かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

寺尾聰

出航 / 寺尾聰

1981_05_出航_寺尾聰








今回の1曲セレクトは、「出航」寺尾聰です。

まずはデータです。

・タイトル    出航(SASURAI)
・アーティスト  寺尾聰
・作詞      有川正沙子
・作曲      寺尾聰
・編曲      井上鑑
・リリース日   1980年10月21日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 11位
・売上げ枚数  30.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1981年6月1日~6月15日付
・タイアップ:YOKOHAMAゴムCM曲

いつかも書いたかもしれないけど、ヒット曲には、例えば半年前までは全くヒットの予想も出来なかった曲ってあるんだよね。
 これは、昔は良くあることだったけど、音楽業界がシステマティックになり「売れる曲」しかリリースしなくなった昨今でも、年に1~2作は、そんな曲ってあるよなぁ。

ハイハイ、今回セレクトしてきた曲のフリですねぇ 

寺尾聰 「出航」。

うむ、タイトルが読めない  「出航」と書いて「SASURAI」と読みまするぞ。

81年と言えば寺尾聰の年・・・・と言っても過言じゃないくらい、当時リリースしたシングル、アルバムが悉く「当たった」寺尾氏だけど、果たして、81年の元日にこんな寺尾氏ブームが来るとは、誰が予想していたでしょうかねぇ・・・ってくらい「予期せぬ出来事」でしたよね。

 うん、丁度、当時リリースして空前絶後のミリオンセラーを記録した、アルバム「Refrections」にも同タイトルの曲が収録されているけど、本当に「予期せぬ出来事」でしたよ。

まあ、当時「西部警察」を見ていた方には寺尾氏の存在も浸透していただろうけど、ワタシん家は、同時間帯はデフォルトでNHK大河ドラマだったんで、「西部警察」は全く見てなかったからさあ、寺尾氏の存在すら知らなかったもの。

 それは、メディアでもそうだったようで、この年の2月5日にあの「ルビーの指環」がリリースされたんだけど、明星付録の「YOUNG SONG」では、新曲情報で「寺尾聰」に読み仮名のルビが振ってあるんだけど、間違って「てらおさとる」になってたりしてたもの。
 ま、それだけ当初はあまり注目もされていなかった訳ですね。

でも世の中分かんないものなんですよ。当時、関西から火がついた楽曲は大ヒットになる・・・っていう一種のジンクスがあったんだけど、「ルビーの指環」も「神戸」から火がついて、あれよあれよという間に特大ヒット。

それにつられて、「ルビーの指環」よりも前にリリースされていた「シャドーシティ」(1980年8月リリース)、そして、今回セレクトしてきた「出航」(1980年10月リリース)と、同時にチャートを駆けあがってきた・・・と言うわけですね。
 つまりさ、これら本来前年の1980年にリリースされていた、「シャドーシティ」も「出航」も、リリース当初は、全くヒットの気配すら無かったわけなんですよね。

でも、最終的には「ザ・ベストテン」では3作とも同時ベストテン入りという快挙を達成
それが、1981年5月21日放送分でしたね。 今から、丁度35年前の今頃ですわ。
だから、この曲なんかは、リリースから7カ月もかかってベストテン入りしたって訳ですねぇ。

それにしても、いやはや、気がつけば、あれから35年も経ってしまいましたか。。。。

でも、あの時は随分騒がれましたよね。「3曲同時ベストテン」入りっていう前代未聞の記録を達成したって事で。

ちなみに、オリコンでは、この「出航」は最高11位止まりなんで3作同時ベストテン入りとはなっていない。
だから完全なる「3作同時ベストテン入り」は、それから丁度3年後のチェッカーズまで待たなきゃいけない訳だけど、なにせ当時のベストテンの視聴率は、毎週常に35%前後を推移していた、まさに「ベストテン全盛」の時期で影響力はハンパじゃなかったですからねぇ。



あー、前置きが超長くなっちまった。。。

ところで、個人的にこの3曲の中で、当時一番好きだったが、正直言えば、この「出航」だったりするんだよね。
3曲の中では、なんか一番変わった曲調だったじゃないですか。

Aメロの途中でメロディが止まってしまったり、リズムが3/4拍子だったり。 そそそ、当時、やはり明星「YOUNG SONG」の記事にもあったけど、3/4拍子のヒット曲って当時、ほとんど無かったですからねぇ。 ま、皆無じなかったけど、ほとんど聴いたことが無い。だから、余計新鮮に感じたんだよなぁ
それと、3曲の中では一番、コード進行が易しかったのも、曲に入りやすかったのかもしれない。

それ以上にこの大人の色気にシビレたっていうかねぇ、憧れましたね。その後のチョイワルおやじぢゃないけど、あの頃は「大人」が聴くに堪える曲が、まだ多かったからな。そして、歌詞にもあるように「自由」を感じるんだよね

 そうか大人になったら、もっと自由に生きられるんだ・・・・なんて感じたりして、当時は早く大人になりたかったんですよ。

でも、実際大人になってみたら、ヒット曲は「コドモ」向けばかりになっちまって、幻滅しちゃったってのはあるな。


そうだ、この「出航」の「B面」は、「ダイヤルM」って曲なんだけど、個人的に、この曲も好きなんですわ

↓ コレ


この気だるい雰囲気。これこそが「元祖」シティポップスなんじゃないか・・・なんて思うんだよな。
「シティポップス」っていうキーワードは、この後オメガトライブに代表される、この硬質でクリスタルな格好いいミュージックっていう印象が強いかもしれないけど、そうじゃない気がするんだよね。
 この気だるさ、ジトーっ蒸し暑い温度感があるようなこの雰囲気っていのうが、本当のシティポップス・・・否、TOKYOを表しているんじゃないか・・・なんて思ったりするんですよね。

だから、この曲を聴くと、蒸し暑い夜の東京を想像してしまう、ワタシだったりします。

それにしても、タイトルに時代を感じますよね。今、電話にゃ「ダイヤル」なんてないしなあ、この曲のイントロにかぶさってる「黒電話」のダイヤルの音を知ってるヒトも、今や40代以上だよなぁ。





このサウンドこそ、1981年って感じだよなぁ。
今のようにスーパーに音がいいわけじゃないんだけどさ。でも、味があるんですよ。1981年って言う時代の匂いを感じる。
だから、いつ聴いても、1981年に戻れるんだよなぁ。



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LONG DISTANCE CALL / 寺尾聰

1983_01_LONG DISTANCE CALL_寺尾聰








今回の1曲セレクトは、「Long Distance Call」寺尾聰です。

まずはデータです。

・タイトル    Long Distance Call
・アーティスト  寺尾聰
・作詞      有川正沙子
・作曲      寺尾聰
・編曲      井上鑑
・リリース日   1982年12月1日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   11.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 19位

 昨日もマイナーな曲だったんだけど、今回もちょっと知ってる人しか知らない・・・って言う曲もか知れないなぁ。

 寺尾聰「Long Distance Call 」

何分、前年の「ルビーの指環」やアルバム「Refrections」の超大ヒットを受けて、次の曲のリリースは、いつ? ってずっと言われてきた寺尾聰氏が、1年10ヶ月のブランクを経て、超「期待」の上でリリースされた曲なんだけどね。
「今回も大ヒットの予感」とか、必ずついてたもんなぁ。当時の雑誌には。

 でも、まあ、↑データをみても分かるとおり、結局、ベストテンにも入らず・・・の結果に終わってしまった曲ですわ。

 まあ、柳の下にドジョウは2匹いないってことの典型なんだけどさ。傍目から見るとね。


 ただね、寺尾氏自身、この曲で、もう一つ花を咲かせようって思ってたか・・というと、そうとも言えない気がするなぁ。
 
 まずね、曲が難解なんですよねこの曲。その点「ルビーの指環」は分かりやすいんですよね。
 メロディにしても焦点がハッキリしているし、なにより、詞が松本印のブランド品だったからさあ。

 それに対して、この曲は、有川正沙子女史によるもの。有川女史の詞は、よりアウトローな雰囲気はあるんだけど、やはり松本隆氏とくらべると、尖っていないんですよね。キャッチーではないっていうか、シングルっぽくないんですよ。

 だから、メロディラインもどうしても、シンブルさをかいしゃうっていうか、シングルとしてはインパクトが弱くなっちゃうんだよね。

 うん、たがらさ、アルバムとして何曲かまとめてって言う場合はシックリ来るんだけど、これ1曲だとちょっと、今ひとつ物足りないんだよなぁ。

 この曲は、その典型ですね。 だから、まあ、それほど大ヒットっていう期待は難しかったんだよね。

 ただ、井上鑑氏のアレンジは、凝ってたけどなぁ。「ルビーの指環」のころより、より硬質感が感じられてさ。「ルビーの指環」とかアルバム「Refrections」はどことなくGSっぽい匂いがチラチラと見えるんですよね。(ちなみに、寺尾聰氏って、その昔「サベージ」っていうGSグループでベースやってたのはご存知でしょうか)

 だけど、この「Long Distance Call」には、そういう匂いは見えない。よりシティポップスに近づいているというか・・。
同時期ヒットしてた稲垣潤一の「ドラマティックレイン」に近いサウンドだよなぁ。

 そういう意味で、「ルビーの指環」フォーエバーを期待してた人には完全に肩透かしだったんだろうな。

まあ、個人的にも当時は、そんな感じだったんですけどね。

 でもあれから33年経ってみて改めて聴くと、必ずしも「駄作」には聴こえないですね。むしろカッコイイ。
 当時「手垢」が少なかった分、「今」に持ってきても全然遜色がないって感じるなぁ。

 なにより、寺尾聰−井上鑑と言うコンビの代名詞とも言える、テンション系のコード進行がばっちり決まっている。
 
 ユーミンのコトバを借りると、音楽は絵画に似てるんですよね。 メロディは構図で、コードは色彩なんですよ。
その色彩に当たるコードは、基本となるルートコードが「原色」なら、テンション系コードは、色を混ぜ合わせたような色彩。
つまりさ、それだけ表情豊かな絵画になるんですよ。 だから聴いててかっこいいんだよね。

最近の曲が表情に乏しいのは、この辺のコード進行にあるんじゃないかなぁ・・なんて思う。確かにコンピューターを使う事によって音色は豊かになったけどね。なんかツルンとしてるでしょ。3次元的な立体感を感じない。
それは、やっぱり使われるコードが単純になってきたからだと思いますわ。

この曲なんかを聴いてると、それが良く分かったりするんだよね。
 
はい、是非、ご紹介したい曲ですよ。




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シャドー・シティ / 寺尾聰

1981_05_シャドーシティ_寺尾聰






今回の1曲セレクトは、「シャドー・シティ」寺尾聰です。

 まずはデータです。

・タイトル    シャドー・シティ
・アーティスト  寺尾聰
・作詞      有川正沙子
・作曲      寺尾聰
・編曲      井上鑑
・リリース日   1980年8月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   54.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1981年3月30日〜6月15日付
・タイアップ:YOKOHAMAタイヤCM曲

 5月だというのに暑い日が続いてますね。気分はすっかり梅雨明けシーズンですわ。
こけで本当に、これから梅雨が来るんでしょうかね。 
 軽い夏バテ気味で、けだるい夜ですわ。

 そんな気分の中、浮かんできたのは、寺尾聰の「シャドー・シティ」だったりして・・・。

 この曲といえば、今を去ること34年前の「今頃」ちょうど、ヒットのピークを迎えてたころだ。まあ、そーいうこともあって、やっば、この曲といえば、今頃の「季節」っていうイメージが脳裏にこびりついてるんだよね。

 しかし、34年前のあの「寺尾聰ブーム」っていうのは一体なんだったんだろうねぇ。。 よく、雑誌にも載ってたりしたけど、まさに「予期せぬ出来事」だったもんなぁ。。。
 ちなみに、この「シャドー・シティ」のB面は「予期せぬ出来事」って、そのまんまのタイトルの曲だったりするんだけど。。。

 いや、少なくとも、この曲がリリースされた、前年の8月5日の時点で、次の年に寺尾聰のブームが来てるなんて、誰も予想できなかったよね。それほど、突然やってきた、大ブームだったもんなぁ。

 もちろん、その基には、当時の「西部警察」での寺尾聰の人気とか、「ルビーの指環」に引っ張られて・・・っていう部分は多分にあるけどさ。

 プラスして、魅力的だったのは、やっぱ、この「都会」的なムードだよね。「ムード」ってかくと、それまでだと「ムード歌謡」になっちゃうけど、そうぢゃなくて、摩天楼広がる夜のTOKYOのイメージ。
 うん、当時は、まだ、「シティポップス」っていうコトバすら生まれてなかったわけで、イメージとして書くと、そんなまどろっこしい説明も必要になっちゃったりするんだけどさ。

 それと、この曲のサウンドですよ。まじっけなしで都会的ムードじゃん。複雑に入り組んだ、テンションコードが奏でるサウンドそれに絡んで来る、チョーキングが効いたギターサウンドがなんともいえないんですよ。
 いや、当時、早く大人になりたかったね。こういう曲を聴いてて。

 これは、コドモが聴いてちゃダメだと思ったもの。かじやん、当時11歳。
 摩天楼の大都会とタバコの匂いに包まれながら、ひとりグラスを傾ける・・・。やべぇ、この曲の詞そのまんまだ。。。

 ま、ともかく、そんな雰囲気が似合う大人になりたかったのですよ。

 BUT、無残にもイメージ崩れたよなぁ、現実には。 だいたい、最近、そういう「大人」の雰囲気に似合う(ヒット)曲がないんだもの。。。


 それと、この曲の難解さだよなぁ・・・。なんで、また、これだけ難解にしちゃったの・・・ってくらいだもん。
 だいたい、最初、この曲の「譜面」見たときビビッたよ。Key=A♭m、譜面上フラットの数が「7つ」よ。。。
 ハァ〜・・・・、♭ 7つですかい・・・。つまり、ピアノで言うと、ぜーんぶ、「黒鍵」使って弾け・・・・ってか。(実際はCとFの音は黒鍵じゃないけど・・・) なして、そこまで複雑にしちゃうの? おそらく、原曲はKey=Amの素直な曲だったと思うんだけどさあ。。

アレンジャーの井上氏。。。。

 「いやね、メロディがしっかりしてれば、つまりは、サウンドを複雑にしても壊れないわけ・・・」(当時の井上氏談)・・・だそうで。。


 いずれにしても、これだけ、フラットが付いてる曲って、当時もヒット曲ではそーそーなかったしさあ、この曲のおかげで、以後、フラットとかシャープがいっぱい付いてる曲でも「ビビらなく」なった私どぇす。
 そのほか、♭♭(ダブルフラット)とか、C7-10、A♭msus4、A♭7-9などのテンションコードとか、こと、譜面について勉強させらることが多かったよなぁ、この曲ではさぁ。




最近は、ここまで難解なコード進行の曲ってのも、少なくともヒット曲ではなくなりましたね。まあ、難解にすれば良いってもんでもないんだけど、テンション系コードを使った、少し色合いが違う曲ってのも、恋しくなりますねぇ。
 ただ、この難解なコード進行を、うまく表現できるだけのミュージシャンが、今どれだけいるかということも言えますけどね。 最近の若手バンドでは、難しいだろうなぁ。



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ルビーの指環 / 寺尾聰

1981_04_ルビーの指環_寺尾聰







今回の1曲セレクトは、「ルビーの指環」寺尾聰です。

まずはデータでーす。

・タイトル     ルビーの指環
・アーティスト   寺尾聰
・作詞       松本隆
・作曲       寺尾聰
・編曲       井上鑑
・リリース日    1981年2月5日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    134.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1981年3月9日〜7月20日付
・タイアップ :YOKOHAMAタイヤ CM曲

 ♪今日の仕事はつらかった〜 ♪ とくらぁ。。。岡林信康の「山谷ブルース」・・・・・、古いねぇ、ワタシも。。

 古いって言えば、最近、CMでも古い曲がふんだんにつかわれてますねぇ。
 何年か前の「キリンラガービール」。木村カエラが、サディスティックミカバンドの一員になって「タイムマシーンにおねがい」なんざ、歌ってたりして。
 いや、あれかなり評判よかったよなぁ。サディスティックの他のメンバーもオリジナルだし、あのままCDリリースしちゃえばいいのに・・・と思ってたりしてるんだけど、どうも、CD化の予定はないのかな?・・・ないようだね〜。

 で、「ラガービール」のCMのもう一バージョンが寺尾聰の「ルビーの指環」なわけです。
 うれしいのは、サディスティックとおなじく、バックバンドが井上鑑氏など、当時のメンバーがそのままCMに出てるってことですね。

 いや、でもさぁ、考えてみれば、あれから34年ですよ、今年で。早いもんだよねぇ〜、「ザ・ベストテン」の12週連続1位から。。。 う〜〜ん。

 なんかね〜、振り返ってみれば、昨日のように感じるけどねぇ〜。。。

 この曲が「ザ・ベストテン」で初めて1位を取ったのが、1981年4月9日放送分。 丁度、いまごろだったわけです。
 ここから、6月25日放送まで、丸3ヶ月1位を独占し続けたわけだけど、ほんと、「予期せぬ出来事」だったよねぇ、これは。
 時代は、80年代アイドルブームに突入した最中に、このような、時代を20年は遡ったような曲が、大ブームを呼ぶっていうのはね。誰も予想してなかったんではないかなぁ。

 だから、ヒットチャートは面白いんだよね。本来は。

 大体において、寺尾自身も本気で、「シャニム」にヒットさせようとは思っていなかったではないかねぇ。 でも、その肩の力の抜け具合思わぬ好結果を呼んだ・・・と。

 曲調に関しては、まあ、みなさん、知りすぎる位に知っていると思う曲だからね、特段、書くことはないんだけど、GSの「サベージ」時代に培った、50年代、60年代の懐かしさ漂う曲調が、同世代には懐かしく、若い世代には新鮮に映った事は間違いないよね。

 この傾向は、この年の4月5日にリリースされた、アルバム「Reflections」により、顕著に反映されているんだよなぁ。
 このアルバムは、もろ60年代の香がただよっていて、今聴いてもゾクッとするけど、当時は、ワタシゃ小学6年で、まだガキだったからさ、なんか、急に大人の世界に踏み込んだような錯覚があったなぁ。

 ところでさ、この曲、当時は「YOKOHAMAタイヤ」のCM曲だったんですよ。意外と忘れられがちだけど、タイアップかついてたんだよね。

 丁度最後のスキャットの部分 ♪トゥルールー トゥルトゥルー〜 ♪のぶぶんがCMに使われてたんだけどさ。

 あれから34年、未だに「YOKOHAMAタイヤ」のCM曲は、「予期せぬ」ヒット曲の宝庫だよね。
 今は、久保田利伸の曲が使われてるけど。。
 雰囲気が、そういう予期せぬSomethingを持っているのかねぇ?
 ちなみに、「ルビーの指環」の前は、同じく寺尾聰の「出航(SASURAI)」がCM曲だったんだよね。



バックバンドのメンバーが強力だったんで、この動画をセレクトしてみたんだけど、最後が尻切れトンボになってるんだよね。メンゴ
 兎に角、この「ルビーの指環」を含めた、アルバム「Refrections」のバックバンドのメンバーは強力。
Guiter 今剛 松原正樹、Key 井上艦、Drum 林立夫 上原ゆかり・・・なんじゃこりゃ〜、と言いたくなるくらいな豪華なミュージシャンがバックを支えてる。やっぱ、音楽はヒトですよ〜。
 この当時は、寺尾氏だけでなく、大瀧詠一氏にしても、山下達郎氏にしても、みんな一流どころのミュージシャンは、一流どころのバックメンバーを揃えてましたよね。
 いい音楽は、一流のミュージシャンからですよ。最近は、そう言うところにあまりお金をかけてないような気がするな。 
 そもそもバンド形式が多いからバックバンドも何もないんだけど。。。



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