かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

大村雅朗

時代遅れの恋人たち / 中村雅俊

1978_12_時代遅れの恋人たち_中村雅俊


今回の1曲セレクトは、「時代遅れの恋人たち」中村雅俊です。

まずはデータですよ〜

・タイトル     時代遅れの恋人たち
・アーティスト  中村雅俊
・作詞       山川啓介
・作曲       筒美京平
・編曲       大村雅朗
・リリース日   1978年11月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数   17.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 26位
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」主題歌

私事なんだけど、先週知り合いが主催する「イントロクイズ」参加しましてね

↓ コレなんですけど
https://peatix.com/event/455948?fbclid=IwAR21C4P1k-sIGHo0Kre4tXxvAX2PbFFDb2YAs_fNeP4annMv2jInavc0gEA

「80年代 イントロ十番勝負」   

サザン

じつは、6月に別主催のチーム戦のイントロクイズにも出たんですけど、そんとき優勝したんですよ。
で、今回もその時の優勝メンバーで出ましょうよ・・・というお誘いがありまして。。

まあ、80年代縛りなら良いかな・・・と思いーの参加したんですが・・・

結果・・・・

なんとなんと、まさかまさかで「優勝」してしまいました  

今回は総勢100名の「歌謡曲・イントロクイズ」フリークが参加・・と言う本格的なイベント。 
今回も5人1組、20組でのチーム戦だったんですけどね。 6月で一度組んだ、気心の知れた仲間でチーム組んだのが良かったのか抜群のチームワーク功を奏したのか、予選、準決勝と圧倒的な強さを発揮
でも決勝戦は崖っぷちでした。
他の組にリーチをかけられ、絶体絶命の危機から、ワタシ以外のメンバーの猛烈な追い上げで劇的逆転優勝!... 盛り上がりましたねぇ!

僕ですか・・・僕ぁ、よかったのは準決の時だけですね。決勝戦は1問も答えられませんでしたよ〜。 優勝できたのはホント僕以外のメンバーのおかげですっ

分かる問題は何問かあったけど、悉く押し負けるんだよね。まだまだ未熟なワタシデス・・・。

と言っても、ワタシ的には特段、イントロクイズ対策はやっては居ないんだよね。
あくまで、昔の曲を頻繁に聴くくらいかなぁ。

とりあえず、60年代以降のヒット曲を、ヒット順に並べた音源をウォークマンに入れてあるからさあ。 それは、通勤時の帰りにほぼ毎日のように聴いてはいるんだけどね。 そのくらいですね。

ただ、今はあんまりやってないけど、昔、小学〜中学生の頃、明星の付録の歌本(Youn Song)とか月刊・歌謡曲の楽譜を見ながら曲聴くのが好きでさあ。 
その頃は自分で音源あんまり持ってないからラジオのベストテン番組を聴きながら譜面を見る訳ですよ。
で、出来るだけ曲の最初から譜面見たいからさ、イントロが出た瞬間、当該の曲ページを猛然と探すのよ。 そんな事をやってたら自然とイントロに強くなっちゃったんだよね。
中学生の頃は「ドレミファドン」のイントロクイズも回答者より先に大体分かっちゃってたし。。。25年くらい前にアーケードゲームで対戦型のイントロクイズがあったのよ。 それでも負けたこと無かったな。

とは言うものの、あれから30年近く経ってる訳で、流石にあの時に比べると頭の回転も反射神経も悪くなってるのは自覚としてあるんからさ。 
うん、瞬間的に曲としては分かるんだけども、曲名が出てこない・・とかさ
プラス、最近はクイズとして「イントロクイズ」専門に対策を立ててる方も多いんでね。
そんなわけで、今自分がどれだけ実力があるのか・・・って言うのは全く自身が無かったんだよね。
だから、今回の優勝はホント嬉しかったわ。 もっともワタシだけの実力ではないけどさ。



・・・ということで、今回の1曲セレクト、そんな「イントロ」のまつわる曲を持って来たい・・・っちゅうことで。。。

中村雅俊「時代遅れの恋人たち」

なんで、この曲がイントロクイズと関係あるの? ・・・って感じなんだけども。

いや、実はさあ、つい昨日なんだけども、買い物行く時に、いつものようにカーステで昔の曲を聴いてたのよ。
たまたま78年の今頃のヒットの並びだったんだけども・・・。 自分で曲順を並べたんで次はどの曲・・・って分かるはずなんだけども・・・・。
この曲のイントロが出た瞬間・・「あれ?」って考えちゃったんだよね。

そそそ、曲が分かんなかったの。 自分で入れた曲なのにねぇ。。。

ま、たしかに、曲がマンネリ化してきたんで、少し前に新たに曲を足したんだけどさ、その中にこの曲が含まれていた事を忘れてたんだよなぁ・・・。

いずれにしても、イントロが出た瞬間、曲が分かんなかった事で、「未熟」とか思っちゃったりして、引っ張ってきちゃいました。。。


あー、前振りが長っ

この曲は、日本テレビ系ドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」の主題歌でしたねぇ。 

そそそ、中村雅俊氏主演の学園ドラマっすよ。 一時、柳沢慎吾がマネしてたよなぁ。

ワタシ、このドラマ好きだったぁ。 ・・・とは言っても、本放送の時はまだ小学3〜4年だったからさ、本放送では見てない。 後年、夕方4時ごろから頻繁に再放送してたじゃん。 「太陽にほえろ!」とかと繰り返しで。
そん時だよね、見てたのは。 中学生の頃だったかなぁ・・・。

なんか羨ましかった、青春してるんで。 高校生になったらこんな青春出来るんか なんて思っちゃりして。。

まあ、実際的に、あんな生徒思いの「熱い」先生なんて、そうそうは居ない訳でさ。。。

で、この曲は、そのオープニングテーマですね。

↓ コレ


オープニングフイルムでも気がついた方も多いと思うけど、いろんな「才能」が集まっているんですよね。
ドラマ脚本の畑嶺明氏は、後にTBS系ドラマの「うちの子にがきって」「毎度おさわがせします」の脚本で大ブレイク。
劇中曲 作曲の小六禮次郎氏は、後にNHK大河ドラマのオープニングテーマや、吹奏楽のオリジナル曲作曲を手掛けるなど、今や劇番作曲の大御所ですわ。


そんな今や大御所となられた才能の若かりし頃、てがけられたドラマってわけですね。


で、肝心の主題歌の「時代遅れの恋人たち」はというと・・・

詞は山川啓介氏。 まあ、これはなんとなくわかるんですけどね。 後年、火曜サスペンス劇場の件の「聖母たちのララバイ」など、日テレ系のドラマテーマ曲の詞を何本か書いてたし。

ただ、意外だったのは、作曲が筒美京平氏なんだよね。 いや、これは全くの意外だった。
ぱっと聴き、筒美京平氏っぽくないしさ。 時代的には、大橋純子さんの「たそがれマイラブ」とか、庄野真代さんの「飛んでイスタンブール」「モンテカルロで乾杯」など一連のヒットの頃ですわ。
つまりは、あの頃の筒美氏の曲ってバタ臭かったんだよね。 この曲のように「汗飛び散る」っていう青春群像な曲のイメージは無かったからさ。

それ以上に意外だったのは、、アレンジが大村雅朗氏なんだよね。 そそそ、時期的には八神純子さんの「みずいろの雨」と同じ頃ですわ。
 つまりは、アレンジャーとして大ブレイクした、丁度そのこのろって言う訳なんだけども。。。 
だからなのか、後年、松田聖子さんや、一連のニューウェイブ系作品を手がけた80年代の、あの洗練されたイメージはまだない。
そもそも、大村氏の、こんなカントリーミュージック的なアレンジってのも、80年代の一連の大村作品からすると、想像つかないしなぁ。 ちょっと雑っぽいアレンジが初々しいっちゃ、初々しいんだけどね。
だから、近年までこの曲のアレンジが大村氏だったことは、全く気がついて無かったんだよね。

いずれにしても、ドラマのヒットもあって、この曲自体もそこそこのヒットとなりましたよね。オリコンでは最高18位ながらも、売り上げが約18万枚のスマッシュヒット。
累積の売り上げだけ見たら、瞬間的にベストテン入りしてもおかしくなかったですからね。


動画・・・どうもうまく貼れなかったんで、ようつベのサイトの直リンク
https://www.youtube.com/watch?v=_6qEYiRV8x4



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ラ・ヴィアンローズ / 吉川晃司

1984_10_ラ・ヴィアンローズ_吉川晃司


今回の1曲セレクトは、「ラ・ヴィアンローズ」吉川晃司です。

まずはデータです。

・タイトル     ラ・ヴィアンローズ
・アーティスト   吉川晃司
・作詞       売野雅勇
・作曲       大沢誉志幸
・編曲       大村雅朗
・リリース日    1984年9月10日
・発売元      SMS
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   19.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1984年9月24日〜10月29日付

苦手なタイプ曲がある。 
まあ、ここでもこれまでもチョポチョボと書いてきてるんだけど、少なくとも80年代で最近書いてる曲は「苦手」だった部類の曲って言うのかなぁ。 うん、当時好んで聴いてた80年代の曲はあら方、既に書いちゃったからさあ。
だから、当時苦手、あるいはレビュるのが難しい曲が残っちゃってるんだよな。

・・・と初めに言い訳がましく、書いといて・・・

今回セレクトしてきた曲は

吉川晃司「ラ・ヴィアンローズ」。

吉川、デビュー第3弾シングルですわな。 デビュー時の吉川は、キライじゃ無かったんだよ。ま、確かにフテブテシイ奴だな・・・なんてちょこっと鼻にはついてたけど。 でも、それと曲とは別の話でさ。

この曲の前の「サヨナラは八月のララバイ」なんてのは、好きだった。イントロの出だしのガラスの割れる音が派手だったし、何より無機的なイメージがある84年夏を象徴するような曲に感じてたし。

でも・・・、この曲は、正直言って、良く分かんなかったんだよね。 掴みどころが無いって言うのかなぁ。

ツルンとした抑揚の無いメロディラインっていうのか。 確かにそんな所は無機的な84年らしいメロディラインだったのかもしれない。

それにつけても、この曲は、掴めなかったんだよな。 作曲の大沢誉志幸氏も、非常に日本語が乗りづらいメロディと言っているのが象徴的なんだけど、まあ、それが、聴いてるこちらとしても掴みどころが無いように感じちゃったんだろうな。

まあ、肯定的に言えば洋楽的なメロディって言う事なんだろう。

いや、それが私個人としても、今一つ生理的に引っかかりきれなかったところなのかもしれない。

昨日の「人形の家」でも、洋楽のキャッチーな部分や、官能的な部分が凝縮されたのが歌謡ポップス、でも、それだけじゃ日本人には刺さりきれないわけで、日本人の「感性」をプラスしたメロディが歌謡ポップス・・・

つまりあんまりバタ臭いのではなく、バターに醤油をかけたような・・・そんな音楽が歌謡ポップス・・・って書いたんだけど。

たしかに、80年代初頭までは、その通りだったんだよね。如何に表向き「ロック」だぜ! っていうニューミュージック勢だって、結局のところメロディラインは、日本人好みの「和」の感性が入ったものだったわけで。

いや、それこそがワタシ個人としても「J-POP」の原点だったんだよね。

でもさ、80年代も中盤、事にこの84年くらいになって来ると、「醤油」をたらさずにダイレクトに「洋楽」的なメロディ、サウンドが増えてきたんだよ。

いわいるニューウェーブ系サウンドってやつですね。 硬質、かつ鋭角的無機質なサウンド。余計なリフや音は、極力排除されている。 それいえ、すっきりとした都会的なサウンド。 いわば当時の先鋭的な楽曲ですね。

BUT、いつもここでは書いてるように個人的には、ダサい、もっと土臭いサウンドと、ごちゃっと音で埋め尽くされているような曲が好みだったもんでさ。 そそそ。メロディとメロディに音の隙間があると許せない・・って感じで。

だから、同じ84年でも、大瀧詠一氏の「Each Time」のような、ウォール・オブ・サウンドの方が何倍も安心するし、メロディとメロディの合間を面白い音で埋めると提唱した筒美サウンドの方が、この当時でもしっくり来てたんだよな。

あ、この志向は、今でも基本は変わらない。まあ、当時よりはやっと慣れてきたって言うかねぇ、当時よりも音数が少ない曲が多いからさ今は、強制的にでも慣らされたって感じですわな。

いずれにしろ、だから、この84年当時は、この手のスッキリとした掴みどころのないサウンドには、引っかかりきれなかった訳なんだよね。

まあ、前曲の「サヨナラは八月のララバイ」も、サウンド的にはこの曲と大きな違いがあった訳じゃないんだけど、イントロの出足のガラスの割れる音と、サビの前のコード進行には引っかかったからなぁ。
そんな部分があったのか無かったのかだけの違いっちゃ、そうなんだけど。。。






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Somebody Loves You〜明日の恋人〜 / Babe

1987_08_Somebody Loves You_Babe


今回の1曲セレクトは、「Somebody Loves You〜明日の恋人〜」Babeです。

まずはデータでーす。

・タイトル     Somebody Loves You〜明日の恋人〜
・アーティスト    Babe
・作詞       さかたかずこ
・作曲       中崎英也
・編曲       大村雅朗
・リリース日    1987年7月22日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   9.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1987年8月24日〜8月31日付

昨日今日と、週末は比較的過ごしやすかったな。 昨日は湿度も低くてカラッとしてたし・・・。夜なんか寒かったもんね。この夏の「酷暑」で、ここ暫く夜も布団かけないで、クーラーも26℃設定で一晩中点けっぱなしにしてたんだけど、昨夜はいつ以来だ? ってくらい久々にクーラー無しだったし、それでも寒くてタオルケットをかけて寝たもんな。
明日から8月下旬だけど、そろそろ「秋の気配」ってところなんでしょうかねぇ。 まあ、週明けは、また暑さがぶり返して来るような天気予報だけど・・・。

だけどさあ、8月も下旬になると、昔っから、そろそろ秋の気配を感じさせるようなヒット曲が出てくるよなぁ。

この間書いた稲垣潤一の「夏のクラクション」もそうだけど、他にも結構いろいろと「夏の終わり」を彷彿とさせる曲って多いですわな。

今回引っ張ってきた曲も、そんな「夏の終わり」を連想させる1曲かなぁ。

Babe「Somebody Loves You」。

この曲は、Babeにとってはデビュー3作目のシングル。 前作が大ヒットした「I Don't Know!」だったわけでさ。
「元気印」を標的にデビューしてきたし、「I Don't Know!」も、まさに元気印の塊のようなハジケタ曲だったからさ、この曲もその路線で来るんだろうな・・・なんて思ってたんだけどさ。

でも、実際のところは、そんな予想に反してミディアムテンポだったじゃん。 これは、意外だったんたよな、個人的には。
リリースも7月22日と夏本番だったからさあ。季節的にもさらに元気印がヒートアップしてくるものと思ってたからさあ。初めて曲を聴いた時は「え?」って感じだったのを覚えてるわぁ。

ただ、曲調が曲調だっただけに、夏本番的・・というよりは、夏に終わりに向けて・・・っていう印象は受けたけどな。

そんな印象もあってか、ヒットのピークは、意外と遅かったんだよな。ワタシのチャートでも、リリース直後はそれほど勢いは無かったんだよ、この曲。
ヒットのピークは8月の終わりだったもの。 リリースからピークまで1カ月ほどかかったって事になる。

確かに、人気が上り調子だった「I Don't Know!」でもヒットのピークまでは意外と時間を要した。 ただ、この時は人気上昇中って言うのが目に見えてたからなぁ。

でも、この「Somebody Loves You」の時は、それほど人気に上積みは感じなかった。
まあ、オリコンでは、Babeにとっての最高ランク獲得がこの曲だったりするけど、売り上げは下がったしね。

じゃ、なんでヒットノピークまで時間がかかったのか? っていうと、やっぱり曲調のせいだったんじゃないのかなぁ。

どう聴いても「夏真っ盛り」って言うイメージじゃ無かったしな。 稲垣潤一氏の「夏のクラクション」でも同じ事を書いたんだけど、夏の午後のイメージなんだよなぁ、同じように、夏の白っぽい午後の日差しを感じるんだよ、この曲。 夏休みの午後、シエスタでウトウトしてた時に感じた、カラっとした午後の日差しってところかなぁ。

この曲から感じる印象は。



元ネタは、Sheena Eastonの「9 to 5」ってところですかねぇ。 イントロなんかモロですよね。
まあ、それまでのユーロビート路線にくらべると、大分落ち着いたよね・・・って言う印象は強かったし、時代を遡ってくれた分、個人的には聴きやすかったってところはあるな。

ただ、ちょっと落ち着き過ぎたかなぁ・・・って言うキライはやっぱり、あったんだよね。 実際、↑でも書いたように人気の上積みは感じられなかったし、逆に言えば止まっちゃったようにも思えたし。。。。

まあ、実際、この曲を最後に「ザ・ベストテン」ではベストテン入りから遠ざかっちゃりしたしね。

結局は、「元気印」でしか行けなかったんだよね、Babeって。 幅が狭かったんだよな。 そこが短命に終わっちゃった一番の泣きどころだったんだよな、このヒトたちは。


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リトル・プリンセス / 岡田有希子

1984_07_リトル・プリンセス_岡田有希子


今回の1曲セレクトは、「リトル・プリンセス」岡田有希子です。

まずはデータなのだ〜。

・タイトル    リトル・プリンセス
・アーティスト  岡田有希子
・作詞       竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1984年7月18日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数  9.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 19位

 ここんところ、ほとんど書いてなかった1曲セレクトなんで、↑のデータ項目の並びを忘れてしまってたワタシがいた ・・・なんてことはどーでもいい事でして。。。。
この間久しぶりに書いた、しまざき由理さんの「面影」はちょこっと「引き」が弱かったな。 まあ、ヒット当時50万枚の大ヒットと言っても今となっては知ってる人しか知らない・・・って感じの曲だから、しょうがないと言えばしょうがないか・・・

・・・・と言う事で、今回は「引き」が強いであろう・・・と思われる曲を引っ張って来ましたぞ。

岡田有希子さんの「リトル・プリンセス」。

過去の「今の時期」のヒット曲をセレクトする・・・って言うコンセプトで書いてる1曲セレクトだけど、そのコンセプトからすると、この曲はちょこっと時期がずれてるんじゃね?

・・・・なんて指摘してくる人もいるかなぁ・・。 当時、オリコンでランキングをチェックしてたチャート小僧で、「細かい」所をついてくるような方はさ。

まあ、正確に言えば、84年7月リリースだったこの曲から、84年9月当時はオリコン的には既にランクも下降線に入ってた時期ではあるんだよね。だから厳密に言えば「ヒット」の時期から過ぎて来てた頃と言ってもいいかもしれない。

ただね、細かく・・・といっても「自分のチャート」だけど・・・を基準してみると、最高位を記録したのは、実は今頃だったんだよな。

つまりね、オリコンでは既にヒットの下降線に入っていたこの時期、他のチャート要素で総合的にはランクを上げていたんだよね。それが84年の今頃。

ただねぇ、どの要素でランクを上げていたのか・・・当時の各要素順位を記録した「紙」を廃棄してしまった今となってははっきりしないんだけどねぇ・・・・。まあ、当時アイドル系は概して有線が弱かったことは明白なんで、ラジオチャートが跳ね上がったのがこの時期だったんだと思うけど・・・。

レコード売り上げのチャートから遅れて、他のランク(この場合ラジオチャートね)が上がってくる・・・っていうチャート要素によってチャートの動きに「時間差」があった事・・・・実は、これが実際的な岡田有希子さんの人気バロメーターが当時、上がって来ていた事の表れだったんじゃないかなぁ。

 今も傾向は変わらないけど、レコード売り上げっていうのは、特にアイドルの場合、初動の動きが早いんですよ。っというのも、レコードの場合、初動は「固定ファン」が買うモノって相場が決まってるから。 ちょっと「浮動票」側に居るヒトは、初めレコード買うのは見送りますよね。
 他のメディア・・・例えば当時で言えば、ラジオだとかテレビで曲を聴いて、気に入ればレコードを買うっていう流れがあったんだよね。 つまりさ人気が上昇中のヒトの中には、ラジオチャートはレコード売り上げよりも動きが遅いこともあった。
岡田有希子さんの場合は、そのパターンだったんだよね。 その証拠に累積売り上げで10万枚に届かなかったこの曲だけど、次の「恋はじめまして」では、それまでの3枚のシングルで最高の売り上げを記録している。
つまりは、人気が右肩上がりだった訳ですわ、この時期。

 この時期、8月の「日本テレビ音楽祭」を皮切りに「賞レース」が始まっていたからさ、新人賞争いってことでテレビで歌う機会も増えてたっていうのも、「浮動票」をとりこんで人気バロメーターを上げるには大きかったかもしれないな。
ま、とは言ってもレコード売り上げが10万枚そこそこで止まっていたのは、ちょこっと解せなかったけどさ。


当時、岡田有希子さんの「対抗軸」として、菊池桃子さんがいた訳じゃない 
桃子さんが、この曲とほぼ同時期にリリースした、デビュー第2弾の「SUMMER EYES」がオリコンでベストテン入りしたのに対して、この曲は最高14位だったわけでさ。

この差はなんだろ? なんて思ってたなぁ。 

ビジュアル的からして「アイドルらしさ」って言うところで言えば、菊池桃子さんよりも岡田有希子さんだったからさあ。 正直言って解せなかった部分もあったなぁ。

でもよくよく考えてみれば、「下世話性」だったんじゃないかなぁ・・・。 あ、ちょっと分かりにくい表現か。。。
「シロート性」って言った方がいいのかなぁ。

時代は動いてきていたんだよね。 それまでの既存のアイドルらしさから、もっとシロート性の強い下世話なアイドルへ・・・っていう時代の動き。

それが、まだ捉え切れてなかったんだよな、当時のワタシは。 

80年代アイドルの、まさに時代の転換期だったんだよな、この時期が。

その時代転換期って言う動きが、急加速して表面化するのが次の85年なんだけどね。

そう言う点から言えば、岡田有希子って言うヒトは、今からして思えばちょっと遅れて出てきたアイドルだったんだよね。 うん、「正当派」な80年代アイドルとしてね。
この84年の前年の83年は「ニュー」アイドルの不作の年だった。 例えばさ83年にこのヒトが出て来ていたら、アイドル勢力は少し変わってたかも・・・なんて今となっては思ったりするな。
 
実際、このヒトのレコード売り上げの低さからみて、そう思えるんだよなぁ。 うん、このヒトの「正当派」としての80年代アイドルの「アイドル性」からみてさ、もっとレコード売れてしかるべきだと思ったもの。



これPVなんだけどさ、いつも思うんだけど当時のアイドル系のPVってどこで流してたんだろう? なんて思ったりさ。
当時、テレビ神奈川のミュートマ(ミュージック・トマト)など、PVを流すテレビ番組も出て来ては居たけど、アイドル系は流さなかったと思うし・・・。レコード店の店頭用だったのかなぁ。 
かすかな記憶だけど、新星堂の店頭のモニターではこの手のアイドル系もビデオも流れてたような気がするしな・・・。


ところで、↑でいろいろ書いちゃったけど、PV見ながら、改めてこの曲を聴くとさ、「プリンセス」っていうコンセプトは、岡田さんに良く合ってたと思う。

・・・けど、84年当時からしてみてもちょっとアナクロだったかなぁ・・・と。 

以前、何回も書いたけど、70年代アイドルは「ウンコしない」、「霞を食って生きてる」・・・などなどまさに「偶像」扱いだったけど、80年代はそこまで極端じゃなかったわけじゃん。 でも、この曲を聴いてるとコンセプト的に70年代アイドルに戻っちゃったんじゃないかなぁ・・・なんて感じたな。

 それは、曲的にもそうで、竹内まりやさん的には、コニー・フランシスとかドリス・デイとか、60年代オールディーズのアメリカンポップスアイドルを意識してたんだろうな・・・とは思うモノの、実際的には70年代アイドル的な曲になっているのがインパクトに出て来ているかなぁ。

この辺のギャップは、次の「恋はじめまして」で、よりオールディーズっぽくなったことで解消されましたけどね。。

まあ、この辺は、この曲のアレンジャーだった大村氏と、「恋はじめまして」のアレンジャーだった萩田光雄氏の解釈の違いだったんだろうな。


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コントロール / 河合奈保子

  1984_07_コントロール_河合奈保子


今回の1曲セレクトは、「コントロール」河合奈保子です。

まずはデータです。

・タイトル    コントロール
・アーティスト  河合奈保子
・作詞      売野雅勇
・作曲      八神純子
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1984年6月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数  15.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1984年6月18日〜6月25日付

まあ、蒸し暑い1日でしたわ。クーラーはあんまり点けないたちなんで(と言うか電気代ケチってるだけですが・・)、本日もほとんどクーラーをつけず、汗をだらだらかいて過ごしましたわ。
まあ、寝る時も暑いとしんどいんで、今になって寝るまでの間クーラーをつけてるけど。。。
ただね、暑かったおかけで血液のめぐりがよくなったのか、昨日ほどの痛風の痛みは無くなってきたような気がしますね。うーむ、やっぱり「自然」治癒っていうのが一番の治療なんでしょうかねぇ。
さてと、後は水をガバガバ飲んでプリン体を外に出さなくては・・・。

昨日は、個人的にキライだった曲ということで、中森明菜さんの「Blonde」を書いた訳だけど、今回セレクトしてきた曲もねぇ、ヒット当時はあんまり好みじゃなかった曲なんだよね。

河合奈保子「コントロール」

いやね、河合奈保子さんは当時好きだったし、この曲を作曲した八神純子さんもデビュー時からのファンだった訳で、本来ならこの曲だって好みになって当然・・・の筈なんだけどねぇ。

でも、実際は触手が伸びなかったんだよなぁ、この曲。

きっとね、個人的にはもっと「ポップ」な曲を期待してたんだと思う。 そそそ、八神純子さん作曲ということで、「パープルタウン」「Mr.ブルー」・・はたまた「みずいろの雨」とかね。
ソフィケイトされたメロディと、高音域でのロングトーン・・・そんな良質なポップあたりをね。

でもさ、実際のところ、確かにアップテンポなポップスではあったものの、サウンドがさ硬いんだよね。 メロディラインも以前の八神さんらしさを感じなかったし、いや、むしろ、もろ「84年」的でしたよね。

そう言う曲調になんかさガッカリしちゃったんだよな。期待してた曲とあまりに違うんで。

当時、河合奈保子さんのシングルもちょっとパワーを失っていたような気がしてたんだよね。 前曲の「微風のメロディ」なんてのは、決して嫌いではなかったけど、今一つ勢いを感じなかったし。

だからね、この曲には期待してた部分があったんだよね。八神さんのソフィケイトされた、かつ伸びのあるメロディラインは、河合奈保子さんにも嵌まりそうな気がしたからさあ。

でも、実際はそんな期待してた曲調と全く違ったからなぁ・・・。ガッカリだったんだよな。

そう言う事もあってか、この曲未だに音源持ってないんですよ、ワタシ。 河合奈保子さんのこの頃のシングル音源は殆ど揃ってるんだけどさ、この曲は当時も買わなかったんだよね。
ま、そんなこともあって、この1曲セレクトでも今まで書いて来なかったんだけど。。。

硬質で角ばったサウンドは、八神さんらしさというより、むしろ作詞の売野氏が得意にしてたようなサウンド・・・そそそ、だから一聴して84年、85年的なんだよな。

80年代の曲って「年」によって特徴がはっきりしてるからさ。 このテの硬質かつ角ばったサウンドなのが、84年、85年の特徴。
 だから、知らない曲でも曲聴いただけである程度年代が分かっちゃったりね。 この曲なんてぇのはその最たるところじゃないかなぁ。

正直今となっては、河合奈保子さんの一連のヒット曲の中では死角に入っちゃってるような曲だと思う。でも曲を聴けば、「あー、84年頃の曲だよね」っていうのがすく分かっちゃうんだよな。

まあ、それはそれで凄い事なんだろうけど、だから何? って感じもするしな。




まあ、たしかに奈保子さんのパンチの効いた歌い方は、ある意味アイドルの一線を越えたような感じはするんだけどね。 でも、個人的に当時求めていたのは、こういうパンチの利いた曲調ではなかったんだよね。
もっと伸びのある曲が聴きたかったんだよな。


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誘惑光線・クラッ! / 早見優

1984_04_誘惑光線・クラッ_早見優








今回の1曲セレクトは、「誘惑光線・クラッ!」早見優です。

まずはデータです。

・タイトル    誘惑光線・クラッ!
・アーティスト  早見優
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1984年3月31日
・発売元     トーラス
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数  15.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1984年4月30日付
・タイアップ:資生堂「バスボン ヘアコロンシャンプー・リンス」CM曲


なんか、最近書く「年」が偏ってるなぁ・・・なんていつも書いてるような気がするけど、今回は1984年。
あー、ちょっと前に、中井貴一氏の「青春の誓い」を書いたばっかりなんたけど、またまた1984年の曲を引っ張って来ちゃいました。

早見優「誘惑光線・クラッ!」

うーん、この曲なんかは去年、すでに書いていても全然おかしくない曲なんだけど、まだ書いてなかったんだなぁ。まあ、去年も今頃、大分1984年の曲を書いたかんね、この曲は、飛ばしていたのかもしれない。

この曲、リリースが3月31日なんだよね。うーむ、ずっと3月21日リリースだと思い込んでいたんでね、なんか変な日にリリースだよなぁ・・・とも思うんだけど。。。なんで1日ずらして4月1日リリースしないの? とかね。
 でも、まあ、今となっては、そうかと思うんだけども、いわいる決算日に合わせたって事ですよね。
うむ、あくまでこの曲は「1983年度」(会計の)曲だという事で・・・・。
 2000年代に入って、こんな曲が増えましたけどね。だから、最近は3月下旬リリースの曲が多い訳なのよ、決算前に飛び込みリリースして、上乗せ決算したいって事で。。。
 
 まあ、もちろん、84年当時はそんなこと全く考えてませんでしたけどね


でも、この曲は、なんか面白かったな。 前曲の「抱いてマイラブ」が、若干ハード路線だったのに対して、随分ポップな路線に戻りましたもんね。
 前年、83年にブレイクした、「夏色のナンシー」「渚のライオン」と同じ筒美作品に戻ったわけだけども、楽曲そのものもデジタルポップな路線に戻った訳なんだけども。
 ただ、前年の「夏色のナンシー」や「渚のライオン」のデジタル路線とは、ちょっと肌触りが違ったな。

まあ、アレンジャーが、バリバリデジタルな茂木由多加氏から、大村雅朗氏に変わったってのも大きかったろう。

大村氏のアレンジは、シンセを使用しながらも、ストリングスは生音を使ったりして、デジタルとアナログのバランス感覚がありましたしね。
 例えば、前年の松田聖子の「SWEET MEMORIES」のデジタルとアナログのバランス感覚は素晴らしかったじゃないですか。

 ま、この曲は、あの「SWEET MEMORIES」よりかは、「お気楽感」があったけど、それでもそれまでの早見優の曲にはなかったような、新たな手触りを感じだよな、この曲には。

まあ、タイトルにもあるように「クラッ!」っていうコトバの感覚も新しかったしね。

それと全体的なサウンドなんだけど、この頃…1984年の春先あたり・・・からの「音」っていうのが独特なんだよなぁ。 うーん、コトバではなかなか表現しにくいんだけど、「匂い」っていうのかなぁ、「1984年春」独特の匂いってのがあるんですよ。

 以前も書いたんだけど、この年の冬ってのが、寒い冬でさ、記録的な大雪に見舞われたんだけど、それに対して春は、結構暖かったんだよね。好日晴天な日が多かった印象があるなぁ。特に今頃、ゴルデンウイークくらいは、好天で汗ばむような日が続いていたような気がする。

そんな天候を象徴している・・・っていうかさ、この年の今頃の「音」っていうのは、明るいんだよなぁ印象が。
色で例えると、「レモン色」っていうか薄い黄色って言う感じでさ、まあ、暖色系ですよ。

この曲なんかもそうだし、キョンキョンの「渚のはいから人魚」も中森明菜の「サザンウインド」も明るかったじゃん、音が。
ま、マイナー系な曲よりも、メジャー系の曲が多かったって言うのもあるかもしれないけど、そんなイメージだったな。

だからね、この曲なんかも、晴れた天気の下で聴いたな・・・って言うイメージが強いんだよなぁ。

そうだ、親父の車のカーラジオで聴いてた、ニッポン放送の「オリコン全国ヒット速報」とか、文化放送「全日本歌謡選抜」っていうイメージなんだ、この曲は。
 
 当時、母方の爺さんが亡くなる直前で、頻繁に田舎(福島・いわき)に行き来してたんだよね。
その時、カーラジオから流れてた、「オリコン全国ヒット速報」とか「歌謡選抜」っていうのが、この時期の一番強い印象だったりするんだよなぁ。
 そのなかで、この曲も随分聴いたよな・・・っていうイメージが強かったりするんだよね。





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想い出のスクリーン / 八神純子

1979_04_想い出のスクリーン_八神純子








今回の1曲セレクトは、「想い出のスクリーン」八神純子です。

まずはデータでする。

・タイトル    想い出のスクリーン
・アーティスト  八神純子
・作詞      三浦徳子
・作曲      八神純子
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1979年2月5日
・発売元     ディスコメイト
・オリコン最高位 12位
・売上げ枚数  24.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1979年3月26日〜4月2日付

ここんところ「アイドル」系が続いたんで、今回は「ニューミュージック系」で行きますよん。

八神純子さんの「想い出のスクリーン」。

うーん、この曲、覚えておられる方、どのくらい居るかなぁ・・・っていうのはちょっと心配。
あの大ヒット曲、「みずいろの雨」の次のシングルなんだけど、「みずいろの雨」の売り上げ枚数からすると、約半分しか売れなかったりしたし、オリコンでは10位にも入れなかったりしたんで、ちょこっと地味な存在ではあるんだよね。

実を言えば、ワタシ、長い事、この曲の存在をずっかり忘れてたりしたんだよね

この次の曲の「ポーラースター」は、売り上げこそ、この「想い出のスクリーン」と大差はなかったのに、個人的に大好きだったこともあって、良く覚えてたりするんだけどさ。
 この曲の存在を思い出したのは、実は、ネットを初めて、チャートマニアの方々と繋がりをを持つようになってからだったするんだよね、実は。

うん、その時初めて聴いた・・・と言う訳ではないんだけどさ。 「みずいろの雨」でファンになったからさ、八神純子さんは。 当然、次のこの曲も当時、聴いてはいたんだけどね。うん、「ザ・ベストテン」ではランクインしてたしさ。
 でも、それからずっと忘れていたっていうのは、この曲、当時、カセットに録音してなかったから・・・なんじゃないかなぁ・・と思う。

うん、この曲がランクインするちょっと前から、ベストテンにランクインしてくる曲で、好きな曲を録音するようになってたんだよね。
 まあ、録音って言っても、ライン録音なんて知らないからさ、テレビの前に「ラジカセ」置いて録音したってアレですね。私と同年代か、少し上の方は、みなさんやってましたよねぇ。
途中で、電話がなったり、オヤジがしゃべりだしたりすると、それらも入っちゃった・・・ってアレですわ。

ちなみに、サザンの「いとしのエリー」を録音した時は、最後にワタシのオヤジが「ヘタクソ」って叫んでるヤジが入っちゃってたりします、ワタシのカセット。。。

でね、なぜか、この曲は、当時録音しなかったんだよなぁ・・・。 なぜだったかは、全然覚えてないんだけど。。。

当時、あんまり好みじゃなかったのかなぁ。。。

もしかすると、一度録音したんだけど、誤って上から被せちゃったのかもなぁ・・・。 当時よく、やっちゃってたからさぁ。カセット自体、まだ高かったからなぁ・・・。まあ、当時小学3年〜4年だったワタシから見ると・・・なんだけどね。そんなにそんなに新しいカセット買ってもらえなかったから、よく、上から被せちゃってたんだよね。

いずれにしろ、今に残る、ベストテンから録音したカセットが、ワタシのヒット曲ライブラリーの「起源」なんですよね。 これを下敷きに、中学〜高校〜大学の頃、中古レコードを漁って、レコード音源のライブラリーを作って行ったんで。。。

だからね、ベストテンから録音したカセットに曲がが入ってなかった事で、ずっと忘れてたってのはあるかもな。

で、後年、ネットでチャートマニア同士の会話の中で、この曲の話題が出てずっと記憶の彼方にあったこの曲を思い出して掘り返したってわけなんですわ。

まあ、曲自体、今聴いても「大人」っぽい曲だったからなぁ。 ミディアムテンポで曲の解釈も難しい感じだしさ。到底、小学3〜4年生が聴く曲じゃなかったってのはある。
 いや、多分、当時のワタシ的にも、この曲は難しいかったのかもしれないなぁ。 例えば、前曲の「みずいろの雨」なんかは、分かりやすい曲だったじゃない? 16ビートかつサンバ的ノリのリズムといい、めちゃくちゃキャッチーなサビといい。

 でも、この曲はメロディ的にも、リズム的にも、分かりやすいっていう「掴み」は無いんだよね。

サビの ♪ すこし〜 すなおな わたしを〜 ♪ ってところなんかは艶っぽかったけどさ、八神さん。 それでも、小学生が聴いて理解するには、ちょっと難しかったからなぁ。
だから、理解できないまま、忘れちゃってたってのもあるかもしれないな。

もちろんきちんと聴きこなせば、発見はいろいろあるんだけど、そこまで解釈するには、まだまだ幼すぎたんだよな、当時は。



やっぱり八神さんのウタを聴くと、いかにも「ウタ」を聴いてるぞ・・・っていう気分にさせてくれるんだよなぁ。
やっぱお金を取るなら、この位の歌唱力は無いと。。。。
 ちなみに、この曲の聴きどころの一つとして、うねるようなベースラインがあるけど、これ後藤次利氏なんだよね。
 ゴッキーというと、ワタシらの年代としては、後年のおニャン子クラブのおちゃらけた曲を作った・・・っていうのが一番印象にあったりするんだけど、ベーシストとして腕前は超一流だったりするんだよね。



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Give Me Up / Babe

1987_03_GIVE ME UP_BABE








今回の1曲セレクトは、「Give Me Up」Babeです。

まずはデータどぇす。

・タイトル    Give Me Up
・アーティスト  Babe
・作詞      MICHEL NIGRO PIERRE、 MICHEL DE SAN ANTONIO
・日本語詞   森雪之丞
・作曲       GIUSEPPE NIGRO MARIO
・編曲      大村雅朗
・リリース日     1987年2月21日
・発売元    キャニオン
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数  12.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1987年3月23日〜3月30日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「あまえないでヨ!」主題歌

 この先1曲セレクトでどの曲を書くか・・・過去の「今頃」のチャートと、以前書いた曲のアーカイブスから当たりをつけてたんですが・・・、うーん、意外な曲をまだ書いてなかったりしますねぇ。。。当然、みんな知ってるよね・・・ってことで、昨年書いていてもおかしくなかった曲が、まだあったんですねぇ・・・。

・・ということで、今回は、そんな曲をセレクト。

Babe 「Give Me Up」

うーん、ワタクシと同年代(現在40代後半)の方は「なっかしいなぁ」って感じかなぁ

「Babe」って覚えていますか?  近藤智子 二階堂ゆかり によるデュオユニットでしたね。
まあ、今から思えば、二人とも特段キレイでもなかったし、歌が飛びぬけて上手かった訳でもないし、どこにでもいるようなお姉ちゃん2人組だったんだけどね。
だから、本来ならそれほど注目されなくて、グッパ〜イでも全然おかしくなかったと思うんだけどさ、今思うと。

やっぱ、デビューの時の「ベストテン」での「失敗」がインパクトがあったんじゃないかなぁ。
そそそ、Babeってこの曲でデビューしたんだけど、丁度87年組が次々とデビューしていた時期。「ベストテン」で87年デヒュー組の紹介VTRを流したことがあるんだよね。
 そのとき、近藤智子さんが思いっ切り、お尻からコケタってのがねぇ、なかなかインパクトがあったんだよな。意外とあれで、ググッと人気に火がつきましたよね。

まあ、楽曲的にも充分インパクトありましたけどね、「Give Me Up」。 一度聴いたら絶対に忘れないでしょってくらいキャッチー。
 もちろん、ここで書かなくてもみなさんご承知のように、元々はマイケル・フォーチュナティの前年のヒットのカバー。 うむ、もろユーロビートでしたな。

ちょうどユーロビートブームの真っただ中だったんだよね。それを受けてか、アイドルもみんなこぞってユーロビートのカバーやってたもんなぁ。
 先駆けは前年の荻野目洋子の「ダンシングヒーロー」辺りからなんだけど、あれが大ヒットしたこともあって87年にもなると、猫も杓子もユーロビートって感じだったもんなぁ。

いや、それまでアイドルの曲ってあんまり「踊り」って言うか、みんなで「踊れる」ことを前面に出した曲って少なかったんだよね。アイドルといえば、その存在を愛でるキャラクターだったわけでね。
まあ、ピンクレディーみたいな「例外」もあったけどさ、「踊り」っていうのはそれほど大きく重要な要素じゃなかったんですよ。
でも、この頃からだよなぁ、アイドルの楽曲にみんなで「踊れる」っていう要素が加わってきたのは。

おりしも時代はバブル前夜。みんな踊れや騒げやって感じだったよなぁ。まあ、口悪く言えば「軽薄」な時代だったんだよね。

 でも、そんな時代にピッタリ嵌まったって訳なんだよね、そんな訳で、この曲はセレクトしてきたのは正解だったよね。
 まあ、Babeの他にもこの曲カバーしてきたヒトはたくさんいる訳で、仮にBabeがカバーしなくても、誰かがカバーヒットさせただろうけどさ。

結局さ、ユーロビートが流行ったのは、日本語詞との相性が良かったからなんだろうね。それと全体的にキャッチーなメロディ。 日本人の感性にピッタリ嵌まるっていうかさ。
 ま、それ以前もフレンチポップスが日本で成功した例もあるように、ヨーロッパ系の音って日本人、好きなんだよね。というか↑で書いたように感性が合うんだろうね
ちょっと濡れたようなサウンドとか、メロディのリズム感とかさあ。

だからね、ちょっと話がズレるけど、いまフランスを初め、ヨーロッパで日本のアニメ曲とかアイドルが受けているのも良く分かる事なのよ。音楽の感性が似てればさ、日本の曲が向こうで受けてもおかしくないわけでさ。逆もまたしたりって事なんだよね。

いずれにしても、今のE-GIRLなんかに至るまでの「踊れる」アイドルの源流だよね、このBabeなんかはさあ。



それにしても 
♪ Give Me Up  Wow Oh 〜 ♪
っていうフレーズは、今聴いてもシツコイ位繰り返されますなぁ。
まあ、この曲の「キモ」はこのフレーズなんだけどさぁ。

これだけ繰り返されると、否が応でも覚えちゃいますよね。
好きキライ関係なしに、耳に残っちゃいますわ。
で、もって思わず曲に引き込まれる・・・というかね。

どーでもいいことだけど、勤務先で隣のデスクの女子が、二階堂ゆかりさん
(ポニーテールの方)に似てるんだよな。雰囲気が。

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Invitation / 河合奈保子

1983_01_Invitation_河合奈保子






今回の1曲セレクトは、「Invitation」河合奈保子です。

 まずはデータです。

・タイトル    Invitation
・アーティスト  河合奈保子
・作詞      竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1982年12月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   18.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1982年12月27日〜1983年1月24日付

 河合奈保子さんの曲も大分書いてきたわけで、初期のめぼしい曲は、すでに大体出している・・・ハズなんだけども、過去のアーカイブスを見てたら、まだ、出してない曲があった。
 
・・・ということでもないけど、今回の1曲セレクトは、「ご招待」っつう曲です。。。あせあせ

 ふんにゃ、河合奈保子の「Invitation」どぇす。

実際、今頃はヒットのピークも過ぎつつある頃で、本来ならもう少し前に持ってきたかったんだけど、本当にピークが過ぎる前に持ってこようと、急遽、セレクトして来ましたわ。


 この曲、引っ張ってくるにあたって、ようつべなどでいろいろ動画を物色してたんだけど、コメントを読むと、この曲、人気あるんだねぇ。
 けっこう、好意的なコメントが多数・・・。ふむふむ、なるほど・・。

 当時は、いまひとつジミな感じがしたんだけどなぁ。ま、このひとつ前の「けんかをやめて」が当たったからねぇ。

 そそそ ♪けんかをやめて〜 ふたりをとめて〜 ♪ ですよ。

 でも、なぜか、当時人気があった、この「けんかをやめて」の方が、今になるといろいろと物議を醸し出していたりしてさ。。

 いや、「けんかをやめて」って、一つの女の子を二人の男が取りあいするって内容でしょ、外目には。。 それが、いつの間にか、「自惚れんな、このブス女」・・・って風になっちゃってんのよふらふらふらふらふらふら


 いや、わかんないもんよね、時代が過ぎると・・・。


 でも、この「Invitation」は、ジミな存在だったし、内容的にも可愛らしい曲なんで、そういう「彎曲」した見方は出てないようですね。

やっぱし、インパクトの差だよな。
 それが、ダイレクトに売上げ枚数にも反映してるんだけどさ。 当時は、その辺からのヒットの大小っていうのは、シビアだったからねぇ。

 まあ、それだけ「浮動票」の存在がでかかったんだけどさ、当時は。

 
 そもそも、歌詞の内容からして、今の若いコからすると、大分「?」なんじゃないかなぁ・・・なんて思ったりもしたりして。。
 出だしの ♪ ペナントだらけのあなたの部屋に〜 ♪ なんて所からして、今じゃ絶滅だよね。部屋にペナント貼ってる男の子なんたさあ。
 でも、ワタシらの時代は、みんな結構貼ってたよなぁ・・・。なんてさ。

 まあ、どちらの曲も、今をトキメク「竹内まりや」女史の作品なんだけどね、以前書いた、堀ちえみの「待ちぼうけ」もそうだけど、「当時ならでは」の歌詞のシチュエーションが見られたりして、いやがおうにも時代を感じたりしてね。

 でも、うまいんだよね、アイドルに曲書くのが。
 まず第一に、このヒトの書くアイドルの曲って可愛らしいって言うのところが大きいな。 スレてないって言うのかなぁ、鷹揚なイメージなんだよね。まず、今じゃあんまり見かけなくなったティーンの女の子像だよなぁ。
 もう一つは、言うまでもなく、ソングライティングの良さっていうかね。古臭くないんだよね。かと言って、斬新に新しくもないし。いい塩梅の新鮮さっつうのかなぁ、少なくとも、堀ちえみも河合奈保子も、竹内まりやの曲を歌うことで、ワンステップ曲に幅が出来た・・・とはいえるわな。

 特に河合奈保子は、この辺から、アイドルアイドルした曲から脱皮を試み始めて行ったりするんだよね。

・・・というか、結局、このころは、ニューミュージック系アーティストが作る、新しい形のアイドルの曲っていうのが、時代の先端を行ってたんだよねぇ・・・。

 ま、この曲も、その1曲ということで、改めて、そんな風に感じた次第ですわ・・・。




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疑問符 / 河合奈保子

1984_01_疑問符_河合奈保子






今回の1曲セレクトは、「疑問符」河合奈保子です。
 
 まずはデータです。

・タイトル    疑問符
・アーティスト  河合奈保子です。
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1983年12月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 4位
・売り上げ枚数  19.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1983年12月12日〜1984年1月9日付


 えー、今回は前置き無しで・・・。
 河合奈保子の「疑問符」なぞひとつ。

この曲って言ったら、さみしーい曲なんだよねぇ。 寂しい・・・というより、「冷たい」というかねぇ。

 まあ、いかにも冬枯れな季節に合いそうな曲ではあるんだけど、それにしても、当時は、徹底的にジミダナァ・・・・っていう印象が強かったねぇ。インパクトもあんまり感じなかったし、印象からして、シングルのA面というより、B面にひっそり沈んでいるような・・・っていうイメージだったんだよね。

 それに、この曲の前の「UNバランス」までのようなポップ感も感じなかったし・・・。どちらかといえば、「歌謡曲」路線に近いような印象が強くてさ。

 だから、この曲はあんまり売れないだろうなぁ・・・っていうのが、最初聴いたときの印象だったかなぁ。 まあ、案の定、前の曲まで20万枚オーバーしてた売り上げ枚数も、この曲で20万枚切っちゃったしね。

 たださ、「ザ・ベストテン」で、ベスト3の3位まで行ったのには、ちょっと意外性を感じたよなぁ・・・。
 うん、それまで河合奈保子って、ベストテンじゃ、なかなか上位まで行かなかったからねぇ。「エスカレーション」が3位まで行ったのが最高だったから、それと同じだったわけさ。

 でもねぇ、それもつかの間でさぁ、次の週、いきなりベストテンから落ちてやんの。。。ふらふらふらふら

 ベスト3から、いきなり次の週でベストテン落ち・・・。

 まあ、現在では珍しくもなーんとも思わないようなチャートアクションだけど、当時はなかなか見られないようなチャートアクションだったからなぁ。結構、衝撃的でしたわぁ。

 ちなみに、1984年1月12日放送分で3位、次1月19日放送分は12位だったんで、9ランクダウン・・・っちゅう。

 まあ、伏線はあったんだけどね。3位の時の得点は7799点で、当時の3位としては、結構な低レベル。

 次の週の12位のときは6253点と、逆に12位としては高得点・・・とかなり不利な条件となってしまったため、こういうチャートアクションが生まれてしまったわけで・・・。

 ちなみに、ベストテンでは、当時としては、ベスト3からいきなりのベストテン落ち・・・ってのは、1979年11月の山口百恵の「しなやかなに歌って」の2位→12位っちゅう、10ランクダウンに次ぐ記録じゃなかったんかなぁ・・・。

 なんかね、曲以上に、そんなベストテンの動きの方が記憶に残ってたり曲かもなぁ、この曲。
 いや、この曲聴くと、いつも、そのことが脳裏に浮かんでくるものふらふら

ちなみに、3位だった、1984年1月12日放送分だけど、この曲のイントロで、風呂桶を撃つようなSE音が入ってるんで、わざわざ銭湯で「風呂桶」の音をサンプリングしてきた・・・なんてしょうもない演出のしゅうだったんだよね。まさか、そんなしょうも無さで、次の週ベストテンから落ちた・・・って訳でもないよなぁ。。。
まあ、ことをやってたりするのは、ベストテンらしいっちゃ、らしいわなふらふらふらふら



昔は、↑で書いた「風呂桶SE」のベストテンの動画が落ちてたんだけど今はなくなっちゃったんだな。。。



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