かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

主題歌

今夜月の見える丘に / B'z

2000_02_今夜月の見える丘に_B'z


今回の1曲セレクトは、「今夜月の見える丘に」B'zです。

まずはデータでする。

・タイトル    今夜月の見える丘に
・アーティスト  B'z
・作詞      稲葉浩志
・作曲      松本孝弘
・編曲      松本孝弘、稲葉浩志
・リリース日   2000年2月9日
・発売元     ルームスレコーズ
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 112.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:2000年2月21日〜3月20日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ビューティフルライフ」主題歌

ネット炎上商法っていうのも最近、あんまり聞かなくなったなぁ。
・・・とまたまた「とーとつ」に始めてしまいましたが。。。

SNSやブログ上で思わず口を滑られて「炎上」するってことは、今でもよくある話ですけどね。
「炎上商法」っていうのは、意図しないところから炎上するのではなく、「わざ」と炎上させる訳なんだよね。

確かに、炎上するとSNSとかブログの「持ち主」当人にとっては対応に苦慮する訳なんだけども、逆に言えば、それだけ第三者に注目され、それだけユーザーが集まるっていう「効果」もあるんだよね。

ま、そういう「逆手」をとった商法なわけでさ。 ただ、そうはいっても炎上元の当人は精神的なダメージも受けるし、なにより「逆手」を取った方法だからさ、一歩間違えると、効果どころかサイト閉鎖に追い込まれる危険もあるからねぇ、キワドイやり方なんだよね。

 そういうこともありーの、最近じゃネットの世界もコンプライアンスだか、何だかしらんけど、締め付けも強くなったからねぇ、以前に比べると少なくなったんだよな。
 うん、最近じゃ先日のパーマ大佐の「森のくまさん」事件くらいじゃないんかなぁ。


・・・なんて、今回引っ張ってきた曲とは、全く関係ないような「マクラ」になってしまいましたが。。。


はい、今回セレクトしてきた曲は、B'z「今夜月の見える丘に」ですわ。

なんで、この曲とネット炎上商法なの?   ・・・って事なんだけど、個人的に、この曲というと、ネットを使用して以来、初めて自分で書いた書き込みが「炎上」したからなんだよなぁ

その印象が強烈でねぇ、あれから17年経った今でも、この曲というと、あの時の「炎上」を思い出す。。。
因果な曲なんだよねぇ。。。。

炎上した原因・・・。 この曲、リリースは2月9日なんだけども、当初は1月26日だったんですよ。

2000年1月26日リリースってどうであったか、みなさん覚えてますかねぇ。

・サザンオールスターズ 「TSUNAMI」
・モーニング娘。「恋のダンスサイト」
・椎名林檎 「ギブス」
・椎名林檎「罪と罰」
・鈴木あみ「Don't need to say good bye」
etc etc

リリースリストを見ても分かるように、前代未聞、空前絶後・・・と言うべき、「超」強力曲同士が、同じ日のリリースだったんだよね。

当然、これらが初登場の週のランキングの売り上げ枚数は、空前絶後のレベルになる事は目に見えていた訳でさ。
ここにB'zが加わったら、一体どうなるんだろう  特に、サザン、モー娘。、B'zが三つ巴のチャート争いになったら、一体どうなるんだろう
・・・・そんな期待が、いやがおうにも事前に高まっていたんだよね。


でも・・・・ですよ。 リリース直前になって、突然B'zのこの「今夜月の見える丘に」のリリースが延期。。。

「逃げたな・・・B'z」

・・・っていう憶測が出た訳ですよ。 うん、ワタシも真っ先にそう思った。
併せて当時、B'zはオリコンでシングルでの連続1位記録を更新中でしたからねぇ。 サザンの「TSUNAMI」も事前の下馬評から高レベルの売り上げが期待されていたことから、もしサザンとの一騎打ちとなったら、さしものB'zも1位獲得は危ないか・・・って言う予想もあり、「逃げた」って憶測が現実味に思えたんだよね。

そこまでしてオリコン1位記録を更新したいか・・・・という足ひれまでついてさ。

それをさあ、ストレートに書いたのよ、ワタシ。

当時はBBS(掲示板)の全盛期で、でもまだ自分の掲示板持って無かったんで、知り合いの掲示板に書いたんだと思う。

叩かれましたねぇ。   大炎上。

実際は、直前になってC/Wの差し替えがあって、リリースが延期になった・・・・ようなんだけども。。。


でもねネットを始めて以来、初めての「炎上」だったんで、正直、精神的なダメージは感じたなぁ。 話し言葉ではなくダイレクトに文字での攻撃ってキツイんだよな。 それに執拗に攻撃する人もいるでしょ。鬼の首を取ったような。。。。ま、これは今の方が酷いんだろうけど。。。

ただね、炎上ということで、みんながみんなワタシを攻撃してきたのか・・・というと、そうじゃなかったんだよね。
中には冷静に事の成り行きを見守ってくれる人もいてさ、ウラから励ましてくれたりね。

ま、この炎上は、数日で終息したんだけどさ、でもこのコトで大分勉強させてもらいましたわ、ネットについてのさ。

そんなこともあったからさ、この曲、長い間まともに聴けないんだよな。
叩かれても、リリース日を「逃げた」・・・って言う思いは、ずっと感じてたからなぁ、自分の中では。

ここ数年ですね、落ち着いて聴けるようになったのは。

いや、正直、B'zの曲って90年代後半、好んで聴いてなかったんだよな。 個人的に気に入っていたのは、95年の「LOVE PHANTOM」。この曲以降は、もういいや・・・って感じだったんだよなぁ。

うん、簡単に言ってしまえば「飽きて」たんだよな。 でも、その傾向はワタシだけではなかったようで、さしものB'zも、この曲がリリースされるまで3年余り、ミリオンセラーが出てなかった。

全体的なCDの売り上げ傾向は右肩上がりだった90年代終盤にあって、ミリオンセラーが無かったと言う事は、相対的に見て、人気に陰りが出てきた・・と見ても当然でしたからね。

それでもオリコン1位は続いていた・・・。結局コアなファンだけに支持される傾向が強くなっていたわけなんだよな。

そんなことも、この曲のリリース延期で、個人的に強気にさせていたところだったのかもしれない。どうせ好きな人しか好きじゃないんだから、最近のB'zは・・・ってところでさ。

ただ、この曲は違ったんだよな。

やっぱ、超人気ドラマ「ビューフルライフ」の主題歌・・・ってところが大きかったんだろうな。 約3年ぶりでミリオンセラー復帰。(逆にB'zにとっちゃ、これが最後のミリオンセラー・・・・か)
なんせ視聴率40%超えのドラマだった訳だからねぇ・・・。 

そういう曲を敵に回しちゃ、ダメだわな。。。。

・・・なんて今ではすっかり大人になっちゃった感があるけど・・・。 

やっぱ、当時はまだ若かったんだよな。30そこそこだったし・・・。 
でも、あの頃のような「尖った」感情も再び欲しいとも思うんだけどさ。




曲ですか。 うん、今になってあらめて聴いてみるといい曲だよね。
B'zらしからぬ、感情に訴えるような曲で。。。 

ちなみに・・・・1月26日リリース曲の中で、オリコン初登場首位は、当然サザンの「TSUNAMI」。初登場の売り上げは65万枚。

対して、B'zのこの「今夜月の見える丘に」の初登場売り上げは67万枚。

・・・・っちゅうことは、リリース延期しなくても、1位は獲れた・・・ってことか。。。 
まあ、それでもサザンの「TSUNAMI」は300万枚近いお化けセールスに化け、「今夜月の見える丘に」の倍以上累積セールスになった訳だけど。。。



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愛しき日々 / 堀内孝雄

1987_02_愛しき日々_堀内孝雄


今回の1曲セレクトは、「愛しき日々」堀内孝雄です。

まずはデータです。

・タイトル     愛しき日々
・アーティスト   堀内孝雄
・作詞       小椋佳
・作曲       堀内孝雄
・編曲       川村栄二
・リリース日    1986年10月25日
・発売元      ポリスター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   21.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1987年2月9日〜3月23日付
・タイアップ:日本テレビ系年末時代劇「白虎隊」テーマソング

ここのところ気分が晴れない日が続いてるんだよな。やたらと今後の人生の事を考えたりして。
このまま今の仕事を続けていていいのか、今後どう生きて行ったらいいのか・・・って言うところを頭の中で自問自答してる日々が続いていたりして。 でも、まだ明確な答えが出せない。

そもそも自分が本当にやりたい事・・・それは、ここで書いてるように、今ではうずもれて死角になっている「いい曲」をこうして引っ張り上げて、もう一度、みなさんに伝えていきたいってところなんだよな。

ま、ここでは「昔」の曲を中心にかいてるけど、本来はそれに限定するものではなく・・・。

これを本格的に実現するためには、どうすればいいのか・・・ってところを考えてはいるんだけど。。。


振り返ってみれば、こういった今後の人生の生き方について自問自答する期間が出てくるのは、今が初めてぢゃない。 大体10年に1度は出てくる。
 しかも、決まって年代が変わる2〜3年前に出てくるんだよな。17才の時も27歳の時も37歳の時もそうだった。
そして、47歳の今、やはり同じような「自問自答」が出てきた訳なんだよね。

これを打破するためには、答えが出ようが出まいが、実際に動くしかない・・・っていうのは、これまでの経験から分かってはいるんだが・・・・。実際に動くまでが遠いワタシなのです。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、今と同じような「自問自答」の日々が続いていた、17才の頃のヒットをひとつ。

堀内孝雄「愛しき日々」。

そうなんだよね、この曲を聴くと、高校2年、17才だった今頃、ひたすら悶々として日々を少して居た頃を思い出す。

兎に角、毎日がスカッと晴れない、悶々とした日々だった、あの頃。
普通、17才と言ったら、一番青春を謳歌している頃の時代だよな、きっと。でも、ワタシ的には気分が晴れなかったんですよ、あの頃。

1年後の大学受験、今後やりたい事、進むべき道・・・全てが漠然としてて、全く霧の中だったあの頃。反面、女の子と「やりてぇ」って下半身が熱くなってばっかりしたあの頃。

この「愛しき日々」を聴くと、そんな事ばっかりが浮かんでくるんだよなぁ。

この曲は、当時、日テレが年末「大型」時代劇を毎年放送してたんだけども、その第1弾となった「白虎隊」のテーマソングでしたね。
 生まれが「福島」のワタシにとっては、なじみ深い「白虎隊」の物語だった事から、もちろん、このドラマは見たけども、そんな悲しいドラマに見事なくらいマッチしてたんだよな、この曲は。

そんな事が印象深く残っていたこともあって、当時、この曲が、ワタシの頭の中ではグルグルとヘビーローテーションで鳴ってたんですよ。
 
そんなことと相まって、この曲となると、あの時代、1987年の今頃の霧の中状態のワタシがフラッシュバックするわけです。





あー、だめだ、やっぱり、この曲を聴くと30年前のあの「悶々とした日々」が走馬灯のように甦って来るな。
ところで、ベーヤン(堀内孝雄氏のニックネームね)も、この曲あたりを境に、ニューミュージックから、歌謡曲色が
強くなってきた頃ですよね。
 オリコンでは、当時この曲は、まだ「ロック・ニューミュージック」に分類されていたけど、実際のところはすでに歌謡曲でしたからねぇ。
 
でも、そんなことはどうでもいい。やっぱり良い曲は良いんだよな。

それはそうと、この曲、未だに音源持ってないんだよ、ワタシ。

当時から買おう買おう・・・と思ってて、30年も経ってしまった・・・という。
それだけ、この曲聴くと、当時を思い出して、沈んだ気分になってしまう訳なのです。



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優しい雨 / 小泉今日子

1993_02_優しい雨_小泉今日子


今回の1曲セレクトは、「優しい雨」小泉今日子です。

まずはデータです。

・タイトル     優しい雨
・アーティスト   小泉今日子
・作詞       小泉今日子
・作曲       鈴木祥子
・編曲       白井良明
・リリース日    1993年2月3日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   95.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1993年2月15日〜3月29日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「愛するということ」主題歌

前回は工藤静香さんの「慟哭」を書いたんだけども、「慟哭」を書いたならば、やっぱ、この曲も持ってこざるを得ないよなぁ・・・と思いーの、引っ張って来ました。

そうです、今回の1曲セレクトは、小泉今日子サマの「優しい雨」ですわ。

前回の「慟哭」では、この「優しい雨」があったからこそ、 工藤静香さんにとっての最高売り上げとなった・・・なんて書いたけど、そのくらい、この2曲のライバル関係は、当時大きかったですからねぇ。
まあ、逆に言えば、この「優しい雨」も「慟哭」に引っ張られる形で、約96万枚ものセールスになりましたからねぇ。
これは、91年5月の例の「あなたに会えてよかった」の105万枚に次ぐ、キョンキョンにとっては、2番目の売り上げなんだよね。

そそそ、前回の「慟哭」を読んて下さった方にはお分かりかと思うけど、80年代デビューのトップアイドルとして、工藤静香さんは、ミリオンセラーが1枚も無いのに対して、キョンキョンは、しっかりミリオンセラーを出しているんですよね。
 その他、ミポリンも「ただ泣きたくなるの」が105万枚のミリオン、松田聖子様は「あなたに逢いたくて」が110万枚のミリオン・・・とそれぞれミリオンセラーを出しているのに対して、工藤静香さんがミリオンが無いのは意外かもしれない・・・って事なんだよね。

ただねぇ、個人的には、前回の「慟哭」もそうだったんだけども、この「優しい雨」も今一つピンとこなかったんだよな、当時。 引っかからなかった。

「慟哭」は、中島みゆき作詞、後藤次利作曲っていう、工藤さんとって最強の組み合わせだったけども、時代を考えるとアナクロさを感じたって事だったけども、この曲は、少し違った意味で引っかからなかった・・・かなぁ。

まあ、一つ言える事は、どうも今一つはっきりとしなかったんだよね、この曲。
ジャケ写のトーンが、ブラウンがかったセピア色じゃん。 まさにそんなイメージなんだよね。モノトーンで今一つはっきりない世界。

まあ、「雨」の曲と言う訳で、こういうモノトーン系の、今一つはっきりしない世界なんだろうけど、個人的にはこういうイメージのキョンキョンはねぇ、ちょっと違うような感じがしたんだよな。
やっぱり、キョンキョンにはポップな曲が似合う。当時、80年代までのようなポップな曲が少なくなってきてたからねぇ、だから、そんなポップな曲が聴きたかったんだよね。

そんな個人的な感情に対して、予想以上に売れたんでさ、嫉妬ではないんだけどもギャップを感じていたんだと思う、当時。

そんな事に加えて、当時、個人的な精神状態もナーバスになってたからなぁ。
まあ、毎度毎度な理由なんだけども、 この曲がヒットした93年2月〜3月といえば、大学4年になる直前だったんだよな。

そそそ、巷では「就活」が始まっていた頃ですわ。 今ではもっと早い時期から就活ってやってるんだろうけど、今から24年前のうちらの時代では、今頃からだったよね、就活って始めたの。

当初、ワタシは学部卒で就職するつもりは無く、大学院に進むつもりでいたんだよね。だから、本来なら就活も気にせずに大学院入試のことだけ考えてればいいはずだった。。。。だけども。。。
所属した研究室に馴染めず、就活を始めた周りの友達に焦りを覚えたりして、急遽、就活を考え始めたんだよ、24年前の今頃。

別に請求した訳でもないのに、次から次へと送られてくるリクルートブックにもうんざりしながら聴いてたこの頃の曲。

そんなマイナスな精神状態の中で聴いてた曲だからこそ、この「優しい雨」のような、暗く沈んだ曲調の曲は特にダメージを感じたんだよね、当時。

でも、今でもこの曲を聴くと、当時のうんざりしていた事がフラッシュバックで甦るんだよなぁ。だからね、正直言うと今でもあんまり得意じゃないんだよな、この曲は。 



ミュージックステーションですな。画像も音もきれいに残ってますね。

 ちなみにこの曲が主題歌だった、ドラマ「愛するということ」は、TBSの93年1月期の金曜9時ドラマ。
ま、今は「金スマ」になったんでドラマ枠じゃないんだけども、当時は21時〜22時、22時〜23時と、TBSの金曜は連続してドラマ枠だったんだよね。
 で、この次の93年4月期の金曜21時〜22時は、「ダブルキッチン」。 そそそドタバタコメディの。これは個人的にも見てたなぁ。

 ちなみにちなみに、この93年1月期ドラマで、この「愛するということ」に続く、金曜22時〜23時枠は、あの「高校教師」だったんだよな。 これは見てたなぁ。




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慟哭 / 工藤静香

1993_03_慟哭_工藤静香


今回の1曲セレクトは、「慟哭」工藤静香です。

まずはデータですよ〜

・タイトル    慟哭
・アーティスト  工藤静香
・作詞      中島みゆき
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1993年2月3日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  93.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1993年2月15日〜4月12日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「あの日に帰りたい」主題歌

え〜、本日2曲目の「1曲セレクト」どぇす。
え? また書いたの? ・・・とか言われそうだけど、ま、さっき書いたツイストの「性(さが)」は、半ば思いつきのまま衝動的に書いた訳でさ、当初、今日書こうと思ってたのは、こっちの曲なんだよね。

それはそうと、先日のネットニュースで、フジテレビの「月9」が青色吐息の状態っていうことが出てましたなぁ。
個人的には、いいかげん月9に頼るのも止めたらど〜お って思うんだけどねぇ。
もうさ、90年代じゃないわけじゃん。トレンディドラマな時代じゃないんだよね。 まあ、現フジテレビ社長が、ドラマ班出身あり、月9育ちということで止めるにやめられないんだろうけどさぁ。

でもねぇ、いつまでもあの時代を夢想しているって言うのは時代錯誤だと思うしねぇ。

まあ、「じゃあ、オメーはどーなんだよ」なんて言われると、反論できなかったりもするんだけどさ

でも、ビジネス上の話として、実際の数字を見ちゃうと、そう思っちゃたりしてね。


・・・・ということで、今回の1曲セレクトは、まだまだ「月9」が元気で、ステータスがあった「あの時代」、そんな月9ドラマの主題歌だったこの曲を。

工藤静香「慟哭」。

この曲は、93年1月期の月9ドラマ「あの日に帰りたい」の主題歌。

ただね、個人的にはこのドラマ、見てなかったよなぁ。 だからさ、どういうドラマだったかはよく分かんない。
視聴率もネットで調べたところ、平均15%程度と、当時の月9にしては取りたててよかった訳じゃない。
 この次の93年4月期の「ひとつ屋根の下」が平均視聴率28%(最高視聴率37.8%)だった事を考えると、かなり低迷だったんだよね。

確かに「ひとつ屋根の下」は、ワタシも見てたしなぁ。

それでも、そんなドラマの主題歌だった、この「慟哭」はの売り上げは93万枚もあった訳だからねぇ。
そそそ、これが工藤静香さんにとっては、「最高売り上げ」のシングルなんだよね。 ま、まだ一応は現役のアーティストであり、もしかしたら、これを更新する曲が今後出てくるとも限らない・・・・・・うんにゃ、余程の事が起きない限り、出てこないよな・・・きっと。

ただ、・・と言う事は、工藤静香さんって、シングルではミリオンセラーが1作もないってことなのよね。
これは意外かなぁ。80年代から活躍してる当時のトップアイドルを見ると、工藤さんレベルの女性トップアイドルのヒトたちは、大概1作はミリオンセラーの持ってるもんね。

あ゛、そう言えば、中森明菜さんも、ミリオンは1作もなかったな。 

どうなんだろうねぇ、アイドルの中でもどこか陰があるような大人っぽいアイドルの2大巨頭がミリオンを持っていないって言うのは。
 やっぱり、アイドルっていうのは「大人」っぽ過ぎても、必ずしも良いって言う訳ではないってことなんだろうねぇ、きっと。


あ、ちょっと話がずれた。。。「月9」の話だったね。
ま、いずれにしても、それだけの売り上げを生み出す「力」があったわけなんだよね、当時の「月9」には。

なんせ、この曲の前後の曲は、大体30万枚前後ってペースだったからねぇ、当時の工藤静香さんの曲は。 そこに来ていきなり、「90万枚」だもんなぁ。

さしもの、ワタシも「月9」の主題歌ということで、ある程度は売れるだろうとは思ったものの、ここまで売れるとは思ってなかったんで、ちょっと泡食ったのを覚えてるなぁ。

ぢゃ、そこまで売れる曲だったのか・・・。

個人的には、サビまでのメロディを聴く限りでは、正直、そんなにいい曲だとは思わなかった。 その証拠に、この曲、長い事音源持ってなかったんだよね。それだけ当時は引っかからなかった・・・って事なんだけどさ。

でも、♪ 一晩中泣いて 泣いて〜 ♪ からのサビの部分は強いわな。一言で言えばキャッチー。

当時は「覚えやすい事。 キャッチーなメロディ」っていうのは、シングルとしてはある程度至上命題的なところがあったからねぇ。

そそそ「カラオケ」で歌いやすいってこと、そのために覚えやすい⇒キャッチーである事が一番ってところがあったからさ。

それを考えると、「月9」の主題歌であった事以上に、サビからのキャッチーさ、キャッチーだからこそインパクトに繋がって、ここまでの売り上げ枚数に繋がったのかもしれないな。

それと幸運だったのは、キョンキョンの「優しい雨」が、この曲と同日リリースだったって事もあるかなぁ。
2大アイドルが同日リリースってことは、それまでもそれ以後もあんまり頻繁には無い事だからねぇ。
当時、それも話題になったような気がする。 
奇しくもキョンキョンの「優しい雨」も同じようにドラマの主題歌だったし(こちらはTBS系金曜ドラマの主題歌)・・・。  そんなことでも話題になったよな。

それもあってか、ランキング的には、熾烈なトップ争いを繰り広げたよなぁ。

初登場時1993年2月15日オリコンランキング。

1位 慟哭    工藤静香   242,670枚
2位 優しい雨  小泉今日子  234,910枚

なんていう、8千枚弱での僅差デッドヒートなランク争いもさることながら、週間売り上げ枚数も高レベルでのデッドヒートだったからなぁ。 ま、上記のとおり結局のところ、この「慟哭」がキョンキョンを振り切って1位を獲得した訳なんだけども。。

ちなみに、この週の週間売り上げは6位までが10万枚以上。 10位で7万5千枚・・・なんちゅうとんでもない高レベルな売り上げ枚数だったんだけどさ。。。。 
今と比べると、いかにとんでもない時代だったか・・・って事が良く分かるよなぁ。。。まあ、これが今となっては音楽業界、いろんなところで「重石」になってるんだけどさ。
うん、正直言って、日本の人口比率から言えば、この売り上げ傾向は「過剰売り上げ」だったんだよ。 でもその後も重しが抜けたように、売り上げ傾向はどんどん膨らんでいくんだけどさ、90年代は。


ちなみに、個人的には、上で書いたように、この「慟哭」もそうだけど、キョンキョンの「優しい雨」もそれほど引っかからなかったんだよな。
アイドル2大対決だったわけだけども、正直、ほとんど素通りだった。

まあ、両者、曲自体に引っかからなかった・・・ってのが一番大きいんだけども、どうなんだろうねぇ、80年代アイドルの「残像」ってしか映らなかったってのもあるんだろうな。

 簡単に言えば、ヒト時代の前のタイプの曲じゃん・・・って思うところが強かったって言うかさあ、新鮮味を感じなかったんだよな、両者とも。
 この「慟哭」の作詞は中島みゆきさん、作曲は後藤次利氏っていう工藤さんとしてはヒットが期待できる強者な作家だったわけだけども。 でもねそれは、あくまで80年代までの話で。。。
時代は90年代に入って4年目だったし、だから、どうしてもアナクロに写ってしまう。
もっと新しい何かを含んだ音楽に期待してたんだよね、当時はさ。




 


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ほっとけないよ / 楠瀬誠志郎

1992_01_ほっとけないよ_楠瀬誠志郎


今回の1曲セレクトは、「ほっとけないよ」楠瀬誠志郎です。

まずはデータでする。

・タイトル    ほっとけないよ
・アーティスト  楠瀬誠志郎
・作詞      並河祥太
・作曲      楠瀬誠志郎
・編曲      楠瀬誠志郎
・リリース日   1991年11月15日
・発売元     ソニーレコーズ
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  61.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1991年12月9日〜2月3日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ADブギ」主題歌

twitterで別途つぶやいたんだけども、今週のオリコンシングルチャートの週間売り上げ、酷いね。
1位で2万枚台。5千枚弱でベストテン入りだもんね。
まあ、曲の購入はCDパッケージからネット配信へ移行が進んでいるんで、こうなるのも当然と言えば当然の成り行き・・・・と頭では分かっているんだけども、80年代からオリコンチャートの推移を見続けているワタシからしてみれば、やっぱ違和感は感じるわな。

 オリコン見始めた頃といえば、週間売り上げで、大体2万枚前後がベストテン入り水準。5千枚前後で、いわいる業界用語で言う「左ページ」(50位)、2千枚前後で100位・・・って感じだったからさ。そう言う数字の並びが、頭にこびりついてるんだよね。

うん、だからね。オリコンの今週10位の曲なんてさ、そう言う基準からしてみると「50位」くらいの価値しか感じないんだよね。

まあ、これも時代の流れということで、だから、どうだ・・っていうことを言うつもりもないんだけどさ。

でも、逆に言えば90年代。 あの未曾有の「メガヒット」の時代も、違和感いっぱいだったのも間違いない。
なんせ、逆に週間5万枚前後売れないと、ベストテンに入れない・・・って言う時代もありましたからねぇ。
これはこれで、おかしな時代になったもんだ・・・と思ったもんなんだけどね。

昔、筒美京平氏が、自身が作家デビューした頃の60年代終盤を例えて、「どんなイモな曲でも10万枚売れた。こんな曲が10万枚!?」ってインタビューに答えていた事があったけど、まさにそんな感じでしたね、90年代のメガヒット時代は。

今回は、そんな「メガヒット」時代に突入した頃の1曲を持って来ますかね。

楠瀬誠志郎「ほっとけないよ」

この曲、覚えてますか?  うん、あの時代を知ってる方なら恐らく覚えてる方、多いですよね。

91年の10月期のTBS系金9ドラマ「ADブギ」の主題歌として、大ヒットしたあの曲ですね。
そそそ、永遠の「爽やかボーイ」な印象が強い、90年代前半特有のストレートなアッパーチューンポップスですわ。

メガヒットの時代・・・なんてことで、この曲選んじゃったけど、この曲自体は、売り上げは60万枚なんだよね。。
でもさ、そんなに売れてたのか・・・って言うイメージもあるんだよね。
ま、その辺がメガヒット時代と80年代までの感覚の差・・・なんだけどさ。


上で思わず「90年代前半特有の〜」って書いちゃったけど、あの時代、このテのなんのてらいも悩みも無いような、言ってみれば「能天気」なポップスって多かったですよね。サウンドも大体、キーボード主体の、やや硬質な音でさ。

91年暮れから92年初頭というと、経済では「バブル」が崩壊し不況に転落し始めていた頃だ。

そんな時代なんで、さぞかし「暗い曲」だらけだったんだろうな・・・と思いきや、世間一般的には、まだそんなにバブル崩壊っていう深刻な状況ではなかったように感じてましたよね。
現に、バブル崩壊・・・って言われても、それまでの数年間と、なにもかわったような実感はなかったもんな。この頃は。

だから、この曲とか、ZOOの「Choo Choo TRAIN」とか、能天気な曲が、まだまだ巷では流行っていたんだよね。

ま、それから1年後・・・・バブル崩壊の実感を感じるようになった93年の今頃は、THE虎舞竜の「ロード」とか森田童子の「ぼくたちの失敗」とか、「暗黒系」の曲が流行りだったりしたんだけども。。。。

ここでは何回も書いてるけど、「歌は世につれ 世は歌につれ」とはよく言ったもんで、ヒット曲の曲調と世間の栄衰って、リンクしてるもんなんだよね。


ところで、この「ほっとけないよ」、上で書いたように永遠の「爽やかボーイ」な印象が強い1曲なんだけども、歌ってる楠瀬誠志郎氏からして、永遠の爽やかボーイっていうイメージだったもんなぁ。

歌っているときに、いつも白い歯が覗いてた笑顔を絶やさない・・・というか。。。
うん、見方によれば、ちょっと怖かった・・・というか。。。
ま、このヒトにして、この曲あり・・・という印象が強かったよね。

この曲で突然、ヒットストリームに躍り出てきた、楠瀬氏だったわけで、当時は「新人」なのかな・・と思ってたけど、91年当時で、既にデビュー6年目と言うベテランアーティストだったんだよね。

だから、当然ワタシよりも年上なんだけど、当時は同年代? なんて思ったもんだよな。それだけ「爽やか」さがいっぱいだったもん。


ちなみに、この曲が主題歌だったドラマ「ADブギ」は、あの「加勢大周」が主演。浅香唯さんがヒロインでしたよね。 この二人は同年代・・・というか、二人とも同い年だったからさ。そんじゃ楠瀬氏も同年代なのか・・・と思ったもんなんだけどね。
ドラマは、「ママハハブギ」「予備校ブギ」に続く「ブギ」シリーズ第3弾でしたよね。
前作から引き続けて出演していたのは、的場浩司氏と、石田ひかりさんだけだったかな・・・。

うん、個人的には、このシリーズ大好きで、「ママハハ」も「予備校」も欠かさず見てたんだけども、この「ADブギ」だけは、あんまり見てなかったんだよな。

ま、この時期、91年末〜92年初頭にかけては、前年に引き続き、郵便局で夜間の仕分け作業のバイトやってたからなぁ。だから、見られなかったんだよね。
 でも、この「ほっとけないよ」を聴くと、あんときのバイトの様子が脳裏に浮かんできますわ。バイトと、新宿のカラオケバーと、ボーリングと・・・兎に角、ワタシにとっては「徹夜」のイメージなんだよな、この曲。

なんか、「爽やか」な曲のイメージとはまったく違うけど。。。 

いや、この91年暮れ〜92年頭頃のヒット曲って一律で、そんなイメージなんだよな。 それだけ、あのときのバイトと、カラオケバーと、ボーリングっていうのが強烈な印象だったのかなぁ。。。




少し画像が悪いけどメンゴ。
カラオケのバック映像っぽい作りだけど、これこの曲のPVらしいね。いや、初めて見ました。。
もちろん、歌ってるのは楠瀬誠志郎氏本人だけど、ほらね、歌ってる最中も笑顔と白い歯は絶やさないでしょ
これが爽やかでもあり、味方によってはちょっと「怖く」もあり。。。

ちなみに、楠瀬誠志郎氏って、トップドラマー、村上"ポンタ"秀一氏の、元ボーヤなんですよね。このPVでも分かるように、自身はピアノ弾いてたんで、ドラマ―のボーヤだったってのは意外だったし、全く知らなかったんだけどさ。
あ、いや、そう言えば、ポンタ氏の著書にも書いてあったっけな、楠瀬誠志郎氏が、元ボーヤだった事は。


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俺たちの旅 / 中村雅俊

1976_01_俺たちの旅_中村雅俊


今回の1曲セレクトは、「俺たちの旅」中村雅俊です。

まずはデータでする。

・タイトル    俺たちの旅
・アーティスト  中村雅俊
・作詞      小椋佳
・作曲      小椋佳
・編曲      チト河内
・リリース日   1975年10月10日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  87.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1976年1月12日〜2月16日付(暫定)
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「俺たちの旅」主題歌

先日のニュースによると、天皇の退位により「平成」も来年いっぱいで終わるらしい。 つまりは「平成30年」で打ち止め・・・って言う訳ですね。
 そうかあ、そうなると「昭和」と言う時代も、ますます遠くなるなぁ・・・・っなんて思っている昨今だったりして。
ま、それ以前に「昭和」の時代に活躍されていた方々が、ここ数年、どんどんと鬼籍に入られてしまった訳で、それだけでも昭和って言う時代も大分、遠くなってしまった・・・って言う実感なんたけど。。。

・・ということで、今回の1曲セレクトは、「個人的」に「昭和」を感じる曲をひとつ。

中村雅俊「俺たちの旅」

・・・なんて書くと、「え?」なんて思われるかなぁ。  なんで、「俺たちの旅」が昭和なんだよ・・・・とかさあ。

「俺たちの旅」っていえば、日テレの「日8」・・・つまりは日曜20時〜21時・・・っていう、NHK「大河ドラマ」の「真ウラ」で放送していた、いわいる「青春ドラマ」枠で1975年〜1976年の1年間放送していたドラマですね。

主演 中村雅俊、田中健、秋野大作の3人がつとめた、お馴染みのドラマですわ。 
・・・なんて、さぞかし当時見てたかのように書いてるけど、当時5才〜6才だったワタクシは、流石にこのドラマは見てなかったよなぁ。 後々、テレビ探偵団とかなつかし番組で「断片的」に見たりしたから、存在は知ってましたけどね。

うん、1975年〜1976年といえば、このドラマが始まるちょっと前の時間にフジテレビで放送してた、「カルピス世界名作劇場」だよね、見てたのは。
75年が「フランダースの犬」、76年が「母をたずねて三千里」っちゅう、名作劇場の中でも一番盛り上がっていた時代ですわ。 個人的には、これ終わったら、「寝る」時間だったからさあ
そそそ、当時は就寝時間が8時だったの。(土曜日だけは「全員集合」見てからだったから9時だったけど) 
だからね、当然ながら、この「俺たちの旅」も当時は存在も知らなかったんだけどさ。。。

・・・・とととと、話が大分ずれた。。。

あれ? なんだったっけ????


あ・・・そうだ、中村雅俊氏の「俺たちの旅」から、どうして「昭和」を感じるのか・・・だったですね。

この曲のサウンドですよね。この曲、FMや「ステレオ」で聴くより、AMラジオの「モノラル」で聴いた方が絶対にいいんだよね。
 当時の哀愁感っていうのかなぁ、当時の記憶がセピア色に甦るっていうのかなぁ。気分は1975年当時に戻るんですよ。

・・・と言っても、当時5〜6歳だった、ワタシの記憶なんて取るに足らないものだとは追うんだけども、それでも少しは物心ついてましたからねぇ、当時。
少しではあるけど、1975年って言う空気感は感じ取ってたんだよね。

いや、逆に言えば、世の中の空気感を感じ始めた、最古の記憶かもしれない、個人的には。

そんなこともあってか、個人的に「昭和」の空気・・・というと、1975年当時の空気を思い出すのかもしれないなぁ。

上で「セピア色」の想い出・・・って書いたけど、例えば、当時、テレビでは、まだドラマにしてもニュースにしても「フィルム」が多かったじゃん。 今みたいにVTRではなくてさ。

映画でもそうだけど、フィルムって、独特の哀愁感を感じるんだよなぁ。日常なんだけど、非日常の世界のようなさ・・・。
それと、街並みにしても、今のような無機的な感じじゃなかったじゃん。
まだ、駅前とか、商店街が華やな時代だったしさ。そう言う商店街には、「ラッパ」スピーカーから、ヒット曲が、半分割れたような音でガンガン流れてたりしてさ。街に活気がありましたよね。

丁度、当時流行ってた、野口五郎の「私鉄沿線」とかの世界。

映画「三丁目の夕日」ほど時代は古くないけど、かといって、まだパソコンなんて何者だ?、って時代だし、それどころかビデオも普及していない時代。

古くないけど・・・かといって新し過ぎもない時代。  なんて書くと「中途ハンパ」な時代? なんても思えるけど、そうじゃない。文化的にも人間性的にも、いまよりはずっと豊かだったんじゃないか・・・なんて思える時代。

それが1975年あたりなんじゃないか・・・なんて個人的には思えるんだよな。

ま、世相的には、70年代前半までの高度成長期が終わり、前年74年には戦後初のマイナス成長という不景気に見舞われた時代。

それは、この「俺たちの旅」っていうドラマ自体にも出て来ているんだけどさ。 例えばそれまで青春ドラマっていえば、スポーツがあって、太陽に向かって走れば、全てが解決・・・っていう能天気な部分があったわけじゃん。

でも、このドラマあたりから、「悩み」が入って来るんだよね。 つまり「陽」だけじやなく、「陰」の部分。こんな部分に、それまでの高度成長期の「プラス」成長から一転して、「マイナス成長」期に入った世間の「陰」の部分が反映されてきたりしてね。

もしかしたら、そういう「陰」の部分に強く惹かれているのかもしれないな、この時代というと。

ちなみに、ドラマ「俺たちの旅」の脚本は、畑嶺明、鎌田敏夫 両氏が書いてたんだよね。
こののち80年代、畑氏は「毎度おさわがせします」、鎌田氏は「金妻」「男女7人」シリーズという、TBSのドラマ黄金期を支えることになるんだけども、この時代は日テレドラマを書いてたんですよね。
ちなみに、「太陽にほえろ」の脚本も書いてましたよね、この時代。


あー、今回は内容がまとまらないなー。何書いてるんだか、よく分かんなくなってきた。。。

ま、ともかくも、個人的には1975年って言う時代は、70年代の中では、78年に次いで印象深い年なんだよね。
それとともに、この曲を聴くと、1975年って言う時代を強く感じてしまうワタシな訳ですわ。



この曲はやっぱり、生で歌っているところよりもレコード音源の方が時代性を感じる・・・ってことで、そう言う動画を持って来ましたわ。
 どころでこの曲、売り上げは87万枚っちゅう、中村雅俊氏としては、デビュー曲の「ふれあい」に次ぐ売り上げを記録した大ヒットだったんだけども、オリコンでは結局1位取れずの、最高2位だったんだよね。

 同時期の1位は、バンバンの「いちご白書〜」であり、ユーミンの「あの日に帰りたい」であり、いわいるユーミン勢に押し切られた形になってたりする。 しかも、しまいにゃ、「およげ!たいやきくん」とパッティングしちゃたりして。。。不運といえば、不運が続いた曲なんだよな。

ただ、売り上げにたがわずロングヒットだったけどね。 ベストテンにランクインしている最中は、兎に角、上下動が少ない安定したチャートアクションを展開していたのが印象的なんだよなぁ、この曲は。

ちなみに、最初のデータに書いたベストテンランクイン期間は、「ワタクシ」のチャートのもので、チャートを始めたのがこの曲がベストテン入り最中だった1976年1月からなんで、「暫定」と入れました。
オリコンでは、1975年11月10日付からベストテン入りしています。



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サイレント・イヴ / 辛島美登里

1990_12_サイレント・イヴ_辛島美登里


今回の1曲セレクトは、「サイレント・イヴ」辛島美登里です。

まずはデータですよ。

・タイトル    サイレント・イヴ
・アーティスト  辛島美登里
・作詞      辛島美登里
・作曲      辛島美登里
・編曲      若草恵
・リリース日   1990年11月7日
・発売元     ファンハウス
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  80.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1990年11月19日〜1991年1月28日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「クリスマス・イブ」主題歌

前回書いたブリグリの「angel song」、あんまり響かなかったようだなぁ。クリスマスソングは、クリスマスソングでも、最近あんまり流れてないクリスマスソングってことで、引っ張ってきたんだけども、ちょっと変化球過ぎたかな。
 ・・・ということで、少し軌道修正。 クリスマスソングでも、今回はもうちょっとストレートに行ってみましょうかね。

辛島美登里 「サイレント・イヴ」。

他のヒトのブログを見ると、クリスマスシーズンの昨今、他にもこの曲書いてる方を結構見かけるんだよな。
なので、「いまさら〜ワタシが書くのも〜」とか思ったりもしたんだけども、まあ、たまには他のヒトと被ってもいいか・・・などと思ったりして引っ張って来ましたわ。

それ以前に・・・この間も、2005年にmixiで「1曲セレクト」を書き始めた時、2週間近くクリスマスソングばっかりセレクトしてたって書いたんだけども、その中にこの曲は無かったんだよな。

1990年のクリスマスシーズン、ヤマタツの「クリスマスイブ」と並んで、ダントツに人気があったこの曲だった訳でさ。
オリコン1位、80万枚もの大ヒットとなったこの曲なのに、書いてなかったんだよな。

なぜか?

最近の1曲セレクトの流れで行けば、個人的にあんまり好みじゃなかったから・・・・と言いたくなりそうなんだけども。。。

この曲の場合は、それ以前だったんだよね。

うん、当時、ほとんどこの曲聴いてなかったんだよね。
だから、個人的に好き、キライ・・・・って言う以前の話だったんだよね。
当然、この曲の音源は未だに持ってない。。。

80万枚セールスのこの曲の音源を持ってないとは・・・とか言われそうだけど、いままで、今一つ縁がなかったんだよなぁ、この曲とは。

この曲が大ヒットした背景として、TBSの「金ドラ」の主題歌っていうのも大きかったんだよな。
当時、TBSの金ドラの主題歌は、フジの月9主題歌と並んで、「大ヒット」はほぼ約束されたようなもんだったからね。
 
フジの月9は、あんまり見てなかったワタシだけども、TBSの金曜ドラマはずっと見てたんだよな。
月9はさあ、今一つリアリティを感じなかったからなぁ。いい女、いい男のカタログを見てるみたいだったしさあ。ドラマの内容自体は、それほど面白いとは思わなかった。それに比べると、TBS系の金ドラは内容的に面白かったからさ。

ただ、この「サイレント・イヴ」が主題歌になった、90年10月期の金ドラ「クリスマス・イブ」は見てなかったんだよな。

丁度、郵便局で深夜勤で仕分けのバイトを初めて頃でね。そそ、年末の超繁忙期に向けて、郵便局もバイトの数を増やしてた時なんだよな。だから、この当時、ほとんどテレビを見てなかったんだよ。

逆に、超繁忙期が一段落して、ちょっと余裕が出てきた1月終わり頃には、ドラマは終わっちゃってたし、この曲もチャートを下降してたからなぁ。

そそそ、すれ違いだったんだよ、ちょうど。それ以来、なんかずっとすれ違いだったんだよな、この曲とは。

確かに、パッと聴き、派手な曲では無いし、メロディアスではあるけどもジミな印象が強かったんで、積極的に触手を伸ばそうと思ってなかったところもあった。辛島美登里さん当人にしてもルックス的に華やかな感じでは無かったしね。

なので、丁度いい機会だから、真面目に聴いてみた。

確かに派手な曲ではなし、メロディにしてもどこかで聴いたような・・・っていう印象が強いけど、やっぱり染みるよね、心に。
アレンジは若草恵氏。

なるほど、どうりで「ニッポンの編曲家」(川瀬泰雄 他 著)の若草氏の項目で、辛島美登里さんがインタビューされていたんだ。。。

うん、なんで辛島さんがインタビューされているのか、よく分かんなかったんだけどね。いま謎が解けましたわ。

そもそも、この「サイレント・イヴ」が若草氏のアレンジっていうのも、今、知ったんだけどもね

若草氏というと、もう少し歌謡曲よりなアレンジャーっていう印象が強い訳で、このテの、思いっきりニューミュージック系っていう曲では珍しいとは思うんだけど、でも、この曲に関して言えば、まったく、そう言った歌謡曲の匂いは感じない。音色といい、完全にニューミュージックのそれなんだよね。
いや、それだけ、この曲に関して言えば、それまでの若草氏の歌謡曲にコミットした音楽ではないって事なんだけど。。

ま、完全にニューミュージックと書いたけど、ちょうど有線発のニューミュージック系が増えつつあった時代なんだよな、この頃。
 そう言った曲の共通項として、一つはメロディアスであること、一つはニューミュージック系といえど、下地の所で歌謡曲の匂いがする事、例えばストリングスを多用するとかね。

この曲は、そう言う、他の有線発のニューミュージック系楽曲に近い雰囲気はあったんだよな。 その辺が大ヒットに繋がったもう一つの要因だったかもしれない。

ま、この曲は有線発のヒットではなかったけどね。

ただね、よくよく考えてみれば、若草氏って、その昔、研ナオコの「かもめはかもめ」のアレンジで注目されたんだよな。
メロディラインには、あまり音数を入れないアレンジ。 それだけにダイレクトに詞もメロディも伝わってくるという。

そう言う意味で、この曲「かもめはかもめ」に近いんだ。

奇しくも、「かもめはかもめ」を作った、中島みゆきさんも、この辛島美登里さんも、元はといえばポプコンでグランプリ獲得っていう共通項もあったりするんだけどね。

そそそ、もしかするとあんまり知られてないかもしれないけど、辛島美登里さんって、ポプコン出身なんだよね。
調べてみたら1983年、第26回ポプコンでグランプリを獲得。

時代的に言えば、あみんの1年後、TOMCATの1年前って感じで、ポプコンとしてはかなり後期の時代に入るんだけども。
グランブリ獲得後、すぐデビュー。大ヒットを飛ばした、あみんやTOMCATと比べると、この曲で大ヒットを飛ばすまでには、かなり時間がかかったと言えますね。
ポプコングランプリ獲得後、84年にレコードデヒューしたものの、ずっと泣かず飛ばずで。。
でも、そう言う不遇の時代を経験し、ブレイクまで時間を要したからこそ、未だに「現役」シンガーでいられるってことはあるだろうな。

紆余曲折した経験があるからこそ、シンガーソングライターとしての深み、多様な引きだしって言う強みが備わったわけでさ。 やっぱり下積み時代って言うのは大事なんだよね。




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情熱 / 斉藤由貴

1985_12_情熱_斉藤由貴


今回の1曲セレクトは、「情熱」斉藤由貴です。

・タイトル     情熱
・アーティスト   斉藤由貴
・作詞       松本隆
・作曲       筒美京平
・編曲       武部聡志
・リリース日    1985年11月15日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   17.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1985年11月25日〜12月9日 12月23日〜12月30日付
・タイアップ:映画「雪の断章」主題歌


先ほど、「めざましどようび」見てたら、斉藤由貴さんが登場してきた。twitterのタイムライン見てると、それについてのツイートが結構出て来てるけど、それにしても斉藤さん、最近よくテレビに出てきてるよなぁ。

このヒト、全然老けないんだよね。50過ぎたっていうのに、雰囲気は昔のまんま。これはコワイ・・・・うにゃうにゃ、驚きですわな。

今テレビだけでなく、毎週ラジオのパーソナリティもやってるわな。ニッポン放送の「オールナイトニッポン ミュージック10」(月〜木 22時〜0時)の木曜パーソナリティ。
 これ通勤の帰宅時に、最寄駅から家までの間、よく聴いてるんだけど、声だけ聴いてると、ホント、昔のアイドル時代と全然変わんないんだよね。
  昔、やっぱり、ニッポン放送でやってた「斉藤由貴の猫の手も借りたい」って番組。 なぜか、あれ、よく聴いてたんだよな。たしか土日の夕方ごろやってたような気がるするんたけど、ラジオを流しながら車走らせてた時に聴いてたんど思う。

その頃と、声も、ちょっと舌たらずなしゃべり方も、トーク内容も全く変わらない。ほんと時代錯誤感を感じるんだよな。

まあ、「ミュージック10」では、水曜パーソナリティの鈴木杏樹さんも、昔から全然変わらない癒しボイスで時代錯誤を感じるんだけどさ。

そんな時代錯誤感プラス、最近は「おとぼけ」キャラで良い味出してきてるんだよね。

前にも書いたかもしれないけど、auのCM。「おとぼけキャラ」というか三枚目キャラというか。

このキャラは、昔の斉藤さんには無かったよなぁ。 このヒトといえば「生真面目」さっていうのが、前面に出てきちゃってた気がするしさ。 
 ウタでも、そんな生真面目さを感じたんだよね。どの曲でも、真面目に真面目に切々と歌っていたような印象が強い。

だからねぇ、最近の「3枚目キャラ」っていうのが、余計新鮮に映ったりしてね。


おおおお、ウタとは関係ない事を大分書いて来ちゃったな。
・・・・ということで、今回の1曲セレクトは、斉藤由貴さんの「情熱」を。

先ほどの「めざまし」での斉藤由貴さんベスト3では、「白い炎」「悲しみよこんにちは」「卒業」を流してたけど、さっすがにね、このクラスの曲はどれも、既に書いちゃってるからなぁ。 この曲くらいしか残ってないんだよね。

逆に言えば、いままで書かないで残っていたってのもレアかもしれないけど。。。。

でもね、こ多分にもれず、今まで書かないで残っていた・・・ってことは、個人的に、この曲があんまり好みじゃなかったっていうのが大きいんだけど。。。。

斉藤さんの 特徴って上で書いたように、どんな曲でも真面目に切々と歌うところだと思うんだよね。
そんな所と、役者との2足のわらじをはいているってところは、薬師丸ひろ子さんに似ているところがあるかもしれない。

違うのは、薬師丸さんの方が、より真面目さが際立っているってところと、発声がファルセットってところだろうな。それにより、実年齢よりも大人・・・・うんにゃ、オバさんっぽく聴こえるとろこかもしれん。
斉藤さんは、真面目に歌ってはいても、たまに見せる舌たらずな発声とか年相応の可愛らしさがあったしね。

そんな真面目さが表に出ている斉藤さんが、如何にも「ポップ」な歌を歌う・・・そこに、このヒトの最大の魅力があったと思うんだよな。

例えば、このヒトの最大のヒットとなった「夢の中で」(井上陽水カバー)にしてもユーロビートなポップアレンジだったし、「悲しみよこんにちは」にしてもポップなアップチューンだったじゃない

普段から真面目が表に出ているヒトが、ポップな歌を歌う・・っていうある種の意外性に面白みを感じるんだろうなぁ。

個人的に、このヒトのイチオシは、86年9月の「青空のかけら」なんだけどもさ。そそ、ハネ系でタップを踏んじゃう曲。 あの曲は、このヒトのキャラからするとホントに意外な曲だったもの。

そう言う点からすると、この「情熱」って曲は、意外性を感じなかったんだよな。
いかにも真面目な斉藤さんが歌いそうな「真面目な曲」っていうかさぁ。そう「如何にも」って言う言葉以上ないような。。。

そんな曲調に、個人的にも魅力を感じなかったのかもしれない。

逆に言えば、「如何にも」っていうところから、このヒトには合っていたとは思いますよ。でも、個人的には退屈さしか感じなかったんだよなぁ。

誰が作っていたのかと思えば、松本隆−筒美京平 なんちゅう、これ以上ないゴールデンコンビぢゃないですか。。
斉藤さんとはデビュー曲の「卒業」以来の担当なわけで、斉藤さんの魅力は何かっていうのは、充分分かっていたはずだと思うんだけどねぇ。。。

折角、70年代の「向こう」のポップスから斉藤さんの魅力を引き出してきていたのに、同じ70年代でも「歌謡曲」よりにしてしまった事で、時代が逆戻りしてしまったような印象が強い。
当時から見て「10年前の・・・・」って感覚だったんだよな。これはニューミュージックが出てきた頃の歌謡曲って言うイメージですよ。

まあ、この曲の場合、映画「雪の断章」の主題歌って言う縛りが初めからあった訳で、そのイメージに合わせなきゃいけないっていうところで、それいえにこういう曲調にならざるを得なかったってところは大きかったんだろうけどね。

でも、レコード売り上げだけを見ると、この曲の前、ビージーズの「若葉のころ」辺りをモチーフにしたと言われる「初戀」よりも、この曲の方が売り上げは、僅かに上がってるんだよね。
チャートでも、オリコンでは、この曲で初めてのベスト3入りを記録してるし。

まあ、チャートは他の曲との兼ね合いもあるんで相対的な部分もあるかもしれないけど、売り上げが微増したのは、ちょっと分からなかったな当時は。
それだけ、「スケバン刑事」からの人気が浸透してきていたって事もあるんだろうな、結局はさ。






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今を抱きしめて / NOA

1993_11_今を抱きしめて_NOA


今回の1曲セレクトは、「今を抱きしめて」NOAです。

まずはデータです。

・タイトル    今を抱きしめて
・アーティスト  NOA
・作詞      白鳥瞳
・作曲      YOSHIKI
・編曲      YOSHIKI
・リリース日   1993年11月3日
・発売元     ファンハウス
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数 81.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1993年11月22日〜1994年1月31日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「徹底的に愛は・・・」主題歌

今まで何回か、昔はよくあったけど、最近あんまり見かけなくなった曲のパターンっということで曲をセレクトしてきた事があったけど、今まであんまり言及してこなかった中で、「男女デュエット曲」って言うのがあったよなぁ。

まあ、そう言う曲、今まで全く書いてこなかった訳ではないけど、あんまり「デュエット」と言う事を意識しては書いて来なかったかもしれない。

でも、考えてみると、最近このパターンの曲ってあんまり見かけなくなった様な・・・。いや、逆に言えば、最近あんまりそう言う意識で曲を聴いて来なかったからかもしれん。
うん、今でもあるよね。 そう言えば、最近でも、AIと久保田利伸のコラボっていうのも出たしな。これだって、以前で言えば、「デュエット」だもんな。

でもまあ、長年ヒット曲を聴いてきてると、たしかに昔は男女のデュエットってたくさんあった。70〜80年代が全盛だったよな・・・。っていう感覚があるんだけども、意外と90年代前半にもそう言う大ヒット曲があるんだよね。

今回はそんな90年前半の「デュエット」曲を。。。

NOA 「今を抱きしめて」

はいはいはい・・・と思った方、同世代ですねぇ、きっと

今から23年前の1993年の10月〜12月クールで放送されていた、TBS系金曜ドラマ「徹底的に愛は・・・」で主演していた、仙道敦子と吉田栄作、2人によるユニットですね、「NOA」って。

当時、個人的にはTBSの金曜ドラマ、ずっと見てたんだけどな。うん、このドラマの前が「誰にも言えない」(前年の「ずっとあなたが好きだった」の続編)、その前の前が「高校教師」・・・)で、それまではずっと見てたんだけどね金ドラは。このドラマはスルーしちゃったんだよな。。。。だから、内容はよく分かんないんだけども。

と言う事もあってか、この曲は、予期してなかったところから突然飛び出してきたヒット曲・・・って言う印象が強いんだよな、個人的に。

X JAPANの「YOSHIKI」による、まあ、ドラマティックな仕上がり、かつ、メロディアスな曲調のこの曲は、大ヒットしてたよなぁ。

まあ、それまでもTBSの金ドラから出てきた大ヒット曲って、数々あった訳で、これの前の「誰にも言えない」の主題歌だった、ユーミンの「真夏の夜の夢」だってミリオンだったわけで、この曲がヒットするのも何ら不思議ではないんだけどさ。でも、それまではドラマ見てたからさ、前もって予め、来るよな・・・って言うことは十分に予想が付いていたわけなんだよね。

でも、この曲のドラマは見てなかったからさ。


当時は、カラオケブームの真っただ中。 うん? 今でもカラオケ人気は続いているのか・・・  いや、でも、当時の盛り上がりから比べると、今は大分熱も下がってきているように感じるよね。

あの頃は、2人集まれば猫も杓子もカラオケだったもん。

当然、キャッチーな曲に人気が集まるわけで、この曲なんかもかなり人気あったよなぁ。男女2人集まれば・・・って感じで、当時この曲歌ってたヒトもいっぱいいるんじゃないかなぁ、これ読んでらっしゃる方の中にも。


ここでは何回も書いてるけど、当時、ワタシらが結成していた「チャート研究会」っちゅう自主サークルでもしょっちゅうカラオケやってたな当時。
 根城だったのが、新宿三丁目にあった「てあとろん'88」っていうカラオケパブ。 ここはボックスではなく、前面にステージがあって、リクエストした曲がかかると、このステージに上がって人前で歌う形式なのね。

当時、この曲も大分かかってましたねぇ。 何回聴いたことか・・・ってくらい。

X JAPANのYOSHIKI作曲ってことで、さぞ難しい曲なんだろうな・・・とはさにあらず。キャッチーなメロディラインは、シロートが歌うにもそれほど難易度が高くなかったしな。

まあ、そこは、本業が「歌手」ではなく「役者」だった、仙道&吉田が歌うって事もあって、予め、歌いやすいようなメロディラインで考えられていたんだろうけど。。。

うんにゃ、吉田栄作氏は、それまでも例の「心の旅」っちゅう、チューリップの名作カバーでヒットしてたり、その他
何曲もリリースしてたわけで、ウタはこれが初めてではなかったわけだけど、まあ、歌唱力は、スパ抜けてあった訳じゃなかったしな。

それよりも、仙道敦子さんが達者だったんだよね、ウタ。 
うん、ちょっとビックリするくらい。 
もうね、そのまま本業も歌手になっちゃったら・・・って感じでさ。

・・・なんて、恰もこの曲が初めての「ウタ」って感じで書いちゃったけど、仙道さんも、この曲以前に何曲かレコードリリースしてたからなぁ。
で、噂ではそれ以前から歌唱力はあるっていわれてたけど、何分、それまではヒット曲がなかったんでねぇ、個人的には、ちゃんと聴いたのは、この曲が最初だった・・・かもしれない。

いや〜、もしかすると、それ以前、中学生の頃「アイドル」っぽい感じでレコードをリリースしてた時に何回か聴いてたかもしれない。けど、記憶にないんだよな。
うむ、仙道敦子さんは子役から出てきたヒトで、中学生の頃は早くも演技派女優って感じだったんだよね。

ちなみに、吉田栄作、仙道敦子、共々1969年生まれ。ワタシとは同い年ってわけでね、だから、このコンビは、なんとなくくすぐったかったな、ワタシとしては。
まあ、吉田栄作は、早生まれなんで、実際、学年は一つ上なんだけどさ。 
そう言えば、福山雅治も、同じく1969年生まれだけど、早生まれなんで学年は一つ上なんだよな。うん、吉田栄作と同じなんだよね。

・・・うーむ、話が脱線した。。。。

ともかくも、当時はカラオケで「受けるかどうか」がヒットのカギとなっていたのは事実だったよなぁ。
この曲に引き続きいて、数か月後には、同じく「デュエット」で、藤谷美和子&大内義昭の「愛が生まれた日」が大ヒットしたでしょ。 くしくも同じようにドラマの曲として。
結局この曲も、カラオケでの人気が凄まじかったことが一番のヒット要因だったしな。

ただね、個人的には、この曲カラオケで歌ったことないんだよな。。うん、デュエットの相手がおらん。。。



うーむ、当時は吉田栄作ってウタ、ヘタって思ってたんだけどな、今聴くと、比較的まともに歌ってるなぁっていう印象。
それだけ、最近の歌手の(少なくとも歌番組における)歌の下手さ加減が際立ってきたって事なのかなぁ。


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DRIVE ME CRAZY / 山下久美子

1994_11_DRIVE ME CRAZY_山下久美子


今回の1曲セレクトは、「DRIVE ME CRAZY」山下久美子です。

まずはデータどす。

・タイトル    DRIVE ME CRAZY
・アーティスト  山下久美子
・作詞      山下久美子
・作曲      布袋寅泰
・編曲      S・ヘイル
・リリース日   1994年10月25日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数 15.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 16位
・タイアップ:テレビ朝日系ドラマ「東京大学物語」主題歌

本日は家に帰るなり・・・・・家じゅうシンナー臭せー
まあ、この間も書いたように、今、家の外壁と屋根の塗り替え工事中でして、ペンキとシンナーの臭いが籠っちゃうんだよね。

でも、あんまりにも強烈なんで、小雨で寒いにもかかわらず、家じゅうの窓を開けて「換気」してますわ、今。。。

さぶ〜〜 

しかしいつの間にか、秋も深まってきてますねぇ〜。 まあ11月ですからねぇ。 確か1か月前は、まだ「暑ぃ〜」とか書いてた気がするけど。。。。

で、少し前から「秋」になると聴きたくなる曲・・・のようなコンセプトで、曲を引っ張ってきているんだけど、今回もそんな1曲ですねぇ。

山下久美子「DRIVE ME CRAZY」

個人的にねぇ、この曲好きなんだよなぁ。 
だから、すでにこの曲書いた・・・とばっかり思ってたんだけど、どうも、まだ書いてなかったようですねぇ。うーん、ちょっと迂闊だったかなぁ。

どこか好きか・・・まあ、直接的に書けば、「今の時期」っぽいサウンドなんだよな。 イントロのアコギからして、なんとなく寂しさを感じるでしょ。
イントロだけでなく、曲全体的に、山下久美子さんの曲にしては、少し侘しさを感じるようなイメージだし。

ま、この曲の前の曲が、夏前に出した「宝石」ってカルピスのCMだった曲で、BPMが200以上ある、めちゃくちゃスピード感があり夏っぽさを前面に出した曲だったからなぁ。

それに比べると、この曲は、秋の落ち着きを感じるんだよね。

この曲もそうだけど、この頃の山下久美子さんの一連の曲は、ダンナだった布袋寅泰氏の作品だけど、布袋氏って意外とこういう侘しさを感じる曲も作れるんだよね。

この曲、特にイントロからサビにかけては、アコギが前面に出てくるけど、こういう一見フォーキーと思える曲も作るんだよな、布袋氏って。
以前にも書いたように、自分の「さらば青春の光」のように歌謡曲にコミットした曲も作れるし。その辺からも、布袋氏って意外とヒット曲メーカーだよな・・って言うのが分かるんだよね。

まあ、メロディライン的には、「布袋印」のいつものフレーズ・・・っていうところが多いわけで、一発で誰が作ったのが分かっちゃうんだけど。。。

ウチらの世代ではどうしてもBOOWYの頃のツッパったイメージ強いんだけどね。でも、本人は、実際の所、ヒット曲を意識していたらしいし、ベストテンにも出たかったらしいんだよな。
ま、氷室氏がその辺を拒否していたらしいんだけどさ。

ま、この後、山下久美子氏とは離婚して、現夫人の今井美樹さんに走る訳で・・・、その後は今井美樹さんの一連の大ヒットを書く訳なんだけどさ。

個人的には、山下久美子さんに書いていた頃の曲の方が好きだな、生理的にさ。今井美樹さんの曲はどうも、生理的にしっくりこないんだよなぁ。

いや、絶対にこの「DRIVE ME CRAZY」の頃の曲の方が良いと思うんだよなぁ。 まあ、売り上げは、今井美樹さんの曲に比べると全然だけどさぁ。

裏方に徹しているでしょ、この頃の布袋氏は。まあ、山下久美子さんが同じくロッカーだったし、音楽のプロデュースの仕方も知っていた訳で、だから、やみくもにオーバープロデュースしなくても良かったんだろうけどさ。

でも、その方が、自然だったんだよな、曲についても。

それが一番うまく行った・・・というか、しっくり行っていたのがこの頃の曲なんじゃないのかなぁ。




ちなみにこの曲は、当時テレ朝系で放送していた、ドラマ「東京大学物語」の主題歌だった訳だけど。。。
うーん、個人的には見てなかったんだけどね、このドラマ。

いや、厳密に言えば原作マンガは読んでた。「スピリッツ」だったっけ? 連載してたの。
リアルタッチの「スケベ」なところが好きだったぁ。

でもドラマの方は配役を見て、「だめだこりゃ」・・・と思って見なかったんだよな。
まあ、村上役の稲垣五郎は許すとして、遥役の瀬戸朝香さんはねぇだろう・・・とかさ 
まあ、内容的に、原作のような、本番エッチシーンは無かったようですが・・・。っつうか、それがキモだったよなぁ、このマンガは・・・。


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