かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

加藤和彦

噂になってもいい / 武田久美子

1983_02_噂になってもいい_武田久美子


今回の1曲セレクトは、「噂になってもいい」武田久美子です。

まずはデータです。

・タイトル     噂になってもいい
・アーティスト   武田久美子
・作詞       来生えつこ
・作曲       加藤和彦
・編曲       清水信之
・リリース日   1983年1月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数  8.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 19位

久々の1曲セレクトです。。。って最近、いっつも書いてるよなぁ・・・。
毎日、書かなきゃ・・・っていう半ば「強迫観念」的に思ってたりするんだけども、結局は、今回も「週末」になってしまいましたねぇ。。。うーむ、どうにかせねば。。。

最近、平日、なかなか筆が上がらないのは、確かに、先月からリアル仕事の繁忙期ということもあって、平日になかなか書いている余裕がなかった・・・というのもあるけど、それ以上に、これ書いてる部屋が寒くてね なんせ、我が家は、自ら「氷の部屋」と思うほど寒いもんで。。。 それで、どうもねぇPCに向かう気が萎えてしまう・・・っていうのもあるかも。。。な

だから、暖かくなってくれば、平日もまた書き始めるかも。。。な

・・・っつうことで。。

今回は女性アイドル・・を持って来たい・・・・と思いーの、色々と考えてはいたものの、これ・・と言った曲がなかなか浮かんでこない(いつもの事ですが。。。)

・・・・で、思いあぐねたすえ引っ張ってきた曲が、この曲。

武田久美子「噂になってもいい」。

ジャジャン! ・・・ですよ、ワタシにとっては。 この間書いた南野陽子さんの「さよならのめまい」もそうだったけど、この曲も、個人的には「冒険」的な曲なんだよなぁ。
なにせ、この曲ヒットしてた頃も、それほど熱心に聴いてた訳じゃないんだよな。

って感じの、武田久美子さんのレコードデヒュー曲ですわな。

リリースは1983年、今から34年前の丁度今頃だ。 ワタシは中学1年生。

振り返ってみれば、一番ヒット曲を熱心に聴いてた頃なわけで、何でもかんでも「雑草」のように聴いてたんだよな。
それでも、この曲は、それほど熱心に聴いてなかった・・・ってことは、引っかからなかったんだろうねぇ、この曲には。

リリース前、下馬評は高かっんだよ、この曲。 

いや、この曲・・・というよりは、武田久美子さんの下馬評なんだけどね。

前年の82年、例の映画「ハイティーン・ブギ」でのまっち先生の相手役・・・っちゅう、これ以上も無いヒロイン役に抜擢された訳でさ。
なんせ、当時の、まっち先生の人気は凄まじかったですからねぇ。 そのヒロイン役・・・となると、自ずから業界内での評価は高まる・・・っちうのも、まあ自然の成り行きだった訳だよね。

だからね、83年のアイドルの頂点は、このヒトだ ・・・みたいな雰囲気が一時はあったんだよな。

手元に月刊・明星の付録歌本「Young Song」、1983年4月号がある。
この号で、1983年の新人特集が組まれていて、当時、アイドルボイトレの第一人者だった、大本恭敬氏の評価が、「A B C」ランクで付けられているんだけども、武田久美子さんだけは「?」になってる。

つまりは、それだけ未知数な部分が多く、「化けるとでかい」っていう、当時の業界内の評価を表しているんじゃないかな。


でもね、でもね・・・・ですよねぇ、事実は違ったんだよね。

うん、結局のところは、化けずに「パッ」としないまま終わっちゃったんだよな。・・・・っていうのは、アイドル史が証明しているよなぁ。

どこがいけなかったか?

うーん、やっぱり、ルックスと声質、それにもまして「歌唱力」のギャップの大きさだったんだろうね、きっと。

大人っほかったんだよね、ルックスは。 ワタシより学年が一つ上の武田さんなんで、当時14歳、中学2年生でしたよね。
それにしては、大人っぽい精悍な顔立ちだったじゃん。 そのルックスからして、きっと、声質も大人っぽいに違いない・・・・と想像していたんだけども。。。。

これがまるで「コドモ」だったんだよね。、そこで、まず最初のギャップ。

そして、極めつけは、このヒトの「歌唱力」だよなぁ。。。。    

兎に角、「ヘタ」なのよ、ウタが。。。。 これには、さしものワタシも「カウンターパンチ」でしたねぇ。。。

そう言った見た目と、実際のウタとのギャップ・・・・これは、大きかったんじゃないですかねぇ、ワタシだけでなく、多くのヒト達のとっても。

岩井小百合。 言わずとしれたデビュー当時、武田久美子さんの、「ライバル」と評されたヒトですわ。
年も同じ、当時14歳、中学2年生・・・ってところもあったしね。

 このヒトも武田さんと同じく、声質は「コドモ」・・・っていうより赤ちゃんか・・・ってくらいの「ベイビーボイス」だったわけだけども。
 それでも違和感なく聴けたのは、このヒト、ルックスも「コドモ」だったってのは大きかっただろうなぁ。そそそだから違和感なく聴けたんだよね。

そんな、ルックスと声質、はたまた歌唱力のギャップってのは、いくら歌唱力は「割引」のアイドルと言えども、ギャップがあまりにも大きいと影響はデカイよな・・・っていうところは痛感させられたよな、このヒトには。

だからねぇ、この曲、内容に関しては良いか悪いのかよく分かんないんだよ、ワタシ。

まあ、簡単に言えば古臭いんだよな。 加藤和彦氏作曲、清水信之氏編曲、加えて言えば「冬のリリース」ってことで、81年の伊藤つかささんの「夕暮れ物語」に近い曲調ではある・・・ってところは分かるけど。。。

 この曲も81年当時にしてみれば、アナクロっぽい雰囲気だったもんな。80年代・・・というより70年代の・・・そう、私たちが、小学校に上がる前のころにどこからか聴こえてきたような、童謡のような・・・って言う雰囲気。

そそそ、これは大衆音楽っていうよりは童謡っぽいんだよね。 「〜っぽい」っていうのは、完全にそれって言う訳じゃなくて、あくまでそんな「雰囲気」って事なんだけど。。。 その辺に曖昧さも感じちゃったりしてさ。

例えば、同時期に大ヒットした、わらべの「めだかの兄妹」なんかは、完全に「童謡」だったじゃん。そのへんに潔さを感じたりした訳なんだけども、この曲にそこまでの潔さがあった訳じゃない。 それが曖昧さ・・中途ハンパさに感じちゃったりするんだよな。
 
この曲が今一つ売れなかったのは、そんな中途ハンパさにもあったのかもしれないな。


動画・・・・まあ、この曲くらいのクラスになると・・・って感じだけども、動画があんまりない・・・ってことでニコ動で
コメントがやかましいけど、割り引いてみてくだされ。。。



でも、今見ると、当時14歳といっても気が強そうな雰囲気は出しているわな。
まあ、まっち先生の相手役。しかもキスシーンもありーの・・・なんてことで、まっちファンからは相当の嫌がらせがあったようだけど、こうしてゲーノー界で生き延びてこれてるってことは、並大抵の気の強さじゃない訳で。。。


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夕暮れ物語 / 伊藤つかさ

1981_12_夕暮れ物語_伊藤つかさ


今回の1曲セレクトは、「夕暮れ物語」伊藤つかさです。

まずはデータです。

・タイトル     夕暮れ物語
・アーティスト   伊藤つかさ
・作詞       安井かずみ
・作曲       加藤和彦
・編曲       清水信之
・リリース日    1981年12月1日
・発売元      ジャパン
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数 20.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位


すっかり日が短くなりましたよね。3時半過ぎるとすっかり夕方って感じだし、4時過ぎるともう暗くなってくるもんね。あー、秋も深まって来ましたねぇ・・・って感じ。。。うんにゃ、すでに「冬」到来ですわな。
これから今月下旬の冬至に向けて、さらに日が短くなってきますな。

・・・ということで、今回は、そんな夕暮れ的な1曲をひとつ。。

伊藤つかさ「夕暮れ物語」

うーむ、この曲覚えてますかねぇ。
前曲がレコードデヒュー曲となった「少女人形」。そそそ「ベストテン」にもランクインしてたし、例の15才以下は、8時以降の生放送は出演できない・・・ということで毎回VTR出演・・ということもあり、逆にめっちゃ注目されましたよね。

そんな「少女人形」に続く、第2弾シングルがこの曲だったんだけどね。

でも、「少女人形」は良く覚えてるって方でも、もしかしたら、この曲は「覚えてないなぁ」って方も多いかもしれないな。
かく言う、ワタシもその一人だったり。。。

んじゃ、なんで書いてんの? ・・・って感じなんだけども、ま、今は音源も持ってるんでねこの曲。

でも、当時を振り返ると、印象に残ってないんだよな、この曲。
当時は「情報源」としては、「ベストテン」が唯一だったからなぁ。この曲、↑で書いたように、オリコンでは最高位9位と、ベストテン入りしてたんだけど、ベストテンでは最高15位とベストテン入り出来なかったからなぁ。
当然、ワタシ聴いてなかったんだよね。

まあ、月刊「明星」の歌本で、この曲の存在はもちろん知ってはいたんだけどもね。

それでも、売り上げは20万枚も行ってたんだよね。いや、それだけ売れてた・・・って言うところにもちょっとびっくりだったりするんだけどさ。うん、感触からしてそんなに売れてたって印象なかったもの。
 
だからね、売り上げだけ見れば、決して「一発屋」ではないんだよな。今となっては、このヒトと言えば「少女人形」って言う印象が強くて「一発屋」って言うイメージもあるんだけどさ。


でねぇ、個人的に実際にちゃんとこの曲聴いたのは、もうね、ずーっと後。
実は最近なんだよな  すっかり大人になってからですわ

暗い曲だなぁ・・・っていうのがどうしても先に立っちゃうのが、一番の印象だよね、やっぱり。
まあ、タイトル通りで捉えれば、「夕暮れ」ですからねぇ、そう言うイメージになっちゃうんだと思うんだけども。。。

作詞、安井かずみ、作曲 加藤和彦 元夫妻の作品。

・・・っていうのも、実は最近知ったんだよね。いや、そんなイメージが全然なかったからさ。この頃の両夫妻の作品と言ったら、どうしても岩崎良美の「愛してモナムール」の印象が強いからなぁ。

なんて言うのかなぁ、独特のアクの強さ・・があったじゃない、安井−加藤夫妻の曲って。この曲は、そういう独特の匂いがなかったからさあ、今まで全然気がつかなかった。

それにしても暗いんだよなぁ、この曲。 アイドルの曲としては珍しい位。
どことなく、斉藤由貴さんの「情熱」にも似た暗さを感じたりしてね。。あ、イントロ出足の4分音符のピアノが「情熱」に似てるんだよな。それと、その後の印象と。

ちなみに、この曲は「夕暮れ物語」だけど、堀ちえみさんの83年秋のヒットは「夕暮れ気分」。

タイトル似てるんだよな。。。 時々、どっちがどっちだか分かんなくなっちゃったりして

曲調は対照的なんだけどさ。

堀ちえみさんの「夕暮れ気分」は、夕暮れ時といっても、まだ、日がある頃の夕暮れだよね。

♪ 小石がオレンジに染まるほど暮れてゆく〜♪ ってあめことから、まだ日が沈み切っていない頃、焼けた夕日の光がさしてる時間じゃん、イメージとしては。 その分、曲調に温かみを感じたりしてさ。

それに対してこの曲は、夕暮れは夕暮れでも、陽がすっかり落ちて暗くなった時分なんだよね。

♪ 夕暮れこみち坂道 帰りましょう〜 ♪ って言う歌詞から、浮かんでくる風景からしてさ。

そうだな、夕暮れは夕暮れでも、N.S.Pの「夕暮れ時はさみしそう」に近いんだろうね、情景的にはさ。
で、もって、リリース時期が12月って言う事もあって寒さも感じたりして。そそそ、今頃の4時半とか5時ごろのすっかり暗くなった情景。そこに北風が吹いてたりして。傘がついた裸電球の街灯がポツンとついてたりして。
うむ、昭和の風景ですわ、この曲から浮かんでくる風景は。

たださ、出足のAメロは、そんな夕暮れの寒い情景が浮かんでくるんだけども、サビになると、ガラッと曲調が変わるじゃん。いきなりメジャー系な流れになっちゃりして。
 まあ、昨日のアグネス・チャンの「小さな恋の物語」のメロディ展開も、同じようにサビでいきなりメジャー展開になる曲調だったけど、、こういう展開の変化することによってドラマティックに見せていたんだろうな。けっこうこういう展開の曲が多かった気がするな、当時は。

それと、↑で書いたように、この曲ちゃんと聴いたのは最近なんだけど、それもあってか、サウンド的に「81年」って言う言うイメージは薄く感じたなぁ。
例えば、サビの部分のコーラスの入り方とかさ、80年代中盤にもこんな感じの曲があったよな・・・って思えたし。
そう言うところ、ある意味では80年代アイドル曲のフォーマットになっている部分があるかもしれない。


動画・・・うーむ、やっぱ印象薄い・・・って事もあってか、この曲適当な動画がないな。
とりあえず、ニコ動にはあったんで、一応リンク。見れる方はどうぞ




http://www.nicovideo.jp/watch/sm14868532



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あの素晴しい愛をもう一度 / 加藤和彦 北山修

1971_06_あの素晴らしい愛をもう一度_加藤和彦 北山修


今回の1曲セレクトは、「あの素晴しい愛をもう一度」加藤和彦 北山修です。

まずはデータです。

・タイトル    あの素晴しい愛をもう一度
・アーティスト  加藤和彦 北山修
・作詞      北山修
・作曲      加藤和彦
・編曲      葵まさひこ
・リリース日   1971年4月5日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数 23.9万枚
・ベストテンランクイン期間:1971年6月21日付

どうもPCの調子が今一つ良くない。立ち上げると長い時間HDDをガリガリガリ・・・と。どうも、OSのシステムのどこかにエラーが発生しているようだ。ちょっこっと調べなきゃいけんな。。。
ここ数日、そんな状態が続いていて、一昨日少しイラッと来たので、昨日は、なんも書かずに寝ちゃいましたが、流石に2日空けるのは「痛い」と思いーの、本日はPCを立ち上げましたわ。

ま、昨日1日間をあけたのは、ここのところアイドルが続いたんで、ちょっと傾向を変えようと思い、1日クールダウン日を作ったってのもありますけどね。

・・・ということで、今回は、前回のキョンキョンからは、また、かなり傾向が違う曲です。
しかも90年代から、一気に時代を20年遡り70年代初頭です。

加藤和彦 北山修「あの素晴しい愛をもう一度」

うーむ、どうだろう? この曲と言ったら、やっぱし、学生時代の音楽の教科書の・・・っていうイメージになっちゃうのかなぁ。
 いや、正直言うと、ワタシもそうだったからねぇ。 この曲っていったら、中学校の時の音楽の時間に「合唱」曲としてやった・・・っていうイメージがあったしな。
 まさかね、オリコンでベストテン内入りしてた「ヒット曲」だったっていうのは、知らなかったんだよねぇ、昔は。

オリコンでベストテン入りしてた、オリジナルは、元フォーククルセダースの加藤和彦氏と北山修氏のディオだったって知ったらのは、実は高校生の頃だったんだよな。

この曲と言ったら、イントロでも象徴されるように、アコースティックギターでのスリーフィンガー。

最近のヒット曲では、ほとんど聴かなくなった、アコギのピッキングテクニックの一つだよね。
・・というか、最近は、「プロ」のギター弾きでもスリーフィンガーもアルペジオも出来ないヒトも多いって言うからなぁ。 最近は、ジャカジャカ、ストロークしてるだけっていうバンドマンも多いしさぁ。
情けないよなぁ。

最近は、ギターテクニックを売りにしているギターマンも少なくなったしなぁ。MIYABIくらいか、若手で超絶ギターテクニックを売りにしているのは。

でも、この曲を最初に聴いた時は、一体どうやって弾いてんだろう? なんて思ったもんですわ。

まあ、ワタシ自身、ギターは全然ダメなんで、弾けもしないんだけど。

でも、やっぱり、アコギでのスリーフィンガーやアルベジオを聴くと、「自分の時代」の曲っていう感じがするんだよなぁ。安心する。

ジャンル的にはフォークに分類されるんだろうけど、この時代70年代に入った頃のフォークは、この後歌謡曲方向へコミットする流れと、ニューミュージック方向へ流れ、その後ロックと融合するフォークの2つに分類させて来ていたように感じるんですよね。

この曲はどっちだろう? 

やっぱり後者ですよね。、後にニューミュージックへ発展するフォーク。まあ、個人的な見解だけど、この後、加藤和彦氏は、サディスティック・ミカ・バンドで本格的にロックに向かいましたしね。
 なにより、少なくともこの少しあとにブームとなった「四畳半フォーク」のようなジメッとした閉鎖的な空気感が無いんだよね。解放感がいっぱいじゃん。
 そんな解放感・・というか自由な空気感が、後のニューミュージックに繋がっているような気がするな。

・・気がするな・・っていうのはいささか説得力が無いけど、如何せん、個人的にはまだ、リアルタイムに経験した訳じゃないからなぁ。
 この曲のヒットが1971年の今頃でしょ。ワタシゃまだ2才になる少し前だしさあ。

ただ、時代背景的には、この頃って好きなんだよな。もちろん、2才とは言え、すでに生まれていた訳だから、この時代は空気は吸っていた訳だけど、なんせ記憶にないからなぁ。 後5年は早く生まれたかったですねぇ。




トノバン(加藤和彦)氏も亡くなってしまった今、この曲も加藤和彦氏の生演奏では聴けなくなってしまいましたね。
時代と言えばそうなんだろうけど、加藤氏には、もっと長生きして欲しかったですよねぇ。



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青年は荒野をめざす /ザ・フォーク・クルセダース

1969_01_青年は荒野をめざす_ザ・フォーク・クルセダース






今回の1曲セレクトは、「青年は荒野をめざす」ザ・フォーク・クルセダースです。

 まずはデータです。

・タイトル    青年は荒野をめざす
・アーティスト  ザ・フォーク・クルセダース
・作詞      五木寛之
・作曲      加藤和彦
・編曲      川口真
・リリース日   1968年12月5日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数   12.6万枚

 昨日のSIAM SHADEをから時代は、一気に29年さかのぼりまする。 今回はひっさびさの「60年代」の曲です。 

ザ・フォーク・クルセダース  「青年は荒野をめざす」

この曲とは直接関係は無いけど、EAGLESのオリジナルメンバー、グレンフライ氏が亡くなりましたね。
先日のデビットボウイといい、年明けそうそうから大物アーティストが次々と亡くなる年となってしまいましたねぇ。

 イーグルスといえば、どうしても「ホテル・カリフォルニア」。 その「ホテル・カリフォルニア」の歌詞に

「あいにくながら 1969年のスピリットが切れまして・・・・」

と言う部分がある。

そう、「ホテル・カリフォルニア」って言う曲は、内容的にいろいろ言われてたりするけど、大雑把にいえば、1969年⇒カウンターカルチャーの時代が終わった後の、喪失感、いわいる「シラケ時代」を歌った歌なんだよね。

そんな1969年って言う時代。 世界的に見ればベトナム反戦熱が最高潮に達し、その熱がカルチャーにも及んだ年。方や日本では、ベトナム反戦にプラスして、70年安保阻止にむけて学生運動が最高潮に達した年。

 そう言えば、一昨日1月18日は、「東大安田講堂」が陥落した日だ。1969年1月18日。今から47年前ですね。

そんな世間全般が、いろんなところでグラグラと煮えたぎっていた年なんだよね。

今回、セレクトしてきた、「青年は荒野をめざす」は、まさにそんな時代を象徴した様なウタですね。


 この曲は、フォークルにとっては、デビュー第4弾であり、ラストシングルでもある。
 いや、正確に言えば、すでに、解散した後にリリースされたラストシングルと言ったほうがいいかなぁ。

 フォークルの解散は、1968年10月。 で、この曲がリリースされたのは同年12月だから、そういうことになるね。

 曲調は、タイトルからも、ある程度は想像できるかもしれないけど、もろ、マカロニウェスタン風。そこにストリングスを中心としてオーケストラを絡ませて、さらに雄大なイメージに仕上げている。

 それでいて、ラストのギターのアルペジオが哀愁をさそう。

 まあ、ゆうなればラストシングルとしてはぴったりの曲かもしれない。

 ただ、終わりは、また次の始まり・・・っていう言葉もあるように、フォークルとしては終わった・・・けど、次のステップの始まりともとれそうな曲調なんだよね。
 つまり、そこで、プッツリ切れていないようなイメージもあるんですよ。まあ、それは、その後の展開を既に知っているからそう感じるのかもしれないけど。。 もし、1968年12月の時点でこの曲を聴いていれば、また、別の感じもあったかもしれない。

 ・・・けど、あいにく、1969年1月では、ワタシは、まだ生まれていなかったもので。。。

 とにかく、あの時代の空気感は感じる事が出来る曲ですね。
 ま、たしかに、売上げ的にはそれほど伸びなかったけどさ。。。



 ウタと、画像は直接的に関係は無いけど、あの時代を知っている方は、懐かしい風景がたくさんあるんじゃないかなぁ。
 こういう画像とウタがリンクしていると、やっぱりウタっていうのは、世相を反映しているもんなんだなぁと思いますね。まさに歌は世につれ世は歌につれなんだすよね。
 個人的には、都電がねえ。。。道の真ん中を都電を走っている風景って知らない世代なんでねぇ。



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タイムマシンにおねがい / サディスティック・ミカ・バンド

1974_12_タイムマシンにおねがい_サディスティック・ミカ・バンド






今回の1曲セレクトは、「タイムマシンにおねがい」サディスティック・ミカ・バンドです。

 まずはデータです。

・タイトル    タイムマシンにおねがい
・アーティスト  サディスティック・ミカ・バンド
・作詞      松山猛
・作曲      加藤和彦
・編曲      サディスティック・ミカ・バンド
・リリース日   1974年11月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 38位
・売り上げ枚数  3.3万枚
※売上げデータは、この曲が収録されているアルバム「黒船」のもの

 今年も何人もの著名人が逝かれてしまいましたが、今年だけでなく、ここ10年ばかりを振り返ると、特に日本音楽界において「巨匠」と呼ばれるようなアーティストが次々に亡くなられてしまったような気がしますね。

 特に2009年は、アーティストのヒトたちの逝去が多かったよなぁ。向こうではマイケル・ジャクソン。日本では忌野清志郎と、70年代、80年代以降の音楽界を引っ張ってきた人たちが次々と亡く これも、時の流れ・・・っていえば、それまでだけど、それにしてもやっぱ、一時代が終わったよなぁ・・・っていうのは否めない1年だったよなぁ。

 で、もう一人、加藤和彦氏の突然の自殺というのもねぇ、予想外の出来事だったよねぇ。

 ということで、今回は加藤和彦氏の曲を持ってきますわ。

 あの自殺以来、あちこちで流れていたけど、サディスティック・ミカ・バンドの「タイムマシンにおねがい」。

 うむ、いまや加藤氏の「代表曲」になってしまった感が強いね。

 60年代末、件のフォーク・クルセダーズを解散以来、ソロを続けてきた加藤氏が、70年代の初頭に結成したグループ、それがサディスティック・ミカ・バンドなわけだけど、今考えると、めっちゃ前衛的なバンドだったわけで。。
 何が前衛的かというと、日本のマーケットというよりも、海外を見据えたバンドだったってことですわな。

 ま、それは、あくまで結果的なことなんだけど、事実、日本では一部の音楽にクロートな人たちにしか受けなかったのよ。
 でも、向こうでは絶賛されたソトたちですらねぇ。イギリスでは、UKチャートにランクされ、ヨーロッパ全域的に受けた、日本で最初のバンドぢゃないかなぁ。

 では、なぜに日本では受けなかったのか・・・。

 答えは簡単で、このヒトたち、ハイパー過ぎたのよね。日本の聴衆は、当時、ついていけない次元の音楽だったのですよ。

 実際、この「タイムマシンにおねがい」。

 これ、正直言って、今聴いても、「1974年」の曲に全然思えない。めっちゃハイパーなロックだよなぁ。
今聴いても、その音質、楽曲形態、演奏技術、どれをとっても、1974年当時の水準をはるかに上回っているんだよね。 特に音質は「今年」の曲と言っても、全然遜色ないと思う。
まあ、マスタリング技術が、いまは進んだという事もあるけど。。。

 1974年当時の日本の音楽っていったら、あれよ、歌謡曲全盛期。
何せ年間上位は、殿さまキングスの「なみだの操」に、中条きよしの「うそ」な時代よ。

 商業的なロックは、まだまだ不遇の時代だったわけで・・・。ただ、ロックではキャロルなんかは、受けてたし、ダウンタウンブギウギバンドも「スモーキンブギ」でブレイクし始めてたころだ。

 でも、キャロルにダウンタウンブギウギバンドっていうところを見てもわかるように、このころの日本のロックって泥臭いんだよね。
 泥臭いというか、オイル臭いというか、いわいる「ブルーカラー」・・・肉体労働者的な匂いが強かったのよ。

 そこにきて、このサディスティック・ミカ・バンドは、そういう「ブルーカラー」的な匂いがまったくしない、ロック。少し後にユーミンが使った言葉で「中産階級」ってあるけど、そういう「中産階級」でも支持してくれるようなロック。
 まったく泥臭くないのよ、「スカッ」としたロック。

 これは、この時代では、まったく異物なものだったんだね、日本の音楽界では。


まあ、だから、当時は、ほとんど注目されもなく解散に至ったっていうのが、事実だろう。


 ワタシも最初聴いたときは、どう聴いても80年前後の曲だろうっていう感じをしてたんだよなぁ、この曲。
 サウンド的なところから感じても、後年のシーナ&ロケットに近いような感じも受けたし・・・。

 だからさあ、初めてこの曲が74年の曲だったてわかったときは衝撃的だったよなぁ。
 74年当時に、こんなハイパーなロックをやってたヒトたちが居たんだってことが。
 10年くらい前に木村カエラをボーカルに迎えて、再結成して、例のキリンラガービールのCMでこの曲やってたけど、あれから40年以上経っているっていうのに、全然、色あせてない、むしろ「今の曲」って言っても遜色ないし。。。
 裏がえせば、41年前では、どれだけハイパーだったか・・・ってのが、わかるわけさ。

 ただ、だからこそ、商業的には、なかなかうまく行かなかったってことなんだよね。
うん、曲が悪いんではなく、そこまで、当時の日本の聴衆が、ついてこれなかったレベルだったことなんですわ。



1974年8月、いまや伝説的なロックフェス、郡山開成山競技場で行われた「ワン・ステップ・フェスティバル」より。
当時のサディスティック・ミカ・バンドのメンバーは、

 ボーカル  ミカ
 ギター ボーカル  加藤和彦
 ギター  高中正義
 ベース  小原礼
 キーボード  今井裕
 ドラムス  高橋幸宏

メンバーがいれかわりたちかわりしているサディスティック・ミカ・バンドにあって「最強」メンバーだった頃だ。
 後々の超一流スタジオミュージシャン勢ぞろいって感じやね。 いまだったらギャラはどんだけになるんだろう?・・・ってくらいですわね。
 Y.M.Oで機械的で無機質な感じのドラムをたたいてた高橋幸宏氏が、意外と「人間」的なドラムをたたいてたのも印象的。

ちなみにちなみに当時、ワタシは5歳。。。。福島にいたのよぉ。郡山から車で2時間のところに。あせあせふらふら

 あと15年早く生まれてたら、間違いなく行っただろうな。。。


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家をつくるなら / 加藤和彦

1971_10_家をつくるなら_加藤和彦








今回の1曲セレクトは、「家をつくるなら」加藤和彦です。

 まずはデータです。

・タイトル    家をつくるなら
・アーティスト  加藤和彦
・作詞      松山猛
・作曲      加藤和彦
・編曲      不明
・リリース日   1971年10月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 60位
・売上げ枚数   0.6万枚

 えー、今日の1曲セレクトは、「古典」でございます。。。
時は、今から44年前の今ごろ・・・。

・・・となると、まあ、これ、読まれている方の中にも、ほとんど記憶にございません・・・な方もいらっしゃるんじゃないかなぁ。
 ワタシも当時2歳。もちろん、この曲がリリースされたころに、タイムリーで、この曲を聴いた記憶はございません。

 でも、きっとみんな知ってるはずなんだよね、この曲。

 だってさ、何年か前まで「パナホーム」のCMで頻繁に流れてたもん、この曲。

 ♪ 家をつくるなら〜 (家を建てるなーらばー)
   家をつくるなら〜  (どーしよーかなー) ♪

って曲、覚えてません?

 はい、あの曲です。

 いい感じのペダルギターの音色のイントロで始まる、とってもカントリーな3/4拍子の曲ですね。

 もちろんさ、それまでは、ワタシも、この曲の存在を全く知らなかったんですよ。ましてや、あのフォークルの加藤和彦氏が、オリジナルで、ソロでリリースしてたことなんかも全く知らなかったし。

 でもさ、なぜか、家にあったんだよねぇ〜 音源が・・・。
昔、まだLPの頃買った、通販のニューミュージックオムニバス全集に、この曲が収録されてたの。

 いや、この曲なんだ、ってわかるまで、ずっと、そこには針落としてなかったんだね〜。

 うん、結構、買った当時は聴いてない曲が結構あって、今、聴きなおしてみると、なんだ、持ってたんじゃん・・・っていう音源が結構あるんだよね。

 ちなみに、そのオムニバスアルバムは、1983年に購入した、CBSソニーファミリークラブっていう通販から販売されてた「フォーク、ニューミュージック大全集」っていうアルバム集。全12枚セットなんだけどさ。
(もちろん、今はすでに販売しておりません)


 この曲、全編聴いてても、けっこういい感じなんだよね。心和むっていうか、やさしい気持ちになれるっていうかさ。

 1971年ってヒット曲界は、ひとつのターニングポイントを迎えた年だと思うんだよね。ひとつが筒美京平氏の大活躍。ひとつがGSの終焉。ひとつがフォーク全盛。

 そのフォーク全盛の中でも、2つの流れに分かれる。一つが社会派フォーク。もうひとつが和み系フォーク。

 前者は、70年代安保の流れを引きずったまま人生を語っているようなフォーク。71年前後は、岡林信康が一種の「教祖」のような存在だったけど、この年の8月に行われた、第3回中津川フォークジャンホリーを境に、その座は「よしだたくろう」に交代する。
 よしだたくろうも、「結婚しようよ」「旅の宿」など、いわいる「ヒット曲路線」を走る前で、インディーズレーベル「エレック」から、「人間なんて」なんかをリリースしてたころだ。

 もう一方の「和み系」は、その前身は、いわいるカレッジフォークの亜流で、どちらかと言えば、関西フォーク(URC)がその中心にいたような存在だったんだよね。

 その教祖ともいえるのが、加藤和彦氏だったわけだけどさ。

 かたや、「人間なんてララララララララ」なんて、生きるってなんだ? なんていう、哲学的な思想下のフォークであったのに対して、「家をつくるなら〜、こうしたいな ああしたいな〜」みたいな、とっても夢があるフォークを展開してたのが、このころの加藤和彦氏。

 どうなんだろう? その辺の「社会の空気」はよくわかんないんだけどさ。社会派フォーク派からしてみれば、当時の用語ていうところの「日和見主義」的に見えたのかなぁ・・・。

 ただ、そんな社会派フォーク派だった、よしだたくろう氏が、商業主義に転じて、非難を浴びながらも、後年まで「フォークロック」にこだわったのに対して、これを境に、あっさり「フォーク」というものに見切りをつけて、サディステッィク・ミカバンドっていう、全く新しい形のロックに行ってしまった加藤和彦氏っていうのも、あの時代から見れば、皮肉な結果になってしまったのかも知れないけどさ。

 まあ、関西フォークは、フォークとは名乗っているけど、あくまで自由主義なんだよね。音楽の形式はこだわらなんだよね。そこが、あの後すぐに衰退した社会派フォークとちがって、あとあとまで生き延びてこられた、大きな要因かもしれないし、後のニューミュージックやAOR系にも大きな影響を残すんだけどさ。

 この曲もその片鱗はちょこっと見えるんだよね。カントリーフォークでありながら、どこか、それまでのフォークとは違うっていうかなぁ。
 どことなくソフトロックっぽいんだよね。ソフトロックは、次の年72年あたりから、音も手舞台には必ずしも出てきてなかったけど、陰ながら時代を席巻したりする。うん、いまでいう、ジャパニーズオルタナの起源は、このあたりから続いてる系脈な曲なんだよね。

 この曲は、いわば、その「祖」となるような曲の1曲ぢゃないかな。


 でもさ、「家をつくるなら」・・・・ああしよう、こうしよう・・なんて夢があっていい曲じゃん。
 まあ、この曲の場合、「草の香りがするカーペット」とか「天体観測が出来る透明な屋根」とか「花が咲いてるベッド」とか・・・大工さんに注文したら、「そんなのできねぇよ」なんて言われそうな歌詞なんだけどさ。

 ワタシだったら・・・・どうしよかなぁ・・・・。、地下に完全防音のスタジオがあって、でっかい水槽が置けて、遠くに太平洋が望める家がいいな。


・・・なんて、すでに家もってるんだけどさ・・・築35年の中古物件だけど・・・。

 夢だよね、夢。


動画・・・You Tubeにもこの曲あるんだけど、リンクを貼るとはじかれちゃうんで、直接You tubeにリンク

https://www.youtube.com/watch?v=YNhqeSwfx7Q



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愛 おぼえてますか / 飯島真理

1984_09_愛・おぼえてますか_飯島真理






今回の1曲セレクトは、「愛・おぼえてますか」飯島真理です。

まずはデータです。

・タイトル    愛・おぼえてますか
・アーティスト  飯島真理
・作詞      安井かずみ
・作曲      加藤和彦
・編曲      清水信之
・リリース日   1984年6月5日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   27.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1984年8月27日、9月10日〜9月17日付
・タイアッブ:映画「超時空要塞マクロス 愛・おぼえてますか」主題歌

えー、先ほどの岡崎友紀さんの「ドゥユーリメンバーミー」に引き続いて、またまた、安井かずみ−加藤和彦夫妻の作品をセレクト。

ここんところ、もう、何年もアニメ系楽曲が元気だわな。ヒットチャート・・というよりオリコン限定なんだけどさぁ、毎週のように入れ替わり立ち替わり、アニメ&ゲーム系のタイアップ曲がランクインしてきたりして。。
まあ、最近はAKB、ジャニーズ、そしてアニメ系しか「CD」というメディアは売れなくなってるからな。当然、CDの売り上げだけでチャートを決めてるオリコンとしては、そうなっちゃうわけだけど。。。
 
でもね、振り返ってみると、時代のところどころでアニメの主題歌が元気だった頃があるんだよな。
  まあ、常に、人気があったわけではないけど、時代時代に点々としてアニメ主題歌が「元気」な時があった・・ってかんじなんだけどさ。

・・で、考えてみると83年〜84年ごろもそんな傾向の真っ只中にいたんではないかなぁ。

今回はそんな時代の1曲ですわ。


 愛・おぼえてますか  飯島真理


 はい、映画版アニメ「超時空要塞マクロス」の主題歌ですわね。
・・・・とかいたところで、私、これ見てないんですよ・・・というかマクロス自体見てない。。。。
 やっぱし〜、私ゃ、「ガンダム」派なもので

ということで、アニメ自体はどういうものか・・っていうのは、よくわかんないんだけど、この曲はよかったですねぇ。
そそそ、ワタシ的には、この曲そのもので、引き込まれちゃったんだよな。

飯島真理っていうヒトは、今で言ったら「萌え系」に近いんだよね。声質がかわいらしいっていうか・・・。

 この時、大学1年生でしたよね。たしか。 えーと、某国立音大の1年生だったかな?(ちなみに3回目の。。。)

 そのわりには、見た目にも実際の声も幼かったんだよねぇ。中学生っていってもわかんなかったかも。。。 しぐさもブリッ子的だったしな。

やっぱり、萌え〜 なんですねぇ。

 そういえば、国立音大・・といえば、ずっと後になるけど、MY LITTLE LOVERのAKKOも国立音大ですよね。
 どうも、国立音大は、こういう「可愛らしい」声の方が多いのかしら?
 遊佐未森・・はちょっと違うかもしけないけど。。


またまた、話がずれた

うーん、曲の温度感っていうのかな。夏終わりの昼下がりっぽいちょっと夏の匂いが残るアンニュイな感じっていのうかな。
夏休み終わりの寂しさとともに、ゆったり流れていく午後の時間っていう感じの空間ができているんですよね。

うーん、加藤&安井 コンビは、もちろん夫婦なんだけど、メロディ自体は簡単な曲が多いんだけど、こういうアンニュイというか、ちょっとサイケっぽい色合いのサウンド、メロディラインが特徴ですよね。

この曲もメロディラインは、本当に簡単なんだけど、耳に入ってきたときの感触がなんとも言えないものがあるんですよ。

特に、大サビの

♪ もう一人ぼっちじゃない あーなたがー いるからー♪

って、飯島真理がファルセットでささやくようにうたうところ。

 うわ、もうどうになってもいい・・・・って思えちゃうもん。
 うん、一種の麻薬のようなもんだよね。これは。


そういう、独特な世界観を書いてらっしゃった安井かずみ女史も、加藤和彦氏も、すでに、この世にはいないわけで・・・・。
 ほんとに、ヒット曲界としては、惜しい方々を早くに亡くしてしまったって言う感じだよなぁ。





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ドゥユーリメンバーミー / 岡崎友紀

1980_09_ドゥユーリメンバーミー_岡崎友紀






今回の1曲セレクトは、「ドゥユーリメンバーミー」岡崎友紀です。

まずはデータでーす。

・タイトル     ドゥユーリメンバーミー
・アーティスト   岡崎友紀
・作詞       安井かずみ
・作曲       加藤和彦
・編曲       加藤和彦
・リリース日    1980年6月25日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数    16.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位


うーん、データには、アーティスト名、岡崎友紀にしちゃったけど、この曲に関しては、YUKI OKAZAKIのほうがよかったですかね?

この曲は、元アイドルで女優の岡崎友紀さんが、結婚後、ゲーノー界復帰した時に出したレコードですわね。
その後、すぐに離婚しちゃったけど。。。 

まあ、そんなことはゲーノー界よくあることで、特にめずらしくもないんだけど、この曲はよかった!
なんか、うまくダッピできたというかね、イメチェンするにはそこそこうまいところ突いたんではないですかねぇ。

曲の下敷きはロネッツの「ビーマイベイビー」。
ややサイケっぽい音色のシンセがのっかってるっていう、この時代としての新旧入り混じったような不思議な感覚な作品なんですよね。

モノの本によっては、(フィル)スペクターサウンドとなっていたり、丁度同時期ヒットしてた、ジューシーフルーツ「ジェニーはご機嫌ななめ」と対になってたりして、要は「テクノ」として扱われたりして・・。まあ、そんな感じでどうとも取れる作品なんですよね。

 個人的には、テクノというよりは、これはフィルスペクターだよね・・・って思うけどな。いわいるウォール・オブ・サウンド。

 まあ、フィルスペクターといっても、故大滝詠一大先生のような、完全主義者的な模倣ではなく、あくまでイメージとしてなんだけどね。

 それでいて、メロディラインは、十二分にキャッチー。どこからでも入っていけるようなメロディラインなんで、初めて聴いても、すぐにこの曲に入り込めるような感覚がありますよねぇ。


・・・・・・なーんて、分かりきったように書いてるけど、じつは、ワタシ、ヒット当時は、この曲知らなかったのよ

あ、いえ、もしかすると聴いていたのかもしれないけど、記憶にない。

結局は、ベストテン入りしていなかったなんだけどね。なにぶん、まだ、このころは福島の田舎にいたし、ベストテン入りした曲以外は知らなかったしね。

 ちゃんと聴いたのは、実は大人になってからなんですよね。

もちろん、2001年にキタキマユでカバーされるよりは前でしたけどね。
 ただ、キタキマユでカバーされて、改めて、ちゃんと聴いて、さらに認識を高めたのは確かだけど。。
 もちろん、今では大好きな1曲ですよ!

 いや、このカバーバージョン、どこまでもオリジナルの岡崎友紀に瓜二つなんだよなぁ。

 普通カバーっていうと、アレンジも変えちゃうのが常だけど、、ほとんどオリジナルに忠実にそったアレンジっていうのが、逆に新鮮だったんだよね。

それ以前に、この曲、結構いろいろとカバーされてますよね。 ribbonとか・・・。 だれのカバーバージョンを聴いていたか・・・である程度の年がバレちゃったりして。。。
その中でも、キタキマユバージョンが素直で一番、この曲らしいとは、個人的には思ってますけどね。


あ、だけど、この1980年の秋ごろって、女優さんがレコードを出すってパターンが多かったよね。
 ま、岡崎友紀さんも、女優をやっているということで書いてるんだけど、多岐川裕美の「酸っぱい経験」とかさ、桃井かおりとか・・・。それでいてヒットしてたりしてね。 一時期流行だったんだよねぇ。




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だいじょうぶマイフレンド / 乃生佳之

1983_06_だいじょうぶマイフレンド_乃生佳之








今回の1曲セレクトは、「だいじょうぶマイフレンド」乃生佳之です。

 まずはデータです。

・タイトル     だいじょうぶマイフレンド
・アーティスト   乃生佳之
・作詞       安井かずみ
・作曲       加藤和彦
・編曲       清水信之
・リリース日    1983年3月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  36位
・売上げ枚数    5.6万枚
・タイアップ:映画「だいじょうぶマイフレンド」主題歌

 さてさて、今回ひっぱってきた、乃生佳之の「だいじょうぶマイフレンド」・・・。うーん、この曲覚えてる方、どのくらいいるのかなぁ。 32年前の曲で、しかもオリコン最高36位だもんなぁ。

 大体において、乃生佳之ってだれ? ・・・っていう方がほとんどだったりして。。。

 うん、昔、トシちゃんのバックで踊っていた、ジャPAニーズのメンバーだった方ですね。
 そそそ、トシちゃんの「恋=DO!」でチャチャ人形を被っていた張本人ですわ。
・・・って書くと、なんとなく覚えてる方がいるかなぁ。

 そのあと、同じくトシちゃんの「抱きしめてTONIGHT」でもバックダンサーとして復活しましたよね。

 でも、本当は「おソバ屋」の主人だったりしてさ。

 まあ、でも、そういう経歴からして、もともとジャニーズ所属だったんだよね。必ずしも華やかな場所に居たヒトではないけどさ。


 この「だいじょうぶマイフレンド」、村上龍原作の同名小説の映画化にともなって作られた作品ですよね。
 ピーターフォンダが出るって事でちょっと話題になったりしてた記憶があるなぁ。

 だけどさ、この曲はいい曲ですよ。ホント、騙されたと思って聴いて欲しいくらい!。 
 うーん、最近、この曲の音源が少なくなったのは残念だけどさ。

 加藤和彦がつくるキャッチーで官能的な世界。

出だしの
♪目を閉じてごらん 愛が見えてくる ♪

からそうなんだけどさ、特に

♪ だいじょうぶマイフレンド ♪

のサビの部分のキャッチーさには、ホント舌を巻く。どうしたら、こんなに官能的なメロディラインが生まれてくるんだろうね。

 それにもまして、乃生チンの声がまたいいんだよね。甘いバリトンで。ぜんぜんジャニーズな声ではないよなぁ。本格的なバリトン声楽的な美声だよね。

 その声で ♪だいじょうぶマイフレンド ♪ なんて歌われたらたまんないんだろうな・・・と思わせるよなぁ。

 男でさえそう思うんだから、いわんや女性にはたまんないんだろうな・・・と思いつつ・・・、それでもオリコン36位なんだよねぇ・・・。

 うーん、どうしてなんだろうねぇ、もっと売れても然るべき曲だと思うんだけどなぁ。。。

 まあ、広田玲央奈とか、加藤和彦本人もセルフカバーしてたりしてたから、分散しちゃったよね。個人的にはなんと言っても、この曲は乃生佳之なんだけどなぁ。


 蛇足だけど、この曲、TBSの「アップルシティ500」でよく聴いたような気がするなぁ。懐かしいよねぇ。(あ、この言葉は使いたくなかったけど・・)





・・・ということで、「アップルシティ500」。でも、最後の1分くらいしかないんだよな。。。
果たしてこれで理解していただけだろかねぇ。。。。


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どきどき旅行 / 岩崎良美

1982_05_どきどき旅行_岩崎良美






今回の1曲セレクトは、「どきどき旅行」岩崎良美です。

 まずはデータです。

・タイトル    どきどき旅行
・アーティスト  岩崎良美
・作詞      安井かずみ
・作曲      加藤和彦
・編曲      清水信之
・リリース日   1982年4月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 34位
・売上げ枚数   6.3万枚


 えー、今回の1曲セレクトは、一般的に言って「知ってるヒトしか知らない曲」どぇす。


 岩崎良美「どきどき旅行」

 知らないよなぁ、ほとんどのヒトは〜。

 え〜と知ってる方は、同年代でも、結構な歌謡曲通だと思いますよあせあせ

 岩崎良美の曲を書くときはいつも書いてる気がするんだけど、大体において、岩崎良美っつったら、みんな「タッチ」しか知らないよねぇ〜、普通は。

 そんなところを聴いてるから、歌謡曲オタクなんて言われるわけです、ハイ。


 この曲って言ったら、やっぱ、「月刊明星82年6月号」の付録歌本「ヤンソン」の「近田春夫の新曲激評」だろうな。
 なんせ、けちょんけちょんに貶されてたからあせあせ

 「どきどき旅行」っつうタイトルからして、今から見ると、とっても「マヌケ」なタイトルなんだけどさ・・・ふらふら
だいたい、曲しらないヒトから見て、「どきどき旅行」なんてタイトルが来たら、どんな曲を想像します?

 なんとなく、なんかのパロディか? ・・・なんて思っちゃいません?

 いやー、ワタシもねぇ、この曲を当時、聴くまでは、そんなイメージがあったの。

 それがですねぇ、とってもマジメな「ハワイ旅行」な歌なんですねぇ。。

 まあ、「ハワイ旅行=どきどき」・・・っつうことで、「どきどき旅行」なわけです。

 だけどさ、今時ねハワイ行くくらいで「どきどき」するかぁ・・・ってツッコミが入りそうだけど・・・。

 まあ、それは、今から33年前のこと・・・。今よりはハワイ行く事はステータスな時代だったってことは、考慮してくだされ。。。


 たださぁ、近田氏もツッコミ入れてるけど、別にハワイでなくてもいいんだよねぇ。
 オーストラリアでもいいわけじゃんふらふら

 なんとなしに、行き先が「ハワイ」っていう必然性が全然見えないんですわ。この曲。

 曲の雰囲気がハワイっぽいから? うーーーむ、そういわれれば、確かに、それっぽいけど、これまたダサイんだよね。

 ハワイはハワイでも、「日本のハワイ」⇒「常磐ハワイアンセンター」(現スパリゾート・ハワイアンズ)っていうイメージなんだよねぇ。

 なんかさぁ、その辺が、いかにも「哀れ」な感じを受けたりしてふらふら
うん、端的に言って・・・・、売れないよね、この曲は・・・なんて、言い切れちゃったりする曲だったりして。。。ふらふら



ちなみに、岩崎良美さんは、この曲の前の「愛してモナムール」、そして、次の「VACANCE」は、良い曲なんだよね、これが。
 どちらもヨーロッパ系の佳曲なんだけど、このヒトの場合、ヨーロッパをイメージする曲が似あってましたね。
 この「どきどき旅行」は、下世話過ぎたよな。



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