かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

伊藤銀二

ス・ト・リ・ッ・パ・− / 沢田研二

1981_11_ストリッパー_沢田研二






今回の1曲セレクトは、「ストリッパー」沢田研二です。

 まずはデータです。

・タイトル    ス・ト・リ・ッ・パ・−
・アーティスト  沢田研二
・作詞      三浦徳子
・作曲      沢田研二
・編曲      伊藤銀二
・リリース日   1981年9月21日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   36.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1981年11月2日〜1982年1月11日付

 ここでも何回か書いてるんだけど、最近「エロエロ」な歌って少ないよなぁ。なんでなんだろうねぇ。やっぱりPTAがウルサイんでしょうかねぇ。いわいるモンスターペアレントって言うヒト達。でもさあ、自分たちだってエロエロやってたから子供が生まれたわけじゃんか・・・なんて思うんだけどねぇ
 まあ、その反動か、ここでもエロエロな曲を書くと意外とアクセス数が良いんだよね。

 いやいや、そんなに「エロエロ」ソングが人気あるんなら、「エロエロ」ソングを持って来ようじゃん・・・・っつうことで、沢田研二の「ストリッパー」を持ってきました。

 あ、正確には表記は「ス・ト・リ・ッ・パ・−」のようですね。間に「・」が入る・・・と。

 まあ、それはどうでもいいんだけど、↑で書いたほど、実際は「エロエロ」ソングではないです。

 たしかにタイトルを見ると、衝撃的ですけどね。作詞は、三浦徳子さん。

 しかし、前、シブがき隊の「処女的衝撃」の時も書いたけど、女の作詞家としては、野太いよねぇ。「ストリッパー」ですよ。
 普通、女の作詞家では、こんな衝撃的なタイトルの曲、書かないですよねぇ。

 まあ、タイトルはもともと決まってたのかもしれないけど、タイトルに負けないほど、内容的にも野太いものねぇ。

 ♪ ヒールを脱ぎ捨て ルージュを脱ぎ捨て 全てを脱ぎ捨てたらおいで 裸にならなきゃ 始まらないショーの始まりさ〜 ♪

だもの。

 これなんですよ〜、ヤバさって。詞を読んだだけでもドキッとするヤバさを感じるじゃん。

 これが「歌謡曲」の醍醐味なんじゃないかと思うわけです。

 きっと、最初から「オトナ」のマーケットを意識した作りに徹してるから、この位ヤバい曲でも大丈夫っていう読みもあるから、作れるんだろうね。

 この曲、今から34年前の曲だけど、まだ、あの頃は、聴き手(ユーザー)にもオトナが居たんだよね。


 ・・・かと思えば、松田聖子の「青い珊瑚礁」のような、ソフトな詞も書くし、早見優の「夏色のナンシー」のような、キラキラした詞も書くし、このヒト一体、何者? って思うくらい、変幻自在な幅広いイメージの詞を書くヒトだったよなぁ。


 この曲に関しては、曲も詞に負けないくらいスリリングだし、久々に「勝負」をかけてきたジュリーだったよなぁ。ジュリーは、こうじゃなくちゃ!

 まずもって、イントロ最初のドラムのスタタタタタタタタタタタタっていう力強いスネアからして、インパクト大だったもんなぁ。

 サウンドはギンギンギターの悪夢路線。エロくていいんだよね、さすがにストリッパーというだけあって。。。

 この前の年の「TOKIO」から、バックバンドは、長年連れ添った井上尭之バンドから、オールウェイズを経て、この年81年から、吉田健氏率いるエキゾティクスに変わったけど、恐らくこのバンドの魅力が、あのころでは一番引き立った曲なんぢゃないかな。

 曲はジュリー自身。このころは、前曲の「渚のラブレター」、この曲、次の「麗人」と3曲連続で自身作曲でいってたけど、ソングライターとしても、かなりいけるよねジュリーって。

 本人の言葉を借りると、たまたま自分で書いた曲が選ばれたっていう話だけど。

 まあ、今となっては、最期の力を「振り絞って」に入ってた時期でもあるんだけどね。
 この曲が現在まで、最期の30万枚突破曲となってしまったわけで・・・。

 でも、コノヒトが年末のレコード大賞に居ると、それだけでステージが華やいでた時期ですよね。

 改めて「スター」だと思いますわ。最近は「スター」っていうほど存在感があるヒトも少なくなっちゃいましたからねぇ。


 ちなみに、エロエロ・・・だったら「時には娼婦のように」の方が、もっとスリリングだったかな?
 だけど、残念ながら、時期が合わないんだよね。。。




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六本木心中 / アン・ルイス

1985_09_六本木心中_アンルイス






今回の1曲セレクトは、「六本木心中」アン・ルイスです。

 まずはデータです。

・タイトル    六本木心中
・アーティスト  アン・ルイス
・作詞      湯川れい子
・作曲      NOBODY
・編曲      伊藤銀二
・リリース日   1984年10月5日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 12位
・売上げ枚数   29.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位

 ここのところリリースから1年越しのヒットっていうのは、あんまり出てない気がするなぁ。
まあ、演歌系で有線を中心にジミーに売れてる曲って言うのは、未だにあることはあるけど、こと、ポップス系、ロック系で、そんな超ロングヒットっていうのも、少なくなったよな。
 あ、三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBEの「R.Y.U.S.E.I.」が、1年越しで、未だにネット配信チャートの上位に居るってのは、このパターンに当てはまるか。。。

 でもさ、過去を遡ると、1年越しでヒットした例は、それほど珍しいわけではないんだよね。
 まあ、「初動型」がほぼ全ての楽曲のチャートアクションの全てになってしまったから、珍しいわけで・・・。

 昔を振り返れば、1年越し、どころか、2年越し、3年越し・・・でやっとヒットした・・・なんていう例もあった。

 ちらっ・・・と思い出しただけでも、

 木村友衛の「浪花節だよ人生は」は、3年越しでのヒット(リリースは1981年6月。ベストテン入りは1984年)。
 欧陽菲菲の「ラヴ イズ オーヴァー」は、当初B面としてリリースされたのが1979年で、再リリースの末ヒットしたのが1983年だから、足掛け4年越しのヒット。
 佳山明夫の「氷雨」に至っては、最初のリリースが1977年12月で、廃盤、再リリースを繰り返しながら、1983年にベストテンに到達してるから、ヒットまで5年もかかっている。

 まあ、そんな感じで、上には上がいるわけです。

 今回、引っ張ってきた曲も、そんな感じで、ヒットまで時間がかかった曲どぇす。

 六本木心中  / アン・ルイス

 なんだよ、だれでも知ってる曲じゃん・・・、なんて声が聞こえてきそうだけど、この曲がヒットのピークを迎えるまで、これが時間かかったのよ。

 データにも書いたように、リリースされたのは1984年10月5日。
 でも、オリコン最高位の12位を獲得したのは、1985年9月23日付ランキング。なんとなんと、ヒットのピークまで要するに1年もかかっていたりする。

 最初さ、リリース当初は、この曲、まーったく売れなかったのよ。

 やっぱり

 ♪ 長いまつ毛がヒワイねあなた〜 ♪

がエロかったからかなぁ。。。。

 兎に角見向きもされなかったわけ。

 ベスト100に入ったのが、1985年4月22日付で84位だから、ベスト100に入るのでさえ、リリースから半年かかっている。

 まあ、ベスト100にランクインした要因・・・って言うのがあったはずなんだよね。。

 今、手元に、オリコンウイークリーの通巻300号(1985年6月24日号)があるんだけど、この時掲載されている、1985年6月17日付チャートでは、58位で赤丸が付いている(前週61位)。
 でさ、ついでにテレビタイアップマークも付いてるんだよね。

 ・・・・ということは、テレビ番組のタイアップが、この時点では付いてたことになるんだけど、これが、何の番組だったかが、思い出せないんだよなー。

 1986年のオリコン年鑑があれば、すぐわかるんだけどね。。。

 まあ、ともかく、タイアップが付いてから、ジワジワとランクアップしていったわけですわ。

 それでも最高位を獲得するまで、半年もかかっているわけですからねぇ。いかに、ロングヒットだったかがわかりますよね。この曲。

 いや、だから、みーんな知ってるんだよね。この曲を。ベストテン入りしてなくってもさ。

 やっぱ、これがヒット曲の醍醐味でしょう。


 しかしさ、一時、この曲、カラオケの盛り上がり曲だったよなぁ。
 うん、最初にカラオケボックスが流行り始めた頃だから、1989年頃かなぁ。

 3〜4人でカラオケいくと、必ず、だれかはこの曲歌ってたもんね。
 で、お決まりの「合の手」を入れたりしたよねぇ。




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