かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

宇崎竜童

曼珠沙華 / 山口百恵

 
1979_04_曼珠沙華

今回の1曲セレクトは、「曼珠沙華 / 山口百恵」です。

まずはデータです。

・タイトル     曼珠沙華
・アーティスト   山口百恵
・作詞             阿木耀子
・作曲       宇崎竜童
・編曲       萩田光雄
・リリース日   1978年12月21日
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   13.4万枚
・ベストテンランクイン期間:1979年1月8日〜2月12日付
※データは同名アルバムタイトルのもの

今回の1曲セレクトは、ちょっと毛色を変えて行きたいと思いまする。
引っ張ってきた曲は、 山口百恵さんの「曼珠沙華」。

え? 百恵さんのシングルでそんな曲あったっけ? 

・・・なんてぇ方は、ここ来てる方には、よもや居ませんよねぇ・・・。

元々はあの大ヒット曲「いい日旅立ち」の1か月後にリリースされたアルバムの「タイトル」曲ですわ。

まあ、シングルのタイトル曲ではなくても、「後期」の百恵さんの曲では有名な曲ではあるんで、知らない方はいらっしゃらないとは思うんだけど・・・。


なぜ、ココに来て、この曲なのか・・・。

ランキング的に見ると、上のデータでも分かるように、最初に収録されたアルバムでは、79年の初頭にアルバムチャートではあるけどベストテン入りして、今時期にはすでにアルバムチャートもランクダウンしてたんだけども。。

いやいや、個人的にこの曲を知ったのが、、シングル「美・サイレント」のB面・・・って事からだったんだよね。

1979_03_美・サイレント_山口百恵


そそそ、「美・サイレント」は丁度今頃のヒットだったわけで、個人的にはこの曲というと、春先の曲って言うイメージが強い。

「曼珠沙華」とは、仏教用語で「彼岸花」のことであり、だから、本来は「秋」の曲であるはずなんだけど。。。
やっぱり、最初のイメージっていうのが強く残りますね。

アルバム曲をシングルに切るってことは、いかにこの曲がシングル的だったか・・って事なんだけども、シングルはシングルでも、表題曲ではなくB面だったのは、この曲が放つ輝き、色合いってところがあるんじゃないかなぁ。

あの頃のシングル曲って、尖がっていて、ダイヤモンドのような眩く光る色合いの曲が多かったじゃん。
特にテレビ露出が全てって言うアイドルではなおさらのことで・・・。

でも、この曲は、確かにアルバム曲としては尖がっているけど、色合いがシブいんだよね。光輝いては居てもダイヤモンド様な眩く光る・・というよりは、白金のような渋い光っていうのかなぁ。
その辺が、シングル表題曲としては、今一つ弱かったのかもしれない。

まあ、それ以前に、尺が6分近くありますからねぇ。 当時6分近いシングルなんて少なかったしね。特にアイドルはテレビ露出が多い。テレビでは尺はせいぜい2分半〜3分がいいところ。だからテレビサイズに削られても意味合いが通るように3分台の曲が多かった。6分なんてシングルは考えられなかったんだよね。
あの頃といえば、さだまさしさん位じゃないですかねぇ。 6分もあるシングルなんて。


でも、それ以前に、なぜか、最近、この曲に引っかかってるんだよなぁ、ワタシ。 それも引っ張ってきた理由かな。

もちろん、個人的にも、かなり昔からこの曲自体は知っていた。 でも、以前は引っかからなかったんだよ、この曲には。

どういう心境の変化なのかねぇ・・・なんて、自分でもよく分かんないんだけど。。。

それだけ年を取ったって事なのか、この曲の日本的な暖かさを感じるAメロに心情が揺らぐワタシがいたりもする。

でも、一番、この曲で引っかかっているのは、バックで延々に流れている、矢島賢氏のめっちゃプレグレって言うようなエレキのフレーズなんだよな。

まあ、この曲だけでなく、それ以前から百恵さんのシングルでは、矢島賢氏のエレキは無くてはならない存在だし、それだけに耳馴染んでいるフレーズも多いんだけど、この曲の矢島氏のエレキは、他の曲にもまして強烈に耳に残るんだよな。

特に、最後のインスト部分の強烈なフレーズは耳から離れない。頭の中でぐるぐると流れ続けていたりする。
それだけ神がかってるんだよな、この曲。

そもそも、百恵さんも神がかってるんだけどさ、この曲のボーカルは。

なんなんだろう、この大人びた、堂々としたサビの歌いっぷり。 それでいてAメロでの日本情緒的な暖かさ。 

そう、出だしのAメロが日本的な匂いが強いんで、この曲は「演歌」なんて言うヒトも、若干いるんだけどさ。
そう追うヒトは、ちゃんと耳を闊歩じって聴いてくだされ。
この曲は、ジャパニーズプログレの傑作ですぞ。

この曲がリリースされた時、百恵さんは20才の誕生日間際、実質はまだ19才だった訳なんだけども、到底19才がウタっている歌とは思えないんだよな。

今の19才のアイドルのコの歌を思い浮かべてみて下さいよ、完璧にガキじゃん。

本当に19才のコが歌ってるの? ってくらい信じられないような、神ががった歌唱なんたよね。


「山口百恵は菩薩である」

この曲がリリースされた翌年1979年に、こんな本が刊行されたけど、この曲を聴くと、まさにこの本のタイトル通りに思えてきたりする。 そんな印象が強烈な1曲ですね。

確かに、「曼珠沙華」タイトルからして仏教的であり、ま、そんな所からしても、「百恵は菩薩である」と言う印象も出てくる訳だけど、そんな事を抜きにして、この曲の歌唱を聴く限りでも「菩薩である」って真実だよな そう思えてしまうんだよね、この曲は。



アルバム曲をシングルに切るってことは、いかにこの曲がシングル的だったか・・って事なんだけども、シングルはシングルでも、表題曲ではなくB面だったのは、この曲が放つ色合いってところがあるんじゃないかなぁ。






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禁猟区 / 郷ひろみ

1977_12_禁猟区_郷ひろみ


今回の1曲セレクトは、「禁猟区」郷ひろみです。

まずはデータです。

・タイトル     禁猟区
・アーティスト   郷ひろみ
・作詞       阿木耀子
・作曲       宇崎竜童
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1977年12月5日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数  16.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1977年12月19日〜1978年1月16日付

ここんところ、個人的に「歌本」熱が再燃してきてるんだよね。 
古くからの歌謡曲ファンにはお馴染みだと思うけど、月刊「明星」とか「平凡」の付録についてきてたアレですね。
あるいは、今は廃刊になっちゃったけど月刊「歌謡曲」とかさ。歌詞カードと楽譜が載っかっている本。

うむ、個人的には「平凡」よりも「明星」派だったんで、明星の歌本「Young Song」。今も後生大事に取ってありますわ。
基本、音楽を聴く時って、楽譜見ながら聴くのが好きなんで、やっぱり歌本は必須なんだよね、ワタシの場合。
譜面見ながら音楽聴くと、不思議と譜面から絵とか風景が浮かんできたりしてね。

・・・なんていうのはワタシぐらいなもんかなぁ。。。

まあ、幼稚園の頃、電話帳から風景が浮かんでくる・・・なんて電話帳眺めてた不思議ちゃんなんで。。。

最近は、自分が買い始める前の「Young Song」とか「ゲッカヨ」をヤフオクで少しずつ落としたりしてたりね

でも、最近、いつの号をヤフオクで落としたのか、すっかり忘れちゃってたのもあるんだよな。

いつもこれを書くにあたって、傍らにサイドデスクを置いて、デスク上にオリコンなどの資料を置きながら書いてるんだけど、なにげにサイドデスクの引き出しを開けたら、1978年3月号の「Young Song」が出てきた。

うん? これいつ買ったんだ?  全然覚えてない。。。。

でもペラペラめくってたら、まだ書いてない曲が・・・。

あ、ちょうどいい、今回の1曲セレクトは、これにしよう。。。・・・と引っ張ってきたのがこれ。

郷ひろみ「禁猟区」。

うーむ、だんだんとセレクトの仕方が「ゴーイン」になってきたような気もするけど。。


 少し前に、野口五郎氏の「風の駅」でも書いたんだけども、この郷ひろみ氏の「禁猟区」も、ザ・ベストテンの第1回ランク発表の1978年1月19日放送分でランクインしていた曲。その時は5位でしたよね。なので、ベストテン史上6番目に登場したのが、この曲と言う事になるんだよね。

ただ、以前からここで書いてるように、当時は、個人的に郷ひろみ氏は好きじゃなくてねぇ。うむ、秀樹派だったからさ だから70年代から80年代にかけて、郷ひろみの曲ってほとんどまともに聴いてなかったんだよね。

個人的に評価するようになったのは、郷ひろみ氏がベストテンに主演拒否するようになってから。 だから82年の終わりごろからかなぁ。

だからね、この「禁猟区」についても、ヒット当時はまともに聴いてなかった。

まあ、それ以前に、この曲がヒットしていた頃は、まだ、ヒット曲の世界に足を踏み入れていなかったけど。。。。
でも、仮に当時から足を踏み入れていたとしても、ちゃんと聴いてなかっただろうなぁ。

それでもなんとなしにキニなる存在ではあったんだよね。フルサイズは流れないにしても、ベストテン第1回放送のランクイン曲ってことで、その後もたまにVTRで流れたりしたじゃん。
妙に耳に残ったりしてさ。

サビ前の ♪ テン テン テン〜 ♪ っていうフレーズとかさ。 歌詞カードを見ると、 「、、、」になってたりしてさ。
誰ですか、こんなトリッキーな歌詞を書く方は・・・・と思ったら、作詞は阿木耀子女史。 阿木耀子さんとくれば、作曲は宇崎竜童氏。 そんなで持って、当時の郷ひろみ氏のレコーディングディレクターは酒井政利氏。

・・・うむ、この3人と来れば、やっぱし山口百恵さんですよね。 

・・・ってところで、繋がった。  なにが? 

そうかぁ、ここから79年の百恵さんの「美・サイレント」に繋がるんだぁ。 

そそそ、あのサビで歌詞が「消える」フレーズ。 例の♪ あなたの〜 ○○○○ が欲しいのです〜♪ ってやつですね。
ま、この「禁猟区」では歌詞カードでは「、 、 、」と書いて「てんてんてん」って読ませており「サイレント」ではないけど、発想は同じようなものだよね。

・・・ということは、やっぱり、「美・サイレント」を遡れば、ここに来るんじゃないかなぁ。うん、突然的な発想じゃなかったんだね。

でも、この曲を皮切りに、次の年の、やっぱり百恵さんの「プレイバックPart2」では、途中で音を止めちゃったり、阿木耀子−宇崎竜堂−酒井政利っていうトリオでは、常に実験的な事をやらかしていたよなぁ。

そこがヒット曲の面白いところでもあり、魅力的なところでもあったんんだよね。

この曲のサウンドは、聴いてすぐに分かるようにラテン調。 フラメンコ調とでもいうかな。
この頃のヒット曲では、よく使われてたんだよなラテン調。 この曲を聴いてすぐに浮かんでくるのが、やっぱり翌年78年の中原理恵「東京ららばい」とかさ。
そう言えば、↑で上げた、百恵さんの「美・サイレント」も少しフラメンコ調的であったしね。

やっぱ、情熱的なんだよね、ラテン、フラメンコ調の曲って。 つい聴いてて熱くなるんだよな。

ただ、今聴くと、やっぱ古さを感じたりしてね。70年代の歌謡ポップス独特の匂いっていうのかなぁ。





うわっ、ドハデな衣装と演出だなぁ。キンキラリン(⇒死語!)の衣装の後は、ハネハネな衣装で
少しあとにベストテンでもやってそうな演出だけど、このころは夜ヒットでもやってたんだな。
目立とう精神全開な時代だったんだよね、この頃はさ。歌謡ポップス全盛の時代だったんだよ。






 








横須賀ストーリー / 山口百恵

1976_07_横須賀ストーリー_山口百恵


今回の1曲セレクトは、「横須賀ストーリー」山口百恵です。

まずはデータです。

・タイトル     横須賀ストーリー
・アーティスト   山口百恵
・作詞       阿木耀子
・作曲       宇崎竜童
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1976年6月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 60.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1976年7月5日〜10月4日付

7月ですね。夏本番間近・・ってこともあるけど、のっけから蒸し暑い1日ですわ。週末って事もあるけど、「体力の限界」って感じですわ。
 ここ数年、クーラー何ぞつけたことないんだけど(電気代ケチケチ生活って言うのもある)、今日はちょっと無理。
クーラーをガンガンかけた部屋で書いておりまする。

さて、7月1発目の1曲セレクトは、百恵様で行きましょうかねぇ。

横須賀ストーリー。

うーむ、この曲もまだ書いたなかったんだな。 売り上げ的に言えば、山口百恵さん最大のヒットとなったこの曲ですね。
 そそそ、あの「いい日旅立ち」(売上げ53.6万枚)よりも、この曲の方が売上げは上なんだよね。

・・・・と言っても、60万枚強。

この売り上げ枚数を多いと見るか、「そんなもんなの}」と見るか・・・と言うところなんだけども、前から書いているように70年代アイドルの場合、売上げ50万枚というのが、一つの壁となっていて、50万枚以上売れた曲って言うのは、そんなに多くない。ましてや、60万枚強となると、さらに少ないんだよね。
 
 レコードの購買層の中心は、ティーンエイジャーというよりは、もう少し上の年齢と言う事もありーの、やっぱり時代は、まだ歌謡曲中心だったからね。

それから見ると、この曲は、百恵最大のヒットとしては相応しい売り上げだったんじゃないかな。

ま、売り上げ云々は別として、実際ベストテン内に3ヵ月間居座ったし、手前味噌で申し訳ないけど、ワタシのランクでは、8週連続1位でしたからねぇ。
そんな動きをみると、大ヒットだったって事は如実ですよねぇ。

でも、そんな大ヒットを出した、山口百恵さんですが、この曲にたどり着くまで、2年余りはそれほど突出した大ヒットは無かったんだよね。
まあ、・・とはいえ、平均30万枚近くの売上げは記録していた訳で、通常の「歌手」から見るとスーパースターだけどさ。

これと言った代表曲はなく、実際の所、百恵自身も悶々と過ごしていたらしいですね。

そんな中でのこの1曲。 百恵自身の意識も変えるほどのターニングポイントとなった曲だけど、そのウラでは、やっぱり、なんだかんだ言っても、阿木耀子、宇崎竜童夫妻の力が大きかったと言わざるを得ないだろうなぁ。
 
 そそそ、山口百恵と言えば、阿木耀子、宇崎竜童コンビの曲っていうのが、定番のように思えるけど、実際は、この曲からなんだよね。

宇崎氏曰く、この曲はシカケもなにも考えずに素直に作った・・と言う事なんだけども、そのシンプルさが返って良かったのかもしれない。 余計な全肉をそぎ落とした1曲・・というか、阿木さんのコトバ一つ一つが、ストレートに伝わって来ますよね。
それが、曲全体のインパクトに繋がってくる・・・というかね。兎に角曲全体がインパクトなんだよな。

もちろん、そこには、アレンジの萩田氏の力も忘れる訳には行かないんだけどさ。 うん、こちらに迫ってくるようなイントロはインパクトそのものだしなぁ。
それに続いて、 ♪ これっきり これっきり〜 ♪ っていう、一種変わった譜割りのメロディが続く訳で。

やっぱり、この曲の肝だよね、イントロからこのAメロの部分は。

いずれにしても、この曲から、阿木、宇崎コンビが、ラストの「さよならの向う側」まで続く訳で、百恵の本当の意味でのスーパースター伝説は、ここからスタートしたと言っても過言じゃないわけですよね。



えー、この時、百恵17才なんですが・・・・。まあ、なんて大人っぽいんでしょう。
今のアイドルなんてさあ、20才越えたいい年しても、一向にガキっぽい曲をガキっぽく歌ってんじゃん。このヒトの爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいよね。大人になれやってさ。
 それと存在感だよなぁ。スーパースターの条件だよなぁ。その点からすると、最近はスーパースターと呼べる人がほとんどいないっていうのが分かりますね。存在感がある人が少ないんだよね。
だから、グループに逃げるんですよ。存在感があればソロで充分な訳で、グループにする必要もないんだよね。



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紳士同盟 / 薬師丸ひろ子

1986_12_紳士同盟_薬師丸ひろ子







今回の1曲セレクトは、「紳士同盟」薬師丸ひろ子です。

 まずはデータです。

・タイトル    紳士同盟
・アーティスト  薬師丸ひろ子
・作詞      阿木耀子
・作曲      宇崎竜童
・編曲      武部聡志
・リリース日   1986年11月24日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   11.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1986年12月22日付
・タイアップ:映画「紳士同盟」主題歌

 ここのところ、FM東京聴いてると、どーっかで聴いたことあるジングルだよなぁ・・・っていうジングル、よく流れるのよ。 コーセー化粧品のジングルなのは分かるんだけど。。。。

あ、そうだ。昔、FM東京系で土曜日にやってた、「コーセー歌謡ベストテン」のジングルだ。

♪ コーセー 化粧品 歌謡ベストテン〜 ♪ っていうジングル。  ・・・・っつか音がなきゃ分かんないか。

このジングル、今、そのまま、FM東京の森高千里の番組のジングルに「流用」されてるんだよね。スポンサーが同じコーセー化粧品なのをいいことに。。。
 
 なんでねぇ、なーんか変な感じなのよ。 

変な感じって言えば、コーセー歌謡ベストテンって変な曲が、よく1位とってたよなぁ。 なんせ化粧品会社がスポンサーでしょ。 ライバルの化粧品会社のキャンペーンソングは「御法度」だったもんで。。。

なんで、え゛、なんで、この曲が1位? って曲が1位取ってたりしたのよ。

 今日の1曲セレクトは、そんなコーセー歌謡ベストテンで1位を取ってた、変な曲・・・・だったりして

 薬師丸ひろ子の「紳士同盟」

 まあ、ベストテンマニアのヒトならいざ知らず、普通のヒトなら、もう、こんな曲完全に忘れてるよね。
言われてみれば、そーいえば、こんな曲あったよな・・・って感じですかねぇ。
 だいたい、ワタシにしても、ほとんど忘れてるもん、この曲。
なんか、曲ねーかな・・・なんて考えて、うーーんとひねって、あ、そういえば・・・なんて感じで出てくるくらいで。。ふらふら

 ただ、忘れられてしまった曲にしては、結構、曲として「ひねり」があって、面白いっちゃ、面白い曲ではあるんだけどね、この曲。

 うーん、体操競技でいえば、前方2回ひねり・・・って感じかなぁ(なんのこっちゃ。。。)。

・・・・なんてね♪

 だって、サビの部分で、いっきなり、曲が変わっちゃうじゃん。
 それまで、サスペンス色が強い、マイナー系の曲だったのが、いっきりなりサビで、メジャー系の、それもタンゴ調に変わっちゃうの。もうね180度を超えてるね、この変わり方は。

 ま、さすがは、阿木耀子−宇崎竜童コンビだよな・・・って言う感じはするけどね。
 うん、まあ、曲の仕掛けとしては、一連の山口百恵のヒット曲を下敷きにしてるんだろうな、この変貌は。
 やっぱ、「プレイバックPart2」で、曲を止めちゃうとか、「美・サイレント」で歌詞を消しちゃう・・・とか、発想としては、その延長上にあるとおもう。この曲調を変えちゃうっていうのは。
 まあ、阿木−宇崎 コンビならではな曲って言うところだろうな。

・・・・なんてね♪

 
ほらみろ、変な曲持ってきちゃったから、動画が無いじゃんか。。。。 って探してみたら「中国」の動画サイトにあった。 一応リンク

http://v.youku.com/v_show/id_XNTAwNTkwNDYw.html

うまく繋がらないかも知れんけど。。。一応、個人的には見れました。

・・・・・なんてね♪ なんてね♪



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絶体絶命 / 山口百恵

1978_10_絶体絶命_山口百恵






今回の1曲セレクトは、「絶体絶命」山口百恵です。

 まずはデータです。

・タイトル   絶体絶命
・アーティスト 山口百恵
・作詞     阿木耀子
・作曲     宇崎竜童
・編曲     萩田光雄
・リリース日  1978年8月21日
・発売元    CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  37.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1978年9月4日〜11月13日付

この間、山口百恵さんの曲を書いたばっかなんだけど、またまたセレクトしてきました、山口百恵さん。
とは言うモノの、今ごろの山口百恵の曲で残っているのは・・・と思いーの。。

ありましたわ78年の「絶体絶命」

あれれ、この曲、まだ書いてなかったんだ。。ちょうどいいからもって来るわ。


えー、唐突ですが、山口百恵と「ザ・ベストテン」とワタシっていう関係からすると、まずもって、ベストテンっちゅう番組をはじめて見たとき、ランクインしてたのが、この曲だったな。
 だからというわけでもないけど、なんか好きだったぁ、この曲。

 まあ、いわいる百恵の「ツッパリ」路線であり、多分そのなかでも、とみにロック食が強かったのがこの曲になるんちゃうかな。
 まあ、後年の「ロックンロールウイドウ」に通じることもままあるんだけど。。

 あ、中森明菜って言うヒトは、完全にこの辺のパクリね。うん、曲そのものというよりは、曲のマネージメントの仕方がさ。初期の中森明菜は、スロー⇒アップテンポが変わりばんこずつだったじゃん。そのあたりがさ。

 ただ、どこの部分に引っかかったか・・・っていうところがないんだよなぁ。曲全体的に引っかかったっていう方が正しいか。

 このころは、完全にシロート感覚だったからさあ、「スター」山口百恵歌ってる・・・ってだけでよかったのかもしれない。

 ただ、本来は、前曲の「プレイバックPart2」と、次の「いい日旅立ち 」をつなぐ、いわいる「つなぎ」の曲なんだよね、位置づけ的には。それでも、これだけクオリティが高く、しかも、コンスタントに30万枚以上は軽くクリアしてたわけだから、山口百恵人気も78年はピークだった・・・ってわだよなぁ。
 ま、別の見方をすれば、「つなぎ」と言っても、この時期の山口百恵は、「捨て」曲なしの、すべてが勝負曲とも取れるんだけどね。

 成熟期とでも言いましょうか。このヒトは感覚的にスルドイ人だから、このころの成熟期をみきわけて、結婚→引退っていう青写真を書き始めてたんだろうな・・・なんても思えるころの曲だと思いますね。


ちなみに、この曲があったおかげで、学校の漢字のテストで「絶体絶命」を書けるようになった・・・とふらふら

 絶対絶命 ×    絶体絶命 ○  ・・・だかんね・・と。


 ちなみに、「君に薔薇薔薇・・・という感じ」で「薔薇」って漢字が書けるようなりました。。
 ヒット曲も使いようで、勉強になるのよね。




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お化けのロック / 郷ひろみ

1977_10_お化けのロック_郷ひろみ






今日の1曲セレクトは、「お化けのロック」郷ひろみ 樹木希林です。

 まずはデータです。

・タイトル    お化けのロック
・アーティスト  郷ひろみ 樹木希林
・作詞      阿木耀子
・作曲      宇崎竜童
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1977年9月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   40.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1977年9月26日〜10月17日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ムー」挿入曲

 いつもは全然脳裏に浮かばないんだけど、時々、変な曲が脳裏を掠めることってあるんだよね。 うーん、いつも頭ん中で時空を旅してるんで、へんな病気に罹ったかしら?

 まあ、「1曲セレクト」を書くために、絶えず、脳内時空空間を漂ってるんで、そんなになっちゃったんだと思うけどふらふらふらふら

 この間も、あれよ、いつもは全く聴いてない曲なのに、なんかの拍子にパッと浮かんできた曲があったのよ。 それが、今回引っ張ってきた「お化けのロック」だったりしてふらふらふらふら


 まあ、この曲、38年前の「今頃」のヒットだったわけで、10月ごろになったら書こう・・・って前々から思ってたことが、なんかの拍子に頭の引き出しから出てきちゃったんだと思うけど・・・。

・・・ということで、「お化けのロック」を。


 なんて、書き方をすると、いかにもヒット当時から、この曲を聴いてきた・・・ように感じるけど、77年といえば、ワタシャ、まだ、ヒット曲の世界には足を踏み込んでない。
 「8歳」ってこともあるけど、当時は「ポールモーリア」っていうフィールドがあったもんであせあせあせあせ

 実際聴いたのは、正直、最近ですよ。 10年以内の過去だと思う。車運転してて、たまたまラジオでかかったのを聴いたのが、最初かなぁ。

 郷ひろみってのは、一発でわかったんだけど、なんか聴いたことない曲だよなぁ・・・とかさ、思ったりしてさ。
 一瞬、新曲か? なんて思ったりもしたけど、こんな「コミカル」な曲、新曲なわけないよね。

まあ、翌78年の「林檎殺人事件」と、毛色が似てるんで、すこし聴いて、「あ、そうか、これか」っていうのがわかったんだけどさ。


 ちなみに、この曲は、このころ、TBSの水曜日21時〜放送してた、ドラマ「ムー」の挿入曲だったんだよね。
 巨匠、久世光彦氏プロデュースの話題作っていうかさ。 久世氏っていうと、それ以前の「時間ですよ」などでもそうだったけど、ドラマの中で挿入曲を「生唄」として扱って、それをヒットさせちゃう・・・っていう演出手法があったじゃん。
 「時間ですよ」からが、浅田美代子の「赤い風船」などのヒットが出てきたわけだけど、「ムー」からは、これなんだよね。
 で、次の「ムー一族」からは例の「林檎殺人事件」・・・と。

 いずれにしろ、このころ、長く、20数万枚止まりが続いていた郷ひろみにとって、3年ぶりの40万枚ヒットってのが、この曲だったわけで、当時、いかに、この曲が人気があったか・・・ってことなんだよね。

 もっとも、この曲、「お化けのロック」単独ではなく、「帰郷」って言う曲との両A面扱いでリリースそれたわけで、どちらの曲ともに支持されたんで、いつもより売上げが多くなっているっていうのもあるんだけど・・・。

 それにつけても、なんで、この曲が人気があったか・・・っていうと、やっぱ、それまでの、郷ひろみのイメージが、いい意味で「壊れた」ってところだろうなぁ。

 うん、郷ひろみっていまでも、そういう部分があるけど、「孤高」のエンターティナーっていうイメージがあったのよ。ストイックというかさあ。
 
 そういうイメージが壁になっていたのか、それまでの3年間、いわいる新御三家と言われた、西城秀樹、野口五郎の中では、一番、レコード売上げはぱっとしなかったのよね。安定はしてたけど。
 (今となっては、ちょっと信じられないけど・・・。ちなみに、当時、3人の中で一番レコードを売ってたのは、野口五郎なんだよね。 これも、今となっては信じがたいことだけど・・・。 最も、この頃を境に失速しちゃったんだけど・・・。)


 で、 そこに来て、いきなり「三枚目」な部分を出してきたわけだから、これは意外だったわけだよねぇ。予想外な展開っちゅうわけで。

 まあ、それを引き出したのが、久世光彦氏であるわけだけど、それ以上に、この曲の相棒となった、樹木希林さんの影響がでかかったようなんだよね。
 プロとしての「三枚目」を教わったのは、樹木希林さんっていまでも公言してるくらいだから。

 いずれにしろ、この曲で、郷ひろみの新たな一面を開拓できたってのは、大きかったろうねぇ。
 
 さいきん、この手の曲、全くやらなくなったけど、また、やればいいのにねぇ。なんかのタイミングで。


 ちなみに、この曲の作家陣は、作詞 阿木耀子、作曲 宇崎竜童、編曲 萩田光雄・・っていう、もろ山口百恵な布陣。

 でもね、この曲の頃、ちょうど、山口百恵は、さだまさし、作詞作曲の「秋桜」を歌ってたんだよねぇ。

 ・・・・ということで、体が空いた、阿木耀子、宇崎竜童は、こっちを担当した・・・ってことなんだろうね。

 これも、山口百恵、郷ひろみ、両人を手がけていた、酒井政利氏だから、なしえた「ワザ」というところですかね。




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さよならの向こう側 / 山口百恵

1980_10_さよならの向こう側_山口百恵







今回の1曲セレクトは、「さよならの向こう側」山口百恵です。

 まずはデータです。

・タイトル    さよならの向こう側
・アーティスト  山口百恵
・作詞      阿木耀子
・作曲      宇崎竜童
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1980年8月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   37.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1980年9月22日 10月6日 10月20日〜11月17日付

 長年ヒット曲を追いかけてきた身としては、この時期、この曲を書かないわけにゃいけないよなぁ。

山口百恵 「さよならの向こう側」

何をかくそう、結婚引退を前にした「ラストシングル」です。 
まあ、本当は、もうちょっと早く書いても良かったんだけどね。 先日「しなやかに歌って」を持ってきちゃったんで、少し遅くなってしまいましたね。

1980年10月5日 武道館でのファイナルコンサートにて、ラストでこの「さよならの向こう側」を熱唱し、白いマイクを舞台に置き、一切のゲーノー活動に終止符を打った・・・。

ってことになってるけど、実際は、翌日10月6日にフジテレビ「夜のヒットスタジオ」にラスト出演。さらに翌週13日に日本テレビ「山口百恵スペシャル ザ・ラスト・ソング」っていう番組に出演し、一切のゲーノー活動を封印することになる。
 武道館でのファイナルコンサートが最期のゲーノー活動か・・・というような、神話が今では、当たり前のようになってるけど、実際は、そうではなかったってことね。

 ちなみに、武道館での「ファイナルコンサート」の放映権はTBSがもち、そのためか、その週の「ザ・ベストテン」には出演しなかったように記憶してるなぁ。ただ、ファイナルコンサートのVTRをながしませんでしたっけ? 

 うん、もう、このころになると、ほとんどテレビ出演してなかったんですよね。山口百恵って。いや、結婚宣言した、前年の末くらいから、テレビ出演の回数が、ガタッと減ったような気がする。
 その間に「謝肉祭」「ロックンロールウイドゥ」っていう2曲のシングルをリリースしたものの、あんまり「ザ・ベストテン」で歌った記憶が少ない。ちなみに、どちらの曲もベストテンでは1位を獲得している。
 1位のときでさえ、出演しなかったよな。そんな印象が強いんだよね。

 たしか、この「さよならの向こう側」も9月25日に1回だけ出演したような気がするんだけど・・・。

 この時、「さよならの向こう側」が10位で、松田聖子の「青い珊瑚礁」が1位。
 たった1回だけの、「ザ・ベストテン同時出演」と、記してあるなワタシのサイトには。

 つまり、この時、すでに、「政権交代」の儀式を事実上、果たしたわけで、それ以後、最期のテレビ出演までは、お別れ出演の意味合いが強かった訳ですよね。

 正直、当時、私の興味も、すっかり、松田聖子、田原俊彦、河合奈保子などの80年デビュー組に移っており、この曲は、やけに「色褪せた」山口百恵の印象しか残ってない。

 たしかに、ラストソングを飾るにふさわしい曲ではあったけど、ちょっと「いかにも」過ぎた気はしないかなぁ。
 実験的な山口百恵だったわけだから、ラストソングも実験的に行って欲しかった・・・ていうのは、ファンのわがままというもんですかねぇ。


 ちなみにぃ・・・・山口百恵の「現役」としてのラストシングルとしては、この「さよならの向こう側」だけど、実際は、11月19日に結婚式を挙行され、実質の引退後、11月21日に「一恵」っていう曲がリリースされてたりして、オリコンで2位まで行ってたりする。。
 この曲は実際にテレビで歌ったのは、「夜のヒットスタジオ」に引退前に出演した際の1回だけぢゃないかな。


 だけど、結婚を期にきっぱりとゲーノー生活から離れ、一介の主婦として人生を全うしている姿勢は、本当にいさぎいいですよね。男でもある種の憧れを抱きますよ。
 やれそうでいて、なかなか出来るもんではないですからねぇ。特に、一度、ゲーノー界の甘い汁を吸ってしまったヒトには。



やっぱり、このヒトはウタはうますぎる。一介のアイドルっていうワクを超えてますね。
それと存在感の大きさがね。この当時21歳。
今のアイドルで21才にして、これだけの存在感がある人なんていないよな。

ちなみに、山口百恵の曲を書くのは、これが最後・・・・ぢゃなくて、まだ他にも書きますからね〜。


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しなやかに歌って / 山口百恵

1979_10_しなやかに歌って_山口百恵






今回の1曲セレクトは、「しなやかに歌って」山口百恵です。

まずはデータです。

・タイトル    しなやかに歌って
・アーティスト  山口百恵
・作詞      阿木耀子
・作曲      宇崎竜童
・編曲      川口真
・リリース日   1979年9月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   27.1万枚
・ザ・ベストテン最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1979年9月27日〜11月22日放送分

 昨日言及した、河合奈保子さん、ヒデキに続いて、山口百恵さんも10月はヒット曲が意外と多いんだよね。
なので、今月は何曲か書くことになると思いますわ。
 当時は、新曲は3ヵ月ローテーションリリースが基本で、特に4半期末月の9月頃リリースって多かったからなぁ、特に「強力」アーティストはその傾向が強かったですからね。まあ、レコード会社も、次の4半期に向けて、4半期締めの月は確実に(売り上げが)見込める、強力アーティストで・・・って言う事になったんだろうけどね。
ということで、今月は、結構強力アーティストの曲が揃っているんだけど、逆に「選曲」って面では、どう出していこうか、意外と悩むんですよ。

・・・まあということで、ここいらで山口百恵さんの曲を持ってくるか・・・・今回は79年の「しなやかに歌って」

 この曲は、ややマイナーなハード気味な曲が続いた、79年の山口百恵の中でも、もっともソフトで軽い曲でしたよね。

 おそらく、作り手側も、ハード路線が続いてきた・・ってことと、季節的なこと、それから時期的に音楽祭っていうのも、にらんで、やや軽めな曲を持ってきたんでしょうけどね。

 ただ、個人的には、この曲が好きでねぇ。 当時8トラのカラオケでよーく、この曲を歌ってた記憶があるんですよね。

 うーん、なんつうのかなぁ、山口百恵のハード路線って、たしかに味があるんだけど、下世話なんだよね。
 まあ、のちに中森明菜にも引き継がれるツッパリ路線でもあるんだけど・・・。

 対して、ソフト路線のこの曲には下世話な匂いがほとんどしないんですよ。ヨーロッパ系っていうか、どこか地中海の爽やかな風っていう、ちょっと高貴な匂いがするんだよね。

 特に、

♪ すがおのままで 私は一人 あなたの帰り まっているのです〜 ♪

の件の部分。 ここのメロディラインとコード進行のマッチングがアンニュイでグッドなのですよ。

 当時「いわき」という田舎町にいたワタシでも気分はシチリアでしたよ、この曲を聴いた時は・・(←なんて大げさな表現!)

 ところで、この曲はアレンジはいつもの萩田光雄氏ではなくて、川口真氏だったんですねぇ。
 うーん、だから、いつもとイメージが違うんですわね。ヨーロッパ的なイメージっていうのは、どうも、アレンジャーの川口氏の影響ですよね。

 前にも書いたように川口氏のアレンジはベースラインが特徴なんだけど、この曲もその特徴がでてますよね。

 Bメロの部分

 ♪夜は 33の回転扉、開ければそこにも愛が あふれているのに〜 ♪

のベースラインなんて、凝った動きですしね。

 続く

♪ レコードがまわるだけ あなたはもういない ♪

のコードレスで、バックにハープだけながれているっていうアレンジも素敵だったしね。

 そんな感じで、コノ曲はアレンジの勝利っていう曲だったんぢゃないかなぁ。

 ま、それでも、やっぱし、世間はもっと下世話な曲が受けてた時代だから、セールス枚数は、落ちてましたけど。。。

 オリコンでは最高8位。


 それでも、「ザ・ベストテン」では1位取ってるんだよね。
このあたり、オリコンと随分、差があるよなぁ・・というかんじだけど、まあ、これまでも何度も書いてるように79年の、このじきってレコードセールス上位のアーティストとハガキ上位のアーティストって食い違いが激しかったからねぇ。

 その代わりどの曲も得点が伸びずに、この曲にしたって1位の時の得点は8300点でしたからねぇ。

 しかも、上位、下位との得点差も薄くて、2位⇒12位・・・なんていうベストテン史上初のベスト3内からいきなりベストテン圏外・・なんていうチャートアクションも見せておりました。

 そんなことで、この曲を覚えている人も多いんぢゃないかなぁ。


 そういえば、この曲のサブタイトルが「80年代に向かって」って言うんだよね。
 なんか、時代を感じるサブタイトルだよねぇ。

 でも、考えてみれば、このころ婚約発表をしたわけで、すでに、この曲の頃には山口百恵自身、その先を見越していたんだろうなぁ・・ということを勘ぐって見たりして。。



結果的に最後の「紅白」となった、昭和54年の紅白より。
歌う姿はさしずめ「菩薩」と言われた、山口百恵だけど、この時は「アイドルスマイル」だったんですねぇ。
最初静止画で見た時、浜崎あゆみかと思っちゃいましたよ
なんて、書いたらクレームが来るんだろうな、きっと



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うさぎの唄 / 原由子

1981_08_うさぎの唄_原由子






今回の1曲セレクトは、「うさぎの唄」原由子です。

 まずはデータです。

・タイトル    うさぎの唄
・アーティスト  原由子
・作詞      関口和之
・作曲      宇崎竜童
・編曲      HARABOSE
・リリース日   1981年7月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 63位
・売上げ枚数   1.8万枚

 サザンの久々のライブツアー「おいしい葡萄の旅」も先日の武道館を持って大団円となりましたな。
かく言うワタシも・・・・当初は参戦するつもりいたんだけど・・・・・。チケット抽選予約の申し込み先が書かれていた、ファンクラブ会報を紛失してしまったのです  まあ、そういうことで、チケット争奪のスタートラインに立つ以前に離脱。。。。
 まあ、高々2万枚のチケットに何十万通も来るのですから、当たらなかっただろうな・・・とは思いますが。。。

 あ、まあ、そういうわけで、今回の1曲セレクトはサザンの曲・・・と思ったんだど、たまには目線を変えて、「ハラ坊」の曲を持ってきますか。しかも、34年も前の曲。

 「うさぎの唄」。

 うーみゅ、大抵のヒトはしらないよねぇ。 よっぽどのサザンフリークか、またはハラ坊のファンでもない限り。。。

 だいたい、この曲オリコンで最高位63位なんて、「左ページ」にもはいってないし、しかも、曲はダンナの桑田氏ぢゃないし。。

 しかーし、結構、面白いんだわ、この曲。遊び心満載で。
 遊び心といえば、この曲の前の「I LOVE YOUはひとり言」だっけ? 遊び心の度が過ぎてあせあせ、「放送自粛」になったの。うん、放送禁止ではなく、放送自粛。 たしかそうだったよな。

 まあ、それの反省からか、この曲は、ぜんぜんエロくはない。でも、にほん昔話にでもでてきそうな、なんか回顧チックなとっても日本的、土着な匂いのするような曲ですな、この曲は。

 とちゅうの「皆の衆、であえであえ」の掛け声からはいる、「はい はい・・・」っていうハラ坊の掛け声がよろしい、かわいらしくて。

 で、また、その先にスタジオで盛り上がっている拍手がはいってたりして。 まあ、その辺が遊び心がいっぱいなわけです。

 作詞は、サザンの寡黙なベーシスト、ムクちゃんこと関口和之氏 。作曲は、当然、桑田氏・・・・と思ったら。。。
うんにゃ、これ、宇崎竜童氏なんだ。。。

今、知りました。。。。 ハイ。

サザンと宇崎竜堂氏ってどんな関係があるねん・・・なんて一瞬思って、ネットで調べてみたら、当時、絡みがあったようですな。そう言えば、アルバムで「Hey Ryudo」なんて曲も歌ってたっけね。

ま、たしかにシングルとしてはインパクトという点では弱い気もするけど。。。 このテの曲は通常はアルバムの1曲っていう感じの曲ですからねぇ。

 そういうこともあって、左ページにも入らなかったんでしょう。当時としては。

あー、でも、この曲は、ごちゃごちゃ書いてないで、曲を聴いてほしいのだ。


BUT BUT 当然のようにYOU TUBEにゃ動画が落ちてないんで、別のサイトにリンク

http://www.nicozon.net/watch/sm12495011


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愛の嵐 / 山口百恵

1979_08_愛の嵐_山口百恵






今回の1曲セレクトは、「愛の嵐」山口百恵です。

まずはデータです。

・タイトル     愛の嵐
・アーティスト   山口百恵
・作詞       阿木耀子
・作曲       宇崎竜童
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1979年6月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  5位
・売上げ枚数    32.8万枚
・ザ・ベストテン最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1979年6月21日〜9月13日放送分

オリジナリティ・・・・って言葉を聴かなくなってから、結構久しいよなぁ。
 あ、これは、音楽・・・ヒット曲についてのオリジナリティね。
 「この曲は、やっぱり、このヒトならではだよね」っていうこと、つまりぃ、この曲なら、やっぱりこのヒトだよね・・・っていうのが最近はあんまり感じなくなったってことね。

 まあ、あれから36年経つって言うのに、いまだに誰もカバーしていないってところからして、すでに山口百恵の「オリジナリティ」なんだけどさ

仮にこの曲を誰かがカバーしたとしても、やっぱり、山口百恵を越えられるヒトは、今のところ早々はいないよなぁ・・ということでさ。
(・・・と思ったら、10年前に山口百恵トリビュートで三原順子がカバーしてた。。。でも印象にないなぁ)

 特に、サビの部分

♪ ジェラシーストーム ジェラシーストーム
  ストーム ストーム ストーム ストーム
 ストーム ストーム ストーム ストーム ストーム ストーム ストーム ♪

と半音ずつかけ下りてくるこのメロディは、やっぱり山口百恵ぢゃなきゃ歌いこなせない・・というか、この曲の世界は出せないと思うんだよねぇ。

 ま、きちんと音符どおりに歌う人はいるだろうけど、はたしして、このヨーロッパ+和な独特な世界を醸し出すことはできるか・・・というところなんだよねぇ。

 夏だというのに、こんなにスリリングで「熱さ」のほとばしる曲でいいのかいな・・と思うところもあるんだけど、不思議とこの曲を聴いて「夏」というイメージはないんだよね。
逆に冷風吹きすさぶ感じが。。。。
 だから、暑さも感じない。そういういみでは不思議な曲だけど、個人的には1979年の山口百恵の曲では、この曲がベストソングだと思っているんだよね。

 やっぱり、このスリリングさがたまらない。 まあ、今からみると、「美・サイレント」と「しなやかに歌って」っていう、比較的華やかな曲の間に隠れて「ジミ」な部類の曲であるし、おそらく、知っている人しか知らない曲かもしれないけど、機会があったら聴いてみてくださいな。

 データ、79年夏はまだ、ワタシのランキングは整っていないので、「ザ・ベストテン」のランクイン期間と最高位を持ってきたんだけど、今から考えると意外と長期間ランクインしてたんだよね。
 うーん、タイムリーで感じた感覚だとそんなに長期間ランクインしていた感覚はないんだけどね。
 確かに、今の時期ヒットのピークだったってことはよく覚えていたんだけど。。

 この曲がヒットしてたころは、たしか映画かドラマの撮影で、ほとんどベストテンには出演しなかったんだよね。だから、あんまり長くランクインしてた記憶がないのかもしれないですわ。

 それが、この曲をよりジミな印象にしてるのかもなぁ




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