かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

主題歌

ヴァージン・アイズ / 中山美穂

  1989_07_ヴァージン・アイズ_中山美穂


今回の1曲セレクトは、「ヴァージン・アイズ」中山美穂です。

まずはデータどぇっす

・タイトル     ヴァージン・アイズ
・アーティスト   中山美穂
・作詞       吉元由美
・作曲       杏里
・編曲       小倉泰治
・リリース日    1989年7月12日
・発売元      キング
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  25.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1989年7月24日〜8月7日、8月28日〜9月18日付
・タイアップ:映画「どっちにするの」主題歌


暑いっす  この暑さで家の生け垣がズコい事になってまして・・・。まあボウボウの伸び放題ですわ。あまりにもひどいんで、周りの家に迷惑がかかんないほど刈りこんだんだけど・・・。
この暑さでしょ・・・、まあ、大変ですよ。ちょっと動くと汗が「ドクドク」出て来て。。ハイ、「ダラダラ」と言う範疇を超えます。。 とりあえず1時間半ほどやって、ギブアップ。。。。 

1時間半ぐらいじゃ、庭の外周全部は無理。。。 やっぱし、庭木の剪定屋に頼むしかないかなぁ・・・。結構「」がかかりそうなんですけど。。。

・・・ということで、少し脱水気味の頭で、1曲セレクトを・・・。

今回も、前回に引き続き、予め「書こう」と思ってた曲を決めてたんだよね。 その曲を素直に引っ張って来ましたわ。


中山美穂「ヴァージン・アイズ」

ミポリンの曲は、もう大体書いた・・と思ってたんだけど、この曲、まだ書いてなかったんだよな。 
この曲好きだったんだけとなぁ、ヒット当時も。・・・・・完全に見落としていたか。

いやいや、89年「夏」の曲って全体に好きだったんだよね。曲調的に好みの曲が多かったんかなぁ。
この年のヒット曲って、「メジャー」系な明るい曲が多いんだよね。ポップだし。 聴いててウキウキしてきそうな。

イメージ的に夜に向かってというよりも、真夏の太陽の下で・・っていうようなアクティブ感を感じる曲が多かったのよ。
まあ、今から考えると、「バブル」絶頂期の1989年でしたからねぇ。ホントみんな浮かれてたんだよねぇ・・・っていうのが、ヒット曲の曲想からも覗えたりするのよね。 

このヴァージン・アイズもそうだったんだよ。めっちゃポップでストレートなアッパーチューンだし。 アクティブ感満載だったもんな。

なにより分かりやすかった。 サビのメロディラインと、Interludeのバックコーラスメロディの引っかかり。。これが分かりやすいしキャッチー。

ここが良かったんだよ、この曲は。

ミポリンの曲って、88年くらいから、ちょっと分かりづらくなってきてたからなぁ。20歳を目前にして、少し大人っぽさを演出してたところもあってさ。 それはそれで間違いではなかったと思う。

でも、個人的にはどこかふっきれない部分もあったんだよ。 もうちょっと年相応の等身大のミポリンでいいのになぁ・・・って思う部分かなぁ。

例えば、同学年だった浅香唯さんは、88年〜89年にかけての件の大ヒット曲群にしたって、もうちょっと年相応だったじゃん、曲調が。 

そんな年相応・・というか、肩の力を抜いたような曲でいいのになぁ・・なんて、この曲までの数曲には感じてのよ。

そこに来て、この「ヴァージン・アイズ」だったからさ、もろ手を上げて気に入っちゃったんだよなぁ。 今でも89年の夏というと、この曲が浮かんでくる。

ただ、ちょっとヒット時期を誤って覚えてたんだよな、個人的に。この曲、89年夏でも、夏の終わりっていうイメージだったんだよ。

ま、意外とロングヒットだったんで、実際、8月の終わりから9月の頭までベストテン入りしてたんで、夏の終わりのヒットではあったんだよね。

ただ、リリースが7月だったとは・・・。これは、完全に忘れてたね。 ヒット時期のイメージから、完全に8月リリースだとばっかり思ってたんだよなぁ。

そんなヒット時期に対して感覚のズレから今まで書き忘れてたってのはあるかもしれない。


それとさ、この曲のチャートアクションだよね。 
オリコンでは、最高2位までいってるけど、そこまでランクが上がったって言う感覚も無いんだよなぁ。
・・・っていうのも、ベストテンでは、最高位6位。 ワタシのチャートでも最高7位までしか行かなかったからさ。それほど上位まで上がってたって言う感覚が無いんだよね。

ベストテン上位まで行かなかった代わりに、10位、9位、8位あたり、ベストテンギリギリあたりに大分長い間ウロウロしてたよなぁ・・・って言う感覚が強い。

だからさ、この曲は88年の「人魚姫」や「Witches」ほどの大ヒットって言うハデさはないけど、ジミながらロングヒットした曲っていうイメージが強いんだよね、ワタシの中では。


 

久々に「ベストテン」のVTR。 
これ「10位」の時のだけど、そそそ、こんなイメージだったんだよ、この曲は。 だから、オリコンで最高2位・・って言うのを見ると、逆に不思議な感覚になっちゃうんだよな、



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あまく危険な香り / 山下達郎

1982_06_あまく危険な香り_山下達郎



今回の1曲セレクトは、「あまく危険な香り」山下達郎です。

まずはデータです。

・タイトル     あまく危険な香り
・アーティスト   山下達郎
・作詞       山下達郎
・作曲       山下達郎
・編曲       山下達郎
・リリース日   1982年4月5日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 12位
・売上げ枚数 23.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位
・タイアップ:TBS系ドラマ「あまく危険な香り」主題歌

なかなか理解しがたい曲。長年ヒット曲を追って来ると、必ずそう言う曲に遭遇するんだよね。
大体はそれまでに自分の中に無かったような曲の場合が多いんだけど、理解するだけの知識、経験が無かったって事もあるなぁ。
 特に、まだガキの頃には、理解するだけの経験・・というか、この場合は理解力っていうのかなぁ・・それが無かったために、よく分かんなかった曲っていうの往々にしてあったな。 まあ、それは、生理的にキライっていうのと、また違った感覚なんだけどさ。

今回は、そんな曲を持って来ましょうかね。

山下達郎 「あまく危険な香り」。

1982年の4月にリリースされたこの曲。TBS系金曜22時〜、いわいる「金ドラ」で同時期放送されていた「あまく危険な香り」っちゅう、同名タイトルのドラマの主題歌でしたよね。

当時、ワタシは中学1年に上がったばかり、12歳でしたわ。 もちろん、まだこのドラマは見てない。
うん、個人的にドラマに嵌まりだしたのは、この約半年後、同じくTBS系で放送されていた火曜日の「大映ドラマ」からだったからなぁ・・・。

おーっと、話が脱線しちゃうぞ・・・。元に戻す。

でね、この「あまく危険な香り」って曲。 曲自体は当時から知ってた。 うん、当時の月刊・明星付録の歌本「Young Song」にも譜面付きで載ってたしなぁ。

それに当時、すでにTBSラジオの「ザ・ヒットパレード 毎日がベストテン」は聴いてたしね。そこでもこの曲は流れてたような気がする。

でもさあ、当時は、この曲全然理解できなかったんだよねぇ。

ジャズでもない、ニューミュージックでもない軽いノリ。ラウンジっていうのかなぁ。いわいるAOR的なサウンドだよね。 抑揚も少ない、分かりやすいキャッチーなノリでもない。

12歳のワタシにとっては、一体どこが良いのかさっぱり分かんなかったなぁ。

あの当時はといえば、やっぱ「まっち先生」でありトシちゃんであり、聖子ちゃんであり、奈保子ちゃんであり・・・やっぱアイドルだったんですよ、ワタシの中のメインストリームは。

そそそ、山下達郎氏の同時期の曲といえば、この「あまく危険な香り」よりも、まっち先生の「ハイティーン・ブギ」だったからなぁ、当時のワタシは。

なんと言っても分かり安かったからさ。特に何も考えなくても自分の中にスーッと入って来たっていうかね。
キャッチーということは、やっぱり何も考えなくても浸透力があったしね。 そそそ、アブラを吸うスポンジのような音楽ですよね、言ってみれば。

それに比べると、この曲は、なかなか体の中には浸透してこなかったんだよなぁ。 それがねぇ、もどかしいところであったのかもしれない、今思うと。

上でも書いたように、決してキライな音楽じゃ無かったんですよ。 ラヴンジ系っぽい音楽ってオヤジの車で良く流れてたからなぁ。 カーステというよりはラジオから。 どのチャンネルを聴いてたのかはよく覚えてないんだけど、ラウンジ系っぽい曲とか、AORっぽい、小ジャレた大人向けの音楽っていつも流れてたんだよな。
だから、生理的にキライぢゃなかった。

けど、当時、まだ福島の田舎にいたワタシにとっては、こういうオシャレな雰囲気は日常には無かったからなぁ。そんな環境下にいたこともこの曲をいまひとつ理解し難くさせていたのかもしれない。

まあ、それよりも何よりも、テンションコードだらけ、右脳で整理しないと理解できないようなこの曲を租借出来るだけの音楽解釈が、当時はまだ出来なかったんだよね
 
正直言って、この曲、「あ、いい曲だな」って思えてきたのは、最近だもの

最近はウルサイ曲も聴き飽きたしさ、ましてや子供向けのアイドル曲もアニメ曲も受け付けなくなってるし。
逆に、こういう抑揚の少ない大人の雰囲気の曲の方が落ち着く。
まあ、最近は、この手の大人向けの曲が、ヒットチャートの上位に少なくなっちまったっていうのは残念なんだけどね。

ただ、大人向けの曲っちゅうても、当時、達郎氏って29才なんだよな。うん、まだ30前だったのよ。
それを考えたら、今でもこういう大人っぽい曲が出て来ても全然おかしくないんだけどねぇ。 当時のミュージシャンが今よりも大人だったのか、今が子供っぽくなったのか、それは分かんないんだけど・・・。



ときに「あまく危険な香り」ってどんな香りなんでしょうかねぇ・・・。
少なくとも「シャネルの5番」ぢゃねーよなぁ。

・・・ってか、それも理解できない事には、本当の意味でこの曲を理解できないか。。。

個人的には、「ムスク」の香りを想像しちゃったりするんだけど。。。っつか、この匂いが、未だにワタシにとってのPerfumeなんだよなぁ、完全にガキっぽいけど。。。

え?  Perfumeっつても、ノッチ、あーちゃん、かしゆかぢゃねーよ。





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ALL FOR YOU / 安室奈美恵

2004_09_ALL FOR YOU_安室奈美恵


今回の1曲セレクトは、「ALL FOR YOU」安室奈美恵です。

まずはデータです。

・タイトル    ALL FOR YOU
・アーティスト  安室奈美恵
・作詞      渡辺なつみ
・作曲      松本良喜
・編曲      安部潤
・リリース日   2004年7月22日
・発売元     エイベックス・トラックス
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数 11.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:2004年8月5日〜8月12日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「君が想い出になる前に」主題歌

やおら、水曜日の安室さんの突然の引退宣言。
ワイドショーでは大騒ぎですわな。 まあ、全盛期の時代を動かすようなあの神がかったアーティストパワーは見られなくなった・・・というものの、新曲リリースすれば、ベストテン入り確実という、まだまだ安定した人気を維持し続けている最中での引退宣言だからねぇ。 まあ、大騒ぎになるわな・・・って言うのも当たり前なんだけど。

突然の引退宣言・・・。なんで? 

・・・なんてワイドショーでは盛んに詮索しているけど、そんなことは本来は余計なお世話なんだよね。本人なりに考えてのことだろうしさあ、だから本心は本人じゃなきゃ分かんないよなぁ。

ボロボロになるまでやり続ける・・・っていうのも一つの道であれば、まだ余力を残して人気のあるうちに潔く身を引くっていうのも、また一つの道であってね。 引際の美学ってやつですわな。

それは、それぞれの方の考え次第であって、他人がとやかく言うものじゃないしね。

まあ、だから、今回の「引退」宣言に便乗して、1曲セレクト書くのもどうなんかなぁ・・・なんて思いもあったんだけど・・・・・。便乗しちゃいました。。。

ハイ、今回の1曲セレクトは安室奈美恵さんです。


・・・といってもね、昨今テレビでバンバン流れている、90年代の全盛期の曲ぢゃない。むしろ、安室の曲の中でもジミな曲の一つなんじゃないかな。

「ALL FOR YOU」

実はね、今回の引退宣言を聴いて、個人的に真っ先に浮かんだ、安室の曲がコレだったんだよね。

「引退」って言う正式なもんじゃなくでもいいんだけど、ある事から離れたい・・・って思うと頭が流れているのが、この曲だったりするんだよなぁ、個人的に。

この曲は2004年7月リリース。・・・だから今から13年前の曲になる。

いやぁ、もうそんなに経つんか  って感じなんだけどさあ。

当時、ワタシは某D社で着メロ、着うた等音楽配信の楽曲運用のまとめ役をやってた訳なんだけど。

・・・なんて、一見華やかそうな仕事かもしれないけど、まあ現場は大変なんですわ。次から次へ湧いて出てくる企画案件整理、問題の勃発⇒整理など一旦出社してしまえば朝から晩まで息をつく暇もない。
当時、サイボウズって言うグループウェアでスケジュール管理してたんだけど、夜まで空白時間が全くないのよ。常に予定が入ってる。ミーティングのダブルブッキングは当たり前。 酷い時にはトリプルブッキング・・・とか。

しかもね、通常、労働時間って言ったら9時〜17時とか、10時〜18時とかじゃん。 
でもねぇ、そこは一般常識なんてないIT業界。・・・というか、スーパーフレックス(裁量労働制)だったんで、そもそも勤務時間が明確には決まってなかったんだけど。。。

ミーティングが22時〜・・・なんて訳の分かんない時間からなんて事も良くあった訳よ。 だからね、帰りはいつも終電だった。 いや、帰れれば御の字で「徹夜」って事も良くあったな。 殆どルーティンのごとく、週1で徹夜してたな。

そんなまっ黒なスケジュールを見て、わたしゃ、ピンク・レディーか・・・・ なんて、本気で思ってたもの。

それが、この曲がリリースされた2004年頃の状況だったな。

プラス、家に帰ってきたら、夜中の3時頃まで自分のサイトの管理もしてたからさあ。 兎に角休む時間がないのよ。 睡眠も3〜4時間ぢゃなかったかなぁ。

休む時間だけならまだしも、仕事ではそこそこの役職でもあったんで、仕事のクオリティ、責任、人間関係etc etc・・・・もろもろのプレッシャーも常にかかってたしね。


そんな事が重なり蓄積された結果、心身ともにマジで疲れちゃってねぇ。 今考えてみても、やっぱ、ちょっとおかしくなってたもんな。うん、2004年の春ごろからおかしかった。 気分が急にハイになったり、かと思うとどこまでも沈み込むようであったり。。。うーん、ズシンと沈み込むようなローな気分の事が多かったかな。
それまでナチュラルに聴けてた音楽が、斜めにしか聴けなくなってきたのもこの頃からだと思う。集中して音楽が聴けないんだよね。音楽だけじゃなく、仕事自体にも集中するのが億劫になってたし、ミスも多くなってきていたと思う。

今だったら、ブラックって言ってもおかしなくなかったよね。 でもさ、不思議と、当時はそんなブラックとは思わなかったんだよな。 もともとがいやいやながら始めた仕事じゃなかったし。

そんな疲労の蓄積がピークだったのが、この年の夏ごろ。丁度、この「ALL FOR YOU」がリリースされたころだ。

夜中でも30℃以上の超熱帯夜が続いていたような暑い夏でねぇ。

そんな折、この曲を聴いたんだ。 今でもはっきり覚えてる。出社途中の車のカーステレオから、流れてきたんだ。この曲。

それまでの安室の曲には見られなかったような、刹那系のストリングスのイントロ。 それに続く、ストレートなバラード。訴えかけてくるようなサビのメロディ。

思わず涙が出てきた。 

次の瞬間「充分やって来たじゃん。もういいじゃん」・・・・って思いが溢れてきたんだよな。

当時35歳。まあ、今、改めて文章にして振り返ると、まだまだアマちゃんだった自分がいるな・・・とも思えるんだけどさ、そんな思いがきっかけと言えばきっかけで、某D社を去るのが、これから約1年後でしたね。


今回の安室の引退は、こんな「軟」なことからではないとは思うんだけど、でも、どこかしら共通してくる「匂い」を感じちゃったりしてね。 

だからかなぁ、真っ先に浮かんできたのが、この曲だったりするわけなんだよねぇ。 






これまで1500曲ほど書いてきた1曲セレクトだけど、安室の曲ってほとんど書いてきてないんだよな。
まあ世代から外れているってことも大きい。やっぱ個人的には90年代後半じゃないしね、世代的に。

プラス、小室の曲自体が好きじゃなかったことも大きいな。・・・なんて書くと小室'Sチルドレンの方々を悉く敵に回しちゃいそうだけど・・・。

だからね、時代を牽引していた90年代後半のあの黄金期も、ちゃんと聴いてなかったんだよね。

正直に言えば、安室の曲をきちんと正面から聴いたのは、この「ALL FOR YOU」が初めてだったかもしれない。

その位、個人的には刺さったんだよね。この曲。

まずもって、ストリング プラス ピアノっていうエンターテイメント溢れるイントロ。 そこから始まる、これまたコージャス、かつ、キャッチーなメロディ。

黄金期の小室ファミリーの頃には感じなかった「自由」を感じたんだよな。 小室ファミリーの頃の曲は、曲のイメージ、形(フォーマット)がカッチリ決まっていた訳でさ。 
ワタシが、小室系が好きになれなかったのは、ココなんだよな。 「小室節」っていうフォーマットがカッチリし過ぎてて、そこに窮屈さを感じてたんですよ。

↑で書いたように「もういいや」と思えたのは、この「自由」を感じたところからなんだろうな。 ま、そう言う意味では、罪と言えば罪な曲でもあるんだけど・・・。

それとメロディだよね。キャッチーということは、フックになる部分が無くちゃいけない訳なんだけど、まずはAメロの出だし

♪ 振り向けばいつも〜 ♪ ココのコード進行ですね。 

この曲、ルートは「C」、つまりハ長調なんだけども、Cから、いきなり Fm/Cっていうマイナーコードな移行するコード進行。 やおら予期してないようなコード進行に、まず引っかかりましたねぇ。

いや、個人的に、この部分で大分、この曲に引きこまれた・・・・そんな気がする。

それと、全体的にジャズ系のテンションコードを多用しているところも新鮮だった。 まあ、だから、曲自体はかなり難解な曲ではあるんだけどさ。

この年2004年っていうのは、2000年代の中でもヒット傾向と言う点では特異な年だったんだよ。
ここ何十年もの長い間、メロディよりもリズム重視のヒット曲界にあって、この年はメロディ重視の傾向が強かった。
そもそも年明けの平原綾香の「Jupiter」に始まり、平井堅の「瞳をとじて」、柴咲コウの「かたちあるもの」などなど、ことメロディ重視の曲で大ヒットかつロングヒットの傾向が強かったんだよね。
この「ALL FOR YOU」もベストテン内こそ2週しか居なかったけど、その後、比較的長めで20位内にランクインしてたしね。 メロディ重視な楽曲特有なチャートアクションはこの曲でも見られた訳ですわ。

そんなメロディ重視の曲と言える訳だけど、この年2004年だったからこその曲といえるんだろうな。
そんな難解な曲を歌いこなし、多くのヒトを引きつける安室奈美恵ってヒトは、やっぱり凄い訳なんだよね。



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あなたを愛したい / 南野陽子

1988_07_あなたを愛したい_南野陽子


 今回の1曲セレクトは、「あなたを愛したい」南野陽子です。

まずはデータです。

・タイトル    あなたを愛したい
・アーティスト  南野陽子
・作詞      田口俊
・作曲      萩田光雄
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1988年6月18日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  25.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1988年6月27日〜7月18日付
・タイアップ:映画「菩提樹 リンデンバウム」主題歌

 現在4時30分・・・。なぜにこんな時間にワタシャ、1曲セレクトを書いてるんでしょうねぇ・・・。
歌の文句じゃないけど、「眠れぬまま 夜が白々明ける〜」っていうところでしょうか。 クーラー一晩中つけると体が冷え切るんで寝てから2〜3時間で切れるようにしてるんだけど、切れたら切れたで暑いでしょ。
目が覚めちゃうんですよねぇ〜・・・・。 今頃は4時前には明るくなってくるし・・・。 そうすると眠れない。。。
・・・ってわけで、こんな時間に書いてたりする訳なのよ。。。。

今回セレクトしてきた曲は、そんな白々夜が明ける時の曲・・・だったりして

南野陽子 「あなたを愛したい」

え? この曲が白々夜が明け時の曲なのかって

だって、曲の出だしがさ、 ♪ あなたの夢でふと目覚めた夜明け 葡萄色の空に またたく星が揺れてた〜♪ってあるじゃん。

あー、まさに今の時間帯だわぁ。  ま、先週から書こうと思ってた曲なんで偶然なんですけどね

ところで、先週の河合奈保子さん、中森明菜さんは、ヒット当時、個人的な好みじゃなかったんでずっとほったらかしにしてた曲ってことで、両者殆どの曲は既に書いちゃったのに、今頃書いてる曲・・・って事だったんだけども、 今回の南野さんも、既にほとんどの曲は書いちゃったんだよな。

なのに今頃書いてるって事は・・・、そうなんですねぇ、この曲もヒット当時は、個人的な好みじゃなかったんですねぇ。 

・・・というか、今となっては知ってる人しか知らない曲って感じがしません? この曲。

うーむ、ワタシだけかなぁ、そう思えるのは。

今から29年前の1988年の今頃、オリコンじゃ1位とったし、売り上げだって、前曲の「吐息でネット」の30万枚までは行かなかったものの、25万枚セールスっていうのは、当時の南野さんにしちゃそこそこの売り上げだったのにねぇ。

でも、どうも印象に薄いんだよな、この曲。  

当時の南野さんのシングル曲の音源はほとんど持っているのに、この曲だけは未だに持ってないから・・・なんて、個人的な理由からなのかなぁ。

いや、当時から印象が薄かったから、当時音源買わなかったような気がするな。

この曲の前の「吐息でネット」が良かったからさあ、新鮮だったし。 それに比べると・・・って感じだったんだよね。

確かにナンノさんらしい曲ではあった。けど、逆に当たり前過ぎたような気もするんだよね。そう言う意味で新鮮みを感じなかったんだよな。当時の感覚から言って「2〜3年前の・・・」って感じで。
そうだなぁ、86年頃の・・・って言う感覚なんだよね、この感じは。 でも実際は88年だったわけじゃん。 そのギャップをねぇ、どうしても感じちゃうんだよね。

 プラス、インパクトもさほどなかったしなぁ。 このテの曲は、比較的静かなAメロから始まってサビに向かって盛り上がって行く感じなんだけど、サビも今一つ盛り上がりに欠けるんだよね。 なので、どうも淡々と流れて行っちゃうような感じがしてさぁ。 簡単に言えば引っかかりが少ないって言うのかなぁ。

まあ、当時、「ロウニン」生活の真っただ中にあったワタシとしては、ヒット曲どころじゃなかったっていうのも正直なところだったんだけど・・・。 

あー、そう言えば、この曲がちょうどヒットしてた頃、酷いジンマシンにかかった事があったな。
なにか悪いもんを食ったのかどうなのか、原因が良く分かんないんだけど、全身に蕁麻疹が出来てさあ、夜中に市の救急センターに行ったっけ。
久々に、この曲を聴いてたら思い出したわ。

 今は・・というと、これまでも書いてきたように先月以来の痛風発作が、大分良くはなって来たんだけど未だに鈍い痛みを発してたりね。
 何年かに一度、健康面でマイナスな時期でもあるんだよな、個人的に。 まあもともとクーラーがあんまり得意じゃないし、かといって、このジメジメとして蒸し暑さも得意じゃない。 天気もはっきりしない日か続く
・・なんていう気候的な疲れに加え、メンタル的な疲れが溜まってくる時期なんだよな。




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DJ in My Life / シブがき隊

1985_04_DJ in My Life_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「DJ in My Life」シブがき隊です。

まずはデータです。

・タイトル    DJ in My Life
・アーティスト  シブがき隊
・作詞      JOEY CARBONE
・作曲      JOEY CARBONE
・日本語詞   売野雅勇
・編曲      後藤次利
・リリース日   1985年4月3日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  17.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1985年4月22日〜5月27日付
・タイアップ:映画「バローギャングB.C」主題歌

自分が思ってたヒット時期と、実際のヒット時期がずれて覚えている事ってあるんだよなぁ。
こんな事、最近随分多くなってきたような気がする。 昔はこんなこと無かったんだけどなぁ。 地頭は偉そうに言えるほど良かないけど、記憶力だけは自信あったんだよな、昔は。。。。
ジジイだね、ワタシも。

今回の1曲セレクトは、そんなヒット時期を間違えて記憶していた曲をひとつ。

シブがき隊「DJ in My Life」

この曲さあ、85年にリリースされたって事は覚えているんだけども、リリースは2月だとばっか思ってたのね。
だからさ、2月にこの「1曲セレクト」で書こう・・と思って用意してたんだけど・・・。
実際書き初めて、リリース日調べたら4月だったのよ。。。

あれ〜 そうだったけなぁ・・・。 85年の春と言ったら、中学校を卒業し、高校に入学した頃だ。
なんで、だいぶ環境が変わった訳でさ、それに引っかけて当時のヒット曲も覚えているからさ、間違い様がない・・・筈だったんだけどね。。。。

たしか、この曲を初めて聴いたのは、まだ高校受験が終わりきって無かった頃・・・・だったような。。。

う〜ん・・・・。 やっぱしあれから32年経つと記憶も曖昧になっちゃうんですかねぇ。。。

そうか、ヒットしてたのは、高校に入学してからだったか。。。。

それにしては、この曲を聴くと、まだ、寒かったよな・・・っていう印象を強く受けるんだよな。。。
そそそ、昔のヒット曲って、聴くと、当時の匂いがしてくるじゃん。それと温度感とかさあ。 それからすると、まだコートを着てたような温度感を感じるんですよ、この曲からは。


・・・・いや、まてよ。。。。

思い出した。。。    

そうだ、この曲、85年のゴールデンウイークに会津と裏磐梯へうちの家族と、オヤジの会社の同僚家族とドライブ旅行に行ったときに、頻繁にラジオから流れてたんだ。。。

・・・とすると、やっぱり、今の時期のヒットだったんだよな。。。

まあ、考えてみりゃ、この曲の前の曲「男意ッ気」のリリースが1月だったんだよな。 うん、これはよく覚えてる。
明星の付録の歌本「Young Song」の85年2月号の新曲に出てたのをはっきり覚えてるんで。。。

だとしたら、当時新曲リリースは3ヵ月ローテーションだったから、次の新曲は4月になるはずだからさ、計算が合う訳よ。


あー、前置きが長くなった。。。

この曲、シブがきには珍しく、カバー曲だったんだよね。 もともとは、向こうの「アニー」っていう女の子が歌った曲でさ。 あの頃ホンダのCMに使われてたんだよな。

・・・・とネット上に書いてあることをそのままコピペしたりしてさ。。。

・・・っつか、完全に忘れてるワタシが居たりして。。。 CM曲ねぇ・・・そうだったっけ。。。 そうだったような気もする。。   

曲を聴いてみた

↓ コレ


あー、そうそう、あったよね、コレ。。。

でもさ、 個人的には、この曲というと、シブがきなんだよなぁ、完全に。

ま、確かに、それまでのシブがきのような、イロモノに近いヘンチクリンな曲ではなく、至極まともな曲だった・・・っていう印象は強い。
 そういう影響なのか、暫く売り上げが減少傾向で、流石に人気のピークは過ぎたよな・・・なんて思われたシブがきだったけど、この曲では、久しぶりに売り上げが伸びたんだよね。

とは言っても、前曲より数万枚程度だったけど・・・。

で、シブがきのこの曲と言ったら、映画「バローギャングB.C」の主題歌だったってことだよな。
そそそ、シブがきの3人が主演の。。。

なんて言ってもねワタシャ見てないけど・・・。 確か、ヒロイン役として、このすぐ後にレコードデビューした、松本典子さんと網浜直子さんが出てたんだよな・・・ってくらいしか知らないんだけどねぇ。

シブがきの先輩格だった、たのきんは、例の「たのきん映画」を既に止めていたのに、シブがきはまだ続けていたんだな・・・っつうことで印象に残ってたんだよな。

まあ、それだけって言えばそれだけなんだけど。。。

ところでさ、映画タイトルの「バローギャングB.C」の「B.C」って一体何なのか・・・。当時は全然分かんなかったんだよな。「紀元前」のことか・・・とか
今、調べてみたら、ボニー&クライドのことらしいわね。「俺たちに明日は無い」の。。。

なんじゃいそりゃ・・・って言う感じもするけど、そんな感じだったんだよね、30数年前の日本映画のレベルって。。。





うーん、オリジナルの「アニー」バージョンと並列で並べると、やっぱシブがきバージョンの方は、ダッタダサだよねぇ。
今だったら、かなりオリジナルと変わらないくらいのクオリティになるけどさ、カバー曲も。 
例えば、今のディズニー映画の「モアナと伝説の海」だっけ  それの主題歌「どこまでも〜How Far I'll Go」なんてさ、オリジナルもカバーも両者遜色がないじゃん。

でもさ、32年前はと言うと、向こうと、日本と・・じゃ、まだまだ大きな隔たりがあったんだよな、音楽のクオリティって言う面でさ。

それでも、個人的にはダッサダサの方が好きだったんだけどね。



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今夜月の見える丘に / B'z

2000_02_今夜月の見える丘に_B'z


今回の1曲セレクトは、「今夜月の見える丘に」B'zです。

まずはデータでする。

・タイトル    今夜月の見える丘に
・アーティスト  B'z
・作詞      稲葉浩志
・作曲      松本孝弘
・編曲      松本孝弘、稲葉浩志
・リリース日   2000年2月9日
・発売元     ルームスレコーズ
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 112.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:2000年2月21日〜3月20日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ビューティフルライフ」主題歌

ネット炎上商法っていうのも最近、あんまり聞かなくなったなぁ。
・・・とまたまた「とーとつ」に始めてしまいましたが。。。

SNSやブログ上で思わず口を滑られて「炎上」するってことは、今でもよくある話ですけどね。
「炎上商法」っていうのは、意図しないところから炎上するのではなく、「わざ」と炎上させる訳なんだよね。

確かに、炎上するとSNSとかブログの「持ち主」当人にとっては対応に苦慮する訳なんだけども、逆に言えば、それだけ第三者に注目され、それだけユーザーが集まるっていう「効果」もあるんだよね。

ま、そういう「逆手」をとった商法なわけでさ。 ただ、そうはいっても炎上元の当人は精神的なダメージも受けるし、なにより「逆手」を取った方法だからさ、一歩間違えると、効果どころかサイト閉鎖に追い込まれる危険もあるからねぇ、キワドイやり方なんだよね。

 そういうこともありーの、最近じゃネットの世界もコンプライアンスだか、何だかしらんけど、締め付けも強くなったからねぇ、以前に比べると少なくなったんだよな。
 うん、最近じゃ先日のパーマ大佐の「森のくまさん」事件くらいじゃないんかなぁ。


・・・なんて、今回引っ張ってきた曲とは、全く関係ないような「マクラ」になってしまいましたが。。。


はい、今回セレクトしてきた曲は、B'z「今夜月の見える丘に」ですわ。

なんで、この曲とネット炎上商法なの?   ・・・って事なんだけど、個人的に、この曲というと、ネットを使用して以来、初めて自分で書いた書き込みが「炎上」したからなんだよなぁ

その印象が強烈でねぇ、あれから17年経った今でも、この曲というと、あの時の「炎上」を思い出す。。。
因果な曲なんだよねぇ。。。。

炎上した原因・・・。 この曲、リリースは2月9日なんだけども、当初は1月26日だったんですよ。

2000年1月26日リリースってどうであったか、みなさん覚えてますかねぇ。

・サザンオールスターズ 「TSUNAMI」
・モーニング娘。「恋のダンスサイト」
・椎名林檎 「ギブス」
・椎名林檎「罪と罰」
・鈴木あみ「Don't need to say good bye」
etc etc

リリースリストを見ても分かるように、前代未聞、空前絶後・・・と言うべき、「超」強力曲同士が、同じ日のリリースだったんだよね。

当然、これらが初登場の週のランキングの売り上げ枚数は、空前絶後のレベルになる事は目に見えていた訳でさ。
ここにB'zが加わったら、一体どうなるんだろう  特に、サザン、モー娘。、B'zが三つ巴のチャート争いになったら、一体どうなるんだろう
・・・・そんな期待が、いやがおうにも事前に高まっていたんだよね。


でも・・・・ですよ。 リリース直前になって、突然B'zのこの「今夜月の見える丘に」のリリースが延期。。。

「逃げたな・・・B'z」

・・・っていう憶測が出た訳ですよ。 うん、ワタシも真っ先にそう思った。
併せて当時、B'zはオリコンでシングルでの連続1位記録を更新中でしたからねぇ。 サザンの「TSUNAMI」も事前の下馬評から高レベルの売り上げが期待されていたことから、もしサザンとの一騎打ちとなったら、さしものB'zも1位獲得は危ないか・・・って言う予想もあり、「逃げた」って憶測が現実味に思えたんだよね。

そこまでしてオリコン1位記録を更新したいか・・・・という足ひれまでついてさ。

それをさあ、ストレートに書いたのよ、ワタシ。

当時はBBS(掲示板)の全盛期で、でもまだ自分の掲示板持って無かったんで、知り合いの掲示板に書いたんだと思う。

叩かれましたねぇ。   大炎上。

実際は、直前になってC/Wの差し替えがあって、リリースが延期になった・・・・ようなんだけども。。。


でもねネットを始めて以来、初めての「炎上」だったんで、正直、精神的なダメージは感じたなぁ。 話し言葉ではなくダイレクトに文字での攻撃ってキツイんだよな。 それに執拗に攻撃する人もいるでしょ。鬼の首を取ったような。。。。ま、これは今の方が酷いんだろうけど。。。

ただね、炎上ということで、みんながみんなワタシを攻撃してきたのか・・・というと、そうじゃなかったんだよね。
中には冷静に事の成り行きを見守ってくれる人もいてさ、ウラから励ましてくれたりね。

ま、この炎上は、数日で終息したんだけどさ、でもこのコトで大分勉強させてもらいましたわ、ネットについてのさ。

そんなこともあったからさ、この曲、長い間まともに聴けないんだよな。
叩かれても、リリース日を「逃げた」・・・って言う思いは、ずっと感じてたからなぁ、自分の中では。

ここ数年ですね、落ち着いて聴けるようになったのは。

いや、正直、B'zの曲って90年代後半、好んで聴いてなかったんだよな。 個人的に気に入っていたのは、95年の「LOVE PHANTOM」。この曲以降は、もういいや・・・って感じだったんだよなぁ。

うん、簡単に言ってしまえば「飽きて」たんだよな。 でも、その傾向はワタシだけではなかったようで、さしものB'zも、この曲がリリースされるまで3年余り、ミリオンセラーが出てなかった。

全体的なCDの売り上げ傾向は右肩上がりだった90年代終盤にあって、ミリオンセラーが無かったと言う事は、相対的に見て、人気に陰りが出てきた・・と見ても当然でしたからね。

それでもオリコン1位は続いていた・・・。結局コアなファンだけに支持される傾向が強くなっていたわけなんだよな。

そんなことも、この曲のリリース延期で、個人的に強気にさせていたところだったのかもしれない。どうせ好きな人しか好きじゃないんだから、最近のB'zは・・・ってところでさ。

ただ、この曲は違ったんだよな。

やっぱ、超人気ドラマ「ビューフルライフ」の主題歌・・・ってところが大きかったんだろうな。 約3年ぶりでミリオンセラー復帰。(逆にB'zにとっちゃ、これが最後のミリオンセラー・・・・か)
なんせ視聴率40%超えのドラマだった訳だからねぇ・・・。 

そういう曲を敵に回しちゃ、ダメだわな。。。。

・・・なんて今ではすっかり大人になっちゃった感があるけど・・・。 

やっぱ、当時はまだ若かったんだよな。30そこそこだったし・・・。 
でも、あの頃のような「尖った」感情も再び欲しいとも思うんだけどさ。




曲ですか。 うん、今になってあらめて聴いてみるといい曲だよね。
B'zらしからぬ、感情に訴えるような曲で。。。 

ちなみに・・・・1月26日リリース曲の中で、オリコン初登場首位は、当然サザンの「TSUNAMI」。初登場の売り上げは65万枚。

対して、B'zのこの「今夜月の見える丘に」の初登場売り上げは67万枚。

・・・・っちゅうことは、リリース延期しなくても、1位は獲れた・・・ってことか。。。 
まあ、それでもサザンの「TSUNAMI」は300万枚近いお化けセールスに化け、「今夜月の見える丘に」の倍以上累積セールスになった訳だけど。。。



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愛しき日々 / 堀内孝雄

1987_02_愛しき日々_堀内孝雄


今回の1曲セレクトは、「愛しき日々」堀内孝雄です。

まずはデータです。

・タイトル     愛しき日々
・アーティスト   堀内孝雄
・作詞       小椋佳
・作曲       堀内孝雄
・編曲       川村栄二
・リリース日    1986年10月25日
・発売元      ポリスター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   21.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1987年2月9日〜3月23日付
・タイアップ:日本テレビ系年末時代劇「白虎隊」テーマソング

ここのところ気分が晴れない日が続いてるんだよな。やたらと今後の人生の事を考えたりして。
このまま今の仕事を続けていていいのか、今後どう生きて行ったらいいのか・・・って言うところを頭の中で自問自答してる日々が続いていたりして。 でも、まだ明確な答えが出せない。

そもそも自分が本当にやりたい事・・・それは、ここで書いてるように、今ではうずもれて死角になっている「いい曲」をこうして引っ張り上げて、もう一度、みなさんに伝えていきたいってところなんだよな。

ま、ここでは「昔」の曲を中心にかいてるけど、本来はそれに限定するものではなく・・・。

これを本格的に実現するためには、どうすればいいのか・・・ってところを考えてはいるんだけど。。。


振り返ってみれば、こういった今後の人生の生き方について自問自答する期間が出てくるのは、今が初めてぢゃない。 大体10年に1度は出てくる。
 しかも、決まって年代が変わる2〜3年前に出てくるんだよな。17才の時も27歳の時も37歳の時もそうだった。
そして、47歳の今、やはり同じような「自問自答」が出てきた訳なんだよね。

これを打破するためには、答えが出ようが出まいが、実際に動くしかない・・・っていうのは、これまでの経験から分かってはいるんだが・・・・。実際に動くまでが遠いワタシなのです。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、今と同じような「自問自答」の日々が続いていた、17才の頃のヒットをひとつ。

堀内孝雄「愛しき日々」。

そうなんだよね、この曲を聴くと、高校2年、17才だった今頃、ひたすら悶々として日々を少して居た頃を思い出す。

兎に角、毎日がスカッと晴れない、悶々とした日々だった、あの頃。
普通、17才と言ったら、一番青春を謳歌している頃の時代だよな、きっと。でも、ワタシ的には気分が晴れなかったんですよ、あの頃。

1年後の大学受験、今後やりたい事、進むべき道・・・全てが漠然としてて、全く霧の中だったあの頃。反面、女の子と「やりてぇ」って下半身が熱くなってばっかりしたあの頃。

この「愛しき日々」を聴くと、そんな事ばっかりが浮かんでくるんだよなぁ。

この曲は、当時、日テレが年末「大型」時代劇を毎年放送してたんだけども、その第1弾となった「白虎隊」のテーマソングでしたね。
 生まれが「福島」のワタシにとっては、なじみ深い「白虎隊」の物語だった事から、もちろん、このドラマは見たけども、そんな悲しいドラマに見事なくらいマッチしてたんだよな、この曲は。

そんな事が印象深く残っていたこともあって、当時、この曲が、ワタシの頭の中ではグルグルとヘビーローテーションで鳴ってたんですよ。
 
そんなことと相まって、この曲となると、あの時代、1987年の今頃の霧の中状態のワタシがフラッシュバックするわけです。





あー、だめだ、やっぱり、この曲を聴くと30年前のあの「悶々とした日々」が走馬灯のように甦って来るな。
ところで、ベーヤン(堀内孝雄氏のニックネームね)も、この曲あたりを境に、ニューミュージックから、歌謡曲色が
強くなってきた頃ですよね。
 オリコンでは、当時この曲は、まだ「ロック・ニューミュージック」に分類されていたけど、実際のところはすでに歌謡曲でしたからねぇ。
 
でも、そんなことはどうでもいい。やっぱり良い曲は良いんだよな。

それはそうと、この曲、未だに音源持ってないんだよ、ワタシ。

当時から買おう買おう・・・と思ってて、30年も経ってしまった・・・という。
それだけ、この曲聴くと、当時を思い出して、沈んだ気分になってしまう訳なのです。



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優しい雨 / 小泉今日子

1993_02_優しい雨_小泉今日子


今回の1曲セレクトは、「優しい雨」小泉今日子です。

まずはデータです。

・タイトル     優しい雨
・アーティスト   小泉今日子
・作詞       小泉今日子
・作曲       鈴木祥子
・編曲       白井良明
・リリース日    1993年2月3日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   95.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1993年2月15日〜3月29日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「愛するということ」主題歌

前回は工藤静香さんの「慟哭」を書いたんだけども、「慟哭」を書いたならば、やっぱ、この曲も持ってこざるを得ないよなぁ・・・と思いーの、引っ張って来ました。

そうです、今回の1曲セレクトは、小泉今日子サマの「優しい雨」ですわ。

前回の「慟哭」では、この「優しい雨」があったからこそ、 工藤静香さんにとっての最高売り上げとなった・・・なんて書いたけど、そのくらい、この2曲のライバル関係は、当時大きかったですからねぇ。
まあ、逆に言えば、この「優しい雨」も「慟哭」に引っ張られる形で、約96万枚ものセールスになりましたからねぇ。
これは、91年5月の例の「あなたに会えてよかった」の105万枚に次ぐ、キョンキョンにとっては、2番目の売り上げなんだよね。

そそそ、前回の「慟哭」を読んて下さった方にはお分かりかと思うけど、80年代デビューのトップアイドルとして、工藤静香さんは、ミリオンセラーが1枚も無いのに対して、キョンキョンは、しっかりミリオンセラーを出しているんですよね。
 その他、ミポリンも「ただ泣きたくなるの」が105万枚のミリオン、松田聖子様は「あなたに逢いたくて」が110万枚のミリオン・・・とそれぞれミリオンセラーを出しているのに対して、工藤静香さんがミリオンが無いのは意外かもしれない・・・って事なんだよね。

ただねぇ、個人的には、前回の「慟哭」もそうだったんだけども、この「優しい雨」も今一つピンとこなかったんだよな、当時。 引っかからなかった。

「慟哭」は、中島みゆき作詞、後藤次利作曲っていう、工藤さんとって最強の組み合わせだったけども、時代を考えるとアナクロさを感じたって事だったけども、この曲は、少し違った意味で引っかからなかった・・・かなぁ。

まあ、一つ言える事は、どうも今一つはっきりとしなかったんだよね、この曲。
ジャケ写のトーンが、ブラウンがかったセピア色じゃん。 まさにそんなイメージなんだよね。モノトーンで今一つはっきりない世界。

まあ、「雨」の曲と言う訳で、こういうモノトーン系の、今一つはっきりしない世界なんだろうけど、個人的にはこういうイメージのキョンキョンはねぇ、ちょっと違うような感じがしたんだよな。
やっぱり、キョンキョンにはポップな曲が似合う。当時、80年代までのようなポップな曲が少なくなってきてたからねぇ、だから、そんなポップな曲が聴きたかったんだよね。

そんな個人的な感情に対して、予想以上に売れたんでさ、嫉妬ではないんだけどもギャップを感じていたんだと思う、当時。

そんな事に加えて、当時、個人的な精神状態もナーバスになってたからなぁ。
まあ、毎度毎度な理由なんだけども、 この曲がヒットした93年2月〜3月といえば、大学4年になる直前だったんだよな。

そそそ、巷では「就活」が始まっていた頃ですわ。 今ではもっと早い時期から就活ってやってるんだろうけど、今から24年前のうちらの時代では、今頃からだったよね、就活って始めたの。

当初、ワタシは学部卒で就職するつもりは無く、大学院に進むつもりでいたんだよね。だから、本来なら就活も気にせずに大学院入試のことだけ考えてればいいはずだった。。。。だけども。。。
所属した研究室に馴染めず、就活を始めた周りの友達に焦りを覚えたりして、急遽、就活を考え始めたんだよ、24年前の今頃。

別に請求した訳でもないのに、次から次へと送られてくるリクルートブックにもうんざりしながら聴いてたこの頃の曲。

そんなマイナスな精神状態の中で聴いてた曲だからこそ、この「優しい雨」のような、暗く沈んだ曲調の曲は特にダメージを感じたんだよね、当時。

でも、今でもこの曲を聴くと、当時のうんざりしていた事がフラッシュバックで甦るんだよなぁ。だからね、正直言うと今でもあんまり得意じゃないんだよな、この曲は。 



ミュージックステーションですな。画像も音もきれいに残ってますね。

 ちなみにこの曲が主題歌だった、ドラマ「愛するということ」は、TBSの93年1月期の金曜9時ドラマ。
ま、今は「金スマ」になったんでドラマ枠じゃないんだけども、当時は21時〜22時、22時〜23時と、TBSの金曜は連続してドラマ枠だったんだよね。
 で、この次の93年4月期の金曜21時〜22時は、「ダブルキッチン」。 そそそドタバタコメディの。これは個人的にも見てたなぁ。

 ちなみにちなみに、この93年1月期ドラマで、この「愛するということ」に続く、金曜22時〜23時枠は、あの「高校教師」だったんだよな。 これは見てたなぁ。




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慟哭 / 工藤静香

1993_03_慟哭_工藤静香


今回の1曲セレクトは、「慟哭」工藤静香です。

まずはデータですよ〜

・タイトル    慟哭
・アーティスト  工藤静香
・作詞      中島みゆき
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1993年2月3日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  93.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1993年2月15日〜4月12日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「あの日に帰りたい」主題歌

え〜、本日2曲目の「1曲セレクト」どぇす。
え? また書いたの? ・・・とか言われそうだけど、ま、さっき書いたツイストの「性(さが)」は、半ば思いつきのまま衝動的に書いた訳でさ、当初、今日書こうと思ってたのは、こっちの曲なんだよね。

それはそうと、先日のネットニュースで、フジテレビの「月9」が青色吐息の状態っていうことが出てましたなぁ。
個人的には、いいかげん月9に頼るのも止めたらど〜お って思うんだけどねぇ。
もうさ、90年代じゃないわけじゃん。トレンディドラマな時代じゃないんだよね。 まあ、現フジテレビ社長が、ドラマ班出身あり、月9育ちということで止めるにやめられないんだろうけどさぁ。

でもねぇ、いつまでもあの時代を夢想しているって言うのは時代錯誤だと思うしねぇ。

まあ、「じゃあ、オメーはどーなんだよ」なんて言われると、反論できなかったりもするんだけどさ

でも、ビジネス上の話として、実際の数字を見ちゃうと、そう思っちゃたりしてね。


・・・・ということで、今回の1曲セレクトは、まだまだ「月9」が元気で、ステータスがあった「あの時代」、そんな月9ドラマの主題歌だったこの曲を。

工藤静香「慟哭」。

この曲は、93年1月期の月9ドラマ「あの日に帰りたい」の主題歌。

ただね、個人的にはこのドラマ、見てなかったよなぁ。 だからさ、どういうドラマだったかはよく分かんない。
視聴率もネットで調べたところ、平均15%程度と、当時の月9にしては取りたててよかった訳じゃない。
 この次の93年4月期の「ひとつ屋根の下」が平均視聴率28%(最高視聴率37.8%)だった事を考えると、かなり低迷だったんだよね。

確かに「ひとつ屋根の下」は、ワタシも見てたしなぁ。

それでも、そんなドラマの主題歌だった、この「慟哭」はの売り上げは93万枚もあった訳だからねぇ。
そそそ、これが工藤静香さんにとっては、「最高売り上げ」のシングルなんだよね。 ま、まだ一応は現役のアーティストであり、もしかしたら、これを更新する曲が今後出てくるとも限らない・・・・・・うんにゃ、余程の事が起きない限り、出てこないよな・・・きっと。

ただ、・・と言う事は、工藤静香さんって、シングルではミリオンセラーが1作もないってことなのよね。
これは意外かなぁ。80年代から活躍してる当時のトップアイドルを見ると、工藤さんレベルの女性トップアイドルのヒトたちは、大概1作はミリオンセラーの持ってるもんね。

あ゛、そう言えば、中森明菜さんも、ミリオンは1作もなかったな。 

どうなんだろうねぇ、アイドルの中でもどこか陰があるような大人っぽいアイドルの2大巨頭がミリオンを持っていないって言うのは。
 やっぱり、アイドルっていうのは「大人」っぽ過ぎても、必ずしも良いって言う訳ではないってことなんだろうねぇ、きっと。


あ、ちょっと話がずれた。。。「月9」の話だったね。
ま、いずれにしても、それだけの売り上げを生み出す「力」があったわけなんだよね、当時の「月9」には。

なんせ、この曲の前後の曲は、大体30万枚前後ってペースだったからねぇ、当時の工藤静香さんの曲は。 そこに来ていきなり、「90万枚」だもんなぁ。

さしもの、ワタシも「月9」の主題歌ということで、ある程度は売れるだろうとは思ったものの、ここまで売れるとは思ってなかったんで、ちょっと泡食ったのを覚えてるなぁ。

ぢゃ、そこまで売れる曲だったのか・・・。

個人的には、サビまでのメロディを聴く限りでは、正直、そんなにいい曲だとは思わなかった。 その証拠に、この曲、長い事音源持ってなかったんだよね。それだけ当時は引っかからなかった・・・って事なんだけどさ。

でも、♪ 一晩中泣いて 泣いて〜 ♪ からのサビの部分は強いわな。一言で言えばキャッチー。

当時は「覚えやすい事。 キャッチーなメロディ」っていうのは、シングルとしてはある程度至上命題的なところがあったからねぇ。

そそそ「カラオケ」で歌いやすいってこと、そのために覚えやすい⇒キャッチーである事が一番ってところがあったからさ。

それを考えると、「月9」の主題歌であった事以上に、サビからのキャッチーさ、キャッチーだからこそインパクトに繋がって、ここまでの売り上げ枚数に繋がったのかもしれないな。

それと幸運だったのは、キョンキョンの「優しい雨」が、この曲と同日リリースだったって事もあるかなぁ。
2大アイドルが同日リリースってことは、それまでもそれ以後もあんまり頻繁には無い事だからねぇ。
当時、それも話題になったような気がする。 
奇しくもキョンキョンの「優しい雨」も同じようにドラマの主題歌だったし(こちらはTBS系金曜ドラマの主題歌)・・・。  そんなことでも話題になったよな。

それもあってか、ランキング的には、熾烈なトップ争いを繰り広げたよなぁ。

初登場時1993年2月15日オリコンランキング。

1位 慟哭    工藤静香   242,670枚
2位 優しい雨  小泉今日子  234,910枚

なんていう、8千枚弱での僅差デッドヒートなランク争いもさることながら、週間売り上げ枚数も高レベルでのデッドヒートだったからなぁ。 ま、上記のとおり結局のところ、この「慟哭」がキョンキョンを振り切って1位を獲得した訳なんだけども。。

ちなみに、この週の週間売り上げは6位までが10万枚以上。 10位で7万5千枚・・・なんちゅうとんでもない高レベルな売り上げ枚数だったんだけどさ。。。。 
今と比べると、いかにとんでもない時代だったか・・・って事が良く分かるよなぁ。。。まあ、これが今となっては音楽業界、いろんなところで「重石」になってるんだけどさ。
うん、正直言って、日本の人口比率から言えば、この売り上げ傾向は「過剰売り上げ」だったんだよ。 でもその後も重しが抜けたように、売り上げ傾向はどんどん膨らんでいくんだけどさ、90年代は。


ちなみに、個人的には、上で書いたように、この「慟哭」もそうだけど、キョンキョンの「優しい雨」もそれほど引っかからなかったんだよな。
アイドル2大対決だったわけだけども、正直、ほとんど素通りだった。

まあ、両者、曲自体に引っかからなかった・・・ってのが一番大きいんだけども、どうなんだろうねぇ、80年代アイドルの「残像」ってしか映らなかったってのもあるんだろうな。

 簡単に言えば、ヒト時代の前のタイプの曲じゃん・・・って思うところが強かったって言うかさあ、新鮮味を感じなかったんだよな、両者とも。
 この「慟哭」の作詞は中島みゆきさん、作曲は後藤次利氏っていう工藤さんとしてはヒットが期待できる強者な作家だったわけだけども。 でもねそれは、あくまで80年代までの話で。。。
時代は90年代に入って4年目だったし、だから、どうしてもアナクロに写ってしまう。
もっと新しい何かを含んだ音楽に期待してたんだよね、当時はさ。




 


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ほっとけないよ / 楠瀬誠志郎

1992_01_ほっとけないよ_楠瀬誠志郎


今回の1曲セレクトは、「ほっとけないよ」楠瀬誠志郎です。

まずはデータでする。

・タイトル    ほっとけないよ
・アーティスト  楠瀬誠志郎
・作詞      並河祥太
・作曲      楠瀬誠志郎
・編曲      楠瀬誠志郎
・リリース日   1991年11月15日
・発売元     ソニーレコーズ
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  61.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1991年12月9日〜2月3日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ADブギ」主題歌

twitterで別途つぶやいたんだけども、今週のオリコンシングルチャートの週間売り上げ、酷いね。
1位で2万枚台。5千枚弱でベストテン入りだもんね。
まあ、曲の購入はCDパッケージからネット配信へ移行が進んでいるんで、こうなるのも当然と言えば当然の成り行き・・・・と頭では分かっているんだけども、80年代からオリコンチャートの推移を見続けているワタシからしてみれば、やっぱ違和感は感じるわな。

 オリコン見始めた頃といえば、週間売り上げで、大体2万枚前後がベストテン入り水準。5千枚前後で、いわいる業界用語で言う「左ページ」(50位)、2千枚前後で100位・・・って感じだったからさ。そう言う数字の並びが、頭にこびりついてるんだよね。

うん、だからね。オリコンの今週10位の曲なんてさ、そう言う基準からしてみると「50位」くらいの価値しか感じないんだよね。

まあ、これも時代の流れということで、だから、どうだ・・っていうことを言うつもりもないんだけどさ。

でも、逆に言えば90年代。 あの未曾有の「メガヒット」の時代も、違和感いっぱいだったのも間違いない。
なんせ、逆に週間5万枚前後売れないと、ベストテンに入れない・・・って言う時代もありましたからねぇ。
これはこれで、おかしな時代になったもんだ・・・と思ったもんなんだけどね。

昔、筒美京平氏が、自身が作家デビューした頃の60年代終盤を例えて、「どんなイモな曲でも10万枚売れた。こんな曲が10万枚!?」ってインタビューに答えていた事があったけど、まさにそんな感じでしたね、90年代のメガヒット時代は。

今回は、そんな「メガヒット」時代に突入した頃の1曲を持って来ますかね。

楠瀬誠志郎「ほっとけないよ」

この曲、覚えてますか?  うん、あの時代を知ってる方なら恐らく覚えてる方、多いですよね。

91年の10月期のTBS系金9ドラマ「ADブギ」の主題歌として、大ヒットしたあの曲ですね。
そそそ、永遠の「爽やかボーイ」な印象が強い、90年代前半特有のストレートなアッパーチューンポップスですわ。

メガヒットの時代・・・なんてことで、この曲選んじゃったけど、この曲自体は、売り上げは60万枚なんだよね。。
でもさ、そんなに売れてたのか・・・って言うイメージもあるんだよね。
ま、その辺がメガヒット時代と80年代までの感覚の差・・・なんだけどさ。


上で思わず「90年代前半特有の〜」って書いちゃったけど、あの時代、このテのなんのてらいも悩みも無いような、言ってみれば「能天気」なポップスって多かったですよね。サウンドも大体、キーボード主体の、やや硬質な音でさ。

91年暮れから92年初頭というと、経済では「バブル」が崩壊し不況に転落し始めていた頃だ。

そんな時代なんで、さぞかし「暗い曲」だらけだったんだろうな・・・と思いきや、世間一般的には、まだそんなにバブル崩壊っていう深刻な状況ではなかったように感じてましたよね。
現に、バブル崩壊・・・って言われても、それまでの数年間と、なにもかわったような実感はなかったもんな。この頃は。

だから、この曲とか、ZOOの「Choo Choo TRAIN」とか、能天気な曲が、まだまだ巷では流行っていたんだよね。

ま、それから1年後・・・・バブル崩壊の実感を感じるようになった93年の今頃は、THE虎舞竜の「ロード」とか森田童子の「ぼくたちの失敗」とか、「暗黒系」の曲が流行りだったりしたんだけども。。。。

ここでは何回も書いてるけど、「歌は世につれ 世は歌につれ」とはよく言ったもんで、ヒット曲の曲調と世間の栄衰って、リンクしてるもんなんだよね。


ところで、この「ほっとけないよ」、上で書いたように永遠の「爽やかボーイ」な印象が強い1曲なんだけども、歌ってる楠瀬誠志郎氏からして、永遠の爽やかボーイっていうイメージだったもんなぁ。

歌っているときに、いつも白い歯が覗いてた笑顔を絶やさない・・・というか。。。
うん、見方によれば、ちょっと怖かった・・・というか。。。
ま、このヒトにして、この曲あり・・・という印象が強かったよね。

この曲で突然、ヒットストリームに躍り出てきた、楠瀬氏だったわけで、当時は「新人」なのかな・・と思ってたけど、91年当時で、既にデビュー6年目と言うベテランアーティストだったんだよね。

だから、当然ワタシよりも年上なんだけど、当時は同年代? なんて思ったもんだよな。それだけ「爽やか」さがいっぱいだったもん。


ちなみに、この曲が主題歌だったドラマ「ADブギ」は、あの「加勢大周」が主演。浅香唯さんがヒロインでしたよね。 この二人は同年代・・・というか、二人とも同い年だったからさ。そんじゃ楠瀬氏も同年代なのか・・・と思ったもんなんだけどね。
ドラマは、「ママハハブギ」「予備校ブギ」に続く「ブギ」シリーズ第3弾でしたよね。
前作から引き続けて出演していたのは、的場浩司氏と、石田ひかりさんだけだったかな・・・。

うん、個人的には、このシリーズ大好きで、「ママハハ」も「予備校」も欠かさず見てたんだけども、この「ADブギ」だけは、あんまり見てなかったんだよな。

ま、この時期、91年末〜92年初頭にかけては、前年に引き続き、郵便局で夜間の仕分け作業のバイトやってたからなぁ。だから、見られなかったんだよね。
 でも、この「ほっとけないよ」を聴くと、あんときのバイトの様子が脳裏に浮かんできますわ。バイトと、新宿のカラオケバーと、ボーリングと・・・兎に角、ワタシにとっては「徹夜」のイメージなんだよな、この曲。

なんか、「爽やか」な曲のイメージとはまったく違うけど。。。 

いや、この91年暮れ〜92年頭頃のヒット曲って一律で、そんなイメージなんだよな。 それだけ、あのときのバイトと、カラオケバーと、ボーリングっていうのが強烈な印象だったのかなぁ。。。




少し画像が悪いけどメンゴ。
カラオケのバック映像っぽい作りだけど、これこの曲のPVらしいね。いや、初めて見ました。。
もちろん、歌ってるのは楠瀬誠志郎氏本人だけど、ほらね、歌ってる最中も笑顔と白い歯は絶やさないでしょ
これが爽やかでもあり、味方によってはちょっと「怖く」もあり。。。

ちなみに、楠瀬誠志郎氏って、トップドラマー、村上"ポンタ"秀一氏の、元ボーヤなんですよね。このPVでも分かるように、自身はピアノ弾いてたんで、ドラマ―のボーヤだったってのは意外だったし、全く知らなかったんだけどさ。
あ、いや、そう言えば、ポンタ氏の著書にも書いてあったっけな、楠瀬誠志郎氏が、元ボーヤだった事は。


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