かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

伊藤銀次

色つきの女でいてくれよ / ザ・タイガース

1982_04_色つきの女でいてくれよ_ザ・タイガース








今回の1曲セレクトは、「色つきの女でいてくれよ」ザ・タイガースです。

まずはデータです。

・タイトル     色つきの女でいてくれよ
・アーティスト   ザ・タイガース
・作詞       阿久悠
・作曲       森本太郎
・編曲       伊藤銀次
・リリース日        1982年2月5日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   42.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1982年3月29日〜5月17日付
・タイアップ:コーセー化粧品「82年春のキャンペーンソング」

今回は、今まで書かなきゃ書かなきゃ・・・と思いながらね、長い事ペンディングしてた曲ですねぇ。

ザ・タイガース「色つきの女でいてくれよ」。

この曲は1982年今頃のヒットなんだけども、ここのところ82年の曲を頻繁に書いてたからなぁ。ちょっと偏ってるなぁ・・・・と思いーの、だから、少し書くの待ってたんだよね。
 でも、このまま書かないでいると、ヒットの時期が過ぎちゃうよなぁ・・・と、この間、82年の曲(西城秀樹「南十字星」を書いたばっかなんだけど、ぴっぱって来ちゃいました。

まあ、ここ読んでくださってる方の多くは、すでにご存じの曲だと思いますが、71年に解散した、ザ・タイガースも解散10周年ということで、「再結成」されたときにリリースされた1曲ですわね。
 時に、コーセー化粧品の「キャンペーンソング」に使われた事もあって大ヒットでしたねぇ。それもあって改めてタイガースの人気の凄さを確認出来たって感じだったかなぁ。

 ワタシらの世代は、世代的に「G.Sブーム」の頃のタイガースって知らないからさ。なんせ生まれた頃の話なんでねぇ、観月ありさの曲じゃないけど、「ママの頃のラブソング」だった訳ですよ。

でも、10年過ぎても相変わらずの人気を保っているってことは、やっぱりG.Sの西の雄だったタイガースだったわけですわね。
・・・・って書くと、東の雄は? って事になるだろうけど、やっぱ、大宮出身のテンプターズになるんだろうな。

うん、テンプターズについては、また後日改めて書こうかと思いまする。

この「色つきの女でいてくれよ」は、曲も良かったですしね。分かりやすいメロディだし、キャッチーだし。
口悪く言えば「ウレセン」だった訳なんだけどさ。

でも、その辺りは予め計算していたようですけど。。、当時の、沢田研二氏のインタビューを読むと「皮算用通り」なんて発言もしてるしね。
 ただ、計算的にウレセン的にしたのは、やっぱ、再結成するからには、「昔の遺産」だけでの再結成ではなく、新たに82年当時のヒット曲を出したい・っていう願望もあったようで、だから、皮算用通りでも、このヒットはメンバーにとっても嬉しかったようですね。 

G.Sといえば、この当時、81年、82年当たりに再結成って言うグループが意外と多かったんですよね。
81年に、ワイルドワンズ、ザ・ジャガーズが再結成してたしね。
 おりしも、60年代末期〜70年代初頭にかけての、G.Sブームから、丁度10年っていう「区切り」もあったし、なにより81年に、有楽町にあった「日劇」が閉館ということで、G.Sブーム当時、各グループにとっての最大のライブの場だった、「ウェスタン・カーニバル」も終焉。。。
・・・なんいう区切りの中で、かつてのG.Sの再結成って言う流れが出てきてたんですよね。

ま、タイガースの再結成って言う流れは、そんな流れの最大の「見せ場」でもあったようですが、直接的には、81年1月の最後の「ウェスタン・カーニバル」が引き金になっていたようですね。

ただ、この時の再結成時には、ドラムの「瞳みのる」氏は参加せず(慶応大付属女子高校の古文の教師をやられてたんですよね)、代わりに、ベースの岸辺一徳氏の実弟の岸辺シロー氏が参加してたわけなんだけどさ。
 だから、この時の再結成は、「不完全」再結成と捉える向きもあったなぁ。 瞳みのる氏って、ジュリーと並んで人気があったようですからね。

そんな瞳みのる氏は、停年を迎えるまで教師一筋で、芸能活動からは一切手を引いていた訳だけども、定年後の、タイガース再結成の時には、何十年ぶりかでドラムとして参加してましたねぇ。
 この時の「再結成」の時は、メンバー全員の年がねぇ・・・・  ちょこっと涙を誘ってしまった感じだけど。。。。

もし、今回セレクトしたきた「色つきの女でいてくれよ」の82年再結成時に、瞳みのる氏も参加してたら、さらにヒットしてたんじゃないのかなぁ・・・なんてのは感じたりするなぁ。
 この曲の売り上げは42万枚だったわけだけど、タイガース最大のヒットは、68年の「花の首飾り」の67.6万枚。
82年の再結成時に新たにファンになった方も多かったと思うんで、もしかすると「花の首飾り」に匹敵してたかもなぁ・・・なんても思ったりしてね。



 



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

ガッツだぜ!! / ウルフルズ

1996_01_ガッツだぜ_ウルフルズ





今回の1曲セレクトは、「ガッツだぜ!!」ウルフルズです。

まずはデータです。

・タイトル    ガッツだぜ!!
・アーティスト  ウルフルズ
・作詞      トータス松本
・作曲      トータス松本
・編曲      ウルフルズ 伊藤銀次
・リリース日   1995年12月6日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  66.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1996年2月5日〜3月4日

 今回の1曲セレクトは、昨年から書くか書かまいか、ずーっと考えてた1曲です。

ウルフルズ「ガッツだぜ!!」

いや、この、個人的に曲キライじゃないんですよ。キライじゃないんだけど、なんかよく分かんない曲・・・・だったんだよね、ヒット当時は。

 なんか、よく分かんない間に、いつの間にかベストテンに入ってた様な印象があってさ。
うん、すでにこの当時は、ワタクシは、社会人になってましたしねぇ。音楽とゆかりもない仕事だったし、唯一音楽の情報源としていた、bayfmのパワカンも毎週聴けなくなってた時期なんで、いつの間にかランキングに入ってた・・・っていうのはこの曲だけじゃないんだけどさ。
 なんか、この曲だけは、やけに、いつの間にかベストテンに入ってたっていうのが印象に残ってるんだよな。

 まあ、曲調的にね、「キワモノ」的に感じたんだよね。おそらく「一発屋」で終わるだろうなぁ・・・っても感じなぁ。

大体、この曲のPVからして「キワモノ」的だもんね。バカ殿的なトータス松本なんかさ。

そもそも、曲自体、K.C&ザ・サンシャイン・バンドの「ザッツ・ザ・ウェイ」が「ガッツだぜ」に聴こえたっていう、タモリ倶楽部の「空耳アワー」的なノリで作られたもんだしさ、曲自体、やっぱキワモノ的なんですよね。

ただ、こういうキワモノ的ファンクな曲が当時は無かったからねぇ。なにせ、当時の主流は「T.K」だったから、こういうラフな音の曲は無かったんだよね。 だから、逆に新鮮に聴こえたんだよな。

それがウルフルズにとっては幸運だったんだよね。 もし、もう少し後の、ラウド系やメロコア系のバンドサウンドが定着した時期だったら、果たして新鮮に聴こえたかどうか・・・っていのうは疑問だしさ。


それと、この曲がヒットしてた、まさにその時期に、次の「一手」として、全く曲調が違う、「バンザイ〜好きでよかった〜」をリリースしたでしょ。これが良かったんですよ。
 このふざけた「ガッツだぜ!!」とき正反対のマジメな「恋愛曲」だったじゃん。 
まるで、ふざけた「勝手にシンドバッド」のあとにねマジメな「いとしのエリー」をリリースしたサザンのようで、印象がダブルんだよね。
ま、個人的にも、「バンザイ〜好きでよかった〜」で、初めてウルフルズっていうヒト達を認めた感じだったなぁ。



しかし、このバカ殿ばりのキワモノPVが、この年のBEST VIDEO OF THE YEARに選ばれたって言うんだから分からないもんだよね。


よろしかったら、ポチッと押してね

にほんブログ村

渚のラプレター / 沢田研二

1981_06_渚のラブレター_沢田研二







今回の1曲セレクトは、「渚のラブレター」沢田研二です。

 まずはデータです。

・タイトル    渚のラブレター
・アーティスト  沢田研二
・作詞      三浦徳子
・作曲      沢田研二
・編曲      伊藤銀次
・リリース日   1981年5月1日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   23.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1981年6月8日〜7月6日付
・タイアップ:マックスファクター81年夏のキャンペーンソング 

ここのんとろこ、ジュリーの曲をちょくちょく書いたんで、また、ジュリーかって思われるのもアレなんで、少し間をあけてたら、すっかりヒット時期が過ぎちゃった曲がありました。。。。。

1981年の「渚のラブレター」。 

やばい、今出しとかないと、また来年までお蔵入りだ・・・  っつうことで、急遽引っ張ってきました。

 本来は、ヒットのピークは、6月頃なんだよね。 なので、7月と言う今頃は、すでにヒットも下降線だったんだけど、ま、とりあえず、良しとして

ところで、この曲、タイアップついてたの覚えてます?

・・・・なんて聞いたら、100人中、99人は「しらなーい」って言いますかねぇ。

 ちなみに〜、この「渚のラブレター」は、マックスファクターの81年夏のキャンペーンソングだったんですねぇ。。

 ね、ほとんどの方は覚えてないでしょ? 

 ま、知らなくても、ぜーんぜん、何の影響もないことなんですが。。。あせあせ 
 ちなみに、ワタシも調べるまでは、ぜーんぜん覚えてなかった。。

 コノ曲にタイアップなんか付いてたっけ? っていう世界だしぃ。
まあ、大概は忘れちゃいますねぇ、さすがに29年も経ってると。。。




 ところで、この曲は、ジュリーにとっては、当時、結構間が開いてリリースした新曲だったんだよね。
 この曲の前が、前年12月の「おまえがパラダイス」だったから、中5ヶ月での新曲。
 ま、その間、映画「魔界転生」の撮影で、俳優業をやってたんで・・っていうわけがあったんだけど。。

 ただ、曲調がそれまでとは、随分、ソフトになったような印象があったなぁ。
 ま、それよりも、ジュリー自身が作曲したっていうことにも、随分驚いたもんだけどね。 うん、この曲から次の「ストリッパー」、そのまた次の「麗人」と3曲続けて、自作曲の曲を歌うことになりますです。
 
 なんつうかな、この年の頭に「G.S. I LOVE YOU」っていうコンセプトで、初心に帰った、G.Sっぽい曲に戻ったようなところが強かったんで、この曲もその流れを組んだような感じなんだよね。
 プラス、50'Sのオールディーズの匂いがするような雰囲気でさ。その辺が、ハテさがあって、前年までとは違った雰囲気があった1曲ですかねぇ。

 まあ、ハデさがないぶん、ややインパクトには欠けるけど・・・・うんにゃ、サビの

 ♪ いまなら とりけせーる BABY 〜♪ の上がりのメロディは充分にインパクトがありましたね。

 うん、梅雨の時期のジメッとした空気を一新してくれるような、ミドルチューンってところですな。






よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

おまえにチェックイン / 沢田研二

1982_06_お前にチェックイン_沢田研二






今回の1曲セレクトは、「おまえにチェックイン」沢田研二です。

 まずはデータです。

・タイトル    おまえにチェックイン
・アーティスト  沢田研二
・作詞      柳川英巳
・作曲      大沢誉志幸
・編曲      伊藤銀次
・リリース日   1982年5月1日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   27.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1982年6月14日〜7月26日付

 えー、今回はマクラなしで。。。

 いやー、今回の曲は、セレクトしたのはいいものの、どう話を切り込んで行こうかねぇ・・・迷いまして、なら、マクラは無しでいいか・・・と。

・・ということで

 沢田研二の「おまえにチェックイン」ね。


 この曲のジャケ写、「怖い」ですねぇ〜。うーん、シブい・・・ダンディ・・・といった方がいいんですかねぇ。

 ダンディ・・・・ね。最近、聞かなくなった言葉だな。

 いずれにしても、この曲のジャケ写を見る限りでは、シブーいクセのある曲なのかな・・・っていう、想像が先に立ってしまうんだよね。

 まあ、実際にこの「曲」を聴く前のワタシの印象なんだけどさ。


 このころのジュリーは、前年の「ストリッパー」にしても、この曲の前の「麗人」にしても、クセのある曲が続いてたじゃん。まあ、インパクトは強いんだけどね。

 特に、この曲の前の「麗人」の独特のクセのある曲の印象が、まだまだ、強かった時期だったからさ、この曲も、また、そんな感じなのかねぇ・・・って感じてたな。

 うん、このジャケ写からさ。


 でも、実際に聴いたら・・・・あーら、全く想像と違うんだもの。

 もろポップ・・・・。ジュリーの曲で、ここまで、ハデハデのメジャー系のポップに弾けるような曲も珍しいよね。

 あ、でも、80年の「TOKIO」も「恋のバッドチューニング」もポップか・・・。

 だけども、それを凌ぐ位のポップさを感じたな。 TVでは珍しくハンドマイクで、跳ね回ってたしな。


 この曲も、全体的にインパクトの塊っちゃ、そうなんだけど、やっぱサビの部分は強いよね

 ♪ ホミタイ ホミタイ ホミタイヤイヤイヤイアアイ〜 ♪

・・・・なんのこっちゃ。。。。。ふらふらふらふらふらふら

 正確には

 ♪ Hold Me Tight Hold Me Tight Hold Me Tight〜 ♪

なんだけどさ、メロディにのっけると♪ ホミタイ ホミタイ〜 ♪

になるのよね。

 うん、初めて聴いた時から、このメロディラインが頭から離れなかったなぁ。

 この時点では、まだ「大沢誉志幸」って全然知らなかったけど、このヒトならではの独特のファンキーなノリを持ってるよね。

 で、久々に「あ、これは くるぞ・・・・」っていう感触を持ったな。

 案の定、「ベストテン」では、久々に2位まで上がったもんね、この曲。

 それに比べて、オリコンでは、最高8位・・・と。 うーん、ジュリーってオリコンでは、上位に来てないんだよなぁ。
 同じくべストテンで2位まで上がった、「ストリッパー」が6位、「TOKIO」が8位だったりするもんね。オリコンの最高位は。

 これが、結構意外だったりね。印象からしてもさぁ。

 ただ、ジュリーの場合は、レコード売上げはそれほど強くなくても、その他、有線、ラジオ、ハガキ・・・と、4要素全てで平均してたからねぇ。逆に言えば「穴がない」のが強みだったんだよね。

 まあ、それだけ、幅広く支持されていたってわけでさ。だから、レコード売上げは、さほどでなくても、充分に「ヒット」しているイメージが大きかったのよね。
 




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

DOWN TOWN /シュガーベイブ

1975_05_DOWN TOWN_シュガーベイヴ






今回の1曲セレクトは、「DOWN TOWN」シュガーベイブです。

 まずはデータです。

・タイトル    DOWNTOWN
・アーティスト  シュガーベイブ
・作詞      伊藤銀次
・作曲      山下達郎
・編曲      山下達郎
・リリース日   1975年4月25日
・発売元     エレック
・オリコン最高位 チャートインせず
・売上げ枚数   0枚

 さっきは、いつものごとく「唐突」に、さくらと一郎の「昭和枯れすすき」なんて書いちゃったんだけど、べつに「昭和枯れすすき」をどうしても書きたくて書いたわけぢゃなくてさ、実は、この曲に繋げたかったの。
 ハイ、今回も1975年5月のヒットです。

 時代が楽曲に追いつかない・・・・ってことは、最近ではあまり聞かなくなってきたな。
 すでに「音楽」の形態自体は、ほぼ進化しつくしたような気もするし・・・。これからは、これまで培い、進化してきた音楽を如何に、うまく順列組み合わせして、「新しいような」音楽を作り上げていく・・・っていう時代になっていくだろうね。

 さてさて、70年代中盤、日本の音楽シーンは、大まかに言えば、まだまだ、「あちら」の音楽の域には、到底達していなかったわけで。。。そんな状況の中で、それでも「時代」の遥かに先を行くアーティストも居たんだよね。

 その多くは、まだまだ「商業的」に成功していたわけでもなく、いわいるアンダーグラウンド・・・今でいうインディーズね・・・なところで、ほんの一部のコアな「音楽ファン」の間だけで聴かれていたに過ぎなかったわけで・・・。

 今日の1曲セレクトは、そんな曲の「代表的」な曲を引っ張ってきますかね。

 DOWN TOWN /シュガーベイブ

「DOWN TOWN」っていったら、今でこそ、まあ、知ってるヒトも多いだろうな。結構いろいろカバーされてるし、山下達郎バージョンとして、CMとかにも使われていたしなぁ。

 しかしながら、オリジナルはジュガーベイブっていう、6人グループが歌っていたわけですよ。

 もちろん、その中に、当の山下達郎氏も含まれているわけなんだけど、その他、キーボードの大貫妙子、ギターの村松邦夫、伊藤銀次、ドラムの上原裕などなど、今でこそ、そうそうたる「大御所」アーティストたちで結成されていたりしたわけですわ。

 でも、当時は、まだ名もなき、ただの若造アーティストたち。

 その、ただの若造アーティストでも、やってる音楽は、当時の時代の流行を遥かに先行く音楽だったりして・・・。

 完璧に「洋楽」志向なんだよね。今聴くと、それはよく分かる。

 でも、当時は「邦楽」と「洋楽」は別物だったからなぁ。完全に間に壁が出来ている時代だったわけで・・・。
 しかも、「自称」洋楽ファンだったヒトの多くは、日本人が「真似事」してても、「ケッ」と毛嫌いするような時代。

 当然、シュガーベイブも時代には受けいられなかったわけでね。

 しかも、リリース元が、エレックレコード。

 うん、今までも何回か1曲セレクトで出てきたけど、当時の代表的なインディーズレーベルね。

 ただ、「代表的」なといっても、シュガーベイブがこの「DOWNTOWN」がリリースされる頃は、「経営不振」で、結局のところ、シュガーベイブは、このシングル「DOWN TOWN」と、同時リリースのアルバム「SONGS」をリリースした直後、「倒産」・・・。

 あえなく、シュガーベイブも解散の憂き目にあう。


 その後、メンバーの伊藤銀次氏と山下達郎氏、それと、エレック時代に所属していたナイアガラレーベルの御大、大滝詠一大先生と、76年に、「第1次」ナイアガラトライアングルを結成することになるんだけど・・・。

 まあ、兎に角、当時の大滝−細野の、いわいる、「はっぴいえんど」系人脈には、今では「大御所」になったアーティストがひしめいてましたからねぇ。。。坂本龍一氏も、その一人なわけで、第一次ナイアガラトライアングルにも、キーボードで参加してたりして・・・。

 「商業的」なことは抜きにして、当時の「時代」を遥か先行く音楽をやっていたわけですわ。

 でも、当時やってた音楽が間違っていなかったことは、後々の時代が証明してるかな。

 山下達郎氏がソロで大ヒットを飛ばすのは、それから5年後のことですわ。
 つまりさ、時代が山下達郎氏に追いつくまで、75年当時から5年もかかったって事だね。


 で、件の「DOWN TOWN」は、同じく1980年にEPOがカバー。81年に始まった、フジテレビ系の「ひょうきん族」のエンディング曲でお馴染みだったよね。

 そそそ、あの曲なのですよ。この曲は。

 ♪ DOWN TOWNへくりだそう〜 DOWN TOWNへくりだそう〜 ♪

って曲ですヨ。 もしかして、ここまで読んでもらって、ようやく、この曲が分かっていただけたかしら・・・ふらふら

 まあ、「ひょうきん族」⇒「土曜の夜」なんていう、つながりもあって、「土曜の夜」の今日、この曲を引っ張ってきたりもして・・・。

 ちなみに、EPOは、シュガーベイブのメンバーだった、大貫妙子人脈だったりするから、その関係で、カバーもされたんだろうね。


 ところで、この曲のオリジナルシングル用のマスターテープは、既にこの世には存在しないらしい。
 ・・・ということは、この曲のシングルを持ってる方は、かなり貴重なんだけど・・・、果たして、これ読んでる方に、もってらっしゃる方はいるでしょうかねぇ・・・。
 なんせ、ほとんど、売れてないシングルだしね。

・・・というわけで、当のシングルのジャケットもネット上に・・・あるわけないか・・・。(↑のジャケ写は、アルバム「SONGS」のものね)

 ウチには、この曲の音源自体はあるんだけど、これはアルバム用の新たなミックスなんだよねぇ。

 まあ、当時のエレックがそうそうに倒産しちゃったからなんだけどさ。
 ・・・・ということは、この曲は管理されてないの? 
・・・なんてことは、あるわけないか・・・。アルバムバージョン用のマスターテープはあるんだもんね。

 ちなみに、JASRACのデータベース見たら、フジパシが管理してたわ・・・。

で、この「DOWN TOWN」が収録されているアルバム「SONGS」のオリジナル盤がリリースされてから、今年で40年ということで、7月に「40周年スペシャルエディション」がリリースされる。
 山下達郎氏も、実質のデビューから40年も経つわけなんですねぇ。



しかしさ、こういう音源を聴くと、なんで、ワタシャ、あと15年早く生まれてこなかったんだろうなんて思いますねぇ。
 ま、確かに世代的に、70年代終盤のニューミュージック全盛期には、リアルタイムに間に合ったわけだけど、
日本のロック創世記もリアルタイムで体験してみたかったよなぁ。



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

おまえがパラダイス / 沢田研二

1981_01_おまえがパラダイス_沢田研二






今回の1曲セレクトは、「おまえがパラダイス」沢田研二です。

 まずはデータです。

・タイトル   おまえがパラダイス
・アーティスト 沢田研二
・作詞     三浦徳子
・作曲     加瀬邦彦
・編曲     伊藤銀次
・リリース日  1980年12月23日
・発売元    ポリドール
・オリコン最高位 16位
・売上げ枚数  13.9万枚

 1年の計は元旦にあり・・・なぞとよく言ったもんですけど、年初めに、なんか引っかかった曲に出会えた年は、その1年間、ずっとヒット曲に引っかかった・・・というか、未だに思い出深い年になってる・・・ってことが多いなぁ。まあ、個人的なことかもしれないけどさ。

 そういう意味では、今日ひっぱってきた、ジュリーの「おまえがパラダイス」って曲が引き金になったか、1981年って言う年は、個人的には、未だに思い出深い年になってますよ。ヒット曲でも、個人的な生活でも。

 この曲はねぇ、↑で書いたように、初めて聴いたのは、1981年の正月か、正月明けすぐか・・・って頃だったと思う。たしか、クイズ「ドレミファドン」だったかなぁ・・。
 何でそんなことまで覚えてるんだろ? ・・・って感じなんだけどさあ、この曲と、榊原郁恵の「あなたは「おもしろマガジン」」だっけ? この2曲セットで聴いた記憶があるんだよなぁ。

 でさあ、どうにも、この「おまえがパラダイス」の印象が強くてさあ。

 おそらくね、3連のロッカーバラードっていう曲調の性なんだろうな。それまで、ロッカーバラード的な曲って、「ヒット曲」っていう範疇ではあんまり聴いてなかったんだと思う。その独特な哀愁感に引き込まれたのかなぁ。
 ・・・といっても、それまでロッカーバラードな曲を、全く聴いたことがなかったのか・・・というと、そうじゃない。
 まだ物心が付かない頃、どっかでは聴いてた・・・様な気はするんだよね。知らないはずなのに、どっからかセピア色的な懐かしい感じもしたりしてさ、その辺は不思議なんだけど。。。

 この曲からすると、完全なロッカーバラードというよりも、サウンド的にはロカビリー的に、ラフではあるけど、もろ、50年代〜60年代初頭の「古きよき〜」なイメージはあった。

 この辺は、この年のジュリーのコンセプトでもあった、「I LOVE G.S」・・・つまりさ、「G.S」への回帰っていうところもあったんだろうね。まあ、今から考えれば・・・っていう話だけどさ。

 当時は、まだガキだったし、そういうところまでは考えもしなかったわけで、純粋にリリースされた曲を楽しんでたわけなんだけとでさ。
 
 ってなわけで、この年は、この曲を皮切りに、次の「渚のラブレター」、「ストリッパー」と、50〜60年代っぽい曲が続いたわけなのよね。ま、そこで終わりではなく、そこから「タイガース」再結成って風に続いていくんだけどさ、だからさ、今考えれば、おそらく、この曲の頃にはタイガースの再結成は決まってたんだろうな・・・なんても思えたりするんだよね。その布石として、この曲のこの雰囲気なんだろうなぁ・・・なんてね。




よかったら、ポチッとしてね
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
記事検索
livedoor プロフィール

かじやん

読者登録
LINE読者登録QRコード
QRコード
QRコード