かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

安井かずみ

ドゥユーリメンバーミー / 岡崎友紀

1980_09_ドゥユーリメンバーミー_岡崎友紀






今回の1曲セレクトは、「ドゥユーリメンバーミー」岡崎友紀です。

まずはデータでーす。

・タイトル     ドゥユーリメンバーミー
・アーティスト   岡崎友紀
・作詞       安井かずみ
・作曲       加藤和彦
・編曲       加藤和彦
・リリース日    1980年6月25日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数    16.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位


うーん、データには、アーティスト名、岡崎友紀にしちゃったけど、この曲に関しては、YUKI OKAZAKIのほうがよかったですかね?

この曲は、元アイドルで女優の岡崎友紀さんが、結婚後、ゲーノー界復帰した時に出したレコードですわね。
その後、すぐに離婚しちゃったけど。。。 

まあ、そんなことはゲーノー界よくあることで、特にめずらしくもないんだけど、この曲はよかった!
なんか、うまくダッピできたというかね、イメチェンするにはそこそこうまいところ突いたんではないですかねぇ。

曲の下敷きはロネッツの「ビーマイベイビー」。
ややサイケっぽい音色のシンセがのっかってるっていう、この時代としての新旧入り混じったような不思議な感覚な作品なんですよね。

モノの本によっては、(フィル)スペクターサウンドとなっていたり、丁度同時期ヒットしてた、ジューシーフルーツ「ジェニーはご機嫌ななめ」と対になってたりして、要は「テクノ」として扱われたりして・・。まあ、そんな感じでどうとも取れる作品なんですよね。

 個人的には、テクノというよりは、これはフィルスペクターだよね・・・って思うけどな。いわいるウォール・オブ・サウンド。

 まあ、フィルスペクターといっても、故大滝詠一大先生のような、完全主義者的な模倣ではなく、あくまでイメージとしてなんだけどね。

 それでいて、メロディラインは、十二分にキャッチー。どこからでも入っていけるようなメロディラインなんで、初めて聴いても、すぐにこの曲に入り込めるような感覚がありますよねぇ。


・・・・・・なーんて、分かりきったように書いてるけど、じつは、ワタシ、ヒット当時は、この曲知らなかったのよ

あ、いえ、もしかすると聴いていたのかもしれないけど、記憶にない。

結局は、ベストテン入りしていなかったなんだけどね。なにぶん、まだ、このころは福島の田舎にいたし、ベストテン入りした曲以外は知らなかったしね。

 ちゃんと聴いたのは、実は大人になってからなんですよね。

もちろん、2001年にキタキマユでカバーされるよりは前でしたけどね。
 ただ、キタキマユでカバーされて、改めて、ちゃんと聴いて、さらに認識を高めたのは確かだけど。。
 もちろん、今では大好きな1曲ですよ!

 いや、このカバーバージョン、どこまでもオリジナルの岡崎友紀に瓜二つなんだよなぁ。

 普通カバーっていうと、アレンジも変えちゃうのが常だけど、、ほとんどオリジナルに忠実にそったアレンジっていうのが、逆に新鮮だったんだよね。

それ以前に、この曲、結構いろいろとカバーされてますよね。 ribbonとか・・・。 だれのカバーバージョンを聴いていたか・・・である程度の年がバレちゃったりして。。。
その中でも、キタキマユバージョンが素直で一番、この曲らしいとは、個人的には思ってますけどね。


あ、だけど、この1980年の秋ごろって、女優さんがレコードを出すってパターンが多かったよね。
 ま、岡崎友紀さんも、女優をやっているということで書いてるんだけど、多岐川裕美の「酸っぱい経験」とかさ、桃井かおりとか・・・。それでいてヒットしてたりしてね。 一時期流行だったんだよねぇ。




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だいじょうぶマイフレンド / 乃生佳之

1983_06_だいじょうぶマイフレンド_乃生佳之








今回の1曲セレクトは、「だいじょうぶマイフレンド」乃生佳之です。

 まずはデータです。

・タイトル     だいじょうぶマイフレンド
・アーティスト   乃生佳之
・作詞       安井かずみ
・作曲       加藤和彦
・編曲       清水信之
・リリース日    1983年3月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  36位
・売上げ枚数    5.6万枚
・タイアップ:映画「だいじょうぶマイフレンド」主題歌

 さてさて、今回ひっぱってきた、乃生佳之の「だいじょうぶマイフレンド」・・・。うーん、この曲覚えてる方、どのくらいいるのかなぁ。 32年前の曲で、しかもオリコン最高36位だもんなぁ。

 大体において、乃生佳之ってだれ? ・・・っていう方がほとんどだったりして。。。

 うん、昔、トシちゃんのバックで踊っていた、ジャPAニーズのメンバーだった方ですね。
 そそそ、トシちゃんの「恋=DO!」でチャチャ人形を被っていた張本人ですわ。
・・・って書くと、なんとなく覚えてる方がいるかなぁ。

 そのあと、同じくトシちゃんの「抱きしめてTONIGHT」でもバックダンサーとして復活しましたよね。

 でも、本当は「おソバ屋」の主人だったりしてさ。

 まあ、でも、そういう経歴からして、もともとジャニーズ所属だったんだよね。必ずしも華やかな場所に居たヒトではないけどさ。


 この「だいじょうぶマイフレンド」、村上龍原作の同名小説の映画化にともなって作られた作品ですよね。
 ピーターフォンダが出るって事でちょっと話題になったりしてた記憶があるなぁ。

 だけどさ、この曲はいい曲ですよ。ホント、騙されたと思って聴いて欲しいくらい!。 
 うーん、最近、この曲の音源が少なくなったのは残念だけどさ。

 加藤和彦がつくるキャッチーで官能的な世界。

出だしの
♪目を閉じてごらん 愛が見えてくる ♪

からそうなんだけどさ、特に

♪ だいじょうぶマイフレンド ♪

のサビの部分のキャッチーさには、ホント舌を巻く。どうしたら、こんなに官能的なメロディラインが生まれてくるんだろうね。

 それにもまして、乃生チンの声がまたいいんだよね。甘いバリトンで。ぜんぜんジャニーズな声ではないよなぁ。本格的なバリトン声楽的な美声だよね。

 その声で ♪だいじょうぶマイフレンド ♪ なんて歌われたらたまんないんだろうな・・・と思わせるよなぁ。

 男でさえそう思うんだから、いわんや女性にはたまんないんだろうな・・・と思いつつ・・・、それでもオリコン36位なんだよねぇ・・・。

 うーん、どうしてなんだろうねぇ、もっと売れても然るべき曲だと思うんだけどなぁ。。。

 まあ、広田玲央奈とか、加藤和彦本人もセルフカバーしてたりしてたから、分散しちゃったよね。個人的にはなんと言っても、この曲は乃生佳之なんだけどなぁ。


 蛇足だけど、この曲、TBSの「アップルシティ500」でよく聴いたような気がするなぁ。懐かしいよねぇ。(あ、この言葉は使いたくなかったけど・・)





・・・ということで、「アップルシティ500」。でも、最後の1分くらいしかないんだよな。。。
果たしてこれで理解していただけだろかねぇ。。。。


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どきどき旅行 / 岩崎良美

1982_05_どきどき旅行_岩崎良美






今回の1曲セレクトは、「どきどき旅行」岩崎良美です。

 まずはデータです。

・タイトル    どきどき旅行
・アーティスト  岩崎良美
・作詞      安井かずみ
・作曲      加藤和彦
・編曲      清水信之
・リリース日   1982年4月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 34位
・売上げ枚数   6.3万枚


 えー、今回の1曲セレクトは、一般的に言って「知ってるヒトしか知らない曲」どぇす。


 岩崎良美「どきどき旅行」

 知らないよなぁ、ほとんどのヒトは〜。

 え〜と知ってる方は、同年代でも、結構な歌謡曲通だと思いますよあせあせ

 岩崎良美の曲を書くときはいつも書いてる気がするんだけど、大体において、岩崎良美っつったら、みんな「タッチ」しか知らないよねぇ〜、普通は。

 そんなところを聴いてるから、歌謡曲オタクなんて言われるわけです、ハイ。


 この曲って言ったら、やっぱ、「月刊明星82年6月号」の付録歌本「ヤンソン」の「近田春夫の新曲激評」だろうな。
 なんせ、けちょんけちょんに貶されてたからあせあせ

 「どきどき旅行」っつうタイトルからして、今から見ると、とっても「マヌケ」なタイトルなんだけどさ・・・ふらふら
だいたい、曲しらないヒトから見て、「どきどき旅行」なんてタイトルが来たら、どんな曲を想像します?

 なんとなく、なんかのパロディか? ・・・なんて思っちゃいません?

 いやー、ワタシもねぇ、この曲を当時、聴くまでは、そんなイメージがあったの。

 それがですねぇ、とってもマジメな「ハワイ旅行」な歌なんですねぇ。。

 まあ、「ハワイ旅行=どきどき」・・・っつうことで、「どきどき旅行」なわけです。

 だけどさ、今時ねハワイ行くくらいで「どきどき」するかぁ・・・ってツッコミが入りそうだけど・・・。

 まあ、それは、今から33年前のこと・・・。今よりはハワイ行く事はステータスな時代だったってことは、考慮してくだされ。。。


 たださぁ、近田氏もツッコミ入れてるけど、別にハワイでなくてもいいんだよねぇ。
 オーストラリアでもいいわけじゃんふらふら

 なんとなしに、行き先が「ハワイ」っていう必然性が全然見えないんですわ。この曲。

 曲の雰囲気がハワイっぽいから? うーーーむ、そういわれれば、確かに、それっぽいけど、これまたダサイんだよね。

 ハワイはハワイでも、「日本のハワイ」⇒「常磐ハワイアンセンター」(現スパリゾート・ハワイアンズ)っていうイメージなんだよねぇ。

 なんかさぁ、その辺が、いかにも「哀れ」な感じを受けたりしてふらふら
うん、端的に言って・・・・、売れないよね、この曲は・・・なんて、言い切れちゃったりする曲だったりして。。。ふらふら



ちなみに、岩崎良美さんは、この曲の前の「愛してモナムール」、そして、次の「VACANCE」は、良い曲なんだよね、これが。
 どちらもヨーロッパ系の佳曲なんだけど、このヒトの場合、ヨーロッパをイメージする曲が似あってましたね。
 この「どきどき旅行」は、下世話過ぎたよな。



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危険なふたり / 沢田研二

1973_04_危険なふたり_沢田研二








今回の1曲セレクトは、「危険なふたり」沢田研二です。


まずはデータです。


・タイトル   危険なふたり
・アーティスト 沢田研二
・作詞     安井かずみ
・作曲     加瀬邦彦
・編曲     東海林修
・リリース日  1973年4月21日
・発売元    フィリップス
・オリコン最高位 1位
・売り上げ枚数 65.1万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1973年5月7日〜8月6日付

 ワイドショーやネットニュースで連日話題になっていましたが、作曲家で元ワイルド・ワンズのリーダーだった加瀬邦彦氏が自らの命を絶ったそうで。。
 74歳。昔だったらいざ知らず。今、70代と言ったら、特にアーティストの世界では、まだまだ現役バリバリという方も多いわけで、また一人、日本のポップス史を作ってこられた作曲家が居なくなってしまったことは、本当に残念なことですよね。

 15年前、井上大輔氏がやはり自ら命を絶った時も、それなりのショックだったけど、今回の突然の訃報は、個人的にもそれなりのショックだったなぁ。
 
 それにしても、井上大輔氏にしても、加瀬邦彦氏にしても、G.Sで一時代を築き、その後、作曲家としてJ-POPの「基礎」を築いてこられた方が、自ら命を絶ってしまうケースが最近は多いよな。
 G.Sとは、やや方向性は違うけども、「アングラ」の騎手だった加藤和彦氏も若くして自ら命を絶ってしまったし。。。
 どうして、こうも続くんでしょうねぇ。ワタシのような鈍感力の方が勝っている凡人には分からない「苦悩」がやはりあったんでしょうかね。

 いずれにしろ、ご冥福をお祈りいたします。



・・・ということで、今回の1曲セレクトし、加瀬邦彦氏の代名詞ともいえる、ワイルドワンズの「想い出の渚」を・・・・

・・・と行きたいのはやまやまなんですが、「想い出の渚」のリリースは、1966年の「11月」。ヒット時期がずれちゃっているんですよね。
あくまで、これ書いてる時季とリンクしているっていうのをコンセプトにやっているもんで、今回は、ちょこっと保留。まあ、いずれ書こうと思います。


・・ということで、今回は、沢田研二の「危険なふたり」をセレクト。


この曲は、1973年4月21日リリース。ジャスト、「今頃」のヒットなんだよね。
そして、加瀬邦彦氏にしても数あるヒット曲の中でも、代表曲といえるでしょうね。


 沢田研二氏の曲は、今まで何曲も書いてきたけど、この曲書いてなかったんだよなぁ。こんな大ヒットをねぇ〜・・・。こうして見ると、当然書いてて然るべきって曲がまだまだ抜けているよなぁ。


10年以上という長期、ヒット戦線の第一線で活躍してきたジュリーだけど、ヒット傾向をみると、第1期全盛期、第2期全盛期、第3期全盛期の3つのグループに分けられるんだよね。

 第2期の全盛期は、言うまでもなく、77年の「勝手にしやがれ」から79年の「OH!ギャル」までの阿久悠−大野克夫コンビで一世を風靡した時代。
第3期は80年の「TOKIO」から82年の「6番目のユウウツ」あたりまでの、いわいるニューウェイブ系の時代。

で、今回セレクトしてきた、「危険なふたり」は、第1期ジュリー全盛期の代表と言えるべき曲ですねぇ。
 
 第1期全盛期のジュリーは、72年の「許されない恋」から75年の「巴里にひとり」あたりまでの、「ヨーロッパ系」の独特の濡れた匂いがする時代ですね。この時代、コンポーザーとしてジュリーの一連のヒット曲を書いていたのが、加瀬邦彦氏。
 第2期以降のジュリーがリアルタイムなワタシの世代としては、今一つ実感はないんだけど、今聴くと、第2期のジュリーとは別人のようなしっとり感がある曲が多いんだよね。

ただ、その中で、今回の「危険なふたり」は、唯一、メジャー展開のアップテンポな「ポップス」に仕上がってますねぇ。
 こんなポップなジュリーは、この時点では無かったような曲であったことと、めちゃくちゃ親しみやすいメロディライン、当時としても派手なアクションだったことが幸いしてか、第1期全盛期のジュリーの中で、一番「売れた」曲になりましたね。


 オリコン的に見ると、73年4月30日付38位初登場から、翌週、一気に4位に急上昇。
こんなチャートアクション。初登場1位が珍しくも何とも無くなった今では、「へーそうなの?」で終わってしまうけど、曲に負けないくらい、当時としてはかなり派手なチャートアクションだったんだよね。
 当時、こんなチャートアクションをしていたのは、ジュリーか天地真理くらいなもんでしたよ。(・・・とか、あたかも実際に経験したかのような書き方だけど。。

 その後、登場3週目で2位までランクアップ後、5週間2位をキープ。
・・・っか、5週も2位をキープっていのうも、今からしてみれば、どんな動きなんだよ・・って感じだけど、当時としてはさほど珍しい現象では無かったんですよ。そして、登場8週目で1位獲得というチャートアクション。
 ベストテン内14週。うちベスト3内9週、1位3週。という文字通り73年を代表するような大ヒット曲と相成ったわけです。
 
 この年1973年の第4回日本歌謡大賞を受賞したこの曲ですが、チャートアクションから見ても、それに全く恥じない、1973年の代表曲と言っても過言では無かったですよねぇ。




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