かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

原田知世

天国にいちばん近い島 / 原田知世

1984_10_天国にいちばん近い島_原田知世






今回の1曲セレクトは、「天国にいちばん近い島」原田知世です。

まずはデータでーす。

・タイトル     天国にいちばん近い島
・アーティスト   原田知世
・作詞       康珍化
・作曲       林哲司
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1984年10月10日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    27.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1984年10月29日〜11月26日付
・タイアップ:映画「天国にいちばん近い島」主題歌

どうも、季節の変わり目っていうのが苦手なんだよね。いつも季節の変わり目になると決まって体調が悪くなるんだよな。
 やっと抜けてきたけど、先週はずっと風邪気味でノドがいがらっぽかったし、週末は腹壊したりしてね。

特に「秋」は、わたしにとってはどうも「鬼門」でして、どうも、情緒不安定になりがちなんですよねぇ。
 まあ、ワタシの場合は年がら年中、情緒不安定なのですが。。。(水爆)
 秋って言う季節は特にそうなんですよねぇ。
 
いつからなんだろ? ガキのころは、そんなことなかったんだけどね。

 考えてみれば、中学3年の頃からだと思うなぁ。矢鱈と将来の事を考え出した頃からだ。将来を考えるとトタンに不安になる。 それは、今でも変わりませんねぇ。
 まあ中3の秋ということで、目前に迫ってきた高校受験で尻に火が付いてきた頃でもありましたけどね。

 この「天国にいちばん近い島」がリリースされたころって、そんな兆候のいちばんハシリの頃でさ、どうも、この曲を聴くと、憂鬱なダルーイ気分になるんだよねぇ。
どうしても、31年前のあの感情が呼び起こされるからなんだろうねぇ。

音楽って本当に不思議だよね。曲を聴くだけで、あの時代にタイムトリップしてしまうっていうかさあ。
この曲を聴くと、そうだ、ストーブを焚き始めた頃だ・・・って、あの頃部屋に置いていた、石油ファンヒーターの燃える匂いが脳裏をかすめたり。。。 

 なんて、曲とはほとんど関係ない話をダラダラしてしまいましたが・・・


 実際の曲といえば、正直、それほど強烈なインパクトがあったわけじゃない。かといって、全くの駄作と言う訳でもない。
まあ、いつもの原田知世といえば、いつもの原田知世なんですが、そのまえの「愛情物語」とも「時をかける少女」ともちがうダルさなんですよねぇ。

 単純に、東芝EMIからCBDソニーに移ったって言うところの音色の差なのかなぁ・・?
 
 ダルイといっても、なんの「しん」も感じない、ダラーッしたダルサなんですよね。この感じ。

 それはそうと、この曲が原田知世、唯一のオリコン1位を獲得した曲なのですよね。

 え? 原田知世って1位取ってるの? って言われそうだけど、ちゃんと取っているだよね。
 ただ、すでにアーティストパワーしては、すでに峠を過ぎている頃で、これ以後は取っていない。

 まだ、「角川映画」華やかし頃の話ではあるけどね。

ちなみに、映画の方の監督は、あの大林宣彦氏。でも、大林氏のなかでは、それほど高い評価を得てる映画でもないですけどね。 このすぐ後に公開された尾道三部作の「さびしんぼう」のほうが全然良かったし。。。
原田知世と大林宣彦氏といえば、やっぱ「時をかける少女」なんだよなぁ。。。。




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

ダンデライオン〜遅咲きのタンポポ〜 / 松任谷由実

1983_10_ダンデライオン_松任谷由実






今回の1曲セレクトは、「ダンデライオン〜遅咲きのタンポポ〜」松任谷由実です。

 まずはデータです。

・タイトル   ダンデライオン〜遅咲きのタンポポ〜
・アーティスト 松任谷由実
・作詞     松任谷由実
・作曲     松任谷由実
・編曲     松任谷正隆
・リリース日  1983年8月25日
・発売元    東芝EMI
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  17.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 15位

 さて、今回はマクラ無しで、のっけから本題。

 今回引っ張ってきた曲は、ユーミンの「ダンデライオン」なんだけど、本当は、先月書いた、松田聖子の「小麦色のマーメード」の次に書こうと思ってたんだよね。
 まあ、それは、ユーミンつながりで・・・って言うところからなんだけどさ。

 ただ、あんときは、まだ暑くてさあ、どうも、この曲のイメージとつながらなかったんだよなぁ。
 なんで、もうちょっと涼しくなるまで待ってみるか・・・なんて思いつつ、今日まで引っ張ってきちゃったわけですわ。

 ようやく涼しくなってきたからねぇ。
 加えての、ドン曇り・・・と、この曲のもつ「もの悲しさ」的なイメージにピッタリ来るような気候になってくれたんで、やっと、書こうかな・・・と。

 本当は、イメージとしては、秋晴れのちょっと冷たい風が吹いて・・・っていうイメージなんだけどね、本当は11月の木枯らしが吹いてくる季節の方がピッタリきそうだし、実際、ずっとその時期のヒットだと思ってたんだよね。でも、実際は2カ月くらい前倒しだったんだよなぁ。

 この曲は、上で書いたように「もの悲しさ」ってのが全体的なイメージなんだけど、「賛美歌」的な、高貴なもの悲しさなんだよね。

 ま、それは、特に、出足の

 ♪ ゆうやけに〜 ちいさくなる〜 ♪ のメロディラインから、即感じるところなんだけど、この辺のイメージは、この曲から7年前の「翳りゆく部屋」にダブるんだよね。
 あの曲も、タイトルからしてそうなんだけど、耳に入ったとたん、「西日が翳ってゆく情景」がバーッと浮かんでくるじゃん。「西日」というと、やっぱり「秋の日」が一番ピッタリ来るわけで、否が応でも温度感として、秋の温度感を感じるんだよね。

 この曲も、「翳りゆく部屋」と全く同じような絵が浮かんで来るんだよねぇ。
 その辺、タイトルの「ダンデライオン」→タンポポっていうイメージと離れるんだけどね。当時、「ダンデライオン」って意味わかんなかったんで、感じなかったんだけど、後になって、「ダンデライオン」って「タンポポ」っていう意味を知って、タイトルイメージと違うな・・・なんて思ったりしたんだけどね。


 まあ、やっぱ、「音楽」も芸術の一つに数えられているわけで、「絵画」と同じだと思うんだよね。
 情景が浮かんでくるかどうかというのは重要だとね。ことユーミンの場合は、それぞれの曲の「色合い」がはっきりした情景が浮かんでくる。
 その辺が長年人気が落ちない所以だと思うんだけどさ。

まぁ、その辺は、本人が多摩美大出身っていう、芸術系出身ということも大きいんだろうね。

 で、「賛美歌」風な曲調っていうのも、高校まではカトリック系だったっていう環境から来ているんだろうし。
 ただ、80年代終盤からの、いわいるメガヒットの時代からは、この手のダイレクトな「賛美歌」風の曲が少なくなったような気がしないでもない。 その辺、、この当時のユーミンから比べると魅力が減ったんじゃないかなぁ・・・と思うこのごろだな。
 

 ところで、この曲って、松任谷由実のセルフシングルのこのバージョンより、原田知世のバージョンを先に聴いたのかなぁ、個人的には。
 この年は、例の「時をかける少女」からはじまって、ユーミン夫婦は、原田知世に入れ込んでたからなぁ。 この曲もその流れなんだよね。

 そそ、もともと、原田知世のアルバムに収録されていたんだよね。
・・・と書いた後で、Wikipediaを調べたら「シングル」ってなってる。。

 あれれれ、そうだったかなぁ・・・?

 オリコンのチャートブックには、記載がないが。。。 あれ、100位にランクされなかったか?

 いや、個人的には、この年リリースされたアルバムに収録されていたバージョンを先に聴いたような記憶があるんだけど・・・。


・・・・と思って調べたら、「シングル」になったのは、この年の7月で、「自主制作盤」だったんだね。どうりでオリコンに入ってなかったわけだ。。。


・・・・なんて書いた割には、原田知世バージョンの方は、記憶に残ってません・・・なんだけど。。 
 いや、当時から、あんまり、印象に薄かったような気がする。


そそそ、本文とは全く関係ないけど、この曲で、Dandelion ⇒タンポポ って覚えたんだよな。
最初は、ダンデライオンってどんな「ライオン」だ? なんて想像してたんだけど。。。

ヒット曲も、時々、学校の勉強に役立ったんだよな。




で、動画は、変則的で申し訳ないんだけど、原田知世とユーミンが「僕らの音楽」で共演した時のモノ。
表題的にはユーミンにしたんで、ユーミンのソロが良かったんだけど、何分、動画が落ちてないんで。。。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

時をかける少女 / 原田知世

1983_07_時をかける少女_原田知世






今回の1曲セレクトは、「時をかける少女」原田知世です。

 まずはデータでーす。

・タイトル     時をかける少女
・アーティスト   原田知世
・作詞       松任谷由実
・作曲       松任谷由実
・編曲       松任谷正隆
・リリース日    1983年4月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  2位
・売上げ枚数    58.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1983年6月27日〜9月5日付
・タイアップ:映画「時をかける少女」主題歌

 ここのところ、がっつり書いちゃうような曲が続いたんで、今日は、久々に軽ーく書けるアイドルの曲をもって来ようかなぁ・・・といろいろ物色したんですが、この時期って、意外と「これ!」っていう曲が浮かんでこなかったんだよねぇ。。

 それでも、めげずに物色してたところ、ありましたよーん。
はい、この曲、「時をかける少女」。


 この曲は、原田知世にとっては3枚目のシングルとなるんだけど、その前の2枚は泣かず飛ばずだったんだよね。
 ま、ひとつは、やっぱし、このヒトの歌唱力ってところだよなぁ。。。
 デビュー曲にあたる「悲しいくらいほんとの話」。当時、ヤンソンの新曲激評で、近田春夫氏が激怒りしてましたもんね。 「ひでぇヘタな歌だな」・・・と。

 ま、もともとは女優さんだし、そのてんは考慮もできるところなんだけどさ。

 そうこう迎えた、第3弾がこの曲。

 BUT、売れたんだよね。大ブレイクだったんだよね。 歌唱力は相変わらずだったんだけど、なぜ??

 うーん、まあ、大方の見方では、この曲が「主演」映画の主題歌だったから・・・ってところだろうけど、仮に映画の主題歌でなくても、曲の力でそこそこ売れたんではないかなぁ・・とは思うなぁ。

 うん、曲がよかったんだよね。 
 なんていうのかなぁ・・・・、カラッとした透明感っていうの。なんか、実体はないんだけど、安心するような・・・。

 これは、やっぱり、松任谷由実、松任谷正隆「夫妻」のマジックというべきですかねぇ。
 松田聖子を手がけるのとは、また別の感覚・・・・透明性・・・があるんだよね。
 松田聖子の場合は、何がしかの「カラー」って言うのがわりとはっきりしてるんだけどさ。

 ただ、共通しているのは、「カラッ」とした温度感なのかなぁ。

実は、この曲の前の2曲は、来生たかお、えつこ「姉弟」が手がけているんだよね。 このヒトたちは、どっちかといえば「濡れた」感じじゃん。
ま、それでうまく行くヒトもいるんだけどさ。中森明菜のように。

でも、原田知世の場合は、松田聖子と同じ類だったわけだ。

 この曲、最初にも書いたように、実体がない透明感って感じで、その上に原田知世の「語り」のようなちょこんとしたボーカルがのっかってる、かるーーーい曲なんだけど、不思議と存在感があるんだよね。
 それは、やっぱし、原田知世っていうヒトが根っからの「映画女優」だからかなぁ。

 不思議と絵が浮かぶんだよね。

時に2番の ♪昨夜の夢は金色 幼い頃遊んだ庭〜 ♪からの一連の歌詞の部分とかさ。

 簡単でシンプルだからこそ絵になるのかもねぇ。

 だけど、このころは、原田知世と松任谷由実って蜜月状態だったよねぇ。
 原田知世って、このすぐ後、「ダンデライオン」をカバーしてたし、逆にこの松任谷由実は、この「時をかける少女」をセルフカバーしてたりね。

 あ、蛇足だけど、松任谷由実って、自分がセルフカバーするつもりの場合は、作家の名義が松任谷由実なんだよね。そのつもりがない場合は、「呉田軽穂」になるわけで・・・
松田聖子に曲を提供する場合、セルフカバーするつもりない・・・っていうか、イメージが聖子になっちゃってるからカバーできないって言うのもあるだろうけど、呉田軽穂名義にしている場合が多いのよね。

 ・・・・ってこれは、有名な話か。。。

ときに、この曲は、松任谷由実名義のクレジットになっているんで、当初からセルフカバーするつもりだったんだろうけど・・・。

 ちなみに、石川ひとみ(三木聖子)の「まちぶせ」もクレジットは、松任谷(荒井)由実になってたんだよね。
 ま、だから、のちにカバーしたけど、まさか、96年なんていう、オリジナル発表してから20年後にセルフカバーするとは思わなんだけど。。。


話がずれた。。。。

この曲のサウンドなんだけど、上で書いたことのくり返しなんだけど、至ってシンプル。ほとんどエレピとシンセと・・・って感じで、そのほかは間奏部のサックスのからみだけの世界。
 なのだけど、意外とコード進行は複雑・・・・というか、頻繁なコードチェンジで進行するんだよね。

 特にサビの部分はさ。。。。

♪ 時をかける少女 ♪ は1音ずつ、F#mとEのくり返し

♪ 愛は輝く船 ♪ は1音ずつ EとDのくり返し

でも、実際に、こんなに複雑に聴こえないのは、ベースが


♪ 時をかける少女 ♪ はずっとF#の開放音
♪ 愛は輝く船 ♪ はずっとEの開放音

になっているからだろうねぇ。ま、この辺は、松任谷由実お得意の解放音を多用したコード進行なんだけど、松田聖子の場合、ここまで頻繁なコードチェンジはあまりないんだよね。

 そのへんが、やっぱり、メロディラインをなぞるだけで「聖子」印の印象がある松田聖子と、きちんとサウンドを作り上げないと曲に聴こえない原田知世との違いなんだろうなぁ。。。


最後に映画「時をかける少女」は、言わずと知れた「角川映画」で、薬師丸ひろ子の「探偵物語」との併映だったんだけど、同時に大林宣彦監督の尾道三部作の中間作品だったんだよね。
 1作目が前年の小林聡美と尾美としのり主演の「転校生」、最後が富田靖子と尾美としのり主演の「さびしんぼう」(1985年)なんだけど、ワタシ、映画はそんなに見るほうでもないのに、この尾道三部作は大好きでさぁ。。
セピア色が似合う映像作り・・というか、とおーーーい記憶を甦らせてくれる感情にさせてくれるよね。



 本当は、「ザ・ベストテン」の1983年7月7日、七夕の日放送分に出演した時の、「時をかける少女」が演出的に一番綺麗なんだけど、落ちてないからなぁ。。。。この動画でガマンしてちょ。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

愛情物語 / 原田知世

1984_05_愛情物語_原田知世






今回の1曲セレクトは、「愛情物語」原田知世です。

 まずはデータです。

・タイトル     愛情物語
・アーティスト   原田知世
・作詞       康珍化
・作曲       林哲司
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1984年4月25日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    32.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1984年5月10日〜6月11日付
・タイアップ:映画「愛情物語」主題歌

 曲そのものだけじゃなく、曲のマネージメントについても興味が出てきたこの頃・・・。
 うん、まあ、それだけ、それぞれの楽曲について広く、見れるようになってきたって事かもしれないし、単に年取ってきたって事かもしれないけど・・・ふらふら

 でもさ、そういう見方にも興味を持ってきたからこそ、改めて、「おおっexclamation & question」っと疑問に思えてくることも見えてきたりして・・・。


 今回の1曲セレクトは、そんな1曲・・・。

 原田知世 「愛情物語」

 えー、この聴くからには、なーんの変哲もない、当時の「アイドル」ポップスの典型のような、この曲を疑問に思ったのはさ、「なんで、この曲だけ、東芝EMIからリリースなんねんexclamation & question

 って事だったりして・・・。


 まあ、フツーに聴いている限りでは、まーったく意味もないことなんだけどね。こんなこと考えても。。。

 でもさ、「ビジネス」的な切り口から「ヒット曲」に、そこそこの年数関わってくると、こういうところも気になって来るんだよねぇ。

 まずもって、一番、気になるのが、「どんな契約内容になってるねんexclamation & question」って事だったりして・・・。

 いまは、業界的にどういう慣習になっているかは、よく分からないけど、当時は、レコード会社移籍にあたっては、そのアーティストは「半年間はレコードをリリースできない」っていう慣習があったようなんだよね。

 まあ、もちろん、契約書上の慣習ではなかったとは思うけど、あくまでも業界上の慣習でさ。


で、然るに、この「愛情物語」をリリースするに当たってだけど、シングルリリースは、この曲の前は、例の「時をかける少女」なんだけど、これが、1983年4月21日リリースで、リリース元は「キャニオン」。

 うん、原田知世にとって、82年のレコードデビューから、ずっとキャニオンだったから、まあ、これは不思議ぢゃない。

 たださ、同じ83年11月リリースのファーストアルバム「バースディ・アルバム」は、既に東芝EMIからのリリースってなってるから、業界の慣習からして、最短で83年の5月には、キャニオンから東芝EMIに移籍してたことになる・・・。


 うん、まあ、この辺も、フムフム・・・ってところかな。


 だけどさぁ、この「愛情物語」のリリースが1984年4月21日で、次のシングル「天国にいちばん近い島」のリリースは、同じ84年の10月10日。しかも、リリース元は、いきなりCBSソニーだったりするあせあせ

 あれれれ〜、ちょっとまった・・・ということは、この曲リリース直後の1984年5月1日付で移籍したとしても、半年経ってないんですけど・・・ふらふら


ってことになったりして・・・あせあせ


 まあ、その辺が、当時の「角川」体制の強大さを感じ取れる1コマだったりして・・・。

 つまーりさ、角川のヒトコエで業界の慣習さえ、変えられた時代なのよ、この頃は。
 事実、薬師丸ひろ子、原田知世っていう「2大看板女優」を要してた当時が、角川映画の全盛期でもあったしな。

 まあ、原盤権が恐らく角川側にあったんだろうし、だから、曲制作に関しては問題はなかったんだろうけどさ。


 でさ、逆に考えれば、この曲、リリース直後に、レコード会社を移籍してた・・・ってことになれば、プロモーションもほとんどレコード会社ではしてないってことになるよね。

 事実、この曲、ほとんどテレビでは歌ってないはずだぞよ・・。

 それでも32万枚強も売れちゃってた、当時のパワーの強力さね。

 もー、ほとんど、映画主題歌タイアップとしてのみで売れちゃってたんだから、大したものだよね。

 
 なーんて、思う、今日この頃なのであります。


 うみゅ、今日の1曲セレクトは、曲の中身まで言及しなかったな・・・。
 ま、たまには良いでしょあせあせ  ・・・でも、業界に関わりのない方には、どーでもいい内容だったかな。。。



曲調からすると、晩秋から冬・・・っていうイメージなんだけど、実際のヒットし、初夏だったんだよね。
その辺のイメージのずれが、この曲の面白さかなぁ。
 サウンドそのものは、林哲司氏ならでは、「84年」を象徴している輪郭のはっきりとした音ですよねぇ。
ここでは何回か書いてるけど、「84年の音」って特徴的なんだよね。輪郭がはっきりしてクリアで。
ほとんどが、当時ブームだった、FM音源シンセ、YAMAHA DX7シリーズのプリセット音だったりね。
ま、そのほとんどが林哲司氏の作、編曲だったりするんだけどさ。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村
記事検索
livedoor プロフィール

かじやん

読者登録
LINE読者登録QRコード
QRコード
QRコード