけど、シングルは依然「アナログ」でしか聴けない・・・っていう妙な時代が数年続いた訳さ。

BUT、CDプレイヤーの普及とともにアルバム売り上げは伸び始めた80年代後半に対して、シングルは落ち込む一方だったんだよね。 なにせ87年のシングル売り上げ1位だった、瀬川瑛子の「命くれない」が42万枚でしたから。。。
こんな「負」のスパイラルを止めるべく、シングルCDの発売が開始されたのが88年2月。
そそそ、ちょっと古いヒトには懐かしい「短冊形」パッケージの8cmCDですわな。

ただ、シングルCDが発売された当初は、大多数のプレイヤーは、当然それまでの12cmCDしか対応していなかった訳でさ。 苦肉の策として、8cmCDに「アダプター」を噛ませて、12cmにしてプレイヤーで聴く・・・なんて事をしてたよなぁ。

しかもこのアダプター、結構高くてさあ。本当は、それぞれ1枚1枚に噛ませておいた方が扱いが楽なんだけども、高いからさ、数枚だけアダプターを買ってきて、CD聴く時にとっかえひっかえ使ってりして。。。。
めちゃくちゃ煩わしかった事を覚えるなぁ。

・・・つか、未だにコレ売ってるんだな。。。

↓ コレ
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%8B%E3%82%AB-audio-technica-AT6621-CD%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%97%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/B0002ERE2G

チョットびっくり。。。

あ、でも、最近はすっかり8cmシングルCDも少なくなったんで、プレイヤー、8cmCDに対応しなくなったモノが増えて来ているって言うし、逆に需要も増えてるんでしょうね。

ま、兎も角も、このメディアの変化が大成功をおさめ、シングル売り上げは見事な「V字」復活。90年代のメガヒットの時代に向かって行くこととなる訳ですわ。

※蛇足だけど、この当時の「アナログ」レコードってめちゃくちゃ音がよくなってたんだよね。
後年、浅香唯の「Believe Again」(88年1月のリリース)をアナログレコードで購入して、この音質の良さにびっくりしたっけ。逆にCDの音質は概して悪かったんだよ。音位が高音域に偏っていて、キンキンとした音なんだよね、この頃のCDって。。。音量レベルも低いし。


・・ということで、今回の1曲セレクトは、そんなシングルCDが発売された88年の「今頃」のヒットを持って来ますか。

キョンキョンの「GOOD MORNING-CALL」

うーむ、逆言えば「はぁ? なんで今頃、この曲なの?」とか言われそうな気もするんだけど。。。

個人的に、この曲当時、キライじゃなかったんだよな。
キョンキョン、初の「小室」作品ということで注目もされていたし、少なくとも前作の「キスを止めないで」よりも引っかかりがあった。

うーん、引っかかりがあった・・・っていうのは、ちょっと違うな。 シングルっぽい曲だと思った。

でも当時、この曲音源買わなかったんだよなぁ。 なぜだったのか? ・・・っていうのは、あれから29年、流石によくは覚えてないんだけど、たしか、上で書いたように「シングルCD」に関係していたような気がする。。。

そうだ、この曲あたりから、シングルもアナログからCDシングルに変えよう・・・って思ってたんだよな。

でもねえ、個人的に言えば、この頃並行して「大学受験」に失敗して、1年浪人生活を送ることとなりーの、CDどころじゃ無くなっちゃったわけなんだよな。(現に、この年は1枚もシングル買ってない)

それ以後、29年間、何の因果かこの曲の音源ずーっと、持ってなかったんよ。

・・ということは・・・、↑で、この曲「キライじゃない」って書いたけど、結局のところ好きでも無かったのかも。。。

考えてみれば、小室メロディって90年代以降の、いわいる「小室系」が確立されたころもあんまり引っかからなかったからなぁ。それは、80年代の時からずっとそうだったような気がする。
確かに、90年代の「小室系」の時代に比べて、80年代の小室作品は、今聴くとそれほど「らしさ」を感じる曲は少ないんだけどね。
 まあ、TM NETWORKは別として、ことアイドルの曲は、総じてサウンドも軽いし、メロディラインも軽い。それでも無機質な匂いはあったけどさ。

個人的に、あんまり引っかからなかったっていうのは、やっぱり、この「無機質」って言う部分何なんだろうな。

この曲の丁度1年前の87年春は「水のルージュ」を歌ってたキョンキョンだけど、この作品は作曲が筒美京平氏でアレンジが大村雅朗氏。
 同じ「シンセ」をフィーチャーしてる作品ではあるけど、より「有機的」なんだよね。 中身がきゅっと詰まっているって言う感じで。

対して、この「GOOD MORNING-CALL」は、軽い曲ではあるけども同時に中身もスカスカっていうイメージもあったんだよな。 その差だったのんだろうな、個人的に引っかかったのかそうじゃなかったのか・・・って言う差は。

ランキング的に見ると、オリコンでは最高2位だったこの曲。 ま、初登場(1988年3月21日付)の時が2位だった訳だけどもね。
でぇ、その時の1位は・・・・。そう、光GENJIのあの「パラダイス銀河」の「初登場」時だったわけですわ。
例の初登場売り上げ「338,690枚」って時。

今じゃ、某アイドルグループ「A」が、毎回初登場ミリオンセラーってなっているんで、全然インパクトを感じ無くなってるけど、当時はこの数字にはひっくり返る位びっくりしたな。 その時の2位が、この「GOOD MORNING-CALL」だったんんだよね。
まあ、リリース日が同じ「3月9日」てことで、必然的に初登場も同じになっちゃうんだけどね、それでも、1位のあまりのインパクトに、この曲、完全に霞んじゃった・・・っていう印象もあるんだよな。


あ、この曲とは直接関係ないけど、キョンキョンも、先日3月21日でデビュー35周年でしたわねぇ。
35年かあ、早いもんだよねぇ。 ま、流石に35年前の事を「まるで昨日のように・・・」なんては言わないけど、それにしてもあっという間だったよなぁ。
キョンキョンが35周年ということは、他の「花の」82年組、堀ちえみ、中森明菜、シブがき隊、早見優、松本伊代・・・みんな35周年って訳で。。。。
 ちなみに、35周年を記念して・・・かどうかは分かんないけど、キョンキョンも5月にデビュー曲の「私の16才」〜の全シングルを収録した「ベスト盤」をリリースするそうな。

とは言っても、キョンキョンってベスト盤リリースが好きで、これまで何回もベスト盤出してるんで、今さらねぇ・・・なんても思ったりするワタシだったりもするんだけども。。。

ちなみに、29年間音源持ってなかった・・っ書いたワタシですが、ちょっと前に、以前リリースした「ベスト盤」から音源をチョイスしたんでね、今は手元にあったりするんだけども。。。



あーら、かわしらしいキョンキョンですわ〜  Mステですね。
改めて曲を聴いてみると、例の「潮騒のメロディ」のコード進行って、この辺の曲を下敷きにしてるような気がするな。
もちろん、メロディラインは全く違うけど、Bメロあたりのコード進行から似たような光景が浮かんできたりするな。


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YOU ARE THE ONE / TK PRESENTS こねっと

1997_01_YOU ARE THE ONE_TK PRESENT こねっと


今回の1曲セレクトは、「YOU ARE THE ONE」TK PRESENTS こねっと どぇす。

まずはデータどぇす

・タイトル     YOU ARE THE ONE
・アーティスト   TK PRESENTS こねっと
・作詞       小室哲哉 MARC DJ KOO and hitomi
・作曲       小室哲哉
・編曲       小室哲哉
・リリース日    1997年1月1日
・発売元      こねっとプラン事務局(クラウン)
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   122.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1997年1月13日〜2月17日付

えー、この間から、新年恒例()の「1月1日」リリースの曲を書いて来ましたが、そろそろお開き・・・のつもりでいたんだけどもね。
 でも、昨夜風呂入りながら、次、何書くべ・・・といろいろ思考していたら、まだ書いてなかった「1月1日」リリースの曲が浮かんできてしまった。。。

TK PRESENTS こねっと「YOU ARE THE ONE」

この曲、覚えてます?  まあ、アーティスト名から「小室哲哉」氏のプロジェクトだったよな・・・っつうのは一目瞭然なんだけども。。。
 そそそ、「小学校にインターネットを普及させよう」キャンペーンと題し、小室ファミリーが一同に会したコラボレーション企画の1枚ですわな。
まあ、日本版「ミニ」、「WE ARE THE WORLD」っていう感じですな。

この曲がねぇ、1月1日リリースだったんだよね。 さすがにそこまで覚えてた方も少ないだろうなぁ・・・。現に書いてるワタシも記憶の蚊帳の外だったんだけどさ。。

1997年というから、今から丁度20年前だよね。 というか、その方が衝撃だったりして。。97年から20年経つんだよな。。。 え? 早えーよなー・・・。って思う方も多いんじゃないんですかねぇ。

この曲上で書いたように、「小学校にインターネットを普及させよう」キャンペーンソングというくらいだから、当時は、まだインターネットもそれほど普及していなかった時代ですわ。
 総務省統計のインターネット普及率推移をみると、日本でのインターネット普及率は1997年末時点で、まだ人口比の9%強、実数としても1000万人にも達してなかったんだよね、当時のインターネットの普及率。

ネットと繋がっているのが、「デフォルト」の昨今からみると、ちょっと想像もつかないような状況だったわけだけど、実際にそうだったんだよな。
正直、こんな事書いてるワタシでさえ、この曲がリリースされた1997年1月の時点では、まだネットをやってない。
うん、この年の12月だからさ。ネットを始めたの。 だから、人口比で、ギリギリ1割程度普及した所から始めたって感じなのかな。(それでも某IT系D社に居た頃は、始めたのがかなり遅かった部類ですが。。。)

まあ、そもそも、ネットへのアクセス速度も、今からするとめちゃくちゃ「貧弱」だったんだけどもさ。 
なんせ、一番普及していたのが「28.8kbps」の「アナログモデム」だったからさあ。

覚えてます? モデムって。 そそそ、通常の電話回線はデジタルではなくアナログだったからさあ、当時は。パソコンと通信させるためにPCのデジタルをアナログに変換させる必要があったんだよね。そのためのデジアナコンバーターですわな。
 その通信速度が、当時一番普及してたので、28.8Kbps。 当然、音楽のやり取りや。ましてや動画のやり取りなんて出来ないくらいのよ。
1枚の「静止画」受信するのだって、まあ、イライラするくらい遅かったし。。。。

そんな状況、当時勤務してた会社での状況を知ってたんで、ワタシは、アナログモデムは使いたくなかったんだよね。 なので、当時「最速」だった、ISDN(64kbps)の普及を待つべく、個人的にネットを始めるのを、少し我慢していた時期でもあるんだよな。
そそそ、ISDN回線は、一般のアナログ回線とは別回線だったからさ、この回線が自宅周辺まで引っ張ってこられるまでは契約できなかったからさ。 それわまってたら、結局、この97年の末になっちゃったってわけで。。。


・・・・いやいや、曲とは全く関係ない個人的なネットの話になっちまった。。。。

と言うかね、20年前、この曲がヒットしていた最中は、この曲、全く認めてなかったんだよね。正直言って。。
いや、この曲だけではなく、いわいる「小室系」っていう音楽を認めていなかった・・・と言うのかなぁ。
・・・なんてはっきり書いちゃうと、「反論」が来ちゃうかもしれないけどさ。
まあ、それも覚悟の上で書くけどね。

最初のうち、うん95年くらいまで・・・具体的に言えば、 globeが「Departure」を出すまで・・・だから、96年1月か・・・までは、認めてたんだよな。

でも、96年に入って、どうも耳触りになってきたんだよなぁ。。。
まあ、ヒットチャートのほとんどが「小室系」に占領されつつあったこともあった。

個人的に、そういう「独占」的なチャートになるとダメなんだよね。突然「アンチ」になってしまうのよ。 90年代前半の「ビーイング」系の時もそうだったしさ。

やっぱりね、ヒットチャートたるもの、いろんな色合いのアーティストが種々雑多な状態で競い合うからこそ良いんだよね。
独占禁止法ではないけど、一人のプロデューサーで似たような音楽が並んでいるチャートってツマンナイのよ。
飽きちゃうんだよな。

そんなこともあって、96年くらいから少しひっと曲から距離を置くようになっていたんだけども、この「YOU ARE THE ONE」って曲を聴いて、それも決定的になっちゃったような感じだったんだよな。

モチーフを「WE ARE THE WORLD」に求めた事は良い。 でもさ、やるんだったら、もう少し、きっちりとやって欲しかったんだよな。

・・・あ、主語が抜けたね。。。

うん、最初に書いたように小室ファミリーのヒトたちが一同に会して、少しずつ、数フレーズずつ、リレーしてうたっていくんだけど、ほとんどのヒトが歌いきれてないんだよな。
 まあ、それぞれの方で「キー」が違うって事もあり、歌いきれない部分もあったんだろうけど、それにしても、なんか聴いてて痛々しいんだよね。

肝心の曲にしても、掴みどこがなく、淡々と流れて行くような感じだし。 

そう言う掴みどころがない曲が、小室ファミリーだからと言って、簡単にミリオンセラーになってしまうって言う現実に、やっぱり、なんかおかしいよな・・・っていうところは感じたんだよな。
96年頃からヒットチャートから距離を置き始めていたっていうのは、この部分も大きいかもしれない。

80年代のミリオンセラーが出ない時代、いや、それ以前に「ミリオンセラー」っていうものが特別だった時代からヒットチャートを見てきた者にとって、時代感のずれ・・・っちゅうのかなぁ。
ミリオンセラーになる曲って、他のヒット曲とは別の特別なものがあるように感じているんだよね。

曲が持つオーラっていうのかなぁ、普遍性っていうのかなぁ・・・うまいコトバが出てこないんだけども。。

この曲からは、そういう、それまでのミリオンセラーになる楽曲が持つ「オーラ」を感じなかったんですよ。
曲としては、あくまで「中途半端」さだけでさ、感じるのは。

それでいいのかなぁ・・・って言う疑問が、先に立っちゃうんだよね。 それがいやで、この時期、ヒット曲から距離を置いてたんだよな。
(単純に、個人的に好みの曲がヒット曲には無かったというのも大きいか。。。)

そんな感じで90年代終盤までのヒット曲には「疑問」を持つようになったワタシだけど、その本格的な始まりは、この曲から始まった・・・なんて言っても過言ぢゃないかもなぁ。


・・・と言ってもですよ、あれから20年経ちーの、いまや、ヒット曲クロニクル的見ても、「90年代後半」という歴史になったこの当時の曲を、「今」も毛嫌いしている訳ではないんだけどね。

曲として「中途半端」な時代として、この時代〜90年代後半〜は、それはそれで認めるようになったんでね。

だから、当時あれだけ絶対に認めない・・・なんて、音源を持つのも持ってのほか・・・って思ってたこの曲だけど、今は、音源手元にあるしなぁ。

とは言っても個人的な好みだから・・というよりは、ヒット曲の時代を語る上での「資料」って言う感じで音源があると言った方がいいんだけども。





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50/50(フィフティ・フィフティ) / 中山美穂

1987_08_フィフティフィフティ_中山美穂


今回の1曲セレクトは、「50/50(フィフティ・フィフティ)」中山美穂です。

まずはデータどぇす!

・タイトル     50/50(フィフティ・フィフティ)
・アーティスト  中山美穂
・作詞       田口俊
・作曲       小室哲哉
・編曲       船山基紀
・リリース日   1987年7月7日
・発売元     キング
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数 21.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年7月20日〜9月14日付

昔のビデオを見てると、意外なヒトが映ってるって事、たまにあるんだよなぁ。
そそそ、今は超一線で活躍しているアーティストなのに、その当時は全然無名で、しかも画面の端っこに映ってるとかね。
 
え? だからなんだって? ハイハイハイ、実は、今日セレクトしてきた曲の「前振り」なんですねぇ。

中山美穂「50/50(フィフティ・フィフティ)」

でも、この曲に今超一線で活躍してるアーティストなんて居たっけ?
ま、確かに、作曲が小室哲哉だったりするし、それが意外っちゃ、意外かもしれないけど。。。

実はね、この間、この曲がランクインしてた頃の「ザ・ベストテン」のビデオを見てて、「あれっ?」って思ったんだよね。

この曲のバックバンドでベース弾いてるヒト、どっかで見た事あるぞ・・・・。

いや、見間違える訳がない。 なんとなんとドリカムの中村正人氏なんだよね。
ベースの弾き方が、今と全く変わらないのよ。

そそそ、知ってるヒトは以前から知ってると思うけど、中村正人氏って、ドリカムを結成する前はフリーのセッションアーティストで、この曲の頃はミポリンのバックバンドに居たんだよね。

1987年といったら、まだ、ドリカムの影も形も無い頃ですわ。いや、正確に言えば、この曲の数か月後にドリカムの前身ユニットを結成することになるんだけど・・・。
 
もちろん、当時は、そんなこと全く知らなかったし、中村氏も全く無名だったんで、全然気にしないでこの曲を聴いてたけどなぁ。

まあ、↑で書いたように小室哲哉が作曲した・・・って方が話題になってたもんね。 正確に言えば、この曲の丁度1年前の86年夏のシングル「JINGI愛してもらいます」も小室なんだけどさ、やっぱ「Get Wild」で大ブレイクしたすぐ後のタイミングだったんで、「JINGI〜」よりは、話題性があったような気がするなぁ。
 その影響もあったのか、ミポリンにしては比較的、長期間ベストテン入りしたロングヒットになったんだよな、この曲。

 TMとか90年代の小室サウンドに馴染んでるヒトにとっては、あんまり小室っぽい感じ無いかもしれないけど・・・。
まあ、この曲の場合、小室がタッチしているのは作曲だけで、アレンジは船山基紀氏だったりするんでね。
YAMAHA、ROLAND系のシンセが多かった小室に対して、船山氏はなんと言ってもフェアライトなヒトだったからなぁ。その辺のサウンドの違いは大きかったんだよね。

ただ、この曲はシンセを使いながらも、全体的にカリブ海をイメージした中南米系のサウンドがね、ミポリンとしては新鮮だったのは確かだな。スティールパンをサンプリングしたシンセのサウンドは、軽快かつ軽ーい曲で、如何にも夏向けって感じだったしな。

50/50って書いてフィフティ・フィフティって読ませるタイトルもなんか新鮮味があって面白かったしな。



はいはいはい、ミポリンの右ななめ後ろで、ベースを弾いてる中村正人氏です。
そそそ、やっぱり、ベースの弾き方とかリズムの取り方が、今と全く変わらないんだよな。独特の風貌なんだよね。 意外にノリノリで弾いてたりして
 ちなみに、ミポリンもこの曲あたりまでは、まずまず声が出てたんだよな。 次の「CATCH ME」で角松敏生氏にシゴかれて声が出なくなった・・・ともっぱらの噂ではあるが。。。


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Get Wild / TM NETWORK

1987_06_Get Wild_TM NETWORK


今回の1曲セレクトは、「Get Wild」TM NETWORKです。

まずはデータです。

・タイトル    Get Wild
・アーティスト  TM NETWORK
・作詞      小室みつ子
・作曲      小室哲哉
・編曲      小室哲哉
・リリース日   1987年4月8日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数 23.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1987年5月25日〜7月20日付
・タイアップ:日本テレビ系アニメ「シティーハンター」エンディング曲

今回の1曲は完全に「うっかり」してた曲をセレクト。

TM NETWORK 「Get Wild」

いやいやいやいや、mixi時代を含めると何年1曲セレクト書いてるんだ って感じなんだけど、この曲、まだ書いてなかったんだよな。。。
うわっ、完全に失態  ・・・って思われてもしょうがないかなぁ。

TMっていったら、少なくとも私らよりも年下の方の年代の方には「カリスマ」的存在なアーティストだからなぁ。
今まで長い事、エンターテイメント系サイトの世界に居るけど、ずっとそうだったもの。もうね「ネ申」アーティストだよね、完全に。
 まあ、このヒトたちから日本のポップロックの曲調が変わっちゃったくらい、アーティスト面々にも多大な影響があったことは間違いないんだけども。

でもねえ、正直言うと、ワタシの中ではそんなに影響なかったんだよね、このヒトたちが出てきた事っていうのは。他のアーティストのブレイクと同じような感じで受け止めていたし。

たださ、ベストテンのスポットライトにこの「Get Wild」で出た時、「自動演奏」ってことで、スタジオいっぱいに楽器を配置して、PC88を中心に楽器を全て繋いだ状態で演奏したじゃん。
黒柳さんが、「まあ、大道具をしょってきて・・・」って驚いたっていう。これは、確かにインパクトがあった。
本来なら、あそこまで大がかりにしなくてもPCとシーケンサーさえあれば自動演奏は出来たんだけどね、今考えると完全に演出だったよね。
でも、まあ、なんて変わった人たちが出てきたもんだ・・・・なんてことは思ったな。 ただ、それくらいだったかなぁ

あ、↑で、PC88なんて書いちゃったけど、たしかPC88だったよなぁ。PC98じゃなかったような気がするんだよな。Macではなかったことは確か。以後のDTMの流れを見るとMacじゃなかったのは意外だけど。

でも、なんで、個人的に影響が無かったかと言えば、正直言って、シンセを中心としたいわいるDTMには、あんまり興味なかったからだろうなぁ。
 無機的で、冷たい感じがするでしょ。 実を言うと80年にY.M.Oがで出来た時は、そんなに衝撃は受けなかったんだよな。それと同じ感覚だったんだよなぁ。
 結局さ、形態はやや異なるかもしれないけど、基本的にはニューウェーヴ系統の一つだったからさ。以前から書いてるようにニューウェーヴ系って生理的に取っつきにくかったんだよね個人的に。
だから、あんまり引っかからなかったって言うのこともあるかなぁ。
 個人的には人間臭い、「有機的」な音楽が好きだったし、今でもそうなんだけどね。
同じ時期に長渕剛の「ろくなもんじゃねぇ」が出てたんだけど、個人的には、そっちの方が好きだったんだよな。人間臭いって言う点で。

あ、だからなんだよね、この曲、今まで1曲セレクトで書いて来なかったっていうのは。今までは、個人的にひっかかった曲を中心に書いてきたからなぁ。

今は? ・・・といえば、まあ、1987年って言う時代を形作った曲であることには間違いないし、87年を象徴する曲の一つって言う意味では、私の中でもこの曲は外せない曲になってるけどさ、でも、心の底から好きかって言うと、そこまでじゃない・・・って感じ・・・なのかなぁ。



そう言えば、この曲のMVってこんな感じだったよね。今見てて、想い出した。
それにしても、今、あらめて聴くと、同じDTMでも、今の水準から、かなり音はちゃちいよね。
そりゃそうか・・・PC88で制御してたくらいだからなぁ。。。それでも当時は先端の音って言う感じだったけどねぇ。
まあ、あれから29年経っている訳で、流石にテクノロジーは発展したよな。
ただ、それだけ使いこなしているアーティストって意外と居ないような気もするけど。少なくともヒットチャート系のトップアーティストではさ。


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CAN YOU CELEBRATE ? / 安室奈美恵

1997_02_CAN YOU CELEBRATE_安室奈美恵













今回の1曲セレクトは、「CAN YOU CELEBRATE ?」安室奈美恵です。

まずはデータです。

・タイトル      CAN YOU CELEBRATE ?
・アーティスト    安室奈美恵
・作詞        小室哲哉
・作曲        小室哲哉
・編曲        小室哲哉
・リリース日     1997年2月19日
・発売元       エイベックストラックス
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    229.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1997年3月3日〜4月21日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「バージンロード」主題歌

 ここ何日か70年代の曲を続けたので、今回の1曲セレクトは{90年代」に戻って来ましょうかね。。。
ちなみに、この先も暫くは70年代の曲が中心になりそうな予感なんだよね。 って事を予め書いとこうかしらね


・・・っつうことで、今回おもむろにセレクトしてきた曲が、

安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE ?」

おお、久々にダブルミリオンの超大ヒットじゃんか〜

・・・っつか、いままで、この曲書いてなかったのね。。。

・・と、突っ込まれそうなほど90年代を代表する曲ですよねぇ。
いや、それ以上に、オリコン史上、ソロの女性アーティストとしても最高セールスを記録した曲なわけでね。

なんで、そんな曲を今まで書いてこなかったのか?

まあ、答えはいつも同じような理由なんだけど、一つは、リアルタイムのヒットから、まだ、それほど時間が経って無かった事。
もう、一つは、ヒット当時、この曲、あんまり聴いてなかったのよ、個人的に。

・・・・なんて書くと、ヒット曲ウォッチャーのくせに信じらんない・・・なんて思われるかなぁ。

まあ、1997年当時の仕事の状況とか、個人的な環境もあったんだけど、1997年〜1998にかけて、ほとんどヒット曲を聴いてなかったんだよね。
 だから、この2年間の所有音源は未だに少ない。 もちん、この「CAN YOU CELEBRATE ?」も未だにシングル盤などの音源を持ってない。 200万枚オーバーの曲なのにね。
もしかすると、オリコンで200万枚以上の曲で、音源持っていないのは、この曲だけかも知れん。
そのくらい当時は音楽聴いてなかったんだよなぁ。

でもね、当時、あまりヒット曲を聴いてなかった最大の理由は、例の「小室ブーム」だった・・・んだよね。いや、これは確実に。

trfのブレイクから一気に加速した「TKブーム」は、この年にピークを迎えることになるんだけどね。
前年からこの年にかけて小室がプロデュースしたCDの総売り上げ枚数が、「演歌・歌謡曲」のカテゴリーに分類される曲の総売り上げ枚数よりを越えたと分かった時、これは異常事態と思ったのよ。

確かに、この頃時代の寵児だったといえば否定はしないんだけど、小室一人で、演歌の総売り上げを超えるっていうのは、音楽業界全体の市場構造としては、やっぱ歪だと思うのよ。

目先の事しか見えないヒトは、「勝てば官軍」って感じで「売れれば勝ち」って言うけど、そうじゃない。
確かに売れることは悪い事じゃなけど、それは、いろいろな人たちがいて、その中で切磋琢磨しての売れることに意義があるんだよね。そそそ、市場の多様性ですよ。 それがこの頃は完全に崩れてましたよね。

 個人的に、大学は生物の「生態学」を専攻してたんで、無意識にそう感じたのかもしれないけど、例えば生物の種が繁栄するには「多様性」っていうのは重要なファクターなんですよ。いろいろな多様な種が切磋琢磨、競争してこそ種の繁栄が維持できる。一つの種だけが抜きん出てる種は、逆に絶滅が近い種なんだよね。

 それは、市場経済にも言えることで、それはヒット曲の世界でも同じことなんですよ。

だから、小室が一人勝ちしていたこの時代は、ヒット曲の市場経済上、歪な時代だったんだよね。

まあ、そんなこともあって、96年の前半までは小室の曲は、暗黙のうちに支持していたワタシは、小室の独り勝ち状態に将来的なヒット曲界全体への危機を感じて、一転してアンチ小室になったわけなんですわ。

小室の曲は聴かない、CDは買わない。

って無意識のうちに決めてたんだよね。 

この「CAN YOU CELEBRATE ?」、当時ほとんど聴いてなかった・・・っていうのは、そんな所があったからなんだよね。

まあ、この曲のちょっと前に伏線もあった。 TK presents こねっと名義でリリースされた「YOU ARE THE ONE」って曲。
ワタシねぇ、この曲は失敗作だとおもったのね、一度聴いて。まあ、確かにチャリティ用の曲として、ありがちなんだけど、みんな歌いきれてないし、これはヒドイ曲だな・・と感じたんだけど、それでも軽くミリオンを突破したでしょ。
これはねぇ、絶対に間違ってると感じたんだよね。 うん、ここからですね完全に「アンチ小室」になったのは。
 

とはいうものね、あれから19年の月日が流れ、件の「TKブーム」も遠い過去の話となったわけで・・・。
今になって、この頃の曲を掘り返しているって感じてのワタシなんだよね。


で、肝心の「CAN YOU CELEBRATE ?」ですけど、今聴くと、なるほど、この曲はいい曲だ・・・とようやく思えるようになりましたねぇ。
 なるほど、当時の女子中高生が、この曲聴いて、ウルウル来ちゃってたのも分かるわな・・・というか、ダブルミリオンまで行ったのも分かる。

 TKの曲としてはこの曲は分かりやすいんだよね。正直、TKの曲を避けていた要因の一つが、このヒトの曲って、今一つ分かんない所があったんだよね。華原朋美とか鈴木あみの曲は特に。
抑揚が少ないし、掴みどころが分かんない。「で、一体何なの?」で終わっちゃうんですよ。
でも、この曲は、イントロの最初からして、がっちりと掴まっちゃうんだよね。曲全体がキャッチー。

まあ、フジの「月9」の主題歌と言う効果もデカかったんだけどね。 仮にタイアップが無かったとしても、この曲は相当売れただろうね。




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SWEET PAIN / globe

1995_SWEET PAIN_globe






今回の1曲セレクトは、「SWEET PAIN」globeです。

まずはデータでしょ。

・タイトル    SWEET PAIN
・作詞      小室哲哉
・作曲      小室哲哉
・編曲      小室哲哉
・リリース日   1995年11月1日
・発売元     エイベックス
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   90.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1995年11月13日〜12月25日付
・タイアップ:TDK「DJ MD」CMソング


 さてさて、前回が1980年の石野真子だったんだけど、一気に時代を飛びますよ。
今回は1995年。・・・・と言っても、今から20年も前になるんだよな。

  SWEET PAIN / globe

 うーん、まあ、すでに何度も書いてきているように、基本的にはいわいる「小室系」っちゅうのは、個人的にはあんまり好んで聴く音楽ではないんだけどね。
 とは言っても、これまでも何度も書いてきているように全体的に、まったくキライな訳ではない。
 要はそれぞれの曲が生理的に自分にあっているかどうかってとこなんだけどさ。

 そんな中でglobeっちゅうヒトたちは、割と好きなヒトたちだったな。だったなって未だに活動中か・・このヒトたち・・。 うん、初期のglobeね。
 なんちゅうのかな。音が「ダラッ」としてないところがいい。同じ頃の華原朋美なんては、ダラッと聴こえたのよ。
 サウンドは同じなのに、ダラッと聴こえるのはやっぱボーカル力の違いなんだよね。きっと。

 こういう「硬くて無機質」なサウンドには、やっぱボーカルも無機質な声のほうが全体的に締まるって感じがしてさ。その点ボーカルのKEIKOっていうヒトは、声が無機質だよなぁ。ロボットみたいで、このサウンドにくよくはまっていると思いますよ。

 さてさて、この「SWEET PAIN」って曲、そんななかでも個人的には一番好きだなぁ。
 世間的には、この次の「DEPARTURES」なんだろうけど、この曲があったから「DEPARUTURES」があるって感じじゃん。

 で、どこがいいのか・・・っていうと、もろクラシックなところがいい。組曲だよね、クラシックでいうところの。
 プラスかなりY.M.O的なところが、ワタシの年代的にはとてもとっつきやすい。

 イントロの出だしの8小節からして、クラシックぽいじゃん。3/4拍子の一見意味なさそなながれに、ボコーター処理のボイスがからむ。ここあたり、Y.M.Oっぽいんだよね。

 で、11小節目からの、F⇒C⇒A♭⇒E♭ のコード循環。

 ま、これがこの曲の主題な部分になると思うんだけど、このながれがいんだよね。これこそ無機質かつクラシックかつY.M.Oっぽい流れの根本なわけで。

この辺、個人的には「ソリットステイトサバイバー」とイメージが重なるんだよね。まあ音色はこの曲のほうが全然硬いんだけどさ。

 うん、この11小節目からボーカルインまでの16小節がこの曲のすべてだなぁって思うなぁ。
 ここがあるから、その後の流れがすべて統括されているっちゅうかね。

 音色、コード進行、イメージ、温度感、すべて無機質っていうイメージ。逆に言うと「冬」っていう硬いイメージの季節にシックリくるんだよね。無機質ゆえに空気の透明感とはまるっていう感じだし。

 プラス、この先のトランスブームにも通じるようなイメージがあるな。

 はっきりいって、この曲の場合、メロディラインが云々だの、歌詞の内容が云々だのっていうのは、あんまり関係ないだよね。っていうか、正直いまだに歌詞の内容はよくわかんない。

 サウンドを楽しむ曲なんですわ、この曲は。

 まあ、そういういみでも、もろ90年代後半的な曲ってところなんだけどさ。

 この辺からだよね、90年代後半型のリズム&サウンド重視にヒット傾向が傾いてきたのは。

 そして、全体的なヒット曲の流れが、個人的にちょっと、自分の嗜好から外れてきたなぁと思うようになってきたのも、このころが発端だったと思うなぁ。
 時代がウチらの年代からずれてきたって感じたんだよね。


ジャケ写・・・ホントglobeってジャケットに金かけないよね。。。





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ドリームラッシュ / 宮沢りえ

1989_09_ドリーム・ラッシュ_宮沢りえ






今回の1曲セレクトは、「ドリームラッシュ」宮沢りえです。

 まずはデータです。

・タイトル     ドリームラッシュ
・アーティスト   宮沢りえ
・作詞       川村真澄
・作曲       小室哲哉
・編曲       小室哲哉
・リリース日    1989年9月15日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  2位
・売上げ枚数    34.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1989年9月25日〜11月6日付

さて、今回の1曲セレクトは、宮沢りえの「ドリームラッシュ」じゃ。

じゃじゃーんexclamation 

この曲ってさぁ、なんか、いきなりリリースされた感じがしたりするんだけど・・・、そうでもなかったのかなぁ。。
イメージとしてね。 なので、いきなり書き始めますぞ。
 

ま、なに分、この年は、ワタシャ、まだ、ロウニンしてたもので、情報に疎かったのもあるんだけどさぁ。
なんか、あれれれ、と思っている間に、オリコンで2位とってたような気がする。

 だけど、なんで、このタイミングだったんだろう? CDリリースしたの。
たしか、随分言われてたよねぇ、いつCD出すんだ、いつ出すんだ・・・ってさぁ。

 タイミング的には、前年に主演した、映画「ぼくらの7日間戦争」あたりでも、全然不思議ではなかったんだけど。。
 
当時ライバルだった、後藤久美子なんて、すでに、この2年半前にレコードデビューしてたりしたしなぁ。
仮に、もう少し、早くデビューしてたら、アイドルとしては、もう1段階も、2段階も、確実にステップアップしてたろうし、89年は宮沢りえの年になっていてもおかしくはなかったと思うんですよ。

実際のところ、ずっとボイスレッスンはしてたようなんだけどね。

例の「りえママ」がうんと言わなかったのか、本人が渋ってたのか、よくわかんないんだけどさぁ。
結局のところ、当時は、あんまり好きじゃなかったのかもな、ウタ、歌うのは。

ま、実際的なところは、戦略的な部分が多いんだろうけどね。時代的にはちょうど、80年代アイドルも実質的には終わってたし、アイドル冬の時代に向かって、オタクむきへ潜行し始めていたしな。


ところで、曲のほうなんだけど・・・。実際どうなんだろ? たしかに、ツマンナイ曲じゃないと思ったな。当時も。
ただ、渡辺美里の2番煎じ路線狙いっていうのが、あんまりにもハッキリしすぎててさ。
うぬ、作詞 川村真澄、 作曲 小室哲哉 なんていう、とっても「My Revolution」な布陣だっりして。
ちょっと、アイドルらしからぬ曲だったよな、当時としては。

 まあ、そこも狙いだったんだろうけど、個人的には、なんか、もうひとつ拍子抜けだったも、事実かなぁ。
うーん、いまひとつ、つかみ所がない・・・というか。
サウンド的に、この頃のTM NETWORKっぽい「音」だよね・・っていうところだけかなぁ。。。 
 
というところもあって、当時は、あんまり積極的には聴いてなかったなぁ、この曲。
いや、今でも、あんまり聴いてないんだけど。。。あせあせ  うん、音源は持ってるんだけどね。


ところで、この曲、「ザ・ベストテン」のレギューラーの最終回にランクインしてたんだけど、出演しなかったんだよね。
なんで、テレビでは歌ってないのかなぁ・・・と、思ってたら、「夜のヒットスタジオ」には、出演してたんじゃん・・・
やっぱり、終わっていく番組に出ても(プロモーション的に)しょうがない・・・ってことなのか、それともテレビバージョンしか歌えない「ベストテン」に対して、フルバージョンで歌わせてくれる「夜ヒット」なのか。。。





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