かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

主題歌

CATCH ME / 中山美穂

1987_10_CATCH ME_中山美穂


今回の1曲セレクトは、「CATCH ME」中山美穂です。

まずはデータです。

・タイトル    CATCH ME
・アーティスト  中山美穂
・作詞      角松敏生
・作曲      角松敏生
・編曲      角松敏生
・リリース日   1987年10月7日
・発売元     キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 21.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1987年10月19日〜12月7日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「おヒマなら来てよネ!」主題歌

うーむ、何日ぶりの1曲セレクトなんだ? ・・・なんて分かんなくなる位間が空いたかな。 もしかして今週初めての1曲セレクトだったかな。。。
まあ、いいや。
ともかくも、ようやっと週末。今週もなんとか乗り切った感じのワタシです。。。

・・ということで、久々の1曲セレクト、最近書いてなかったヒトをと思って、ちょこっと掘り返していたんだけど、目にとまったヒトがいまして。。。

ミポリン。。。

うーむ、この曲の曲も、今まで結構書いてきてたつもりだったんだけど、意外と、まだ「抜け」があったりするんだよな。。

丁度いいんで、こういう時に書いてこうか・・・と思いまして、引っ張って来ました。

「CATCH ME」

この曲、まだ書いてなかったんだな。。。なんかねえ、むかーし、書いてたような気がするんだけどなぁ。うーむ。
恐らくね、いろいろと引き合いには出してたんだよな。でも、改めて「CATCH ME」という曲タイトルでは書いてなかったのかもしれない。

なにせ、この曲、ミポリンにとってはレコードデビュー3年目にして、初めてオリコン1位を取った曲でしたからねぇ。。。

・・・・なんて、改めて書くと、そうか、そうだったよな・・・なんて自分でも納得したりして

デビュー2作目以降、毎曲ベストテン入りしてた訳で、だからそれまでにも何度かオリコン1位を取っていておかしくない実力はあったんだけどもねぇ。リリースタイミングに恵まれてなかったんだろうな。
デビュー11作目にして、ようやく掴んだオリコン1位だった訳ですわ。

ただね、個人的には、ちょっと納得行かなかったんだよなぁ、この曲での1位・・・ってのはさ。

やっぱりね、このヒトには、松本隆−筒美京平っていう黄金コンビラインの曲で1位を取って欲しかった。

この曲、どうもしっくり来なかったんだよな、当時は。

ま、今考えると、松本−筒美っていう黄金ラインから、新しい展開を見せるということで、角松敏生なんていう、気鋭のソングライターを起用して、ダンサブル路線っていう新たな路線を開拓しようとしたんだけどさ。

でも当時は、この路線が、このヒトに合っているのかどうか・・って言うの疑問に感じたんだよな。

・・・というか、まずもって、この曲で、歌い方が全く変わっちゃってたのに、違和感を感じたんだよな。
このヒトの歌い方ってもっとナチュラルだったのにねぇ、そのやや、舌足らずの歌い方に魅力があったと思うんだけど、この曲でははっきりとした発声に変わってたでしょ。

ま、角松敏生氏が、肝入りで、発声法を変えたらいんだけどさ、その変化に、やっぱり違和感だったんだよね。

その発声法が、ミポリン本人にとってよかったのか、悪かったのか、この曲を境に声が出なくなったのは確かだよなぁ。

もともと、このヒト、それほどノドは強い方ではなかったと思うんだよな。それまで舌足らずな発生だったのもそのせいだったと思うし。

そんなこともあって、この曲は、当時、積極的に好きになれなかったんだよな。 だから、当時、あんまり聴いてなかったんだよな、この曲。
まあ、当時、大学受験を控えてた身としてヒット曲ばっか聴いてられなかったっていうのもあるけどさ。(と言いつつ、受験に失敗したけど。。。)

今聴くと、このカチッとした硬質かつダンサブルなノリが、いかにもバブルが始まってた80年代後半の雰囲気だよなぁ・・・なんて思うけどね。




うーむ。この曲もバックバンドは、「Liberty Club」だったんだな。
そうすると、ベースは、現ドリカムの中村正人氏か
チラッと写ってるけど、ちょっとイメージが違うかな。
前曲の「50/50(フィフティフィフティ)の時は、一発で中村氏っていうのが分かったんだけどね。今とベースの弾き方が全く変わってなかったんでさ。


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レースのカーディガン / 坂上香織

1988_09_レースのカーディガン_坂上香織


今回の1曲セレクトは、「レースのカーディガン」坂上香織です。

まずはデータです。

・タイトル    レースのカーディガン
・アーティスト  坂上香織
・作詞      松本隆
・作曲      来生たかお
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1988年8月24日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数 7.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「キテレツ大百科」主題歌


80年代終盤、アイドルも飽和状態になってきた頃、アイドルに「格付け」的等級を付けるようになりましたよね。
A級、B級、C級・・・ 

まあ、A級は「スター」アイドルの証であり、C級ともなるとマニアック、まあ、いまで言う「オタク」様ご用達のような知ってる人しか知らないようなアンダーグラウンドアイドルってわけですわね。

たださ、その間のB級アイドル・・・ってのが良く分かんないんだよな、定義が。

まあ、恐らくベストテンに入りそうで、入れなかったアイドルって感じなんでしょうな。 

そんな定義で言えば、今回セレクトした来た人は、充分に「B級」なヒトだったんでしょうね。

坂上香織「レースのカーディガン」。

覚えてますか、坂上香織さん。

1988年の夏の終わりにこの曲でデビュー。 一応オリコンではベストテン入りを果たし、「ザ・ベストテン」にも「1週」だけランクインしたんだよね。
まあ、ベストテンにランクインした・・と言っても、10位に1週だけランクインしたわけで、だから、フロックといえば、、フロックのようなもんだったかもしれないが。。。
 そそそ、前年の1987年にやはり1週だけベストテン入りしてあっという間に消えた、守谷香さんと同じ感じで。。。

だからさ、オリコンでも「ザ・ベストテン」でも、ベストテン内にランクインしたといっても、決して「A級」なアイドルとは言えない訳ですわね。

そもそも、今となってはアイドルとしての坂上香織さんを覚えてる方の方が少ないだろうしなぁ。

・・・というわけで、やはり「B級」アイドルってことになるんですよね。

まあ、このヒト、アイドルとしてデビューする前に、女優さんとしてドラマ出演した方が早かったんだけどね。

個人的にはシブがきのフッくんこと、布川敏和が主演した「オレの妹急上昇」だっけ? フジテレビでOAしてた「30分」ドラマ。
あれで、フッくんの「妹」役で出てたんだよね、坂上香織さんって。

わあ、また「美少女」が出てきたなぁ・・・なんて好印象で、だからさ、このドラマも好きだったんだよなぁ。

当時、宮沢りえ、後藤久美子っていう両巨頭な美少女女優が出現して、「美少女ブーム」だったじゃん。
国民的美少女コンテストなんてのも、この頃始まってたしさ。

まあ、もちろん、このヒトは、そんな「美少女」ブームとは別なところから出てきた訳だけど、それでもそんな美少女女優の一人に数えても良かったような感じだったよなぁ。

ただね、美少女だからアイドルとして「唄」で成功するか・・というと、必ずしもそうじゃない。
あのゴクミ(後藤久美子)でさえ、ウタでは今一つパッとしなかったしな。

このヒトもそれと同じで、結局のところ、アイドルとして「ウタ」では今一つパッとしなかった・・・っていうのは歴史が証明してるよなぁ。


そもそも曲がねぇ・・・・うーむ、今一つパッとしないんだよな。今回セレクトしてきた「レースのカーディガン」。 
なんかね、時代錯誤だよな・・・っていうイメージが先に立っちゃうんだよな。
どう聴いても、これは80年代初頭のイメージだし、サウンドだよな・・・。いや、下手すると70年代に遡っちゃうかもしれない。
まあ、それだけアナクロなんだよね。

作詞、松本隆、作曲、来生たかお 編曲、萩田光雄・・・・なんていう、まるで松田聖子と中森明菜という、80年代の両巨頭アイドルを合体させたような超豪華作家陣なのに、掛け算ではなく、反対に「割り算」になってしまったような・・・。

まあ、このヒト自体、アイドルとして明るく軽いキャラクターではなく、真面目なイメージが先行してたからなぁ。
そんなイメージから、アイドルとしてどう展開して行こうか・・・っていうところに迷いを感じてる。
そんなことが曲から感じたりするんだよな。だから、今一つ曲として中途半端になってしまう・・・と。

今から考えれば、このヒトの場合は、ウタはやらないで、女優さん一本で行った方が良かったのかもな。
でも、当時の流れとしては、アイドルとしては女優もやって歌もやって・・・って言う流れがデフォルトな所がありましたからねぇ。
そんな流れは、このヒトにとっては不運だったよなぁ。




PVですな。
しかし、どこまでも大林宣彦監督の「転校生」・・・いやいや尾道三部作のパクリだよなぁ・・・と思ったら、大林氏自身がこのPV撮ってたんだな。。。
いやはや、これは今まで知らなかったわ。金かけましたねぇ。
ただ、曲と映像がシンクロしてるか・・・というとちょっと微妙だけど。。。

それと、金かけた分回収できたのかなぁ・・・なんて要らん事まで考えたりして。。。


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終わりのない歌 / 惣領智子

1978_09_終わりのない歌_惣領智子


今回の1曲セレクトは、「終わりのない歌」惣領智子です。

ますばデータです。

・タイトル    終わりのない歌
・アーティスト  惣領智子
・作詞      及川恒平
・作曲      惣領泰則
・編曲      惣領泰則
・リリース日   1978年7月5日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 21 位
・売上げ枚数 11.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 24位
・タイアップ:TBS系ドラマ「愛がわたしを」主題歌

ヒット当時は聴いた事が無いハズなのに、実際聴いてみると昔聴いた・・・よう曲っていうのはありますよね。
この1曲セレクトも、元々のコンセプトは、そんな曲を表に引っ張ってこようと思って始めたんですよね。

ま、曲を書いてくウチに、そう言ったコンセプトもだんだん薄れて来ちゃったんたけどさ。

今回は原点にもどって、そんなヒット当時は聴いていたはずが無いんだけど・・・っていう曲を引っ張って来ますかねぇ。

惣領智子「終わりのない歌」。

・・・・と書いて、曲をパッと浮かんでくる方は、40年近く前ヒット曲ファンだったか、そうじゃない方は結構なJ-POP通な方ですよね。
 リリースは今から38年前の1978年7月。
そそそ、連日、猛暑が続き、日本列島がピンク・レディー一色で染まっていた、あの暑い夏の頃ですわ。

でも、この曲はオリコン、最高21位までしか行かなかったですからねぇ。 それほど一般的ではないし、当時も少しJ-POPをかじったような人しか耳にしてなかったんじゃないかなぁ。

・・・なんて「推定」的に書いちゃったんだけどさ。

まあ、当時、ワタシは、まだヒット曲の世界に入ってきてなかったからなぁ。 
だから、もちろん、この曲を「能動的」に聴いてた記憶が無いし、どのくらい一般的だったのかも体験してないしね。

それでも売り上げは、10万枚強と、いわいる「スマッシュヒット」の領域の売り上げは見せていたんだけどね。

これは、この曲がTBS系のドラマの主題歌だったって事も大きいんだろうな。

当時、木曜22時〜っていう「ベストテン」の後に放送していた「木曜座」っていうドラマ枠で、78年6月〜9月クールで放送されていた「愛がわたしを」っていうドラマの主題歌。

主演は、大原麗子さんと近藤正臣氏 

・・・とさも見てたような書いちゃいましたけど、はい、完全に「ウケウリ」です。


でも、そんな当時見ても無かったドラマの主題歌をなんで書いんの?  言われそうではあるけど。。。。

うん、なんかね、ずっと引っかかってきた曲ではあるんですよね。この「終わりのない歌」タイトル。

当時は聴いてなかった・・と思うんだけど、オリコンを見るようになって、当時の過去チャートを見てると、なぜか引っかかって来るんですよ。

最初は、作詞、及川恒平、作曲 惣領泰則 音楽の教科書に載ってたんだったけなぁ・・なんても思ってたんだけどさ。

だから、いつか実際聴いてみたい・・と思ってたんですよね。

で、実際聴いたのは・・・。 実は、意外と最近なんだよなぁ。 たしかここ10年以内だったと思う。

うん、ずっと想像していた曲とは、大分違ったんだよね。

アーティストの惣領智子さん、ジャケ写の印象では、美人だしもっと声の線が細い方だとばっかり思ってたんだよな。その想像イメージからもっとソフトな曲だとばっかり思ってたんですよね。

でも、実際は、めちやくちゃブルージーだし、惣領さんの声も太く、はっきりとした声質なんですよね。
うん、想像とは、全く違ったんでびっくりしたんだよね。

惣領智子さんは、この曲の作曲者の惣領泰則氏の、当時の「奥さん」ですね。当時26歳。
ちなみに、惣領泰則氏といえば、海援隊の「贈る言葉」のアレンジャーだったりして、当時のフォークロック系畑の方でしたよね。

え? 26才で、このウタの上手さは何? 
wikipediaによると、国立音大出身、在学中にアメリカ留学とある。
なるほど、どおりでウタはしっかりしてるはずですね。

でもそれを置いても、今聴いても魅力的な声の持ち主だよなぁ
兎に角、これほど線が太くて、はっきりとした声質で、これほどブルージーな曲が合う女性アーティストって当時もそれほど多くなかったと思うし。

曲もめちゃくちゃよかった。

ブルージーと書いたところからも、曲調は都会的ではないし、どこかカントリーを思わせる長閑さも感じるんだけども、それだけにスケールが大きいんだよね。
都会の片隅のシミッタレタ・・・・っていうところが無い。曲を聴くと、どこか広々とした風景が広がるんだよな。

でもね、その広がる風景っていうのが、どころ自分の田舎(福島・いわき)だったりするんだよなぁ。

うーん、なぜかいなぁ   なんて、ずっと思ってたりするんだけど、もしかして、当時、無意識のうちの、この曲聴いてたのかなぁ・・なんても思ったりして。

特に サビ終わりの  ♪ 私はここに いるわ〜 ♪ の少しスローダウンする部分から見える風景ってそうなんだよな。

 
いずれにしても、この曲は「当たり」な曲ではあったことは間違いないなぁ。
今回セレクトしてきたのも、そう言う曲だからこそ、駄曲が多い、今の時代にもっと多くのヒトに知ってもらえたら・・・って部分が大きいんだよね。






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防人の詩 / さだまさし

1980_09_防人の詩_さだまさし


今回の1曲セレクトは、「防人の詩」さだまさしです。

まずはデータです。

・タイトル     防人の詩
・アーティスト   さだまさし
・作詞       さだまさし
・作曲       さだまさし
・編曲       渡辺俊幸
・リリース日   1980年7月10日
・発売元     フリーフライト
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数 56.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1980年8月4日〜9月29日
・タイアップ:映画「二百三高地」主題歌

今日は全国的に台風で荒れた1日となりましたね。こちら関東でも、丁度、いま雨風が強くなってきてますね。
こういう夜は、一人しんみりと音楽を聴きたいものです。

・・・ということで、当初は今回は別の曲を書こうと思ってたんだけども、この曲に変更します。

さだまさし「防人の詩」

うーむ、シンミリとしてますねぇ。重いですねぇ。
この曲は、1980年夏に公開された、映画「二百三高地」の主題歌として映画同様、曲の方も大ヒットしましたね。

いつかも書いたかもしれないけど、当時、8月の終戦記念日前後になると、決まって「戦争」を題材とした映画が公開されたんだよな。
 この年1980年が「二百三高地」、次の年81年が「連合艦隊」(主題歌 谷村新司「群青」)、そのまた次の年82年が「大日本帝国」(主題歌 五木ひろし「契り」)・・・と、3年続けて戦争物が公開され、いずれもヒットしたんだよね。

その中で、主題歌として一番ヒットしたのが、この「防人の詩」でしたね。

・・というか、この曲だけが突出してヒットしたんだよな。たしかに何れの主題歌も、壮大な中に重厚さを感じる曲ではあったけど。。

その中で、この曲だけが50万枚以上の大ヒットした、っていうのは、やっぱり、この曲が多くのヒトの心に「グサリ」と刺さったものがあったんでしょうね。
 さだまさし氏も、この曲を歌う時は危機迫るような迫力があったもんなぁ。 同じ人が、前年の同じ「夏」に「関白宣言」でおちゃらけていたとは思えないもの。あの曲から比べたら180度違ったもんなぁ。

同時は、まだ「楽曲」の時代だったし、だから楽曲の力で多くの人を動かす時代だったんだよね。

今だったら「クサッ」と思える曲だけどさ、当時は、曲の形式よりも、如何に多くのヒトに刺さる曲であるかっていうのが重要だったんだよな。

そう言う上で、ヒットチャートっていうものも「重み」があったんだよね。

この間の大江千里「格好悪いふられ方」の時に、91年当時は日本のヒットチャート史上最強期って書いた。

確かに、超ロングヒットが多かったという意味では、91年当時のヒットチャートは最強だったかもしれない。

けど、ランクそのものの「重み」と言う意味では、「80年」っていう年は、本当に重みがあったんだよな。
なんて言うのかなぁ、ランクされた1曲1曲、そのものが本当の意味でのヒット曲って感じだったじゃん。
もちろん、曲そのものも良かった。
だから、そんな時代にオリコン2位まで行った、この曲は本当にヒットしたと思う。。。

・・・と大そうに書いてしまったけど、本当の所を言うと、個人的には、ここまで売れていたとは思わなかったんだよね。
 
うん、当時はまだ、オリコン買ってなかったしさ。だから、どの曲がどのくらい売れたか・・・っていうのは全くしらなかった。
まあ、「ベストテン」は見てたから、「ベストテン」の範囲内でのヒット感しか知らなかったんだよね。

その範囲でのは、この曲それほどヒットしていたとは感じなかったんだよなぁ。

まあ、当時、さだ氏は、それほどテレビに出なかったというのもあると思う。
この曲も「ベストテン」には出演した事があったけど、それほど回数出演してなかったしさ。

でも、その数少ない出演した時、しっかり録音してたんだよな、ワタシ。

で、この曲、当時何回も聴いたなぁ。 ・・というか、この頃の曲、個人的にも大好きでさあ。 まあ、テープが伸びるんじゃないか・・・と思うほど、毎日飽きずに聴いてたよなぁ。

だからね、この曲を含め、この頃の曲を聴くと、未だに鮮明に当時の風景が浮かんできますわ。
ワタシは小学5年生 11才だったな。

うん、正直言って、詞の内容は全く分かんなかったんだけども、曲がね、どうしても染みるんだよね、心に。

ちなみに、当時ベストテンからとったテープはこの曲の次が、ジューシィ・フルーツの「ジェニーはご機嫌ななめ」だったして。。。  かなり落差があったんだよな。。。



なつかしいなぁ、そう、こんな感じでしたよ。
レコードでは、オーケストラ編成だったけど、テレビでは、アコギ1本の弾き語りだったんですよ、この曲。
この動画はベストテンではないけど、ベストテンも、これとほぼ同じアレンジだったんだよな。
だからね、個人的にはレコードアレンジよりも、このアレンジがしっくり来るんだよな。
レコードアレンジよりも、さだから訴えかけがダイレクトに感じるし。

ちなみに、この曲で、この年の「紅白歌合戦」に出演した、さだまさし氏ですが、この曲、テレビアレンジで歌っても5分以上あるんだよね。
通常、余程の大御所でない限りそんな尺は貰えない。せいぜい3分がいいところだったんだけど、それじゃ、この曲の意味が通らない・・・と5分のテレビバージョンまるまる歌ったんだよね。 それで当時、いろいろ批判を受けてましたよね。



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P.S I LOVE YOU / PINK SAPPHIRE

S I LOVE YOU_PINK SAPPHIRE 











今回の1曲セレクトは、「P.S I LOVE YOU」PINK SAPPHIREです。

まずはデータです。

・タイトル     P.S I LOVE YOU
・アーティスト   PINK SAPPHIRE
・作詞       石田美紀
・作曲       小路隆
・編曲       P.S I LOVE YOU 土方隆行
・リリース日   1990年7月25日
・発売元     ハミングバード
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数 45.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1990年8月20日〜10月22日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「キモチいい恋したい!」主題歌

ガールズバンド。まあ、今では当たり前になりましたわな。
昔は、「非力」な女子が、ブォンブォン爆音をぶっ放す・・・なんてあんまり考えられなかったですけどねぇ。
なんせ「なでしこ」の国ですからニッポンは。女子は「おしとやか」っていうのがニッポン女子の基本でしたからねぇ。

でも、いまは、「肉食女子」っていうのも、普通になりーの、逆に「草食」に成り下がった男子の代わりに・・・って言う訳でもないんだろうけど、 ガールズバンドが増えたよなぁ。
 しかも、草食の「なよっ」・・・としたオカマみたいなボーカルが多くなった男子バンドよりも、より「ロック」な感じがするバンドもあったりしてね。

まあ、それとともに、「ガールズバンド」の「アイドル化」も進行して、バンドなのにアイドル・・・って感じのオジさんの世代では、意味が良く分かんないスタイルのガールズバンドが増えているのも事実だけど・・・・。

・・・ということで、今回は、そんな日本における「初期」のガールズバンドの曲を持って来ますか

PINK SAPPHIRE 「P.S I LOVE YOU」

さすがに、今の40代以上の方は覚えてますよねぇ。 デビュー曲である「同曲」が、いきなりフジの「月9」主題歌に抜擢されて大ヒット。
 昨日まで、普通のオネーチャンたちだった、彼女たちだけど、いきなりスターダムに躍り出た1曲ですわな。

まあ、普通のオネーチャンとか書いたけど、この曲がリリースされる1年前に、TBSの「イカ天」に出場してたりするから、全くの「ぽっ」と出のオネーチャンたちではないんだけどね。

当時は、プリプリが超大ブレイクし、ガールズバンドの先輩格だったSHOW-YAも注目を浴びる・・・って感じで、ガールズバンドが注目されだした時代。
バンドではないけど、キャンディロックって形で、浜田麻理さんもブレイクしてたしね。

そんな感じで、ロックの、それもヒット曲界にも「女子」の進出がどんどん進んていた時代ですわ。

そこに、このヒトたちがタイミングよく滑りこんできた・・・って感じだったよな。


まあ、曲については、サウンド的には、ギンギンギターノハードロックテイストだたけど、メロディラインはキャッチーな完全なウレ線・・・って感じで、まあ、あくまで「売れる」ことを前提にしたような曲ではあったよな。

時代がもう少し前だったら、ロックのこういう路線は「けっ」なんて、毛嫌いされていたんだろうけど、この頃はロックも売れてナンボ・・・って言う感じになりつつあったからなぁ。 こういう曲調でも許されてたような感じだったよなぁ。

ただね、演奏が思ったよりも達者だったからさあ、最初は、本当に本人たちが演奏してるの? ってのはギモンだったりしたな。

いつかも書いたけどプリプリだって、最初はめちゃくちゃ「ヘタ」だったからさあ演奏。 それを、ひたすら「練習」で、上達して行った人たちだったしね。
 それから比べると、このヒトたち、最初からそれなりの演奏力だったからなぁ。 この「P.S I LOVE YOU」だって、女子からすれば、必ずしも易しい曲ではなかったはずだけどね。

だから、余計ギモンに感じたりして。

しかも、メンバーそれぞれ、濃いルックスだったからなぁ。 ガールズロッカーというよりも、「お水」の・・・って言うイメージだったじゃん。 それで、結構叩かれてましたよね、週刊誌界隈では。 本当はロッカーじゃなく、お水のオネーチャンじゃないのか・・・とか

でも、一応、イカ天にも出てたわけだから、それなりに演奏力はあったんだろうしな・・・ってか、イカ天に出た時、どの程度の演奏力だったは知らないけどさ。


でもね、デビュー時、急激にスターダムになりあがったヒト達は長続きしない・・・・っていうジンクス通り、結局は、このヒトたちも、ヒットという点では長続きしなかったよな。
 一応、この「P.S I LOVE YOU」から4曲連続で、オリコンでベストテン入りを果たしたものの、売り上げは急落。
今となっては、「一発屋」のようなイメージが強いしね。

同じガールズバンドでも、第2のプリプリには成り切れなかった・・・・そんな感じのヒト達なんだよな。




ちなみに、全員、ワタシとは同世代。当時は21才〜23才でしたねぇ。
そそそ、画像見ると、20代前半に見えないほど落ち着いた感じだけどさ。
特に、ボーカルの塚田さんとベースの石田さんは、共に昭和44年生まれで、ワタシと同い年なんだよな。
まあ、当時流行りの「ワンレン」なんで、余計大人っぽく見えるんだけどさ。今の感覚からすると。


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格好悪いふられ方 / 大江千里

1991_09_格好悪いふられ方_大江千里


今回の1曲セレクトは、「格好悪いふられ方」大江千里です。

まずはデータです。

・タイトル    格好悪いふられ方
・アーティスト  大江千里
・作詞      大江千里
・作曲      大江千里
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1991年7月18日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  50.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1991年7月29日〜10月21日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「結婚したい男たち」主題歌

広島カープがセ・リーグを制覇しましたな・・・って本当は昨日書くべきだったんだけどね。
昨日は、書こう書こうと思いながらウトウトしてしまい、そのまま夢の中へ・・・って感じになってしまいーの、だから、1日遅れで書いてたりします

ところで、広島カープ「25年ぶり」優勝ってことで、ネットニュースなんかで、「25年前は・・・」なんて25年前を振り返る特集があちこちに出てますねぇ。

25年前ね、1991年。 ワタクシは22才でしたねぇ。

本来・・というか大学受験をストレートでクリアしていれば、大学4年で就職活動期だったろうけど、ワタシゃ、入試に2年「躓いた」んで、まだ大学2年。なーんも考えてなかった頃
強いて言えば若かった。自分のチャート作成で、国会図書館に入り浸ってた「夏休み」だったな。

・・・・ということで、今回は1曲セレクトも「1991年」の今頃のヒットを持って来たい・・・。

とは思ったものの・・・、1991年の今頃の「めぼしい」ヒット曲は、すでに大体書いちゃったんだよな。。。。

チャゲアスの「SAY YES」、槇原の「どんなときも。」。バブルガムの「WON'T BE LONG」、チューブの「さよならイエスタディ」・・・。サザンの「ネオブラボー」、キョンキョンの「あなたに会えてよかった」、ミポリンの「Rosa」・・・・。

みんな既に書いちゃったじゃんか。。。。

さて、どうすべ・・・と思っていたら、1曲まだ書いてなかった曲が残ってた。。。

大江千里「格好悪いふられ方」

よし、この曲で決まり


・・・・と思ったものの、うーむ、この曲はどう書くべーな。。。

今までスルーしていた曲だけに、とっかかりが難しい。 いや、逆にとっかかりが見つからなかっただけに今までスルーしていたんだが。。。。

個人的に言って、必ずしもキライな曲ぢゃなかったしシングルCDも、91年当時買ってあるんだけどねぇ。

なんていうのかなぁ、レビューを書くと言うほどの掴みどころが無いん曲なんだよね。

正直言って、大江千里さんの曲良く分かんなかったんですよ。ウナギイヌのようにつかみどころが無くってね。
それでいて、全体的な曲の雰囲気に引っかかってしまう。 それが不思議と言えば不思議なんだけどさあ。

掴みどころが無い・・・っていうのは、恐らくメロディラインの不安定さにあるんだろうね。

例えば、この曲にしても、AメロとBメロのつながりが今一つ不自然だったりしてさ。全体的に4 7抜き的な中国音階っぽいメロディラインに不安定さを感じたってところもあるかもしれない。
・・・・かと思えば、サビの ♪君が欲しい〜 ♪からはキャッチーになったりするじゃん。 なんかね、最初はこの複雑な展開にちょっと泡を食ったよなぁ。
 
まあ、サウンドはね当時のウレ線って感じだったからなぁ。 ビーイングが出てくる前夜のカラオケ全盛期を彷彿させる様なキーボードが前面に出てくるサウンドね。
 キーボードと言ってもシンセではなく、アナログ的なエレピ(エレクトリックピアノ)ね。 そそそ大江千里氏はキーボーディストでしたからねぇ。

でも、考えてみれば、エレピが前面にフィーチャーされたサウンドって、この頃が最後だった・・・・ような気がするよね。
これ以後はキーボード言えば、シンセばっかになっちゃったからなぁ。

ただ、個人的には、ヒット曲の世界に入ってきたからエレピサウンド慣れ親しんでたからねぇ、この頃のまでのサウンドが安心して聴ける最後の頃だったかもしれないな、今から考えると。

それとともに、和製エルトン・ジョン、ビリー・ジョエルとも言える、キーボード弾き語り系の男性アーティストも、少なくなったよね。 ヒットチャート的には、この頃の大江千里、もうちょっと後の楠瀬誠志郎、「Get Along Together」の山根康広あたりまでなのかなぁ。

最近は、 キーボード弾き語り・・・というよりも、みんなギターになっちゃったもんな弾き語りと言えば。バンドにしたって、キーボード無しの3ピースって形が多いし。 だから、サウンドも自ずからラウド系になってしまうわけで。。。

でも、そう言う時代だからこそ、エレピ弾き語り系のヒトが出て来ても面白いんだけどなぁ。
ラウド系サウンドが当たり前の今だからこそ、エレピの弾き語り系サウンドは新鮮なんだけどね。



この曲のPV。初めて見たような気がする。
もちろん、当時も流れてたんだろうけど、PVは、まだ家庭的には一般的じゃなかったからなぁ。
ちなみに、この曲のコーラスは、渡辺美里さんですね。
まあ、これは有名か。 同じエピックソニーで、互いにコーラスやったりしてたからなぁ。

ちょうど、この曲がヒットしてた頃のヒットチャートは、恐らく日本のヒットチャート史上、一番「最強」でしたよね。
なにせ、1位 SAY YES(ちぉげあす)、2位 どんなときも。(マッキー)が、約3ヵ月もの間、石膏のごとく、全く動かないチャートアクションで。
 そんなチャートアクションで、3位に絡んできた、この曲は大したもんだったし、当時の多くの曲同様、この曲もロングヒットだったもんなぁ。 ベストテン内に3ヵ月も居座ったもんね。


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水の星へ愛をこめて / 森口博子

1985_08_水の星へ愛をこめて_森口博子


今回の1曲セレクトは、「水の星へ愛をこめて」森口博子です。

まずはデータです。

・タイトル    水の星へ愛をこめて
・アーティスト  森口博子
・作詞      NEIL SEDAKA
・作曲      NEIL SEDAKA
・日本語詞   売野雅勇
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1985年8月5日
・発売元     キング
・オリコン最高位 16位
・売上げ枚数  7.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 21位
・タイアップ:テレビ朝日系アニメ「機動戦士Zガンダム」主題歌

 前回のスターダスト・レビュー「夢伝説」に引き続き、今回もちょこっと変化球な曲かなぁ。
まあ、前回に比べれば、まだマシかな 

ハイ今回の1曲セレクトは、森口博子さんの「デビュー」シングル、「水の星へ愛をこめて 」ですわ。

まあ、この曲の場合、機動戦士「Z」ガンダムのオープニングテーマと言った方がしっくりくるヒトの方が多いかもなぁ。
かくゆう、ワタシも当初は、森口さんのデビュー曲というよりも、ガンダムの主題歌っていう認識が強かったような気がするなぁ、この曲に関しては。

アニメはあんまり見ないワタシだけど、当時「ガンダム」は見てたからねぇ。この「Z」は、ファーストガンダム「1年戦争編」の続編と言う位置づけだったじゃん。「ファーストガンダム」は、再放送や劇場版でセリフまでそらんじるほど見てたからなぁ、もちろん、続編となる「Z」も見なきゃなぁ・・・と意気込んでたからなぁ、当初は。

ただね、放送時間が確か、土曜日の17時30分〜だったんだよね。
当時、高校で部活をやってた身からして、土曜日と言えど、夕方はまだ帰ってなかった事が多かったからねぇ。最初の10話くらいまでは、毎週見てたんだけど、だんだんと見れなくなってきて、この「水の星へ愛をこめて 」で主題歌になったくらいはほとんど見れなくなっちゃってたんだよな、そう言えば。

この曲が主題歌になる前は、鮎川麻弥の「Z・刻をこえて」って曲が主題歌だったじゃん。たがら、ある日、久しぶりに「Zガンダム」を見たら、この曲が主題歌に代わってて、ちょっと違和感を感じたのを覚えてるなぁ。

違和感・・・ってのも変だけど、それまでの主題歌がスピード感があって、戦隊モノ的なイメージが強かったからさあ、この曲は、戦隊モノの主題歌にしては、大人しい感じがするからさあ、その辺に当初は違和感を感じてたんだよね。

ただ、アニメの主題歌・・・というところを離れて、いちアイドルとしての曲というと、やっぱり、なんか今一つ寂しかったのを覚えてるなぁ。
 やっぱり、当時のアイドルの曲は、もっと尖がった曲が多かったからさあ、メロディラインももっとキャッチーだったし、華やかさがあったからね。

そこから比べると、この曲は、アイドルの曲にしては「大人」っぽさがあったからなぁ。
メロディラインも他のアイドルの曲に比べると難易度があったしな。まあ、作曲者が、あの有名なニール・セダカ氏でしたからねぇ。
 日本のアイドルのことなど、考えてはいらっしゃらなかっただろうし、だから、難易度があったのは当然だったろうけどね。
ただ、そういう難しい曲を、いともさらりと歌う、森口さんもまたアイドルらしさから無かったんだけどさ。

・・・でも、ルックスはアイドルそのものだったんだよね。聖子ちゃんカットだったしさ

そそそ、まだ「バラドル」に行く前、正統派アイドルとして売り出したんですよ、当初は。

この曲こそ、そこそこ売れたんでね、85年デビュー組のアイドルとして出足は良かったんだけど、後が続かなかったからねぇ。

まあ、アイドル的なルックスではあったものの、今一つ華やかさがなかったからなぁ。ウタが達者だったっていうのも、当時のアイドルとしては、マイナスだったかもしれない。まあ、ヘンな話ではあるんだけども。。。
 例えば、やっぱりウタがウマかった、本田美奈子さんよりも「パンチ」は無かったからなぁ。そそそ、達者ではあるけどもインパクトは薄い・・・って言うかね。
それらの面でアイドルとしては、インパクトが弱かったんだろうなぁ。

うん、その後、やっぱり85年デビュー組の井森美幸とともに「バラドル」っていう新たなフロンティアを開拓して、成功するんだけどさ。
ま、当初の「既存」のアイドルとして成功できなかったからこそ、新たな道に行けたんだと思うし、それはそれでよかったんだよね。

・・・・ということで、「聖子ちゃん」カットの頃の森口さんのウタを。。



うーん、やっぱり、当時のアイドルの水準からするとウタ、達者だったんだよなぁ。
高音部の声の伸びがきれいだったしね。
ただ、やっぱりバラドルとして成功した後に比べると、今一つ線が細いよね。
個人的にも、この曲の後は、消えるだろうなぁ・・・とは思ってたよなぁ、当時。

ちなみに、今回のデータには、作詞・作曲者ともに「ニール・セダカ」氏とし、日本語詞を売野雅勇氏と記載しました。
ネット上見ると、作詞者は、売野氏になっているところが多いんだけども、JASRACの作品データベースを見ると、作詞・作曲者共にニール・セダカ氏になっているので、それに合わせました。

ちなみにちなみに、この曲のオリジナルタイトルは、「FOR US TO DECIDE」って言うんだよね。それは、知られていないかな?


プルシアンブルーの肖像 / 安全地帯

1986_08_プルシアンブルーの肖像_安全地帯


今回の1曲セレクトは、「プルシアンブルーの肖像」安全地帯です。

まずはデータです。

・タイトル    プルシアンブルーの肖像
・アーティスト  安全地帯
・作詞      松井五郎
・作曲      玉置浩二
・編曲      安全地帯 星勝
・リリース日      1986年7月1日
・発売元     キティ
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  23.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1986年7月14日〜9月1日付
・タイアップ:映画「プルシアンブルーの肖像」主題歌

ここんところ週末は「アイドル」って決めてたんだけどね。 だから、今回も某アイドルの曲を書こうと思ってジャケ写をもってきたら、すでに昨年書いてた事が判明wwww

うーん、書こうと思って気持ちものってきたのにすでに書いてた・・・って事が分かると意外と凹むんだよな。
本来は事前に書いてたかどうか調べておくんだけど、今回は「まだ、書いてない」と決め打ちしちゃったからなぁ。。。

しぁーない・・・と、書こうと思ってた曲と同じくらいの時期のチャートを見てて目が止まった曲があった。

決まり、これ書こう

安全地帯「プルシアンブルーの肖像」。

むー、アイドルじゃないじゃん・・・なんて言われそうだけど、まあいいよね

この曲、前々から1986年夏のチャートを見る度、書こう書こう・・・うんにゃ、書かなきゃな・・と思ってて、でも筆を上げられなかった1曲なんだよな。

理由は、正直言って、この曲良く分かんなかったんですよ、当時。 いいのか、悪いのか。

個人的には、当時、安全地帯はキライなバンドではなかった。この曲の前曲の「碧い瞳のエリス」までは、シングル盤、買ってたしね。
でも、この曲は買わなかったんだよな。

 ♪ もう、離さない〜 ♪ からのサビは、キャッチーだし、それまでの「ウレセン」を継承してきている訳で引っかかっては来たんだけどね。

きっと、サウンドなんだろうなぁ、引っかからなかったのは。

前年の「熱視線」から、作詞に松井五郎氏が加わりニューウェイブ系なサウンドに変わってきていた安全地帯なわけなんだけどさ。
 ここでも、何回か書いたんだけど、個人的に当時のニューウェイヴ系の「音」にはちょっと同調出来ないところがあってさ。 
これが80年代中盤ころの「サウンド」だ・・・と言われれば確かにそうなんだけどね。 いわいるエッジが鋭い、輪郭がはっきりとした硬質なサウンドだよね。如何にも無機質で都会的な・・・という音だよな。
まあ、今か考えると生理的なところなんだけどさ、だから、そういう「音」の曲からは距離を置いてたんだよな。

それでも、85年までの安全地帯は、まだ聴いてた。 ニューウェイヴ系寄りにはなっていたものの、まだキャッチーさが勝ってたからなぁ。なにより、勢いがあったからねぇ、85年の安全地帯には。

でも、年が明けてからは、ちょっと様相が変わってきた居たのも事実。時代の「最先端」からは、ちょっと外れたようなポジションっていう印象でしたよね。
まあ、前曲から9カ月もシングルをリリースしてなかった・・・って事もあるけど。

そこに来て、生理的にちょっと苦手だった、ニューウェイヴ系な音だったんで、分かんなくなっちゃったんだよな、当時のワタシは。
そんなこともあって、この曲からはシングルを買わなくなっちゃったんだよな。

いや、サウンドはニューウェイヴ系だったのにもかかわらず、全体的なメロディラインは歌謡曲よりって言う、アンバランスさを感じたところもあったかもしれない。
 この頃から増えつつあったんだよね。このテの、音はニューウェイヴなのに、メロディラインは歌謡曲よりって言う曲が。例えば杉山清貴氏のソロになってからの曲とかさ。

 一見聴くと、先端を行っているように感じるんだけども、よくよく聴いてみるとどっかで聴いたような・・・なんていうメロディライン。たしかに、音もメロディも先端を行っているようなアーティストに比べると、聴いてて安心感はあった。でも、どこかアンバランスなんだよな。
当時、松井五郎氏が詞を書いてた曲にはそんな曲が多かったような気がするなぁ。

まあ、アンバランスさは否めなくても、安心感があるっていうところが、ヒット曲としての宿命だったのかもしれないけどさ。


だからという訳でもないんだけと、個人的にこの頃から、ヒット曲の最先端からちょっと外れた所に興味が移ってたってのもある。

以前も書いたけど、この頃ネオGSっていう、「GSフォーエバー」のようなブームが起こり始めて、ヒットストリームではなくアンダーグラウンドではあるけど、G.Sを見直す動きが起こり始めてたんですよ。
いわいるガレージ、サイケ系な音ですよね。
 当時の先端のニューウェイヴ系な音が生理的なダメだったワタシも、ガレージ的な音にはシンパシイを感じられたんだよな。
 そんなこともあって、ヒット曲についても60年代〜70年代へと自分の知らない時代へ遡る事を始めたんだよな。蒲田の中古専門店「えとせとらレコード」で過去の音源漁りを始めたのもこの頃からだったな。

だから、正直言って、個人的な所蔵音源としては86年の夏以降90年代に入る頃まで、未だに結構「穴」があるんだよね。 うん、未だに持ってないヒット曲音源も結構ある。
 あれから30年経って、流石に、この頃のニューウェイヴ系への生理的な嫌悪感も感じ無くなったんでね、遅ればせながら、この頃の音源集めを始めようかなぁ・・・なんて思っている近頃だったりしてね




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た・め・い・きロカビリー / 近藤真彦

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今回の1曲セレクトは、「た・め・い・きロカビリー」近藤真彦です。

まずはデータです。

・タイトル    た・め・い・きロカビリー
・アーティスト  近藤真彦
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      松下誠
・リリース日   1983年7月15日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 33.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1983年7月25日〜9月12日付
・タイアップ:映画「嵐を呼ぶ男」主題歌 

お盆休みを控え、暑さも極限ですね。
まあ、今日は昨日ほどではなかったけど、昨日はアホでしたもんね、暑さが。地元では38℃越えだったらしく、ネットニュースの気温ランクに誇らしげに載ってましたが。。。
そんな「気温38℃」を見て、「あ、しまった。昨日はあの曲を書くんだった・・・」なんて後悔しきりなワタシだったりするんだけど・・・。 ま、この先も暑さが続きそうなんで、また「猛暑日」になったらに置いときましょ。。

・・・ということで、今回も「暑かったあの頃」って感じで、曲をセレクトしてきたんだけどね。

まっち先生の「た・め・い・きロカビリー」。

いやいや、この曲、まだ書いてなかったんだね〜。 

ちょっとうっかり・・だったかもしれないけど、じつは、去年も今頃書こうと思ってたんだけど、どうも筆が進まなくてね、ペンディングにしてたんだよね。

この曲と言ったら、まずは、やっぱ、たのきん映画「嵐を呼ぶ男」の主題歌ってことで、33年前の今頃、ガンガンかかっていた曲ですわ。
でも、往年のオールドファンにとっちゃ、「嵐を呼ぶ男」っていったら、やっぱ石原裕次郎になるんだろうね。
なんて、書いてるワタシも石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」は見たんだけども、たのきん映画の方は見てないんだよな。 
 たのきん映画も、本作で何作目? 6作目? ・・・最初の頃は、毎作のように映画館で見てたたのきん映画も、この頃にはすっかり興味が無くなってたからなぁ。

たださ、この曲は、当時、マジでよく聴いてた。

以前、杏里の「CAT'S EYE」の時も書いた事なんだけども、恐らく、この曲あたりの頃がラジオのベストテン番組を聴いてた頃でさあ、当時関東エリアでは、土日中心に7本くらいベストテン番組やってたのかなぁ。
ワタシ、全部聴いてたんだよね、当時。
 
時期的には、丁度夏休みだったじゃん。 まあ、夏休みともいえど部活はあったんだけども、夏休みだったんで土曜日は早めに終わるし、日曜日は休みだったからさ。
 だけど、今考えるとエネルギーあったよな。今だったら、1本聴けば充分だけどね。。。。

ただ、当時あまりにもヘビーローテーション聴いてたんで、正直言って、この辺りの曲って食傷気味な曲が多いんだよな。 「もういいよ・・・・・」って感じでさ  
 この曲もそうだったんだよなぁ。それに加えて、この曲は、当時シングル(レコード)も買って、普段から聴いてたからなぁ。 
もうね、イントロの最初の音から、インストの最後のSEの音まで1音のこらず「ソラ」で覚えてますわ・・・ってくらい聴き倒してたな。

ま、それだけ、当時はこの曲、気に入ってたんだろうな。

でもね、それだけ聴いてたんで、やっぱり、未だに食傷気味なところがあるんだよなぁ。。 
昨年、書くの見送ったのは、そんな所があったからなんだよね。


この曲の「キモ」は、タイトルに「ロカビリー」ってあるのに、実際のところ、ロカビリーでもなんでもないところかもなぁ。正直、それまでのまっち先生の曲と、大きく変わったところも無い、歌謡ロックだったしね。
 
 まあ、恐らくオリジナルの、石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」の頃の時代背景を意識して、その当時流行ってた「ロカビリー」をモチーフに使ったんだろうけどね。
 それを含め「ロカビリー」っていうタイトルから、実際の「ロカビリー」を想像してた方は、肩透かしだったろうけど、ワタシは、まだロカビリー知らなかったからなぁ、この曲の頃は。

 この事は、この曲が新曲リリースの時に、明星の歌本に掲載していた、近田春夫氏の「新曲激評」コーナーにも、同じ事が書かれてるんだけど、当時は「そんなもんかなぁ」・・・なんてくらいしか思わなかったな。


だけど、まっち先生も、この曲の頃になると、ちょっと先々に窮屈な所を感じるようになってきてましたよね。
まあ、ワタシなんかはこの曲については、まだ当時は好きだったけど、それでも、売り上げは落ちてきてたからなぁ。 前年までの平均50万枚なんて言うハイペースに比べると、6割程度まで落ちてましもんね。
やっぱり、まっち先生の曲調自体に飽きられて来ていたことは間違いないよね。

でも、トシちゃんのように、器用に幅広い曲調をこなせなかった、まっちだったからなぁ。
82年の頃のように「絶頂」の頃はよかったんだけども、一つ人気が落ち着いてくると、次の展開に行きづらい・・・っていうのが、見え始めてきたのが、この曲の頃じゃなかったのかなぁ。

その辺の迷走は、この曲の次の「ロイヤルストレートフラッシュ」あたりから出てくるんだけどさ。



ヤンヤン歌うスタジオ? なんか、この回は見てたような気がするな。
このセット、かすかに記憶にあるんだよね。


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Seasons / 浜崎あゆみ

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今回の1曲セレクトは、「Seasons」浜崎あゆみです。

まずはデータです。

・タイトル     Seasons
・アーティスト   浜崎あゆみ
・作詞       浜崎あゆみ
・作曲       D・A・I
・編曲       鈴木直人
・リリース日   2000年6月7日
・発売元     エイベックストラックス
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  136.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:2000年6月22日〜7月27日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「天気予報の恋人」主題歌

ここんところ80年代の曲に偏ってるなぁ・・・なんて思ってのもあったんで、前回は90年代の曲を持ってきたんだけど、今回は、さらに時代を戻して2000年の曲に行きますか。
 まあ、この頃の曲になると別にワタシが書かなくても、他の方が充分書いてるよなぁ・・・とも思ったりもするんだけど、とりあえず、個人的にこの時代も通過してきているんでねぇ、当時の「大人」としての見方で書いていきましょ。
・・・・とか言って、これまでもちょぼちょぼは書いてきたんだけどね、2000年代の曲も。

・・・ということで、今回は、浜崎あゆみの「Seasons」。

少し前に、やはり同じく2000年の「Vogue」を書いたんだけど、「Vogue」から始まった3部作の最終作がこの「Seasons」となる訳ですね。

え? 2作目の「Far away」はどうしたって?

聞くなwwww

単純に個人的な好みから外れてる・・ということで

この時期3ヵ月連続でリリースされた、これら3部作だったけど、最終作のこの曲が売り上げ上では、圧倒的でしたね。 この曲だけミリオンセラーを達成してたわけで。

まあ、フジのドラマの主題歌と言う事もあったけど、まあ、それだけ売れるだけの曲ではあった事は間違いないな。

いつもは「あゆ」には辛口のワタシなのですが、この曲は何か認めてるんだよな。
いや、素直に「いい曲です」と言えばいいのに、素直に言えない天邪鬼なワタシ。。。。


以前にも書いたけど、この年2000年は、1年間プー太郎をしてたワタシなんだけど、ちょうど、この曲がヒットしてた頃は、前年まで働いてた会社に出戻りで「バイト」してたんだよな。
 この曲は、そんな折、会社の車の中で聴いたのが最初かなぁ。

イントロからして印象的で、「え? 誰の曲?」なんて思ったもの。まさかあゆの新曲とは思いもよらず。。。
丁度、梅雨の終わりの頃で、雨が降ってた・・・ような記憶がある。そんな天気に印象的だったんですわ、この曲。

天気と言えば、この曲、当時のフジテレビの「天気予報の恋人」っていう月9ドラマの主題歌だったんだよね。
当時、すでにドラマをあんまり見なくなってたワタシだけど、なぜか、このドラマは見てたんだよな。
で、毎回、いい場面になると、この曲のイントロが流れだすんですわ。それで余計、この曲に傾倒しちゃってワタシが居たりしてさ

当時、すでにネットの掲示板で新曲のレビューを書いてたワタシなわけで、あゆについては、いつも散々「コケ」にしてたワタシだけど、当時のレビューでもこの曲は、かなり好意的な書いた・・・ような気がするな。

いや、実際、どう書いたかは忘れちゃったけどさ。。。

何が良かったのか・・・と言えば、まあ、イントロもそうなんだけど、全体的なイメージだよね。
正直ね、この頃になると、曲のどの部分がいい・・とかディテールを掘るところまでは、細かく聴かなくなってたからさ、うん、全体的な曲のイメージだよね。

ここの3部作は「絶望3部作」って言われているらしいけど、個人的には、それほど「絶望」的な印象はなかったな。
 ま、確かにこの曲なんかは「淋しい」けどね、曲調からして。 でも、「絶望」っていうところまでは感じ無かったけどね。
 ↑で書いたように、「梅雨空」の下で聴くと印象的かなっていう感じの、モノトーン的な曲ではあるけどね。

 
そもそも、あゆの曲って、どっかしらツッコミたくなってたんだけどさ、歌い方だとか、売り方だとか、曲調だとか・・。そう言うツッコミたくなる部分がこの曲ではなかったんだよね。

きっとね、曲が大衆的なところが一番安心したんだと思う。 あゆの曲をツッコミたくなるのは、例えば、このころ「30万枚限定」とかよくやってたじゃない まず、あれにカチンと来てたんだよね。
 早いもん勝ちみたいな売り方は、やっぱり納得できなかったしさ。結局、コアファンのためだけの売り方って感じだったじゃない  
 確かに、その方がレコード会社は在庫抱えなくて済むし、効率的な売り方・・・って言う見方もあるけど、一見、非効率に思える、いわいる「浮動票」を切る売り方はやっぱり納得できなかったしね。
音楽は効率的、非効率的っていう「売り方」ありきじゃないと思うんだよな。
あくまで大衆のものであって、レコード会社のモノじゃない訳だし。

そういう当時の、大衆軽視っていう売り方が、今のCD不況に繋がって来ているんですよ、これは絶対に。
あの頃・・・2000年頃は、たしかにCD売り上げも右肩下がりに成りつつあったけど、それでもまだミリオンはかなり出てたからね、業界も危機感はなかったんだと思う。
 でも、お客さん、特に「一般」のお客さん軽視の売り方って言うのは、絶対にしっぺ返しが来るんだよね。

・・・ってことは当時から口を酸っぱくして言ってたんだけどね、ワタシ。 でも、誰も聴く耳かさなかったしな。
だから、本音をいうと、だから言わんこっちゃない・・・なんて思うワタシだったりするんだけどさ。

でも、この曲は、そういう「しがらみ」が無かったじゃない だから、安心して聴けた・・・っていうのもあったのかもしれない。

 ま、細かいところを言えば、不明瞭な発音は本当はイヤなんだけどさ。もっとはっきりと発音しろや・・・なんて言いたくなったりして。
でも、そんな所も、あまり気にならないくらい曲だったことは確かだったな。




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