かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

安井かずみ

危い土曜日 / キャンディーズ

1974_06_危ない土曜日_キャンディーズ


今回の1曲セレクトは「危い土曜日」キャンディーズです。

まずはデータですよ〜

・タイトル     危い土曜日
・アーティスト   キャンディーズ
・作詞       安井かずみ
・作曲       森田公一
・編曲       竜崎孝路
・リリース日    1974年4月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位   46位
・売上げ枚数   3.8万枚

先日ネットニュースでも大々的に取り上げられていたけど、元キャンディーズの伊藤蘭さんのソロプロジェクトが始動ってことで、1stソロアルバムが先週リリースされて来ましたわな。

キャンディーズ解散から41年ぶりの「新音源」ということで、さてどの位売れるのか・・・っていうのが興味があるところなんだけど、29日のリリース以来のオリコンデイリーランキングでは、アルバムランキングで10位前後を推移している。 このままいけば、今週のウイークリーランキングではベストテン内に入ってきてもおかしくなさそう。

なるほどぉ、キャンディーズ解散から41年たっても、やっぱり蘭さんって人気があるんだなって言うのを再確認したわけで。。。

いや、ちょろちょろネットニュースを見て、「これは・・・」と思ったのが、今回の蘭さんの音楽への「カムバック」の背景に、「全キャン連」がどうも一枚噛んでいるようで。。。

「全キャン連」⇒「全国キャンディーズ連盟」

そそそ、当時、「キャンディーズ」についていた全国組織の親衛隊ですわ。

まあ、当時のアイドルには親衛隊は必ず付いていたもんだけども、この「全キャン連」って言う組織()はそんな数あるアイドルの親衛隊の中でも結束力の強さはダントツだったわけですね。

なんせ、あの「ザ・ベストテン」で、人気最高時のピンク・レディーを1位から引きずりおろした「組織」ですから

キャンディーズ解散後の1978年当時「ベストテン」を見てた方には有名だけど、1978年4月、キャンディーズ解散後もベストテンの「1位」を続けていた「微笑がえし」が4月20日放送で、ピンク・レディー「サウスポー」に1位の座を奪われてしまう。

これを見た「全キャン連」の一部の方が奮起。 即座に「ザ・ベストテンで「微笑がえし」をもう一度1位にしよう」と言うキャンペーンを全国的に展開。ベストテンへのハガキリクエストを呼び掛け。次の4月27日放送分から3週にわたって、見事1位に返り咲かさせたエピソードが残ってたりする。

まあ、このキャンペーンが成功したのは、当時のベストテンの要素別配点は「ハガキリクエスト」が最も配点が高かったため功を制したとも言えるんだけども、そのくらい音楽界を動かす事が出来る結束力の強さがあったとも言えるんだよね。

だからねぇ、個人的には「全キャン連」にゃ、末恐ろしい力を感じちゃったりするんだよなぁ。

そんな「全キャン連」が、今回の蘭さんの復活に一枚絡んでる・・・となりゃ、やっぱりチャートの動きは気になってきちゃったりするんだけどさ。 ↑で書いたように次のウイークリーチャートでベストテン入り出来そうなところまで来てるってことは、やっぱ、未だにその影響力はデカイ・・・と認めざるを得ないかなぁ。

・・・なんて思ってる次第だったりしてね。


おーっと、前置きが超長くなっちまったわい。

そんな訳で、伊藤蘭さんが「復帰」した今週は、やっぱりキャンディーズのどの曲かを持って来たい。

・・・とは思ったものの、キャンディーズの「今頃」のヒットって、既に書いちゃったんだよな。 

さてどうしようかと思ってたら、いやいや1曲残ってたぞ。。。

「危い土曜日」

この曲、デビュー3枚目のシングルなんだけども、さっすがにねこの曲はしらねーぞって方も多い・・・だろうな、きっと。

そもそもこれを書いてるワタシでさえリリース当時の事はよく知らないんで。。。。

まあ、それもそのはず・・というかねぇ、キャンディーズリリースした18枚のシングルの中で、一番「売れなかった」曲。 それがこの「危い土曜日」だったりするのよね。

ランキング的にも、オリコン最高位46位。 俗にいう「左ページ」ギリギリですよ。
「左ページ」に入ってるだけどもヒットだよって言う見方もあるけど、ことアイドルにとっては、オリコン30位以下なんてのは、固定の熱狂的なファンは別として一般のヒトたちの認知度から言ってもヒットしてないのも同然って感じだからなぁ。

だからさ、知らなくても当然と言えば当然なんだけど。。。。

BUT、後年キャンディーズの「ベスト盤」を聴いてて、この曲に引っかかっちゃったんだよな、個人的に。

まあ、タイトルからして引っかかると言えば引っかかるんだけども、デビュー3枚目のシングルだから、当然デビュー曲の「あなたに夢中」のようなミドルテンポの軽いポップチューンが続くんだろう・・と思いきや・・・。

なんだなんだ? R&B的な黒っぽさが漂う、緊張感いっぱいのアッパーチューンな曲調は。

当時のアイドルの曲調・・特にシングルでは見られなかったR&Bっぽい黒っぽさ。これが特に引っかかっちゃったところかなぁ。

アイドルの中でも、お嬢様的、非力感が強いキャンティーズが、こんな曲調を歌う。 これだけでも、ある意味充分魅力的であるとは思いますけどね。 というか、まず普通は、思いつかないもの、こういうをやるって言うのを。

いや、最近ではこの手の、見た目からは全く想像がつかないようなアイドルっていうのは、いろいろいるけどさ。
70年代当時のアイドルって、ビジュアルから曲調って大体想像がついたりするんだよね。見た目からの曲想が裏切らないっていうかさ。

この曲は、完璧に裏切ってるなぁ。 でも、今となってはそこがいいんだろうな。

ただ、当時の水準から言えば、そこがウラ目だったんだろうね。 この曲がキャンディーズの中で一番売れれなかったっていうのは。

それにしても、作曲の森田公一氏が、こういう緊張感あるアッパーチューンな曲を書くとはねぇ。 いや、この曲の場合最も意外だったのは、竜崎孝路氏のアレンジと言った方がいいかな。
竜崎氏といったら、もっと演歌よりの歌謡曲って言うイメージが強かったんでね。どちらかと言えばもう一つ垢抜けない曲調って言うイメージだったんだよな。こういうR&B的な黒っぽいサウンドを作るとね。




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魅せられた夜 / 沢田研二

1973_12_魅せられた夜_沢田研二


今回の1曲セレクトは、「魅せられた夜」沢田研二です。

まずはデータです。

・タイトル    魅せられた夜
・アーティスト  沢田研二
・作詞      JEAN RENARD  
・作曲      JEAN RENARD 
・編曲      東海林修
・日本語詞   安井かずみ
・リリース日   1973年11月21日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  34.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1973年12月9日〜1974年1月28日付

前回は少年隊の「バラードのように眠れ」ということで、ユーロビートを取り上げたんだけど、これは80年代の「ブーム」だったわけなんだよね。
じゃ、日本に於いて、それ以前にヨーロッパ系は流行らなかったのか? というとさにあらず。 60年代、70年代を通してもヨーロッパ系の曲って、日本のヒットチャートを賑わしていましたからねぇ。

逆に言えば、アメリカンな曲よりも、ヨーロッパ系の曲の方が、日本で於いてのヒット曲と言う意味では歴史は古いかもしれない。イタリア、フランスの曲なんかはそうだよね。

特に、フランスのフレンチポップスね。これは、その後の日本のヒット曲の「基礎」ともなっている部分が強いのよ。 フレンチポップスってメロディが濡れてるし、抒情的な曲って多いからさ、日本人の感情とフィットする部分が強いんだよね。

よく生命体の起源として「母なる海」って感じで、海の匂いを嗅ぐとどこか懐かしさを感じるって事があるけど、音楽で例えれば、フレンチポップスがまさにそんな感じなんだよな、知らない曲でもどこか懐かしさを感じる。

そこが日本人にフィットする所以なのかもしれない。まあ最近フランスで、日本のアニソンが流行っているって言うのは、その裏返しって言う部分もあるんじゃないかなぁ。 つまりは、日本のヒット曲の根っこの部分にはフレンチポップスがある訳でさ、フランス人に受け入れられるっていうのも、ある意味必然的な事なのかもしれないんだよね。言ってみればフレンチポップスの「逆輸入」って言う感じで。 もちろん、日本独自の感性って言うフィルターをかけてるんで、元のフレンチポップスと見た目上は変わってるけど・・・。


あー、またまた、「マクラ」が長くなっちまった。。。。

今回は、70年代前半にヒットしたフレンチポップスな1曲を持って来ましたわ。

沢田研二「魅せられた夜」。

うーむ、ジュリーは何曲か前に書いたばっかなんだけど、まあ、お許しあれね。

ま、兎も角も、古くからのジュリーファンにはお馴染みの曲とおもうけど、ワタシと同年代の方には、ちょっと馴染みが薄いかもしれない。

どうしてもさ、ワタシらの年代のジュリー像っていうと「勝手にしやがれ」であり、「TOKIO」ってあり・・・ビジュアル的なジュリーって言うイメージが強いからなぁ。

70年代前半のジュリーって必ずしもビジュアル重視って言う訳ではなかったでさ。件の阿久悠、大野克夫コンビになる前はヨーロッパ系な傾向は強かったんだよね。
例えば72年の2ndシングルである「許されない愛」なんかは、ロック系ではあるけど、音的にはアメリカンロックのように乾いた音ではなく濡れてたしね。で、その後フレンチポップスに傾倒するようになる訳ですわ。

その走りともなった曲が、今回引っ張って来た「魅せられた夜」じゃないかなぁ。

ま、この曲は、フレンチポップスのような・・・というか、本物のフレンチポップスなんですけどね。

つまりさ、フレンチポップスのカバーなんだよね

↓ コレ



・・・っつか、コレ書いてるワタシも今知ったんだけどさ  

なるほどぉ〜、そうだったのかなぁ。。。どおりでめちゃくちゃ「おフランス」的な曲だと思ったわぁ・・・

・・・なんて感心してるばやいか。。。

個人的に、この曲を初めて聴いたのは、忘れもしない1983年。ワタシが中一の終わりの春休みだったなぁ。

いつかも書いたような気がするんだけど、福島から千葉に越して初めて、船橋の「ららぽーと」に行ってさあ。そこのレコード屋さんで、ジュリーの「全曲集」のカセットを買ったんだよな。それに、この曲が収録されていたですよ。

めちゃくちゃ新鮮だった。 ↑で書いたように、ワタシらの世代というと、キザ路線からのジュリーからしか知らなかったからさあ。 こういう曲を歌っていたって言うのは全然知らなかったからなぁ。

新鮮だったとともに、どこか懐かしかったんだよね。それまで全く聴いた事が無かったのに不思議なんだけどね。

たしかに「ヒット」としての70年代のフレンチポップスって、能動的には聴いてなかった訳だけど、知らず知らずのうちに耳にしてたからさ。 言ってみれば、個人的な音楽の原点に近いんだよね。このテのフレンチポップスって。

 しかも、ワタシ、ヒット曲に足を踏み入れる前は、ポールモーリア・フリークだったからさあ。 まさにフレンチ・イージーリスニング界の大御所だったわけじゃん、ポール・モーリアって。だからね、知らず知らずのうちにフランス系の音って、刷り込まれていたんだよね。

A-B-A って言うメロディーの流れは、決して複雑な曲形式ぢゃないんだけど、メロディが染みるんだよね。
ちょっと前にもかいたげと、70年代前半の歌謡ポップスって、それまでの4-7抜きのメロディラインが抜けきっていない頃で、どこか垢抜けないものが多かったんだよね。なんて言うのかなぁ、ちょっとのっぺらぼうのような感じがして。

その点この曲は、もともと向こうの、本場もんのフレンチポップスだしさ、メロディラインの起伏もある。けっしてのっぺらぼうなメロディラインぢゃない。 まあサビで、転調してグワッと盛り上がるのは、ちょっと大げさかなとも思うけど、当時としてはこんな風に大げさに盛り上げる曲調がイマイかったんだよね。 そそそいわいるショービス系な曲としてさ。

この「魅せられた夜」の場合は、それに加えて、プラスのオブリガードも新鮮だったんだよなぁ。
それまでヒット曲のブラスのフレーズってダサいもんだと思ってたんだよね。なんか邪魔なところも感じたしさ。
でも、この曲のブラスがカッコ良かったんだよなぁ。

まあ、それは、当時実際ブラスをやってたって事もあるかもしれない。 丁度ブラスを始めて1年が経って、周りが見れるようになって来た頃だったからさ、ヒット曲でも意識的にブラスのフレーズが耳に入るようになってきてたんだよね。だからさ、あの時ブラスをやって無かったら、それ以前同様にダサく感じたかもしれない。 

でも、この曲と、次の年の「追憶」の哀愁漂うプラスのフレーズがさぁ、何とも良かったんだよね。

その後、高校終わりまでブラスを続ける訳だけど、本気でプラスを続けようとおもっさたのは、もしかするとこの曲のプラスのオブリガードに触発されて・・・って言うところは多分にあるかもしれないな。
うん、間違いなくきっかけにはなったと思うんだよね。

いずれにしても、この曲が35万枚近くの大ヒットになった事で、フレンチポップスへの手ごたえも感じでしょうね。次の1974年は本格的にフレンチポップスへ傾倒していくことになるんだよね、ジュリーも。





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わたしの城下町 / 小柳ルミ子

1971_07_わたしの城下町_小柳ルミ子


今回の1曲セレクトは「わたしの城下町」小柳ルミ子です。

まずはデータです。

・タイトル    わたしの城下町
・アーティスト  小柳ルミ子
・作詞      安井かずみ
・作曲      平尾昌晃
・編曲      森岡賢一郎
・リリース日   1971年4月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  134.3万枚
ベストテンランクイン期間:1971年6月28日〜11月15日付

 ネットニュースでも話題になっていますが、作曲家の平尾昌晃氏が死去されたとのこと。
70年代を中心に数々のヒット曲を飛ばしたし、ゆえに、昭和を代表する大作曲家一人と言う事は間違いない訳で。作曲家別の売り上げを見ると、最も売り上げが高かったのは1974年で、この年の作家別売り上げランキングは、巨人・筒美京平氏の4連覇を阻止すべく、売り上げ1位を記録してたりする。

今回の1曲セレクトは、そんな平尾昌晃氏追悼と言う意味も込めて、セレクトすべきだよな・・・って言う思いが真っ先に頭を駆け巡りーの、本当は90年代の曲を持ってこようと思ってたんだけど、急遽変更・・・。

たださ、正直言うと平尾昌晃氏っていうと、個人的には「一世代前」の作曲家って言うイメージもあるんだよね。
まあ、リアルタイムとして自身と畑中葉子さんのデュエット「カナダからの手紙」があるけど、これは「冬」のヒットだしさ。

それに、筒美京平氏のような完全ポップス系というよりも、少々「和」のテイストがかった「歌謡曲」が多かったからさあ、完全な好みとはちょっとズレでるな・・・って言う思いもある。。
なので、意外と平尾氏の曲って個人的な持ち音源が少ないんだよね。

だからさあ、どの曲にすべーかな・・・と迷ったんだけど。。。

こういうときは、やっぱ直球勝負だよね・・・・。 とセレクトしてきた曲がこの曲。


小柳ルミ子「わたしの城下町」

うわっち、めちゃくちゃ「有名な曲」。 でもさグッドタイミングというか、46年前のちょうど「今頃」、オリコンで1位を獲得、これは書き頃だわ・・・と言うことで、持って来ました。。。。

 まあねぇ、ここまで大ヒットな曲となるとセレクトとは言わないだろうし、だから普通の「セレクター」な方は持ってこないだろうけどさぁ。うむ、セレクターとして恥ずかしいもんな。

But、ワタクシは持って来ますよー。

って言うくらい、誰でも知ってる曲だし、現に売り上げ130万枚強っていうミリオンセラーだもんね。
オリコンでは1971年7月26日〜10月11日付まで12週連続1位なんていう超ロングセラーだったりしてさ。
しかも、これが小柳ルミ子さんの「デビュー曲」だって言うんだからビックリだぁ。

ちなみに、デビュー曲としていきなりのミリオンセラー、ヤマハポプコン系などいわいる「一発屋」と世間で言われる、単発ヒットの方々には他にも居たりするんだけども、その他多数ヒットを持ちしかも長年第一線で活躍してるアーティストとすると、この後、81年のまっち先生の「スニーカーぶる〜す」まで無かったんじゃないかなぁ。

それだけ「スゴイ」ことなんだよね、デビュー曲ミリオンセラーっていうことは。

後に、天地真理さん、南沙織さんとともに「3人娘」として、70年代アイドルのトップバッターを切った小柳ルミ子さんだけど、こと売り上げ枚数だけを見ると、他の2人の比じゃなかったんだよね。

先日天地真理さんの「ひとりじゃないの」の時、70年代アイドルの売り上げは「50万枚」が壁って書いたんだけども、小柳ルミ子さんには、そんな壁なんて心配は全く無用だったわけよ。

その最大の要因は、やっぱ「曲調」なんだろうなぁ。うん「和」テイストの歌謡曲だったって事が良かったのよ。

・・・なんて書くと、80年代以降の「ポップス・ロック」優勢なヒット曲を聴いてきたワタシらの世代には信じられないけどさあ、結局、70年代、特に70年代前半っていうのは「歌謡曲」が絶対的な人気を持っていたって事。

結局さ、ポップス系を支持していたのは当時のティーンエイジャー。 それに対して、それ以上の世代は「歌謡曲」だったってことなんだよね。
 言うまでも無く、当時の歌謡曲の支持は、人口比として圧倒的だった訳さ。

だから歌謡曲路線でひとたび火が付けば、ミリオンセラーもいとわない「超大ヒット」になり得たって事なんですわな。
ま、これは、例えば、72年のぴんからトリオの「女のみち」が300万枚セールスとか、殿さまキングスの「おんなの操」が200万枚近いセールスだったとかを見ても分かる事なんだけどさ。

そんなこともありーの、この「わたしの城下町」がミリオンセラーとなったっていうのも、当時のヒット曲界の「趨勢」をみれば、ある意味では必至だったのかもしれないんだよな。
逆を言うと、この曲のミリオンヒット曲をきっかけに、「歌謡曲」のメガヒットの拡大が加速したとも言えるかもしれないけどさ。

まあ、それだけじゃなく、当時の「ワタナベプロ」の力が巨大だったとも言えるんだけどさ。
元ワタナベプロの「番頭」格だった松下治夫氏の「芸能王国渡辺プロの真実」によると、兎に角、小柳ルミ子さんは、ナベプロ総帥の渡辺晋氏の「お気に入り」だったとのこと。

そんな小柳さんのデビュー曲ということは、力の入れようもハンパじゃなかったと思うしさ。
アイドルというカテゴリーに入れながら、ポップスではなく「和テイスト」の歌謡曲路線だったのは、そんな渡辺晋氏の思い入れの部分が相当強かったからなんだよね。

そんなデビュー曲な訳だから、まあ売れないわけがない・・っていうのも確かにある。
なんせ、当時の渡辺プロの力があまりにも巨大だったため、この曲の翌年に日テレの「スター誕生」が生まれたっていうくらいだからさ。

ただし、等の小柳ルミさん本人は、この曲のような「歌謡曲路線」には抵抗があったよう。
なにせ当時19才のティーンエイジャーだったわけで、歌謡曲よりもポップスだよな・・・とも思うし、なにより宝塚音楽学校出身という経歴からして、もっと華やかなミュージカル風の曲が歌いたかったとのこと。

ま、そこは、巨人・渡辺晋氏のまえでは口が裂けても言えなかった訳でさ・・・。
後年、派手派手な路線に行ってしまったのは、この当時からのうっぷん晴らしもあったようですね。


ちなみに、当時、小柳ルミさんはワーナーパイオニア所属。
外資のワーナーが、なぜにこんなあからさまな歌謡曲路線? っていうのもちょっと不思議だったんだけどさ、ま、それは日本法人設立の際、渡辺プロが出資したからなんだわな。
ま、それは、ナベプロ「自身」のレーベル「SMS」が設立するまで続く訳だけど、当時のワーナーパイオニアが「歌謡曲」色が強かったのは、当初のそんな所からの「文化」が引き継がれていったんだろうね。



ウーム、ながながとした文章をかいたけど、この曲の「説明」は、この動画を見てもらうだけで十分かも。。。。


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この愛のときめき / 西城秀樹

1975_03_この愛のときめき_西城秀樹


今回の1曲セレクトは、「この愛のときめき」西城秀樹です。

まずはデータです。

・タイトル    この愛のときめき
・アーティスト 西城秀樹
・作詞      安井かずみ
・作曲      あかのたちお
・編曲      あかのたちお
・リリース日  1975年2月25日
・発売元    RVC
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数 27.7万枚
・ベストテンランクイン期間:1975年3月10日〜4月14日付

久しぶりの1日2曲書き。いわいる「ダブルヘッダー」ってやつですわな。
ま、明日書いてもいいんだけども、最近、平日は腰が重くなって筆を上げたくなくなるんでねぇ、今日のうち書いてしまおうか・・・とPCに向かってたりします。。。。

ここでも何回も書いたような気がするけど、ワタシがヒット曲の世界に足を踏み入れたのは1978年11月。
だから、それ以前の曲は基本、リアルタイムでは聴いてない事になるわけだけど。。。

無論、全てではないけどね。 ピンク・レディーもキャンディーズもそれ以前からテレビでは見てたし、初めてカラオケで歌ったのは、77年の年末ごろに石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」だったしね。
ま、どこで曲を覚えたのかは、記憶にないんだけども。。。。。

ただ、大多数のヒット曲は「後付」で聴いた曲って言う事になる訳ね。
中には生理的に合わないなぁ・・・なんて思う曲もあったりするけど、逆に、「あ、これは掘り出し物だ」なんて自分でナットクしちゃう曲もあったりしますね。

今回は、そんなヒット当時は聴いてなかった(ハズ)だけど、後年、聴いて「これは!」って思えた、個人的"当たり"曲をひとつ。

西城秀樹「この愛のときめき」。

うーむ、秀樹の曲って、曲調が似たようなものも結構あるけど、タイトルも似たようなのがあるんだよな。
78年の丁度今頃のヒットで、「あなたと愛のために」ってあるけど、この曲は、それより3年前。75年の今頃のヒットですわ。

当時、ワタシはと言えば5才。

当然、ヒット曲なぞ、また聴いてませんでした。。。 ってか、能動的には・・・っていう注釈が入ってしまうけど。。。
もちろん、テレビで流れてた曲のの中には、進んで聴いてた記憶は無いけど、体のどこかで覚えてる曲もあるんだけどさ。

このヒデキの12枚目のシングル、「この愛のときめき」も、当然、当時は「能動的」には聴いてなかった訳でね。
初めて聴いたのは、大人になってからですね。90年代にリリースされた秀樹のベスト盤でだったと思う。

イントロを聴いただけで、これは「ビンゴ!」で閃いたなぁ。

それ以前の秀樹と言ったら、「情熱の嵐」や「激しい恋」などのプラスロック調のアッパーチューンか、はたまた「傷だらけのローラ」のような、超大げさな激情型バラードか・・・って言うイメージが強かったんだけどさ。

この曲は、そう言う激しさがない。ミディアムバラードチューン。

すこしゴスペル調のコーラス。その後の流れも、ゴスペルのようなコーラスを生かした曲調でね。 それまでのヒデキの曲ではなかったような曲調が新鮮なんだよな。

まあ、全体的に「歌謡曲」というよりも、洋楽にコミットしたような曲調が多かったけども、この曲もそんな流れを汲んではいる。
 けども、コーラスを多用した曲の切り口は、それまでの曲には無かったような切り口なんだよね。

特にサピノメロディラインとコード進行が印象的。

♪ どんなふうに 愛したら わかってくれるだろう〜 ♪ の♪ わかってくれるだろう〜♪ でメジャーからマイナー調に転調するコードの響きがねぇ、個人的にグッときたりしてね。

曲を聴いてると、結構難しいコード進行のようにも感じるんだけども、今、ネットでこの曲のコード進行を調べてみると、意外にもかなりシンプルなコード進行なんだよな。

ゴスペル風に聴こえるところから、テンション系のコードも多いか・・・と思いきや、メジャーコードが多いな。
ちょっと意外。
音源聴いてると、結構複雑な響きに聴こえたりするんだけどもね。

でもね、上で書いたようにベスト盤で初めて聴いた・・・・はずなんだけどねぇ、なんか、懐かしい気分にさせてくれるんだよな、この曲。
もうね、何回も書いてるけど、ヒット曲って、そういうノスタルジーな気分にさせてくれるから不思議。

初めて聴いた時は、75年の今頃の曲・・・なんて分かんなかった筈なのに、浮かんでくる絵面は、ちゃんと75年頃の風景なんだよな。
当然、まだ福島の「いわき」に居た頃だ。まだ幼稚園だったころ。送り迎えのスクールバスから見えた風景。
この曲を聴くと、そんな風景が見えてきたりする。

上でも書いたように曲調が、優し目なミディアムチューンなんでね、見えてくる風景も穏やかの風景なんだよな。

もしかしたら、知らず知らずのうちに、当時、この曲耳にしてたのかなぁ・・・なんて疑いたくなるほど、鮮明な風景が脳裏に浮かぶ。

やっぱ、そう言う曲ってどうしても引っかかるんだよね。 曲聴いて情景が浮かばない曲は引っかからないんだよね。

ちなみに、当時、ワタシ、幼稚園の送迎バスの中から、電柱についてる「番号」を数えたり、家でも電話帳読んだり、ロードマップが好きだったり、ヘンなガキだったんだよな。
 なんかね、ロードマップ見てると、絵が浮かんできたり、電話帳の数字の羅列とか、住所から絵が上んできたり・・・ちょっと危ないところがあったガキだったのよ。
よく言えば、「空想好き」だったんだよな。

ま、今でもヒトがやらないような事をやるっていう「変」なところは、当時から変わってないんだけども。。。


・・・・動画、流石に42年も前の曲の動画はそうそうないかなぁ。少なくともYou Tubeには適当な動画がなさそう。。。
・・・と思ったら、他のサイトにあった

http://www.dailymotion.com/video/x1yvjse_%E8%A5%BF%E5%9F%8E%E7%A7%80%E6%A8%B9-%E3%81%93%E3%81%AE%E6%84%9B%E3%81%AE%E3%81%A8%E3%81%8D%E3%82%81%E3%81%8D-1975_music

75年のレコード大賞の時のもんだけどね。
一番気になったのは、曲の前に挟まった、秀樹の「セリフ」なんだけどさぁ。 なんじゃこりゃ、この気持ち悪いセリフは。 これ、いつも言ってたのかな? 当時の他の歌番組の動画が無いんでよく分かんないんだけど。。。

小川哲哉氏の歌紹介のアナウンスは流石にうまいっすね。イントロ部分できっちり収まってる。


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夕暮れ物語 / 伊藤つかさ

1981_12_夕暮れ物語_伊藤つかさ


今回の1曲セレクトは、「夕暮れ物語」伊藤つかさです。

まずはデータです。

・タイトル     夕暮れ物語
・アーティスト   伊藤つかさ
・作詞       安井かずみ
・作曲       加藤和彦
・編曲       清水信之
・リリース日    1981年12月1日
・発売元      ジャパン
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数 20.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位


すっかり日が短くなりましたよね。3時半過ぎるとすっかり夕方って感じだし、4時過ぎるともう暗くなってくるもんね。あー、秋も深まって来ましたねぇ・・・って感じ。。。うんにゃ、すでに「冬」到来ですわな。
これから今月下旬の冬至に向けて、さらに日が短くなってきますな。

・・・ということで、今回は、そんな夕暮れ的な1曲をひとつ。。

伊藤つかさ「夕暮れ物語」

うーむ、この曲覚えてますかねぇ。
前曲がレコードデヒュー曲となった「少女人形」。そそそ「ベストテン」にもランクインしてたし、例の15才以下は、8時以降の生放送は出演できない・・・ということで毎回VTR出演・・ということもあり、逆にめっちゃ注目されましたよね。

そんな「少女人形」に続く、第2弾シングルがこの曲だったんだけどね。

でも、「少女人形」は良く覚えてるって方でも、もしかしたら、この曲は「覚えてないなぁ」って方も多いかもしれないな。
かく言う、ワタシもその一人だったり。。。

んじゃ、なんで書いてんの? ・・・って感じなんだけども、ま、今は音源も持ってるんでねこの曲。

でも、当時を振り返ると、印象に残ってないんだよな、この曲。
当時は「情報源」としては、「ベストテン」が唯一だったからなぁ。この曲、↑で書いたように、オリコンでは最高位9位と、ベストテン入りしてたんだけど、ベストテンでは最高15位とベストテン入り出来なかったからなぁ。
当然、ワタシ聴いてなかったんだよね。

まあ、月刊「明星」の歌本で、この曲の存在はもちろん知ってはいたんだけどもね。

それでも、売り上げは20万枚も行ってたんだよね。いや、それだけ売れてた・・・って言うところにもちょっとびっくりだったりするんだけどさ。うん、感触からしてそんなに売れてたって印象なかったもの。
 
だからね、売り上げだけ見れば、決して「一発屋」ではないんだよな。今となっては、このヒトと言えば「少女人形」って言う印象が強くて「一発屋」って言うイメージもあるんだけどさ。


でねぇ、個人的に実際にちゃんとこの曲聴いたのは、もうね、ずーっと後。
実は最近なんだよな  すっかり大人になってからですわ

暗い曲だなぁ・・・っていうのがどうしても先に立っちゃうのが、一番の印象だよね、やっぱり。
まあ、タイトル通りで捉えれば、「夕暮れ」ですからねぇ、そう言うイメージになっちゃうんだと思うんだけども。。。

作詞、安井かずみ、作曲 加藤和彦 元夫妻の作品。

・・・っていうのも、実は最近知ったんだよね。いや、そんなイメージが全然なかったからさ。この頃の両夫妻の作品と言ったら、どうしても岩崎良美の「愛してモナムール」の印象が強いからなぁ。

なんて言うのかなぁ、独特のアクの強さ・・があったじゃない、安井−加藤夫妻の曲って。この曲は、そういう独特の匂いがなかったからさあ、今まで全然気がつかなかった。

それにしても暗いんだよなぁ、この曲。 アイドルの曲としては珍しい位。
どことなく、斉藤由貴さんの「情熱」にも似た暗さを感じたりしてね。。あ、イントロ出足の4分音符のピアノが「情熱」に似てるんだよな。それと、その後の印象と。

ちなみに、この曲は「夕暮れ物語」だけど、堀ちえみさんの83年秋のヒットは「夕暮れ気分」。

タイトル似てるんだよな。。。 時々、どっちがどっちだか分かんなくなっちゃったりして

曲調は対照的なんだけどさ。

堀ちえみさんの「夕暮れ気分」は、夕暮れ時といっても、まだ、日がある頃の夕暮れだよね。

♪ 小石がオレンジに染まるほど暮れてゆく〜♪ ってあめことから、まだ日が沈み切っていない頃、焼けた夕日の光がさしてる時間じゃん、イメージとしては。 その分、曲調に温かみを感じたりしてさ。

それに対してこの曲は、夕暮れは夕暮れでも、陽がすっかり落ちて暗くなった時分なんだよね。

♪ 夕暮れこみち坂道 帰りましょう〜 ♪ って言う歌詞から、浮かんでくる風景からしてさ。

そうだな、夕暮れは夕暮れでも、N.S.Pの「夕暮れ時はさみしそう」に近いんだろうね、情景的にはさ。
で、もって、リリース時期が12月って言う事もあって寒さも感じたりして。そそそ、今頃の4時半とか5時ごろのすっかり暗くなった情景。そこに北風が吹いてたりして。傘がついた裸電球の街灯がポツンとついてたりして。
うむ、昭和の風景ですわ、この曲から浮かんでくる風景は。

たださ、出足のAメロは、そんな夕暮れの寒い情景が浮かんでくるんだけども、サビになると、ガラッと曲調が変わるじゃん。いきなりメジャー系な流れになっちゃりして。
 まあ、昨日のアグネス・チャンの「小さな恋の物語」のメロディ展開も、同じようにサビでいきなりメジャー展開になる曲調だったけど、、こういう展開の変化することによってドラマティックに見せていたんだろうな。けっこうこういう展開の曲が多かった気がするな、当時は。

それと、↑で書いたように、この曲ちゃんと聴いたのは最近なんだけど、それもあってか、サウンド的に「81年」って言う言うイメージは薄く感じたなぁ。
例えば、サビの部分のコーラスの入り方とかさ、80年代中盤にもこんな感じの曲があったよな・・・って思えたし。
そう言うところ、ある意味では80年代アイドル曲のフォーマットになっている部分があるかもしれない。


動画・・・うーむ、やっぱ印象薄い・・・って事もあってか、この曲適当な動画がないな。
とりあえず、ニコ動にはあったんで、一応リンク。見れる方はどうぞ




http://www.nicovideo.jp/watch/sm14868532



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激しい恋 / 西城秀樹

  1974_06_激しい恋_西城秀樹


今回の1曲セレクトは、「激しい恋」西城秀樹です。

まずはデータでする。

・タイトル     激しい恋
・アーティスト   西城秀樹
・作詞       安井かずみ
・作曲       馬飼野康二
・編曲       馬飼野康二
・リリース日    1974年5月25日
・発売元      RVC
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   58.4万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年6月10日〜7月22日付

えー、野口五郎、郷ひろみ・・・と来たら、最後はヒデキを書かないわけにゃいけませんよね。うむ、新御三家。
というわけで、今回は西城秀樹氏の曲を持って来ましたわ。

と言っても、やっぱり、ヒデキもこの時期のヒットって意外と多いんだよね。 じゃ、何を持ってこようか・・・とおもったんだけど、今回は、この曲を。

「激しい恋」

うーむ、初期のヒデキの代表曲といってもいい曲ですよねぇ。
そそそ、例の ♪ やめろと言われても〜 (ハー ハー)♪ ですよん。ちびまる子ちゃんにも出て来ている

 この曲は1974年、昭和49年の今頃のヒットなんで、ワタシは5才になる前、4才10ヶ月でしたねぇ。
やっと物心がついた頃・・・って感じかなぁ。

 でも、この曲は歌ってましたねぇ、当時。 たしかドリフ、「8時だヨ 全員集合」でカトちゃんがパロってたんじゃなかったかなぁ。 それで覚えちゃったような気がするな。
 まあ、「曲」としてちゃんと聴いてたわけじゃないけどね。 個人的に、この曲となぜか「仮面ライダーV3」がセットになって覚えてるんだよな。

 なぜかっていうのは、よく分かんないんだけどさ 曲だって、全然関連性が無いんだけどさ。。
まあ、推測なんだけど、この「激しい恋」のイントロの「笛」みたいな音があるじゃん。 これが、「仮面ライダー」が出てくる時の音に聴こえたような・・・気もするんだよなぁ。
 
 ま、大人の今となっては「全然違うじゃん」って感じだけど、なにせ42年も前の話だし、まだ物心ついたばっかの頃だからねぇ。

ところで、今、この曲を聴くと、さっすがに古さは隠せないし、プラスセクションがダサいな・・・なんて思ったりもするんだけど、これでも当時はカッコ良かったんだよねぇ。ヒデキのアクションとかさあ。
 ま、今からすれば、もろ「70年代」っていうサウンドだったりするんだけどさ。御三家の中でヒデキの立ち位置は「ワイルドさ」ってことだったけど、この曲んなんかは、そんなワイルドさが良く出てたんじゃないかなぁ。

基本は、ブラスロックでしたよね。ヒデキの場合。底辺に、当時のシカゴとかチェイスあたりのブラスロックの匂いは微かにするんだけど、それでもまだ70年代の解釈・・・というかテクニック・・というかさ、70年代前半の歌謡ポップスの匂いが抜け切れない訳で、表面的には、まだまだ垢ぬけてないんだけどね。
 でも、そんな「歌謡曲」が抜けきれなかったのが、売り上げ的には良かったのかもな。 この曲は58万枚強も売り上げて、ここまでのヒデキの最高売り上げとなったわけなんだよね。
それでもオリコンでは最高位が2位。

うーむ、ヒデキの初期の代表曲なんだけどなぁ、それでも1位取れなかったんだよね。 まあ、それだけ当時のオリコン1位っていう地位の重さを表している訳なんだけどねぇ。

それと売り上げに反してベストテン入りが1月半ほどと、当時としては意外と短かったんだよね。これはちょっと意外だったな。 最高位2位と言っても週間売り上げは、そこそこ良かったようだね。
「ようだね・・・」っていうのは、当時の週間売り上げの資料が手元にないんでさあ、推測なんだけどさ。

ただ、それまで、僅かな例外はあったけど、アイドル系は50万枚が壁・・っていうのが通説だったんだけど、この曲は軽く、それをも破ってきたからねぇ、それだけ人気があった訳なんだよね。

ちなみに、この曲の次が「傷だらけのローラ」だったんだよね。 そそそ絶叫系の名曲ですわ。

馬飼野康二氏といえば、「絶叫系」っていうイメージがあるのは、やっぱり当時のヒデキとか、松崎しげる氏の「愛のメモリー」のイメージが強烈だったからだと思うんだけど、それに比べると、この「激しい恋」は、そこまでは絶叫系じゃなかったよね。まあ、サビの最後は、少し叫びきみなメロディになってるけどさ。

それでも、「傷だけらのローラ」の売り上げは34万枚と、この「激しい恋」に比べると、大分下がっちゃったからねぇ。 前回、郷ひろみ氏の「タブー」でも書いんだけど、牛乳も濃すぎると飲みづらいのと同じで、名曲でも曲自体が「濃すぎる」と、売り上げも伸びづらい・・・って言う傾向はあるよな(今でもあるかもしれない)





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赤い風船 / 浅田美代子

1973_05_赤い風船_浅田美代子








今回の1曲セレクトは、「赤い風船」浅田美代子です。

まずはデータです。

・タイトル    赤い風船
・アーティスト  浅田美代子
・作詞      安井かずみ
・作曲      筒美京平
・編曲      筒美京平
・リリース日   1973年4月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 48.1万枚
・タイアップ:TBS系ドラマ「時間ですよ」劇中歌

今でこそアイドル全盛・・・っちゅうか1億総アイドル時代のような感じになっているけど、その源流を遡って行くと、70年代アイドルに行きつく訳ですわね。
まあ、それ以前にも今でいう「アイドル」に相当する歌手は居た訳だけどさ。
例えば60年代の弘田三枝子とか、当時のローティーン、ミルクティーンな歌い手は、今でいえばアイドルな訳だからさ。
でも、「呼称」として「アイドル」と言われたのが70年代に入ってからなんだよね。 南沙織、天地真理、小柳ルミ子の、いわいる「3人娘」が、その起源中の起源ですかねぇ。これが1971年だけど、本格的に70年代アイドルが花開いたのが1973年頃だろうな。

今回は、そんな1973年の今頃のアイドルヒットをセレクト。

浅田美代子「赤い風船」

歌い手はウタが上手くて当たり前・・・っていう常識を根底から覆して、しかもオリコン1位なんて「大ヒット」を飛ばしてたのが、このヒトのこの曲からだろうなぁ。
 アイドルはウタがヘタでも許される・・・っちゅう不文律がまかり通ったのが。 うん、少なくともそれ以前、小柳ルミ子は別格にしても、南沙織にしても、天地真理にしても、ウタはそれなりに歌えてましたからねぇ。

でも、このヒトは、「おんち」っていうのが、キャラクターになっちゃまして、しかも、それが受け入れけられたわけだからねぇ、これは、今からしてみれば画期的なことだったんだろうね。

画期的といえば、この曲、オリコンでは初登場から3週目で1位を獲得・・・っていうチャートアクションも画期的だったんだよな。

当時のチャートアクションをひも解いてみると 1973年4月30日付 32位初登場⇒2位⇒1位

・・・・と、初登場1位が当たり前の今では、全くなんてこたぁ無いチャートアクションに映るかもしれないけど、当時としてはこれは画期的なチャートアクションだったのですよ。
 
当時はロングヒットが当たり前の時代。チャートは、下の方がジワリと上昇しし、その末に1位になるって言うのがデフォルトなチャートアクションでしたからね。

まあ、物資流通も情報も今のように瞬時に日本全国に行きわたる訳ではなく、東京と地方では時間差があった時代だったわけでさ。これでもかなりのスピード1位獲得だったわけです。

ちなみに、wikipediaにも書いてあるけど、このチャートアクションが、80年12月にまっち先生の「スニーカーぶる~す」が初登場1位を獲得するまで、デビュー曲での最短1位獲得記録だったようですね。
(ただし、wikipediaでは「初登場2位」となっているけどこれは間違い。 初登場は↑で書いたように32位です)

売り上げ枚数の48.1万枚っていうのも、当時のアイドルの売り上げ水準から考えるとマックスに近い数字。
当時のアイドルは、50万枚が一つの「壁」になっていて、50万枚を突破した曲って少ないんだよね。
 それを考えると、この売り上げ枚数は、アイドルとしてはかなりのもんだったんだよね。それを考えると、人気あったんだよなぁ、この曲・・・ってのが良くわかりますねぇ。


ところで、この曲も昨日書いたC-C-B同様、筒美京平氏の作品だけど、今聴くと、アイドル曲っぽくないなぁ・・・っていう感じがするなぁ。
 京平氏の曲ってアイドルも、もっと垢ぬけている感じがするんだけど、この曲はアイドルポップスというよりも歌謡曲に近いイメージなんだよね。めっちゃ素朴だしね。

当時のアイドルの存在は、「アイドルはうんこしない」なんて言う都市伝説があったように、そのネーミングの通り「偶像」であったわけでさ、このヒトからだよね、となりの「○○ちゃん」っていう素朴さがまかり通ったのは。
 それが、そのまま曲にも出てきてる・・・・そんな感じの1曲だったよな。まあ、その辺の素朴さも人気あったんだろうけどね。

その辺はTBS系ドラマ「時間ですよ」っていう当時の国民的ドラマの劇中曲っていうこともあったんでしょうかねぇ。良く分かんないけど。。。

いずれにしても、この曲をきっかけにして、アイドルのイメージってがらっと変わったのは間違いないだろうなぁ。
そそそ、「アイドルは、かわいけりゃ、歌が下手でも許す」・・・っていう今に通じるフォーマットが出来上がったのも、このヒトのこの曲があったからだろうしね。




あー、これは73年の「歌謡大賞」の新人賞のときのだ。
でも、テロップが間違ってんだよね。 このヒトは、「東芝EMI」じゃなくて、「CBSソニー」だっちゅうの。
 
それにしても、このヒト「クリクリッ」とした目が良かったんだろうなぁ。
今の指原にも若干似てるかもしれん・・・・。 まあ、かなり譲歩してだけど。。。

↑でさんざん、ウタがヘタだ・・・って書いちゃったけど、最近はこの程度の歌唱力のヒトがいっぱいいるんで、そんなに違和感感じなかったりして。。。。 




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よろしく哀愁 / 郷ひろみ

1974_10_よろしく哀愁_郷ひろみ








今回の1曲セレクトは、「よろしく哀愁」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル    よろしく哀愁
・アーティスト  郷ひろみ
・作詞      安井かずみ
・作曲      筒美京平
・編曲      森岡賢一郎
・リリース日   1974年9月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   50.6万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年9月30日〜12月9日付


 え〜、先ほどの松田聖子様に続いて、今回は郷ひろみと・・これって作為的!? って思われてもまあ、しょうがないか・・とも思うんだけど、本心からするとたまたまですよ、ハイ。

 いや、初め違う曲を持ってこようと思ってたんだけど、その曲のジャケ写をネット上で探してたら、たまたま、この曲のジャケ写が目に止まってさ、そのまま持ってきちゃったの。。

と、まあ、なんとなく言い訳がましいですが・・・。

 丁度、今ごろヒットだったわけなんで、まあ、いいか・・・と


 この曲は1974年(昭和49年)のヒット曲だから、当然、個人的にはタイムリーに聴いてた曲ではない・・・・はずなんだけど、あとあときちんと聴いてみると、やっぱりメロディラインは残っているんだよね。
・・ということは、まだ物心が付かない頃に聴いてたんだろうねぇ、きっと。

 ただ、残っていたのは、出だしの

♪ もっと素直に僕の愛を信じてほしい ♪ のAメロの部分。 そのほか特にサビについてはほとんど記憶になったんだよねぇ。

 どうしてだろ? よくわかんないんだけど、このAメロの部分、筒美京平氏の得意なメロディラインだよね。
 8分休符の後に8分音符で続くフレーズ。例えば堺正章の「さらば恋人」とか。
 たわいなことではないんだけど、どうも、このフレーズに惹かれるんだよねぇ。どうしてだろ?
 うーん、まあ、簡単に書けば生理的にシックリ来るって言えば簡単なんだけどさ。

 なんか、いい意味で背中にゾクゾクッと来る感じがあるんだよねぇ。

 暗めのイタリアンツイストっぽいアレンジもシックリ来るものを感じるんだろ思うなぁ。
 森岡賢一郎氏って必ずしもアイドルだけのアレンジャーではなく幅広くアレンジをされていた方なので、単純なポップスではない雰囲気、うーん、曲のグレードを一歩アップしてくれるような優美さがあるアレンジをされていた方ですよね。
 どちらかといえばヨーロッパ的な優美さを兼ね備えたというか。
 下世話的に書くと、もろ70年代を彷彿させるというかね。

 それは、この曲でもその通り言えるわけで、それまで、郷ひろみの曲のアレンジって筒美京平氏が自身でやられていたんだけど、この曲はまだ、別の意味で当時の「歌謡曲」として一段グレードが高い優美さを感じるんだよね。

 要するに単純に「ダサい」じゃ終わらないサムシングがあるんだよね。今、聴いても。

 まあ、そういうこともあり、この曲は、郷ひろみとして、初のオリコン1位獲得曲であったわけなんだよね。
 ・・・・というか、この曲が郷ひろみにとって、「唯一」のオリコン1位獲得曲なんですよね。

 うーん、これって、今考えるとかなり不思議な現象といえるかなぁ。だって、70年代を代表するトップアイドルだったわけですからねぇ、郷ひろみって。

 でも、まあ、当時はそれだけ「1位」って言うのは別格だったって訳なんだよね。
 数ある曲の中で、それこそ、もっとも「売れるべき」して売れている曲というかね。

 ただ、ここまで到達するのに最高位2位というのは、4曲あり、すべて73年リリース曲。 つまり73年3月リリースの「愛への出発」から12月リリースの「モナリザの秘密」まで、4曲連続で2位を確保しているんだよね。
 つまり、新御三家のなかでは、当時の人気は一番先行してたわけだよね。
 でも、なぜかこの時点で1位獲得は西城秀樹が1歩リードしてたりしてね。(「ちぎれた愛」「愛の十字架」の2曲、1位獲得済み)

 だから、まあ、先行する秀樹を追いかけろって言う意味もこめて、アレンジ面でもグレードを上げてきたのかもしれないけどね。

 ちなみに、累積セールスの50.6万枚っていうのも、実は、郷ひろみにとっては、現在までを通してみても最高セールスなんだよね。
(2位は82年の「哀愁のカサブランカ」の50.1万枚)

 これは、70年代の後半からヒット曲の世界に足を踏み入れて、この時代をタイムリーで知らない、ワタシにとっては、感覚的には意外な感じがしますねぇ。

ま、たしかに、この曲でほとんどテレビに出なかった「哀愁のカサブランカ」が50万枚強売れてるのも感覚的には不思議なんだけども。。。

でも、この曲の場合は、実際当時は、やっぱり、人気あったんだろうねぇ。




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追憶 / 沢田研二

1974_09_追憶_沢田研二






今回の1曲セレクトは、「追憶」沢田研二です。

 まずはデータです。

・タイトル     追憶
・アーティスト   沢田研二
・作詞       安井かずみ
・作曲       加瀬邦彦
・編曲       東海林修
・リリース日    1974年7月10日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    57.9万枚
・ベストテンランクイン期間:1974年7月22日〜10月7日付


 今回の1曲セレクトは、ちょっと困ってたんだよねぇ。。
 最初書こうと思ってた曲、8月21日リリースだと思ってたら、1ヶ月リリース間違ってた。。。9月21日リリースだったんだよね。
 うーん、書くにはちょっと早いわな

・・・と言うことで、急遽、別の曲に。。。 その曲は、その頃になったら改めて書きますわ。

 で、まあ、折角、「空き」の日になったので、たまには、今まであんまり書いてこなかった時代の曲を一つ・・・と思い、

 追憶  /沢田研二

を引っ張ってきてみました。

これ読んでくださっている方のどのくらいが、この曲知っているのかなぁ・・・と思いながらも、まあ、たまには、あんまり書いてない時代の曲もいいよね。

 フレンチポップス風、あるいはカンツォーネ風のいわいるヨーロッパ系のヒット曲っていうのも、すでに「絶滅」した感がありますよね。
 ヨーロッパったら、UKしかないでしょ最近は。

 最近のヒット曲で、フレンチポップス系風の曲なんて聴いたことがない。

 一番近いって言ったら、多分、シブヤ系がそれに近いのかもしれない。
 それでも、いまやシブヤ系っていうのもすっかり過去の産物になってしまったし、考えて見れば、フレンチポップス、カンツォーネなどのヨーロッパ系な曲は、70年代歌謡曲の産物だったんだよね。

 その真っ只中だったのが、73年〜74年頃だったんではないかなぁ。

 方や4畳半フォークが流行る、一方で、ヨーロッパ系が流行り、そのまた一方では演歌も強かった・・・っちゅう、かなりのごった煮状態のヒット曲界だった。

 だから、面白かったともいえるんだけど、今考えて見れば、4畳半フォークって、とってもミクロな世界な歌だったじゃん。重箱の隅をつついたような世界があって。 そういう意味では、演歌の世界に近かったのかもしれない。

 方や、フレンチポップスは、無限大の広がり感があったんだよね。
 少なくともワタシは、そう感じたなぁ。

 ワタシらの世代だと、ジュリーといえば、77年の「勝手にしやがれ」以降のいわいる「気障」路線からしか、タイムリーには知らないんだけど、それより前の73〜74年ごろは、フレンチポップス路線で勝負してたんだよね。
実際73年11月にリリースした、「魅せられた夜」は、向こうの曲だし、75年5月の「巴里にひとり」は、フランスでもリリースされて、フランスのヒットチャートにもランクされていたりする。

最近では、きゃりーぱみゅぱみゅとかアニメソングがフランスでも人気というけど、ヒットチャート上位に上がるほどではないですよね。 

そういう意味でも、フレンチポップスには気合を入れていたんだよね、このころのジュリーって。

 その中でも最もヒットしたのが、今日引っ張ってきた、「追憶」ですね。

 なにせ、オリコンで1位獲得してるしね・・・って、きっと、知らない方も多いと思うんだけど・・・。
 ジュリーの代表曲・・・ってなっても、なぜか、この曲は外されちゃうんだよなぁ。
 ジュリーの初期の代表曲は「危険なふたり」っていつもなっちゃうんだよね。

 でもでも、こういう「名曲」もあったって事を忘れちゃねぇ。
 一応、74年のレコード大賞の歌唱賞部門では、この曲がノミネートされていたんだよねぇ。


 この曲は、フレンチポップスって言っても、作品は、作詞は、このころのジュリーをずっと担当していた安井かずみ女史、作曲は同じく加瀬邦彦、アレンジは東海林修っていう、フレンチ路線のころは、この方がずっとアレンジを担当してたんだよね。

 でも、正直、どこから聴いても、この曲はフレンチポップスだぞよ。
 まず、あのころの日本の歌謡曲臭さが見られない。

 まあ、確かに、歌詞の内容はクサイし、兎に角「大げさ」な曲展開なんだけどさ、この「大げさ」さがたまらないわけです。

 いや、この臭さ、大げさ感がキライっていう人には、ちょっとツライだろうけどなぁ。

 最近、この手のヨーロッパ系が流行らないのは、この「クサさ」「大げさ」さが、どうも・・・っていうヒトも多いからんんだろうなぁ。
・・・というより、やっぱし、UKかアメリカンが強いから傾向的にそうなんだろうね。

 個人的には、フレンチポップスもカンフォーネもいわいる「邦楽」との相性はいいと思うし、だから、もっと出てきてもいいとは思うんだけどなぁ。
 まあ、カンツォーネを歌いこなせるだけの歌唱力をもったアーティストも、今の時代、なかなかいないけど。。。

 まあ、今の時代、作り手がほとんどUK&アメリカンで育った年代だから、フレンチポップスの時代を知らないからかもしれないんだけどさ。


 大げさといえば、最近では、アニメ系でも大げさな曲がちょくちょく見かけるな。
それでも違和感は感じなかったし・・・。ぜひ、フレンチポップスを取り入れてみてくだされ。


 そういえば、この曲のタイトルは「追憶」だけど、海の向こうでも映画「追憶」のテーマ曲、バーブラ・ストライサンドの「追憶(The Way We Were)」が大ヒットしたのも、この年、1974年だ。




 もちろん、同名異曲なんだけど、ちょっと紛らわしいかもな。
 あ〜、だから、今になって、ジュリーは、あんまり表に出さないのか? この曲。
 ちなみに、個人的には、バーブラ・ストライサンドの「追憶」も大好きです。



音、悪いけど、フルコーラスの動画がこれしかなかったんで、一応リンク
途中「知事選」のテロップが入るけど気にしないでください




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愛 おぼえてますか / 飯島真理

1984_09_愛・おぼえてますか_飯島真理






今回の1曲セレクトは、「愛・おぼえてますか」飯島真理です。

まずはデータです。

・タイトル    愛・おぼえてますか
・アーティスト  飯島真理
・作詞      安井かずみ
・作曲      加藤和彦
・編曲      清水信之
・リリース日   1984年6月5日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   27.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1984年8月27日、9月10日〜9月17日付
・タイアッブ:映画「超時空要塞マクロス 愛・おぼえてますか」主題歌

えー、先ほどの岡崎友紀さんの「ドゥユーリメンバーミー」に引き続いて、またまた、安井かずみ−加藤和彦夫妻の作品をセレクト。

ここんところ、もう、何年もアニメ系楽曲が元気だわな。ヒットチャート・・というよりオリコン限定なんだけどさぁ、毎週のように入れ替わり立ち替わり、アニメ&ゲーム系のタイアップ曲がランクインしてきたりして。。
まあ、最近はAKB、ジャニーズ、そしてアニメ系しか「CD」というメディアは売れなくなってるからな。当然、CDの売り上げだけでチャートを決めてるオリコンとしては、そうなっちゃうわけだけど。。。
 
でもね、振り返ってみると、時代のところどころでアニメの主題歌が元気だった頃があるんだよな。
  まあ、常に、人気があったわけではないけど、時代時代に点々としてアニメ主題歌が「元気」な時があった・・ってかんじなんだけどさ。

・・で、考えてみると83年〜84年ごろもそんな傾向の真っ只中にいたんではないかなぁ。

今回はそんな時代の1曲ですわ。


 愛・おぼえてますか  飯島真理


 はい、映画版アニメ「超時空要塞マクロス」の主題歌ですわね。
・・・・とかいたところで、私、これ見てないんですよ・・・というかマクロス自体見てない。。。。
 やっぱし〜、私ゃ、「ガンダム」派なもので

ということで、アニメ自体はどういうものか・・っていうのは、よくわかんないんだけど、この曲はよかったですねぇ。
そそそ、ワタシ的には、この曲そのもので、引き込まれちゃったんだよな。

飯島真理っていうヒトは、今で言ったら「萌え系」に近いんだよね。声質がかわいらしいっていうか・・・。

 この時、大学1年生でしたよね。たしか。 えーと、某国立音大の1年生だったかな?(ちなみに3回目の。。。)

 そのわりには、見た目にも実際の声も幼かったんだよねぇ。中学生っていってもわかんなかったかも。。。 しぐさもブリッ子的だったしな。

やっぱり、萌え〜 なんですねぇ。

 そういえば、国立音大・・といえば、ずっと後になるけど、MY LITTLE LOVERのAKKOも国立音大ですよね。
 どうも、国立音大は、こういう「可愛らしい」声の方が多いのかしら?
 遊佐未森・・はちょっと違うかもしけないけど。。


またまた、話がずれた

うーん、曲の温度感っていうのかな。夏終わりの昼下がりっぽいちょっと夏の匂いが残るアンニュイな感じっていのうかな。
夏休み終わりの寂しさとともに、ゆったり流れていく午後の時間っていう感じの空間ができているんですよね。

うーん、加藤&安井 コンビは、もちろん夫婦なんだけど、メロディ自体は簡単な曲が多いんだけど、こういうアンニュイというか、ちょっとサイケっぽい色合いのサウンド、メロディラインが特徴ですよね。

この曲もメロディラインは、本当に簡単なんだけど、耳に入ってきたときの感触がなんとも言えないものがあるんですよ。

特に、大サビの

♪ もう一人ぼっちじゃない あーなたがー いるからー♪

って、飯島真理がファルセットでささやくようにうたうところ。

 うわ、もうどうになってもいい・・・・って思えちゃうもん。
 うん、一種の麻薬のようなもんだよね。これは。


そういう、独特な世界観を書いてらっしゃった安井かずみ女史も、加藤和彦氏も、すでに、この世にはいないわけで・・・・。
 ほんとに、ヒット曲界としては、惜しい方々を早くに亡くしてしまったって言う感じだよなぁ。





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