かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

北山修

あの素晴しい愛をもう一度 / 加藤和彦 北山修

1971_06_あの素晴らしい愛をもう一度_加藤和彦 北山修


今回の1曲セレクトは、「あの素晴しい愛をもう一度」加藤和彦 北山修です。

まずはデータです。

・タイトル    あの素晴しい愛をもう一度
・アーティスト  加藤和彦 北山修
・作詞      北山修
・作曲      加藤和彦
・編曲      葵まさひこ
・リリース日   1971年4月5日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数 23.9万枚
・ベストテンランクイン期間:1971年6月21日付

どうもPCの調子が今一つ良くない。立ち上げると長い時間HDDをガリガリガリ・・・と。どうも、OSのシステムのどこかにエラーが発生しているようだ。ちょっこっと調べなきゃいけんな。。。
ここ数日、そんな状態が続いていて、一昨日少しイラッと来たので、昨日は、なんも書かずに寝ちゃいましたが、流石に2日空けるのは「痛い」と思いーの、本日はPCを立ち上げましたわ。

ま、昨日1日間をあけたのは、ここのところアイドルが続いたんで、ちょっと傾向を変えようと思い、1日クールダウン日を作ったってのもありますけどね。

・・・ということで、今回は、前回のキョンキョンからは、また、かなり傾向が違う曲です。
しかも90年代から、一気に時代を20年遡り70年代初頭です。

加藤和彦 北山修「あの素晴しい愛をもう一度」

うーむ、どうだろう? この曲と言ったら、やっぱし、学生時代の音楽の教科書の・・・っていうイメージになっちゃうのかなぁ。
 いや、正直言うと、ワタシもそうだったからねぇ。 この曲っていったら、中学校の時の音楽の時間に「合唱」曲としてやった・・・っていうイメージがあったしな。
 まさかね、オリコンでベストテン内入りしてた「ヒット曲」だったっていうのは、知らなかったんだよねぇ、昔は。

オリコンでベストテン入りしてた、オリジナルは、元フォーククルセダースの加藤和彦氏と北山修氏のディオだったって知ったらのは、実は高校生の頃だったんだよな。

この曲と言ったら、イントロでも象徴されるように、アコースティックギターでのスリーフィンガー。

最近のヒット曲では、ほとんど聴かなくなった、アコギのピッキングテクニックの一つだよね。
・・というか、最近は、「プロ」のギター弾きでもスリーフィンガーもアルペジオも出来ないヒトも多いって言うからなぁ。 最近は、ジャカジャカ、ストロークしてるだけっていうバンドマンも多いしさぁ。
情けないよなぁ。

最近は、ギターテクニックを売りにしているギターマンも少なくなったしなぁ。MIYABIくらいか、若手で超絶ギターテクニックを売りにしているのは。

でも、この曲を最初に聴いた時は、一体どうやって弾いてんだろう? なんて思ったもんですわ。

まあ、ワタシ自身、ギターは全然ダメなんで、弾けもしないんだけど。

でも、やっぱり、アコギでのスリーフィンガーやアルベジオを聴くと、「自分の時代」の曲っていう感じがするんだよなぁ。安心する。

ジャンル的にはフォークに分類されるんだろうけど、この時代70年代に入った頃のフォークは、この後歌謡曲方向へコミットする流れと、ニューミュージック方向へ流れ、その後ロックと融合するフォークの2つに分類させて来ていたように感じるんですよね。

この曲はどっちだろう? 

やっぱり後者ですよね。、後にニューミュージックへ発展するフォーク。まあ、個人的な見解だけど、この後、加藤和彦氏は、サディスティック・ミカ・バンドで本格的にロックに向かいましたしね。
 なにより、少なくともこの少しあとにブームとなった「四畳半フォーク」のようなジメッとした閉鎖的な空気感が無いんだよね。解放感がいっぱいじゃん。
 そんな解放感・・というか自由な空気感が、後のニューミュージックに繋がっているような気がするな。

・・気がするな・・っていうのはいささか説得力が無いけど、如何せん、個人的にはまだ、リアルタイムに経験した訳じゃないからなぁ。
 この曲のヒットが1971年の今頃でしょ。ワタシゃまだ2才になる少し前だしさあ。

ただ、時代背景的には、この頃って好きなんだよな。もちろん、2才とは言え、すでに生まれていた訳だから、この時代は空気は吸っていた訳だけど、なんせ記憶にないからなぁ。 後5年は早く生まれたかったですねぇ。




トノバン(加藤和彦)氏も亡くなってしまった今、この曲も加藤和彦氏の生演奏では聴けなくなってしまいましたね。
時代と言えばそうなんだろうけど、加藤氏には、もっと長生きして欲しかったですよねぇ。



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青年は荒野をめざす /ザ・フォーク・クルセダース

1969_01_青年は荒野をめざす_ザ・フォーク・クルセダース






今回の1曲セレクトは、「青年は荒野をめざす」ザ・フォーク・クルセダースです。

 まずはデータです。

・タイトル    青年は荒野をめざす
・アーティスト  ザ・フォーク・クルセダース
・作詞      五木寛之
・作曲      加藤和彦
・編曲      川口真
・リリース日   1968年12月5日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数   12.6万枚

 昨日のSIAM SHADEをから時代は、一気に29年さかのぼりまする。 今回はひっさびさの「60年代」の曲です。 

ザ・フォーク・クルセダース  「青年は荒野をめざす」

この曲とは直接関係は無いけど、EAGLESのオリジナルメンバー、グレンフライ氏が亡くなりましたね。
先日のデビットボウイといい、年明けそうそうから大物アーティストが次々と亡くなる年となってしまいましたねぇ。

 イーグルスといえば、どうしても「ホテル・カリフォルニア」。 その「ホテル・カリフォルニア」の歌詞に

「あいにくながら 1969年のスピリットが切れまして・・・・」

と言う部分がある。

そう、「ホテル・カリフォルニア」って言う曲は、内容的にいろいろ言われてたりするけど、大雑把にいえば、1969年⇒カウンターカルチャーの時代が終わった後の、喪失感、いわいる「シラケ時代」を歌った歌なんだよね。

そんな1969年って言う時代。 世界的に見ればベトナム反戦熱が最高潮に達し、その熱がカルチャーにも及んだ年。方や日本では、ベトナム反戦にプラスして、70年安保阻止にむけて学生運動が最高潮に達した年。

 そう言えば、一昨日1月18日は、「東大安田講堂」が陥落した日だ。1969年1月18日。今から47年前ですね。

そんな世間全般が、いろんなところでグラグラと煮えたぎっていた年なんだよね。

今回、セレクトしてきた、「青年は荒野をめざす」は、まさにそんな時代を象徴した様なウタですね。


 この曲は、フォークルにとっては、デビュー第4弾であり、ラストシングルでもある。
 いや、正確に言えば、すでに、解散した後にリリースされたラストシングルと言ったほうがいいかなぁ。

 フォークルの解散は、1968年10月。 で、この曲がリリースされたのは同年12月だから、そういうことになるね。

 曲調は、タイトルからも、ある程度は想像できるかもしれないけど、もろ、マカロニウェスタン風。そこにストリングスを中心としてオーケストラを絡ませて、さらに雄大なイメージに仕上げている。

 それでいて、ラストのギターのアルペジオが哀愁をさそう。

 まあ、ゆうなればラストシングルとしてはぴったりの曲かもしれない。

 ただ、終わりは、また次の始まり・・・っていう言葉もあるように、フォークルとしては終わった・・・けど、次のステップの始まりともとれそうな曲調なんだよね。
 つまり、そこで、プッツリ切れていないようなイメージもあるんですよ。まあ、それは、その後の展開を既に知っているからそう感じるのかもしれないけど。。 もし、1968年12月の時点でこの曲を聴いていれば、また、別の感じもあったかもしれない。

 ・・・けど、あいにく、1969年1月では、ワタシは、まだ生まれていなかったもので。。。

 とにかく、あの時代の空気感は感じる事が出来る曲ですね。
 ま、たしかに、売上げ的にはそれほど伸びなかったけどさ。。。



 ウタと、画像は直接的に関係は無いけど、あの時代を知っている方は、懐かしい風景がたくさんあるんじゃないかなぁ。
 こういう画像とウタがリンクしていると、やっぱりウタっていうのは、世相を反映しているもんなんだなぁと思いますね。まさに歌は世につれ世は歌につれなんだすよね。
 個人的には、都電がねえ。。。道の真ん中を都電を走っている風景って知らない世代なんでねぇ。



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花嫁 / はしだのりひことクライマックス

1971_02_花嫁_はしだのりひことクライマックス






今回の1曲セレクトは、「花嫁」はしだのりひことクライマックスです。

 まずはデータです。

・タイトル    花嫁
・アーティスト  はしだのりひことクライマックス
・作詞      北山修
・作曲      端田宣彦  坂庭省悟
・編曲      青木望
・リリース日   1971年1月10日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   60.6万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1971年2月1日〜5月3日付

 先ほどは近藤名奈「春色のカーブ」をセレクトしたんだけど、案の定というかアクセス少ないなぁ。
 やっぱし、タイトル見て「知ってる」曲ぢゃないと、お客さんの食いつきも悪いんだよねぇ。
 やっぱし、「検索」したくなるワードってあるんだよね、こう見ると。


 さてさて、そういう意味では、今回のこの曲もアクセス少ないだろうね、多分ふらふら

 はしだのりひことクライマックスの「花嫁」。

 「花嫁」ねぇ・・・・、最近、この単語もあんまし使わなくなってきたもんねぇ。既に「死語」に近かったりして・・・、もしかして。

 でも、44年前は、まだ、「ポップス」のタイトルにもなっているくらい、「普通」の単語だったんだよねぇ。

 え? なに? 「演歌」ぢゃないかって? 

 うにゃうにゃ、れっきとした、ポップスですよぉ。

 はしだのりひこ氏、ご存知の方も多いように、元フォーククルセダース出身。その後、ソロとなって加藤和彦氏とは、別路線でポップロックグループ路線を走ってましたね。

 その先駆けは、はしだのりひことシューベルツで、「風」なんかの大ヒットがあったけど、メンバーの「急逝」で活動休止。

 で、その後を受けて、新たに結成されたのが、はしだのりひことクライマックスというわけですわ。

 ただ、この活動も長くは続かなかったようで、ヒットらしいヒットは、この「花嫁」だけですね。
タイトルは知らなくても、曲を聴けば「多分」誰でも知ってるだろうな・

 そそそ、

 ♪ はーなーよめはー、夜汽車にのって、とついーでー ゆーくのー♪ っていう、あの曲ですね。

なんせ、オリコンで1位を取ってますから。
今でこそ、オリコンで1位を取っても知ってる人しか知らないけど、当時は、ヒットチャートで1位なんてっ言ったら、老若男女、みんな知っる曲でしたからねぇ。


 「花嫁」っていう言葉が「死語」なら、「夜汽車」っていうのも「死語」だよねぇ。

 なんせ、定期列車の「ブルートレイン」も近い将来全廃の見通しだし、「夜汽車」自体過去の遺産になりつつあるしなぁ。

 この1971年のころは、まだ「夜汽車」が全国各地にたくさん走ってた頃ですよ。

 ポップスだけみても、こんな感じで、既に充分「歴史」を感じるよねぇ。


 歴史といえば、いつか書いたけど、この曲の頃のリズム体に「シェイク」ってのがあったんだよね。
 16ビートがまだ、日本のロック、ポップスには取り込まれていなかった頃、8ビートと16ビートの間のようなリズム体ですよ。

 もちろん、この曲でも使われてますよ〜。

 イントロ〜Aメロは、普通の8ビートなんだけど、

♪いのち かけて もえーたー 〜 ♪

からのサビに入ると、シェイクに変わるんだよね。

 この部分、ベースも跳ねた、クネクネ曲がるベースラインに変わるから、容易に分かると思うんだけどさ。

 まあ、いずれにしても、端的で分かりやすく、かつキャッチーだよね。

 これこそ、シングル的ヒットなわけよ。

 ちなみに、フルで聴いても2分50秒よ。やっぱさ、シングルはこうでなくちゃ! 

 ・・・といっても、最近は作りにくくなってるんだろうけど。。。

 ただ、まだ、このころは、レコードのSP盤の名残が若干残ってて、「1曲3分」ていうのが標準だったんだよね。

 なぜ3分か? ・・・答えはカンタン。SP盤って、片面最大で3分しか録音できなかったからなのよ。(大きさはLPと同じで12インチ)

 それを考えると、今の世の中は、どれだけ技術が進歩したか分かねよねぇ。





 ちなみに、はじたのりひことクライマックスって、この曲で第22回紅白歌合戦にも出場。
 その動画も、ようつべに落ちてたんだけど、わずか58秒しかなかったんでボツにしちゃいました。ふらふら



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1969_01_風_はしだのりひことシューベルツ






今回の1曲セレクトは「風」はしだのりひことシューベルツです。

まずはデータデス。

・タイトル      風
・アーティスト    はしだのりひことシューベルツ
・作詞        北山修
・作曲        端田宣彦
・編曲        青木望
・リリース日     1969年1月10日
・発売元       東芝音工
・オリコン最高位   2位
・売上げ枚数     58.3万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1969年3月3日〜6月2日付

 昨日は北風が冷たい1日だったなぁ。今日も寒い日ですわ。風も冷たい。
ようやっと、今回引っ張ってきた、はしだのりひことシューベルツの「風」が似合う日がやってきましたね。

 ♪人は誰もただ一人旅に出て 人は誰もふるさとを振り返る
 ちょっぴり寂しくて 振り返っても そこにはただ風がふいているだけ〜 ♪


 哲学的な詩だよね。正直、今の「一人身」のワタシにとっては殊更ジーンと来る詩ですわ。


 どうして、今の時代、こういう哲学的な詞の曲ってないんだろう?

 まあ、時代性といえばそれまでかもしれないけど、この1960年代後半っていう時代、「恋愛物」の曲以外に、このテの哲学的な内容、社会性がある内容の曲っていうのは多かったんだよね。

 特に、この曲のようなフォークには、その手の曲が多かったよね。上でも書いたように時代が時代。この曲がリリースされた1週間後の1月18日には、東大安田講堂事件が勃発してたりする。大学生が政治や社会について真剣に考えていた時代。 ま、いまでは、まず考えられない時代だよね。

 そういう時代背景からして、音楽もこの曲のような哲学的な内容の詩っていうのも「あり」だったわけですわ。

 これもいまでは、まず考えられないことだよね。

 音楽が世の中を変える力をなくして、かなり久しいけど、この時代っていのうは、まだ、音楽が世の中を動かす力ってあったんぢゃないかなぁ。

 もちろん、ワタシにとっては想像の世界だけど。。。。
そそそ、この曲がヒットしてた1969年2月〜3月の時点では、ワタシはまだ、この世に産まれていない。まだ、オフクロのお腹の中にいる頃の話ですわ。

でもですよ、なぜか聴いたことがあるんだよね。不思議なんだよね音楽って。
物心がついて、初めて意識してこの曲を聴いた時、「あ、これ・・・」って思ったもの。
まあ、まだ物心がつかない頃、曲名も知らないで、聴いた記憶が、記憶のどこか奥深くに残っていたのかもしれないけど。。

 ちなみに、はしたのりひこ氏は、元フォーククルセイダースのメンバー。フォーククルセイダースを解散して、結成したグループが、このシューベルツって訳ですね。
 メンバーは、はしだのほかに杉田二郎(G)、越智友嗣(G)、井上博(B)の純粋なフォークグループでしたけど、70年に井上氏が急逝されて解散したんですよね。
 杉田二郎氏は、その後ジローズを結成して、今はソロ活動・・と。

 この時代からのこのテの人脈系統図を追っていくと面白いですよねぇ。


最後に

♪ 振り返らずただ一人一歩ずつ 振り返らず泣かないで歩くんだ 何かを求めて振り返っても そこには風が吹いているだけ ♪

 ガンバレ!! ミンナ。  ガンバレ!! ワタシ。 



なつかしいなぁ・・・って思う方も多いんじゃないかなぁ。
手前の、及川光博に似てるギターのヒトが、若き日の杉田二郎氏です。



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帰ってきたヨッパライ / フォーククルセダース

1968_01_帰ってきたヨッパライ_フォーククルセイダース






今日の1曲セレクトは、「帰ってきたヨッパライ」フォーククルセダースです。

 まずはデータでーす。

・タイトル     帰ってきたヨッパライ
・アーティスト   フォーククルセダース
・作詞       フォーク・パロディ・ギャング
・作曲       加藤和彦
・編曲       クレジット無し
・リリース日    1967年12月25日
・発売元      東芝EMI(東芝音工)
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    131.3万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1968年1月11日〜3月18日付

 えー、長年ランキングってもんを見てくると、ヒットが出る日、時期って案外まとまっていることに気付いてくるもんなんですよね。
 まあ、昔から、レコード会社の慣例なのか、四半期毎の最終月(3月、6月、9月、12月)っつうのは、そのころの「旬」といえる、アーティスト、あるいは楽曲をリリースする傾向にあるみたいですね。
 もちろん、これは、制作側、その他、云々の絡みがあるわけで、一概にこれが全てとは言えないけど、大まかの傾向を見ると、こんな傾向が見られるんだよね。

特に12月っていうのは、昔から結構、大ヒットの曲が多いように思えるね。
 冬ってのは、いつの時代でも、家の中で、静かに音楽でも・・って考えるのは、時代を問わずなんでしょうねぇ。
 ま、忘年会、新年会シーズンでもあるし、ガキんちょは、クリスマス、お年玉っていう季節で、他の季節よりレコードを買ってくれる率が高いんで、各社、力を入れるんでしょうけど・・。

 でもって、今日も昨日に引き続き、12月25日、クリスマスリリースでの、ミリオンヒットです。

 帰ってきたヨッパライ / ザ・フォーククルセダース

 実に46年前の曲なので、曲はご存知でも、タイムリーに聴いてた方は、さすがに少ないかなぁ。
 実際、ワタシもまだ、生まれてないっすからねぇ、もちろん、タイムリーには聴いておりません!

 だけど、曲は永久不滅、エバーグリーンですよね。

 だからこそ、タイムリーに知らないワタシらでも、興味があるわけで、とりあえず、私なりの解釈している事を、今日は書いていきましょう。。。(←自慢げ??)

 歌っているのは、フォーククルセダースっていう、京都発の3人組。加藤和彦氏、はしだのりひこ氏、北山修氏。

 ただ、この3人組、オリジナルのメンバーではないのよね。もともとは京都の学生中心のフォークサークルで、コピーを中心に活動していたらしいですワ。

 で、大学卒業を前にフォークルを解散することになり、その解散記念に、自主制作LP「ハレンチ」を制作することになり、この「帰ってきたヨッパライ」は、その中の1曲だったんですよね。
 今、調べたら、このアルバムのリード曲でもなかったみたいで、アルバムB面の2曲目に「ひっそり」収録されています。

 それだけに、全く自由な発想で、曲が作れたっわけですねぇ。まあ、そもそもが「自主制作盤」なわけで、営利を目的にしているわけではなかったわけで、全てが自由な発想なわけですが、とくに、この曲は、「プロ」では思いも着かないような、コペルニクス的発想の転換な曲だよねー。

 「テープの早回し」

 こんなの、いつも「まとも」に音楽作っている、プロには、「絶対」というほど、思いも着かない発想だわなぁ。
 いや、当時は、まだ、「アーティスト絶対主義」の時代。アーティストの「声」にエフェクトをかけるなんて、「タブー」だったんじゃないかねぇ。発想したくても発想できない状況ではなかったかな。 
 美空ひばりのボーカルトラックにエフェクトなんぞかけたら、まず間違いなく「切腹」だったでしょ? あの時代。

 そういう時代に、なんの疑いもなく、こういう発想をし、実際に曲にするってのが、とんでもない発想の転換だったんだよね。 まさに実験音楽の局地。
 まあ、これも、営利主義外の自主制作盤だったから出来た「技」だけどねぇ。

 ちなみに、この発想、あの時代、普及し始めた「カセットテープ」では思いつかなかったって言われているんですよね。
 「オープンリール」ならではの発想。

 え? また、ジェネレーションギャップ? オープンリールテープねぇ。。。
 2つの円盤の間に磁気テープをまいた、カセットよりでっかいテープですよー。
 46年前は、まだ、こっちのほうが主流だったのよね。

 そうねぇ、いまだったら、CD-Rがオープンリールで、MDがカセットって感じかなぁ?

 ワタシらの年代は、すでにカセットが主流だったけど、実は、ワタシは、オープンリールも扱ったことあるんだよね。
 小学生の頃、ワタシ、放送部でさぁ、なにせ、田舎の学校だったからさぁ、機器が古かったんだよね。
 で、カセットなんてなくて、テープはオープンリールだったのよ。
 片方のディスクに巻き戻した磁気テープを「にゅー」と手動で引っ張って、ヘッドに通して、もう片方のディスクにテープを固定して再生するんだよね。
 結構な手間なんだ、これが。その手間の時間を考えててないと、放送時間に遅れちゃったりしてね。

 でも、今の「選曲」っていうお仕事と、「サイト運用」っていうお仕事は、意外とあの時代の経験が「ベース」になっていることが多いですね。


 ありゃりゃりゃ、またまた、話がそれた。。。。

なんで、オープンリールで早回の発想ができるかっていうと、このオープンリールっていう代物、テープの進行速度を変えて録音できたんだよね。
 テープの進行速度、通常の速度と、半分の速度だったかな ぁ。半分の速度で録音すると、当然、より長くテープに録音できるってことだよね。
 これは、当時、まだ、磁気テープが高かったための手段だったようだねぇ。

 ただ、半分の速度で録音した音を通常の速度で再生すると、当然、倍速で音が聴こえるってことだよね。
 なんで、あんなふうな、へんちくりんな声になっちゃうわけ。

 ここから、来てるんだよね。この「帰ってきたヨッパライ」って。


 逆に、通常の速度で録音した音を、半倍速で再生すると、逆にとんでもなくゆっくりに聴こえる。音も下がって聴こえるんだよね。
 これを利用したのが、昔、東京12ch(現テレビ東京)で放送していた「プレイガール」のタイトルバック音声ぢやないかなぁ。

 「プレイガ〜〜〜ル」って、とんでもなく低い声のタイトルバック効果音。


  だからねー、おそらく、加藤和彦氏って、発想がめっちゃ鋭いんだろうなぁ。普通だったら「速度が間違ってら」で終わりですよ。

 でも、曲としては、通常のBPMだよね、この曲。 だから、逆に考えると、もともとは、めっちゃ「ゆっくり」録音したことになる。

 まだ、4チャンネルの時代だろうから、レコード聴くと、ボーカルトラックと、もう1チャンネル、多分ギタートラックと、ピアノなのかな? のトラックを半倍速で録音して、そのまた上に通常の速度でバックボーカル(コーラス)やら、他の楽器のトラックをかぶせて、この曲が出来てるんだよね。

 しかも、テンポが変わらないようにしようしたメトロノーム
の音まで、オマケに入ってたりして・・(^^;;;;;

 当時のアマチュアが考えたにしては、かなり緻密な作りになっているわけです。

  この曲が収録されたアルバム「ハレンチ」は、最初に書いたように「自主制作盤」なので、当然、全国の放送局には回っておらず、関西の放送局のみに配布されたようなんだよね。
 で、最初に書けたのは「関西ラジオ」。
 ところが、1度かけたところで、リクエストが爆発的に押しかけたワケです。

 まあ、そうでしょうなぁ、それまで、全く「耳にしたこと」もない「音楽」だったわけですから・・・。

 ここに目をつけた、大手レコード会社が、こぞって、この曲の原盤権を買い付けて、結局、東芝音工(今の東芝EMI)が獲得し、その年の暮れ、12月25日に「臨発」状態でリリースされたようですね。

 だから、この曲のジャケットは、本人たちは写ってない。アルバム「ハレンチ」のジャケットをそのまま使ってるんですわ。

 逆に、それも、この曲同様、謎めいてて良かったんだろうねぇ。

 そして、「オールナイトニッポン」でのOA。これが、この曲の超大ヒットを決定付けたっていうかね。

 だから、このタイムラグもあり、チャート上では、最初からベストテン入りではなかったんだよね。

1968年1月4日付、記念すべきオリコン第1回ランキングでは、33位初登場
 翌週1月11日付3位、翌18日付も3位、翌25日付で1位。ここから4週連続の1位となっている。

 でも、いえることっていうのは、無欲の勝利って言うかねぇ。とにかく、面白く、興味深く曲を見せるっていうかね。
 固定観念外の勝利だと思うんだよね。

 これは、今でも通じることなんだよね。特にアマチュア、インディーズの方々に言いたいのは、オリジナリティを作れって事ですね。
 自分で曲をつくるから、詞をつくるから、いわいるシンガーソングライターだからオリジナリティっていうのは、絶対に違うと思うのよ。これは、完全な履き違い。

 自分(達)にしかできない、音(色)であったり、メロディラインであったり、詞であったり、するのを表現できるから、オリジナリティなわけで・・。
 既存のものにとれられずに発想の転換・・、しかも、大事なのは、時代に即した発想の転換っていうのかなぁ・・。
 それまでの流れとは全く超越した発想の転換っていうことは、時にはそれもありだけど、大抵は、「奇人変人」で片付けられちゃう。
 大事なのは、いかにオーディエンスをふりむかせることが出来る発想の転換なんだよね。
 これは、かなり難しいこと。

 それは、意外と足元に転がってかもしれないわけ。
上で書いたように「帰ってきたヨッパライ」だってそうぢゃない? テープの早回しなんてのと、当時、オープンリールを使っていた方なら、ほとんど誰でも知ってたと思う。そこに気付くか気付かないかの差だよね。

 要はいつも見慣れてる風景なんだけど、みんなの死角になっている部分の風景ってあると思うんでよね。ある方向からは陰になっている部分っていうの?
 そういう部分を、うまく引き出すことだと思うのね。

 いまヒット曲界に必要なことは、その部分ぢゃないかなぁ。
サウンドにしても、メロディにしても、だれだれ風とかぢゃなくてさ。「元祖」っていう部分。


 この曲聴くと、いつもそう思いますわ。





※2006年1月に書いたものを再掲載しました。
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