かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

中森明菜

Fin / 中森明菜

1986_10_Fin_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「Fin」中森明菜です。

 まずはデータです。

・タイトル     Fin
・アーティスト   中森明菜
・作詞       松本一起
・作曲       佐藤健
・編曲       佐藤準
・リリース日    1986年9月25日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    31.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1986年10月6日〜11月24日付

 以前、mixiに書いてた頃から読んでくださってる方はご存じだと思うんだけど、個人的には、この曲、キライだっんただよな。
だってさあ、ゴニョゴニョとはっきりしない曲なんだもん。メロディラインも、「ココ」っていうフックになる部分もないしさあ。 なんで、こんなはっきりしない曲をシングルに持ってきたんだろう?

 なんて、当時から疑問だったなぁ。 

 それでも30万枚オーバーなんていう、レコードからCDへの移行期で、レコード売上げが低迷していた当時としては、「大ヒット」の部類になっちゃうんだから、不思議なもんだったけどね。
 まあ、それだけね、当時の中森明菜人気のでかさっていうのが、その数字に出てきてるんだろうけどさぁ。


 今でこそ、「陰」の中森明菜・・・っていうイメージが完全に定着してるけど、考えてみれば、この曲あたりからなんだよね。完全に「陰」の世界に入ったのは。

 なんていうのかなぁ、曲にカラーがないんですよ。モノクロの世界っていうんですかねぇ。曲に色彩感がまるで見られない。
 まあ、だから、この曲のジャケ写がモノクロ写真なのは、曲の的を得てる・・・なんては思いますね。

 結局さ、メロディに引っ掛かりがないっていうのは、この色彩感を感じないからなんだよね。
抑揚がない、引っ掛かりがない・・・と散々書いたけど、取り様によっては、洋楽にインスパイアされているのかもしれないな。

 ただ、それは、今だからこそ言えることであってさ、当時としては、どうしても引っ掛かりがない曲に感じたんだよなぁ。


 個人的には、もう一度、「サザンウインド」のような色彩感あるポップスを歌ってほしかったんだけどねぇ、実際は、まるで反対のマイナーなモノクロの世界に突入していったわけで・・・。そういう意味で、この曲以降は、どんどん詰まんなくなって行った様な気がするな、中森明菜って。

 ま、それでもここから数年は年に1枚は、ドキリとさせる極彩色の曲持ってきたりして、そのときはよかったんだけどねぇ。




ちなみに、mixiに書いてた時は、この曲が最後だったんだよな。
「Fin」だから、終わり・・・・って感じで。 でも、ここは、まだ続きますよ〜。


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禁区 / 中森明菜

1983_10_禁区_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「禁区」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル      禁区
・アーティスト    中森明菜
・作詞        売野雅勇
・作曲        細野晴臣
・編曲        細野晴臣 荻田光雄
・リリース日     1983年9月7日
・発売元       ワーナーパイオニア
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     51.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1983年9月19日〜12月5日付

 久しぶりに明菜です。 今回、引っ張ってきたのは「禁区」。

 いままで、結構、中森明菜の曲、書いてきてたようで、意外とまだ、書いてない曲があるんだよね。
 まあ、大体が、中期以降の曲なんだけど、初期の頃の曲では、まだ、この曲、書いてなかったんだよなぁ。

 ・・・・というのも、この曲、なかなか書くの難しくてさ。。。

 う〜ん、なんか「これ」っていう特徴があれば、すぐ書けるんだけど、この曲に関しては、「これ」っていう特徴、インパクトがないんだよなぁ。あ、これは、サウンド面で・・・ってことでね。

 作詞は、売野雅勇氏。売野氏と中森明菜といえば、ブレイクのきっかけとなった「少女A」からの担当だから、まあ、中森明菜とは切っても切れない関係にこの頃はあったんだけど、こと、「詞」という面では、この曲の詞が一番よく出来た・・・と、後日、ご本人が語っていましたねぇ。(ヤンソン84年5月号の作家インタビューより)

 この時、中森明菜は18歳だったんだけど、18歳くらいの女の子がいだいている感情、心理をストレートに表現することが出来た・・・って語ってましたねぇ。

 なるほど、この曲の場合は、サウンドではなく、詞の面で売れたんですよね。

 正直、当時、この曲が50万枚も売れるような曲だとは、思わなかったの。
 この前の曲の「トワイライト」が42万枚でしょう。 個人的には、「トワイライト」の方がわかりやすくて良かったもの。当時は。

 まあ、でも、確かに、それまでミディアムバラード⇒ロックチューン のくり返し、っていうリリースパターンからは、この曲をきっかけに全く変わった・・・という面では、実験的であり、冒険した1曲であったことには変わりないんだけどね。

 作曲は、細野晴臣氏。 このころの細野氏は、Y.M.Oの活動と平行して、中森明菜のこの曲や、松田聖子の「天国のキッス」「ガラスの林檎」と、当時のアイドル両巨頭の曲を手がけるなど、八面六臂な活躍でしたわね。

 たださ、松田聖子の「ガラスの林檎」は、別にして、往々にして、分りにくいメロディラインが特徴なんだよね。

 「天国のキッス」なんて、転調に次ぐ転調で、分かりにくかったもんね。分りにくいっていうか、イメージがまとまんないんだよね。

 当時、ヤンソンの近田氏の「新曲激評」で「細野さんでしょ、この曲」なんて、軽いイヤミを書かれてたりしてさ。

 この「禁区」もどちらかといえば、そういうイメージがあるんだよなぁ。

 でも、もともと、最初に提供した曲は、この曲ぢゃなかったんですよね。

 Y.M.Oで「君に胸キュン」のあとに「過激な淑女」っていうシングルリリースしてたの、覚えてますかねぇ。

 実は、あの曲は、最初、中森明菜用に書かれた曲だったらしいんだよね。

 でも、当の明菜嬢は、お気に召さなかったようで・・・・あせあせ

 それでも、細野氏としては、出来はよかったらしく、ボツにするのはもったいないんで、自分たちで歌っちゃったらしいですわ。

 で、次に作ったのが、この「禁区」なわけですね。ただ、この曲については、逆に、細野氏は、あんまり自信がなかったようですが・・・。

 アレンジも、細野氏が担当していますが、荻野光雄氏との共同ということで・・・。打ち込み部分は細野氏、ストリングスとコーラスは荻野氏がそれぞれ担当・・・・と、これは、わかりやすい分担アレンジでしたね。

 同時期の松田聖子の「ガラスの林檎」も、細野氏と、こちらは大村雅朗氏との共同アレンジだったんですが、こちらは、どの部分をどちらが担当したのか・・・っていうのが、ちょっと分かりにくかったもんね。

 うん、それに比べたら、わかりやすい曲ではありましたよ。


 でもさ、よくよく考えたら、この曲があったからこそ、後々の中森明菜があった・・・とも言えるんだよね。

 この曲で、それまでの曲パターンを打ち破った・・・っていうのは、やっぱり冒険だったろうし、画期的だったしさ。

 曲内容はともかくも、これ以後の明菜の「フック」となった曲だったとは言えるでしょうね。



 それでも、個人的には、次の「北ウィング」の方が、中森明菜の特徴を完成した・・・という点でも好きだったんだけどなぁ。わかりやすかったし。。。




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十戒(1984) / 中森明菜

1984_08_十戎(1984)_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「十戒(1984)」中森明菜です。

 まずはデータです。

・タイトル    十戒(1984)
・アーティスト  中森明菜
・作詞      売野雅勇
・作曲      高中正義
・編曲      高中正義 萩田光雄
・リリース日   1984年7月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   61.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1984年8月6日〜10月29日付
 
・・・・というわけで、今回の1曲セレクトは、中森明菜で行きますか。
 久しぶりで明菜を持ってきたような気がするな。夏場は、意外と曲が少ない明菜ですが、まあ、また、秋にかけて何曲か出してくることになるでしょう
 
 この「時期」の中森明菜っていったら、やっぱ84年の「十戒(1984)」だろうなぁ。
 この曲、久々の「ツッパリ明菜」路線ではあったけど、それ以前の「ツッパリ路線」とは一味違った印象があったな。
 まあ、それまでのセールス的な面でも違ってたし、曲も、たとえば、同じツッパリ路線の「1/2の神話」ともちょっと違う。まあ、作曲者が違うんだから、感じ、違うのは当たり前なんだけど。なんていうのかな、ちょっと質感が軽いんだよね、この曲。

 たしかに、イントロなんか聴けば、ヘビーなエレキサウンドから入ってきたりして、一聴してロック路線だ・・・ってわかる曲調なんだけど、そんなエレキサウンドでも、なんとなしに軽いんだよね。というかスカスカというか。音が薄いのですわ。
 それが印象的だったかなぁ、曲としては。

 ただ、個人的には、曲の印象よりも、チェッカーズとの2強争いを演じたチャートアクションの方が印象に残ってたりして。。。
 ふむ、方やチェッカーズの「星屑のステージ」だわな。この曲もチャートでは強かった。 うん、チャートって「ザ・ベストテン」ね。

圧巻は1984年9月20日放送分だろうな

1位 星屑のステージ  /チェッカーズ 9966点
2位 十戒(1984)   /中森明菜   9622点
3位 ピンクのモーツァルト /松田聖子 9066点

 ベスト3、揃い踏みでの9000点以上なんていう高得点推移のランキング。
 それ以上に1位の「星屑のステージ」は、あの「Young Man」の満点(9999点)に継ぐ、高得点。
 で、そんなあおりを食った、2位 十戒(1984)は、ベストテン史上、最高得点での2位・・・と。

まあ、とんでもなく高レベルな争いをしてた当時の2組だったな。
それだけ、当時のチェッカーズ人気と、中森明菜の充実ぶりが覗けるんだけどさ。その最高超な時期だったね、25年前の今ごろは。

 ちなみに、チェッカーズ、中森明菜、高得点というキーワードでは、次の年の4月18日放送の、「ミ・アモーレ」でも、同じく9622点で2位だったこともある。
 このときの1位が、やっぱしチェッカーズの「あの娘にスキャンダル」の9822点。こう見ると、どうも、中森明菜はチェッカーズには分が悪かったようだけど、それでも、「十戒(1984)」の場合は、その前に5週連続1位をとった後でのこの得点だったわけだから、やっぱしすごかったのよ、人気は。

まあ、人気が完全分散になってしまった、今では、おそらく、こういう強烈、強力なチャートアクションも、今後を含めて、なかなかでないだろうな。
 まだ、スター制度が残ってた、80年代の最後のよき時代だったかも。このころが。





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TATTO / 中森明菜

1988_06_TATTO_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「TATTO」中森明菜です。

 まずはデータです。

・タイトル   TATTO
・アーティスト 中森明菜
・作詞     森由里子
・作曲     関根安里
・編曲     EUROX
・リリース日  1988年5月18日
・発売元    ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  29.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1988年5月30日〜7月25日付

 さてさて、6月も終わりだぁ。6月の最後はどの曲にしようかなぁ。
・・・・なんて、いつものごとく、ブチブチ、愚痴りながら、過去のチャートと照らし合わせていたら、なんだかんだ言うても、まだ、書いてない曲もあるんだよねぇ。


 中森明菜「TATTO」・・・・・・・!!

 ウソウソ、オリコンで1位取った、超有名なこの曲を、まだ、書いてなかったか。。

 あらら、これは、めっちゃ、盲点。  

・・・というか、これは、引っ張ってこない手はない。。


・・・・っちゅうことで、引っ張ってきちゃいました。あせあせ
 
 いつもながら安易な発想でふらふら


 この曲って言ったら、やっぱ、あの衣装ってなるんかしらねぇ。 もうね、ほとんど、水商売なねぇちゃんっていうかさあ、ホディコンなぴっちぴちのあれですよ〜。

 ちょうど、この頃の明菜が、自身としても一番「痩せて」たらしく、少し後でも、もう、この衣装は入らない・・・って言ってましたものねぇ。

 まあ、満身創痍でリリースしたのか、どうなのかは、よくわかんないけど、正直、今考えると、ここまでやんなきゃいけないのか・・・って、気の毒になるくらいな感じでしたわね。

 たしかに、曲自体はどこをとっても、文句の付け所がないですわ、この位になると。 いや、完璧すぎて文句なんかつけられないよね、そのくらいエンターテイメントの局地に近かったと思うわ。

 ただ、インパクトの塊のような、この曲だけに、ちょこっとクドイかなぁ・・・っていう気がしないでもない。
 クドイっていうか、味付けが濃すぎるっていうかさあ。 これは、毎日聴いてたら、高血圧になっちゃうよね、味が濃すぎて。

 当時18歳のワタシだったから、こんな味付けが濃ーい、曲をしょっちゅう聴いてても平気だったんだろうけど、これ、いまだったら、高血圧か、下手したら脳卒中で倒れちゃうかもしんないわ。あせあせ

 なんてね。。。。

 まあ、こういう曲が出てきたっていうのも、やっぱ、あのバブル絶頂期の「1988年」っていう時代だったからこそなんだろうなぁ。
 っていうか、あの時代ぢゃなかったら、まず、こういうハデハデなインパクトの塊のような、濃ーい味付けの曲は出てこなかったろうしねぇ。

 うん、それを考えると、今、こういう、インパクトの塊のような曲が出てこない、わかってんだかわかってないんだかよくわかんない薄味な恋愛もののような曲しか出てこない・・・ってのは必然なのかもしれないなぁ。。 

 少なくとも、今の時代

 ♪ さあ、わしづかみで愛を取ってごらん ♪

なんて、超挑発的な歌詞のヒット曲なんてないよね。だから、今の曲は薄味だってことなんだけどさぁ。いや、薄味っていうか、性的じゃないんだよな、「仲良しこよし」の世界な気がして。ダイレクトに「やらせろ」・・・みたいに感じる曲ってないじゃん、最近。

この曲みたいな、タイレクトに「性的」なものを感じるというかさぁ。

まあ、時代のせいにするのもなんか情けないけど。。


 ま、ともかく、逆に言えば、こんな濃ーい、超インパクトな曲っていうのも、今っていう、薄味な時代に必要なんじゃないんですかねぇ・・・とも思ったりして。


 曲とは関係ないけど、この曲がヒットしてた頃、ワタシ、「謎」の「全身蕁麻疹」が出たんだよねぇ。
 だからか、この曲、聴くと、無意識のうちに体のあちこちが痒くなってくるのよふらふら いわいる「条件反射」ってやつ? 

 うん、夜中に全身蕁麻疹が出て、救急病院に「搬送」される間、ずっと頭の中でなってたのが、この曲だったりするのよふらふらふらふら


 特にサビの

 ♪ Show me your real love 〜 ♪ からのとこは、危険ふらふら

 あそこの部分、バックのキーボード。そそそ多重録音の賛美歌のような、すごく重いキーボード。 あれがねぇ、なんか病気を誘発するような感じがするんだよなぁ、個人的に。

 後年、デーモン小暮氏や、清春が、この曲カバーしたのも、分かるような気がする。清春なんかは、「絶望」的なものが売りだもんね。
 このサビの、あのキーボードと、流れは、まさに「絶望」だもん。




この曲動画、だくさん落ちてるんだけど、ほとんど最近アップされたものばっかりたな。
・・・ということはあっという間に削除される可能性が高いって事かも知れんな。
 動画を見たい方は、お早めに。


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トワイライト / 中森明菜

1983_06_トワイライト_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「トワイライト」中森明菜です。

 まずはデータでーす。

・タイトル    トワイライト
・アーティスト  中森明菜
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1983年6月1日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   43.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1983年6月13日〜8月8日付

 1983年が連荘になってしまいましてスンマソン。先ほどは、薬師丸ひろ子の「探偵物語」を持ってきましたが、これを持ってきたら、やっぱり、この中森明菜「トワイライト」を持ってこないとねぇ・・・って感じですよね。

 古くからヒットチャートを見てきているヒトには、1983年の今ごろのチャートって、毎週のようにデッドヒートなチャート争いを繰り広げられてたっていう記憶があるでしょうね。

・4月27日リリース決戦(5月9日付 5月16日付)
 ⇒近藤真彦「真夏の一秒」VS松田聖子「天国のキッス」

・3つ巴1位争い(5月23日付)
 ⇒近藤真彦「真夏の一秒」VS松田聖子「天国のキッス」VSラッツ&スター「め組のひと」

そして、もう一つが
・薬師丸ひろ子「探偵物語」VS中森明菜「トワイライト」頂上決戦

ってやつですね。

 まあ、それだけ、当時アーティストパワーが拮抗した中でのチャート争いが繰り広げられていたって言うところなんですけどね。

 ただ、正確に言うと、この両者はリリース日が1週間ずれているんだよね。

薬師丸ひろ子 「探偵物語」⇒1983年5月25日リリース
中森明菜   「トワイライト」⇒1983年6月1日リリース

だから、もし、これが今だったら、こんなに騒がれることはない。

 というのも、今って、売上げが最初の1週間で集中して、2週目以降は大きくセールスが落ちることがほとんどだから、1週リリースがずれると、自ずからランクも入れ替わるっていう動きがほとんどだからね。

 でも、当時は、そこまでタンパクな動きではなかったのよ。

 まず、薬師丸の「探偵物語」。これ、昨日も書いたように事前では、超大型ヒットという事前予想があって、だから、みなさんリリースをずらしたんだよね。
 現にこの曲は1位を7週連続でとってる。

 そういう事前予想でチャートを狙いに行ってるアーティストは、「前」にずらしたんですよ。ま、これはトシの「シャワーな気分」なんだけども。

 しかしながら、この中森明菜「トワイライト」だけは、当初の予定通り「6月1日」リリースで決行。

 これがさ、当時としては、「真っ向勝負」という受け止められ方をしたわけですよ。

 ハイライトは、1983年6月13日付ランキング。

1位 探偵物語    薬師丸ひろ子 81,860枚
2位 トワイライト  中森明菜     69,450枚

 案の定、中森は1位取れなかったんだよね。当時は5万5千枚程度で1位を取れることも多かったので、6万9千枚での2位は、結構レベルは高いものだったんだよね。

 この2曲での1位争いは、この週だけに終わらず、ここから4週間にわたって薬師丸が中森を2位に封じ込んだチャート争いが繰り広げられたんですよ。

 まあ、なかなか見られない1位争い劇でしたよね。


 ただね、当の中森陣営はどうだったかというと・・・それほど「1位」というものにこだわっていなかったとろこもあるんぢゃないかなぁと思うんだよね。
 証拠にこのあと「北ウイング」を、やはり当時150万枚のヒットという事前予想された、わらべ「もしも明日が・・・」の1週間後にリリースをぶつけ、しかも同様に2位止まりという経験をしているわけで・・・。



 それよりも、この「トワイライト」の場合、累積セールスが下がったことに危機感を持ったんぢゃないかなぁと思いますね。

 累積セールス43.0万枚。

ま、たしかに、この数字はスゴイ数字ではあるんだけど、前曲「1/2の神話」の57万枚よりも14万枚も落ちてる。
 「セカンドラブ」以降、85年前半までの全盛期をもってして、この数字は最低レベルなんだよね。


 このころ、明菜って、完全に楽曲パターンが決まってたんだよね。

 スローモーション   ソフト路線
 少女A        ハード路線
 セカンドラブ     ソフト路線
 1/2の神話       ハード路線
 トワイライト     ソフト路線

 つまりさ、ソフトな曲とハードな曲が交互にリリースされてたわけさ。

 さすがにね、ファンもこのリリースパターンには飽きてきたんだろうなっていうところが如実に数字に出てきたんだよねぇ。

 ただ、この結果を踏まえて、ちゃんと、路線修正をかけてくるのが、このヒトのスタッフのエライとろこで、次の「禁区」では、「ミディアム」っていう新しい路線を開拓して、84年以降の第2次NEW明菜路線に繋げていったんだもんね。


 そんでもって、トワイライト。

 この曲は、上で書いたように、ソフトなミディアムバラード路線。
 来生たかおらしい、美しいメロディラインが特徴だよね。

 ハープ プラス ストリングス っていうサウンドは、前年の大橋純子「シルエットロマンス」に通じるところもあるけど、内容的にもあそこまで刺激的ではなく、もっとソフトですね。
 でも、浮かんでくる情景はタイトルどおり、夕陽をバックに・・・まさにトワイライトって感じで・・・、そのあたりは、さすがにうまいよねぇ。

個人的には、この曲のメロディラインと対旋律にあたるストリングとのからみがたまりませんで、「1/2の神話」に比べても全然この曲のほうが好きなんだけどね。

 でも、まあ、自分の好みと一般的な好みはなかなかシンクロしませんね〜と言うところですよね。セールスの結果を見ると。

 ただ、結果的に、明菜の「清純路線」のバラードはこれにて終了ってかんじでしたね。
 「きれいな声質」のころ、もう1曲くらい、この手の曲を歌ってもらってもよかったかなとも、今となってみれば思うんだけどね。



わぁ〜、もろ1983年の今頃の感じ。この曲を聴くと、当時が脳裏に浮かぶわ〜。


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赤い鳥逃げた / 中森明菜

1985_05_赤い鳥逃げた_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「赤い鳥逃げた」中森明菜です。

 まずはデータです。

・タイトル   赤い鳥逃げた
・アーティスト 中森明菜
・作詞     康珍化
・作曲     松岡直也
・編曲     松岡直也
・リリース日  1985年5月1日
・発売元    ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  35.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1985年5月20日〜7月1日付

 12インチシングル。。前々からここでは名称だけは書いてきてたんだけど、12インチシングル曲そのものを書いたことは、今まであんまりなかったかなぁ。

 かなり前に佐野元春の「CHRISTMASTIME IN BLUE」を書いて以来・・・のような気がする。

 当然ながら、今ではそういった呼び名の「メディア」はない。
 うーむ、今の20代後半〜30代前半の音楽ファンだったら、10年位前に、8cmシングルに対しての、12cmの「マキシシングル」と思ってもらってもいいのかなぁ。

 うむ、こちらはCDに対して、「アナログレコード」、いわいる「黒盤」なんだけどね。

 アナログレコードの場合、通常シングルは「7インチ」と呼ばれる、いわいる「ドーナツ盤」・・・真ん中がドーナツのように穴が開いているレコードだったんだけど、それに対して、この12インチシングルは、文字通り「12インチ」盤、そうね。当時の「LP」と同じ大きさのレコードだったのよ。

 たしか日本で最初の12インチ盤と呼ばれるシングルは、さだまさしの「親父のいちばん長い日」だったと思う。

 ただ、この曲は、「尺」が長すぎて、7インチに入りきれないんで、しょうがなく12インチにしたっていう感じであり、最初から12インチという形にこだわったわけでもないんだよね。

 ちなみに、7インチの場合は最大片面10分だったっけな・・・。「親父のいちばん〜」は13分もあったからねぇ。なんで、7インチじゃ入らないのよ。

 それと違うのは、このころの12インチは、きちんと「12インチ」としてリリースされていたからねぇ。

 ただ、いわいるアイドルポップス系の場合、通常のシングルに対して、それの「ロングバージョン」で「12インチ」を作る場合が多く、だから、かなり強引な作り、つまりさ、「別に12インチ」ぢやなくてもいいじゃん・・・って物が多かったのも確かなのよ。


 そこから見れば、この「赤い鳥逃げた」っていうのは、もとから「12インチ」を意識した、数少ないアイドルポップス系「12インチ盤」といってもいいんじゃないですかねぇ。

・・・・といっても、メロディそのものは、この曲の2ヶ月前にリリースした、「ミ・アモーレ」そのまんまであり、「ミ・アモーレ」のロングバージョンであることは確かなんだけども、詞まったくちがった、この曲独自のオリジナルだったからねぇ。

 それだけでも、「ミ・アモーレ」とは違った印象な曲に仕上がって入るんだよね。

 中森明菜のボーカルにしても、この曲のボーカルトラックは、「ミ・アモーレ」に比べても伸びやかだし、余裕を感じだりしてさ。

 音もね、「ミ・アモーレ」に比べてもクリアに感じる。

 ま、これについては、やっぱり、12インチならではではあったんだろうな。何分、「アルバム」サイズの「盤」にシングルに若干色をつけただけの「尺」の曲しかないわけなんで、盤自体の収録サイズには余裕が出来る。その分、サウンドクオリティは上げられる・・・つまりさ、今のCDで言えば、それだけデータ量を多く詰め込める・・・ってわけで、やっぱ、音のクオリティにつながってきているんだよね。

 ちなみに、この曲の場合は、曲の長さは5分強。それを片面30分は入る盤に入れるわけだから、それだけ余裕があるってわけよ。


 ま、本来は、その辺も12インチシングルの売りにはなっていたんだろうけどさ、何分、大きさがでかいだけに場所をとる。

・・・・っつうわけで、通常のシングルほどは大きなセールスには繋げられにくい状況ではあったんだよね。

 この「赤い鳥逃げた」が35.4万枚セールスだったんだけど、たしか、これが12インチシングルとしては、最高売上げぢゃなかったかなぁ。

 同じ年、85年リリースのチェッカーズ「ハート・オブ・レインボー」が29.5万枚だったからさ。

 その人気も伺えるってやつだよな、この曲の。


 あ、いや、さだまさし「親父のいちばん長い日」は66.8万枚も売れてたんだっけ。。。これはどうとるべか。。。ふらふらふらふら


 ちなみに、ワタシのチャートでは3位まであがってるけど、これも12インチシングルとしては、破格の上がり方・・・っつうか、いままで、すっかり忘れてたんだけどさ。。。
 「ザ・ベストテン」では最高6位。ただし、この曲での出演はなかったんだけどね。




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サザン・ウインド /中森明菜

1984_04_サザン・ウインド_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「サザン・ウインド」中森明菜です。

まずはデータでーす。

・タイトル      サザン・ウインド
・アーティスト    中森明菜
・作詞        来生えつこ
・作曲        玉置浩二
・編曲        瀬尾一三
・リリース日     1984年4月11日
・発売元       ワーナーパイオニア
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     54.4万枚
・THE HIRCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1984年4月23日〜6月25日付

 早いもんで、ワタシがオリコンを定期的に買うようになってから、もうすぐ丸31年が経つんだよなぁ。
 当時は、「オリコンウイークリー」というネーミングで、ペーらぺらの特殊なA3サイズだったんだよね。かなりでかくてさ、それでいてペラペラだったから、レコード屋で買うと、ポスターのように丸めて売られてたりしてね。

 オリコンウイークリーの存在時代は、その2年前から知ってたんだよね。でもさー、こんな感じで売られてるって知らなかったからさ、ずーっと探してたんですよ。
 そしたら、行きつけの某地元新星堂に売ってるぢゃないの。。 もっと早く気がつけばよかったですわ。。。。

 最初に買ったのは1984年4月30日号だったかなぁ、通巻241号、表紙はデビューしたての「長山洋子」。
 えー、蛇足だけど、長山洋子ってデビューして暫くは、ポップス歌ってたんですよ。はい、アイドルだったんですよね。

 ・・とまあ、注釈いれとかないと・・・、最近の方は、演歌の長山洋子しか知らないだろうしなぁ。。。


 で、そのときの1位が初登場の、中森明菜の「サザンウインド」だったんだよね。売上げ枚数は93,710枚。
 枚数を見ると、今週1位のB'Zより全然少ないけど、印象における「重み」が全然違ったんだよね。
 あの当時、すでにランキング自体軽んじられてきてた兆候はあったけど、まだ、ランキングに今よりはぜんぜん「重み」があったよね。

 で、「サザン・ウインド」。

 この曲、実を言うと、当時は、個人的にはそんなに好きではなかったんだよね。理由はないんだけど、なんとなく、曲の雰囲気が生理的にあってなかったのかなぁ。
 まだ、1つ前の「北ウイング」の方がしっくりしてたな。これは、曲自体と、あの当時の時代性が両方ともしっくり来てたって言うかね。
 なんか、それに比べたら、この「サザン・ウインド」って最初、浮いた感じがしてたんだよね。

 BUt、よくよく聴きこんだら、印象が変わったなぁ。プラス、この曲の持っている温度感ですね。
 実際の初夏の温度感と、だんだんとマッチしてきたんですよ。
 この曲の温度感、タイトルの「サザン・ウインド」という具合に、初夏の風のイメージなんだよね。 そのイメージにだんだん近づいていったんだよなぁ。

 それよりなにより、中森明菜自身がうたってて、とっても楽しそうで、気持ちよさそうだったのが印象的。
 歌い手が気持ちよさそうに歌っていると、聴いてる方も気持ちよくなってくるもんだよね。

 おそらく、この曲が気持ち的にも頂点だったんではないかなぁ。 この曲からだんだんと、少しずつ曲調がマイナーで重くなっていったもんね。
 そのまえの最後のメジャー系で、ポップな曲がこの曲だったところだもんね。
 考えてみたら、中森明菜ってメジャー系の曲は、これ以後、1990年の「Dear Friend」までなかったんぢゃないの?

 そういう切り口でみると、ある意味、中森明菜の「頂点」だった曲ともいえるんではないかなぁ。
 もちろん、セールス枚数とは全く別の所でですよ。



毎度毎度の「ベストテン」だけど、この動画もすぐ消されそうな感じがするなぁ。
見たい方はお早めにどうぞ。


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ミ・アモーレ / 中森明菜

1985_03_ミ・アモーレ_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「ミ・アモーレ」中森明菜です。

 まずはデータです。

・タイトル    ミ・アモーレ
・アーティスト  中森明菜
・作詞      康珍化
・作曲      松岡直也
・編曲      松岡直也
・リリース日   1985年3月8日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   63.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1985年3月18日〜6月10日付

 過去の1曲セレクト見てたら・・・あ、この曲まだ書いてなかったんだねぇ。

 ミ アモーレ  /中森明菜

 これは不覚。。。・・って言うのも、個人的には、この曲が中森明菜の最高傑作だと思ってるからなんたけどね。

 うん、まあ、あくまで個人的になんだけどさ。歌詞についてはなんともいえないんだけど、曲、サウンドもさることながら、中森明菜の歌唱が一番ノッてたよな、力はいっているよな、一番キレがあるよな・・・って思ってるんですよね。

 まあ、この曲にいたるまでの何曲か・・・・特に84年以降の曲から、第2ダッシュをかけてきたというのは、これまでの1曲セレクトにも書いてきた通りなんだけど、その成果がこの曲で極限に達したな・・・っていう感じなんだよね。いま思うと・・・。

 兎に角さ、この曲メロディラインが至極難しいんですよ。特に出だしの

 ♪ あなたを探して のばした 指先が 〜 ♪

のところ。そのなかでも特に♪ あなたを〜 ♪ のいきなりの3連譜での下りの見事さ。

 入りが難しいだけでなく、何分音が低い・・というのに、中森明菜じゃなきゃ出ない「味」を出してると思うんだよね。

 冗談じゃなく、この部分で、ワタシゃノックアウトでしたねぇ。

 サウンドも好き。基本、サンバなイメージでしょ。主題が「リオのカーニバル」だからさ。サンバというかラテン。

 でも、実際は、イントロ最初のストリングスの動きに続いてのブラスセクションの動き。

 こうなると、本来なら、ダサイ歌謡サンバになっちゃうんだけど、そうなってない。ストレートなラテンというより、うまく「無国籍」サウンド的な味付けに仕上がってるし・・。

 うん、特に、この曲のブラスの動きがすきなんですよ。ワタシ。
 中森明菜の独特の歌唱と声質、プラス バックのブラスの動き・・というダブルなの効果でワタシゅこの曲に「天晴れ」をやりたい気分でしたね・・・。


 逆を言えば、焦点が、はっきり定まっている曲・・・っていうか、まともな感じがしたのは、この曲までだったかなぁ・・という気もするなぁ。

 この後はなんとなく、迷走する中森明菜・・・っていうイメージなんだよねぇ。
 まあ、よく言えば「実験的」な時期ともいえるんだけどさ。


それと、この曲で第27回レコード大賞受賞。これは当時の中森明菜が「レコード業界」っちゅうワクの中でも期待されていたっていう証なんだろうねぇ。
 80年代女性アイドルの「雄」であった松田聖子は、レコード大賞とってないからさ。
 本来だったら大賞も狙えたはずの83年、84年続けて金賞止まりだった松田聖子と85年の大賞を取ってしまった中森明菜。

 その差は、そのままレコード業界での期待の差だったんだろうなぁと思うんだよねぇ。

 まあ、その分、中森明菜にとっては重荷だったんだろうけどさ・・・。 その傾向は、次の1986年あたりからジワリと出てきましたね。


あ、蛇足だけど、この曲の歌詞違い+ロングバージョン(12インチ盤)だった「赤い鳥逃げた」っちゅうのもオリコン1位獲得でしたわな。
 
 12インチ盤っていうのが、一番重宝がられていた時期も、丁度この時期でしたね。
 まあ、アイドルの12インチ盤は、ほとんど「無理やり」感がいっぱいだったんだけど、「赤い鳥逃げた」は、曲のコンセプトからして、12インチも納得できたなぁ。



この動画、恐ろしく音がいいな。これは、削除対象として狙い落とされる危険がありそうだな・・・。
見たい方は早めの閲覧をお勧めします。
 それにしても、やっぱり、この曲の時が、声の伸びも含めて、明菜は声が一番出てた気がするな。


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TANGO NOIR / 中森明菜

1987_02_TANGO NOIR_中森明菜







今回の1曲セレクトは、「TANGO NOIR」中森明菜です。

 まずはデータです。

・タイトル    TANGO NOIR
・アーティスト  中森明菜
・作詞      冬杜花代子
・作曲      都志見隆
・編曲      中村哲
・リリース日   1987年2月4日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   34.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年2月16日〜4月6日付

 この間から書こう、書こう・・・と心に決めておきながら、なかなか筆を上げられなかった曲をひとつ・・・。
 
 中森明菜 「TANGO NOIR」

 中森明菜の曲でも、それほど「死角」に入っている曲でもないし、まあ、あの当時、ヒット曲聴いてれば、誰でも知ってる曲だろうし。 だから、本当だったら、「知ってるヒトしか知らない」ような曲に比べると、随分書きやすい・・・ハズなんだけどねぇ、どうも、この曲っていうと、個人的には筆が重くなってしまう。

 どうしてなんだろうねぇ・・・。

 うーん、やっぱし、この曲が「重たい」からだろうなぁ。
いやいや、この曲の中森明菜の衣装ぢゃないよ。。 うん、たしか、この曲の衣装って10kgくらいあるって言ってなかったっけ!? なんか当時話題になってたよね。

 うん、そうじゃなくってさ、この曲のイメージからして重くてさあ、なんかね。 さらっと書けないような感じがするんだよなぁ。
 まあ、だから、オリコンで「87年の年間2位」なんて曲を今まで、ずっと「ほーち」してたわけなんだけどさあ。

 たしかに、この曲を最初聴いたときは、「やる気」は感じた。この曲の前の「Fin」って言う曲が、どうも好きになれなくてさあ、個人的に。なんか、やる気感じないんだよね、中途ハンパな感じで。
 それに比べたら、この曲、インパクトも申し分ないし、曲としての焦点もはっきりしてる。そういう意味で「やる気」は感じてた。

 でも、重いんだよね、曲としての存在・・・というか、イメージというか。
 まるで、鉛で武装している曲を聴いているような・・・。

 だからさあ、なんか、さらっと聴けないのよ、曲として。

 どうして、まあ、こう、肩に力入りまくりの曲なんだろうなぁ・・っちゅうかねぇ。
 うん、個人的には、この曲のイメージは「鉛色」ですよ。実際的にところ、「TANGO NOIR」っていうタイトルからすると、極彩色って言うところなんだろうけど、そういうイメージは到底思えないのよねぇ。

 結局さ、やっぱ、85年、86年と、2年連続「レコード大賞」受賞っていうのが、このヒトにとっては、かなりの重荷になっているんだろうなぁ・・・なんて、思ったりしてね。
 根がマジメなヒトだから、その辺はまっすぐ受け取っていただろうし。なんかさ、その「重圧」ってのが、そのまま、この曲にズッシリと現れてきていたような気がするよなぁ。

 今から考えると、その辺が、このヒトにとってはウイークポイントになってしまったのかもなぁ。
 いや、たしかに、レコードセールス的には、その後、暫くは全く文句のつけようがなかったんだけどさあ、どうも、曲のイメージが偏ったよね。
 なんつうのかなぁ・・・、全体的に重いのよ。どうして、もっと「からっ」とした曲が来ないんだろう・・ってずっと思ってましたよ、あの頃は。84年の「サザンウインド」みたいなさぁ。

 その辺も、やっぱ、2年連続レコ大の重圧っていうのがあったんじゃないのかなぁ・・・と思えたりするんだよね。


 もしよ、あの時点で、レコード大賞を取ってなかったら、まあ、セールス的には、下がっていたかもしれないけど、もっと、幅広い曲をやっていたような気もする。メジャー系の軽い曲もやってたかもしれない。
それによって、第一線・・・とは言わないまでも、もうちょっとヒット戦線に残ってたようなきもするんだけどねぇ。

 まあ、これも歴史っていうことだよなぁ。



・・・ということで、ズッシリ重たい、この曲を聴いてみますか



恐らく、動画はすぐ削除されると思われます。
ご了承くださいね。


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DESIRE(中森明菜)

1986_02_DESIRE_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「DESIRE」中森明菜です。

 まずはデータです。

・タイトル      DESIRE
・アーティスト    中森明菜
・作詞        阿木耀子
・作曲        鈴木キサブロー
・編曲        椎名和夫
・リリース日     1986年2月3日
・発売元       ワーナーパイオニア
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     51.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1986年2月17日〜5月5日付

 前回は、同じ「DESIRE」ということで、ちょっと遊んじゃいましてスミマセン。
 今回は、「本命」の中森明菜「DESIRE」どす。

 今週のワタシメのランキングで、20年ぶりで明菜の新曲「Rojo-Tierra-」がベストテン入りしたから・・というわけではないけど、今の季節、中森明菜の「DESIRE」は外せないよな・・・って訳で。。。

・・・っちゅうことで、中森明菜「DESIRE」っす。

 はい、

♪げらっ げらっ げらっ げらっ ばーにんぐはぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁ ♪ 

・・で、今でも有名な曲ですね。

 この部分だけでも充分インパクトがある曲なんだけど、全体的にそれまでの中森明菜とは、全く違う世界を見せた1曲であることは間違いないよね。

 ニュー明菜 ってキュッチフレーズ・・・たしか、他の曲のときにつけられたと思うんだけど、個人的には、この曲こそ、ニュー明菜じゃなかったかなぁ・・と、いまとなっては思いますね。

 85年の中森明菜・・・。うーん、多分ね過渡期だったと思うんだよね。

 確かに、「ミ アモーレ」でレコード大賞受賞したことは大きかったわけだけども、この「DESIRE」の1曲前の「SOLITUDE」なんかは、ちょっとハッキリしないモヤモヤした曲調で(たしかゴダイゴのタケカワユキヒデ氏の作曲だったよな)、どうも、迷ってるなぁ・・っていう印象しかないんだよね。

 でも、この「DESIRE」で一気に吹っ切ったでしょ。そのモヤモヤを。

 このスピード感、硬質感、適度なロックさ・・・って言うのは、それまでの中森明菜にはなかったですよ。

 作詞の阿木耀子女史は、一気に中森明菜を山口百恵の領域まで引き上げたって言って良いんじゃないですかねぇ。

 ま、逆に山口百恵を目標にしていた中森明菜にとっては、またとないチャンスもあったわけだし。

 作曲が鈴木キサブロー氏っていうのも、一皮向けるには丁度よかったのかもしれない。 このヒトは、純アイドルっていう雰囲気であるよりも、一段大人向けのメロディラインが真情でしたからね。

 ただ、残念なのは、この折角一皮向けた勢いは、この曲1曲だけだったんじゃないかなぁ・・・と今になると思うのよね。

 この次の「ジプシークイーン」以降は、兎に角、曲想が難しいんですよ。 また、歌い手として極限の域といえば、いいのかもしれないけど、ちょっと肩に力入りすぎっていう感じがして、ワタシは片手では喜べませんでしたね。うーん、曲的にも「土色」っていうイメージの曲が多くなっていったし。

 まあ、それも2年連続「レコ−ド大賞」受賞なんていう呪縛もあったんだろうけどね。
 うん、まだ、あのころは多少なりともレコード大賞は重みがあったし。。

 まあ、そういう意味も込めて、この曲が「気軽」な気持ちで聴ける中森明菜の最後の1曲だったかもしれないなぁ。
(だから、最初に書いたように、ちょっとおちょくって書けるわけなんだけどさ)

1990年の「Dear Friend」も明るい曲だったけど、あの曲の場合は、べつの意味で痛々しくてさ・・・・。手放しでは喜べなかったんだよなぁ。

いずれにしても、この辺りから、少なくとも「歌い方」は、それ以前とは変わってきちゃいましたよね。




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